2011年
目次
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12月
11月30日(水) スパイク長靴を再利用
 今日は最高気温が2度で寒いのと、2日連続して山に行っているので休養日にする。
 登山に使っているスパイク付き長靴だが、先日山に行った際、川を渡った時に水が侵入した。
 これでは冬山では使えないという事で新しいスパイク長靴を買った。
 そこで余った古い靴なのだが、捨ててしまうのは勿体ない。
 スパイク付きなので、冬の雪かきに使えば良いだろう。
 雪なら小さい穴まで入ってこないだろう。
 靴は今の長さでは履く時に手間がかかるので、すっと足が入るようにしたい。
 そこで長さを短くすれば良いだろう。
 7cmくらいハサミでカットする。
 この位で履きやすい

 上の紐通しも取った

 同じ長さに切る
 切ったままだと格好が悪いので、靴の上に付いている紐が入ったカバー?を取りつける。
 全て手縫いでやったが、出来栄えは良い。
 上の紐通しを付ける

 中も塗ってある
 これで冬の雪かきは滑らなくてやり易いだろう。
 1時間ほどで完成した。

 午後からは、昨日行った153年前の道である、藤山峠を越える軍川新道を纏めていた。
 資料を調べているうちに、思わぬ事が分かった。
 この軍川新道の入り口に馬頭世観音があったそうだ。
 その馬頭世観音の碑に、道の方向を示す碑文が入っているそうだ。
 「右しかべ・左とうげ道」と書かれているという。
 その碑は七飯歴史館の隣の文化の森に移設したと言う。
 今日は行けないが明日、ぶんぽ研の例会があるので、帰りに見に行かなくては・・・。

 この碑がある
11月29日(火) 藤山峠リベンジなる
 11月26日に藤山峠を目指して行ったが、藤山峠の遥か上の別な所に出てしまった。
 途中の二股の道を右手に行ったのが間違っていたと判断。

 今日は左に行く事にして出発する。
 GPSロガ―にデータを入れて持って行く。
 天候は小雨だが、天気予報は曇りなのでそれ程降らないだろう。
 国道5号線の藤城地蔵堂から入って道なりに行くと行き止まりのゲートが出てくる。
 その先は七飯4号作業道と書いてある。
 早速歩く。
 分岐まではコースノートを取り、写真を撮りながら歩くので忙しい。
 旧道らしくなってきた

 方向は合っている
 それにGPSで方向も確認がいる。
 途中でGPSを確認したら、方向は間違っていない。
 先日右に入った分岐を左に入る。
 道は直ぐに細くなり、旧道の雰囲気が出てくる。
 緩い登りから少し急な登りになる。
 所々に出てくる小さな流れには小橋が掛っているが、腐っていないか要注意だ。
 橋は腐って不安
 小沢を渡った方が安全だ。
 何度か沢を渡り、道は斜面をトラバースして付いている。
 徐々に高度が上がる
 時々は笹が伸びている場所もある。
 それでも大した事は無い。
 何度かカーブを曲がったらピークらしい雰囲気無いなってきた。
 そして城岱スカイラインに出た。
 残り33mになった

 藤山峠が近い
 予想通りのコースだった。
 左は七飯林道
 左には七飯林道も見える。
 これも地図通りだ。
 2回目で藤山峠に来る事が出来た。
 この藤山峠を越える軍川新道が出来た背景は、従来峠下村から大峠又は長坂峠を越えて、点線部分の道を通って軍川、さらには鹿部まで行くのであるが、点線部分の道は悪路で馬も通るのが大変な道であった。

 「嘉永2年(1849)の奥羽凶作の際に、窮民した数戸が津軽海峡を渡って、大沼(公園)の南方になる軍川(現大沼)に11戸が入植した。軍川から七飯に行くには、牛馬は勿論、人も重い荷物を担いで行くのが困難だった。
 安政3年(1856)に箱館奉行竹内下野守が巡回して軍川に行った際、この事情を聞き、亀尾在住の庵原幽斎に命じて其捷径を検分せしむ尋ねて幽斎は手勢を率い米味噌諸道具を手飼の牛5頭に駄し同所に至り村民を雇い入れ奮励して藤山軍川間の山道を開墾し以て牛馬を通す大峠または長坂峠を越すに比すれば里程を短縮すること3里なり是に由て軍川の人民は函館へ日帰りを為すを得。」
 (北海道道路史 河野常吉)
 こんな背景の道を今日歩いて来た。

 妻の血圧も安定して通常の生活をしてみる事になった。
   主夫業は残念ながら失業の憂き目にあった。
 夕方一緒にスーパーに行く。
 ブタンガスが3缶で195円、割引券が沢山あるので3缶175円になる。
 8セットを買った。
 腐らないからいくら有っても良い。
 野宿旅の必需品だ。
 ゲストハウスもカセットボンベを使っている。
 もう100缶くらいあるが、いくらまで在庫を持って良いのかな?
 こんなに買った
 爆発したら大変だ。
11月28日(月) 当別丸山登山
 Sさんからのメールで、28日当別丸山に行くけれど、行くなら10時に駐車場に来てと書いてある。
 当別丸山は久しぶりなので行く事にする。
 先日の七飯は雪が30cmくらい積もっていたので、丸山はもっと多いかと思いスノーシューを持つ。
 登山口の入り口にあるトラピスト修道院の売店で「トラピストバタークッキーの撥ね品はありますか?」と聞いたら、段ボールを持って、そこから1個出した。
 「済みません1個しかないんですよ」とすまなそうに言う。
 1個250円で購入。
 正規品は360円するので、自分で食べる分にはお得だ。
 店を出たらMさんが車で来た。
 私がいたのでびっくりした様だ。
 1年ぶり近くの再会だ。
 駐車場を上の駐車場に移動してSさんを待つ。
 やがてやってきて3人でスタート。
 トラピスト修道院の墓の前を通る。
 いつもながら静かな雰囲気だ。
 トラピスト修道院はカトリックの修道会の一つである、厳律シトー会の修道院で、明治27年、当時の函館教区A・べリオーズ司教が日本に創立の可能性を打診した事から始まる。
 信徒により今の場所が提供され、その後修道士が来日して今日に至る。
 登山道に続く緩やかな道を登る。
 雪は全く無く、秋のシーズンの登山の様に落葉を踏みながら歩く。
 やがて、ルルドの洞窟に着く。
ルルドの洞窟
 ルルドはフランスのキリスト教の巡礼地で、ここの洞窟はそれを模したものだ。
 洞窟を過ぎると登山道に入る。
 山は静かで鳥の声も聞こえない。
 今日の気温は12度で、この時期にしては異常に暖かい。
 うっすら汗が出てくる。
 最初の急斜面をクリヤして、尾根に出る。
 道は緩やかに登っているが、直ぐにやや急な斜面を登る。
 雪の上に小さな熊の足跡がくっきり付いている。
今日の朝にでも歩いたのだろうか。
 小熊の足跡?
 さらに登ると今度は大きな熊の足跡がある。
 親子熊なのかな?
 親熊の足跡?
 もう雪が降った筈なのに、まだ冬眠をしていない熊がいるのだ。
 やがて当別丸山山頂(482.4m)に着く。
 今日は暖かい
 周囲は木が林立して視界は良くない。
 ここには天測点がある。
 天側点
 天測点は星(恒星)を観測して座礁(経度・緯度)を決める測量(天文測量)に使用したもので、昭和26年から33年の間に全国に48点設置したが、その内北海道には8個所設置された。
 観測機器が重いので観測台が必要であった。
 測量の度に台を持ってくるのは大変なのでコンクリート製のものを、あらかじめ設けたものだ。
 北海道にはノシャップ、和寒山、仁井田山、冠色樹山、ペラリ山、馬追山、写万部山と当別丸山にある。
 少しして下山する。
 下りは滑りそうだが、昨日購入したスパイク付き長靴がものを言う。
 展望台コースを回って下る。
 トラピスト修道院が見える
 ルルドの洞窟に行く手前で左に入る。
 ここの先に古いルルドの洞窟跡がある。
 興味のあるのはここでは無い。
 登って来る時に、先の方に道が続いているのを見た。
 Sさんと帰りに行って見ようとなっていたのだ。
 道はしっかり付いているが、誰も通らなくなったので、草木が邪魔をするのと、やたら石が多いので歩きにくい。
 さらに行くと沢が出てくる。
 この沢を右に見ながら法に付いた道を行く。
 シダの葉がやたら青々している。
 岩がオーバーハング

 シダが青々していた
 更に道は進む。
 遠くで沢を渡っているのが分かる。
 そして沢の向かい側に道が続いている。
 途中木が折れて道を塞いでいるが行けそうだ。
 一体何処に行く道なのだろうか?

