3月31日(土)ストーブが壊れた
 妻から「お父さん、ストーブが点かないよ」と言われる。
 「え〜壊れたの!」
 我が家のFFストーブはもう20年も使っている。
 壊れてもおかしくないかも知れない。
 FFストーブは6万円から7万円くらいはする。
 困ったな。
 春が近いとはいえストーブはまだ必要だ。
 ばらす事にする。
 中のパーツが焼けおちている。
 中心部の部品がずれている

 ばらばらになっていた
 さらに灯油が沢山底にある。
 まずは灯油を取り去って、底の部分の清掃をしっかりする。
 そして焼けおちたパーツの修理もする。
 溶接で止めていた部分も取れていたので、ドリルで穴を開け、ビス止めにしようとした。
 でもすっかり焼きの入った金属はドリルの刃が立たない。
 穴を開けているとドリルの刃が真っ赤になってしまう。
 3本駄目にして何とか穴を開け、タップネジを切ってビス止め完了した。
 部品は何とか修理出来た

 中央に収まった
 油は底に溜まっていたので油は来ている。
 そうすれば点火が駄目なのだ。
 ガラス繊維も焼けて少なくなっていたので、ホームサンターに行ったらまだ何とか手に入った。
 果たして点火が上手く行くのか?
 スイッチを入れたら点火した。
 何とか多大な出費は免れた。
 点火したOKOK

 午後からファイターズの試合を見る。
 逆転勝ちというドラマチックな試合で勝った。
 開幕2連勝。
 夫婦で唯一の共通の楽しみなのだ。
 何とか良い試合を1年間見せてくれれば、我々夫婦も良い時間を過ごせるのだが・・。
3月30日(金)当別丸山登山
 友人に誘われて当別丸山に登山する事になった。
 参加者はKさん、Nさんと初めて会うHさんの4人で行く事になった。
 トラピスト男子修道院に付いたら、車で来ていたHさんと合流。
 今回の参加メンバーでは一番若い方だそうだ。
 いつものコースを行くのは詰らないとなり、調べて来たコースを登る。
 こんな建物があった

 ここは取水口か
 水源があり、此処から修道院に飲料水を引いているのだろうか?
 ここから登るが地図での予想より急斜面だった。
 最初から息が上がりそうな急斜面を登る。
 そして正規の山道に出た。
 ここからはひたすら夏道に近いコースを登る。
 この山は意外と登りがきつい。
 ひたすら登る

 私も撮って貰った

 一汗かいて頂上に到着。
 雪がまだ2mは積もっている。
 頂上は2m位の積雪

 ガスって遠方の景色は見えない
 着いて直ぐに道探しだ。
 この山から数キロ離れた桂岳まで縦走が出来ると地元の人に聞いていた。
 北側に進路をとり茂辺地と木古内の境界線に沿った尾根を進む。
 丸山頂上の周囲は身長くらいある笹に覆われているのだが、境界線の方は短い笹が雪の下に見えた。
 これなら歩きやすいかもしれない。
 しばらく下って行ってコースを確認出来た。
 雪の下は見えないが、歩きやすそうな感じのコースがある。
 丸山へのもう一つの登山道が有る筈だとさらに調査。
 北西から登るコースを探したら尾根が見え、その下側には目印にしていた植林した杉が見えたのでここだろう。
 今度下から登る事にして今日は引き上げる。
 頂上に戻り下山。
 途中の風の当らない場所で昼食。
 今日もパンや漬け物、玉子焼き、お菓子などを頂いたので、自分の握って行ったおにぎりも半分は残した。
 私の持参するのはお握り程度なので人にあげれる物は無い。
 いつもお世話になりっぱなしだ。
 展望台コースを回って下山する。
 途中から天気予報通り雨がぽつぽつ降ってきた。
 途中から山道を外れて杉林の中を歩いたら、女性用のフリース登山ウェアーが落ちていた。
 2日位前の良物だろう。
 Kさんが持ちかえって山関係者に聞く事になった。
 舗装路を歩いて無事到着。
 帰りにトラピスト修道院の売店で、恒例のトラピストクッキーのはね品を2個購入。
 ここのソフトクリームは修道院の牛乳とトラピストバターを使っているので美味しいらしい。
 何とおごって貰った!
 美味しいソフト
 クリ―ミィな味で後味も変に残る事無く美味しかった。
 ヘラ?はトラピストクッキーを使っていた。
 家に帰って今日のコースをアップしようとしたら、Google Mapが警告を出す。
 GPSメーカーのHPを見たら、新しいソフトをダウンロードしないと見れなくなったそうだ。
 ダウンロードしようと試みるが、セキュリテイが働いて出来ない。
 セキュリテイを低くしてもダウンロード出来ない。
 これは困った。
3月29日(木)南コースを303m峰〜鏡山
 昨日は一部をやり残したかんじき製作だった。
 靴に止める紐を慌てて取り付ける。
 手元にある紐を探して、急遽縫い合わせて一応格好だけは整った。
 今日はEさんに山の案内を頼まれていたので、この途中でかんじきを試そうと言う事だった。
 車で303m峰に登山する入り口まで行き早速スタート。
 先日来た時はつぼ足で歩けたが、今回は新雪が降って埋まるので、最初からスノーシューを付けて登った。
 天気は快晴で気温も10度近くになる予報なので暖かい。
 青空が広がる
 長袖の薄いシャツ1枚でも寒くは無い。
 いつも303m峰に取りつく東面尾根を通過して、さらに雪の林道を進む。
 今回は新しい南側からのルートを行って見ようとなった。
 予定していた沢の入り口をGPSで確認し山の方向に入る。
 沢は深くは無く浅く幅の広い平坦な沢だった。
 沢の林の中を歩くが、やはり雰囲気は春の感じで、歩いていても気持ちが良い。
 303m峰南側の沢コース
 沢を登り詰めて、左手の尾根に上がる。
 この尾根から303m峰の南斜面に大きく広がるコースに抜ける。
 木の少ない斜面が多い

 慌てて装着したので曲ってる
 途中は木も無く視界が良いコースが頂上まで続く。
 函館山や当別丸山、さらには横津連峰がはっきりと見える。
 横津連邦が見える
 やがて303m峰に到着。
 ここで石標探しをする予定だった。
 でも折角作った小型スコップを忘れてしまった。
 バックパックにスキーをどうつけるか夢中になってスコップを付けるのを忘れたのだ。
 仕方が無いから、Aさんから送られて来た写真にある木を探そうと、うろうろ頂上付近を捜しまわったが、該当するような木が見つからなかった。
 雪もまだ相当あるので、木の根本にある石標も見えなかった。
 もう少し雪が解けなければ無理だ。
 諦めて鏡山の方へ縦走する。
 西に張り出している尾根を行ってから鏡山の方に登ると楽に行ける。
 沢を一つ降りて鏡山の斜面に出る。
 桂岳展望
 鏡山に登る斜面で南風が凄く強くなった。
 寒くは無いが飛ばされそうだ。
 頂上に行き、早々に北斜面を少し下る。
 風が遮られていた場所があったので食事にする。
 食事の後、かんじきのテストをする。
 まずはアイゼン+かんじきの組み合わせで歩いて見る。
 左にホームセンターで購入したスノーシューを履き、右に今回作成したかんじきを履く。
 白いアルミが自作品
 少し急な斜面を登った。
 今回作ったかんじきは凄く軽い。
 履いているのを感じない位だった。
 ホーマックで買ったアルミスノーシューとは問題にならない。
 両方を歩いて比較するとその軽さが実感出来る。
 左汎用品、右自作品の跡
 滑り具合もスノーシューに比べて、アイゼンの爪が効いていて全く滑らない。
 今日の雪では埋まり具合も殆ど同じで、結果的には今回使ったかんじきは満足出来るものだった。
 今後耐久テストをして様子を見よう。

 次にアイゼンをスキーに付けての滑走テストをする。
 スキーを付けた。
 スキーで怪我してから実に3シーズンぶりのスキーの装着だ。
 でもアルペンレースの板に比べ70cmの長さの板は余りにも短い。
 重い新雪が10cm程度積もっている。
 履いて歩くが前後のバランスが取りにくくよたよたする。
 最初に真っ直ぐに下る。
 まずは真っ直ぐに下る
 何とか頑張って10m程滑って転ぶ。
 スキーの先端が雪に潜りこむのだ。
 今回は長いフリースタイルスキーの後ろ部分を切って使ったので先端部が低いと言うのもある。
 それにしても深い雪でのショートスキーは難しい。
 次にジャンプターンを試みるが、これも前後の安定性がない。
 ジャンプターンを試みる

 先が埋まってる
 おまけに負荷が掛りすぎて、朝に緊急で縫った紐の糸が切れてしまった。
 スキーテストは中止。
 結論としてはやはり長い板にする事になった。
 150cmか160cmにして見よう。
 靴の固定部分も良いアイデアが浮かんだので、2号機を試作する事にする。
 
 帰りは鏡山東側の尾根コースを下る。
 このコースは風下なので無風状態だ。
 春を感じながら淡々と降りる。
 途中から沢に下りアップダウンを回避しようとしたが、沢が深くなり途中から尾根コースに戻る。
 沢も下った
 そして舗装道路に出た。
 ここから数100m歩いて車に到着。
 5時間の山行だった。
 家に帰ってGPSの軌跡を載せようとしたのだが、エラーが出て軌跡が表示出来ない。
 Googleからのエラーで英語なので理解出来ない。
 GPSのプロダクトキィが必要だと言っている様だ。
 でも何で急に?
3月28日(水)健康サロン&かんじき作り
 今日は健康サロンの日。
 みんなが楽しみにしている
 いつも通り、ストレッチや筋トレ、テレビ体操、気功などこなして終了。
 そして昼ごはん。
 今日はお茶づけだった。
 今日は具沢山のお茶漬け

