2月29日(水)XCスキーをやってみた
 関東在住の旅人から「も〜さん雪で真っ白だよ。今日は何処にも行けないから家に閉じこもりだ」とのメールが入る。 テレビを見たら雪が積っている。関東人は大変な一日になるのだろう。
 函館は快晴で気温は最高がプラス4度の予報だ。
 でも特に予定は無いので、GHの不用品整理をを始める。
 雪が溶けたら不用品を捨てなくてはならない。
 仕事の途中でXCスキーが目に入った。
 しばらくやっていないな。
 千歳に住んでいた時は、長い整備されたXCコースがあったし、札幌の滝野すずらん公園にも良く行った。
 札幌国際スキーマラソン大会などにも参加していた。
 定年になって函館に戻ったら、競技スキーをやったのでご無沙汰していた。
 やって見たいなとなるが、スキーで怪我した右足が上手く使えるかが心配だ。
 でも無性に行きたくなった。
 函館ゴルフ倶楽部のゴルフコースでスキーが出来ると聞いていた。
 早速行くが、圧雪されたコースは無く、歩くスキーをやっている方が2人いた。
 仕方が無いので、歩くスキーコースをのんびり歩いていたら、踏まれた幅の広いコースが50m程あった。
 ここで滑る。
 右足は不安定だが何とか滑れた。
 往復滑っては雪を踏みならしてコースを広げていった。
 30m位は長くなった。
 短いコースの往復と雪ならしで結構汗をかいた。
 
 日ハム対西部の函館公式試合にチケットが送られてきた。
 今年も楽しみだ
 函館で買おうと思っていたが、娘一家は日ハムの会員なので早く購入出来るのだそうだ。
 でも結局話しが行き違いになり、函館での発売以降になってしまったが無事手配してくれた。
 娘が札幌に住んでいた時は、結構札幌まで試合を見に行ったのだが、釧路に転勤になってからは、もっぱらTV観戦になり、生の試合は函館のみになった。
 年に一度の夫婦の楽しみなのだ。

 今年も湯川温泉オンパク(温泉博覧会)を行う事が決まったそうだ。
 秋の開催を夏に変更して行う事になった。
 6月30日から7月8日までに決まったそうだ。
 私にも野口観光グループ「湯川啄木亭」からバスガイドの依頼が来た。
 毎年箱館戦争と土方歳三関連のガイドをしているが、今年はコースを変えて行なおう。
 マンネリにならない様にしなくては。
2月28日(火)ミニ改善
 最近はホームセンターでアルミスノーシューを売っている。
 メーカー品を買えば2万5千円から3万円くらいはする。
 所がホームセンターで売っているのは5000円なのだ。
 大きいので6500円だ。
 私も気にはして見ていた。
 先日函館山に行ったMさんが持っていた。
 話しを聞いたら、靴の後ろをホールドしている部分が下がってしまい、歩けなくなると言うのだ。
 見たら確かに位置関係は良くない。
 かがとの部分が下がる
 直してと言われ直すことにした。
 これは簡単に直せた。
 昨年北広島のモンベルのアウトレットで購入したベルトとバックルがあった。
 これを今付いている部品に付ければOKになった、
 ベルトを追加した
 ベルトが上に吊りあげるので、かがと部分が下がらなくなった。
 近くの公園に行って試して見る。
 積雪は30cmくらいだった。
 外れる事は全く無かった。
 軽くて歩きやすかった
 アルミなので軽くて歩きやすい事も分かった。
 5000円なら買い得かもしれない。

 次に旅用キャリアの小改善。
 押す時と背負う時で、ハンドルを止めているビスを一度緩めて、再び固定するのだが、お共になっていた。
 蝶ナットを緩めれば共廻りする
 ネジを緩めようとすれば反対側のも廻ってしまい緩まない。
 そこの改善をする。
 色々考えた結果、ネジを折り曲げてパイプに添わせれば共廻りはしないだろうとなった。
 ネジをハンマーで叩いて潰し、その先を丸める。
 使ったのはこのネジ

 ハンマーで叩いて潰し曲げる

 所定の長さに切る
 この丸めた部分をパイプに絡ませれば良いだろう。
 この作業は30分程度で出来た。
 これで完成。
 友廻りも無くなりばっちりだ。
 
2月27日(月)積雪新記録の日は結婚記念日
 函館市の積雪が92cmになり、27年ぶりに観測史上第1位の新記録を作った。
 3億1千万円の除雪予算も7億円後半と予想され、危機的状態になった。
 我が家とGH「自遊旅」の間の通路は、人1人歩くだけのスペースしか無い。
 それでもまだ生活には不自由しない。
 
 そんな状況の中結婚記念日を迎えた。
 「何かする?」
 「そうだね・・」
 そんな会話が数日前からあったが、どうするか決まらない。
 結局温泉に行き、食事をして記念日とするかとなった。
 昨日になったWEBサイトで探したら、湯川温泉「湯の浜ホテル」で0泊2食付と言うプランがあった。
 1人3900円を奮発した。
 WEBで予約したら、直ぐに電話が来た。
 「早い!!」
 飲み物やお菓子、果物を購入してホテルに向かう。
 車は玄関の直ぐ傍に駐車。
 空いている。
 部屋に通されるが暖かい!
 我が家とは相当気温が違う。
 常夏の国に来たようだ。
 窓を開けても寒くないので開けたままにしていたら、鳩が窓のレールにいた。
 鳩がやってきた
 お菓子をやったらくわえて何処かに飛んで行った。
 昼食は幕の内弁当。
 美味しく頂いた。
 幕の内は美味しかった
 その後は部屋でのんびりテレビを見たり、夫婦でしばらくぶりに長い話しをした。
 同じ屋根の下に居ても普段じっくり話す事は意外と無いかもしれない。
 今後の生き方なども話しあって有意義な時間が持てた。
 娘に結婚記念日で温泉に来ているよのメールを打ったら、結婚何年目と聞いて来た。
 「何年目だったっけ」
 「長男が生まれたのが昭和50年で、結婚して7年目の子供だから43年に結婚かな?」
 「昭和は64年までで、そこから平成になり、今は平成24年だから・・・」
 「43年か44年かな」
 ともうはっきりはしなくなっている。
 後、6〜7年で半世紀一緒に過ごす事になる。
 5時から露天風呂が開くので行ったら、若い仲居さんが「済みません、まだ湯を入れたばかりで10cm位しか無いんですよ」
 露天風呂入り口
 そこに若いカップルが来た。
 「まだ湯が少ない見たいですよ」と言って所用を済ませて戻ってきた。
 男湯の露天風呂に行ったら、男性が入っていた。
 私も入る事にする。
 20cmくらいにはなっていた。
 意外と寒くは無い。
 二人とも自分の体に湯を掛けて凌ぐ。
 話しをしたら男性は札幌から電車で来ているそうだ。
 どうやら大学生らしい。
 卒業記念旅行なのか?
 いまどきのカップルなんだな。
 夕食はバイキング。
 つい量が多くなる
 人は8人くらいしか居ないのでがらんとしている。
 それでも料理は各種揃っていて、ついついあれこれとなり、多めになってしまう。
 妻にビールを飲んだらと言ったが、最近はあまり飲んでいないので飲まないと言う。
 我が家はついに二人ともお酒を飲まなくなってしまった。
 温泉も入り清々しい

