4月30日(火)妻の通院送り迎え
 今日は妻の定期通院で元の家の近くまで行くので、引っ越し荷物を車に積む。
 私の分だけだが、かなり積めた。
 こちらに引っ越す時にかなり整理したので、今はシンプルな生活になり、楽に引っ越し出来そうだ。
 満載した

 妻が病院に行っている間の3時間くらいはかなり暇だ。
 行く所はその時によって違うが、今回はリサイクルショップに行く。
 何か面白い物が無いかとの思いで行く。
 なかなか面白そうなものが無くて、最後にジャンク品の所に行く。
 殆どが壊れたものか、型の古いもので、パーツを取ったりして使うのだ。
 見ていると「ポータブルオーデオ用マルチメディアスピーカー」があった。
 パーッケージも新しい
 見たら新品の様だった。
 パーッケージを開けて見たら完全な新品だった。
 ジャンクコーナーにはテストテーブルがあり、電源や工具が用意されている。
 購入の前にテストが出来る。
 その代わりにジャンク品は返品が不可能だ。
 電源を入れ、スマホの音楽をミニプラグで繋ぐ。
 出力は2W+2Wの総合出力は4Wだ。
 鳴らして見たら良い音がする。
 今車に付いている2W+2Wよりもはるかに高出力で音質も良い。
 そして良かったのはスマホアプリの「Bass Booster」が効果を発揮するのだ。

 エコライザーとベースブーストがコントロール出来る。
 各周波数や低音の加減が出来る。
 現在、車に付いているのは「Bass Booster」が効いてくれないので高音が強い。
 おまけにUSB電源、単4蓄電池、AC電源が使える。
 持って歩くにも小型で良い。
 自転車はイヤホンで法律上聴けなくなった。
 音を出して聞くのは問題ないので、旅の時はこれを鳴らして聞きながら旅が出来る。
 今持っているスマホの予備電源も繋がる。
 今持っているソニーのウォークマンも聞けるのだ。
 これで3800円のものが2940円で出したが売れず、今回は1575円だった。
 早速購入した。
 小型で音も良い
 家で鳴らしたが、かなりの出力で5W+5Wはありそうな感じだ。
4月29日(月)またまた引っ越し
 ここ数日、娘との電話やFAXをやり取りしている。
 娘夫婦が函館に家を建てて引っ越すことになった。
 実際に引っ越すのは次の旦那の転勤する際になるので、来年か再来年だ。
 来年建てるのかなと思っていたが、消費税増税の事も有り、今年に決まりそうだ。
 建てる場所は現在我々が住んでいる場所で、今に家を壊して建てる。
 娘夫婦が来るまで我々夫婦が住んで、その後一緒に住む事になる。
 家を建てている間は、一時以前住んでいた家に引っ越しなければならない。
 その期日が6月末か7月のあたま位になった。
 昨年12月に引っ越してまだ5ヶ月だが、再び引っ越ししなくてはならない。
 そして完成した後の11月には再び引っ越しとなる。
 またまた大忙しだ。

 今日は桔梗の町内会の活動日。
 「桔梗マスターズ」というパークゴルフの会に妻と共に入会した。
 朝、集合場所に行ったら何と40名位の参加がある。
 随分活動が活発な町内会だ。
 「桔梗高台パークゴルフ場」に行く。
 天気は快晴で絶好の日和だ。
 緑が綺麗
 パークゴルフは7〜8年目前に家族でたまに行く程度だった。
 昨年は久しぶりに旅人理江ちゃんとやったのが最後だ。
 元高校野球部なので球を打つのは得意だが、真っ直ぐに飛か、加減が出来るかが難しい。
 組み合わせが決まりスタート。
 函館山が見える
 男性はパー33の所を28〜30程度で廻るので上手だ。
 他の女性二人は33位から37位程度だ。
 でもその中のSおばあちゃんが上手い。
 良い時は30少しで廻る。
 何と年齢が85歳だと言う。
 ミスショットが少ないので兎に角上手だ。
 私は最高が33で他は37程度で終了した。
 85mや100mのロングコースは好きで目一杯打つが、なかなか真っ直ぐには飛んでくれない。
 真っ直ぐ飛んだ時はワンオンする。
 そこをおばちゃんは3回程度で決める。
 私はその後、2回程度で入れて結局は同じスコアになる。
 まあそれでもストレスは十分発散されて気持ちが良い。
 4コースを2セットまわるので、72ホールになる。
 結構な運動になる。
 歩くのは全く問題ないが、ショットで普段使わない背中の筋肉を使うので、終わった後は背中の筋肉が痛い。
 今日は練習日で来月からは公式月例会が始まる。
 妻も参加したが良い時で34程度で廻ったそうだ。
 今年は運動にパークゴルフが加わった。
4月28日(日)何か違う
 午前中はびっしり執筆活動でパソコンに向かう。
 『函館山旧西国三十三個所参拝』も先日歩いた結果を反映させて95%位は完成した。
 後少しで終わる。
 
 午後から松浦武四郎の『蝦夷日誌』の古文書講座があるので、旧上磯地区のカナディールに行ったら、駐車場に物凄い数の車がいる。
 中に入ったら市内の中学校の音楽会だった。
 小会議室もあちこち控室になっている。
 スタッフに聞いたら、今日は講座がありませんと言う。
 何か日にちを勘違いしたのだろうか・・予定表には書かれているのに・・。

 家に帰って妻とホームセンターに行く。
 明日、町内会のマスターズクラブのパークゴルフがある。
 マーカーが無かったので買いに行く。
 100円で4個も入っていた。
 そして店内をブラット見たら、欲しい物があった。
 以前から欲しかったのは、保温・保冷兼用の真空断熱ケータイマグだった。
 40%引きで売っていて、500ml用が1890円だった。
 これにしようかなと思ったが、ふと新しい製品コーナーを見たら、軽量の物が新発売されていた。
 重さ210gと比較するとかなり軽い。
 軽いのが良い
 使い道は自転車旅なので軽い方が良い。
 冷たい飲み物を買っても夏場は暑いので直ぐに温くなる。
 そこで一気に飲み干してしまうのだが勿体ない。
 これに入れれば数時間は持つだろう。
 それにホットコ―ヒーは、途中で湯を沸かすのは大変なので、コンビニで湯を貰ってマグに入れ、コーヒ―を入れる。これなら3回は飲めるので便利だ。
 新型はサーモスのメーカー品で2480円だった。
 これを購入した。
 勿論車旅の時も、朝に湯を沸かしてコーヒーを入れれば、カップホルダーに入れて何時も飲める。
 そろそろ旅の虫が起きて来る。
 と言うのも今日五所川原からメールが来て、恒例の40kmウォークで会えるのを楽しみにしていると来たからだ。
 勿論自転車で行き、岩木川河川敷キャンプになる。
 もうそんな季節なんだ。
4月27日(土)眼鏡購入
 最近ずっとサングラスをしていた。
 その理由は外していた眼鏡が何処かにいってしまったのだ。
 幾ら探しても見当たらず仕方が無く何時もサングラスを掛けていた。
 そしてどうしても見つからず発注した。
 そして昨日眼鏡が納入される日だった。
 朝に山に行く衣類のロングタイツが無かったので、すでに仕舞った冬物の衣類入れの中を探した。
 そうしたら何と眼鏡が出て来たのだ。
 皮肉な事に探しだした日が新しい眼鏡の納入日になった。
 その眼鏡を取りに行く。
 嬉しいやら悲しいやら

 帰り道、軽量のサンダルを購入するのに靴屋さんに寄る。
 昨年、家の仕事中に破損したので、家計費から出して貰える。
 寄った靴屋には無く、スーパースポーツゼビオに寄る。
 安い軽量サンダルは無くブランド品のCROCSばかり。
 高いので無理かなと思い、うろうろしていたら、半額セールの中にCROCSの黄色が3足だけあった。
 色は黄色なので私の好きな色だ。
 サイズは小さなものしか無かったが私には合う。
 4480円のが2240円で売っていた。
 即購入。
 大好きな黄色だった
 やはり以前もCROCSを履いていたが丈夫だった。
 
 さらにスーパーに寄る。
 イカは大好きなのだが、イカの天丼を食べたくなった。
 98円のイカの天ぷらを2枚購入。
 家に帰って天丼を作って食べる。
 美味しかった。

 妻が輪投げクラブに行っていたので近くの町内会館に見学に行く。
 30人くらいが輪投げをしていた。
 皆さんかなり上手だ。
 妻はまだ入ったばかりであまり上手くは無い。
 今後の練習次第だ。
 でも町内会の仲間も増えて良い事だ。

 2時からファイターズの試合を見る。
 少ない安打で勝利。
 これで3連勝だ。
4月26日(金)函館山旧三十三観音巡り
 1年間に渡って調査して来た、函館山旧三十三観音参拝コースを巡る事になった。
 天候は生憎の午後から雨の予報だ。
 当然ながら雨具は持参して万全の構え。
 同行は4人で厳島神社前から出発する。
 今日のコース
 この神社は寛文年間の記録に弁才天の名前が残る由緒ある神社で、境内には貴重な遺物が沢山ある。
 この付近には移転する前の高竜寺があり新明社が有った。
 松浦武四郎の「蝦夷日誌」にも三十三観音のスタートはこの付近の壁穴がスタートになっている。
 壁穴はここの土をあちこちの壁土に使ったので大きな穴が開いていた事が語源になる。
 ギャラリー「壁穴」があるのはその名残だ。
 同行の皆も「壁穴」の由来は知らず、「え〜そんなんだ・・」
 魚見坂を登って高竜寺に入り墓地から登って観音コースに入る。
 観音コース

 ねこやなぎ
 直ぐに日持上人が書いたと言われる鶏冠石が出て来る。
 鶏冠石
 元々は函館山の8合目辺りにあったのが軍事施設を作るので、半分の大きさにして降ろされた。
 日持上人なので実行寺の管理下にある。
 観音コースを登って行く。
 春になって花も咲き始めた。
1番紀伊国那智山と書かれている
 途中に小林重吉の碑がある。
 函館商船学校などを作った名士だが・・。
 コジマエンレイソイウ
 コースを登りきって、「観音山」に登る。
 観音山の登り

