2011年
目次
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
9月30日(金)ANAセールスのスタッフを案内
 生憎の雨だった。
 この雨から気温は下がってきて10月中旬の気温になるそうだ。
 レインウェアを着て、待ち合わせ場所のまちづくりセンターに行く。
 ロビーで会い、挨拶をする。
 ANAの国内の商品を統括するグループの岡野さんと太田さんだった。
 コースのあり方などを話した後、早速歩きだす。
 まずは異国橋跡に行く。
 う〜看板が栄国橋と異国橋がある。
 確かに色々な名で呼ばれていたが、せめて同じところにある文字は同じ名前にしてほしい。
 3人で話しをしながら歩くが、旅行会社のスタッフなので各地の状況は良く知っている。
 やはり会話が弾んで歩くのは疲れも忘れるだろう。
 武蔵野楼跡、コンクリート製の四角柱の電信柱を見る。
 やはりここには興味がありそうだ。
 箱館戦争とは関係ない史跡も案内しなくてはと思う。
 相馬倉庫、丁サ跡、沖の口役所跡で説明して、元町ホテルに行く。
 岡野さんも知り合いだと言う社長に会って行こうとなったが居なかった。
 明日日本で初めての、国宝のある道の駅がオープンするのでそちらに行っていた。
 その後、称名寺、高龍寺、山背泊台場跡を回って最後は弁天台場で終了。
 予定の2時間をオーバーしたが、途中の元町ホテルでのんびりしたので、まあ大体良いのかな。
 後はトイレのある場所が少ないので、どこかトイレを使える場所を確保しなくてはならない。
 それとガイドする時に、この先のトイレまでどのくらい時間がかかるかを、事前に言っておくと良いそうだ。
 最後の弁天台場近くにある案内板に、弁天台場跡が書かれていないのを指摘された。
 他の箱館戦争の関係場所は書いてあるのに、何故か重要な弁天台場が書いていなかった。
 市役所に申し入れるが、追加してくれないだろうな。
 函館どっく電停前で分かれる。
 まちづくりセンターまで歩く事にした。
 それにしても西部地区には古い魅力ある建物が多いのを実感する。
 魅力のある建物も多い
 一度じっくり回って見たいものだ。

 途中で、待ち合わせの時などには、ネームプレートはあった方が良いと言われたので帰って作る。
 ネームプレートを作った
9月29日(木)本の製作など
 リサイクルショップから無料で貰ったベッドの材料を取りつける。
 1個は流しの排水口を隠すために使った。
 他の1個はBBQスペースの入り口側の衝立に使った。
 少しは見栄えが良くなったか?
 排水口は隠れたが・・

 BBQコーナーにも使った

 妻から外灯が点かない、チャームが鳴らないと苦情が入る。
 外灯はハロゲンランプの球切れ。
 チャームは送信側が不調だ。
 ホームセンターに買いに行く。
 ハロゲンランプは意外に高くて750円もした。
 チャームは送信側を買おうとしたが、同じ品番は全く無かった。
 製品番号が30番台から80番代に変わっている。
 仕方が無くセットで購入。1980円なり。
 家に帰って取りつけ完了。
 
 後は終日本作り。
 全部合わせて20部製作したが、一番手間のかかる背表紙の取り付けが完了した。
 後はサイズに合わせて余った部分をカットすれば終了だ。
 何だか一気に片付いてきた感じがする。
 大分出来た
 明日はANAセールスのスタッフに対するガイドがある。
 次冬のコースをすでに決めたが、そのコース確認を現地でやるのだろう。
 パンフレットの作製にも情報は必要なのだろう。

 今日の夜バイクの旅人がやってくる。
 Bajaさんで4〜5年くらい前に来た。
 その時は妻の実家に泊めていたので、今のゲストハウスには初めての訪問になる。
 楽しみな再会だ。
9月28日(水)健康サロン&講演準備
 恒例の健康サロンin明和園。
 ラジオ体操、ストレッチ、筋トレ、太極拳とこなすと汗がじわっと出てくる。
 最近は気になっていないが、50肩がいつの間にかほぼ治っている。
 体操をしても腕が上まで殆ど上がる様になった。
 後少しで50肩になる前の状態に戻りそうだ。
 体操の後は、10月12日に行われるウォーキングのコースの設定だ。
 地図を出してコース決め
 私は台湾からくる16名のツアーの案内をしなければならず参加できない。
 昼はいつもながらの350円昼食。
 普段の家の味と違う食事をすのも楽しいものだ。
 昼食は美味しい

 午後から亀田福祉センターで講演の打ち合わせをする。
 まずはプロジェクターの設定をしたが、私のVis
taは相性が悪いのかDellのプロジェクターでは投影出来なかった。
 結局施設のパソコンを借りてする事に決まった。
 会場を見て来たが100人は入る広い場所だった。
 ここに自転車やキャリアも持ちこむ。
 本の販売スペースも確保出来た。
 講演は2時間に決まった。
 残りの単位を取るのに必要な時間は、係の方が今までの実績などの報告を行うそうだ。
 こちらの方はどうにでもなるから、時間は伸ばしても構わないそうだ。
 案内のパンフレットは1000部作成して、各所に配布する。
 ここの受け付けはしないで当日受付のみとするそうだ。
 人数が全く読めない状況で、講演が行われる。
 10程度だと寂しすぎるし、100人を超えたら会場に入らないし、どうなるかドキドキだ。


 世界一周自転車旅中の小口良平君の記事が毎日新聞WEB版に載りました。
 トラブルに会いながらも元気に旅を続けています。

 こちら
9月27日(火) あれこれ
 天気は快晴なのに・・・。
 でも残っている仕事が沢山ある。
 まずは石田文具に本の表紙にする紙を買いに行く。
 30枚買って、これを今作成している本の表紙にする。
 北斗市まで行ったついでに、リサイクルショップに行く。
 何かを買おうという目的も無く、店内をぶらぶらしていたら、ビーチテントがあった。
 「テントか?」
 「そうだテントのポールが折れていた。これで修理をしよう」と思いついた。
 昨年の「街道踏破」の時、途中でポールを落としてしまった。
 急遽、ホ−ムセンターで安いビーチテントを購入して、そのポールを切って長さを調節し、何とか間に合わせた。
 しかしその一本が折れていて、ビニールを巻いて何とか持ちこたえていた。
 本来の石井スポーツの純正品を買うと1万円するのだ。
 なかなか手が出なくて我慢していた。
 リサイクルショップのテントを見たら、同じタイプのポールが入っていた。
 売価は500円だったので購入した。

 家に帰って早速ポールの長さを合わせる。 金鋸で切る
 まずは全長を合わせるのに、パイプを金鋸で切る。
 これは簡単に切れる。
 切って不要のポールを抜く。
 次にポールの先端金具を付ける。
 この金具は力ずくでは取れない。これで諦める人もいる。
 ライターで加熱

 簡単に取れる
 ライターで炙れば簡単に外れる。
 この事を覚えておけば随分重宝する。
 先端に金具を付けてOK
 ポールの先端に接着剤を付けてはめ込み紐を通す。これで完了だ。
 問題無く設営
 長さもぴったりで難なく完成した。

 図書館に本を返さなくてはならないので「東遊奇勝」の日記をコピーする。
 この本を毎日読んでいるが、かなり病みつきになっている。
 この本と同じ場所が存在して、その一部の景色が残っているので楽しい。
 当時の風俗も良く分かる。
 来年のストリー旅は是非これにしたいと思って来た。
 これほど貴重な本の日記を見ながらする旅も楽しいだろう。
 彼が歩いた前年には近藤重蔵も歩いている。でも「蝦夷日誌」は風景などに関してはあまり書かれていない。
 渋江長伯と憶泰丸の日記の2つしか、毎日の旅の様子を書かれた本は無いそうだ。
 憶泰丸の本はすでに読んでいて、この本の良さについては十分認識していた。
 近藤茂蔵と渋江長伯の二人の調査に依り、当時の蝦夷に道が必要と判断され、1年後には道路工事が始まるという早さだった。
 日高の襟裳岬の難所を通らなくとも済む、様似街道が官による北海道で初めての道路工事になる。
 旅は江戸を出発して日光街道・奥州街道を通って蝦夷に来る。
 日光街道は昨年歩いているので知っているが、奥州街道の調査は必要だ。
 これも相当な時間がかかるが。それもまた楽しいだろう。
 日記と同じく3月に東京を発ちたいが・・どうなるかな?
 随分厚くなった
 本は1冊6500円と効果で3冊ある。
 とても手が出ない。
 日記部分のみコピーを取らしてもらった。分厚いコピーになった。