 少しは元気が出たかな?
 部屋に戻るが、もう帰ろうかとなる。
 今日は日ハムと韓国三星の試合があるのだが見られない。
 家に帰ればGAORAが再放送をしている。
 「帰ろう!」となった。
 二人とも日ハムファンなので、やはりそちらの方が興味ある。
 遅くまでTVを見て結婚金記念日は終わった。
2月26日(日)ふのり獲りも行かれず
 起きたら吹きだまりが凄い。
 昨夜は風が強かったようで、玄関の扉もようやく開いた。
 直ぐに除雪に取りかかる。
 そんな中、車が雪深い家の前に入ってきた。
 新聞販売所のお父さんだった。
 向かいのアパートに配達に来た、お母さんの車が埋まって動かないので救助に来たのだ。
 ロープで引っ張ったが車は上げられなかった。
 仕方がなく私の出番。
 雪かきで埋まった車の前の雪を取って、アクセルを踏まないで、ブレーキを離すだけにして、動いたら静かにアクセルを踏むように指示した。
 そうしたら一発で脱出できた。
 その後も雪かきをしたが腰も痛くなってくる。
 何とか終えて、今度は雪かきスコップの修理。
 妻が雪を捨てる際、テコの様にしてあおったので棒が折れたのだ。
 ぼっきり折れた
 中に残った棒をドリルで粉砕し、棒を新たに挿入してビスで止めた。
 長さは少し短いが仕方が無い。
 修理完了

 今日はMさんから寒川海岸にふのりを獲りに行かない?とメールが来ていた。
 初体験なので喜んで行く事にする。
 この寒川は一度函館山に登った後、海に下るのだ。
 駐車場で待ち合わせて登る。
 今日のルート
 雪は30cmは積もったのだろうか。
 でも先に何人かが登っているので、登るのは大した苦労はいらない。
 5号目を過ぎて千畳敷方面に向かうのだが、一気に雪が深くなる。
 凄い吹きだまりになっていた
 スノーシューの跡を行ったのだが、それも引き返している。
 小屋も1mくらい積っていた
 何処まで行けるかと、膝上20cm位の雪の中を喘ぎながら進んだが、これだと海岸に着く頃には夕方になってしまう。
 諦めて函館山の山頂方向に向かう。
 こちらは人が歩いていたので歩きやすい。
 3〜4人とすれ違って駐車場に着いた。
 ここから入江山の方向に進む。
雪と戯れています

 雪山の頂上だ!
 ここも人が入って居なかったが積雪は20〜30cm程度。
 函館山ではあまり見ない、多くの雪がある景色を堪能した。
 その後、折り返して山道を下山する。
 天気も良くなり、楽しい話をしながらのんびり下山した。
 ふのり獲りは次回の干潮時に行う事にした。

2月25日(土)龍神伝説を聞く
 北斗市で行われる「歴史講座」の「北斗市の龍神伝説」を聞きに行く。
 妻に頼まれ、行く途中にある妻の実家の積雪状態を見る。
 何れ我々が住む予定なのだが、今は誰も住んでいないので行く事も少なく状況が分からない。
 行って見たら屋根には多くて30cmくらい、玄関前は雪で一杯で中に入るには相当の除雪が必要だ。
 大丈夫だろう
 取り敢えず屋根の除雪は急ぐ事も無いかと、会場の公民館に行く。
 講演者の落合氏は、「函館の歴史的風土を守る会」の会長、上磯地方史研究会会長を務めていて、私の所属する大野文保研の会員でもある。
 講演する落合氏
 私が今調べている旧山道の中に、函館市の戸井町の方が建立した「丸山龍神宮の山」へ参拝に向かう道が残っている。
 片道8kmの山道を歩き、標高400mの山に登って、また8kmを歩いて戻る。
 その信仰心の強さにびっくりしていた。
 雪が少なくなったら、この山道を歩こうと思っている時に、タイミング良く今回の講演があった。
 配布された資料の中に、穴澗龍神社、大石の沼、赤沼、釧路春採湖、八雲黒岩などがあったが、この場所は全て私は行っていた。
 穴澗龍神社は旅人理江ちゃんが神社ファンなので連れて行った。
 大石の沼は毛無山登山の途中にあった。
 赤沼も登山道の途中にある。
 八雲黒岩は古い旅人の紀行文に出て来るので、何度か岩に登ったりした。
 釧路春採湖は娘の家の傍なので、釧路に行った時は湖の周囲をジョギングする。
 という事で資料に出て来た場所は結果的に全て行っていた。
 龍神はやはり伝説で、海の神であるが、雨・水のための信仰として五穀豊穣の神にもなったそうだ。
 大石の沼の伝説は「大野町の水が足りないので、山の中腹にある大石の沼から水を引こうと工事をしたが、完成の1日前に激しい雷雨が続いた。農民らはこの沼に竜神がいて、水が流れてしまえば住むところが無くなるので怒ったのだとなり工事を中止した。」そうだ。
 明治10年頃の話しだ。
 今でも水路の跡が残っているそうだ。
 今まで気にも留めないで訪れていたが、今度行く時は何かを感じるだろうか。
 因みに龍神の神を見たのは全て女性だと言う。
 私には見えないのだ。
 公式サイトなどもある
 WEBサイトを調べたら、全国にあり、大々的にイベントを行っているグループもある。

2月24日(金)古部山道調査
 今日のルート
 今日は函館の最東端の旧椴法華町に行く。
 自宅を出るといつもは雪が少ない戸井地区や恵山地区は雪が相当降ったのか、総出で雪かきをやっていた。
 車をサーフィンのメッカである銚子海岸の傍の国道に駐車する。
 地方なのか幸いに国道は駐車禁止では無かった。
 今日の調査は古部山道だ。
 松浦武四郎の「蝦夷日誌」には、「此砂濱ヨリ先ニワシリ有リ 海ヨリ切立通行成難シ 山越エモナシ」と書かれ銚子岬を越えて古部や尾札部に行くには舟で行くしか無かった。
 山越えの道は無かった
 資料調査をしていたら、地元の郷土史研究家の方から大正3年の地図が送られてきた。
 この図には岬の上の山を越えて古部に出る道が書かれている。(赤線で表示)
 現在は銚子トンネルがあり、ここが国道278号線になる。
 大正3年の図には道がある
 この道を探りに行く。
 昨夜雪が降った
 植林された杉林に入ると登山道が出て来る。
 ここは以前確認している。
 雪は10cm程度だが、先を考えてスノーシューを付けて歩く。
 枝には雪が沢山積りそれが落ちて来る。
 細かい雪は散らばりスノーシャワー状態が続く。
 スノーシャワーだ

 恵山が見えて来る

 はっきりした山道がある
 ジグザグの山道を登ればNHKの施設が出て来る。
 前回は、他の道の探索で北に向かったが、ここで西の方に向かう。
 道は付いている。
 さらに進むと尾根に出た。
 尾根は吹きさらしで雪も少ない
 尾根は北西の強い風が吹きつけ寒い。
 ここは植林のための林道だが、その道に沿って旧道が付いている。
 旧道は笹の上に雪が乗る

 綺麗な雪景色

 記念撮影
 今は笹が雪の雪の下になっているが、無雪期だと相当伸びている事が想像出来る。
 旧道を歩くがずぼっと埋まってしまう。
 一歩一歩進む感じになる。
 しばらく進んだが、道はずっと伸びている事が分かった。
 積雪は50〜60cmになっている。
 ストックもかなり埋まってしまう。
 道なのだがこんなに埋まる
 今日は道の確認が出来たので、雪が少なくなったら再び来ようと途中で切り上げる。
 次に銚子岬の方にある三角点に向かう。
 三角点は見える筈も無いのだが、銚子岬を回る旧道に出る道が地図上にあるので、そちらを探りに行く。
 NHKの施設まで戻り、道を東にとる。
 少し入ったら道らしき跡がある。
 さらに赤いテープがある。
 これは三角点に行く道を表わしているのか、銚子岬に至る道を表わしているのか分からない。
 さらに進むと赤いテープが2個所出て来た。
 そして洗濯干し棒が有り、赤いテープが巻いている。
 これは三角点の位置なのか
 この辺りは三角点当りなのでその表示かなと思うが、勿論雪が深くて見える筈も無い。
 この先にも道が有るはずなのだが、一面の雪の中に道らしき形跡は見当たらない。
 やはり雪が多すぎるかな。
 下山する。ほぼ出口まで下りて来たら電話が来る。
 「ゲストハウスの屋根の雪が我が家の玄関前に落ちて、家から出られない。窓から出でドアだけは開けられるようにした」との妻の電話。
 下山したら「ホテル恵風」の温泉で汗を流そうと思っていたのだが、仕方が無く家に戻る。
 雪は1m位の高さになっていた。
 全ての雪が落ちた
 重い雪でプラスチックのスコップは使えない。
 剣先スコップで雪を取り除く。
 取り敢えずは通路のみ確保して今日の作業は終わる。
 ようやく道を確保
 山登りより疲れる。
2月23日(木)キャリアのタイヤ交換
 気温も最高気温がプラス4度程度となり、一段と春が近づいた様な感じになった。
 妻を病院に送って行く。
 今日は混んでいた。
 これで半日は時間がつぶれてしまう。
 やはり病気になりたくないとつくづく思う。

