8月31日(金)パソコンの修復
 朝から原稿書きで閉じこもり生活。
 原稿も1件は午前中に書き終えた。
 これで溜まった仕事の一つは終了した。
 ほっとした所に、青森ねぶた仲間のNAOMIさんから電話が来る。
 いつもご主人と一緒に大阪から自転車で走ってくるパワフルな女性だ。
 旦那さんの塾の生徒が函館に来るので一泊お願いしますと言う事だった。
 その件はオーケーで、是非来年はねぶたに来て下さいと言ったが、来年は必ず来るそうだ。

 午後からはPCの問題の解決が残っている。
 写真のアイコンに画像が出なくなったのだ。
 それとCドライブが一杯になり、デスクの空きがゼロになった。
 まずは不要なアプリケーションのアンインストールをする。
 使いそうもないソフトを一気に捨ててしまった。

 5GBも空いた
 ゼロから5GBの空きが出来た。
 これでしばらくは大丈夫だろう。

 アイコンの写真表示をしなくなったので参った。
 使う写真をいちいちプレビューしなければ何の写真か分からない。
 「コントロルパネル」→「フォルダーオプション」→「常にアイコンを表示し、縮小版は表示しない」のチエックを外したが治らない。
 アプリケーションのQuiktimeをアンインスト―ルしたら見事に蘇ったが、理由は分からない。
 
 画像が表示出ないアイコンだったのだが、写真表示が出来るようになった。
 まずはトラブルの解消が出来た。 
8月30日(木)イラスト制作を依頼される
 大野ぶんぽ研40周年機関誌の発行を担当している落合さんから、イラストを挿入に関して打ち合わせがしたいとなり伺う。約束の時間は朝の7時。
 私は午前2時には起きて仕事をしているという。
 流石に私は午前4時なので、それでは7時に伺いますとなった。
 北斗市の彼の家で打ち合わせ。
 表紙は新幹線にしたいというので、新幹線で作ることになった。
 他の小物のイラストはおまかせとなった。
 仕事は終わったが、落合さんは北斗市の上磯地区では、歴史家として有名な方で家には資料が沢山ある。
 私にとっては座る場所もないくらい資料が積まれている部屋は宝だ。
 その部屋で歴史の話をしたらが2時間も話してしまった。
 楽しいひと時だ。
 帰りに函館の歴史的風土を守る会の会報への執筆を依頼された。
 彼が以前は会の会長をしていたが、今回後進に道を譲った。
 タイトルは「観光にはしたくない街づくり・・山形県金山町」との仮題になった。
 イザベラバードも絶賛した金山町は今も魅了的な町だ。
 こんな町並みだ

 資料館も古い蔵を利用

 午後から夕方までパソコンを使って新幹線の絵を書いた。
 時間かかるがなかなか思うようには書けない。
 下のような絵を書いたがどうだろうか?
 パソコンで制作
 
8月29日(水)旅後の仕事
 深夜の午前1時に家に着いた。
 フェリーで一緒になった大学生チャリダーは、このまま函館山に登り陽が上がったら下山して一眠りするそうだ。
 同居の両親には何も言わないで埼玉の家を出てきたそうだ。
 「心配していないよ」と言うが、親はそうではないよ。
 寝袋、テント無しだそうで、自分でも無計画で出てきたそうだ。
 取り敢えず札幌に行くそうだ。

 朝起きて旅で使った衣類や寝袋の洗濯とテントを干す。
 その後、生き生き健康サロンでストレッチと体操をして、昼食は「肉そば」だったが美味しかった。
 相変わらず美味しい

 帰宅後、コジマ電気に行きカメラの修理を依頼する。
 旅先で突然シャッターが切れなくなったり、勝手にパシャパシャ切れたりする。
 5年保証に入っていたので何とか無償で直せそうだ。

 午後からお世話になった方々にお礼状を書いた。
 これで一日が終了した。
8月28日(火)角野本街道踏破失敗
 昨日は余程疲れたのか、早く寝たのに朝は6時まで熟睡出来た。
 大湯ストンサークルのエリアにテントを張って寝たので、縄文人が出て来て一緒に添い寝してくれたかな?
 テントを畳んで角野本街道踏破に向かう。
 大湯の温泉街に入り、大柴峠の道を聞くが知らないと言う。
 しばらくうろうろして70代くらいのおばあちゃんに聞いたら入り口は分かった。
 ここが入り口
 山の方に向かって行く。
 入ったら間もなく神社の鳥居があった。
 年季が入った鳥居なのでどんな神社か見ようと思ってくぐって中に入ったが神社は無かった。
 雰囲気のある鳥居だったが・・。
 角野本街道は今や人影もない。
 道から一歩山側に入ったら、一里塚が有った。やはり旧道は別な場所だったのだ。
 一里塚
 何処から大柴峠に入るのか分からない。
 標識は全く無い。
 暫く走ったら、殿様の墓の看板があった。
 入って行ったら、そこに角野本街道古道の看板がある。
 ベニアにマジックで書いてある粗末なものだった。
 入り口の看板
 何で入口に置かないんだ。
 登って行ったら殿様の墓が有った。
 殿様の墓
 ここからの道を探したが、いくら探しても見つからない。
 諦めて下まで下る。
 再び探していたら、幅の広い山道があり、入り口に赤いテープが巻いてある。
 ここだろうか。
 入って行く。
 山道は予想通りブッシュが凄い。
 ビッシュが凄い
 それに倒木が多く、越えたり、かわしたりと体力が消耗する。
 60パーセントくらい登って来ただろうか。
 沢が出て来た。
 道は沢を登る。
 狭い沢に流木があり、かなり登るのが困難になってきた。
 沢はまだまだ続く。
 ここで諦めた。
 撤退だ。
 ダニの様な実がびっしり
 下に降りて素っ裸になり、着替える。汗で濡れずっしり重い。
 物もなくなった。
 クロックスのサンダル、速度メーターの発信機、ゴアテックスのザックカバーを落とした。
 小坂町に出て取り敢えずは碇ヶ関を目指して走る。
 途中に冷たい水があった。喉が渇いてからからなので助かった。
 美味しい水だった
 空かしたお腹で力も入らずようやく小坂峠を登り、碇ヶ関な着いた。
 外気温度は35度。
 青森まで残りは60km。
 道の駅碇ヶ関で遅い昼食。
 かつ定食屋だ。
 十分満腹になった。これで青森まで走れる。
 かつ定食を食べたら元気が出た。
 考えて見たら朝におにぎり一つで、城跡を登り、大柴峠にトライし、小坂峠も越えて来た。
 腹が減るのはやむを得ない。
 碇ヶ関からは足が快調に回る。
 飛ばして浪岡に着いた。
 ここで青森到着時間も見えたので、フェリーを予約した。
 後は一気にフェリーターミナルまで走る。
 そして無事フェリーに間に合い船上の人となった。
8月27日(月)六郷を発って大湯へ
 朝、5時にコバハウスを出発した。
 涼しかった気温も太陽が上がれば暑くなる。
 裏県道を角館に向かう。
 車が少なくて走り易い。
 八幡平越えの道に入る。
 八幡平越えは斜度が厳しいのと、気温が30度を越えているのでダブルで厳しい。
 何度も休憩を繰り返しながら、何とか角館に到着した
 まだ陽が落ちないので、更に大湯のストンサークルまで走って、ここで陽が落ちた
 大湯ストンサークルの夕日
 芝生にテントを張り、水道が有ったので、かなり汗をかいた身体を洗った
テントに入りブログを書いていたが、寝てしまい何度も失敗。
8月26日(日)コバハウスに宿泊
 花火大会の後、そのまま会場にテントを張った。
 夜は快適に眠れたが、朝方は寒く寝袋を着た。
 5時に起きてテントをたたみ、札幌から来ている信太さんと一緒に走る。
 六郷一緒に走り別れる。
 彼は今後、蔵王や出羽三山、さらには鳥海山にも行く。
 コバさんの事務所に加藤さんと畑おじさん、Kazuさんが来てくれた。
 何れもアウトドアクラブ「かっぱりクラブ」のメンバーだ。
 午前中から話し、昼食もおごって頂いた。
 午後からも事務所で話が尽きない。
 かっぱり倶楽部の仲間
 花火の話や旅の話など尽きる事はない。
 夕食もごちそうになり、至れり尽くせりの待遇を受けてしまった。
 最後には「あったか山」温泉に迄連れていって貰った。
 最高の花火を見て、最高の友に会え今年も良かったと思う。
 来年の6月にはGH「自遊旅」にみんなが来てくれる事になった。
 楽しみだ。
 私は明日の朝、旅立つ。
8月25日(土)花火大会当日
 昨日は2時頃寝たのに、起きたのは5時だ。
 物凄く眠い。
 9時に会場が開く。
 順番は第2グループになった。
 これで走らなくとも良い場所は確保出来る。
 若者たちが準備体操をしている。
 例年、先導が歩きだしたら、それを追い越して前に出てダッシュし、良い場所を確保する。
 走れる若者の特権見たくなっていたが、今年は厳しく規制された。 
 女性に変わり、ガードマンや警察官を前に配置した。
 走る事は全く出来なくなり、歩いて会場まで行く事が出来た。
 お陰で先に並んでいたお年寄りも良い場所を確保出来た。
 シートを張っていたら、青森ねぶたで何時も一緒に温泉に行く菅原さんも来ていた。
 場所も確保したので、2人で6km離れた嶽温泉に行きのんびりする。
 花火大会の会場に戻るがもう凄い人が歩いている。
 自転車は走れず押して歩く。ようやく席に着いた。
 昼花火から大会が始まる。
 全国でここだけの昼花火は青空に赤や緑や青や黒といったカラフルな色彩で絵模様を書いている。
 暗くなって夜花火が始まる。
 やはり凄い迫力だ。
 写真撮影は難しい
 競技の方は10号玉が2発上がり、その後創作花火が上がる。
 今年も花火は進化し、新しい花火が打ち上げられる。
 