 午後からはかんじき作り。
 明日の山行きに持って行きたいのでピッチを上げて作る。
 最初の計画ではアイゼンをそのままスキーに付けようとしたが、爪の部分が下に出るので、引掛りkk防止 のため、底上げしなくてはと思っていた。
 昨日温泉に入りながらじっくり考えた。
 30分くらい瞑想していたら良いアイデアが浮かんだ。
 忘れない様に直ぐにでも湯船から出て、メモしようかと思ったくらいだ。
 アイゼンを逆に付ければどうなるのか? だった。
 アイゼンを逆にした
 家に帰ってアイゼンをひっくり返し、スキーの板の上に上げて見たらいけそうだった。
 アイゼンの爪の部分が丁度靴の先端のホールドになる。
 その工作を今日行った。
 まずは長いスキーの先端部分を70cmの位置でカットした。
 長さも何センチが良いかは実際に滑って見なければならない。
 ワンタッチで止めるの計画だが、後ろはワンタッチで前は部品が無かったので、取り敢えずは手締めで固定した。
 パーツの作成から取り付けまで、5時間掛って一応完成した。
 一応完成した
 完成したと言っても試作品なので何度かのテストを繰り返して、改善をしながら完成に近づけたい。
 取り敢えず考えていた事が実現出来て良かった。
 明日、滑って見るがどうなるだろうか?
 どんな滑り方が出来るのか楽しみだ。
 問題はネジ部分の強度かな?
 部品が無かったので、代用したのだが、あまり激しい滑りだとネジが抜けるかも知れない。
 スノーシュー、アイゼン、スキーの3つがワンタッチで使える筈だ。
3月27日(火)かんじき作り
 今日は朝からかんじき作りをする。
 前回はここまで出来た
 かんじきのアルミ枠部分は出来たので次は爪を作らなくてはならない。
 取り付け場所や構造などを考えていたが、頭がひらめいた。
 以前リサイクルショップで1000円で購入した、ジュラルミン製のアイゼンがある。
 他のスノーシューに付けていたが使ってみる。
 ジュラルミンアイゼン
 問題はアイゼンをかんじきに止める方法だ。
 ワンタッチで取り付けが出来て、かがと部分が上がる様にしたい。
 色々考えたがなかなかいいアイデアが浮かばない。
 メカニカル的に作れば可能なのだが、出来るだけシンプルなものにしたい。
 そこで考えたのが、だるまの階段下りの構造だ。
 以前孫に自作してプレゼントした事が有る。
 丸い穴とそれに通じるスリットを設ける。
 スリットを通したパーツは少し回転させると、パイプがスリットより太いから落ちない。
 歩く動作的に使わない位置からスリットを通して固定パーツを入れる。
 そして使う部分の位置に来るとパーツは外れ無い。
 これだ!
 早速作り始める。
 この字型のパーツをアルミで製作する。
 この字型の部品を作る
 この側面にスリットと丸穴を設ける。
 これで完成だ。
 スリットと丸穴を開けた

 丸棒を取りつけ溝を入れる
  次にかんじきにアルミ棒を1本通す。
 その棒にスリットを通す様にヤスリで研磨する。
 この削った部分にアイゼンに付ける。
 まずはこの部品をセットして見る。
 こんな感じでスリットから入れる
 上の写真の様に横にして入れる。
 歩く時はこの様になる
 そして90度回すと部品は外れる事は無い。
 外す時は90度の位置だけになる。
 この部分は通常の使用時には来る位置で無いので、外れる事は無い。
 良さそうなのでパーツをアイゼンにネジで固定する。
 部品とアイゼンを合体させた
 アイゼンが中心に来るように横にずれ止めを作る。
 これはビニールホースを半分に切っ4かぶせた。
 アイゼンがずれ防止にガードを入れる
 これを実際にセットしてみた。
 これで完成だ
 良い感じで取りついた
 動きはスムースだ
 靴のかかとが自由に上がる。
 靴を固定するベルトを付けた。
 今回は部品も少なく、仮に製作した。
 これはアイゼンの使用
 これはアイゼンとして使用する状態。
 かんじきはワンタッチで装着できる。
 ワンタッチで爪付きかんじき
 勿論かがとも上がる。
 当然かがとは上がる
 実際には使用して、問題が有れば改善を何度も加えて完成に持って行かなくてはならない。
 今シーズンはテストに徹しよう。
 今週の山行に右しかにが持って行って試して見よう。。
 左はスノーシューを持って行こう。
 最終的なイメージは、アイゼンとスキーの組み合わせも出来るようにしたい。
 かんじきとスキーを使う時はかんじきはバックパックに付けるが、余計な部品が着いていないので、取りつけも苦労しないだろう。
 スキーを付けたイメージは下の写真になる。
 最終イメージはこれだ
 ターンを主体とした滑走では無く、斜面を歩くより早く降りれれば良いかなといった感じにしたい。
 急斜面はジャンプターンなどが出来る強度は欲しい。
 スキーの長さも使いやすい長さに決めなくてはならない。
 本格的な山スキー的な使い方は全く頭に無く、山スキーのあまり得意で無い人が、下りを遊び感覚で早く降りられるのが目的だ。
 歩くより早く滑ってこれれば良い。
3月26日(月)色々あった一日
 午前中に家の前に大形車が3台も来た。
 大形車が3台も来た
 何事が起きたのかと行って見たら、下水道の清掃をするそうだ。
 今までは町内会のごみ掃除などで、下水道のマンホールの中を開けて、泥を取り除く事を行っていた。
 それが今は全く違うのだ。
 まずは高圧ジェット水で配管を綺麗にし、泥や水をポンプ車で汲み取るといった方式なのだ。
 細いのが高圧水、太いのが吸引
 取った後は、配管内にカメラを送って画像で清掃状態を確認するのだ。
 世の中進歩しているんだ。
 マンホールに入って行った
 これで今年のどぶ掃除は無しになったか。
 マンホールを開けるので、雪のある所は大変だ。
 GH「自遊旅」の角にも有るのだが、雪がかなり積もっている。
 若い人が掘ったが、なかなか排水口まで辿りつかない。
 もう少しで辿りつくところまで来たら、そこは開けなくて良いとなった。
 除雪してくれた
 私としては雪解けの水を流すのに、排水口を掘り起こさなければと思っていたのだが、お陰で直ぐに排水口は出てきそうだ。
 
 妻の病院に行った帰りにリサイクルショップに行く。
 前から目を付けていた、パタゴニアのウェアを買おうかなと思う。
 パタゴニアは新品は高価で手が出ない。
 そんな事でいつも安いウェアばかり来ている。
 一番高価なウェアはストームクルーザーだが、これは頂きものだ。
 バックパックのホグロフス(HAGLOFS)はスキーのワールドカップレーサーからの貰いものと、自分で買ったブランド品は少ない。
 こんな具合で苦労している。
 パタゴニアや他のブランド品はリサイクルショップでも1万円以上はする。
 今回のウェアは店での値段は8000円だったが、店で少し破いてしまったのとチャックが閉まらないと言う。
 それで1200円に価格ダウンした。
 Made in USAの正規品だ。
 破けた部分は小さいので、直ぐに修理は出来る。
 山に行けば破けるのは当たり前の様なもので気にしないし、妻が簡単に修理出来るとなった。
 チャックは溝部分が狭くなっているので入りにくい。
 溝を手で広げたらすんなり入った。
 暖かそうなウェアだ。
 パタゴニアだ

 午後からかんじきを製作する。
 と言っても試作品だ。
 スノーシューは有るので作る必要はそれ程無いのだが、今時期になると雪が硬くなるのでスノーシューは滑る。
 先日スノーシュを履いて急斜面をジャンピングターンしたら、むしろ滑る分面白かった。
 でもかんじきの方が普段は歩きやすい。
 アルミかんじきにする。
 廃品のアルミパイプが有ったのでそれを使う。
 アウトドアで使うアルミ椅子の部品だ。
 パイプを2本に切って、真ん中を一回り太いパイプに入れてアルミリベットで固定した。
 後ろ部分はアルミパイプを曲げ加工してアルミリベット止めにした
 まずは方足を作って今週テストしてみよう。
 爪以外の部分は完成した。
 爪はこれから付ける

 これでかんじきとしては終わりなのだが、さらに先の目的が有る。
 山の緩やかな長い下りをスノーシューで歩いていると、長い距離に飽きて何とかならないかとなる。
 先日Eさんと話しながら、スキーが下に付いていれば良いねとなった。
 それなら試作してみると言ったので、かんじきが出来た後に作る事にした。
 やはりスキーを取りつけるのが難しいだろう。
 かんじきの幅があるので、少し高い位置にかんじきを付けなければ引っかかる。
 カービングスキーが出た時に、ビンディングが厚くなって、カービング時の傾斜に対応したのと同じだ。
 かんじきとスキーを合体した時の剛性が問題になるだろう。
 でもターンを重視しないで、直線滑降主体なら何とかなりそうだ。
 長い緩やかな斜面を下る事を前提に考えれば良いか。
 今日はまだスキーの方には手が付かなかったが、じっくり考えて何とか使えるよ様にしたい。
 イメージはこうだ
 イメージはこんな感じで、スキーのビンディングは重いのと形状が合わないので使わない。
 別な固定方法を考える。
 スキーの長さは60cm程度にする。
 爪はスキーが付いた時は外せるようにする。
 
