7月31日(火)出発準備完了
 朝から暑い。
 起きて友瑛の自転車のタイヤ交換をする。
 ブロックパターンのタイヤが付いているのだが、小さな子供には負荷が大きい。
 そこで私のキャリアに付けていた新品の、センターリッジのタイヤに交換する。
 MTBなら簡単に出来るがこの手の自転車は後輪の交換に時間が掛る。
 長い時間がかかって交換完了。
 そこに隣に来ている旅人菊池君がチャリで日本一周の旅人を連れて来た。
 3人で旅の話しに盛り上がる。
 彼は青森ねぶたに参加するそうで、青森でも一緒になれる。
 2〜3人はねぶたに誘ったそうだ。

 妻の自転車も前輪がパンクして修理。
 ねぶたに行く前には色々やる事がある。

 夕方、友瑛の自転車特訓をする。
 タイヤを交換したので走りが軽くなりスピードが出る。
 大分乗れるようにはなった
 怖い様で目をつぶってしまう。
 それで自転車がふらつくのでなお怖くなる。
 それでも5〜6回練習して終了。
 まだ4歳なので、急いで乗れなくても良いので、じっくり練習しよう。
 北見の近所の年長さんもまだ補助輪付きなのだ。

 フェリーも明日の11時35分の便が予約できた。
 明日は青森に出発だ。

 夜には旅人1人が出発。
 明日の朝に到着のフェリーに乗る。
 青森に向けて出発

 菊池君はママチャリで買い物
7月30日(月)忙しい!!
 函館は朝から暑く、今日の最高気温は30度を超す予報だ。
 早朝(0時45分)からの男子サッカーの試合を見てから寝たので、起きたのは7時近くだった。
 今日は友瑛の自転車を購入に行く事になっている。
 お父さんが補助輪を外して乗れたら新しい自転車を買ってあげると言っていたのが、あっと言う間に補助輪が取れたので、それでは函館に行って買おうとなった。
 新品は1万5千円くらいするので、得意のリサイクルショップ巡り。
 1軒目は古い自転車しか無くパス。
 2軒目も無い。
 やはり子供自転車は数が少ないので、新品にするしかないかなと諦めかけていた。
 最後のリサイクルショップに行く。
 有った!
 それもHUMMERのバイクだ。
 外国製のHUMMERは流石に格好が良い。
 HAMMERの自転車

 デザインが格好良い
 色も友瑛の好きなブルーと申し分ない。
 作りは子供用と言っても大人仕様に似ている。
 販売価格は5700円だった。
 新品なら25000円のバイクだが殆ど新品に近い。
 早速購入して帰る。

 帰りにコジマ電気に寄ってプリンターを受け取る。
 3度目の故障なのだが、まだ5年間保証の期限は4ヶ月残っている。
 修理に出したところ、タイの洪水で部品が入手出来ず、後発の新品のプリンターを低価格で交換したいと申し入れがあり、8100円で交換した。
 新品が手に入った
 現在でも1万5千円するのでまあ良かったか。
 まだ仕様を見ていないが、無線でプリント出来そうだ。
 
 昼からは孫達のプール遊びの準備。
 ビニールプールを3個膨らませて水を入れる。
 子供達は大喜びだ。
 プールで大はしゃぎ

 地平線会議の坪井さんから本が送られて来た。
 最後の野宿野郎を名乗る坪井さんは冒険家だ。
 以前にはアマゾンを筏に家を乗せて下った。
 今度はバイクの世界一周とロスからニューヨークまで走った時の本の出版だ。
 坪井さんの本
 GH「自遊旅」置いて下さいとの事だった。
 今年は青森ねぶたに来れ無いそうで残念だ。
 本当に物静かな冒険家だ。
 我がGHに来た人たちも、みんな此の様な活動に興味があり、読んで貰える。

 青森ねぶたの出発準備を行っているが暑いので遅々として進まない。
 明日までにやらなくてはならないが、暑さで停滞気味だ。
 明日中にやらなくては・・。
7月29日(日)孫達と函館に帰る
 朝食を食べて、荷物を車に積み込む。
 小型車のホンダスパイクだが、1家族分の荷物が余裕で入った。
 流石車中泊車ランクAを取った車だ。
 あちここちに物の入る場所もあるのが凄い。
 小学校2年の長女瑞葵が、車内で頭が着かずに乗れると喜んでいた。
 孫の家のワンボックスNOARでも頭は着くそうだ。
 仕事があるお父さんは留守番になり、会社が夏休みに入ったら迎えに来る。
 車はひたすら大雪国道を走る。
 周囲が森林に囲まれた国道は緑が眩しい。
 信号も無いので快適に走る。
 途中層雲峡を通過するが、あまり活気が内容に感じた。
 ただ黒岳ロープウェイだけは車が一杯だった。
 大雪山の登山者が多いのかな?
 