 競技の間にスポンサー提供の迫力の仕掛け花火が行われる。
 圧倒的な迫力に、大曲に来たかいがあるとしみじみ感じる。
 そして目当ての大会提供花火には、これでもか、これでもかと花火のシャワーを浴びせる。
 もう涙が出そうな感動だ。
 最後に大迫力の10号玉30連発で留めを刺される。
 10号玉がこんなに上がる大会も無いだろう。
 大満足して大会は終わった。
 会場の中の芝生に、札幌の信太さんとテントを張る。
8月24日(金)花火大会前夜祭
 横沢公園を出て大曲の花火大会の会場に向かう。
 途中城跡などを見学し到着。 
 花火大会前日の場所取りの列に並ぶ。
 自由席は桟敷席の後ろにあり、この中でも中央が特等席になるので、この場所を取るために皆が並ぶのだ。
 開場は明日の花火大会当日の朝9時になる。
 午後4時にはテントを張り終え、その後はかなり暇なのだ。
 場所取り
 町に飲み物や食料を買いに行く事が多くなる。
 夕方になって、数年来の付き合いがある、かっぱりクラブのオンタさんが前夜祭をやろうと電話をくれた。
 さらにコバさんが秋田での仕事の帰りに寄ってくれる事になった。
 最初にコバさんが来て、一年ぶりの再開を喜びあう。
 交通規制が例年より早く敷かれ相当の距離を歩いて来たそうだ。
 申し訳ない。
 2人とも酒は飲まないのでノンアルコールビールでで宴会開始。
 少ししてオンタさんもやってきた。
 一年ぶりの話は、最近の話から昔の話まで次々と飛び出す。
 何時もと変わらない光景だ。
 かなり遅くなって加藤さんも呼び出そうとなり、バイクでやって来たがこちらも交通規制で、重いバイクを相当の距離、押して来たそうだ。
 カッパリクラブとの付き合いは、私が2004年に自転車で日本一周の時にオンタさんが、私のブログを見てかっぱりクラブの面々を連れて、本荘マリーナで宴を開いてくれた。
 それが縁で花火大会も毎年チャリで来るようになった。
 宴は夜中まで続き終了。
 だがこれで終わらなかった。
 町に繰り出しテントに帰ってきたのは午前1時頃だったろうか?
 テントに入り爆睡した。
8月23日(木)太田町に到着
 田代オートキャンプ場は6時頃出た。
 霧がかかっていて、気温は22度で走りやすい。
 しかしそれも束の間、鷹巣に入ると太陽が出て来た。
 気温は一気に上がる。
 もうひたすら耐えて走るしかない。
 水が遭ったら頭からかぶり、自販機が有れば水分補給。
 良かったのはコンビニディリーには凍ったカルピスがある。
 2時間位でシャーベット状になり、食べると頭が痛くなる程冷たい。
 ようやく阿仁の道の駅。
 ここでしっかり食事を取る。
 この先に大覚野峠が控えている。
 十分休憩を取ってスタートする。
 しかし快晴の天気には休憩もあまり効かない。
 直ぐに汗が滝のようにながれる。
 ふと側溝を見たら水が流れている。
 山からの水だろう。
 登って行ったら水が山から流れていた。
 自転車を降りて水場に行く。
 冷たい!
 急いで頭から冷水をかぶった。
 その後は水が全くなく、かろうじてピークに着いた。
 後は下りのみだ。
 快調に下り西木町に着いた。
 ここは平賀源内が教えたと言う、紙風船祭りが有名だ。
 紙風船
 今で言う熱気球と同じ原理だ。
 平賀源内が伝えた100年後、函館て初の航空写真が撮られた。
 これも気球からだ。
 休んでいたら、トラックの運転手さんが話しかけて来た。
 大曲の花火に行くと言ったら、その方は大曲の方で凄く喜んでくれた。
 わざわざ来てくれて嬉しいと・・。
 しばらく話して彼はトラックに載って去った。
 彼の食べていた天ぷらそばが美味しそうだったので、私も注文して食べる。
 この日は太田町の横沢公園にテントを張った。
 横沢公園
 小上がりのある東屋でキャンプには最高だ。
 散歩の人も話しかけるし、講演管理のスタッフもバーベキュ―コーナーの建物で寝ても良いよと親切だ。
 夜になって雷が鳴って雨が降ったが一時的な様だ。
8月22日(水)大曲に向けて出発
 夜中の12時にアラームが鳴り目が覚めた。
 スマホには朝の3時にセットしたのだが、枕元の時計のアラームのスイッチが入っていて鳴ったのだ。
 もう寝られずうとうと3時まで過ごした。
 外に出て出発準備をするがまだ真っ暗だ。
 出発する。
 気温は爽やかで、走っていても気持ちが良い。
 おまけに荷物は軽く、タイヤはスリックタイヤだ。
 15分で青函フェリーターミナルに着いた。
 フェリーターミナル
 岸壁では釣り人が7〜8人居た。
 適当な間隔でホッケが上がって居た。
 やがて乗船。
 今日の予想気温は30度オーバーだ。
 涼しいフェリーで体力温存だ!
 青森に着いたら暑い!
 35度だ!
 予想はしていたがそれ以上に暑い。
 先ずは油川に向かう。
 ここは青森県発祥の地だ。
 羽州街道は油川が終点で、ここから三厩迄は松前街道になる。
 油川
 松前藩の殿様が参勤交代で江戸に通う道だった。
 青森ねぶたの時は毎日、油川の温泉に入っていたので馴染が深い町だ。
 油川がねぶたの町として力を入れるという記事があったので、寄って見たのだがまだ町はねぶたの雰囲気では無かった。
 油川で大学のサイクリング部に遭遇。
 手を挙げたら頭をペコっと少し下げるだけだ。
 若者にしては大人しい。
 羽州街道を新庄まで来たら、また大学生の自転車3人組み。
 後を着いて行く。
 先頭は速度が一定でなく、最後尾の人はブレーキをかけたり、急いでペダルを踏んだりと忙しい。
 速度も遅いし抜こうかなと思ったら、先頭から休憩の指示が出た。
 先に進んで、国道7号線を浪岡まで行ったらまたまた大学生の4人組み。
 暫く併走したが、彼らも後方に見えなくなった。
 やがて弘前の道の駅に着いた。
 温度計は35度を示している。
 頭に水を掛けながら走って来たが、直ぐに乾いてしまう。
 道の駅で食事をしてから出発。
 スタートしたがペースは一向に上がらない。
 暑くてだらだらと惰性でペダルを回していた。
 大鰐温泉近くを走っていたら、対向歩道を走っていたママちゃり女子高生にも追い付かれる。
 碇ヶ関の道の駅で頭から水をかぶり、かき氷を食べてようやく回復した。
 さあ行くぞと出たが、矢立峠をようやく登り、道の駅矢立峠で水を頭からかぶる。
 水が有れば頭からかぶる事を繰り返し、ようやく田代オートキャンプ場に着いた。
 先客は2人で鮎釣りのようだ。
 田代オートキャンプ場
 夕方になっても暑い。
 テントに入りたくない。
 それに今日はヤングなでしこの試合がある。
 隣接の温泉に行く。
 TVは他の番組になっていたが、1人いた男性に断ってサッカーに変えて貰った。
 9時過ぎまで見て、テントに戻り寝てしまった。
8月21日(火)大曲に向けての準備完了
 大曲で行われる、全国花火競技大会に明日出発する。
 青函フェリーの朝4時半の便を予約した。
 明日も30度越えの気温になりそうなので厳しい走行になりそうだ。
 今回の旅は日本最高の花火を見る事と、毎年1回しか会えない六郷のカッパリクラブの人達に会うのが楽しみだ。
 今回は軽装備だ

