2011年
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4月30日(日) 白牡丹さん来函&ペンキ塗り
 函館に来たのが今回で17回目と言う、東京の熱烈な土方歳三ファンの白牡丹さんと会う。
 箱館奉行所と土方歳三最後の地碑は朝に見たと言うので、博物館に行く事にした。
 「幕末の動乱と蝦夷地への道」と言う企画展をやっていた。
 何度か昔の五稜郭分館で見た資料も多かったので、特に目新しさは無かった。
 展示物を見ていたら後ろから声を掛けられた。
 NHKの報道スタッフだった。
 インタビューをお願いしますと言うので応じた。
 一緒に来た白牡丹さんもインタビューを受ける。
 今日の6時45分からの報道らしい。
 見終わって、函館公園で屋台で焼き鳥やおでんを買い求めて、食べながら話しこむ。
 その後、函館山に行き、蟹を送りたいと言うので中島廉売まで送って分かれる。

 家に帰ってペンキ塗り。
 30分くらい塗ったら、孫がやってきた。
 そこで約束のペンキ塗り。
 あまり言わずに好きにやらせていた。
 軍手も付けて作業開始
 所がTVでやっている、家のビフォー&アフターを見ているせいか、筆の使い方が上手い。
 何も教えなくても、ペンキを付けた筆をインクが多すぎない様に缶の縁で落としたり、筆の片面のペンキが切れたら、裏を使うなど上手だ。
 結構出来たぞ
 筆の使い方も手首を上手く使って滑らかにやっていた。
 じぃじの塗った個所に、塗り残しがあると指摘されたりした。
 あっという間に、今日の分を終えた。

 今日の分は完成だ
4月29日(金) 函館山観察会に参加
 いつも山に行って思うのは、花の名前が多く分からない事だ。
 どちかと言えば覚えようとする気が無かった。
 女性と一緒に山に行くと、とにかく一様に花の名前に関しては詳しい。
 どうも私の行く場所は人があまり来ない所が多いので、珍しい花もあるそうだ。
 そんな事から少しは真面目に、花に関する知識を持とうとなった。
 今日は「函館山観察会」と言うのがあって、花や木の解説をしてくれると言うので参加した。
 登山口の駐車場に行ったら、車は満車になっていた。
 人気があるのだろう。
 少し離れた場所に駐車する。

 参加者は40名ととても多い。
 殆どが中高年で女性が多い。
 宗像先生の先導で出発。
 花が有れば名前と共に解説をしてくれる。
 ただ単に花の名前だけでなく、特徴を解説するので楽しい。
 でも多くの花を見て歩くので、初参加者には覚えるのが大変だ。
 出来るだけ、解説をノートに書いて写真を撮って、場所をGPSに記録した。
 後で整理して自分花図鑑を作ろう。
 やはり資料に纏める事により良く覚えると思う。
 旧登山道を登って薬師山に行き休憩。
 休憩後はツツジ山に行って昼食。
 昼食はふきのとう味噌入りのおにぎり1個のみ。
 おかずは作ってこなかった。
 後は水道水のみ。
 近くに女性2人が来て座った。
 色々と話をしたが、、私と山に行くMさんを知っているそうで、山に登っている人は何処かで繋がっていんだなあと感心する。
 特に女性は色々な方を知っているようだ。
 昼食後は汐見コースを下りる。

 列が縦に長くなり、解説は前の方しか聞こえない。
 まあ今日はこれくらいで良いかと、前には行かずに佇んでいた。
 そして登山口駐車に着く。 

 キクザキイチリンソウ

 ヒナスミレ

 エゾエンゴサク


 柏の葉は冬に落ちないで春まで残る。新しい葉が出たら落ちる。
 所謂「ゆずり葉」でおめでたい時に使う。
 キバナノアナマ


 花の名前が合っているかな?
4月28日(木) ウィンドウショッピング
 朝はいつもの通り5時には起きて、ゴミを出したり、食器洗いをした。
 その後、食事も作って食べたまでは今まで通りのパターンだったが、天気も悪く雨も降っていたので、何もする事は無く、再び布団に入った。
 それが余程良い気持ちだったのか、ぐっすり寝れて起きたのが10時だった。
 もう睡眠は十分でこんなに寝た事も最近無かった。
 車でリサイクルショップに行こうと妻も誘ったら、友人の家に用事も有ると言うので、一緒に行く事になった。
 リサイクルショップは北斗市の「ゲーム倉庫七重浜店」
 ゲ-ムソフトが中心だが、一般雑貨や自転車も有った。
 ルイガノのシティバイクも置いてあった。
 フレームザックが500円であったが、ザックに住所氏名が書いてあったのでパスした。
 フレームだけでも欲しいのでもう一度考えよう。
 後はアウトドアー用の椅子。以前からTVを見る時に居心地の良い椅子が欲しかった。
 1800円で2脚有った。これも様子見。
 他にはあまり興味のあるもが無かった。
 次に行ったのが100円ショップダイソ−。沢山作った行者ニンニクラー油を入れる瓶を購入。
 他にGH「自遊旅」の照明用のロゴが古くなたので、プラスチックの板と色紙を購入。
 これでロゴを作る。
 昼食は何年振りか分からないほど久しぶりにマックでハンバーガーを食べる。

 そして総合ショップ「トライアル」に行く。
 リサイクルショップにあった椅子と同じタイプの椅子が699円で売っていた。
 これは安い。勿論メーカー品では無いは同じ形状だ。
 犬の餌やバーベキュー用の炭を買って、荷物も多かったので購入は次回にする。

 そして妻と私の共通の友人の家に行く。久しぶりの訪問だ。
 私と妻が結婚した時の幹事だった2人が結婚したのだ。
 しばらく話して楽しいひと時だった。
 家の庭に置いて餌台には色々な鳥が来て楽しそうだ。
 鷲も来るそうだ。
 帰りに本屋に寄りBEPALを購入。さらに家電アウトレットを見て回る。 
 これでようやく家に戻ったがもう夕方だった。
4月27日(水) 健康サロン食事会
 今日は「健康サロン」のメンバー有志により、50年の歴史を持つ、湯川温泉「新松」での食事会の日。
 健康サロンは年度の変わり目になり、1ヶ月の空間がある。
 そこでメンバー有志で集まり楽しくやろうとなった。
 18名の参加者があり、賑わいの会になった。
 11時に送迎バスが来て、全員乗って湯川温泉へGO!
 「新松」は老舗旅館の雰囲気が漂う。ぎしぎし感がある。
 地下の大広間に案内される。
 昼食まではまだ時間があったので早速温泉に入る。
 
