2012.10日記
11月30日(金)ももの引っ越し
 今日はももちゃんの引越だ。
 朝は寒かったので道路も凍っていたので、9時過ぎに出発する。
 ももちゃんももう19年になり、すっかりおばあちゃんになった。
 妻が家の中から連れて玄関内に置いても、1歩も動かないでいる。
 車に乗るのも簡単ではない。
 抱いて乗せれば良いのだが、最近は体に触られる事を厭がっている。
 歯だけは丈夫なので噛まれたら大変だ。
 過去に何人も噛まれている。
 車の後部に椅子や台を置いて登り易くして、リードを引いたら何とか登れた。
 踏み台を設けた

 冬になると毛がふさふさ
 以前なら立ったまま車に乗っていたが、今は直ぐに伏せている。
 家に着いて降ろすのも、板をひいて降ろした。
 新しい居場所はどうだろうか?
 サンルームなので日光は沢山入る場所だ。

 サツドラに寄って買い物をした時に食事用ポットを見つけた。
 先日一緒に山に登ったKさんが持って来たと同じか同類の物だろう。
 朝に御飯とウィンナーとか野菜を入れて、熱湯を入れれば食べる頃は雑炊が出来る。
 他にも色々な使い道がある。
 1時間後には80度、6時間後には50度の温度をキープしているので、冬に山に入って食事する頃は食べごろで、暖かい御飯が食べれるのは嬉しい。
 
 午後からはスマホの「山旅ロガ―」の勉強をする。
 早く使い方を覚えてWEBに軌跡をアップしたい。
 「ヤマコレ」に記録を載せるのも良いかも。

 先日北斗市の郷土資料館に有った「北海道交通史」は内容が面白く、コピーをする。
 200枚くらいコピーした。
 200ページコピーした
 明治生まれの筆者が書いた本で、昭和25年に印刷されている。
 今、道南の旧道を執筆しているが、参考になる内容も多数ある。
 昔の本なので道の事も全て文書で書かれているので、道のイメージはわかない。
 現代に合わせで緯度表示やGPSログデータ、更には写真を活用して旧道を後世に残したい。
11月29日(木)近郊をハイク
 午前中はまだ引越しの済んでいない妻の愛犬? ももの受け入れ準備をする。
 サンルームの床にテーブルを解体して余った天板を使う。
 生活エリアは不要になったベビーベッドで囲んだ。
 狭いようだが老犬になった今は殆ど動かない。
 寝ているだけだ。
 ももの家
 散歩に出る時は、外の戸を開ければ直ぐに出られるようにした。
 ももも明日はこちらに引っ越しだ。

 昨日スマホのアプリケーション「山旅ロガ―ゴールド」を300円で購入した。
 山旅ロガ―のアイコン
 無料の「山旅ロガ―」は使っていたが、現在地は地形図の何処か分かるのだが、歩いた軌跡が表示されない。
 そこでgooglePlayで300円を出費して購入した。
 ガーミンGPSは全く高価で手が出ないが、今回はスマホもnoteにしたので5.3インチの画像になった。
 これなら見やすく藪こぎなどに随分役に立つだろうとなった。
 そのテストに近郊の庄司山に出かける。
 外に出たら吹雪だった。
 まあ良いか。
 庄司山は引っ越した先の直ぐ傍に有る山ので行きすい。
 いつも置く駐車スペースまでは路面が荒れて全く入れない。
 はるか遠くに駐車する。
 吹雪きの中歩きだす。
 正面に庄司山が見える
 「山旅ロガ―」を設定したりしながら歩いたり立ち止まったりしていたら、後ろから凄い勢いで追いついて来た。
 バックパックも背負っているので庄司山にでも行くのだろうか?
 私はのんびり景色を見ながら歩く。
 追い越した彼の姿はもう見えない。
 しばらく歩いたら、上から先程の方が下りて来た。
 下りも早い。
 声を掛けるタイミングも無いくらいだった。
 ダムに着いた。
 ここで大蒜沢川を渡るのだが、普通の橋は落ちて、一部丸太が3本くらい掛けてある。
 そこには雪が積っていた。
 足跡が1歩位丸太に掛っていた。

 でも危ないとなり、諦めて戻ったのだろう。
 私は迂回して丸太の下側から橋に乗り通過した。
 右の方から来た
 登山届のポストに来た時に、スマホがポケットに無いのに気が付く。
 これはやばい。
 ポケットにしまう時に落したのだろう。
 すると先程戻った彼が見つけるだろう。
 車の上にでも置いてくれれば良いが・・・。
 かなり戻らなければならない。
 無いな〜と思いながら進んだら、遠くに茶色のケースが見えた。
 有った!!
 足跡の直ぐそばに有った。
 水たまりには入っていなかった。
 良かった
 彼の足跡もあるが気が付かなかったのか、無視して通過したのかは分からない。
 再び山に向かう。

 登山道は倒れた笹に雪が積り、歩けば雪が衣服に付いて濡れる。
 どうするかな?
 笹が凄い
 やはり積雪季の方が良いかも。
 軌跡が赤線で表示
 でも折角来たのであちこちの道を歩いた。
 この辺りも道が至る所にある。

 しばらく歩いて戻ったが、北側にある高い場所に行きたくなった。
 林道が有ったので登って行くが途中から道は消えた。
 その辺りの林の中をうろうろと歩きまわる。
 大きな石が出て来た。
 まるで積んだようだ
 まるで石垣の様に綺麗に積んだようになっている。
 多分割れたのだろうが、こんなに直線状に割れるのも珍しい。
 他にも石が沢山あった。
 直線状に割れてる
 地図では崖地になっている下になる。
 崖を這って直登したら平らな場所に出た。
 うろうろするが特に変わった景色も見られず下山する。
 山旅ロガ―のテストでは使えるっていう感じだ。
 歩いた道が残っているので、元の場所にも直ぐに戻れる。
 事前に予定コースをインプットすれば、その軌跡のトレースをして歩けば目標の場所に行けるそうだが、まだそこまでは理解していない。
 何れにしても使える事は間違いない。
 トラックログも残るし、300円払っても損はしないか。
11月28日(水)料理教室
 北海道登別はこの寒さの中、昨日の強風で高圧鉄塔が倒れ停電が続いている。
 約2万戸が停電のまま朝を迎えた。
 高圧線が倒れたのだ。
 高圧線倒壊
 北電は原発が稼働出来ないので冬の節電を呼び掛けている。
 今回は電力不足では無いが電気の有難さが良く分かった。
 新聞記事によると部屋内の気温は6度程度だと言う。
 我が家もこの様な場合はどうするか?
 キャンプ用品は沢山ある。
 照明も沢山ある。
 残るは暖房か?
 2007年に冬期野宿で土方歳三の道を歩いた経験から、ガスカートリッジさえあればテント内の暖房は問題ない。
 でも家中の暖房には容量は間に合わない。
 でも6度って私の部屋はいつもその程度で、暖房を入れないで寝袋に入って本を読んでいる。
 全く問題ない。
 私は冬は布団でなく寝袋をダブルにして寝ている。
 暖房が無くても暖かくて快眠出来ている。
 でも妻は大丈夫だろうか??
 妻には車のエンジンをかけて暖房を確保するしかないか。
 冬は車にガソリンは多めに入れて置いた方が良いのかな?

 今日は健康サロンin明和園の料理教室の日だ。
 メニューは皆で考えたので、朝に人数分コピーして材料と共に持って行く。
 我が班はリーダーは三舩さんなのだが、料理の事は全く分からないと言うので、実質的に私がやる事になった。
 我が班は大根ステーキとカボチャサラダだ。
 大根ステーキ班とカボチャサラダ班に分けて作業開始。
 手際の良い人悪い人とさまざまだが、何とか皆で協力して一番遅く出来あがった。
 4班で作ったので4品の料理が出来た。
 右上が我が班で副食
 皆で昼食会だ。
 我がチームだ
 何れも美味しい。
 特に美味しかったのはカボチャ団子汁だった。
 もう90歳近くになるKさんの指導で作ったそうだが、流石年季が入っているので美味しかった。
 それぞれの美味しい料理を完食した。
 お腹一杯になった。
11月27日(火)大荒れの天気
 昨夜は随分天気が荒れた。
 寝ていても風の音や何か物がががたがたと音を立てていた。
 朝起きたら一面銀世界だった。
 今日の最高気温は2度らしいが、車に積もった雪は濡れ雪だった。
 こんな天気なら家に居るしかない。
 溜まっている資料の整理をして午前中を過ごす。