 旭川から高速道路に入る。
 いつもは走る事が無い高速道路だが、今日は娘が高速代を出してくれる。
 久しぶりの高速道路だが、車は5人乗って荷物が満載だ。
 100km/Hrの速度は結構アクセルを踏まないと、小型車では厳しい。
 それでも楽チンだ。
 子どもとしりとりをしたりして走ると距離の遠いのも忘れてしまう。
 9時に出て7時30分には自宅に着いた。
 10時間30分のドライブだった。
7月20日(金)台湾から姪っ子が来る
 明日から旅に出るので妻を午前中に病院に連れて行く。
 家に帰ってしばらくしたら、電話が来て台湾に住んでいる姪っ子が里帰りしたので、遊びに行くとの事だった。
 早速やって来た。
 姪っ子と子供は男の子が二人。
 台湾のお土産を頂き、その後はしばらくぶりの会話をして、子供たちとも遊んだ。
 台湾に転勤になって2年半になるそうだ。
 後2年半で日本に帰国する予定だ。
 台湾の幼稚園は、幼稚園から習い事に行けるそうで、スタッフが送ってくれるそうだ。
 例えば幼稚園の他にサッカークラブに入っていれば、幼稚園を途中で中断して、サッカークラブの練習場まで送り迎えしてくれるそうだ。
 他にピアノを習っている人がいれば、そちらに行ったりする。
 家庭の主婦としては、大変ありがたいと言っていた。
 日本ではその都度、家族が送って行かなければならない。
 台湾は幼稚園が全てやってくれるそうだ。
 おじさんにお土産と言って、カップを貰った。
 台湾伝統のデザインのカップだそうだ。
 プレゼントのカップ

 今日の夕方に旅人N君が来た。
 荷物や自転車を置いて直ぐにニセコに行く。
 どうやらカヌーを自宅からニセコに送って、尻別川を下るそうだ。
 そしてヒッチハイクで戻り、青森ねぶた祭りに参加する。
 彼が昨年来た時に、私がねぶた参加を強く進めた。
 冬の間はニセコでバイトしてようやく南に向かって移動してきたのだ。
 人生相談もしている
 一緒にニセコに向かう、ジムニーの男性も来た。
 彼は四国出身で倶知安に住み着いた。
 今回は木古内の火力発電所の道路整備に来たそうで、これからN君と一緒にニセコに戻る。
 木古内には定期的に来るそうなので、今度来た時はゆっくりして下さいと言っておいた。
 GHの中に置いていた「野宿野郎」を見て、図書館で読んだそうだが凄く面白かったと言っていた。
 やはり根っからの野宿野郎なのだろう。
7月19日(木)壁ペンキ塗り他
 移転先の妻の寝室は出来あがっているが、砂壁が削れているので色を塗りなおして欲しいとの要望。
 ホームセンターで「宇治茶」という色を購入して早速塗りに掛る。
 マスキングテープを張ってローラーで塗る。
 最初は斑があったが、何度か重ね塗りしたら全く無くなり、綺麗に仕上がった。
 砂壁がはげていた

 これで綺麗になった

 家に帰って送りが不調のプリンターを持ってコジマに行く。
 5年保証まで後、5ヶ月があって良かった。

 ついでにDOCOMOに寄って、私に来た案内状の事を聞く。
 今、私のスマホを機種変更すれば、下取りを高く取ると言う。
 それではFOIMAからXi(クロッシィ)に替えようと色々聞いたら、まだ函館市内のエリアは2か所しかXi対応になっていなかった。
 我が家の場所はXiエリアには入っていなかった。
 札幌は多くのエリアがあると言われたが、札幌にしょっちゅう行く訳でもない。
 それなら交換する必要も無く、しばらく様子見だ。
 
 次にリサイクルセンターに行く。
 8月2日からの青森ねぶたに行くが、キャンプ場での日よけが欲しい。
 本州のガンガンと照るお日様は強烈なのだ。
 いつもはブルーーシートとポールを持参しているが、欠点はかさばる事だ。
 そこで今年はサンシェードにしようと思っていた。
 新品だと3000円以上になる。
 リサイクルセンターの店内を覗いたらあった!
 ロゴスのサンシェードが1600円だった。
 直ぐに決めた。
 1600円は安い
 格納サイズも小さいので自転車にも簡単に積める。
 これで今年のねぶたは安心だ。

 帰りに図書館に寄って21日に出発する、北見までの車旅の際、車内で読む本を6冊借りて来た。
 これさえあれば、退屈な夜も楽しく過ごせる。
7月18日(水)健康サロン&記念誌発行準備
 健康サロンの最初のプログラムは検診についてだった。
 函館市の国民保険加入者の特定検診受診率が20%で、政府が指示している65%には程遠いらしい。
 達成しなければ保険料の負担が2000円も増えるシステムになっているそうだ。
 私は組合健保で関係は無かった。
 市の係の人が来て説明していたが、特定検診を受けるためには札幌にある全国保険協会に申し込まなければならない。
 説明を受けたが・・
 書いている事が難しくて理解しにくい。
 皆さんの反応もどうすれば良いのか分からないのが本音の様だ。
 もっときめ細かい対応が必要だろう。
 ストレッチと筋トレなどをやって終了。
 昼は冷やしラーメンだった。
 たれは明和園特製のたれだそうだ。
 350円でいつも美味しい

