2012.11日記
12月31日(月)遂に大晦日になった
 遂に2012年の大晦日を迎えた。
 でもそんな大した感激も無く、あ〜早い一年だったなと感じただけだ。
 恒例の初日の出登山は悪天候なので、初日の出が見える確率はゼロに近いので、午後まで考えていたが中止にした。
 今年は孫達が2日に来るので、大晦日は時間が取れるので、何処かの山の山頂で野宿して迎えようと思っていたのだが・・・。
 残念だ。
 それもあって大晦日は不在になると思い、既に昨日年越しを行ってしまったのだ。
 妹から差し入れ
 昨日の夕方妹と姪っ子が、年越し料理を持って来てくれた。
 大晦日はいないので、今日やってしまおうとなり、年越は済んだ。
 今日は何も行事が無いのだ。
 せめてソバくらいは食べようと、今日食材を買って来た。


 午前中に瑞葵のスキーのビンディングの位置修正を行う。
 靴が小さいので一番前にビンディングを出しても届かない。
 一度外して漬け直しだ。
 取り外して穴開け

 取り付けた

 完成だ
 30分くらいで完成した。
 さらにホットワックスを塗って完了した。


 今日で今年も終わりますが、今年1年ブログを見てくれた方々にはお礼を申し上げます。
 来年も頑張ってアップしていきたいと思います。
 皆さん良い年をお迎へ下さい。
12月30日(日)滑り台製作
 後2日で年末になった。
 今日は雨の予報過が出ていて、何処かに行く気にはなれない。
 朝から滑り台を作る。
 孫が正月の二日に来るので、それに合わせての製作だ。
 今日は雨なので雪が締まる。
 今日形を整えておけば、明日は猛吹雪なので雪が上にしっかり付いてくれるだろう。
 一汗かいて滑り台は仮完成。
 後は雪が降った後に最後の仕上げだ。
 結構高くなった

 ここまで来るようにする

 午後からスーパーに正月用品の買い物。
 まだまだ買い物があるのだ。
 夫婦二人だけなのに正月は出費が多いな。

 買い物が終わって、孫の瑞葵のスキーを買いに行く。
 北見市の小学校はスキー授業があるのだが、たったの2日しかやらない。
 スケートも2日位しかやらない。
 用具を揃えるのは大変だ。
 もう少しお金が掛らない様に出来ないのかな??
 函館近郊の町では不要になった子供用スキーを集めて、それを貸し出してくれている。
 何とかその様な工夫は出来ないのだろうか?
 買うのはリサイクルショップしかない。
 今まであちこちリサイクルショップ回りをしたが、セットで5000〜6000円になる。
 板が3000円、靴が2000円、ストックが1000円くらいが相場だ。
 昨日、温泉ホテル「ひろめ荘」の帰りの送迎バスが「リサイクル工房」の前を通った。
 すると店は開いていた。
 この店は閉めたらずっと再開しないし、開いている時はいつなのか分からない。
 それがたまたま開いていたのだ。
 早速行って入ったら子供用の120cmと130cmの板が4本あった。
 1台はカービングスキーで、DYNASTARだった。
 ロシュニヨールのビンディングが付いている。
 もう一つは本当の子供用スキーで花柄だった。
 他のは古かったのでパス。
 娘と相談してDYNASTARに決定。
 板は1000円と格安だった。
 靴は500円、ストックも500円で購入。
 やはりここはダントツに安い。
 用具全体を赤で統一出来た。
 揃ったぞ
 後はビンディングの位置が合わないので、付け変えしなくてはならない。
 付け終わったらワックスをしっかり塗ってやる。
 レーシングワックスが沢山ある。
12月29日(土)「ひろめ荘」から帰る
 朝は相変わらず4時過ぎに起床。
 しばらく執筆する。
 どうせ女性たちは起きるのが遅い筈だ。
 途中で温泉に入る。
 一緒に入っていた方から、源泉は2種類有るんですねと聞かれた。
 「そうです。今入っているのは硫黄泉ですよ。」と答えた。
 「体は温まりますか?」と聞かれたので、「地元で無いので・・」
 と答えたが、市町村合併で函館市になったので、厳密には地元か・・。
 8時半に朝食だと言う。
 イカが出た。
 久しぶりなので随分食べた。
 朝食はイカがあった
 イカさえ有れば十分だ。
 部屋に戻ったら、時間が有ったので外に出る。
 ひろめ荘全景
 窓から見える向かいの山の中腹に道があるのだ。
 この山腹に道が付いている
 どこから行くのか探りに行く。
 しばらく歩いたら遊歩道らしき道があった。
 でも方向は違う。
 山をどんどん登って行くが、その道の方向には単純に行けない。
 でも沢を越えれば行けそうだった。
 この沢を越えれば行けそうだ
 今回は時間が無いので、山登りの準備はしていないため次回に来た時に登って見よう。
 帰りは12人くらいバスに乗っていた。
 2時間掛り皆の家を廻り帰宅した。
 直ぐにスーパーに行って正月の買い物をして今日は終わった。
12月28日(金)「ひろめ荘」行く
  今日はひろめ荘に宿泊する日。
 私はホテルに泊まるるのは年に1度くらいしか無い。
 テント泊か車中泊が殆どだ。
 ホテルのバスが家まで迎えに来ると言う好条件と、台湾在住の姪っ子佳子とお母さんが宿泊しているので、一緒に泊まる事になったのだ。
 バスが家に前にやってきて乗ったら我々夫婦2人しかいない。
 これから2時間も走るのに申し訳ない気持ちになる。
 運転は無しなので楽してホテルに着いたら、泊まっていた2人が部屋から出て迎えに来た。
 そにまま我々の部屋で2時間くらい話し込む。
 その後、のんびり温泉に入る。
 露天風呂に漁師の方も3人入っていたが、今年の漁はあまり良く無かったそうだ。
 なかなか良い話しは無いな。
 夕食は結構な種類と量もあり十分だった。
 姉妹です

 豪華だった料理

 飾り付けが凝っている
 食事は全て完食した。
 こんなに食べたのは久しぶりだ。
 部屋に入って話しは続く。
 姪っ子の佳子は、今回一人で帰国となった。
 来るとき何でお母さんだけが日本に行くの?と子供に言われたが、お母さんは自分で稼いだお金で行くから良いんだと言ったら、子供が「僕が日本に行くにはどうすれば良いの」と聞いたので、クラスで1番の成績なれば連れて行くと言ったら、これから頑張るそうだ。
 おねえちゃんにはそれは言えないそうだ。
 本当にマジに必死になって、一番のみを目指すから無理はさせないそうだ。
 既にクラスのトップクラスだから。
 それにしても彼女は凄い。
 マラソンは台湾でトップクラスなので、賞金は相当稼いでいるし、持っているウェアや小物は全て賞品だそうだ。
 今年初めてスーパートライスロンに出て、初戦で優勝してしまった。
 2戦目のデュアルレースでは2位になった。
 マラソンは常勝だ。
 今回来たのは訳があった。
 台湾の東西横断の山岳コース踏破の話しがあり、応募したら女子3人の中に入ったそうだ。
 体力とスピードで決まったらしいが、まだ誰も行っていない様な山岳路で、細尾根は左右断崖絶壁。
 岩壁に張り出した岩道を壁に張り付いて歩く場所もあったそうだ。
 ゴールしたらメディアが待ち受けている。
 しかし問題は彼女の所属しているマラソンクラブと今回の主催倶楽部のトップが仲が悪かったそうだ。出るのはあまり感心しないと言われたそうだ。
 仕方がなく日本の実家に帰るのを理由に出れないと言う事にした様だ。
 マラソン・自転車・スイム・登山とスーパーウーマンだがそれだけ各方面からの誘いもある。。
 新高山(旧名=高尾山)も既に国の許可を得て登っている。
 話しは夜中まで続き、一度解散になったが、妻が布団を彼女らの部屋に持って行き、さらに遅くまで話しをしたらしい。私は12時頃で限界だった。
12月27日(木)町中徘徊
 今日は旧自宅に行く。
 自遊旅も雪の中
 都市ガスの契約を終えるのだが、我が家はガスのメーターが2Fにある。
 家を作った当時はカーレースをやっていたので、1Fが車庫で3台の車が格納出来た。
 整備も出来るようになっていた。
 その後、レースも辞めたので1Fが居間になった。
 ガス屋さんと打ち合わせして家で会い、メーターのチエックとガスの遮断をして貰った。
 帰りにぶらぶらする。
 まずは手に入れたのが、PRONOでバッグを購入。
 山登りの時、胸に付けるのだ。
 私はかなり前に作ったのだが、最近登山ショップにこの手の物が出て来た。
 良い品物だが私のはまだアイデアで勝っている。
 ショップのは一度付けたら、簡単に取り外したり出来ない。
 バックパックを変えて行く時は取り付けのやり直しになり面倒だ。
 私のはどんなバックパックにもワンタッチで付けられる。
 これを改造する。
 資料が多いのと、スマホ、カメラなど入れているが、今のは古くなったので新調する。
 490円だった。

