2011年
目次
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12月
7月31日(日) 関口さん出発
 関口さんが青森に向けて出発した。
 関口さんが出発
 当初は一緒に行く予定だったが、今日旅人が来ると言うので、私は明日早朝の4時半の便にした。
 先に行く関口さんに場所取りをして貰う事になった。
 何故か毎年同じ場所にテントを張っているので、その場所が居心地良い。
 昨年は遅れて、その場所に他の人がテントを張ったので、他の場所にテントを張ったのだ。
 やはり何故か馴染めなかった。
 今年のサマーキャンプは大変な事になった。
 ねぶたが終わった後に入る温泉が、東北大震災で壊れてしまい、入れなくなったのだ。
 数百人の人が汗だくになった体を洗えなくなった。
 大変な事だ。
 他にも温泉は2個所あるが終わるのが早く間に合わない。
 どうなる事やら。
 私の場合はねぶたの後は疲れて温泉に行く気力は無い。
 水で体を洗ってその日は終わり、翌日の朝風呂に入る。
 その朝風呂に行く温泉は多分無事だろう。
 荷物満載になった

 関口さんと一緒に途中まで行き、その後は車を見に行く。
 最終的にはCUBEになるだろう。
 今は発売していない7人乗りなのだ。
 現在のCUBEより17cm長い。
 後ろには寝るスペースも確保されている。
 日産の営業が乗っていたそうで、定期整備は会社でやっている。
 エンジンの吹けあがりは鋭かった。
 最後の交渉は休み明けになるが、明日からねぶたで不在だ。
 交渉がやりにくい。
 長い車体だ

 シートはえんじ

 エンジンルームも綺麗

 午後からユニクロに行くと言うので一緒に行く。
 私の短パンも古くなってぼろぼろなのだ。
 勿論安物だから十分元は取っている。
 そうしたら何の弾みなのか、孫の瑞葵が「おじいちゃんに、私のおこずかいで短パンを買ってあげる」と言う。
 ついに金なしのじいちゃんは孫に買って貰うようになってしまった。
 それでもじいちゃんは、うるうるになって「み・ず・き・有難う」
 ユニクロに行ったら、自ら探しに行って、おじいちゃんのTシャツと合う、短パンの色はどれが良いか一生懸命選んでくれた。
 じいちゃんと同色のTシャツを選び、その下に色々な色の短パンの色合わせをして、これが良いとコージネートしてくれた。
 孫が買ってくれた短パン
 そしてさっさとレジに行って、自分の財布から1000円を出して払ってくれた。
 そして私に手渡してくれた。
 「有難う瑞葵」
7月30日(土) 車探し&旅人と話す
 今日も朝から車探し。
 自転車で北斗市まで行って来た。
 小型車や軽4輪車を見て帰宅。
 家で撮った車の写真を見て貰った。
 軽4はやはり4人乗りがネックでパス。
 私としては経済性で良いと思うのだが・・。
 結局5人乗りのRAV4に落ち着きそうだ。
 まあ自分としてはこだわりは無いので、どんな車種でもOKなのだが。
 RAB4は2列目シートが簡単に外れるので、私としては遠出の時には、寝どこも出来るし、炊事も出来るスペースがあるので、大満足ではある。
 この椅子が簡単に外れる

 午後は旅人と話す。
 やはり話しは尽き無く長い時間話した。
 
 娘一家と妻は競馬場でのイベントに行っていたので迎えに行く。
 みんな疲れて帰って来た。
 孫が来ると嬉しいが本当に大変だ。
 私の部屋は荒れ放題で、台風が来た後のように物が散乱している。
 明後日はねぶたに出発だが、このままの状態で出発かもしれない。
 帰ったらまだ荒らされているかも知れない。
 子供の好きな文房具や紙が豊富にあるのだ。

 明日は旅人が一人青森に向けて出発し、また新たな旅人が来る。
 みんな青森ねぶた参加組だ。


 函館市のウォークが、今年は大々的に行われる事になった。
 私にも幕末のガイドの依頼が来た。
 総日数25日だ。
 このガイドも決まった。
 忙しい。
7月29日(金) 車探し&旅人来る
 今日の午前中は車探しをした。
 数件の中古販売店で何とか見つけたのは2台だがまだ最終決定はしていない。
 最初にまあ良いかなと思ったのはRAV4だった。
 39000km走行の12年車。
 セカンドシートが簡単に取れれ大きなスペースが出来る。
 寝るには最適だ。
 本体が69万円+諸経費。


 後の一台が、日産カルディア。
 24000km走っている平成12年車。
 これが68万円。
 東京の人が乗っていたので、あまり走っていない。
 転勤で函館に来て4WDに変えた。
 新車のような車だった。
 エンジンルームも綺麗。
 問題は前輪駆動で4WDではない。
 

 まだじっくり考えよう。
 
 今日も旅人が来た。
 茨木の関口さんで今回が2度目。
 毎年ねぶたに参加している。
 今年は函館から青森に渡る。

 GHG「自遊旅」も連日宿泊者がいて賑わっている。
 洗濯物が干される光景があちこちで見られる。


 そんな中、10月の講演依頼が来た。
 道民カレッジの基調講演の依頼だった。
 1時間半の講演をする。
 旧道の旅や歴史の旅の話しになる。
7月28日(木) 車の修理は諦める
 レンタカーを返しに行った。
 2泊3日で10500円だった。
 ついでに我が愛車の状況を確認。
 ラジエター修理とマフラー修理とボディの補強で10数万円かかる。
 さらに治った後で、エンジンをチエックして駄目なら交換となる。
 どうするか??
 考えた結果車を廃車にして、中古車を買う事に決めた。
 直ぐに、修理工場の社長の紹介で車をが来た。
 ワーゲンのステ−ションワゴンだ。
 40万円と安く、錆びもないし、本来はこれでも良いのだが、外車がネックだ。
 部品が高く手に入らない。
 修理は専用工具がいるのでどこの整備工場でも治せない。
 ワーゲン専用の修理工場になる。
 と言う事で止めにした。
 次に持って来たのがホンダの軽4ワゴンで4ナンバー。
 86000km走った平成11年車だ。



 すべて込みで35万円。
 流石に錆びはある。
 板金して直すそうだ。
 荷台はかなり広くフラットになる。
 5速の手動シフトに乗ってみたが、快調にエンジンは回った。
 妻が居ないので後で、写真を見せたが今一つ?
 これも駄目になった。
 これから探さなくては・・・。

 昼から競輪場のプールに孫達を連れて行く。
 十分に水遊びして帰って来たが、友瑛が熱を出す。
 38度ある。

 夕方、スクーターで小松さんが来る。
 長野県岡谷市からスクーターでやってきた。
 朝日テレビの人生の楽園を見て、是非泊まりたかったと言う。
 70歳だが元気だ。
 毛ガニは美味しいと小松さん
 近くの中島廉売で毛蟹2ハイを買ってきて完食していた。
7月27日(水) 函館に着いた
 孫の瑞葵は幼稚園に宿泊した。
 釧路短大付属幼稚園は卒園したが、卒園生を対象に宿泊しながら皆が集まる。
 卒園後学校もばらばらになるので、なかなか会えない人もいる。
 そんな便宜を幼稚園が果たしている。
 32人の在校生の内、29人が集まると言う人気だ。
 遠くは群馬に引っ越した方も子供を連れて来たそうだ。
 子供が寝てしまった、10時からは父兄の集まりがある。
 いままで一緒に活動して来たので、こちらも話しに花が咲くそうだ。
 なかなかユニークな取り組みだ。

