2012年8月 日記
9月30日(日)何となく過ごした日
 女性チャリダーH子さんが、函館で世話になった人に会いに行きたいと言うのでその方の家を訪問する。
 彼女が函館に来た時に、五稜郭公園で今日は何処に泊まろうかと考えていた時に、その方が私の知り合いで、GHに連れて来た。
 それが昨年の夏だった。
 帰りに又寄りますと入っていたが、来なかったので既に北海道を離れてしまったと思っていたが、昨日ひょっこりと現れたのだ。
 冬はトムラウシの国民宿舎でや旅館でバイトをして春に再び南下して来たのだ。
 それにしてものんびりした旅だ。
 各地で絵を描きながら移動しているようだ。
 美術大学を出ていて可愛いい特徴的な絵を描いている。
 楽しそうだ

 メルヘンの世界か?

 函館を出たら、一度大阪に帰り注文が来ている絵を完成させて、今度は青森で冬を越すそうだ。
 日本一周を終えた来年は、家に閉じこもり絵をかいて、その絵の個展を開きながら全国を廻ると言う夢を持っている。
 何かのんびりして落ち着いた旅をしている。
 子供向けの紙芝居の絵も描いているそうで、子供に紙芝居を見せるという事もやるそうだ。
 家に紙芝居の箱があるよと言ったら喜んで、スケッチをしていた。
 帰って作るそうだ。
9月29日(土)日ハムM2
 プロ野球のペナントレースも終盤に近づき、日ハムの応援でTVばかりに釘づけになっている。
 今日もテレビを夢中で見ていた。
 結果は勝利しM2になった。
 これで優賞はほぼ決定的になっただろう。
 H子さんがやって来た

 テレビを見ていた時にひょっこり旅人が現れた。
 昨年泊まって行ったH子さんだった。
 え〜まだ北海道に居たんだ。
 トムラウシの民宿で冬の間アルバイトをして春になってから移動したそうだ。
 元気に戻って来てくれてよかった。
 バイクライダーの方はホタテ作業のバイトに行こうと連絡したら、経験者でなければ駄目と言われ、別な仕事を探すしか無くなった。
 明日は2人のライダーが来るので、GHも満杯状態になる。
 沢山の人が集まってくれるのは嬉しい。
9月28日(金)キノコ獲りも不調
 義理の妹から電話が来て、「来週は東北のウォーキングに行くので、キノコ採りに行けないので、今日入って見ない?」と電話があり、行って見る事にする。
 無かったら温泉にでも入って帰れば良いとなった。
 南茅部のTさんの私有する松林の中に入る。
 これから中に入る
 Tさんからは自由に採って構わないとの承諾を得ている。
 いつもの場所に入ったが、地面が濡れていないし、枯葉も全く無い。
 緑の葉が生き生きとしていた。

 キノコは全く無く、簡単に諦めて温泉に行く。
 途中のローソンで食料を購入し、南茅部保養センターに行く。
 風呂に入ったら数人しかいなく、貸切状態に近い。
 硫黄泉で硫黄の香りを覚きながら、乳白色の湯に浸れば気分は最高だ。
 上がって昼食を食べながら山行きや街道歩きのプランを話しあう。
 私と義理の妹はいつでもOKなのだが、妻の方はあまり積極的ではないので、3人で行くのはなかなか決まらない。
 近場を義理の妹と日帰りするかな?

 昨日からバイクライダーのYさんが来ている。
 青森ねぶたで有った大学生だ。
 ねぶたの後、北海道を廻っていたが、おばあちゃんの具合が悪くなり一度新潟まで帰った。
 容態も安定したので再び北海道に来たのだ。
 大雪でバイトをしながら冬を越したいそうだ。
 冬の仕事の合間を見て、大雪の山を登る予定で、冬の登山用具は持って来ているそうだ。
 そんな事で今日はハローワークに職探しだ。
9月27日(木)押入れ改造
 昨日は鍵を忘れたために、荷物を持ち帰ったので、今日は私一人で朝の6時に家を出る。
 荷物を全て家に運んだ後に、私の部屋に付いている押入れの改造を行う。
 押し入れは壁紙が張って有ったのだが、張り方も雑で汚れてもいた。
 相当汚れていた

 ここも汚れ

 古い壁紙を剥がして、塗装でもしようと思ったが、紙を剥がすのはなかなか大変だ。
 諦めて余っていたべニアと壁板を使って壁の上に張る事にした。
 全て板を使いきったが少し足りない。
 何か無いかなと思って探したら、捨てる予定だった千代ノ山直筆の書物があった。
 これを当ててみたらぴったり収まった。
 綺麗になった押入れ

 懐かしい千代ノ山の書物

 これを張って何とか押入れの改造は終わった。
 すっかり綺麗になってしまった。
 私の荷物は少ないので殆どここに収まりそうな感じだ。
9月26日(水)健康サロンin明和園
 今日は健康サロンin明和園のウォークの日。
 5グループが出来、私の班は最長の5kmコースになる。
 12人居て足の速さも違うので、早歩きの班と遅歩きの2班に分ける。
 先頭は元気な人にまかせ、コース図も持たせる。
 私は遅い班の面倒を見る。
 やがて出発。
 皆で記念撮影
 早い組は直ぐに我々を引き離して進む。
 あっという間に見えなくなりそうなくらい前に居る。
 あれ〜左に曲った!
 そこは右だよ!
 みんなが見える所まで行って叫ぶ。
 「コースが違うぞ!」
 後から戻って来て、また前に行ってしまった。
 そうしたら先で左に曲った。
 「そこは真っ直ぐだ!」
 2度も間違えたので、遅い組と全く変わらない。
 その後は順調に行ったのか姿は見えない。
 私の班はインタ―バルウォークをしたり、しり取りをしながら歩いたりする。
 気温も丁度良かった

