8月31日(土)悪天候だ
 天気が悪い。
 朝から雨が降っていたが、午後からは風も吹いて何処にも出られない。
 隣の旅人も日記整理や今後の予定ルートの「選定をしていた。

 大曲の花火大会に行った時の荷物整理をする。
 サイドバッグを見たら随分痛んでいる。
 日本一周から9年も使っているのだから仕方が無いが、内側の防水シートがすっかり取れていた。
 荷物入れる時、ぐちゃぐちゃになったシートが邪魔で荷物が入れにくい。
 そこで修理をする。
 中の防水カバーが全て破損

 グル―ガンで接着した

 一応は完成したが・・
 剥がれた内側の防水シートをグル―ガンで接着させて、何とか完成した。
 外側の痛みは針と皮製品を縫う丈夫な糸で補修した。

 最近のバッグは完全防水の物が出ているが、16000円と高価でなかなか手に入れる事は出来ない。
 オルトリーブ防水バッグ
 まだまだ辛抱して使わなくてはならない。
 別に防水バッグでなくとも、ビニールに入れて収納すればOKだ。
8月30日(金)旅人停滞
 午前中は旅のブログをHPに転機する作業をしていた。
 旅でのブログ発信は誤字が多い。
 疲れて居眠りしながらキィを叩いているのでついつい間違う。
 普段でも誤字脱字が多いのに、さらに拍車をかけている。

 京都から来ている旅人森さんは、大間に渡る予定だったが天候が悪く停滞している。
 台風の接近もありまだ立てそうにない。
 午後からずっと話をして、ついつい夕方になってしまった。
 森のいかめしのTシャツ
 彼の持ち物で良いものがあった。
 私は旅に出た時にブログ発信をしているのだが、写真を掲載するのにスマホで撮って乗せている。
 しかし使い勝手は断然デジカメの方が良い。
 写真をデジカメを主に撮っているが、ブログ用の写真はスマホでも撮っているのだ。
 スマホは電池節約で電源を落としている事もあって立ちあげに時間がかかる。
 森さんの持っていたのは、Wifiでデジカメの画像をスマホに転送できる機器で、MAXELLのAirStasshだ。。
 転送したい画像や動画を選んで簡単にスマホに転送できる。
 その写真をブログ用に使えば良い。
 使い勝手の良いデジカメでブログ用の写真を撮れるので便利だ。
 Air Stash

8月29日(木)家を見に行く
 久しぶりの自分の布団は快適で、ぐっすり眠れ快適な目覚めだった。
 布団の有難さが身にしみる。
 電話が入り自転車の旅人1名がやって来る事になった。
 その前に家を見に行こうとなった。
 娘から時々見に行って写真を撮ってと言われていた。
 スーパーで差し入れの飲み物を購入し現場に行く。
 丁度10時の休憩時間だった。
 家の基礎コンクリートが打たれていた。
 高い基礎コンクリートだ

 赤の囲いがマイルーム
 随分と立派な土台だなと感心する。
 現在の我が家の倍は高い感じだ。
 ゲストハウスなどは自然石を置いた土台だ。
 それでも地震でびくともしないのが面白い。
 
 帰りに隣のEさん宅に顔を出す。
 元気そうで、畑に植えているトマト、ピーマン、ササギなどを袋に一杯頂いた。

 昼過ぎに旅人がやって来た。
 静岡から出発したMさんで、元エンジニアで私と同じ様な仕事だった。
 会社を辞めて日本一周に旅立った。
 仕事が余りにも忙しすぎて、ただ家に帰って寝るだけの状態で、これで良いのかと思ったそうだ。
 今回は自分の進む道を考える旅だそうだ。
 日本一周を終えたら大学院に行って、今度は自分の行く道の勉強を、しっかりしようと思っているそうだ。
 久しぶりに長い時間話しをした。
 人生色々ある。
 仕事を辞めて自分を見つめ直すのも勇気がいるだろう。
 仕事の無い人もいる。
 自分の希望とは違う道に進まなくてはならない人もいる。
 それぞれが年を取ってから、良い人生だったと思えるのが最高なのだが。
8月28日(木)函館に帰る
 道の駅「十和田」の多目的広場でテントを張った。
 芝生が綺麗だったので思わず張ってしまった。
 夜中に凄い音がして雨がテントにバラバラと落ちてきた。
 床に置いていたスマホやラジオ等を高い所に避難させる。
 こんな事ならすぐ近くに屋根付きの場所があったのにと悔やまれる。
 6時にはスタートしたが矢張り秋の空気だ。
 ウィンドブレーカーを着て走る。

 天気は快晴になったが、気温は24度と走りやすい。
 浅虫で足湯に入る。
 昨年のネブタの時に来た時は超満員だったのが、今日は誰1人居ない。
 込み合って作るのも大変だった温泉卵を作る場所も誰も居ない。
 浅虫足湯
 看板には「混浴足湯」と書いてあるが…。
 足湯で混浴してもね・・。
 ここからは何度も通っている道で特に見る所も無く淡々と走る。
 青森市内に入った。
 ネブタで跳ねて青春を取り戻した通りはまるで静かで、ひっそりしている。
 スーパーユニバースに入る。・
 旅最後の食事は豪華にという事でにぎり寿司にする。
 ノンアルコールのフリーも購入。
 これでお礼は無くなり、小銭のみとなった。
 あっと言う間の10日間だった。
 多くの良い出合、楽しい事、苦しい事と色々あったが、やっぱり旅は良いな。
 夜にはひやっとした北海道の空気に触れ、家路を急いだ。
8月27日(水)浪打峠越え
 道の駅「石神の丘」での朝食はオンタさんに習ったタイカレーにした。
 缶詰缶のカレーで作る簡単料理だ。

 タイカレー
 6時30分にはスタートする。
 少し走って気が付いたが、フロントのタイヤの空気が少ない。
 走りが重いので修理をすることにした。
 パンクだ

 水でチエック
 ビールに水を入れてチェツクするが漏れがない。

 おかしいな?
 良く考えて見たら、家にあった時に空気が抜けていた。
 多分1年も放置していたので自然に抜けてしまったのだと判断して、空気だけを入れて出て来たのだ。
 それが3日したらかなり抜けてしまったのだ。
 どうりで昨日の夕方は走りが重かった。
 登り坂かなと思って濃いで来たが、タイヤの空気が抜けていたとは。
 空気のみを入れてスタートする。
 走りは軽くなった。
 長い登りを汗だくで登っていたら、パトカーが抜いて坂の上でハザードランプを点けて止つた。
 パトカーだ
 嫌な予感がする。
 でも何も悪い事はしていない筈だ。
 パトカーに近ずいたら助手席からお巡りさんが降りて来た。
 やっぱり私だ。
 「自転車に乗ったおじさんを見なかった?」
 「私もおじさんですが」
 「前カゴに犬を入れている。」
 「見なかったです。」
 そんな話の後「坂の途中で止めてごめんなさい」と去って行った。
 その後も登りが続く。
 何とかクリヤーしたが、この峠は国道4号線の最高地点だった。