 朝に荷物を積み終えて、瑞葵を幼稚園に迎えに行く。
 皆が別れを惜しむようで、なかなか解散しなかった。
 
 孫3人と娘を乗せて出発。
 30.kmくらい走ったら、下の愛葵が泣きやまず、しばらく車を止めてあやす。
 シートベルトをしなくてはならないので、抱く事も出来ない。
 走りながらは出来ないし、やはり子供連れは大変だ。
 清水町のセイコマで昼食を買う。
 外に出たら暑い!
 エアコンをつけて走っていたので気が付かなかったが、外の気温は30度を超えているようだ。
 
 清水町から高速に乗る。
 大型車が多い日勝峠を越えるのに比べ格段に楽だ。
 夕張の手前で降りる。
 まだ高速が完全に繋がっていない。
 
 再び夕張から乗ったが、このレンタカーにETCが付いている事が分かった。
 これは知らなかった。
 次に降りた、登別室蘭インターでその事を話したら割引にしてくれた。
 登別のおじいちゃん・おばあちゃんの家に寄る。
 普段なかなか会えないので、少しの時間でも会うのが楽しみの様だ。
 少し休んで再び高速に乗る。
 再び愛葵が泣きだす。
 瑞葵と友瑛の懸命のあやしのも泣きやまない。
 でもSAは全く無い。相当長い距離を走ってやっと八雲で高速を降りた。
 しばらく休憩。

 その後は子供達も寝てしまい。
 淡々と函館まで走って到着。
 エアコンをかけっ放しだったので、風邪がまた悪化した感じだ。
7月26日(火) 釧路に着いた
風邪気味の朝で少しぼっとしていた。
おにぎりを2個作り、おかずも作ろうとしたが、やはり面倒になり作らずに出発した。
新しいX-Traleは快調に走る。
18万km走った我が愛車とは全く違う。
おまけにガソリン車は静だ。
マフラーに穴の開が開き、ジーゼルの我が愛車とは雲泥の差だ。
八雲まで来たら、前方に手押し車の旅人がいた。
話をする。
 花里さん
宗谷岬を目指している、花里さんだった。
その車はかなり重い。
テント、炊事用具を積んでいるにしても重い。
私のキャリアの3倍はありそうだ。

帰りに函館に寄って下さいと言ったら、「無事だったら寄ります」と言っていた。
特にトンネル内が怖いそうだ。

別れて伊達に着いた。
ガソリンを入れようとしたが、タンクの蓋を開けるレバーが無い。
しばらく探したが分からず、スタンドの人に聞いたら、ドアの鍵と連動していて、レバーは無いそうだ。
何とか入れて出発した。

帯広に入った。今日は日ハムの試合がここである。
チケットは完売で生試合は見れないが、通過時に中田がホームランを打った。
幸先良いなと思ったが、釧路の娘の家のテレビで負けを見た。

今日はガソリンを入れるのに一度止まったが、それ以外は一度も止まらず11時間走りきった。
自転車旅でも自力で10時間は走るから、運動量の少ない車は楽だ
7月25日(月) 眠いし風邪気味&旅人
 朝に家に帰って来たが、流石に眠いし喉が痛い。
 一眠りしようと布団に入ったら、3時間くらい寝てしまった。
 起きたら、声が枯れて出ない。
 ようやく話せる具合だ。
 そんな時に電話が来た。
 茨木のSさんだった。
 枯れた声を振り絞って話す。
 Sさんは昨年の「街道踏破の旅」の時、私は神奈川のTさんの所に泊まったが、その時、茨木から電車で駆けつけてくれて、料理を作ってくれたのだ。
 出会いはもう4年も前になるだろうか、大沼のトンネル付近で声をかけて、GH「自遊旅」に泊まって貰った。
 その後、毎年ねぶたでは会っていた。
 電話の内容は、森町付近でタイヤがバーストしたそうだ。
 所が森にはタイヤが無く、函館に行かなければ駄目だと言われたそうだ。
 そこで何処に店があるのかの問い合わせだった。
 家の中を探したら、同じサイズのタイヤがあった。
 そこで東大沼まで持って行くことにした。
 借りたばかりの、X-Toreilで行く。
 X-Trail
 最近は新しい車にも乗る事が無いので、妻にも声をかけて一緒にドライブする事になった。
 やはり新しい車は良い。
 
 東大沼キャンプ場にSさんがいた。
 タイヤを渡す。明日から恵山の方に向かうそうだ。
 その後、函館に来てから青森に渡りねぶたに参戦する。
 だんだんねぶたモードになってきた。
 今居る旅人もねぶたに参戦する。
7月24日(日) 旅人来る&バースディ祝い
 妻の妹の孫の誕生日に呼ばれた。
 今、姪っ子と子供は台湾から1時帰国している。
 暑い台湾を避けて北海道に避難だ。
 最近は気温も低く寒いと言っていた。
 やはり朝晩は台湾在住にとっては寒いようだ。

 日中は特にする事も無いので、12時から始まるオールスターゲームの第3戦を見る事が今日の楽しみだ。
 試合はパの圧勝に終わったが、試合は十分に見ごたえのあるもので、満足だった。

 今日は、旅人吉田君が函館にやってくる。、
 先月松前で会った、大学生旅人だ。
 1ヶ月かけて北海道の沿岸を時計回りに走ってきた。
 しばらく函館に滞在予定だ。
 彼の彼女は函館出身で、実家にはお母さんがいるそうだ。
 その彼女が飛行機で函館に墓参りにやってくるそうだ。
 その時まで宿泊したいとの事だった。

 夕方、誕生パーティに行く。
 私の車は故障中なので、妻は妹の旦那の車で送って貰う。
 私はチャリで走って行く。
 ケーキにロウソクが灯り、はっぴバースディの歌を歌い、主役の颯太がふっと吹き消す。
 でも彼は「暗くしてやるから嫌いなんだ」そうだ。
 颯太君
 美味しいものを頂き、私的には眠いのだが、妻の亡き父母のアルバムを持って来た。
 亡くなってから整理していないので、皆が集まったこの際、やろうとなった。
 一枚一枚取りだす写真に対しての記憶は、妻が圧倒的にはっきりしている。
 お陰でなかなか処分が進まない。
 結局午前1時過ぎまで整理して終わった。
 かなり眠い。

 明日の早朝に函館をスタートして釧路を往復する。
 往復24時間の旅だ。
7月23日(土) 旅人3人来て、もう出発
 昨日出発した「旅する芸人」から電話が来て、五稜郭を見たがやはり函館山の夜景を見ないで行くのは後悔しそうだと言うのでもう1泊泊まる事になった。
 夜に歩いて登り、そこで恵庭の学生2人と会い、3人が泊まる事になった。
 今日の朝の出発は6時頃にすると言っていたが、結局起きては来ず、8時頃3人揃って出発して行った。
 出発前の記念撮影