 次にリサイクルショップでMILLETのレインカバーをゲット。
 まだ綺麗な品だった。
 MILLETのレインカバー
 45リットルか50リットルくらいで1380円だった。
 新品だと定価で3600円する。
 
 そして100円ショップに行く。
 先日完成した「二股口台場」資料をコピーしたが、表紙を少し厚くしたいので紙を買いに寄った。
 ぶらぶらしている時にベルトを発見。
 実はずっと探し求めていたのだ。
 自作スノーシューの前の部分のベルトを、プラスチックのバックルバンドにしたら緩むのだ。
 そこでしっかりしたバンドを求めていた。
 手芸店に有ったがベルトのみで400円と高かった。
 ネットで調べても無い。
 犬用の首輪を見たら安いので2500円もした。
 半分諦めていたが、ダイソーのベルト売り場に有ったのだ。
 これが100円だ
 それも100円だった。
 取り敢えず2本を購入した。
 試したら全く緩まない。
 これで出来あがるか?
 ダイソーやるなだ。
 これで自作スノーシューは完成しそうだ。
12月26日(水)元勤務先の忘年会
 昨日から風が強く、吹雪の予報が出ていたので、どんなに雪が積もったか外に出て見たら意外と少なかった。
 隣の方が6時過ぎなのに雪かきをしていた。
 私も雪かきをやってします。
 昨日もホ-ムセンターでおばあちゃんと話したが、今年は雪が少ないそうだ。
 以前の自宅付近は雪が多いのに、同じ函館市でも今の場所は少ない。
 
 今年最後のごみ捨てに行く。
 市街地は風が強く次吹雪となっていた。
 車も皆ライトを点けていた。
 そのお陰でごみ処理場は空いていた。
 満載ゴミが252円で捨てられる。
 その後、温泉「なごみ」で2時間くらいのんびりしてから、忘年会会場に向かう。
 本町の居酒屋「舛甚」だ。
 会費は4000円で飲み放題だ。
 まあ料理はあまり期待していなかった。
 この会は昭和48年に会社に入った1期生の会なのだが、何故か私も入れられてしまった。
 7人の宴が始まる。
 まずはビールで乾杯だが、私はFREEで乾杯。
 話しはOさんの、金庫泥棒騒ぎから始まった。
 1年に一回の集まり
 石油スタンドの深夜勤務でバイトしているが、給油に来た2人連れが、何かと用を言って来る。
 ガソリンを入れる蓋が開かないとか言われ、やると簡単に空く。
 おかしなやつらと思ったが、お客さんなので穏やかに対応。
 そして帰った。
 事務所に戻っていたら、警察官が数人やって来た。
 金庫のお金が盗まれていないかだった。
 夜間は金庫を開けられないので、管理者に連絡したて開けても有ったら、この日の売り上げが全て無くなっていた。
 犯人は誰かの密告で直ぐに掴まった。
 直接盗んだのは従業員だった。
 2人はOさんを引きとめる係だった。
 その後、警察に行って調べが、10時間に渡ったそうだ。
 そんな話しから始まる宴も、各自の今年の活動が語られた。
 大まかには、家庭菜園・NPO法人で障害者にパソコンを教えている・中国語4習っている・麻雀の指導・絵を書いている等だった。
 後は病気の話し。
 糖尿病・脳梗塞・腰痛など皆病院通いだった。
 一番年上の元社長が79歳になり、83歳を人生の終わりに設定して、残りのやる事を決めたそうだ。
 そんな事を考える様な歳になって来るのだ。
 私だって男子の平均年齢の76歳まで後、7年しか無い。
 残りの人生を充実したい。
 食事内容は値段以上に良く、十分満足できた。
 帰りの車はつるつる道路だった。
12月25日(火)今日ものんびり
 天候が悪くて何処にも出かける気分にはなれない。
 一日中パソコンに向かったので、講演会の資料は完成した。
 いつもは講演近くにならないと気合いが入らないのだが、今回は1月末に結婚式で東京に行き、帰って直ぐの2月2日に講演なので、行く前に作らなければならなかった。。
 
 冬は当然ストーブを焚くのだが、我が部屋はがんがん温度を上げないとなかなか適温にならない。
 部屋の整理をしていたら、窓に張る断熱フィルムが出て来た。
 効果はあるのかな?と思ったが、まあ仕舞っておいても仕方が無いので、取り敢えず張った。
 結構効果はありそうで、ストーブの火力が下がったままで適温を維持してる。
 いつもは真っ赤になっているのに・・・。
 今日はこれから大荒れの吹雪模様になるようだ。
 明日の朝は雪かきか??
12月24日(月)クリスマスイブ
 今日は一日のんびりしていた。
 テレビを見ながら、同窓会誌の投稿を書きあげ、講演用のスライドもかなり進んだ。
 クリスマスイブなので、夫婦二人だけのささやかなホームパーティをやろうと、歩いてスーパーに行き、鳥の足とフライドポテト、ケーキ等を買って来た。

 午後からお菓子を食べながら女子サッカーの皇后杯を観戦。
 千葉の積極的な試合運びで、何度もチャンスがあったのに、なかなかにゴールが出来ない。
 たじたじだったINAC神戸だったが、後半終了数分前に、こぼれ球を入れて勝利。
 ジャパンメンバー7人が入ったINAC神戸と代表が誰も居ない千葉だったが、内容的には千葉が素晴らしかった。
 前で当たるし、走るし・・。
 でも最後の実力ってこんな所にも出るのかな。
 ツキも実力の内なのかも知れない。

 夕方からパーティ。
 と言っても食べるだけ。
 youtubeから「恋人たちのクリスマス」をかけるが、そんな感じでも無いな。
 赤鼻のトナカイの方が良かったか?
 まあ美味しく頂いた。
 これだけだ

 珍しくホッピーが

 旅人里江ちゃんからメールが来て、も〜さんこの人知っている?
 写真には夏に来た旅人が写っていた。
 何の番組?
 関西のテレビを見ていたら、10秒程出たそうだ。
 インタビューを受けているようだ。
 背中にはピアノがある。
 急いで写真を撮ったそうだが、良く間に会ったな。
 彼はピアノを持って自転車で旅していた。
 そのピアノは4kgくらいあったかな。
 凄く重いのだが、担いで旅していた。
 演奏したがまるっきり下手。
 まだ孫の方が上手だ。
 将来は有名な演奏家になると言っていたが、何処でテレビに映ったのか?
 随分田舎だったよと言っていた。
 まあ元気な姿が見れて良かった。
12月23日(日)台場周辺探索
 二股口台場の執筆も終えたが、まが少し調べたい事があって出かける。
 今日も最高気温がマイナス3度と寒そうだ。
 行く途中、先日手に入れた旧道の地図の中で、河汲川を登って毛無山に至るコースがあったので、その道は今もあるのか山に入って見る。
 河汲川の側には道跡らしきものが見える。
 しかし工事用の林道が出来て。古い道を行かなくても2kmは車で行けた。
 まだ工事中なのか道は一車線分除雪されていた。
 今日は日曜日なので工事は休みの様なのでOKだ。
 通行止めの場所に車を降りて歩く。
 この林道も歩いて少し登ったら道は無くなった。
 山道は良く分からない。
 川の中を歩いたのだろうか?
 この辺りは水は少ないし川底も歩き易いようだ。
 何となく山に上がる道が見えたので、スノーシューを履いて登る。
 一部に道らしい跡はあるが長くは続かない。
 少しは道らしかったのに・・
 周囲を見ても道らしきものは他には無い。
 やっぱり川を登ったのかな?
 でも川の周囲は急な崖で、雪が雪崩で落ちた跡もあるので、今時期は無理の様だ。
 時期を変えて来ようとなり、諦めて戻る。
 車に荷物を入れようとしたら、別な林道に足跡が有る。
 スノーシューとストックの跡がある。
 この足跡を追った
 山に行く道なのか?
 登って行く。
 しばらく登って行ったら、水源地の様なものがあって、そこに大きなバルブが付いていた。
 このバルブ操作に来たんだ。
 バルブの所に来ていた

 きじひき高原が見える

 戻って台場山付近の旧道を歩く。
 明治19年完成の道も今は車道として一部が使われているので、立派なダート道になってしまった。
 寸―シューでも快適に歩ける。
 少し入ったら「中村はたごや跡」の看板があった。
 この後ろが旧道
 中村清六さんの宿があった場所だ。
 本来の二股口台場への道はここから登っていた。
 今でもその道はかすかに残っている。
 右手が明治19年の道

 祠の様だ
 明治19年に完成した道は、北電の取水堰迄にも使われているが、一部は当時のまま残っている。
 壊れた祠などがあったりする。
 道の右手に大きな岩がある。
 当時ここの工事が大変だった場所だ。
 江差山道の道路工事の様子は、沢田雪渓氏により書かれている。
 沢田雪渓の絵