 今回は札幌の北大の学生も参加した。
 札幌から医療研修に来ているそうだ。
 看護士、助産士、保健士の3つの国家試験を取るそうだ。
 5kmコースも全員無事ゴール。
 着いてから女子大生に、「も〜さんの足の筋肉凄いですね」と言われる。
 チャリダーですからと自慢げに言う。
 おじいさんが誉められる事は滅多に無い。
 まして女子大生だ。
 周囲に5人の女子大生が集まった。
 しばらく話して、昼食の時間。
 今日は三色御飯。
 いつもながら美味しい。
  三色御飯

 食事をしていたら女性ライダーの理江さんから電話。
 「も〜さん来週の月曜日か火曜日に行くよ!」
 「今何処に居るの?」
 「岩内だよ。カブの人も連れて行くから」
 理江さんには、ねぶたも来ないでどうした?と言ったら、利尻島に1ヶ月くらい居たようだ。
 みんなに好かれるタイプなのでどうしても、そこに融け込んでしまい長居が多い。
 妻も気が合うので楽しみにしていた。
 我が家を自分の家よりも居心地が良いと言って長期滞在してくれる。
 また会うのが楽しみだ。

 家に帰って引っ越し荷物を運ぶ。
 車に満載して、後少しで到着と云う時に。
 「家のカギを忘れた!」
 「え〜」
 先日私が北見に行く時に、妻が使うかも知れないと言う事で渡した。
 それを持ってくるのを妻が忘れていたのだ。
 お互い忘れた事はがみがみ言わない。
 もうお互い歳なんだから忘れ物なんて当たり前だ。
 ポジテブ志向で行こう。
9月25日(火)花里さんからの紀行文
 全国おもてなし行脚を続けている、花里さんから北海道編の紀行文が届いた。
 表紙

 読んで楽しい

 読むとやはり面白い。
 私は自転車旅だが、歩き旅の良さが生き生き伝わってくる。
 やはり速度が遅い方が多くの出会いがある事が分かる。
 見える景色も自転車とは違う。
 依り観察力がより多く働くように思う。
 歩き旅は景色が全然変わらないので退屈だと言う人も多い。
 彼は短歌を読みながらの旅をしている。
 これなら歩き旅に良いかもしれない。
 菅江真澄、松浦武四郎の俳句や短歌が出てくる。
 そして自分が感じた事を短歌や俳句にする。
 これも又楽しいではないか。
 時代や人が変わっているが、同じく見た景色をどう感じるのか。
 なかなか面白い旅に見える。
 私も過去に旅した人の紀行文を手に旅するが、考え方は同じだ。
 今度歩き旅もしてみたいな。
 今考えているのは、三国街道越えだが、引っ越しもありどうなるか分からない。
 デスクワークはいらいらする。
 早く身の回りの仕事をクリヤしたい。
 10月3日の老人大学の講座資料はほぼ今日で完成した。
9月24日(月)函館まで走る
 道の駅「忠類」に隣接するキャンプ場は静かで、朝までぐっすり寝られた。
 今日は山に登ろうと思っていたが、朝から雨でおまけに強風・波浪・雷注意報が発令された。
 こんな中登山する気にもなれず、車を函館に向けて走らせる。
 黄金海岸を走るが、海は大荒れの天気で波しぶきが凄い。
 特に襟裳の強風は凄かった。
 様似に入り、確認したかった旧道を探す。
 様似山道が出来る前は海岸沿いを歩いていたが、岬の歩いて回れない所はトンネルを掘って道を作っていた。
 そのトンネルはまだ残っているとの情報があり行って写真を撮る。
 様似旧旧道
 現在は道は繋がっていないので歩く事は出来ない。
 様似には徳川幕府が建てた蝦夷三官寺(有珠-善光寺・厚岸-国泰寺)の一つである様似の等樹(さんずい)院がある。江戸時代、ロシアがキリスト教を広めていると言う伝聞や、蝦夷地に出稼ぎに行って死んでも弔うお寺が無いと言う事で徳川幕府が建てたお寺になる。
 1806年の建立なので、徳川幕府が蝦夷を直接支配した1799年から7年後に建てられた。
 お寺は新しくて、当時の面影は全くなかった。
 当時の参拝の様子