 夕方から高校の卒業50年記念誌発行の打ち合わせがあった。
 前回のクラス会の時に、記念誌を作る事になった。
 3年に1回のクラス会も来年には行なわれるので時間が無くなって来た。
 来年のクラス会までに完成させなければならない。
 打ち合わせの時、M君が参考に出した「住吉町会史」をちらっと見たら、何か昔の絵が載っている。
 今、旧三十三観音のコース解明を行っているが住吉町も入る。
 見せて貰ったが驚いた。
 古図や古い写真が多数入っている。
 町内会史がある事も凄いがその内容は、市史にも劣らない様な内容だった。
 6年の歳月が掛ったそうだが、町内会史を発行すする自体が素晴らしい。
 私が調べても分からなかった事が随分と分かった。
 表紙も立派だ

 古図も多い。
 
7月17日(火)40周年記念対談
 47kmウォークも終わって一安心。
 でも筋肉痛が多少ある。
 朝から旅の準備をする。
 21日から北見に住む娘と孫を迎えに行くのだが、早めに出発してあちこち回りたい。
 家改造で出た廃材などの運搬で汚れた車をすっかり清掃し、布団や後部荷台を取りつけた。
 車旅は自転車旅に比べ簡単で良い。

 午後からぶんぽ研の40周年記念対談。
 30年〜40年の間の話題だったが、私はまだ4年しか在籍していないのだが、選ばれてしまった。
 題目を決めて対談が行われた。
 参加者は7人でいつものメンバーだ。
 40周年記念対談
 私の提案は
 @ 博物館が来年以降、移転するのだが、新たな博物館は展示物を固定化しないで、逐次中味が変わる事に依り、再訪者を増やす事を提案。企画展も計画して常に博物館は変わっているという事を市民に知って貰いたい。
 A 市中に史跡の案内看板が140個所程度あるそうだが、その場所が判明しない。史跡看板マップの必要性を提案。
 B 箱館戦争で土方が守備した強固な二股口台場は稲妻形台場しかその存在を明らかにしていないが、他に重要な塹壕も多く存在する。そこで塹壕マップを作る様提案。さらに歩けるようにすれば良いと提案。
 C 会も年寄集団にならない様に若い人が入れる環境作りが必要と提案した。
 
 帰りに病院に寄って薬を貰おうと行ったら、もの凄い混みようだった。
 1時間以上も掛ってしまった。
 座る椅子も居なく、廊下に立ったままだった。
 予約制なのに何故こんなに沢山人が居るんだろう??
7月16日(月)もり・もり探検隊最終日
 もり・もり探検隊も最終日になった。
 今日は6kmの短いコースで五稜郭に入城する。
 天気は生憎の雨だった。
 私は出発地点の「花の湯」で合流した。
 全員合羽を着て出発する。
 子供達は疲れも無いのか皆元気だ。
 最初の3kmは旧幕府軍隊の思いはどうだったかを考えるウォークで、全員私語は禁止で歩く。
 いつも賑やかな隊も静かに黙々と歩く。
 雨も降って濡れるし、合羽の中は蒸し暑く汗が出る。
 大鳥圭介隊は冬の行進なので、寒さに震えていたのか、五稜郭を目の前にして意気揚々としていたのだろうか?
 3kmの沈黙区間が過ぎて会話オーケーになった。
 しりとりが始まる。
 すると一気に足の速度が速くなる。
 そして五稜郭公園に着いた。
 皆でハイタッチして47kmの踏破を祝う。
 みんな元気でゴールした

 ハイタッチも力が入る
 今回は初日に足に豆が出来た人が2人いたが大したことも無く終われた。
 箱館奉行所の前で、箱館戦争の出来事を説明をする。
 現物が傍にあっての説明なので皆も良く分かるようだ。
 「五稜郭は傾いている」「唯一残っている倉庫には沢山の米が残っていた」「後ろ側の石垣は予算が無くて亀田川の川石を使った」「永栄の文字が石垣に書いてある」などなど皆が知らなさそうな事も説明してあげた。
 観光客の方も聞きいっていた。
 五稜郭はパンフレットに無い、面白い事がまだまだ沢山ある。
 観光客の方はなかなかそこまで知る機会が無いだろうな。
 五稜郭タワーの前で皆と挨拶して別れる。
 今回のウォークは子供達に取ってどうであったのだろうか?
 最近の子供は外を跳ねまわっていないから、歩けないのではないかと思っていたが、全くそんな心配はいらなかった。
 むしろ大人の方が厳しかったかもしれない。
7月15日(日)もり・もり探検隊2日目
 今日は五稜郭進攻2日目。
 大人は少々疲れ気味だと思うのだが、子供達はいたって元気だ。
 朝食を終えて、準備体操をして出発する。
 ネイパル森を出発
 ネイパル森を出て、森林に囲まれた道を歩く。
 こんな道が多ければウォークも楽しいのだろうが、そうはいかない。
 少し歩いたら国道5号線に出る。
 連休とあって車の洪水だ。
 歩道を歩いてトイレのあるパーキングに入る。
 ここで休憩した後、車で安全な場所までワープする。
 蓴菜沼付近は歩道も無いので、主催者としては安全面で配慮しなければならない。
 少し進んで、いよいよ茅部峠に入る。
 茅部峠に入る