 午後からはコジマ電気のdocomo shopに行く。
 昨日、予約するなら電話は私の所に入れてと言われていたので、「今日店に行ったお爺ちゃんですが・・」と言ったら笑っていた。
 彼女らもきっとノルマがあるのだろう。
 午後からOKと言うので妻と出かける。
 今シーズン初めての雪の中の走行だが、国道の雪はもう融けていた。
 早速、購入手続き。
 私のNOTEが14800円の家族割が10500円あり、残高は4300円なのだが、ポイントが5800円分あったので、無料になった。
 大形画面は良い
 余ったポイントは妻にも補充して、妻はらくらくホーンを購入した。
 GooglePayの設定をお姉さんと一緒に行ったが、「スマホに随分慣れていますね」と言われた。
 普段使う分には全く支障は無いレベルにはなっている。
 電話帳のデーターを移すのにを30分掛ると言うのでアクセサリーコーナーを覗く。
 ケースや充電器は物凄く沢山ある。
 気になったのはキィボードだ。
 無線でスマホと繋げる小型キーボードが沢山出ていた。
 これは良いな。
 旅に出た時に日記を付けるのにスマホのキーボードだと遅くなる。
 便利なのだが12000円もするのが難点。
 他にも無線で音楽も聞けるし、電話も出来るしと随分技術の進歩が早い。
 この日購入すると20%オフになるので、妻は充電器とかバーを購入。
 私はMDHIの変換ケーブルを購入した。
 3500円が2800円になった。
 これでスマホの画面が大型テレビで見られる。
 明日は健康サロンin明和園の料理教室だ。
 帰りにスーパーにより買い物。
 私が買い物と料理のメニュー作成掛りだ。
11月26日(月)妻のお父さんの15年祭
 妻のお父さんの15年祭を行う。
 無くなったのは2月1日なのだが、皆の都合や宮司さんの都合で今日に決まった。
 朝から祭壇の準備をする。
 一番大変なのは祭壇に上げる供物だ。
 置く場所が分からない。
 書いた紙が有った筈だが出てこない。
 魚は黒ソイなのだが頭はどっちで目の向きは??
 などなど苦労するが明確では無い。
 仕方が無く大体配置して神主さんを待つ事にする。
 参加者は7名だった。
 私たち夫婦、妻の弟で鈴木家の次男、亡くなった長男の長男、親戚の夫婦、妻の妹の7名が参列。
 やがて宮司さんが来た。
 やはり祭壇の置き物の位置は合ってはいなかったが、宮司さんの「たくさんあげているから良いですよ」となった。
 こんな感じだ

 少し間違っていた様だ
 宮司さんは七飯町の三島神社から来て頂いた。
 元プロスキーヤーと言う経歴が面白い。
 厳粛に祭りは行われた。
 厳粛に行われた
 ここの宮司さんは手を抜かないでしっかりやる。
 滞りなく終わり、昼食を共にする。
 話しの中で檀家の方には90歳を目標に生きると言う人も結構いるそうだ。
 神徒は法名が無く、亡くなっても実名である。
 しかし、90歳になると翁が名前の後に付くのだ。
 これを目標に生きると言う方が居るそうだ。
 今日の宮司さんも年齢が上がり、今年は青年部から離れた。
 そこで新たな目標を作ったそうだ。
 毎年1回、47都道府県の何処かの神社で神楽を踊る事を目標に決めたそうだ。
 第一回は東京でその後各地を廻る。
 これの最終になる4年後は90歳になるそうだ。
 目標を持って生きる事を自ら実践するそうだ。
 
 午後からコジマ電気に行く。
 SONYのデジカメが壊れた。
 9月に基板を交換して修理したばかりなのに、液晶が真っ白になった。
 また基板なのか?
 保証の残高は6600円。
 これをオーバーしたら追加料金が発生する。
 もし交換した基板のせいならば無償になるが・・・。

 終わって店の中を見て回る。
 携帯電話ショップがあったので見に行く。
 ここ数カ月スマホを交換したいが、機材の残高があるので待っている状態なのだ。
 希望機種は大画面のNOTEだ。
 NOTEを見ていたらスタッフの女の子が来た。
 「何か検討しているんですか?」
 「NOTEが欲しいが残高があるんで・・」
 「そうですか」
 「ここはドコモ直営ですか?」
 「違いますよ」
 「どうせ何処で買っても同じ値段なんでしょう」
 「そうですが、店によってはお買い得品があります」
 「例えばこのNOTEは現金で14800円で売っていますよ」
 「え〜77000円の物が14800円ですか」
 「何で??」
 「この店のNOTEの販売目標が達成できたので、今月一杯はこの価格で売ります」
 5.4インチと大画面
 さらに
 「ドコモの家族割が10500円あるので、その分も引いて結局は4300円です」
 「77000円が4300円になるんですか」
 「妻もらくらくスマホに変えようと思っているんですが・・」
 「らくらくサポートで月々1800円割引になるので、130円/月で大丈夫です」
 となった。
 使い易い
 NOTEが現金で4300円、らくらくスマホが130円/月の支払い。
 もう買うしかない。
 明日買いに来ますとなった。

 今もっているスマホはレグザホーンなのだが、タッチパネルの反応が悪いし、通信速度も遅い。
 NOTEはXiなので通信速度は早いし、テグザリングが出来るので、パソコンも持ち運びが出来る。
 将来タブレットを購入しても無料で使える。
 通信料は月々は500円高くなるが仕方が無い。
 今の住んでる場所はXiエリアになっていなかった。
 でも12月末にはXi化になると言うので安心した。
11月25日(日)古文書を読む会
 マイルームはFFストーブを設置したのに、給油ホースを繋いでいないため、ポータブル灯油ストーブを使っていた。
 でも点火時や消火時は臭いが発生して良くない。
 重い腰を上げて給油ホースを繋いだ。
 30分もあれば出来るのに・・・。
 点火テストをしたが臭いは全くしない。
 非が入った
 早く準備すれば良いのに・・・。

 二股台場塹壕の配置図や形状を書く。
 現地調査の方が全く楽だ。
 等高線を書くだけでも大変な作業だ。
 ここの塹壕の寸法図と位置の図面は書き終えた。
 塹壕配置図

 午後から「蝦夷日誌」の古文書を読む会に行く。
 天気も良いので、隣町の北斗市カナディールまでママチャリで走る。
 新しい場所に引っ越したので、いつも走っていない道路は興味が湧く。
 こんな所にこれが有るんだ等などと走っていれば直ぐに着く。
 講座開始まで時間があったので図書館に行く。
 炭焼の窯の構造を調べた。
 関係する本は5冊あった。
 先日発見した窪みは何を意味するのか調べた。
 炭焼窯は種類が多いが、なかなか該当する形状が無い。
 下からの湿気を防ぐために、側面や底面に石を入れている。
 今回発見したものには石は全く入っていない。
 一番簡単な炭焼は、穴を掘ってそこに細い木を入れて焼くものもある。
 しかし、それは売れる様な品物では無く、自家使用のものの様だ。
 こんな山の上に簡易な窯を作るとは思えない。
 やっぱり弾薬庫が一案合っている様な気がする。
 何か証拠になる物が出てこないかな??

 古文書講座は岸先生だ。
 私も知っている元学校の先生だが、教科は分からなかった。
 色々な歴史を調べて、パンフレットを発行する活動をしている。
 皆に紹介された。
 私は今回初めて参加で、今回は今年の最終回なのだ。
 講座は松浦武四郎の書いた文書を解読していく。
 蝦夷日誌の読み方は難解だ
 私自身は現代文に翻訳した資料を持っているので、紀行文の中味については分かる。
 でも古文書の原本を読むまではなっていない。
 読み方を覚えれば今後の活動にも使えるだろう。
 解読の途中で「ヱナヲ峠」「千見岳」が出て来た。
 せんみだけ??
 岸先生はあやふやな読み方をした。
 すかさず私に振った。
 「毛利さん何て読みますか」
 「稲穂峠」はアイヌ語のイナウで峠の意味です。
 「千見岳」は「千軒岳」です。
 道南の地理については私の方が詳しいかも。
 でも今回は、古文書を読めるようになるのが目的なので頑張ろう。
 新開講は来年4月になる。
11月24日(土)ワイルドなサム川登り
 函館中央図書館に「南部藩蝦夷地経営図」と言う古図がある。
 この図には函館山の旧三十三観音コースが書かれており、そのコースは何処なのか解明中である。
 今まで調査から地図に書かれた道の位置関係はかなり正確である。
 GPSで道をトレースしているがかなり似ている。
 さらに古図を調査したら「箱館表東蝦夷地御持場検分、測量之上取調」と書かれている。
 南部藩の陣地のレイアウトから文政4年(1821)以降の地図と分かる。
 180年程度以前の地図になる。
 その地図の中に面白いルートが書かれている。

 上の古図は「南部藩蝦夷地経営図」部分図であるが、赤く丸を描いた部分に興味がいった。
 拡大して見ると下の様になる。

 (「南部藩蝦夷地経営図拡大」青く書かれているのがサム川で右岸に道が書かれている)
 この辺り海岸は以前人が住んでいた寒川地区で、現在は居住者は居ない。
 上の地図の右側に海岸に降りる道が付いているが、これは現在寒川地区に下る山道であろう。
 興味があったのは、サム川と書かれた大きな川(沢)があり、その右岸に道が付いている。
 この道は現在も有るのだろうか?
 この図から寒川地区と言う場所の名はこのサム川から来ているのかなと思う。
 同行人と函館山登山口の駐車場で落ち合い、早速汐見コースを登る。 
 今日の気温は今季最低の+2度と低いが、歩いている体は暖かい。
 尾根の車道から、寒川地区へ下る。
 道脇には殆どロープが張られている急な斜面が多い。
 雪が降った後なので粘土上の土が滑って足元が危ない。
 それを想定してスパイク長靴を履いて来たのでOKだ。
 やがて海岸に出る。
 200m位南に大きな岩が聳え立っている。
 大きな岩の陰が舟隠
 古図によれば舟隠しとなっている。
 岩と岩の間に澗がある。
 相当古い時代から使用していたのだろうか?
 海岸には旧寒川地区に住んでいた方が設置した石碑がり、「我が里永遠に不朽の里地なり」と書かれている。
 居住記念の碑
 ここに1905年に移住して住んでいた水島政治氏の建立したものだ。
 隣には寒川部落鹿島神社跡の碑もある。
 神社跡の碑
 ここに移住した嘉義傳次右衛門氏の出身地、富山県下新川郡朝日町宮崎の鹿島神社を分神して祀った神社が有ったが、昭和29年の洞爺丸台風で崩壊した。
 他に小学校の跡や温泉の跡2個所などがある。
 