3月25日(日)高校野球TV観戦
 今日は北海道代表の小樽北照高校の試合が有る。
 これは見逃せない。
 2回に入った所で、「お父さん、今日は生協で野菜が安いから買って来て」となり、観戦を中断して買い物に行く。
 妻はまだ外に出るのが駄目で、買い物はもっぱら私の役目だ。
 品物の値段も凄く詳しくなり、今日はこれが高いとか安いとかは直ぐに分かる。
 すっかり買い物主夫が板に付いた。
 帰って試合の続きを見るが、やはり昨年の準優勝高の八戸光星高校は強く6対0で負けてしまった。
 21世紀枠の女満別高校も負けたので、高校野球の楽しみは大幅に減った。

 今度行く予定の鏡山にはスコップを持って行く。
 標石を掘り起こして碑面を見てみたい。
 しかし重いスコップは厭だなと思っていたら、「柄の折れた小さいスコップがあるよ」と妻の言葉。
 小さいスコップの先だけあった。
 木の棒が無いかと探したら、山で拾った木が有った。
 これで作ろうとなった。
 自然木を使った
 木の先端をカッターナイフで削り、スコップ棒の棒が入る部分の穴の大きさに合わせる。
 そして強く叩いて埋め込み、さらにスコップと柄をボルトで止めた。
 これで完成。
 なかなか良い感じだ
 曲った柄に自然木を感じる。

 ツルハシも柄が抜けていると言われて見たら、柄が変形してがたがたになっていた。
 どうも柄が折れる事が多い。
 つるはしはくさびを打ち込む
 今年に入ってプラスチックのスコップの柄が折れた。
 どうも妻の使い方が悪いのだ。
 スコップを雪に刺して自力で持ち上がらないと、あおってスコップを上げるので折れるのだ。
 過去に何本も折っている。
 先をのこぎりで切って、くさびをホームセンターで買って打ち込み修理した。
 完成!


 早速氷割を始めた

3月24日(土)303m峰に御料林の標石か?
 最近良く行く303m峰だが、先日山で会ったAさんから写真が送られてきた。
 鏡山から連なる、303m峰の頂上付近に石の標識があるのを今年の1月に見つけたそうだ。
 Aさんが掘った

 明治三十の文字が見える
 これは境界か御料林を表わしているのではないかと言う。
 私は2度行ったがまだ雪が深くて確認は出来なかった。
 それにしても夏には道は全く無いと思われ、誰も来るような場所では無いと思っていたのでこの様な場所にあるとは思い寄らなかった。
 この辺りは箱館戦争の際に、旧幕府軍の土塁が有った場所として絵に描かれている。
 さらに明治初期の古文書に、山に至る道と書かれており、この山の方向に行くような感じなのだ。
 本当に道が有ったんだと思えてきた。
 標石は明治三十まで読めるそうで、その下は雪に埋まり判読出来なかったそうだ。
 古代に於ける皇室の財産の実態は今も分からないままだが、その後色々な歴史があり、大日本帝国憲法下で皇室の財産は御料あるいは御料地と呼ばれていた。
 それが日本国憲法の下では皇室財産は国に所属する事になった。
 当然御料地も国有林に戻された。
 御料局→帝室林野管理局→農林林野局→林野局と管理部署が変わっている。
 明治32年の御料地境界踏査規程により、御料局の境界標石は「界標」と呼ばれ標石が設けられた。
 303m峰の標石には明治三十の文字が見える事から、年代的には国有林の境界として設けられた物なのだろうか。
 そうで有れば「宮」の記号が書かれている筈である。
 「宮」のウ冠が広く丸みを帯びているのが特徴だ。
 宮の字に特徴がある

 御料局と書かれた物もある
 来週再び行く事になるので少し雪を掘って見ようかな?
3月23日(金)鏡山から303m峰へ
 鏡山〜303m峰へのルート案内を頼まれた。
 天気予報は快晴の予定で気温も8度くらいまで上がる予定だった。
 途中で参加者を載せて登山口に到着。

 直ぐに登りに入る。
 先日下った足跡がまだ着いていたので、道は間違える事も無い。
 原生林の中を登る
 登って直ぐに新幹線の工事現場を見下ろす地点に着く。
 北海道に延伸が決まった新幹線だが、我々のあまり見えない場所で着々と進んでいる。
 トンネルがぽっかり口を開けていた。
 現在登っている場所の真下もトンネルが通っている。
 原生林の中をスノーシューやかんじきで歩くが、やはり春の気配が感じられて、気持ちが良い。
 アップダウンを何度も繰り返す尾根道を進むのだが、他にコースは無いのかなと探しながら歩く。
 澤に沿って登って来れば、アップダウンが無くて良さそうだ。
 次回は別なコースを歩いて見よう。
 鏡山頂上が見えて来た
 頂上が近づいて来れば木の無い雪の大斜面になる。
 こんな光景は大好きだ。
 最後の大斜面を登る

 函館湾が見える登り

 頂上にもう少しの所で、下って来た登山者に会った。
 山スキーで来ていた。
 某山岳会のIさんと友人のKさんだった。
 2年前ほどに山行行事に誘われて以来の出会いだった。
 しばらく話をして別れる。
 鏡山頂上で記念撮影

 駒ケ岳はぼんやり見えた

 頂上から303m峰に向かう。
 ここは楽なコースが発見出来たので容易に行ける。
 303m峰に登って、次回には来たい南コースを眺める。
 何とか来れそうな感じだ。
 次回はこのコースを来たい
 最後の登りは広い斜面が続いて気持ちが良さそうだ。
 303m峰の急斜面を下り再び登って、尾根道下る。
 林道に出た所に大広場があるのでここで昼食を摂る。
 私はいつのもおにぎりと玉子焼きのみだが、今日は3人も女性がいるので、パンや漬け物、果物などなど沢山いただいてお腹が一杯になった。
 下山する。
 林道の真ん中に木がある。
 今しか見られない光景
 この木を最初に見た時は、枝が皆下を向いていたので、雪の重みで枝が下がってしまったんだと思っていた。
 しかしそれは全く違って、付近の木が何かの原因で倒れ、その先端部分が他の木に当り、先端部が折れて地面に落ちたのだ。
 それも逆さまに落ちて先端部が雪面に刺さったのだ。
 それも垂直に刺さったのだ。
 何とも珍しい光景だった。
 後、1〜2週間で地面に横たわる運命なのだ。
 淡々と林道を下って車に到着。
 皆を送って行き、直ぐに旧大野町まで走り、ぶんぽ研40周年記念実行委員会に遅れて出席。
 あっと言う間に終わり帰宅した。 
3月22日(木)スポーク交換
 函館の最高気温が8度になった。
 暖かい!
 久しぶりの暖かさだ。
 キャリアのスポークをようやく交換出来た。
 歩き旅用キャリアのスポークが1本折れていた。
 1本が折れて無い
 日本一周歩き旅の花里さんから、貰ったホィールなのだが、彼の荷物が重かったので折れたのだ。
 彼がもう必要ないと言うので貰ったものだが、スポークを交換した方が良いだろうとなり、メーカーにメールした。
 このメーカーから「当社はアッセンブルで売っているのでスポークののみは売れません」と言う。
 アッセンブルとはホィール、ノーパンクタイヤ一式になる。
 これだと1本1万円もする。
 たった1本のスポークが折れたのに、これは余りにもひどいではないか。
 それなら仕方が無い。
 1本くらい無くても荷物が軽いので大丈夫だろうとなった。
 しばらくしてメーカーから、「台湾メーカーなので聞いた所、ばら売りします」となった。
 やはり気が引けたのかな?
 スポークは1本150円だった。
 これも高い事は高い。
 せいぜい40円程度なのだが、仕方がないだろう。
 2本を300円+送料が430円+代引き手数料が320円と1050円になった。
 送られてきたスポーク
 交換は5分も有れば出来る。
 高くついたが安心料と思えば良いか。

 5分で新しいのが付いた
3月21日(水)山道調査
 恵山方面の山道調査に出掛ける。
 今回のコース
 昨日から降った雪で国道は雪は無いものの、周辺は雪が積っている。
 恵山の方に近づいたら、ますます雪が多くなってきた。
 恵山温泉「恵風」の駐車場に車を止めてスタート。
 「恵風」駐車場からの恵山
 まずは「いそや道」の写真撮影をしようとなる。
 林道をしばらく歩いて砂防ダムを越え、山道に入ろうとしたら、雪で山道が見えなくなっていた。
 これじゃガイドブックに載せる写真撮影は無理だ。
 仕方が無く、山道を降りた後の道を探す。
 山道を降りて元村(当時=現在の椴法華漁港付近)までの道が書かれていrのだが、発見出来ずにいた。
 注意深く道を探していたら、何となく道かな程度の跡があった。
 中に入って行ったら、はっきりした道が現れて来た。
 旧道見つけた!
 この道をどんどん行く。
 最後は予想された当りに出る事が出来た。
 これで一つ残っていた宿題が無くなった。
 松浦武四郎も登った十三曲

 先程の山道撮影には、北側の登山口から行ったのだが、南側から登って南側のみを撮影しようと決めた。
 その前に現在の周辺を探索しようとうろついた。
 雪も締まってきたので、スノーシューではあちこち楽に歩ける。
 銚子岬も良く見えた
 かなりの距離を歩いて車に戻る。
 おにぎりを食べてから、古部山道の入り口調査に行く。
 古い地図を頼りに道を探していたら、入り口は分かった。
 でも道は相当の雪が積っている。
 これだと道も良く分からない。
 しばらく考えて、今回は諦めて雪が無くなってから来ようと決めた。
 写真も撮れないし、雪の無い時の、道の状況も良く分からないので調査には不向きだった。

