12月29日(日)のんびりモード
 今朝は雪が積っていた。
 20cm位かな
 早速の雪かきをする。
 20cm位は積もったであろうか。
 向かいのばあさんも朝から雪かきをしている。
 自分の家はアパートの2Fなのだが、アパートの前から隣近所まで除雪している。
 感心なおばあちゃんなのだが、除雪にポリシーがあって、最後は箒ではくまでしっかりやる。
 それなので他のアパートの人が手伝っても満足しなく、なんだかんだと言うので皆辞めてしまう。
 感心なおばあちゃんなのだが・・・。
 おばあちゃんも大変だ
 30分くらいで雪かきは終わったが、雪の下は湿っている。
 今時期こんな雪も珍しい。
 我が家は完了

 年末から正月にかけては桔梗で過ごすので、GHの準備は特にない。
 暖かい薪ストーブに暖まりながら、コーヒーを飲みながらテレビを見て過ごす。
 この時期特番が多いのでどうしてもTVに目が行く。
 「DASH村」が好きなのだ。
 昔からの知恵を生かしながらの生活を見るのは楽しい。
 今日は特番で3時間くらいやっていた。

 午後から温泉に行く。
 花園温泉はリンゴ風呂と言っていたが、リンゴは無かった。
 まあそれでものんびり入って来た。

 明日から年末年始は桔梗で過ごすのでGHを離れる。
12月28日(土)お買いもの
 年末、さらに正月と続くので、買い物に行かなくてはならない。
 桔梗の妻の元に行き、スーパー生協で買い物。
 しめ飾りや鏡餅、正月の食料など購入した。
 スーパーは買い物客で満員だった。
 我が家の正月は二人きりなのでいたってシンプルだ。
 それ程高価な料理も食べたいとは思わない。
 少し正月らしくて良いのだ。

 昼は妻と一緒に弁当を食べてからGHに帰宅する。
 今日はサツマイモ1本とパン用のバターを買って貰った。
 家に帰って薪作りをして3箱が満杯になった。
 雪が降っている中の薪作り作業がこれからも続く。
 でも寒さは余り感じない。
 
 パソコンで仕事をしていたら、妻から電話で大雪山を放映していると言うのでTVを見る。
 大雪山も地球温暖化などで大きく変化しているそうだ。
 過去に真っ白な花が一面咲いていた所が全く咲かなくなったなど状況は良くないそうだ。
 何か地球が危ない状況が最近あちこちで見られて心配だ。
 大雪は2度ほどしか行っていないが、若い時に北鎮岳の頂上でテントを張ったが、凄い強風でテントのポールが30cm位振れていて怖かった思い出がある。
 そして下山時には安足間川の丸木橋からキスリングのまま川に転落して、眼鏡を無くして旭川で購入した。
 懐かしい思い出だ。
 エビ・・何とかと言っていた





 なきうさぎ

 テレビだが良く映る
 夕方にさつまいもをアルミホィールで包んでストーブに入れて焼く。
 ほっころしたさつまいも焼きが出来あがり。
 真っ赤に燃えたストーブに入れた

 取り出して

 良い感じで焼けた
 やはりストーブで焼いたさつまいもは美味しい。

 そんな所に、龍文堂印刷の専務がやって来た。
 会社のカレンダーと紅鮭の寿司を貰った。
 美味しそうな物を頂いた
 彼は来年にはライオンズクラブの代表幹事になるそうだ。
 来年も各地域のライオンズクラブで講演を行ってくれるように頼まれた。

 我が家の食料庫は食べ物が沢山あり、満杯になるつつある。
 買い物は殆どしないのに溜まる一方だ。
 何故か単身生活になったら、色々な貰いものが多くなった。
 皆、心配してくれるのだろうか。
 有難いが、何か太りそうな予感がする。
12月27日(金)坂口さん訪問
 今日は珍しく6時近くまで布団に入っていた。
 布団の中で箱館戦争に関する資料を読みふけっていた。
 布団の中で読むのも暖かくて良いものだ。
 朝はカレーラース。
 2日前山に持って行って余っていたおにぎりがあったので、ストーブで焼いてカレーと食べる。
 朝刊を見たら総理大臣の靖国神社参拝で大騒ぎだった。
 珍しく新聞を隅々まで読んで、その後は地形図を広げて、次に行く山を探していた。
 10時に約束通り坂口さんがやって来た。
 家から歩いて来たのだ。
 先日も函館山で会ったが、その時も家から歩いて来ていた。
 とに角凄いパワーだ。
 彼の事は山に於いては知らない人はいない。
 300名山も達成済みなのは広く知られている。
 北海道新聞の山に関する紹介記事も載せている。
 そんな彼は山岳会に所属していない。
 好きな仲間と共に行動している。
 山岳会は自由度が少ないのが彼の言葉で、そこは私と同じだ。
 藪コギも好きであちこち道なき道も歩いているが、そこも私と同じだ。
 2日前に私と2名が姉弟山に登ったが、昨日は彼が登ってくれたのだ。
 自分が調べた山は、多くの人に登って貰いたいので嬉しい。
 私もそうなのだが、面白いのは私たちが登ったルートをピークまで同じ道を辿ったが、帰り道は別な道を下っている。やはり違う道を歩きたいと言うのは同じ気持ちだ。
 私のルート

 彼のルートはIのピークを下った。

 その後も地形図を見ながら色々な話しをしたが楽しい。
 ここは行けるのでは? とかこの川を詰めたら分水嶺に出て・・などなど話しが弾むのが楽しい。
 藪漕ぎは道が無いので迷う可能性もある、そんな事で彼もGPSを持って山に登る。
 私もスマホのGPSを使って登っている。
 ホワイトアウトになった時やガスが掛った時はこれが無いと、いくらベテランでも迷う事が多々ある。
 最新の技術を覚えていると何かと安心だ。
 彼も係わっている北海道新聞発行の「スノーハイキング」の増刷本にはスマホのGPSの使い方も載るそうだ。
 山ではもうスマホは完全に定着してきている。




 2時間位話して、私の本を2冊買っていただいた。
 「街道踏破」と「下二股口台場調査報告書」だ。
 街道踏破は塩の道とイザベラバードの歩いた道、79日間の踏破記録だ。
 先日イザベラバードの講演会で一緒になり、彼もバードの道を歩いて見たいようだ。
 人によって感じ方が異なるので楽しい旅が出来るあろう。
 忘れてたが、お土産に私の好きなリンゴを頂いた。
 多謝!
12月26日(木)忘年会
 年末になれば何となく忙しい。
 今日は妻が電車で函館駅に出て来たので迎えに行き、親戚にお歳暮のお返しを届け、病院に行き、支払いも済ませて、昼は近所のラーメン店「北浜商店」に行き、合わせ味噌ラーメンを食べる。
 妻を駅まで送る途中、スーパーで食料を買って貰う。
 餅とブロック肉、卵など。
 これだけあればしばらく持つ。
 まだホッケが2枚、ジャガイモ多数、パスタ、缶詰、ホウレンソウなど沢山あるので、消化するのも大変だ。
 毛蟹もあるのだ!
 