 海岸を北に歩く。
 今日は満潮なので波打ち際もかなり狭くなっている。
 海岸から50m位離れた場所に「水尺」があった。
 函館要塞の観測所から方向や水位を測る目的で作られたものだ。
 水尺
 事前に想定されるコースをGPSにインプットして沢を探す。
 ほぼGPSの指示する場所に来た。
 古図の様な青々とした流れの川は無いが、覆い茂った笹や雑草の奥に沢が有りそうだった。
 水が少し流れて来ているのも確認出来る。
 早速行くぞ!とばかり藪に入る。
 いつもこんな登山ばかりだと我ながら感心する。
 かき分けかき分け入って行くと、時々道らしい跡が出てくる。
 しかし藪が深くてその道のトレースは出来ない。
 藪の歩きやすい場所を選んで進む。
 蔦も足元にあって絡みつきなかなか前には進めない。
 気温が低いのに汗が出てくる。
 ふと振り返れば津軽海峡の海面も逆光の光がキラキラ輝いていた。
 舟隠も遥か遠くになった。
 雪が舞っていたが写らない
 かなりの時間格闘して杉林に出る。
 ここは植林したのであろう。
 杉林が出て来た
 藪漕ぎをした後の、広い杉林は静かで時々鳥の鳴き声が聞こえる。
 杉林の中は笹も全く無いので、ホッとできる場所だった。
 植林した時の道がある筈だと探したが、道らしいものは発見出来なかった。
 でもこの場所に植林するとは相当大変だったろうなと想像する。
 さらに高度を上げて行く。
 沢を海岸に見る

  さらに上の沢
 笹は背の低い笹に変わって歩きやすくなったと思ったら、今度は急登になる。
 尾根を真っ直ぐに道は登っている。
 同行した2人も今シーズン最高の急登だと言っていた。
 この位急登が続く山もそうは無いだろう。
 一歩一歩足を進める。
 スマホの「地図ロイド」で現在地を確認すると、上の車道の2/3の所まで来た。
 急登はまだまだ続く。
 尾根の急登が続く
 結局コースの半分は急登の尾根道だった。
 道の右手には深く大きな沢がある。
 函館山でこんな大きな沢はここしかないと思われる。
 上に深い沢がある
 ようやく車道に出た。
 180年程前に書かれた古図のコースを歩く事が出来た。
 もう直ぐ車道に出る
 昼食を水元山の山頂で摂って下山する。
 函館山もまだまだ面白い。

 (寒川地区からの軌跡)
11月23日(金)楢山MTB登山
 午前中にお墓参り。
 26日に妻のお父さんの15年祭を行うので、その前に墓参りをしようとなった。
 義妹の旦那も来たので4人でのお墓参りとなった。
 お花とささやかなお菓子でのシンプルなお墓参りだった。
 家に帰ったらまだ11時だった。
 山に行く事にする。
 今日の軌跡
 先日登る事の出来なかった楢山は、坂口氏のブログで「楢山作業道」から行くのが正解と書いてあった。
 最初に行った時に、ここかなと思った場所だった。
 大沼に入ったら雪がちらちら降って来た。
 登山口は数センチの雪が積もっていた。
 登山口
 林道をMTBを押して歩く。
 林道は雪が少し
 直ぐに暖かくなる。
 楢山上軍川林道に入る。
 楢山上軍川林道
 ここからは登りになるが、MTBに乗って行ける。
 やがて楢山作業道に入る。
 楢山作業道
 ここからは急な斜面でMTBは乗れなく押して行く。
 半袖シャツとヒートテックの長袖にウィンドブレーカーだが、汗が噴き出てくる。
 失敗したのは地形図を忘れて来たのだ。
 でもまだ先日の記憶が鋸っている。
 途中、左に入る植林用の道がある。
 ここを行っても行けそうなのだが、もう少し高い所まで登る。
 左に植林用の道があったので入る。
 植林用の道
 雪は深くなって10cmくらい積っていた。
 何となく高い場所を目指して登る。
 植林された木々

 この先がピーク
 その内ピークに近くなった。
 先には急斜面を下る道がある。
 MTBを置いて左側の林に入って三角点を探す。
 雪の上に少し出ている三角点を発見。
 三角点があった
 もう少し雪が積っていたら分からなかったかもしれない。
 MTBを撮りに行って山頂で記念撮影。
 記念撮影

 もう一枚
 雪が降って来たのと風が強くて寒いので、ダウンを来て暖かくする。
 下りは別な道を通った。
 駒ケ岳が良く見えるので歩いて楽しい植林用の道だった。
 乗って下る

 駒ケ岳をバックに

 もう一枚

 駒ケ岳
 途中で記念撮影をしながらのんびり下山する。
 楢山上軍川林道に出てからはMTBで一気に登山口まで下る。
 
 下山後に明治4年に出来た、東本願寺道路を探しに行く。
 次回はこの道を調査する計画だ。
 留の湯から砂原まで道が一部残っているようだ。
 しばらく車で探したらゲートが出て来た。
 ゲートがあった
 ここから車は通行禁止だ。
 地図があったので見たら、登山道路で駒ケ岳の東側の隅田盛に至る道だった。
 20代の時に隅田盛から下山して留の湯に行った事があったが、それを思い出した。
 東本願寺道路もこの道の一部かもしれない。
 帰って調べて見よう

 車を鹿部に走らせ「鹿部ロイヤルホテル」の温泉に入る。
 雑誌「HO」の温泉入浴無料券が今日で終わるのだ。
 今回で2000円分の温泉に入った。
 560円は安い。 
11月22日(木)二股台場調査二回目
 朝の天気は雨模様だったが、午後には良くなると言うので、二股台場の調査・測量・撮影に行く。
 積雪があったので、早く行かなければ写真が雪の塹壕になってしまう。
 何とか雪の無い状態で撮影したい。
 登山口に行ったら工事用のトラックが居て車は入れない。
 工事関係者の方に聞いて、車を置かせて貰う。
 しばらく台場山の土方歳三についての話しをする。
 彼はあまり知らなくて「そういえばここに看板があるよね」と言っていた。
 雪の中の山道を歩くが、まだ積雪は僅かだ。
 何とか雪の少ない塹壕を撮れそうだ。
 山道を登っていたら、右側に大きな窪みがある。
 今まで何度も歩いた道なのに全く気が付かなかった。
 深く掘れている
 直径4mで周囲は土が盛られている、その周囲には道も付いている。
 炭焼跡なのか弾薬庫なのかと考える。
 この判断が難しい。
 色々な場所でこの手の物は見ているが、弾薬に関係の深い場所にあるのも確かだ。
 川汲銅山の傍にも全く同じ様な物がある。
 そこは銅山の弾薬庫だろうと言われている。
 ここも同じ形状なので考えてしまう。
 炭焼跡とも考えられ、その事もかなり調べているのだが、今回の様な形状の物は炭焼には出てこないのだ。
 弾薬庫としても良い場所にあるので気になる。
 山道には足跡がある。
 北電の電線保守の方だろう
 2日前くらいに歩いたのだろう。
 熊??と思ったが、人の足跡の様だ。
 でも塹壕には行っていない。
 こんな所を一人で何処に行ったのだろう。
 沢を登ってから急斜面に入り、トラバースする。
 この辺りだったなと思った処にぴったり出た。
 小さい塹壕だ。
 F-5塹壕と名づけ、測量と撮影をする。
 70m登ったら又小さな塹壕がある。
 これをF-6塹壕とする。
 さらに50m登ったら大きな塹壕がある。
 L字型の塹壕で長さは8.9mあり、盛り土も高く80〜90cmある。
 これをF-7塹壕と名付ける。
 見事な塹壕だ
 さらに30m行くと、F-8塹壕。
 これは長さが5.5mと中規模だ。
 ここも好位置にある
 さらに上に行くとF-9塹壕。
 8.8mの長さがあり、急登の斜面の中で唯一平らな場所があるが、そこに作られている。
 大きい塹壕
 一気に100m登ってピークに出る。
 ここの塹壕をF-10とする。
 この塹壕は好位置にある。
 ピークの塹壕

