2012年9月 日記
10月22日(月)旅の準備
 旅に出るとなれば何かと準備が居るものだ。
 自炊旅なので持物は多くなる。
 家から缶詰めなどを貰い、在庫になっているラーメンやパスタを積み込む。
 気候的には寒いので、マウンテインハードウェアの冬用寝袋と寝袋カバーを持つ。
 MTBも積み込んだ。
 荷物の積み込み
 スキー場でダウンヒルをやるか、山の縦走に利用するかも知れない。
 今回は壊れたMTBを修理した。
 リアのディレーラーが壊れてしまったが、パーツも無いのでロードバイクからパーツを外した。
 MTBとロード用ではパーツが違うのだが、付けて見たら8段変速の内、7段は使えるのでまあ良いか。
 
 図書館に行き本を借りる。
 本も十分借りた
 旅の時はいつも大量に借りてひたすら読む。
 テレビもワンセグしか入らないし、スポーツ以外ではそれ程見たい番組も無い。
 夜はする事が無いので、本を読む時間は十分ある。
 これが旅での楽しみでもある。

 午後から病院に行く。
 首と手首が4〜5日前から痒い。
 診察の結果は「原因が分からないので、取り敢えず乾燥肌用の塗り薬と、痒み止めの軟膏を出します」と1分もかからない超高速診察だった。
 
 明日から旅に出るが天候はかなり悪そうだ。
 「雨読晴耕」にするか?
 晴れの日は体を動かして体力を作り、雨に日は本を読んで知識を増やす。
 次の目標に向けての準備だ。
10月21日(日)恵山登山
 引っ越し疲れもあるので、今日は引っ越し作業を中断して山に出かける。
 昨夜から強風が吹きまくり、路上には木の葉が散乱している。
 風は収まっていないが、近場の恵山に出かける。
 登山口の駐車場に着いたが、車は1台しかいない。
 歩き始めて少ししたら、メモリーの残数が少ない。
 過去の写真で不要な物を30枚くらい削除した。
 その間に下から来た林野庁の森林パトロールに追いつかれた。
 パトロールのおばちゃん
 2人の後を歩く。
 しばらく付いて行ったが途中で止まったので追い越して先に進む。
 風は恵山でも強い。
 時々突風が来て煽られる。
 頂上で写真を撮って、恵山大権現に向かう。
 頂上
 今日はガスが掛って展望が良く無い。
 実は松浦武四郎が恵山に登った時の紀行文にここからの展望を「西の方汐首岬を越え、箱館山、木古内浜迄一望し」とある。汐首岬は完全に見える。
 箱館山も裾野は見えないが確認出来る。
 問題の木古内浜なのだが、箱館山の左側に位置するのだが、目視では確認が出来ない。
 浜の位置が分かっているので一望と書いたのだろうか。
 今日は少しガスが掛っているので見えないのか?
 次回にでも確認して見よう。

 大権現で休んでいたらポトロールの方が来た。
 「早いね」と言われ、しばらく話す。
 林野庁の森林局から委託されて年に数10回パトロールしているそうで、この辺りについてはかなり詳しい。
 「地元の方ですか?」と聞いたらそうだと言う。
 それならばと昔の温泉川(現白浜川)に沿ってあった旧道の事を聞いたら、小学校の時に何度も登ったそうだ。
 遊びはいつも山だったそうだ。
 松浦武四郎の蝦夷日誌に「絶壁此処を九折れにして下る。断崖数尋、崩砂崖なり・・(中略)・・恐ろしき処に桟道を掛て此処を通す」と書いている。
 現在は法の工事が行われて道は消滅してしまった。
 道の様子を聞いたら、「この道が恵山に行くには一番近かった。道は怖かったが普通に歩けた」と言う。
 その後、道が崩壊して歩けなくなり、現在の法の工事が行われたそうだ。
 また馬の背(私が高所の細尾根を行けなかった)は、イソヤ(現御崎)の人達が恵山大権現に参拝する道だった。
 80歳のおばちゃんも登っていたよと言う。
 う〜ん、歳と高所恐怖は別問題なのだ。
 どこでも歩く事は出来るのだが、正式なルートを教えてくれた。
 ここ恵山は火山なので全山岩場になっている。
 熊は出ないのかなと思ったら出るそうだ。
 がんこうらんが多いので熊が実を食べに来るそうだ。
 でも向かいの海向山よりは出ないそうだ。
 今年は3回熊に会ったと言っていた。
 今年は山の実が多いので市街地には出てこないそうだ。
 がんこうらんは実が一杯

 熊の糞
 がんこうらんを食べた古い熊の糞があった。
 「今日は突風が吹いているから危険なので行かない方が良い」と言われ素直に止める。
 その代わり、広範囲に渡り付近をかなりの時間を掛けて散策した。
 意外と景色の良い場所がある。
 馬の背の細尾根

 汐首岬方面

 馬の背

 函館方面

 馬の背上部

 恵山頂上下から山頂

 山頂方面

 噴気口と太陽
 久しぶりの登山で少しすっきりした。
 帰りに恵山温泉に入浴。
 65歳以上は無料で入れる。
 でも仕分けが行われ、来年は少しの有料化も検討されている。
10月20日(土)まだまだリフォーム
 引っ越し先の台所付近のレイアウトが気に入らない。
 左右に食器棚と冷蔵庫を配しているが通路が狭くなった。
 通路が狭い
 考えた挙句右側に冷蔵庫を移動して、食器棚を90度角度を変えることにした。
 左側のスペースを大きく開ける。

 食器棚の位置を90度変えた
 変えたら居間側に食器棚の後ろ部分が見える。
 これは格好が悪い。
 化粧べニアを2枚張る事にした。
 化粧べニアを張った
 これで裏側は綺麗になった。
 この上にコルクボードを張り、孫の写真コーナーを作る。
 これだけのスペースがあれば、相当量の写真も張れる。
 冷蔵庫も移動
 冷蔵庫も移動した。
 レイアウト的にはこの辺りは狭くなるが、妻に確認してOKとなった。