 458mの最高地点
 岩手県で最大の古民家と言うのがあり見る。
 古民家朴家
 確かに大きいが痛んで中も雑然と物が置かれあまり印象は良くなかつた。
 津軽の楠美家の方が素晴らしい。

 その古民家に「奥州街道」のパンフレットがあった。
 これがほしかつたので一戸町の交番に行った。
 そうしたら中から先程のお巡りさんが出て来た。
 訳を話したら教育委員会に電話して、どこに置いてあるか調べる様言ってくれた。
 近くのコミュニテイセンターにある事が分った。
 まだ開いていなかったので、休んでから行ったら先程のお巡りさんが中からパンフレットを持って出て来た。
 すごく親切で感激してしまった。
 警察には良い印象を持って居なかったが、少し見直した。
 パンフレットに書いてある浪打峠に行く。
 今計画している渋江長伯の旅もここを通るので事前調査だ。
 気温は29度あるので汗がしたたり落ちる。
 ぶよにも刺されながら峠の上に到着した。
 この峠の岩が特徴的で「末の松山」と呼ばれ、句の題材にもなっていた。
 ここに仕事で来ていた東北電力の4人としばらく話す。

 この後は突然の雨に降られたりしたが、雨宿りしながら道の駅「十和田」に着いた。
 場所は良かったが
 駅の裏には多目的広場があり、芝生でイス、テーブルもあり、キャンプには良い環境だ。
8月26日(火)岩手町着
 今日は9時に六郷を出た。
 出発だ
 朝早くからKATOさんがおにぎりと漬物、KOBAさんからもおにぎりと漬物の差し入れを頂いた。
 本当に気を使って貰っていて申し訳ない。
 六郷を出て「おらほロード」を走って行くと、サイクリングロードがあった。
 今まで何度も通った道だが気が付かなかった。
 途中に景色の良い沼があったりするのは新鮮だ。
 こんな綺麗なb所が
 でもこのサイクリングロードが、車道と交差するところにガードのパイプがあるのだが、サイドバッグのついた自転車は通れない。
 自転車本隊がようやく通れる幅しかない。
 何でこんなに狭くするのだろう??

 道はずっと下りで快適だった。
 田沢湖芸術の村に寄る。
 ここにわらび座がある。
 わらび座
 この辺鄙な場所にして60年の歴史があるのだ。
 今日はミュージカル「小野小町」をやっていた。
 見たいのもやまやまだが、3000円オーバーの出費も痛いし、時間も址時間くらいあった。
 道はいよいよ登りになる。
 仙岩峠越えになる。
 途中に峠の茶屋があったので、もう登りは終わりと思ったが、まだまだ登りが続く。
 登りはきつくはなかったが、幅の狭い歩道のないトンネルが7つ位あって嫌になった。
 一番長いので2.5kmもあった。
 ピーク着いたら後は下るだけだ。
 少し下った所で前から来たタンデムバイクの後ろに乗っていた女性が手を上げたので返す。
 今回の旅では初めての事だ。
 北海道ではよく見る光景なのだが・・・。
 下って雫石の道の駅でひと休みする。
 盛岡に入る頃は暗くなった。
 暗い道をひたすら走り続け、岩手町の道の駅「石神の丘」にテントを張った。
 道の駅で野宿
 若いお兄さんがコンクリートの上でパフォーマンスをしていた。
 ぐるぐる回るもので、頭でも回っていた。
 痛くないのかな?
 でもかなり上手でびっくり。
 良くテレビでは見るが、実際に見たのは初めてだ。
 青森まで後、残り170km位だ。
8月25日(月)六郷に滞在
 夕べの花火の後は、会場のキャンプ場に張ったテントで寝る。
 朝の6時まで完全に熟睡していた。
 起きてから隣のテントの菅原さんとしばし雑談する。
 毎年の青森ねぶたで一週間テントを張って跳ねるねぶた仲間だ。
 早々に出発する彼と別れて妹のテントに行く。
 丁度朝食の時間だったがしばらく話しをしてから六郷のKOBAハウスに向かう。
 KOBAハウスはまだ開いてなかったので、水道を借りて洗濯をする。
 洗濯ものが乾く間に「あったか山温泉」に行ってまったりする。

 温泉を出て街中を散策していたら、KOBAハウスに皆が集まって来たとの事で戻る。
 オンタさんが山料理を作る。

 マカロニをトマトピュレーで煮込み、そこにイナバのツナ&タイカレーの缶詰を入れて完成。
 オンタさんの山メシ

 美味しかった
 あっという間に出来た。
 これがスパイスが効いてかなり美味しい本格カレーといった感じで美味しい。
 私は旅でカレーを作るときはルーを持ち歩き、ジャガイモやニンジン、玉ねぎをも用意する。
 これが意外と面倒で、余った材料を持って歩かなくてはならず面倒なのだ。
 そこで材料が無くなるまでカレーと言う事になってしまう。
 オンタさん方式なら超簡単でしかも美味しい。
 私の野宿の料理に加えよう。

 その後、畠おじさんの家に行き、今造っている最中のライダーハウスをを見に行く。
 改造中

 内部はこれから
 来年には完成するそうで、立派なライダーハウスが出来そうだ。
 是非第一号の客になりたいものだ。
 名前は「自遊旅2号」とすると言っていたが本当かな?