 道民カレッジ「ほっかいどう学」の講座の準備をしているが、幹事の方も大変だ。
 私の講座は3単位で、他にNHKの放送から録画した「中島三郎之助」の映像を流して1単位にしようと思っていたら、道からNHKが了解するかと問い合わせが来たので、NHK本社に聞いたら、出演者などに全て了解を取る必要があるという事だそうだ。
 要するに駄目だと言う事なのだ。
 NHKの放送された物(民間もそうだろうが)は、勉強の教材にも使えないという随分不便な世の中だ。
 著作権などの問題なのだろう。
 そこで私に3時間の講座をして貰えないかと聞かれたのでOKしたが、道から一人でそれだけやるのは好ましくないそうだ。色々と制約があるものだ。
 そうなれば、後一人くらい講座を持たなければならない。
 それを今から手配するのは大変だ。
 幹事さんもパニックだと言っていた。
 明日午後から、亀田福祉センターでプロジェクターとパソコンのセッテイングを行う。
9月26日(月) 函館山散策
 天気が良い!
 これは何処かに行かなくては・・。
 函館山に行く事にした。
 最近講演用の資料や本作りで家にいる事が多いので、体力も落ちているかもしれない。
 衣類を45Lのザックに一杯詰めてトレーニングだ。
 登山は七曲コースから上がる。
 七曲コースを行く
 七曲なので曲りが多い。そんな所は急な斜面が多いのだが、ここは緩やかだ。
 息が上がることも無く一気に登る。
 快調に登る
 地蔵山の展望台からは下北半島がはっきりと見える。
 地蔵山展望台から下北半島
 昨日秋田県美郷町の仲間がバイクで大間まで来た時に、大間と函館の間でライトを上向きにさせたり下向きにさせたりしたら見えるのか?となったが、電話が来た時は温泉に入っている時だったので、実現はしなかった。
 今度やって見よう。
 千畳敷展望台

 景色は良い
 千畳敷に行く。
 函館山夜景キャンプの穴場だ。
 今日は昼間だが町並みが綺麗に見える。
 しばし景色を堪能する。
 登山道を離れて12番観音の方に向かう。
 ここに皇太子殿下(現天皇)御野立所の記念碑がある。
 静かで景色の良い場所と言う事で、当時の関係者はこの穴場的場所を探したに違いない。
 確かに景色の良い所だ。
 しかし、木が密になっていて景色が良く見えない。
 折角の良い場所なので、景色が見えるようにしてもらいたものだ。
 野立ての場所だ
 尾根道を歩いて行ったら、2月1日に「光の小道イベント」に山ンカした時、抽選会で私の隣に座った男性と会った。
 イベントの時は彼が確か湯の川温泉1泊ペアーチケットを当てたのだ。
 彼は正月のおみくじで大吉でおみくじ番号は1番だった。
 所が私も全く同じく大吉で番号は1番だった。
 私は何も当らなかった。
 その時は、宝くじに当たるのが目標だから、早く運を使いたくないなどと思ったのだが、その後も宝くじは買う事無く現在まで来ている。
 私の脳裏から大吉の当りを引いた事さえ忘れている。
 年末ジャンボは買うぞ!!
 
 旧登山道を下る。
 とにかく快調だ。
 2合目まで来た時に下から来た年配の女性に「元気だね!」ち言われる。
 そこで話し込む。
 4年前は5合目まで登ったそうだが、その後転倒して足を怪我したそうだ。
 足も治ったので4年ぶりに登ったのだが、きつそうだった。
 「頑張って下さい」と分かれたが、小さなことでも目標を持って挑戦している姿は良いな。
 下に降りて、エゾタテヤマコースに入る。
 エゾタテ山コース

 ここが頂上だ
 山は129mだが、ここにはアイヌが住んでいたそうだ。
 こんな山の中に住んでいたんだと感慨深い。
 渋江長伯の絵にエゾタテヤマの文字が入っている。
 彼の書いた場所からは見えない山だが、彼はアイヌが住んでいたので、この山は知っていたのかもしれない。
 急な斜面を下ると森林の中に道が付いている。
 道は整備されている
 回りは杉林が林立している。
 文化5年(1808)に七重村(現七飯町)の倉山卯之助が杉の苗2万本を植えたものだ。
 森林浴に満足しながら歩いて出た所が碧血碑だ。
 碧血碑
 箱館戦争で敗北した旧幕府軍の兵士が祀られている。
 新選組副長の土方歳三が、ここに埋葬されたかは定かでない。
 七曲コースの入り口に向かう途中にビュースポットがある。
 雨や霧などで函館山からの夜景が見えない時でも、ここは殆ど大丈夫だ。
 木々の間から見える夜景は、木々の間から見えるので、額に入った景色のように見える。
 穴場的景色
 久しぶりに長いコースを歩いたが、全く快調だった。
 やはり外は良い。
9月25日(日) はこだて街歩きガイド
 久しぶりに朝日を撮るために、大森浜に出かける。
 今日はコンブ採りの舟が沢山出ていた。
 流木と舟

 太陽が出た!
 浜には流れ昆布も沢山落ちていた。
 いつも思うのだが拾っているコンブはどんなコンブなのか分からなかった。
 たまたま拾っているおばさんに聞いたら、コンブは真昆布で、養殖コンブで無く、天然コンブを選んで拾っているそうだ。
 おばさんは良い昆布を拾っていた

 これが天然の真昆布

 色は黒くて付け根部分からコンブの部分へのカーブが急で幅が広いものだった。
 撫で肩のようにすらっとしているのは養殖コンブで味が落ちるそうだ。
 今度来た時には、探して見よう。
 一通り歩いて戻る途中、またおばさんにあった。
 函館山に虹が出ているよと教えてくれた。
 立待岬に綺麗な虹が出ていた。
 函館山に虹が出た
 天気が良い日なのに虹が出るんだ。

 午前中は「はこだて街歩き」のボランテイアガイドを行う。
 今日の参加者は3名。
 女子中学生が2名。年配の女性が一人だった。
 人数としては丁度良い。
 それに観光会社の担当者の女性が受付に来ていた。
 暑くなったので、ウィンドブレーカーを脱いでTシャツ1枚になったら、「誠のシャツだ」と女子中学生が言った。
 「土方ファン?新選組ファン?」と聞いたら、両方のフアンだと言った。
 お母さんが土方ファンでその影響で土方に関する本を読んでいるそうだ。
 少し土方に関する話しをしたら、やはり知っていた。
 今日は楽しそうだ。
 徳川幕府崩壊から戊辰戦争、さらには箱館戦争、そして新撰組について話しをする。
 観光会社の女性も聞いていて、解り易くて良かったと言ってくれた。
 そして沖ノ口役所からガイドがスタートした。
 決まった場所の案内以外にも、箱館戦争に関する色々な幅広い話しをしながら歩く。
 3人なので、大きな声を出してガイドする必要も無くて、話しがしやすい。
 普段の言葉で話せる。
 寺町跡→旧高龍寺跡→弁天台場跡→函館湾改良工事記念碑→山背泊台場→地蔵寺→高龍寺→称名寺
 と予定のコースを回った。
 団体だと場所と場所の間の歩いている時は、列が長くなって話しがしにくい。
 3人だとずっと話しが出来て最高のガイドが出来た。
 皆とは和気あいあいとして凄く楽しかった。
 予定時間を20分過ぎて終了した。
 皆さんに満足して貰えたかな?

 写真を撮って貰った

 土方ファンの書き込みがある
9月24日(土) 車の改造
 昨日台湾の姪っ子から電話が来た。
 「叔父さん、来月の11日と12日予定ある」
 「今の所入っていないよ」
 「台湾の人を16人函館に連れて行くからガイドして!」
 「え〜中国語は分からないよ」
 「叔父さんが簡単に説明して、私が通訳するから・・」
 と言う事で、ガイドをする事になった。
 姪っ子は台湾東海大学に留学している時に知り合った、台湾男性と結婚して今は台湾に住んでいる。
 何事にも面倒見が良い女性なので、日航マラソンに皆を連れて来たりしている。
 日本語・英語・中国語がぺらぺらなので重宝されているようだ。
 台湾人のガイドは初めてだが楽しそうだ。

 車にベッドやテーブル、車を積んだが今一つ気に入らない。
 まずは自転車が上手く収まらない。

 最初は上の様なレイアウトだったが、車を調理台の横に置くと、生活スペースが無くなる。

 調理台を移してその上に自転車が載る様にしたが、今一つの感がある。

 そこで調理台を家にあったアルミのテーブルにする。
 幅が狭くなった分自転車が簡単に入った。
 寝るときは足元をテーブルの間に入れれば良い。

 しかし自転車を荷物固定ベルトで止めたら、居住スペースが無くなった。
 これではかなり不便さを感じる。

 家にある材料で写真の様なものを作った。
 これで自転車を固定しようと言うわけだ。

 車に付いている荷物固定用の金具に取り付ける。
 自転車側はベルトで固定する。

 この様になった。
 ベルトが無くなったのですっきりした。
 これだと居住スペースは取れるし、寝る時も自転車はこのままでOKだ。
 調理台の裏には板を付けた。
 シートの後部が焼けない様に。
 これで一連の改造はお終いになるのか?
9月23日(金) 花里さん、早朝出発&墓参り&函館山登山など
 朝の4時過ぎに花里さんが出発した。
 空は満天の星空で三日月も綺麗に出ていた。
 歩く様子を見ていたら、キャリアを軽く押して行ったので、来た時に比べてはるかに性能がアップしるのが分かる。
 でもタイヤがゴムで無いので、早朝の静けさの中にがらがらと音が響く。
 これからも良い旅を続けて欲しい。
 真っ暗な中のスタート

 今日は秋分の日で墓参りに行く。
 妻の実家の墓には7時に行く。
 早朝のため数人しか来ていなかった。
 亡き母親の思い出を話す??
 花を生けて、供え物を上げて準備万端整った。
 ロウソクに火を点けようとした妻がライターの点火レバーを押せない。
 妹も押せない。
 え〜まだ60代なのに力が無いの?
 私が点火しようとしたら、これが凄く重い。
 点ける事は出来たが、何でこんなに重いんだと思ったが、思い出した。
 新聞に載っていた。
 これが新しい安全ら―タ―
 ライターをいじった子供が亡くなると言う事故があって、点火はレバーを点火に切り替え、さらに点火するレバーを子供がいじられない様に動作を重くしたのだ。
 その様な法律が出来てそれの適用品が出たのだ。
 お年寄りが点火出来ないと言う苦情が凄くあると新聞に載っていた。
 良く見たらレバーの中味の部分が長くなっている。
 多分スプリングを強くしたのだろう。
 さらにその構造のためにスペースが取られ、ガスがかなり少なくなった。
 ダブルパンチだ。
 どうなるんだろう??