 次に私の部屋に棚を付けることにした。
 何とか一間に全荷物を収納しようとしたが、普段あまり使わない荷物が下にあるのは邪魔なので、これらは棚の上に上げておけばいい。
 そこでタル木を買って来て早速棚作り。
 まずは棚の骨部分をはしご型に組みつけて塗装をした。
 棚の底部が完成
 これを部屋の天井付近にセットした。
 こんな具イアいだ
 棚の幅はロッカーの出っ張りに合わせた。
 後は棚板を張れば終了。
 これで部屋の下部分のスペースはゆったりするだろう。

 ケーブルテレビの再設置も11月2日に決まった。
 この日に我々も移動して、新たな場所に住む事になる。
 その前の10月26日には留萌で「山道サミット」があるので車で移動して参加、翌日は北見市に移動して孫の長女瑞葵の学芸会を見てから帰宅する。
 MTBや登山用具も一応は積んで行く。
 時間があったら登りたい。
 峠は雪になるのかな?
 夏タイヤかスタッドレスタイヤか迷う所だ。
10月19日(金)あれこれ
 まずは引っ越し先の私の部屋のストーブの取り付だ。
 スパイラルホースのサイズが合わなくて持ち帰りになった。
 家で金切り鋸で切った。
 金切り鋸で切断
 現地に行って取り付けたらぴったし嵌ってOKだった。
 ぴったり付いた

 ストーブも据え付け完了

 家に帰ってテントの修理を追加。
 一昨日折れたパイプを修理したが、折れた際テントに穴が開いたのだろう。
 問題は無いのだが、ガムテープで補修している。
 ガムテープで補修

 そこを少しこぎれいにしようと云う事になった。
 まずは100円ショップでビニール袋を購入。
 ビニール袋は100円

 張ってあったガムテープを剥がし、協力防水テープを張る。
 その上に100円ショップのビニール袋を切った物を、強力両面テープで固定した。
 袋にロゴが入っていたので、そこを使った。
 NEWSPAPERの文字がテントに付いた。
 意味が分からん?
 意味不明だが・・
 次にテント裏のポール用樹脂が当る部分が剥がれていたので修理。
 この樹脂が当る

 破れていた
 ここの先程のビニール袋を切って張りつけた。
 綺麗に出来た

 次の工事の為の材料を買いにホームセンターに行った。
 その帰りに自転車屋で珍しい自転車を発見。
 一度通り過ぎたがまた戻って来た。
 車を降りて眺めていたら、ご主人がにやにやしながら出て来た。
 「これは珍しいですね」と言ったら、にこにこしていた。
 原動機付き自転車
 「動くの?」と聞いたが明確な返事は無しだった。
 今、国内では1社が作っていて10万円程度で売られているが、駆動方式は異なる。
 折角来たのでスーパーカブの中古は無いですかと聞いたら、全く市場には出回っていないそうだ。
 大手の中古屋が買い占めているらしい。
 スクーターも品物が回らなくなったそうだ。
 どこか海外の発展途上国にでも行ってしまううのだろうか。
 中古カブで旅するのは難しいかな。
10月18日(木)まだまだリフォーム
 今日も早朝からリフォームを行う。
 もう引っ越ししても良いのだが、細部はまだまだやる所がある。
 最初に自分の部屋のストーブの設置をする。
 FFストーブなので壁に穴を開けなくてはならない。
 穴開けは簡単なのだが、壁の裏にたる木が有ればまずい。
 壁を叩いて軽い音のする個所に開ける。
 ジグソーを使って、うまくたる木の無い場所に穴が開いた。
 ジグソーでカットする

 穴が開いた

 次に外壁に穴を開ける。
 これは穴のあいた中からドリルで穴を開けマーキングした。
 内側からドリルでマーク
 そこをジグソーで切断する。
 壁に穴が貫通した。
 取り付けたが・・

 配管を取りつけたが、中のパイプは長すぎるので切らなくてはならない。
 あ〜昨日、金切り鋸は今の住まいに持ち帰った。
 作業を中断し、外壁にプラスチックの蓋をして一時作業中止。
 プラで蓋をした

 次に冷蔵庫と暖房機の配線をする。
 電線カバーとコンセント付きケーブルを購入してくる。
 これは簡単に完了した。
 配線は完了
 たが暖房機の灯油ホースと電源ケーブルが床上に有り邪魔だ。
 ホームセンターに行ったら、大きな電線カバーがあった。
 これに灯油ホースと電源ケーブルを入れる。
 バリアフリーにはならないが、配管は配線はすっきりした。
 カバーをしたらすっきり

 屋根の軒下の塗り残った部分を塗装。
 ここも汚れてる

 綺麗になった
 最後に灯油タンクの塗装をする。
 これで今日の作業は終了した。
 錆びた灯油タンク

 綺麗になった
 疲れた!
10月17日(水)テント修理
 午後から雨になると言うので早朝に引っ越し先に行きペンキ塗りをする。
 2時間くらいで終了した。
 剥げていたペンキだったが、すっかり綺麗になった。

(こんなに剥げてしまっていた)

(すっかり綺麗になった)

 (正面も剥げていた)

(ここも綺麗になった)

 家に帰って里江ちゃんの置いて行ったテントの修理をする。
 前室の張りだしのポールが折れている。
 アルミの同径のポールを300円で購入する。
 長さを合わせて製作した。
 ポール内のゴムも取り付けて終了した。

(上が折れたポールで長さも短かくなった。下が新しく作ったポール)

 取り付けた状態は問題無さそう。
 フライをセットしたがOKだった。

 
 これでモンベルムーンライトも生き返った。

 里江ちゃんがサインを入れてくれた。
 このテントは自立型で無いので、土の場所は張り易いが、下がコンクリートの場合、前室の屋根が張れない。
 私は下の固い場所が多いのでペグは使わない。
 前室が自立出来る策を考えよう。
10月16日(火)函館山旧33観音コース
 引っ越し先のペンキ塗り。
 屋根下の木部が剥げているので再塗装をした。
 剥げかけたペンキを金ブラシで剥がす作業が大変だった。
 取り敢えず人の見える部分のみ行った。
 ペンキが残り少なかったのだ。
 今日はここまで。
 ペンキも剥げている