 夜間も走るのでライトは2個

 今までは花火が終わった後は真っ直ぐに函館に向かったのだが、今回は尾去沢から野辺地までの幕末から明治まで続いた「銅の道」をMTBで踏破するという、楽しみが増えた。
 問題は大湯から来満峠を超える当時の道を踏破出来るかどうかだ。
 いくら資料を探しても踏破した詳細な記録は分からない。
 当時は難所と言われた峠道は荷物を満載した自転車で通れるのか?
 GPSも持参して、何とか踏破を試みよう。
 まだ夏なので薮がどのくらい伸びて密集しているのかが分からない。
 鹿角市の役場や教育委員会に寄って、情報を仕入れてから踏破を決める。
 
 夕方妻の妹の家に行ったら、妹から餞別を貰ってしまった。
 貧乏旅を知っていてなのか、食事代をいつも貰って申し訳ないが有難い。
8月20日(月)暑い毎日だぞ!
 本州の人にすれば、函館の暑さなんて暑いうちに入らないのかもしれない。
 でも函館人の私には連日の30度越えには参ってしまう。
 外に出れば暑いので出来るだけ家にいる。
 昨日は台湾からやって来た姪っ子の旦那、ANDREWと随分と話す。
 台湾の情報を得るのは楽しい。
 まずはスマホだ。
 台湾メーカー「HTC」のスマホ持っている。
 その動作の早さには驚く。
 私のスマホは半分位のスピードしかない。
 すごいショックだ。
 世界中のラジオを聞けるアプリ、台湾から日本のTVを見れるアプリ、などなど驚くことばかり。
 HTCは売上で世界2位になったそうだ。
 Auには出荷しているが、私の使っているDocomoには出荷していない。
 どこかの大臣がスマホの経済効果は○○兆円で、これで日本の関連企業が伸びるという様なコメントがあったが、韓国や台湾メーカーのスマホは超人気で、日本メーカーは太刀打ち出来るのだろうか?
 自転車もめちゃくちゃ安い。
 ANDREWは自転車関連企業なので詳しい。
 ディスクブレーキ付きの3×9速の、デォーレ仕様のMTBが、社員価格で9800円だ。
 日本なら8から10万円くらいかな?
 彼に頼めば良いのだが、台湾に行って購入し、台湾を一周してから持って帰れば運送費も無料になる。
 台湾ー函館間は9月に直行便が飛ぶ。
 行こうかな??
 彼から沢山の用品を貰った。
 ライト(かなり明るい)、カーボン製の空気入れ、後部赤灯、背中に背負えるウォーターボックス。
 などなどだ。
 私のサイドバッグが古いが、完全防水のバッグが安い。
 購入したいと言ったら、送ると言ってくれた。
 沢山頂いた
 いつも貰ってばかりなので、今回は彼にウェアをプレゼントした。


 図書館から借りてきた、かとうちあきさんの「野宿入門」を読んだ。
 実用書かと思ったら全く違い、彼女の野宿に対する思いが、彼女独特の切り口で書かれていた。
 高校時代からの野宿の話や、警察による職務質問の話、トイレ寝の話などなど、これで野宿は嫌だという人と面白そうだという人とに分かれるだろう。
 そんな彼女も今は仕事を辞めて旅人になろうか、今のまま仕事を続けるか悩んでいるのだ。旅人がみんな持つ悩みだ。
 本の最後に誰かが鉛筆で書き込んでいた。
 こんな書き込みが・・
 この母にしてこの子あり ハ・・・
 彼女の母親も見た感じは全くのノジュラーだが、お母さんというよりお姉さんだ。
 青森ねぶたで真っ黒に陽に焼けた彼女のお母さんをを見た。

 青森ねぶたでじんべから頂いた本を読んだ。
 「うちのわんこは世界一」という本。
 地平線会議で発行した。
 表紙

 裏表紙
 地平線会議397回の報告会で、女性マッシャーの本多有香さんが報告会を行ったが、彼女はカナダ在住でとても日本に来る旅費が無いと行く事で、仲間が本を発行しそれを旅費に当てたのだ。
 すごい感動の内容の本だった。
 岩手大学在学中に格安チケットでカナダのオーロラを見に行ったが、そこで彼女が目にしたのは犬ソリであった。
 これで彼女の人生は変わった。
 大学を出て就職し2年半働いて100万円を貯めた。
 仕事を辞め犬の世話をするハンドラーになる。
 その後、訓練を重ね1000マイル(1600km)のレースに出る。

 (愛犬を見る眼差しは素敵だ。)