 毛利家の墓にもお参り。
 古い墓には屋号が入っている。
 ○石が我が家の屋号だ。
 江戸時代武士以外の一般人は名字が許されなかったので、商売をする人などが都合上、屋号を付けていたという。
 ○石が屋号だった。
 新しい方の墓の裏面には建立者の父の名と広島の親戚の方の名がある。
 広島は毛利元就のおひざ元だ。
 広島の名が残る
 繋がりがあるのかな?

 ごごから函館山に行く。
 来年の旅の為の調査を行っているが、今読んでいるのが渋江長伯の「東遊奇勝」だ。
 「東遊奇勝」は蝦夷を歩いた人の本としては、詳細に渡っていて注目されていた本だった。
 その本は理学博士宍戸一郎氏の所有となっていた。
 この本が入札会に出る事になった。昭和11年の話しだ。
 それが400円で落された。
 入札した会社が、関係方面に案内を出す。
 売価は750円だった。
 そこにいち早く購入の電報を入れたのは、函館図書館の岡田館長だった。
 お金は無かったが、どうしても欲しいあまりに注文してしまった。
 同じ日に立て続けに「東北大」「北大」からも注文が入った。
 北大は函館図書館が買える筈が無いと読んでいたので注文が遅れてしまった。
 後に何故この本を買わなかったのかと問題になったそうだ。
 売る方も函館図書館は今まで、せいぜい20円からせいぜい60円程度だったので、そんなお金があるのかなと心配したが、まあ2〜3ヶ月もすれば払ってくれるだろうと鷹揚だ。
 結局岡田館長は、お金を何とか集めようとする。
 そこに「それ程貴重な本ならば」と蓬莱町の旗亭「おぢ仲」の女将がポント750円を出してくれたそうだ。お金は購入して1ヶ月半後支払われた。
 当時の函館タイムスにも大々的にこの本が紹介された。
 函館山の書かれた絵を5枚コピーして登った。
 旧道を登ったら7合目付近に同じ様な景色があった。
 さらに付近を回って見る。
 当時のこの手の絵は1か所でとどまって書かれたのではなく、付近を回って景色を見て、それを総括的に書いたという様に受取られる。
 ある1点からなら見られない景色も絵に描かれている。
 これが渋江の絵
 これが持って行った絵の一枚。文字は見やすく追記した。
 左に函館山があるが、これは傾斜が急に書かれている。、奥に汐首岬があり、立待岬は誇張されて書かれている。
 全体の絵は今の景色と全く変わっていない。

 パノラマで撮った写真。
 誇張して書けば渋江の絵になる。
 他の函館山の絵も同じ様に書いた場所の確認が出来る。
 こんな貴重な本と旅が出来るのは楽しいかもしれない。

 他の絵としてアイヌが棒高跳びをしている絵がある。 
 当時の新聞は棒高跳びの発祥はアイヌ人との記事も見える。

 アイヌが棒高跳びの発祥と言われる絵。
9月22日(木) 花里さん、明日出発
 心配した台風15号だが、特に被害も無くいつの間にか去ってしまった。
 一応停電に備えて電池とラジオを用意したが使わずに済んだ。
 花里さんも荷物を減らして、キャリアに詰め込んだが、相当軽くなった。
 来た時よりも遥かに歩く環境が良くなった。
 新た付けた車輪も径が大きくて音も少なくなったので、動きが凄く良い。
 今までのキャスターは砂利道だと動かずに、随分苦労したそうだ。
 砂利道の走行テストも満足出来るレベルになった。
 調理用のガスコンロは家庭用の大きなカセットコンロを持って来たのだが、重くて返してしまった。
 私のイワタニジュニアの小型のガスコンロを見せたら、欲しくなったという。
 そこで買いに行く。
 アルペンに行ったら2種類しか無い。イワタニジュニアは無かったが、小型の物はあった。
 次にホームセンターのホーマックに行ったら、1種類しか無い。
 もう時期が終わったのかな。
 さらにゼビオスポーツに行ったがここも無い。
 結局最初のアルペンにあったガスコンロを購入する。
 これで暖かいものを食べられると嬉しそうだった。
 明日の早朝出発するので、フェリーの予約を入れたら、何時に出発するか分からないそうだ。
 今日のうちに記念写真を撮った。
 台風の影響で車がかなり待機しているようだ。
 予約は受け付けられず、現地に行って乗れるのを待つしかない。

 記念撮影をした

 こんな看板が付いている
 今回はキャリアのあり方に付いて随分話しをした。
 彼は工作はあまりした事が無いそうだが、話しをして行くうちに興味を持ったそうだ。
 帰ったら工具を購入して、冬の間に新たなキャリアを作るそうだ。
 そして後半の沖縄行きを良い環境で行きたいと言っていた。
 どんなキャリアが出来るか楽しみだ。


 午後から湯川温泉協同組合に行く。
 オンパクガイドの内容を変えたかったので行ったが、今日が締めきりだそうで何とか間に合った。
 パンフレットの原稿を見たら、全く変わっていた。
 今までの案内ページは小さく載って見にくかったのだが、1ページに多きく載った。
 これは見やすくなった。
 11月6日がオンパクバスガイドの日に決まった。
 定員に達するように祈るばかりだ。

 ANAセールスの女性担当者が来函する事になった。
 私のガイドする新選組のコースの冬バージョンを、実際に歩いて見たいそうだ。
 やはり現地を見ないと企画を立てるのは難しいのだろう。

 無料で案内するのかと思ったが、ガイド料は出すそうだ。
 なかなか気を使ってくれる。

 新しいコースなので、ガイド資料の手直しもした。
 新選組に関する説明も大幅に増やした。
9月21日(水) 台風15号が接近
 台風15号の接近で今日は朝から雨で憂鬱な日だ。
 旅人の花里さんも動けず今日も泊まりになった。
 明日の未明に上陸だ
 午前中は講演で使うスライドの製作を行った。
 どのくらい出来たかな?
 スライドは300枚くらいになったので、もう追加は不要で、これからは減らす作業になる。
 2時間の講演としては十分な資料が揃った。

 午後から国際ホテルで講演の打ち合わせをする。
 国際ホテルは懐かしい、ここで媒酌人をやった事がある。
 ロビーで待っていたらやってきた。
 まずは講演の案内パンフを事務局で作成して、北海道生涯学習協会に送らなければならないので、それに必要な書類を作成する事になった。
 会場は函館亀田福祉センターで、案内パンフと申し込み用紙は1000枚作成するそうだ。
 凄い量だ。でもパンフは持って行くが来るのはせいぜい50〜100人の間だそうだ。
 会場は100人が入るのだが、当日も受け付けるので、人数の予想が立てにくい。
 当日参加OKなのは、高齢者の大学なので、家にFAXが無かったり、メールも使えないなどがあり、事前の参加把握が難しいそうだ。電話受け付けもあるが札幌なので電話代が高いので電話する人は少ない。
 受付業務もなかなか大変なのだ。
 会場への自転車の持ち込みとキャリアの持ち込みはOKとなった。
 本の販売もOKとなったので、これから印刷にピッチを上げなくてはならない。
 打ち合わせが終わったらもう夕方になってしまった。
 今日の夜半から朝方にかけて台風が接近する。
 でも特に何か対策するものは無い。
 ライトはLEDライトが沢山あるし、ラジオもある。
 食料は旅用に買ってあるので十分ある。
 この地域は水の増水は全く心配ない場所なので、停電が一番の心配か?
 穏やかに通り過ぎてくれれば良い。
9月20日(火) 花里さんのキャリア修理
 朝から花里さんのキャリアの修理を行う。
 トラブルはパンクレスタイヤが摩耗して破けてしまった。
 自在キャリアの台に亀裂が入った。
 キャリアが破損してしまった。
 最大の問題は荷物が多い事だった。
 そもそものキャリアはトーホー工業のアルミ製リヤカーだった。
 このリヤカーは側板が打ち抜いて軽量化を図っている。
 定価も7万円程度で中々の高級品なのだ。
 これが原型のリヤカーで軽い

 こんなリヤカーも売っている

 そのリヤカーを改造して板で囲んだ。これがかなりの重量になっている。
 まずは家の中で積載する荷物の低減化を話す。
 レイウェアが2着あるのに、さらにウィンドブレーカーが数着あったりと衣類が多い。
 これを少なくして送り返す。
 テント下に敷くブルーシートは買ったままの大きいサイズだ。
 これをテント下に敷くサイズに切る。3/4は余った。
 こんな事をやって荷物を減らすことにした。

 そして修理。ホィールとタイヤのセットは近くの郵便局に送られてきた。
 でもセットは必要無かったのだが・・・。
 近くのホームセンターでタイヤとチューブを買えば済んだのに・・・。
 でも折角だから新品を取りつける。


 自在キャリアは3個付けれるようになっていた。
 真ん中のキャリアは取れて底板が抜けた。
 写真上の右側の台も亀裂が入り、キャスターも壊れてしまった。
 左側のキャスター1個で歩いて来た。