 綺麗になった

 午後から函館山に行く。
 旧33観音コースの調査だ。

 まだ分からない部分の内の2ヶ所を探しに行く。
 最初は紅葉山周辺の旧コース。
 前回も来たのだが、道が分からずに要塞を一周して元に戻って来た。
 今度は逆から入る。
 15番観音から入る。
 草の伸びた下に道は付いて付いている。
 その道を辿るが蔦や木々が多くて歩きにくい。
 途中何ヶ所か道が判別できない所もあるが、ほぼ旧道が判明した。
 紅葉山周囲の道

 東屋が出て来た
 道をしばらく行ったら東屋に裏から出た。
 この辺りは要債があるので旧道は消えてしまったのかも知れない。
 次に観音山北斜面の道を行く。
 この道は前回来て発見したので、今日は再確認しながら歩く。
 今回新たに探したいのは、北斜面の道は一回車道に出るが、さらに下に道がある筈だ。
 現在の観音コースを下りながら、どこからか入る道が無いか探す。
 29番観音に来たら、裏に道らしき雰囲気がある。
 入って見る。
 奥の道は広い
 幅の広い道が出て来た。
 石の階段が2段出てくる。
 階段が2段
 どうもそれ程古くは無い。
 要塞の道なのか?
 しばらく行ったら出た!
 要塞の施設だ

 何の施設化分からないが要塞の一部だろう。
 道はここまでなのか?
 笹の生い茂る付近を探したら笹の下に道があった。
 ここの笹は長い。
 身長を遥かに超す長さだ。
 長い笹だ
 しばらく笹と格闘しながら登って行く。
 すると又要塞の施設が出て来た。
 また要塞施設だ
 函館山はあちこちに要塞の施設がある。
 ここから上に出る道がある筈だが・・。
 少し登ったら空き缶が出て来た。
 人が来ている
 こんな所に人が来るの??
 さらに登ったら、道路の法面補強用の石垣が出て来た。
 石垣が出て来た
 ここを上がったら観音山北斜面コースにぴったり合った。
 ということは旧33観音コースを利用して道を広げ要塞の施設を作ったのだろうか。
 これで旧33観音コースが全体の80%くらいは明確になった。
 残りは谷地頭から旧称名寺までの道路だが、ここは市街地化されているので、はっきりと道が残っているのか分からない。
10月15日(月)里江ちゃん&須藤君出発
 本州の天気も良くなってきたので、今日2人は出発する事になった。
 早くからGHの部屋を2人で綺麗に掃除し「立つ鳥跡を濁さず」だ。
 トイレットペーパーも補充してくれた。
 時間まで話し込むが「旅って出会いと別れの連続だけど、幾ら繰り返しても別れは辛い。慣れる事は絶対に無い。」と朝からしんみり話す里江ちゃん。
 「もう会えるかどうか分からないと、いつも思ってしまう。だから自分も無事に旅して、また来年も会えるように頑張らなくては・・」と次の訪問に向けての思いを語っていた。
 毎年訪れる里江ちゃんには、家族同様の気持ちが湧いており、我々も無事に楽しい旅が出来る様にと祈るばかりだ。
 パッキングを初めて30分くらいで終わったが流石に荷物は多い。
 壊れたテントは置いていってもこれだけある。

 
 荷物満載だ

 バイクのハンドルを持って起こさせて貰ったが、オフロードバイクなので重心が高く、安定性は意外と悪い。
 しばらくバイクに乗っていないので、慣れるまでは乗るのが億劫で怖いそうだ。
 その点、須郷君のスーパーカブ「プレス仕様」は新聞配達で使うバイクなので、重い荷物用になっており、安定性は抜群に良い。
 やはり旅のバイクはスーパーカブだな。
 それも110ccなら完璧だ。
 一般車両と同じ流れで走れる。
 皆で記念写真を撮る。
 そしていよいよ出発。
 里江ちゃんはそっと目頭を押さえていた。
 2人で撮影

 3人で記念撮影
 「行って来ます!」と元気に先頭で走って行った。
 後を大人しい須藤君が付いて行く。
 また来年「お帰り」と言えるように、元気で戻って来て欲しい。
 2人はこれから南下して、山形地方のダムを廻り仙台で別れる。
 そして彼女は沖縄に行き冬を越す。
 長い旅が続く。
 まさに旅人だ。
 見送る妻

 いつもは旅人が出発すると直ぐに家に戻る妻が、姿が見えなくなるまで見送っていた。
 まるで娘を送る様に・・・。
10月14日(日)鮭の遡上などなど
 旅人里江ちゃんと須藤君から私は靴下、妻は化粧品を貰った。
 沢山の靴下だ
 2週間滞在した旅人も、あ〜そろそろ出発するんだなと感じてしまう。
 「明日出発します」の声に、やはり出発するのかと寂しさがある。
 妻も里江ちゃんとは気が合うようで、いつもここに永住したらと言っているくらいだ。
 今年で3年連続の訪問になるのでやはり情が出るのだろう。
 ささやかな贈り物だけど嬉しいものだ。

 朝のTVで小樽運河に鮭が遡上したと放映していたので、茂辺地川はどうだろうかとなり、旅人を誘って行く。
 網が張ってあり漁師の方が数人いた。
 鮭の姿は少ししか見えない。
 「鮭の遡上はまだですかね」と聞いたら、「今日上がった鮭はもう獲ってしまったよ」との事だった。
 朝1番に孵化させる鮭を獲って、近くの孵化場で孵化作業をしているのだ。
 残念ながら大量の鮭が上がる場面は見れなかった。
 網に入らなかった鮭がカップリングして、卵の産卵場所を探していた。
 網が張られている