 子供はむしろ楽しそう

 草に覆われた道もある
 朝の雨で葉には滴がある。
 最初は道幅も広いが、徐々に草木が覆った狭い道になる。
 こんな中を進むのはむしろ子供達の方が楽しいのかも知れない。
 抜けて広い下り道になる。
 下った所で箱館戦争の模様を説明し、峠下小学校に入る。
 ここの体育館を借りて昼食を取る。
 校章がシンプルで分かりやすい
 この学校は20年も経っているが凄く綺麗な学校だ。
 校長先生が生徒が34人しか居ないので、使用頻度も少なくなっているからというが、こまめに清掃もやっているのだろう。
 ここの校章が「峠」と真ん中に大きく入っているのが印象的だった。
 校長先生に「今日は毛利さんが来ると思っていました」と言われた。
 旧道に関して詳しいとの話しが伝わっているようだ。
 300名山を登った元教員の坂口さんとも知り合いだと言うので、その辺りからの情報なのであろうか。
 「ブログも見ていますよ」と言われ大感激だった。
 休憩も終わり、古峠庚申塚裏の塹壕に行く。
 皆は木を切って鉄砲に見たて、実戦の様子を再現していたが、子供って敏感に反応する。
 再び国道5号線に出て、高規格道路の則道を歩く。
 旗を持って進攻だ
 これも安全を配慮したコースだ。
 対向して来る人にも「こんにちは!」と皆が挨拶すると、皆返事を返してくれる。
 挨拶は気もちの良いものだ。
 長い長い則道の道を歩いてようやくゴールの「花の湯」に到着。
 皆はここで温泉に入る。
 私は別れてあらかじめ置いていたチャリで家に帰る。
7月14日(土)もり・もり探検隊初日
 今日はネイパル森主催事業の「もり・もり探検隊」のウォーク初日。
 久しぶりに電車に乗って赤井川まで行く。
 駅にはスタッフのMさんが車で迎えに来てくれた。
 今日の参加者は8名で、中学生が2人で残りは小学生だ。
 まずは昼食だが、パン粉を練って作った生地を、炭火で焼くと言う食べ方。
 なかなか面白いアイデアだった。
 炭火パン焼き

 上手く焼けた
 ミーティングの後、バスで鷲ノ木まで移動する。
 旧幕府軍上陸の看板や木柱も新しくなっていた。
 案内板が出来た

 木柱も新しくなった
 皆で歩き始める。気温は暖かいので23度くらいか。快調に歩き森町まで来てホームセンターで休憩。
 一人が足が痛いと言う。見たら赤くなっている。まだまだ先が長いので、足を冷やして一度車に乗せる。
残りは再スタートする。
 休憩時間
 みんなでしりとりをしながら歩く。これで気が紛れて距離が稼げる。
 一気に進んでいったら、所長が少し離れた店の前で手を振っている。
 どうやらソフトクリームをおごってくれるようだ。
 店は駒ケ岳菓子工房で随時洒落た店だった。ソフトクリームはバニラと桃があった。バニラを頼む。
 ここのソフトも美味しい。それにしても随分人気のある店で次々と客が来る。最後の追い込みでネイパル森に到着。
 直ぐに風呂に入れた。そして夕食はエビフライとザンギだった。一息入れて私の講義を30分行い、各自の感想を発表して終了。
 今日は17kmの行進だった。
7月13日(金)あれこれ
 明日から行われるウォークの準備。
 一日目が終わった後に、子供達に箱館戦争と旧道についての講義を行うのだが、いかに分かりやすい言葉で話せば良いのかが難しい。
 子供達相手の講演は初めてなのだ。
 中味は一応まとまったので、後は簡単な言葉で話せるかだ。
 九州の大雨の前線が北上しそうなので16日辺りが雨にならないか心配だ。
 
 資料も作ったので引っ越し先の家の掃除をして、ぶんぽ研の実行委員会に行く。
 今日は機関誌の発行の中味を決めたが、白黒写真を使った印刷で50ページの本を100部で22万円だそうだ。
 凄く高いな。
 私でも簡単に作れそうな記念誌だ。

 家に帰って明日からのウォークの準備をする。
7月12日(木)雨の中の墓参り&病院
 明日は函館のお盆になる。
 幕末の「箱館風俗書」にも7月10日から16日までが仏事になっている。
 函館では現在でも7月13日が休みの会社がある。
 明治43年に旧歴をやめて8月13日と決めたが、今でも函館のお盆は7月が主流になっている。
 明日は相当混みあうし、通行制限もかかるので、今日中に行ってしまおうとなった。
 毛利家の墓
 買い物をして墓に着いたら、雨が強く降ってきた。
 やはり予報通りかと思いながら、線香やろうそくにようやく火を付けお参りをする。
 意外と今日来ていた方が沢山いた。