 3人で出発した
 私の釧路行きは26日に伸びたので、何をしようかなと思い考えた末、青森ねぶた行きのパッキングをしてしまおうとなった。
 青森ねぶたは同じ場所に1週間キャンプするので、荷物は普段持たない、3〜4人用のテントとテーブル、いすなどがある。
 かなり重量が増えたが近いので問題は無い。
 釧路から帰ってきたらあまり時間的余裕が無いのでパッキングを終えて良かった。
  ねぶたの花笠も積んだ
 午後からはオールスターゲームを見ながら、菅江真澄の旅の紀行文を書き終えた。
 後は校正が残る。
 たった3日間の旅だが50ページになった。
7月22日(金) 車が故障だ!
 今日は釧路に向けて出発の日だ。
 朝から荷物の積み込みとおにぎりを作って準備完了。
 さらに今台湾から帰している姪っ子が、イカ好きなので朝イカを買って出発した。
 イカを届けて家で子供と遊んだ後出発。
 国道5号線を快調に走っていたと思ったら、峠下という場所の手前の信号で車がストップした。
 え〜国道のど真ん中じゃん!
 ハザードランプを点灯させて、ドアを開け後続車に故障だと意思表示する。
 メーターを見たら水温計がHを指している。
 オーバーヒートだ。
 エンジンは掛らないから冷やす。
 しばらく冷やしてからエンジンをかけたら、かかったので移動した。
 取り敢えずはガソリンスタドまで行って水を補給しようと思ったが、途中でまたもや止まってしまった。
 その場所が丁度整備工場の前だった。
 見て貰う。
 ラジエターから水が漏っていた。
 原因はラジエターの前に付いているエアコン用の冷却器の台が腐って取れ、ラジエタ―に接触して穴が開いたのだ。
 取り敢えずは、粘土状のもので塞ぎ、水を補給する。
 エンジンが過熱しているので、水を入れたら蒸気が噴き出る。
 何度も水を入れてようやく収まった。
 冷却水の温度も下がったので、何とか家までは帰れるだろう。
 
 帰り際、「REGZAを使っているんですね。」と言われ、「私も妻も使っているんですがフリーズするんですよ。あなたのは大丈夫ですか」と聞かれたが、確かに電話が来た時に手でタッチしてもなかなか繋がらない時がある。
 そんな会話をした後、自宅に向けて走る。
 幸い温度も上がらずに家に着いた。
 向かいの修理工場に行く。
 「もう車も古いから交換かな? 何か良い中古が無いですか?」と聞いたら家の裏にあるのはどうかと言う。
 10万キロ走ったNOARだ。
 乗って走って見たら快調に走る。
 マフラーに穴が開いているのとタイミングベルトを交換しなければならない。
 妻と一緒に近場を走ったが。「これでいいじゃん」なった。
 値段は?と聞いたら7万円だ。ヂィーゼル車は車の引き取りは5万円だそうだ。
 するとこの車は2万円でOKとなる。
 これにしようかと思ったが、他に無いか聞いたら日産に在庫があるからと言われ見に行った。
 日産ディラ―にはあまり車が無かった。
 震災の影響と新車が売れないので下取りの中古が無いそうだ。
 あったのは4ナンバーのワゴン115万円。
 CUBE20年車95万円だった。
 でも何か今一つ欲しいと言う気にはなれない。
 帰って修理工場に行く。
 事務の女性がいた。
 彼女とは話しが会うので、社長より正確なアドバイスがいただける。
 「毛利さん、車は迷っている時は買わない方が良いよ」と言われた。
 やはり修理するか?
 ラジエター交換とマフラーは溶接で直す。
 それなら10万円少しで済みそうだ。
 その方が良いよと言われた。
 ただ今回のオーバーヒートでエンジンヘッドが痛んでいる可能性がある。
 その時は諦めて車を買えば良いでしょうと言われた。
 万が一エンジンが壊れていたら諦めて車を買う。
 この様に決めた。
 フレンディにはまだ愛着があるのでこの方が良かった。
 釧路にはレンタカーで行く。
 修理工場の親戚と言う事で安く借りて貰えた。
 X-Trailを借りて、26日に釧路に出発する。

 そんな中旅人が来た。旅する芸人だ。
 このキャラだ

 胸にはスポンサーの刺繍

 旅する芸人
 旅する芸人というキャッチフレーズで、全国を回りながら笑いのネタを集めている。
 スポンサーも26社くらい付いていて、その名前をユニフォームに張っている。
 他に東北を励ますメッセージを皆から貰って、人とメッセージを写真にしている。
 帰ってから本も出版する事が決まっているそうだ。
 教員資格を取っているが、お笑いも捨てがたく「よしもと」に弟子入りしたそうだ。
 今後どうするかは日本一周を終えてから考えるそうだ。
 教員になるかよしもとのお笑い芸人になるか?

 妻と記念撮影
7月21日(木) バーベキューコーナー製作
 明日は釧路の旅立つのだが、気になるのはまだ完成していないバーベキューコーナーだ。
 釧路の孫や娘の来る前に完成しておきたい。
 妻に予算を聞いたら、良いだろうとなり、二人でホームセンターに買物に出発。
 1×4の材料がつい以前見た時は1枚200円を越えて218円くらいになっていた。
 今までは200円を切っていたので、随分値上がりしたと思っていた。
 所が今回行ったら何と148円と超安かった。
 この板を21枚購入した。
 他にペンキとバーベキューテーブルも買った。
 当初テーブルは造る積りでいたが、2980円は安い。木で作れば遥かにオーバーする。
 今回は出来あいの物を購入した。
 他に花を購入。

 昼になったので、久ぶりに昼食を食べる事になった。
 最近は全く外食はしていない。
 いつ行ったのか記憶にも残っていない。
 行ったのが「張家口(ちょうかこう)」という中華料理の店で、以前1回行った事がある。
 妻は日替わりランチで私はCランチ。
 Cランチ
 私のメインは豚肉と野菜を炒めてソースをからませたものだが、味が濃過ぎてしょっぱかった。
 チーズ揚げや餃子も冷めていて今一つ。スープも冷めていた。
 せめて暖かいのが欲しかった。
 以前来た時は美味しかったのだが・・・。

 家に帰って作業に着手する。
 まずは1×4の板の裏面塗装。
 裏の塗装
 それが完了して、背後の壁部分を塗る。
 そして1×4の板を床に敷いてビス止めしその上に塗装をした。
 ついでに長椅子の色も代えた。
 椅子も塗った
 これでほぼ完成状態になった。
 後は長椅子をもう1脚造るのと、バーベキューのコンロのセットのみだ。
 これでほぼ完成
 終わった後、妻からの依頼で、なすやトマトなどの枝が伸びる野菜用にネットを張る。
 梯子をセットしてビスを止めようとしたら、梯子がずれて落ちそうになった。
 その反動で野菜の枝が1本折れてしまった。
 「あれ〜折れちゃった」と妻の声、「大丈夫だった?」と心配する声は無かった。
 ビスを打っていたら、上から水?が落ちてきた。
 思わず上を見たら、愛犬ももがベランダに出ていた。
 そこでおしっこをしたのだ。
 それが上から落ちてきた。ネット張りは散々だった。
 ネットも張った
7月20日(水) 健康サロンin明和園
 今日はリーダーが休みなので、運動の指導をして貰えないかと言われ引き受ける。
 ストレッチと筋トレのメニューをこなす。
 その後、太極拳をやって、最後はマットでの運動を終えた。
 結構な運動量で汗をかいた。
 そしてお楽しみの昼食になる。
 今日は鳥肉がメイン
 御飯を丼に盛ったので少し多すぎた。
 満腹になって家に帰る。
 少しの間、動けない。
 今日はもう作業は無理だとなり、バーベキューコーナーを作っている材料や工具を片づけた。
 そして燃えるごみをワゴンに入れて近くの清掃工場に持ち込む。
 燃えるごみの袋に入れたら、10袋にはなるだろう。
 80円×10=800円4くらいになる。
 持ち込むとワゴン12台でも252円と安い。
 近くに清掃工場があると便利だ。