 眺めの良い場所に有る
 下二股川を挟んだ敵陣がすっかり見えるのと、敵陣から自陣に繋がっている旧旧道もはっきり見える。
 最高の場所に位置する。
 今まで気が付かなかったが、今回は調査なのでいつもより念入りに周囲も見ている。
 気が付いたのは、このF-10塹壕と他の塹壕が全て目視で見られる事が分かった。
 このピークにあるF-10塹壕からは全ての塹壕見えるのだ。
 敵陣が見え、自軍の全ての塹壕が見えるこの塹壕は、指揮者が居た可能性が高い。
 土方歳三はここで指揮を撮ったのだろうか?
 以前案内した土方研究者も、ここが土方歳三の居た場所だろうと言っていた。
 尾根をさらに進むとF-11塹壕がある。
 ここは小規模だ。
 何故かと言えば、ここからの敵陣側は断崖絶壁で、敵が攻めてくるのは考えられないからだ。
 小規模で全く問題ないだろう。
 この後、その他に塹壕が無いか探して歩くが、断崖絶壁の上のせいか全く見られなかった。
 最後の第3のピークまで登る。
 笹が背丈以上に伸びている個所もあり歩きにくい。
 やがてピークに着く。
 ここに砲台が有った場所と書かれている所だ。
 ここが大砲のあった場所
 敵陣とは少し遠い様な気がする。
 深い穴の中に大砲は収められていたと言うが、その穴は無く平らになっている。
 穴は後年埋めてしまったのだろうか?
 地形が不自然に平らになっている部分があるので気にはなる。
 調査を終えて下山する。
 帰りに北斗市の資料館に立ち寄り、学芸員のSさんに報告をしようとしたのだが、月曜日まで休みだった。
 土日に連続してイベントを開催したので代休だった。
 本を7冊借りてくる。
 一汗かいたので、家に帰って妻も誘い温泉「花の湯」でのんびりする。
11月21日(水)ハンドル付け変え
 朝起きたら外は雪で真っ白だ。
 タイヤは夏タイヤのままだ。
 急いでタイヤ交換をする。
 30分もあれば終わってしまう。




 ママチャリのハンドルを改造していたのだが、ネジが強烈に強く締めているので、普通のアーレンキーでは全く動かない。
 仕方が無くスポーツアルペンの自転車売り場に行く。
 長い柄のアーレンキーは売っていたが、1890円と高い。
 う〜ん、1本だけあれば良いので、h−ムセンターに行った。
 すると同じ品物が1380円で売られているではないか。
 510円も安い。
 1本だけ有れば良いの探したら4954円だった。
 1本が495円でフルセットが1380円だ。
 これならフルセットを購入だ。
 これを購入した
 家に帰ってネジを緩めたら1発で緩んだ。
 早速ハンドルを変えて、ブレーキレバーやシフトレバーを付け変える。
 完成した自転車で買い物に行ったが、格段に乗り易くなった。
 このハンドルが付いていた

 フラットなハンドルになった
11月20日(火)資料作成
 ここ2〜3日は朝の4時から起きて資料作成を行っている。
 先日調査・測量した新選組副長土方歳三が守備した、二股台場の塹壕を纏めていました。
 朝は寒くなった。
 でも部屋はまだ10度近くあるので平気ですね。
 今日で完成!
 こちら

 今日もごみの運搬をして、帰って来てから、台所回りの配線を恒久的にした。
 妻の要求で今のテーブルに厚手の炬燵カバー見たいのが掛っているので、物を置いた時に安定性が良くない。
 そこで乗せる板を作ってくれと言う事で作成した。
 これで安定だ

 後は貰ったママチャリの改造。
 くれた人が直ぐに空気が抜けてしまうと言っていたのは、チューブのバルブが良く締まっていなかった。
 パンクはしていなかった。
 走って見たら、乗車姿勢が合わない。
 ママチャリは真っ直ぐに乗るので、坂などは力が入らない。
 そこでシティバイクの様なハンドルにしようと探したら、子供用自転車のハンドルがあった。
 ママチャリのハンドル

 シティバイクにしたい
 これを取りつけようと思ったが、ママチャリのハンドルを締めているネジが硬くて抜けない。
 油を塗って待っている。

 先日貰ったマルメロでジャムを作ったが、今朝自家製パンを作ったので試食。
 マルメロの良い香りも付いたのでグッドだ。
 シールを作って製造者の顔が見える様にした。(お遊びで〜す)
 シールも作った 
11月19日(月)お役所へ
 今日は市役所も仕事をやっているので、1まずは焼却場にごみ捨て。
 今回は100kgを越えたので504円かかった。
 次に市役所に行き、住所変更を行った。
 ついでに介護保険の住所変更も行う。
 丁度昼になったので市役所の食堂で食事をする。
 海老天ぷらそばが460円だった。
 少し味は濃かった
 スープの味は少し濃過ぎるかな。

 家に帰って自分の部屋のレイアウトをする。
 石油ストーブはFF式を取り付けたがタンクが無かったので、ポータブルストーブを使っていた。
 しかし点火時や消火時は石油の臭いがするのであまり良い環境でがない。
 たまたま行ったリサイクルショップに45Lのタンクが3800円で売っていた。
 石油タンクが入った
 妻が3500円に値引きしてくれと頑張ったが、頑張り切れず3800円で購入した。
 そのタンクを付けるためには、今までテレビが載っていた台が邪魔になる。
 そこで何か手を打たなくては・・・。
 考えたのが、電子レンジの上にトースタなどを乗せるラックだ。
 これを逆さまに付ければ良いではないか。
 ホームセンターに行き1480円で購入して来た。
 邪魔なパイプをカット
 長すぎて邪魔なパイプを切っただけで組み立て完了。
 そのまま取り付けて完了した。
 超簡単だ!
 こんな感じで付いた
 ネジも一切使っていない。
 パイプに引っかけただけで強度は十分だ。
 テレビは少し上を向く

 良い感じになった
 テレビを乗せたら斜め上を向くので良い角度になった。
 部屋もすっきりした。
11月18日(日)ジャム作り
 遂に函館も発雪が降った。
 引っ越し先の家からは横津岳が白く冠雪している。
 もう冬に入るのかと実感する。
 先日ぶんぽ研の例会で貰った果物「マルメロ」も、もう香りが少なくなってきた。
 捨ててしまうのは勿体ないので、ジャムを作る事にした。
 スマホのCOOK PADでレシピを調べ調理開始。
 @ まずは6等分に切り、皮と種を取ってイチョウ切りにする。
   重量は600gになった。
 マルメロをイチョウ切り

 こんなになった
 A それを600mlの水に入れて茹でる。
   何か水が少ないなと思ったが加熱したら、水分が出てきて良い感じ。
 煮込む
 B 30分煮込んでから左藤500gとクローブ3粒を入れて又30分煮込む。
 C かなり良い感じになって来た。
 砂糖とクローブを入れた
 D 最後にレモンを30cc入れて完成。
 完成だ!
 近くの100円ショップに行き、瓶を購入してくる。
 明日瓶に詰めよう。
11月17日(土)色々と有る日
 今日は一日中雨降りの予報なので、アウトドアの仕事は無し。
 ママチャリを貰いに行く。
 私の自転車が廃棄処分になったので、ママチャリを探していた。
 先日、リサイクルショップで5000円の自転車を見つけ、翌日購入に行ったら誰も居なくてそのままになっていた。
 妻が近所の方の奥さんのズボンの裾を直してあげた。
 奥さんは現在入院中なのだ。
 その時に思い出したのは、旦那さんはここ3年くらい自転車に乗っていない。
 そこで聞いたらもう自転車は乗れなくなったから不要だと言う。
 分けて下さいと言ったが、いつも世話になっているので、お金は要らないと言う。
 結局貰い受ける事になったのだ。
 高級なママチャリだ

 6段切り替え

 ダイナモ内装のライト
 ママチャリはパナソニックの高級な自転車だった。
 殆どがステンレス製で、6段切り替え、電池はダイナモが前輪ハブに内装していた。
 錆びも無く状態は凄く良い。
 有難く頂いた。
 これで旅に出たいな。
 ママチャリでの旅ものんびりして面白そうだ。

 家に帰って不用品の撤去をする。
 まだまだあるな・・・。
 今月の26日に妻のお父さんの15年祭がある。
 身内の者だけの集まりだが、神主さんも来るので綺麗にしなくては。
 2時間ほどですっかり綺麗になった。
 鉄くずを近所のリサイクル会社に持って行ったら、3kgあり47円貰った。
 クロダリサイクルは本当に言葉使いが丁寧いで感じが良い。
 クロダリサイクル
 市役所の処分場に捨てればお金が取られるが、ここはささやかなお金をくれる。
 会社が近いので便利だ。
 一つの仕事が終わった。

 結婚式が東京であり、招待された。
 お洒落な招待状
 大学生の時に我が家に宿泊したK君だ。
 日本一周の後、既に会社に勤めている。
 休みはなかなか取れないが、青森ねぶたには来ている。
 今年は彼女を連れて来た。
 そろそろ結婚するのかなと思っている矢先だった。
 結婚式の招待状を貰うのはいつ以来だろう。
 妹の長女の結婚式以来かもしれない。
 多分3〜4年前だろう。
 もう忘れるくらいだ。
 乾杯の挨拶も頼まれた。
 折角東京まで行くので、何かしたいが何をするかは決まっていない。
 宿泊場所は何泊しても良いよと言う方が居るので心配ない。
 何か考えて見よう。
11月16日(金)貧乏山MTB登山
 今朝の気温は3度とかなり低くなってきた。
 もう直ぐ平地で雪が降る予報が出ている。
 そんな中、山に向かった。
 300名山完登で知られる、函館在住の坂口さんのブログに面白い記述があった。
 貧乏山はUFOの基地であったとの事だ。
 昭和51年の小学館発行の『小学四年生』の9月号と10月号に万が出連載されたと言う。
 こちら
 「不思議な現象をおこす貧乏山! その山の中にHFOの基地が・・・!?という驚くべき記載。
 「山では石ころを転がす音や自転車の走る音がようく聞こえるんですよ」
 実名で北海道UFO研究会長の小坂孝一さんも出てくる。
 山に登った人達は怪奇なおそろしい目にあう。
 わき腹がはれて四十度の熱が出た。
 などなど
 これは行かなくては・・となった。
 途中の道から駒ケ岳が綺麗に見えた。
 駒ケ岳が綺麗だ
 カリマ林道入り口に車を置く。
 ここにはゲートがあり車は入る事は出来ない。
 そこはMTBなので横から入れる。
 入り口のカリマ林道
 林道は締まったダートなので歩きやすい。
 あらかじめGPSにインプットしていた場所から左折する。
 ここから少し急な登りになる。
 少し登ると正面に雪を少し被った駒ケ岳が見える。
 更に登って行く。
 頂上の方向はGPSで分かるのだが、笹の土手が続き入る場所が見当たらない。
 殆ど林道のピーク地点まで行ったら、「地球環境保全の森 記念植樹」の看板があり、刈り道が付いていた。
 ここから入った
 GPSの方向と合うので進む。
 やがて三角点が出て来た。
 頂上で・・。