 帰ってキャリアのタイヤ交換をする。
 ヤフオクに発注していた、16インチ×1.75のタイヤ・チュウブ・リムテープが送られてきた。 IRCの新品タイヤだ
 まずは古い無パンクをカッターナイフで切る。
 これだけ切れていた

 タイヤが切れたのはガラスだった
 タイヤの切れた部分にカッターナイフを入れたら、ガラスの破片が出て来た。
 タイヤが切れたのは、ガラスが原因だったのだ。
 無パンクタイヤなので、チューブは無く全体がゴムで出来ている。
 外して新たなチューブタイヤを取りつける。
 重量は軽くなるかと思ったがほぼ同じだった。
 残りはネジを変えたり、ナットは緩まないものに変えるなどの作業は残るが、3号機は完成したも同然になった。
 3号機はさらに進化した
 1号機の時に比べれば随分進化している事が分かる。
 今年はこのキャリアでの歩き旅も実行したいと思っている。
 自転車旅と歩き旅の2本立てで行こう。
2月22日(水)健康サロンin明和園
 強定例の健康サロンin明和園の日。
 今日は年に一度の体力測定と健康診断の日。
 体力測定はお年寄り向けで簡単なものばかりだ。
 最初にアンケート用紙が配られる。
 中には判断が難しい物もある。
 「バスや電車で1人で外出しますか?」・・車か自転車でしか外出しない。
 「転んだ事がありますか?」・・自転車や山などで結構転ぶ事はある。
 「電話帳を調べて電話しますか?」・・スマホだな。
 などなど答えに困る事が沢山あるが、お年寄り向けだから仕方が無い。
 TUGT(椅子から立ちあがって先のパイロンを回って戻り椅子に座る)・・3.47秒
 体重体組成計を使って測定
 体脂肪率23.2%・・まだ多いな。
 皮下脂肪15.0%
 骨格筋率29.5%・・骨格筋率はスポーツ選手でも30%位。やはり骨は丈夫なのか?
 握力右49kg・左42kg・・右は20〜39歳代・左は60〜64歳代か。
 私の歳だと左右39kgが標準。
 まあそれ程の好結果では無いが、平均以上にはあるようだ。
 最後にストレッチをして、昼食を食べて帰る。
 今日は鮭が付いた

 作ったカーテンを車に取り付けた。
 思った通りの出来具合で気にいった。
 これで完成

2月21日(火)ANAガイド&カーテン製作
 昨日は夜通し風が強く吹いていた。
 今日はガイドがあるので心配していた。
 朝、外を見たら雪は降っていなく、風はまだ強かった。
 車でまちづくりセンターに行く。
 元「FMいるか」まちかどレポーターのまるじゅんと挨拶を交わす。
 いつも爽やかだ。
 今日のお客さんは神戸と奈良から来た23歳の女性。
 話しを聞いたら土方歳三ファンだった。
 今日は詳しく話そうとなる。
 でも外は寒いので本州から来た彼女らはこの寒さに耐えられるのだろうか?
 ロビーで箱館戦争の大筋を話して出発。
 風は相変わらず強くて体感温度はかなり低い。
 坂本龍馬記念館の前を通る。
 「北海道に来てないよね?」
 そうそう子孫は来たけれど龍馬は来ていない。
 流石に土方ファン。
 敵である土佐藩の坂本龍馬には興味が無い?
 異国橋で説明。
 ここで土方が銃で撃たれたのか?
 いやいや諸説があって鶴岡町、一本木説もある??
 話しは知っているので、分かりやすい。
 その後、武蔵野楼跡に行くが、箱館総攻撃の前日、旧幕府軍幹部はここで最後の宴を開いた。
 参加者名簿に土方歳三の名前は載っていない。
 「彼はお酒に弱いから多分居なかったよね」
 土方歳三の酔っぱらってよろめいている姿はあり得ないのだ。
 ハセストとラッキーピエロは知らなかった。
 流石に旅人では無い、あくまでも土方なのだ。
 ラッキーピエロに土方歳三ハンバーグがある事は教えておいた。
 土方が良く寄った大町丁サは興味があったようだ。
 沖ノ口は新選組屯所があった。
 ここも興味深い様子。
 元町ホテルで休憩&トイレタイム。
 社長が出て来て歓談。
 彼女らはオリジナル土方歳三ステッカーを頂いた。
 マスコットの名は歳坊・・坊は土と方から構成されている。
 すなわち土方なのだ。
 こんな売っていないステッカーは喜ばれれる。
 その後、称名寺に行く。
 土方歳三慰霊碑を見て、隣にある書き込みノートが見たいと言うが、凍ってドアが開かなかった。
 私は諦めたが彼女は手で氷を取ろうとする。
 仕方が無く再び私が手で氷を叩いて砕いた。
 手が痛〜い。
 何とか氷を手で割ってノートを取りだす。
 やはり書き込みが楽しいらしい。
 手袋を外してノートをめくっていたが、手が真っ赤になっていた。
 相当冷たいのだろう。
 その後高龍寺、地蔵寺、弁天台場の石で作った防波堤を見て弁天台場で終わった。
 今度は暖かい時に来ると言っていた。
 丁度、市電が来たので乗った。
 今日は相当寒かったが、良く頑張って2時間以上も歩いたと感心する。
 土方ファンは女性も強いのか?
 私は歩いてまちづくりセンターに行く。
 まるじゅんに会って、まちづくりセンターの部屋とプロジェクターを借りるといくらするか聞いたら、部屋は1時間500円でプロジェクターは700円だった。
 2時間借りて1700円で出来る。
 今度「自転車野宿旅講座」をやろうと思っている。
 今までの旅のノウハウをこれから自転車旅をする人に教えたい。
 シリーズで3回くらいやるか、初級編として1回で簡単にやるか考えなくてはならない。
 10人も集まれば良いなと言ったら、まるじゅんは「私も自転車旅は興味があるから聞くよ」と行ったので1名は確保出来た。
 
 家に帰って車のカーテンのポールに吊るす部分を作る。
 カーテンリングを使えば良いのだが、黒い色が無かったので黒の靴ひもを100円ショップで購入して付けた。
 靴ひもで輪を手縫いで作った
 ついでに熊のカーテンホルダーも購入した。
 これも100円

2月20日(月)カーテン製作
 ステンシルで印刷する方法はなかなか難しい。
 カットしたプレートと布の間に隙間が出来るのが問題だ。
 それでも何とか完成させようと、テスト印刷をしていたら塗料が無くなった。
 100円ショップにないかなと行ってみた。
 流石にステンシルの塗料は無かった。
 店内をうろうろしたら、アイロンプリント布が売っていた。
 子供のシャツなどに名前を付ける事などに使用する。
 こんな物まで100円ショップに出たかと感心する。
 セリエで売っていた
 これは良いかもしれないと2枚購入した。
 パソコンでロゴを印刷し、アイロンで張りつけた。
 これで十分かとなった。
 手間もかからず見栄えもあまりステンシルと変わらない。
 普段はカーテンをしないので見えない。
 100円ショップ品なので接着強度はどうかな?
 まあカーテンは一応の完成を見た。