 その後、スーパーに買い物に行き、帰ってから料理を作る。
 私も一品作らせて頂いた。

 宴が始まると楽しい。
 話題も豊富で次々と話題が出てきて尽きることはない。
 こんな楽しい話はなかなか出来ない。
 楽しい宴だ
 皆が同じくらい話して、話も皆が良く聞いてくれる。
 これだから楽しいのか?
 誰か片寄って延々と話す人はいない。
 今日は連日の飲み会なので、早めの8時過ぎにはお開きにした。
 仕事をしていないのは私だけで、他は皆現役で明日は仕事がある
8月24日(土)大仙市に入る
 昨日は午前1時まで宴を開き、Kobaさん、オンタさん、そして私の3人がKOBAハウスに宿泊した。
 それでも朝の5時には目が覚め、六郷の町を一回りした。
 主に湧水巡りをしたが、朝の清々しい時間に回るのが一番良い。
 吉野酒店の主人とも会って挨拶する。
 徐々に知り合いが増えて来る。
 家に帰ってオンタさんに花火会場付近迄送って貰う。
 もう既に交通規制がかかっていて中には入れない。
 秋田から来ている実の妹のテントに行く。
 娘夫婦ら7人で来ていた。
 めいちゃん
 1年ぶりに再会したので色々と話した。
 孫のメイも大きくなったな。
 私の孫の愛葵と同じ年で3日違いの誕生なのだ。

 桟敷席にはKOBAさんも入る事になった。
 そのKOBAさんから会場に来たよとの連絡で桟敷席に入る。
 桟敷席だ!
 桟敷席に入るのは今回で4回目だろうか。
 2万円近くもする桟敷席にはなかなか入れないのだ。
 かっぱりくらぶのお陰で何度も見られた。
 昼花火
 昼花火が始まる。今や日本ではここでしかあげられていない。
 色の美しさを競うものだ。
 KOBAカメラマン

 夕日が良かった
 暗くなって夜花火が始まる。 
 隣のブースは畠おじさんの奥さんの仲間で、手作り料理が沢山あって、満腹になるほど頂いてしまった。
 何と幸せなんだろう。
 花火

 上手く撮れない

 なにか変?
 花火大会はメーカーごとに10号2発と創作花火が打ち上げられる。
 さすがに凄い迫力で、それぞれが素晴らしい。
 最後に10号玉を30連発する。
 これが凄い迫力でコンパネに伝わる音の振動と綺麗な花火で一気に気持ちは別世界にいってしまう。
 途中で雨に降られて大騒ぎする場面もあったが、煙の向きも良かったし良い花火大会だった。

 花火大会の後は皆と別れて、芝生に張ったテントに戻って寝る。
8月23日(金)大仙市に入る
 ここ2日間の朝は冷え込んで寒かったので、ホームセンターでホカロンを探したが、この時期にあるはずも無かった。
 横沢公園での野宿は、暖かったのでテントをメッシュにして寝た。
 温度はちょうど良くぐっすり眠れた。
 好きな横沢公園
 今日はこれから移動して、花火会場での場所とり宿泊になるが、予報は午後から雨だが、もう小雨が降り始めている。
 雨のなかで一日過ごすのは退屈だだな。
 朝食を食べて、のんびりコーヒーを飲んでから花火大会会場に向かう。
 いつも通っている道なので、まちがうこともなくたんたんと走る。
 会場には既に並んでいる人がいる。
 私は15番目くらいで充分すぎるほど前だ。
 場所取り
 この後、午後3時には別な場所に移動して、そこが明日の朝迄待機する場所になる。
 これから24時間後に花火大会が行われる。
 炎天下の暑いなか待つこと6時間に及んだ午後3時に、正式な場所とりの位置に案内されシートを張る。
 本来はここにテントを張るのだが、かっぱり倶楽部のメンバーから、KOBAハウスで前夜際の鍋をやるから来るようにとの案内があった。
 雨が降る予報なので気を使って貰った様だ。

 自転車で六郷に移動する。
 そして六郷の町を一年ぶりで見学した。
 まずは湧水巡り。
 湧水
 綺麗な水が豊富な六郷は湧水があちこちにある。
 一回りした後で本覚寺に行く。
 門を入ったらかっぱりくらぶの加藤さんとばったり。
 この寺は明治11年に、イギリス人女性イザベラバードが日本を旅したときに寄った寺だと現地の郷土研究家の方に聞いた。
 日本人に変装して葬儀に参列したのだ。
 当時の本堂などは火事で焼けて、新たに建てられたものだが、楼門
は当時のままなのだ。
 楼門
 楼門の二階に上がらせて貰えるとの確約は取っているのだが、今日は住職さんが不在で見られない。

 六郷の町は熊野神社の例大祭で賑わっていた。
 家々には御神灯が掲げられている。
 雰囲気の良かった家を撮影していたら、その家のおばあちゃんが帰ってきて、撮ってくれて有り難うと言われた。
 昔は酒屋だったそうだ。
 栗林家
 六郷の宴会はKOBAハウスで行われた。
 オンタさん、はたけおじさん、KATOさんが来た。
 皆がてきぱきと料理をするので、あっという間に出来てしまう。
 かっぱり倶楽部のメンバーはいつもそうなのだ。
 私はただただ席に座っているだけだ。
 乾杯で一気に盛り上がりトークに入る。

 時々は分からない秋田弁が出てくるが、話は楽しい。
 外では物凄い雨の音が聞こえる。
 場所取りでテントを張っていたら、今頃はぐちゃぐちゃ状態だろう。
 かっぱり倶楽部の心使いと言うか、気象の読みに感謝だ。

 今回は、オンタさんが尾瀬の山中を数日間テントを背負って歩き回った時に撮った写真を見せて貰った。
 緑が美しい尾瀬の風景と三脚を忘れて、自分撮りしたオンタさんの顔のアップが印象的だった。
 その他にも過去の秘蔵写真が出たりと、時間の過ぎるのも忘れてしまう。

 結局は宴は12時を回ったところでお開きになった。
 畠おじさんから花火大会の桟敷席を取ったが、夫婦だけなので空いているから、一緒に見ませんかと言われる。
 軟弱な私はオーケーしてしまった。
 こんなに色々と面度見て貰って良いのだろうか?
8月22日(木)大仙市に入る
「阿仁マタギ駅」は静かだった。
 家は数軒しかないのであたりまえだ。
 朝方はやはり寒くて目が覚めた。
 6時22分発の電車に乗るので急いでパッキングをした。
 今までは打当温泉まで来ないで、道の駅「阿仁」で寝ていた。
 そして大覚野峠と言う長い峠を越えて大仙市に向かっていた。
 このと右下は長く登りが続き、いつも苦労して登っていた。
 しかし「阿仁マタギ駅」から秋田縦貫鉄道に乗るとこの登りの区間を170円で行ってくれる。
 峠の頂上は戸沢駅でここも10軒くらいしか家がない。
 普段なら降りる人もいない駅だろう。
 自転車を組み立てて走る。
 ここからは長い下りになる。
 風がすがすがしい。
 桧木内の河川敷公園でコーヒーを沸かしてのんびりする。
 やがて角館に入った。
 時間も十分あるので武家屋敷を見学する事にした。
 最初に西宮家に入った。
 西宮家