 今日は時間も無いので、また来る事にする。
 家に帰ってGoogle Earthで見たら、当別丸山に行けそうだ。
 昔の登山道なのか、カトリック関係の信仰に関するものなのかは分からない。
 でも頂上まで行けたら面白そうだ。
 行きと帰りに違うコースを歩ける。

 トラピスト修道院正面
11月27日(日) 食料の買い物
 今日は日曜日なので近くのスーパーがポイント10倍になる。
 そこでまとめ買いをする。
 スマホン食材をメモして行く。
 スーパーの駐車場は超満員で入れない。
 遠く離れた駐車場に入れて買い物。
 全て買い終わってレジを出たら「もうりさ〜ん」との声がする。
 スーパーの近くに住むFさんの奥さんだった。
 「今日、も〜さんの家に借りた本を返しに行こうと思っていたんだよ」と言うので、帰りに寄りますからとなった。
 旦那さんと話しこむ。
 旦那さんも血圧が高いそうで、話しはそちらに行った。
 低気圧が来ると血圧が上がる、などなど色々と話した。
 昼はパスタをご馳走になり、さらに話しこむ。
 そこに妻からメールが来た。
 それはそうだろう。
 買い物だけのつもりが、2時間以上経過している。
 直ぐに家に帰る。

 その後、作業用品の店「プロノ」にスパイク長靴を買いに行く。
 これがスパイク長靴
 先日、川を渡る時に水が入ったのでもう冬道では使えない。
 2990円の質の良さそうなのを買った。
 名前は「吉宗」でオカモト株式会社のものだ。
 家に帰ったら、妻もスパイク長靴が欲しいと言う。
 え〜何するのかな?
 外もあまり出れないのに・・・。
 妻は2400円のを購入した。
 最近の作業ウェアの店は凄い人気だ。
 今日も店は若い人も沢山いた。
 レインウェアを見たが10000mmH2Oの防水で1680円だ。
 素材も3Mとメーカー品だ。
 作りは違うかもしれないが、登山用品だと1万円もするだろうか?
 凄い進歩だ。
 これなら登山ギアで無くとも大丈夫だ。
 超軽量のレィンウェアもある。
11月26日(土) 藤山峠の道は・・
 道南の旧道で七飯町の上藤城から鹿部に抜ける道があった。
 この道を探していたが、資料が入手出来た。(スキャナーが修理中で地図を見せられない)
 従来の道は七飯町峠下から長坂峠(大峠・大沼峠・茅部峠もあり)を越えて小沼に抜けて、そこから道なき道を軍川(現大沼駅付近)に出て鹿部に向かっていた。
 その道が遠回りなので、新たな藤山峠越えの道を切り開いたのである。
 これで12km道が短縮された。
 所謂「軍川新道」である。
 安政3年(1856)に、箱館奉行所の竹内下野守の巡検で道の開削が必要となり、亀尾在住の庵原幽斉が人と米・味噌・諸道具を憂し頭に積んで来て、さらに上藤城で村民を雇い開削した。
 今から155年まえの事だった。
 その道は今どうなっているのだろうか?
 旧道は国道5号線の上藤城から山に入る。
 入り口に藤城地蔵堂がある。
 藤城地蔵堂
 子安地蔵尊(1849)、三界萬霊塔(1848)、馬頭観音(1865)なので「軍川新道」の開削前後に建立されている。又1858年には八王子千同志がこに入植した。
 地蔵尊、霊塔、観音が安置
 そんな場所なので「新道」の入り口になったのであろうか。
 ここから車で5分ほど走り、空きスペースに車を置いて出発。
 ダートの車道を歩くと、目印の送電線が上にある。
 地図ではそこから少し行って右に入る。
 道があったが、植林道路の感じだ。
 それでもその先に旧道があるかも知れない。
 入って見る。
 道は杉林を過ぎて山に登っているかに見えたが、途中で切れてしまった。
 付近をいくら探しても道は無い。
 諦めて戻る。
 下の車道に出たら、軽トラックが通り過ぎた。
 惜しかった。もう少し早く出ていたら道を聞けたかも知れない。
 再び先に進む。
 今度は広場になっていて先にはゲートがある。
 広場の手前には右手に入る道がある。
 道は2本ある

 ウバユリ沢線の標識がある
 「ウバユリ沢線」の標識がある。
 道を見ると2本ある。
 以前からここには旧道があって、その横に車が通れる林道を設けたのだろう。
 入って行く。
 先ほどの軽トラックの人の足跡がある。
 この人は何処に行ったのだろう。
 暫くは行ったら道は2手に分かれる。
 ここは左に行った
 左を行く。さらに行ったら又2手に分かれる。
 ここは右に行った
 ここは迷った。右手の道には赤や青のビニールテープが張られている。
 心理的にはどうしてもそちらに行きたくなる。
 右手の道を行く。
 平坦な道から斜度がきつくなる。
 この斜度がきつくなる道の手前から叔父さんの足跡が戻っている。
 ここで足跡が戻っている
 急斜面を登る。
 雪は20cmくらい積っているが歩きやすい。
 斜度が増し、長靴も滑るようになる。
 急斜面が続いた
 汗をかいてようやく急斜面を抜けた。
 急斜面後の平坦道
 平坦な道から見えるのは、太陽の光で輝いた函館湾と左には函館山が見えた。
 函館湾と函館山
 を進んで、城岱スカイラインの舗装された車道に出た。
 スカイラインは冬期通行止めになっている。
 出た位置を確認したら、あれ〜地図より上に出てしまった。
 やはり下の分岐で左に行くべきだったのか?
 でも旧道探しはこんなものだ。
 函館湾も綺麗だった
 ある道を全て歩かないとなかなか道全体が分からない。
 次回は左の道を行って見よう。
 再び同じ道を下って家に帰る。

 妻を温泉に連れて行く。
 寒い外は血圧が上がる原因になるので、外に出るのを嫌って、4日も風呂に行っていない。
 車の室内を暖めて、家から温泉の玄関横づけと言うお姫様送迎をして戻った。
 夕食はサバを焼いた。
 大根おろしを添えるが、おろすのも結構な力がいる。
 後は味噌汁とサラダ。
 何とも男の料理はシンプルだ。
 こんな料理なのか妻の体重が1kg減ったと喜んでいた。

 魚と野菜中心の料理で肉も取らず、調味料も薄味にしている。
 サラダはドレッシングをかけない。
 そのまま食べる。
 みそ汁などは薄口にしているので、私には合わないが仕方がない。
11月25日(金) 夫婦で病院通い
 以前から皮膚科に行かなくては・・と思っていたが面倒でなかなか行かなかった。
 今日は行くぞと決めて、昨日予約しておいた。
 ここの病院は前日に、玄関の中に出している予約ノートに、名前を記入しなければならない。
 それが面倒で足が重かった。
 以前治療していたが、そのかゆみが出たためだ。
 しばらくかゆみは無いし、薬も切れていたのでそのままになっていた。
 病院では季節の変わり目にはかゆみが出ると言う。
 塗り薬を貰ってくるが、量が少ないので直ぐに無くなる。
 月曜日に再び診察に行く事になった。
 これで午前中は終わった。

 昼間際に妻の通う病院に行く。
 行ったら待合室にかなりの人がいる。
 これは相当かかりそうだ。
 私はホームセンターやリサイクルセンターなどを回る。
 新品のモンベル、ストームクルーザーが1万5千円で売っていた。
 定価は3万円近くなので買い得なのだが、いかんせん高すぎる。
 私も古いが持っているので諦めよう。
 妻の診察が終わったのは3時間後だった。

 家に帰って3時に食事。
 今回はそれぞれが好きな食事にする。
 私はかつ丼を作った。久しぶりだったので美味しかった。
 妻はご飯と根カブと健康スープと煮豆。
 後片付けは私の仕事になる。
 
 これで一日が終わった。
 病院で一日が終わったが、何とも勿体ない日だった。
 でも外は最高気温が2度で、雪が舞い散っている。
 まあ良しとするか。
11月24日(木) プリンター故障などなど
 プリンターが故障した。
 マゼンダの色がクリーニングしても出ない。
 本の製作で獄使しているから、そろそろ限界に来ているのかも知れない。
 購入の際5年保証を付けたが、その有効期間に入っていた。
 直ぐにコジマに持って行く。
 メーカーに送っての修理になるが、12000円までは保証で、超える分は払わなければならない。
 インクヘッドを変えても1万円くらいなので、何とか間にあって欲しい。
 帰りに灯油を購入。
 最近価格が上がってきたが、まだ値上げしていない店で入れた。
 これで我が家の灯油缶は満タン+備蓄となって一安心。

 人間ドックの申し込みをする。
 来年早々でも良いかと思ったが、妻が早く行いたい様だ。
 婦人病のオプションが凄く込んでいた。
 仕方が無くオプションを止めて12月15日のドックとなった。

 妻の血圧だが朝は下がっていて、むしろ私よりは低いくらいだ。
 夕方や午後から上がったりする。
 夕方に温泉に行こうとなったが、血圧を計ったら少し上がっていたので中止。
 先日、鹿部温泉に行った後は、ぐっすり寝られたというので良いかと思ったのだが・・・。

 今日の料理はトマト煮にした。
 白菜と豚肉をサンドイッチのロール状にした。
 他にサツマイモ、ジャガイモ、長ネギ、玉ねぎ、玉子、鶏肉などを入れた。
 これがかなり美味しくて大満足。
 鍋にサツマイモを入れるのが意外と美味しい。


 北海道新聞の「みなみ風」に先日の講演の記事が掲載された。
 冬なのに半袖Tシャツで気合いが入っていかな?