 新しいホィールセットと交換

 タイヤ交換が完了
 このタイヤの取り付けだが、リヤカーを板で囲ったために一人作業が出来なくなった。
 二人でやったが、旅の最中に一人でやるのは大変だ。
 次にキャスターの取り付けだが、ホームセンターで売っているハマーのキャスターは重いし、音が煩い。おまけに小径なので小さな石にでも引っかかるそうだ。
 これを交換する。
 リサイクルショップを2件行ったら、簡易荷物運搬台車があり、525円だった。
 この車輪を利用する。
 新しい補助車輪がが付いた
 後は金具を購入して早速加工。
 現在の位置より前にキャスターを付けた。
 旧来はキャスターにかなりの荷重が掛っていたので、それも壊れる原因だったのだろう。
 直進性の調整がしなくても良いように、車輪がルーズになる様に取り付けた。
 これで真っ直ぐに進んでくれる。
 テストしたが走行感は以前よりかなり良くなった。
 
 夕方までに何とか完成した。

 後は荷物の低減と重心がもう少し前になる様に、荷物の積み方を工夫することにした。
 テストの結果はOK

 車輪を貰った
 今まで使っていた車輪が余ったからと、頂く事になった。
 今の私のキャリアは自転車用なので、車軸が両方に出ている。
 これはリヤカー様なので方軸だ。
 これは貴重だ。
 今のキャリアのタイヤをこれに代えれば22インチから16インチになるので軽量化が図れる。
 それとも自転車の後ろに付けるリヤカーを作ってしまおうか?


 夕方函館市営谷地頭温泉に行く。
 敬老の日で昨日今日と無料なのだ。
 昨日も行ってきたし、今日もまた来た。
 温泉は赤字で民間に売却しようとしているが、5億の値段に買い手が付かないそうだ。
 そうとう古いので改築にかなりの費用がかかるのが問題らしい。
 そんな温泉に無料で入れて貰えるのは、嬉しいやら申し訳ないやら・・。
 早速内湯の入り、その後露天風呂に行った。
 そこには全身刺青のYa〜さんがいた。
 皆が避けるように離れて、背を向けるように入っている。
 私は気にしない方なので傍に入った。
 その方が話し掛けてきた。
 「ここは良い温泉ですね、いつも来るんですか?」
 「ここは月1〜2度ですね」
 「露天風呂から自然の景色が見えるし良いとこだ。都会だとビルばかりだ。」
 「これから帰るのだけど良い思い出になった」
 「どちらに帰るんですか」
 「関西ですよ」
 など話しが弾んでしばらく話した。
 そして「それじゃ」と出て行った。
 出て行った後、皆が怪訝そうに私を見ていた。
 確かに刺青禁止と書いているが、実際温度を測りに来た職員も注意はしない。
 入れ墨で気分を害する人がいるから禁止なのだろうが、こんな大衆の場所で事を起こす事も無いだろう。

 私は良く良くYa〜さんに縁がある。
 2度目の会社に入って実習に親会社の東京の寮生活をした。
 その時に季節従業員で入ったYaさんが毎日のように部屋に遊びに来た。他の部屋に行けば嫌がられると言っていた。
 酒も飲めないYa〜さんだったが、最後は2ヶ月働いた給料で頭金を払い、大量の購入品と共に消えてしまった。

 四国お遍路の時も、温泉隣の善根宿に泊まった時に、いつも正座して、挨拶もきちんとしていた男性が居た。
 温泉に入りませんかと言ったら「体にいたずらをしているもんで・・」と言うので、温泉に行って「Ya〜さんののお遍路さんがいるのだが、温泉に入れてくれませんか?」と聞いたら、お遍路さんならOKですよと言う返事を貰ったので告げたら、喜んで入っていた。

 究極は1度目のリストラで仕事が無い時に、妻のお父さんが探してきた仕事は、Ya〜さんの事務所の経理担当だった。
 知能犯課の刑事だったお父さんは、仕事柄Ya〜さんとはある意味顔が効くのだ。
 流石に断って知床に行って猟師をしたのだが・・。
 良いのか悪いのか色々な事があった。
 何か縁があるんだよな。
9月19日(月)いろいろやりました
 朝7時からGHの隠れ家の掃除をした。
 何度掃除しても、直ぐに道具が散乱してしまう。
 ついでに自転車の調整。
 後部ギヤの入りが悪いので見たら、ワイヤーを調整するネジが折れてぶらぶらしていた。
 これなら調子は悪い。
 古いディレーラーからネジを外し取り付ける。
 これでOKだ。
 ついでにペダルを取り換えてみる。
 MTBで山に登る時にプダルが結構足に引っかかり、足を痛めたりしていた。
 そこで折り畳みプダルに交換する。
 折り畳み自転車に付いていたペダルを外して交換だ。
 これなら出っ張りも少なくなるので、足に当たる事は少なくなるだろう。
 このペダルに引っかかる

 これが折り畳みペダル

 以前はこんな出っ張り

 1/3くらいになった

 日本一周の歩き旅人の花里さんからメールが入り、昨日は木古内まで来たので、今日の夕方には自遊旅に伺いますとなった。
 かなり重いキャリアを押しての日本一周だ。
 以前あった時は、トンネルが怖いと言って、頭には工事用のヘルメットと蛍光反射するチョッキを着ていた。会うのが楽しみだ。

 午後の郵便で孫から「敬老の日」のプレゼントが届いた。
 瑞葵は妻の靴下を選び、友瑛は私の靴下を選んだそうだ。
 私のはMIZUNOの靴下を3足。妻は聞いたことが無いメーカーで1足。
 流石に友瑛だ。
 靴下不足とスポーツ好きなのが分かっている。
 妻は「私1足?」・・・・。
 でもきっと品物は良い物に違いない。
 敬老の日のプレゼント

 車に付けた棚の色が気に入らず、色を塗り替える。
 以前は木の上に透明ラッカーを塗ったのだが色斑がある。
 それが汚く見えてしまう。
 そこで濃い目の色にした。
 裏側には白色のシートを入れて文字をはっきりさせた。
 これで以前よりはすっきりしたかな?






9月18日(日)図書館&改造
 今日も朝から雨で終日降るようだ。
 図書館に行ってすでに読んだ本を返して新たに5冊借りてくる。
 「東遊奇勝」はやはり興味があり、上巻と下巻も借りてきた。
 これで江戸〜松前、厚岸〜江戸までの紀行文を読める。
 松前〜厚岸はすでに借りてある。
 北海道は土地勘があるのでかなり部分を理解出来た。
 本州は奥州街道はまだ調べていないので、これから調査を進める。

 それに菅江真澄の本州の旅行記を2冊。
 これは東北を単発で回る時には丁度良い。
 旅の期間が短いものも多いので、ちょっと東北に行って旅するかなと言う時に向いている。
 5冊借りてきた
 他に「西遊草=清河八郎著」を借りてきた。
 自転車旅仲間である茨城の関口さんの推薦だ。
 ちらっと見たら江戸〜鶴岡〜直江津〜飯田〜名古屋〜大阪〜岩国などを旅している。
 安政2年なので明治の少し前の旅だ。
 母親との旅日記は珍しい。

 自転車の車に乗せるレールを作ったが、前輪を外して長さを抑える様に改造した。
 レールに自転車のフロントフォークを固定する仕掛けを作った。
 買えば2000円くらするが、木で作って十分に使える。
 ものの1時間くらいで完成した。  


 レールに台を作る

 上にフオークを止める台を作る

 クイックリリースを付けて完成

 この様になる
9月17日(土)朝湯してのんびり
 昨日は車の改造で汗をかいたので、近くの銭湯に行ったが休みだったので、朝の6時に温泉に行く。
 今日は一日雨なので、パソコンに向かう時間が長くなりそうだ。
 それで温泉に入って、すっきりしてからパソコンに向かった。
 一昨日借りた「東遊奇勝=渋江長伯著」と「蝦夷日誌=木村健次著」を読む。
 「蝦夷日誌」は松浦武四郎の書いたものだと思ったが違っていた。良く見たら木村健次著だった。
 この2冊の本には凄い共通点があった。
 何れも徳川幕府の派遣した蝦夷調査隊だった。
 渋江長伯は徳川幕府の奥詰医者で、蝦夷では各地の詳細な絵を描いた。
 木村健次は民間学者であり、医者だった。
 幕府支配勘定近藤重蔵の秘書役で、蝦夷を歩いた際は詳細な日記を書いた。
 歩いた年は寛永10年(1760)と11年(1761)でこれもごく近い。。
 コースも同じで、江戸からほぼ現在の国道4号線を北上して、船で松前に渡る。
 松前〜箱館〜森〜(船で)室蘭〜苫小牧〜釧路〜厚岸まで行き、帰りは室蘭から礼文で峠を通って箱館に戻る。
 これほど似ているのも珍しいのではないか。
 蝦夷の部分を読んで見たら、アイヌ語の記述はあるものの、かなりはっきりと状況が分かった。
 私が歩いた旧道も書かれている。
 どちらの本も青森県の山崎栄作さんが、読みにくい筆字から、活字に直してくれたからだ。

 今後、さらに調査して来年はこのコースを挑戦してみたい。
 完全踏破を目指し東京をスタートにするか、蝦夷に限定して北海道松前町をスタートにするか考えなくてはならない。
 昨年踏破したイザベラ・バードの歩いた道より厳しい峠越えになるので、相当の覚悟は必要になるかもしれない。
 自転車になるかか歩きになるか?