 カップリング中

 当別のトラピスト男子修道院に行く。
 ここは日本で最初の男子修道院なのだ。
 道100選に選ばれた修道院への道なので、2人には車を降りて歩いて貰った。
 雰囲気のある道を車ですっと通り過ぎるのは勿体ない。
 いつもながら綺麗だ
 我々夫婦はベンチでのんびりしていた。
 妻はトラピストクッキーのはね品を購入しようと売店に行ったが、既に売り切れて無かった。
 私は濃厚なソフトクリームを食べる。

 帰に戻って引っ越し先の家に向かう。
 屋根下横のペンキを塗り終えた。
 次に家の周囲の草刈り。
 特に物置前が笹で密集していた。
 笹が伸びた

 すっきりした
 汗をかきながら刈り終えた。
 雑木も2本切ってすっきりした。
 木も伸びた

 これも切ってすっきり

 後は煙突の取り付けだが、2本足りなくて買おうと思っていたが、笹を刈ってすっきりした、物置に入ったら丁度2本あった。
 これはラッキーだった。
 早速取り付けたらOKだった。
 種類の違いはあり、色とりどりだがこれで十分だ。
 後は取り付け金具を買ってきて固定すればOKだ。
 煙突が繋がった
 引越しの準備も進んで来た。
 もう引っ越ししても大丈夫だ。
 後は引っ越ししてからやれば良い。
 
10月13日(土)キノコ採りなど
 新聞にキノコが店に出ているとの記事が載った。
 そう言えば、先日行った時はまだ早かったので、1週間くらいしたら採りに来ようとなっていたが、すっかり忘れていた。
 そこで行く事にする。
 まだ出発出来ないでいる、里江ちゃんと須藤君を誘う。
 函館市の東にある旧南茅部に行く。
 キノコの集団

 これだけ採れた
 昨年より少ないがまあまあ採れた。
 
 帰りに石倉稲荷神社に寄る。
 ここの神社の創立は正保4年(1647)で今から337年前になる。
 ここが一番新しい

 裏は岩になっている
 江戸幕府奥詰医師、渋江長伯の歩いた道を調べている時に、彼もここに寄ったので知った。
 京都の伏見稲荷大社より分霊を勤請し、石倉山の小祠を設け奉遷、銭亀沢村の鎮守神となった。
 神社の裏には自然崇拝を思わせる大きな岩がある。
 その岩を削って中に祠とした物もある。
 鳥居は赤で石に描かれている。
 岩に彫った祠
 こんなのは初めて見た。
 裏にも何かありそうなので行って見たら此処にも祠がある。
 古い祠
 更に真裏に回ったら、ここにも古い建物がある。
 真裏にもある
 さらに回ったらこの場所全体が相当大きな岩になっている事が分かった。
 大きな岩が中心に有る
 木もかなりの年数が経った物が多くあり、創建当時に植えたものなのだろうか。
 神社ファンの里江ちゃんも、この場所は凄く良い場所だと言っていた。
 静かな雰囲気の神社のエリアは、心がホッとするような空間だった。
 毎日誰かが来ているのか、カレンダーの日めくりが今日になっていた。

 帰って引っ越し先のペンキ塗り。
 先日塗った屋根の側面の部分を塗る。
 青い部分を塗った

 綺麗になった

 途中に木があって全て出来ず、今日は80%の所で終了した。
 ストーブの煙突も仮設置した。
 後、2本くらい必要だ。
 ここの家は壁部分が少なく、今主流のFFストーブは取り付け出来ない。
 そこでGHに設置してあった、煙突式ストーブにした。
 もう少し足りない
 GHは冬に来る人が居ないのでOKだ。
10月12日(金)ハチの巣撤去
 旅人が天気待ちでまだいる。
 何か仕事無い? ち言われ、それじゃ蜂の巣の撤去を頼むかとなった。
 以前5ヶ所の蜂の巣を撤去したのだが、他の場所に2ヶ所ある事が判明した。
 その場所は高所にある。
 私はあまりやりたくは無い。
 興味満々の里江ちゃんがやりたいと言う。
 引っ越し先に行くついでに、ストーブと煙突、さらに灯油タンクを運んだ。
 到着して早速ハチの巣撤去。
 梯子を伸ばして準備する。
 里江ちゃんは厚手の服にネットを被って準備が整った。
 結婚の誓いの様

 梯子をするすると登って行って、蜂の巣に近づく。
 1m位手前からスプレーを一気に噴射。
 下に居た私の所に蜂がぼたぼたと落ちて来た。
 慌てて逃げた。
 1缶分スプレーして、その缶で蜂の巣を叩き落とす。
 高い場所は平気だ

 次にもっと高い2階の屋根下にある巣だ。
 2階の窓から身を乗り出す里江ちゃんの体を押さえる。
 彼女がスプレーする。
 ここもぼたぼたと蜂が落ちた。
 こちらは凄い量だった。

 蜂と蜂の巣をビニール袋に回収して無事終了した。
 これで安心した。
 隣に家にも蜂の被害が無くなり、迷惑がかからずに済んだ。
10月11日(木)ストーブの取り外し
 天候が悪く旅人がまだ出発出来ずにいる。
 午前中妻の病院に行くついでに旅人とMEGAドンキーに行く。
  何処に物があるか分からないと妻が良く言うが、私はこんな場所が好きなのだ。
 今日はウィンドショッピングのみだったが、防水トレッキングシューズが1990円、冬用の毛糸編みソックス10足999円などと掘り出し物があった。
 
 午後から2Fの私の部屋のストーブの取り外しをする。
 以前ストーブを取りつけるのに業者に聞いたら1万円くらいかかった。
 そこで7mに伸びる脚立を購入して自分で取り付けた。
 と言っても外の部分は娘の旦那に手伝って貰った。
 今回も旅人に外の部分は外して貰った。
 外した後には専用蓋があるのだが、取り敢えずガムテープで塞いだ。
 取り敢えずガムテープで