 午後から資料を執筆する。
 「下二股口台場 調査報告書」に塹壕に関するものは執筆済みだが、両軍の戦いと旧道の関係を書いている。
 古文書に出てくる事実と道の歴史に、相違が見られて興味深いのだ。
 江差山道と箱館戦争との関連を明らかにする作業だ。
 特に江差山道は文献が不足していて分かりにくい。

 夕方から年に一度の会社OBの忘年会。
 場所は本町の桝甚で行われる。
 夕方から雨の予報なので、傘を持って歩いて行く。
 集まったのは7名だった。
 この会は48年に入社した方の集まりだが、入社年が違う、私も何故だか参加が認められている。
 元社長さんも参加する。
 乾杯の後、会食になるが、会話は何時もの通り病気の話しになる。
 どこどこの病院に通っている、何処の先生が良いなどなど延々と1時間30分は続く。
 腰痛、糖尿病、高血圧、脳梗塞で倒れた、痛風、難聴、白内障などなど皆何かの病を持っている。
 でも聞いていると、何か自慢話しに聞こえてこない訳でも無い。
 こんな方法で克服して酒も飲めるのだとか、成果を楽しそうに自慢している様にも思える。
 その後は宗教、政治と続いて終了。
 楽しそうだ
 また1年後に開催されるが、同じ様な話しになるだろう。
 外に出たら強い風と雨。
 傘は持って来たが、ズブねれになった。
 びしょびしょだ
 薪ストーブの傍で乾かしたらあっと言う間に乾いた。
 
12月25日(水)姉弟山の4等三角点「小川上」へ
 姉弟山に行く人この指止まれで、2人が同行する事になった。
 先日も行ったのだが、帰ってマップを見たらまだ先のピークではないかと考えて、再び行く事になった。
 5日前に登った足跡がまだ残っていた。
 雪はあまり降らなかった様だ。
 スタートする。

(スタートから248mまではGPS不調でログが取れず手入力)
 今回は赤テープを付けながら登る事にした。
 今後、登る人もいるだろう。
 今日の目標は4等三角点のあるピークまで行く。
 文月川に沿って進むが、途中で川の渡渉がある。
 前回の時より水かさが増えてなかなか渡る場所が無い。
 苦労してようやく渡渉個所を見つけた。
 林道を登る。
 最初は林道がある
 分岐が何ヶ所か有るのだが、其処には目印の赤テープを付けた。
 やがて5日前に行ったピークに達する。
 前回はここが姉弟山と思ったが、Google Earthを見たら、前回行った場所の松林が見えた。
 あれ〜まだ先にピークがある。
 木に囲まれていて先が見えず、そこがピークだとばかり思っていた。
 一度下って再び登る。
 尾根にそって歩くのでコースは分かり易い。
 そしてピークに達する。
 そこには赤テープがあった。
 しかし更に大きなピークが先に見える。
 GPSではそこが三角点らしい。
 一度大きく下って、急斜面を登る。
 松林の方向に行ったら、三角点はまだ右方向だった。
 尾根をさらに進んだら、木に赤テープや青テープなど派手に付いている木を発見。
 これが三角点だと、回りの雪を取ったら三角点が現れた。
 我々も真っ赤な新しいテープを付けた。
 ここまで2時間半かかった。
 三角点と一緒に

 派手な木がある

 頂上からの景色
 記念写真を撮って、少し下に降りて、風の当らない場所で昼食を摂る。
 風もなく冬にしては暖かい。
 ここで食事
 下りは途中からコースを変える。
 杉林の中を進む。
 道は無くGPSが頼りだ。
 しばらく降りたら、木の伐採が入っていた。
 すると道がある筈だと探したら道が出てきた。
 その道を下って変電所に出た。
 コースを変えて降りたので車の場所まで、雪の中をショートカットする。
 最初からその積りだった。
 途中に大きな沢があり、ここを越えて行ったら予想通り道があって車に着いた。
 深い沢越え
 姉弟山はどのピークを指すのかまだ文献が見当たらない。
 最高峰の306mピークが姉弟山だと推定している。
 今度、継続して調査を続けよう。
 今日のコースは尾根を歩くコースで、今時期の登山には良いコースだ。
 コース上にはかなり古い赤テープがあり、三角点を目指している人が付けたと思われる。
 テープの位置が高いのでかなり積雪がある時期に登山しているのが分かる。
 その赤テープは戻らずピークからさらに先に行っている。
 このコースは文月から江差山道に抜ける道と書いた文献もある事から、縦走をしたのかもしれない。
 今度は江差山道からのコースも探して見よう。
12月24日(火)クリスマスイブ
 今日はクリスマスイブ。
 夕方までには妻の居る桔梗に行く事になった。
 午前中は家の解体をする。
 2Fの妻の部屋のフローリングを総て撤去した。
 このフローリング外し

 すっかり剥がれた

 これは薪になる
 冬なのに汗が出るくらいだ。
 午後から家を出て買い物だ。
 まずは上磯ダイエーに行って、ケンタッキーフライドチキンを購入。
 更に手巻き寿司を買って桔梗に行く。
 近くのスーパーでケーキを4カット買って今日のイブの準備は終わった。
 夕方からサイレントクリスマスイブ。
 余り会話も進ます淡々と食事をして、無事?クリスマスイブは終わった。
 午前中の疲れからか眠くなり、布団に入ったらそのまま寝てしまった。
12月23日(月)雑用ばかり
 今日はあれこれと雑用ばかり。
 本の増刷をして、午前中は家の解体をする。
 ストーブの薪が無くなるとどうしてもやらなければ暖房が無くなる。
 家も解体出来、薪も確保できると一挙両得だ。
 一応石油ストーブは付いているが、あまり使いたくはない。
 朝食は餅を焼いた。
 昔ストーブの上で焼いたのを思いだした。
 最近はレンジでチンで終わりなのだ。
 網の上に餅を置くとぷっくりと膨らんでくる。
 そこでひっくり返す。
 焦げ目が少し付いた所で焼きあがる。
 外はカリカリで中はもちもちと、昔食べた餅を思いだした。
 砂糖が無かったので、醤油にみりんにした。
 レンジよりもはるかに美味しい。
 4枚食べた。
 美味しかった

 さらに荷物の整理をして、午後からは温泉に行く。
 月曜日はポイント2倍なのだが、今日は祝日だったので凄い混みようだった。
 ゆったり入って帰り、TVの女子大学富士山駅伝を見る。
 凄い登りを走るんだ。
 夜は女子フィギアのフリーを見る。
 今日は何となくのんびりした日だった。
 たまには良いか。
12月22日(日)資料入手
 昨日の夕方、南茅部在住で郷土史を調べているHiさんがやって来た。
 古部近郊の資料を多数持って来てくれた。
 彼の資料は貴重なものが多い。
 頂いた資料
 地元ならではの資料や国立図書館に行って収集したもの等、その質は私の収集した物とは比べものにならない。
 以前にも恵山関係の資料を沢山頂き、「磯谷山道」も判明したのだ。
 恵山を松浦武四郎が歩いた道も判明した。