 「いそや道」の南側に行く。
 いつもの二本柳さんの家の前に車を止める。
 南側は雪がかなり少ない。
 熊の爪跡? 新しいが・・

 いそ道の南は春の気配

 道を外れて散策

 一通りの予定された撮影を終えて下山する。
 二本柳さんは居なかったので、そのまま帰ってくる。
 帰りに恵山温泉に寄ったら、休館日だった。
 以前は月曜日だったのに・・・。
 今回は車中1泊で調査と思っていたが、十分な調査も出来そうに無いので家に帰る事にする。
3月20日(火)墓参り中止で明日は山道調査へ
 今日の午前中は、テントの下に敷く防水シートをテントの底に合わせて作成した。
 使わないテントの底部を切り取ったのだが、角が少し足りない。
 まあ仕方が無いか。
 角が欠けるが仕方が無い
 端をミシンで縫って完成し、一段落したら「健康サロンin明和園」の名簿を作って欲しいとなり、EXELで作成。
 午後からはJリーグ「ナビスコカップ」のコンサドーレの試合を見たが、0対1で負ける。
 コンサドーレは今期からJIに昇格したがまだ1勝もしていない。
 やはりJ2とは違うのだろうな。

 明日の妻の実家の墓参りが延期になった。
 雪が深くて墓が埋まっているそうだ。
 来月早々に妻の母の3年祭があるので、その時にお墓参りをしようとなった。
 それならとばかり、明日から函館の東端の恵山や古部に行き、旧道の探索をする事にした。
 まだ調査途中の「古部山道」があるのだ。
 「いそや道」の写真も少し足りないので撮っておきたい。
 この先も色々と予定が入っているので、雪の融ける前に是非行っておきたい。

 最近はガソリンも高騰しているので、何度も通うのは大変だ。
 函館も格安店で150.8円/Lになった。
 そこで車中泊しながら、一気に探索してしまおうと決めた。
 急遽、車に荷物を詰め込んで準備は終えた。
 後は着替え食料を準備すればOKだ。
3月19日(月)吹雪きになった
 春の雰囲気ななったと思ったら、今日は吹雪きになった。
 家に引きこもるしかない。
 真冬ならどうって事がないのだが、春が来たと持ってからの吹雪きはやけに寒く感じる。
 まあやる事は沢山あるので、時間はいくら有っても良い。
 渋江長伯の旅資料作りをする。
 いよいよ蝦夷地の資料作りになる。
 紀行文や絵図を100枚位コピーした。
 今後、この資料に情報を更に書きこんで行く。
 土地勘の無い、奥州街道と違って北海道は土地勘があるので楽だ。
  旅資料とDVDが完成

 コピーも終わって、妻を病院に送って行く。
 今日は随分混んでいる。
 私は家に帰ってDVDの作成をする。
 「健康サロンin明和園」で使用する、ラジオ体操第一と気功十八式のDVD作成だ。
 少しパソコンが出来ると色々と頼まれる事が多い。
 DVD作成は簡単なのだが、問題は私のパソコンのメモリーが貧弱なのだ。
 1GB+1GBのメモリーが入っているが、あまり容量の多い作業するとメモリー不足で止まってしまう。
 メモリーボードは2GBで4000円位する。
 これが2枚だと8000円になる。
 これさえあればすいすいと作業がはかどるのだが予算が厳しい。

 動画はYoutubeからDLする事にした。
 どちらの動画も入っている。
 でも高画質に知ればDVD作成が厳しいので、画質を落とす。
 少し見ぐるしいが仕方が無い。
 ラジオ体操第一は時間が短いので焼き付けはOKだった。
 気功十八式は8分あるので途中で止まる官かなとはらはらだったが、途中でメモリー領域が少なくなっていますの表示が出たが辛うじて焼き付け出来た。
 
 その後は溜まった山の資料や旧道の資料のファイル整理して一日が終わった。
 この時期にまだまだ調べならない山道が結構残っている。
 雪が解ける前に歩かなくては焦るのだが・・・・
 藪漕ぎになる前に調べたい。
 こんなのも作った
 
3月18日(日)雪捨てで疲れた!
 昨日、雨が降ったので雪も大分融けたであろう。
 妻の実家の玄関前は、今冬一度も除雪はしていない。
 140年の観測史上最高積雪だったので、かなり積もっている事は容易に想像できる。
 4月の上旬に妻の母親が亡くなって3年目に行われる3年祭がある。
 これを実家で取り行う事になった。
 どうしても除雪をしなくてはならない。
 約8km離れた実家に行く。
 やはり雪はびっしり積もっている。
 凄い量だ
 プラのスコップで表面はすくって捨てれられるが、中は凍っていた。
 昨日の雨で融けたと思いったが、水をたっぷり含んですっかり重くなっていた。
 スコップに載せる雪が重いのでかなりの重労働だ。
 半分位除雪したら、義理の妹がやってきた。
 金属のスコップを持って来た。
 妹も雪を捨てるのは重くて大変だ。
 そこで妹は雪を崩す役で、私が捨てる役にした。
 この方が効率が良い。
 でも捨てるのが忙しくなり、腰には負担が大きい。
 2時間半掛ってようやく終了した。
 車も入れるようになった
 帰りに温泉でのんびり疲れを癒して帰宅。
3月17日(土)だらだらな一日
 今日は雨なので、何処にも出かける気分にはなれない。
 いつものスーパーの買いだしは、近くのラルズで牛乳100円のを2個、唐揚げ肉、豚ブロック肉などを購入。
 続いて野菜安売りの生協に行って、ホウレンソウ、大根、白菜、キャベツ、ニラを購入した。
 最近は野菜が高いので、バーゲンの日は特に混む。

 午後から日ハム対ロッテの試合を見るつもりだったが、雨で中止になった。
 番組をリサーチしていたら、J-Sportで「第2回Red BUll Boxcart Racing」が放映されていた。
 初めて見る番組だ。
 北海道で良く開催している、手作りそりの上にデコレーションした構造物を作り、滑る競技が有る。
 途中にはジャンプ台があったりする。
 Boxcartは基本的には自転車の構造物を作り、その上にデコレーションした構造物を作り、スピードとパフォーマンスを競う競技で、ジャンプ台もある。
 物作りの好きな私にとっては特にメカに凄い興味がある。
 かすかに見える自転車部分に目を凝らして見ていた。
 色々な考えがあって凄く面白い。
 自分ならこうすると、一緒に見ている妻に熱く話すのだが、女性はメカよりパフォーマンスが良いようだ。
 結局、放送は4時間に及んだ。
 60台くらいのBoxcartを見て大満足だった。
 放映が終わったのだ5時だった。
 雨で退屈な一日になりそうだったが、楽しく過ごせた日になった。
 日本で初めて行われた大会の模様がYoutubeにあった。
 こちら
 
3月16日(金)303m峰〜鏡山縦走
 天気も良いので北斗市にある鏡山周辺に行く事にした。
 鏡山はここ2週間で3回目になる。
 かねてから行きたかった鏡山南にある303m峰に行く事にする。
 そこから鏡山へのルートを探す。
 これが今回の目的だ。
 303m峰には箱館戦争の激戦地である矢不来台場から馬追を経由して行く方法と、ごみ焼却施設「クリンおしま」から行く方法があると考えられる。
 今回は「クリンおしま」から行く事にする。


 妻に山に行くよと言ったら、妹も連れて行ってと言うので、迎えに行って一緒に行く。
 「クリンおしま」に着いた。
 ここから先は以前新幹線の工事用道路を作っていて、関係者以外侵入禁止だったが、道路も完成し林道入り口まで行けた。
 これで数100mは歩かなくて済む。
 登山準備をしていたら、乗っている方がこちらを向いて車で通り過ぎた。
 登山する様な感じの服装だったが、何処から登るのだろうか?
 スタートする。
 天気は薄曇りで時々太陽が顔を出すので暖かい。
 1人のつぼ足の足跡がある。
 最初は林道を行く
 我々もつぼ足で歩く。
 しばらく林道を進んだら、10人くらいが歩いた様な踏みしめられた跡が出て来た。
 これは凄く歩きやすい。
 同じコースを登るのかなと思ったが、途中からだんだんと見えなくなってしまった。
 スノーシューに履き替える。
 1kmくらいは林道歩き
 左後ろには函館山が見えて来た。
 林道を1kmくらい歩いて右の尾根に出るコースを探して右に入る。
 杉林の中をジグザグに登って行ったら、最後の斜面は急斜面になり登れそうにない。
 あまり高度を下げない様に尾根の下方にトラバースする。
 そして手ごろな個所から尾根に出た。
 尾根に取りついた
 尾根は少し傾斜がきついので、妹に合わせ休み休み登る。
 やがて平坦になり今度は303m峰との間にあるコルに下る。
 コルへは急斜面を下る
 ここから303m峰までは急な斜面の登りになる。
 303m峰最後の登り
 少しずつ高度を上げて303m峰の頂上に着いた。
 頂上はかなりだだっぴろい平坦地だった。
 この辺りが頂上

 いつものポーズ
 函館山が見え、当別丸山もすっきり見える。
 西の方に行くと、南から繋がっている尾根が見える。
 矢不来への南ルート
 こちらの方が登りは緩やかだ。

 (函館山から右の丸山まで)

 (丸山から桂岳まで)
 記念写真を取った後、鏡山のルートを探す。
 真っ直ぐにルートを取ろうと思っていたのだが、かなりの急な斜面で無理。
 西の方に尾根を進んだら、鏡山との間のコルに簡単に降りる事が出来た。
 ここから鏡山へは、杉林の中を突破と思っていたが、杉林の外れた西側は歩きやすかった。
 この斜面は緩いので簡単に行ける。
 杉の木の左が良い
 その時上から2人の登山者が降りて来た。
 あれ〜先ほどの車に乗っていた方だ。
 話をする。
 私たちの登った所よりさらに先から尾根を歩いて、鏡山の北斜面に到達し、鏡山の山頂に登ったそうだ。
 このコースは私も地図で歩けそうだとは思っていたが、実際来た方が居たので、そのコースを下る事にする。
 足跡が残っているので道に迷う事も無く新たなルートを歩ける。
 別れてそれぞれのコースを下る。
 我々は鏡山の頂上で写真を撮って下る。
 駒ケ岳もくっきり