 明後日には釧路に向けて立つ。
 途中千歳で友人に会い、その後旧道調査か山登りしながら釧路に向かう。
 今度の旧道歩きは、伊能忠敬(松前〜函館〜釧路〜本別海=800km)か松浦武四郎の足跡を辿る旅になる。
 歩いた道的には共通部分が多い。この二人の内容を比べる旅も面白いかも知れない。

 上記の本は伊能忠敬の測量図と現在の地図を、併記しているが、測量図に示してある旧道は全く無視して、国道を歩く様なガイドブックになっている。
 まあそれだけ旧道を調べるのは時間がかかるからだろう。
 実現は今年の秋になるか来年になるか・・・。
 早く実行するためには旧道の調査を終えなくてはならない。
 あくまでも旧道を忠実に歩くのを目指す。
7月19日(火) 松井さん出発
 相変わらず、朝は4時に起きて執筆している。
 菅江真澄の旅も33ページになった。
 今までは同じ道を土方歳三の道として、取り組んでいたが、菅江真澄の紀行文と比べると、戦争での進行と旅との違いが、色々なシーンで感じられる。
 土方歳三に関する記述には、景色や文化などは全く書かれていないが、菅江真澄の日記にはそれらが多いので、同じ道を行くのだが感じる事は全く異なる。

 のんびり過ごしていた松井さんが今日出発する。
 彼は殆ど観光地は回っているので、涼しい北海道でのんびり過ごしているのが性に合っているのだろう。
 BMWの1200cc

 記念写真
 70歳になって1200ccのバイクに乗り、野宿旅をしている彼もまた凄い旅人だ。
 昨日入浴した西桔梗温泉が良かったそうだ。
 あもヒューム管の浴槽、地元の人との会話。
 ささやかな事だがおもてなしとはこんな事なのだろう。
 昨日夜は二人で大いに話した。
 本当に楽しいひと時だった。
 二人で旅の話しをすれば時間も忘れてしまう。
 これから北海道を周り、本州に入って南下する。
 また来年も来てくれるようなので嬉しい。

 彼が出発した後は、バーベキューコーナー作り。
 気温も高く快晴だったので、だらだらとなり、気合いが入らない。
 それでも奥の方の板張りと、花を置く台を完成させた。
 塗装を終えるときっと良い感じになるに違いない。
 捨てればただのゴミだが、上手く活用すれば宝になる。 今日はここまで
7月18日(月) 「やっくる」君出発
 洗濯物が乾かなくて2日間の滞在になった、「やっくる」君が出発の日だ。
 朝食はイカ刺しになった。
 新鮮なイカに2人とも大喜びだった。
 朝は名物イカ刺し
 「やっくる」君は今日熊石まで走る。
 出発前はいつもの記念撮影。
 ぼけてる!

 妻の写真も撮っていた
 皆に見送られて出発した。
 元気で・・
 北海道沿岸を踏破して、9月には函館に帰って来る。
 自転車をGHに置いて、それからヒッチハイクで北海道の内陸を回る計画だ。

 出発した後にTさんの家に行く。
 パソコンのアップロードの分からない個所があったので伺った。
 その帰り道にリサイクルショップに寄った。
 地元のローカルなリサイクルショップの方が意外性があって面白い。
 店内を一回りしたが、特に興味のあるものは無かった。
 外に出て自転車で帰ろうとしたら、無造作に置いてある、材料が気になった。
 今作っているバーベキューコーナーの後ろ側だが、オープンになっているので、何かで塞いで綺麗な空間にしたい。
 それにぴったりの材料があった。
 「これは幾らですか?」
 「・・・これは持って行って良いよ。塗装をすれば綺麗になるよ」
 と言われ、「やったー!」となった。
 「家に帰って車を持って来るのでお願いします」と言って家に帰る。
 どうせ車で行くならと、妻と旅人松井さんを誘って温泉に行く事にする。
 リサイクルショップに着いて積み込み。
 当所の材料の他にも沢山貰ってしまった。
 こんなにただで貰った
 お礼を言って店を去る。
 こんな親切な店があるとは・・。
 
 温泉は西桔梗温泉にした。
 旅人松井さんには面白いだろうと思う。
 ここの温泉はヒューム管を縦に埋め込んだものだ。
 松井さんは暑がり&寒がりだった。
 42度の温泉に入るにも熱いとなり、水風呂には冷たくて入れないと難しい。
 そんな事で地元の人とも会話が弾み楽しい入浴だった。

 帰ってGHで旅の話しをする。
 いつまでも尽きないが、どちらも早寝なので8時30には終わる。
 明日、松井さんは旅立つ。
7月17日(日) 伊藤君出発&松井さん来る
 伊藤さんが出発した。
 これから札幌まで飛行機に乗ってそこから稚内宗谷岬まで走る。
 すでに全県踏破になっているので、宗谷岬で一応のゴ−ルになる。
 伊藤君が出発
 近くの「虹と夢の工房」のイベントがあった。
 食べ物の出店やフリマがさらにアフリカンダンスなどが行われた。
 天気も良いので大勢の人が来ていた。
 フリマでバッグを見ていたら、店の母さんが「何処かで見たことがある」と言う。
 一生懸命考えている。
 私を見たならTVか新聞か雑誌だろうとそれらの名前を言っても違うと言う。
 しばらくして「むらさきのバンダナしない?」と言った。
 むらさきはあまりしないが、持っていて何回かしている。
 「もしかしてボランテイアミニコミ誌の「ボラット」ですか?」と聞いたら、「そうだ!」と思いだした。
 何度も見ていたサッカーマークの小型ショルダーバッグを「それが気になるの?」と言ったので「そうだ」と言ったら「安くするよ」となり購入。
 普段はウェストバッグにカメラ、携帯、財布などなどを入れているが、入れる個所が1個所なので使いにくかった。
 このバッグならそれぞれ分けて収納できる。
 今月は資金で妻からお金を借用して購入。
 これを購入
 シェフ旅人の「やっくる」君にイタリア料理を作って欲しいと言ったらOKとなり、イベントで買った野菜や冷蔵庫に入っているもので作ると言う。
 料理が進むにつれて良い香りが漂ってくる。
 今日は外で食べようとなり、現在制作中のバーベキューコーナーにテーブル、椅子をセットする。そして元近所のよねちゃんも加わり、それに夕方には昨年も来た70歳のバイクライダー松井さんが大型バイクのBMWでやってきた。
 豪華な食事になった