 観音山
 別名「高竜寺山」の名前も残る。
 ここが旧1番観音のあった場所になる。
 観音山を下り、車道の7合目の薬師寺付近まで行く。
 本来は旧道があったのだろうが、車道が作られたので消失してしまった。
 7合目付近から御殿山に直登する。
 御殿山に出る
 古図ではジグザグな道になっているが、今は道跡がかすかにある程度で明確な道は見当たらない。
 御殿山頂上で一休み。

 山を下って現在の21番22番観音に行く。
 この観音は戦後の物だが石仏群は戦前からあるものだ。
 石仏群
 千畳敷へ至る車道を通り入江山に至る。
 ここが折り返し地点になる。
 入江山
 ここには軍の施設の観測所跡や八八式海岸射撃具砲座跡がある。
 折り返して食事でもするかとなったが、もう少し行こうとなる。
 ここから「つつじ山」への急斜面を登る。
 ここの斜面が削られた
 車道が出来たので山壁が大きく削られて古道は消えてしまった。
 木に掴まりながら壁を登り切ればはっきりした道が有る。
 ここを登って「もみじ山」の軍の施設内で昼食。
 軍の施設で昼食
 風も当たらず快適だ。
 食事も終わり、尾根道を水元山に向かう。
 水元山へ
 薔薇のとげに悩ませさせられながら進む。
 右手下には寒川の海岸がはっきり見えて景色の良いコースが続く。
 やがて「水元山」に到着。
 水元山
 ここから旧山道6合目手前に下る。
 最初は笹の生い茂った道だが、しっかりした道が付いている。
 とりかぶとが広範囲に生えている。
 旧山道に下り、さらに突っ切る。
 杉林の中を少し進み、旧登山道を登る。
 誰も登らない道は笹が生い茂っている。
 「姫塚」出る。
 姫塚なのか?
 『南部藩蝦夷地経営図』に書かれているこの位置に加工された感じの岩に添っている様に杉の大木がある。
 「姫塚」の言われは今の所不明だ。
 下って澤を渡り、斜面を登って汐見コースに出る。
 何のこのこ?

 気味悪いコブの木

 何のきのこ?
 汐見コースが終わった所で、八幡山の裾野まで登る。
 蔦が凄い多い所で歩くのも大変だ。
 途中からはっきりした道が出てきて、その道を登り八幡山に到着。
 八幡山への道

 八幡山から立待岬
 古図には「遠見山」と書かれ遠見場所があった所だ。
 南の尾根を進が先は車道により開削されたので続かない。
 途中で車道に下る。
 車道を少し歩き開削した所が「牛の背展望台」になる。
 ここから「牛の背山」に登る。
 道ははっきり付いている。
 牛の背山

 立待岬方面
 ここには8月になれば「ミゾソバ」の群生があり、薄ピンクの絨毯になると「自然ガイド函館山」に載っている。
 8月にも来て是非見たいものだ。
 さらに尾根を進み戦闘指令跡に出る。
 ここには皇太子御立野の碑が有る。
 皇太子碑
 大正天皇が皇太子の時にここで女子高校生に茶の接待を受けた場所だ。
 道は千畳敷に出る。
 千畳敷
 古図には千間平と書かれている。
 ここから七曲を下る。
 くねくね曲がった道が続く。
 七曲
 これでも要塞構築の際に馬で石を運ぶためになだらかに改良されたそうだ。 
 昔はもっと厳しい道だった。
 その跡が所々に見られる。
 下って「鞍掛山」に行く。
 ここにも軍の施設「立待照明場」がある。
 要塞施設跡には立ち入らない方が良い。
 積極的に開放していないので、見学は市の許可が必要。
 宮の森コース
 宮の森コースから蝦夷館山に登る。
 この山はアイヌの館があった場所で、函館市民の人気の登山場所だった。
 蝦夷館山コース
 店が出来た時期もあった。
 蝦夷館山コースを抜けると車道に出る。
 ここ進んで左のカーブの所を真っ直ぐに進むのだが、その道は水源地のフェンスで行き止まりになる。
 仕方が無いので車道をしばらく行き、フェンスの反対側から下る。
 笹が伸びて歩きにくい。
 やがて西高のグランドに出る。
 野球部の練習が行われていたが、我々を見て何処から来たの?と言った目で見ていた。
 ここから住宅が出て来る。
 道は舗装路になり右に下るのだが、旧道は真っ直ぐに行く。
 最初はまたまた笹藪。
 船魂神社裏参拝道
 音を立てながら潜って歩いていたら、下を通る女子高生2名が驚いて何度も何度もこちらを見ていた。
 道ははっきりした道になる。
 丁度船魂神社の裏になる。
 この道を抜けて公会堂の傍を通る。
 公会堂
 そしてついに弥生小学校に到着。
 ここが昔は寺町と言って、三十三番観音の結願場所だった。
 ゴールの弥生小学校
 称名寺は別な場所に移っている。
 新選組の屯所であった元町ホテルに行く。
 遠藤社長も居たので歓談する。
 ロビーでしばらく休ませて貰い、コーヒーも御馳走になる。
 ここ元町ホテルと茅部のひろめ荘の委託管理をしている。
 ひろめ荘は函館市で運営して居た時は赤字であったが、遠藤社長がやってから1年で黒字になった。
 社長は観光にも力を入れている。
 私もANAの新選組コースの観光案内をする時、トイレを使わせて貰っている。
 現在、外人墓地に眠る有名人の墓のマップを作っているそうだ。
 色々な人の墓があるのだが、殆どの人は知らないし、場所も分からないので明確にしようとしている。
 ゴールまで19.2kmあった。
 休憩を入れて7時間30分の旧三十三観音巡りだった。
 松浦武四郎が12kmと言うがそれ以上ありそうだと「蝦夷日誌」に書いたが凄い感覚だ。
 今日は雨にも振られず、ゴールしさらに車の置いた場所まで歩き、15km位歩いた。
 旧三十三個所巡りはやはり修行の道であった。
 快い疲れを持って帰る。
4月25日(木)かんじき修理など
 まずは朝から頼まれたかんじきの修理を行う。
 爪の部分のボルトが無かったり、緩んでいるので、リベッターで固定する。
 欠品や緩み

 リベットの打ち直し
 次に靴の底の部分のベルトだが、一部は痛んでいるが、それも活用して、更に新しいベルトで二重にする。
 二つのベルトをグル―ガンで接着する。
 これで丈夫になるだろう。
 ベルトの痛む原因は、金属の輪管部分と爪の部分にベルトが当たるためだ。
 これだとある周期でまた痛むだろう。
 二重にした
 結局昼までかかり2台分が完成した。
 完成!

 靴を付けて調整

 2台分完成

 午後からニチロビルに行く。
 先月、ニチロ漁業のOB会が会社の一角に歴史館を作ったとの報道が有った。
 木曜日のみの開館なので、今日伺った。
 用件は「地平線会議野宿党」の党首で冒険家の安東浩正から人探しを依頼されている。
 安東さんは今アコンカグア登頂に向けてトレーニング中だ。
 アコンカグア
 彼の友人のロシア人ジャーナリストが、日魯漁業の社員のパスポートを持っていて遺族に返したいと言うのだ。
 たまたま函館の人だったので、私に依頼が来た。
 ずっと探しているが、パスポートの住所には遺族は居なく、何処かに引っ越したのだがそれが分からない。
 市役所で戸籍を調べれば分かるのだが、相談しても個人情報だからと教えてはくれない。
 そこで今回訪問した。
 なかなか分からなかったが、昭和14年製作の名簿に名前が出ていた。

 この名簿を作ったのは、代議士の河野洋平さんのお父さんだった。
 探している人が所属していたのは、日魯漁業の下請けの太平洋漁業株式会社だった。
 この名簿の中に名前が載っていた。
 住所は山背泊から弁天町に変わっていた。

 今度はこちらを当たって見よう。
 多分いないだろうが、近所で情報が得られれば良い。
 帰りに図書館に寄り、当時の住所を調べる。
 見つかった
 昭和9年と昭和35年の市街地図に載っていた。
 これは後日行って調査する。
 展示コーナーのー部
 それにしても日魯漁業は大企業だ。
 函館にメジャーリーグを呼んで日米試合を開催したのも日魯漁業だった。
 その時に来たベーブルースのサイン入りボールもあった。
 戦後、函館市民に元気を出して貰うために呼んだそうだ。
 他にも社長の平塚常次郎の大正年間に発行したパスポートがあった。
 今とは違い、書類のようだ。
4月24日(水)GHの片づけ
 今日は小雨が降っているので、GHの整理・整頓に行く。
 そろそろ旅人がやってくる季節になって来るが、GHはまだ散らかっている。
 午前中一杯捨てる物を紙袋に入れて纏めた。
 まだ車に一杯にならないので、もう少し集まったら捨てれば良い。
 帰りにゼビオスポーツに寄る。
 登山用品が20〜30%オフになっていたが、ブランド品が多いので、それでも高い。
 手が出ない。
 購入したのは先がフォークになった耐熱樹脂製の軽量スプーン。
 今迄は金属製のスプーンとフォークの2つを持ち歩いたが、これなら1個で済む。
 チタンは3倍くらいの値段だった。
 軽い!

