2011年
目次
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12月
3月31日(木) 伊勢鉢山を案内
 今日は函館から近い釜谷の伊勢鉢山に行く。
 同行は3人。
 天気は春らしい気温になったが、霞んでいる様な感じだ。
 国道を30分くらい走ってスタート地点に着く。
 ここに住んでいるかいさんの家に寄って地図を渡す。
 かいさん兄弟はこの辺りの山や道は完璧に知っている。
 先日来た時に、明治時代のこの辺りの山の名前が違う事を教えたら、興味があったので次回来る時は持ってくると言っていた。
 兄弟は居無く、お母さんがいた。
 地図を渡して出発する。
 この辺りは朽ちた牛舎がある。
 ここのお父さんが亡くなる前は酪農をしていた。
 今は止めているがその時の建物が残っている。
 珍しいのは独身寮になった家だ。
 大正時代の建築で出窓などに特徴がある。
 もう一つ珍しいのは、牛舎を建てたのが船大工なので2階の屋根が舟底の作りになっている。
 かなり珍しい建物だ。
 これが牛舎。舟の底だ。
 山に向かう。
 雪も随分溶けて所どころは土が出ていた。
 長い平坦地(多分牧草地)を過ぎて登りに入る。
 尾根道を頂上に向かう
 スノーシューは持って来なかったので、時々ずぼっと埋まってしまう。
 汗をかきながら急な尾根道を登り切れば頂上に着く。
 やはり霞がかかっていて景色はいま一つだ。
 景色はあまり良く無かった
 函館山も駒ケ岳も見えない。当別丸山だけが見える。
 早々に頂上を出発して北周りの長い尾根コースを行く。
 天気は良いので気持ちよく歩け、じわっとかく汗も気持ちが良い。
 12時を少し過ぎて昼食。
 私はおにぎりと卵焼きにウィンナーだ。
 でも同行者が女性なので、漬けものを沢山頂いた。
 さらに尾根を進んで最北に着いて折り返す。
 途中に穴が2つ開いている。
 何の動物の穴だろうか
 穴の先にはさらに穴が深く続いている。
 一体何の動物何だろう。
 行き先は山体崩壊現場。
 途中に山体崩壊で流された大きなミズナラがある。
 そこで木に登ったりして遊ぶ。
 大きなミズナラ
 木から落ちて雪と根の間に挟まって動けない人も出る始末。
 そして山体崩壊現場に着く。
 ここが崩れた
 ここからは山あり谷ありの場所を歩く。
 道などは全く無い。雪も溶けて来たので、すぼっと又した全部が埋まる事も時どき。
 ここを越えるのは一苦労だ。
 ようやく堰きとめ湖に着く。
 綺麗だ。こんな静かな山の中にひっそりと存在する湖に何か感動する。
 ひっそりした湖だ
 ポーズを取る
 バックポーズも・・
 ここにはイワナがいる
 何枚も写真を撮って、今度は沢に沿って下る。
 砂防ダムが4個所あるが、4か所目から急斜面を登って、平坦地に出る。
 ここからスタート地点まで平地を何度も埋まりながら、ようやく到着。
 4時間30分の長いコースだった。
3月30日(水) 今日も通院
 今日で通院してから6日目になった。
 大分良くなっているので2日置きにはしなくても良いのだは無いかと思っていたが、今日は検査をするという。もう良くなっているがこれは薬のせいで、又2週間くらいで再発する。
 だからこれからはケアをしなくてはならない。
 そこで検査をするとなった。
 本来の元の原因を調べて、今後の治療に役立てるそうだ。
 採血してその結果が1週間後に出るからとなった。
 薬は昔からある、害の無い薬を使うそうだ。
 今までの薬は段階的に強さを変えて来た。
 そこで思い当るのがステロイド系の薬を使っているのではないかと思った。
 処方箋のドイツ語をWEBサイトで訳したら、やはりステロイド系だった。
 この薬は強いまま使うと肝臓障害になる怖い薬なのだ。
 それで毎回強度を弱くして処方したのだろう。
 診察が終わって請求は3900円だった。
 今までは590円だったのが一気に跳ね上がった。
 検査料が1138円追加された。これは仕方が無い。
 でもこの為の再診料が一気に上がる。121点で1210円だ。
 そして投薬の処方箋が68点で680円。
 これで高価格となってしまった。

 そして薬局の薬の請求書を見たらこれも凄い。
 薬そのものはたったの2点なのだ。1点10円だから20円。
 調剤技術料50点で500円、薬学管理料が30点で300円となる。
 合計820円で薬は20円だ。
 いわゆる薬以外のお金が凄く掛っている事が分かる。
 こんな仕組みなんだ。
 病院には行きたくないな!
3月29日(火) 木古内丸山登山
 天気も良いす、気温は10度まで上がって4月中旬から下旬の天気だと言う。
 早速山に行く。
 木古内丸山
 今日の山は木古内の丸山。僅か186mの山だが三角点もある。
 登山道は地図には載っていないので、いつもの通りGPSと地図で判断して登る。
 予定の場所に着いて車を置く。
 山は山頂がはっきり見える。青空が広がり綺麗だ。
 どこから登ろうかなと考える。
 勿論登山道は無いので、良いコースは何処かを探すのだ。
 これは完全に経験で決めるので、思い通りになるかどうかは実際歩かなくてはならない。
 山の正面まで歩く。
 尾根が二つある。どちらを行こうかと考える。
 考えた末、右手の尾根に取り付く。
 雪は時々は埋まるが、スノーシューがいると言うほどの物でも無い。
 杉の林を行く
 最初は杉林の中を行く。
 まだ雪は硬く歩きやすい。
 その内に尾根を行く。
 こんな尾根が続く
 太陽が上って来たので、時々はずぼっと埋まったりする。
 そんな事を繰り返しながら、高度を上げて行く。
 ふり返って見ても、木古内の市街地は遠く、海も良く見えない。
 展望的には今一つの山だ。
 尾根を行くが斜度は結構厳しく、息が上って来る。
 汗も出て来る。
 休み休み登る。やがて尾根のピークに出る。
 ここからは頂上までは緩やかな斜面を登る。
 そして頂上に着く。

 GPSとは7mの誤差だった。
 三角点は雪の下で見えないが、赤いテープが張ってあるので、来ている人もいるのだ。
 景色もあまり良くは無いので、写真を撮ってから下る。
 記念写真を撮る
 下りは同じ道を下る。
 時間にして1時間少し。
 天気も良かったし良い気持ちだった。
3月28日(月) 病院&雑用で1日
 今日は病院の日。
 昨日の予約で8番だったので、開院と同時に行く。
 待合室には既に10人くらいはいる。
 そんな事だろうと本とウィークマンを持参した。
 所が1ページも読まない内に呼ばれた。こんなものだ。
 診察は1分も掛らず、処方箋が出て薬を貰って待合室で待つ。
 子供連れのお母さんが、注意しても走って歩く男の子に切れて、トイレに入ってバシバシやる。
 子供は泣きわめく、お母さんの怒りの声とバシバシと何処かを叩く音。
 しばらく続いた。
 待合室に居たお母さんたちから「ここであれまでしなくて良いのに・・」との声が聞こえる。
 しばらくして子供は待合室に放り出された。
 床で泣き叫ぶ。他のお母さんが女の子に、「行って泣かないでと言って」と言ったら女の子が傍に行き何やら声をかける。
 その内に泣きやんだが、すざましい光景だった。
 再診察には少し時間は掛ったそれでもいつもよりは早い。
 家に帰る。