 皆で乾杯
 ビールで乾杯して食事が始まる。
 風も涼しく、料理も美味しく最高のひと時だった。
 
 食事後妻とよねちゃんは近所の7階建てアパートから花火を見るのに出かける。
 ビールを沢山持って・・・。
 私と「やっくる」君は自転車で豊川埠頭に行く。
 凄く混んでいると思ったが、意外と空いていて楽々とみられた。
 花火は海の日(7月20日)を記念して行われている。
 海の日は函館が発祥なのだ。
 明治9年、明治天皇の東北・北海道巡幸に因んでいる。
 明治天皇が7月16日に函館に上陸し、18日には函館を出て横浜に帰還した。
 この一連の出来事が記念日になっている。
 基坂の下には、「明治天皇御上陸記念碑」が建つ。
 花火は少し物足りなかった
 花火大会は秋田大仙市の大曲全国花火競技大会を毎年見ているので、どうしても物足りないのは仕方がない。
 あの大曲の様な圧倒される感じは無い。 
 短発でぽんぽん上がる感じだ。
 それでも涼しい風に吹かれて、のんびり花火を見るのも良いものだ。
 「やっくる」君は1眼デジカメでかなりユニークな花火写真を摂っていた。
 さすがカメラマン。私のようにただ花火を撮るのとは違う。
 彼は地元に戻った後、イタリアに渡りイタリア料理の修業をして、35歳で店を持つのが目標だ。今24歳、きっと頑張れるだろう。
7月16日(土) 日本一周チャリダー2名来る
 左「やっくる」右伊藤君
 昨日、青森から函館に向かうフェリーから電話があり、名古屋の大学生伊藤君がやってきた。
 上智大学で世界史をやっていて、海外の史跡を回って来て日本に戻り、日本一周全県制覇にでたそうだ。
 今回は函館から札幌までは飛行機だそうだ。
 その後宗谷岬を目指す。
 休学している大学の休みも残り少ないそうで、昨年走った函館から札幌間はショートカットするそうだ。
 こちらは時間があまり無い。
 その彼と朝から話しをしている最中に、またチャリダーがやってきた。
 彼の書いた自己紹介には、イタリアンシェフ&カメラマンだった。
 写真を撮ってそれを販売しながら旅をしている。
 大阪の原君で旅人ネームが「やっくる」。
 彼も目的は同じく全県制覇だった。
 「やっくる」の分身
 彼は分身という人形を同行していた。
 中国製で左右の目のバランスも悪いし、多分どこかのキャラをまねたものだろう。
 それが中国らしく面白いといっていた。
 2010年6月2日にスタートして沖縄や京都に長く滞在しながら進んでいる。
 どうやら時間は十分にありそうだ。
 2人の共通点は荷物が極端に少ない。
 テントは持たずに寝袋のみで道の駅に泊まっているそうだ。
 昼間はどの旅人も同じだが、ラッキーピエロ、ハセスト焼き鳥弁当などに行っていた。
 ラッキーピエロにはまる旅人は多い。
 函館に来てから何度も行っているそうだ。
 やはりご当地バーガー金賞の実力はあるようだ。
 夕方二人で函館山の夜景を見に行った。
 雨でガスが掛っていて見えそうもないが、歩いて登るそうだ。
 2合目付近の雨でも必ず見える夜景スポットを教えておいた。
 そこから見れば元町付近のライトアップされた観光施設が近くに見えて、頂上とはまた違った趣がある。
 菅平の風景
 上の写真は「やっくる」が撮った写真で、冬の菅平スキー場の雪の上に何かの建物の影が投影されそれが何色にも重なっていた風景。
7月15日(金) 雨の日は本読み&整理
 今日は一日雨模様の天気。
 昨日そんな事もあろうかろ8冊の本を、中央図書館から借りて来たので、退屈はしない。
 「伊能忠敬を歩く」「天明蝦夷探検始末記」「忘れられた道」「街道・古道を歩く」後は今執筆している、菅江真澄関連の本を3冊だ。
 いずれもこれからの旅の参考資料だ。
 菅江真澄の歩き旅、松浦武四郎の旅、伊能忠敬の旅などを候補にしているが、旧道調査がなかなか資料がなくて進まない。
 国道を歩いて旅した人は多いが、それでは自分としては本来の旅の目的にならない。
 あくまでも旧道を歩くことが目的だ。
 
 本ばかり読んでも疲れるので、GHの作業部屋の整理をする。
 私の財産の処分だ。
 写真やビデオテープ、フロッピィディスク、MTBやスキー大会で貰った楯などが沢山ある。
 段ボール3つをほぼ処分した。
 身の回りがどんどん整理され行く。
 写真はやはり懐かしいものがあり、これらの一部は保存しておく。

 新車で自作したキャンピングカー
 これはキャンピングカーを作った時のデザイン。
 ハイエースは中古を友達と共同購入した。
 東北各地を随分回った。
 これはハイエースに続く2代目で日産バネットのワゴンを新車で購入した。
 その車を改造し、絵のような塗装で仕上げ各地を回った。
 結婚して数年後だった。
 駒ヶ岳山開き
 山の写真も多くある。
 これは昭和39年5月5日で駒ヶ岳の山開きだ。当時21歳。
 今から46年前の写真だ。
 今でも山開きは行われているのか分からないが、当時は七飯山岳会の代表で出席した。
 私の後ろには、この日の参加者が50名程いた。
 この日は大沼の遊覧船が無料だった。
 これが嬉しかった。

 国体の登山部門北海道予選も駒ヶ岳で行われた。
 冬期の駒ケ岳が舞台だった。
 地元開催なのでスタッフとして参加したが、雪中のキャンプは寒かった。
 今のようにテントも良く無く、衣類もそれ程良くない。
 朝方は寒さで目が覚めるので、テントの外に出て雪かきをして体を温めたのが記憶に残る。
 若かったから随分ラッセルをやらされた。
 後ろは定山渓天狗岳
 こんな岩場だったのだ
 これは定山渓天狗岳。
 この頃は道内各地の山を登っていた。
 まだ車を持っていなくは電車で行ったり、バスを使ったりの登山だった。
 カラーフィィルムは外国製のアグファカラーを使っていた。
 赤い色が綺麗だとの理由だが。今見るとそんなに良い色は出ていないな。
 この頃は高所恐怖症では無かった。

 空沼岳山頂
 これは札幌空沼岳の山頂。
 途中で合宿中の札幌東高校の学生にココアをごちそうになった。
 昭和39年4月の事だ。まだ21歳だった。
 こんな昔の写真を見ていると、時間の経つのも忘れてしまう。
7月14日(木) 眠い!!・・テーブル製作
 昨日は日ハムがダルで勝って気を良くして直ぐに就寝した。
 もちろん「なでしこジャパン」対スウェーデンの試合を見るためだ。
 朝の目覚ましタイマーを3時にセットしたが、音に反応しなく起きる事は無かった。
 でも3時半には自然と目が覚めた。
 やはり目が冴えるまで10分くらいかかった。
 試合は先行された時は、あ〜やばいなと思ったが、そのあと川澄の体ごとゴールに飛び込むような勢いで同点。
 さらに沢の混戦からのヘディングで2点目、さらに川澄のロングループシュートも最高だった。
 ゴールが飛び出してキーパーがいないのを、ワントラップで即的確に枠内に入れた。
 もう最高な気分だった。

 眠い目を擦りながら、テーブル作り。
 青森ねぶたではターフの下に小さなテーブルをブルーシートに置いてそこに座って調理などをするが、雨が降るとびしゃびしゃで大変だ。
 今回は椅子とテーブルにする。
 椅子の台は相当前に手に入れたのがあったので、天板を折り畳み式で作った。
 余っていた材料を使ったので、お金も新たにかからなかった。
 自転車旅にはありえない持ちものだが、青森の青森ねぶた臨時サマーキャンプ場はフェリ−乗り場の直ぐ前だ。
 押して行っても5分とかからない。
 これで少しは野宿環境が良くなるだろう。