源泉は自前なのか出ている湯量が多い。
 湯川温泉は温泉管理は函館市で行っていて、タンクに集めた湯を循環して各ホテルや旅館に温泉が供給されている。
 使った分お金がかかるので少なめの湯が出ているのだが、ここは湯量が多い。
 色は無色透明なのだが、ここの温泉は透明感が無いので泉質が違う様な感じだが、書いてある泉質は湯川温泉と同じ、ナトリウム・カルシウム- 塩化物泉だった。
 浴室は室内の大浴場?が一つのみ。露天風呂も無い。
 食事は量も多く美味しく食べられた。
 美味しい食事だった
 アルコールを飲む人は一気にテンションが上って来る。
 私はノンアルコールのFREEだ。
 たまたま隣に来たのが、若い時には100名山を登っていて、今でも函館山には週1回は登っていると言うMさんだった。
 旦那さんが退職してから一緒に山に登っていたが、それ程一緒に山に登る事も無く早く亡くなってしまった。人生には本当に色々な事がある。
 この会には初めて参加した。
 2年前GHを作っている時に立ち寄り、色々と話をしたがその時に、冬用の寝袋とマットを頂いた。
 マットは損傷したがハードウェアの寝袋は今でも活用している。
 山の話しが出来たので楽しかった。
  カラオケで盛り上がる
 会も次第に盛り上がりカラオケが始まり、皆さん生き生きと歌ったり、踊ったりと楽しく過ごした。
 私が吉幾三の「立ちねぶた」を歌ったら、仲居さんが指導して皆で踊りだした。
 「ラッセラーラッセラー」の掛け声も出て盛り上がった。
 「仲居さんは津軽出身なんですか?」と聞いたら「京都だよ」と・・・・。
 3時には楽しい会も終わりバスで戻る。
 皆で記念撮影
4月26日(火) GHのペンキ塗り
 何気なしにPCのヤフオクを除いていたら官庁オークションでバイクが出ていた。
 直ぐ近くの森町だった。
 バイクはスーパーカブ50ccで程度は良好。
 基準価格は10000円。
 オークションの申し込みをした。
 手続きは役場なので面倒だ。
 後は幾らで入札すれば良いかな?
 お金もないので、やはり低価格に設定せざるを得ないか・・。
 バイクが有れば日本一周が可能だ。
 車と自転車での日本一周をしたので、今度はバイクで出来れば、3種類の移動手段で日本一周が出来る。入札は5月中旬。
 誰も入札に参加しないでくれ〜。

 朝方は天気も良かったので、GHのペンキ塗り。
 白い部分の塗装をしたが、途中で雨が降ったりと散々な天気だったが、何とか午後迄に塗り終えた。
 古民家風の雰囲気は出来たかな。
 後は下の方を塗れば完成だが、リフォーム大好きな孫が来て塗るので取っておく。
 夜の電話で「凄く楽しみにしているからね」と言って来た。
 「先に絵を描いて、それと同じ色を上に塗るんだ」と言う。
 「それじゃ絵が見えないよ」と言ったが、それが良いのだそうだ。
 何か閃いているのだろう。

 塗装中

 白い土壁風になった
4月25日(月) 寒い一日だ!
 今日は朝から雨が降り、雷が鳴りおまけに霰が降ってきた。
 この寒さじゃ外で仕事をする気にはなれない。
 ペンキ塗りは明日にしようとなり、今日はペンキを買いに行く。
 チャリでホームセンターに行き購入してくる。
 このペンキを買って来た
 チャリで走っていても寒い。
 往復、2時間掛って家に帰る。車で行けば往復15分くらいなのだが・・・。
 GH南側のペンキ塗りは明日にする。
 上部は塗って下部を残す。
 釧路の孫の瑞葵がテレビで家をリフォ-ムする番組が大好きなのだ。
 両親に古い家を買ってリフォームしようと言うくらいだ。
 先日、私のブログを見て、西側の壁がすっかり綺麗になったのを見て、喜んでいたそうだ。
 そこで5月の連休に遊びに来る、瑞葵に下の部分を残しておいてペンキを塗って貰う。
 妻から電話で言ったら凄く楽しみだと言っていたそうだ。
 
 昨日採った行者ニンニクは300gをラー油にした。
 最初よりもしゃきしゃき感が出て美味しい。
 近所や親戚にも配ったので後、300g位しか無くなった。
 これもラー油にする予定。
  上手く塞がれば良いが
 長靴の修理をする。
 穴が開いている長靴だが普通のパンク修理パッチでは小さいので、大きなシート状の物を買って来て
挟みで切って使う。
 長靴のゴムをやすりで擦って、パンク修理用のゴム糊を付けたが良く付かない。
 そこで一般に行っているゴム用接着剤で付けたら、見かけは付いたがどうなるか。
 時間が経ってからどうなるか楽しみだ。
4月24日(日) 川汲で山菜採り
 今日は山菜採りに専念しようとなった。
 参加者は私を入れて4名だった。
 車で川汲に向かう。
 川汲温泉の前のスペースに車を止める。
 車を降りて川汲川を渡るのだが、昨日の雨のせいか水かさが増していた。
 なかなか渡れる場所が無かったが、ようやく探して渡渉。
 あれ〜長靴に水が入って来る。
 先日、左の長靴の穴を修理したが、良く見たら右の靴も穴が開いていた。
 まあ、冷たくは無いから今日は良いだろう。
 川を渡ってから、滝の横を登って上の川に出る。
 ここには尾根の道があった。今まで何度か行ったが気が付かなかった。
 道が見つかった
 この道は弾薬庫跡に続いていた。
 この上流には徳川幕府の鉱山があって、今も残骸が残っていると地元の人が言うのだが、まだ発見できていない。
 弾薬庫周辺で行者ニンニク採りを始める。
 人工的な石段もある
 その後は山菜を取りながら、徐々に上流に登って行く。
 色々な花が咲いていて同行の女性には人気だった。
 滝も数ヶ所あり、中でも左岸の山の上から流れている、糸の様な細い糸が綺麗だ。
 細く流れる滝
 苔のある岩肌を水が滴り落ちて流れている。
 太陽の光を浴びてきらきらしている。
 こんな光景もあり、良い雰囲気の場所だ。
 苔の中を雫が流れている
 行者ニンニクは至る所にあり、あっという間にザックに一杯になった。


 滝は4個所ある
 今回の山菜採りの目的はもう一つある。
 先日の山菜採りの際、鉈を落としてしまったのだ。
 幾ら探しても見つからず諦めて帰った。
 今日も先日と同じコースを歩いて、探そうと思っていた。
 それが見つかったのだ。
 山菜を採るのに手を伸ばした先に鉈が落ちていた。
 やった〜と思わず声が出た。
 この鉈は4000円くらいしたものを、ようやく手に入れたので無くなった時はショックだった。
 それが見つかったので、今日はこれだけで大きな収穫があった。
 これが見つかった鉈
 結局は昼まで2時間くらいの山菜採りで終わった。
 帰りも沢を下りながら花を眺めて下って来た。
 紫色の珍しい花もあったと喜んでいた。
 貴重な花はこれだったかな
 函館山にも白の花はあるが、むらさきは見る事は無いと言う。
 その花が沢山あったが、花の名前を聞いても家に戻れば記憶にないのが残念。
 Tさんの土地に車を入れ、渓谷を見下ろす景色の良い場所で昼食をする。
4月23日(土) 雨の日は工作
 朝から雨で終日降る天気予報だ。
 ペンキ塗りも出来ず、外での活動もする気にはならない。
 テレビをのんびり見ていたがこれも飽きる。
 そうだ! スマートフォンの三脚に付けるアタッチメントを作ろうと思い立つ。
 外での活動はデジタルの専用カメラを持つが、スマートフォンを購入してからは、スマートフォンのカメラも捨てがたい画像なのだ。
 12.2Mメガピククセルは専用カメラに引けを取らない。
 そこで使う事も多くなっていた。
 問題はセルフシャッターでの写真を撮るのに不便だ。
 そこで作ろうと思い立ったのだ。
 最初に集めた材料はこれだ
 最初はアルミ板と木材を合わせて作ろうと思ったが、仕事が進むにつれてどんどん変わり、結局アルミ板の加工で完成した。
 完成したのはアルミ材だった