 現在のお寺
 
 雨が降ったりやんだりの中淡々と走る。
 白老に来た所でHさんの家に行く事にする。
 GHに泊まりに来てくれ、私がイザベラバードの道を辿った帰りに、ゴルフ帰りのHさんに遭遇し、1泊世話になっている。
 家に行ったら畑の仕事をしていた。
 奥さんがアルバイトで忙しいので手伝っているそうだ。
 彼は71歳で新婚なのだ。
 奥さんは現在60歳。
 再婚同士なのだが、この歳で結婚するのは相当に迷ったそうだ。
 親戚にも止められたと言う。
 でもこの歳でと言いたくなるほどラブラブカップルなのだ。
 奥さんが午前のバイトを終えて帰って来た。
 「あれ〜も〜さん来てたの。昨日2人でも〜さんの話をしていたんだよ」
 思い出してくれるだけでも嬉しい。
 丁度昼だったのでソーメンを作って貰い。
 手作りのきゅうりのピリ辛、青しその佃煮など頂いた。
 料理は得意で何でも作る。
 料理関係の会社に勤めていたのでプロ急なのだ。
 今、アイヌの刺繍に嵌っていて色々な作品を作っていた。
 私もアイヌ模様に興味があるので、話しが弾んだ。
 青森ねぶたの帯にアイヌ刺繍を入れようと考えていたのだ。
 今日は昼からもバイトが忙しいので、秋に函館に来て教えてくれる事になった。
 またまた函館に向けて走る。
 19時には家に着いた。
 昨日は運動会から帰った後、またまたイベントに行った。
 餅まきなどがあると言うので張り切って行く。
 最初は子供達に危険回避の為、餅はまかないで手渡しでプレゼント。
 次に大人の番だ。
 私と娘は後方で消極的な参加。
 愛葵が乳母車に乗っているので前には入れない。
 その分、旦那さんは前で頑張って沢山拾ってくれた。
 夕食は何にする?となり、入口で貰った参加賞は、じゃがいもと人参、玉ねぎが入っている。これってカレーライスを作れってゆう事?
 娘も疲れていそうなので、私がカレーを作る。
 出来たカレーに皆も美味しいと言ってお代わりもしてくれた。
 今日は朝の8時頃出発した。
 娘夫婦と孫に見送られオンネトーに向かう。
 途中道を間違え、遠回りしたが侮辱到着。駐車場はかなり空いていた。
 直ぐに豚汁と茹でたじゃがいもとカボチャも貰う。
 その後、オンネトーを一周して、景色を楽しむ。
 綺麗な沼だ
 雌阿寒岳と阿寒富士を背景にした湖の景色が良い。
 雌阿寒岳と阿寒富士
 一回りして再び豚汁とじゃがいもとカボチャを頂く。
 まだまだ余裕があり、いくら食べてもオーケーだった。

 ポスターは紅葉だが、実際は新緑みたいだった。
 紅葉は綺麗そう
 イ
ベントはアイヌの民族音楽を若い女性の二人組が歌い、演奏指定だった。柔らかい歌声にすっかり癒された。
 癒された歌声
夕方には道の駅「忠類」に到着した。今日はここで宿泊する。
9月22日(土)友瑛の運動会
 今日は友瑛の幼稚園の運動会だ。
 このために函館からはるばる駆けつけて来た。
 天気は快晴で文句なしの運動会日和になった。
 会場は小学校のグラウンドだ。
 大きなグラウンドの中に、小さなスペースのサークルが出来てそこが会場になる。
 今日の主役である友瑛の最初の種目は徒競走だ。
 走りながらよそ見をするので、どうしても遅くなってしまう。
 それでも3位でゴールした。
 元気に走る友瑛
 次の種目は障害物競争だ。
 これはスタートも良く、チューブくぐり、平気台、鉄棒、重量上げをこなして優勝した。
 他にお姉さん、お兄さんの徒競走があり、瑞葵が出て4位。
 私と友瑛のパパも団体戦に出て、パパのチームは2位、私のチームは3位だった。
 最後にママと愛葵との徒競走だが愛葵は走らずママに抱っこしてゴールした。
 全員が参加でき楽しい運動会だった
9月21日(金)北見着
 本別の道の駅は凄く静かだった。
 Tシャツと短パンで毛布のみを掛けて寝たら、朝の4時頃寒くて目が覚めた。
 急いで寝袋を出して寝る。
 体も暖かくなり一眠りしてから出発した。
 足寄、陸別は早朝のせいか車は殆ど走っていない。
 霧が濃く出ていて、視界は悪いが、山裾は雲海状態になっていて周囲の景色を楽しく眺めて走れた。
 途中に愛冠駅と愛の泉と言う怪しげな名前につられて寄ったら、廃駅と冷たい湧き水があった。
 愛の泉を一口飲む。
 冷たくて美味しかった。
 2時間走って娘宅に着く。
 「早っ!」と娘。
 まだ朝の忙しい時間だった。
 愛葵
 愛葵・友瑛・瑞葵と出てきて歓迎。
 愛葵が一番下なので可愛い時期だ。
 にこにこして来た愛葵を抱っこする。
 随分重くなった。
 大好きな人形と
 会社、学校、幼稚園とそれぞれの出て行ったので愛葵と散歩に出掛ける。
 SL公園で
 かなり遠くまで歩き、スーパーで昼食を買っている最中に寝てしまった。
 帰りは食料と愛葵を抱いて帰宅したが、暑いのと重いので疲れた!
 午後から旦那のMTBのパンクを修理してから友瑛と温泉に行く。
 友瑛はいつの間にかすっかり温泉好きになっていた。
 のんびり温泉に入って出てきたら綺麗な夕日。三角のゾーンが出来て不思議な光景だった。

 綺麗だった
9月20日(木)函館から本別へ
 妻を病院に送り迎えした後の10時に家を出た。
 何度も走った道ばかりを北見に向けて走るので、見るべき所も無く、ただひたすら走る。
 道はすいていて快適に走れる。
 静狩峠を越えて洞爺湖温泉に入る。
 ホテルの新築などが行われていたが、お土産店は随分古さを感じて、観光地には合わない感じだった。
 美笛峠を越えて千歳に入る。道の駅サーモンパークは凄い車だ。
 鮭の遡上が見られるそうなのでこんなに集まったのか?
 日勝峠も車が少なくスイスイ走れる。
 帯広はさすがに車が多い。
 ようやく抜けて池田町に入る。
 極端に車は少ない。
 今回はスマホのナビアプリを使ったが十分使える。
 無料のアプリなので嬉しい。
 本別のセイコマで豚丼とフリーを購入した。
 ホットシェフの豚丼
 ここまで車を止めたのはトイレと給油とセイコマの3回だけ。
 9時間走ったがまだまだ走れるぞ。
 でも道の駅本別が有ったので泊まる事にした。