 鏡山の頂上で

 もう一つ駒ケ岳
 下りのコースはアップダウンのある尾根道をひたすら歩くのだが、木の間隔も密集はしていないので歩きやすい。
 こんな林はひたすら下る
 今回は足跡が有るので迷う事も無いのだが、何も無ければ間違いそうな個所も少しはある。
 細い尾根を歩いたりはあるが、全体的には変化に富んで楽しく歩けるコースだ。
 細い尾根もある

 アップダウンを繰り返す
 かなり降りて来たら、建設中の新幹線のトンネルが見える。
 我々の歩いている真下にトンネルがあるのだ。
 最後の斜面を下れば橋に出る。
 ここがゴール
 ここに先程の御夫婦の車が置いてあった。
 4時間の山歩きだった。
 先を見たらご夫婦も歩いて車に向かっている所だった。
 お互い「ご苦労さん」と挨拶。
 奥さんが「毛利さん出ないですか?」と聞く。
 「そうですが」と答えたら、「会えて良かったです」と言う。
 私の講演会に来てくれた方だった。
 良く名前を覚えてくれていたものだ。
 感謝感謝。
 色々な話をしたが、旧道も興味があると言うので、後日資料を送る事にした。
 今日は新しいコースを2つも歩けて最高だった。
 車内で遅い昼食を食べて家に着いたら3時を回っていた。
3月15日(木)旅資料(日光・奥州街道)完成
 今年MTBで踏破予定の、「渋江長伯・谷元旦の足跡を巡る旅」(日本橋〜厚岸)の資料内、日光街道と奥州街道の分がようやくまとまった。
 資料は「2人分の紀行文」「街道絵図」「コース詳細図」の3冊で170ページになった。
 ついでに翌年の寛政12年(1800)の第一次測量で同じコースを歩いた伊能忠敬の紀行文も纏めた。
 全く同じコースなので、彼の旅も合わせて足取りを追っても面白そうだ。
 4冊で200ページにもなった。
 4冊で200ページになる。
 残るは蝦夷編で「松前〜厚岸」までを纏めなくてはならない。
 蝦夷に関しては土地勘があるのと、詳細が分からなかった釧路方面は娘の所に行ったついでに調べたので、資料作りには大した時間も掛らない。
 何度も歩いた道だし、峠越えも経験しているので気は楽だ。
 やはり地元を走る方が、気分的にも楽になる。
 出発は、6月に五所川原で会社のOB会や毎年参加している、40kmウォーキングがあるので、6月頃を予定している。
 残るは妻の体調次第になる。
 最近は暖かくなってきたのと、気持ちも前向きになって来て、自室で器具を使ってのトレーニングもしている。
 長期旅は私1人で行動するのだが、家庭環境も大きく影響してくる。
 やはり皆が健康で無ければ、出来ない事なのだ。
 
3月14日(水)健康サロン&旅資料作り
 今日は健康サロンin明和園の日。
 昨日はMTBを持ちあげて上体や腕が張っている。
 丁度良いタイミングだった。
 いつもより早く行って大広間でウォークする。
 館内は暖かいので短パンにTシャツで20分も歩いたら汗が出るくらいだ。
 本番ではストレッチを十分にやってから、筋トレさらには気功をやって、最後は全員でウォークをして終了した。
 楽しみな昼食は天丼だった。
 たっぷり御飯を入れて頂く。
 エビフライ、蟹フライ、なす揚げと青野菜だった。
 サラダも付いたのでこれも大盛りで頂く。
 いつも美味しい

 家に帰って旅の資料を作成する。
 最近あまりやっていないので進んでいない。
 春らしくなったので焦って来た。
 奥州街道のマップは99%完成した。
 紀行文は渋江長伯と谷元旦の2つを並べて配置して、これも完成している。
 残るのは渋江長伯が残した絵の場所は何処なのか?
 これが一番難しい。
 今から210年前の風景が原風景にあるのかどうか?
 これが今回の旅のハイライトになるのだが難しい。
 山の名前や橋の名前、更には宿場や村々の名前が消えている方が多い。
 それらの地名は現在どうなっているのだろうかを調べるのは大変だ。
 今日は60ページの絵をコピーした。
 今後この絵の場所を特定して行く。
 そして旅の際にこれらの景色が実際見れるのだろうか?
 大変な興味がある。
 渋江長伯の「東遊奇勝」は函館図書館(現函館中央図書館)の岡田館長が、貴重な資料なので何としてでも、大学図書館にはやりたくないと、図書館年間資料予算の1/4になる金額で、昭和11年に入札したのだ。
 その支払うお金も無くて市内を回ってお金を何とかしようとしていたら、料亭の女将がそんなに大事な物ならと、当時のお金で750円を借りて支払ったのだ。
 そんな貴重な本の原本が函館中央図書館になるのだ。
 青森の山崎さんが翻訳して自主出版したので自由に読む事が出来るのだ。
 また一緒に旅した谷元旦(もとかつ)の「蝦夷蓋開日記」の原本も存在しているのも凄い。
 2人が旅で書いた紀行文を1回の旅で比較できるのも楽しい。

 現在作成中の一部分を紹介すると
 地図には旧奥州街道の道筋を全て記入した。
 現在の国道4号線とは道がかなり違っている。
 その地図の中に、必要なコメントや写真を張り付けて資料とする。
 この部分は浪打峠になる。

  次に二人の紀行文を並べて張り付けて1冊の資料とした。

 浪打ち峠の部分が書いてある。
 渋江の文書に「左右のかけ石、浪打際の姿あり、吹寄貝(ほっき貝?)の折々石に化したる」と書いていて、ここは海岸が隆起して出来た事が当時も分かっている。
 
浪打峠の層は海水の中で堆積したもので、砂や軽石の粒や火山岩の粒が主な堆積物で、美しい縞模様を造りながら積もり、明瞭な交叉の様子を見せている。この層は外観が美しく、規模も大きいので国の天然記念物になっている。
 地層は「末の松山層」といわれ、今から1500万年前に堆積したものと考えられている。
 いまでもホッキガイの化石があるそうだ。

 現在の浪打峠

 当時旅した渋江はここを絵に残している。

 
渋江の書いた絵
 
 古い紀行文を頼りに、歴史を感じながら旅をする事は楽しいのだが、凄い労力がかかる。
 でも踏破した時の感動は苦労も全て飛んでしまう、大きなものがある。
3月13日(火)鏡山MTB登山
 朝6時頃物凄い音がしたので何だろうと外に出たら、大形除雪機が4台も集まって除雪の真っ最中だった。
 あっという間に雪が集められトラックで運んで行った。
 重機4台の威力は凄い

 外は青空が出ている。
 直ぐに山行きを決める。
 今日は鏡山MTB登山にする。
 MTB登山は70歳まで100座の予定が、まだ58座で42座も残っている。
 後2年で達成出来るのだろうか?
 そんな事もあり、先日登った鏡山にした。

 登山口付近の道路の端に駐車して、MTBを組み立て出発。
 3日前に踏みならされていた道は、10〜15cmくらい雪が積っていた。
 新雪の中を行く
 お陰で前回付いていた足跡が見えなくなっていた。
 時々ずぼっと埋まってしまう。
 まだ緩やかだ
 それにMTBの前輪が見えない穴に入るのでガクンと止まってしまう。
 それが何度もあるので歩きにくい。
 2〜300m進んだら、雪がブレーキシューに絡まって、タイヤがロックしてしまう。
 ブレーキワイヤーを外すのを忘れた。
 タイヤがロックした
 ワイヤーを外そうとしたがなかなか外れず、後輪をロックしたまま押す。
 流石に思いがまだ雪なので滑るから何とか押して行く。
 汗が噴き出て来る。
 ヘルメットの先から汗がぽたぽたと落ちている。
 途中でもう一度トライしたら、ワイヤーが外れた。
 これで少しは楽になった。
 とは言っても腕がだるくなるくらい押さなくてはならない。
 天気は良いのと新雪があるので景色が凄く綺麗だ。
 緩やかな林道から外れ山の斜面に入る。
 今日は「はこだて自然倶楽部」代表の鎌鹿さんが先日行ったコースを行く事にする。
 いきなり厳しい斜面だ。
 歩くならそれ程の苦労ではないが、MTBだとそうはいかない。
 押して登れる斜度では無い。
 MTBを前に横に置く。
 これを持ち上げて40〜50cm位前に上げる。
 そして足を運びまた持ち上げて前に置く。
 これをひたすら繰り返す。
 斜面は長かった。
 ここが急斜面だった

 ようやく登り切った
 上の緩やかになる場所に上がるまで1時間もMTBと格闘していた。
 緩やかになってようやく押して登れるようになった。
 ここからは押して登る

 後ろを振り返る
 視界が良くなり真っ白な大斜面が広がる。
 良い景色だ

 もう一つ

 当別丸山
 程なく頂上に着いた。
 目印のテープが随分下になっていた。
 3日前に比べ30cmくらい雪が積ったようだ。
 赤テープが雪面に近い

 やったー

 桂岳も真っ白

 駒ケ岳も見える
 MTBとヘルメットを置いて、303m峰の方に向かう。
 別な登山コース探しだ。

 (函館山と市街地が良く見える)
 澤に下りる部分が杉の木が植林されていてその間隔が狭い。
 枝には雪がびっしり付いている。
 これはスノーシャワーを浴びるな。
 少しなら良いが、長い距離なのでずぶ濡れになりそうだ。
 入るのを止めて引き返す。
 再び鏡山頂上に向かったら、向うから人が来る。
 手を上げているが誰だろう?
 近づいたら坂口さんだった。
 300名山登山など功績大のクライマーだ。
 山で会うのは何年振りだろう?
 川汲旧山道を案内して以来だった。
 懐かしくしばらく話をして、写真を撮り合ったりしてから別れる。
 坂口さんと記念撮影
 彼は南側の林道を下った。
 私は北側の大斜面を降りる。
 もしかして大斜面ダウンヒルが出来るかもしれない。
 MTBに乗ったらずぶずぶと埋まってしまった。
 ダウンヒルは失敗
 新雪が降ったので無理か?
 仕方が無く押して下る。
 手を話しても倒れない