 岩はまだ残っている
 この取水堰の上辺りに箱館戦争の塹壕がある筈なのだ。
 岡山藩水原久蔵氏が書いた「箱館戦争絵図」にある。
 注意深く山の斜面を眺めて行くと、山の斜面に大きな窪みが見える。
 ここが塹壕なのか?
 場所から考えてあれかなと思うが、どうやって行けばいいんだ。
 直接は大野川があって行けない。
 大野川側に降りて、調べて見たら夏なら川に入って行けそうな場所があった。
 そこから入って沢を登れば行けそうだ。
 ここも出直しになるな。
 そんな事で今回はあまり成果が無かったが、今季初めてのスノーシューで、あちこち歩けたのは楽しかった。
 夕方妻の買いものに付き合ってから、「しんわの湯」でのんびり。
12月22日(土)天気も今一つ
 昨日持ち帰った記念誌に投稿するI君の原稿をワードで書き写した。
 読んで見ると苦労して生きて来たとなと思う。
 某大手電気会社の研究開発部に入ったら、立ち入り禁止の部屋で1日中一人で、孤独感が凄かったそうだ。
 家に帰るのはいつも夜の12時過ぎで仕事後は寝るだけの青春だった。
 学生時代の事は良く覚えている事に感心する。
 どこの教室のスイッチをいつも入れるのはK君だとか、その他にも私の数十倍は覚えている。
 私も投稿するのだが、記憶が余りない。
 鮮明なのは野球部に居た時の事ばかり。
 野球部中心の学生生活で、早朝から夜11時まで練習やファールして田んぼに入った球探しだった。
 だから教室の事もあまり記憶にない。
 何を書こうか参ったな。

 妹が来た。
 台湾土産を持って来た。
 娘に会いに行ったそうだ。
 娘二人が台湾在住なので大変だ。
 長女が函館に来る事になった。
 台湾ではマラソンの第一人者で賞金稼ぎをしている。(台湾は賞金が出る)
 最近はトライアスロンも初め、初めての大会で優勝してしまった。
 昔は一緒に走った事もある。
 10km走って最後にラストスパートをかけた積りだが「おじさん少し早くなったね」でちょん。
 昔は礼文島の愛とロマンの8時間コースをMTBで踏破した。
 途中のウニ丼の店で、MTBで来た人は初めてだよと言われ、ウニ丼をおまけしててくれた。
 余りの厳しさに「もう「おじさんとは来ない!」と言われたが、その後も雪の支笏湖周辺MTB踏破等に付いてきている。
 根っから厳しいことは好きだ。
 今は台中で家庭を持っている、ママさんアスリートだ。
 佳子は成長している
 27日から29日まで2泊3日でお母さんとひろめ荘に宿泊すると言う。
 それなら我々も合流しようとなった。
 今年2度目の話しをしたい。
 27日は私の忘年会があるので1泊のみだ。
 妻も何処にも出かけて居ないので、たまには良いだろう。
 ひろめ荘は乳白色の温泉が良い。
 硫黄泉が良い
 申し込んだら5組限定の特別プランが空いていた。
 家までバスで迎えに来ると言う。
 これは良い。
12月21日(金)電気科50年記念誌打ち合わせ
 「二股口台場」の資料も完成したので、2月2日の講演に向けてプレゼン資料の作成を始める。
 まだ早いと思うが、1月末には東京で結婚式があって、しばらく居なく、帰って来たら直ぐに講演なので作る暇も無い。
 正月は孫が来るので相手もしなければならない。
 そんな事から早めにやる事にした。
 表紙からスタート
 今回の講演は二股口台場の戦いの戦略的な事も話そうと思う。

 函館工業高校電気科のクラス会が来年行われる。
 卒業してから50年目の節目に当るので、記念誌を発行する事になって準備を進めている。
 今日は同級生の喫茶「モーリ」で打ち合わせ。
 駐車場も無いので電車で行く。
 喫茶は函館駅前から近い。
 電車の方がずっと楽なので病み付きになった。
 到着したがまだ時間が有ったので大門を散歩。
 大門と言う地名は無いが、我々の年代は大門で通じる。
 古くは遊郭があり大きな門が有った事から大門と呼ばれている。
 昔は栄華を誇った街も、今は歯抜け状態で無くなった偽の跡はやけに駐車場が多い。
 特に見るべきものも無かった。
 月光仮面は健在だった。
 月光仮面像

 レトロな喫茶「モーリ」
 5人が集まって打ち合わせ。
 パソコンやワープロが出来ない人は手書き原稿でくるので、その打ち込み作業が発生する。
 家に持ち帰る事にする。
 Iさんの原稿だった。
 いきなり毛利の文字が出て来る。
 私の書いた「土方歳三蝦夷の道」を読んでそれが自分と重なる部分が多く、それを元に記事を書いてくれた。
 しっかり読んで貰って何だか嬉しい。
 駅のクリスマスツリー
 夕方の電車は学生で混みあっていた。
 こんな経験も久ぶりだ。
12月20日(木)同級生が亡くなる
 12月4日に同級生が亡くなっていた。
 お悔やみ欄に出ていたそうだが、全く知らなかった。
 同級生2人が彼の家に行ったところ、自宅には誰も住んで居なく、空き家になっていたそうだ。
 彼は事情があって離婚し、一人暮らしをしていた。
 ぽつりぽつりと人が消えて行く。
 そんな年代になったんだとつくづく思う。
 来年は3年周期で行われている同級会がある。
 再会出来るのを楽しみにしていたのに・・。

 「二股口台場」の資料も完成したので、北斗市の教育委員会に伺う。
 Mさんとしばらく話す。
 北斗市には「二股口台場」と「矢不来台場」がある。
 どちらも箱館戦争の激戦地だ。
 二股口台場は死傷者は少なかったが、糧軍合わせて60万発近くを打ちあった、最大の銃撃戦の場だった。
 矢不来台場がは新政府軍の最新軍監「甲鉄」他の海からの艦砲射撃で壊滅的にやられた。
 四月廿九日矢不来海陸軍戦之図
 この二つの台場が北斗市にある。
 しかしながら矢不来台場は案内板も分かりにくい。二股口台場は案内板はあるが、塹壕は一部のしか見る事が出来ない。この凄い規模の塹壕を見れるようなるのはいつの日になるのかな。
 新幹線の大野延伸により、観光客が来る可能性もある。
 こんな凄い遺跡を放っておいては勿体ない。
 凄い資料を作ったと誉められたが、有効に活用して頂ければ良い。

 北斗市に来たついでに、観光協会に寄る。
 昨日の忘年会での席が隣になったOさんから遊びに来てと言われていた。
 言われて次の日に来る人もそうはいないだろうが、折角だから寄った。
 Oさんも北斗市の観光について色々考えているようだ。
 私としては箱館戦争や土方歳三に関しての事ならお手伝い出来る。
 北斗市になって大野地区と上磯地区が合併したので、大野地区にある二股口台場に行きたいと言う問い合わせも来るようだ。
 何とか整備して観光客を呼び、活性化出来れば良い。
 今私のやっているガイドの話しなどをして引き上げる。
 北斗市は随分雪が多かった、函館市街地に行った妻は吹雪だったそうだ。
 桔梗は雪が少ないな。
12月19日(水)クリスマス&忘年会
 今日は健康サロンin明和園の4クリスマス会とぶんぽ研の忘年会があるので忙しい。
 まずはクリスマスで青森ねぶたとイカ踊りをやるので、衣装の準備や映像や、音声を会場に流す準備をして出発。
 今日は今季最低の気温だが、それ程の寒さは感じない。
 家の周辺は雪が少ししか降っていなかったが、函館市街地に入ったら猛吹雪だった。
 明和園に到着して、直ぐに機器類の設置をするが、明和園の放送機器は使わずに、ねぶたはスマートファンからyoutubeの映像を流し、ねぶたはダウンロードしたイカ踊りの音楽を流して踊る事にした。
 スマホ一つで何でも出来る時代になった。
 皆が集まって来て最初にねぶたを5分間跳ねる。
 サンタが似合う

 楽しく跳ねた

 も〜さんも記念撮影

 スタッフの子は美術部

 皿返しゲーム
 お年寄りが多いのでそれが限度だろう。
 5分間の水分補給や休憩を挟んでイカ踊りをする。
 これも楽しく踊って私のパートは無事終了。
 その後、ケーキとミカンやジュースを頂きながら、ビンゴゲーム、皿返しゲームなどを楽しんで終了。
 ささやかなケーキ

 皆で記念撮影

 午後から「二股口台場」の最後の校正をして、資料は完成したらもう夕方だ。
 忘年会の会場はホテル函館山と遠い。
 車で行くのも市街地を通るので面倒なので、JRで行く事にした。
 引っ越したら近くの駅まで数分なので便利なのだ。
 10分くらいで函館駅に着いた。
 ここから歩く。
 西部地区でクリスマスファンタジーのイベントをやってる。
 6時からの点灯式にぴったり着いた。
 今日は本州で結婚したが、函館に移転して来たお嫁さんが主役の点灯式だった。
 夫と両方の両親に感謝の点灯式だった。
 カウントダウンで転倒したツリーのもみの木は姉妹都市のカナダから送られて来たものだ。
 スイッチオンでグリーン系統の電灯が頭から順次転倒し、最後に全灯した。
 久しぶりに見るツリーは綺麗だった。
 寒いのに多くの人も集まっていた。
 人は多かった