9月19日(水)旅の準備
 早朝から老人大学の講座資料を作成して70%くらいは出来たであろう。
 後は帰って来て最終仕上げをすれば良いだろう。
 表紙はこんな具合

 終わって旅の支度に取りかかる。
 と言っても、持ち物はごく少ない。
 布団を2枚ひいて寝袋と一応毛布も用意した。
 後は着替えと登山の道具が有るくらいだ。
 いつもの自転車旅はごく少ない荷物で行っている。
 車旅になっても増やすことはない。
 娘の所に持って行く、乳母車とゲーム用の液晶テレビが余分にあるだけだ。
 
 これだけで十分だ
 友瑛の運動会の出番は2つ位しかないそうだ。
 運動会も午前中で終わってしまう。
 650kmも走って行くのは、普通の人なら大変だと思うのだろうが、私の場合車なら全く疲れない。
 自転車で走るのに比べたら雲泥の差だ。
 寝るのもテントの場合は場所探しに注意をする。
 車なら道の駅など、泊まる場所はいくらでもある。
 何と楽なんだろう。
 普段なら1日で走るのだが、今回は1.5日で着けば良い。
 のんびり旅が出来そうだ。
9月18日(火)函館は32.6度だ!
 一体この気温は何だ!
 沖縄が29度だと言うのに函館が32.6度になった。
 勿論観測史上9月の最高気温を記録した。
 こんな日は家で静かにと思うのだが、じっとしていられない性格がでてしまう。
 引っ越しを始める。
 今日は私の部屋の荷物だ。
 朝からパッキングをしたが、物が少ないな・・・。
 妻の荷物は既に2部屋に入っているが、まだまだ相当残っている。
 2部屋一杯になっても足りないかも知れない。
 私は半分の荷物を運んだが、まだ部屋の隅に有るだけだ。
 まだまだ余裕がある
 今までの部屋は収納スペースが無かったが、今度の部屋は押入れと洋服箪笥がある。
 押入れを収納庫に使えばかなり収まってしまうだろう。
 押し入れはこれからリフォーム

 昨日製作したトイレの照明を取りつけた。
 なかなか良い感じだろう。
 トイレの入り口

 なかなか良い感じになった

 今日で当分は引っ越しはやらない。
 20日からの北見行きに備えて、荷物の積み込みや、山の情報などなどを調べてから出発したい。
9月17日(月)やっぱり敬老の日
 毎日朝の4時過ぎにはパソコンに向かって、来月に行われる老人大学の講座資料を作っている。
 かなり出来てきたので一安心。
 3日後には孫の運動会の応援で、北見まで車を走らせるのと、帰りは山にでも登って来たい。
 そんな訳で慌てて資料作りをやっている。
 
 資料作りも一段落して、トイレの照明作りをする。
 昨日切り絵は作ったので、今日はそれを白い和紙に張った。
 まずは和紙に張る

 これで完成

 なかなか見栄えが良いので自己満足する。
 明日にでも取り付けに行って来よう。

 函館は相変わらず暑いので、引っ越し作業に精が出ない。
 明日も31度で東京と同じ気温だ。
 こんなに異常が続くのが暑さよりも怖い。
 今日長崎の強風が観測史上最高を記録した。
 異常が当り前になって来た。

 夕方に孫3人から敬老の日のお祝いが届く。 嬉しいプレゼント
 嬉しいやら寂しいやら・・・複雑な思いだ。
 気持的にはまだまだ敬老と言う感じになれない。
 おじいちゃんとは孫以外には呼ばれたくはないな。
 今は「敬老の日」だが、昭和29年に制定された時は「としよりの日」とダイレクトな呼び名だった。
 老人を敬愛し長寿を祝うそうだが、町内会などのお祝いの年齢はどんどん延びて、70歳を越えなくては貰えなくなった。
 せめてものお祝いは市内の温泉が無料だった。
 それならばと直ぐにおじいちゃんで良くなってしまう。
 温泉の駐車場は満員で、風呂の中にも老人が溢れていた。
 のんびり温泉に浸かって、あ〜老人で良かった。
9月16日(日)リフォーム
 引っ越し先の家のリフォームをする。
 今日は流し台のリフォームをほぼ完成した。
 残るは取っ手を付けるのみだ。
 妻も見て気に入ってくれた。
 古い流し台も何とか格好が付いた。
 これが古い流し

 カントリー風になった

 さらにトイレの室内灯の製作をする。
 カバーも無く剥き出しの電球だったので、枠の製作から始めた。
 枠は既に完成していたが、外に張った和紙に絵を描くのが、今一つどうやって書けば良いのかアイデアが浮かばずそのままになっていた。
 枠はこんな形