 サドルが枝で哀れな姿に
 下の分岐に着いたら坂口さんがスノーシューを脱いでいた。
 私は付けたまま下る。
 新雪の上の方が穴ぼこが無くてMTBがスムースに進むのだ。
 途中話しながら歩くがMTBを押しているので、とても付いて行けずのんびり下る。
 そして登山口に到着。
 また少しの話しをして別れる。
 家に帰ってからなごみ温泉に行ってのんびり浸かった。
 久しぶりのMTB登山で雪の中を押したのと、急斜面のMTB持ち上げが効いて上半身や腕が疲れた。
3月12日(月)頭を坊主に
 折角春らしい雰囲気になったので気分が良かったのだが、昨夜は雪が降り、朝起きたら真っ白になっていた。
 早々に除雪を済ます。
 頭の髪が伸びたので散髪する事にした。
 いつもは釧路にいる娘にやって貰うのだが、最近はなかなか釧路に行く機会が無く、このままだと仙人の様な雰囲気になってしまう。
 そこで妻に頼む事にする。
 今までは出来ない出来ない」と言ってやってくれなかった。
 後ろだけでもやってくれと頼んだら、何とかやる気になった。
 2台ある電動バリカンの1台でやっていたが、なかなか進まない。
 おかしいなと借りてやって見たら、全く切れない。
 他の1台でやったらすんなり切れた。
 それにしても手つきが悪い。
 バリカンがスムースに動かないし、皮膚から浮いたりとぎこちない。
 それでも何とか後ろを終えて、前は私が1人で散髪した。
 これですっきり。
 六分刈りにした
 すっきりした所で、ミニスキーかプラスチックそりを買いに行く。
 スノーシューの下に幅広くミニスキーを付ければ、雪道の山からの下りが楽になるだろうとの発想だ。
 試作品を作ろうと思っているのだが、ホームセンターはすっかり春の商品が並んでいて購入が出来なかった。
 リサイクルショップにも無い。
 うろうろ探した、スキーやそりは無いが、525円で防水マットがあった。
 軽くて小さく畳める。
 1人用テントのインナーでもアウターにでも使えそう。
 525円で購入
 スキーとそりは来シーズンまで待たなくてはならないか?


 14日はバレンタインデーだ。
 お返しをしなくてはならない。
 孫の瑞葵へのお返しは製作済みだが、もう一つ考えなくてはならない。
 スィーツやクッキーは送るのが気恥ずかしい。
 考えた末、札幌クラシックとホッケの開き。
 まるで女性に送るには想像しがたい品だ。
 旅人の女性なのでそんな事は気にしないだろう。
 北海道の味を懐かしく楽しんで貰えれば良いか。

 ようやく送った
3月11日(日)世界一周チャリダー小口君
 自転車世界一周チャリダーの小口君から定期的にメールが来る。
 私と同じく「地平線会議野宿」にも所属している。
 またJACC(日本アドベンチャーサイクリストクラブ)にも入っている。
 加入の条件は日本一周達成だ。
 彼は私が朝日テレビ「人生の楽園」に出演した時に、世界一周に発つ直前だったのに、ゲストで来てくれた。
 彼の旅は壮大だ。
 スロバキヤからハンガリーに入った。
 元気そうだ
 最高気温は-10度。
 走っていても足の先だけは冷たく暖まらない。
 靴の中の蒸気が凍るのだそうだ。
 雪しか無い道をひたすら前に
 -7度で3時間いると凍傷になるそうだ。
 彼も凍傷になって、トルコに入った時は足の切断2歩手前だったそうだ。
 凄い過酷な条件の中彼は走っている。
 ビンディングは凍って外れ無く、転倒すれば体ごと倒れる。
 シャフトも凍る
 ブレーキも効かず、シフトは動かない。
 キャンプでは水は魔法瓶に入れたものしか使えない。
 食料は腐らないが凍りつく。
 バナナを食べたらバナナが舌に張りついた。
 危くバナナ死になる所だったそうだ。
 テントの中では湯たんぽを使う。
 これで3度程温度が上がるそうだ。
 -30度の世界は、服は全て着てインナーシーツに寝袋、寝袋カバー、エアーマットに銀マットを敷く。
 夜は氷点下の世界が怖いそうだ。
 テントを張る場所を間違えれば命を落とす。
 トイレにも入って寝る。
 トイレ寝は命の確保

 階段でも寝る
 命には変えられないと言う。

 そんな厳しい中にも、冬しか見れない極上の世界があると言う。
 完全凍結したドナウ川に反射する光。
 綺麗な景色に感動
 砂漠のオアシスの様な蜃気楼。
 現在48ヶ国、84、000kmを3年10ヶ月で走った。
 残り52ヶ国、76、000kmを3年で走る。
 旅の途中でお父さんが癌になり手術をした。
 幸い成功したそうで良かった。
 私が2年前長野のキャンプ場に居た時に来てくれたが、私が早朝に発ったため会えなかった。
 彼が日本に戻る時、私は71歳になる。
 北海道の宗谷岬から日本に入るので、函館の「自遊旅」に寄るよと言っている。
 その時までは元気な姿で居て彼に会いたい。
3月10日(土)新コースの鏡山を行く
 E子さんから鏡山の頂上が分からないので、も〜さんのGPSで教えて欲しいと言われた。
 精度的には誤差があってぴったりと言う訳にはいかないが、久しぶりの鏡山にも行って見たい。
 Fさんと義理の妹を誘ったが都合が悪くEこさんと2人で行く事になった。
 今回のコース
 この鏡山を初めて登ったのは、箱館戦争の古図に残された塹壕跡が無いか探すためであった。
 夏はブッシュがひどく、山の上は一面背丈ほどある笹に覆われて、塹壕探しどころか頂上の三角点も分からなかった。
 その後この山には、山岳会や個人を案内した事があるが、何れも藪漕ぎの道なきコースを登った。
 今回は積雪期なので、別なコースを登って見る。
 地図で検討していたところに、「はこだて自然倶楽部」の鎌鹿代表から電話があり、昨日鏡山に行って来たという。
 「何処かの山岳会も登った様で道は踏み固められていて楽だった」との報告を頂いた。
 登ったコースもブログに掲載してくれたが、私の藪漕ぎをしたコースの北側の斜面を登っていた。
 今回私が検討したコースは、さらに北側の緩やかな斜面を選んだ。
 車は登山口に着いた。釜鹿代表に伐採作業をしているので、手前の民家に車を止めた方が良いと言われたが、民家は鍵が掛っていたので勝手に止める訳にも行かず、登山口先の道端に止めた。
 早速歩きだす。
 伐採現場を抜けたら、多くの人が歩いた足跡があった。
 しっかり踏まれてスノーシューも不要だ。
 春らしい雰囲気の中を快調に林道の緩い斜面を登って行く。
 道はすっかり踏まれていた

 鏡山も見えて来た
 分岐点に来た。
 以前はここで右に曲がって、急斜面の道なき道を登って頂上に行った。
 団体の足跡はこちらに向かっていた。
 左にも足跡があり、これは鎌鹿代表の足跡だろう。
 私も今日はこちらのコースだ。
 途中で鎌鹿代表の足跡は頂上方向に登っている。
 私の選んだコースはさらに先だ。
 途中で雪屁があり乗り越えて、さらに進んで頂上に繋がる斜面に着いた。
 緩やかな斜面を木々の間を抜けて登る。
 この斜面を登る
 木は密集していなく、雪も締まって殆ど埋まらない。
 でも鳥の声も聞こえないし、動物の足跡もしばらく無く、ようやく小動物の足跡が1個あったに過ぎない。
 何と静かな山なんだろう。
 木の間を登って行くと、大斜面に出た。
 綺麗な斜面だった
 木も無く一面銀世界が広がっている。
 木が少なく雰囲気が良い
 駒ケ岳が遠くに見えるが、今日は頂上部分が雲がかかっていて今一つだった。
 駒ケ岳が見えた
 北斗市や函館湾が眼下に見える感じだ。
 登りきれば山の上部はだだっぴろく広がっている。
 こんなに広い山頂
 木にテープが張ってある場所が頂上だそうだ。
 テープの場所は5mの誤差があった

 頂上で記念撮影
 三角点はあるのだが遥か雪の下。
 夏は背丈ほどの藪なので何れにしても見つけるのは至難の業だろう。
 ここから南ルートを下る事にする。
 当別丸山も見える