 西宮家
 店員さんが出て来て「どこから来たの?」と聞く。
 函館からですと答える。
 その40代くらいの女性店員さんは、昔ロードレーサーに乗っていたと言う。
 バリバリのレーサージャジィを着ていたそうだが、空気を入れる力が無くて辞めてしまったと言う。
 ロードレーサーのタイヤは高圧なので確かにかなりの力が必要だ。
 そんな話しを30分くらいした。
 その後、戊辰戦争の慰霊碑に参拝。
 新政府軍の墓
 秋田藩は新政府に付いたが、ここでは旧幕府軍に敗れた。
 薩摩、長州藩も戦死者を出している。

 見学を終えて大仙市に向う。
 いつもの太田町横沢公園に着いた。
 お気に入りの公園だ。
 テントを干し、洗濯をして乾かす。
 今日はここで宿泊する。
 夕方まで横沢公園の東屋でまったりしていた。
 気温は高いが東屋の中は風も通り抜け涼しい。
 夕方5時近くになって秋田かっぱり倶楽部のオンタさんが差し入れを持ってきてくれた。
 差し入れだ!
 会社がこの近くにあり、車で5分位だそうだ。
 いつもお世話になってばかりだが嬉しい。
 私が自転車で日本一周したときに、新庄マリーナキャンプ場でかっぱり倶楽部の盛大な歓迎を受けた。
 それ以来の付き合いで、もう9年になる。
 大曲花火大会も良いが、皆と会うのがもっともっと楽しいのである。
 素晴らしい仲間がいることは本当に幸せだ。
8月21日(水)打当温泉到着
 藤崎の朝は寒かった。
 Tシャツ一枚で寝たら寒くて明け方に目が覚めた。
 気温は14度であった、慌ててウインドブレーカーを着る。
 目が覚めたので5時半にはスターとした。
 気温は17度で少し上がって来たので気持ちが良い。
 しかし気温はどんどん上がり、鷹ノ巣では30度になってしまった。 藤崎
 ここからはずっと30度オーバーの中を走る。
 喉が渇いたら水をと言うが、飲んでも一分もしないうちに喉が乾く。
 飲み続けないと喉の渇きは収まらない。
 それなら走れないので結局は我慢しながら走る。
 今週の北海道新聞の占いは健康が×で熱中症と夏風邪注意だった。
 昨日は寒くて風邪をひきそうだったし、今日は熱中症になるのか。
 何とかこらえ11時間も休まず走って打当温泉に着いた。
 打当温泉
 150km位は走ったのだろう。
 多分大曲行きの往路の最長記録だろう。
 筋肉痛で足を引きづりながら入浴した。
 食事は豪勢にしょうが焼き定食にした。
 今日の宿泊は「阿仁またぎ駅」の前で寝る事にした。
 駅前と言っても凄い過疎地で家も少ない。
 静かな雰囲気の中ぐっすり寝られた。
8月20日(火)藤崎「津軽花火大会」
 何時もは自転車を自走してフェリーに載せるのだが、今回は初めて輪行にした。
 荷物を少なくしたのも輪行をさせる気になった。
 これで片道1000円が浮くことになる。
 何時もは4時30分発のフェリーを使うのだが、今回は8時10分発の便にした。
 乗船時間が来て乗りこむ。
 ばらした自転車を肩にかけ、左手にはバッグを2つ持つ。
 う〜ん少し重いな。
 階段を昇ろうとしたが、自転車とバッグを同時に上げるのは厳しい。
 先ずは自転車を上げて、次にバッグを上げる。
 輪行だ
 これで荷物の運搬は無事終わり、後はのんびりする。
 東北は大雨注意報が出ているので、どうなるのか。

 函館を出る時はどんよりした天気で今にも雨が降りそうだったが、青森に着いた時は快晴だった。
 どうやら朝方に集中豪雨があって、その後晴れたのだ。
 自転車を組み立てて直ぐにスタートする。
 気温は24度でまずまずで、走るには丁度良い。
 国道7号線を快調に飛ばす。
 荷物が軽いのもスピードアップになっている。
 藤崎町に入った。
 スーパーイオンに入りアイスと飲み物を買う。
 看板があった。
 「津軽花火大会」と書いてあり読むと今日で、場所も直ぐ近くでやるようだ。
 会場に行ってみる。
 出店は準備中で大忙しの最中。
 席は招待席が河川敷のどんと広く取ってある。
 花火会場
 他に有料の椅子席がある。
 岩木山
 今日は碇ヶ関か大館迄行くつもりだったが急遽予定を変更する。
 何処が良い場所が無いかなと探しをしていたら、おばちゃんがここが良いよと教えてくれた。
 地元の人なら間違いがない。
 花火が始まるまでおばちゃんと話す。
 ここの花火は44年も開催している歴史ある大会だった。
 おばちゃんから手作りのおかずを貰う。
 きゅうり、さばの酢の物、竹輪煮などなど。
 さらに屋台に行き、焼きそば、ウインナーソーセージ入りパン、飲み物、枝豆等を買ってくれた。
 これでお腹が一杯になった。
 辺りが暗くなって花火が始まった。
 なかなか良かった
 上がる花火は5号6号8号が主体で10号は滅多に上がらない。
 それでも打ちあげ場所が近いので迫力は満点だ。
 頭の真上にまで上がりぱらぱらとはじけた花火の残骸が落ちて来る。
 スターマインも目の前で上がるが完全に見える。
 2時間の花火は十分に満足できた。
 おまけにとなり町(黒石市?)でも花火大会をやっていて、そちらも見れるのが面白い。
 あちらの方が大きいとか、長く打ちあげているとか・・。
 フィナーレの花火は文句なく良かった。
 花火の主体は小松煙火で大曲の花火大会にも出ている有名煙火会社だった。
 おばちゃんにお礼を言って別れる。
 今日の宿は町役場向かいの公園にテントを張った。
 藤崎の公園
 広い公園で施設も全く無い。
8月19日(月)見送り
 妻の通う病院に送って行って診察が終わるまで時間があるので、100円ショップに行く。
 店内を見渡したら、ステンレスのカップがあった。
 家で使っているカップは5〜600円はしたと思うが、同じ様なものが100円で売られていた。
 左が100円ショップ