 以前入手した台

 天板を切る

 折り畳み用に細断

 紐でつなぐ

 たためばこの様になる
7月13日(水) 墓参り
 健康サロンin明和園の日だ。
 最初はいつものストレッチ体操を十分に行う。
 五十肩にもストレットは効く様だ。
 腕がだんだんと上がってくる。
 その後は、特別講座があり、虫除スプレーの作り方を習う。
 精製水と無水エタノールとオイルを使う。
 アロマセラピーで使うオイルの香りが漂う。
 これを100円ショップで売っているスプレー瓶にいれて混ぜるだけだ。
 スプレー液を腕にかけて見ると、虫除けの薬の香りがする。
 こうやって作るんだと感心する。
 山行きや野宿が多いので、その都度香の違った材料で作れば、色々な香の虫除け剤を楽しめる。
 作り方は
 精製水 45ml
  無水エタノール 5ml
 オイル(種類はお好み・・15滴)・・レモンユーカリやペパーミントなどがお勧め
 2種類以上混ぜた方が良い。全部合わせて15滴とする。
 簡単に出来るので試して見たら良い。
今日の昼食
 昼食は赤飯が出た。
 今日はお盆だからだそうだ。
 小さい方が毛利家の墓
 函館のお盆は7月13日になる。
 昔のお盆については幕末の年中行事を書いた「箱館風俗書」に書かれているが、7月10日から7月16日であった。
 仏事を行う事は勿論、7月15・16日は勤務が休みだった。
 特に14日の夜は盆踊りが行われ賑やかだったそうだ。
 これは安政2年(1855)からだそうだ。
 明治に入り太陽暦になるが、お盆は地方により新暦7月15日と旧歴7月15日、それにひと月遅れの8月15日の所と分かれてきた。
 明治43年には旧歴をやめ、8月13日と決まった。
 でも函館は7月13日が主流です。
 これは8月だと函館八幡宮の例祭日と勝ち合うと言うので、各寺院が協議の上、新暦の7月13日をお盆と決めたそうだ。
 これは大正6年から行われている。
 長年8月でやってきた人達にとっては、7月のお盆は暑さが無くお盆らしくないと言われていたが、今日は最高気温が29度になった。
 まさにお盆日よりだった。

 赤飯だが函館の赤飯には甘納豆が入っている。
 今日の昼食も甘納豆が入っていた。
 甘納豆入りの赤飯は、いつのころからなのか不明だが、私が小さい時から赤飯には甘納豆が入っていた。
 甘納豆では赤くならないので食紅を入れている。
 それが今でも延々と続いているのだ。
 ルーツは山梨県甲斐の国説もあるが・・・。
7月12日(火) やる事多いな〜
 今日は最高気温が28度になると言うのに・・。
 まずは朝から青森ねぶたで使うターフの製作。
 380円程度のシートを使って完成した。
 今回は大型では無く小型だ。
 青森ねぶたは1週間の野宿生活なので出来る限り快適にしたい。
 ターフは太陽の出る日は一日中必要になる。
 また雨の日もあるので、その時は無くてはならない必需品だ。
 
 自転車の整備も行う。
 先日菅江真澄の旅をした時に、シフトワイヤーがきつくて、シフトの旅に指が居たくなるほどだった。
 今日ばらして見たら、ディレーラーに近いワイヤーのアウターがかなりきつかった。
 シフトワイヤーを新しいのに交換し、アウターも交換したらスムースになった。

 次にバーベキューコーナーの製作。
 昨年作っているうちに秋になり、寒くなったし来年回しになったのだが、もう7月になって暑くなってきた。
 バーベキューもやりたくなった。
 孫たちも今月末には函館に来て2週間くらい過ごすので、バーベキューもやりたい。
 そこで今日製作開始。
 昨年の状態
 タル木を買ってきて、まずは土台作りを始める。
 タル木を取りつけ
 次にタル木をネジで止めて、その上にOSBボードを2枚張る。
 今日はここまでで終わった。
 今日はここまで
 本来はこの板の上に、幅90mm程度の板を張り、塗装をしたい。
 予算の都合もあるので、どうするか考え中。
 後は、ベンチをもう1個追加し、バーベキューコンロを真ん中に置けば完成だ。
7月11日(月) 荷物整理などなど
 快晴の天気になった。
 昨日帰って来たので旅の道具を車から出したり、布団や枕を乾したりと大忙し。
 それに山日記などもアップロードして午前中は終わってしまった。
 午後からは、スパイク長靴の修理。
 2個所に大きな亀裂が入っている。
 まだ1年しか使っていないのに、中国製は何か弱いな。
 軽くするのに、外の合成ゴムが薄過ぎるので、山で岩などに擦った際は弱いのかも知れない。
 パッチ3枚を使って穴を塞いだが、これで塞がってくれれば良いが・・・。
 外観は格好悪いが仕方が無い。
 これで直ればOKだ
 先日登った斜里岳も沢を登ったが、長靴の人は居なかった。
 本州の方は絶対に履かないだろうな。
 何か格好的には人気が無いのかも知れないが、長靴の効果は絶大だ。

 GHの片付けもした。
 今まで少しづつやって来ているのだが、物が多いので幾ら捨ててもある感じだ。
 今日は段ボール3個を棚から下ろし、中味のチエックをしたら、写真、本、トロフィなどが出てきた。
 これらの整理をする。
 先々子供達には遺品として残す気は無いので、早く処分しておかなくてはならない。
 そして最後に本当に必要な写真や執筆した本などなどをDVDに収めて、1枚だけ残そうと思っている。
 写真はやはり懐かしい。
 やはり自転車とスキーが多い。
 自転車の札幌豊平川河川敷1000mトライアルのスラーと前の写真を見て、私も昔はやはり若かったと、自ら感激してしまった。
 1000mタイムトライアル
 青春の真っただ中だったな。
7月10日(日) 釧路から函館へ
 釧路の全ての予定を終えて、函館に戻る日だ。
 朝、4寺から起きて準備していたが、色々とあり9時30分の出発になった。
 遅い時間だと日曜日とは言え車は混雑している。
 車が連なった状態で走る。
 暑いので窓は全開だ。クーラーよりは遥かに気持ちが良い。
 帯広から日勝峠に入る。
 我がポンコツは今回の旅で18万キロを超えた。
 それでもまだ頑張ってうねった急坂を駆け上る。
 夕張に入って道の駅に入る。
 最近オープンしたばかりの道の駅だが、ここで売っているメロンの間引きしたものを購入。
 大きさは6〜7pで、ビニールの袋に15個くらい入って100円と安い。
 実は娘の旦那の両親も釧路に来る時に購入漬けものにしたら、美味しかったのだ。
 帰りは夜になったので、買えないからと我々が買って届ける事にした。
 3袋を300円で買入。
 やがて登別に着いて家に寄る。
 沢山接待して貰った。
 自宅の畑で栽培した野菜。ほっきに刺身、さらに何とウニも頂いた。
 沖どりのウニが安価で手に入るそうだ。
 お母さんは水産加工で仕事をしてるので、その辺りの情報は沢山あるようだ。
 すっかりお邪魔して家を出る。
 ここからはただひたすら函館まで走る。
 着いたのが9時過ぎで、12時間も走ってしまった。
7月9日(土) 釧路から函館へ
 瑞葵の手踊り
 今日は釧路の地区の夏祭りだ。
 もしりや地区子供みこしと言い、33年の歴史がある。
 手踊りに出るのは長女の瑞葵だけだが、3人の孫も平等に浴衣に着替える。
 祭りは9時から14時までと子供にとっては長いパレードになる。
 今日は釧路の最高気温の25度になる予定だ。
 熱中症に注意だ。
 友瑛を乳母車に乗せ私が押す。
 愛葵は妻が乳母車に乗せ押す。

 祭りは神輿を先頭に進み、後に踊りが続く。
 警察官の交通規制などは無く、道の真ん中でやってしまう。
 これには驚いた。
 車は仕方がなく止まって待つ状態だ。何軒か店などを回って、漁業共同組合の前に来たら、厳島神社の大パレードと鉢合わせ。
 大きな神輿や大太鼓が次々やって来る。
 警察官はバスで大挙やって来て、統制のとれた規制をする。