 今回は古部関連の資料を持って来てくれた。
 私が古部を調べていて分からない所があったので、持って来てくれたのだろう。
 まずは古部鉱山が分かった。
 これは私が全く思いちがいで探していた。
 先日、古部鉱山への道を通って、古部丸山に登山したが、その道は鉱山の道では無かった。
 その時、歩いてた道は、旧道の線が強くなった。
 その方が嬉しいのだが・・・。
 古部鉱山は古部丸山登山の下りに通った道の傍に有った。
 その時は全く気がつかなかったが、露頭は現在崩落したのか見えなくなっているそうだ。
 数十年前には見えていた様だ。
 他に、明治44年の茅部郡古部の植民地区画図、明治23年の北海道庁発行の地形図、古部鉱山地質図などがあった。
 地元で製作した古部周辺の詳細な地形図には、道がはっきり書いてあり、今迄行けそうになかった山の傍に迄道がついていたりするので、この山は行けそうだと考えれば楽しくなる。
 鹿部丸山も大岩から入るルートがある。
 また岩戸の硫黄山などなどもあり楽しみだ。
 これからじっくり見て見よう。

 午後から原口から函館に来ている佐々木さんの家に行く。
 頼まれていた本の製作の原稿が出来あがった。
 見て貰ったらすごく喜んでいた。
 後、写真があるので挿入して欲しいとなった。
 親戚が集まって入れる写真を決めるそうなので、しばらく中断になる。
 帰りにホッケとジャガイモを貰った。
 ジャガイモは重かった

 頭付きホッケ
 ほっけは原口のほっけで、頭がついていて流石に大きい。
 これは干しておいた。
 ジャガイモは30kgくらいあるので当分困らない。
 ジャガイモでかなり過ごせるかな?
 昨日は、Hiさんから土偶クッキーを貰ったが美味しかった。
 沢山貰いものがあって嬉しい。
 土偶クッキー
12月21日(土)マスターズクリスマス
 昨日は桔梗に泊まったので、午前中は家から近い大野郷土資料館に行く。
 姉弟山に関する資料を調べたが新たなものは出てこなかった。
 町内会老人クラブ「マスターズ桔梗」のクリスマス。
 集まったのは68人と盛況だった。
 市内で2番目に大きい老人クラブだそうだ。
 参加している人は圧倒的に女性が多い。
 会長の挨拶に続き、恒例の今月が誕生日の人のお祝い。
 会長の挨拶
 そして食事会。
 質素な昼食
 食事も一段落したら、踊りやらカラオケがあったりする。
 踊り部

 踊り部
 最後にビンゴで盛り上がって終了した。
 こんなに集まった
12月20日(金)姉弟山(あねたかやま)登山
 松前藩の殿様が鷹狩に良く訪れた、姉弟山に登って来ました。歴史的な山なのに知ってる人はなかなか見つからず苦労しました。
 北斗市のYさんが写真を送ってくれたので、それを頼りに探しましたが、土地勘が無いのでなかなか山裾には行けませんでした。
 新聞配達の方に聞いたら道はあるようだが、今はどなっているかいるか分からないと言う。
 徐々に判明して来た道だが、今迄の調査で入り口は分かった。
 その道を今日行く事になった。
 今日のコース

 車中から見える姉弟山
 道は林道になっていたが先は倒木も有り、相当長い間車は入っていなかったのであろう。
 入口の林道
 相当前に植林が行われたのだろう。
 道は文月川に沿って進んでいる。
 文月川
 この川はかなり奥まで入っているそうだ。
 倒木も多い
 鷹も清水を好むらしい。
 文月川を渡渉して山道の登りに入る。
 山道登り
 山に登るが林道が分岐して分かりにくい、
 かなり上まで来た
 林道が無くなると道は全く分からず、勘で進んで行く。
 林の中は特に分かりにくかった。
 道が無い
 かなり上に近づいたら、赤いテープがあった。
 下にも赤いテープがあったが何の印なのだろうか、山道の案内にしては途中の分かりにくい所には無い。
 この辺りには昔の山道らしい跡も見られる。
 少し先に行ったら頂点に着いた。
 ここがピーク
 勿論標識も無いのでここが姉弟山かどうかはわからない。
 更に尾根を一度下って再び登ると三角点があるのピークなのだが・・・。
 どちらが姉弟山かはっきり書いた資料が無いので不明だが、いずれにしてもこの尾根の山なので、今後さらに調べてみる。
 到着だ!
 ピークの景色が回りに木が多いのであまり良くは無かった。
 頂上で写真を撮って直ぐに下る。
 
12月19日(木)ぶんぽ研忘年会
 今日は雨の天気。
 どこにも行けそうにない。
 残った仕事を片付ける。
 道南の旧道シリーズ「川汲峠」の執筆を行った。
 歴史のある山道なので、これだけで19ページになってしまった。
 山道の案内だけでなく、歴史も書くのでついついページが多くなってしまう。
 道南は沢山の旅人が歩いているので、文献が多く残っている。
 山道と歴史が一体化すれば面白いものが出来るだろう。
 川汲峠は出来た

 年賀状のあて名書きをしたが、プリンターの位置づれが発生し10枚が駄目になった。
 郵便局で交換して再び宛名を書いて終わった。
 年末の仕事がどんどん片付いていく。

 午後からのんびり温泉に行くことにした。
 しばらく入る余裕が無かった。
 今日はぶんぽ研の忘年会があるので、こぎれいにして行こう。

 ぶんぽ研と上磯地方史研究会の合同忘年会がホテル函館山で行われた。
 車で行く。
 集まった会員は26名で役場関係、観光協会などなど。
 司会は何時ものように菅野氏、木下会長の挨拶の後乾杯して会食。
 菅野氏

 木下ぶんぽ研会長
 最近は単身生活で妻の手料理も頂く機会が減ったので、美味しい料理に満足する。
 美味しかった
 宴は代表二人に依る、今年を振りかえっての報告があり、恒例の○×クイズ。
 我がテーブルは同点で首位だったものの、「シカ肉は別名何?」が全く分からず、負けて2位になった。
 因みに「もみじ」だそうだ。
 そう言えば花札に有った。
 その後カラオケが始まり、最後に皆で合唱して終了。

 楽しいひと時だった。
12月18日(水)クリスマスパーティ他
 今日は健康サロンin明和園のクリスマスパーティだ。
 10時前には次々に集まって来た。
 プレゼントが一杯