 (多数の犬の世話はかなりの重労働だ。腕もすごく太くなったそうだ)
 2日にニナナでくたびれ果てている有香の前にトラックが止まり救ってくれた。

 2005年のアラスカ犬ぞりのビッグレースで1200kmを走り完走。
 そして4度目の挑戦でユーコンクェストを初完走した。
 12日間と1時間38分だった。
 1200kmの距離と1000mの高地を2度超える。
 荷物は最小限にして走るので、装備も最小限で、寒さに対してはかなり厳しい。

 彼女は犬の食事を確保するため、アルバイトした職種は3ページくらいになる。
 自分が食べれなくても犬には食料を与える。
 そんな一途な彼女の生き方は凄いとしか言い様がない。

 数日前のNHKBSで2010年のユーコンクェストを放映したが、有香さんは映らなかった。
 来年2011年のレースが放映されれば彼女の勇姿が見れるだろう。
 本はGH「自遊旅」にあります。
 近くの方は是非読んでください。
8月19日(日)色々あった日
 午前中は図書館に行って尾去沢から野辺地までの「銅の道」を調査。
 難関の来満峠の情報を調べる。
 松浦武四郎の「鹿角日誌」では鹿角は行ったが来満峠は超えていなかった。
 「此町より上ニ上がると三戸道、雷(来)満峠ニ行よし。此峠は音に聞大難所なり。」との記述しかないが、大難所であることは間違いない。
 「東北の峠」にはセンナ沢筋が来満峠への道である。
 周辺は根曲がり竹の密生がひどい。
 2011年に行った鹿角市公民館の歴史深方でどうにか仮払いされている。
 と書かれており、もしかしてイベントで刈った薮が、まだ密集していないかもしれない。
 センナ沢付近

 図書館に行ったついでに何か読む本を探していたら、我が地平線会議野宿党のメンバーでもあり、ミニコミ誌「野宿野郎」編集長のかといちあきさんが出版した「野宿入門」があった。
 野宿入門
 早速借りてくる。
 今月の青森ねぶたで一週間跳ねた仲間でもある。
 GH「自遊旅」は「野宿野郎」販売店でもある。

 最近の掘り出し物2点。
 まずはヘッドライト。
 ダイソーで500円で販売している。
 このヘッドランプはLEDが3個付いていてすごく明かるい。
 電池もボタン電池なので軽いし、15時間も点灯してくれる。
 軽いし自転車旅にはもってこいだ。
 今持っている2000円程度のヘッドランプと変わらない性能だ。
 クリップもついているのが良い。
 500円ヘッドライト

 次にホームセンターで買ったLEDスタンド。
 これも軽くて調光も出来るすぐれものだ。
 テント内で夜は本を読むことが多いのだが、今まではヘッドランプで見ていた。
 しかし長時間付けていると、ベルトにより頭が痛くなる。
 これなら重宝する。
 498円でホーマックに売っていた。
 498円LEDスタンド

 午後の便で姪っ子が台湾に帰国する。
 妻と見送りに行く。
 そこに、姉一家も台湾から帰国していた。
 兄弟2人とも台湾在住なのだ。
 旦那のANDREWとも久しぶりの再会だ。
 見送りはすごい人数になった。
 この他に4人位は居た

 友人でもあるANDREWと長男
 
8月18日(土)ちゅんた一家出発
GHに宿泊中の千枝ちゃんは、朝にイカ売の声と共に起きて、イカ売を見てから家でイカの調理を習うはずが、全く起きてくる気配はなく妻が一人で調理する。
 朝5時30分の早朝にイカ売が来るのでやむを得ない。
 皆さんには9年ぶりに新鮮な朝イカを堪能してもらった。
 今日は健やかだ

 来る時女川の友人に会ってきた

 朝食はイカだ

 お別れが来た
 8時にはGHを出発した。
 今日は大間に渡り、埼玉目指して走る。

 皆が出発した後、桔梗の家に行き蜂の巣を取る作業をする。
 妻は蜂が嫌だと言って行くのを拒否。
 完全武装
 頭にネットをかぶり、繋を着て軍手を履いた完全武装だ。
 蜂が沢山いる巣にジェットスプレーをかける。
 突然のスプレーに蜂はぼたぼたと落下する。
 効果は凄い。
 かろうじて逃げた蜂が飛んでいるが、これは仕方がない。
 次々とスプレーした。
 全部で5個の蜂の巣を撤去した。

 大曲りの花火大会行きの準備も出来た。
 6月に津軽を自転車で回ったとき、野辺地で「銅の道」があることを知る。
 調べてみたら、尾去沢鉱山で産出した銅を、鹿角を経由し難所の来満峠を超えて、三戸、五戸を経由し、野辺地まで運んで、ここから大阪まで船で運んだ。
 旧道ファンとしては来満峠に興味があった。
 道なき道らしい
 当時は難所で、この峠で怪我した馬は、峠を越える事は出来ないので、谷底に落として処分したそうだ。
 その難所の峠が今でもあるようだ。
 インターネットで調べても、途中までは分かるが肝心の峠についてははっきりした記述がない。
 詳しい地図もないので、12kmの山道を果たして行けるのだろうか?
 途中まで行った人の写真を見ると、かなり背の高い藪になっている。
 藪こぎ必死の場所だ。
 秋ならまだ良いが、夏は厳しいかもしれない。
 荷物を積んだ自転車で通れるのか?
 でも急に踏破したくなった。
 花火大会の帰りの道なので、アクセスは良い。
 まずは行く途中に鹿角市に寄り道の調査をしよう。
 この道は嘉永2年(1849)に松浦武四郎も歩いており、「鹿角日誌」を残している。
 これも図書館で調べなくては・・・。
8月17日(金)ちゅんた一家が来る
 午前中に引越し先の家に行く。
 そろそろ気温も低くなったので、家の改造に取り掛かりたい。
 まずは台所の流しの下にリノリュームを張る下準備。
 この上にリノリュームを張る
 台所の移動は一人で出来ないので妻も同行する。
 台所を移動し、貼り付けは後日にする。
 庭に出た妻が隣の人から蜂が巣を作っていると言われた。
 見たら4箇所に蜂の巣があり、蜂が動き回っている。
 蜂だ!
 巣を取ろうにも準備が必要だ。
 帰りに蜂を追い払うスプレーと頭にかぶるネットを購入。
 後で巣を撤去しなくては・・。

 家の近くにあるJA東前の物産販売所に行く。
 ここでトマト味のソフトクリームを売りだしたのだ。
 トマト味のソフトクリームは珍しいそうだ。
 トマトのソフト
 食べたらトマトの香りがしてトマト好きには堪らないだろう。