 完成こんな感じで良いだろう
 後はカーテンレール代わりの棒に取り付けるパーツを付けて完成だ。
2月19日(日)オリジナルカーテン作り
 今日は車の後部に付けるカーテンの製作をする。
 タペストリーでも購入してくればあっという間に完成するのだが、何かにこだわる虫が騒ぐ。
 大型スーパーの手芸ショップに行って黒字の布とステンシルの道具を購入してきた。
 道具が揃った
 日曜日なので凄く混みあっていた。
 家に帰って早速製作に入る。
 デザインをプリントアウトして、ステンシルカッテイングシートの下に入れ、上からデザインを鉛筆で写す。
 写したらカッターナイフで、色を付ける部分を丁寧にカッテイングする。
 これは大した手間もかからず終了した。
 カットしたシート
 まずはテスト印刷をする。
 スポンジブラシに白のステンシル塗料を付けて、型紙の上からぽんぽん叩くように色を付けていく。
 乾かしてから見たら、やはり色がはみ出ている。
 生地とシートの間が完全密着していないので、どうしてもはみ出てしまう。
 色々な塗り方を試してみたが、やはりきっちりとカッテイング部分の端を、浮かない様に押さえれば良いようだ。
 少し滲んでいる
 明日はローラーでやって見ようと思う。
 以前イカスミで印刷した時はローラーが良かったのを思い出した。
 明日のお楽しみだ。

 「野宿野郎」のロゴも入れるのに、WEBサイトからロゴをダウンロードしようと見たら、編集長の加藤千晶さんが本を出版したようだ。
 2月17日に全国書店で発売になっていた。
 これは買わなくてはならない。
 千晶さんは私と同じ地平線会議野宿党に所属していて、ミニコミ誌「野宿野郎」の編集長でもある。
 まだ27歳と若い?が、野宿は高校時代から各地を旅しながらやっているというつわものだ。
 銀座でも女性1人で野宿するくらいだ。
 青森ねぶたでは毎年会っているが、懐かしいのでメールをしてみた。
 彼女から是非函館山野宿がしたいとの返事が来た。
 今まで何度か機会があったが、突然予定が変わったりしてまだ実現していない。
 今年は来たいと言っていたがどうかな?

 彼女の2冊目の出版だ
 彼女は今関東でTV・ラジオ・雑誌と大ブレークしている。
 興味ある方は是非購入してあげて下さい。

 当然ながらかなりの野宿好きです
 手にしているミニコミ誌の「野宿野郎」は、GH「自遊旅」が北限の販売店です。
 野宿野郎のご注文はこちらへ

 加藤千晶さんのこんな記事もありました。
2月18日(土)清水山東ルートから南ルートへ
 清水山(321.1m)は3度程登っているが、全て南ルートの斜面で異なるルートを登っている。
 今回はまだ登っていない東側のルートを登る事にする。
 尾根を歩くルートなのだが、登山道はあるのかどうかの確認もしたい。
 昨日アルペンで、超吸収・速乾タオルなるものを見つけた。
 390円のスポーツタオルだ。
 これを見た時に、山に登る際に下着の下に入れる汗取りにどうかと考えた。
 昔の事だが、女性は着替えが出来ないので、タオル地で作った汗取りを下着の下に入れていた。
 汗をかいたら、それを取りだすだけで汗取りになる。
 最近は登山ウェアも品質が上がっているので、そんな事をする人は多分いないだろう。
 私の場合は登山用品をなかなか購入できないので、ユニクロで売っているドライ製品やヒートテックが多い。
 登って汗をかいたら、下着を素早く着替えて冷えを防いでいた。
 最近のタオルは性能も良いだろうと思い、妻に下着の中に入れる様にこしらえてもらった。

 それを着用して登る。
 ルート
 東ルートの適当な場所から尾根に向かって登る。
 最近は積雪も多いので、相当のラッセルを覚悟したが、雪はスノーシューが埋まらないくらい固かった。
 道らしい跡がある

 尾根にも道らしき跡がある

 何処かに道は無いかと探したら、細いくぼみがあったのでそこを上まで登る。
 そこからは尾根が続く。
 天気も良いし気持ちが良い。
 尾根道も全く埋まらずに快適だ。
 ここを一気に登る
 途中で大きな斜面が出て来るが、そこを一気に登る。
 再び尾根道を歩いて、南ルートの合流地点まで来た。
 ここからまた斜面を登る。
 この斜面を登りきって、頂上へのコースを取る。
 ここは笹が多いので、スノーシューでも時々ずぼっと埋まってしまう。
 何度も深みにはまりながら、頂上に到着。
 流石に冷たい風が吹いている。
 下着の下に入れた汗取りだが冷たくは無い。
 写真を撮ろうとセルフタイマーをセットして走って行ったらずっぽり埋まってしまった。
 最初は方足が落ちた

 今度は両足が落ちた
 再度立つ場所を決めて撮ろうとしたがまた埋まってしまった。
 今度は両足で深かった。
 腰以上に深く埋まってしまった。
 2回も埋まってしまいもう良いか・・・。
 函館山も綺麗に見えた
 頂上から函館山と市街地が見える。
 他には汐首岬、横津連山なども見える。
 さらに下北半島や津軽半島も見えた。
 しばし景色を堪能して下山する。
 帰りは途中まで同じルートを下って、途中から南ルートを降りる。
 ここは登山道が付いているし、何度も来ている。
 大きく落ちた沢がある

 斜めにトラバースする道は、積雪はそれ程でも無く道がはっきり見えていた。
 南ルートの道

 良い天気の中を気持ち良いて車に戻る。
 汗取りを取ったら、水分を吸収していたが、びしょ濡れ感は無く、さらっとしている。
 シャツもそれ程濡れていないので、効果はかなりありそうだ。
 明日買い足しに行こう。
 390円でこれほど汗を吸収して、その熱で乾かすと言うハイテク機能に?に満足した。
2月17日(金)車の改善
 なかなか吹雪きが止まなくて、後々になっていた、車の開きスペースを塞ぐ作業を今日行った。
 車中で生活する時に物が下に落ちるのを防ぐためだ。
 このスペースを塞ぐ

 完成した埋め板

 こんな感じに収まった
 工事は簡単なので1時間くらいで終わって車に取り付けた。
 少しずつ車が旅仕様になって来る。
 春になるまでにあれこれとグレードアップしたい。

 次は後部カーテンだ。
 デザインは大かた決まったが、どの様な方法で作るか思案中だ。
 紺か黒っぽい色の生地に、白文字でロゴを入れようと思っている。
 ロゴは「自遊旅」と「野宿野郎」の二つ。
 2つのロゴを入れる

 黒に白の自転車模様も入れたい。

 これが生地のデザイン
2月16日(木)キャリアの改善
 峠や山を越える旧山道は、これから絶対にブームになるんだとの思いと、今までに調査した道を後世に伝えるために、調査して執筆もしている最中だ。
 なかなか簡単に判明しない事が多くて時間が掛る。
 過去に調査した旧山道に新たな旧山道を加えて、第1弾として20か所位を纏めようとしている。
 そんな中、北海道新聞が「北海道100の道」募集したのだ。
 選考委員会で既に30本の道を決めて、残りの70本は読者からぼしゅうとなった。
 その応募結果が出たのだが、何と400件を越したそうだ。


 内容はまだ分からないが、全てが歴史街道では無いので、歴史的な道がどのくらい入っているのか興味がある。
 私の調査している道も応募しようと思ったが、あまりにもマニアック過ぎるので一般向きでは無い。
 標識もないし、藪こぎはあるし、コースもマップで表わすのは難しいだろう。
 そんな事で4月から新聞に掲載される内容を見ようと決めた。
 選考委員が選んだ30本の中に、寛政11年に北海道で初めて官による工事が行われた、猿留山道や様似山道が入っていない事も不満であった。
 後に読者からの応募で採用されるかもしれないが・・。