 終わってから私が病院に行く。
 皮膚がかゆいので行ったのだが、水虫が原因で飛び火したのだろういと言う事だった。
 顕微鏡で初めて、水虫の病原菌を見た。
 先生が何処かに行って居なくなった時に、看護士さんから「毛利さん、テレビに出なかった?」との質問。
 出ましたよと言うと「人生の楽園でしょう」と言う。
 「そのテレビは見ましたよ。あの場所が何処か気になっていたんですよ」と言う。
 是非遊びに来て下さいと言ったが、テレビの影響は凄いな。
 もう3年にもなるのにまだ覚えていてくれるのだ。
 薬局で薬を貰って家に帰って来たらもう夕方だ。
 病院に行くと1日があっという間に終わってしまう。
 アメリカ製のソックスだ
 昨日健康サロンに行った時にMさんに登山用のソックスを頂いた。
 先日、昭和30年代のレトルトの新品キャラバンシューズを貰ったが、今度は靴下を持って来た。
 当時はこの手の靴下が流行ってね、と言って差し出した靴下は新品のアメリカ製だった。
 これも相当古い物だろうが、これは使えそうだ。
 まだまだ登山用品があるそうだが、Mさんは相当の山好だったのだろう。
 今、私が時々山に登った時に、話すと喜んで聞いてくれる。
 今は自分では登れないが、私の行動に自分を重ねて居るのだろうか?。
7月11日(水)健康サロン&ごみ捨て
 57kmウォーキングがあるのだが、最近は家のリフォームばかりで歩いていない。
 これではまずいなとなり、朝起きて直ぐにウォーキングに行く。
 まだ朝日が上がっていない。
 今日はスキー用のストックを持って、ノルディックウォーキングだ。
 大森浜の砂浜を歩く。
 太陽が出る前の大森浜
 ストックを交互にリズムよく前に出して歩くと、普通に歩くより意外と早いのでびっくりする。
 調子よく歩いていたが、結構心拍が上がり、汗が出てくる。
 浜ではカレイ釣りの人が棹を出している。
 湯川の漁港を折り返して帰ってくる。
 家に着いたら汗でびっしょりだった。
 意外と良い運動だ。

 午前中は健康サロン。
 いつもの体操をして昼食。
 今日は三色御飯だったが、これも美味しい。
 ひき肉の味付けが抜群だった。
 美味しかった三色御飯
 そして午後は改造中の家のごみ捨て。
 今日は木材を捨てて来た。

 8年前の旅人からメールが来て、夫婦と子供で遊びに行きたいとの事だった。
 日本一周中の屋久島で2人に会った。
 彼女は丁度30歳の誕生日を屋久島のライダーハウス「とまり木」で迎え、皆に祝って貰った。
 その後、それぞれが旅を続け、青森ねぶたでまたまた一緒になり、函館に渡って我が家に宿泊した。
 まだGH「自遊旅」が出来る前だ。
 その時に、今の旦那さんから歳上の妻についての相談を受けたらしい。
 彼女は6歳くらい年上だった。
 妻との話しがどうであったかは分からないが、帰ってから結婚した。
 今は子供にも恵まれて幸せな家庭になっている。
 我が家に泊まった旅人で初めてのカップル誕生だった。
 それが8年ぶりに会いに来ると言う。
 今年の夏は楽しみが一杯だ。
7月10日(火)清掃&ごみ捨て
 トイレの工事も終えて一段落したので、今日は清掃とごみ捨てを行う。
 妻の病院の送り迎えがあるので、朝6時には家を出る。
 ごみを車に満載して、処理場に向かう。
 8自40分に着いたら、まだ開いていなかった。
 8時45分に開いて、ごみを捨てる。
 荷物満載で252円だった

 ここが処理場

 妻の病院の送り迎えをして、再び作業に向かう。
 私の入る予定の部屋には妻の荷物が満杯なので、他の部屋に移動する。
 これでまだ一部しか運んでいないのに凄い量だ。。
 自分の部屋に入り切るのだろうか?
 妻の荷物は凄い量だ
 そして私の部屋の掃除をする。
 今後私の部屋の改造をするのだが、予定が沢山あり後になりそうだ。
 フローリングと壁は私が以前に改造したので、一部の改造になりそうなので、時間はあまり掛らないだろう。
 ここが私の部屋

 フローリングはまだ新しい

 ベランダがあるのは嬉しい
 私の部屋の外はベランダがあるので、外が大好きな私にとっては好都合だ。
 ここに椅子やテーブルを置こう。
 14〜16日は子供達を連れての箱館戦争の道をウォーク、21日からは北見に娘と孫を迎えに行く。
 その途中で山に登りながら、徐々に北見に向かう。
 28日辺りに帰って来て、今度は青森ねぶたと五所川原立ねぶたに行く。 
 忙しくなりそうだ。
7月9日(月)トイレ改修12日目
 オンパクガイドも無事に終了したので、トイレの改修を4日ぶりで始める。
 今日はトイレのタンクへの配管工事とオーバーフロー管の設置。
 オーバーフロー管の設置
 オーバーフロー管がある事は知らなかった。
 これも簡易水洗独特のものだった。
 床にドリルで穴を空けるが、何とか上手く穴を空ける事が出来た。
 そしてタンクへの配管をフレキシブルパイプを使って行う。
 これでトイレの工事は完了した。
 後は水道を復帰させた時に実際にテストして確認する。
 室内の照明も購入すれば安いので4〜5千円と結構高い。
 そこで和風調に手作り。
 仮に付けて見たが良さそうだ。
 手づくり照明
 でも何か殺風景なので、絵でも入れようかな??
 完成だ!