 もしりや地区子供みこしは、それらが過ぎるまで待機状態だ。
 大パレードが過ぎて、再び子供みこしパレードが始まる。
 狭い小路も入って行き、みこしをワッショイと三回やって、その後手踊りをやる。
 釧路音頭と何故か花笠音頭だ。
 実行委員会に何故花笠音頭なんですかと聞いたら、好きなのがいてとそれだけの理由だ。
 瑞葵も教育大学の学生に混じって、一緒懸命踊っていた。

 夕方から夜祭り会場に行く。
 出店が賑やかに出ていた。
 焼き鳥、フランクフルト、ヨーヨーなどがあるが、みな100円と安い。
 パレードに出た瑞葵には1400円分の金券が出るので、それで買い物が出来る。
 小さな地区の夏祭りだが、ほのぼのとして良いものだ。

 これで釧路の行事も全て終わり明日は函館に戻る。
7月8日(金) 釧路から函館へ
今日の釧路は雨だった。
午前中は何処にも行かずに、山行記録のまとめをしていた。
後ほどホームページにアップロードしたい。
綺麗な景色が写った写真が相当ある。
午後からは本屋に行く。
今日の北海道新聞の朝刊に木村まさ子さんが執筆した、「自然ガイド函館山」が出版されたのだ。
何度かお会いしたが、何にでも積極的に取り組んでいる女性だ。
以前に函館の今はなき寒川の集落の歴史を書いた資料を頂いた事がある。
他に先日購入した、石田ゆうすけの本が面白かったので続きの自転車世界一周「いちばん危険なトイレといちばんの星空」を購入した。

合間には泣いた愛葵を抱いて 、寝かせる。
眠いから泣くのか、直ぐに寝てくれるので助かる。
明日は瑞樹の祭りの踊り手の様子を見学する。朝 9時から午後2時までと長い。体力、気力が持つのかな?
7月7日(木) 斜里岳登山
 斜里岳頂上
 昨日は清岳荘の駐車場で寝た。
 パークゴルフの6ラウンドは結構疲れたのか、6時には眠りに入った。
 ラジオも全く入らず、何もする事がない。
 朝は4時に起きた。
 昨日から準備していたので、直ぐに登山開始。
 登山届けは二人がしていた。
 私は3番目だった。
 昨日は快晴で暑くなりそうだったので、早朝スタートは正解だった。
 少し歩くと沢に入ってくる。
 最初は楽な沢だ。
 今回は長靴が穴が開いたので、持ってこなかったが、長靴なら浅いのでジャブジャブ歩ける。
 登山靴なので濡らしたく無いので、適当な岩を探しながら行くので時間がかかる。
 沢は徐々に難易度をますか、それ程困難所は無かった。
 危険個所にはロープや鎖が着いている。
 写真を撮りながらなのでなかなか前に進まない。
 時間は十分あるので急ぐ必要はない。滝が連続的に出てくる。

 昨日、羽衣の滝で道を間違えた登山者がいて騒ぎに鳴ったようだが、間違えそうな個所も無かったな。
 長い沢登も上流に来たら、背後から朝日が照らし、川の水が逆光になりキラキラ輝いて綺麗だった。
 早い時間に登ったご褒美だ。
 長い沢登りを終えて石道になる。
 9合目からは胸突き八丁になるが、沢よりは遥かに楽だった。
 鞍部に出て頂上を目指す。
 高いピークの二つ目が頂上だ。
 急な斜面なのできついと思ったが、以外と楽で、あっと言う間に頂上に着いた。
 景色は最高だ。
 遠くに羅臼岳、さらに遠くに国後の山が蜃気楼のように浮かんで見えた。
 兎に角360度全てが見えた。
 山の名前がは全て分からないので写真を沢山撮った。
 後から地図で確認だ。

 30分程景色を堪能して下山。
 登ってくる登山者が増えた。

 会うう度に立ち話をした。
 5〜6人と立ち話をして新道に入る。
 熊見峠までは楽だったが、そこからの下りが長い。
 沢の音が聞こえるがなかなか出てこない。
 水も残りがなくなった。
 1リットルでは、足りなかった。
 ほとほと嫌になってくる。
 やっとの思いで沢に出た。
 頭から水をかぶり、少しはスッとした。
 沢が終わっての登山道は直射日光がガンガン当たる。
 喉はカラカラだ。
 ようやく清岳荘に着いた。
 自販機で炭酸飲料を一気飲み。
 それでも足りず、着替えて清里のスーパーに行き、アイスとフリーでようやく収まった。
 釧路の娘宅に戻った。
 釧路も暑い!
7月6日(水) 中標津から清岳荘へ
 川北温泉
 朝早くから、カキーンという音が聞こえる。
 昨日はパークゴルフ場の駐車場で宿泊したので、朝は早いと予測はしていたが早すぎる。
 まだプレイしていない男性と話す。
 中標津のここのゴルフ場は人気のゴルフ場だそうだ。
 朝早く来て管理人が来る前に終われば無料で出来る。
 それ狙いの人がプレイしているのだ。
 「300円と安いのに」と嘆いていた。
 中標津を離れて斜里に向かう。
 途中の無料の川北露天風呂に寄る。
 国道から5kmも山中に入る。
 車が5台くらいいた。
 前日からかここに長期常駐組だろう。
 本州ナンバーの車だ。
 風呂は男女別になっていて女性にも安心だ。
 泉質は硫黄を含んでいて、白濁だが白に近い色だ。
 温泉の雰囲気は抜群だ。
 山中にある本物の露天風呂だ。
 入浴していたのは、宮城の男性だった。震災では地震の被害が軽微あったそうだ。
 しかし親戚の人は命は助かったが、家は流されたそうだ。
 これからは旅先で会った人から震災の話が多く聞かされるだろうな。
 早く復興して欲しいが、国はガタガタばかりで嫌になる。

 温泉を出て食事をしてから一眠り。
 体はポカポカで社内には硫黄の香りが満ちている。

 起きて斜里に向かう。
 国道244号線は信号が全くない道だ。
 斜里の道の駅に車を止めて、自転車で市内を回る。
 津軽藩シャリ陣屋跡がある。
 北方警備に100名来たが、厳しい寒さで死者が続出し、帰れたのは17名のみだった。

 パークゴルフ場があった。
 プレイしている人が少ない。
 4グループしかいない。
 聞いたら先日熊が出て新聞紙上で大騒ぎになった場所だそうだ。
 やりたいなと思い、クラブは貸して貰えるのかと聞いたら、300m離れた所に受け付けがある。
 そこの女の子は美人だぞ!
 いつも暇そうにしているから行けば喜ぶぞと言われ出発した。

 受け付けがあった。
 美人の受付は?
 居ないな。
 出てきたのは、70歳くらいの眼鏡を掛けたおばあちゃんだ。
 確かに数十年昔はかわいかっただろうというイメージは残る。
 下のゴルフ場のプレーヤーが言ってましたよと言ったら、凄く喜んで一度受け取ったクラブ代の200円を返してくれた。内緒だよと・・・。
 6ゲームして最高スコアがアンダー6だった。
 大会記録を見たら6から8アンダーで優勝だ。
 シニアで頑張るかな。