 家に帰って昼食を終えたらもう2時過ぎになっている。
 一日が早い。
 修理を頼まれているカンジキ用のベルトを買いに行く。
 登山用品店で購入すれば凄く高い。
 洋裁専門店にもあるが、ここは登山用品店よりは安い。
 しかし今は100円ショップがある。
 ベルトの幅は25mmと15mmの2種類を探さなくてはならない。
 30mm幅であればキッズ用のベルトがぴったり合う。
 25mmサイズは洋裁コーナーでアクリルテープを購入。
 バッグのショルダー等に使うものだ。
 100円で1.5mの長さがある。
 これで修理が出来る
 15mmの幅のベルトは、犬の用品コーナーにある。
 中型犬用のリードがぴったりだ。
 これでパーツは揃った。
 色が揃わないのが難点だが、安く出来る方が良いだろう。
 冬のカンジキ使用シーズンは終わったので、暇を見て修理しよう。
4月23日(火)色々忙しい
 朝から「旧函館山三十三観音」最後となるマップ作りをする。
 パワーポイントで作るのだが、これが一番時間がかかる。
 午前中掛けて半分を完成させる。
 製作したマップ
 午後からはまずはメガネ屋さんに行く。
 メガネは遠くが見えるメガネで、近くは眼鏡の必要が無く外して何かをする。
 その外したメガネが何処に置いたか分からないのだ。
 サングラスでしばらく過ごしながら探したが、やはり見つかる事は無かった。
 そこで眼鏡市場に行く。
 この店は初めてだ。
 WEBサイトを見て気になったのが屈折率だ。
 1番薄い眼鏡は1.74になる。
 所が性能チャートを見ると、透明度、割れにくさ、汚れのつきにくさ、にじみのなさがあまり良くない。
 少し厚い1.67は薄さ以外はみな良い。
 店員さんに聞いたら、極薄は材料が他のとは全く異なるそうだ。
 薄さを重点にして他を犠牲にしている面があるようだ。
 そこで1.67を注文した。
 これでも極薄なのだ。

 次に病院に行く。
 皮膚の荒れなのだが、塗り薬が切れた。
 今迄行っていたYaji病院に行ったが相変わらず混んでいる。
 いつもそうなのだが、診察の効率が悪いのだ。
 診察するのにかなりの時間待って、受けた後薬を薬局に貰いに行くが、それを持って又病院に戻り、またしばらく待って、薬の塗り方の説明をする。
 全体に話しが長すぎてこれで半日かかってしまう。
 最近は机に医学事典を置いて、自分の言った事が辞書に書いてあることを証明するのに「辞書にもそう書いてあるだろう」と見せたりする。
 今回はYana病院に行く。
 前回、手が荒れで行った時はものの1分も掛らなかった。
 今回も行ったら診察室は誰もいない。
 すぐに診察。
 見て直ぐに「○○と○○だから○○の塗り薬を2週間分出しておきます」と1分も掛らない診察だった。
 自らパソコンを叩いて処方箋を作る。
 パソコンのキィを打つスピードが滅茶苦茶早い。
 これで薬を貰って終了。
 薬は1個のみ。
 前の病院は4種類もある。
 病院って一体どうなっているのかな?

 帰りに上磯ダイエーに寄る。
 スノーシューの修理を2件頼まれている。
 スノーシューに使っている、ベルトが摩耗して切れたり、ボロボロになったりする。
 新しいベルトに替えるが、登山用品店では超高い。
 他でベルトを買えば安く買える。
 問題は縫い糸でこれが弱いと直ぐに切れる。
 最初はスポーツ店に行ったが、そこは店が移転したのか違う店になっていた。
 硬式野球の球を縫う糸を買おうとしたのだ。
 高校時代は野球部だったので、硬式球のほつれた球を手縫いで毎日行った。
 凄く丈夫な糸なのでこれが欲しかった。
 店は何処に行ったか分からないので仕方が無く、上磯ダイエーに行った。
 ここの手芸店でストラップコードを購入する。
 いわゆるストラップに使っている糸だがこれも丈夫だ。
 ストラップコード
 3mで210円だった。
 これで今日の仕事は終わった。
4月22日(月)当別丸山で山菜採り
 当別丸山に行きたいと言うので案内する。
 昨年登った南西ルートを登りたいらしいので、川を2個所渡るので、長靴を用意してと前日に言う。
 集合して出発。
 ところが、話しの中ではどうやらギョウジャニンニク採りがメインらしい。
 昨年南西ルートから登った時に採ったギョジャニンニクが凄く良いと言う。
 南西ルートからの登山は止めて、一般ルートから登って、ギョウジャニンニクのある場所まで下った方が早くない?
 う〜あそこは急斜面を一番下まで行って、また登って来なくてはならないからきつそうだ。
 でもまあ良いかと単純に考える。
 トラピスト修道院に着く。
 車を降りていきなり杉林の中の急登する。
 ここも急な斜面
 いきなり汗をかいてしまう。
 一般登山道に出て、後はコースを淡々と登る。
 天気は良く、気温も10度くらいなので暑い。
 すっかり春山になったんだと感じさせる。
 途中で上から女性の単独登山者が下りて来た。
 挨拶をしてさらに頂上を目指す。
 やがて到着。
 丸山頂上
 昼食は北側の尾根で頂く。
 丸山北側にて

 私も一枚
 ここが一番風が当たらなかった。
 昼食後南西ルートを下る。
 雪が多い筈の今年だがm作年とほぼ同じ日なのに雪は無かった。
 作年はスノーシューで登ったのに。
 滑り落ちるように急斜面を下る。
 急な斜面を下る
 かなり下った所にギョウジャニンニクはあった。
 早速採り始める。
 何しろ急なので、採っている間でもずり落ちる。
 ずり落ちながら採る
 30分も採ったであろうか、ほぼ採りつくしたので引き上げる。
 本当にここだけにしか無い。
 集中して1個所に育っている。
 満足して引き上げるのだが、急な斜面を今度は登らなくてはならない。
 来る時より背中は重くなっている。
 途中にこんな木がある
 ゆっくり時間を掛けて登り切る。
 今年一番の急な斜面だとか、隅田盛の方が急だったとか・・何れにしても急だ。
 再び丸山山頂に立ち、後は下山するのみだ。
 再び山頂へ
 途中から展望台コースに入る。
 ベンチに座って眺める函館山、眼下にはトラピスト修道院と良い景色が広がる。
 展望台依りの函館山

 トラピスト修道院
 トラピストの売店で何時もの通り、格安のはね品クッキーを買って帰る。
 これが丸山ギョウジャ
 キョジャニンイクは他にも沢山撮れる所が沢山あるのだが、ここ丸山のがどうしても良いので、苦労しても来たいそうだ。
 次回は函館山旧三十三観音参拝コース踏破をする。
 安政4年に出来た12kmの参拝ルートを通しで歩くが、どんな事になるのか楽しみだ。
4月21日(日)ぶんぽ研総会
 年に1度のぶんぽ研総会に出席する。
 天気も良いのでママチャリで出発。
 まずは北斗市郷土資料館に行く。
 いつものように子供たちが沢山来ている。
 ここは休日や放課後の子供のたまり場だ。
 本も有るし、昔の遊び道具はあるし冬は暖かい。
 学芸員の佐々木さんと打ち合わせ。
 来月25日に行われる「ふるさと講座・・二股口台場山バスツアー」の打ち合わせをする。
 地元の人も意外と知らない箱館戦争の遺構を知って貰おうと言う企画だ。
 直ぐ近い塹壕は行った方もいるが、山の上の方の塹壕は殆どの人が行った事は無いだろう。
 バスは北斗市が出してくれる。
 募集定員は25名程度。
 現地に行く時の解説は佐々木さんが行って、途中から箱館戦争関係の解説は私がする事になった。
 前日にはロープ張りなどをしなくてはならない。

 その後、ぶんぽ研総会に行く。
 会長の挨拶
 会長挨拶から始まり、予定議題に沿って問題無く進行する。
 今年は約12名が参加、他に社会教育長が来賓、報道は函館新聞が来た。
 今年の事業も昨年と同じで目新しい内容は無かった。
 終了後は懇親会がある。

 ようやく出来つつある「函館山旧三十三観音参拝」のチエック用資料を持って行ったら、年配の会員の中に歩いた事のある方がいた。
 仮の表紙
 彼は以前ロープウェイの下の方に住んでいたそうだ。
 早速昨日歩いた、船魂神社の裏の道を聞いたら、やはりそこが参拝道だった。
 フェンスがあって行けなかった場所は、昔は行けたそうだ。
 この辺りは自分の思った通りだった。
 他の道も聞きたかったので、一緒に函館山に行きませんかと誘ったが、もう歩けないなと言う。
 資料が完成したら、まずは彼に中味を見て貰おう。
 何しろ歩いたのはかなり前の事なので、記憶が蘇ってくれれば良い。
 
 他に旧上磯地区の郷土歴史家落合氏の話しで、函館市役所付近の床屋さんで、やはり旧三十三観音を調べている人がいる事が判明した。
 後日、氏名をFAXしてくれる事になった。
 やはり動くと徐々に情報が集まってくる。
4月20日(土)函館山へ
 画家旅人まみさんが今日函館を発つので見送りに行く。
 まずは宿泊しているFさんのお宅に伺う。
 彼女は昨年北海道で自転車のタイヤをカッターナイフで切られる事態が発生。
 それでもまだ使えるので持ち歩いていた。
 先月、東京に行った時に新品のタイヤを貰った。
 私のMTBに付けようと思ったら、700cのタイヤで合わなかった。
 彼女はランドナーなので合う事からプレゼントした。
 お土産を買って行くと言う彼女を西波止場まで車で送って行く。

 その後、函館山に行く。
 今日のログ
 1つは愛宕社の有った所から薬師山に登る昔のコースが有る筈なので調査をする。
 このコースは古図に書かれている。

 愛宕社は愛宕グラウンドになり、今はもう使われていない。
 グランドの中は木が植えられ、グランドとしては使われていない。
 道を探し歩いたら、奥にはっきり道の跡があった。
 道はあった・・
 そこを登って行くと、要塞の遺構などがあり、この道は軍道かもしれない。
 四角柱はコンクリート
 一度上の車道まで出て、車道から見ながら歩いていたら、ガードレ―ルの下に道が有り、山側を見たら上にも道らしい掘れた跡がある。
 同時には行けないので、下り方向に行く。
 はっきりと道が続いていた。
 道が有った