 スマートフォンをセットした
 最後に研磨して完成。
 これで機能的には問題なく使えるだろう。

 三脚にはこの様に付く
4月22日(金) 二股台場山

 案内を頼まれていた二股台場山に行く。
 天候は曇り後雨で、すっきりしない天気になった。
 待ち合わせの北斗市市役所支所(旧大野町)に向かう。
 途中Yさんを乗せて行く。
 Yさんとは久しぶりに会った。1ねんぶりくらいだろうか?
 支所で皆と合流する。今日は5名の参加だ。
 始めて会うOさんと言う男性も参加。
 私と同じく藪漕ぎが好きだとの事だが・・。
 二股台場山の入り口に車を置いて、歩いて進んだら案内看板が無残にも折れていた。
 無残に折れた案内板
 今月初旬に来た時はまだ根元が残っていたが、今回は真っ二つになっていた。
 いつもの道を登る。
 雪も消えてすっかり春らしくなった。
 山菜採りも有りだ
 有名な稲妻形塹壕に行く。ここは多くの人が訪れるので整備されている。
 次に南に向かって藪を漕いで行く。
 台場山の所まで塹壕が1つ。
 台場山の南側に塹壕が1つある。
 こちらへの道は整備されていないので来る人はいない。
 次に下二股川に下る。
 この川を挟んで新政府軍と旧幕府軍の戦いが行われた。
 ここに行くにも藪こぎになる。
 濡れた笹の中を漕いで歩いているのでびしょぬれだ。
 私は上下レィンウェアーを付けている。
 皆も山に登る人ばかりなので、雨対策は怠りない。
 次に高所にある塹壕に向かう。
 ここの斜面はきつい。
 登り切ると塹壕がある。
 ここは見晴らしが良く、敵陣が下に良く見える場所だ。
 土方歳三が指揮を取ったのは、地形上からこの辺りではないかと言われている。
 最後は砲台が有ったと言われる場所に向かう。
 1.8mの穴が掘られていたと古文書には書かれているが、現在は穴は塞がれたのか見えない。
 これで塹壕を全て回った。
 「帰りは同じ道は厭ですよね」と言ったらOさんは直ぐに「そうだ」と言った。
 やはり藪漕ぎが好きなのかも。
 笹の中を下る。
 積雪時期にこの辺り一帯は歩いているので地形的には分かっている。
 そして無事目的地に下山した。
 小雨と笹の葉に付いた雫に濡れが楽しかった。
 元気に帰って来た
 夕方四国88か所、女一人歩きお遍路を結願した義妹を迎えに空港に行く。
 元気そうに出て来た。
 話す言葉は自信に溢れて生き生きしていた。
 無事結願して歩く自信は出来ただろうし、やり遂げた達成感は何事にも代えがたい。
4月21日(木) 行者ニンニクラー油作り&GHペンキ塗り
 朝から昨日採った行者ニンニクを使って食べるラー油作りをする。
 WEBサイトに載っているレシピを参考にする。
 昨日、食材専門店に行って、材料の粉末唐辛子は買っておいた。
 後はあるもので出来る。
 レシピ
 1.行者ニンニク   100g
 2.ごま油      100cc
 3.サラダ油      50cc
 4.粉末唐辛子     15g
 5.鷹の爪        2本
 6.青ネギ       少々
 7.さとう       小さじ 1杯
 8.塩         小さじ 1杯
 9醤油        多さじ 1杯

 @ 7.8.9の調味料を合わせレンジに30秒程度かけて砂糖を溶かす。
 A 行者ニンニク、青ネギ、鷹の爪を小口切り
 B 鍋にごま油とサラダ油と粉末唐辛子を入れて、強火にする。煮立ったら弱火にして3分。
 C 火を止めてさめたら、@で混ぜた調味料をまぜ、鷹の爪、青ネギ、行者ニンニクを入れて混ぜる。
 これでお終いで非常に簡単だ。
 ピリッと辛しが効いた食べるラー油が出来た。
 御飯に載せて食べれば、御飯が進む!
 小口に切って・・

 完成だ
 午後からGHのペンキ塗り。
 2時間程塗ったらペンキ切れで今日は終了。
 前回はここまで

 ここまで出来た
 義理の妹の四国お遍路が45日で完歩して結願した。
 最初の1週間はきつくて止めようと思ったほどだが、その後は体力も付いたのか、幾らでも歩ける感じになったそうだ。
 帰りは26日なので、小豆島などをのんびり見て回り函館に戻る。
 これで一人旅の面白さと長距離を歩く面白さを知った事だろう。
 今後の挑戦が楽しみだ。
4月20日(水) 行者ニンニク採り&旧幕府軍見張り場訪問
 今日は天気も良いので、ペンキ塗りと思ったが、山菜も気になる。
 思いきって山菜採りに行く。
 目的は行者ニンニクだ。
 あまり遅くなると時期が終わってしまいそうだ。
 車で川汲方面に行く。
 車を降りて旧道調査で知り合った、Tさんの土地に行こうとしたら、丸木橋が流されていた。

 仕方が無く、川を渡ろうと進んだら、あれ〜水が入って来る。
 昨年買ったばかりのスパイク長靴なのに・・・。
 上ノ国で数日前に熊に襲われて男性が亡くなっている。
 ここ川汲も熊のメッカなのでホィッスルやおもちゃのピストルを打ちならす。
 川汲もようやく春が訪れたと言う感じだ。残雪はまだ残っていた。

 花ももう沢山咲いていた。
 花の名前は疎いので、可憐な花を眺めるだけである。






 さるの腰かけ

 琵琶の滝
 行者ニンニクは順調に採れたのでもう良いかとなった。
 
 川を下っているときに思いだした。
 ここ川汲には箱館戦争で旧幕府軍が作った見張り場があるのだ。
 古文書に川汲に見張り場を設けたと書いてある。
 川汲は台場の方は有名で人が訪れるが、見張り場の存在を知っている人は少ない。
 登り口が今一つはっきりしないが、尾根に出れば良いと言うのは分かっている。
 急斜面を登る。
 尾根道
 結構急で這うように登る。
 木が無ければとても登れない急な斜面だ。
 途中で滑って2〜3m滑り落ちる。
 何とか尾根に取りついた。
 尾根は細くここも結構急な斜面だ。
 でも誰か歩いている足跡がある。
 ここの上の見張り場の付近に川汲温泉のTVアンテナがあるので、そのために誰か行くのであろうか。
 途中で休みながら尾根を登り切ると、見張り場に使われた木が朽ちていた。
 屋根の部分なのであろうか。
 見張り場跡