 蓋も付くのだ
 今回の旅用に購入した。
 他にウォーターバッグがあった。
 材料は暑さも十分あり丈夫そうだった。
 大差は感じられない
 左のPlartypusは2リットルで1470円だ。
 それ程の大差は感じられない。
 1.2リットル用を購入。
 2.8リットル用も同じ値段で売っていた。
 これも野宿の水汲みには役に立つ。
 今まではコーラの15リットルボトルを使っていたので、小さく畳める分場所を取らなくて良い。

 午後から台湾に帰国する、佳子とYUUkA YUUTATUの3人を空港に見送りに行った。
 積木の遊び場があったので、子供たちと遊んだ。
 倒れるまでやったが1対1の引き分けに終わった。
 次回来た時は決着を付けるぞ。
 積木で遊んだ

 親子で記念撮影

8月18日(日)蒸し暑い日
 函館で気温も30度近くで、毎日のように蒸し暑い日が続いた事は有っただろうか。
 少し動くと汗が流れて、やる気が全く無くなるようなこの頃だ。
 青森ねぶたが終わって本州を南下している旅人も暑くて眠られないようだ。

 今日は台湾から来ているママさんアスリートの佳子と子供が、明日帰国すると言うので会って話しをしてくる。
 お土産にたらこを持って行って貰う。
 たらこは好きなのだが、台湾には無いそうだ。
 冷凍して持って行けば数時間の旅なので問題ないだろう。
 小学校のYuuka ChangとFBで盛り上がった。
 私もFBの友達になったのだ。
 おじさんのメールは読める?と聞いたら読めるのだそうだ。
 明日は空港見送りに行こう。


 大曲花火大会行きの準備は出来た。
 天候も20日から回復する様なので良かった。
 準備完了
 暑かったが全てのパッキングを終えた。
 荷物は毎年少なくなっているので走るのも楽になって来ている。。
 今回はフロントバッグも無いのだ。
 後部の2バッグのみだ。
 テント一式と着替えと自転車の保守用具とコーヒー沸かしくらいだ。
 テントも無くて良いのかもしれないが今回は持つ。
 冒険家安東さんは良いマットすら使わない。
 100均の薄い銀マットの上で寝ている。
 我がGHに来た時も板の上に寝ている。
 冒険中はそんな良い環境で過ごせないから、普段からそれに耐えられる体にしている。
 夏は寝袋を使わないで寝袋カバーのみで過ごすそうだ。
 私も今回は寝袋カバーだけで寝袋は持たない。
 20日の朝4時30分の青函ケリーで旅立とう。 
8月17日(土)旅人来る
 昨日の夕方旅人がやって来た。
 小樽で道南の70代のチャリダーに会った時、函館に「自遊旅」と言うゲストハウスがあると言われて、急遽函館に来る事にしたそうだ。
 名古屋のサラリーマンなので、夏休みを利用して北海道をツーリングしているそうだ。
 部屋の雰囲気が良かったと言ってくれた。
 無料のライダーハウスは混んでいて騒がしく、眠られない時もあるそうだ。
 自遊旅は、静かさが売りなので安眠は出来る。
 Oさん
 設計をしていると言う事で、私と同じ様な職歴だった。
 夜は雨の中を函館山にバスで登ったが、夜景は良く見えた様で良かった。
 今日は朝からのんびりと旅の話しなどをしてから出発して行った。
 最後の角を曲がる時は、振り向いて大きく手を上げて行った。
 これから日本海を北上して小樽からフェリーで帰るそうだが、着いた翌日は出勤だそうでサラリーマンは辛い?
 お世話になったお礼とじゃがいも焼酎を置いて行った。
 私はお酒が飲めないが、以前飲んで居た時の空瓶が棚に有る事から、お酒は飲むのだと思ったのだろう。
 彼は普段イモ焼酎は飲んでいるが、じゃがいも焼酎は初めてなので珍しかった様だ。
 先日来た秘湯巡りの女性も日本酒を置いて行った。
 頂きもののお酒
 無料のゲストハウスなので、気を使ってくれての事だろうと嬉しく頂く。
 これからやって来る旅人が飲んで、安らぎを得る事だろう。
8月16日(金)青森ねぶたの思いで
 ようやくパソコンにじっくり向かい合う時間が出来た。
 溜まっている原稿を書いたり、二股口台場についての質問や暑中見舞いの返事などなど、なかなか返事する暇が無かったが一気に片付けてしまった。

 さらに青森ねぶたの時のブログは疲れてなかなか発信が出来なかったので、追加で再び掲載した。
 ねぶたに参加する人は様々だが一番長い付き合いはじんべさんで10年以上になる。
 何時も隣にテントを張る。
 ねぶたについては相当詳しく私などは足元にも及ばない。
 良い仲間だ
 右端がじんべさん。
 左が千晶さんでねぶたの前にようやく脱稿して、ねぶたに参加した。
 ミニコミ誌「野宿野郎」の編集長だが、高校時代から野宿をしていたつわものだ。
 「野宿入門」は出版済みで、今回は「??」タイトルは忘れてしまった??が秋には出版する。
 彼女ともねぶたは長い付き合いだ。
 他には冒険家安東浩正さんがいる。
 シベリアを自転車で横断して植村直巳賞を取っている。
 NHKのテレビのアドバイザーもしている。
 数年前に参加してすっかり嵌ってしまった。
 安東さん

 ねぶたの合間の日中には青森観光などをする。
 今回はみんなで山内丸山遺跡に行った。
 ますます規模が大きくなっている。
 縄文の家作りも行っており、面白そうだが地方から何度も通うのは難しい。
 衣装も貸してくれる

 ねぶた会場に向かうバイクと自転車の交歓会がある。
 集団になったバイクのパレードをベイブリッジの上で自転車部隊が迎える。
 自転車部隊は自転車を高々と上に上げ、強さを見せつける?
 これも毎年の風物詩になった。
 バイクとの交歓会

 特設キャンプ場は自主運営をしている。
 長く責任者になって面倒を見て貰っていたOPさんに変わって昨年から、じんべともんもんが責任者になった。
 大変な役目で跳ねる暇などないのだ。
 毎日ミーていんぐが行われ注意事項が周知徹底される。
 こんなに集まる

 前責任者のOPさんが2年ぶりに顔をだした。
 やはりみんな懐かしさで一杯だ。
 バイクで会場に向かう中にもOPさんがいるので、歓迎の垂れ幕を作った仲間も居た。
 それだけ親しまれた人なのだ。
 手作り感が良い
 