 今日もキャリアの微調整をする。
 背負った時に後ろに引っ張られているので、そこを改良した。
 以前に比べかなり背負いやすくなった。

 左の写真が改善前で右の写真が改造後。
 改造後は上部が体にぴったり付くようになった。
 他の部位で少しの改良を加えれば、キャリアは完成になるだろう。
2月15日(水)のんびり一日
 昨日の疲れもあり、今日はのんびりしようとなった。
 朝のテレビはフジテレビの「とくだね!」を見ている。
 その中で今日の占いカウントダウンを見て、今日の運勢は悪いとか良いとか一喜一憂している。
 今日は私の星座のさそり座がラッキーで第一位だった。
 「サプライズのある一日」との占いに、やったーと喜んでいたら、丁度宅配便が来た。
 妻が受け取ってきたら、バレンタインチョコだった。
 お〜これで二つ目の貴重なチョコだ。
 送り主は旅人で自ら「も〜さん応援団長」名乗るTさんだった。
 手作りのチョコが入っていた。
 いつも私の活動を支援してくれている。
 一日遅れのバレンタインチョコがこんなに嬉しいとは・・。
 でも何とタイミングが良いんだろう。
 貴重な品だ
 妻の恒例になっている友人との食事会に車で送って行く。
 その帰りに本屋さんに寄る。
 購入したのは2012年版のツーリングマップル東北版だ。
 旅には毎回持って行く本だが、2冊ある本は2004年度なので新しいのにした。
 これを見ると旅に出るぞと云う気持になって来る。
 これは旅人のバイブルだ

 夕方車の小改造。
 後部に荷物棚を作ったが、物が落ちる心配があるので、金属製のレールを付けた。
 廃車になったフレンディに付いていたのだが、何かに使えるだろうと取っておいた。
 これが役にたった。
 荷物のずれを防止するのと、ネットを掛ける際、ここに引っかける事が出来る。 これは10分も掛らなかった

 2月21日にANAのガイドが入る。
 「新選組の足跡を巡る」の冬場バージョンで2時間コースだ。
 若い女性2人なので、多分土方歳三ファンだろう。
 土方ファンには、何故女性の2人連れが多いのだろう。
 いまだに疑問が解けない。

 今日は最高気温が0度となり、少しずつ暖かくなる雰囲気だ。
 春はもうすぐだ。
2月14日(火)松浦武四郎の道調査
 松浦武四郎の道の調査に恵山方面に行く。

 彼が書いた『初航蝦夷日誌』に
 「前略・・越えてしばしばにして絶壁、此処を九折にして下り、断崖絶壁百丈崩砂崖なり。道の両傍赤禿にて恐ろしき所に桟橋を掛けて此処を通す。」と書かれた道だ。
 春の陽気の様に暖かい恵山国道を走って登山口に着く。
 無雪期は車で賽ノ河原まで行けるのだが、冬期は閉鎖中なので歩いて行かなければならない。
 冬はここから歩く
 道探しなのでうろうろ歩きまわるには積雪期の今時期の方が歩きやすい。
 川の傍に寄ったら、砂防ダムが出来ている。
 川の周辺に道がある筈だ
 しかたか見ただけでも相当ありそうだ。
 少し歩いて左に砂防ダム工事用の広い道があったので入って見る。
 大きな砂防ダムがここにもあった。
 砂防ダムが沢山ある
 川の傍まで行ったら、対岸に道が見えた。
 川を渡り急な斜面を登ったら道があった。
 上の方に進んだらやがて行き止まりになってしまった。
 道が見えて一瞬喜んだが・・

 ここからは道が無い
 違う所に道が無いかなと、鹿の通った急な斜面を這いつくばって登って行ったら、そこは鹿の寝床だった。
 鹿の寝床
 ここは諦めて元の道に戻る。
 雪が積った車道を歩いていると鹿が「ピー」と甲高い声で無く。
 侵入者が来たぞとの合図なのか。
 冬は人も入って来ないだろうから、鹿の天国だろう。
 道の中には鹿の遊んでいる様な足跡が沢山ある。
 ふと道の左により、下を覗いたら道が見える。
 まだ旧道が残っていたのだ。
 旧道が見えた

 上の斜面に続いている
 更に車道を登る。
 ここに工事用の道があったのでそこを入る。
 先端まで行ったら大きく落ち込んでいた。
 この上の斜面の法の工事が行われていた。
 凄い急な斜面で100mくらい大きく落ち込んでいる。
 転落したら下の沢まで落ちそうだ。
 工事以前の状態は分からないが、相当な難所で有った事が伺われる。
 その法に人が1人通れるがだけの道が付いていた。
 ここが大きく落ち込んでいる
 そして先ほどの道がこの法まで続いていた。
 また車道に戻り上を目指す。
 そんとき突然、今まで効いた事の無いような「ゴ−!」と耳をすんざく様な音が聞こえ、1機の自衛隊戦闘機が来た。
 高い上空を飛んでいる戦闘機は、少し前から音が聞こえしばらく音が聞こえているが、全く聞こえないで突然の音だ。
 パイロットが見えるくらい近い。
 恵山の西を低空で通ったのだ。
 さらにアクロバット飛行をした。
 右に90度傾いて飛び、その後270度回って水平飛行をして下北半島の方に消えた。
 あまりの驚きで、しばし立ち止まっていた。
 千歳に住んでいた時は、スクランブル発進も見て音にはかなり慣れていたが、その音を遥かに超えるものだった。
 興奮が覚めないまま再び登る。
 展望台が近づいて登りはここで終わる。
 向かいには海向山が見えている。
 海向山が見えて来た
 少しの緩い下りを歩いて、恵山温泉の有った場所に向かう。 
 昭和33年まで温泉旅館があったのだが、翌年の34年の台風15号で全て飛ばされて廃業になった。
 この温泉は松浦武四郎の紀行文にも出てくる。
 笹小屋2〜3軒あり宿泊も出来た様である。
 恵山温泉はここにあった

 名残りの薬師堂

 恵山の西にあるピーク

 記念撮影
 今、当時を偲べるのは薬師堂だけである。
 当時の写真も残る
 恵山温泉(当時は中村温泉)露天風呂から恵山を眺めながらの入浴は最高だったろうな。
 恵山には硫黄鉱山があって、そこの労働者はいつもこの温泉に入っていた様だ。
 現在は源泉を下の市街地にある原田温泉や旧恵山観光ホテルに供給している。
 汗で濡れた下着を取り換え、温泉川に沿って下る。
 道はあるが工事用の道だろう。
 川には砂防ダムが無数に作られている。
 旧道の上に砂防ダム工事用の道が作られたのだろうか?
 工事用の道があるが・・
 他に道が無いかうろうろ探しまわったが無かった。
 旧道は完全には繋がっていないのかも知れない。
 後の調査はもう少し雪が少なくなったら来よう。
 今日は5時間休みなく歩いた。
 帰りに恵山温泉に入る。
 熱い湯の浴槽が大きくて、適温の浴槽が小さい。
 殆ど小さい浴槽に入っているので、大きな浴槽が勿体ないな。

 帰ったら孫からバレンタインチョコが届いていた。
 私の唯一のチョコだ。
 便りも付いている
 孫に電話してお礼を言う。
2月13日(月)キャリア完成
 昨年GHに来た、理江ちゃんと新ちゃんは、キャリアが凄く気にいってバイクに積んで瀬棚まで行き、そこからキャリアを船に載せて奥尻に行った。
 折角だからレポートをしてよと言ったら1冊の本に紀行文として残してくれた。
 このキャリアに二人分のテントと自炊道具や衣類を載せて、奥尻を一周したのだ。
 何のトラブルも無く快調に旅が出来たと喜んでいた。
 そんな事もあったなと思いながら紀行文を読んでいた。
 