 引っ越し先に運んで位置合わせをしてみた。
 この辺りが良いかなと思ったが、もう少し考える事にした。
 この辺りかな
 この家にはオイルサーバーが無いので、タンクを設置しなければならない。
 その位置も含めて再検討だ。
 引っ越しも大分進んで来た。
 もう少しだ。
10月10日(水)ぶんぽ研40周年記念誌
 健康サロンin明和園で運動。
 最近運動していないので、ストレッチや筋トレはかなり効いた。
 元サッカー選手のA女史が来るときついトレーニングになる。
 昼食を腹いっぱい食べて帰る。
 350円昼食

 私の所属している大野文化財保護研究会が40年を迎え記念誌が発行された。
 私の担当したのは、表紙のイラストだ。
 パワーポイントで新幹線を中心にスケッチを描いたが、あくまでも素人のスケッチなので、これで良かったのかな?と思っている。
 カット絵・も〜さん
 会員の投稿記事として「旧道は歴史の宝だ」を書いた。
 記事はこちらで見れます。
 でも今年はなかなか旧道散策に行けないでいる。
 春に歩こうと思った「渋江長伯」の歩いた、日本橋〜厚岸までの奥州街道を歩く旅は、妻の体調不良で中止。
 角舘から野辺地までの「銅の道」は難所の峠を突破出来ず断念。
 道南の旧道は我が家の引っ越しがあり、なかなか暇が取れない。
 早く引越しを終えて、旧道調査活動に入りたい。

 今日は引っ越し先の私の部屋の片づけを行った。
 物が綺麗に収まり、まだ余裕がある。
 綺麗に片付いた
 このフローリングも以前に自分で施工した。
 余裕で収まった
 押入れの引き戸も自分で紙を張りかえたので綺麗だ。
 相当量の財産?を捨てたのでシンプルな生活になるぞ。
10月9日(火)屋根のペンキ塗り
 久しぶりに早朝の散歩に出かける。
 大森浜は町からの排水の流れが大きく変わって、一部歩く事が出来なくなっていた。
 綺麗に朝日が出ると思ったが、それ程でも無かった。
 朝日は綺麗に出なかった

 朝のUHBTVの占いで私の星座であるさそり座は1位だった。
 今日はラッキーな日になるのか?
 朝、珍しく朝イカ売りがやって来た。
 ここ1週間か10日くらい漁が無かったのか来なかった。
 今日出発する旅人にはラッキーだった。
 妻が買いに行き私も外に出たら、里江さんは既に妻の後を追いかけていた。
 イガイガで飛び出した
 買ってきて早速調理。
 里江さんも皮むきや大根おろし作りなど手伝う。
 一生懸命だ

 食事も終わって、GHに行ったら、里江さんが「荷物が届いていない」と言う。
 近くの日之出郵便局宛てに送って貰った荷物が届いていなかった。
 3連休中に着いていると思ったが来ていなかったのだ。
 1日出発が遅れる。
 家に遊びに来ていた星野さんが、里江さんの吸っている、外国巻煙草に興味があると言う事で教えて貰う。
 果物やチョコの味もあるそうだ。
 紙も売っていて巻いて作り吸うそうだ。
 1袋の刻みが900円で、3週間は持つそうだ。
 安いのでお勧めだが、ボーニデパートにあると聞いていたが、今はもう扱っていないそうだ。
 コンビニセラーズにあるらしい。
 星野さんと巻煙草作り

 私は今日、屋根のペンキを塗る予定だった。
 「一緒にペンキでも塗るか?」と聞いたらOKだった。
 今日の占いの1位のラッキーが当ったのだ。
 早速、引っ越し先に向かう。
 材料を用意して塗装の開始。
 材料も揃った
 まずは屋根を箒で掃いてから塗り始める。
 箒で掃く

 3人で塗るのでペースは良い。
 須藤君は経験があるので、なかなか良い仕上げになっている。
 里江さんは「楽しい楽しい」と言いながら丁寧に塗っている。
 3時間掛り塗装が終了。
 すっかり綺麗になった。
 色はブルーから焦げ茶になった。
 これは後に壁を古民家風にリフォームするためだ。
 左奥は私の塗装

 ここは里江さん

 先の方は須藤さん
 お礼に「しんわの湯」に入り、帰りにハセストの焼き鳥弁当を買って帰る。
 里江さんの荷物も届いたので明日出発する。 
10月8日(月)引っ越し&貰いもの
 里江さんと須藤君が明日函館を出る事になった。
 朝からシーツや枕カバーの洗濯をして干していた。
 この2人はGHの事を色々とやってくれるので、何日いても良いくらいだ。
 今日で丁度一周間滞在していた。
 洗濯も自分たちでやる
 朝にFさんが来て韃靼そばを持って来た。
 貰ったそば
 蕎麦には普通蕎麦、韃靼蕎麦、宿根蕎麦があり、食用には普通蕎麦、韃靼蕎麦が用いられるそうだ。
 韃靼蕎麦は中国雲南省などの高度2000メートル以上の山岳地帯で栽培されていて、そこに住むイオン族は生活習慣病の発生が少なく、健康で長寿なのだ。
 ルチンが沢山入っているのが良いらしい。

 運びっぱなしになっている、引っ越し荷物を片づけに行く。
 午前中一杯かかったがまだ半分しか出来ない。
 まだまだかかりそうだ。

 旅人里江ちゃんがテントを家に送ると言う。
 どうしたの? と聞いたらポールが折れたそうだ。
 里江さんの折れたポール
 新しいのを買うからいらないと言う。
 そこで貰う事になった。
 モンベルのムーンライトなのでツーリウング向きだ。
 そうしたらもう一人の旅人もポールが壊れていると言う。
 そこで修理をする。
 家に有った安いテントのポールをばらして、切って同じ長さのポールを作った。
 これで当面は凌げる。
 次に壊れたポールの修理をする。
 パイプで補強するのに一回り太いパイプをホ−ムセンターで探したが無い。
 駄目かなと思ったが、里江さんの壊れたポールが丁度一回り大きいサイズだった。
 これを使って修理完了。
 須藤さんのポール
 2本も出来たので1本は予備に出来る。
 喜んで貰えて良かった。