 妻も飾って
 私の担当は青森ねぶたを皆で跳ねる事だった。
 しかし、2日前の「たけしのTVタックル」を見た時、有名なお医者さんが、お年寄りはリズム感が無くなる。
 そこで良いのはリズムがあって、楽しくて運動になるのは盆踊りだと言っていた。
 そうだ、これにしよう。
 YoutubeとMusiccripから北海盆歌と炭坑節をダウンロードした。
 スマホのイヤホーンと、家にあったコンポのAUXを繋いで、テストしたらOKだった。
 出力は70Wなのでかなり高い音が出る。
 朝の6時から踊りの練習をして覚えた。
 会場にコンポのセットも終え、開始になるのだが、今日は毛利さんの司会で進めて欲しいと言われて、やる事になった。
 まずはウォーミングアップの盆踊りから。
 皆で輪になって踊るが女性が多いのでスムースに流れる。
 2曲踊ったらいい感じで運動が出来たし、盛り上がった。
 盛り上がった盆踊り
 そして次々ゲームを展開して行く。
 妻もゲームに積極的に参加している。
 人間のオセロ
 ビンゴもやって、プレゼントを貰って、最後はクリスマスソングを歌って終了。
 なかなか盛り上がって楽しかった。
 全員で
 妻を乗せて桔梗に帰る。
 家でしばらく話すが、一緒に居た時よりも会話が進む。
 
 クラスの50年記念誌が出来たので、今日は発送作業がある。
 時間がまだあったので、近くの姉弟山を探しに行く。
 姉弟山
 北斗市のYさんから写真は頂いていたが、遠くから見えるのだが、近くに行くと山が見えなくなるので方向がしっかりしない。
 小高神社の近くに居る人が詳しいというので、神社を探したらあった。


 そこの看板には「樺太からの引揚者が入植した場所で、船上げ地区という。・・中略・・この辺りは松前藩の鷹場だった姉弟山(あねたかやま)に通じる道で藩主も鷹狩りに良く通った道である」と書かれている。
 この辺りなのだ、近くの伊藤さんの家に行く。
 年配の方が出てきた。
 話しが上手くかみ合わない。
 そこに新聞配達の方が来た。
 話したら、行けるかどうかわからないけれど、この先の左カーブの次の右カーブの所に、沢に沿って入る道があるという。
 早速行って見る。
 長靴で少し歩いたが、方向も何となく良い。
 これが山に通じるのか

 沢のそばを麓まで行ければ・・

 今度、山の装備をして来よう。
 戻って来たら近くの家の方が歩いていたので聞く。
 山に行く道はあるようだが、最近は行っていないようだ。
 ここにはT林業が入って植林をしているので、そこに聞いたら分かる筈だと言う。
 早速T林業に行ったがT建設になっていた。
 女性が出てきたが姉弟山は知らないという、事務所に居た男性にも聞いたが分からない。
 よく知っている人は仕事に出ていて、まだ戻っていないようだ。
 まあ良いかと帰る。

 真っ直ぐ同級生の喫茶店に行く。
 50周年記念誌の印刷が終わって配達されたので、今日は配送作業をする。
 これで総て記念誌出版作業は終わった。
 担任の先生が、クラスの記念誌でこの様にまとまったのは、恐らくないだろうと言う。
 A4で130ページあり、内容も充実している。
 本は道立図書館、文書館や函館中央図書館にも寄贈した。
 最後の発送作業

 立派な表紙だ

 内容の1部。

12月17日(火)今日も函館山
 「天気が良いので函館山に連れてって!」という事で出発する。
 男性2人と女性2人を案内する。
 先日の古部丸山に登った3人プラスSさんが初参加。
 70歳が4人と少し若いS子さん。
 今日のコース


 ピークが2回

 まずは入江山に登る。
 尾根を少し登ったら道がある。
 この道は?と早速行って見る。
 しかし間も無く先は無くなった。
 要塞関係の道なのだろうか?
 再び尾根を進む。
 今日は快晴の春の様な天気で空気も澄んでいるのでな、駒ケ岳まではっきり見える。
 駒ケ岳が綺麗だ

 笹の急斜面

 良いベンチがあった

 皆で記念撮影
 急斜面にあえぎながら入江山に着いた。
 要塞周囲の道路

 要塞

 要塞

 景色の良さに思わず撮影
 ここで写真などを撮って、男性の二人組と別れる。
 男性は観音コースを下ってスタート地点に戻る。

 3人で林道を歩いて行ったら、坂口さんとばったり会う。
 坂口さんと
 日本の300名山を登った超ベテランだ。
 家から歩いて来たという。
 さすがに凄い健脚だ。
 寒川への道を下る。
 雪は少なく土が出ているので、そのぬるぬるした土に足が滑る。
 でもロープがかなり張られているので、確保は十分に出来る。
 海に出て食事。
 春の様な天気で暖かい。
 寒川
 のんびり食事をしてから戻る。
 海岸を少し北に向かい。
 安政時代の道を登る。
 200年前の「南部藩蝦夷地経営図」の出ている道だ。
 いきなり深い葦の茂斜面を登るが、なかなか前に進まない。
 途中から沢に入り登るが、この方が楽だ。
 沢を登る

 何キノコだ?
 高度をどんどん上げて行くが、あれ〜道が1本違う!
 安政時代のコースが見下ろす様に見える。
 今更戻るのも嫌なので、この尾根を進むことにする。
 笹は短くなって歩きやすくなったが、斜度はどんどん増し、一歩づつ進む感じになった。
 藪の急斜面が続く

 石が大量にある

 一本の木が4枝に

 最後の急斜面
 やがて斜面も緩くなり林道に出る。
 林道を歩いて水無沢コースを下る。
 夏は草木が伸びて歩きにくいが冬はすいすい歩ける。
 そして到着。
12月16日(月)スノーシュキーテスト
 原稿の校正をしたので、その手直しをして完了した。
 原口の佐々木さんが函館に来ているので行ったら居ない。
 もしかして誰かに送って貰って原口に行ったかな?
 そう言えばジャガイモを呉れると言っていたっけ。

 薪が無くなって来た。
 解体が追いつかない。
 急遽ベッドを解体した。
 自作ベッドも解体
 これで2日は大丈夫だ。
 まるで蛸が自分の足を食べているのと同じだ。

 午後から函館山に行き、スノーシュキーをする。
 函館山の5合目まで行って、そこから下ってテストをする。
 途中で会ったおばさんに凄い装備だねち言われた。
 雪はぐさぐさ雪

 5合目到着

 こんな感じになる

 さあ〜行くぞ!