 この辺りが医王社なのか

 この辺りははっきり道だ
 下ったら愛宕グラウンドに出た。
 多分この道だろう。
 薬師山には薬師堂があって、目の病気に効くと言う事で多くの人が参拝した。
 途中には医王社があり、鳥居も10個所位あり、その中を歩いて薬師堂まで行った。
 山の斜面には平坦な広い場所があり、これが医王社のあった場所なのかと思わせる。
 今回は下に下ったので、次回は薬師山の山頂まで行って見よう。

 下に降りて、今度は旧三十三観音の最後の部分のコース確認。
 古図では船魂神社の上に道が付いている。

 そこでまず神社に行く。
 北海道最古の船魂神社
 この神社は北海道で最古の神社だった。
 義経伝説があり、「文治の末(1190)義経が津軽より蝦夷に渡って来る時に、逆波が起こり、船が沈もうとした時、船魂明神の軌跡があって、無事着いたと言う話しだ」

 神社の裏側に道が無いかと探すが、裏には行けない。
 そこで他の場所から裏側に出たら、道がしっかり残っていた。



 この道も途中で消えるが、これは西高等学校のグランドが出来たためだ。
 先日反対側の道を調べたら、フェンスに突き当たって行けなかったが、今回の道のが丁度ぴったりの位置に来る事が分かった。
 これで多分OKだろう。
 今回で旧三十三観音の全コースがほぼ特定できた。
 後は纏めるだけだ。




4月19日(金)旅から帰る
 長万部の駅傍の駐車場で目を覚ます。
 まだ3時だが9時には寝ているので睡眠は十分だ。
 今日はどうしょうかな?
 天気予報を見たら、昼から雨で、夕方からは雪のマークが出ている。
 これじゃ楽しそうでは無い。
 家に戻る事にする。
 距離にして80km程度だ。
 国道5号線は勿論この時間は空いている。
 長距離トラックの後をのんびり付いて行く。
 森を過ぎたら朝日が出て来た。
 少し外れて写真を撮る。
 森近くの追分で
 再び走りだすが大沼公園付近は雪で真っ白だ。
 幸い国道は雪やアイスバーンにはなって居なかった。
 横道に入って駒ケ岳の写真を撮ろうとしたら、道はアイスバーンだった。
 のろのろ走り適当な所で車を止め朝食を撮る。
 コーヒーも飲んでゆったりする。
 再び国道に出て北斗市に着いた。
 ここで鶉山道を見に行く。
 鶉山道
 冬の間雪の下で見えていなかった道を確認したかった。
 その場所に行ったら道が予想通りはっきり付いていた。
 その後家に帰宅。
 後片付けをしていたら、電話が来て昨年泊まった旅人のMaさんが来ているとの事だった。
 昨年Fさんが五稜郭公園にいた彼女をGHに紹介してくれた。
 今回はそのFさんの家にお世話になっている。
 函館で開催される、飲み歩きイベントの「バル街」に参加するそうだ。
 早速会いに行く。
 元気そうだった。
 まだ日本一周の途中で、今冬は安比スキー場でバイトをしていたそうだ。
 久しぶりの再会に話しも弾む。
 彼女は絵を描いたり、紙芝居を書いて子供たちに見せたりと、絵に関する幅広い活動をしながら旅をしている。
 利尻に行った時には、利尻岳の登山口のキャンプ場のトイレの使い方の注意書きも彼女が作成した。
 他に将軍杉の絵を書いて入選するなど、旅をしながら良い活動をしている。
 前回彼女が来た時に話しをして、「昔の人は俯瞰図の絵が多いよね」と話した事がある。
 それを彼女も覚えていてくれて、今度、俯瞰図で書いた紙芝居を作るそうだ。
 彼女の作品
 そこにFさんの親戚の山ガール??Kuさんも来た。
 昨年は彼女と一緒に恵山に登ったのだ。
 しばらく話をした後、皆で函館山に行こうとなった。
 宮の森コース
 Fさんの旦那さんも行く事になり総勢5人で出発。
 宮の森コースを歩いて、碧血碑、函館八幡宮、函舘公園と廻る。
 彼女も花の写真を撮っていた。
 きっと絵の題材になるんだろうな。
 花撮影に熱心

 エゾエンゴサク

 ネコノメソウ

 コジマエンレイソウ

 キクザキイチゲ

 キクザキイチゲ
 花も咲きだして春を一段と感じさせる。
 6月の末には再び自転車で安比から函館に来るのでまた会えそうだ。
4月18日(木)有珠山登山
 朝、伊達善光寺に行く。
 ここは北海道三官寺で他に厚岸と様似に二寺がある。
 藁ぶき屋根のお寺は今どきそうは無い。
 歴史を感じさせるお寺だ。
 創建200年となっているが、実際は800年代に創建されたとも言われている。
 お寺の境内は早朝と言う事もあり、静粛さに包まれていた。
 寺の裏の方まで歩いて行く。
 巨木が沢山ある。
 岩の上に成長している木が多い。
 有名な石割桜もあるそうで花見の時期も来て見たいものだ。
 
 有珠山登山に向かう。
 有珠山は何年振りなのか、忘れるくらい先の事だ。
 洞爺湖温泉側で今回登るコースは違う。
 林道を車で登って行けばゲートが出て来る。
 ここで車はストップ。 
 雪が全く無いので歩きは快調だ。心拍を大いに上げて登る。
 3km歩いて着いた所が展望広場。
 有珠の山々が正面に堂々とそびえ立つ。
 噴火口




 ここから雪の少し残る外輪をぐるっと周り一度下に下る。
 ここから階段がある。
 立派な作りの階段だが269段もある。
 269階段
 四国のこんぴらさんの1300階段以来だ。
 息を切らせながら一気に登る。
 展望台には誰もいなかった。
 昭和深山
 展望をゆっくり楽しんでから下る。
 下りはふきのとうが出たばかりなので、丁度良いのがあったので取りながら下る。
 林の中に入れば熊さんの糞があったりする。
 もう目覚めてうろついているのだろうか?
 ふきのとう
 車で下り、今度は国道37号線が出来る前の旧山道の調査に行く。
 明治28年に作られた国土地理院の地形図にある。
 道は直ぐに見つかった。
 現国道以前には車の通る道に改良されたので、道はしっかり付いていた。
 旧国道
 最後まで行くと戻るのが大変なので引き返す。
 今度は自転車持参で来よう。

 昼ごはんは何にするか?
 ジャガイモと玉ねぎが余っている。
 カレーしか無いだろう。
 レトルトライスがある。
 これも茹でると17分もかかる。
 そこで湯を沸かし、レトルトライスを入れ、さらにジャガイモと玉ねぎを入れる。
 まだあった。
 シーチキンがあったので入れる。
 ジャガイモのが柔くなった時点で火を止め、カレールーを入れる。
 これで完成。
 またカレーだ
 ご飯も粒がしっかりしてオーケーだ。
 これだと簡単なワンバーナークッキングだ。

 豊浦からの山道の出口側を調査。
 この辺りかなと思える場所におばあちゃんがいた。
 旧道を聞くには年配の方が頼りになる。
 しかしこの辺りには、豊浦から来る道は無いと言う。
 もう道は消滅したかな。
 話の中で息子さんが北電で、転勤している中で函館が気に入って家を建てたそうだ。
 私の娘の旦那も北電だよと言ったら、転勤が多くて大変だねと言っていた。
 おばあちゃんと別れて、今度は礼文華山道の礼文華側の道探し。
 以前礼文華山道は何度か歩いたが、礼文華側は旧旧山道ではなかった。
 昨年の全道山道サミットで資料が手に入った。
 それの確認に探したら見つける事が出来た。
 如何にも難所と言われる山道だった。
 これで礼文華山道は全体が明確になった。
 今日は長万部駅の傍の駐車場で宿泊する。
4月17日(水)伊達に移動
 朝、道の駅「千歳サーモンパーク」で目が覚めた。
 雨だ。
 これなら山は無理だな。
 夕張や十勝は雪で雪タイヤ装着になった。
 娘夫婦や孫の住んでいる北見行きは無理だ。
 21日はぶんぽ研の総会もあることから、ゆっくりも出来ないので、南下する事にする。
 苫小牧市の3時間無料のメガドンキーの駐車場でカレーを作る。
 カレーを作った
 カップメンは少し飽きてきた。
 食事をしてにんびりコーヒーを飲んで、白老辺りに来たら雨が上がり、陽も出てきた。
 この辺りにも山はあるが、もう時間は午後3時なので山は諦める。
 道の駅「伊達」に到着。
 ずっとまったりしていた。
 ここはワンセグも入らない。
 ラジオでファイターズを聞いたが負け。
 ファイターズは今期危機的だ。
4月16日(火)友人の見舞に行く
 昨日はワンセグを見ていたが眠くなり、8時頃には寝てしまった。
 暖かくてぐっすり寝て、5時には目が覚めた。
 朝日が出そうだったので、急いで車を走らせ測量山に行く。
 室蘭は何度も来ているが、測量山は初めて登る。

 頂上付近は雪がうっすら積もっていた。
 放送局のアンテナが林立する頂上からは工場群が見える。
 これら工場群の夜景は室蘭の観光に生かされている。
 山を降りる途中からは白鳥大橋が眼下に見えて良い景色だ。
 車もまだあまり走っていない国道を千歳方向に向かう。
 昨日は風呂にも入っていなので、登別の無料温泉、フンベ温泉に行ったら、海岸の侵食が進んで立ち入り禁止になっていた。