11月23日(水) 富山MTB登山・・そして・・
 妻の血圧もここ2日間平常になったので山に出かける。
 近郊の泉沢にある富山(162.5m)にする。

 冬期に歩きで登っているがMTBでは登っていない。
 一昨日に雪が降ったので、少しは歩きやすくなったかと思い、MTB登山に決めた。
 車を林道の途中に止めて、MTBを車から降ろし出発する。
 杉林の中の坂を下って再び登る。
 最初は杉林の中
 林道の雪は5cm程度で歩きやすい。
 自転車のタイヤが雪に接触してギューギューと音を立てる。
 新雪とは違うのだが、何で新雪を踏む時の様な音が出るのだろう。
 結構高い音が出る。
 汗が出てくる。
 今日は天気が良いので、気温は4度くらいに上がっているのだろう。
 十字路が出てくる。ここは右の方に行く。
 交差点は右に行く
 相変わらず登りが続く。
 やがて頂上に繋がる道のある場所に来る。
 ここには標識も無いのと、土手の上に道があるので、場所を知っていなければ道に気が付かないだろう。
 自転車を持ちあげて、土手の上まで揚げる。
 土手の上にMTBを揚げる

 ひたすら押す
 少し木々の中を押して行くと道が出てくる。
 それもはっきりとした道では無い。
 道は枝が多い
 小さな木の枝や蔦がからまりなかなか自転車を押しにくい。
 道路には倒木も多いので何回も迂回する。
 もう直登で行こうと笹の中に突入する。
 やはり深いので押すのは大変だ。
 雪がまだ少ないので笹が邪魔する。
 こんな木もある
 途中で行くのは厳しくなり、道のある場所に戻る。
 悪戦苦闘して頂上に着くとなるのだが、三角点が分からない。
 冬に来た時は埋まっているのだと諦めたが、今は雪も少ない。
 でも笹が多いので見にくい。
 暫く探したが三角点は発見できなかった。
 頂上だろう?

 雪や葉が絡まる
 再び道を戻る。下りは少しは楽だが、枝が絡まったりする。
 ようやく林道に出る。
 ここから新たな道を行く事にする。
 地図では途中で切れているは、林道なので多分行けるだろうとの考えだ。
 駄目だったら戻れば良いだろう。
 林道の下りは自転車に乗って降りれる。
 下りは楽しい
 しかし下に行くに従って道は荒れてくる。
 自転車も乗れなく押しになる。
 林道なのに木や草が密集している。
 途中で道が大きく崩壊している場所があった。
 通れる場所は1m位しかない。
 さらに行くと再び崩落の場所がある。
 道が崩壊していた
 やはり出れないかなと言う思いが頭をよぎる。
 さらに行くと、あれ〜道が無い。
 土手に突き当たり道は無い。
 道が無い!
 地図の通りだった。
 ここから戻るのは大変だ。
 急斜面を降りよう。
 下の方には川が見える。
 川を渡る
 この川を渡って藪を漕いで行けば、道に出る筈だ。
 急な斜面を下る。
 足が滑って尻もちを突く。スパイク長靴も役にたたない。
 自転車は勝手に落ちてくれとなる。
 少し押してやるとすーと落ちていく。
 ようやく下に着いた。
 今度は川を渡る。
 浅いところを探したら、長靴で渡れる場所が見つかった。
 川を渡る。
 冷たい! 靴に穴が開いている。
 夏に穴が見つかり、自転車のパッチで修理したのだが、まだ穴があったのか、修理が悪いのかは分からない。
 でも足が冷たい。
 渡り終え藪を漕いで抜けたら、杉林に辿り着き、畑を過ぎて道に出た。
 畑に出た

 新幹線の工事看板

 この山を登って降りた
 後は舗装路だ。
 スタート地点まで自転車で行くのだが、途中に長い坂がある。
 一汗かいて車に辿り着く。
 
 家に到着したが鍵が掛っている。
 妻が外に行く筈が無い。
 もしかして・・と思ったらベッドに居た。
 また少し血圧が上がったそうだ。
 何をしたのか聞いたら、回覧板を持って外に行ったそうだ。
 その後、妹が来て話しをし、その後近所の友人が来て話しをしたそうだ。
 外に行って歩いたのがまずかったのだろうか?
 また少し安静にして様子を見なくては・・・。

 夕食の食材やら生活用品を買いに出かける。
 高血圧に悪い塩分などを考えると作るものも難しくなる。
 野菜などをあまり調味料を使わないで食べれば良いのだろうが、あまりにも味気ない。
 明日からまた料理のレシピを考えよう。
11月22日(火) ウォーク&温泉
 今日も早朝5時からウォークをする。
 昨日に比べ格段に暖かい。
 途中でランニングも入れたが汗が出るくらい暑くなった。
 まだ暗い新川付近

 イカのモニュメントも真っ白
 
 石川啄木も寒そう
 4kmのコースを終わって家に帰り、雪捨てをする。
 5cm程しか積もっていないが、湿った雪で重い。
 ここでまた一汗かいてしまった。
 
 午前中は執筆をする。
 道南の旧道をかなり歩いたのだが、まだ全て資料にきちっと残されていない。
 少しでも纏めないと書き物が溜まる一方で後が大変だ。

 午後になって妻が温泉に行きたいと言うので、どうするか迷ったが、昨日今日と安定した血圧が続いているので行く事にする。
 行き先は鹿部ロイヤルホテル。
 今日は11月22日で良い夫婦の日らしい。
 そこでドライブをしながら、40kmくらい先の温泉に行こうとなった。
 まだ若いころ、郊外にドライブインが出来た時は、そこまで車で行って食事をして帰って来るのが流行りだった。
 その赤井川のドライブインが今でも残っている。
 そんな話しをしながら鹿部ロイヤルホテルに着いた。
 
 いつもは熱い湯に浸り、長湯をする妻なのだが、高血圧の入り方は、ぬるま湯で半身浴、5分程度入っては上がり、又入るを繰り返すそうだ。
 妻にとっては堪らなく辛い入り方だろう。
 サウナも入らない方が良いそうだ、超サウナ好きの妻にとってはこれも辛い。
 長湯は駄目なので、40分程度で上がる。
 今までとは全く異なった入浴だが仕方がないだろう。
 脱衣所で着替えていたら、以前所属していたスキーレーシングチーム「七飯アルペン」の秋葉会長とばったりあった。
 お客さんと来たそうだ。私がスキーを止めて3年くらいになるので、本当に久しぶりだ。
 今度スキー場に行きますと言った。
 何か今年は滑って見ようと思うようになった。
 鹿部ロイヤルホテルを後にする。
 後は帰って血圧が上がらなければ良いのだが・・。
11月21日(月) 猛吹雪の中をウォーク
「ほっかいどう学」の講演も終わって、今日からはのんびり出来る。
 朝起きたのが4時だった。
 昨日早く寝たので仕方がない。
 でも流石に今日は寒い。
 既に配達されていた新聞を読みながら、コーヒ―を飲んでゆっくりした後、朝のウォークに出かける。
 しばらく歩いていないのでうずうずしていた。

 外に出たら猛吹雪だった。
 風が強い
 風が強くて地吹雪状態になっている。
 それでもスキーのレースの時に着用するスーツの寒さに比べれば全く平気だ。
 人もまだ歩いていない町の中を4km程歩いて戻る。