 次に前室の改造。
 残っているのは細部ばかりなのだが、意外と時間は掛る。
 スイッチの交換には時間が掛った。
 2ヶ付のスイッチから1個付きに変えたのだが、2ヶ付きの線の取り回しが難しい。
 天井裏のコネクションが見えないのでなおさらだ。
 試行錯誤して配線し、どうやら完成した。
 スイッチも新しくなった
 新たに設けた物入れの天板も設けた。
 天板が無かった。

 新たに取り付けた

 こんな雰囲気だ
 まだまだ細部の工事は残っているが今日はここまでだ。
 朝から夕方までかかってしまった。
7月8日(日)オンパク本番
 昨日はガイド内容をしっかり覚える時間が無かった。
 でも何度かやっている内容なので思い出すだろう。
 ママチャリで湯川啄木亭に向かう。
 スタッフがテ―ブルを出して受付をしていた。
 次々に参加者が受け付けを終わり、バスに向かう。
 ホテルの前にはバスが13台も居た。
 凄い賑わいに低迷していた観光客が戻って来たのかと思う。
 今日のバスは桧山観光のバスだった。
 プレートもある
 出発前に運転手さんとコースの打ち合わせと、停車する場所などを打ち合わせる。
 オンパクのスタッフやホテルの従業員さんに見送られて出発する。
 まずは車内で挨拶、更には自己紹介を行い、箱館戦争の概要を話す。
 この話しが最初の場所である武蔵野楼跡の前で終われば丁度良い。
 これはきっちり調整出来た。
 武蔵野楼を説明し、異国橋を説明し、立待岬に向かう。
 この間時間が開くので、谷地頭の由来を説明する。
 ここは昔谷地であった事は意外と知らなくて皆驚いていた。
 成功だ!
 碧血碑に行って説明。
 土方ファンの寄せ書きノートに皆さん感動。
 戻り道で男性からイザベラバードの事を聞かれる。
 その方も「日本奥地紀行」読んで感動したそうで、私が踏破した時の話しを聞きたかったそうだ。
 でもここで話す時間は無いな。
 函館八幡宮の場所の変遷を話す。
 八幡坂の上に有った事はあまり知られていない。
 五島軒と箱館戦争の関係も知らなかった様だ。
 そして称名寺から高龍寺に行く。
 土方歳三記念碑
 ここから一回り歩く。
 富川が見える場所で箱館戦争の総攻撃の様子を説明。
 天気が良くて此処まで歩いてくるのに汗がじわっと出る。
 説明場所は皆さんが良い雰囲気の場所だと言ってくれた。
 私も好きな場所なのだ。
 総攻撃の説明
 弁天台場跡、土方歳三最後の地碑を見るが舛型に有った猿田彦に書かれた、右箱館、左亀田の文字に皆さんも舛型のあった事を理解してくれた。
 亀田八幡宮で弾痕の跡を見て五稜郭へ。
 五稜郭が傾いている事に驚き、石垣に書かれた永栄の文字に感動。
 そして土方歳三埋葬の土饅頭に行く。
 何か神妙な面持ちだった。
 参加者から、ここで若い女性がないているのを見たそうだ。
 土方歳三埋葬説があったからなのだと納得。
 箱館奉行所に行く。
 五稜郭で
 誰か説明してくれるんですか?と聞いたら、所々に係員が居ますと言われたが、積極的に説明は無い。
 結局私がやる事になった。
 一ノ間が榎本初め幹部の会議室で、四ノ間は太鼓楼係の伊藤さんの控え筆だった。
 そんな説明。
 太鼓楼に甲鉄からの砲弾が打ち込まれ、衛鋒隊の古屋佐久左衛門が負傷。
 弟の高松凌雲が治療したが、治らず亡くなった話し。
 太鼓楼は太鼓から旧幕府軍が入ってラッパに変わった話しなど、箱館戦争関連の説明をして終わった。
 五稜郭タワーでは松川道路を見て貰った。
 そして傾いている五稜郭がはっきり分かる。
 「本当〜傾いている」と皆さん納得された。
 参加者の女性から「も〜さん飴あげるよ」と頂く。
 4時間しゃべりっぱなしなので、喉が枯れて声がはスキーになって来ている。
 その声も良いけどねと言われてしまった。
 そして啄木亭に着いて昼食。
  昼食会場
 今日は料理も凄く多かった。
 皆さん美味しいと喜んで食べて頂いた。
 中でも、鍋料理で野菜やキノコなどの食材を入れて茹で上がった所に、イカの塩辛を入れる料理があった。
 これがなかなか良い味が出て好評だった。
 食事後は温泉に入りのんびりして帰宅。
 喉が疲れたが、楽しい雰囲気で終われて大成功だった。
7月7日(土)ママチャリでオンパクコース廻り
 明日のバスツアーに備えて、ママチャリでコースを一回りする。
 今日のコース
 家を出てまずは武蔵野楼跡に行く。
 明治2年の箱館総攻撃の前夜旧幕府軍が最後の宴を行った場所だ。
 木造3階建てだった、東北以北最大の楼は当然なく、石油スタンドになっている。
 立待岬に向かう。ここの坂に掛ったら、前にロードレーサーが居て、かなり苦労して登っている。
 よしっとばかりママチャリで必死に登る。
 かなり差を詰めたが逃げられる。
 汗びっしょりだ。
 碧血碑に行く。
 血碑はまだ木製なのか
 古い書類を調べたら、戦後の鉄が値上がりした時に、血碑の金属プレートが盗まれて、木製にしたとある。
 現在はどうなのだろうかと、良く見たが場所が高いので、判断が今一つ出来ない。
 護国神社の新政府軍墓所に行く。
 例大祭も終わったので、草が綺麗に刈られていた。
 新政府軍の墓
 五島軒の前を通る。
 ここも箱館戦争に関係がある。
 初代コック長の五島栄吉の名を取ったのだ。
 この五島栄吉は旧幕府軍の兵士で、敗戦後の残党処理を恐れれて、ハリストス教会のニコライ神父に囲まって貰ったのだ。
 そこでロシア料理を覚え、五島軒の開店時に採用された。
 しかしロシア料理は函館人に合わなく、フランス料理の店になったといういきさつがある。
 五島軒も歴史がある
 その後旧寺町、称名寺、高龍寺、弁天台場跡、丁サ跡、相馬倉庫(株)、土方歳三最後の地碑、千代が岡陣屋、旧亀田八幡宮と走る。
 最後の地碑は今日も花が一杯
 ここで何か陽気な音楽が聞こえる。
 早速行って見たら、八幡町会の町民交流の夏祭りだった。
 フラダンスの演技最中だった。
 フラダンスだ
 出店もあったので200円で焼きそばゲット。
 大黒町のサンドイッチマンも出て賑やかだ。
 いきなり「粋な黒塀みこしの松に〜♪」と女性のアルトサックスが流れる。
 何故かこの手の音楽がしっくりと合う。
 他にも知っている曲がどんどん流れる。
 何か楽しい雰囲気だ。
 大黒町のサンドイッチマン