 夕方ちゅんた一行が道内の旅を終えて帰ってきた。
 夕方皆でバーベキューをする。
 とうきび、ナス、ジンギスカン肉、イカ、玉ねぎ、ピーマンなどが網に乗る。
 とうきびは皮付きで焼いたので甘くて美味しいと好評。
 ジンギスカンも匂いもなく美味しいと食べていた。
 ちゅんた一家とバーベキュー
 以前食べたジンギスカンは匂いがきつく、それ以来食べていないそうだ。
 さらに埼玉のスーパーではジンギスカンの肉は置いていないようだ。
 夜8時頃まで、屋久島で会った時の話などに花が咲いた。
 「自宅を誰かに無料であげるんだ」と言ったら、ちゅんたが移住をしたいとなった。
 埼玉には建売を購入した家があるが、それを貸すか売却して函館に移住しようという訳だ。
 以前から函館に移住したかったそうで、奥さんの千枝さんも移住には問題がないそうだ。
 来年春に上の子が小学校入学なので、移住するなら来年春になる。
 これから色々なシュミレーションをしてみるそうだ。
 元旅人なので、GHを運営するのも夢だそうで、「自遊旅」も引き続きやりたいとの希望だ。
 私にとっては良い後継者が出来るのだが、後は仕事が見つかるかどうかだ。
 塾の講師をしているのでその辺からアプローチするようだ。
8月16日(木)大学生チャリーダー来る
 昨日またまた大学生チャリダーが来る事になった。
 石川啄木の銅像前で待ち合わせたが、彼の行った先は函館公園の啄木の歌碑だった。
 車で行って会うことが出来た。
 ここまで来たなら元町やべィエリアを見て、函館山の夜景を見学してからGHに来るようした。
 夜になって帰ってきた。
 外は雨だったので、夜景は行かずに帰ってきたのだが、ずぶ濡れだ。
 「合羽は無いの?」
 「持っていません・・」
 東北・北海道を自転車で回るには軽装だ。
 キャリアには寝袋1個を縛ってある。
 他ににはバックパックが1個のみ。
 テントは無しでライダーハウス泊まりをするようだ。
 まずは銭湯に行って、ついでに着替えたらと言ったら、ママチャリで走っていった。
 
 翌朝、快適に眠れたそうで、すごく喜んでいた。
 こんなに面倒を見て貰って有難かったそうだが、ここまでの旅ではあまり親切を貰えなかったのか。
 朝、少し話をして、出発する事になった。
 寝袋をビニールで包んであげて、バックパックもビニールで覆った。
 ビニールで囲った
 合羽は取り敢えず100円ショップで買ったら良い。
 初めての旅なので、知らないことも多くあるだろうが、こんな大変なことも経験として生きてくるのでOKだ。
 あれも駄目、これも駄目などとは言わない、自ら体験して自然に教えてもらうのが一番の先生だ。
 帰りにまた寄りたいという。
 「OKだよ」と言ったら、元気でペダルを漕いで消えていった。
 元気に出発だ

 妻の病院を2箇所送り迎え。
 途中で家に帰ったら、北見の孫から泣き電話が入った。
 学校に持って行く「歯磨き帳」と「花火の絵」が見つからないそうだ。
 私も探したが見つからない。
 妻を迎えに行って、自宅に戻り妻の部屋を探したら両方とも出てきた。
 電話に出てきたのは友瑛だった。
 「出てきた!」と叫んだ。
 皆が心配していたようだ。
 これで一安心。


 旅人の聖地「東大沼キャンプ場」で木が倒れ、テント内の人が軽いけがをしたそうだ。
 当面閉鎖になるが、ここはこれから多くの旅人が訪れる場所なので、早く再開して欲しい。
 多分、責任を負いたくないから、長い様子見となるのだろう。
 他の木の状態を調べるなり、テントの張る場所などを制限して再開して欲しいが、そこまでは考えてくれないだろう。
 閉鎖が一番簡単だろうから。
8月15日(水)旅人出発&旅人来る
 昨日の夕方来た火消しと大学生チャリダーと3人で随分話し込んだ。
 楽しかった
 大学生は自分の進む道について、色々と考えているがまだ決定的な道は決まっていないそうだ。
 サラリーマンにはなりたくは無いそうで、自立の道をいろいろ考えているようだ。
 自分は高校卒業時に、学校に採用が来ていた造船会社を先生から紹介され、直ぐに決まったので何の苦労もしていない。最近の状況は詳しく分からないが大変な様だ。
 若い時代の人と熱い話を出来ることは自分にとっても楽しい。
 火消しは夜中の12時のフェリーで青森に向かうので、早めに出発した。
 彼は来月にスペインに渡り巡礼の道800kmを歩く。
 大学生は早朝出発した。
 1週間ぶりにぐっすり寝れたと喜んでいた。
 屋根の有るってことは素晴らしいことなのだ。
 若さが一杯だ
 大学の休みの関係で長期に休めないので、北海道周遊は出来ず、宗谷岬まで行ってまっすぐ南下し苫小牧からフェリーで八戸に行き、太平洋沿岸の被災地を訪れる。
 最近の若い人は、ボランティア精神が豊富だ。
 多くの旅人が被災地に入り活動している。

 皆が出て行った後、自転車の整備とパッキングをする。
 来週出発する大仙市大曲の花火競技大会は軽量荷物で行く事にした。
 食事は作らずコンビニやスーパーで買い求めよう。
 軽いサイドバッグ2つに収まった。
 タイヤも細めのスリックタイヤにした。
 今回はこれだけ

 パッキング中に電話が来て新潟の大学生チャリダーが1泊したいと言ってきた。
 旅人訪問が続く。
8月14日(火)元旅人出発
 元旅人のちゅんた一家にイカ刺しでも出そうと思ったが売りに来ない。
 天候も悪くは無いのに・・昨日のお盆は来ていたので、お盆の代休なのかな?
 ちゅうたの家族は北に車で向かった。
 遊園地で遊んだり、観光したり、友人と会ったりして数日回り、再びGHに戻ってくる。
 それにしても男の子2人はテンションが高い。
 大はしゃぎだ
 
 昼からは車の清掃をする。
 先月北見に娘と孫を迎えに行った時に、虫の死骸が全面一杯に張り付いている。
 それを余の忙しさでそのままにしていた。
 それを取り去るのだが、凄い時間が掛ってしまった。
 虫取り用のスプレー洗剤を使ってようやく取り去った。
 その後は久しぶりにのんびりと過ごした。
 先日修理に出したがパーツが無く、交換になったプリンターをまずは立ちあげた。
 Cドライブのメモリーが寂しくなっている。
 何とかドライバーとスキャナーのソフトのみをインストールした。
 そろそろメモリー増設しなければPCは遅くなるし、新たなソフトのインストールも出来なくなる。
 外付けHDDも一杯になりつつあるので悩ましい。

 プリンターも設置したのでインクを購入しようと調べたら、純正品以外のメーカーはかなりの低価格になっていた。
 BCI-325,326の6色セットが600円位から1000円程度になっていた。
 600円なら1色100円程度の価格だ。
 純正だと4000円くらいする。
 当初プリンターメーカーはプリンターを安くして、インクで稼ごうとICチップを付けて他メーカーが作られない様にした。
 このICチップが高かったのだが、ICチップを作るメーカーも出たし、ICチップの残量をリセット出来るように解析した所もある。
 それで価格が一気に下がってしまった。

 セットで600円から1000円程度だと、インクを多量に使う私にとっては有難い。
8月13日(月)孫達の出発&元旅人来る
 7月28日から帰省していた娘と孫達が帰る日になった。
 娘婿は仕事の都合で後からやってきた。
 出発日の朝食はイカ刺しになった。
 娘婿も大好きなイカ刺しは2回目だ。
 近くに軽トラで生きているイカを売りに来るので、これ以上新鮮なイカは無い。
 おまけに安いときている。
 GHに泊まっている旅人にも大好評なのだ。
 荷物を満載して雨の中、娘婿の運転で婿の実家の登別に向かって出発した。
 雨で友瑛も見えない

 皆で出発した
 今度は9月の友瑛の運動会に北見まで我々が行く事になる。

 私は青森ねぶたに参加して1週間は不在だったので、妻が孫達の相手をしたので疲れたのだろう。
 皆が出て行ってから、あ互いに一休みだねと、それぞれの部屋でベッドに横になった。