 今度は洗濯。
 洗濯機に入れたが洗剤が切れていた。
 スーパーに買いに行く。

 洗濯のしている間に車の板金をする。
 先日やった左側を研磨しようとしたが、下地に傷を付けなかったので、つるつる状態だった。
 これが行けなかった。パテが取れて来てしまった。
 そこでサイドやり直し。失敗はあるものだ。こんな事を繰り返して上達する。
 1時間ほどで完成。
 再びパテ塗りした
 今度は貰ったタイヤを妻の実家に行き預かる。
 帰りにゲストハウスも色褪せたので、塗り代え用の塗料を購入。
 さらに灯油を買ってきてタンクに入れる。
 洗濯物を干す。
 衣類の冬ものをしまい、春夏に切り替える。
 こんな長い雑用の一日だった。
 あ〜もう夕食の支度をしなくては・・・。
3月27日(日) 富山登山&屏風山調査
 天気も良いので、何処かに行きたくなった。
 やはり山だろう。
 まだ登っていない山に富山と屏風山があった。
 ここに行こうと決める。
 富山はマップ上では道が書かれている。
 山は165.2mで低山なのだが、初めての山はわくわくする。
 車は国道228号線を快調に走り、泉沢に到着する。
 ここから山側の道に入る。
 この道だろうと入っていたら、年配の男性が歩いていたので道を聞く。
 富山はある事も知らなかった。
 勿論登った事は無いと言う。
 道を少し山側へ入ったら、直ぐに雪で通行できない。
 車を置いて歩く。
 最初は杉林にかこまれた林道を歩く。
 したすら林道を行く
 雪が固まってスノーシューも不要だ。
 道が何回か分かれているが、とにかく真っ直ぐに登る。
 ここを登り切れば頂上
 途中から急な斜面を登って、登りきって少し歩いたら頂上だった。
 ここは三角点があるのだが、雪に埋まって見えない。
 三角点は分からず
 写真を撮って下山。帰りはコースを変えて雪の中をうろうろ散策しながら下る。
 往復1時間だった。

 次に木古内の屏風山に行く。
 ここは地図上では道は無い。
 どこから登るか、山の外周の道を走りながら登れる場所を探す。
 東側は急な斜面で登るのは厳しい。
 沢を登って行く事にするが、入る道がなかなか無い。
 調査の積りで、地図とカメラだけを持って歩く。
 林道があるようだ。でも何処に行く林道か分からない。
 3か所のコースを考えた。
 1つ目は右手の山の尾根伝いに行く。
 2つ目は沢を登り詰めて頂上に向かう。
 3つ目は左手の尾根を登って頂上に向かう。
 林道を進んで行ったら、右手の尾根に登れそうな斜面があった。
 そこで登る。尾根のトップに出て、尾根を歩く。
 雪はスノ―シューは無くとも歩ける。
 かなり尾根を歩いたがなかなか着かない。
 こんな尾根が続いた
 一度下に降りる。
 急な斜面を降りたら、林道に出た。
 先ほどの林道がここまで来ているんだ。
 林道を登ったら道が分かれる。
 左手が頂上への道か?
 左手に行けば頂上に着きそうだが、GPSも持って来なかったので、記録も出来ないので、ここから引き返す。
 林道を歩いていたら3つ目の尾根を登ろうと思った場所にでた。
 急な斜面だが登って行けそうだ。この尾根を行けば一番分かりやすい。
 一度戻って次回来るときに登ろう。
 ここから尾根を登れば頂上
 なかなか良い景色だった
 帰りに木古内の「のとや」に寄る。
 温泉に入りたかったが、3時からなのでパス。
 旅館に隣接のレストランで牛丼を食べる。600円なり。
 美味しかった
 家に帰って花園温泉に入く。リンゴ風呂だった。
 でも香はしない。
 もうすっかりふやけているからかな。
3月26日(土) 病院は待ち時間大
 昨日の夕方に病院の診療を申し込んだが、順番は10番だった。
 これなら直ぐだと思って開院時間に行った。
 でもなかなか順番が来ない。予約した順番はどうなっているのだろう。
 1時間以上も待ってようやく診察。
 先生が来て診たのはたったの数秒。
 「大分良くなったな」
 確かに素人判断でも良くなった。
 ここで一度待合室に戻る。そして待つ。
 これも長い。40分程待ったら処方箋が出る。
 これを持って隣の薬局で薬を貰って、又病院に行き受付に渡す。
 また待合室で待つ。
 30分くらいで呼ばれ、先生の前で話しを聞く。
 「60%は良くなった」
 「今度の薬は少し弱くしている」
 「サンドペーパーで言えば目が細くなったと同じだ」
 「又月曜日に来て下さい」
 この間、2〜3分。
 終了して受付に行ったら、月曜日の予約は今日の午後3時に受け付けます。
 また来なくてはならない。
 本当に効率が悪いな。
 病院はうんざりだ。

 家に帰って車の右側にパテを塗る。
 そして昨日塗ったパテを水ペーパーで研磨していたら、雪が降ってきた。
 手が冷た〜い!
 今日は止めにした。

 右側にパテを塗る 左側の研磨は手が冷たくて中止
3月25日(金) 車の修理の続き
 昨日病院から貰った薬はさすがに効く様で、荒れていた皮膚もかなり改善された。
 この分だと1週間も待たずに直りそうな雰囲気ではある。
 かゆみが無い分、いらいらも無いので気が楽だ。
 やはり病院に早く行くのが良いと言うのが分かった。

 義理の妹の旦那が倉庫を片付けているが、軽4輪のアルミホィールを持って来た。
 彼の娘が使っていた車の物で、もう車は無いので不要と言う訳だ。
 捨てるのも勿体ないから貰ってしまった。
 我が家で使っていた軽4輪のアルミホィールもあるので、2セットになってしまった。
 またまた荷物が増えた。何か勿体ないんだよね・・。
 捨てるのは勿体ない
 天気も暖かく良かったので、車の板金の続きを行う。
 今回は最初に右サイドに鉄板をリベットで止めた。
 本体がぼろぼろなので、止めるのにも苦労する。
 一応作業は終了した。
 右側に鉄板を張った
 次に左サイドにパテを塗る。
 パテと硬化剤を混ぜヘラで塗る。
 全体にパテを塗った所で、パテが無くなり左サイドのみで終了。
 後は4水ペーパーで研磨して、塗装をすればOKだ。
 左側にはパテを塗った
3月24日(木) 病院に行く
 1週間前から皮膚が痒くて掻いたら悪化したので、止むなく病院に行く。
 家から近いY病院に予約を入れてチャリで出発。
 病院には10人くらいが待合室に居た。
 30分くらいしてから中に呼ばれる。
 院長先生や事務の方や、呼ばれた患者3人も同じフロアーだ。
 順番が来て直ぐ傍のカーテンで仕切っているコーナーで見て貰う。
 最初は見ただけで終わり、また椅子に座って待つ。
 事務の方が「大丈夫ですよ」と先生の言葉を伝える。
 しばらくして、再びカーテンで仕切られた場所に入り、ピンセットで皮膚の一部を取る。
 これを顕微鏡で見るそうだ。
 また椅子に座って待つ。
 再び呼ばれて「あなたは皮膚が弱い様だ」確かに傷や虫に刺されても直りが遅いがそうなのか。
 「これは遺伝もある」。私の亡き父もこの病院に通っていたが、病名は帯状疱疹で少し違うが・・。
 「高齢になれば出やすい」。確かに高齢なのでそう言われたら、そうですかと言うしかない。
 結果が出て、調剤した薬を貰いに隣の薬局に行く。
 それを持って再び病院に行く。
 ここで先生が薬の塗り方やケア―の仕方を教える。
 「1週間で70%の確率で直す」と自信がありそう。
 「今日は風呂に入らない様に・・温泉も駄目です」。了解!
 チャリで家に帰って来て薬を塗布する。
 土曜日も行かなくてはならない。
 ここの予約は変わっている。
 前日の午後6時に病院の玄関前に受付名簿があり、そこに記入した順番に診察する。
 当日の朝8時まで受け付けている。
 来れない人は当日の8時45分から電話で予約する。
 当然、診察が遅くなる。
 こんな仕組みだ。