 駒と大沼が見える
 ここから駒ケ岳が北に見える。

 UFOは見えないのか?
 あちこち見ても見えるそぶりさえ無い。
 適当に空の写真を撮った。
 UFOは写っていないか??
 帰って写っていれば幸いだ。
 自転車の音や石を転がす音は・・・。
 当時から私がMTB登山をしていれば私だろうが、他にも馬鹿な人が居て私と同じくMTB登山をしていたのでは・・・。
 でも昭和51年にMTBは有ったかな??
 などと馬鹿な事を考えていたが、下山する事にした。
 下りは早い。
 下りは早い
 登りは46分で下りは10分で楢山林道入り口に着いた。

 ここから楢山に向かう。
 林道はMTBで登れる。
 かなり登った所で、頂上にアタック。
 低い笹の部分から登ったが、登るにつれて、笹が長くなり、ついに諦めた。
 ここを突破だ

 深い笹であえなくリタイヤ
 次の登れる場所を探して更に林道を上に向かう。
 登れそうな場所が出て来た。
 行こうと思ったら雨が降って来た。
 少し強い雨なので迷ったが、また来ようとなった。
 下りは快適な林道を一気に下ったが、かなり寒かった。
 耳などは冷たくて大変だった。
 そろそろ冬支度が必要か?

 帰りに大沼グリンピアの湯に入る。
 雑誌「HO」の無料入浴券があったのだ。
 冷えた体を温め、帰りには宮崎鯉屋の鯉のあらいを買って帰宅。
11月15日(木)二股台場測量
 朝の気温は4度と低くなってきた。
 近くの横津岳は冠雪している。
 でも天気が良いので二股台場山の土塁の測量に行く事にした。
 新選組副長の土方歳三が守備し、新政府軍の突破を許さなかった強固な台場だ。
 土塁は16ヶ所とも言われているが、明確に位置や規模を記したものは無いので、資料として残して置きたい。
 引っ越しをしたお陰で、北の方面は近くになった。
 台場は雨上がりだった。
 藪漕ぎは濡れて厭だなとの思いだ。
 いきなり熊出没中の看板があってドキッとさせられる。
 ヒグマ出没中!
 普段から熊には注意しているが、この手の看板はいつ熊が出たのか書かれていないので、良く分からない。
 今回は測量用の回転スケール?を持参した。
 アナログスケール
 妻の父親が行政書士をしていた時に仕事で使っていたものだ。
 デジタルでは無くアナログのスケールは今では珍しいだろう。
 他の機材はGPS2台とスマホでスマホはMYTRACKのアプリで歩いた軌道を記録する。
 今回の機材
 早速稲妻形土塁から測量をする。
 この土塁は一般的に行く場所で直ぐに分かる。
 問題はこの先で3個所あるが、背丈以上の笹藪を漕いで行かなくてはならない。
 でももう何回も行っているので、間違い無く行けるようになった。
 F-1 稲妻形土塁

 F-2 土塁
(小さな土塁で本物かと思うが、下に登って来る道があるので必要なのだろう)
 F-3 土塁
(深さは60〜70cmと深い土塁だ)
 F-4 土塁
(カーブしている土塁。このカーブの通り斜面があるので、地形に合わせた土塁だ。
 的がどの方向から来ても対処出来る)
 他にも高所に土塁はあるが、今日の予定の4ヶ所の土塁を測量した。
 帰り道はいつもの山道を通らず沢伝いに下る。
 箱館戦争では旧幕府軍と新政府軍がここで撃ち合い、弾丸は双方合わせて7万発を使用したと言われている。
 その為、銃身が熱くなって、冷やすために大野川か下二股川から水を汲んで来たと言う説を唱える方もいるが、恐らく現場を知らない人であろう。
 下二股は敵陣に極近い場所なので危険で行けない。
 大野川は余りにも遠すぎる。
 二股台場の東側には沢があり、数本の沢が合流している。
 今回はその沢を下って見たが、今の時期でも水が相当流れている。
 戦いの有った旧暦の5月は雪解け水が流れ相当の水量があったであろう。
 沢を堰き止めれば容易に相当数の水が確保出来る。
 台場から200mも無い近くで水が確保出来る。





 何処の水を使ったかな文書は無いので、あくまでも推定になるが。

 帰って駐車場作り。
 余分な土を処分した
 すっかり土を均して、フェンスも余分な物は撤去して遂に完成した。
 フェンスも切って完成
 これで車2台は入れる事が出来る。
 家の前で仕事をしていると、色々な方が通りその都度止まって話して行く。
 今日もおばあちゃんが寄って、「あの石油タンクを一人で動かしたの?」と感心していた。
 おばあちゃんは何処かの屋根のペンキ塗りを見て来たそうだが、自分の家の屋根も自分で塗ったよと行ったら、凄いねと言っていた。
 お年寄りにとっては、こんな行動をする人はスーパーマンなのだ。
11月14日(水)健康サロンin明和園
 今日は健康サロン1in明和園の日だ。
 引っ越しした今となっては開催場所が遠くなったので何か億劫だ。
 まだ荷物が完全に無くならない内は良いが、完全に引越したら行く事も無くなるのか。
 いつのも通りストレッチと筋力トレーニングをし、さらに太極拳をやって運動は終了。
 後は料理教室の献立作りだ。
 前回は出席していないので何を作るのか分からない。
 大根で何か副菜を作る事になったそうだ。
 大根をバターで炒める事は決まったようだ。
 後はかぼちゃと玉ねぎでサラダを作ろうと提案し採用された。
 買い物は私が引き受けた。
 今日は肉がメイン

 家に帰って駐車場作り。
 駐車場と灯油タンクの間に縁石としてブロックを入れた。
 今日はここまでだ。
 仕切りのブロックが入った
11月13日(火)駐車場作り
 昨日義理の妹と会う事になった。
 妻と待ち合わせのゼビオスポーツに行く。
 別れて店内を探す。
 妻は何処か遠くの方へ行ったが、私は登山用品売り場に行く。
 やはり居た。
 彼女なら絶対ここしかない。
 久しぶりに登山用品を見て回るが、なかなか進化してきている。
 ヘッドランプは軽量のボタン電池仕様になっていた。
 バックパックも軽くなった。
 私と同じ45リットルで400g位軽い。
 その後誕生日祝いに昼食を奢ってくれる事になった。
 行き先はあまり縁の無い、洋食食レストランだった。
 白いテーブルカバーが掛ってスプーンやフォークが置いてあると緊張する。
 貧乏旅人には如何にも合わないかもしれない。
 豚肉の何だか何だかと言うのを注文した。
 何て事は無い1番人気だッたからだ。
 肉は軟くて美味しいのだが、厚手の歯ごたえのあるいつもの肉も良いなと思ってしまう。
 最後にコーヒーを飲んで終了。
 プレゼントまで貰ってしまった。
 嬉しいプレゼント

  今日は朝から駐車場作りをやる。
 もう6日間も少しづつ切っていた太い木が遂に切れた。
 6日間少しづつ切っていた

 遂に切れた

 今度は石油タンクの移動だ。
 妻と義理の妹が、このタンクは邪魔だよねと何度も言われていた。
 これが邪魔だ
 2人ともつぶやくばかりで、やってとははっきり言わないのだ。
 それでもやらざるを得ない。
 勿論一人では持てない物だ。
 考えた末、車のジャッキを利用して少しづつ移動する事だった。
 ジャッキで上げてずらす

 少しづつずれて来た

 ほぼ90度移動した

 無事完了した
 ロープで支えて倒れないようにして少しづつ移動する。
 結局2時間位かかって何とか終えた。
 これで駐車場スペースが広くなった。
11月12日(月)旧三十三観音コース解析
 10日に歩いた旧三十三観音のコースは、約150年前に書かれた「南部藩蝦夷地経営図」とどの程度一致するのか検証してみた。
 歩いたコースをGPS記録で調べたら、調査しながら歩いた事もあり、歩行距離が19.8kmになっていた。
 これなら疲れる筈だ。
 下の地図で赤色は「南部藩蝦夷地経営図」のコースをプロットして、今回の歩いたコースに重ねて見た。
 ブルーの線は今回実際に歩いたコースのGPSのKMXデータをYahooマップに落とした。
 以下解説するのだが、函館山を知らない人にはあまりにもローカル過ぎて良く分からないと思う。
 こんな解析方法でやっているという事を伝えれば。