 上から見た見張り場跡
 鉄の棒が打ち込まれている。
 朽ちた木
 さらに周囲には石が土台として使われている。
 土台石
 場所的にはトップの少し下になる。
 ここの方が敵からは見えないであろう。
 因みにアンテナは10mくらい上にある。
 ここは函館の放送局は受信出来ないので、室蘭の局を受信している。
 見張り場は周囲が8m程度で平らになっている。
 確かにこの場所だと敵が進攻して来るのが良く見える場所になる。
 川汲市街地が見える
 だが実際には新政府軍は内浦湾には上陸しないで、日本海に上陸した。
 何ども来たかった見張り場だがようやく来れた。
 金属棒


マップ

 帰りにTさんの家に行く。
 Tさんと話すが、金属製の棒は当時鍛冶屋が手作りで作った物らしい。
 ここで思いだしたのが、知内町の一ノ渡りの川に架っていた橋脚の一部を笹島さんが発見した。
 この橋は明治の後半に架っていた橋の一部でないかと見られている。
 この鉄の棒と良く似ているように思う。
 もう一度知内に行って確認しよう。
 今日は成果の有った1日だった。
 こんなに採れた
4月19日(火) 工作コーナー整理&割引券争奪
 今日は強い冷たい風が吹いている。
 GH外壁のペンキ塗りは中止にする。
 そこで工作コーナーの清掃&整理を行った。
 すっかり綺麗になったが、清掃してりたら古いスライドが出て来た。
 それをスキャナーで撮ってみた。
 まだ20代の時に友人と山に行った時の写真だった。
 駒ケ岳だと思うが、残雪の上を尻滑りしている写真で懐かしい。
 出て来た懐かしい写真
 当時は毎週山に登っていた。
 スタイルはストッキングが長くひざ下までのズボンだが、これはスキーパンツの下を切ったものだ。この頃から色々なリフォームを行っていたのかと歴史を感じる。
 帽子はハンチングの白で、登山シャツの上には黒のチョッキを着ていた。
 何か昔懐かしい登山スタイルだ。
 登山靴だけは革製の比較的良いものだった。

 火曜日は近くのスーパーの割引券配布日だ。
 妻が釧路の娘の所にいた時は、一度も行かなかったが今日は行く。
 配布の30分前に並んだがもう50人くらいいる。
 午後の部は前から30番くらい
 音楽を聞きながら待つ。
 そして2.5円の割引券が6枚付いたのも貰う。
 今までは貰った後、最後尾に並べば2枚は貰え、人の少ない時は3枚貰う事もあった。
 最近は人気があり、1枚しかゲット出来ない。
 これを目当てに行く
 午前と午後の2回行く。
 妻と合計で4枚貰った。
 600円分になる。さらにこの日は65歳以上は5%引きになる。
 毎週行くと顔なじみの仲間が出来てくるものだ。
4月18日(月) 整形外科行き&GHリフォーム
 2週間程前から痛くなっていた左肩だが、やはり一向に良くならず、病院に行く事にした。
 行き先は函館日赤病院整形外科。
 ここには以前加入していたスキーのレーシングチームのドクターがいる。
 受付を済ませ診察室前の待合室にいたら、レントゲンを撮って下さいと言うので行く。
 直ぐに撮って貰って結果は3分くらいで出る。
 それを持って再度受付に行く。
 少しして呼び出しがかかる。
 「毛利さんしばらくだね」
 「本当にお久しぶりです」となる。
 「いつから痛いの?、腕を上げて見て、何処が痛いの?」
 と進み。
 「これは五十肩だわ」
 え〜67歳で五十肩? これって若いって事?
 そんなばかな事がある筈がない。
 50歳以上の年寄に発生する、原因の分からないものを言うのだ。
 概ね40歳以上でないと発生しない。
 「これって急になるんですか?」
 「なる事はあるよ。筋肉が硬くなっているからストレッチを良くやって・・」
 「長くなるよ」と厭な言葉。
 今まで「健康サロンin明和園」でストレッチをかなりやっていたが効果が無かったのか?
 ベッドに寝せられて、ストレッチのやり方を教えて貰う
 「痛み止めの薬と胃腸薬、それに湿布薬140枚出すから」
 となり、帰りに薬局で薬を受け取り帰る。

 五十肩とは
  1. 肩に疼痛(痛み)と運動障害がある。
  2. 患者の年齢が40歳以降である。
  3. 明らかな原因がない。
 ストレッチと振り子体操が効果的らしい。
 鍼治療が健康保険で出来るそうだ。
 6ヶ月位は掛るそうだが・・。

 創業100年の菓子
 病院の帰りに「大黒餅」に寄る。
 創業100年と言う老舗で今も昔の味のままで販売している。
 鶯餅とべこっこうもちを購入。1個100円なり。
 帰って妻と食べる。鶯餅はあんが一杯入っている。
 べっこう餅はヨモギと黒糖を購入。これも1個100円なり。
 薄皮に包んでくれるのが老舗っぽい。
 午後からはGHのリフォーム。
 まずは冬に屋根から雪が落ちた際に壊れたテレビアンテナの回収。
 高所恐怖症にとっては屋根に上るのは怖い。
 おそるおそる上って何とか撤去完了。
 もう使いものにならない
 次に壁のペンキ塗り。
 3年も経つとかなり風化して見栄えが良く無くなった。
 大分汚れてきた
 先日塗った壁は西面だったが、今度は南面になる。
 こちらの壁は高いのでアルミ脚立を使う。
 用心のためバイク用のヘルメットをかぶる。
 高所は厭だが、これで少しは気が楽になる。
 この高さでも怖い
 まずは枠を焦げ茶色で塗る。
 さらに壁を白くして古民家風にしたいので、一部を白で塗る。
 今日は完成せずに明日に持ち越しになった。

 今日はここまで出来た
4月17日(日) GH「自遊旅」配管修理
 春になったと思ったが、また寒い日になった。
 そろそろゲストハウスに水道を流そうと思って栓をひねったら水が漏れる。
 GHは冬期は殆ど使用しなため、水道の基本料金節約のため自宅から配管している。
 その配管が漏れていた。
 この配管が破れた

 見たら薄い金属だった
 鋼管と鋼管の間の曲りが多いのでフレキシブルな配管を使ったのだが、意外と凍結には弱くて破れてしまったのだ。
 そこで水道管に切り替えることにした。
 今度は鋼管で配管した
 朝の寒い中から始めて4時間くらいで完了した。
 今度は大丈夫だろうか?