 時間があったので、昨日パンクしたタイヤを直す。
 直していたら、チャリに薬箱を載せて、背中にディバッグを背負っていた若者が通った。
 「パンクを直すのって難しいんでしょう」と言われたが「いや〜簡単だよ」と答える。
 ここの家ってテレビに出なかったですかと聞くので「出たよ」と答えたら、「ここだったんですか」と感慨深そう。
 家庭常備薬の営業だった。
 「今時、薬屋が沢山あるから大変でしょう」と言ったら「話しも聞いて貰えない」事も多いそうだ。

 「大変だろうが頑張って」と言ったら何処かに営業に行った。
3月23日(水) 健康サロンin明和園
 大森浜の朝
 朝5時に家を出てママチャリで走る。
 流石に朝は寒い。気温は-4度しかない。
 でも目一杯ペダルをこぐと暖かくなる。
 湯川温泉方面まで一周して戻った。
 朝は綺麗な太陽が出た。

 1年間活動してきた健康サロンin明和園が今日で、2010年度の最終日になった。
 みっちり1時間半かけて気功とストレッチをやった。
 外は寒いのに、中では汗をかいて運動している。
 昨日は自転車で気合いを入れて走ったので、あちこちの筋肉が痛く、良いストレッチになった。
 来シーズンは5月から始まる。
 いままでサポートして来た、スタッフが抜けて、自前で全てをやらなくてはならないので、それが大変になるだろう。
 役員は5名いるのだが、ストレッチやその他の運動指導者がいないのので、今までのようにスムースにはいかないだろう。私は今シーズンは忙しいので役員にはならなかった。妻が役員なので十分だろう。
 昼食の御飯を丼ぶりにした。
 生姜焼きは美味しかった
 普通の茶碗と丼ぶりがあるのだが、人に毛利さんは丼ぶりにしたらと言われついその気になってしまった。
 やはりボリュームは多く、お腹が苦しくなった。
 でも生姜焼きの肉は美味しく満足した。
 明和園の庭に福寿草が咲いた
 
 単身生活は不自由だろうと思う方がいて、今日差し入れが入った。
 私は料理も別に億劫では無く毎日、難なく暮らしている。
 今日の夕方、元近所のYさんが差し入れを持って来た。
 天婦羅だった。フキノトウやかぼちゃ、玉ねぎなどだった。
 これで1品増え豪華な食事になった。
 こんな豪華な夕食
 他には貰ったごっこの煮物。白菜ときのこ、それにすり身の入った鍋で。
 こんなに沢山だと、太るのが心配だ。
 でも食べられる事に感謝感謝だ。
3月22日(火) 自転車整備&トレーニング
 今日はMTBの仕様変更を行った。
 昨年の街道踏破で使ったままになっていたが、今年は当分旅に出れそうにないので、レース仕様に変更していた。
 これで普段のツーリングやトレーニングをしようという訳だ。
 荷物を積むキャリアーを全て外す。
 サドルはレース用のサドルにした。最新式のサドルで台湾製だ。
 カーボンの軽量サドル
 Racingの文字が見える
 1万円を超える値段らしいが、親戚が台湾の自転車メーカーに勤務しているので貰った物だ。
 ペダルはLOOKのビンディングペダルにする。
 LOOKのペダルを付けた
 以前レースで使った物だ。これを付けると専用のシューズがいる。
 これはSIDIのシューズを使う。
 ライトも台湾の親戚から貰ったのを付ける。
 さらにブレーキのワイヤーを交換し、調整も行った。
 こうなれば走りたくなる。
 完成した!
 ヘルメットにレーシングウェアで近くの競輪場の駐車場に行く。
 今日は震災の影響で、競輪も中止なので駐車場はがらあきだった。
 目っぱい1時間走るが、汗をすっかりかいて爽快だ。
 でもかなり足に効いている。
 帰って温泉に行きのんびりする。

 車の方は、下地塗装のプラサスを塗ってみた。
 これで状況が分かったので後はパテを塗って段差を無くし、リベットも塞いで塗装をすればOKになる。まあまあの出来だ。穴が開いたボディよりはかなり増しだろう。
 後はパテで段差を無くする
 今日で独身生活9日目だ。すっかりリズムが出て来た。
 洗濯・掃除・料理と生活パターンが決まって来たのでスムースだ。
 昨日、義理の妹の旦那が来た。
 台所にこんな物があったのだが、分からないので持って来た。
 それはごっこ(道南で獲れる魚)の乾燥したものだった。
 早速煮付けたら柔らかくなり美味しくなった。ついでのサツマイモも入れた。
 今日は鍋にした。ごぼうすり身鍋にした。美味しそうだ。

 義理の妹は、四国お遍路、女一人旅なのだが、元気に歩いている。
 2日前で25番まで歩いたそうだが、マメが相当出来ている様だ。
 太龍寺の下りで特にマメが出た様だ。
 50日の予定だが予定より早そうだ。
3月21日(月) ポンコツ車の整備
 気仙沼の旅人から千葉さんからメールが来た。
 地震直後にメールして無事だったのを確認していたので、それ以降はメールを控えていた。
 大変な時期なのに、メールをくれたのは嬉しかった。
 自分たちもそれどころでは無いのに・・・。
 メールは 
 「気仙沼は全域において壊滅です。完全に復興するには何十年と掛るでしょう。1からのスタートとなってしまいましたが、下ばかり向いても始まらないので、上を向き旅人魂で頑張って行きます。」と心強いものだった。
 立ち直って欲しいと願うばかりだ。

 今日は我がポンコツ車の整備をする。
 まずは昨日からやっていた、折れたマフラーの修理だ。
 以前は早く車を動かしたので失敗したが、今回はしっかり時間をかけたのでしっかり固まっていた。
 今度は大丈夫だと良いのだが。
 硬くなっていたが
 恐る恐るエンジンを掛けたらOKだった。
 少しアイドリングしてさらに硬化を進める。
 次にエンジンオイル交換だ。
 しばらく交換はしていないのでエンジン音も大きくなってきた。
 ホームセンターに購入に行ったら、節電で店内が暗くなっていた。
 1缶買って入れたが少し足りず、もう1缶購入して入れた。
 エンジンオイルも入れた