 これが恥ずかしい。
 みんなハイキング程度の装備なのだ。
 5合目で履いて下る。
 カンダハーの締めが弱かったので後ろが左右にずれる。
 直進性が無くなるので、良い感じでは無い。
 横ぶれしない様にストッパーを付けよう。
 あとは短いスキーなので安定性が今一つで滑りにくい。
 それでも下まで来たら徐々に慣れて滑って来られる。
 後は馴れか?
 昨年に比べ格段に良くなった。
 まだまだ改良を加えて行く。

 今日は鍋だ
 冬になったので鍋が良い。 
 先日100円で買った白菜と豚肉で作る。
 ストーブの上でことこと煮て出来あがり。
 漬け物は秋田のカッパリクラブから頂いた、いぶりがっこ。
 美味しい。
12月15日(日)原稿が出来た
 頼まれていた「下二股口台場」の投稿原稿と本の復刻版の入稿作業が終了した。
 今朝も朝の4時から作業していた。
 長時間のキィボードを叩くのは疲れる。
 目はしょぼしょぼになるし、右腕や肩が疲れる。
 この数日間で40ページ作った。
 後は校正をして、手直しをして終了になる。
 仮印刷した
 来年でも良いのだが、何とか今年中に決着をつけて、新年はすっきり迎えたい。
 でも年末年始は、孫達が来れなくなった。
 旦那が自宅待機なので、動く事が出来なくなった。
 万が一のトラブルがあった時に備えてのものだ。
 その代休として1月中旬には来られる事になった。
 今年は夫婦二人でしんみりした正月かな。

 台湾の親戚からカレンダーが送られて来た。
 自転車愛好者としては嬉しい。

 姪っ子の旦那の台湾人Andrewは自転車製造メーカーに勤務しているので、何時も最新パーツを送ってくれる。
 それにしても、台湾メーカーの技術進歩は凄い。
 軽量化がどんどん進んでいて、今回の写真を見たらチエーンまで骨抜きの軽量化が行われていた。
 恐るべき台湾だ。
 写真の自転車は普通のサイクリング仕様だ。
 値段も安いし、めちゃめちゃ格好が良いな。
 世界一の自転車製造国だから、メーカー同士の切磋琢磨が凄い。
 最近はGIANTの人気が落ちているようだ。
 余りにも多すぎるのが原因らしい。
 メリダが流行っているそうだ。
12月14日(土)カーリングを見る
 昨日はGHに泊まる積りだったが、夕方から女子のカーリングのオリンピックをかけた対中国戦の試合がTVで放映されるので急遽新居に行く。
 GHはBSが入らない。
 外は吹雪なので、車は圧雪と吹雪でのろのろ運転を強いられ、凄く時間がかかった。
 家に行っても、原稿書きと本の製作で、全く休まず夕方までパソコンに向かう。
 カーリングの試合は圧倒的に中国に負けて、日本はギブアップした。
 中国はショットが凄く正確で、これではなかなか勝てないと実感した。
 終わって食事して夜遅くまでパソコンに向かう。
 そんな事でブログも中味が全く無い。
 明日までに何とか終えてすっきりしよう。
12月13日(金)妻の通院サポート
 昨日、新居に泊まったのは妻の通院が今日あるためだ。
 今回で現在の病院は辞めて、近くの病院に通院することになる。
 月に1度の診察なのだが、今は薬を貰うだけで、血圧も薬を飲んで居れば安定している。

 昨日(今日?)は午前1時まで起きていたのだが、朝は相変わらず5時に起床する。
 パソコンに向かい本作りと、他に頼まれた投稿を作り始める。
 3時間作業して朝食を摂る。
 暖かい味噌汁が嬉しい。
 
 病院に行って帰りはホームセンターで買い物をして、私は再びGHに戻る。
 これだけで一日が終わってしまう。
 外は寒くなった。
 薪がどんどん消費して行く、これからは寒さの中で薪切りをしなくてはならない。
12月12日(木)新居で泊まり
 午前中にK子さんが旦那と一緒に来て、自分の娘宅の灯油を抜きたいという。
 家をオール電化に改築したので、灯油が不要になったのだ。
 早速金切り鋸を持って出発。
 灯油を抜くのは簡単に出来る。
 ましてタンクも不要で灯油が無くなったら撤去するのだ。
 フィルターから出ている銅管を、灯油缶の高さに合わせてカットするだけだ。

 灯油缶4缶分を入れて終了。
 総て無くなったら、灯油缶の撤去も頼まれた。
 もちろんオーケーだ。

 家に着いたら江差の高級割烹旅館「群来」の社長から電話が来た。


 4年ぶりに話す。
 社長から「声が若くなったね」と言われてご機嫌。
 全回会った時は250km冬期野宿のゴール後だったので相当疲れていて、声もあまり出なかったかも知れない。
 本が着いたよの連絡だったが、新幹線開業に合わせて色々な動きがあるようだ。
 「毛利さんが折角調べて歩いた道なので、観光ルートとして定着させたい」と言う。・
 さらに台場への道付けや、立派な看板も設置して行きたいと言う。
 「桧山支庁や議会議員などを動かすからその時は頼む」と言われた。
 下二股口台場や土方歳三が歩いた道がクロ−ズアップされれば嬉しい。
 「下二股口台場 調査報告」送ったのだが、お客さんから直ぐに欲しいと言われ送ったそうだ。
 追加で2部発注が来た。

 昼を食べてから、北斗市の姉弟山を探しに行く。
 松前藩の鷹場があった山なのだ。
 山の写真は北斗市のYさんが撮って彼のブログに載せてくれた。
 姉弟山

 写真を持って出発。
 雪が降って来た。
 車中から眺めて写真の山を探すがなかなか見つからない。
 文月神社の入り口のTさんが知っている筈だ、とのメールも頂いて居たので寄ったが、誰も出てこない。
 仕方がなく再び探したら写真と同じ山が見えた。
 山麓まで行きたいが土地勘の無い場所を走っているので、なかなか辿りつけない。
 その内雪が降って来て、山も全く見えなくなってしまった。
 今日は諦めて妻に居る新居に向かう。

 久しぶりに美味しい手料理を食べて、夜はカーリングの試合を見る。
 北海道銀行のチームが日本代表で出ていて、2位に入ればオリンピックに出られる。
 ラトビアに逆転勝利で3戦全勝だ。
 この競技は自分ならどうする考えられる楽しみがある。
 結局午前1時過ぎまで見てしまった。
 でも妻に言わせると殆ど寝ていたよだった。
12月11日(水)健康サロンin明和園
 昨日、佐々木さんから頼まれた本作りを朝から始める。
 長い時間のキーボード打ちで疲れる。
 9時前に函館駅に電車で来る妻を迎えに行き、明和園に行く。
 健康サロンでの最初のストレッチは妻がリーダーで行った。
 妻がリーダーをしていた
 その後、派遣された女性の指導で体操をして運動は終了。
 来週行われるクリスマスパーティの打ち合わせ。
 ゲームやビンゴや歌を行う事が決まった。
 今年はこれで行くんだなと心で思っていた。
 すると「毛利さんのねぶたを忘れていた!」
 あ〜思い出してくれたのか・・・。
 今年はやらなくて良いかなと思ったのに・・・。
 結局みんなの賛同でやる事が決まった。
 そして待望のお昼ご飯。
 え〜かつ丼だ!!
 昨日もかつ丼で今日の朝もかつ丼だった。
 豚と鳥の違いはあるが違ったメニューが欲しかった。
 今日はかつ丼だ。