 苫小牧から支笏湖に向かう。
 今日は紋別岳に登る。
 紋別岳は支笏湖の近くにある山で展望が良い事で知られる。
 登山口に着いたら真っ黒に日焼けした男性が一人いた。
 装備も良いものばかりなのでプロのガイドですか? と聞いたら。
 「ガイドでは食べて行けないよ」と言っていた。 
 夏道は車道があるのだが、まだ雪が相当積もってる。
 最初からスノーシューで歩く。
 少し進んだら先程の彼にあっという間に追いつかれ、抜いて行った。
 私はマイペースで景色を堪能しながら進む。
 雪はガードレールより高いので、2m近く積もっているのだろう。
 気温は8度なのに無風なので暑い。
 途中から車道を外れ尾根を直登する。
 そして頂上に着く。
 樽前山と風不死山

 恵庭岳


 先に登っていた男性と暫く話す。
 漁岳に登ろうと行ったが5台も車がいたので止めてこちらに来たそうだ。
 漁岳はこの時期人気らしい。
 下りは春のような暖かさの中、景色を楽しみながらのんびり下る。

 その後、元の会社の仲間のEさんが入院している札幌の病院に見舞に行く。
 面会制限と書いてあったので、看護士さんに言って入れて貰う。
 個室の病室に入ったら、お母さんが七飯町から来ていた。
 お母さんは今年の1月に旦那さんに先立たれ、まだ100日を迎えていな良時期なのに、自分の子供の看護もしなければならず大変だ。
 昨日は全く話が出来なかったそうだ。
 今日は良く話せるようで、スキーの話などを沢山した。
 彼は3歳の時からスキーをしていて、勿論指導員になっているし、アルペンレースで活躍した。 
 スキーに関しては知識も豊富で、とても私には太刀打ちできない。
 少し聞きとりにくいところもあったが、随分長い時間話した。
 帰り際、握手をして又来るねと病院を後にした。
 彼も一人で住んでいるお母さんが心配なようで、遊びに行ってと言われた。
 七飯町は私の家の近くなので、行ってお茶でも飲んで世間はなしでもしてこよう。
4月15日(月)急遽旅に出る
 急遽旅に出ることになった。
 山に登りながら北見まで行くと妻に言って出発。
 何時もならガソリン代を出してくれるのだが今回は支援なし。
 超貧乏旅になりそうだ。
 食料は貯めてあったカップメンやレトルトカレーがふんだんにある。
 賞味期限は結構切れてはいるが大丈夫だろう。
 今日の目標は旧礼文華峠に登る事だ。 
 礼文華トンネル手前の駐車場に車を置いて出発。
 広い尾根
 最初はつぼ足で歩いていたが、埋まるのでスノーシューに履き替えて出発する。
 事前にGPSにインプットしていたコースに沿って進む。
 尾根が続く

 まだまだ続く
 尾根道を行くのだが、尾根は幅も広くて斜度もあまりなく快調に登れる。 
 以前夏にこの辺りに来た事が有るのだが、笹が太くて長いので、歩くのは相当の苦労がいる感じだった。
 今日は丁度時期が良かった。
 笹はまだほんの一部しか出て居なく、殆どが雪の下で良かった。
 尾根をひたすら登る。
 頂上が見えて来た
 明治11年イギリス人女性イザベラバードがこの山道を歩いた時は、たった4人しかすれ違わなかった。
 当時は蝦夷3大難所と言われたところなのだ。
 厳しい故に景色は良く、彼女も絶賛した。
 その景色が見える筈である。
 高度が上がると噴火湾の景色が見えてくる。
 生憎霞んで居て森辺りまでは見えない。
 松浦武四郎もここを歩いていて、駒ケ岳が見えると書いている。
 でもこの程度だとどこにでもありそうだ。
 やがて頂上に到着。
 記念撮影

 頂上

 裏側の景色

 吸い込まれそうな景色
 裏側は断崖絶壁の場所だった。
 まるで谷底に吸い込まれそうな景色だ。
 これがバードの言う景色なのか。
 それとも厳しい道を歩いて来た事が、一層の感動を生んだのか?
 一般的に生活道路である道は、高所まで上がらずに出来るだけ、楽なコース選定になっている。
 この様な頂上に登る事は少ないので、バードもその景色に感激したのだろうか。
 下りは快調だ。一気に下る。
 噴火湾は少し霞んでいた
 その後、今日も宿泊場になる室蘭の「道の駅」まで走った。
 まだ車中泊は少ない。
 3台しか居なかった。
4月14日(日)天気が悪くて・・
 朝の内は快晴で昼間で持つかなと思っていた。
 それなら近場の函館山にでも行って調査をしようかと思っていた。
 妻からスーパーの特売があるので、手伝ってと言われスーパーへ行く。
 もう並んでいる。
 男性や子供が多いのは玉子獲得の人数稼ぎだ。
 そんな私もその1人なのだ。
 オープンと共に中にぞろぞろ入り、玉子1パック貰って私の仕事は終了だ。
 スーパーの中をうろうろ見て歩く。
 何か旅に良い物は無いかはいつもチエックする。
 そろそろ旅に出たいのだが天候も安定しないので、ぐずぐずしているのだ。
 荷物の準備は終わったが

 同級生の喫茶「モーリ」に行き、ワードに変換する原稿を貰う。
 天気が悪いのでお客さんは全く来ないそうだ。
 少し話しをしから、以前の会社で一緒だったFさんの家に行く。
 奥さんからの電話で大形のホッチキスがあるけどいらない?と言われ貰う事になった。
 厚い書類を綴じる時に苦労していたので有難い。
 大形ホッチキス
 話しの中で、昨年自転車で来て、GHに泊まった女性画家のHaさんが、まだ青森に滞在しているそうだ。
 今回函館で人気の飲み歩きイベントである函館のパル街に来るそうだ。
 チケットは結構売れていて、探すのに苦労したそうだ。
 家で旦那さんと話しをするが、気のおける人と話していると、ついつい長居をしてしまう。
 又来る事にして家に帰る。
 今日はのんびり出来た。
4月13日(土)寒い墓参り
 3月の彼岸は雪が多くて墓参りをパスした。
 雪が溶けた義母の命日に墓参りを行った。
 函館市の東の丘の上にある、第2新東山墓園はひっそりしていた。
 それにしても今日は寒い。
 冬に逆戻りの感がある。
 寒かった
 あまりの寒さに墓を洗うのも簡単にしてしまった。
 義理の妹夫婦もやって来て一緒にお参りして早々に帰る。

 北斗市郷土資料館から連絡があり、「北斗市故郷講座」の二股口台場ツアーが決まった。
 先月、北斗市の故郷講座で「二股口台場」を講演したが、その際も是非現地を実際に見て、強固な台場の凄さを実感して欲しいと言ったが、教育委員会の方も実現したいと言う感じだった。
 やはり地元の人には現地を見て欲しいと常々思っていたので良かった。
 北斗市のバスを使って5月25日にツアーを行う事になった。
 急斜面もあるので、ロープ張りや多少の笹刈りは必要だろう。
 配布する資料も必要になる。
 地元の人が二股口台場を知って、その事を話せる事で、歴史が繋がって行く。
 観光客が来た時も説明が出来るだろう。
 二股口台場だけでは無く、天狗岳辺りからの戦いの様子をストリーに沿って解説して、最後はハイライトの二股口台場を見学行おう。
 学研の「新・歴史群像シリーズ」・・土方歳三・・にも、案内した作家横田淳氏により紹介された。

4月12日(金)大忙し?
 今日は朝から車のエアロパーツの取り付けを行う。
 まずは車体の受けの部分の丸穴に凹のプラスチックを埋め込む。
 穴が見える

 これが1個450.円する
 これは簡単に入れれた。
 次にエアロパーツ側に凸のピンを取りつける。
 ピンを取りつけ
 後は合体させればOKだ。
 ピンの無い部分は接着になるが、ここはグル―ガンで接着した。
 完成した

 高校の同級生の経営する喫茶「モーリ」に行って、50周年記念誌の原稿を貰って来る。
 またワード化しなければならない。
 我々の時代の人は意外とパソコンを使わないので原稿がみな廻って来る。
 帰りにメガドンキーに寄る。
 クロックスのサンダルが1000円とのチラシが入ったので行ってみたが、もう既に無かった。
 ついでに店内を回ったら、外部スピーカーが売っていた。
 有線の物は1980円と安い。
 ワイヤレスもあったがこれは6000円位する。
 音を聞いて見たら意外とウーハーが良い音を出していた。
 出力は4Wとまあまあある。
 気に入ったのは電源がUSBで取れる。
 車でスマホに入れた音楽を聞いているが、今付いているカーコンポは外部入力が無いのでラジオには繋げない。
 スマホの出力で我慢していたが、やはり物足りない。
 コンポを買うのも大変なのでどうするか迷っていた。
 これならスマホも繋げるし、USB電源なので、スマホの予備電地を繋げば車外でもスピーカーから音楽やテレビの音声が聞ける。
 良い音が出た

 仮配線で取り付け
 スマホは万能にどんどん近づく。
 今やパソコンより有効に活用出来ている。
 カメラ、音楽プレーヤー、カーナビ、磁石、ストップウオッチ、高輝度照明、ピアノ、地形図、山旅ロガ―、世界各地のラジオ、テレビ、乗換案内、郵便局案内、youtubeなどなど。
 旅に出る時はスマホ一つで全て間に合いそうだ。

 愛犬ももの外の小屋を作ったが、柵を付けてくれとの要求。
 余っていたアルミの柵を付けたら、固定で無く一方は開くようにしてくれと言う。
 パーツは何も無いし、どうするか考えた挙句、古いドライバーがあった。
 これを使って開け閉め出来る柵が出来た。
 余っていた柵を利用
 
 跳ねあがる
 こんな具合に跳ねあげて、ドライバーをストッパーにした。
 これで掃除はOKだろう。
 早速ももがここに入っていた。
4月11日(木)マスターズ桔梗総会
 現在住んでいる桔梗町内会のサークルにマスターズ桔梗というのがある。
 ここの町内会は活動が活発で、囲碁、将棋、カラオケ、ダンス、ヨガ、玉入れなどある。
 他にパークゴルフ部がある。
 私もこのパークゴルフ部に妻と一緒に入る事になった。
 その総会が今日行われた。
 総勢43名の会員が居る。
 年会費は2000円と安い。
 みなさんなかなか元気な集団だ。
 5月から始まり月2回平日にプレーが行われる。
 町内での親睦も大事だろう。