 皆で町に行って食事をしようとなった。
 駅前のアウガに行ったら、何と大間のマグロ丼が売られて凄い人だった。
 私も今迄食べた事が無いと言うか、そんな高いのを食べる余裕も無かった。
 しか今回は食べる事にした。
 1900円位だったが、やはり美味しいのは間違いなかった。
 大間のマグロ

 我々がメインで跳ねるのは板金さんと親しんでいる「青森県板金工業会」のねぶたになる。
 フリーの人を快く受け入れてくれるので、すっかり一体感が出来ている。
 1日の板金さんの休みを除き、毎日跳ねているが、最終日は流石に寂しい思いになる。
 ねぶたが終わってラッセランドに戻る板金ねぶたに、板金コールがかかる。
 道の両側に参加した跳人が並んで「板金ちゃたやちゃ」のコールが何時までもかかる。
 思わず涙ぐむシーンなのだ。
 板金さんも感極まっているのが分かる。
  板金さんのねぶた
 最後まで見送ってようやく熱い青森の夏も終わり、自分の夏も終わり、最後はゆったりした気分で海上運航を見て、花火を見て、それぞれが家路につくのだ。
 今回はフェリーの予約が取れず、花火はフェリーターミナルから見た。
 私の見送りには、関口さん、じんべさん、安東さん、千晶ちゃんが見送ってくれた。

 青森ねぶたは若者の参加が少なくなったそうだが、衣装が高すぎるのも一因だろう。
 6000円近くの出費は若者にとっても痛い。
 今回GHに泊まった旅人に鉄子さんが置いて行った衣装を貸してあげた。
 後日、洗濯して送られて来た箱にはもう1着入っていた。
 今回参加したキヨさんが買った物を、次に来る若者に貸してあげて下さいとのメッセージがあった。
 今、何とかして5人分を確保したいと考えている。
 さらに慾を言えば10人くらいは用意したい。
 資金があれば一気に用意したいが、それもなかなか出来ない。
 少しづつ浴衣や帯などの小物を集めよう。
 青森ねぶた特設キャンプ場には資金が苦しく買えない旅人もいる。
 青森市役所に手紙を書こうか?
 余ったのがあるかも知れないな。
 そんな若者に気軽に参加して貰えるような体制を作ろう。
8月15日(木)静かなる日
 昨日の夕食は小学校3年の瑞葵が作った。
 得意のハンバーグである。
 台所には椅子でバリケードを張り、誰も入れないで黙々と作っていた。
 完成したハンバーグは美味しく、大人の作ったものと変わらなかった。
 料理は好きなようで、瑞葵の将来の夢はお菓子作りのパティシェだよねと聞いたら、パティシェは男性で女性はパティシエールだよと言われてしまった。
 瑞葵の作ったハンバーグ
 (ハンバーグの上に有るのは私が作ったミニトマトのベーコン巻。それも美味しかったが、妻がさらにチーズをかけたらもっと美味しくなった。オーブンで焼いて食べたがトマトが過熱で甘くなっていた。)

 夜も更けて寝る時間になった。
 友瑛はおじいちゃんと寝たいと言う。
 前回来た時に初めて私のベッドで一緒に寝た。
 今回はテントで寝ようと言ったらOKだったのでテントを用意する。
 テントは準備したが・・
 テントに入り寝袋に入ったが、「眠れない。人の声がする」と言う。
 家に居るみんなの声が網戸から聞こえるのだ。
 その内「どうしても眠れないと言って泣きそうになる」
 自分の好きな枕を持ってさっさと家に戻った。
 私はそのままテントで朝を迎えた。
 家に帰った友瑛はおばあちゃんと寝ていた。
 私はテントの入り口をメッシュにしてあったので、涼しくて快適に寝られた。

 朝は待望のイカ売りが来た。
 娘夫婦は大好きなので最終日に食べられて良かった。
 8時過ぎには出発した。
 今金の旦那の親戚の家に寄って行くので、渋滞を避けての早朝スタートだ。
 出発だ!

 皆が去って後片付けをする。
 気温が29度で湿度も高く汗が噴き出る。
 すっかり片付けも終わり、夫婦二人の静かな世界になった。
 
 旅の準備の最終作業である輪行の準備をする。
 こんな風に組み付け

 100均のカバー


 余っていたショルダーベルトを活用して肩に掛けられるようにした。
 後は出発を待つばかりだ。

 パソコンの画像がアイコンしか出なく、画像が見られずかなり不便を強いられていた。
 あちこち設定をして10日ぶりに復活した。
 これで作業がやり易くなる。
 画像が見えた
8月14日(水)函館山登山
 家族親戚全員で函館山登山に行く事になった。
 総勢12名の登山だ。
 気温は30度で湿度も高い。
 子供たちが多いので水などを十分持たせる。
 今日の最年少は愛葵の2歳と10ヶ月でどこまで登れるか。
 サポートとしてキャリアを持参して行く事になった。
 車2台で出発。
 まずは七曲コース登山口に行く。
 ここでアスリートの佳子を降ろす。
 彼女は走って函館山に登る。
 台湾に帰った後、マレーシアのトレランとマッターホルンのトレランに出場する。
 マッターホルントレランは総計登り高度は8000mという過酷なコースになるそうだ。
 その為の練習を兼ねての函館山登山だ。
 登山開始共に子供たちは早いペースで登って行く。
 残ったのは2歳10ヶ月の愛葵と両親、それに私となった。
 バックパックが大きい!