 スタートは弁天町の厳島神社
 建立時期は不明だが、初めは弁天社となっており、弁天岬にあった。
 享和1(1801)この場所に移した。
 松浦武四郎の「蝦夷日誌」に三十三観音は山背泊が1番観音と書かれているのでここをスタートにした。
 「南部藩蝦夷地経営図」では観音山が1番になっている。
 @ スタートして魚見坂を登ると高龍寺が出てくる。
 当時は無かった高龍寺
   当時は高龍寺も無かったので、道は何処だったか判明していなかった。
   地図を見ると高龍寺の手前から道は山に登っていた様だ。
   この辺りも住宅が密集して道は不明だ。
 A 観音コースと同じと推定できるトレースだ。
 こんな碑が埋もれてた
 B 今回は要塞の遺構を廻って行ったが、道は真っ直ぐに観音山に登っていたようだ。
   この道は再び調査しなくては・・。
 C 今回は車道を歩いたが、山の上側に道があるようだ。
   これも再調査だ。
 D 昔、薬師堂の合った場所と言われる場所で折り返したが、トレースを見ると更に先に続いている。
   この感じから薬師山に観音があったように思える。
 E 函館山山頂へは車道を歩いたが、当時の道は真っ直ぐに函館山に登っていた。
   行けそうだがまだ調査していない。
   ネックになっているのは、函館山に出来た駐車場の石垣が高くて下から行っても登れそうに無い事だ。
 F 紅葉山で折り返したが、旧図ではもっと先まで行っている。
   恐らく入江山に観音があったのではないか?(現観音も入江山にある)
 G 旧山道を下まで下って汐見コースを再び登ったが、そこまで下らないで折り返したようだ。
   この下り返し地点はまだ調査していない。
 H 尾根を歩くコースはかなりトレースの形が似ている。
 函館市街地

 下北半島

 掛鞍山で先は立待岬
 I 七曲りコースはトレースに多少のずれはあるが、コース形状は非常に良く似ている。
 J このトレースは迷った。
   結果的には山側の道を通っている。
   エゾタテヤマにアイヌの砦があり、古図にも書かれている。
   ここを通る道があり、事前に検討はしていたが、今回は違うコースを選んだ。
  
   これらの結果から再び個別に調査をして、トレースを「南部藩蝦夷地経営図」に近づけたい。
   約150年前に書かれた三十三観音の参拝コースに興味があると共に、道の精度にも興味がある。
   1800年に伊能忠敬が函館山から測量したのが、北海道測量の第一歩になった。
   212年前の事だ。

   「南部藩蝦夷地経営図」は時実際に測量されたのか、単に歩いたコースを書き写したのかが分かるかも。
   何気なく始めた旧三十三観音コースを歩きたいと言う気持ちがここまで来てしまった。

11月11日(日)地産地食フェアー
 北斗市で地産地フェアーが北斗市スポーツセンターで開催されるので行く事にする。
 北斗市には旧上磯地区と大野地区がある。
 上磯にあるのがスポーツセンターだと思って行ったら、そこは総合体育館だった。
 他にも間違って来ている高年のカップルがいた。
 情報交換し大野だと言う事になった。
 大野に行ったら賑やかな登りが立ち、交通整理員も居て間違い無くこの場所だ。
 最初から素直にスマホのカーナビで来ればよかった。

 会場は混みあっていたが、昼食にホタテ弁当を食べ、牛巻と薩摩芋の蒸したものは持ちかえった。
 ステージでは地元のアイドルユニットのステージがあった。
 新幹線PRの為に結成した、高校生と中学生のユニットだったが、会場は中高年が多いせいか、今一つ盛り上がりには欠けていたかな?
 拍手もまばらだった。
 北斗市の地元アイドル
 家に帰って周囲の草や木の燃えるごみを整理する。
 今日は8袋整理した
 雪が降る前に片づけて置きたい。
 まだまだやる事が残っているな。

 旅人タンバリンから電話が来た。
 先月も電話が来て、その時は結婚する事になったので招待したいとの事だった。
 お目出度い事なので招待を受ける事になった。
 1月27日に東京で行われる。
 東京に出るのは2009年以来だ。
 今日の電話は乾杯の挨拶をして欲しいとの事だった。
 もっと身近な人が良いのではと思ったが、どうしてもと言うので引き受けた。
 そう言えば最近は結婚式とは程遠くなっていた。
 親戚は皆結婚済みなので、新たな結婚式は無いし、1世代前の親戚は皆亡くなって葬儀に参加する事も無くなった。
 フォーマルのスーツも全く着る機会が無くなっていた。
 今回は久しぶりに着る事になる。
 タンバリンは大学生の時に、日本一周して函館に来た時に我が家に宿泊した。
 それが縁なのだが、律義に電話をくれたりする。
 日本一周時のタンバリン
 今年の青森ねぶたには彼女を連れて来て紹介してくれた。
 もう直ぐ結婚するんだとは思っていた。
 ゲストハウス「自遊旅」に来た旅人で結婚したのは5人目になる。
 目出度い。

11月10日(土)驚きの出会い
 昨日の誕生会は妻と2人で行ったのだが、スタートから大変だった。
 買って来たばかりのケーキを何処に置いたか分からないと言う。
 必死に探すが出てこない。
 ケーキ無しで、いきなりのすき焼きパーティとなった。
 久しぶりのすき焼きに満足して終了した。
 娘夫婦からは衣類が送られて来た。

 忘れる事に関してはお互い、非難はしない。
 私だって今現在車の鍵が見当たらないし、インパクトドライバーの充電器が見つかっていない。
 お互い忘れたことへの非難はしない方が良い。

 今日は天気も良いので、函館山旧33観音コースを歩く事にする。
 今日のコース
 ずっと調べを続けて来て、まだ完全ではないがかなりの部分が判明した。
 距離は約13km(松浦武四郎、蝦夷日誌、巻の二)程度になる。
 弁天の神社に車を置いて、150年前くらいの地図(南部藩蝦夷地経営図)を見ながら出発。
 山背泊台場辺りから左に入るのだが、今は高龍寺がどんと構えて道は消えた。
 墓の中を入って観音コースを登る。
 途中から右手の藪に入る。
 観音旧コース
 藪の中にしっかり道は付いている。
 やがて函館山要塞の遺構が出てくる。
 要塞の遺構
 登りきって車道に出て、観音山の北斜面を登る。
 以前来た時よりも、木々の枝が枯れて道がはっきりして来た。
 観音山山頂着。
 観音山山頂
 ここから下りて車道に出る。
 しばらく歩いたが、北の下斜面に道を発見。
 以前は全く見えなかったが、この時期は道が見やすい。
 下りて付近を調査。
 その後、薬師堂の有った場所を過ぎ、函館山山頂へは車道を行く。
 本来は別な道なのだが、頂上に駐車場を作って高い石垣が出来たので登れない。
 頂上で函館市街地の景色を見ながら、おにぎりを食べてから出発する。
 下り道にある観音を撮影していた。
 撮影も終わって戻ろうとしたら20m位先の階段にカップルが居て、こちらを見ている。
 近づいたら、「毛利さんですか?」と聞く。
 「ええ」と言ったものの顔に覚えが無い。
 「愛知県から来ました」
 「愛知県での知りあいは、旅人さっちんだけだ」
 「いつもブログを見ています」と言われてようやく分かった。
 愛知県のSさんで、新選組や土方ファンでいつもブログを見てくれているそうだ。
 こんな場所で良く私を分かったなと感心すると共に、声を掛けて貰って嬉しかった。
 年に3回は函館に来ているそうだ。
 明日も二股口台場に行くそうだ。
 それにしても新撰組ファンは函館に随分足を運ぶ人ばかりだ。
 白牡丹、女性の新選組副長Yさんなどなど。
 別れて、紅葉山の方に向かう。
 紅葉山への道
 ここから水元山までは藪漕ぎだ。
 道はかすかに残るが途中はっきりしない場所もある。
 途中に綺麗なピンク色に紅葉した木があった。
 綺麗だった
 その場所は少し間違ったが、無事水元山に着いた。
 ここの山頂にも旧33観音があった。
 水元山山頂
 ここから下って、姫塚に行く。
 何度も見ている姫塚が探せない。
 大きな石なので、直ぐに分かる筈なのだが、いくら探しても見つからない。
 あんな大きな石を持って行く人も居ないだろう。
 目もボケたのか??
 旧道は草花の養生中と言う事で入らずに旧山道を下る。
 下って再び汐見コースを登る。
 いきなりの急斜面を登って頂上に付き、後は尾根道を行く。
 汐見コース登り
 途中で下山して来た小学生と父兄の一団が来たので道を譲ったら、来るは来るは40名くらいやって来た。
 その都度「こんにちは!」と元気な子供達の挨拶に応えた。
 登りきって八幡山へ登る。
 頂上は笹が伸びて周囲は見えず。
 八幡山山頂
 下りは尾根を行くが途中で尾根を降りて車道に出る。
 車道を作るために尾根に切り通しが出来て、連続して尾根を歩けなくなった。
 やがて千畳敷に着く。
 古図には千間平と書かれているので、千畳敷もこの辺りから名前が付いたのだろうか。
 七曲を下る。
 いい加減膝も痛くなってくる。
 七曲を下る
 下まで下りて立待岬からの帰りの車道に出る。
 ここを歩くが長い。
 函館八幡宮に着いたが、ここの木は紅葉が異なる5色に色付いて綺麗だった。
 函館八幡宮前
 ひきがえる注意の看板を見て、護国神社に到着。
 エゾヒキカエルがいる
 さらに観光地の八幡坂の前を通り、相馬邸の前に行ったら、ボランティアガイド「一會の会」の佐藤会長と合う。
 ゴールの称名寺跡に着いた。
 結構疲れた。
 特に街の中は足が重い。
 車の置いている場所に戻ろうと大黒町を歩いていたら、小さいリサイクルショップなのかただの不要物を置いているのか分からない店があった。
 玄関を開けたら人が出て来た。
 茶髪の若いお兄ちゃんが「やあ!」と気軽な声で出て来た。
 外にあるママチャリは幾らと聞いたら、これは良いもので1万円以上はすると言う。
 でも8千円くらいで良いとの事。
 確かにステンレス製でライトは暗くなると自動点灯するし、発電機はリムに内装で値段の高いものだ。
 確かに新品では3万円くらいはする。
 「私は自転車で北海道一周した経験があるから、自転車を見る目は確かだ」と言う。
 「私は日本一周したが・・」とは言いださなかった。
 話している内に5000円で良いとなった。
 5000円の自転車
 それじゃ明日買いに来るよとなった。
 無事車に着いて帰宅した。
 増毛山道よりも疲れた。
11月9日(金)旧道調査
 今日遂に69歳になった。
 70歳までは一生懸命活動するんだと、9年前に決めてスタートしたが、後1年で予定の70歳になる。
 最近は時間の流れの速さに付いていけない。
 やらなければならない事が山積みで、その間に家の事もやらなくてはならない。
 今までの活動に満足はしていなく、まだまだ目標を持っているのだが、
 幅広くやり過ぎていると感があり、そろそろ活動目標を絞って、効果的にやった方が良いのかも知れない。