 綺麗だ

 氷の彫刻
 再び歩いて忘年会会場ののホテル函館山に向かう。
 始まる10分前に到着。
 ロビーでU夫婦にあった。
 当別でギャラリーを開いている。
 私の講演にも来て頂いたが、その後、私の講演したイザベラバードの道の一部を旅したそうだ。
 日光や大内宿も見て、現地ではイザベラバードの道も聞いて、バードに思いを馳せ楽しかったそうだ。
 講演を聞いてそれを実践してくれるのが嬉しい。
 今日は21名の参加だった。
 会長の挨拶の後宴が始まる。
 いきなり3人のスピーチが指名される。
 私もその一人に入ってしまった。
 簡単に今年の活動内容を話した。
 宴は進んでカラオケになった。
 まず歌ったのはIさん。
 自ら歌は下手だと言うが本当に下手なのだ。
 でも娘さんは上手と言うかプロの歌手なのだ。
 今年の紅白出演が決まった「YUKI」さんが娘だ。
 音痴って遺伝しないの?
 YUKIさん
 小学校の時、良く親子でカラオケに行ったそうだが、お父さんは大体50点、長女も歌が上手く80点は取るのだが、次女のYUKIさんはいつも100点だったそうだ。
 小学校の時から度胸があったそうだ。
 以前も紅白にはバンドで出ている。
 バンドとソロと2回出た歌手は居ないそうだ。
 宴の途中で会長が席に来て、教育委員会に連絡しておいたから、二股口台場の資料を早く持って行くように言われる。
 来年1月でも良いかなと思っていたのに・・。明日でも印刷しなくては・・。
12月18日(火)資料作成が進む
 今日も資料作りに専念する。
 一応全ページの作成も終わり、表紙も作った。
 表紙は自作のイラストにした。
 風景は新政府軍側から見た台場山方面。
 二股口台場の文字もパワーポイントで作成した。
 まあ良い出来だ。
 風景画はかなり現地に行ったので写真などを見なくても書けるまでになった
 後は最後の校正をかけて、最後の修正を加えれば、終了になる。
 ページ数はA4判で45ページになった。
 ようやく完成に近づいた
 後少しだ。
 
 引越しをして住所が変わったのだが、名刺の住所は元のままだったので、急遽作成する。
 以前に作ったのがあったので、そのまま印刷してOKだ。
 名刺も作った。

 午後から明日の明和園クリスマスの準備をする。
 青森ねぶたとイカ踊りが私の担当だ。
 青森ねぶたはyoutubeからダウンロードしてDVDに書きこんだ。
 イカ踊りはメロディだけをMP3でダウンロードして終了。
 ねぶたは良いのだがイカ踊りはあまり分からない。
 yuoutubeに踊り方が有ったのでこれで練習をした。
 結構汗を書いた。
 さらにプレゼント交換の品物を買いに行く。
 300円程度なのだが、それがなかなか難しい、近くの格安衣料店「源太郎」でアームウォーマーを購入。
 お年寄りが多いのでぴったりだろう。

 明日着るねぶたの浴衣を出して、花笠も出したが、花笠の鳩も首が折れていた。
 これを修理する。
 首が折れてた

 直った。
 これで明日の準備は全てOKになった。
 明日は今日よりも-9度気温が低く、今冬の最低気温の予報が出ている。
 それでも浴衣の下は素肌で行くぞ!!
 下も素足でなければ格好が付かない。
 気合いを入れてラッセラーだ。
12月17日(月)資料作成&近郊散策
 二股台場の資料もピッチが上がって来た。
 連日朝の4時過ぎにはパソコンに向かっている。
 10時まで作業して妻を整形外科に連れて行く。
 診断は単なる打撲で、骨には異常も無く湿布薬でOKになった。
 帰って再びパソコンに向かう。
 でも疲れて来た。
 今日のルート
 そこで近郊の山に散策に行く事にする。
 天気も良い。
 以前庄司山に行った時に、登山道では無い道があった。
 そこを行く。
 幅の広い良い道が付いていたので快適に登って行ったが、途中で道は無くなってしまった。
 ここから藪漕ぎだ。
 藪漕ぎの登り
 やや短い笹の中を登って行く。
 上に出るまでには相当有りそうだ。
 沢から尾根に出て登る。
 かなり登った所で、長い笹藪になった。
 背丈以上あって視界は余り無い。
 笹が深〜い!
 そんな中を汗だくになりながら登って行ったら、突然道が出て来た。
 道と言っても、笹で覆われていて藪漕ぎは続く。
 やがて視界がぱっと開け畑が出て来た。
 こんな高い所に畑が有るんだと感心。
 さらに進むと今度は車道になった。 
 林道に出た
 この車道を歩く。
 着いた所がクレー射撃場。
 冬なので誰もいない。
 クレー射撃場

 怖そう
 戻るも面白くないので、ここからの斜面を下る事にする。
 地図では下に道がある筈だ。
 またまた藪を漕いで斜面を下る。
 この斜面を降りた
 向かいには庄司山が見えている。
 笹が短かったのでそれ程苦も労無く道に出る。
 下って上を見る
 さらに進んでダムに出る。
 ここは庄司山への道がある。
 丸木が3本掛っていたが、それに90度に松の木が切って乗せてあった。
 沢山の足跡がある事から何処かの山岳会でも来たのだろう。
 それにしてもこんなに木を切らなくても少し迂回して沢側に出れば難なく渡れるのに・・・。
 後は林道を車まで戻る。
 あ〜すっきりした。
12月16日(日)年賀状作成
 朝起きて居間に行ったら、妻が足を引きずりながら歩いている。
 「どうしたの?」と聞いたら、「昨日の夜押入れの上に上がって物を探していた時に、足を外して下まで落ちた」のだそうだ。
 骨折をしているかも知れないと言うが、歩けるから骨折では無いだろう。
 今日は休みなので明日整形病院に行く事になった。
 現在3個所の病院に行っているので、これで4個所目だ。
 
 午前中は年賀状作り。
 やはり期日が迫って来ないと始まらない。
 今までは3種類の年賀状を作っていた。
 毛利家用は親戚に送る。
 他に妻の友人用。
 私の友人用と分けていた。
 今回は1種類にした。
 宛名も印刷して無事終わった。
 これで一安心だ
 今年は例年に比べ喪中葉書が多く来た。
 みな高齢になって来たんだと実感する。

 午後から衆議院議員選挙の投票に行く。
 投票場は町内会館だったので超近い。
 1分もあれば着くのだ。
 それにしても誰に入れて良いのか迷う選挙だ。

 夕方、歩けない妻から食材の購入を頼まれ、スーパーに行く。
 冷蔵庫の中身が分からないので、ダブって買わないか苦労する。
12月15日(土)あれこれ
 相変わらず朝4時起きで資料作り。
 すっかり生活パターンが出来あがった。
 寝るのが9時から10時なので睡眠は十分だ。
 今日は時間の掛るパワーポイントでの作図をした。
 GPSデータを確認して地形図に塹壕の位置を入れて行く。
 これが一番手が掛るので一安心だ。
 それにしても随分塹壕を探したものだ。
 339m先にもまだ有りそうな気がしている。
 昨日はスノーシューを履かないで行ったので、膝まで埋まった。
 これからはスノーシュー無しでは行けないだろう。


 スマホの画面をHDMIケーブルで液晶テレビに繋ぐと、スマホの画面がそのまま見れる。
 youtubeや山で撮ってきた画像や、インターネットも大形の液晶テレビで見れる。
 先日HDMIケーブルを購入して繋いだが、「信号を確認して下さい」との画面が出る。
 おかしいな〜簡単な接続だけなのに・・。
 コジマ電気に行って、店のテレビに繋いで貰う。
 問題無く見れればテレビが原因になる。
 コジマで繋いだら問題無く作動した。
 家に帰って繋いだら、あれ〜問題無く見れた。
 スマホの4画面が写った
 HDMIのコネクターを差し込むのが甘かったにのだろうか。
 何れにしても見えたのでOKだ。
 早速youtubeで2012年の青森ねぶたを見た。

 お〜夏の感動が伝わってくる。

 北斗市に買い物に行く。
 色々貰いものをしているのだが、まだお礼の品を返していない。
 ほっきシューマイを購入して発送する。
 送料は無料だった。
 店を出て向かいのコーヒーショップの前を通ったら、長芋が売っている。
 400円と格安だ。
 店の主人が出て来た。
 どうやら店の馴染みのお客さんに頼まれて置いているそうだ。
 いわゆる折れて市場には出せない品だった。
 普通買えば4kgなら2500円位はするだろう。
 それが太くて良い物が400円は安い。
 早速購入。
折れているが物は良い