 次にぼろぼろになった車体の整備をする。
 錆がかなり出ていたのでディスクグラインダーで削ったら、車体に穴があくほど錆びていた。
 これは簡単にはいかない。
 考えた末、薄い鉄板を張る事にした。台所のガスレンジの周囲に張る板があった。
 一応錆を落とし、再び出ないようにテープを張り、その上に板を宛がい、金切り挟みで切ってリベットで留める。
 後はパテを塗って、色を塗れば今よりはかなり見栄えが良くなるだろう。
 今日はリベット止めまでで終了。
 錆びて車体に穴が空いた

 鉄板を張ってリベット止め

 午後からファイターズの試合を見る。
 先発斎藤が火の車。3回で9点も取られた。 
 う〜ん期待していたが、先行きが不安になった。
3月20日(日) 活動開始・・台場山へ
 地震以来、動く事はあまりしていなかったが、そろそろ活動を開始する。
 朝の大森浜ウォーキングから開始、静かな海面を見ると、津波が10mにもなると言うのは想像出来ない。10mならここの堤防も越えてしまう波だ。
 勿論我が家も水の中になる。裏手の山に登る以外は助からないだろう。
 太陽は綺麗に出た。久しぶりに見た太陽は気持ちが良い。
 朝のウォークは清々しい。
 太陽は沈んでも又必ず上がって来る。今回の地震の被害者も早く立ち直って欲しい。
 朝食後、おにぎりを握って北斗市の台場山に向かう。
 そろそろ雪も少なくなり塹壕が見えるだろう。
 場所や大きさの計測をしたい。
 計測器を持ったが・・
 回転式の測定器を持ってスタートする。
 登り口まで来たが、入り口に建てた立派な看板が根元から折れていた。
 根元から折れている
 針金を後ろに2本張ったが、雪で針金が引っ張られ、看板を折ってしまったようだ。
 雪は思ったより深かったまだ30〜40cmはありそうだ。
 スノーシュー無しで歩く。
 まだまだ雪は深い
 時々埋まりながら鞍部に到着。
 ここから左に上がり、稲妻形塹壕に行ったが、雪が多くて塹壕が見えない。
 これじゃ計測も出来ない。
 位置情報を取って、南側の塹壕に行く。
 ここも少ししか見えていないので、正確な計測は出来ない。
 どうしようかな?
 鞍部の右手の急斜面の上にも塹壕はあるが見えるだろうか?
 考えたが、折角なので普段歩けないこの辺りを回ってみようと登る。
 快適に歩けるので上まで行ってしまった。
 ここに2つの塹壕があるのだが、ここも僅かに見えるだけ。
 ここが塹壕跡
 位置情報だけを取得して、砲台跡に向かう。
 砲台跡に向かうコース
 夏は笹に覆われる場所も、雪があるので快適に登れる。
 ここの大砲後は、かなり前は1.8mの窪みであったそうだが、今は平らになっている。
 自然に埋まったのか、埋めてしまったのかは分からない。
 毛無山が綺麗だ
 帰りも違ったコースを歩いたりして下山。
 もう少し雪が溶けたらまた来よう。
  桂岳も見える



 家に帰って車の修理。
 マフラーが千切れたので、硬化剤で固めたのだが、固まる前に動かしたのが悪かったのか、十分な対策が出来なかった。
 再び硬化剤を塗って放置。
 今度は固まるまで1日くらい放置しよう。

 夕方湯川福祉センターの温泉にチャリで行く。
 結構込んでいた。溢れるくらいの車と自転車があった。
 65歳以上が無料の温泉なので仕方がないか。
 来年度は無料が確保されるか分からない。
 函館市も事業仕訳をやったところ、無料では無く、お金を取れとなった様だ。
 多くの老人が利用しているが、有料になれば減るだろうな。
 有料なら他にもっと良い温泉が沢山ある。
 市も財政が厳しいので有料にしたいのだろうが、反発が出るので、第3者を使って有料の提案させている様にしか思えない。
 なにもかにも住みにくくなる。
3月19日(土) 地震&大津波から1週間
 今日は孫の卒園式。
 今回の東北関東大地震で1週間延期になったので参加できなかった。
 娘から写メールと瑞葵のメッセージが来た。

 『そつえんしきとってもかっこよくできました』・・瑞葵
 4月からは小学1年生になる。
 早いものだ。
 どんどん大きくなって来る。
 こちらはどんどん年を取る。
 時の進む早さは忙しい時には感じないが、この頃の様に家に居る事が多くなると、つい感じてしまう。
 地震から1週間が過ぎた。
 死者・行方不明が18000人になった。恐ろしい数字だ。
 そろそろ何処かに出かけようかな。
 こんなに大きくなった

 みんな正装している
3月18日(金) 最近のフィットネス事情
 地震以来、テレビばかり見て家に居る事が多くなった。
 体をあまり動かしていないせいか、気分的にも滅入ってくる。
 でも何か動かなくてはと思い、自転車の整備をする事にした。
 以前、家の近くの自動車整備工場の社長さんから貰った2台の自転車がある。
 この内の1台は、昔の会社仲間のFさんに譲ることのなっていた。
 そこで整備をして、家に電話したらいたので持って行く。
 整備が終わったままちゃり
 家では棚の整理をしていた。
 地震の際には、落ちなかったがこれからも起こる可能性がある。
 この際だから、不用品は捨てようとなったそうだ。 家に上がって話しをするがやはり今回の地震の話しになる。
 自分が家も全てを失ったら、いくら故郷でも同じ場所には住まないだろうとなった。
 年金生活じゃ家を建てる事も出来ない。それなら何処か他の場所に行って、部屋を借りて住むしかないなとなったが、いざとなったらどうだろうか。
 
 Fさんは昨年退職して以来、フイットネスクラブに通っている。
 そこのフイットネスクラブは老人で溢れているそうだ。
 80歳を超えている人も多く、90歳近くの人もいるようだ。
 毎日通って来るので、同じ様な高齢の仲間も沢山いて、溜まり場になっているそうだ。
 別にマシンを使って何かをするのではない。
 ここのフイットネスクラブには温泉とサウナがある。
 ここに入り浸りで一日を過ごすそうだ。
 函館の温泉は概ね420円だ。
 それに家で使う暖房費もいらない、さらにマッサージ機は無料だ。
 これで毎日通って、月々6000円なら確かに安い。
 他には同居の子供にすすめられて来ている人も多いそうだ。
 元気で長生きすれば年金が入って来る。
 そんな思いもあってフィットネス行きを進めるのだという。
 健康目的かお金目的か分からなくなる。
 そんな時代なのかな?
3月17日(木) 財布を落としたが・・
 今日もまたまたテレビに見入っていた。
 一体いつになったら先が見えるようになるのだろう。
 支援の輪が世界中に広がっているのが心強い。
 その反面、食料品や日常用品の買いだめなど、そこまでやるのかなと思ってしまう。
 私は現在単身生活中だ。
 冷凍庫を探せば、色々な物が入っている。いつの物か分からないのもある。
 それを食べていれば結構持つものだ。
 この様な時に、冷凍庫の物を全て使用するくらいの気持ちが必要だろう。
 