 妻を家に送って行く途中に、友達の家に寄り、明後日の病院行きの診察券を頼む。
 病院の近くに住んでいるので、朝早く出しておいて貰うのだ。
 その後、妻が靴を買いたいと言うので上磯ダイエーに行く。
 帰って再び本作りに専念する。
 ひたすらガリ版作りの本から打ち直しをする作業だ。
 でも中味は面白い。
 原口郵便局に始めて手動交換の電話が付いた話しだ。
 昔は受信者指定で電話が来れば、その相手を家まで迎えに行って連れて来たのだ。
 そして電話で話して貰う。
 まだ7軒しか電話が家庭に付いていない時代の話しだ。
 これを作り直す
 しばらくこの状態が続く。
12月10日(火)年賀状印刷
 今日は天候も悪そうなのでパソコンに向かう仕事に専念する。
 道南の旧山道を纏めているのだが、なかなか捗っていない。
 そこで今日は川汲峠を執筆する。
 ひたすらパソコンと向かいあい、何とか24ページに纏めた。
 でもこんなに枚数が多いと、道南全ての山道がまとまったら何ページになるんだろうか?
 300ページにはなりそうだ。
 はやくやらねば。

 朝食と昼食は昨日の「花の湯」のまんぷく鳥カツ定食の持ち帰り品で、カツカレーとカツ丼を作った。
 美味しかった。
 カツカレー

 かつ丼

 美味しそう
 1食200円にも満たない。
 まだ2切れ残っている。

 次には恒例の年賀状作り。
 例年は夫婦共通の方に出す年賀状と、それぞれの友達に出す年賀状は別々で、3種類作っていた。
 しかし一部の方から離婚されたのではと思われていた。
 今はお互い単身生活なので、これでは完全に離婚と思われてしまう。
 そこで今年は連名で1種類にした。
 完成した

 午後から松前原口の佐々木さんと会う。
 冬になると一人暮らしは心配だからと函館の息子の家に来る。
 と言っても息子さんは地方の郵便局の局長をしているのでいつもは家にはいない。
 佐々木さんから話しがあると言うので訪問した。
 桜松街道は全国表彰を受けて、先日記念碑の除幕式も行った。
 もう俺の仕事は終わりだと言っていたが、今後の手入れをやる組織を作りたいようだ。
 開発局がやってくれるのだが、地域で育てる仕組みを作りたいようだ。
 アドバイスを色々したが、84歳で頑張るな。
 一度脳梗塞で倒れ、もう歩く事は困難と言われていた。
 しばらくリハビリをしてから、病院の許可を貰って私の家に来た。
 車からも出られない状況だった。
 私は色紙に「夢をあきらめないで」と書いて渡した。
 彼曰く足が丈夫であちこちを歩いている人のパワーを貰えば、絶対治ると信じてたのだ。
 しっかり手を握って帰った彼は、それから歩けるまでになった。
 凄い精神力だ。

 本を作りたいと言う。
 自分史的な本だ。
 出版会社で見積もったら、驚く値段で諦めていたが、私が本を作っているのを思い出して相談したのだ。
 何とか作りたいと言うので、私の何時も作っている本であれば良いですよと引き受けた。
 次々とやりたい事が浮かんでくる。
 こんな元気なお年寄りになりたいものだ。
12月9日(月)食料十分の単身生活
 朝から薪割りをやる。
 太い丸太が有るのだがストーブには入らない。
 そこで斧で切る。
 腕前は95%が一発で半分に割れたので満点だ。
 まだまだ腕は落ちていない。

 9時にガス会社が来る。
 家を解体するのでガスを止めるのだ。
 作業を見せて貰う。
 配管は意外と深い

 ガス止め作業
 車道の直ぐ傍の敷地内に配管が通っていた。
 スコップで掘り起こすと、6cm位で緑のパイプが出てきた。
 鋼管の表面にビニールコーティングがしてあるのだ。
 ガスを止めるのは本管工事なので、舗装を剥がさなくてはならない。
 そこでガスパイプをカットしてガスは出るが、そこをビニールで止め、60cm位離してまたカットしてパイプを抜く。
 ガスは漏れて臭いはするが、直ぐに管の端にガス止めを付けて終了した。
 これで完了

 最後に標識を立てる
 意外と簡単なものだった。
 これで26000円の費用が発生する。

 工事が終わって妻の居る新居に行く。
 洗濯ものが溜まっているので、洗濯のみをして貰い、後は家で乾燥させる。
 薪ストーブ乾燥はあっという間に乾く。
 GHに洗濯機はあるが現在は水道が繋がっていない。
 繋がる間、しばらく世話になる。

 親戚からお歳暮が届いたと言うので、こちらも贈り物を買いに行く。
 昆布製品が好きなので昆布館に行く。
 配達もして貰い完了。
 裏道を戻る途中白菜100円が見えた。
 窓が曇っている
 これは買わなくては。
 今白菜は1/4で125円とかする。
 ついでにホウレンソウ、長ネギも購入。
 いずれも100円。
 ここのおばあちゃんが漬けた物が「悦ちゃんの漬け物」の名で売っている。
 赤カブのせんまいづけが美味しそうだったので購入。
 200円だった。

 家に着いて妻と半分分けする。
 私は温泉に行く事にしていたが、妻は新居の風呂に入るのでと言うので、一人で花の湯に行く。
 新居のお風呂も立派なのだが私は温泉が良い。
 ゆったり入って出た後温泉の食堂で遅い昼食を摂る。
 500円の「まんぷく鳥かつ定食」だ。
 このボリュームだ
 いつもながら凄いボリュームだ。
 当然食べ切れない。
 10枚のカツの内2枚を食べて、後はジップロックに入れてお持ち帰り。
 明日からの食料だ。
 貧乏症だ。
 単身生活をしてから殆ど食料は購入していない。
 山友達から貰ったパンは1欣あったので4食も食べた。
 カレーは6皿作ったのでまだある。
 昨日はFさんからカレールーや米を貰った。
 皆さん私がひもじい生活を送っていると思って下さるのか、その気持ちが嬉しい。
 他に旅用に買い集めていたパスタや缶詰めがある。
 冷蔵庫には焼きそばとモヤシが入っている。
 あんかけ焼きそばも出来る。
 そして今日は妻から、グラタンと肉を貰って来た。
 今日買った白菜は鍋料理に使う。
 まだまだ耐乏生活は出来る。
 元々美食家では無く貧乏旅人なので、粗食には慣れているというか、あまりこだわりが無い。
 「塩の道=千国街道」踏破の時は食料店が無く、3日くらい僅かな食料しかなく、後は水で凌いでいた。
 でも全く平気だ。
 塩の道