 函館山も遠くに見える
 地図やGoogle Earthを見れば道らしき跡が見えるのだ。
 頂上から下ったら予想通り道があった。
 南側に道があった
 直ぐには降りず303mの隣のピークの方に足を向ける。
 この間にコルがあるのだが、深いのかどうか見に行った。
 どうやらそれ程深くはない。
 今度来る時は、箱館戦争の矢不来台場跡から馬追を通って303mに登り、鏡山に来ようと思っている。
 確認した所で下山。
 道はしっかり付いていて歩きやすい。
 キツツキの跡
 途中で昼食を取り再び下山。
 道はさらに続いている。
 途中の道は雪崩のためか埋まって、斜めになっていたので歩きにくく、コースを杉の林の中を通って歩く。
 林を抜けて再び道と合流。
 ここで集団の足跡があった。
 私が塹壕を探して藪漕ぎしたコースだ。
 やはり急斜面を登ったのだ。
 後はひたすら登山口に向かって下る。
 登りの時より緩んでいて時々ずぼっと埋まる。
 スノーシューの下にプラスチックのスキー状の物を付けてすいすい歩ける様になれば良いなと話しあった。
 私が試作する事になった。
 どうなるか?
 やがて車に辿り着いた。
 今日は最高に雰囲気の良い斜面を楽に登れて大満足だった。
 こんな小さな山でも雄大な景色が見れた事は嬉しかった。
3月9日(金)ホワイトデーが近づいた
 気温が+4度と暖かい日になった。
 ストーブを点けなくても寒くは無かった。
 天気も良いので、久しぶりに車を洗車して綺麗にした。
 お陰で気分もすっかり春らしく、ウキウキ気分になった。

 そう言えばホワイトデーが近づいて来た。
 お返しを考えなくてはならない。
 お返しは3倍返しなんて事はしない。
 おじいちゃんにはそんな資金も無い。
 そこで時間をかけて手づくり品を作る事にする。
 今年は2つのお返しをしなくてはならない。
 まずは孫の瑞葵へ返す品を考える。
 瑞葵の大好きなお菓子の詰め合わせにした。
 カントリーマーム、味くらべ、かむかむレモンが瑞葵の大好物だ。
 これらを手作りのフランスの民芸品「カルトナージュ(布箱)」に入れる事に決めた。
 100円ショップで箱とピンクの紙を購入。
 瑞葵はピンク系が好きなのだ。
 布は妻の持っていたものを流用した。
 木工ボンドで箱に布を張りつける。
 そして内側にはピンクの紙を張った厚紙を接着させる。
 作り始めて2時間、ようやく完成した。
 好きなお菓子を満載

 横には写真を張った
 箱の横には瑞葵の写真をアイロンプリントで入れた。
 お菓子を食べた後は小物入れに使ってくれれば良い。
 後はメッセージを添えて送れば良い。
3月8日(木)疲れた一日
 今日は妻の病院の日なので送って行く。
 時間つぶしに100円ショップなどをうろうろしたが、目新しい物も無かったので、病院に戻り駐車場に車を入れて本を読んだり執筆中の旧道の原稿校正をしていた。
 それにしても長い。
 結局1時過ぎに診察は終わった。
 3時間半も車の中で待っていた。
 つくづく病院だけにはお世話になりたくないと思う。
 
 家に帰ってから灯油タンクに油を入れる。
 原油が値上がりで、円高なのに値上げするらしい。
 原発が動かせないのも油を多く使う要因になっているようだ。
 今日の価格は82.8円/リットル。
 義理の妹の家は配達して貰っているので聞いたら、92.8円/リットルだそうだ。
 自分でやれば18リットル缶で180円安くなる。
 それを15缶入れるので、2700円の節約になる。
 意外と大きい。
 そして体力増強にもなる。
 一石二鳥だ。
 でも病院の後なので結構疲れた。
 
 家の前は相変わらず雪がぐしゃぐしゃ状態。
 郵便屋さんもバイクを何処かに置いて歩いてくる。
 今日も大形トラックが埋まった。
 毎日誰かが埋まる
 毎日毎日埋まる車が続出だ。
 でも後数日でかなり溶けてしまいそうだ。
 春はもうすぐだ。
3月7日(水)車脱出手伝いの連続
 暖かくなると雪が融ける。
 除雪が入らない我が家の前の道路はぐさぐさ状態になった。
 朝の出勤時間に隣の娘の車が埋まる。
 直ぐに応援に行き、近所の会社の人も来て押して脱出。
 終わったと思ったらまたまた他の車も埋まり、連続して押して脱出させる。
 家に戻って家の前の雪を取り除いていたら、向かいのお兄ちゃんの車が埋まる。
 WRCも雪には弱いか??
 これで出勤時間帯の車脱出応援は終わった。
 夕方になって、又一台埋まる。
 隣の旦那さんだった。
 これも押して脱出させる。
 隣の奥さんがまだ娘の車が返ってくると言うので、皆で道路のぐさぐさの雪を取り除く。
 かなりの時間作業したが、湿気を含んだ重い雪が腰にかなり効いた。

 その合間にカーテン作り。
 先日作ったカーテンだったが、真空の吸着パットが時間が経てば取れてしまう。
 やはり微妙な空気が入るのかな?
 そこで作り直す。
 車の模様の生地があったので、これを使って今度はマグネットで止める方式にした。
 この生地を使う
 生地を窓の寸法に合わせてカットする。
 次にバグネットを止めるための穴を開ける。
 マグネットを通す穴を開ける

 グル―ガンで固定する

 この様に止まった
 穴にマグネットを通して、グル―ガンで固定する。
 マグネット側はこうなる
 これで完成だ。
 今度は大丈夫だろう。
 早速取り付けて見た
3月6日(火)義理の妹と清水山登山
 今日は日ハムのオープン戦があるので見ようよ思っていたが、午後6時からだった。
 それなら函館山でも登ってトレーニングだと決めたが、妻から「今日は妹が休みだよ」と言われた。
 「山に行くけれど行く?」と聞いたら「行く」と言う。
 昨日スノーシューを届けたので行きたいだろう。
 それならと彼女が登った事の無い清水山に行く事にした。
 30分も走って車を降りる。
 スノーシューを付けて出発だ。

 今日は気温が+4度くらいになりそうなので暖かい。
 風も全く無い。
 適当な場所から入って杉林を抜けて登る。
 雪はぐさぐさで重い。
 でもホームセンターのスノーシューも問題なく快調だ。
 最初は急斜面なのでやはり息が上がる。
 途中で雪が踏まれた場所に出た。
 日曜日あたりに何処かの山岳会でも来たのだろう。
 大勢の人が歩いたお陰で雪は締まっていて歩きやすい。
 尾根に到着。
 ここからは平坦な尾根道が続く。
 天気は曇り空になってきて、遠くの視界がはっきりしなくなってきた。 もう少しで頂上だ
 汗をしっかり流して山頂に着く。
 風は全く無く鳥の声も聞こえない静かな山頂だった。
 頂上で記念撮影
 写真を撮ってから下山する。
 途中から急斜面を真っ直ぐ下に向かって下る。
 急斜面を下る
 途中まで来たら誰かの足跡が付いている。
 やはり同じことを考える方が居るんだ。
 長い斜面を下って稲本稲荷神社に到着した。
 稲本稲荷神社
 義理の妹のスノーシューデビューだったが、問題も無く楽しく歩けた。
3月5日(月)夫婦で病院通いの日
 昨日近くの温泉「ゆとり」に行った。
 浴槽に入り肘を縁に載せたら、何かふんわりしている。
 う〜んと肘を見たらかなり膨らんでいる。
 でも全く痛くもない。
 どうしたんだろうとこの日は終わった。
 今日は妻が病院の日なので車で送って行く。
 妻の診療を終えて、今度は私が整形外科に行く。
 行き先はいつもの日本赤十字病院だ。
 以前所属していたアルペンスキーチーム「七飯アルペン」のチームドクターが居る。
 5人くらいの診察が終えて呼ばれた。
 「やあしばらくだね。どうした?」
 「腕に違和感があって来ました」
 服を脱いで腕を見せる。
 「お〜大きいな」と嬉しそうな顔。
 「随分大きくなったね。これは水が溜まったんだよ」
 「水? どうして?」
 「何か肘を付けてばかりしていない」
 思い当たるのは読書だ。
 毎日ベッドに入って肘を付けて、相当の本を読んでいる。
 マイルームのテレビは見た事が無いくらいなのだ。
 「きっとそのせいだな」
 「注射器で水を抜きますよ」
 看護士さんに注射器を1本持って来てと指示。
 「1本で足りないと思います」と看護士さん。
 「大丈夫だよ」
 看護士さんから「痛いですが我慢して」と言われ、ブスっと刺されるが、針が良いのか痛くは無い。
 「凄い量だな」
 「普通は5ccか10ccなんだけど凄いな」
 1本はたちまち一杯になり、看護士さんの言う通り2本になった。
 「あれ〜抜けない」
 針が抜けずに力が入る。
 2本目を刺している間、看護士さんが液体を見せる。
 黄色い液体が入っていた。
 2本目には赤い血が入ってきた。
 これで完了。
 42ccもあった。

 「へこんだへこんだ。ペッチャンこになった」と嬉しそう。
 薬も出ないので、また溜まったら来てと診察は終了。

 家に帰ってバックパックにスノーシューを付けて見た。
 以前と同じベルトで固定が出来た。


 さらに車のカーテンも作って取り付ける。
 リアカーテンで余った生地を使い、100円ショップの真空吸着パットを付けてその都度窓に止める方法にした。
 少し隙間がでるがまあ良いか。
 穴に真空パットを入れる