 部分的には自転車での踏破は難しい。

 渋江長伯の「東遊奇勝」に書かれた記述と現在のい状況(例)
 「一ノ渡り、川幅弐拾間もあらん、水深く急に而(しかも)白泡立ち流れる。
 川の両岸に杭を打ち、縄を渡し、くり舟なり、向岸にある岩も切立たるここ足歩の跡あり、藤つるにて攀じしかかりたる手かかりあり。」
 この記述は千軒の一ノ渡りについて書いた文書だが、舟渡しの後は、ここに橋が架けられた。
 その橋げたの一部が2年前に発見された。100年以上前の橋である。
 水量は減っているが、今もこの辺りの光景は変わっていない。

 一ノ渡の知内川

 橋げたの一部釘が見える
 話しは逸れるが、この橋に使っている釘(かなり太い)に興味がある。
 昨年、川汲の山の上に旧幕府軍の見張り場があって、その残骸は今でもある筈だと聞いて、急斜面を登って行ったが、そこには同じ様な釘が、建物の木と共に散乱していた。
 1本回収して来たが、同じ時代のもだと思われるので、比較したいと思っている所なのだ。
9月16日(金)車の改造が終了
 久しぶりに朝の大森浜海岸の散歩に出かけた。
 朝日は雲が出ていたので、見られなかった。
 それにしても暖かい。半袖Tシャツでも汗をかく。
 この時期にしては異常な気温だ。
 地球がおかしくなっていなければ良いが・・。

 家に帰って製本の背表紙に使う接着剤シートを作る。
 100円ショップのプラスチックボンドを使うのだが、丸い棒の形なのでこれを平にしなくてはならない。
 下にクッキングシートを敷き、その上に丸いプラスチック棒を載せて、その上にクッキングシートを載せてアイロンをかける。
 平らになるまで加熱して伸ばし、A4くらいの大きさにする。
 熱が無くなったらクッキングシートをはがす。
 プラスチックボンドはシート状になって綺麗にはがれる。
 これを背表紙の幅に切って使う。
 シートが3枚出来た

 車の改造も残すところ、調理台兼食事用テーブルになった。
 位置は運転席後部に横置きにする事で決定。
 暑くて汗がひたたり落ちる。
 拭いても拭いてもきりが無い
 最後の塗装を終えて完成した。
 まあ良い出来だろう
 これで車中泊仕様の車になった。
 いつ旅に出ても良くなった。
 布団と食料と炊事道具を積めば旅はいつでもOKだ。
 調理台兼食卓テーブル
 調理台の横に寝るがスペースは十分にある。
 長さも170cmあるので、160cmの私には十分すぎる。


 日ハムの負けが続いていたので、2日前から縁起を担いでかつにした。
 3日前はかつフライ、2日前はカツカレー、昨日は肉炒めとカロリー満点。
 お陰で3連勝したが、毎日かつだと体重増加が心配だ。
9月15日(木)図書館&車改造
 図書館に借りた本を返しにチャリで行く。
 ついたら開館前だった。
 それでも並んでいる人が居る。
 来年の旅の候補に挙げていた、松浦武四郎関連の本は一度返す。
 どうも難しい。アイヌ語の地名が物凄く出てくるので、現在の何処を歩いたのか難解だ。
 旧道の何処を歩いたのか特定できない。

 色々調べているうちに渋江長伯が浮かんだ。
 彼は徳川幕府の役人で、江戸を発って東北を北上し、北海道の松前に着いた。
 その後は、太平洋沿岸を厚岸まで歩いて、再び戻っている。
 北海道の中では森〜室蘭は往路は船だが、帰路は静狩峠と礼文華峠を通っている、
 道南の長坂峠や小沼峠を通っていて、自分が調べた道を歩けるのも気にいった。
 白神峠は人が全く歩いていないので、ブッシュにかなりの苦労を強いられそうだが、一度歩いた道だしまだ道は頭に入っている。
 でも白神峠の登りは自転車踏破は厳しい。
 相当の覚悟は必要だ。
 松前〜函館は歩き、函館〜厚岸は自転車という手もある。
 江戸を発っているので、東京スタートも考えられる。
 昨年踏破したイザベラ・バードの道とは東北はかぶらないので、これも良いかもしれない。
 名前的には同じ様な道を通るなら、松浦武四郎とか間宮林蔵が良いのだが、渋江の場合鮮明な絵を書いて残している。この絵の場所が現在はどうなっているのか比較して歩く旅も楽しそうだ。
 もっと読んでから決めよう。
 他に「蝦夷日誌」「北海道の諸道」「辺境を歩いた人々=宮本常一」「相馬主計の降伏」「椴法華村128年の歩み」「恵山地方の歴史」を借りてきた。
 「蝦夷日誌」は松浦武四郎の日記だがこの本は解りやすそうだ。
 「北海道の諸道」は司馬遼太郎。
 「相馬主計の降伏」が幕末ガイドの活用すする。相馬主計は新選組最後の隊長だ。
 「辺境を歩いた人々」は松浦武四郎、菅江真澄、近藤富蔵、笹森儀助の事が書いてある。
 「椴法華村128年の歩み」は旧道調査のため。
 「恵山地方の歴史」これも旧道調査のため。
 しばら楽しめそう。
 またまた調査だ

 ANAのスカイホリデーのガイドの2件目が入った。
 ANAのHPにようやくプランが掲載されたので、動きが出てきたようだ。
 道民カレッジの他に学校関係者への講演依頼も入った。
 特に題材指定は無いので自由にやって良いそうだ。
 旧道旅+視点を変えて何か追加しよう。

 夕方になって車の改造。
 ベッドスペースを真っ平らにするためにコンパネを1枚敷いた。
 やはり完璧に平らな方が寝やすい。
 旅に出ない時は外しておく。
 後は調理台を作れば旅の準備は完了だ。
 ベッドが出来た

9月14日(水)健康サロンin明和園
 久しぶりに健康サロンに行く。
 いつもの通りストレッチと筋トレをやる。
 今回はラジオ体操も入った。
 最近は五十肩を感じないで過ごしているが、今日体操をやって見たら、結構腕が上がる様になった。
 後少しで、完璧に上がりそうだ。
 五十肩って自然に治るのかな?
 体操の後は、11月に行われる料理実習の話し。
 真剣に考える
 今までは係の方がレシピを持って来てくれそれを作っていたが、今回は違う。
 まず11月の旬の材料を決める。
 今回はタラと白菜に決まった。
 Grを4つに分けて、抽選で主菜、副菜、汁物、デザートに各グループが決まった。
 我がグループはデザートに決まった。
 グループ名も必要だ。
 私が付けた。「ビバ! シェフ グループ・・副題 美婆シェフ グループ」
 我がグループの人が持って行ったら直された。「美女シェフ グループ」に・・。
 う〜ん 少し立てすぎるな。
 食材はたらと白菜に決まり。
 デザートの作り方は裏返しにしたカードから3枚引く。
 我がチームは「さいの目」「焼く」「液状」がキーワ−ド。
 キーワードがこれ
 これでデザートを作るの?
 なかなか決まらないので、私が案を出す。
 タラは小さく切って、焼いて塩コショウで味付け。
 野菜をリンゴ・バナナ・トマトなどをさいの目に切って焼く。
 これで甘みが出る筈だ。
 液状は、出来た材料にクリームソースを掛ける。
 これで完成。
 大丈夫かな??
 名づけて「たらたら野菜のクリームソース和え」

 午後から、旅に持って行く自転車の調整をするが、ディレーラーがおかしい。
 なかなかセッテイングが出来ない。
 何度もやったがついに調整できず。
 何かパーツがおかしい。

 車に自転車を積む方法も考へなくてはならない。
 以前は自転車キャリアをワンボックスのリヤゲートに付けたが、今度の車は弱そうだ。
 車の中は広いので中に積むことにする。
 木枠を作る

 塗装をする

 ボックスの中にアルミのレール

 理想的には外より中が良い。
 雨に日などはリアゲートに載せると泥まみれになる。
 その点中は安心だ。
 2時間ほどで完成した。
 後は自転車の固定を考えるが、ロープで結べばOKだろう。
9月13日(火)足立君雨の中の出発
 朝は野宿料理を1品作る。
 何事も手軽料理に徹する。
 名前は=ツナ缶トマト煮パスタ
 @パスタを茹でる。(コッヘルなので半分に折る。)
 A生トマトを小さく切る。
 B茹であがったパスタの湯を切って、そこにトマトを入れる。
 Cかき混ぜながら加熱する。
 Dツナ缶を入れてかき混ぜる。
 本来は ニンニクやアンチョビペーストがあれば良いのだが、まあ何とか美味しい。
 まあ美味しいよ

 大学生旅人の足立君が出発することになった。
 まだ雨が降っているが、時間も限られているらしい。
 雨の中を出発する旅人は少ない。
 傘を差しての記念撮影

 荷物は満載だ

 こんな物も貰ったそうだ

 傘を差しながらの記念写真となったが、こんな写真は初めてだろう。
 今日は行けるとこまで行くと言う事で、八雲か長万部になるだろう。
 反時計回りで宗谷岬に行って、再び函館に戻るのでまた旅の楽しい話しを聞けるだろう。
 彼の情報では、佐多岬の車専用有料道路は倒産したのか、無料開放になったそうだ。
 しかし駐車場から先のトンネルを通って佐多岬に行くには、500円の入場料を取るそうだ。
 有料道路な為に訪れる車が無かったが、道路を開放する代わりに入場料を取る事に方針を変えたのだろうか。
 今まで自転車で行けなかった旅人が目指した、本州最南端の岬に行く事は可能になったが、500円が掛る。
 彼は別の難所の海岸を突破して行ったそうだ。
 今まで自転車が有料道路を通れないので、最南端を目指すチャリダーが越えた道だ。