 2時近くに予定していた、元旅人のちゅんたとJARI千枝さんと子供二人がやって来た。
 私が日本一周した時に、屋久島のライダーハウス「とまり木」で会った2人だが、その後の青森ねぶたでも一緒になり、その後我が家に宿泊した。
 それから8年して子供も大きくなり、ようやく旅に出れるようになった。
 久しぶりに会って懐かしさが一杯だった。
 子供の名前も1人は開也(かいや)と名ずけた。
 開陽台が思いでの場所なのでそこの開をとったそうだ。
 子供達も元気で部屋中を走り回っていた。
 夕方には西桔梗温泉に行く。
 ヒューム缶が浴槽のユニークな温泉で、旅の思い出としては良いだろう。
 
 8年振りの再会は懐かしい
8月12日(日)孫と遊ぶ最後の日
 明日は孫達が娘の旦那の実家である登り別に登別に向かう。
 今日で孫達と遊ぶのは最後になる。
 まずは朝から自転車特訓をする。
 1人でスタートの練習とブレーキーをかける練習だ。
 1人スタートはほぼ出来るようになった。
 1人スタートの練習
 ブレーキーは握力が無いのでなかなか掛らない。
 そこで止まる時に転ばないで足を上手く地面に着く事をやる。
 今までは転ぶ時自転車の何処かにぶつけるため、痛くて泣いていたが、足を上手く着けるようになったので、転んでも大丈夫。
 上手くいった時はセーフと自ら手を広げていた。
 セーフだ

 愛葵も乗ったよ

 終わって朝食を食べ、今度は函館アイス118に行く。
 人気のソフトクリーム屋さんだ。
 日曜日と連休が重なり物凄い人出になっていた。
 混んでいた

 家族で
 皆はソフトクリームだったが、友瑛はかき氷が欲しい。
 でもここにはかき氷は無い。
 諦めてカップソフトにする。

 次に飛行機大好きな友瑛のために飛行場に行く。
 事前に発着の多い時間帯を選んだので、次々と飛行機が発着する。

 連結車に依る荷物の積み込みなども大好きで、喜んで見ていた。
 着陸を上手く言えなく、「飛行機が墜落する」を連発。
 友瑛、これだけは止めてくれ!

 再び函館アイス118に行って牛を見る。
 50円払うと飼葉が貰え牛に与える事が出来る。
 こわごわ餌をやる

 瑞葵も餌やり
 皆で大騒ぎして餌与えも終わった。
 最後に温泉に入って帰宅。

 青森ねぶたから帰って連日孫の相手をしてきたが、今日でこれも無くなり、淋しいやらこれで休めるとの思いが交錯する。
8月11日(土)墓参り&バーベキュー
 朝起きて競輪場の駐車場に行く。
 いつも自転車練習するスーパーは朝市で使えない。
 広い駐車場で早速友瑛の自転車練習。
 もう走る分には全く問題なくなった。
 かなりの余裕だ
 かなりスローなスピードでも倒れず乗れるようになった。
 後ろを見たり、歌を歌ったりと余裕だ。
 1人でスタートする練習も行ったが、これはもう少し時間が掛る。
 愛葵は車で応援

 今度は妻の実家の墓参り。
 参加者は大人7人に子供が5人と大人数になった。
 私たち夫婦、妻の妹夫婦、私の娘夫婦、妹の娘夫婦は台湾からの参加だ。
 眠っているおじいちゃん、おばあちゃんもさぞかし喜んでいるだろう。

 帰ってから皆でバーベキューをする。
 準備が大変だ。
 バーベキューコンロが2台に椅子やテーブルをセットし、炭を起こす。
 これが全て私の仕事だ。
 準備完了
 娘の旦那が来ればてきぱきと手伝ってくれるのだが、まだ到着していない。
 ようやくセットし終わってバーベキューの開始だ。
 子供用の肉から焼いてまずは子供のお腹を一杯にする。
 子供のスペース
 それから大人の番だ。 
 久しぶりの再会に長い時間バーベキューを楽しんだ。

 子供達が公園に行きたいと言う。
 お父さんたちが皆を連れて公園に行ってしばらく遊んで来た。
 帰って来て少ししたらまた行きたいと言うので、またまた公園に行く。
 ぶらんこで大はしゃぎ
 お父さん達も大変だ。

 夕方ようやく終わって温泉に行く。
 長く楽しい一日だった。
8月10日(金)旅人出発
 なでしこジャパンの試合を見たので徹夜になった。
 合間に青森ねぶた中のブログにも手を加えて完成した。

 2泊した旅人、火消と仁王、筧さんが相次いで出発した。
 昨日は焼き肉だった
 火消は3年くらい前に宿泊しており、今回で2度目の訪問になる。
 仁王、筧さんは火消の紹介で来た。
 火消は札幌まで輪行して又函館に戻るかもしれない。
 彼は来月からスペイン巡礼の旅に出発する。
 800kmの歩き旅はすばらしい旅になることだろう。
 仁王、筧さんは社会人なので1ヶ月の休みを利用しての日本一周なので、区切りで行う予定だ。
 まずは火消が出発した。
 火消が出発
 次にカップルが出発。
 孫達が来ているので盛大な見送りだ。
 仁王、筧さん出発

 盛大な見送りだ
 これからも良い旅が続く事だろう。

 皆が出発した後は友瑛の自転車特訓をする。
 最初に私と2人でグランドに行って練習したのだが、手を離さないでと後ろばかり見るので、どうしてもふらつく。
 手を離すと怖い怖いと言ってハンドルが振られるので失敗する。
 もう止めたとなる。
 家に帰ってママと瑞葵、愛葵も連れて3人でスーパーの駐車場に行く。
 舗装路の方が走りやすい。
 最初は乗っても直ぐにママの所で止まってしまった。
 そこでママが遠くに居て貰いそこまで行く事を目標にする。
 これが成功した、前を見てしっかり乗れるようになった。
 上手になった
 数回やったがハンドルも振れずに上手になった。
 次に曲り方の練習。
 これもママを使った。
 直線でママに向かって走り、近づいたらママを移動させる。
 するとハンドルを切ってママの方向に行くようになった。
 ママ〜待て〜
 更にママを走らせ後を追わせたらいくらでも曲って走れるようになった。
 ママもかなりのダイエットになっただろう。
 後は自分でスタートする練習。
 少しだけ練習して今日は終わった。
8月9日(木)孫と遊ぶ
 家に帰るとやはり疲れがどっと出てくる。
 朝はのんびり寝ていようと思っていたら、長女の瑞葵と次女の愛葵が部屋に入って来た。
 仕方が無いかと遊園地に出掛ける。
 しばらく遊んで帰宅し、朝食を食べる。
 そして今度は函館山登山に行く事になった。
 長女の瑞葵が4歳で登ったので友瑛も4歳になったので挑戦だ。
 元気よく出発
 元気良く家を出て登山口に着く。
 行くぞと元気に手を上げて出発。
 登山口で
 足取りは快調だ。
 1合目で記念写真、2合目で記念写真と順調。
 まずは1合目