 午後からは日ハム対ロッテの試合を見る。
 何と言ってもルーキーの斎藤祐樹が投げる。
 期待と不安が入り混じる気持ちで見た。
 結果的には味方の大きなバッグアップがあってルーキー勝利1番乗りになった。
 3万8千人も札幌ドームに入り、凄い人気だった。
 勝ってホッとした。
4月16日(土) 雨の日はREGZAで遊ぶ
 今朝もウォークに出ようと、空を見たら曇りでOKだった。
 4時には配達されている新聞を読んでから外に出たら雨だった。
 これはもう中止しか無い。
 スマートフォンのREGZAで遊ぶ。
 今日は着信音を代える。REGZAの着信音は今一つ自分には合わない。
 携帯電話の時は普通の電話の呼び出し音だったがそれも無く、宇宙からの音源の様な音で今一つ気に入らなかった。
 説明書を見ても、今パソコンに入っている音源を、どうすればスマートフォンに使えるのかは書いていない。 
 しかし、誰かやっている人がいるもんだ。
 WEBサイトを調査していたらあったあった。
 それが簡単で、スマートフォンとパソコンをケーブルでつないで、スマートフォンのホルダー内に「media」とその下に「ringtones」と「notifications」のホルダーを作り、その中に好きな音楽などを入れればOKだった。
 着信音を何にするかかなり迷った挙句、忌野清志郎の「サイクリングブルース」にした。
 ♪〜頭をよぎるのは 好きな女のことさ 汗をかいて峠の道 また聞こえる
   風の中に高鳴る胸に 大いなるサイクリングブルース〜♪
 ロック歌手、作詞作曲家、俳優、エッセイスト、画家など多彩な活動をしたが、
2009年5月に
 癌性リンパ管症で亡くなった。
 ロード自転車の愛好者で160万円もする「オレンジ号」だが、盗まれるという事件もあったが、WANTEDの広告を出したところ戻ってきた。
 清志郎が「楽しくて、つらくて、かっこいい。憂うつで陽気で踊りだしたくなるようなリズム」と語った清志郎。
 これが着フルメロになった。
4月15日(金) GH「自遊旅」塗装
 午前中はスマートホンををいじっていた。
 このスマートフォンの機能は凄いとあらためて思う。
 アプリケーションはどのくらい有るのか見当もつかない。
 今日は山旅ロガ―と地図ロイドをダウンロードした。
 地図ロイドは国土地理院の地形図がダウンロード出来る。
 人気のカシミールも地形図はダウンロード出来なかった。
 いつもはパソコンでプリントアウトして山に持って行ったのだが、その必要が無くなった。
 アイフォーンを持って行けばいつでも何処の地形図も見れる。
 これは有難い。
  この様に画面表示する
 山旅ロガ―は歩いた軌跡が見る事が出来る。
 今までは専用のGPSを持って歩いたが、これで代用が出来る。
 ただ電池の消耗が早いので、長い距離を歩くには予備バッテリーが必要だ。
 歩いた軌跡が記録出来る

 午後からはGH「自遊旅」の塗装をする。
 塗装をしていれば色々な人が通るし、来たりするので中断が多い。
 まずは向かいの整備工場の事務の女性。
 望遠鏡で何か見ている。何を見ているんだろう?
 望遠鏡を外したら「も〜さんいたの!」と手を振って走って来る。
 「色塗ってるんだ。綺麗になったね。も〜さんがいるの気が付かなかった。今、カラスを見ていたの。この辺に小さなカラスが居て、犬の鳴き声をすると言うので探している。」
 「そんなカラス居るの?」
 「そう・・あれだあそこの印刷工場の屋根に止まっている。」
 声は聞こえなかったが・・そうなんだろう。
 「も〜さん今年は何処へ行くの?」
 「まだ決まっていないよ」などなど話して「またね!」と会社に帰った。
 次に通りかかったのが女性。
 「私を知っている?」
 「知っているよ。寝袋を貰ったもの・・」
 彼女は100名山を登ったMさん。
 もう山は登らないからと、冬用寝袋とマットをくれた。
 品物はハードウェアーの良いものだった。
 重宝して使っている。
 「綺麗になったね」と通りすがりに言う人は沢山いた。
 完成して写真を撮っていたら、向かいの鉄工場のNさんが「綺麗になったね」と。
 昔、函館ドックで職場は違うが船の設計をしていた。
 天気も良く楽しく塗装は終わった。
 今度は別の壁をやる。
 塗装前

 塗装後1

 塗装後2

 塗装後3

4月14日(木) ミラー修理&GH「自遊旅」塗装
 今日は天気も良いのでゲストハウス「自遊旅」のリニューアルをすることにした。
 その前に自転車のバックミラーの修理。
 昨年の過酷な街道踏破で壊れてしまっていた。
 新しく買うのもどうかと思い、探したら車の補助ミラーがあった。
 これを活用しよう。
 1時間掛って完成し塗装もした。
 格好は今一つだが後ろを見るのに支障は無い。
 良いのは角度が自在になった事だ。
 後部を見る角度のセッテイングが簡単に出来るのが特徴だ。
 壊れたバックミラー

 ネジを埋め込む

 完成して塗装

 こんな感じだ

 終わってからゲストハウス「自遊旅」の塗装をする。
 3年目を迎え木の塗装も古い感じは否めない。
 以前より濃い目のこげ茶色で枠を塗る。
 4時間くらい塗って今日は終了。
 道路側の壁の70%は完了した。
 かなり古くなった

 まずは枠を塗った

 自遊旅のロゴもすっきり

 孫の入学祝いのお返しが来た。
 米だったが、今時は米袋に写真や入学した学校名などが印刷されている。
 個人商店は個性を出して生き残りをかけるのか。
 因みにこのお米屋さんは、店頭でおにぎりを売っている。
 これが滅茶苦茶美味しいのだ。
 米を売るだけのお米屋さんでは無くなった。
 お祝い向きだ

4月13日(水) 自転車で走る-妻もチャリに乗る?
 突然、妻が「自転車に乗る」と言いだした。
 自転車に乗る機会はいつでも有ったのに、ここに来て急に乗ると言うのは何だろう?
 孫の瑞葵がようやく自転車に乗れるようになったので、一緒に遊ぶためなのか?
 それともやはり自転車の便利さに気が付いたのか?
 新婚時代に特訓して乗れるようになったが、それ以降は乗ってはいない。
 乗ったのは40年以上も前の事だった。
 「午前中は用事があるので午後に乗る」となり、私はその間、MTBで走りに行く。
 行き先は東の方。
 レーシングジャージィにヘルメット姿で出発。
 風は追い風で快調にスピードを出して走る。
 40分くらい走って冬に登ろうと思っていたが、登らずにいた山の方に行く。
 道があれば次回には登ってみようと思う。
 坂を登って行ったら相当数の桜並木があった。
 まだ咲いては居ないが、雰囲気が良い場所だ。
 芝生などが有って花見には絶好かも知れない。
 道は石崎神社に通じていた。
 石崎神社
 この桜は函館との合併記念に植えたものだった。誰も来そうもない場所で意外と穴場かも知れない。神社にもお参りして再び走る。
 1時間走って戻るが帰りは相当向い風だった。
 がくんとスピードが落ちて、ペダルを漕ぐ足がきつくなる。
 短いが今年初めてのツーリングなので疲労困憊して家に着く。