 歩き旅も楽しそうだな。

 今日は前輪の取り付け。
 従来は固定式であったが、今回は方向を自由に変えれる仕様にする。
 これは直進性を確保するためだ。
 キャリアを押して歩いていると、微妙な感覚で着信性が無い場合がある。
 このほんの少しの曲りは意外と気になる。
 ボルトナットをばらして再調整すれば良いのだが、なかなか微妙な感じは直せない。
 今回はそこに重点を置いて製作した。
 写真では中の構造は見えないが、かなり凝った構造にした。
 中は見えないが調整機構がある。
 製作時間は掛ったが、簡単に調整が出来るので満足だ。
 家の中で押して話したが真っ直ぐに進む。
 これで歩く時のストレスが減る。
 構造がシンプルになったので軽量化も出来た。
 完成したキャリア。
 完成したら歩きたくなってきた。
 早く雪が溶ければ近郊でも歩いて見たい。

 車輪が全く邪魔にならない
 ショルダーの位置が悪く、上部が後ろに引かれている。
 これは直さなくては・・・。
2月12日(日)猛吹雪&キャリア改造
 強い風が吹いている。
 6時過ぎに外に出たら猛吹雪だ。
 早速除雪に入る。
 猛吹雪はそう気にならない。
 それ程寒いとは感じないので、除雪も気にならない。
 約1時間で終了したが、雪の山も高くなった。
 雪捨て場がかなり高くなった
 ゲストハウス「自遊旅」が飛騨高山風になった。

 キャリアの改造の続きをする。
 今日は正式に作るので最初から作り直す。
 暖房の無い工作スペースで黙々と仕事を続ける。
 今日は車輪を2個を付けるまで行った。 ここまで出来た

 やはり微妙に平衡が取れなかったり、高さの調整がなかなか上手くいかなかったりと、細部の仕事に時間が掛る。
 夕方の6時頃にようやく車輪が2個付いた。
 残りは前輪だが、ここを仕様を変える予定だ。
 従来は固定していたのだが、微調整は効かない。
 新しい仕様は角度を自由に変えれる仕様にする。
 これを行えば直進性の確保が出来る。
 今までは歩いている時に真っ直ぐに進むように、気を使かっていたが、これで解消されるだろう。
 新しい仕様は考慮中だ。
2月11日(土)キャリア改造
 今日も朝から除雪。
 でも大したことは無い。
 1時間程度で済んでしまった。
 今年の函館の大雪は過去140年で5番目の記録だそうだ。
 夕方にも1回除雪した。
 最近は朝晩2回の除雪になる。
 でも岩見沢の大変度合いを見たら、この程度は全く楽だ。

 今日もキャリアの改造をする。
 取り敢えずは試作品程度に作って、出来あがった製品を見て最終的に作ろうと決めた。
 今日は背中が当る部分の構造を変えたので、それを仮止めした。
 構造物も少なく軽くなった
 まずは片側の車輪を取り付ける作業をする。
 車輪は今まで使っていたものから変更する。
 今までは20インチのMTBのタイヤを使っていたが、これを16インチに変更する。
 目的は軽量化だ。
 タイヤも軽量化出来る
 歩いて日本縦断していた旅人が、パンクレスタイヤを履いていたが、少し傷ついたので新しいのをメーカーから取り寄せたのだ。
 思わず言ってくれればタイヤ交換で済んだ物をと思った。
 このホィールセットはアルミリヤカー用の高級なホィールなのだ。
 径は小さいが障害者用の車いすと同じ作りだ。 
 取り寄せてしまったので、私がhィール交換をしてあげて、古いのは不要と言うので貰ってあった。
 これを取り付ける事にする。
 押す時の位置はここになる
 上の写真は押して歩く時の車輪の位置。
 背負う時は車輪が後ろ側にずれれば、歩き時に邪魔にならない。
 後ろへの移動はリンク機構に依ってワンタッチで行えるようにした。
 背負う時はここの位置になる
 これでホィールの位置は十分満足出来る。
 歩く時に腕が当ったりしないだろう。
 これで良さそうなので正式に製作しよう。
2月10日(金)今日も吹雪きだ!
 久しぶりに連日吹雪いている。
 今朝も20cm位は積もっていた。
 6時頃から除雪を始める。
 それでも1時間くらいで終了した。
 体はポッカポッカになった。
 今まで我が家の周辺は雪が少なかったが、一気に増えてしまった。
 函館市の除雪費が底を尽き、1億円の追加予算を組んだが、これでまた足りなくなるのかな。

 妻の病院送迎をしたが、皆ライトを点けて走っている。
 道幅も狭く交わすのがぎりぎりといった個所も結構ある。
 病院は結構時間が掛った。
 特別休憩室で本を読んで過ごす。

 帰ってキャリアの改造をする。
 車の改造もまだ途中だが外は寒い。
 そこで室内(暖房は無い場所だが・・)で作業する。
 現在のキャリアはまあ満足はしているが、少しの問題として、キャリアを背負った時に、車輪が邪魔なのだ。
 手を振って歩けないのが少し窮屈だ。
 車輪が後ろに来れば良い

 それに腰の部分のアルミ角材がパットをしているが痛いのだ。


 そこで改造をする事になった。
 アルミ角材を購入して早速取りかかる。
 全て現物合わせで切ったり、リベットで止めたりする。
 リンク機構は上手く働く

 手前に倒した

 リンク機構が上手く出来たので、多分大丈夫だろう。
 後は車輪の取り付けを行えば完成だ。
 概ね構想通り進んだので、今日は2時間で終了。
 暖房の無い工作スペースでの作業は寒いのだ。
 風邪を引かない内に今日は終わる。
 今日のTVニュースで札幌の大学が冬用ベビーカーの開発をして、札幌のモーターショーに出すという。
 電動ベビーカーだ。
 でもこのベビーカーだと20〜30cmの積雪は無理だと思う。
 車輪を大きくしたと言うが、後輪は普通のキャスターだ。
 これでは実用性は無いだろう。
 格好は良いのだが、コストもかかりそう。
 私のキャリアの方がはるかに使い勝手は良い。
 札幌の町中で孫を載せてテストしたが、全く問題なく30cmの雪の中でも進む。
 ベビーシートを付ければ完璧
 値段も安く出来そうだし・・良いと思うのだが・・特許は出ていないので取りたいが、申請料は30万円も懸るそうだ。無理だな・・・。
2月9日(木)吹雪きだ!
 昨日から吹雪いていて雪が積った。
 昨日は夕方に除雪をしたが、今朝にはまた積もっていた。
 早速除雪に入る。
 少し始めたら、近所の養護施設である明和園の除雪車が通った。
 アイサインで2回除雪をしてくれた。
 流石に重機なのでこれで終わってしまう。
 お陰で運動もせずに除雪が完了した。

 キリンのイラストが入っている

 昼ごはんは面白い物を見つけたので試食する。
 野宿旅に出れば御飯はなかなか食べられない。
 水も必要なので原則米は炊かない。
 レトルトの御飯はあるが、時間が17分くらいかかるので、ガスが勿体なく使わない。
 それに重量も結構ある。
 近所のスーパーで見つけたのが、カップヌードルの「ごはん」。
 パッケージは大きい
 日清食品で出したものだ。
 ボックスに水を少し入れて、乾燥米と野菜などの具材を入れてかき混ぜる。
 かき混ぜた状態
 これをレンジで5分30秒加熱すればOKだ。
 フライパンに水を入れて加熱しても良い。
 出来あがり。臭いも良い。

 これなら野宿旅に向いている。
 米も食材も軽いし持ち歩きに便利だ。
 賞味期限は常温で6ヶ月。
 価格が250円なのは少し気になる。
 この値段でおにぎり2個分だ。
 早速調理したが、炊きこみ御飯の様な感触で味も良かった。
 加熱する時に野菜をもっと入れれば、旅での野菜不足は解消される。
 パーッケージは大きいが中味は少ないので、中身だけを取り出して持って歩けば、良い食材になりそうだ。
 早く旅に出たいな〜
 春よ来い〜
2月8日(水)健康サロン&GPSデータ
 恒例の冬の運動会。
 と言っても室内で行う。
 3班に分けての対抗ゲーム。
 会長の開会宣言に続いてゲームに入る。
 最初はオセロゲーム。
 自分の班の色に皿をひっくり返す。
 やはり競技となれば力が入る。
 これは引き分けに終わった。
 次に紅白玉入れ。
 玉入れは接戦だった
 これは我が班が優勝。
 足輪リレーは引き分け。
 足輪リレー
 最後の障害物競争は我が班が優勝。
 障害物競争の魚釣り
 お年寄りも障害者も楽しく遊んだ一日だった。