 夕方近くのスーパーで旅の食料を購入して来た。
 そろそろ旅に出たくなった。
 北海道の何処かに行こうかと思っている。
 妻もあそこが良いとか、誰誰と会って来たらとか勧める。
 最近は毎日家にいるので鬱陶しくなってきたかな?
 資料は「ほっかいどう学」の講演のスライドショーを残すのみだが、まだ十分に間に合う。
 並んで集めた金券も大分溜まったので、有効に使った。
 それに今日は65歳以上は5%引きだ。 
 缶詰が特価だった。
 いつも100円の缶詰が今日は特売で66円。それを金券で買うと41円になる。
 安いな・・。
 何と優しいスーパーなのだろう。
 パスタ、ペンネ、缶詰、こうや豆腐などなど購入。
9月12日(月)雨の日
 昨夜は旅人と随分話した。
 Ho大学文学部地理学科で道の事を勉強していると言うので、私の取り組んでいる事とも関連している。
 道に関する話しを3時間くらい延々と話しあったが楽しかった。
 卒業論文に道の事を書く事になりそうな雰囲気になった。
 今日は雨なので明日、北に向けて出発することになった。

 昨日途中まで作った物入れのパネルを完成させた。
 最後の仕上げに透明ラッカーニスを塗ったのだが、少し色が付いたので真っ白では無くなった。
 まあこれで良いか?
 I LOVE 自転車(絵)のロゴは随分前に私がデザインしたもので、とても気に行っている。
 Oの字を自転車の後輪として活用した。
 この自転車の絵は、子供がペダル無しで、足でけって乗るタイプの自転車だ。
 完成した!

 続いてANAスカイホリデーのガイドブックを作る。
 初めての「感動案内人」のガイドになるので、資料の作成は新選組の関連を多く入れた。
 お客さんは東京を発って、1日目は午後からフリー、2日目に新選組の関係した場所を案内する。
 3日目は午前フリーで午後には帰京する。
 一番重要な2日目のガイドなのでしっかりやらなくては・・。

 夕方、前の車の廃車手続きの書類を持って近くに整備工場に行く。
 事務のお姉さんと1時間くらい旅の話しをした。
 いつも行くと長い時間話すが、お姉さんもかなり各地の情報について詳しい。
 話しも楽しくてついつい長話しになってしまう。
 色々な考え方も合うし、話しのリズムも良い。
 事務所に電話が掛って来たので帰る。
 今日も一日があっという間に終わった。
9月11日(日)工作の日
 朝起きての朝食は野宿旅向けの食事を作って見る。
 食事のレパートリーはどんどん増やしたい。
 旅の中では食材に制限があるので、何でもかんでも作れない。
 なるべく簡単で美味しのが良い。
 今回はシェルパ斎藤の「ワンバーナー簡単クッキング」に載っていた、「お茶づけマヨスパ」を作って見た。
 これは超簡単だ。
 パスタを食べる量を茹でて(細麺の3分で茹でられるのが良い・・ガス節約)、出来あがったら湯を切り、そこにお茶漬け海苔を半分入れる。
 さらにマヨネーズで味付け。
 4分もあれば出来る。
 食べて見たら意外といけるではないか。
 これも野宿メニューに追加だ。
 パスタは半分に折って入れれば、コッヘルに収まりが良い。
 材料はこれだけ

 完成したお茶づけマヨスパ

 次に車の棚板を作る。
 先日は単純なプレートを作って取りつけたが、何か味が無い。
 左側のプレートは木の板にした。
 バルサ材の余ったのがあったのでこれを活用。
 まずは厚紙にデザインする。
 LOVEの文字とOの字は自転車の後輪として活用したデザインにした。

 段ボールに書いた絵を木の上に乗せ、上から錐でマークを付ける。
 そのマークに沿って鉛筆で書き込むと木に絵が書か出来る。

 その絵をジグソーで切って行く。
 最後にやすりをかけて完成した。
 今日はここ迄で、後は色を塗って取りつければ完了。
 ジグソーで切りぬいた
 I  LOVEと自転車のコラボレーションだ。
 すなわち「我自転車を愛す」
9月10日(土)函館まちあるきガイドは中止
 明日は「函館まち歩き」ガイドの日なので、朝早く自転車でガイドコースを一回りする。
 今まで気が付かなかった物もあり、楽しみながらコース確認をした。
 弁天台場付近にあった
 このコースは遺跡などが残っていないので、跡を巡り歴史を伝えるツアーになる。
 箱館戦争は広範囲なので、このコースだけで箱館戦争を知って貰うのは大変だ。

 高龍寺の入り口に、横山松太郎の墓があると言う案内板があった。
 幕末・明治初期の写真家ある事は知っていてたが、良く見たら見たら、あれっと思う記載があった。
 大曲の花火大会に行く途中の西木町に紙風船祭りというのがあった。
 この紙風船は、紙で作った筒の様な形のしたに、熱の発生源を付けている。
 (現在は灯油を染み込ませた布)
 熱源に火を点けて、その上昇気流で紙風船を上げるものだ。
 西木町の紙風船
 西木町に鉱山開発の指導に来ていた平賀源内が教えたのだが、科学者としてはオランダ製のエレキテル(静電気発生装置)の紹介をしていた。また気球の研究もしていたが実用化寸前までこぎ着けていたそうだ。
 西木町の紙風船を見た時に、これなら気球で空を飛んだ人がきっといるだろうなと思っていた。
 今回改めて案内板を見たら、横山松太郎は明治10年に気球から初の航空写真を撮ったと書いてあった。
 平賀源内の研究が、彼の死後100年後に、ここで実になっていたのだ。
  横山松太郎の案内板

 パソコンのHPの作り方を教えに行った方の奥さんから、皮ジャンパーを頂いた。
 娘が着ていたものだそうで、USA製の立派なものだった。
 GH「自遊旅」にはバイクの女性も来るそうなので、欲しい方には上げて下さいと言う事だった。
 タグにはバイクの絵も描いているからバイク用なのだろう。
 旅人で必要な方がいるかな?
 立派な革ジャン

 夕方の「函館まち歩き」新選組コースの応募が締め切られたが、残念ながら参加者がいなかった。
 明日のボランテイアガイドは無くなった。
 どうも分からないのは、今回のイベントは何処で募集しているかだ。
 私も最近ようやく、「函館まちあるき」のHPに載せている事をしった。
 昨年は新聞に載ったので大勢の人が来たが、HPだけで知らせるのは如何にも宣伝不足だ。私自身も何処で募集しているか知らなかった
 他のコースのガイドも新聞に写真入りで載っていたが、数人しか居なかった。

 そんな時にANAのスカイホリデーのガイド予約が入った。
 今までANAのHPで宣伝していなかったので、どうしたのかあと思っていたが、初めてのガイドが入った。女性2人と言うから多分土方歳三ファンだろうな。 
 ANAのHPを覗いたらいつの間にか宣伝をしていた。

 http://www.ana.co.jp/domtour/area/hokkaido/tdtour_hijikata/

 日本一周チャリダーがやって来た、栃木から出発して各地を回り、今日函館入りした。
 大学4年生チャリダーだ。勿論休学しての旅だ。
 今日は夜も遅いし、少しだけ話しをした。
9月9日(金) 整理整頓
 大曲花火から帰って以来、手が付かず散らかっていた、部屋の掃除を行う。
 自室・工作室・ゲストハウスの3か所だ。
 自室自室と工作室は片付いたが、ゲストハウスの倉庫は手が回らなかった。
 自転車のホィール調整に時間がかかったのだ。
 大曲の花火に行った時に、大覚野峠の下りでブレーキシューが減り金属部分が出てきたので、大曲のホームセンターでブレーキシューを購入して交換したのだが、ホィールの振れが大きくて、調整に苦労した。
 おまけに何回も締めたり、緩めたりしていたので、ニップルの山が無くなり工具も使えないので、完全な調整が出来なく帰って来た。
 その振れ取りを行う。
 調整台にホィールをセットして、ホィールを回しながらニップルを締めたり、緩めたりして振れを取る。何回もやって少しづつ振れを無くするので時間がかかる。
 ようやく出来たのは夕方で今日の仕事はこれでお終いになった。
 この様な工具を使ってやる
 11日は「函館まちあるき」ガイドをしなければならない。
 久しぶりのガイドなので、明日は少し暗記しなくてはならないな。
9月8日(木) 車改良&理江ちゃん出発
 朝から車の改良を行った。
 新しく買った車、モビリオスパイクの後部横には物入れがある。
 しかしそのままでは使えない。
 オプションで購入すれば物が落ちない様になるカバーがあるそうだ。
 そこで物が落ちない様に自作でカバーを付ける。
 家に車のプラスチックのパーツが有ったのでそれを活用する。
 切ったり、削ったり、穴をあけたりして完成した。
 廃材をカットする

 出来あがったカバー

 この場所に付ける

 色も合っているので良かった
 少し殺風景だが、何かオリジナルステッカーでも張ろうか?