 午後から愛犬モモの小屋作り。
 今はサンルームにいるのだが、これから暑くなるので涼しい外で過ごせるようにする。
 何せ毛が多いので夏は暑くて大変なのだ。
 もう17歳と高齢だし、今年の夏を乗り切れるかが心配だ。
 屋根を付けて直射日光の当たらない様にした。
 横は風が通り易いようにオープンにした。
 ももの日よけスペース

 余った時間に車の室内掃除をする。
 ごみの運搬を相当行ったのですっかり散らばっている。
 30分程度やったらすっかり綺麗になった。

 今、函館工業高校電気科卒業50年の記念誌を作っている。
 各人の50年の思い出をつづった原稿をワードに変換する作業をしている。
 キィを叩いていると、それぞれ本当に凄い人生があるものだ。
 A君は長女が小学校入学の日に交通事故で即死という悲惨な事があった。
 その後、奥さんも亡くして本当に大変な人生だった。
 T君は高校時代は華々しかった。
 バレー部に所属し国体優勝を達成した。
 この頃の函工バレー部もそうだが、ラグビー、ハンドボール、野球とみな全国大会に行ったものだ。
 S君は務めた会社に不満は無かったが、小学校の時の出来事が彼の人生を方向転換をさせた。
 樺太から引き揚げた彼ら家族は、大野町の観音山の近くにある、政府から指定された土地を借りた。
 住まいは馬小屋を借りて住んでいた。
 小学校に入る時は、教科書は全て先輩からのお下がり。
 でも馬小屋の持ち主が、24色のクレヨンを入学祝いにくれた。
 当時は12色が一般的で24色はあまりなかった。
 彼はそれで絵を描き続け、小学校4,5,6年で全国レベルでの賞やユネスコの賞も貰った。
 会社に就職したが夢を忘れられずに、会社の先輩にあやまり、退社させて貰う。
 そして武蔵野美大に入る。
 西瓜半分で3〜4日過ごす生活。
 でも最後はJリーグ発足式展の舞台装飾、台湾、北京など海外にも行き、イタリアオペラの舞台セット修復などを手掛ける。
 小さい時の24色のクレヨンは彼の宝だった。
 そんなドラマがたくさん詰まった50年記念誌の発行に向けて皆が頑張っている。
 一方、病で不自由な同級生も数人いて胸が痛む。
 人生70年近くなれば色々ある。
4月10日(水)函館山調査
 良い天気になった。
 函館山に写真撮影と調査に出かける。
 まずは1番観音の撮影。
 1番と3番観音が天保3年に「移土」した当時の観音になる。
 この観音の横に書かれている、「大阪大津屋永徳新造・・」の文字が当時の観音を表わしている。
 観音も横から見れば舟型に作られている。
 風化して写真では見えない
 何度も見ている観音だが、色々調査をして見ると見る目も違ってくる。

 その後「蝦夷館山」に行く。
 昔はここにアイヌの館が有った場所として知られる。
 この山には多くの人が登っていた。
 旧函舘三十三観音コースもこの蝦夷館山に登っている様なのだ。
 新しく出て来た資料に、函舘八幡宮横から登る道がある。
 そこを探すのだ。

 蝦夷館山から急な斜面を下るが、ここは植林された杉が林立して、道は定かではない。
 そのまま下に降りる。
 花もそろそろ咲いてきて春を告げている。




 神社の境内の横に立派なケヤキがあった。
 樹齢191年の見事なケヤキだ。

 数本が植えられている。
 五稜郭や弁天台場の築造に功績のあった、松川重明という人が植えたそうだ。
 一度降りて、別な道を探す。
 それらしき道を登って行ったが、ここも植林した杉が林立し、ハッキリと道は無い。
 植林が多い
 そして平地に出た所に家があった。
 こんな所に・・・。
 御夫婦がいたので道を聞いてみる。
 ここには35年前から住んでいるそうだ。
 2階が六角に作られているのが珍しい。
 聞いたら道は一部残っているが、後はすっかり分からなくなったそうだ。
 その一部の道を教えて貰い行く。
 確かに道はあった。
 これが旧道

 ここ迄で終わっている
 でも言った通り、直ぐに道は無くなった。
 やはり道を探すのは無理なのかな。

 諦めて、3番観音の写真撮影に行く。
 写真を撮って車に戻る。
 3番観音

 旧家に戻って燃えるごみを捨てて来る。
 その後近所の整備工場に行き、頼んだ部品を取りに行く。
 プラスチックの簡単なパーツが10セットで5700円と高価だ。
 エアロパーツの下の部分が雪に当たり取れたので修理するのだが、パーツが足りなくなっていた。
 これで5700円だ
 まあ仕方が無いか。
 後は自分で取り付ける。
4月9日(火)隅田盛登山
 天気予報は曇り後雨になっている。
 風も強そうだ。
 でも早めに登れば、雨は下山時になるのでまあ良いだろうと出発。
 途中同行の3人を乗せて、国道5号線を走り、鹿部方向に向かう。
 途中から「留の湯温泉」方向に入り、林道を走る。
 少し行けばゲートがあり、ここで車はストップ。
 ここで車はストップ
 左手には明治4年に開削した本願寺道路の跡が残っている。
 その調査で何度もこの辺りは訪れている。
 早速スタートする。
 コース
 このコースは登山道もある筈なのだが、かなり遠回りの尾根を行くので、今回はまだ残雪もある事から、真っ直ぐ山頂を目指す事にした。
 スマホの「地図ロイド」に、机上で作成した予定コースを入れてある。
 後は「山旅ロガ―」を起動させれば、ナビゲーションしてくれる。
 細部は地形を判断して適当なコースを歩けば良い。
 緩い登りの林道をしばらく歩く。
 途中から左に曲がり、駒ケ岳噴火で流れた溶岩の沢を渡る。
 この沢沿いに登山道はある筈なのだが、溶岩防止のダムが大規模で作られ、登山道は消えてしまった。
 林道はまだ続いている。
  大きな足跡が出て来た。
 最初は人間だと思ったが、足跡の動きが人間的でない。
 目的のある人間の足跡なら、直線的に進んで行くのだが、あちこちにたむろした様な跡がある。
 これはどう考えても熊の足跡だ。
 でも溶けているので4〜5日は前なのだろう。
 途中から予定通り左の原生林の中に入り山頂に直登する。
 落葉松とその他の原生林が広大に広がる中を、木や枝を迂回しながら進む。
 こんな林を歩く
 斜度はそれ程厳しくは無い。
 かなりの範囲が落葉松なので、秋にはキノコが獲れるかもと早速秋の予定が入る。
 ここなら道も無いし誰も来ない場所だろう。
 ここの斜面はかなり長い。
 幾ら登っても同じ様な原生林が続く。
 それでも高度は上がって来て、七飯スキー場や遠くに恵山方面の山々が見えて来る。
 噴火湾も眼下に見える。
 砂原岳
 2時間半かかってようやく隅田盛の裾野の尾根に出た。
 ここからは急斜面を一気に直登する。
 最後の急斜面

 一歩一歩登る
 (背中に尻滑り用シートがしっかり結わえられている)
 もう少しだ
 左方向からの風も強くなってきた。
 おおよそ30分、同じ傾斜の真っ白な雪の斜面を登り切った。
 頂上付近は雪が無く、火山石が見えている。
 スノーシューを脱いで歩く
 砂原岳方面を見れば、溶岩の流れた跡が大きく口を開けている。
 途中でスノーシューを外して、頂上に向かう。
 そして45年ぶりに頂上に立った。
 他の3人は初めての登頂だった。
 三角点も見えていたし、全国に1200ヶ所ある電子基準点もここに設置されていた。
 三等三角点

 電子基準点

 山頂にて

 溶岩の流れた跡
 頂上から少し下った所で昼食を取る。
 ここは風が当らなくて良い場所だ。
 食事後下るが、尻滑りが待っている。
 尻滑り様ビニールプレートを持って来ている人もいる。
 でも斜度がきついので上部は無理だ。
 半分ほど下に降りてからそれぞれ尻滑り。
 私はレインウェアで滑ったがこれが丁度良いスピードだった。
 下るのは早い。
 一気に下った
 帰りのルートはコースを変えて下る。
 雰囲気は登りと全く同じで原生林や松の間を抜けて歩く。
 途中でまたもや尻滑り。
 木々の間を上手くコントロールしながら滑るが、時々は木の回りに開いた穴に落ちたりする。
 楽しかった!