 午後から先輩の家に行く。
 旦那さんは高校と会社の先輩で、奥さんは妻と中学・高校・会社と一緒だったと言う関係。
 私たちの結婚の時、発起人をしてくれたのだが、それが縁で結婚したのだ。
 しばらく歓談して帰宅。
 久しぶりに会って楽しかった。
12月14日(金)二股台場第4回調査
 第4回目の調査に二股台場に向かう。
 天候は気温が上がって雨っぽい。
 今日は3人の予定が1人都合が悪く行けないので、Kさんが同行した。
 途中大野地区の郷土資料館に寄る。
 学芸員のSさんに会って、参考配布で台場山の仮調査報告書(35ページ)を渡す。
 北斗市の行事予定に2月2日に行われる「ふるさと講座」のタイトルはどうしますか?となり、仮タイトルは堅苦しいので、土方歳三の名をタイトルに入れようとなった。
 肩書きはどうしますか?
 彼は私の事を良く知っているので講師「旅人も〜さん」と書いたが、教育委員会から「肩書きは無いの?」と言われ、どうしますかとなった。
 私は何でも良いのだが、行政は肩書きを要求する。
 今年行った老人大学の時は函館市だったが同じ事を言われた。
 肩書きが必要なのかな?
 「地平線会議野宿党」も駄目だそうで、ゲストハウス「自遊旅」オーナー・・これは長すぎて収まらない。
 ANA感動案内人はどうか??
 やはり旅人も〜さんが良いのだが・・・。
 もう彼に任せた。
コース
 台場山近くの駐車場に車を入れ登る。
 登りコースはいつもと違う。
 地図に今までと異なるコースがあったので探したら見つかった。
 登って行くが、斜度があり結構厳しい。
 急な斜面だった
 喘ぎながら登って到着。
 ここで先日発見したF-12塹壕の写真撮影、寸法取り、GPS位置情報の取得を行う。
 F-12塹壕
 次に江差山道を下って下二股沢川に向かう。
 この途中の小高い丘の上に、塹壕が2個所あると言う大正12年の道庁の調査記録がある。
 無雪期に来たが笹が深くて探せなかった。
 丘の上に上がり探したら見つかった。
 やはり雪があるとはっきりと分かる。
 予定通り2個所発見した。
 旧幕府軍と新政府軍が川を挟んで戦った下二股沢川岸まで行く。
 150年前の激戦が有った場所とは思えないほど静かだった。
 下二股沢川
 戻って326mピークへの急斜面を登る。
 そこから次のピークに向かう。
 途中又塹壕を発見した。
 F-13塹壕
 ここはまだ来ていない場所だった。
 無雪期は笹が物凄く密集した場所なのだ。
 今日はなかなか調子が良いと言うか、積雪状況が丁度良く見やすい。
 勢い付いてさらに先に行く。
 今まで行った事の無い未知のエリアだ。
 ここは細尾根を行く。
 右側は私にとっては断崖絶壁なのだ。
 かなり深く落ち込んでいる。
 細尾根だ!
 なるべく左手を巻いて行く。
 左側も急なのだがまだこちらの方は大丈夫だ。
 すると下に塹壕が見えた。
 斜面を下る。
 こんな時は怖さが消えてしまう。
 あった!。
 今日4個目だ。
 F-14塹壕
 そして369mのピークに登る。
 ここは砲台が有ったかも知れない個所だ。
 外側から近づいたら高い土盛りがしてある。
 これは!と期待して上がった。
 すると塹壕だった。
 掘られた塹壕だった
 砲台は1m×2.7mの土を盛ってあった筈だ。
 でもここは掘ってある塹壕だ。
 近くを探したが砲台跡は見つから無い。
 風化して崩れ落ちたのかも知れないが、ここに塹壕があるとは・・・。
 塹壕の中で昼食を摂る。
 風が強くなってきたが、塹壕の中は風が当らなくて寒さも無く快適だ。
 今日の調査はこれで終えて下山する。
 収穫の多かった1日だった。
12月13日(木)デジカメ購入
 妻から工作依頼が来た。
 愛犬モモを家に入れる時のスロープが欲しいとの事。
 モモはサンルームにいるが、時々は外に出してやる。
 しかしもう高齢で歩くのがやっといった具合で、家に入れる時に少しの段差が上がれない。
 そこでスロープを作る事になった。
 廃材を繋いであっという間に完成した。
 これでモモもスムースに入れるようになった。
 この段差が上がれない

 廃材の板3枚で完成

 上がれるようになった

 コジマ電気に行く。
 SONYの壊れたデジカメの代替え品を探しに、ケーズデンキ、ヤマダ電機などを回る。
 今度は野宿旅用に単3電池使用にしたかった。
 しかし何処に行っても1機種しか置いていない。
 WEBサイトで調べるとあまり評判は良くない品なのだ。
 諦めて専用バッテリー機種を探す。
 SONYも4万円少し切るくらいの価格だったがやはり壊れる。
 高いのはもういらないと言うか買えないので型落ち品を探す。
 ようやく見つけたのが、OLYMPAS SZ-14だった。
 今年の2月発売なのに新型が出たので、半額を切っていた。
 ズームが24倍もある。25mm〜600mズームになる。
 新型はこれにGPSが付いただけで外観も一緒だ。
 GPSは今まで余り使わなかったと言うか、カメラを出して直ぐに撮影するので、捕捉が出来ないまま撮影する事が多かった。
 後でどの場所か調べる事も余りない。
 この機種はWEBで調べたが人気も良く、在庫はもう切れそうだった。
 12800円で購入した。
 赤しか無かった
 ボディも薄ぺったらじゃ無くて如何にもカメラっぽい。
 フラッシュは頭がポンと開いて出て来る。
 1眼レフみたいだ。

 明日4回目になる台場山の塹壕調査に行く。
 資料も40ページ近くになったが纏まってきた。
 もうすぐだ。
 早速持って行こう。

12月12日(水)デジカメダウン
 今日は健康サロンin明和園。
 引っ越しをしたので会場が遠くなってしまった。
 いつものようにストレッチと筋トレを行って終了。
 来週はクリスマスパーティなので全体会議が行なわれた。
 皆で歌う、ゲームをする、プレゼント交換等が決まったが、私にも振られた。
 青森ねぶたを跳ねるのと、函館イカ踊りのリーダーになってしまった。
 音源を用意したりしなくてならず又忙しいな。
 昼食はハヤシライスだった。
 懐かしい味だ。
 でもここの食堂利用は今回で終わりになった。
 管理栄養士さんが変わってから味が落ちたと言う事で、次回からは150円プラスして、何処かの店の500円のコインランチを食べようとなった。
 おばちゃん力には敵わない。
 最後の昼食

 デジカメがついにダウン。
 液晶が真っ白になり、全く写らないしシャッターも切れない。

 コジマ電気に持って行って修理依頼をしたが、12800円の見積もりだった。
 10月に基盤修理したばかりだが、5年保証がまだ6600円残っている。
 すると6200円で良いですねと言ったら、液晶のトラブルは湿気に依る物なので保証の対象にはならないと言う。
 別に水没した訳でもないのに・・・。
 さらに追い打ちをかけるように、もし液晶の故障で無かったら、基盤かも知れない。
 その時は4万円位掛ると言われた。
 4万円も出したら高級機種のカメラが買えるではないか?
 修理に出す人がいる筈が無い。
 修理を断って現品を持って来た。
 痛い出費になりそうだ。
 相変わらず妻の古いデジカメを使っている。
12月11日(火)久しぶりに家で
 3日間連続で山に行っていたが、今日は電話工事があるので家で待機になった。
 9時過ぎに工事会社が来て1時間程度で工事が終了した。
 これからは固定電話もFAXも可能になった。
 しかし、電話番号は地域が変わるので55-○○○○から49-○○○○に変わってしまった。
 携帯界ではメーカーが変わっても、電話番号が変わらないのに、固定電話は遅れているな。
 外の工事もするのだ