 まだ頑張るぞ!
 快調に3合目に到着。
 しかしこの後は少しづつ、登る意欲が無くなる。
 ママやパパに抱っこをせがむが、だましながら進む。
 上から佳子が下りてきた。
 七曲を登って尾根を走り入江山に行き、その後山頂に行き我々を迎えに下って来たのだ。
 凄い距離を走るんだ。
 七曲は走って登ったが、大してきつくは無かったそうだ。
 さすがにトップアスリートだな。
 愛葵は何とか5合目に到着。
 更に前に進むが、6合目手前で遂にママに抱っことなった。
 キャリアに乗せる積りが厭だと言われた。
 ママは大変だが、何とか頂上まで登り切った。
 頂上に着いたら大はしゃぎで、さっきの疲れたは何であったんだ。
 優華

 佳子

 愛葵と友瑛
 頂上でイカ―ル星人の映画をやっていた。
 子供たちが見ると言うので行ったが、愛葵が泣いてお父さんに抱かれて戻って来た。
 電気が暗くなって驚き泣いたようだ。
 全員で記念撮影
 下りは快調に進んだものの、7合目辺りで愛葵が抱っこ。
 ママのダイエットになった。
 男組無事下山

 女性組も下山

 愛葵はおねんね
 家に帰って子供たちはまだ遊ぶ。
 皆で遊園地で遊んでいた。
 台湾と日本と離れているので、1年に1回くらいしか会う事が出来ない。
 大きくなったらお互いに行き来が出来る様になる。
 台湾の優華は小学校5年だが、中国語、英語、日本語を話す。
 将来は日本の大学に進学して日本に永住したいとの希望を持っているが、小学校5年ではっきりした将来を描いている事は素晴らしい。

 家でギターを一緒に弾いていた時、「おじさんFBの友達になって」と言われた。
 ギターを弾いていたのでコードの事かなと思ったがフェースブックだった。
 自分も開設していて、おじさんのフェースブックも見ているそうだ。
 小学校5年ですでにパソコンを操っている。
 
 今日一は皆で楽しい登山が出来た。
8月13日(火)お墓参り
 今日はお墓参りの日。
 娘夫婦は北見を出発し、登別で旦那の実家に一泊してから函館の墓に向かった。
 我々夫婦も出発する。
 途中にあるもう一つの墓も人で賑わっていた。
 函館のお盆は7月なのだが、休みも取れないので8月にする人も増えたのであろう。
 妻の家の墓に向かう途中坂を走って登っている人がいた。
 この暑いのに凄いなと思って見ていた。
 墓に皆が集まって来た。
 娘夫婦、妻の妹夫婦、我々夫婦、そして子供たち。
 台湾在住の佳子が見えないと思っていたら走って来た。
 先程坂を走っていたのが佳子だった。
 家から墓までトレーニングで走って来たそうだ。
 さすがに何時も上位に入っているアスリートは普段から違う。
 見習わなくては。
 最近はトライアスロンも始め、いきなり優勝もしている。
 体つきもすっかりアスリートになっている。

 墓の掃除も子供たちがやってくれた。
 孫が掃除してくれた
 お爺ちゃんの仕事はどんどん無くなる。
 子供たちが成長しているのが良く分かる。
 皆でお墓に手を合わせ、供物を一緒に食べて帰宅する。
 久しぶりに皆が会った
 帰ってからすぐにバーベキューの準備。
 炭をおこすが、これは娘の旦那が積極的に働いてくれる。
 私の役目はどんどん無くなる。
 肉を焼いて子供たちから食べて貰う。
 「いかりや」の美味しい肉に、みんな満足してお腹も満腹。
 その後皆で温泉に行き今日のお墓参りは終了した。

 明日はほぼ全員で函館山に登る事になった。
 最年少は愛葵の2歳だ。
 キャリア―を持って行くしかないだろう。
 台湾の佳子は七曲コースを走って登山し、最後に頂上で会おうとなった。
 さすがに常にトレーニングを怠らない。

 佳子の旦那のAndrewからTOPEAKの自転車用ヘッドライトとテールライトを頂いた。
 TOPEAKの製品をOEMで作っている会社に勤務しているので、自転車部品は手に入り易いのだ。
 大曲行きの自転車のヘッドランプは2個付けたが、また明るいライトが増えた。
 バックライトも随分明るくなって視認が良くなった。
 ヘッドライトを3個にするかな?
 プレゼントされた

8月12日(月)BBQの準備
 函館のお盆は既に済んだのだが、妻の方の家のお盆は8月になっている。
 明日は我々夫婦の他に、娘夫婦と孫3人が北見から、妻の妹夫婦と台湾在住の長女と子供2人が集まる。
 総勢13人分のBBQの準備をする。
 気温が27度くらいあって暑く汗だくになる。
 ベンチの色も新しく塗り替えて、2時間程度で設定は終了した。
 準備完了

 その後は自転車のヘッドライトの取り付け台を製作した。
 大曲花火大会ツーリング用にライトは1個付けたのだが、もう一つ付けて明るくしたい。
 青森の国道7号線は道が良くて、高速で走られるのだが、照明がかなり暗い。
 中には全く無い所もある。
 新しいバイパスは外灯の無いところが多いのだ。
 そのためライトが貧弱だと、全く道が見えなくなり、車が後ろから来てその照明でやっと道が分かる。
 そこで自転車に付ける照明は、幾ら明るくても良いのだ。
 取り付ける台が無かったので、余っていた部品と新たに加工した部品で製作する。
 この部品が余っていた
 何かを固定する台があったので、これを活用する事にした。
 そのままではライトが付かないの、でアルミのU型材を利用する。
 まずは金切り鋸でカットする。
 カット前
 下の様にカットして穴も開けた。
 カットしたアルミ台
 これとプラスチックの台とをネジで固定するが、間に100円ショップのベルトを挟んだ。
 固定用ベルトを通した
 ライトをアルミ台にセットしてベルトで止める。
 これで台は完成した。

 完成した
 
自転車に取り付けて見たがぴったり合っている。
 ライトが2つになったので走り易いだろう。
 左右の首振りや上下の調整も可能だ。

 ライトが2つになった
 
残るは輪行の準備だけだ。
 何時も角館に抜けるには、大覚野峠という長い峠があり、このコースでは一番の難所だ。
 地図を見ていたら何と私鉄があったのだ。
 「秋田内陸縦貫鉄道」だ。
 峠の手前から峠を越える迄で480円で行く。
 これは利用しない手は無い。
 しかし毎年苦労しながらも足を付かずに登って自分の体力を測っていたが、電車に乗るという気持ちが動いた事は体力に自信が無くなったのかな?
 あ〜悩むところだ。
 一応輪行を出来る様にはしておこう。
8月11日(日)秘湯旅人
 昨日の夜、旅人がやって来た。
 東京から函館駅に着いたので、駅からバスでGHの近くまで乗って貰いチャリで迎えに行く。
 背中にはバックバックの旅人で、話しを聞いたら温泉巡りだった。
 しかしただの温泉巡りでは無かった。
 秘湯をこよなく愛している様だった。
 我がGHでは初めての秘湯めぐりの人だった。
 私も20年前は秘湯めぐりをしていたので懐かしい。
 家について近くの温泉「なごみ」に送って行く。
 帰りはラッキーピエロで食事して帰るという。
 遅くなりそうなので私は帰って寝た。
 秘湯巡りのNさん
 朝は6時半にGHを出発して函館駅迄送って行く。
 秘湯の話しをしながら駅に向かったが、もう少し話しをしたかったな。
 彼女がこれから行くのは、奥尻の津波で流された温泉。
 以前、旅人理江さんが歩いて奥尻を一周した時の写真が残っていた。(下)
 ここが温泉の跡
 建物は無く温泉は僅かに流れているそうだ。
 流れている温泉は低い所に溜まっているそうだが、そんな所に行くというのはかなりの秘湯でマニアであろう。
 GH「自遊旅」はWEBサイトを見ている内に分かったそうだ。
 前日の夜行は全て運休し、温泉付きビジネスホテル、ゲストハウス、ライダーハウスも満室御礼だったそうだ。
 古民家風のGHを気に入って貰ったようで嬉しい。
 このGHは以前お母さんから新聞の切抜きを送って貰っていたのを、ここに来て思い出したそうだ。
 温泉無料券やお土産にお酒を頂いた。
 飲めないお酒は来客に飲んで貰おう。