 テレビで切り絵を放送していたので、これだとばかり切り絵に取りかかる。
 題材は古民家の風景とした。
 白い紙に絵を鉛筆で書き、その上をマジックでなぞる。
 スケッチが完成
 その絵の下に100円ショップの黒色の紙を入れてセロテープで止める。
 後はひたすら、カッターナイフでカットしていく。
 今日は暑くて汗が滴り落ちる。
 力仕事では無いのに何でこんなに汗が出るんだろう。
 2時間くらいかかってようやく完成。
 良い感じだ
 白い紙の上に置いて見たら、意外と良い感じになった。
 後は枠に張るだけになった。
9月15日(土)家の拭き掃除
 ようやく水道が出たので家の拭き掃除をする事にする。
 今日も暑そうなので朝の5時半に家を出て、6時頃から作業をする。
 玄関から居間までの拭き掃除を行った、
 玄関の床もコンクリートの上にグリンカーペットを敷いていたが、これもかなり年季が入っていたので剥がす。
汚れている
 相当前に張りつけたのだろうが、両面テープは協力で接着力を失っていなかった。
 糊部分が残ったので、後でシール剥がしで取らなければならない。
 これで一応住めるようにはなった。
 取り外した
 後はこちらに住んでからリフォームをすれば良いだろう。
 今後は大きな食器棚や冷蔵庫、食卓テーブル、タンス類を運搬しなければならない。
 まだまだ時間は掛りそうだ。
9月14日(金)水道局は怠慢だ
 引っ越し先の水道が出ない。
 昨日も水道局に電話したが、水は出るようになっていると言う。
 それならば元栓を開けるだけなのだが、いくら開けても水は出てこない。
 仕方が無く、水道業者を呼んで調べて貰った。
 そうしたら何とメーターの横にある栓が閉まったままだった。
 水道局は現地確認をしていなかったのだ。
 全くのお役所仕事で2日間も無駄な時間を過ごした。


 ドアが痛んでいる
 流し台のリフォームを継続する。
 追加のすのこを4枚購入して所定の長さに切って、塗装をして張りつける。
 板と板の間を開けたのだが、ぴったり付けた方が良いのかどうか悩む所だ。

 すのこ4枚購

 外で塗装をする

 
隙間が気になるが・・
9月13日(木)リフォーム
 朝3時から起きて10月3日に行われる講演資料の作成をする。
 ここ数日はこんな調子だ。
 その後、引っ越し先の家のリフォームをする。
 今日は台所の流しのリフォームだ。
 流しの扉が痛んでいるので、何とか見栄えを良くしようと言う事になった。
 扉を開く金物も錆びがひどいので交換した。
 次に扉のリフォームをする。
 ホームセンターですのこを購入。
 2枚入って998円と安い。
 総桐だと言うが、確かに軽くて加工はしやすい。

 998円で2枚入っている
 板をばらすが釘も使って居なく、簡単にばらばらになる。
 その後塗装をして仮に作る分の材料は出来た。
 早速扉に仮止めして見る。
 カントリー風キッチンに変身した。

 こんな雰囲気だ
 妻に写真を見せたらこれで良いとなった。
 後、扉7枚分作らなくてはならない。

 塗装が乾く合間にオーディオの修理を行った。
 義理の弟が使っていたもので、レコード、CD、カセット、ラジオ(FM/AM)にカラオケマイクの入力もある。
 電源部分のある裏蓋を開けた。
 大概の故障は電源付近にある。
 トランスも外し、色々やってみたら、接触不良だった。

 裏蓋を開ける
 家に有ったマイクを持って行ったので、早速試して見たらOKだった。
 CDを入れてしばらくカラオケを楽しんだ。

 完成だ!

 帰りに小型冷蔵庫をリサイクル店に持ちこみ廃棄する。
 いちばん小さいクラスで2850円だった。
 これで電化製品の廃棄は完了した。
9月12日(水)旅人舞さん出発
 旅人舞さんが出発する。
 天気は快晴で申し分ない。
 今日は喜茂別まで走る予定だ。
 なにしろ荷物が相当多いのでパッキングも大変だ。
 ようやく終えてGH「自遊旅」の前で記念撮影。
 これから北海道を1周し、10.月末か11月には又函館に戻ってくる。
 特に知床には2週間くらい滞在するようだ。
 今回、舞さんとは随分と話し込んだ。
 色々な話を68歳になるおやじと、26歳の娘より若い女性とで真剣に話し合える事は、それ程多くあるものではない。
 皆色々な悩みもあるし、それを心を割って話す時に、年代はそれ程邪魔するものではない。
 元気に手を振りながら何度も振り返り、そのうち視界から消えて行った。
 一回り大きくなって戻って来るのが楽しみだ。

 この看板が気に入った?

 何度も振り返り出発

 午後から引っ越し先の冷蔵庫の運搬をした。
 大きい冷蔵庫なので、1人で積むのは大変だ。
 色々考えて、簡単に車に一人で積む方法を考えた。
 それ程力もいらず積み込みが出来た。
 車中泊車Aランクになった事のある、スパイクの後部は流石に広い。
 大きい冷蔵庫も余裕で収まった。
 これで大物の廃棄物は全て捨ててしまった。
 廃棄代は4095円だった。

 これも運んだ
 
9月11日(火)水道再開
 引っ越し先の台所回りのリフォームが終わったので、水道局に電話して再び水道を通して貰う事にした。
 今日中に行くと言うので、急いで家に行き凍結栓と水道の蛇口を止めて来た。
 いきなり水が出っぱなしになったら大変だ。
 
 居間に敷いていた絨毯をどうするか?
 長く使ったので汚れているだろう。
 でもクリーニング代が高かったら購入するか?となり、クリーニング店に聞いたら、1畳1000円
と云う。
 6畳の絨毯なので6000円+300円になる。
 新しい絨毯を見に行ったら、14000円から16000円だった。
 結局、古い絨毯はクリーニングに出した。
 でも完成は1ヶ月後!!。
 どうしてこんなに掛るんだろう。
 纏めてやるのかな??