 早足でコースの半分も過ぎたら体の全てが暖かくなってきた。
 家に帰って朝食作り。
 油揚げと豆腐の味噌汁にししゃもを焼いた。
 さらにサラダを付けて完成。
 妻に声をかけて一緒に食べる。

 食器を洗い、家のごみを出したりした後はのんびり。
 今日は家で静かにしている事にする。
 とは言っても夕食の食材が少し必要だ。
 夕食は寒いのでおでんにする事にした。
 雪の中スーパーに自転車で行って買い物をする。
 夏タイヤは滑るのでバランスが必要だ。
 帰ってからは家でかなりまったりした。

 妻の血圧は朝から夕方までは平常なのだが、夕方になると上がって来る。
 薬があるので、それを飲めば血圧は下がる。
 今後は食生活に気をつけたり、軽い運動などをするなどが必要になる。
 夏なら寒さを気にしないで軽い運動も出来るのだが、急に寒いところに行くのは血圧には悪いので、
 冬はあまり出ない方が良い。
 なかなか難しい。
11月20日(日) 「ほっかいどう学」講演
 いよい「ほっかいどう学」の講演の日が来た。
 朝起きて再度原稿を読んで頭に入れる。
 年号などはなかなか覚えられない。
 これも脳力減退なのか。
 自転車一式とキャリアを車に積み込む。
 他に販売用の書籍が段ボールに一つ、パソコン一式などを積み込んで出発。
 会場に物を搬入していた途中で、自転車を展示するスタンドを家に忘れて来た。
 また家に戻る。
 年を取るとこんな事もうっかりしてしまうのか?
 会場のセッテイングをする。
 パソコンとプロジェクターを繋ぎ、スクリーンを設置。
 パソコンを起動させたらOKだった。
 今度は販売用の書籍を並べる。
 今回は私の執筆した本を25冊程度とミニコミ誌「野宿野郎」を15冊ほど準備した。
 札幌から「北海道生涯学習協会」の事務局の方が来てくれた。
 名刺交換をする。
 今日の講演は前日の新聞に記事が出たそうで、その記事を見ても〜さんが講演すると言うので来ましたと言う女性が3人もいました。
 他にも南茅部で旧道の調査をしている方の顔もあありました。
 また私のHPを見ていてくれている人もいる等、多くの来場者がありました。
 開始時間になり、主催者挨拶に続き講演を行った。
 今回はスライドが300枚も作ったので、時間がオーバーするのではないかと心配だった。
 私の次に報告する「森遊クラブ」の石岡さんから、自分の時間に食い込んで構わないと言うお言葉があり安心してスタート。
 順調に講演をして行くが、やはり原稿内容から話しが発展して長くなっていく。
 1時間少し手前で前半の残りは、30%位残っている。
 講演スタート
 ピッチを上げて進める。
 早すぎて分かって貰えるかと心配が頭をよぎる。
 何とか1時間を少し過ぎて休憩タイムに入る。
 休憩時間には自転車やキャリアに興味がある方が来て色々質問など受けた。
 現物を解説
 そして後半が始まる。
 普段は連続して長い時間を話す事が無いので、徐々に喉に負担が来て喉が嗄れがちになる。
 声のテンションも下がって来る。
 再びテンションを上げて話す。
 自転車の説明もした
 そしてようやく終わった。
 時間は2時間30分になった。
 少し内容が多すぎた感がある。
 もう少し内容を絞って詳しくした方が良かったかと反省する。
 本の方も沢山購入して頂いた「街道踏破」完売。
 他の本も数冊残った程度だった。
 これでしばらくは予定が無い。
 来年の正月明けは、学校関係の講演があるがまだ時間はある。
 主夫の仕事と新たな旅の計画を練ろう。
11月19日(土) 原稿を暗記する
 妻の血圧も朝は安定して居るので、今日は予定通り函館健康センターに行く。
 行く途中のスーパーで夕食の食材を購入する。
 少しでも安い材料を購入するのは主婦と同じ感覚だ。
 雨の中、函館健康センターに到着。
 ここの入場料は1200円なのだが、月に1回半額券が新聞折り込みに付いてくる。
 これを利用する。その為、月に1度しかここには来ない。
 ここは温泉では無く、沸かし湯と薬湯になっている。
 風呂から出たら、リクライニングのベッドに寝て、ひたすら原稿を暗記するのだ。
 自分としては居心地の良い空間なのだ。
 今回のスライドは300枚あるので、これを覚えるのは69歳のぼけた頭には大変だ。
 結局4時間居て300枚のスライドの原稿をほぼ頭に入れた。
 明日になればどの程度記憶に残っているのだろうか?
 忘れたら講演の中でアドリブでやれば良い。
 実際に旅した内容を報告するので、話しているうちに記憶が蘇って来る。
 最後にもう一度風呂に入り帰宅。
 YUPPY
 直ぐに夕食の料理を作る。
 味噌汁に、鳥肉を炒め豚丼のたれで合わせる。
 他にほうれん草を茹でる。
 鶏肉はサラダ菜の上に乗せ、きゅうりも切って乗せる。
 これで夕食は完成し一緒に頂く。
 妻も残さず食べてくれた。
 食器を直ぐに洗い、これで今日の仕事は終わり、後はテレビを見て過ごす。
11月18日(金) 講演準備完了&病院
 「ほっかいどう学」の講演会場に「街道踏破」した自転車と「土方歳三 蝦夷を歩く」に使用したキャリアを持ちこむので、荷物をセットした。
 中味は重くなるので、衣類を沢山いれた。
 セットし終えると、旅の事が懐かしく思いだされる。
 旅が懐かしい

 講演を終えたら、下北半島三十三個所巡りの野宿お遍路でもしようと思っていたが、妻の体調が今一つなので出来ないだろう。
 終わって、主夫の仕事をする。
 食事作りや買い物も毎日の事なので、だんだんと慣れて来た。
 高血圧に良い、食事や食材をWEBで調べて作る。
 とにかく野菜を多くして、塩分控え目なのだ。

 妻の血圧は朝から安定していて、良い状態だと思っていたら、夕方から上がってきた。
 私がスーパーに買い物に行っている間に、上がったそうで連絡が出来なかったので心配したそうだ。
 携帯電話があるのにと思うのだが、パニックなのか思い付かなかった。
 帰ってかかりつけの渡島病院に電話した。
 もう診療は終わっているのだが、電話で先生に連絡して貰った。
 でも、明日から出張で居なくなるそうだ。取り敢えず薬は出すから、もし何かあったら何処か他の病院に行くよう指示された。
 これでは仕方が無いなと思い、病院を探し「しもの循環器クリニック」に電話した。
 「これから診察受けれますか」
 「大丈夫ですよ、診れますよ」と言葉に凄く優しさが感じられる受付だった。
 早速病院に行く。
 凄い人が居る。どうやら風邪が流行っているようだ。
 妻が診察室に入ったので、別の待合室に行く。
 風邪以外の人は別室の待合室がある。
 風邪が移らない様にするためなのか?
 凄く立派な応接間と言う感じのスペースだった。
 和風のスペースもあり感じが良い。

 落ち着いた待合室だ

 誰も居なかったが、私が行ったら直ぐにTVの電源を入れてくれた。
 やがて妻の診察が終わった。
 先生も看護婦さんも凄く人当たりが良い病院で凄く良かったと言っていた。
 確かに廊下ですれ違ってもみんな挨拶をする。
 患者はお客様と言う精神が徹底しているように見えた。
 レントゲン、尿、両腕と両足の血圧測定などを行ったそうだ。
 診断は直ぐにカラープリントされ出て来た。
 心臓は拡大していないので大丈夫。
 血圧が上がるのは遺伝も多いのだが、その場合は心臓が大きくなっているのと若い時から血圧が上がるそうだ。
 データの中で動脈硬化があり、年齢的には80歳を越えるとのデータ。
 原因は生活習慣病、コルステロールや血液の脂質が動脈に溜まるためだそうだ。
 以前の成人病検診検でコルステロールが高かった事がある。
 今後は規則い正しい生活と適度な運動が必要となる。
 今までは私が朝起きる時に、寝る様な事が度々あった。
 超深夜族なのだ。
 早寝早起きも大事だ。
 太陽が出たり入ったりするリズムに合わせて寝たり起きたりする生活が良いのだ。
 今日も9時過ぎに寝た。
 私はいつもの事だが、妻にとってはなかなか眠れない時間だ。
11月17日(木) 主夫は忙しい
 主夫は朝から忙しい。
 妻の血圧も低めだったのでひとまず安心。
 今日は燃えるゴミの日、家のごみを集めてゴミ集荷場所に出す。
 朝食の用意をして妻に食べて貰う。
 灯油が少なくなってきているので入れる。
 我が家は自分で入れる。
 近くに格安灯油があるので、そこで購入し自分で入れている。
 配送を頼んでも良いのだが、自分の力が落ちていないかのバロメーターになっている。
 今年は五十肩で灯油缶をタンクの上まで上げられずに駄目かと思っていたが、五十肩も治ってしまったので、持ち上げられるようになった。
 合計12缶を入れる。
 重さにして216kgになる。
 これを2回持ちあげるので合計432kgを持ちあげる事になる。
 今年も力は大丈夫だった。
 仕事が終わったら昼なので、昼食作りをする。
 妻と食事。
 食事が終わって、夕食の買い物に出る。
 タラとほうれん草などを購入。
 帰ってから、釧路まで往復した車が汚れているので、寒い中水洗いをする。
 そして夕食作り。