 ようやく使えるようになった
 先日インパクトドライバーを買ったので、早速妻から工事の依頼。
 台所の窓の部分に網を付けたいと言うので工事をした。
 その際、蛍光灯が随分汚れていたので、新しいものと交換した。
 網と蛍光灯が付いた
 久しぶりにホームセンターサンワドーに行ったが、今までDSYの道具や材がかなりの種類と量があったのだが、すっかり商品売り場の様に変わってしまった。
 ドラグストアーも食品を置くし、家電メーカーも食品を置くなど店は多彩になって来た。
 DIYを愛する人に取ってますます材料が入手にくくなる。
 家に帰って二股口台場の執筆をする。
 好きな事に付いて書くのでどんどん範囲が広がり、ページもどんどん増えて来た。
 どこでストップしようかな。
 今年中に教育委員会に提出は無理かな。
12月10日(月)函館山散策
 函館山の案内を頼まれた。
 今日で3日連続山行きだ。
 まずは函館市の火葬場の駐車場に止める。
 最近函館山に登る人が増えているのか、旧登山道コースは遅く行くと駐車が出来ない。
 火葬場は大駐車場なので幾らでも駐車可能だ。
 火葬場の横から登って、水無し沢コースに入る。
 このコースも3回目になる。
 函館山の登山コースには書かれていないコースなのだが、地形図5万分の1には載っている。
 雪は10cm程度積もったので、笹も雪に埋まり歩きやすくなった。
 のんびりと会話しながら登る。
 杉林を過ぎて少し登った辺りから振りかえれば、函館港の真っ青な海が見える。
 天気も快晴になり気持ちが良い。
 ジグザグの登山道を登って、1時間10分で到着した。
 函館湾が綺麗だ
 まだ時間はあるので散策しながら水元山へ行く。
 途中で某山岳会のY女史に会う。
 これから一人で寒川コースを下って、また登ってくるそうだ。
 13日に会の行事で来るので下見らしい。
 寒海苔があったら獲って来ると言って寒川に向かった。
 いつもパワフルな女性だ。
 以前会で福島の殿様街道に行く時、リーダーになったので、殿様街道のパンフレットを作成して上げた。
 水元山で昼食をする。
 食事後、旧観音コースに入る。
 途中に眺めの良い場所がある。
 津軽半島・下北半島・白神岬・汐首岬などはっきりと見える。
 寒川地区を見る
 要塞の出来る前に旧観音コースを修行で歩いた人が皆見た景色だ。
 今日は澄み切っていてなかなか良い景色だ。
 旧観音コースを紅葉山まで行き、観音コースに戻る。
 観音コースを下り、観音山に登って北斜面を下る。
 北斜面は何度も下った道だが、今回は別ルートを下る。
 違う道が見えたからだ。
 この道の方が旧三十三観音コースに近いかもしれない。
 函館山と市街地

 観音山からの市街地
 後は観音コースを下って車に戻る。
 今日も良い運動をした。
12月9日(日)二股口台場写真撮影&新塹壕発見
  二股口台場に付いて書いているが、写真は降雪前に撮影はした。
 しかし、草の中にある台場は見にくいのだ。
 そこで雪が降ったら撮影に来ようと思っていた。
 昨日雪が随分降ったので、すっかり埋まってしまったのではないかと心配だった。
 気温は低いが天気は良いので、絶好の撮影日和だ。
 今日のコース
 登山口までは入れそうにないので、手前の駐車場に置いて歩いて行く。
 積雪は20cm位なので、多分塹壕は埋まっていないだろう。
 スノーシューも車に置いて来た。
 
 すっかり冬模様だ
 山道に入る。
 雪が真っ白で綺麗だ。
 最初に弾薬庫?に行き撮影。
 次に鶉山道のピークから左に入る。
 稲妻塹壕への道路が倒木で塞がってしまった。

 冬は誰も来ないだろうが、春までには切らなくては・・。
 台場山の方に向かう。F-3、F-4台場の撮影を終わる。
 F-3塹壕。綺麗に写る

 F-4塹壕。雪は見やすい
 この時期最高に状況が分かりやすい。
 気が付いたのは、塹壕間を繋ぐ道がある事だった。
 無雪期は藪を漕いでいるので気が付かなかった。
 戻って、北側のピークに登る。
 沢は膝以上に雪が積っていた。
 深雪の急斜面を登り、塹壕の方に向かい、F-6、F-7、F-8、F-9、F-11と全ての塹壕の写真を撮る。
 風の当たる所は寒いが、風の無い所は暖かくて気持ちが良い。
 撮影を終わって同じ道を下る。
 
 山道のピークで調べ物をする。
 先日北斗市(旧大野地区)の資料館で見つけた書類に塹壕が書いてある。
 昭和15年辺りの書類
 (活字は筆者が付した)
 何に使った書類かは分からない。「九 現状説明」との記載なので前に8項目あるのだろう。
 添付されている写真は昭和15年撮影の白黒写真である。
 写真は明治18年に出来た道を撮っていて、その後ろに台場山が見える。
 この資料の中に2つの塹壕が書かれている。
 図の左はお馴染みの稲妻形台場であろう。
 台場の敷地は30間×15間なので54m×27mになる。
 実際の台場は40m×3m程度なので、この辺り一帯を台場エリアとしたのだろう。
 注目したのはもう一つの塹壕だ。
 同じ規模の台場が書かれている。
 この辺りは夏に行くと草が凄くて歩く事も出来ない場所で、1回近くに行っただけだ。
 土方軍慰霊之碑は慰霊祭もあるので皆知っているが、そこの横から道が付いている。
 夏は見えなかったが、今ははっきり分かる。
 その道を登って行った。
 そこにははっきりした塹壕があった。
 規模は大きい

 細い場所もある

 敵陣がはっきり見える
 場所的には良い所にあり、特に敵陣が鶉山道の上に見える。
 敵陣が道路の上になるので、木も無く見晴は最高だ。
 ここなら敵の状況は分かりやすい。
 流石に良い場所を選んだと感心する。
 すると毎年慰霊祭を行っている場所は塹壕か弾薬庫では無いだろうか。
 ここならこの台場で一番大きい2つの塹壕に供給し易い。
 弾薬庫でなければ、塹壕と考える方が自然かもしれない。
 それにしても良い発見だった。
 下りの下部分は当時の旧道を下る。
 昔、中村清六さんの家が有った場所に出た。
 古い文書に中村さんの家の西に旧道があったと書いてある。
 今日は収穫の沢山あった日だ。
12月8日(土)「山旅ロガ―」テスト
 スマホの「地図ロイド」と「山旅ロガ―」の組み合わせでテストを行う。
 折角ならばと、昨夜吉野山へ登るコース「地図ロイド」で適当に設定した。
 昨夜作ったコース
 GPXデータを入れても、手動でコースを作ってもOKなのだ。
 勿論今日は藪漕ぎになるだろう。
 吉野山は以前スキー場であったので、ゲレンデから登れば簡単かも知れないが、今回は地図ロイドで設定したコースを如何に歩くかと考えて、全く行った事が無いコースを選んだ。
 外は雪だった。
 小沼湖畔を走っていたら7〜8人がカメラを構えている。
 そうか今日は土曜日なのだ。
 土日はSLが走っているので、駒ケ岳をバックに写真を撮る写真家が多い。
 車をスタート近くの空き地に駐車し、スマホを起動させスタート。
 予定の斜面を見れば一面深い笹になっている。
 この中を歩く
 これは苦労しそうだ。
 深い笹藪をかき分けながら少しずつ進む。
 現地に来てコースの地形ははっきり分かった。
 地図でコース選んだが、実際に来ると笹や木々の状態などは違う。
 全くその通り歩かなくても良いので、歩きやすい所を選んで歩く。
 杉林は笹が無い
 予定したコースが見れるので、コースを外れても戻れる安心感がある。
 尾根コースになるが、先週の強風で倒れたのか、真新しい折れ口の大きな木が沢山倒れている。
 太い倒木を何度も乗り越えなくてはならず大変だ。
 倒木が多く有った
 かなり上まで来たが笹漕ぎは時間が掛る。
 コース的には行く先がしっかり分かった。
 下の写真で青の予定コースをずれているが、歩きやすいコースを選ぶためだ。
 でもしっかり予定コースに戻れる。
 コースの周辺を歩いている
 頂上はまだかなり遠いので戻る事にする。
 このコースは雪が積った時にスノーシューで歩けば快適なコースになるだろう。
 途中で記念撮影
 積雪時に再び来て見よう。
 上から見れば別の良いコースがある。
 この辺は机上では分からない所だ。
 そこでスマホを頼りにスタートした車の地点に真っ直ぐに行く事にする。
 スター地点に向かう
 (グリーンの丸が現在位置。矢印は2つ前からの位置データでの予測進行方向だがあまり必要ない)
 笹が深い!!
 笹で滑るものの下りだから早い。
 あっという間に車に着いた。
 スター地点に戻った
 着いたら北見の娘から電話が来る。
 「お父さん何?」
 「何って?」
 「電話をかけたでしょう」
 「今、山旅ロガ―の測定を終了したが、電話は掛けて無いよ」
 「どうしたんだろう?」
 これから川湯温泉に一泊家族旅行に行くそうだ。
 友瑛の幼稚園の抽選会でゲットしたのだ。
 娘は本当に色々な商品が良く当たるので感心する。
 帰りは猛吹雪の中帰宅。
 今シーズン初めての雪捨てをした。