 彼女がメロディ
 我が日の出町会は全く行事が無い。
 盆踊りも無い。総会は2〜3人しか集まらない。
 羨ましい限りだ。
 明るい顔の町内会長
 五稜郭に行き、ガイドコースは終了した。
 
 帰りに芸術ホールで行われている染め物の展示会に行く。
 大野ぶんぽ研の高坂りゅう子さんが出展している。
 彼女らしい子供のいる風景を描いた、淡いトーンのろうけつ染だった。
 高坂りゅう子さんの作品
 他にも気に入った作品が数点あった。
 この色調が好きだった
 ろうけつ染って凄く綺麗なのと細かいデザインが出来ることを知った。
 難しいんだろうな。
 ねぶたの衣装をろうけつ染でオリジナルデザインしたいな。
 昼過ぎに家に到着。
 今日も楽しい時間を過ごした。
7月6日(金)オンパクガイド準備他
 今日は家に閉じこもって、湯川温泉博覧会(オンパク)バスツアーのガイドブックを作成する。
 24部作成し、製本するのに夕方までかかってしまった。
 年に1度のガイドなので、また説明内容を暗記するのが大変だ。
 今回は80%が女性の参加なので、土方歳三関連の内容を充実させた。
 明日には暗記して、明後日のツアーに臨む。
 カンニングペーパーを見ても良いのだが、こんな機会に暗記する事で頭の活性化が出来る。
 今回のバスは北檜山観光の大型40人乗りのバスに決まった。
 ガイドブックが出来た

 北海道立森少年自然の家(ネイパル森)の平成24年度主催事業が決まった。
 「もり・もり探検隊」との事業名で、箱館戦争で大鳥圭介隊が進攻した道を、旧徳川艦隊上陸地の鷲ノ木から茅部峠を越えて五稜郭までの52kmを2泊3日で歩く。
 小学校の5年生から中学校3年生までが対象になる。
 私も同行し、1日目の夜に歴史講座を行う。
 初日に17km歩き、2日目は茅部峠を越える29kmの道になる。
 そして最終日は8km歩いて無血入城?で五稜郭に入る。
 子供のイベントを一緒に考え行動するのは初めてなので、安全に注意して行いたい。
 ネイパル森HPの案内はこちら
 
 楽しそうだ
 参加者募集中です。
 
7月5日(木)トイレ改修11日目
 今日はぶんぽ研例会の日。
 行く前に昨日入荷したトイレを運びこむ。
 その後に例会に参加する。
 会長の報告と40周年記念誌発行に関する話し程度で終了。
 
 帰りに家に寄ってトイレの設置を行う。
 ますはPVCの管を切って、トイレの台座に取り付ける。
 PVCパイプを切る
 臭い防止のためしっかりとシーリングを施した。
 台座にPVCを固定する

 固定が完了し、便槽にセット
 これを逆さまにして便槽の上に固定し、その上にトイレを乗せる。
 トイレを乗せて完了
 配管やウォッシュレットの位置調整などを行い完了した。
 タンクへの配管が1本足りないので後回しにする。
 
 夕方から湯川啄木亭でマネージャーの高田さんとオンパクの打ち合わせ。
 募集人員が20名を越えたので、ツアーは成立する事になった。
 参加者の80%が女性の参加だった。
 多分土方ファンも多いので、ガイドの内容も土方を多くする方が良いかもしれない。
 募集人員に至らない企画もある中で健闘だと言っていた。
 オンパク最終日はプレミアムイベントの「イカ食べ放題」が1500円である。
 私のツアーは3500円なのでイカに食われるかと思ったので一安心だ。
 イカは直ぐに定員一杯になった。
 マグロの解体ショーは、昨年より参加者が落ちて70名だったそうだ。
 私のプログラムはまだ募集しています!!
 帰りに啄木亭の展望露天風呂に入浴してから帰る。
 まだ受け付けています
 明日からガイドブック作りとガイド内容を見直そう。
7月4日(水)残念なニュース&トイレ改修10日目
 今朝の北海道新聞に4面に渡り「ルネサス」の合理化の記事が載った。