 長芋とベーコンの春巻き

タラの春巻き

春巻きの皮が余ったので、豚肉も入れてみた。

 完成して盛りつけした。結局一人での食事になった。

 夕方から妻の血圧が上がった。
 朝に低かったので温泉に行ったのだが、これが影響したのかどうかは分からない。
 結局作った食事も手を付けず、布団に入って安静にしたら、少し下がってきた。
 一日があっという間に終わった。
 主夫の仕事も大変だ。
11月16日(水) 健康サロンin明和園
 今日は「健康サロンin明和園」の料理教室の日。
 妻は大事をとって不参加にした。
 我がグループ「美婆シェフ グループ」の料理品目はデザートだ。
 私の提案したゼザートはミニ春巻きにリンゴやバナナ、柿、さらにマンゴーも入れて油で揚げる。
 最初はリンゴとバナナとレーズンの入った春巻き上げだ。
 リンゴは細く切って、塩水に浸した後、砂糖を少し入れたフライパンで炒める。
 しんなりしたら出来あがり。
 レーズンは1週間梅酒とラム酒に漬けておいた。
 これらを春巻きに包んで揚げる。
 2番目は柿と乾燥マンゴーを入れる。
 マンゴーは水で戻して柔らかくした。
 3番目が一番難しかった。
 食材にタラを使わなくてはならない。
 タラに塩、胡椒をまぶし、細かに切る。
 それとクリームソースを一緒に入れて揚げる。
 普段調理をしているベテランが多いので順調に進む。
 順調に進んだ
 私は切り方や巻き方を指導した後は、揚げに徹する。
 180度の油で次々揚げる。
 その内、油が凄く跳ねた。
 水で溶かした小麦粉を、春巻きの縁にしっかり付けないので、漏れてきたのだ。
 跳ねる油を我慢しながら全部揚げた。
 各グループの料理が全て完成して、皆で食事タイム。
 皆で記念撮影
 一番心配したタラの春巻き上げが一番美味しかったとの事だった。
 クリームソースが効いていて、タラがデザート風になった。
 昼の食事にしては多い量だったが、みんなで食べれば美味しい。
 完食してしまった。

 帰って妻の様子を聞いたら、それほど血圧も上がらず安定していたので、暫くは様子見になった。
 昨日から妻の部屋に寝袋を持ちこんで寝ている。
 何かあったらの事なのだが、今まで夜ふかししていた妻の監視役でもある。
 早寝・早起きの健全な生活パターンに戻そうとなった
11月15日(火) 体調は相変わらず
 函館五稜郭病院に診察に行ったが、最初に診察して貰った渡島病院の処方で問題ないと言われて帰宅する。
 釧路では内科でなく、循環器系の病院に掛る様言われたのに、病院で処方が事なる。
 五稜郭病院の循環器系の方が言うので、良いのだろうと思ってしまう。
 普通に生活して構わないと言われて、ベッドで休まずに過ごしてきたが、夕方になってまた血圧が上がってきた。
 渡島病院に電話を掛けたら、折り返し先生から4電話が来て、睡眠薬を飲んで早く寝るように指示される。
 明日になって血圧が下がらなければ、病院に来るように言われた。
 やはり安静にしている方が良いそうなのだが、病院でそれぞれ対応が違うので、困惑する。
 明日まで様子見だ。
11月14日(月) 千歳から函館へ
 朝食付きなのでレストランに行ったら結構な人が宿泊していた。
 新しいホテルルートインは人気なのだろう。
 朝食を食べて部屋に戻って血圧を測るが低くは無い。
 妻もベッドで安静状態にしている。
 それでもここを移動しなければ始まらない。
 血圧を下げる薬を飲んで、車を温めてから妻を乗せ出発する。
 大岸の海岸で・・
 車内は太陽も入って暖かいので、暖房を切っても暑いくらいだった。
 やがて長万部に着く。
 ここで食事を取るが、また血圧が上がっている。
 暫く車内で安静にしてから出発。
 ようやく函館市内に入る。
 五稜郭病院が午後からも診療していると、妻の妹の情報で行ったが、診療は午前中で終わっていた。
 そこで家の近くの病院で薬を貰う。
 血圧が上がり下がりするのは、精神的な事が起因している事が良く有るそうだ。
 妻はどうも病気に関しては、自分の事も孫達の事も随分気にすると言っていたので、それが要因かもしれない。
 それにまだ風邪が治っていないので、その性もあるのかもしれない。
 いずれにしても明日、五稜郭病院に行って診察を受ける。


 これが最高裁の封書だ
 家の郵便受けを見たら最高裁判所からの封書。
 何も悪い事はしていないよなと思いつつ明けたら、抽選で?見事陪審員にあたってしまった。
 中には登録申請書やQ&A、DVDなどが入っている。
 特段の理由が無い限り、来年1年間は登録されるので、何かの裁判の時は陪審員にならなければならない。
 100%陪審員に当たる訳ではないだろう。
 登録者の中からまた選ばれるのだろう。
 まだ気にせずに良いだろう。


 夕食は体が温まる様に私が「きむち鍋」を作りました。
 当分主夫をしなければ・・・。

 犬の世話、掃除・洗濯・料理と忙しくなる。
 妻には出来るだけ安静にしてもらい、早く直して貰わなくては
11月13日(日) 釧路〜函館へ
 友瑛の学演芸会の日だ。7時には家を出て前の方の良い場所を取るために並ぶ。
 既に50人程が並んでいた。
 演芸は良く見えるのだが、カメラやビデオ撮影に良い場所を取るのが目的なのだ。
 入園時間が来て中に入る。前から3列目でまあまあの場所だ。
 園長さんの挨拶が終わり演芸会が始まる。
 左から2人目が友瑛
 年少さんから始まる。衣装は先生方の手作りなのだが、なかなかの出来ばえだ。
 年少だと元気に踊る子供がいる反面、ただ立って居るだけの子供がいる。
 見ている人から見れば、あの子は出来ないんだと出来る子に比べ、劣るように見がちだが、ここの園長さんの凄い所は直ぐにフォローする事だ。「一生懸命やっても出来ない子がいる。これが教育なのです。2年3年後にどのような姿になるか皆さん良く覚えていてください」と言う。
 親も安心するし、会場に来ている他の親達も納得する。
 2〜3年後にはみんなと同じように成長している。
 この時期は成長の波の差がが大きい時期なのだ。
 やがて友瑛の出番が来た。最初は仮面ライダーだ。人の踊りを見ながら真似して元気良く踊っていた。
 風邪で10日も休んでいたので踊りが分かっているのか心配していたが、何とか出来た。
 ステージの端に来ると下を見て随分気にしていたが、練習中に転落したそうだ。
 もう一つの靴屋さんの劇をやってお終い。
 年少さんが終わって会場を出る。会場が狭いので年長さんの父兄と入れ替わる。
 記念撮影
 昼食はみんなでそばを食べた。
 その後、別れて我々は帰路につく。
 当初は15日に帰る予定だったが、妻の血圧が下がらず、早く函館の病院で診て貰うため13日の演芸会が終わって、直ぐに戻る事にした。
 疲れるといけないので、途中の千歳市にホテルを予約し、高速道路を走って来た。
 私はホテルの宿泊も高速道路も久しぶりだった。
 ホテルの部屋は暖かく快適なのだろうか、なぜか眠られない。
 貧乏性が身についているのだろう。
 車中泊の方が良く眠られる。
 今回は妻に何かあればまずいので一緒に泊まる事になった。
 明日、函館に戻る。
11月12日(土) 感謝の誕生日祝い
 今日はあれこれありました。
 妻の血圧が上がるので病院に行きました。込んでいて診て貰ったのは12時を過ぎていました。
 釧路の循環器系の病院に行ったのですが、函館で診て貰った病院の薬の投与の仕方はおかしいと言います。
 函館の病院は内科なので高血圧の専門家ではないようです。
 血圧の高さにより、某薬を0.5g単位で投与するようです。
 今後は函館の専門家に見て貰う事にして、函館に帰るだけに必要な薬を出して貰いました。
 何で血圧が高くなったかは、函館に帰ってから検査して貰います。