 階段もクリヤ―

 2合目に来た
 この辺りからじぃじ手をつないでの声が多くなる。
 時々は手をつないで登る。
 4合目辺りで蚊に刺された。
 これが蚊に刺される瞬間

 痛々しい
 顔の横に蚊が止まったのだろう。
 子供は叩いて殺すことは出来なく、刺されてしまった。
 4合目

 そして5合目
 そして4合目を過ぎて5合目に到着。
 ここで休憩し、お菓子を食べる。
 十分食べて登ろうとしたら、もう登りたくないと言う。
 仕方が無く下山する事になった。
 そうしたら友瑛の元気な事。
 歌を歌いながら走りだした。
 それならと皆が走りだした。
 2合目辺りに来た時に友瑛が転倒して泣きだす。
 思い切り泣いた
 しばらくは泣きやまないまま下山。
 それでも恥ずかしいのか人とすれ違う時は泣きやみ、通り過ぎると泣きだす。
 これを繰り返しながら下山した。
 家に帰って少し寝ようかなとベッドの上で横になっていたら瑞葵が来た。
 結局湯川のプールに行く事になった。
 全員でプールに行き遊んだ。
 友瑛は愛葵のゴムボートをずっと引っ張っていた。
 友瑛は愛葵に優しい
 瑞葵は泳げると言ったが、まあ泳げる部類には入っていなかった。
 3人が一緒に写った
 十分遊んで帰宅。
 疲れたな〜。
 ねぶたの時の旅道具入ったバッグはまだ閉まったままだ。
 早く出して洗濯しなくレは・・・。
8月8日(水)ねぶたから帰る
 青森ねぶたも昨日で終了し,、今日は朝からテントの撤去を始める。
 今まで一緒に生活し跳ねた仲間が皆んな国へ帰って行く。
 最初にちあきちゃんが帰り、じんべさんが帰り、今回初めて会った丸山君や小野さんも帰る。
 我が家に宿泊した、菊池君初め同じ場所に居た数人の若者たちも帰って行った。
 彼らはこれから沖縄などに向かう。
 彼らが使ったバーベキューコンロが不要になったんで貰った。
 最後は七飯町の大野さんしか居なくなった。
 キャンプ場はひっそり
 昼食を一緒に食べながらフェリーの出発時間になるまで雑談する。
 フェリー乗り場に行って乗船券を貰おうとしたら、来る時に往復払った領収書を見せたら、それでなくて黄色の紙だと言う。
 探しても出てこない。
 諦めて「ありませんでした」と言ったら、上長と相談して、領収書のコピーを取ってOKとなった。
 今日の自転車乗船者はライムライトに泊まる人と東京からの輪行カップルだ。
 女性の方は自転車と荷物を持つのが、きつそうだったので持ってあげた。
 乗り降りは大変だが、自転車代が掛らない。
 大曲に行く時は輪行にしようかな。
 船は定刻通り出発した。
 いつも空いている客室も今日は混んでいる。
 約4時間の長い航海は、いつも退屈なのだが、今日は一緒の旅人が居るので話しを出来たので早く着いた感じがした。
 着いた函館港の夕日は綺麗だった。
 綺麗な夕日
 函館はやはり空気が違う。
 青森の生ぬるい空気は無くしゃきっとしている。
 3人で市街地を抜けGH「自遊旅」に着いた。
 海峡フェリーで来た、火消はもう着いていた。
8月7日(火)ねぶた最終日
 青森ねぶたもついに今日が最終日になった。
 昨日までは夜ねぶただったが、最終ねぶたは昼ねぶたになる。
 上位6台の山車は海上運航があるので出ないし、跳人の居ない山車も多い。
 11時にはキャンプ場を出るが、今日の自転車は20台位。
 韓国人の東北ボランテアと

 GHに泊まった野田さん
 会場に着いたが、私は函館から来た、イカ踊りに参加する。
 函館の知り合いのFさんが参加するので一緒に跳ねようとなった。
 先頭に居たが函館のイカ踊りは現れず、どこからスタートかと思ったら、更にかなり前方になるそうだ。
 音楽が被るから離す様だ。
 函館のバスが来るまで先頭で待っていたら、ミスねぶたが居たので一緒に記念撮影をした。
 ミスねぶたと
 おじさんはしょがないな・・。 
 函館のバスが来たので行ったら、Fさんが私を見つけて呼んだ。
 友達と一緒でその友達が、私のブログを見てくれていた。
 函館からの友達

 イカ踊りだ
 やがてイカ踊りのスタートだ。
 最初は慣れなかったが、徐々に慣れてきた。
 それほどむずかしくはなかった。
 それでも一回りすると結構疲れる。
 チャリダーやライダーも結構参加していた。
 函館市長や市議会議長も来ていたが、青森の鹿内市長はねぶたきちがいなので流石にスタミナ豊富。
 函館の方はばてばての様だ。
 イカ踊りが終わって、後方の板金のねぶたに移動。
 チャリダー軍団
 最後に日は板金工業会のねぶたの回りに皆が集まり板金コールが始まる。
 また来年まで1年間のお別れだ。
 来年も跳ねれる様、普段から体を鍛え様。
 残すは最後の海上運行になった。
 日立ねぶた海上運航
 夕方、海岸に行き見たが余りの寒さで途中から帰って来た。
 風が又少し悪化した。
8月6日(月)ねぶた5日目
 朝、5時頃突然の雷、豪雨、強風に見まわれた。
 雷は近くに落ちるのではないかと思うほど、激しい音を立てていた。
 テントのポールに落ちないかとか、自転車に落ちないかと気になる。
 強風はテントやターフを幾つか飛ばしてしまった。
 私のテントは山岳用なので問題無かったが、ビーチテントは皆が飛ぶだろうと見ていたが飛ばされずに頑張っていた。
 そんな天気も僅かの時間で、雨も上がった。
 そこで朝風呂に行く。SeさんとSuさんは今日帰るので一緒に温泉に入るのは最後になる。
 温泉から帰って、パッキングを終えたSeさんを見送る。
 途中1泊野宿して、2日間で茨城の家に着くそうだ。
 その後、福島のSuさんを見送った。
 これで同年輩の人は私一人になった。
 昼は皆と話して過ごし、夕方、夜ねぶた最後の跳ねに出かける。
 毎日のミーティング
 ねぶたは何時も跳ねる板金工業会はかなりのカラスが入っていたので、跳ねる気にはなれず、日立連合のねぶたに初めて入った。

 日立は今回、市長賞と囃子賞、ねぶた制作特別賞を受賞した。
 以前居た会社なので、何か社風と言うのが感じられ跳ねやすく、楽しんで過ごせた。

 
明日は最終日で昼ねぶたになる。
8月5日(日)ねぶた4日目
 今日は朝から暑かった。
 朝風呂メンバーに起こされて朝5時30分から営業している温泉「ゆったら」に行く。
 温泉から帰って来てからは何処にも行かずに、本を読んだり、皆と会話を楽しんだりして過ごした。
 このまったり過ごす時間も良いものなのだ。
 今日は「自遊旅」に泊まった菊池君がねぶた跳人のデビューをする事になった。
 衣装一式5000円近くするので、旅人にとって厳しい出費なのだが、みんなの跳ねる姿を見て、やはり跳ねて見たくなるのだろう。
 毎日のように来る新人の気付けは私がやる。
 夕方から着付けをしたが、背が高いので格好が良い。
 菊地君と
 いつもの通り自転車で隊列を組んで会場に行く。
 スタート地点の気温は27度と最初からかなり高い。
 時間になって跳ね出すと一気に汗が吹き出る。
 今日、明日は審査日になる。
 山車、囃子、跳人が審査される。
 期間中でも休まず跳ねるのできつい日になる。
 声も目一杯出すので直ぐに枯れてしまう。
 2時間跳ねた後は流石にぐったり。
 終わったら喉がカラカラでコーラを一気飲みした。
 駐輪場に着いたが、直ぐに帰る気持ちが起きらず、暫く休んでからキャンプ場に戻った。
 今日はかなり疲れた。
8月4日(土)ねぶた3日目
 今日は跳ねるのは休み。
 いつも3日目には休みを入れる。
 年寄がフルに出るのはきつい。
 それでもねぶたのお手伝いはする。
 