 午前中、旅人舞ちゃんを車に乗せて、立待岬を廻り、外人墓地に行き高龍寺で降ろす。
 高龍寺の門の彫刻をじっくり見たいそうだ。
 日光東照宮も見たが感激した様だ。
 最近の若い女性でお寺や神社を廻る人もいる。
 神社はパワースポットだそうだ。
 高龍寺から歩いて公会堂や教会群を見て、ベイエリアに行き、北方民族資料館を見てGHに戻ってくるという予定だった。
 それがなかなか帰って来ない。
 心配していたら、窓ガラスを叩く人。
 舞ちゃんだった。
 どうしたの?
 「迷ってかなり探したが分からなかった。電話したが出ないし・・」
 「着信を見たら5回も電話が来ていた」
 我が家は夫婦でスポーツ番組を見る。
 この日は日ハムの試合と、サッカーのアジア最終予選の二つを同時にかけていた。
 試合はどちらも1点を争う試合で、盛り上がっていた。
 それで着信が聞こえなかったのだろう。
 妻も気が付かなかった。
 住所を頼りに警察に聞いて、近くまで来たら通りかけたおじさんが知っていると言って、家まで案内してくれたそうだ。
 TVに夢中になりすぎた。
 妻と舞ちゃん
 舞ちゃんは明日には旅立つことになった。
9月10日(月)家のリフォーム開始&旅人来る
 気温も下がったので快適になって来た。
 早速引っ越し先のリフォームを行う。
 延び延びになっていた台所下のリノリュームを張る。

 リノリュームを張る

 縁はアルミプレートにした
 端の方がめくれるのを防ぐためアルミプレートを付けた。
 
 午後になって旅人から宿泊希望の電話が入った。
 舞さんだった。
 青森ねぶたで紹介され、その後音沙汰が無かったのでどうしたのかなと思っていた。
 ねぶたの後、宮城に行き、その後一度東京に戻り、昨日茨城から青森まで徹夜で走って来て、朝のフェリ−に乗ったそうだ。

 荷物満載のフェロー

 しばらく話しをした。
 年齢的にも考える事が多い時期なのだろう。
 将来のことや、結婚のことなどなど話しをしたが、旅以外の話しをこんなにするのは珍しい。
 私は舞さんのお父さんより、年上だろうから何でも話してくれるのかな?
 アップテンポの大阪弁も快調だ。 
 雨がかなり降っていたが車で温泉に行く。
 上がってきたら舞さんは寝ていた。
 徹夜で来たので相当疲れていたのだろう。
 GHに戻り、舞さんに布団を敷いて寝たら良いよと言う。

 家に入ったら何か賑やかな音が聞こえる。
 外に出て来たら、家の前の狭い通りを神輿が通って行った。
 そう言えば昨年も来たな。
 どこの神社か分からないが、こじんまりとして楽しそうだった。
 人数は少ないが楽しそう

 今日の夜、妻は帰って来るが、昨日の夜の電話は、声がハイテンションだった。
 さだまさしのコンサートも良かったのだが、終わった後会場の裏手に行ったら、さだまさしが出てきて車に乗る所だったそうだ。
 声を掛けて久ぶりに追っかけをしたとはしゃいでいた。
 これからもどしどし外に出て欲しいな。
 明るい声が聞けると安心する。
9月9日(日)妻が札幌に行く
 妻が妹と札幌に行く事になった。
 家にばかりいる事が多い妻なので喜んで送り出す。
 札幌ニトリホールで「さだまさしコンサート」があり、それを聞きに行く。
 折角だからと北海道立近代美術館にも行く。
 現在、開館35周年記念で、東山魁夷特別展を開催しているので見てくるそうだ。
 妻も久しぶりに出掛けるので気もちはアップしていた。
 駅まで妻と妹を送って行く。
 ささやかな昼食代もプレゼントした。
 東山魁夷「道」

 足の具合だが、朝起きたら普通に歩けるようになった。
 昨日まで痛くてようやく階段を下りていたのは何だったのだろう。
 特に治療もしていないのに・・。
 足が痛かった時は自転車は乗れなくなるのかな? と思ったりする。
 でもまだバイクには転向したくない。
 何となくWEBを見ていたら面白いものを発見。
 昔、自転車にエンジンを後付けした物が売られていた。
 それが今でもあるのだ。

 これが売られている

 外国では旅をしている
 日本で製作しているのは一社しかない様だ。
 外国製もあり、これで旅している人も多いようだ。
 バイクの様に早くは無く、自転車的感覚でスローな旅を楽しむと言う事らしい。
 エンジンは35cc程度で、最高時速は20kmだ。
 原チャリ登録になるが、何か面白そうだった。
 価格は7万円少し。
 これなら自転車風旅?を続けられるかも・・。
 本当に自転車に乗れなくなったら考えよう。

 そういえば昨日ホームセンターに行ったら、電動バイクが売られていた。

 
こんなバイクがあった
 10万円程度だ。 
 市内走行なら足として便利に使えるだろうな。
 後続距離は40km程度。
 交通手段が早いスピードで変わって来ている。

 昨日五所川原で居酒屋、井ノ上を開いていたママさん一行が函館に来ていた。
 今日は松前に行くと言うので、夕方五所川原に帰る前に函館駅に逢いに行った。
 以前GHに泊まった、ママさん、あけみさん、さっちゃんの3人に、運転役の男性2名が同行だった。
 昨日、私の家に行こうとママさんとあけみさんの2人が歩いて向かったが、着いた所が函館市役所だったそうだ。
 駐車場に居た人に「毛利さんの家に行きたい」と言ったら、「ライダーハウス」をやっている方ですか?と聞かれそうだと言ったら、「車に乗せて行きますか?」と言われたがそれは断ったそうだ。
 聞いたら市役所の観光課の方だったそうだ。
 それにしてもGHを知っているとは・・・。
 五所川原ねぶたに来なかったねと言われた。
 今年は最終日の昼ねぶたまで跳ねて疲れ、気温も高かったので五所川原まで30kmを走る元気が無かった。
 来年は必ず行くよと言って見送った。
 いつまでも手を振って去って行った。
 五所川原に単身赴任した時は、大変お世話になった。
 とにかく安い居酒屋で、小遣いの少ない私にとっては有難かった。
 今は既に廃業している。
 2007年の時