 そして妻が乗る自転車を出す。
 これは近所の自動車修理工場から貰った物だ。
 シートを調整してスタート。
 あれ〜乗れる。
 乗れた〜
 人間の感覚って言うのは凄い。40年ぶりの自転車が一発で乗れた。
 これなら大丈夫と前かごと鍵やベルを買って来て取りつける。
 まさかチャリダーになって遠くへ行くのではないだろうな。

 これが貰った状態

 新しい籠も付いた
 その前に私がショートツーリングに出かけようかな。
4月12日(火) 自転車修理&病院に行く
 釧路の妹の旦那の自転車がパンクしてタイヤも外れたので函館に持って行って直して!なり車に積んで持って来た。この自転車は歴史がある。
 今、台湾在住の姪っ子が大学時代に購入したもので、その後渡り渡って娘の旦那の通勤用になった。
 17〜8年は使っているがまだ健在だ。
 このMTBはミヤタの契約ライダーである、グレグヘルボルトがWCのダウンヒルで優勝した時の記念に販売したもので、その事を書かれたシールが張ってある。
 修理を始める。
 まずはパンク修理だが2か所に穴があり修理。
 それにパンクしたままになっていたチューブも持って来たので修理する。
 これでチューブが3本治った。
 リムテープも切れていたのでゴム糊で修理する。
 タイヤはもう限界なので、家にあったタイヤを装着した。
 ブレーキやグリップバーも調整して完成した。
 チューブもタイヤも外れた

 3本のパンクを修理した

 タイヤも交換し完成した

 午後から皮膚科医院に行く。
 6日間行けなかったが、貰った薬を塗っていたのでもう良くはなっている。
 見て貰ったら、もう大丈夫となった。
 塗り薬を多めに渡すので、もう少しケアーしておくようにと言われる。
 そして前回行った血液検査の結果が出た。
 全項目異常のない結果になった。
 コレステロール、尿酸値、γ-GTPなどなど。
 先生に100歳まで生きると言われたが・・・。
 酒を3年前に止めたが、その効果が大きいのかな??
 それと一人暮らしで、1ヶ月間質素な生活をしていたからもあるかも。
 後は左肩の痛みの治療に行かなくてはならない。
 特に何かをしたかと言う訳ではないのだが・・。
 ストレッチを強くやった覚えもないし、寝ている時に左腕が下になったのか?
 普段はそれ程感じないのだが、夜中に痛さで目が覚めるので寝不足になるのが問題だ。
 痛いと考え事をするのに支障が出る。
 新しい旅の計画に身が入らない。
 明日病院に行こう。


 東日本大震災大震災はまだまだ復帰に遠いが、地平線会議からもボランティアに行っている。
 山が―ルの亜美ちゃんは早々に被災地に行き、日本エコツーリズムの本部災害事務所で仕事をしている。
 車に寝泊まりの毎日だが、相当疲労しているようで皆が心配している。
 野宿党なので野宿は慣れているいるがそれでも相当厳しいようだ。
 まだまだボランティアが足りないそうだ。
 今日は先月GH「自遊旅」に泊まって行った、ともちゃんが現地入りした。
 ヘリコプターで現地入りの予定が風が強く出れず、電車で向かった。
 彼女は看護師なので、大いに役立つ事だろう。
 皆、頑張っている。
4月11日(月) 函館に戻ってきました
 朝に釧路を発つ。
 瑞葵の通学を見送る。
 「じぃちゃん遊んでくれて有難う」と言って学校へ行った。
 友瑛は車に載せて近所を一回り。近くにあるひぶな幼稚園に行き、機関車トーマスの通園バスを見せる。いつもはおもちゃばかりなので大きなトーマスに満足。
 家に帰って妻を載せて出発する。
 天気は良いが風は冷たい。
 何度も走った道をひたすら函館に向かう。12時間は運転しなくてはならない。
 でも長距離運転は余り気にならない。
 自転車で100km走るよりは楽だ。
 それに若い時にはカーラリーに参戦していたので、長距離には慣れていたが、その時の経験が今でも生きているのかもしれない。
 北海道1周ラリーなどは2日間で1500kmも徹夜で走る。
 今では懐かしい思い出だ。
 震災以来車の量が減った様に思う。浦河に抜ける天馬街道は車に会うのは80kmくらい走って数台しか会わない。
 静内(現新ひだか町)でリサイクルショップに寄る。
 新しいトレッキングシューズが1900円で売っていたのでゲット。
 スーパーで弁当を買って駐車場で食べて出発。
 登別でガソリン給油。長距離は燃費が良い。13km/リットルだった。
 その後も順調に走り、長万部で夕日が落ちてきたので写真を撮る。
 長万部の夕日
 夕食はパンで済ませ、暫定無料の高速道路から見える、函館市街地の夜景を見ながら市内に入り無事徳着。
 11時間30分を殆ど休みなく運転してきた。
4月10日(日) 瑞葵の音楽発表会
今日は瑞葵のエレクトーン発表会の日。行く前の練習では大丈夫だが本番はどうなるか。
手のひらに人という字を書いて飲み込んでいた。子供も緊張するのだろう。
発表するのは20名。みな着飾って会場にやってきた。
1番からはじまり瑞葵は13番目。
舞台に上がり一礼する。そしてエレクトーンに向かい演奏をする。
曲目はこぐまのマーチ。
どうやら間違いが無く演奏出来たようだ。
最後に全員でらららミュージックを歌い終了した。
上手く弾けた人、失敗して涙ぐむ人と悲喜こもごもだった。
 間違いが無かった
夕方、今日も自転車の練習に行く。
上手く乗れた。孫といつかツーリングにいけるだろうか。一生に一度は行ってみたいものだ。