 斜里を出て清岳荘に着いた。
 車中泊は500円かかる。
 町が近ければ朝に来れば100円の駐車代で済むがこれから13Km下って、また朝早く登って来るのは大変だ。
 1時に管理人にお金を払った。
 もう払うの?と言い、暇でしょうと言った。
 でもここの星空は最高かも?
7月5日(火) 標津岳MTB登山
 標津岳山頂
 今日、釧路の娘の家を出る。
 津別岳に行こうとしていたのだが、天気予報は中標津が午後から雨だという。
 まあ明日でも良いかと、厚岸に向かった。
 しかし快晴の天気だ。
 中標津まで60kmくらいだ。
 そちらの空も青空だ。
 急遽方向を変えて中標津に向かう。
 1時間少しで養老牛温泉に着いた。
 登山口までは林道を5km7ほど入る。
 以前の道は通行止めで新しい道を作っている所だった。
 登山口に車を置いてMTBで出発した。
 距離の表示が出てきたが6kmだ。往復12kmになる。
 最初の少しは乗れたが直ぐに押しにはいる。
 気温は27度 あるので、汗が帽子のつばから滴り落ちる。
 登山道はそれ程急では無い、道も整備されているので歩きやすい。
 7合目を過ぎたら斜面が急になる。
 登り切れば尾根道を進む。
 はい松が登山道に出ているのでハンドルが引っかかりなかなか進まない。

 9合目を過ぎて左足がつる。
 マッサージで何とか回復した。
 そして頂上に着いた。
 3時間少しかかった。
 標準時間は2時間なので、苦労の程度が分かる。
 少し休んでから下る。
 MTBに乗れる個所が多かったので下りは1時間半と早かった。
 中標津で温泉に入り山中のパークゴルフ場に車を止めた。
 今日はここで宿泊。真っ暗な世界だ。
7月4日(月) 雨の一日
 
 今日は予報通り朝から雨が降っている。
 外に出るのは諦めて、パソコンを朝から打ち始める。
 お陰で菅江真澄の歩いた道の紀行文が太田権現まで出来た。
 今回はあくまで手持ち資料として纏めておきたい。
 書いているうちに段々と面白くなってきた。
 まだ調査の必要な項目も多々ある。これらの調査も終えたら、是非歩いて辿ってみたい。
 大難所の鳥越峠が今でも歩けるのか調査しなければならないが、釧路には資料を持ってきていないので、函館に帰ってから調べよう。
 7時間も座っていたら腰が痛くなってきた。
 気分転換に本屋に行く。
 ビーパルでお馴染みの、石田ゆうすけの「行かずに死ねるか!」があったので購入した。
 彼は青森ねぶたにも来ているので知っている。
 世界95000kmを自動車で走った時の記録だ。
 今は、ゲストハウス「自遊旅」に泊まった、小口君やしゅうたく君がが世界を回っている。
 世界一周は現在30名くらいが走っているそうだ。
 世界も狭くなってきている。

 夕方になると雨風が強くなってきた。
 今回行く予定の斜里岳は沢に沿って登る。
 増水の可能性があるので、雨上がりに左右されない他の山から登ろう。
7月3日(日) 友瑛の運動会
 友瑛と愛葵
 今日は三歳園児友瑛の運動会。
 天気は曇り後雨だが、予想は外れて快晴になった。
 9時開始なので8時過ぎには家を出る。乗車定員の都合で私は自転車で行く。
 この方が爽やかで気持ちよい。

 グランドの場所確保は抽選なのだが、20番くじを引いて、最前列が確保出来た。
 やがて運動会が始まる。
 友瑛の最初の競技がかけっこ。
 用意ど〜んで直ぐにスタートしないのが三歳児だ。
 バラバラにスタートして友瑛は三位になった。

 幼稚園の運動会は全員参加だ。
 卒園した瑞葵の競技、父母の競技。入園前の子供の競技、さらにじじばばと幼稚園児との競技もある。
 じじばばと幼稚園児とのオセロ競技に参加した。
 集合して来るじしばばはみんな長袖、長ズボンだ。
 そんな中、私は短パンに蛍光カラ―の半袖Tシャツだ。
 娘に一番目立っていたよと言われたが、服装なのか動きなのか??
 競技が始まる。数は明らかに幼稚園児が多い。
 いくら自分のチームの色に返しても、直ぐに返されてしまう。
 結局11対32で完敗した。

 沢山のゲームに参加し、手製の昼ご飯を食べて、午後の部のハイライトのリレーを最後に運動会は終わった。
 友瑛の体調も問題なく、雨も降らず成功裏に終わった。
 明日から山に行こうと思っていたが、雨の予報なので様子見かな。
7月2日(土) あれこれ
 熱が有って運動会が危ぶまれた友瑛だったが、熱が下がった。
 それでも一応、朝一番に病院で見て貰う。
 すっかり元気になった
 瑞葵はエレクトーンの練習があり、両親も出かけたので、家には友瑛と愛葵しかいなく、そちらは私の妻が見ていたので、私は先ほど旅した、菅江真澄の「えみしのさえき」の紀行文をパソコンで打つ。

 疲れてきた所で、自転車で買い物に行く。
 友瑛の運動会が終わったら、近郊の山に数日行ってこようと思っていたが、包丁を忘れたのでダイソーに買いに行く。
 ついでに食材も購入した。
 一応の山行きの準備は整った。
 後は天気が良いのを祈るばかりだ

 夕方、娘の旦那の両親も登別からやって来た。
 夕食は焼き肉だった。皆でやる焼き肉は美味しい。
 明日は運動会だが、子供が少ないせいか、3歳児の友瑛も随分出番があるな。
7月1日(金) 函館から釧路へ
 グラスロール
 孫友瑛の運動会があるので、釧路に向けて出発した。
 何時もは朝の8時とか9時には出発するのだが、今回は私が起き次第出発する事になった。
 結局、早起きの私は4時に起きたので、5時には出発した。
 お陰で車は少なく、快調に走れる。
 この時期は窓を開けて走っても風が気持ちよい。
 函館のモダ石油に寄る。
 元の同僚のOさんがいた。夜間のバイトをしているのだ。
 退職した仲間の情報を聞かされるが、Kaさんが離婚した。 もう一人のKaさんはアパートを借りたと熟年離婚や別居の話しだ。

 何時もの通り、見慣れた景色の中を淡々と走り、伊達のモダ石油に入る。
 携行缶に給油をして貰うためだ。
 携行缶は個人では出来なく、スタンドの係りでなければ出来ない。
 缶の蓋を開け、準備していたが入って来た九州ナンバーのキャンピングカーが分からない事があり、係の人との話が長いので自分で入れた。
 話が終わった係りの人が来て、暫く話す。
 釧路までは、日高日勝峠越えも太平洋側を行くのも変わらないと言う事で、今回は日勝峠超えにする。

 夕張に到着。
 名物はお馴染みの夕張メロンだ。
 夕張の道の駅に入ったが品物が少なく、購入を控えた。
 日勝峠にはいる。
 大型トラックが喘ぎ喘ぎ登っている。追い越し車線が出てくると一気に抜いて前に出る。
 これを何度もくりかえす。
 高速無料解放が終わらなければ、峠も来ることは無かったのに・・。

 帯広を過ぎて釧路に入る。
 牧草の刈り取りがおこなわれていて、刈られて丸くなったグラスロールが白いビニール袋に入れられているる。太陽の下で光が反射眩しい。
 そんな景色を見ながら走っていたらいきなりのスピード取り締まりがあった。
 速度は制限速度プラス10km/hr以内で走っているのでセーフだ。
 でも思わずブレーキに足がかかる。

 釧路に着いた。
 10時間30分のドライブだった。
 あさっての運動会の主役である友瑛は風邪を引いて熱がある。
 運動会までに下がるだろうか?
HPTOP