 夕方から私の誕生日祝いをして貰いました。
 飾り付けもしてあり、つよしじいちゃんおめでとうと書かれていました。
 ケーキに68の数字が書かれ、ローソクに火が灯され、ハッピーバースデーの歌が終わり、ローソクの火を消しました。
 友瑛から花束を貰い、瑞葵から誕生日プレゼントを貰いました。
 妻からも誕生日プレゼントを貰いました。
 他に瑞葵から自筆の電報を貰い、それにはシールが張ってあり引いたら大吉でした。
 美味しい料理も頂き、ケーキも頂き、凄く楽しくて良い日でした。
 瑞葵が作った

 沢山の品が並ぶ

 瑞葵からの電報。

 友瑛から花束を貰う

 瑞葵からプレゼント
11月11日(金) 函館から釧路へ
 朝の4時30分に家を出た。
 まだ真っ暗な世界だった。
 今日は十五夜なのでまん丸なお月様が出ている。
 丁度進行方向に出ているのでずっと見ながら走った。
 妻は昨日、良く寝れなかったそうなので、シートを倒して寝ながら走る。
 国道5号線は車も少なく快調に走る。
 長万部で海岸に朝日が顔を出した。
 車を止めて砂浜の海岸に降りて写真を撮る。

 けあらしも僅かながら出ていて海は幻想的だ。
 登別市で給油して再び走る。
 8時間経過して三石に着いた。
 ここの道の駅には温泉「蔵三」が併設されている。
 情報誌「HO」に付いている無料券で入浴する。
 真昼の温泉に入るのも良いものだ。
 お客さんは僅かに4人しか居ない。
 舟の形をした大きな露天風呂にのんびりしたる。
 気分を一掃して更に4時間走り、合計12時間走って釧路に到着した。
 孫の瑞葵が車まで、荷物を取りに来てくれた。
 家に入り一番下の愛葵を抱いたが泣かれなかった。

 前回来たときと間隔があまり開いていないので、覚えていてくれたのだろう。
 風邪気味の妻の血圧を図ったら高かったので、看護士の娘が病院に連れて行ったが、診療時間が終わっていて、診察を受けれず帰って来た。
 安静にして早めに寝せる。
11月10日(木) 旅人松田君来る
 昨日の私の誕生日はやはり忘れられていた。
 「昨日まで覚えていたんだけど・・今日忘れてしまった!」
 それでもそんなに大したことではないか。
 お互い年とれば忘れる事は多くなる。
 普通の食事の後、やはり何かささやかにやりたいと思い、スーパーに行ってロールケーキとホッピ―と妻にはビールを買って来た。
 自前での誕生祝いだ。

 今日は定例の大野ぶんぽ研例会にチャリデ行く。
 風も冷たくなったが、走れば体が暖かくなる。
 ひ久しぶりに走ったせいなのか、臭いが凄く気になった。
 寒くなったのでストーブを焚いているのだろうが、その煙の臭いが凄い。
 燃料費高騰で薪ストーブが増えたのだろうか?
 それと畑の飼料の臭いも凄かった。
 さらに車の排気ガスが凄い。
 こんなに色々感じたのは珍しい。
 例会はいつのも通り最近の出来事の報告が主になっている。
 今日は最初は4人しか居なかった。
 会長が電話して何とか+3人になった。
 淋しい例会だ。
 それぞれが何かテーマを持った研究やその発表をするなど何かしないと、毎年同じ事の繰り返しで新鮮味が無くなりそうだ。

 旅の準備でFMトランスミッターとスマートフォンの取り付け台を作る。
 今まではウォークマンから音源をFMトランスミッターに送っていたが、スマートフォンもなかなか使えるので変えた。
 完成して電波を飛ばして見たら、ウォークマンよりスマートフォンの方が音が良い。
 これで旅の途中は大丈夫。
 でも妻は演歌が嫌いなので、イヤホーンで聞くしかないかな?
 
 午後から旅人の松田さんが来た。
 神戸からで数字による運命鑑定をしながら日本を回っている。
 ここの後は松前経由で北上し、ニセコアンヌプリでバイトするそうだ。
 あとで運命鑑定でもして貰おう。
 凄い荷物だ
11月9日(水) 誕生日だ!
 誕生日と言ってもいつもと何も変わらない。
 フジテレビの「目ざましテレビ」の占いはアンラッキーで最悪の日だ。
 68歳の誕生日にもなれば、テレビも祝ってくれないのかと息巻いても仕方がない。
 でも娘は釧路に来た時にお祝いをしてくれるそうだ。
 ここまで色々な事をやってこれた事に感謝して、また新しい大きな目標に向かって進もう。
 年齢はただの数字に過ぎない。
 何が出来るかだと自分に言い聞かせる。
 それでもメールが2人から来た。
 気を使ってお祝いしてくれる人がいるだけ幸せだ。

 今日は健康サロンin明和園の日だ。
 昨日作った果物入り春巻きをグループ内で試食して貰ったら概ね好評だった。
 あと、必ず使わなければならない食材はタラだ。
 検討の結果、同じ春巻きにする事になった。
 タラを小さく切り、ホワイトソースを和えて、外を大葉で包む。
 これで揚げるとグリーンが綺麗に出るだろう。
 タラのホワイトソース和えがデザート風になるかどうかだ。

 午後からはパソコンの指導に行く。
 ホームページにイベントをアップしたが、リンクが出来なく案内が出来ないときた。
 ホルダーを見たら、大混乱だ。
 項目がきちんと整理されていないから、何処に何があるのか探すのに大変だ。
 同じHTMLがあったりする。
 少し時間が掛ったが、アップ出来た。
 次回まで内容を整理する様に言って来たが・・・。

 明後日からまた釧路に行く。
 道東は寒くなっている。
 山にも登りたいが時間が取れるかな??
11月8日(火) パソコンに向かう日
 今日は家に閉じこもってパソコンに向かう。
 気温はぐっと低くなったとはいえ、天気は良いので閉じこもりは辛い。
 今月20日に行われる、講演のスライドショーの作成がまだ完成していない。
 13日に孫の学芸会があるので釧路に行く。
 その前後は1週間くらい滞在するので、帰って来るのは16日付近になる。
 早くやらなければ間に合わなくなるという、いつものパターンになりつつある。
 そこで気合いを入れて作成したお陰で、95%程は出来てしまった。
 後は講演時間に合わせて、枚数や文書の長さを調整しなければならない。
 時間調整は当日の講演の中で、時間を見ながら進めれば何とかなる。

 資料の目途がついたので一安心。明日は68歳の誕生日なのですっきりして迎えられそうだ。
 早いもので早期退職してから10年経過した。
 色々な事を一生懸命やってきたのでこの10年は早く感じる。
 まだまだ体力のあるうちにやりたい事は色々ある。
 来年は、また長期の旅に出たい。
 今、計画中の旅は「渋江長伯」の旅。
 彼の紀行文の文書の難解さに戸惑っている。
 相当の時間をかけなければ理解できないだろう。
 渋江と同じ日程だと、4月末には出発したい。
 間に合うのか?とふと心配になる。
 「誕生日祝いは明日はやらないよ」との妻の一言。
 「釧路に行って合同でやるから。その方が楽しいでしょう」
 それも有りかもしれないが、我が家でも小さなイベントがあっても良いよな。
 この歳になってそれ程誕生日にこだわる事も無いか。

 夕方から調理をする。
 明日の健康サロンで来るべき料理教室に出す、デザートの試作作りだ。
 ミニ春巻きに、果物を入れて揚げる。
 材料は、リンゴ、バナナ、柿、マンゴーなど。
 果たしてOKとなるか?