 最高の雰囲気だ
 妻も水さえあれば1ヶ月は生きられるよと全く心配しない。
 何とかなるもんだ。
 旅の面白さは食事も忘れてしまう。

 今、単身生活しているが、仕事が現役の頃、千歳から五所川原に単身赴任した。
 会社契約の幹部のアパートに入ったので、管理人のおばちゃんが居て食事も食べられたが、私は赴任したその日から自分で調理を始めた。
 それから3年間調理の勉強をしたので、美味しい美味しくないは別にして、大体の料理は出来る。
 だから今単身生活しても困る事はない。
12月8日(日)川汲峠登山
 明治元年12月8日(新暦)に土方歳三は、川汲峠で箱館府兵を撃退して川汲峠で徹夜した額兵隊星恂太郎隊長と川汲峠の頂上で会う。
 箱館戦争で土方隊としては初戦の場所だ。
 そこを訪問する。
 今日のコース

 同行は旦那さんが私と同じ会社だったFさんの奥さんと昨年青森ねぶたで会ったYさん、さらに山仲間のKさんの三人でFさんは山は殆ど登っていない。
 他は山の経験は多い。
 当時の川汲峠は雪が1m積もっていた。
 しかし今は登山道は雪が全く無い。
 今日テストしようと思った、スノーシュースキー?のテストも取り止めて、スノーシューも置いて行く。
 テストが出来ず
 地球温暖化もここまで来たのか。
 途中でふきのとうが出ていた。
 ふきのとう
 生き生きとしたふきのとうにお前も間違って出てきたのか?
 可哀想にこれから雪が降るんだよ。
 川汲旧旧峠に着いた。
 旧旧川汲峠

 
 ここは明治の道路があり、この山道を土方隊が登って来た。
 今、この道の存在を知る人は少ない。
 道を少し下りて散策する。
 明治の山道

 藪が深い

 私も1枚
 ここには新政府軍の塹壕が残っている。
 急斜面を登って行った土方隊も上から撃たれたら立ち往生だ。
 箱館府の塹壕
 最後の登りも雪が無く台場山山頂に行いた。
 台場山山頂
 ここから川汲温泉に下る道がある。
 数日前に誰かが来たような足跡があった。
 この道は間道で、本道のつづら折れで上からの銃撃で立ち往生した隊を、迂回作戦で支援した道になる。
 台場山は無風で太陽も燦々と照り暖かい。
 はるか遠くに横津岳や函館山が見える。
 横津岳

 暖かい中で昼食
 食事後下山する。
 下山する途中でもう一つ塹壕を見つけた。
 新たに塹壕が見つかった
 まだまだ旧旧山道の上には塹壕があるのかもしれない。
 本格的に調査しようかな?
 帰りは明治の道を下りたいと言う要望に応えて、藪漕ぎの道を下る。
 途中に椎茸の出る木があるのだが、2個乾燥した状態で付いていた。
 椎茸の木

 大きいのが1枚獲れた

 旧道は楽しい

 雰囲気が良い

 思わず高い所に

 良い景色だ

 黙々と歩く
 途中1個所崩壊した場所があるが、そこは下に下ってまた登る。
 最後は大正道路が出来たお陰で道が寸断されたので、尾根を下って無事下山した。
 急斜面の尾根下り

 よいしょっと
 Fさんの家でしばらく雑談するがかなり楽しい雰囲気で話しが出来た。
 帰りに米とカレールー、サラダ油をいただく。
 こんなにいただいた
 単身生活には有難い。
12月7日(土)イザベラ・バード講演会
 今年は雪が少なく雪かきも1度しかしていなかったが、今朝は湿った雪が積っていた。
 一気に片付ける。
 一気に除雪した
 いつもの様に執筆を2時間くらい行なって、昼の食事を作る。
 久しぶりにカレーにする事にした。
 妻から貰ったジャガイモとタマネギとニンジンがあった。
 カレールーをスーパーに行き購入して帰って来て始めようとしたら、サラダ油が無い。
 またまた歩いて買いに行く。
 まだ何がここに足りないのか把握できていない。
 カレーは薪ストーブの乗せて加熱する。
 ガスの様に早くはないが、ことこと加熱している。
 昔はこうだったんだろうな。
 急いで作れないから早くから準備して作ったのだろう。
 カレールーを入れて完成した。
 薪ストーブは便利だ。
 カレーが出来た

 午後から「函館・文学の歴史散歩道」第3回「イザベラ・バードの見た函館」を聞きに行く。
 ななかまどの赤と雪の白
 車を基坂に置いて会場に向かったが、まだ1時間も余裕があった。
 そこで「函館市北方民族資料館」に行く。
 蝦夷の道と言うのはアイヌ民族の踏み分け道から始まっている。
 その辺りの情報が無いのか見に行く。
 一般は300円だが65歳以上の市民は150円で見られる。
 一番の興味は履きものだった。
 冬はどの様な履きものだったのか?
 入っていきなり絵がある。
 そこには雪の上を裸足で生活しているアイヌ民族の絵があった。
 冬も裸足だ
 冬でも裸足は驚いた。
 その後は獣皮等の靴を履いていた。
 アイヌ民族独自の文化で、草鞋等の和人の文化はなかった様だ。

 ここに転じているカヌーはいつ見ても凄い。
 明治8年に開拓使の黒田長官が千島から持って来たものだ。
 今のカヌーと殆ど変らない。
 カヌーは今と変わらない

 アッシも綺麗だ
 講演の会場には山仲間のMi女史、坂口さん、有名な観光ガイドの中尾さんも来ていた。
 私はイザベラ・バードの「日本奥地紀行」読んで、その凄さに感動して日本橋〜日高まで全コースを歩いた。
 2010年の事で踏破には59日間かかった。
 明治11年の彼女の歩いた道を出来るだけ忠実に歩いたが、歴史的な街道の峠を1個所を除いて全て踏破した。
 昔の街道も今は集落に人も居なく、店も無く食料の確保などにかなり苦労した。
 新しく出来た国道の方に集落が移動した。
 米沢十三峠などは、今は国道が出来たので誰も歩いていない。
 苦しい事の連続だったが、今となれば懐かしい思い出だ。
 こんな登りばかりだった