 一昨日、財布を落としたのだが、全く知らなかった。
 いつも行くスーパー内のクリーニング屋から電話が来た。
 家の近くで拾ってくれた方が、スーパーのポイントカードがあったので、クリーニング屋にも来ている筈と、聞いたら顧客名簿から、電話番号を教えてくれたそうだ。
 直ぐに行きますと言ったのだが、近いから届けると言う。
 外で待っていたら自転車でやってきた。
 お礼を言って、謝礼を・・と言ったが、いりませんと言う。
 名前を聞いたら、Oさんと言い隣の町の人だった。
 財布を落としたのは前日の昼だったから、1日は落ちたままになっていたのだ。
 今日、Oさんの家を調べに町会事務所に行った。
 おばちゃんに聞いて直ぐに分かった。
 40歳くらいの人で自転車に乗っていましたと言ったら、40歳はかなり過ぎているが、綺麗な方ですよと言った。
 確かに綺麗な方だった。
 スーパーで購入した品物を持って、伺ったら奥さんはいなく、子供に渡して帰って来た。
 良い人に拾われて良かった。
3月16日(水) まだまだ余震が続く
 今日も朝からテレビに釘づけになっていた。
 被災地の避難場所は何処も食料や生活用品が不足で大変な状況だ。
 何とか出来ないかと思うのだが、それぞれが頑張っているのだろう。
 周りから見ている程、簡単には出来ないのだろうな。
 さらに原子力発電はますます危ない状況になってきた。
 一体日本はどうなるのだろうと憂慮する。
 でも何も出来ない。義援金を送るしか出来ない。
 モンベルも義援品を送る事になり、地平線会議野宿党の党首、安東さんもはやばやと寝袋を寄付した。
 モンベルの石川県の倉庫に集めて持って行くそうだ。
 仙台に現地本部を儲けた。
 モンベルポイントを寄付してくれれば被災地に贈られる。
 野宿党のメーリングリストでも義援品の寄付要請が来た。

 本州の旅人の安否も入って来るし、大丈夫かの問い合わせも来る。
 そんな中で、関東や静岡の人が怖いのは、東海沖地震だそうだ。
 今回の地震が引き金になって誘発されないか心配だそうだ。
 余震は相変わらず続く。函館も弱いが2回揺れた。震源地があちこち動いているのも不安だ。
 秋田や長野でも震源地になっている。


 テレビを見る合間をにポールの改造を行った。
 写真撮影兼用のポールだが、一般スキー用のポールなので、リングが小さく雪に埋まる。
 そこで先日、北広島の三井アウトレットで300円で購入した山用のリングを付ける。
 300円で売っていた
 普通のストックなら簡単に交換できるのだが、特殊加工のポールなのでそれなりに加工が必要だ。
 2時間くらいかけて無事完了した。
 小さいリングを取る
 このポールは杖にするよりも写真撮影用なのだ。
 山での撮影は大きな三脚だと重いので、ポ−ルのグリップに雲台が付いていて、先の石突の部分は細い金属棒が伸びで地面に刺して使う。
 新しいリングが付いた
 実際使うとなかなか便利なもので重宝している。
3月15日(火) 怖い原発
 今日も朝から東北大地震のテレビを見ていた。
 まだまだ人的被害が広がりそうだ。
 恐ろしい数値になるのだろう。
 福島の旅人もまだ消息が分からない。
 心配だ。

 都会では、食料・ガソリンなどの生活用品が手に入らないそうだ。
 スーパーに行っても品物が殆ど無いといった状況だそうだ。
 こんな災害の時、やはりアウトドアーをしている人は強いと感じる。
 ある人は家の前の庭にテントを張り、食料も準備していつでも地震に対応出来るようにしていると言っていた。
 私の車もいつでも宿泊出来るし、食料や炊事道具、水などが入っている。
 災害のためではなく旅のためなのだが、災害でも役に立つ。
 数日は大丈夫だし、家にも旅の準備として、安い時に買った食料やガスボンベが沢山ある。
 万が一災害が有っても生活面では何とか切り抜けられると思う。
 体育館などに避難出来れば良い環境の内に入る。
 普段からやっている野宿が多いに役にたつだろう。
 一般の人とってはやはり厳しいだろうな。
 避難している人を見ればかなり大変な様子が伺える。
 風呂にも入りたいとの要望もある。
 私は昨年の「街道踏破」では23日くらい風呂には入れなかった。
 水さえあれば何とかなるのだが、それはあくまでもサバイバルを経験したからだ。
 
 原発事故も本当に怖い。
 当事者の説明を聞くと、大した状況では無いと懸命だが本当なのだろうか。
 深刻な事態だと言う人も多い。
 本音は分からないがとにかく怖いと言うのが実感だ。
 
 何か仕事をやろうと言う気にはなれず、テレビばかり見て一日が過ぎた。
3月14日(月) 函館に帰って来た
 朝に釧路を出発した。
 時間は8時だが、車の通行量は少ない。
 ガソリンが不足しているので、外出を控えているのだろうか。
 天気は曇り空でどんよりしている。今日は淡々と走るのみだ。
 雨の天馬街道に入ったがまるで車がいない。対向車とも合わずに浦河にまで着た。
 途中のガソリンスタンドは、給油を行っており釧路や札幌のような制限はしていないようだ。
 でも経由で135円などとかなり高い。高騰しているのか僻地で高いのかは分からない。
 浦河から苫小牧の海岸も津波の跡といった感じは見られない。
 ガソリンが切れて来たので、そろそろ入れなければと思っていたら、虎杖浜で軽油119円の看板があった。
 え〜これは安い。
 ここが最安値だった
 直ぐに入って給油。ここはおばちゃん1人で給油していた。
 普通に満タンにしてくれた。
 途中でパンを買ったのと給油2回のみで連続して運転した。
 函館で給油。123円と釧路に出発する時より安かった。
 結局12時間かかって函館の家に着いた。
 外は暗いので家の外観は見えない。
 恐る恐る内部に入ったが、物は少し落ちていたものの、心配していたテレビは大丈夫だったので安心。
 地震対策をしていたので効果があったのか?
 パソコンを開くと心配メールが沢山入っていた。
 地平線会議野宿党の安東さんからも入っていた。
 中国でNHKの衛星TVで函館の津波の様子が放映され、心配してくれた。
 他にも多数あり、心配して頂き有難い。
 パソコンにメールが来ていたが、釧路に行っていたので返事が出来なかったので心配していたと思う。
3月13日(日) ガソリンが不足
 今日も殆ど一日中テレビの前にいた。
 刻々と入るテレビの画面は悲惨な光景ばかりだった。自然の驚異をまざまざと見せ付けられた。
 2004年の自転車日本一周の際に、通過したり野宿した町ばかりなので、当時の思い出と重なる部分が多い。
 気仙沼の千葉君は無事が確認された。福島の旅人とは連絡が取れないでいる。

 卒園式が延期になったので、瑞葵の幼稚園に撮影に行く。
 娘が記念のDVDを作ると言うので、私が撮影に行く。
 今回見るのが最後なので、孫の足跡を撮ってきた。
 園長先生も居たので、幼稚園の内部も撮影で来た。