 今日は自転車の整備を半日していた。
 大仙市大曲の花火大会に行く準備だ。
 クランクも全てばらし、洗浄と給油をした。
 タイヤも細身のタイヤに交換してスピードアップを図る。
 ライトも120ルーメンの「閃」を装備して高速に備える。
 荷物も軽量化して、自炊は止めて宿泊道具と着替えだけだ。
 こんな旅は今までした事が無い。
 フェリーも輪行で行く。
 片道1000円が浮くな。
8月10日(土)旅人全員出発だったが・・
 今日は旅人全員が出発する。
 運良く朝いか売りが来たので妻が急いで飛び出していく。
 イカを調理してまずは白老の御夫婦に朝食を提供した。
 他の旅人には大皿に一杯のイカ刺しを提供した。
 すると女性の桃木さんが1匹購入していた。
 昨日から「イガ〜イガ〜」の声が聞こえたら行くと言っていた。
 それならイカの調理を勉強しないかと、妻が1匹をおろす所を見学した。
 そしてマイイカ刺身が出来た。
 透き通るようなイカ刺しに皆さんは大満足だった。
 GH「自遊旅」では多くの物を提供出来ないが、イカ刺しだけは何とか食べて貰っている。
 食事後、白老の本田さん御夫婦が出発した。
 大沼公園に寄ってから白老に帰るそうだ。
 白老の本田さん御夫婦

 ライダー2人が買い物に行った帰り、向かいのおばあちゃん(90歳)に掴まり、話しをしていた。
 随分長い間話しを聞いて帰って来たが、おばあちゃんの話しを聞いて涙が出たという。
 自分の事ばかり考えて人の事はあまり考えなかったが、おばあちゃんの話しを聞いて、もっと他人の事も考えなくてはとなったそうだ。
 おばあちゃんの言うのは、GHにバイクや自転車の若者がやってくるが、その人達が厭な思いをしない様に、道路の清掃をしていると言う事だった。
 そんな事に気が付かずにいたが、これからは自分本意では無く色々な事を考えて行動しようと思ったそうだ。
 買い物はトイレットペーパーとテッシュペーパーで皆でお金を出し合って、GHに寄付してくれた。
 こんなささやかな思いやる気持ちが嬉しい。
 おばあちゃんの話しに涙した彼も出発した。
 その後、2泊していたチャリダーが2台出発した。
 チャリダーは札幌まで一緒に松前経由の日本海周りで行くそうだ。
 バイクとチャリダーも出発

 さらに最後のバイク2台が鹿部の温泉に向かって出発。
 その後、日高の二風谷に行き、アイヌの祭りを見て道東を走る。
 何も無い道東だが都会の人たちにとってこんな大自然が魅力的な所は無いという。
 北海道に住む我々にとってはそれ程行きたいとは思わないのだが、思いは随分違うようだ。
 最後のライダーも出発
 みんな出発して静粛が戻った。
 そんな時、青森から1泊したいという女性から電話が入る。
 夜8時頃には着くそうだが、バックパッカーかな?
8月9日(金)旅人で大賑わい
 大学生と記念撮影
 今朝は大雨注意報が出て道南の各地で通行止めになった。
 雨がこやみになった所で、大学生旅人が札幌の物理学会に出席するために出かけた。
 八雲付近が相当冠水しているので、気を付けて行くように言う。

 自転車の二人は松前に向けて出発する予定が、福島で通行止めの為に出発取り止め。
 GHでのんびりと過ごしていた。
 男性が家族からお盆で親戚が来るから蟹を送れと5000円貰ったが、何処で買ったら良いかと聞かれたので、中島廉売の玉村蟹店を紹介した。
 店の主人から何処から来たのと聞かれたので、山形から来て近くのGHに泊まっていると言ったら「いつも来るおじさんの所か」と聞かれたそうだ。
 私は何度も紹介しているのでしっかり覚えてくれているようだ。
 5000円で毛蟹5匹くれたそうだ。
 半額になり大喜びだった。
 昨日、今日と中島廉売から相当おまけして貰っている。
 もうのんびりだ!
 昼過ぎに白老のHさんが、函館野外劇を見るために奥さんと来函した。
 私が白老を通る時、何時も寄ってコーヒーを頂いている。
 夕方まで私の案内で函館市内を観光して、野外劇の会場まで送っていった。
 Hさんご夫妻
 夕方になって青森ねぶたからたちねぶたを見て、函館に入ったバイクの二人がやって来た。
 一人は昨年も宿泊している。
 バイクの二人
 いずれも平取にアイヌの祭りを見に行く。
 その後は道東を回るそうだ。
 都会の人にとっては何もない道東はあこがれの的なのだ。
 さらにねぶたに参加した男女2人がやって来た。
 女性一人は帰ったが、男性が宿泊する。
 いったいGHには何人いるんだ??
 数えたら7人が本日の宿泊者だ。
 夜は12時頃まで歓談したが、今日は妻も白老から来たHさんの奥さんと遅くまで話していた。
 沢山の人が訪れてくれ、賑やかで楽しい。
 若者と色々話す事は本当に楽しい。
 自分も多くの若者から元気を貰っている。
 野外劇を見たHさんご夫妻は感激で涙が出たそうだ。
 今後もずっと続いて欲しいものだ。
 明日全員が旅立つので少し淋しくなる。
8月8日(木)旅人出発
 夜中11時過ぎの夜行高速バスで札幌に旅立った、超ねぶたおたく

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