 綺麗に巻けた

 出来あがり!
11月7日(月) 朝湯&金内君札幌へ
 昨日、二股台場山に登って、一汗かいたが、その後函館山の夜景を見たりしているうち温泉が閉まる時間になって諦めた。
 そこで今日は朝風呂に行こうとなっていた。
 9時に出発、地方から来る人には珍しい温泉が良いだろうと言う事で「健康グランド(西ききょう温泉)」に行く。
 この温泉は野球グランドのそばに井戸を掘ろうとしたところ30m掘って温泉が出て来たのだ。
 その後、無料で入浴させたりしたが、今は建物も建って有料の温泉施設になった。
 何と言ってもユニークなのは浴槽がヒューム管なのだ。
 コンンクリートの官を縦に埋めたものだ。
 泉質はナトリューム-アルカリ-塩化物泉で何処にもある泉質なのだが、成分が11g/1kgと多いのが特徴だ。
 ユニークな露天風呂
 温泉に入りのんびりして出てくる。
 朝風呂は何と贅沢なのだろう。私がまだお酒を飲んでいた時は、朝風呂に入って家に帰りビールをグっと開けて、また人眠りしたものだ。
 今は酒も飲まなくなったので、そんな事も無くなった。

 帰り際、受け付けのおばさんに聞く。
 今まで二つの分からない事があった。
 この温泉の休憩室に土方愛さんの写真がたくさんある。
 何でここに有るんだろう?
 それとここの温泉の名前が「健康グランド」だ。
 如何にも温泉的では無い。
 何故「西ききょう温泉」と素直に付けないのだろうか?
 聞いて見たら「ここは浴場組合に入っていないので、浴場の表示は出来ない。健康施設としていて、温泉もその付帯施設だ」と言う。
 確かにパークゴルフ場があり、休憩室にはマシンが数台置いてある。
 でも普通の温泉だってそんな設備はある。
 浴場組合に入らないと入浴料は自由に出来るそうだ。
 だから入浴券では無く、施設利用券になっている。
 なにかはっきりしないが、まだ何かあるのだろう。
 土方愛さんはここの経営者が知り合いだそうだ。
 目元が土方歳三と似ている

 土方歳三の兄の6代目に当たる

 名刺も土方の写真だ

 午後から市内観光した金内君が夕方帰って来た。
 少し話しをして駅まで送って行く。
 来年は7月に自転車で来るそうだ。
11月6日(日) 札幌金内君と観光&台場山
 今朝5時30分着の長距離バスで札幌の旅人金内君が来た。
 迎えに行くと言っていたのに、電話で起こされてしまった。
 急いで函館駅に行く。
 1年ぶりの再会だ。
 2年前に札幌発の自転車旅の途中で、自遊旅に泊まってくれた。
 それからは毎年遊びに来てくれる。
 今は札幌の人気スープカレー店で働いている。
 将来は彼の地元である、秋田県能代市に店を出す予定だ。
 札幌の人気ケーキ店「パティスリ・シイヤ」のお菓子をお土産に貰った。
 お菓子はフェルト地で作った、しゃれたリンゴ型の入れ物に入っていた。
 お洒落なお菓子だ
 深夜バスで来たので人眠りした後に、名物食堂「たつみ」に行く。
 創業以来6000日の無休業が昨年の12月だから、もう6300日位にまで記録が伸びている。
 店に行ったらまだ開いていない。
 暖簾が中に入ったままだ。
 開店時間は30分過ぎている。
 「あれ〜今日は休み??」
 連続営業日数が切れる日に立ち会えるのかと思った。
 車に戻り、帰ろうとしたが金内君が諦めきれず、また店を見に行った。
 するとタイミング良く主人がドアを開け出て来た。
 やっぱり開くのか?
 嬉しいのと、残念な気持と交錯。
 中は有名人のサインなどが張られている。
 有名店に良くある光景だ。
 名物「たつみ食堂」の内部
 彼は生姜焼き、私は醤油ラーメンを食べて出る。
 
 次に向かったのは、新選組副長の土方歳三が守備した二股台場山。
 彼も幕末ファンなのだ。
 前回も行きたかったのだが、都合が悪く出来なかった。
 旧大野町(現北斗市)に向かう。
 郷土資料館に箱館戦争の展示があるのでそれを見に行く。
 行ったら、郷土資料館祭りだった。
 私も手伝いたかったのだが、オンパクガイドがあったので手を上げれなかった。
 ガイドが中止になったので来られた。
 入り口でどん菓子作り(バクダン)の実演があった。
 小型の機械でど〜んと良い音を出してどんきみを作っていた。
 小型のもあるのだ
 子供の頃が懐かしい。
 箱館戦争や他の資料を見るが、写真などは随分色あせていた。
 予算が無いのだろうが、写真ぐらいは綺麗な物を張りたいものだ。
 金内君も遊ぶ
 二股台場山に向かう。
 山はもう冬を前にしているので、枯葉もすっかり色あせていた。
 久しぶりの旧山道を歩く。
 一汗流して稲妻形塹壕に到着。
 ここまでは良い道なので簡単だ。
 他にも有るので・・と案内する。
 長く伸びた笹の中を歩く。
 私にとってはいつもの事だが、彼にとっては初めてらしい。
 こんな所歩いた事が無いよと言って遅れ気味になった。
 藪こぎは初めてだ

 稲妻形塹壕で記念撮影
 それでも無事塹壕を見学。
 次は山の上にある塹壕だ。
 ここが二股台場のハイライトの場所と言っても良いだろう。
 急な斜面を登る事10分くらい。
 塹壕に着いた。
 凄い場所に有るんだと、何度来ても感慨深い。
 物音一つしない山の上で、旧幕府軍と新政府軍の両軍が35000発の弾を打ちあった場面を想像する。
 記念撮影などをして下る。
 高所にある塹壕で
 下りは今までの歩いた事が無いコースを下る。
 塹壕が他にないかの調査だ。
 折角来たのだから同じ道を下る手は無い。
 下って中間の塹壕はすでに確認している。
 でもこの辺りは場所的に良い。
 藪を漕ぎながら付近を探す。
 するとあった!
 かなり大きく掘られて、直ぐに塹壕と分かる。
 それにしても敵陣が良く見える良い場所にある。
 また新たな塹壕が発見出来た。
 これが新たに見つかった塹壕
 今日はこれで十分だ。
 帰宅する。

 夜に夜景を見に行く。
 雨なので車で行ける場所で撮影などをしたが、その後登山道入り口に行った。
 立待岬付近の穴場から
 そうしたら、もう乗用車は通行可能になっていた。
 早速登る。
 雨の中を撮影して下山。
 今日一日随分楽しんだ。

 頂上から
11月5日(土) プリンタ回復せず
 プリンター何とか回復しないかとクリーニングを試みた。
 インクを外し、ヘッドを取り外す。
 これがヘッドだ

 洗浄液が無かったので、水で洗う事にした。
 綿棒に水を浸しヘッドに水を含ませる。
 色がかなり溶けて来た。
 そろそろ良いかなとプリンターセットして、パターン印刷をして見る。
 洗浄しセットしたが・・

 少しに色かすれはあったが、まあまあだった。
 ところが何度も印刷していたら、また色が出なくなった。
 出ない色はマゼンダのみだ。
 また明日でも挑戦だ。


 TVH(東京テレビ)の番組を見ていたら、「箱根街道を歩く」という放送があった。
 古道マニアにとってはこれは絶対見なくてはならない。
 160kmを5人が10日で歩くという内容なのだが、どんな古道が残っているのか興味があった。
 放送を見たが、やはり都会に残る道だけあって昔の面影のある道は少なかった。
 テレビが終わった後でWEBで調べたら、沢山の魅力的な古道が沢山ある事を知った。
 テレビは甲府から鎌倉まで歩く旅の途中での寄り道と何処に宿泊するかがメインで、古道の良い雰囲気の残る場所にはそれ程力が入っていなかった。

 釈迦仏道切り通し
 釈迦仏道切り通しは、岩盤を切りぬいたトンネルでその迫力は、訪れる人を驚かせると言う。
 化粧坂
 化粧坂は岩が突き出し段差のある路面で、鎌倉防衛上わざとこの様な悪い道にしたそうです。
 馬は通れるが、馬車は通れない
 鎌倉街道も歩いて見たい道で有る事は間違いない。
 来年の旅が実現すれば、東京スタートになるので、ついでに回れるかも知れない。
11月4日(金) オンパクガイドは中止
 妻はまだ風邪が治らない。
 今日は近くの病院に行って治療を受けて来た。
 行ったついでにインフルエンザの注射が出来るか聞いて貰ったら、予約すればOKだと言う。
 早速電話で予約して病院に行く。
 来週また釧路に行くので、風邪をうつされないように防衛をする。
 注射代は高齢者割引で1000円だが、健康保険組合の補助があるので無料うになる。