 今日は弘前に行く事に決めていた。
 北海道新聞に弘前藩のお寺である長勝寺で、松前藩13代目藩主松前徳広の墓所が発見されたと言う報道があった。
  松前藩主徳広は箱館戦争で土方歳三に追われて、北海道の関内から船で青森わに逃げ、その後、肺結核で25歳で弘前で亡くなっている。
 自分が取り組んでいる活動の中でも、そんな話しをするが、弘前で亡くなったという簡単な事しか言ってなかった。
 墓の様子も知ればまた皆に聞かせて上げれるだろうと行く事にした。
 墓は弘前ねぶたの期間中のみ公開し、その後埋立保存するのでもう見ることは出来ない。
 今回、長勝寺の防災施設を作ることになったので、事前調査したら発見されたものだ。
 墓は完全な形で残っていた。
 藩主徳広の墓
 案内してくれた学芸員の方がファイターズのTシャツを着ていたので意気投合。
 墓は地下4mで木枠に囲まれていた。

 
使っていた材料
 遺体は既に松前の法憧寺に移されているという文書が残っているので遺体は無い。
 腐食防止に木炭を敷き詰め、木棺のあった場所にはアスファルトも使っていた。
 弘前では近代大名の構造が分かる墓としては2例目になる。
 他にも装飾品が多数発見されている。

 ねぶたは青森板金工業会の運行のお手伝いだ。
 跳人の両側にロープが張られるが、それを持つ仕事になる。
 県板金工業会の半纏を着るがこれが厚手なので暑いのだ。
 県板金の半纏で参加
 役割のひとつに、祭りを乱す、カラス軍団が中に入らないようにしなければならない。
 正装衣装以外の人や地下足袋を履いた人を入れてはならない。
 でもカラスは巧みに中に入ってくる。
 それを列から出したり、入られたりのバトルが繰り返される。
 そんな事で自分の感じる運行時間はあっという間に終わってしまう。
 若い女性カラスなどは帰り際、おじさん帰るよと手を振りながら帰って行く。
 極普通の女の子の姿が見える。
 でもカラスのリーダーが入ると一緒になって隊列を乱す行動をしてしまう。 
 皆とは違った形でテンションを上げたいのだろう。
 中にはかなりの凶暴な男の人もいるが、女性の取り巻きは極普通の人なんだろうな。
 まだ中学生くらいの子ばかりだ。
8月3日(金)ねぶた2日目
 今日はねぶた2日目になる。
 いつも入っている青森県板金工業会のねぶたは休みなので、消防第二分団&アサヒビールの山車に入る。
 入ったらテレビカメラが居て、盛んに女性を撮っている。
 誰?と見たが顔は見た事が無い。
 彼女が持っていた行燈に名前が書いてあり「坂井裕美」だそうだ。
 坂井
 2012年アサヒビールイメージガールか・・。
 最近の若い女性タレントは知らないな。
 直ぐ近くだったので、折角だから報道陣に負けないで写真を撮った。
 昨日は初日なので押さえて跳ねたが、今日は最初から前列で飛ばしたら、後半はかなり疲れた!
 もうよれよれだ。
 汗だくの浴衣を着て自転車で帰るのは結構寒い。
 20分くらい走ってキャンプ場に着けばぐったりだ。
 そして着替えをする。
 さらに近くのスーパーで弁当を買ったり、材料を買ったりして、遅い夕食を食べる。
 その後は宴会が続くのだが、酒を飲まなくなった今は、早めにテントに入ってしまう。
8月2日(木)ねぶた初日
 いよいよねぶたの初日になった。
 朝予定通り、温泉「ゆったら」に3人で行く。
 時間にして20分くらいだろうか、少し離れた場所にある。
 他にも2つほどの温泉があるのだが、行くところは一番新しく出来た温泉だ。
 受付で携帯電話を充電してくれるのが、野宿をしている我々にとっては有難い。
 露天風呂で長い時間話しこんで、休憩室でオリンピックのテレビを見て帰るパターンになった。
 昼間は知り合いがキャンノプ場に入ってくるので、久しぶりの再会についつい話し込んでしまう。 いつもの通り4時過ぎに着替えをして、5時には自転車部隊が出発する。
 先導ははいつも私で、後には30台くらいの自転車が続く。
 ベイブリッジまで走りそこで待機する。
 ここで後から来るバイク部隊を迎えるのだが、自転車部隊は自転車を持ち上げて歓迎する。
 これは14年も前から続いているのだ。
 当初は2台の自転車から始まった。
 やがてバイクが来るが、今年の初日はバイクもかなり少なくあっという間に終わってしまった。
 再び隊列を組んで駐輪場まで行く。
 ここから歩いてねぶたの山車のスタート地点に向かうが、初日は道路に人が少なく随分楽に歩ける。
 7時になって5段花火と共にスタートする。

 気温は26度と暑い。
 跳ねれば一気に汗が吹きでる。
 一年ぶりのねぶたにテンションが上がる。
 声はあっという間に枯れてくる。
 最後はよたよたになりながら終了。
 疲れた!
8月1日(水)青森到着
 朝、孫たちに見送られて青函フェリーターミナルに向かう。
 いよいよねぶた参戦かと気持ちも高ぶる。
 久しぶりの4バッグを搭載した自転車は流石に重い。
 普段は軽い装備で走るのを主としているが、ねぶたは1週間同じ場所に居るので居心地優先になる。
 そこでどうしても荷物が多くなる。
 市街地をのんびり走り30分で青函フェリーターミナルに着いた。
 軽く走ったのに、汗ばんでいる。
 今年は函館も暑い。
 往復のチケットを購入して、ロビーで暫く時間待ちする。
 乗船時間が来て、乗り場に行こうとしたら、若い男性に話し掛けられる。
 自転車の後ろに、花笠を積んでいたので、ねぶたについて色々と聞かれた。
 彼女と2泊3日の旅だそうでねぶたも見るそうだ。。
 フェリーに乗って本を読んでいたら、彼が再びやってきて、他の東北の事も色々聞かれた。
 知っている事を色々教えてあげたら凄く喜んでいた。
 フェリー内では出発直前に地平線会議の坪井さんから頂いた、彼の出版した最新本の「バイクで世界一周」を読んで過ごす。
 文章は分かりやすく、旅の中で起きた色々な出来事が面白く書かれており、一気に読みほす。
 お陰で長い乗船時間も退屈する暇も無く、あっという間に青森港に着いた。
 青森ねぶた臨時キャンピング場に向かう。
 そこには懐かしい顔が沢山見える。
 挨拶をしながら入り、何時もの場所にテントを張る。

 同じ年代の茨城のSaさんがチャリダーからライダーになっていた。
 自転車の長距離走行は気管支が苦しくて困難なのでバイクに変えたそうだ。
 それでも野宿旅を楽しむ気持ちが、失われないのは良かった。
 沢山話をして、夜9時にはテントに入る。
 明日はいつもの朝風呂メンバーのSuさんも加えて3人で早朝温泉に行く。
 HP TOP