 夕方妹が来て、さつまいもや大根を持って来た。
 自分の畑で獲れた野菜だ。
 旅人にもおすそ分けした。
 いつも貰ってばかり
 昨日、東北ウォーキングから帰って来たのに、明後日から大雪黒岳に一人で車を運転して行くと言う。
 そして帰りはニセコアンヌプリに登るそうだ。
 27日に増毛山道を歩くので誘ったら、、2日間下北ウォークをするそうだ。
 とにかくパワフルに走りまわっている。
10月7日(日)旅人と観光
 今日は天気も良いので理江さんと須藤君とで観光に出かける。
 まずは函館牛乳のアイス118に行く。
 3連休なので相当混んでいると思ったが、それ程でも無かった。
 ソフトを皆で食べ、武井ノ島展望台に行く。
 日浦方面
 日浦方面の海岸線が綺麗に見えた。
 そして武井ノ島展望台に行く。
 流石に旅人だ。
 ここはキャンプに良いね。
 東屋もあるし・・などの話しになってしまう。
 確かにここでのキャンプは快適に違い無い。
 武井ノ島

 満足の里江ちゃん

 すっかり景色を堪能して帰路になる。

 帰り道、今まで気になっていた宮川神社に寄る。
 里江ちゃんは神社ファンなのでタイムリーだろう。
 「神社を見たとたんに出雲大社と似ているね」という。
 私も出雲大社を見たが、神社の形は脳裏に無い。
 帰って比べて見たら確かに似ていた。
 出雲大社

 宮川神社

 中も広く立派だ

 里江ちゃんは単に神社を見るだけでなく、正式な手順できっちり参拝する方なのだ。
 貧乏旅人なのに賽銭もしっかり入れる。
 そんなやり方を見て、何か神聖な気分になる。
 参拝した
 出雲大社と関係があるんだろうかと思いながら狛犬を見た。
 狛犬はかなり風化していて、建立当時の物かと思う。
 その台座を見たら、島根県の文字と石見?の文字が見える。
 島根県と石見の字が見える
 石見と言ったら石見銀山がある。
 やはり出雲大社との関係がありそうだ。
 石見から戸井町に移住したのだろうか?
 歴史は後で調べる事にしたが、全国の神社を廻っている人は流石に目の付けどころが違う。
10月6日(土)旅人結婚&大型荷物搬出
 早朝に自分の洋服ロッカーやカラーボックスを運ぶ。
 この程度なら一人で十分できる。
 2階の私の部屋まで運んだが、洋服ロッカーは今の供え付けで間に合う事が分かった。
 そこで洋服ロッカーを本箱に改造する。
 棚が出来た
 下のスペースの側板に木を張り、そこに板を乗せた。
 30分程度で簡単に出来た。
 私の部屋
 私の部屋も少しづつ荷物が積み込んだ。
 今回の引っ越しに際しては、相当の荷物を捨てたので、荷物がめっきり減った。
 シンプルな生活は荷物が少なくて楽だ。

 2005年に日本一周をした黒田君から電話が来た。
 「結婚する事になりました。近親者とお世話になった方のみで宴を開くので来て欲しい」との事だった。
 まだGH「自遊旅」出来る前に、空き家になっていた妻の実家に泊めた事がある。
 その際に世話になったので・・との事だった。
 彼は日本一周の後、東京に就職した。
 何度かねぶたに来ているので、会ってはいた。
 今年は彼女をねぶたに連れて来て紹介してくれた。
 宿泊と食事を提供しただけなのに、そんなに恩義に感じて貰って良いのかなと思ったが、目出度い事なので招待を受けることにした。
 来年1月末に東京で行われる結婚式に出席する。

 黒田君とねぶたで

 今日は大形荷物の運搬日だ。
 レンタカーで運ぼうと思ったが、近所の自動車整備工場の知り合いが、産業廃棄物の運搬をしていて、一般荷物の運搬もすると聞き依頼した。
 1人では荷物は運べないので、1人頼むと1時間2500円かかる。
 手伝って貰えれば1時間2500円で済む。
 そこで今泊まっている、理江ちゃんと須藤君に手伝いを依頼したら、直ぐにOKしてくれた。
 2時にトラックが来て積み込む。
 若い人は力がある
 食器戸棚2個、食卓テーブル、和ダンスなどを積んで一回目は終了。
 流石に若い男性と冬はスキー場で土方?のアルバイトしている理江ちゃんは力がある。
 どんどん荷物が入る
 2回目は冷蔵庫や洋服ダンス、椅子類を積んで運んだ。
 これで大形荷物の搬送は全て終わった。
 後は小物ばかりなので私の車で十分だ。
 食器棚が無くなった、居間が凄く広くなってびっくりした。
 夕食は大形荷物引っ越しのお礼と言う事で、寿司を取り我が家で皆で食べた。
10月5日(金)今野君出発&函館山調査
 朝起きて、洋服ロッカーを運ぶのに下まで降ろした。
 そこにチャリダーが来たので車への運搬の手伝いを頼む。
 簡単に運べてしまった。
 荷物満載
 若い人がいれば助かるな。
 そのチャリダー今野君は今日出発する。
 とにかく荷物が多いのだ。
 大分整理してバッグ1個は送り返すことにした。
 でも何と言っても重いのはエレクトーンだ。
 9kgある。
 これが重い
 これを背負って旅しているのだ。
 とにかく大好きだと言うので仕方が無い。
 1時間掛ってパッキングを終えて出発した。
 背負って走る
 彼も大間に渡って今日は国設薬研キャンプ場に向かう。
 その後は沖縄まで走る。

 函館山野宿組も天気が良くて最高の夜景が見れたとメールが来た。
 いつのも場所は、自遊旅宿泊者の人気スポットになってしまった。
 キャンプする場所の裏にある高台に上がれば雰囲気は最高だ。
 我がGHに宿泊した男女が、この高台でお付き合いしたいと言われOKした。
 その後、結婚して所帯を持ち、今は子供も3歳になった。
 雰囲気の良い場所なので、打ち明けるのは最高の場所なのだ。
 「幸せの台地」とかの看板でも建てて、観光スポットで売りだすか?
 天気の良い日は、夕日、夜景、いさり火、朝日と4点セットが見れる最高の場所だ。
 夜景はテントのファスナーを開ければいつでも見える。
 