 安くて美味しい
 終わって昼食。
 今日は天ぷらだった。
 もやしの炒め物はキクラゲやカズノコが入っていて歯ごたえがあった。


 GPSのログデーターはYUPITERU AGS-2を使っている。
 これがYUPITERU AGS-2だ
 ガーミンが壊れてから安物で我慢している。
 ターゲットを決めてその方向に歩く分にはまあまあ使えるのだが、取ったデータの処理に満足出来ない。
 ログデーターに修正を加える時、軌跡エディターを使うのだが、バックの地形図が消えてしまうのだ。
 修正がかなりやりにくい。
 地形図への表示は良いのだが・・

 修正する時、地形図が消える

 適当に修正しては、地形図をバックに入れて見て、また修正とかなり不便だ。
 そこでアンドロイドの山旅ロガ―を使ってみる事にした。
 スマホも最近はかなり良いアプリがあるので楽しい。
 無料のアプリだ
 人気はあるようだし、スマホのバッテリーの消耗も少ないと言う。
 早速山旅ロガ―をダウンロードする。
 勿論無料だ。
 スマホの表示にある測定開始でOK

 近くのスーパーまで買いものに行くデータを取った。
 このデータをKMLファイルにトランスポートする。
 するとスマホのSDカードに入る。
 次にパソコンのGoogle Mapマイマップで新規作成にして、KMLデータをインポートする。
 するとばっちりデーターが表示された。
 データがPCにインポート
 マイマップは修正も楽だし、コメントや写真も入れられるので大分使い勝手が良くなりそうだ。
 簡単に修正

 少し軌道がづれていたので修正する。
 修正は簡単だ。
 今度山に行く時にはこれでログを取れば良いかも。
 因みに国土地理院のマップもGoogle Mapに重ねて載せれる。
2月7日(火)車の小改造
 昨日今日と最高気温はプラスの気温で暖かい。
 昨夜は暑くて目が覚め、パンツ&シャツ1枚になって寝袋に入る。
 冬はもっぱら寝袋で寝ているが、これは野宿でも大いに役に立つ。
 寝袋に入って寝る事が毎日なので、すっかり慣れている。
 旅に出ても違和感なく寝れるのが良い。

 午前中は元近所の人と雑談して過ごす。
 もうこの年になると身辺整理の話しだ。
 不要な物を全て捨ててしまって、身軽になろうと言う事だ。
 妻も使っていない衣類は全て捨てる決心が付いたようだ。
 妻の実家の片付けもやらなくてはならない。
 実家の物を全て捨てて、そちらに住もうかとなりつつある。
 実家の両親の荷物がまだ残っている。
 妻は毎年、今年は片づけると言うが、いざとなればなかなか実現しない。
 親が亡くなって3年になる。
 そろそろ片付けようとなったようだ。
 片付けるのは私の方が良いだろう。
 親の物を見たらなかなか捨てられないものだ。
 私ならまだ割り切って捨てられる。

 午後から車の小改造。
 ベッドスペースは十分にあるが、頭の部分に空間がある。
 ここに良く物が落ちる。
 このスペースを埋める

 そこでここに取り外し式の板を張って、ベッドの時に使用するようにする。
 利用するのはヘッドレスト。
 ヘッドレストを少し引きだしてそこに角柱を載せて板をはる。
 角柱は斜めになった
 早速角柱を合わせる。
 ヘッドレストにぴったり入った。
 でも斜めになるので、水平にするため木柱に切り込みを入れる。
 カッターナイフで切り込む

 これで水平になった。
 さらにカットした位置にヘッドレストのポールが収まるので、左右にずれる事が無くなった。
 後は板を張れば出来あがりになる。
 角柱も水平に収まった
2月6日(月)恵山方面の旧道調査
 風邪はまだ治ってはいないが、妻の病院への送迎も無いので、恵山方面の旧道調査に行く。
 雪がちらほら降っていた。
 車を走らせて少ししたら雨に変わった。
 また雨か??
 今回の調査は「箱館附在六ヶ場所道途絵図」に書いている、現恵山町〜恵山の賽ノ河原に至る道だ。


 現在賽ノ河原までは車道が通っている。
 当時の道は、松浦武四郎の蝦夷日誌によれば・・
 「ヱサンの下り絶壁、此処を九折にして下り、断崖数百丈崩砂崖なり、道の両側赤兀にておそろしき処」とある。
 この道を机上で調べていたので調査に行く。
 地形図には複数の道が書かれているので今日はその一つの明治29年の地形図に書かれた道を行く。
 旧恵山高原ホテルの左側から入っていこと決めて、データーはGPSにインプットしてある。
 右の高い場所を越えていく
 方角をチエックしたら合っているので歩き始める。
 細い道があった。
 少し入って行くと、有刺鉄線がある。
 何も表示が無い。
 入って行くと道がはっきりしている。
 道はジグザグに登っている。
 道ははっきりしている
 積雪は20cmくらいでつぼ足で歩ける。
 どんどん高度を上げていくと、雪が膝までになった。
 ここでスノーシューを履く。
 さらに高度を上げていくと道はなだらかになってきた。
 途中に温泉管仕切り弁があった。
 温泉管仕切弁があった
 廃業になった旧恵山観光ホテルの物だろう。
 恵山の賽ノ河原に小さな祠があるが、そこに湯宿があったのが恵山温泉の始まりで、松浦武四郎も訪れている。
 今も下にある温泉はここから湯を引いている。
 さらに平坦な道を行くが、雪が深くなって道がはっきりしない。
 さらに吹雪きになってきた。
 気温はそれほど低くは無い。
 むしろ歩けば暖かい。
 ここはまだ道が分かった
 GPSデーターで適当に行く事は出来るが、本来の道探しには外れるので、先に行かず他の道探しをする。
 そして下った。
 途中の急斜面で撮影
 今回の調査では崖などが無かった。
 松浦武四郎の文書とは違う。
 そうすれば、もう一つの道なのかも知れない。

 でもこの道は明治29年の地形図にある事から、相当古くからあった道と推定できる。
 松浦の通った道が急峻だったので新たに作られた道とも考えられる。

 この地図には二つの道が書かれている。
 松浦の通ったと思われる道は確かに崖のマークがあり、まだ残っているかもしれない。

 再び調査に来よう。
 帰りに恵山温泉に入ろうと思ったが定休日、仕方が無く戸井温泉に行ったら定休日。
 公営温泉は月曜日の定休日が多い。
 濡れたシャツを車内で着替え、武井ノ島展望台に行く。
 綺麗な鳥がいた。
 図鑑によるとミヤマカケスだが
 全く逃げないのでしばらく観察したが、名前は分からない。
 草木や花、鳥などを少しは覚えたいと思うのだがなかなか進まない。
 帰って調べたらミヤマカケスだった。
 日本全国の平地にいるそうだ。
 綺麗な鳥だが、鳴き声はかなり悪いらしい。
 日浦の海岸線が見える

 雰囲気が良かった光景

 武井ノ島
 武井ノ島を眺めて帰宅。
 今回の恵山の山道は松浦武四郎が歩いた道とは違うようで、明治29年の地形図にある古い道だった。
 恵山に登るにはここを登ってから行く手もある。
 雪が少なくなって道が見えるようになったらまた来よう。
2月5日(日)風邪をひいた
 昨日から風邪気味だったが、昨夜は咳は出るし、鼻水は出るで大変だった。
 風邪などここ数年ひいた事も無かったのに・・・。
 今日は暖かくして安静に過ごす。
 夕方になったら何とか落ち着いて来た。