 誕生日と言っても特段に感激する事も無く、たんたんと迎えている。
 酒の無い、つつましい2人だけの祝いで終了か?


 (赤い線が旧山道で一部を除き城岱スカイラインが旧道の上を走る)
 旧山道の文書を書こうとしたが、一部調査が終わっていない個所があったので、調査に出かける。
 住みかが北の方にずれたので、大沼方面には近くなった。
 そこで藤山峠の軍川の道の調査に行く。
 事前に机上で調べていたので、現在の城岱スカイラインとほぼ同じ道だとは推定していた。
 注意深く見たら、旧道がちらっと見えた。
 早速歩いて見たが、距離的には1〜2kmしかなく、現在の車道が旧道の殆どだと言う事が分かった。
 一部に旧道が残る

 これも旧道

 次に東本願寺道路を探しに行く。
 明治2年に箱館戦争が終わり、開拓使が出来た。
 そんな時に、開拓使から本願寺に道の開削依頼が来た。(旧幕府軍寄りだった本願寺としては開拓使に取りいって貰おうとして開削を申し出たと言う説もある)
 軍川から砂原まで道の開削を行ったが、1年後に新たな道が開拓使により造られた。
 その道は本願寺の作った道のコースとは全く異なって、無沢峠を越え蓴菜沼を通って森に抜けるというものだった。
 莫大な資金を投入した本願寺の道は、使われる事無く廃道になってしまった。
 その道が今も残っているらしい。
 古図を頼りに行くが、林道が多くあり本願寺道路とはなかなか特定出来ず、入り口すら分からなかった。
 入り口各所をGPSで測定したので、後ほどマップに落として道の特定をする事にして終えた。

 宮崎鯉屋
 帰り道、宮崎鯉屋で鯉のあらいを久しぶりに購入した。
 3年前に亡くなった妻の母親が大好きだったし、我々も大好きだ。
 この宮崎鯉屋は明治初年に近くの蓴菜沼にあった、宮崎旅館の子孫ではないかと思っているのだが、まだ調査は進んでいない。
 明治には外国人の移動範囲が決められており、蓴菜沼が北限であった。
 この蓴菜沼の湖畔に有った宿で、イギリス人女性イザベラバードも宿泊している。
 外国人で大賑わいであった宮崎旅館だが、その跡には公衆トイレが建っている。

 家に帰って来て向う3軒両隣に引っ越しの挨拶とささやかな品を届ける。
 残りの人生はここに終わる事になるだろう。
11月8日(木)研究者とは?
 チャイムが鳴らないとの苦情あり早速調査する。
 スイッチは問題無く導通するが、チャイムは鳴らない。
 電池をチエックしたが1.5Vを確保出来ている。
 そうなればチャイムの本体しかない。
 ホームセンターに行って1200円で購入。
 早速付けてOKになった。
 チャイムも付いた
 ガスレンジの上方に物を置く台を妻がハンマーで叩いていた。
 どうしたの?と聞いたら、幅が合わないそうだ。
 でもその置き台は随分錆びているので、新しいのを買ったら?
 と言ったが高かったそうだ。
 どう見てもこの錆じゃどうしょうも無い。
 ホームセセンターに行った時に見たら、1200円で売っていた。
 購入して帰る。
 綺麗な台が付いた。

 図書館に行く。
 函館山旧3観音の場所を調査しているが、ほぼ終えて来た。
 そこで調査の元になった古図を閲覧して、コピーでも取ろうと思った。
 図書館で閲覧希望したら、重要な古図なので研究者でなければ見せられないのだそうだ。
 パソコンで見てくれとの事だ。
 全体図をコピー取りたかったので、頼んでコピーを取って見たら、やはり文字の判読は不可能だった。
 小さく分けてコピーし繋ぎ合わせるしかないか。
 でも研究者って何だろう。
 どんな判断で研究者と一般車を分けるのだろうか?

(南部藩蝦夷地経営図の一部=函館中央図書館蔵)
 天気が良くなったら13kmを歩いてGPSトラックを取り、この図とコースの比較をして見よう。
11月7日(水)講演を聞く
 今日は健康サロンin明和園だよと言われ、日乃出町の自宅に戻る。
 妻が会計掛りなので先に家を出て会場に向かった。
 私はゆっくり行こうとしてまだ家に居たら、妻が帰って来た。
 「今日は無いわ」
 どうやら来週の間違いだったようだ。
 それなら病院に行くと言った妻を送ってから、引っ越し先に帰る。
 汚れた車を洗おうとして外の水道の栓を開けたら、水が蛇口から出て来た。
 それを止めようとしたら、全く止まらない。
 パッキンが駄目なのだろう。
 何処かに蛇口が無いかと調べたら有った。
 早速交換して完了した。

 下のパッキングが破損

 別な物を付ける破
 昼には妹の家に行く。
 屋久島から3泊4日の登山から帰ったばかりだ。
 縄文杉も宮之浦岳も良かったそうだ。
 天気は良かったが、凄い多くの人で登山道を交差するのも大変だったようだ。
 山小屋も溢れて、外にもテントが張られ、玄関に寝ていた人もいたそうだ。
 だから団体ツアーは面白くない。
 私が行った時は、屋久島滞在が3週間もあったから、天気の良い日で空いている時に行けたので何もかも良かった。
 屋久島は長期滞在が良い。

 その後、五稜郭タワーアトリウムで行われた講演を聞きに行く。
 頼まれて人員確保のため行ったのだが、西村氏の講演「まちを支えるひと、もの、ことを考える」は面白かった。
 西村氏の講演
 特に街の再生としての取り組で、現在駅前地区は圧倒的に駐車場が多くなって、店が少なくなっている。
 この状況を何とかしようと佐賀で取り組んだのが、駐車場を野原にする事だった。
 公園にすると公園法と言うのが有って、店は出せない、イベントも出来ないなどで、何をするにも許可が居るそうだ。
 そこで野原にした。
 野原は規制が全く掛らない。
 野原と言っても綺麗な芝生なのだ。
 ここに船舶用のカラフルなコンテナを設置して、図書館、遊び場などなど設け、子供も大人も集まる空間を作った。
 店を出したい人には売り上げの5%を頂くと言う方法を取った。
 これが意外と売れて、本に広告も出した。
 公園なら広告も出来ない。
 公園法でがんじがらめになってしまう。
 そんな取り組みが人を集める結果に繋がった。
 そんな事例があった。
11月6日(火)BEPALを読んで
 BE-PAL No.11を購入した。
 近くのスーパーCOOPで置いていたので、手軽に買えるようになった。
 早速読んだら、興味ある記事が載っている。

 @つは小口良平君の記事が載っていた。
 彼は仲の良い友達で、時々海外からもメールが来る。
 朝日テレビ「人生の楽園」にも出演して貰った。
 彼は現在、世界自転車一周中であるが、難関のケニアも突破し旅を続けている。
 彼の乗っている自転車がSURLYでUSA製である。
 荷物が半端でない
 そのバイクはユニークで自分でパーツを色々と取り換えて、アレンジメントが出来る。
 また世界一周をする冒険家の為に、クランクからリアタイヤ迄の距離が長いバイクもある。
 安定性が凄く良いそうだ。
 長距離旅用
 他にもタイヤの幅が馬鹿太いのもある。雪道の安定性が抜群だそうだ。
 釧路湿原MTBツアーで冬に使っているそうだ。

 Aつ目の記事

 冬旅用の靴が載っていた。
 CHAIR5でアメリカで行われた、アウトドアショーでひときわ目立った。
 −32度の極寒まで対応可能である。
 インナーもあり、そのままテント内で過ごせる。
 グリップも深い溝があるので滑りにくい。
 畳めば超コンパクトになる。
 両方で500g
 価格は16500円と意外と安い。
 冬旅や軽冬山に良いかも?