 私も時間が出来たので函館山に行く。
 旧三十三観音コースの調査だ。
 観音山には行く道がはっきりしている。
 観音山手前の景色

 観音山頂上
 問題はその先の道なのだ。
 まずは観音山に登る。
 そして北面の旧道探し。
 頂上の直下には少し広い場所があり、大きな石が散乱している。
 古い地図からすればこの辺りが1番観音になる。
 これが1番観音跡なのか?
 ここまでは調査が済んでいた。
 北斜面の道が1度下りたが分からなかった。
 今回は前回降りた左側で無く右側の斜面を下る。
 少し下ったら大きな人工的な窪みがあった。
 戦争関連だろう。
 函館山は要塞が有った事で有名なのだが、明治2年の箱館戦争で新政府軍は観音山から弁天台場に向かって砲撃を加えている。
 その場所もまだ分からない。
 今居る場所は弁天台場がばっちり見える場所だ。
 要塞ならコンクリートなどを使う筈なのだが、ここは手掘りの炭焼小屋風だ。
 何か明治の香りがする。
 付近を更に探したら、海軍用地の石柱があった。
 海軍用地の石柱があった
 う〜ん分からない。
 さらに下に下ったら道らしき跡がある。
 道があった

 大きなキノコもある
 この道を辿って行ったら、現在の車道に出た。
 地図にかなり近いのでほぼ間違いないだろう。

 次に紅葉山の旧道を探しに行く。
 この辺りは要塞があるので、道や山の構造が変わってしまっている。
 相当うろうろしたら道らしき跡を発見。
 道と分かる

 戦争関連の遺構が残る

 ここも砲台なのか?
 その道に沿ってしばらく行ったら大きな道に出合う。
 これは要債関連の道だろう。
 途中函館市内が見える場所もある。
 景色の良い場所もあった
 草木が多くて歩きにくかったが、何とか抜けたら要塞に出た。
 要塞に出た
 残念ながら目指す水元山には出なかった。
 途中でもう少し右に行けば良かった。
 まあ次回だ。
10月4日(木)旅人で賑わう
 現在GH「自遊旅」には5人の旅人が滞在している。
 日本一周中の人達ばかりだ。
 こんなに日本一周をしている人がいるんだとつくづく思う。
 沢山集まった
 朝早く女性チャリダーでイラストレーターの真美さんが出発した。
 これから大間に渡り、青森まで行く。
 そして今年の冬は青森でバイトをしながら、春にまた旅を続ける。
 旅の間に絵の注文があれば一度自宅に戻り、絵を出貸してから再び旅を続けると言う事をしている。
 来年4月の函館パル街のイベントにも来たいと言う。
 再会が出来るかもしれない。
 将来は自分の絵を持って個展を開きながら全国を回る目標がある。
 パワフルな女性だ。
 真美さんは大間行き
 少ししてから小野田君が出発。
 彼は山に登りながら日本一周をしている。
 北海道の主な山は登って来た。
 東北ではボランティアもしっかりやって来た。
 東北支援のステッカーもある

 小野田君が出発
 GHに来た時に皆で恵山に登った話しをしたら、行く事になった。
 急な尾根道の「松浦武四郎コース」を行く予定だった。
 松浦武四郎の蝦夷日誌にも出てくるコースで、この存在はなかなか分からなかったが、色々調べてようやく分かった。
 昔、恵山や御崎から「恵山大権現」に参拝する道であったのかも知れない。
 「武四郎コース」は分からなかったそうで、普通に頂上に登って帰って来た。
 これが松浦武四郎コース
 山に登った後、水無海浜温泉と御崎温泉に入ったそうだ。。
 夕方一度戻って来て、彼も大間に旅立った。

 残った理江さんと須藤君は函館山野宿に行く事になり、私の作ったキャリアに荷物を積んで出発。
 函館山の駐車場まで車で送る。
 そこから千畳敷まで歩いて展望台にテントを張る。
 今日は夕日も見れそうだ。

 もう一人のチャリダー今野君の自転車の修理をしてあげる。
 自転車が前に思うように進まないそうで、ここまで苦労して走って来たそうだ。
 七飯の自転車屋さんで見て貰ったら、問題無いと言われて再び進まない自転車に乗って苦労して遅い時間に辿り着いた。
 見たらブレーキシューがタイヤに触っている。
 これだなと位置調整したこれで触れることは無くなったが、自転車が何かがたがたしている。
 分かった!
 後輪の軸を止めているシャフトが緩んでいる。
 閉めたらガタは無くなった。
 「後ろの車輪を外さなかった?」
 「パンクして外した」
 これだパンク修理の後、締め忘れて走って来たのだ。
 タイヤが左右に振れたので、その都度シューがタイヤに付いてブレーキになっていたのだ。

 GH「自遊旅」の運営は大変でしょうと言う方がいるが、それ程でもない。
 今日は、天気が良かったので、シーツの洗濯や部屋の掃除は2人が自主的にやってくれた。
 消耗品の洗濯洗剤、食器洗剤、テッシュペーパーも誰かが購入して補充されている。
 お金の無い旅人に多くの負担はさせられないが、僅かのお金で買える物の補充や洗濯、掃除などは喜んで受けている。
 旅人の感謝の気持ちが嬉しい。
 色々補充してくれる
 台所のスイッチの傍に誰かが「感謝の気持ち」と書いた紙を張って行った。
 電気をこまめに消して貰うために書いたのだろうが、表現が良いなと思っている。
 