 今朝の朝刊に「月旅行114億円なり」との記事が載っていた。


 月の周回軌道を回るだけなのだ。
 月には着陸しない。
 それでも114億だ。

 実は私は月に土地を持っている。
 誕生日祝いに貰ったものだ。
 しかし我が土地はどんな物か、なかなか見れないでいる。
 誰か月に行くお金を出してくれ!!
 小さくて良く分からないが・・

 契約者の名前は入っている

 カードもある
 それにしても大きなロマン過ぎる。
 まだ可能性のある孫に名義変更しよう。
2月4日(土)閉じこもり生活 
 今日もひたすらパソコンに向かって旧道ガイドの執筆作業だ。
 ストレスは溜まるが仕事ははかどる。

 妻の病院通いも無くなったので、今日は山に行こうと思っていたのだが、なんと私が風邪気味になってしまった。
 何とタイミングンの悪いことか。
 仕方が無く、パソコンに向かう以外は、借りた本のコピーと人に頼まれた資料のコピーと東京都内の日光街道のマップを作った。
 毎日色々な人の紀行文を読んでいると、皆同じ道を通っている。
 例えば北海道に行く人は、日光街道・奥州街道・松前街道と東京〜青森三厩間の道は同じだ。
 まだ道の選択肢があると思っていたが、みんな同じ道を通っている。
 そこで今年の旅は、複数の人の紀行文を持参して行えば、それぞれがどんな旅をしたのか、比較出来て面白そうだ。
 旧奥州街道のマップも完成したので、これからも色々な旅が出来そうだ。
 コピーとコース図を作った

 昼に義理の妹が来た。
 家から歩いて途中でデパートに寄り、お土産を買って持って来た。
 白老牛の弁当だった。
 デパートの物産展で買ってきたそうだ。
 美味しそうだ

 それにしても彼女は良く歩く。
 車も持っているが歩くのは好きだ。
 自宅からならかなりの距離なのに平気で歩いてくる。
 昨年は女1人四国お遍路をした。
 妻を元気づけに来るのだが、話しの中で来年2月に沖縄のファイターズキャンプを一緒に見に行こうとなった。
 妻はファイターズの熱心なファンなので良いかもしれない。
 なかなか外に出かけないので、少し積極的に出てくれれば良い。
 人生の平均寿命からすれば、我々は後10年から14年くらいしか無い。
 だからこそ悔いの無いように生きようとなっているのだが・・・。
 やはり病気が続けばなかなか気持ちは上向かない。
2月3日(金)篆刻を見に行く&節分 
 新聞にNHKギャラリーで篆刻の作品展示をやっているとの記事が載ったので行って見る。
 古文書の「えみしのさえき」を読んでいると、菅江真澄は旅の費用を稼ぐために、行く先々で篆刻をしてお金を稼いでいた様だ。
 どんな物か興味があり行く。
 年配の男性が1人退屈そうに椅子に座っていた。
 客は私一人だけだった。
 一回り回って分からないところを質問した。
 「篆刻は何のために作るのですか?」
 「中国で昔からある技術・・何のためと言うか・・」
 「あの〜習字の後良く入っていますが、自分の名前を書くんですか?」
 「いや、篆刻辞書と言うのがあって、その中の古文書を彫るものだ」
 「自分の名前は書かないんですか?」
 「書かない」
 結局、篆刻した物をどうするのか分からない。
 単なる観賞なのかな?
 石に彫るのだが中国にしか無い石で取り寄せているそうだ。
 奥が深くて説明できないと言うので、諦めて帰ってきたが、菅江真澄の彫ったのを買った人は何に使うんだろうと分からないまま家に帰った。
 WEBで調べる。
 あれ〜やはり書道作品のサインの後に押したりすると書いてある。
 また美術の一環として彫られているそうだ。
 文字に柔軟性があり、風雅な趣を楽しむものらしい。




 妻の病院通いも外科は今日で終わりそうだ。
 1週間後に来いと言われたが、カットバンだけなので、もう行く必要はないだろう。
 高血圧は2週間に1度薬を貰いに行かなければならない。
 私も妻の血圧計を借りて計ったら、上で142mmHg、下で75mmHgだった。
 妻より高い・・・。

 夕方、恒例の節分まめまき。
 最近は恵方巻が付く。
 今年は、回転寿司「北々亭」の海鮮巻4本セットで1000円を購入した。
 今年の豆まきは妻が主役、今年に入ってから医者通いが多かったので、妻自ら鬼祓いをする事になった。
 私は赤鬼になる。
 怖い!!!

 窓を全開し「鬼は外〜・・福は内」と1階から2階まで全室を行う。
 少しはすっきりしたかな?
 その後、北北西を向いて恵方巻を食べる。
 妻が豆まきをやるのは珍しい、何とか今年の運が向上に向かえば良い。
2月2日(木)ぶんぽ研例会 
 大野ぶんぽ研2月例会。
 報告は特に興味のあるものも無かった。
 その後、ボリビアのウトゥルンク山に登頂した内城さんの話しがあった。
 スライドショーで旅の様子と6000m級登山の様子が見れた。
 高所まで車道が立派に付いているので感心する。
 途中までは車で登って徐々に高所に慣れてから登頂するそうだ。
 各所の中継点にはホテルやレストランがあり、良い環境で登山と観光が楽しめるのだ。
 6000mでも雪が無いし、参加者の装備が軽いのには驚いた。
 
 我地平線会議野宿党の党首である冒険家安東浩正さんも、キリマンジャロやチベットの登山をガイドしている。
 最近、日本から来るツアーには危ない団体が多いそうだ。
 山の経験が無い人でも簡単にキリマンジャロの5000mを目指しているそうだ。
 ねぶたで会った時に、その内必ず事故は起きると言っていた。
 ぶんぽ研の内城さんはベテランなので問題は無いが。


 私は海外の山には冬にフランスのトロアバレーの3000m級に行っただけだが、もう30年も前になる。
 確かに酸素不足で悩んだ事が懐かしい。
 資金的には海外は行けそうにない。
 そのお金があれば、野宿で日本を7周くらい出来るだろう。
 近場の旧山道が身の丈に合っている。
 と言う事で家に帰ってから伊能忠敬大図を眺める。
 どうも気になっていた。
 松前から福島側に抜けるのは、炭焼沢(現白神)から吉岡峠を通って礼髭(現松浦)に下っていたが、伊能忠敬は荒谷からオクトを通って礼髭に下っている。
 荒谷から礼髭の道は現在の国道以前の国道で、車も通れるので興味が無かった。
 でも途中からオクトに下りているとなれば別だ。
 Google Earthでしつこく調べていたら、道らしき跡が数ヶ所、僅かに見える。
 伊能図と同じ様なカーブを描いている。

 そんな事が発見出来て嬉しくなった。
 その内に行かなくては・・・。
 また新たな発見があるかも?
2月1日(水)吹雪きの一日 
 今日から2月だ。
 後1ヶ月もすれば暖かくなるだろう。
 でもこの寒気は2月20日頃までは居座るそうだ。
 この位の寒さなら全く何とも思わない。
 朝起きて、5時にはパソコンに向かい。
 6時30分まで執筆をする。
 その後は寒くて起きれない妻の部屋のストーブに点火してから居間に行く。
 ストーブに点火して、そのまま朝食作り。
 食事が出来あがった頃でもまだ部屋の温度は低いが、そんな中で食事をする。
 タイマーをかければ良いのだろうが、とにかく動かなくては気が済まない。
 食事が終わってしばらくして、妻のお出ましになる。
 妻も朝食は自分で作って食べる。
 昼は私がサンドイッチを二人分1作る。
 こんな具合の毎日だ。
 
 今日も気合いを入れて旧道ガイドを作った。
 進捗状況は良い。
 30ページは出来た
 夕方、吹雪の中を除雪する。
 15cm位の積雪。
 一応今季最高積雪かな?
 あっという間に除雪は終わった。
 
 妻の病院通いも金曜日で終わりそうだ。
 夕食の準備は妻にバトンタッチになる。
 少し残念だ。
 その分、自分が外で行動出来る。

 HP TOP