 仕事をしていたらGHから理江ちゃんが出てきた。
 いよいよ天気も回復したので、今日出発する事になった。
 昨日は壮行会と言う事でささやかな食事会をした。
 もんじゃ焼とお好み焼きだ。
 店に行って食事をしたのだが、流石に関西人だ。
 鉄板に食材をのせて、焼く時の要領が良い。慣れた手つきだ。。
 大阪人で好きな人は週1回くらいお好み焼きをするそうだ。
 パッキングを終えて出発。
 途中、あちこち寄りながら北上し利尻・礼文を回る。
 今回は台風12号が遅くて通過に時間がかかったのと途中で奥尻島を歩いて一周したので、GHには2週間くらい滞在した。すっかり家族のようになってしまった。
 妻も「後2〜3日居れば良いのに」と言ったが、旅人としては旅に出なければ・・・。
 結構な荷物になった

 記念撮影

 妻も記念撮影

 出発した

 理江ちゃんが出発してから、市役所に行く。
 道民税と市民税を過徴収したのだ。
 でもその案内状のお役所的な事。
 4000円徴収するところを39000円徴収したので、35000円を返納しますと事務的な言葉が書いてあった。一言も誤っていない。
 間違って返納するのが、ごく普通の様なお役所的文書に腹が立つ。
 市役所の会計にお金を受け取りに行ってから、HPの作り方を教えに行く。
 同乗している妻を温泉「花の湯」に置いて行く。
 今日はのんびり入りたいそうだ。
 私は仕事が終わってから温泉に行く。

 なでしこジャパンの試合に合わせて帰宅。
 北朝鮮に中盤を支配され、何か不安な戦いだった。
 永里のオウンゴールで勝ったかと思ったが、終盤のゴール前でのミスで同点にされてしまった。
 午後8時からの中国ーオーストラリアの試合で中国が引き分けか負けになれば日本の五輪行きが決定するので見ようと思ったが、ケーブルテレビが写らない。
 諦めて明日の結果を待つことにした。

 BSテレビと言えば青森ねぶたがNHKBS1で全国包装されたが、その前段に茨城の関口さんと私がインタビューを受けた。
 そのテレビの映像の写真が関口さんから送られてきた。
 関口さんとインタビューを受ける

 参加歴10年が良いな
9月7日(水) 東照宮&パークゴルフ
 ライダー理江さんが明日、出発することになった。
 台風から温帯低気圧になっ、て雨を降らした天気も、明日には快晴になりそうだ。
 回る予定の積丹岬遊歩道は崩壊して行けなくなったが、それでも海岸線を走って北上する。
 今日は雨の天気だが、晴れ間もあるので、神社とパークゴルフに行く事になった。
 神社は北海道東照宮だ。箱館戦争の弾痕が手洗鉢に残る。
 北海道東照宮

 弾痕が残る
 他に純忠碧血神社がある。
 この神社は知らなかった。戊辰・巳巳の役では新政府軍に殺された遺体が市中に散乱していた。
 柳川熊吉と実行寺の松尾日隆住職が中心になり、遺体の回収を行ったという事があった。
 明治6年に東照宮を旧幕府軍の将兵慰霊場として碧血碑の横に作ろうと柳川熊吉に相談したが、それは叶わず挫折したそうだ。
 純忠碧血神社
 これらの事から、平成17年に東照宮の陣川町鎮座15周年記念として、ここに神社をたてたそうだ。
 御祭神には、土方歳三、天野新太郎、伊庭八郎、古屋佐久左衛門、春日左衛門、甲賀源吉などが名前を連ねている。
 ここの物置があったので覗いたら、興味にあるものがあった。
 神輿を引くための物だろうが、自転車が2台分並び、間には人が座れるようになっている。
 ハンドルは2台文あり、それがギヤとチエーンで繋がれている。
 ペダルは見えなかったが、なかなかユニークな作りだった。
 今度機会があったらじっくり見て見たい。
 ユニークな改造自転車

 陣川パークゴルフ場に行く。行った途端集中豪雨的に雨が降って来た。
 プレイなど出来そうにない。
 雨が止むまでリサイクルショップで時間つぶしをする。
 特に興味のあるものが無かった。
 雨が晴れたので再びパークゴルフ場に向かう。
 受付したが、理江ちゃんのサンダルは禁止で、靴を借りる。
 スタート場所に行ったが、初めてクラブを見た理江ちゃん。
 私は左なんですが・・・。
 え〜左利き。
 仕方が無くレンタルで左利きを借りる。
 話しを聞いたら彼女は中学・高校とソフトボール部の1番か2番を打っていたそうだ。
 それならいけるだろう。
 私は函館工業高校野球部補欠だ。
 凄い対戦になりそうだ。
 私からショットする。まあ良い感じで飛んだ。
 次に理江ちゃんが打つ。
 鋭い振りでから降り。
 あれっと言った感じで2打目。
 ビユーと風を切ったがまたまた空振り。
 ソフトボール部としては焦る。
 3度目にようやく飛んで、コースに入る。
 ナイスショット

 函館山も見える
 途中で集中豪雨があり、クラブハウスに戻ったりしたが、9ホ−ルを4種類のコースを回って終了。
 後半は流石にソフトボール部らしい、良いショットが出てきた。
9月6日(火) いつもの金券ゲット
 朝に慎ちゃんからメールが来て、理江さんが今日旅立つそうだが、倶知安も雨が凄いので止めるように説得してとなった。
 こんな心使いをしているのは嬉しい。
 直ぐにGHに行って話したら、理江ちゃんも天候を見て出発することになった。
 良かった。

 火曜日は恒例のスーパーの金券配布の日。
 今日雨なので人出は少ない筈なのでチャンスだ。
 妻と理江ちゃんと私の3人で並ぶ。
 結果は各人2枚ゲットした。300円分を手に入れるにしては楽だ。
  引き上げる2人
 帰って絵里ちゃんと話すが、話しが尽きないくらいある。
 自分の娘より2歳若い理江ちゃんだが、良く話しがあるものだと思うが、しつこく同じ話をしているのかも知れないぞ!
 理江ちゃんが楽しい本だよと推薦していた本を、借りて来てくれていた。
 本は「河童のスケッチブック」と言う本だった。
 妹尾河童さんの絵と文の本だ。
 絵は私も好きで書いているのはペン画だった。
 この本もエッセイとペン画になっていた。
 これは興味がある。
 彼は写真を撮ってきてそれを見ながらペンで絵を書いている。
 この辺りも私と同じだ。
 今度、エッセイを書きながら、ペン画を書いて見ようかなと思った。
 何か楽しそうだ。
 こんな本だ
 昼から本好きの理江ちゃんは図書館に出かけた。
 それにしても凄い量の本を読む。
 GHに居る時もいつも本を読んでいる。


 昼からはびっしりパソコンに向かう。
 残っているのは、「ほっかいどう学」の講座資料だ。
 主催が1つから2つになった。地元の他に全道が対象になるのかな?
 どの様な事なのか分からないが、講座を聞きに来る対象が増えたようだ。
 函館の会員は無料で、その他は有料になるようだ。
 場所も100人入る大きな会場になった。
 今回の講座を聞くと3単位が取れるそうだ。
 その仕組みは分からないが、正式な講座になったようだ。
 2時間のプレゼン資料を今から少しずつ作っておこう。

 湯川オンパクのバスガイドも決まったので、こちらもコースルートの見直しと、資料の見直しが必要だ。何かと忙しくなった。
9月5日(月) 資料作成やら
 天気は相変わらず悪い。
 台風12号が来ているせいなのだが、その台風が猛烈に遅い。
 GHにいる理江ちゃんも、なかなか出発出来ないでいる。
 退屈なのだろうが、昨日図書館から本を沢山借りて来ているので、それをのんびりと読んでいる。

 私は11日から始まる、「函館まちあるき」のボランテイアガイドの資料を持って市役所に行く。
 ガイドをして感じるのはその時にいくら説明しても、家に帰れば忘れてしまうだろう。
 せめて資料を作成して渡せば、帰ってからもう一度読めるので、少しは理解できるだろうとの考えだ。
 主催者側としてはコピーなどの手間はかかるが・・。
 なお函館市内のウォーキグコースは下記からダウンロードできる。
 ボランテイアガイドの日程も入っているので見て欲しい。
 http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/kankou/hako_machi/
 新しいガイドブックも完成した。
 本も以前より大きくなった


 このコースが私の推奨するコース。
 箱館戦争の終盤の箱館総攻撃の際、土方歳三が新選組の立てこもる弁天台場を救おうと向かったが、一本木関門付近で敵の銃弾に当たり亡くなった。その時のコースになる。

 今回はガイドの写真とコメントが入っている。

 帰って来てからは、道民カレッジの「ほっかいどう学」のプレゼン資料の作成をする。
 当初1時間半の予定だが、単位を取るためにはもう少し時間を増やさなければならないそうだ。
 その時間をDVDを見せて何とかしようとしている話しを聞いたので、プレゼンの中味を増やす事で作成を始める。
 2時間くらいの講演になるのかな?