 アマゾンに発注していたインパクトドライバーが入荷した。

 引っ越しの際、充電器が見えなくなりいくら探しても見当たらない。
 まだ家の工事が残っているので仕方が無く購入。
 充電器のみ購入すれば良いのだが、単体だと3800円する。
 セットで最安値ショップで買えば本体・充電器・バッテリー2個が付属して8300円で買える。
  バッテリーはまだ使えるが消耗してきているし・・・。
 当然セットになってしまう。
12月7日(金)図書館で過ごす
 今日も大荒れの天気の様だ。
 私の部屋の温度計は+2度しかない。
 古い家なので隙間が多いのは仕方が無いか。
 来年は防寒対策をしっかりやらなくては。
 ストーブを焚けば暖かいが、1日中だと燃料が勿体ない。
 今日は資料整理なので、北斗市の図書館に行く事にした。
 引っ越ししてから近くになったので便利だ。
 車の少ないローカルな道を行けるので、あっという間に到着する。
 大駐車場は無料(函館中央図書館は2時間まで無料でその後は有料)だし、館内も空いていてパソコンブースは誰もいない。
 館内は暖かい!。
 パソコンを出して作業開始。
 真剣に作業
 「二股口台場の調査・測量記録」を纏めるのだ。
 今月中には纏めて教育委員会に持って行きたい。
 静かな雰囲気の中で没頭して6時間も作業した。
 お陰で随分はかどって20ページ位は出来た。

 家に帰ってメールチエック。
 受信は出来ているが、送信が出来ない。
 新たな設定をしても送れない。
 NCVサーバーの異常も報告されていないし・・・。
12月6日(木)暴風雪警報
 暴風雪警報が出た。
 道内各地で停電が発生、函館市電、飛行機、JR、フェリーなどの欠航が相次いだ。
 前の家の近くにある、孫が大好きなビックリドンキーの屋根が飛んだり、クリスマスファンタジーのツリーの先端が折れて点灯式が中止になったりと大変だった。
 今日はぶんぽ研の例会日だ。
 引っ越ししたお陰で北斗市旧大野地区が凄く近くなった。
 強風に煽られながら、資料館に到着して、借りた本を返し学芸員のSさんと話す。
 二股台場山調査の経過報告をしてから公民館での例会に行く。
 参加者は12名くらいと悪天候の割には良かった。
 会長の報告が済んだ後、二股台場の調査報告をさせて頂く。
 終わった後に、会長からこの様な貴重な資料は教育委員会にも報告をした方が良いと言われた。
 年内には行って説明したい。
 例会終了後にスーパー魚長に寄りハーフ弁当を購入。
 ここは暖かい味噌汁がサービスで付くので寒い日は有難い。
 資料館に戻り古い資料を探す。
 乱雑にファイルされた中にお宝があるのだ。
 今日見つけたのは、北斗市(旧大野町)の河汲川付近を登って毛無山に登り、そこから現在の登山道を外れて設計山に縦走する道が書かれている。

 (赤い部分は筆者が書いた)
 こんな道があったのか・・・。
 これは面白そうなので、機会を見つけて道を探して見よう。
 他に鉛山鉱山を書いた地図が出て来た。
 安政時代の鉱山でお墓や遺構が残っているそうだ。
 最近は行った事のある人はいないだろう。
 ここも行って見たい。
 まだ見つからない幹部の墓が何処かにある筈らしい。

 学芸員Sさんとの話しの中で、北斗市大野地区で開催している「ふるさと講座」と言うのがあるが、来年早々の講座で、二股口台場山に関する講演を依頼された。
 今回は座学の他に、実際に塹壕を廻るツアーをやろうとなった。
 前線基地の天狗山から、新政府軍陣地さらに二股口台場の全ての塹壕を巡ると言う試みだ。
 これは面白そうなのでOKする。

 家に帰って妻の病院。
 今日は長かった・・・2時間も待った。
 家に帰ったら伊達東さんから手紙が来ていた。
 朝日新聞道内版に増毛山道が載ったが、記事を執筆したのでコピーを送って来た。
 朝日新聞の記事はこちら↓
 北海道の山道 上(田端宏 北海道史研究協議会会長)
 北海道の山道 下(伊達東 NPO法人増毛山道の会会長)
 増毛山道は増毛の漁場持ちの伊達林右衛門さんが開削したが、彼はその子孫になる。
 先祖の業績を残すために、増毛山道のNPO法人を立ちあげ山道を整備すると共に、一般対象の増毛山道ツアーも行っている。今年、私も歩いたが来年は沢山連れて行くよと話していた。
 彼の支援者に測量会社を経営している小杉さんがいる。
 航空写真はお手の物で、増毛山道を空から撮った写真に鮮明に山道が見えた事から活動が始まる。
 長さが20m位ある航空写真で、山道や小屋跡がかなり鮮明に写っているので驚いた。
 伊達東さんは松前町の主催で行った願掛澤ツアーに来てくれた。
 根っからの山道ファンなのだ。
 10月に留萌で行なわれた山道サミットで久しぶりに再会した。
 今、山道歩きがブームになりつつある。
 私も道南の山道を執筆中であるは遅々として進まない。
 早くしなくては・・・。
12月5日(水)吹雪きの函館山
 今日は生憎の吹雪だった。
 強風波浪注意報も出ていた。
 予定していた函館山の火葬場から登る、水無沢コースを行く。
 アトラスGPSログ
 待ち合わせ場所は火葬場の駐車場。
 火葬場の下の墓から登り始める。
 歩きやすくなった

 吹雪の中を行く

 海軍用地の石柱がある
 今日は「地図ロイド」で作成した今日の予定コースを、その通り行けるのかのテストも兼ねている。
 スタートしてスマホを見ると、昨日作ったコース図は青線で見え、今日の歩いたコースは赤線で表示される。
 間違い無く進んでいるのが分かる。(まだスマホで作成したルートのパソコンへの転送の仕方が分からない)
 これはかなり使える。
 コースをずれれば直ぐに分かる。
 今回のコースは以前にも歩いているが、今回作成したコースは地形図の登山ルートをインプットした。
 植林された杉がある
 半分を過ぎた頃、前回のコースを登っていたら、右手に道がある。
 スマホを見たらこちらに行くのが正解だった。
 ジグザグの道を登って行くと、計画したトレースを歩いているのが分かる。
 しっかりした道が有った

 海は荒れていた
 そして予定された場所に到着した。
 私が前回登ったのは正規のコースでは無かった。
 
 ここから予定したコースを離れて、15番観音から紅葉山を通る、旧三十三観音のコースを行く。
 尾根道だが、海側は全く雪が無く、反対側は樹氷で真っ白と極端な光景が見える。
 道がしっかりある

 綺麗な光景

 要塞も雪に埋もれ

 真っ白だ

 入江山が見える
 紅葉山から要塞を通って観音コースのゴールに出る。
 ここから観音山に登る。
 頂上で・・
 海側からの音が凄い唸りになっている。
 所が尾根道は全く風が当たらない。
 昔の人は良くコースを考えたものだ。
 頂上から北斜面を下る。
 ここにも旧道がしっかり残っている。
 下って車道に出て、再び藪漕して要塞に到着。
 これも要塞
 要塞から初めての道を下ったら登山道の方向が分からなくなった。
 ここでスマホを見たら、少し右手に道がある筈だ。
 蔦の絡まる藪を苦労して下ったら、ぴったり登山道に出た。
 これはやはり凄いな。
 道に迷った時には有効に使える。
 藪漕ぎを主体で行動しているので、道なき道を歩く事が多い。
 こんな時には有効だ。
 約4時間歩いて戻った。
 駐車場までの道が凄い向かい風で、前に進むのが大変だった。
12月4日(火)大荒れの天気
 今日は大荒れの天気になった。
 家から全く出る気にはなれずパソコンに向かう。
 今日はスマホ内の全データをPCで見れるアプリ「Samsung kies air」を立ちあげる。
 このアプリでスマホ(Note)に入っている全データをPCで見られる。
 これもスマホのテザイリング機能を使う。
 アプリの設定だけですんなり立ちあがった。
 Kies Airの画面
(スマホ内全ての写真も見られるし、コピーも出来る)
 音楽部分
(スマホ内の音楽も全て聞く事が可能になった)
 予定表
 (予定表も見られる)
 便利な世の中になった。
 以前のレグザが酷かっただけに、韓国メーカーはかなり進んでいる気がする。
 日本のスマホメーカーは充電器も付かないし、イヤーホーンも付かない。
 韓国のSamsungはマイク付きイヤ―ホンも付くし、充電器も付いてくる。
 サービスが良い。
 妻のラクラクホーンも別途充電器は購入した。
 イヤホーンは付かない。
 今回の設定で、スマホ内の音楽、写真、動画、メール、電話履歴などを相互で使えて便利になった。
 他にもまだまだ出来る事があるようなので、もう少し覚えよう。
 
 雨も上がったので外に出て、いつも購入する「HO」を買って来た。
 今回は函館のレトロな場所の紹介だった。
 その中に同級生の店が出ていた。
 函館工業高校電気科の時は私の前の席で「森」と言う。
 3年間毎日彼の背中を見て来た間なのだ。
 親の代からの喫茶店を引き継いだのだが、店の名前は「モーリ」なのである。
 私の名前が付いた様なものだ。
 独身を貫きとおしている。

 店内はレトロ感で溢れている。

 その帰りに近くの衣料品店と100円ショップに行く。
 衣料品店では防寒手袋とスマホ用手袋を購入した。
 手袋各種
 スマホ用は100円だった。冬の旧道探しをしていると「山旅ロガ―」を見たり写真を撮ったりするが、いちいち手袋を脱ぐと面倒なのだ。
 これで解決出来ればいい。
 右は防寒手袋で800円。
 随分品物が良くなった。
 有名なメーカーのロゴが入っていないだけで、性能はかなりアップしている。