 Bつ目の記事は野田知佑さんの記事で「白髪五人男、四万十再訪」である。

 彼は良く四万十にカヌーをしに行くのだが、その時に寄るのが野村の爺(おん)ちゃんの家だ。
 そこの家では四万十で獲った手長エビを出汁にして、ソーメンを出してくれる。
 その味は絶妙と言う記事が以前に載っていた。
 今回の記事の中で「昔、野村の爺(おん)ちゃんの家で宴会をしていると、魚のつまみが無くなった事がある。すると一人の男が「ちょっと待っちょれ」と言って、庭の竹ほうきとざるを持って川に走った。そしたら10分後にざる一杯のアユが入っていた」と書いている。
 この野村の爺(おん)ちゃんに会いたくて2003年に四万十に行った事がある。
 見知らぬ私を歓迎してくれて、奥さんの小百合さんが手長エビのソーメンやアユの塩焼きを出してくれた。
 こんな感激した事は無かった。
 爺(おん)ちゃんの話しは面白く、彼の話しを聞き語りで纏めた本が出版されている。
 それを持って行ったらサインもしてくれた。
 「みんなの笑顔が私の元気」と書いた本は今も大事に取ってある。
 既に亡くなったが、あの時の楽しさは忘れる事が出来ない。
 爺(おん)ちゃんの本

 サインも頂いた
 色々と楽しい記事があって良かった。

 今日、家のガスが使えるようになった。
 ガスは元々有ったが、使用にあたって再度検査をしなくてはならない。
 今日の検査で使用可能になった。
 でもプロパンガスって都市ガスより高いんだ・・。
 外は悪天候だ。
 今日は家でパソコンに向かいっ放しだ。
 溜まり溜まった書きものをかなり終える事が出来た。
11月5日(月)色々な話し
 部所は違ったが、元会社の同僚でHさんと言う方が居た。
 30年ぶり位のメールだろうか? 届いた。
 会社を希望退職したが、その後は不明であった。
 その方からのメールは中国からだった。
 会社を辞めた後、中国で働いているそうだ。
 仕事の一環として自転車の輸出業をしているそうで、私が自転車を好きな事を思い出して、カタログを送って来た。
 自転車はマグネシューム製だった。
 世界でも自転車の材料はアルミが主流で、一部軽量のチタンンも使っている。
 マグネシュームは軽いが加工は日本でもなかなか出来ない。
 そんな自転車だが、アルミ並の価格で売れるそうだ。

 この折り畳み自転車で8.8kgと軽い。
 これなら電車に積んで行って、降りたところで観光するには良いかも。
 日本の1万円台の折り畳みなら13〜15kgもあり、輪行はしたくない。

 引っ越ししてから4日目になったが、まだ荷物の運搬がある。
 私の部屋は、不要な物を思い切り捨てたので、すっきりしてしまい。
 収納にはまだまだスペースが有ると言う状態で、やはりシンプルな生活が良いと満足している。
 妻の荷物の搬入をしているが、部屋は荷物で溢れ、足の踏み場も無い。
 これは片づけるのが大変だな・・・。
 妻の部屋の自分用のTVを運んで来たので、見れるようにしなくてはならない。
 以前はケーブルテレビでTB(ターミナルボックス)と言う物を、付けて見ていた。
 居間と2ヶ所なので料金も余分にかかる。
 今度は居間の隣が妻の部屋なので、ケーブルテレビを止めて、アンテナを購入しようと思っていた。
 考えて見たら、同軸ケーブルを分岐すれば良いではないかと思い付いた。
 早速同軸ケーブルの分岐栓を買いに行った。
 3080円で売っていた。

 それを使い分岐したら見事にケーブルテレビも映った。
 アンテナは高いので助かった。

 家の玄関前が駐車スペースになっているが、1台しか入らない。
 年末から正月に掛けて娘たちが帰ってくるので、駐車場の確保をしなければならない。
 フェンスを切って、庭を少し減らせば2台は入れるようになる。
 そこで早速土木工事開始。
 花や雑草も撤去した

 1時間くらいで土の撤去を終わった。
 処が木の根っこがある。
 木も撤去しなくては・・。
 これを取らなくてはならない。
 大変そうだ。
11月4日(日)引っ越し3日目
 昨日は応援しているファイターズがジャイアンツに負けて日本一はならなかった。
 3対ゼロの時はこのまま行くのかなと思っていたのが、中田の3ランホームランで同点にし、更に勝つチャンスもあったが僅かに及ばなかった。
 当初はダルビッシュガ抜けたので、解説者の順位予想は下位になっていた。
 それがレギュラーシーズンで優勝し、日本シリーズまで見れたので、満足して今シーズンの応援は終われた。
 旅人里江ちゃんから「羽黒山の石段2400段を登って、も〜さんとお母さんの健康祈願と日ハムの優勝を・」とのメールが来た。
 私の風邪はどうやら終息になったので良かったが、日ハムは負けてしまった。
 2400段登ったのかな??

 今日も荷物運びをする。
 まだまだ有るが、別に無くても生活は出来る。
 荷物を減らしたいが女性はなかなか減らせない。
 使わない食器用の棚まで用意するのだ。

 私の部屋のレイアウトは終わった。
 押し入れに設けたベッドは止めて、床に布団で寝る事にした。
 床の方が安心だ

 やはり押し入れは長さが足りなく、大好きな寝ながら本を読むスペースが無いのだ。
 それと幅が少なく、高さも結構あるので落ちたら怖い。
 床なら本も読めるし安心して寝られる。
 キャンプテーブルも持って来て、ここでコーヒーを沸かして飲めるようにしたい。
 棚を設けたお陰で十分なスペースを確保出来快適な生活が出来そうだ。
 棚も効果的だ
11月3日(土)引っ越し2日目
 昨日は引っ越ししたばかりなのでまだ馴染まない。
 自分の部屋も片付いていないので、昨日は居間に寝た。
 旅から帰って来て、引っ越し作業を始めたら風邪を引いてしまった。
 旅に出ている時はいつも快調で、風邪を引く事も無いのだが、家に戻ると何故か弱くなる。
 そんな中、今日も引っ越しの荷物を運搬する。
 引っ越してしまったら、調理道具が不足してキャンプ生活の様になっていた。
 でも強制的に引っ越したお陰で、引っ越しも早く終わりそうだ。

 十分の部屋がまだ片付かない。
 棚を補強する木材を切ってペンキを塗ったが、雨のためになかなか乾いてくれない。
 1日経過したが乾かず荷物が上げられないままだ。
 もう一つの改造として、押入れをベッドにする事にした。
 マイベッドは押入れ
 押入れとしては使う事も必要無いので、ベッドにして居住スペースを開けようと言う考えだ。
 170cm7のマットがぴったり収まった。
 マットの上で寝袋で寝る。
 冬用の寝袋で暖かいのと、旅に出た時も寝袋睡眠に慣れているので快適に寝られる。
 これは毎年の事だ。

 来年の話しもそろそろ出て来た。
 街中ガイドと修学旅行ガイドをやる事になりそうだ。
 街中ガイドを今までも行っているが、修学旅行は初めてだ。
 子供達に話すので分かり易い内容にしなくてはならないのだろうな。
 新選組とか土方歳三、さらには箱館戦争など分かるのかな?
11月2日(金)急遽引っ越しをする
 なかなか引っ越しが出来ないでいた。
 もうとにかく引っ越してからまた必要な物を運搬したりしようとなった。
 と言うのは今日ケーブルテレビの工事が行われるのと、洗濯に出していた絨毯が戻ってくるのだ。
 9時にはケーブルテレビの工事が来て、1時間くらいで配線を終えて帰って行った。
 そこに直ぐに絨毯屋が来て置いて行った。
 この絨毯を先に敷かなければ、レイアウトが出来ないのだ。
 洗濯が終わるまで1ヶ月も掛った。
 料金は1万円なり。
 新品を買うよりは遥かに安いし、完璧に綺麗になった。
 ストーブの燃焼テストもOKになった。
 良い感じになった
 テーブルなどを置いたら住むと言う雰囲気になった。

 残るはインターネットの接続だ。
 少しやったが繋がらない。
 以前旅人が購入してきてセットしたWi-Fiルーターが何か悪さをしていて繋がらない。
 こうなればケーブルテレビのルーターから直にランケーブルを繋いで、手動設定した。
 そうしたらOKになった。
 我が家は家内のあちこちでインターネットを使う事も無いのでOKだ。
 まだまだ残工事はあるが、住みながらやる方がやりやすいだろう。
11月1日(木)ぶんぽ研例会
 今日は大野文保研の例会に出席。
 引っ越し先が例会会場の途中なので妻を乗せて行き、途中で降ろす。
 引っ越し準備がまだまだ完了していない。
 いくらやってもやっても切りが無いくらい有るものだ。
 妻を置いて私は例会に出席した。
 会長の例会報告はいつもの通り、出来事を報告して終了。
 私も先日行った留萌の「山道サミット」や増毛山道の歩いた状況を簡単に報告。
 会員の方から、函館から来ている人にマルメロを提供してくれた。
 香りは抜群だ
 このマルメロは大野地区の名産なのだが、今までどの様に使うのか分からなかった。
 中央アジアの原産で、ジャムにしたり香りを楽しむため果実だそうだ。
 確かに帰りの車の中でもビニール袋を通して良い香りがしていた。
 果実は強い酸味が有って、硬い繊維質と石細胞のため固くて生食は出来ないそうだ。
 家に帰って調理の本を読んだらジャムが簡単そうだ。
 明日にでも作って見よう。
 
2012.10日記 HP TOP