 先月五所川原工場に行った際は、五所川原工場は富士電機に売却が決まっていた。
 他の工場の動向が心配だったが、今日の新聞で函館工場は閉鎖か売却になると載っていた。
 国内では恐らく売却先は無いので、閉鎖になるのだろう。
 私も退職まで2年を残した58歳で希望退職をした。
 この時はまだ条件が良かったが、条件は次第に厳しくなる。
 函館工場は私が採用された最初の工場なので、思い入れがある。
 また多くの仲間と仕事をしたが、それぞれ家庭を構えて重要な立場に居る。
 そんな中で閉鎖して失業したら、仕事を探そうにも函館にはありそうもない。
 みんなの事を考えれば心が痛む。

 トイレの改修は前室を行った。
 床を変形にしたが、そこにライトを置いて見た。
 なかなか良い雰囲気だ。
 まるで料亭の様な感じに仕上がった。
 私は朝のトイレは長い方で物事を考えたり、新聞を読んだりとする事が多いので、こんな雰囲気だとますます時間が長くなりそうだ。

 注文しておいたトイレが入荷したと言う連絡があったので、ホームセンターに取りに行く。
 これを据え付ければトイレの工事は95%は完成する。
 後は細かい所に手を入れればOKだ。
7月3日(火)トイレ改修9日目
 午前中は妻の病院の送り迎えで仕事が出来ず、午後から仕事を開始した。
 今日はトイレ前室の床工事。
 既にOSbボードは張ったので、その上にフローリングを敷くのだが、少し変形にした。
 一部はフローリングを敷かないで、白い板を張った。
 ここに白い小さな石を入れる事にする。
 その石の上に和風の照明を置いて庭園の感じにする。
 照明を作るか既存の物を活用するか思案中。
 床は変形にした

 次に物置のドアに白い板を張ったのだが、周囲も白ので何か殺風景だ。
 ここにアクセントを付ける事にする。
 リサイクルショップに行った時、外に材料が置いてあった。
 「この材料はどうするんですか?」と聞いたら、捨てるから必要なら上げるよと言われ貰って来たのだ。
 この材料をドアに張ろう。
 古い材料だが、ペンキを塗ったらすっかり綺麗になった。
 これをドアに張りつけて、縁取りを付ければ雰囲気も変わるだろう。
 塗装をしたら綺麗

 良い感じになった
 ドアの前に置いて見たが、まあ使えるか?
7月2日(月)トイレ改修8日目
 今日は朝の6時から作業開始した。
 トイレの方から始める。
 材料が足りなくて壁張りの残った部分の材料を購入して張りつける。
 後は細部の加工をしてほぼ完成した。
 上部壁も完成
 換気扇のスイッチは取り付け金具が在庫切れで、入荷待ちだ。
 下部は壁もフローリング

 棚も設けた
 横には棚を設けた。
 この下にトイレットペーパーと手拭い掛け金具を取り付ける。
 照明をどうするかと考えたが、自作する事になった。
 角木で枠を作り、和紙を張って作ろう。
 まずは型枠を作った。
 これが照明ボックス

 トイレも殆ど終わったので、後はトイレ本体入荷するのを待つばかりだ。

 次にトイレ前室の天井と壁を張った。
 外部に面する壁には断熱材を追加した。
 断熱材を追加

 天井も汚れていた

 真っ白な壁になった
 こちらは白一色で張ったので簡単に張れた。
 後は細部の加工を残すのみだ。
 今日は10時間も働いた。
 我ながら良く頑張っている。
7月1日(日)トイレ改修7日目
 今日でトイレの改修も1週間になった。
 なかなか進まないので、朝の7時に家を出て来て作業に入る・
 トイレの壁の下部を張る事にする。
 壁はフローリング材を使用する。
 フローリングは既に張って慣れているので順調に進んだが、途中で材料が切れた。
 壁張りは中断だが、ウォッシュレット用のコンセントも取り付けた。
 ここで終了だ
 材料が余らない様にぎりぎりに購入するので止むを得ないか。
 近くのホームセンターに購入に行ったら、ばら売りはしていなかった。
 違うホームセンターに行かなければならないが、自宅の近くなので帰ってから購入しよう。

 時間が余ったので、トイレの前室の改修を行う。
 まずは壁板を取り払う。
 ここの壁も白を基調にした壁に替える。
 次に床板の交換。
 古い板の上に何かを張ってごまかそうと思ったが、やはり交換する事にした。
 床は撤去した

 OSBボードを張った
 古い板を取り払ってOSBボードを張る。
 水落のハンドル部分はカット

 奥の部分の壁を張るだけだと、勿体ないので物入れを設置する。
 妻の不要になった、箱があったので、これを厚さを1/3位にサイズダウンして、ぴったり収まる様にした。
 物入れも設置

 これが結構な時間が掛った。
 今日はここ迄で、8時間掛ったので、今日の作業は終了。
 HP TOP