 教室の黒板
 瑞葵の写真もあった
 ここが教室
 昼頃になってガソリンの事が話題になった。もしかして品薄になるのではないか。
 ガソリンが無ければ函館に帰れない。
 直ぐに町に出かける。見付けたセルフのガソリンスタンドに入る。給油機には貼紙があった。
 ガソリンは売り切れましたの案内だった。
 係りの人が来て、軽油ですかと聞くので、そうですと答える。
 軽油はまだ在庫があった。とりあえずは満タンになった。
 妹の旦那も入れに行ったら1回10リットルに制限されていて、数ヶ所回ってようやく満タンにしたそうだ。
 函館迄は2回の給油が必要だ。途中のスタンドが在庫切れにならなければ良いが。
 14日には函館に向かう。
3月12日(土) 大変な地震
 大変大きな地震被害になってしまった。
 朝から終日テレビに見入っていた。
 その間にも大丈夫かとのメールを沢山頂いた。函館の津波被害の状況が全国放映されたためであろう。函館の家がどうなっているか心配だが国道はあちこちで通行止めになっており、帰れそうに無く、様子を見ている状況だ。
 釧路は釧路川にかかる河口に近い橋が通行止めになっている。かなり上流の橋は渡れるのだが、大渋滞になっているとの報道なので、今更じたばたしてもしょうがない。
 心配なのは宮城気仙沼と福島に住んでいる旅人だ。
 被害が大きい地域にいるので心配だ。
 メールで安否確認したが返事は来ない。
 無事を祈るばかりだ
3月11日(金) 釧路に着いた
 昨日、温泉から帰って千歳の町をぶらっと散歩した。
 繁華街の中を歩いたら、客引きの若い女性が沢山いた。
 声をかけられのも嫌だと思い女性のいないが道を選んだがやはり女性はいる。
 でもそれはとんだ思い過ぎであった。
 金のないじいさんと見えたのか誰も声をかけてくれなかった。
 嬉しいやら淋しいやら複雑な状況だった。
 朝食はまあまあでお腹がいっぱいになった。これで3850円は安い。
 釧路に向けて出発する。天気は快晴で路面には雪がない。
 無料化された高速道路を快調に走り釧路に入る。
 娘の家に行く前に、山花温泉リフレに寄る。この温泉は無色透明の温泉だったが、先月突然茶色の温泉になった。成分も塩分から鉄系になったのだ。
 入浴するが以前より温泉っぽくなった。
 入場者増えて万々歳だ。
 ようやく釧路に着いた。荷物を持って3Fの部屋まで階段を登る。
 途中で何か頭がくらくらする。
 疲れているのかなと思って部屋に入ったらテレビが宮城沖地震の報道をしていた。
 津波に流される車や建物の悲惨な映像が流されていた。
 大変な地震だ
 函館は震度4だった。何も無ければ良いが心配だ。
 明日予定の卒園式は延期になった。
 私は参加出来なくなった。
 愛葵はにこやかだ
3月10日(木) 千歳に着いた
 朝に四国お遍路に出発する義理の妹を函館空港で見送ってから札幌に向けて出発する。
 天気は快晴で国道の雪も無く快適なドライブになった。
 長万部町から洞爺町を抜け中山峠に向かう。
 中山峠
 周辺の雪は一気に増えたが、道には雪は無く順調に峠を越える。
 そして札幌中央図書館に着いた。
 早速旧道資料の展示を見に行く。
 なかなか気合いの入った展示がしてあった。様似山道、留萌山道、濃昼山道、静狩山道、猿留山道の資料が展示していた。
 立派なポスターだった
 展示室も分かりやすい
 圧巻だったのは留萌山道を航空写真で71枚撮影して張り合わせた物だ。
 長さが5mくらいあり明治の山道がはっきり見える。
 主催者の伊達さんに会いたかったが、会場に来ていなく会えなかったが名刺を置いてきた。
 千歳のホテルに向かう途中に昨年出来た三井アウトレットに寄る。縁の無いものばかりだと思っていたが。モンベルショップがあった。
 でも流石に高いので手がでない。小間物を少し買って、後は目の保養だけ。
 そこに妻が来て、LL.BEANが半額セールをやっていると言うので覗いた。
 登山用のパンツが半額の3900円で買えた。
 ホテルには5時に着いた。これから妻は友達二人と居酒屋で歓談をする。
 私は温泉でのんびりする事にする。
3月9日(水) 健康サロン&出発準備
 健康サロンin明和園に行く。
 準備体操&ストレッチ&マット運動をする。
 いつかのストレッチをやり過ぎたのか左肩が最近痛い。
 左肩のストレッチをするのに痛くて十分に出来ない。
 少し様子見て病院で湿布薬でも貰わなくては。
 妻も右肩の同じ所が痛くて病院通いをしている。
 妻の場合は筋が伸びたか、少し切れたのかも知れないが、今は注射を打って痛み止めとしている。
 痛みが直らないと手術もありえるそうだ。
 明和園の活動も来期以降は、自主活動になる。
 今まで支援してきた、支援センターからはスタッフが殆ど来なくなり、自分たちで運営しなければならない。
 市から出ていた怪我の保険も自分で払わなければならない。援助はみな打ち切られる。
 大変な時期になってくるが、パワーのあるおばさんが沢山いるので大丈夫か?。
 昼はラーメンを食べて帰る。
 塩ラーメンだった
 午後から義弟が亡くなって3年になる。
 妻と義理の妹で墓参りに行く。
 墓は雪に埋もれていた。
 凍っていて除去は出来ず、お参りをして、義弟の好きだった、甘酒、すあま、あん餅などを食べて本人を偲ぶ。
 61歳と早い死だった。仕事も終えてこれからのんびり残りの人生をを送ると言う矢先に亡くなった。
 元気が有るうちに精いっぱい生きなくてはとつくづく思う。
 雪に埋もれたお墓
 家に帰って釧路行きの荷物のパッキングをする。
 明日出発するが、義妹も明日四国お遍路女一人旅に出発する。
 明日見送ってそのまま札幌に行き、中央図書館で旧道サミットで展示される、旧道の地図を見に行き、その後釧路に向かう。
 出発する義妹に餞別をあげて、激励の手紙とお守りを作った。
 手紙とお守りは大日如来
 お守りを買えば良いのだろうが、神社の社務所も締まっている。
 気持ちのこもったお守りだから効き目はあるだろう。
3月8日(火) 日本経済新聞の取材
 今日は近くのスーパー火曜日恒例の割引券配布の日。
 その1時間前には割引セ−ルで50円の品物が多数出る。だが1人何個の制限があるので、私も行く事になった。
 カップめん50円を6ケ、50円の豚ロース切り身3枚、ウィンナーが1袋800円の所500円と格安だったので2袋購入。 贈呈用コーヒーセットが半額なので2箱購入。そろそろ値上げが近い。
 着々と単身生活の準備が出来つつある。
 そして割引券を貰う為の場所取りをする。買い物かごを置いて、元近所の旦那さんに場所を取って貰う。
 いつも先頭近くに居るので割引券は2枚貰える。一度貰ってまた最後尾に並ぶと2枚ゲットできる。
 今までは3枚貰えたが最近は人も増え、下手すると1枚で終わってしまう。
 一度家に買って出直し、今日は2枚ゲット出来た。
 そのまま元近所の仲間が家に来た。
 そしてフキのとうを頂いた。函館の東の恵山にはもう出ているようだ。
 良い香りに春の到来を感じる。
 早速味噌和えにした。夕食には天ぷらにもする。
  ふきのとうの味噌和えが出来た
 午後から日本経済新聞函館支局の取材。
 なんの取材か聞いていなかったので、どの資料もあまり用意していなかった。
 受けた取材は「函館の人物像」と言う様な内容で記事を書くそうだ。
 全国版になり、各地の人物の活動とか生き方を紹介する紙面の様だ。
 会社勤務の時は良く読んだ日経新聞だが、退職した今は読んでいない。
 取材は楽しくさせて頂いた。
 取材したYさんは大阪から転勤になって1年が過ぎたそうだ。
 大阪では橋下知事の担当で相当忙しかったそうだ。
 小さい時から放浪の癖があったなど、楽しい方だった。
 ニュージランドの様な災害が起これば、報道記者として被災者の写真を撮らなければならなく胸が痛むそうだ。
 がれきの一つでも取ってあげたい気持ちになるが、報道記者としてはればそれも出来ない。
 それぞれの仕事なのでやむを得ないのだろうが、心が痛むようだ。