 欲しい本があるので本屋さんに行く。
 「書く事が思いつかない人のための文書教室」で6万部のヒットらしい。

 文書は難しい

 書きたい事は沢山あるのだが、書き方をどうすればいいのか、正式な事は分からない。
 これからも書く事はあるので基本だけは押さえておこうと思ったのだ。
 薄い本だが800円オーバーだった。
 ついでに情報誌「HO」を購入。
 貴重な情報誌だ
 来週からの釧路に行くが、コースの途中にある温泉の無料券が付いている。
 温泉好きには有難い。
 580円の本を購入して数ヶ所入れば元が完全に取れる。
 帰り道、湯川温泉啄木亭から電話が来て、明後日のオンパクは定員に満たないので中止にしますとの事だった。
 4年目で初めて25名の定員に満たなかった。
 確かに4000円は少し高いかもしれない。コースに入っている有料施設の五稜郭タワーや箱館奉行所はかなりの方が見ていると思うので、この辺りがダブるのだろう。
 来年は内容を変えてやらなくては・・。
 Tさんから「申し訳ないので、ホテルの独自企画をする時に又お願いします」となった。
 原稿を覚える手間から解放された安堵感と、残念な気持ちが交錯する。

 家に帰ってきて妻に「温泉に行く?」と聞いたら「行く」と言う。
 私は風邪をひいた時に温泉に入ったら更に悪化する方だが、妻は温泉で温まれば良い方向に作用するらしい。
 それならと「HO」を持って行く。
 湯川温泉の「KKRはこだて」の無料券が付いていたのだ。
 650円なのでこれで元が取れた。
 浴室は誰も居なくのんびりと入ってきた。
11月3日(木) 妻が風邪悪化?
 朝起きて、今日は6日のガイドに使う資料をプリントする。
 プリンターは調子悪く、カラ―が上手く出ない。
 色が薄い緑になっているが仕方が無い、文字は見えるので印刷を始める。
 その間に雑用をしていたが、妻が朝は遅いのは普通なので、何か和裁でもしているんだろうと思っていた。
 昼になった、下には降りてこないので自分が作ったカレーが有ったので、温めて食べる。
 その後図書館に行こうと、妻に言いに行ったら、何と布団に入って頭にはぴた冷えが張ってあった。
 風邪が悪化したの?
 病院に行かなくて良いの?
 と聞いたが、熱はそれ程無いし、今日は病院は休みだと言う。
 それならと図書館に行くが、妻が風邪で寝ているの見たのは殆ど記憶に無い。
 
 図書館に行って調べ物をしていた。
 その中でふと見たら、一番端の一番下に「伊能大図総覧」上下巻あった。
 凄く綺麗な本だった
 え〜これがあるの??
 誰も見ていないと思われるほど、新品同様だった。
 今までは函館中央図書館のデジタル写真にある、松浦武四郎の地図を見て古い道を探していたが、アイヌ語が難解なのと、画像がアップ過ぎて何処の場所か判別するのに時間がかかっていた。
 伊能大図総覧は大きい本だった。
 縦が60cm幅が40cm位ある。
 物凄く重いのだ。
 中を見たら先日釧路で調査した場所が書かれていた。
 これは分かりやすい。
 勿論全道的に書かれている。
 絵も鮮明だ。
 渋江長伯が1799年、伊能忠敬が1800年と時代も一緒だ。
 2人は同じ道を歩いている筈だ。
 釧路から仙鳳祉までの地図の一部
 写真撮影を申し込んで16枚の写真を撮った。
 ライトが天井にあるので陰になり撮りにくい。
 今度行く時は照明も考えよう。
 他にも沢山撮りたいが、今後徐々に撮影しよう。
 これで旧道調査も楽になりそうだ。


 帰って妻に晩の料理作るか? 
 と聞いたら「自分で作る」と相変わらず、砦の台所は明け渡さない。
11月2日(水) 研修打ち合わせ
 昨日の夜に妻が釧路から帰ってきたが、咳が出ている。
 どうやら釧路の孫達の風邪をうつされた様だ。
 私は4日後にガイドを控えているので、風邪をうつされたくない。
 朝からしっかりマスクをして過ごす。

 6日のオンパクのお客さんに渡す資料を印刷しようとしたら、色がおかしい。
 マゼンダがどうしても出ない。
 何度もクリーニングするが、たまに良くなるが直ぐに出なくなる。
 まいった!
 白黒で印刷しようとしてもおかしなきみどりの色になる。
 これもマゼンダが出ないために起こるのだろう。
 黒色もカラーを混ぜて色を出しているらしい。
 でもWEBサイトを印刷するとモノクロがきちっと印刷できる。
 もうお手上げだ!

 午後から、渡島地区の教頭先生や教員の研修会に講演を行う事になっていたが、正式依頼に小中学校校長会の会長さんと幹事の校長先生がお見えになった。
 1時間15分で内容は「箱館戦争と土方歳三の歩いた道」で行う事になった。
 あまり道の専門的な話しでは無く、旅の様子などを多くした方が良いそうなので、その方向で内容を決めよう。

 不調のプリンターだが、来年の旅となる奥州街道の資料をモノクロでコピーした。
 200枚くらいコピーした。
 凄いボリュームだ。
 五戸の「高山峠」

 これを調べて地図に書き込み、コースを間違えない様にイメージをはっきりさせていく。
 どうやら奥州街道は峻険な峠道はなさそうだ。
 羽州街道よりは楽な旅になるのかな?
 やはり北海道の旧道が一番厳しい道になるかもしれない。
11月1日(火) 下海岸方面散策
 そう言えば最近自転車に乗っていない。
 部屋での作業が多くなっている。
 そこで出かけるぞ〜と昨日から決めていた。
 行き先は下海岸。
 函館の東海岸になる。
 天気は良くて暖かい。この時期に17度になるなんて有難い。
 海岸線を走ると潮の香りがぷんぷんして気分爽快。
 漁村では昆布乾しの真っ最中だ。
 道東の昆布は激減だそうだが、道南は平年並みだそうだ。
 釜谷に入る。左手には釜谷富士が見える。
 何度も登った山だが、考えたら自転車では登っていない。
 よし!登ろうと方向を変える。
 坂を登って行ったら、地元のお父さんが「こんな道を来なくても良いのに・・」と言う。
 初めての道なので分からない。 
 そのまま行ったら畑に出てしまった。
 何とか道を探して山に向かう。
 釜谷富士ルート
 最初は緩い坂を登る。
 茶色に染まった
 高度を上げるに従って、山の色が鮮やかに全山茶色になっている。
 もう紅葉も終わったのだろう。
 振り返れば、函館山や岩木山も見える。
 函館山が見える
 頂上に向かう斜面に取りつく。
 藪を行く

 あまりひっかかるので担ぐ

 頂上です
 ここをクリヤして頂上。
 帰りは殆ど乗って降りれた。
 はやー!
 あっという間のダウンヒルだった。
 下りは快調

 次に汐首岬の上に登る。

                      - 汐首岬上ルート -
 登りは舗装路で快適。
 尾根に出ると景色は最高に良い。
 景色は良い
 道が分かれてNTTのアンテナがある方向と反対方向に道がある、
 反対方向に行く。
 馬が放牧している横を通り過ぎる。
 しばらく行ってマップを見たら三角点がある。
 そこに行って見ようとなり、無事三角点に辿り着いた。
 三角点だ
 戻って分岐から下る別ルートを行く。
 ここが最高に面白かった。
 締まったダートで下りのみだ。
 紅葉が綺麗

 最後にゲートが出てくる
 かなりの長いダウンヒルに大満足。
 ダム湖に出て、その後市街地に出る。
 ダム湖の紅葉
 国道を入っていたら、怪しげな?ボートが漁港に入っている。
 これは北朝鮮からのボートか!
 と思ったが立派なゴムボートだった。
 ボートの所まで下りて行く。
 凄い船だった

 「あの〜舟で旅しているんですか」
 「いや〜釣りだよ」
 そのボートには木製の枠が作られ、クーラーや棹立て、たも、餌入れ、目印の旗、パトライト、浮輪などなど凄い装備だ。
 「これは法規上やるんですか」と聞いたら「そうではない」そうだ。
 「ボートはここに置くんですか」と聞いたら「全てばらすよ、時間がかかって大変なんだ」
 確かにかなりの時間がかかりそうだ。
 みんな手作りだ

 ここに全て積む

 軽4トラックが傍にあり、そこに全て積むそうだ。
 こんな装備のボートは初めて見た。
 私も改造は大好きなので大いに共感した。
 このお父さんの考えに大満足して分かれた。
HPTOP