9月8日(土)足が痛い
 数日前から右足が腫れてきた。
 右足が腫れて太い
 それ程痛くは無いのだが、膝を曲げることは出来ない。
 足を比べて見たら、右足が腫れているせいか、左足に比べ太くなっている。
 月曜日には病院に行かなくては。

 シャッターが下りないのと、シャッターを押さなくとも、勝手に写ってしまうという現象が起きた。
 コジマに修理依頼をしたが、ついでに以前ズームが完全に閉まらない事があったので、合わせて修理を依頼した。
 それが今日出来て来た。

 これだけ交換した
 ズームはやはり不完全で交換となった。
 シャッターが入らないのはシステム不良で基盤交換となった。
 まあ無料で直ったのだから良いのだが、次回はお金が掛りそう。
 5年間保証に入っているのだが、このシステムは意外に分かっていない。
 今回のカメラはの保証は19000円だが、2年間故障が無かったので、4000円減額になり、15000円しか保証にならない。
 今回はそれ以内で済んだから良いが、15000円から今回の修理費が引かれて、残りの保証は2000円程度しか無い。
 この次故障になって1万円かかれば、8000円は支払わなくてはならないのだ。
 この仕組みは分からなかった。
 5年間何度故障しても保証してくれると思っていたのだ・・・。
9月7日(金)旅人出発
 3泊した旅人が今日出発した。
 旅人ノートに喜びの書き込みがあったが、余程嬉しかったのだろう。
 旅人を少しだけ応援するという形でGHを運営しているが、喜ばれるとこちらも凄く嬉しい。
 ライダーは南を目指し、大間から下北に廻る。
 チャリダーは北海道を一周する。
 それぞれの旅が動き出し又旅人になった。
 荷物満載のチャリ


 50ccのスクーター

 記念撮影


 妻も撮影

 午前中は引っ越し先に行き片づけをする。
 まだ気温は高いが少しずつ引っ越し準備をしなくては・・。
 今のカーペットを剥いで、中に入っていた床暖房のプレートを外す。
 次に下に引いてあった絨毯を取り去る。

 
この絨毯は捨てた
 これを車に積んでごみ廃棄場に運ぶ。
 料金は253円だった。

 午後から10月3日に行われる、老人大学の講座に使うプレゼン資料を作り始める。
 タイトルは「道南の旧道と歴史」で1時間半の講座を行う。
 4〜5日は掛りそうだ。
9月6日(木)ぶんぽ研例会
 朝にイカ売りが「イガ〜イガ〜」と函館独特のイカ売りの声が聞こえた。
 走って買いに行く。
 買ったら直ぐに車は居なくなった。
 今日は入荷が少ないので、他の場所にも少しずつ売らなくてはならないそうだ。
 妻が調理して旅人に出す。
 2人は大喜びだった。
 早速食べて貰ったが、満足した様だ。

 
イカだ!

 今日はぶんぽ研の例会。
 いつもの様に会長の報告があった。
 その後、私が8月に見て来た松前藩主徳弘の仮墓所の報告を行わせて貰った。
 最後に移転する博物館の移転先のレイアウトや展示についての、話し合いが市の関係者と行なわれた。
 
 帰りに、引っ越し予定の家に行き、台所のリノリューム張りと不要になった床暖房のユニットの撤去を行った。
 暑くて上半身裸になって行ったが、汗が滝の様に流れた。
 まだまだ残暑が厳しいこの頃だ。
9月5日(水)映画「あなたへ」観賞
 急に気温さがりは涼しくなってきた。
 朝、GHに行ったらチャリダーは何処かに出掛けていた。
 ライダーを起こし、荷物の運搬を頼む。
 引っ越し先の家にある不要の家電製品を廃棄しなければならないが、重くて妻には手伝いが無理なのだ。
 そこで若いラーダーに頼む事にした。
 冷凍庫と昔の重い電子レンジを車に積んで、黒田リサイクルに運ぶ。
 合計で3150円かかった。
 後は冷蔵庫があるのだが、大きくて今の車には入らない。
 別途考えなくてはならない。
 
 昼から妻と映画を見に行く。
 高倉健の「あなたへ」だ。


 亡くなった妻が故郷の海に散骨してとの遺言を残す。
 富山から長崎県平戸までの9000kmを遺骨を持って行くのだが、途中妻との思い出がある各地に寄って行く。
 物産売り場では、森町阿部商店のイカ飯が出たり、自宅の近くにあるら―メン店も北浜商店が出たりする。
 遺骨を海に散骨する事について、何か色々な思いでもあるのかと思ったが、故郷だからという何か単純な事のように思えた。
 途中で会うビートたけしはキャンピングカーで全国を廻りながら、車上荒らしをして捕まるが、それ程ストリーには関係がなかった。
 放浪と旅の違いは?何て言う会話があったが、放浪は目的が無く帰る家が無い。旅は目的があって帰る家があるだそうだ。
 私のやっている事は今のところ旅の様だ。
 ストリー的には単純で、あまり感動は無かった。
9月4日(火)旅人来る
 今日も暑い。この暑さはもう少し続きそうだ。
 そんな中、この暑さなら気にならない本州の旅人がやって来た。
 昨年GHに来た地元のYoさんは現在、沖縄のゲストハウスでボランティアをしている。
 その時に知り合ったチャリーダーが函館に来たので、たまたま函館に帰って来たYoさんが連れて来た。
 ついでに途中で会った、日本一周の原チャリライダーもやって来た。