家に帰って友瑛の誕生会。沢山のプレゼントに囲まれ大喜びだった。
本来は14日なのだが、じじばばが明日函館に帰るので前倒しにしてくれた。
これで当初の予定は全て終わった
4月9日(土) 釧路5日目
 朝は近くの春採湖でウォーキングをする。一周4.7kmある湖の周回コースは人気があり、多くの人が汗を流している。湖を見ながら歩くコースは爽やかだ。すっかり汗をかいて、帰ってからシャワーを浴びてコーヒーを飲むのも良いものだ。
 家の近くに変わった家がある。
 この店だ
 見た感じはどう見ても骨董品屋なのだ。
 古物品が外に大量に置かれている。その家の壁には小さく、たこ焼きのメニューが書かれている。
 本当にたこ焼きを売っているのか恐る恐る入って見た事がある。
 「あの〜ここはたこ焼き屋ですよね」「そうだよ、何パックいるの?」
 「そんなには要りません。1パックで良いですが。」
 この店にそんな大量に注文するのかと不思議だったが、その訳が分かった。
 この店の向かいには釧路工業高校があり、対外試合などが行われる。
 この辺りは店が無いから、先生が纏めて大量に買いにくるのだ。
 スポーツウェアを着て行ったので、体育の先生と間違われたのだった。
 たこ焼き屋機は家庭用の感じだったが、こんな所が意外と商売になるのかもしれない
4月8日(金) 釧路4日目
 今日で釧路に4日目の滞在になる。
 昨日の夜中は地震で目が覚めた。
 東日本大地震の余震だった。被災地の人は本当に大変だ。
 前回の3月11日の地震も釧路で感じた。また函館の家が心配だが、震度3なので問題は無いだろう。
 今回は地震対策をしてから函館を発ったから少しは安心だ。
 瑞葵が学校に行っている間は、愛葵と遊んだり、友瑛とドライブをする。
 そして瑞葵が学校から帰って来てから、自転車の練習に行く。
 昨年函館に来た時に乗れるようになったのだが、それ以来乗っていないし、自転車も新しくなり大きくなった。
 釧路にはサイクル広場があり、安全に自転車が出来る。
 最初の数回は上手く乗れなかったが、コツを掴んだらすいすいと乗れた。
 子供って忘れないんだなと感心する。釧路滞在も長くなった。
 後は10 日の瑞葵のピアノ発表会を聴いて11日には函館に戻る
4月7日(木) 瑞葵初登校
 朝にウォーキングをする。
 朝日を見たかったが、なかなか良い場所が見つからない。
 釧路の夕日は世界三大夕日と言われているが、よく見える場所が遠いのでなかなか見る機会が無い。朝日も良く見える場所が分からない。
 今日の朝日も建物の間から覗いた。
 こんな朝日しか見えない
 春採湖の周囲を歩くが、今はフキノトウが真っ最中で咲き乱れていた。
 湖はまだ凍っていて、春にはもう少し時間外がかかる釧路の今だ。
 今日は瑞葵の初登校の日だ。
 昨日は入学式なので両親やじいちゃんばあちゃん、それに弟や妹も一緒だったが、今日から一人で行かなくてはならない。
 緊張のせいか6時前には起きてきた。
 それから食事をしたり歯を磨いたり、服を着がえたりしているまにあっと言う間に登校時間になり、ランドセルを背負って出発。
 近くの信号まではパパが付いて行く。
 今日は順調に出来たが、慣れてきたら時間がギリギリになって毎日大騒ぎになるのだろう。
 一人で通学する孫に成長の跡を見て逞しく思うのと、心配が交錯する。
 今は胸に名札は付けない。防犯上の理由だ。防犯アラームも持つ。
 大変な世の中なのだ。
 今日は初日なので早く帰って来た。
 午後から友瑛と瑞葵を連れて春採湖まで散歩に行く。友瑛も随分歩けるようになった。
 お姉ちゃんも負けそうだ
4月6日(水) 瑞葵・・城山小学校に入学
 3人で記念撮影
 今日は孫の瑞葵の城山小学校の入学式の日だ。
 天気は全道が快晴という入学日和になった。
 先ずは瑞希と両親が学校に向かう。それから遅れる事30 分にじいちゃんばあちゃんと友瑛と愛葵の4人が出発。
 学校に入ったら受付があり、高学年のお姉ちゃんが友瑛に「お名前は?」と聞かれる。
 もじもじする友瑛だった。何とか「ともあき」と答える。
 友瑛も愛葵も出席
 お姉ちゃんは入学生と間違えた様だ。教室を覗いたら、瑞葵は隣の男の子とずっと前からの知り合いのように話している。子供は直ぐに友達になれる。
 やがて入学式会場に入る。
 入学式会場
 やはり幼稚園の時とは違う緊張感が漂う。
 校長挨拶や国家斉唱、校歌斉唱、など式も順調に進み、最後に記念写真を撮って終了した。
 中央が瑞葵
 孫の成長の早さにただただ驚くばかりだ。その分じいちゃんばあちゃんが年を重ねている。
 終わった後、お祝いに瑞葵が大好きな「ファイブスター」のランチバイキングに行く。
 バイキングはどうしても食べ過ぎてしまう。
 お腹いっぱいになり苦しい。
 夕方にお腹を空かせるためにと瑞葵にさそわれ公園で目一杯遊ぶ

 夕食は簡単にケーキで終わった。
4月5日(火) 様似山道を歩く
 昨日温泉に入って暖まって車で寝た。
 これならぐっすり眠れるだろうと思っていたが、朝方かなり冷え込み、たまらず起きて寝袋一枚を追加した。
 昨日の寝る時は冬用の寝袋に毛布だった。
 寝袋を1枚追加したら、今度は暖かくてぐっすり寝れた。
 窓が凍っていた
 朝起きたらフロントガラスは凍っていた。これなら寒い筈だ。
 昨日、温泉で使った手拭いはガチンガチンに凍っていた。
 一体何度まで下がったのだろう。
 そのお陰で今日は快晴だ。