 久しぶりのデスクワークにすっかり疲れる。
 夕方はなでしこジャパンの試合を見る。
 点数が入りそうでなかなか入らないストレスのたまる試合だったが、最後に川澄が決めて安堵。
 直ぐに日ハムに切り替え試合を見るが、負け試合だった。
 直ぐに寝る。
9月4日(日) 南茅部の温泉へ
 台風の影響がそろそろ現れるのかとおもいきや、快晴の天気になった。
 昨日購入して来た、車の足元に敷くビニール製の泥除けシートを、現在のシートに合わせて切り設置する。
 せめて最初だけでも綺麗な状態を保ちたいとの思いだ。
 車の購入はこれからはなかなか出来なくなるので大事に使わなくては・・。
 前部にビニールシートを敷く
 後部座席の前にシートを敷く作業の時、2列目シートの座る部分を持ちあげたら、シートが持ちあがったまま固定が出来た。この状態にすればかなりの荷物が入れられる。特に背の高い荷物を入れられる。
 これは意外と便利だ。
 2列目シートの座る部分が上る

 後ろも入れられる

 ここの他に最後部にも荷物が積める。
 さらに2列目シートを前に倒せば後部全体がフラットになる。

 後部全体がフラットになる
 なかなか面白いシートアレンジが出来る。

 理江さんはバイクのチエーンの清掃をしていた。
 今日はバイクで温泉に行って、のんびり本でも読もうかなと言っていたので、妻に温泉行く?
 と聞いたら行くと言うので、それじゃと3人で出発。
 南かやべ保養センターに行く事にした。
 ホンダモビリオスパイクは流石に坂道の登りは1500ccなのでパワー不足は否めないが、それでも制限速度は楽にに出るので問題は無い。
 温泉に到着、日曜日なので車は多い、入り口でアンケートに答えて、理江さんは北海道の絵葉書をゲット。
 久しぶりの硫黄温泉の乳白色の湯に浸かり満足。
 写真では上手く写らないが乳白色だ
 温泉を上がってベッドで松浦武四郎関連の本を読むと眠くなる。
 いつの間にか眠りに入った。
 目を覚ましたら妻も理江さんも読書中。
 帰り間際に妻がもう一度温泉に入り帰宅。
 一日のんびりとした時間を過ごせた。

 夜に電話が入った。自転車日本一周中のやっくる君からで、函館に寄る予定が苫小牧から船に載ることになったとの連絡だった。イタリアンシェフで函館に来たらまた料理を作って貰おうと思っていたが、没になってしまった。
 残念!
 日本一周歩き旅の花里さんからメールが来て、今留萌に居て9月下旬には函館に来るそうだ。
 重いキャリアを押して歩いている花里さんだが、函館に来たらキャリア談義でもしたいものだ。
9月3日(土) 慎ちゃん出発
 台風12号の影響が心配されたので、待機状態になっていた慎ちゃんだが、仕事が5日から始まるので、出発する事になった。
 天気は快晴で良い出発日になったが、長万部辺りは雨の情報も入っていた。
 今日の函館は最高気温が32度と予想され、9月にしては異常な気温になりそうだ。
 50ccのスーパーカブは如何にも頼り気が無い。 
 それに荷物を満載して大型の慎ちゃんが乗る。
 記念撮影を済ませて出発して行った。
 みんなで記念撮影

 バイクが可愛そう

 出発した
 今日は何をするかと考えたらやる事が沢山あった。
 車を替えたので、任意保険の手続き、函館市で開催するウォークのガイドをしなくてはならないので、そのガイドブック作り、湯川温泉オンパクのバスガイドが決まったので、そのルート作りなどがあった。
 案内書作りの背表紙が必要なので、車で買いに出かける。
 理江さんは図書館に行って本を借りたいし、私も松浦武四郎関連の本を読みたいので、一緒に行く事にした。
 買い物を済ませ、図書館に行く。
 本は松浦武四郎関連を3冊と菅江真澄関連を1冊借りてきた。理江さんは5冊借りてきた。彼女はかなりの本好きである。GHにある本もかなり読んでしまった。
 松浦武四郎と菅江真澄は、いずれも来年の踏破に向けての調査に使う。
 家に帰った。
 理江さんは神社好きなので、石崎地主海神社に行き、そこで本を読むそうだ。
 静かなたたずまいの神社で、海が見える景色の良い場所で本を読むなんて発想は流石に神社ファンだ。
 私はガイドブックを完成させて、午後からは日ハム観戦。今日も負けだ。

 夕方から雨になった。
 神社に行った理江さんも濡れて帰って来た。
 京極に行った慎ちゃんからメールが入り、やはり雨に降られた様だ。
 羊蹄山が直ぐ近くに見える景色の良い場所にある農家らしい。

 雨の中BBQをやる事になった。
 型の良い釧路産のサンマが手に入ったのだ。
 それに焼き鳥(豚)と野菜を追加した。
 炭を起こしている間、理江さんは雨水をバケツに貯めていた。
 直ぐに一杯になる。明日の洗濯に使うそうだ。
 なかなかのエコ派なのだ。
 サンマは型が良かった

 話しは楽しい
 さんまの焼く臭いが広がる。
 天井には車に付いていたサイドテントがあるのだが、雨の勢いが強いので合羽を着てのBBQだ。 まあこれも楽しい。
 2時間くらい食べて話して楽しいひと時を過ごした。
 夫婦だけだとしんみりしたBBQになるのだろうが、一人でも人が加わると楽しさが一気に増すのが良い。
9月2日(金) えりさん&てっちゃん苫小牧へ
 今日は新たに買った車、スパイクの納車日だ。
 まずはフレンディを近所の車屋に持って行き処分を頼む。
 ガソリン車はこの位古いと無料引き取りになるのだが、ジーゼルは少しはお金が出るらしい。
 社長が「頑張って高く売る」と言ってくれたが、いくらになるのかな?
 えりさんに頼んでホンダのデーラーまで乗せて貰う。
 中古のスパイクは新車のような顔をして駐車場に居た。
 型が古いのを除けば、外観・室内を見ても新車と変わらない。
 8万キロの積算計が無ければまるで新車だ。
 それ程、清掃技術が向上している。
 傷一つなく、マットも使いこなした感じでなく、真っ黒の新品の様なのが凄い。
 運転して無事帰宅。
 若者対象な感じの外観

 角ばった感じの外観

 室内の新車の様だ
 昨日カヌーBBQを楽しんだ2人だが、今日は雨で外での活動は出来ない。
 そこで苫小牧に早めに変える事になった。
 GHで長い時間話しをした。話しがまだまだ沢山あり限りがない。
 当初は車を沖縄まで持って行く予定だったが、沖縄には軽い身で行って、生活の確立が出来て、車が必要になったら、送れば良いのではとなった。
 日本を観光しながら縦断すると、ガソリン代や食事代で30万円くらいはかかる。
 もし車を陸送して、飛行機で行っても15万円くらいだ。
 体だけなら5万円で行ける。
 本人も再考するようだ。
 楽しかった日も終わった
 午後から妻の実家に冬タイヤを置きに行き、帰りに温泉に入って帰る。
 夜はサッカーWC予選と日ハムの試合を見る。
 チャンネル切り替えが忙しい。
 悲喜の結果になった。
 サッカー喜、日ハム悲。
 
 明日慎ちゃんが京極に行く。夜は少し話しをする。
 農家のアルバイトが5日からなので、行かなくてはならないが、台風接近で雨中の移動になるのか?
9月1日(木) えりさん&てっちゃんとカヌー
 今日は苫小牧から来た、えりさんとてっちゃんで大沼カヌーに行く。
 朝は定番のイカ刺しにする。
 定番のイカ刺し朝食
 こりこりした新鮮な甘いイカの刺身に皆さん満足。
 車にカヌーと自転車3台を積み込みいざ大沼へ。
 後二日で廃車になる、我が愛車フレンディも最後の力を振り絞って走る。
 大沼キャンプ場はバイクや自転車などのキャンパーが10組程居た。
 このキャンプ場には先月身長1.6mの熊が出たのだ。
 このキャンプ場には白い人懐こい犬が居る。
 ソフトバンクの宣伝に出てくるお父さん役のような犬だった。
 えりさんがいきなり犬の大歓迎を受ける。
 犬に押し倒されるえりさん
 「激しすぎるよ〜」と犬に押し倒されてしまった。
 その後もカヌーを追いかけたりと、一日付きまとっていた。
 てっちゃんを追って行く
 地上で簡単な講習をしてから、早速カヌーを沼に浮かべる。
 私が見本を見せて一回り。
 その後、えりさんが乗り込み沖に出る。
 楽しいカヌー
 最初は蛇行していたが、それも楽しい。
 次にてっちゃんがカヌーに乗る。
 てっちゃん
 彼女も無事に一周して帰って来た。
 ついに泳いでしまった

 この犬が本当に可愛い
 風が爽やかで天気も快晴でカヌーには最高のコンデションだった。
 その後、何度も繰り返して乗り、かなり遠くまで乗って楽しんだ。
 カヌーも真っ直ぐに進むようになり、もうすっかりカヌーの虜になってしまった。
 あっという間に、時間も過ぎて帰る時間になった。
 楽しかったぞ〜
 帰りには大沼のさわで精肉店の味付けジンギスカンを1kg購入。
 肉と野菜が最初から混じっている。
 どちらにも味が付いているので、そのままで直ぐに焼いて食べられる。
 帰りに山川牧場のソフトクリームを食べて帰宅。
 函館山野宿に行っていた慎ちゃんと理江さんも家に戻っていた。
 早速炭を起こし、ジンギスカンを始める。
 理江さんは欠席
 理江さんは体調不良で欠席になった。
 2時間くらいの楽しい食事会。
 十分にお腹一杯になり解散した。
 えりさんとてっちゃんは自転車で温泉に行った。
HPTOP
前へ      後へ