 夕方には本のカバー用紙が無くなり買いに行く。
 本は10冊くらい印刷した。プリンターは休みなしに動いている。壊れないでくれ。明日は製本だ!
 日経のYさんも1冊買ってくれる事になった。感謝。
3月7日(月) 小改善
 釧路行きの準備も旧ピッチになった。
 ただ行けば良いと思うのだが何かと有るものだ。
 今日は「街道踏破」の本作り。娘夫婦に読んで貰う。
 そうしているうちに灯油が切れそうだとなり買いに行く。
 中東の不安定さから値上げになっているのだろう。
 78.8円/リットルだった。これが配達だったら80円の後半になるのだろう。
 家に帰ってタンクに5缶入れる。これでしばらくは持つ。
 もうそろそろ焚かなくても良いかも知れない。
 
 今回は路行に行って孫の瑞葵の卒園式に出るのだが、妻はそのまま小学校の入学式まで残るので帰りは1人になる。
 そこで車中泊しながら戻って来ようと言う訳だ。
 山の地図やなどを沢山揃えたが、どの山に登るのかも決めてはいない。
 風任せだ。
 車の中を清掃する。そこで気が付いたのだが、飲料水のペットボトルはいつも置く場所が決まっていなくて、あちこちに置かれていた。これを指定の場所に置くように改造する。
 板の端っこに孔を3個開けて完成。これで便利になる。
 場所も食卓テーブル兼調理用テーブルの傍なので使い勝手は良いだろう。
 ここにペットボトルを置く

 孔を3個分開けた
 さらにプリンターの小改善。紙を送る時真っ直ぐに送られず、曲ってしまう事がある。
 曲って入れば紙詰りを起していたので、紙の端に物を置いてずれないようにしていたが、使い勝手が悪いので、アルミのアングルを適当な長さに切ってクリップで止めた。
 これでずれは無くなった。

 こんなこまごまとした事を一日やっていた。
3月6日(日) 鹿部ホタテ祭り
 今年も鹿部ホタテ祭りに行く事になった。
 義理の妹夫婦も今回は参加する。
 9時に函館を発ったが、大沼公園に近づいたら、鹿部方面の車で長い信号待ち。
 例年に比べて凄く多い感じだ。
 鹿部の会場近くになったらもう車は動けない。
 後30分は掛りそう。
 皆は先に降りて会場に行く。私はようやく駐車場に入れてから会場に行く。
 目当てはホタテ焼きの無料提供。でも例年になく人が多く4その列は昨年の倍以上になっている。
 勿論13時までは幾らでも無料で提供する。
 無料には人が多い
 でも待つ時間を考えたら、並ぶのを止めた。
 ホタテ汁を150円で買って満足だ。
 妻たちはホタテ14〜5枚で500円を購入。
 ここは500円で販売
 ここは幾らでも売ってくれる。
 その後は鹿部ロイヤルホテルのランチバイキング+温泉パックで1000円。
 温泉が500円だからランチは500円の勘定。
 でも凄い行列。聞いたら30分待ちだそうで、先に温泉に入る。
 のんびり湯に浸かって出て。12時少し前に入る。
 もう席は空いていた。のんびりバイキングを食べられる。
 ホタテ三昧と言うが、あまりホタテは無い。
 焼きそばに小さなホタテ。小さなホタテの煮物程度でホタテはあまり無かった。
 目ぼしいのは、焼き魚、カレーライス、ソバ、パスタ、イカの酢の物、鳥唐あげ、かぼちゃコロッケ、エビチリ、などなど。
 ランチバイキング
 それでもお腹は一杯だ。
 残り時間少しだが盛況だ
 十分満足して帰途に付く。
3月5日(土) いろいろしてました
 釧路の孫の所に行く準備をする。
 お土産のパッケージも終わり一息ついた。
 そこでGPSとパソコンの接続をする。
 現在はアトラスのGPSを使っているのだが、以前使っていたガーミンも勝手に復帰した。
 パソコンのカシミールと繋いでみるがデータのダウンロードが出来ない。
 ケーブルが接続されていないとのメッセージだが見た目には繋がっている。
 何度トライしても繋がらず。今日は諦めた。

 登山の際に使用するフロントバッグを作ったが、使い勝手は凄く良い。
 しかしGPSをいちいち取り出すのが面倒だ。
 そこでバッグの前面にGPSを取りつけることにした。
 透明のケースに入れてバッグに縫い付ける。
 これだと歩いている時にバッグを少し起こせば見れる。
 ついでに100円ショップの時計も取りつけた。
 これでまた便利になるだろう。
 見栄えは手作りなので今一なのだが・・・。
 見栄えは悪いが便利だろう

 午後からは日ハムと巨人のオープン戦を見る。
 これで一日が終わってしまった。
3月4日(金) 名刺&お土産作り
 今日は朝から義理の妹のお遍路用の名刺を作成した。
 旅に出ると、気の合った友達が出来たりするが、その都度名前や住所をノートに書くのも大変だ。
 と言って携帯電話の情報を赤外線で送れば良いだろうと思うのだが、それがなかなか難しい年代なのだ。
 お遍路のイラストに本人の写真を張りつけてワンポイントが完成。
 後は名前と住所などを入れて完成した。
 10日には出発して女1人で50日間の歩きお遍路をする。
 この歳になるとなかなか決断できないものだが、前向きに考える妹を応援したい。
 本人は忙しくなかなか外でのウォークも出来ないので、家でバックパックを背負い仕事をしているそうだ。
 まあ少しは鍛錬になるか。
 お遍路用名刺が完成
 名刺の次は孫の友瑛にプレゼントする。ダルマの階段下りならぬ、トーマスの階段下り。
 昨日は白のペンキを塗ったので、今日は最後の調整を行い完成した。
 トーマスの階段下り
 さらに町に出て孫の瑞葵のバレンタインディのお返しを買いにトイザラスに行く。
 「瑞葵のおこずかいで買ったチョコです」と手紙に書かれてきたので、少しは良い物をとの気持ちが働くが、少ないこずかいの中から品物を選ぶのは大変だ。
 情報では「たまごっち」が好きで友達のを借りたり、おもちゃ屋のサンプルで遊んでいる様だ。
 今更たまごっち?と思ったが、相当進化しているのだそうだ。
 トイザラスに行ったら、たまごっち無かった。予約受け付けますとのこと。そんなに人気が有るんだ。
 4800円もするのに・・・。
 もう間に合わないからビーズセットにした。999円だったが瑞葵にはきと良いだろうと思った。
 後は暖かい手紙を書こう。