 今日は様似山道を歩く事にした。
 以前自転車での走破を試みたが、途中の急斜面が滑り、何度試みても登れない場所があり断念している。
 そんな事もあり、今日は歩きにした。
 天気は快晴だが風は冷たい。
 この様似山道は日高から十勝にかけての海岸線は、断崖絶壁が続き通行するには、海の潮が引いた時に海岸を渡り、さらに急な断崖も数多くあったことで、海が時化れば何日も足止めされた。
 そんな背景から、徳川幕府が開削を決めた。
 北海道で初めての官の道路工事であった。
 幌満(東口)入り口
 東口入り口の幌満から登る。
 最初は沢に沿って登るが、風が全く当らないので暑い。汗だくなりながら登る。
 雪は北面には少し残るが、南面はまったく無い。
 一汗かいて高台に出る。平坦地を少し歩きつづら折れの道を一気に沢まで下る。
 はっきりとした道が残る
 そして再び斜面を登る。 
 自転車で踏破出来なかった場所
 このロープ場のある斜面が前回の自転車踏破を阻止させた。
 歩くには何も問題無く歩ける。
 登り切ると再び平坦な山道を進む。この時期は歩く人もいないので静かに歩ける。
 原田宿跡
 途中に原田宿の跡があった。
 淡路国洲本の旧藩士、原田安太郎幸孝夫婦が経営していた。
 今でも当時の土台石や炉の跡が残る。
 こんな場所に良く作ったと思う。食料の調達や水の確保はどうしていたのだろう。
 この山道は当時、難所であったので、この宿の存在は貴重であった事は想像出来る。
 原田宿跡から再び沢に下る。山道は道は多くの人馬が歩いたので深く掘れている。
 旧道の雰囲気が良く出ている
 旧道好きにとっては堪らない魅力的な山道だ。
 アップダウンを何度繰り返しただろう?
 海がよく見える場所に出て来た。5kmくらい来ているのでゴールまでは2km程度だ。
 コトニ遺跡もある
 下って昆布干し場に出て旧道は舗装路になってしまう。
 再びダートの山道に入り、最後に一気に下れば西口に到着する。
 ここが西口
 写真をかなり撮りながら歩いたので、4時間30分かかった。
 途中の雪の上には熊の足跡が見られたが、昨日のものなのかな。
 薬莢も沢山落ちていて、鹿の骨だけが残っていた。
 解体して肉だけを持ってったのだろうか。
 西口に置いていたMTBに載り、東口幌満登山口においた車に戻る。
 楽しい1日だった。
 ここからいっきに釧路に走った。
4月4日(月) 函館〜三石道の駅
 釧路に向けて出発する。
 快晴の中、9時には家を出た。
 震災の影響なのか車が少なく順調に流れた。
 大沼のトンネルを抜けると駒ケ岳が綺麗に見えた。
 赤井川からの駒ケ岳
 空は青空で残雪とコントラストが鮮やかだ。
 この駒ケ岳は登山禁止が続いていたが、今年は一部のコースが開放になる。
 快調に虻田に着いた。
 途中の山々は残雪があるが、もう春山の感じになっている。
 ここまで3時間かけて走る。
 快晴の中の走行は気持ちも浮き浮きする。
 苫小牧から浦河への道を走っていた時に、突然右手から鹿が横切ろうとした。
 思わず急ブレーキで何とか当たらずに済んだ。
 鹿は出口が見つからずうろうろしていた。お互い無事で良かった。
 新冠に入りサラブレット街道を一回りする。
 今の時期は子馬が沢山居て可愛い。どこの世界も子供は可愛い。
 仔馬は可愛い
 道の駅「みついし」には5時30分に着いた。
 ここには温泉「蔵三」があるので車中泊するにはもってこいだ。
 温泉にのんびり浸かり、誰も居ない大広間で9時までテレビを見て過ごし、車に戻り宿泊する。
4月3日(日) 懐かしい人3人と会う
 日常的には昔勤務していた会社の人とはなかなか会えないでいる。
 それが今日は凄い日だった。
 ウィンドゥショッピングをしようとSPORSアルペンに行った。
 お目当ては自転車コーナー。
 コーナーに入った瞬間向かいから来た人が、「あ〜新聞に出ていた・・・」
 と言う。こちらも、かすかに見覚えがある。
 「名前は毛利ですよ」「そうだった」
 中学校時代の同期生のSさんだった。
 40年ぶりくらいの再会だ。
 ここからしばらく昔話しや友人の消息の話しになる。
 懐かしい話しが続く。
 「背があまり伸びていないね」
 確かに私は中学時代は大きい方だった。
 そこから全く伸びていない。
 話しは尽きないが分かれて、10mも歩いたら、「あれ〜」
 私が最初に勤務した函館ドック(現函館どっく)の設計に居たIさんだった。
 アマチュア無線クラブなどを作って仲良くしていた。
 30年ぶりくらいに会う。
 ここでまた長話しになる。
 みんな自転車を購入しようと見にきたそうだ。
 結局1時間くらい自転車コーナ―に居た。

 次にユニクロに行く。
 アンダーシャツが欲しかった。
 速乾性のシャツが2枚で790円を購入。
 私のアンダーのYGシャツもかなり着込んだ。
 そろそろ潮時だろう。
 野宿旅などに出るせいか、速乾性にすぐ行ってしまう。

 これで終わって「花の湯」温泉に行く。
 入って着替えようとしたら、隣のロッカーにスキー仲間がいた。
 3年ぶりに会う。
 
 普段はなかなか知り合いに会う機会は無いのに、今日は3人に会えて凄くハッピーだった。
 明日は釧路に向かって車を走らせる。
4月2日(土) i-Phoneに苦戦
 今日は雪の予報だし、釧路行きの準備もあるので家で過ごす。
 まずはI-Phoneの操作を覚えなくてはならない。
 最小限の事は覚えようと、まずは電話関係の設定をした。一番悩んだのは電話帳のホルダーが作れない。
 あいうえを順で並ぶので探すのが大変だ。
 次にブログ発信用にメールの設定とブログのアドレス変更をした。
 メールは使える。
 カメラは流石に画像は良いし、動画のフルハイビジョンも綺麗だ。
 これならデジカメを持たなくても良いかも。
 保存時間の遅いのが気になる程度。連続してばちばち撮るのは厳しいか。

 カーナビも出来る。住所録から一発でルートを探しだす。
 これも活用できそう。
 WEBもパソコン並に使える。
 従来はノートパソコンを自転車に積んで旅している人が多かったが、これからはI-Phoneになる事は間違いない。
 困ったのが電源。
 結構早くバッテリーが無くなる。WEBやTVなどを見ていれば直ぐに無くなる。
 旅に出た時は困るかも。
 電源はソーラーなど旅用の充電器は持っている。
 I-PhoneはFOMAの携帯と入力ソケットが合わない。
 そこで変換アダプターをくれた。
 それは良いのだが、ショップで言うには、今持っているソーラーは使えないと言う。
 その時は、私のソーラーも知らないで簡単に言えるなと思っていた。

 10年間ドコモを使っていたので、携帯用バッテリーを無料で提供するがi-Phoneは使えないから、家族の持っているFOMAで使ってくれと言う。
 これは1800mAもあるもので購入すれば3000円近くする。
 ドコモのサービスで貰った
 でもこれをI-Phoneに繋いでも全く問題ない筈だ。
 早速、変換アダプターを通して繋いでみたら充電する。
 これならソーラーからも充電できる。
 何とか上手く行きそうだ。
 野宿旅に出れば充電に苦労するので沢山のバッテリ−を用意している。
 これが使えないと痛い。
4月1日(金) 主夫な生活
 朝起きて最初は洗濯をする。
 洗濯の間に食事をする。冷蔵庫を見たら卵が1個しか無い。
 これは補充しなければ・・・。
 取り敢えずの食事は作って食べた。
 そして9時から始まるスーパーのバーゲンタイムに行く。
 開店時間の15分前に並ぶ。この場所は前から20番くらい。
 これなら確実に買える。
 本州では卵が値上げだと聞いたが、函館はどうだろう。
 ドアが開くと同時に皆、卵売り場に向かう。
 Lサイズ95円だった。これなら普段と変わらない。
 ついでに1個45円でリンゴを2個買う。
 これで今日の買い物は終わり。
 
 自転車で上磯ダイエーに向かう。
 注文していたスマートフォンが入荷したとの連絡が来ていた。
 1ヶ月もかかった。東芝のREGZAは人気があるそうだ。
 防水、ワンセグ、12.2メガのカメラなどがある。
 使い方はまだまだ
 説明を聞いて帰って来る。
 これで午後2時になってしまった。
 昼食は焼きそばを作る。
 家のコタツはもう使わないのでゲストハウスの堀コタツの部屋に移動。
 そして夕方は温泉に行く。
 知り合いがいたので長話しになってしまった。
 家に帰って食事を作る。
 これで7時になってしまった。
 一日はあっという間に終わった。あ〜主夫は忙しい。
HPTOP