 後はシャープペンを購入した。
 シャーペンと替え芯
 こんな物をいちいちブログに掲載しなくても良いと思うが、0.9mmの芯の物は今まで無かった。
 文房具店に行けばあるが0.9mmは凄く高かった。
 それが100円ショップに出たのだ。
 2mmの太いのもあった。
 旧道調べの時、ノートに書く機会が多いのだが、ボールペンは濡れると直ぐに書け無くなる。
 そんな時は、シャープペンが良いのだが、細いと直ぐに折れてしまう。
 そこで0.9mmが必要だった。
 持っていたものを落としてしまったので、我慢していた。
 今後は安く手に入るので有難い。
12月3日(月)歯の治療
 今日は歯医者に行く。
 年寄の入れ歯が欠けてしまったのだ。
 食べるにはそれ程不自由しないが、見栄えが悪い。
 病院に電話したら、午後から手術があるから、直ぐ来るようにとの事だった。
 急いで行くが、引っ越したら車の混んでいる道を行かなくてはならず時間が掛るようになった。
 上手な技工士の女性が修理して20分位で終了した。
 これで安心だ。
 家に帰って、二股口台場の資料作りを夕方まで目一杯やる。

 自転車世界一周中の小口君からメールが来た。
 若葉族と言うそうだ

 子供は裸足だ
 アフリカ有数の難所ルートを越えたが、移りゆく景色が「チャリダースハイ」を呼び起こしてくれたそうだ。
 2400mから1600mの山を何度もアップダウンを繰り返す厳しさ。
 山の頂上に集落が有り、子供達が石を投げたり、ムチや鎌を振りかざして「Give me money」と恐喝してくるそうだ。又3度も自転車にくくりつけていた洗濯ものを盗まれたり、村に行けば「外国人は現地人と同じ値段で買えると思うな。お前らは自国では1ドルで何も買えないんだから、この国にお金を落として行くべきだ!」という事もあったそうだ。
 悪い事ばかりでは無く、自転車を始めて見たと言うお爺ちゃんおばあちゃんもいたそうだ。
 アフリカの人は自転車旅4年をしても遭遇したことのない雰囲気の人達だったようだ。
 「The Africa!」は彼にとって感動の場だった。
 難関ルートで自転車のフォークが曲がり、キャリアも折れ、チューブもタイヤもボロボロとなる過酷なものだった。
 今は自転車の修理と休養でナイロビに滞在している。
 送って来た多くの写真に、アフリカの雰囲気が伝わってくる。
12月2日(日)本願寺道路調査PART-2
 スマホのテザリングの設定をする。
 ドコモLTEのXiになったので可能になった。
 スマホをルーターとして使うので、パソコンやTabなどの機器でインタ-ネットが無料で使える。
 設定をして繋いでみる。
 携帯から繋いだ
 早い!
 今使っているケーブルテレビのインターネットと変わらない。
 もう少し使って見て問題がなければNCVのインターネットは解約できるかな。
 これからPCも携帯が傍に有れば、何処でもWEBを楽しめるので旅行の時など便利だ。
 Tabを購入してもプロバイダー契約は要らないのでかなりのメリットがある。

 午前中に妹夫婦が来てしばらく話した。
 旦那は校長先生をした後、臨時で代用教員をしていたが、来年3月に仕事を辞めるので、車を改造して車中泊の旅を実行するそうだ。
 車を見せてくれたが、凄い荷物だ。
 RAV4の後部スペースに荷物を積んで、その上に寝る場所を設けた。
 荷物満載で床が高くなったので、天井まで70cm位しかない。
 寝るだけの車になってしまった。
 使い勝手が悪いだろうな。
 でも旅に慣れてくれば自然と改良されるだろう。

 昼ごはんを食べてから本願寺道路の調査に行く。
 先日は軍川から入って調べたが明確には分からなかった。
 今回は東側の沼尻から入る事にする。
 砂原岳
 まずは レトロな沼尻駅に行った。
 普通の民家と思う様な駅舎だった。
 渡島沼尻駅
 駅を出て明神川に行く。
 ここの川の右岸に本願寺道路に突き当たる道が有る筈だ。
 どうやら古道は車道に変わったのか?
 でも車道は右に大きく曲って行く。
 古道は左に行く筈だ。
 探したら道らしき場所が有った。
 この道だ
 車を置いて早速入って行く。
 倒木が多いが間違い無く道だ。
 しばらく行ったら古いサイロが出て来た。

 さらに進むと笹藪になって道は見えない。

 笹藪を抜けたら今度は牧草地になった。
 道は全く分からない。
 杉林を越えて出たら、遠くに道が見える。
 道無き道を進んでいる時、ズボンに何か引っかかった。
 バラかなと思って見たらタラの芽だった。
 高さが60cm位の若い木だった。
 それが何度も何度も引っかかる。
 あらためて周囲を見たら、回りは凄い量のタラの芽の木がある。
 群生してるタラの芽の木
 恐らく数千本単位だろう。
 芽は誰にも取られていない様だ。
 人も全く入って来ない場所なんだ。
 来年の春にはここに来て獲るのが楽しみだ。
 砂原岳
 別れ道になった。
 右に行ったら道が無くなった。
 戻って左の道を行く。
 しばらく行ったら太い道に突き当たった。
 ここも道だ
 ここかな?と思って少し歩いたら右手に道がある。
 さらに道があった
 ここを入る。
 生々しい熊の爪跡があったりする。
 熊の爪跡
 さらに道は続くが、暗くなってきた。
 引き返すことにした。
 この道を行けばきっと本願寺道路に突き当たるだろう。
 次回に持ち越しだ。

12月1日(土)本願寺道路調査
 今日は気温が真冬日になりそうだが天気は良い。
 明治4年に完成した本願寺道路(軍川〜砂原間)が残っているか現地調査に行く。
 140年前に出来た道路でこの道路ほど不可思議な道は無い。。
 函館から札幌までの道路が必要と言う事で、本願寺が開拓使に申し出て、開削に当たった。
 しかし翌年、開拓使はケプロンに、函館から札幌までの道を開削させた。(森〜室蘭は船)
 僅か1年しか使われなかった道だ。
 中山峠越えの国道230号線は後年、新たに改修された。
 今日の軌跡
 上のログは「山旅ロガ―」に表示した画面をPNGでPCに送った。
 色々な文字などの表示が消え地図のみが送られる。
 電子国土の名が自動で入る。
 国土地理院の要求の様だ。
 まあ歩いた軌跡を見て貰うのには使える。
 推定される道にはゲートがあり車は行けない。
 ここから歩く。
 大正4年の地形図にははっきり書かれているのだが、新しい地形図からは消えて幅の広い道が、描かれている。
 当時の道が整備され車の通れる道になったのだろうか?
 でも軌跡は僅かに違うのだ。
 これも違うようだ
 しばらく探して歩くが、車道の他には道は見当たらない。
 たまにテープが出てくる
 この辺りは自衛隊の演習場が2個所もあり、道も複数ある。
 道も大きく変わってしまったのだろうか。
 溶岩の流れた跡
 道は発見出来なかったので、次回は別な方向から入って探そう。
 道は車道になったかも?

 楽に目的には行ける。
 左手には砂原岳と駒ケ岳が雪を頂いて聳え立っている。
 溶岩の流れ堰き止めダム?
 駒ケ岳の手前には隅田盛がある。
 今から40年も前になるだろうか、春に駒ケ岳に登った帰りに隅田森に寄り、尻滑りした思い出がある。
 その道を探して見ようと脇にそれる。
 工事の車が通る道が沢山出来て、登山道ははっきりしない。
 時々は赤いテープが出てくるが、道の位置とは違う。
 この辺りは駒ケ岳の噴火により溶岩が流れた深い溝がある。
 そこには多くの堰きとめるコンクリートブロックが出来、工事用の道路も複雑に有る。
 途中で今回持参した保温ポットに入った御飯を食べる。
 暖かかった
 暖かかったが、御飯とおかずが混じっていなかった。
 おじやにしたかったのに・・・。
 御飯の入れ過ぎかな?
 雪が深くなる上まで登って引き上げる。
 又新たに来て見よう。
 今日は11.4km歩いた。

 家に帰ってコジマ電気に行く。
 先日購入したHDMIケーブルのミニプラグが微妙に合わない。
 交換しに行ったらNOTE用は別ですと言う。
 それならスマホと一緒に購入したのだから言ってくれれば・・・・。
 交換して家に帰ってTVと繋ごうとしたら、5V電源も必要だった。
 何度も面倒だな。
 帰りに温泉「花の湯」に入る。
 500円でジャンボな鶏カツの載ったのを注文。
 カツは4枚食べて残りは持ちかえる。
 3回は食べれそうだ。
2012.11日記 HP TOP