 グル―ガンで固定する

 端が少し開くのは仕方が無い
 真空パット円の部分が大きいので端は少し開くが外から中は見えない。
3月4日(日)スノーシュー購入
 今年は山の残雪も長そうなので、山に入る機会も多いだろう。
 今のスノーシューだと溶けている雪には弱い。
 そこでスノーシューを買う事に決めた。
 義理の妹にその事を話したら、彼女も欲しいので連れて行ってとなった。
 まだ雪山はデビューしていないので、スノーシューが欲しかったそうだ。
 戸倉町にあるホームセンターのホーマックに行ったら、あれれ売り場が自転車コーナーになっている。
 店員さんに聞いたら、もう撤去したそうだ。
 もう春の雰囲気だもの
 他の店にありませんかと聞いたら、石川町と北斗市の店にあると言う。
 そこで石川町に向かう。
 辛うじて1個のみ有ったのでゲットした。
 義理の妹の分を買いに北斗市に向かう。
 入り口に試供用のスノーシューが置いてあった。
 レジのおばちゃんに「スノーシューは何処にありますか?」
 と聞いたら、「スノーシュー? 雪をはねる道具かい?」
 「いや 足に付けて雪の上を歩く物なんですが・・」
 「・・・・・」
 男性店員さんを探すとたまたま向かって来た。
 「スノーシューは試供品しか無いですか?」
 「これしか無いですね」
 「それじゃ値引いてくれる?」
 おばさんは強い
 「今、他のお客さんの相手をしているので終わったら来ます」
 と消えて行った。
 そこに他の店員さんが来た
 「試供品のスノーシューが欲しいんですが」
 「待って下さい。在庫を調べます。」
 「有りましたよ」
 と言う訳で残念ながら新品を定価で買うはめになった。
 試供品は一度も使った形跡が無かったのに・・・。
 2セットを購入した
 家に帰って改造をする。
 かがと部分のベルトがづり落ちるそうなので、先日山仲間のスノーシューを改造をした。
 同じ改造をする。
 1時間程度で完成。
 赤矢印の個所にベルトを付けた
 また山に行くぞ!
 義理の妹も時間が取れるようになったので、これからは連れて行ってと頼まれる。
3月3日(土)金堀山?
 今日は日ハムのオープン戦があり、TVでも放映されるので、これは見なくてはと思っていたが、外を見れば快晴の天気だ。

 試合は2時からだから、近郊の山に入って見ようと決めた。
 地図を見て家から30分位の鉄山町に標高320m峰があった。
 ここに行こうと決めた。
 駐車場に車を止めて、スノーシューを付けて出発。
 雪はかなり積もっている。
 直ぐに長い橋があるのだが、雪が欄干を埋めていて欄干無しの状態だ。
 橋の欄干まで埋まっている
 高度恐怖症としては怖い。
 雪って重いから橋は落ちないのだろうか?
 今年は積雪最高記録だ、今まで大丈夫だからと言って今日も大丈夫だと言う保証は無い。
 こんな事ばかり考えるのが高度恐怖症なのだ。
 急いで橋の中央を渡る。
 渡りきって一安心。
 積雪はかなりありそうだが、スノーシューで埋まるのは30cm位。
 でも雪が重い。
 この数日は暖かかくなり、山も春の感じが漂う。
 しばらく歩いたら、看板があった。
 平成4年度に設置した「水源かん養保安林」の看板だ。
 この看板で方向を変えた
 その中の地図を見ていたら「金堀山」があった。
 国土地理院地図にも載っていない山名だ。
 緑の線は保安林の範囲図で道では無いので、行けるかどうか分からない。
 でも興味が湧く。
 そちらの方向に行く事にする。
 道は林道になっているが、深い雪では林道も楽ではない。
 雪はこんなに深い
 道の傍の斜面は急な場所もあり、木の無い場所は雪崩の恐れもある。
 雪崩の跡も少し見られる。
 注意しながら進む。
 高度が徐々にあがり、当所予定した326m峰の分岐点も確認出来た。
 左が当初のコース
 さらに登って行く。
 かなり登った所で道が分岐。
 直進道は下りに入っている。
 右手の山の方に付いている道に向かう。
 ここから右に行く
 沢があったが両側が積雪2m位あり、越えるのは大変だ。
 渡り易い場所を選んで渡る。
 道は斜度を増す。
 かなり高い場所まで出たら、周囲の景色も見えるようになった。
 周囲が見えて来た
 カーブを曲がったら山が見えた。
 まだかなりの距離がある。
 道が延々と付いているのは確認出来た。
 まだかなり距離がある
 地図を見たら2.2km位ある。
 ここまで3km位を2時間掛っている。
 すると後5時間は必要だ。
 家を出るのが遅かったから今日は無理だと諦め下山した。
 下山時は雪が緩み、スノーシューに雪がだんごの様に付いて足に鉛を付けてトレーニングしている様だった。
 このスノ―シューは新雪や急斜面には良いが、緩んだ雪には弱い。
 下の部分にプラスチック系の雪の付かない素材があれば良いのだが、それが無いので雪がどんどん着く。
 先日履いて見たホームセンターの5000円のスノーシューを春山用に購入しようかな?
 TUBBSやMSRのメーカー品は2〜3万円するので手が出ない。
 ワンタッチで締められるベルトが付いて5000円は安いかも。

 コースが違っていた
 家に帰って地図で調べて見たら、赤線部分が今日歩いたコースで、このまま進むと251mの三角点に至る。
 金堀山は違っているようだった。
 上の地図にマークした場所が金沢山のようだ。
 この山だとすれば、どこから登るのかさらに検討が必要だ。
 途中にこの山に向かっている細い道があったので、山頂に続いているかも知れない。
 官の書類や看板には国土地理院地図には載っていない山名を時々見る。
 山名が消える基準はどこにあるのか興味がある。
 恵山の御殿山などは、ツツジが沢山あり山登りには良い山だが、地図から名前が消える事によって登山者が無くなった様に思う。
 名前のある時は多くの人が登っていた痕跡がある、
3月2日(金)国道にモニュメントを建てよう
 今日は町内会の新聞と段ボールの収集日だ。
 こんな時キャリアが役に立つ。
 新聞や本は重い。
 長い距離を運ぶのは大変だ。
 もつなら1個しか持てない資源も、2個積んで押して行けば簡単だ。
 3回運んで終了。
 本や新聞は重い!

 松前町原口から函館の長男宅に来ている、佐々木さんの家に行く。
 行ったら先客3人が居た。
 毛利さん良い所に来たよ。
 電話しようと思っていたんだよ。
 話しは原口の地域の住民が一緒になって、桜と松を交互に植えたが、これが全国表彰を2度も受けた。
 そんな事があり、国道に桜松街道のモニュメントを建てる事がほぼ決まりそうだ。
 関係官庁の予算も取れそうだし、お金以外にも松前杉の寄贈などもあり、今年には建てれそうだ。
 そこでデザインを考えていたのだが、毛利さんにもアドバイスを欲しいとの事であった。
 何種類かあったデザインの中から、後から来たもう一人の方と選ぶ。
 いろいろ集まった
 シンプルで字がはっきり見える物が良いだろうと選んだ。
 このデザインを渡島支庁や地元原口の住民、さらには松前町の関係者などに意見を聞く。決まるまではまだまだハードルがある。
 それにしても80歳を超えてアクティブな佐々木さんには驚く。
 元気だ!
 このモニュメントを今年中に建て、来年の春には「桜松街道」の記念切手も出る事が決まった。
 モニュメントが完成し、切手が発行された時点で祝典を行う事も決めた。
 本人はこれで自分の活動は最後になると言っていたが、これが終わったらまた何かで頑張るんだろうな。
 この歳まで前向きに考え、活動するのは凄い。
 健康ならまだしも、脳梗塞で一度倒れて不自由な体なのだから驚く。
 自分の人生を全うする姿勢は見習いたい。
3月1日(木)ぶんぽ研例会
 日函館の積雪が93cmを越えて観測史上第1位になった。
 この第1位の記録は140年ぶりなのである。
 西洋では16世紀ないし、17世紀には測量が行われていたとされる。
 函館では安政元年から安政5年の間に幕府直轄の箱館奉行所で観測を行った事実が残る。
 その後、日本で最古の函館測候所が出来て今日に至るので、今回の大雪は140年ぶりの新記録となる。
 この140年という記録は函館人でしか味わえない感動なのだ。
まだ家が見える

 恒例のぶんぽ研例会の日。
 行く前にスーパーで買い物を頼まれる。
 最近は妻に変わって私が買い物に出る事が多い。
 今日は野菜が特売なのだ。
 行ったら大行列になっていた。
 最近は野菜が高騰してなかなか購入が出来ない。
 並んでオープンを待つ。
 時間が来て入店したら、入り口傍のリンゴ売り場が物凄い人で購入は無理。
 1ヶ50円だとこんなにも混むのか?
 直ぐに卵入り場に行くLサイズ88円。
 ここは余裕があった。
 そして青野菜のほうれん草は120円。これもゲット。
 他に数点購入して旧大野町まで走る。
 
 例会はいつもの通り会長の報告が主。
 会は創立40周年を迎えるので記念行事をする事になって、私も突然実行委員になっていた。
 担当は札幌在住の合田一道さんの講演会の準備なので、それ程忙しい事も無いだろう。
 合田さんとは一度会った事があり、彼が好きなのは箱館戦争で活躍した仙台額兵隊隊長の星恂太郎だった。
 会った当時、私も彼の残した漢詩「渡海」の文書の解析をしていた。
 道南の砂原岳の峰に上限の月が出ている文書から、彼の漢詩を書いた場所を特定していた。
 これは箱館戦争の隊の進行状態を知る上で重要だと判断したからだ。
 彼もその様な手法で解析する事に大変興味があると言ってくれた。
 それ以来の再会になるので楽しみだ。
 他に目新しい事も無く終了。

 郷土資料館に行く。
 佐々木学芸員と暫く歓談する。
 そして本を借りて来た。
 「北海道道路53話」「北海道交通史論」「庚申塚縁起話」の3冊。
 北海道交通史論は昭和21年発行で定価120円だった。
 赤茶色になった本に歴史が伺える。
 新幹線らしき絵や豪華客船の様な未来交通の絵が書かれているのも興味深い。

 庚申塚は旧道を歩くと結構目にするので一度勉強しようと言う事だ。
 道の事を調査しているので、道の案内神の庚申塚は避けて通れない。
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