 帰りに「華の湯温泉」でのんびりして帰る。
3月3日(木) ぶんぽ研例会&etc
 ぶんぽ研の例会に出席。
 今日の気温は+1度で寒い。
 国道は歩道も雪が全く無く、ちゃりで来ても良かったなと思うが、今日は例会が終わった後、二股台場に調査に行こうと準備して来た。それで車なのだ。
 いつもよりかなり早く到着したので、配布資料綴じをする。
 例会はいつも通り出来事を淡々と説明して終わる。
 その中で自由の女神を店の屋上に建てた業者がいた。景観条例に触れると言う事で一時は説得に応じて撤去したが、再び建てた事が問題になっているそうだ。
 どうやら市の対応が悪くてこじれてしまったようだ。
 確かに最近は景観に厳しくなっている。恵山にあった涅槃像も撤去させられた。
 でもはっきりした基準が無いのも問題なようだ。

 今回頼まれた本を持って行ったら、他にも欲しい人がいて、全ての本が完売になった。
 まだ欲しいと言う方が、数人いるのでまた印刷だ!
 でも読んで貰えるだけ有難い。

 会が終わってロビーで北斗市からやってきたSさんに改造したスノーシューを渡す。
 出来が良かったと満足して貰えて良かった。
 他にも改造したいものがあるそうで見せて貰ったが改造は出来そうだ。
 新しいアイゼンなので、まずは山で使ってみて、具合が良ければ6本爪アイゼンに追加改造する事になった。
 外で話していたら吹雪きになったので、今日の二股台場調査は中止にして帰る。
 
 孫のプレゼント製作をしていたら、取材依頼の電話が来た。
 日経新聞の全国版に掲載したいそうだ。
 8日に取材が決まる。
3月3日(水) 吹上石(ぬけいし)&516.6mPeak登山

 昨日メールが来て、2日か7日に吹上石に行きませんかと来た。
 丁度今日が空いていたので行く事になった。
 同行者はkNKの3人組と行く。吹上石とはから始まり、何処を行くんだと地図を調べる。
 吹上石(ぬけいし)とは変わった読み方なので、何か由来があるのだろうかと調べたがはっきりしない。
 この吹上石はマグマ熱水系だった。旧南茅部郡三盛にあるこの石の下にはマグマが有って、地下の冷却水がマグマによって加熱され、熱湯か蒸気となって地上に出て来る。
 温泉となって出て来る事もある。
 近くに大舟温泉があるので、こちらは地下のマグマに加熱された水が温泉となって出たのであろう。もしかして同じマグマなのかも知れない。
 1995年に地質学者渡辺氏「北海道南茅部郡三盛 吹上石マグマ熱水系の進化と金鉱化作用」との研究論文が発表されている。
 残念ながら函館中央図書館には置かれていないので詳しくは分からない。
 地図から見て林道を進んで吹上石の裾野から登れば良いと分かる。
 WEBサイトを見たら、自然倶楽部の鎌鹿氏や300名山登山の坂口氏も登っていた。
 坂口氏のトラックデータも参考にする。
 主なポイントはGPSにインプットして出発。
 天気予報は曇りだったが、青空が覗く良い天気だった。
 快調に大舟温泉に着き、少し上側の林道から入る。
 雪は締まっていたのでスノーシューは履かずにつぼ足で出発。
 林道は長いのでのんびり景色を見ながら進む。
 予想気温は+1度だが、もっと上昇している様な感じがする。
 高度を上げると向かい側に岩場に特徴がある泣面山が堂々として見える。
 泣面山が見える
 雪屁があちこちにあった
 2時間林道を歩き、吹上石の裾野に出る。あれ〜見覚えがある場所だ。
 ここから登る
 一度ここには来た事がある。その時は他の山に登っていたので、吹上石がこの上にある事は知らなかった。
 崩れた斜面を登り木々の間を進むと大きな石が見えて来た。
 岩が見えて来た
 これだと石をじろじろ観察する。
 やはりマグマから噴き出した形跡のある蒸気孔が無数に空いている。
 マグマによる蒸気孔が無数にある
 今は全く蒸気は出ていないが、16年前付近は出ていたのであろう。
 写真を撮って516.6mPeakに向かう。
 記念撮影
 行く途中にも岩があり、ここにもマグマの蒸気孔が空いていた。
 10分であっという間に到着した。
 516.6mPeakにて
 三角点吹上山は雪の下で全く見えなかった。
 ここからは恵山が良く見えた他、かなりの広角で付近の山々が見渡せた。

 風もなくて最高のコンデション
 風景を堪能して下山する
 途中で昼食を摂るが暖かくて気持ちが良い。
 ここからの下りは早かった。
 話しをしながら、早足で一気に下って大舟温泉に到着。
 後は乳白色の硫黄泉に浸かってのんびり。
 帰りは吹雪になった。
 快晴の中を歩いて、吹雪きは車の中という運も良かった。

3月1日(火) 色々な日
 朝から昨日頼まれたスノーシューの改善を行う。
 やはり市販のスノーシューはなかなかそのままの状態では使いにくいようだ。
 山を歩いているうちに気が付くが、女性が改善するのはなかなか困難だ。
 Sさんも改善を試みているが最終的な形にはならなかった。
 そこで改造を引き受ける。
 このスノ―シュ―に付ける
 現在のスノーシューに軽アイゼンを取りつけて、急斜面の滑りを少しでも押さえる。
 私は自分のスノーシューにアイゼンを付けてばっちりだ。かなりの急な斜面のトラバースも滑らない。
 さらには硬い雪でも聞いてくれる筈だ。(まだその場面に出合わせていない)
 早速アイゼンに孔を開けて、スノーシューに取りつける。
 それをボルトで固定する。
 ナットは緩み止めのあるものを使った。
 軽アイゼンは無事付いた。
 無事付いた
 後は固定する紐が直ぐに緩むと言うので、見たら金具が悪い。
 これでは直ぐに緩んでしまう。
 この紐が緩む

 黒いバックル付きに代えた
 そこでガラクタ箱の中から、探して何とか取りつけた。
 これでOKだろう。

 午後からは本の製作をする。10冊は完成した。
 後何冊必要なのかな?
 またインクが少なくなった。発注しなければ・・・。
 本は10冊完成

 妻から言われて近くのスーパーの割引券配布に並ぶ。
 午前10時と午後3時の2回ある。
 午前中は150円割引券が300枚、午後は200枚配られる。
 勿論並ぶが元近所の方がいつも早いので番取りをしてくれる。
 15分くらい待てば配布が始まる。今日は前から10番くらい。
 100人くらいの前から10番?
 1枚貰ったら直ぐに最後尾に付く。そして2回目の配布を貰う。
 前から10番だと大体が2枚貰える。うまくいくと3枚貰える。
 3枚だと450円分だ。これは大きい。
 私は自分が貰った割引券で缶詰めなどを買う。
 今日はこれだけ買った
 旅に出る時のためにせっせと涙ぐましい努力をしているのだ。
HPTOP