 到着!
 長い林の中の道をGPSに入れて来たルートで下る。
 かなり下ったら思いがけなく林道があった。
 かなり立派に作られた道だ。
 ここからはふきのとうを採ったりしながら進む。
 あと5〜600m位の所で雨が落ちて来た。
 急ぐ・・
 何とかあまり濡れずに車に到着。
 荷物を入れている最中に大雨になった。
 グッとタイミングだ。
 約13kmを6時間少しで歩いた。
 天気が良ければ駒ケ岳も見えたのだが、駒ケ岳は雲の中だった。
 また今度来ようとなった。
4月8日(月)今日も天気が悪い
 昨日に引き続き強に雨がちらつく天気になった。
 雨が小降りになったので、今作っている資料に必要な写真を撮りに函館山に向かうが、途中で雨になった。
 急遽取り止めてゲストハウスの整理をして、扉や襖などと燃えないゴミを処理場に持って行った。
 ゲストハウスの物置も大分すっきりした。
 

 家に帰って来てびっしりパソコンに向かう。
 気温も寒くなり、ついついストーブを点けてしまう。
 早く暖かくなって欲しい。

 明日は隅田盛りに行くのだが、目的は尻滑り。
 ここに行ったのは20代で、それ以来行って居ない。
 アルバムを探したら写真が出て来た。
 昭和42年4月21日だった。
 この時は24歳でまだ若かった!
 懐かしい写真だ


 義理の妹が1位になっていた。
 駒ケ岳の端の方なので、今はあまり行く人は居ないのだろう。
 でも雨が随分降ったので、雪が溶けてしまったかも知れない。
4月7日(日)資料作成
 なかなか山に行けないでいた義理の妹を山に連れて行くと、随分前から約束していたが、折からの暴風雨で中止になってしまった。
 仕事が入ったり、天気が悪くなったりと何故か巡り合わせが悪く、なかなか行く事が出来ない。
 何処にも出かけられないので、午前中はパソコンに向かってひたすらキィを叩く。
 「函舘旧三十三観音」の執筆もお陰でかなり進んだ。
 そろそろ足りない写真の撮影に、一回りしなくてはならない。
 
 午後からはファイターズの試合を見る。
 今日も先発投手が不安定で、ストレスのたまる時間が長くなる。
 また今日も駄目かなと思った8回裏に、4番中田翔が逆転のホームラン。
 流石4番は凄いと思うのだが、ファイターズ全体では打てていないな・・・。
 本当に久しぶりにすっきりした。
 この後、先発陣は凄く不安。
 まだまだストレスのたまる試合が続きそうだ。
4月6日(土)タイヤ交換など
 今日は午後から天気が悪化するので、その前に車のタイヤ交換をする。
 もう毎年の事なので、のんびりやっても30分もあれば十分だ。
 いつもの光景 
 その後、「函館山三十三観音」の資料を作成していたら、大野資料館の電話で、Sさんと言う方が、私の書いた「二股口台場」の本が欲しいと言うので、家に来る事になった。
 すでに全て無くなっていたと思ったが、1冊だけ残っていた。
 やって来たのは「箱館土方組」という、土方歳三専門ボランティアガイドだった。
 代表を務めているいるSさんと話しをする。
 昔は大町付近に住んでいたそうだ。
 大町と言えば土方歳三が良く立ち寄った丁サがある所だ。
 5年前にSさんの枕元に土方歳三が現れたそうで、それからボランティアガイドを思い立ったそうだ。
 まだ代表1人で運営しているそうだ。
 さすがに土方歳三の事は詳しかった。
 Sさんに会った時に直ぐに思い出した。
 先月行われた「函舘観光ガイドネットワーク」総会に来ていて、函館博物館館長の原田さんに「今年は新選組結成150年になるが、何か特別展でもやるんですか」と質問した方だった。
 ここにも熱い人が居るんだなとその時は思っていたが、その人が来るとは・・・。
 鷲ノ木から鹿部も実際に歩いたそうだ。
 
 衣類の冬夏の入れ替えをした時に、長パンツの下の方に錆が付着していた。
 取れそうにないので、勿体ないから妻にハーフパンツにして貰った。
 登山用に使う積りだ。
 良い感じだ
 ハーフパンツはなかなか合うのが無い。
 ウエストで合わせれば、ハーフパンツと言うより7分パンツになってしまう。
 足の長さの問題なのだがいつも苦労している。
 お陰でぴったし合ったハーフパンツが出来た。
4月5日(金)毛無山方面で熊??
 天気も良さそうなので山に行く。
 妻が七飯町の病院に行くと言うので、送って行く方面の旧大野町の山に行こうと決める。
 車で家を出て間もなく病院到着と言う時に「携帯忘れた!」
 「普段そんなに使っていないのだから良いんでは?」と言ったが無言。
 家まで戻って携帯を取りに行く。
 病院に送った後、山に向かうが何処の山にするか決めていなかった。
 毛無山に至る旧道の調査か、鶉山道の調査かになる。
 毛無山入り口は以前は行った時には工事中で、重機が沢山あって入れなかった。
 それが今日は全くいなかった。
 工事が終わったのだろうか?
 作業小屋だけが残っていた。
 ではと毛無山方面の旧道を調査する事にした。
 今日のルート
 「松前藩番所跡、毛無山山道入り口」の看板から入る。
 看板はあるが・・
 何度も付近はうろついているのだが、はっきりした道は確認出来ていない。
 最初は如何にも山道と思わせる道なのだが、直ぐに平坦になると道がはっきりしない。
 真っ直ぐに尾根を進む。
 時々は道らしき跡が出て来るが続かない。
 いつの時代の道?
 幅広く見ながら進み、道が無くなれば林道に出たり、有りそうな所は山に入ったりと、しながら進む。
 植林用の道は沢山あるが、旧道は分からない。
 これは林道か?
 1.6km地点で右に下る道があった。
 ここが山麓を通る旧道なのか?
 幅は広くなっているが、手前山側のここに続く山道がある。
 後に林道として開削したのかも?
 この道が山麓を行く道なのか

 幅は広くなったが・・
 ここは又来る事にして更に登る。
 林道も終わり、コースをどちらに取るか?
 正面を直登して尾根に出るか、右手の斜面を登って尾根に出るしかなさそうだ。
 向かいに上川汲川を挟んだ656m峰が見える。
 斜面は雪崩が発生している。
 良い眺めだ

 急な斜面を登るのだが、正面突破は木が全く無い急斜面なので、雪崩そうなので右手の木のある斜面を登る。
 駒ケ岳や二股岳が見えて来る。
 駒ケ岳が見えた

 これは二股岳
 ここを登り切るとまた急な斜面が出て来る。
 546mのピークに至る尾根だ。
 登り切ると広い尾根が出て来る。
 尾根を進む
 さらに進み692mのピークに達する。
 ここから左に進んだら深い沢が出て来る。
 ここはどう考えても行けない。
 うろうろ探しながら、右手に尾根の下りがあり、山頂方面に続いているようだ。
 山頂へは急斜面を登れば行けそうだが・・。
 凄い雪崩の跡が数ヶ所ある。
 この斜面を登るの?
 今日は気温は高めで、もう既に雪は緩んでいる。
 何か危ないな。
 毛無山が見えた
 ここまで歩いて来て旧道は無さそうだった。
 先も旧道は無さそうな雰囲気だ。
 後少しなのだが戻る事にする。
 同じ道を戻り、林道で遅い食事をとる。
 下からスノーモービルの音が聞こえる。
 ここの林道ならスノーモービルは最高だろう。
 近づいてきて私の傍で止まった。
 「何か調査ですか?」
 何故分かるのだろう?
 そうか林道から山側に入ったり、出てきたりと足跡が複雑に付いているからだ。
 この辺りで熊が出たので、北斗市から依頼されて来たそうだ。
 しばらく話をした。
 ノースハンターさんはブログもやっているそうだ。
 兎に角感じの良い人だった。
 話しも爽やかだし、体格も良く格好が良かった。
 背中には忍者の様にライフルを背負っている。
 双眼鏡で熊を探しているその姿も格好が良かった。
 こんな男性と久しぶりにあった。
 今居る場所の下の沢に熊の穴が二つある事も教えてくれた。
 話しが弾み設計山の話しもした。
 先日金山の沢ルートを行ったが、その大野寄りに国道から入る道があり、設計山に続いているそうだ。
 しっかりした道が付いていると言っていた。
 これは知らなかった。
 今度行ってみなくては?。
 毛無山から設計山へ尾根の縦走路はスノーモービルで行けるそうだ。
 果たして旧道の跡はあるのだろうか。
 しばらく話して、ノースハンターさんはもっと廻って来ると行って林道を登って行った。
 下りも山側に入って道を探すが、はっきりした道の跡は確認できなかった。
 高い尾根を歩いていたらノースハンターさんが戻って来た。
 手を振ったら、彼も手を上げて下って行った。
 スタート地点に後、1km位の所にはっきりした旧道らしき道があった。

 ここだったのかと思うが先の方がまた明確でない。
 平坦地に出たら大きな足跡があった。
 私とは直角に交差すしている。
 沢の方に続いていて、そのまま沢に沿って下って行っている。
 人なら間違いなく歩かないコースだ。
 1日前くらいの足跡で、少し溶け気味だったが、これが探している熊なのか。
 スタート地点にゴールする。
 来る時有った建設現場の小屋がすっかり無くなっていた。
 先日の山登りはつぼ足で全く問題なかったので、今日はスノーシューを持って行かなかった。
 最初は良かったが少し歩いたら、雪が緩んで埋まるようになった。
 長時間雪に埋まりながら歩いたので疲れた。
 やはりスノーシューは持って歩くべきだった。
 今日は5時間45分歩いた。
 安政5年に江差の鈴鹿甚右衛門と麓長吉が作った山道は、ほぼ消滅したのか?
 松前藩の城を造る際、派遣された荒木某の子供が、この山道に付いて土木工事を知らない者が使った、全く酷い道だとの文書が残る。
 そんな道なので使われなかったのだろうか。
 箱館戦争は国道を挟んで反対側の道を使ったが、何故この難しい毛無山越えの道を作ったのだろうか。
 箱館戦争で旧幕府軍の二股口台場が強固で、新政府軍が迂回作戦でこの山道を通り、挟みうちにしようとしたが、余りにも厳しい道で、迂回作戦も出来なかったそうだ。
4月4日(木)ぶんぽ研例会
 定例のぶんぽ研例会に行く。
 今日は天気も良いのでママチャリで旧大野町まで走る。
 いきなり向かい風だった。
 しばらくのって居なかったので足に効く!
 普段山に登って居ても使う筋肉が違うって事なのか?
 予定通り例会を終えて、今日は見学会。
 旧大野庁舎の2階と3階を改装して、新しい郷土資料館を作るのでその説明だ。
 W課長から一通り話しを聞く。
 今年改装して来年には引っ越しが出来るのだ。
 一緒に見学に来ていた、ギャラリー「日の丘」の上田雅さんと話す。
 先日当別丸山登山の帰りに寄ったのだが、ラジオはかかっているが居なかった。
 ギャラリー「日の丘」オープン5周年記念特別企画として、5月4日から7月29日まで「釣りキチ三平」の展示をやるのだ。それも入場無料で・・。