 
楽しいひと時だ
 Yoさんとは1年ぶりなので懐かしい。
 長い時間皆で話しをした。
 若い人と旅の話しが共有出来るのは本当に楽しい。
 Yoさんは沖縄でゲストハウスのボランティアをしているが、GHのノウハウを覚えて、いずれは自身でゲストハウスを経営したいと考えている。
 函館でやるか、沖縄でやるかを考えているようだ。

 日本一周チャリダーは随分荷物が多い。
 これでも半分は送り返したと言う。
 最初はどんなに荷物を積んでいたんだろう。
 パンクはするし、スポークは折れるし大変な旅の様だ。
 私の自転車旅の倍以上は持っている。
 今年来た旅人で最重量の荷物だろう。

 
凄い荷物だ
 バイクのライダーは北海道を一周して函館に戻って来た。
 今後、本州を南下するのだ。
 こちらはテントを持たないで、ライダーハウスなどに泊まっている。
 当然荷物も少ない。
 原動機無しが荷物が多く、原動機付きが荷物が少ない。
 これって良いの?

 夕方にチャリダーは函館山に夜景見学に行き、バイクは恵山岬にそれぞれ向かった。
9月3日(月)遂に暑さの新記録
 函館は今日も30度を越えて今年の真夏日が観測史上で新記録となった。
 後、1週間は暑い日が続きそうだ。

 朝からイラスト製作をパソコンで製作して、ようやく完成したが、これで大丈夫だろうか??
 新幹線E5系と二股台場山・北海道水田発祥之地碑と意冨志神社を混ぜ合わせて配置した。
 他に小さなイラスト数枚を書いた。

 
こんな絵になった

 イラストも終わったので、原稿用紙3枚の原稿の執筆を2件書いて今日の一日は終了した。
 残るは高齢者大学の講座用資料だが、これを一周間位で完成させて、北見に行く事になる。
 講座は10月3日とまだ日があるのだが、北見の帰りに山か旧山道を歩いて来たいので、早めに完成させたい。
 今は暑いので外に出るより、内にこもってデスクワークの方がまだ良いだろう。
9月2日(日)暑さが続く

 函館に帰って来てからも暑くて、引っ越し準備も遅々として進まないと言うか、全くしていない。
 新聞に暑さのタイ記録になったと言うのでどうせなら、昨日も30度を越えれば新記録にある。
 どうせなら新記録になって、あの時は暑かったと後々語り草になると思っていたら。
 昨日の気温は29.5度と新記録にはならなかった。
 函館は日本に於ける気象観測の第1号なのだ。
 函館が伊豆下田と並び海外への窓口になった開港場「函館」には外国人が多く駐在し、彼らの必要性から気象観測が行われた。
 ロシア人医師のアルブレヒトが安政6年(1859)から2年間観測していた。
 公の観測としては開拓使函館支庁の福士成豊が自宅に観測機器を設置して「函館気候測候所」とし明治5年(1872)に観測を開始したのだ。
 気温の記録が残っているのは昭和6年(1931)からになる。

 家でTVを見ていたら電話が来た。
 ふと外を見たら家の前で携帯電話で掛けている。
 あれ〜見た事のある人だ。
 今年の6月だろうか、恵山登山中に会った埼玉の人だった。
 その時のお礼ですと言ってお土産を差し出した。
 彼と山で会った時、函館からバスで恵山まで来たと言う。
 それでは帰りは車に乗せてあげますよとなった。
 彼が下りたい、恵山展望台からの恵山方面への道を教え下で待っていた。
 やがて彼がやって来て車に乗せて函館まで送った。
 実は彼が車に乗った時に、汗が沢山出ていたそうだ。
 下山途中で足を踏み外し、痛くての汗だった。
 その後、帰って病院に行ったら、靱帯損傷で手術をしたそうだ。
 術後のリハビリ―をして、ようやく歩けるようになったそうだ。
 奥さんの実家が隣町の人見町で、今回里帰りしたので、お礼をとなって訪れたそうだ。
 しばらく話しをした。
 今度来る時は一緒に山に登りましょうと別れた。
 埼玉のお茶とお菓子
 色々な出会いがあるものだ。
9月1日(土)旅人が出発
 旅人がなかなか起きてこない。
 昨日は函館山の夜景を見に行ったが、月が海にその姿を写したりして、良い景色を見れたそうだ。
 帰って来て、24時間営業の風呂に行ったが、私は部屋に帰って寝てしまった。
 福田君は同志社大学の学生で、紹介したN先生は私のねぶた仲間であり、大阪桐蔭高校の先生だ。
 奥さんもねぶた仲間と言う関係だ。
 富田君はフェリーの中で福田君と知りあって一緒に観光していたが、結局はGHに一緒に泊まる事になった。
 彼らが起きてから話しをするが、時間もそれ程無かったのでゆっくり話しは出来なかった。。
 またいつか函館に来た時には寄るだろう。
 福田君と一緒に
 福田君の地図は高校時代の教科書だ。
 富田君はバイクだ
 富田君は某大手電機企業を希望退職したそうだ。
 電気大手各社は経営厳しく大幅なリストラが行っている。
 彼は携帯電話の関係だそうでやたら携帯電話には詳しかったし、操作の速さには驚く。

 午後からは日ハムの試合をのんびり見ていた。
 今日は勝利だった。
2012.8 日記     HP TOP