 ライダー須藤さんはダムカード集めをやっている。
 国土交通省のダムで発行していて無料で貰えるそうだ。
 全国で200ヶ所くらいあり、北海道には20ヶ所あるそうだ。
 私も初めて知ったが、ダムの詳細な資料も付いていて面白い。
 管理事務所に言えば貰えるそうだ。
 ダムカード
10月3日(水)函館短期老人大学講座
 函館市教育委員会から依頼された、函館短期老人大学の講座の日だ。
 1時間前に車に荷物を乗せて出発する。
 今日はアシストとして真美さんが同行してくれた。
 会場に入り、プロジェクターのセット完了して、私の作った本の販売の許可を貰おうと思ったら、函館市の施設内での販売は出来ないそうだ。
 他の施設の時はOKだったのだが・・・。
 管理を民間に委託している施設はOKだそうで、同じ市の設備でも違うのだ。
 折角頑張って作ったのが販売出来なくなった。
 真美さんにはパソコンの操作の手伝いをして貰った。
 アシストは真美さん
 時間までに沢山の生徒が集まって来た。
 120名くらいの参加だそうだ。
 何かみんな生き生きとしている雰囲気だ。
 真美さんに言わせると、大学の講座の時よりも、老人大学の講座前の方が賑やかだそうだ。
 今日で17回の講座で、後5回で単位の取得が出来るそうだ。
 「道南の旧道と歴史」について話しをする。
 誠マークのTシャツで話す
 皆が歩いていない山道を中心に話しを始める。
 40分話して10分の休憩。
 その後、40分話して講座は終了した。
 少し時間が足りなくて十分に話せない部分もあったが、まあまあ大丈夫だろう。
  熱心に聞いてくれた
 終わった後駐車場に戻ったら、車のタイヤがパンクしていた。
 交換して家に帰る。

 今日も旅人は4人で、新たにチャリダーがやってくる。
 今日は盛況だ。
10月2日(火)日ハム優勝!
 今日はバイクライダーの中沢君が出発した。
 鵡川に行って、造園のアルバイトを2ヶ月して、大雪に入り冬山登山を目指す。
 元気に出発した

 旅人はそれぞれが観光に町に出たので、明日の講演で販売する「街道踏破」の本の製作を行う。
 8冊完成させた。

 夕方にバイクライダーのOさんがやって来た。
 北海道の山を登っているそうだ。
 昨日恵山を登った話しをしたら、明日登りに行くそうだ。

 夜は日ハムの試合は無いが、西部対ロッテの試合を見る。
 結局西部が負けて日ハムが優勝した。
 1年間夫婦で応援して来たので感慨深い。
 これからクライマックスがあり、楽しみが増えた。
 栗山監督の胴上げ
 
10月1日(月)恵山松浦武四郎コース
 朝に真美さんに差し入れがあった。
 以前彼女をお世話したFさんが甘納豆入りの赤飯を持って来た。
 前回来た時に美味しかったと言ったので、わざわざ作って来たのだ。
 納豆入り赤飯は北海道と東北北部で作られるグルメだ。
 Fさんの親戚のKさんも一緒に来て、彼女はかぼちゃケーキを作って持って来てくれた。
 話しの中で、今日恵山に登山に行くとの話しをしたら一緒に行きたいと言う。
 そこで皆で行く事になった。
 車に5人が乗り、恵山の駐車場に着いた。
 ここから権現コースを登る。
 台風が過ぎたばかりなので、風は強いが天気は良い。
 まずは1時間くらいで頂上に到着。
 頂上で・・


 
もう一枚
 恵山大権現にも参拝して、下る事になるのだが、松浦武四郎コースが歩いたコースを以前から調べていたので、その話しをしたら、そこのコースの様子を見ようとなった。
 道なき道を下って尾根に出るが、火山石の中なので何処でも歩けるのが良い。
 尾根を下って行くと、左右は急な斜面が落ち込んでいる尾根に入る。
 困った。
 高所恐怖症の私には少し怖い。

 
松浦武四郎コース

 若者は高さも怖くない?

 
この尾根が怖い

 2人は越えて行った

 他の人はどうすると聞いたら、ライダーの中沢君は大学時代は冒険部で全く怖くは無い。
 今年の冬は大雪を単独縦走する計画で、冬の山道具も持って来ているくらいだ。
 Kさんは地元の山岳会に所属していて、怖さは無く下りたい雰囲気だ。
 真美さんは利尻富士も登って来たが、途中の細尾根は相当怖かったそうで、ここはそれ以上なので行きたくは無い。
 Fさんは山登りはしていないので、全く行きたくないとなり、ここで尾根下山組と元のコースに戻る組と別れる。
 私は昔は高所恐怖症でなかったのに、何故そうなったのかはどうも分からない。
 それぞれ下って下の駐車場で落ち合う。
 松浦武四郎コースは景色が良くて凄く良かったそうだ。
 コースの状況は別れた場所とあまり変わらないくらいで、あまり怖くは無かったと言うが、それは平常者の言葉で、高度恐怖症の人はその言葉を信じない。。
 でも行きたいので、今度一人で来て歩こうと決めた。
 一人なら這ってでも下るだろう。

 妻からメールが入り、バイクライダーの理江さんが来たようだ。
 家に到着して彼女と再会。
 大阪弁のアップテンポの越えが懐かしい。
 バイクライダーの男性旅人も一緒だ。
 理江さんは3年連続で訪問しており、すっかり家族の一員の様になって来た。
 利尻礼文で1ヶ月キャンプしていた。
 なにもせずにぼやっとして過ごしたそうだ。
 それにしても面白いのは、今来ている中沢君とは比布で会ったそうだし、真美さんは同じ利尻でキャンプしていて、彼女の自転車を見たそうだ。
 利尻富士も1日違いで登っている。
 世の中狭いな。
 
 夕方スターライト競輪に行く。
 家の直ぐ近くが競輪場なのだが、私も殆ど行った事が無い。
 皆も競輪は見た事が無いと言うので全員で行く。
 3レースを各自100円投票し全て外れた。
 出走表を見て、名前で選んだり出身県で選んだり、いけめんを選ぶなどで当たる筈は無いが楽しかった。
 夜は旅に話しで大いに盛り上がった。
 沢山集まり賑やか
 
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