 御夫婦は私の講演も良く来てくれて、イザベラバードの道を旅した時の紀行本も購入してくれた。
 その彼女が私の本を読んだ後、イザベラバードの道を旅したそうだ。
 ルートの一部の東京〜新潟迄を・・。
 その時に会津で見つけたのが地元の人が書いた、イザベラバードの会津滞在だけを書いた本を見つけ、購入して来たそうだ。
 もう読み終わったから見せてくれる事になった。
 私の旅の紀行文を読んで、実際に行ってくれた事が本当に嬉しかった。
 大内宿や金山町にも行ったそうだ。
 金山町では私と全く同じく、町の役場に行き色々聞いたら、案内までしてくれたと感激していた。
 兎に角バードの旅は楽しかったと言っていた。
 歴史を実際歩いた人の軌跡を辿る旅って本当に楽しい。
 多くの人に歴史旅をして貰いたい。
4月3日(水)衣替え
 めっきり暖かくなって夜明けも早くなった。
 太陽と共に起床する私にとっては、時間を沢山使えて良い季節だ。
 朝は4時に起床する。
 書きかけの函館旧33観音について、パソコンのキィを叩く。
 何か一つの物を完成するまで相当の時間と労力が居る。
 すでに25ページになったのだが、まだ1/5位しか進んで居ない。
 3時間作業して朝食を取る。
 夜早く寝るので好きな番組はVTRを取ってある。
 それを食後に見る。
 その後は家の周囲の鉄物を、売却に行く。
 自転車、梯子、トースト、鍋類など兎に角金属なら何でもOKだ。
 ついでに家電リサイクル商品の電子レンジも捨てる。
 直ぐ近くにあるクロダリサイクルに持って行く。
 鉄の重量を測ってから、指定の場所に行く。
 そして帰りに事務所に寄る。
 80kgの鉄くずがあり880円になった。
 家電リサイクル料315円を引いて565円払い戻しがあった。
 不用品を捨ててお金になる。
 市の処理場に持って行けばお金が取られる。
 民間は凄いな。
 最近不要家電品を廃棄する人が現れている。
 お年寄りは運べないので、業者に頼むと運送費は結構取られる。
 それを1個1000円程度の格安でやるので需要は多いそうだ。
 10回で10000万円は良い商売かも。
 纏めて運べば効率も良い。

 帰って冬物と夏物の衣類の入れ替えをする。
 あまり着ない物は思い切って捨ててしまう。
 ビニール袋で3つ捨てる。
 他にスキーのレースで取ったメダルも全て廃棄、MTBの大会で取ったメダルも廃棄。
 どんどん身軽になる。
 古い思い出にいつまでも浸らず次に向かおう。
 




4月2日(火)家のお仕事
 妻が病院に行くので送って行き、ついでに旧自宅の後片付けをする。
 自宅の燃えるごみは殆ど車に積みこんだので、残りの不要物は少なくなった。
 後は燃えないゴミがあるのだが、まだ貯めてから一度に捨てたい。
 これで252円だ
 まずは直ぐ近くの焼却場に持って行く。
 車1台で252円と安い。

 戻ってゲストハウスの整理をする。
 かなりの物が雑然と入っているので思い切り整理してしまう。
 ロードレーサー、20インチのホィール付きタイヤが8本、ロードレーサー用ホィール、ドアや障子が10枚ほど、スキーの靴は2足捨てよう。自転車のトレーニングマシンも捨てる。
 まだまだ有るが、妻から病院が終わったとメールが入る。
 迎えに行くが、それにしても病院は時間がかかる。
 3時間もかかってしまった。
 病院に通うほど無駄な時間は無い。
 もっと効率の良い診療が出来ないのかな。
 そんなに時間がかかって診察して貰っても、出る薬はいつも同じ。
 新聞報道で病院の薬を出す薬局が日本で2件あるそうだ。
 違法では無いそうだ。
 いつも同じ薬を飲み続ける人には有難い存在だ。
 薬剤師が10分で処方してくれるそうだ。
 今の病院の診療を見ていたら、そんな薬局が重宝されそうだ。

 市役所に行き戸籍謄本やら、諸々の書類を発行して貰うが、これも時間がかかる。
 ようやく終えて帰宅したらもう3時になっている。
 一日はあっという間に終わってしまう。

 ママチャリにサイドバグを付けてみた。
 これでどうだ
 自転車旅でGHに来る人は意外とママチャリが多い。
 何か普段の生活感覚で、飾らない旅が出来そうではないかと思ってしまう。
 私も旅はMTBでするのだが、ママチャリも良いなと感じ始めている。
 速度は遅いがのんびりとした旅が出来そうだ。
 友人から貰ったクラシックなサイドバッグを付けて見たら、何か感じが良いではないか。
 これで旅をやってみようかな。
 ママチャリは近所の方から貰った物で、新品同様のパナソニックの高級ママチャリなのだ。
 6段変速も付いているし、パーツもみな良い物が付いている。
 3万円位するママチャリなのだ。
 ハンドルだけは、引き手の力が入らないのでフラットバーに替えた。
 一段と春らしい季節になってきた。
 やはり旅心が湧いて来た。
4月1日(月)超展望の低山
 北斗市の近郊にある三等三角点名「江差通」に行く。
 今日のコース
 先日行った旧道探しの後に、時間があったので登山したが展望が凄く良かった事から、3人を案内して行く事になった。
 国道227号線大野国道から、きじひき高原に向かう車道に入るが、まだ雪で通行止めなので、その入り口に駐車して出発。
 スノーシューかかんじきは持参するが、つぼ足で歩ける筈だ。
 最初の登り
 少しの林道を登ってから、小高い最初のピークまで直登する。
 さらに林の中を歩くが、まだ冬で葉も無く歩きやすい。
 一度ピークに上がって、再び尾根道を登る。
 再び林に入る
 再び杉の植林地帯に入る。
 この辺りの杉は枝払いの手入れは全くしていないがそれでも成長するのだろうか。
 雪は昨日数センチ積もったようだが、つぼ足でも全く埋まる事無く順調に登る。
 やがて北電の高圧線の鉄塔に出て来る。
 この辺りになると函館山もはるか遠くに見えて来る。
 最初に現れる大きなピークは三等三角点「江差通」になる。
 434ピークの斜面を登る

 後少しで頂上だ

 二股岳

 三角山(大野側、鶉側の2つ)

 434Mピークで

 私も
 頂上は全く木が無く展望は360度見渡せる。
 どうやらここは牧場の様だ。
 天気は快晴の予定だったが、曇ったり晴れたりの天気。
 それでも大パノラマに感動する。
 一番圧倒するのは真向かいにある、毛無山系だ。
 この地点より少し高い位置にあるので、覆いかぶさって圧倒するように迫って来る。
 上から見下ろすより遥かに迫力がある。
 まだ時間もあるので更に上を目指す。
 上の林を目指す

 広々斜面
 ここに行くにも牧場の中なので、真っ白な大斜面を登って行くのは凄く気持ちが良い。
 512mのピークに到達。
 ここも勿論展望は最高だ。
 毛無山を見る
 昼食を取りたいが強風なので鞍部まで下る。
 大斜面はやはり尻滑りをしたくなる。
 でも前日降った雪が抵抗になってなかなか滑らない。
 そんな中Nさんはかなりの距離を滑った。
 上手く滑る

 尻滑りの跡
 何か秘訣があるのだろうか。
 毛無山を見る
 風の無い所で昼食。
 私はコンロを持って行ったので湯を沸かしカップ麺。
 寒い時には体があたたまり良い。
 自分だけのんびりやっていたが、皆は早くも食事が終わってる。
 山岳会の行事などでは、のんびりする事も無いので、食事もあっという間に終わる様だ。
 食後の暖かいお茶も飲んで食事を終える。
 帰り道は机上でルートを決めて「地図ロイド」に落したコースを行く。
 あくまでも机上での計画で、実際は歩いてみなければ分からない。
 予定のコース外れて下ろうとしたが、やはり行くのは困難で予定したコースに戻る。
 戻って予定のコースに入ったら、どうやら牧場用の道があるようだ。
 そこをしばらく進む。
 相変わらず景色は良くて、のんびりムードで歩く。
 再び予定コースを外れて左にコースを取る。
 またまた尻滑り
 尻滑りをして出たところが杉林。
 左手側の少し急な杉林の斜面を下るが直ぐに戻る。
 先が大きく沢に落ちているようなので行けそうにない。
 戻って私が一人で他の尾根を探すと、下までなだらかな杉林の斜面があった。
 もう緑が生き生きとしている。

 ここを下る。

 途中で営巣が落ちていた。
 凄く暖かそうな作りに感動。
 下まで降りたら北電の高圧線用の鉄塔が出て来た。

 ここから下りても良いのだが、このまま山裾を車の置いた方向に進もうとなる。
 山裾をのんびり歩くが、初めてのコースはやはり楽しい。
 小高い丘に杉の木のある場所があった。
 これは絵になる。
 絵になる木
 途中に沢があったが浅い沢だったので越えて行く。
 沢越え
 そして最初に入った時の、産業物廃棄場の車道に出る。
 廃棄場方向からお母さんが歩いて来た。
 30年この近くに住んでいると言う。
 早速道の事を聞く。
 鶉山道の事を聞いたら、この辺りは細い道が多数あるそうだ。
 恐らく急斜面なので、それぞれが選んで歩いた狭い道しかないようだ。
 東本願寺の開削した道は何処なのか。
 地図の位置を現地で見ても、道がはっきりしないのでなかなか道の確定が出来ないでいる。
 お母さんは高圧線の保線道を歩いて山菜採りをするようだ。
 熊には一度も会っていないそうだ。
 今日は5.8kmで4時間弱の登山だった。
 歩いている間、いつも周囲の山々が見れて、十分に楽しめる山だった。
 低山でもこんな良い山がある事を知って良かった。
 HP TOP