 峠に着けば一安心

 講演は櫻井健治氏によって行われた。
 「日本奥地紀行」の文書の引用が多かった。
 この本は旅の資料作りに恐らくは30回は読んでいる。
 そして旧道のコース調べや当時の各地の様子等を3ヶ月に渡って調べたので、情報はかなり持っており、今回はイザベラ・バードに関してはあまり目新しい事はなかった。
 彼女が旅した当時の北海道のイメージはこうだったと言うのは面白かった。
 雰囲気が分かりそうだ。
 彼女を旅人と読んだが、私は冒険家だと思う。
 川が氾濫して上流から来た船が沈没する場面がある。
 その時彼女は「乗ってっていた皆は三途の川を渡った」とさらっと言い、川が荒れて出られないと言う船頭を強引に出させて向こう岸に渡るなど、旅人では考えられない場面も多い。
 貰った旅の年表を見て、旅の事が脳裏に浮かぶ。
 もう一度旅したいな。
12月6日(金)一日の流れ
 一日何をやっているのか?
 次々現れる仕事に追われている。
 別に急がなくても良いのだが、性格が忙しくしてしまう。
 4時起床   ベッドで桔梗の歴史を読む。
 6時     起きて薪ストーブを炊く。
        朝刊を読みながらコーヒーを飲む。
        年賀状のデザインと文書を決めた。後は年賀状を購入したら印刷する。
 7時     食事を作る。チャーハン風キノコあんかけ。
 8時     注文を受けた本を印刷開始。印刷をしたまま・・
 9時     家の不要物を解体して薪にする。
 10時     戊辰戦争で使用した銃について調査した結果を資料に纏める。
 12時     昼ごはん。
 12時30分  本の印刷が終わり、製本をする。
 15時     高校のクラスで発行する50年記念誌を発送する準備
        領収書と振り込み用紙に自分の口座を印刷。
 15時30分  喫茶モーリに行き、記念誌の発送打ち合わせ。
 17時     帰宅して夕食作り 
 18時     新聞を読みながらコーヒータイム。
 19時     テレビのニュースを見る。
 21時     多分布団に入り、ラジオを聞きながら、本を読み眠くなった所で、ぱたっと寝てしまうだろう。
 こんな感じで一日が経過する。
 そんな訳であっという間に一日が終わる。

 江差の高級割烹旅館「K」から頼まれた本は5部完成した。
 2007年に「土方歳三の蝦夷を歩く」のタイトルでの冬期野宿旅の紀行文だが、旅館を予約したお客さんが土方ファンだったの、事前に差し上げるそうだ。
 今回は中味を少し校正した。
 忘れないでいてくれるのが嬉しい。
 5部完成した
 明日送ろう。
12月5日(木)ぶんぽ研例会&台場山調査
 昨日は新宅に泊まったがあまりの良い環境に寝られず、2時頃まで起きていた。
 それなのに起きたのは5時半だった。
 妻が起きるまで本のチエックをする。
 2007年に実行した「土方歳三 蝦夷を歩く」の本を2部欲しいと、江差の高級割烹旅館「群来」から電話が来た。
 来年お客さんから宿泊予約が入ったが、土方歳三ファンなので事前に贈りたいと言う事だった。

 他にも使いたいので5部欲しいと言う。
 お金は払うと言うが「群来」には土方の道を歩いた時、江差のゴールの後、無料で4人分も宿泊させて頂いた。
 その恩もあるので、どうするか悩ましい。
 本を全編見直しをしたが、自分で歩いた事が目に浮かんできて楽しい。
 3時間で見直しを終えた。
 1週間以内に印刷して発送する。

 午前中はぶんぽ研の例会。
 相変わらず同じメンバーが集まる。
 最後に「台場山」の報告をさせて頂いた。
 1部の方から印刷に金が掛るので、補助してあげてと言う声があった。
 実際多くの部数をカラーで印刷するのは厳しい。
 会長も何とか支援してくれそうだった。
 有難い。

 昼から妻の握ってくれたおにぎりを一個食べて、台場山に向かう。
 新しい下二股台場を書いた絵が見つかったのでその検証に行く。
 最初は江差山道の左に建物があった場所だ。
 注意深く見て言ったら、平坦な場所はここだけだった。
 後は上まで傾斜地ばかりだ。
 ここだろうと思ってさらに上に歩いたら直ぐに、弾薬庫ではないかと思っている場所だった。
 この弾薬庫はもしかしたら炭焼窯かも知れない。
 そうなればこの近くにあった建物は、弾薬庫関係か炭焼関係の建物になる。
 まだ判断は先になる。
 唯一の平坦な場所

 さらに登る。
 お風呂と米とき場が有ったと言う。
 その場所は思い当たるので見に行った。
 確かに平坦な場所で、その直ぐ傍には結構大きな沢が流れていて、風呂や米とぎの水の確保も容易だったであろう。
 古文書にある水は沢から引いていたと一致する。
 ここが風呂と米とぎ場か

 隣は幹部の建物の場所

 江差山道

 ついでに江差山道を歩く。
 するといきなりの雨が降って来た。
 濡れそうだ!
 古図に書かれた楢の木の切り株を探す。
 それらしい場所にあったが、楢の木かどうかが分からない。
 でも太いので当時の木で有るかもしれない。
 下二股川の傍に書かれていたが、この木の直ぐ先は下二股川だ。
 木の勉強もしなくては・・・。
 この木は?

 二股岳が見えた

 江差山道から見た稲妻塹壕

 ついでのまだ調査していない、エリアを調査する。
 手が加えられた地形があちこちにある。
 窪みが多い。
 F4塹壕

弾薬庫も相当数必要だったので、多くは有る筈だが、弾薬庫と言う確証が掴めないので難しい。
 雨の中すっかり濡れて北斗市郷土資料館に行き、ストーブに暖まる。
 興味ある資料を3冊借りてくる。
 その資料の中に、新居の傍にある3軒通りについて書いてある。
 その由来が分からなかったが、しっかり書いた資料が見つかった。
 今度の町内会の集まりでみんなに紹介しよう。
12月4日(水)資料作り
 午前中は家の解体を進める。
 そして解体した材料をストーブに合わせてカットする。
 あっという間に大量の薪が出来る。
 これを炊いて無くなったら又家を解体する。
 一度に解体してしまうと薪の置き場に困るので、必要な量だけ解体して用意する。
 当分薪には困らないな。
 
 NTTが来て電話回線とフレッツ光の配線を撤去する。
 解体の準備が着々と進む。
 NTTの撤去工事

 少しの解体を終えて資料作り。
 明日はぶんぽ研の例会があるので活動報告をしたい。
 私は毎月の様に報告をしているが、これで良いのかな。
 例会では一部の人の報告になっている傾向がある。
 資料は10ページ程度だが、13人分くらいカラー印刷すると、あっという間にインクが消耗するので辛い所だ。
 北斗市資料館に届ける「下二股口台場調査報告書」も印刷。
 今日は200枚くらい印刷した。
 印刷した〜

 印刷をバックグラウンドでやり、合間に弾丸調査。
 先日新政府軍の塹壕付近で、見つけた木に刺さった弾丸らしきものは、ミュニー銃の弾丸と径が似ているし、弾の後部が良く似ている。
 先日見つけた跡
 直径は14.4mmだが、同じくらいだ。
 ミニューの弾丸だが、底部が似ている
 明日のぶんぽ研の例会の後に台場に行って見よう。

 午後から久しぶりに新居に行き、妻と温泉にでも行こう。
 ぶんぽ研の例会は北斗市なので、GHより新居の方がかなり近いから、こんな時に行って新居に泊まろう。
 私の寝具は持って行って無いが、何か有るだろう。。
12月3日(火)古部丸山登山
 旧道探しで見つけた古部鉱山の馬車運搬道路を利用して、古部丸山に行く事になった。
 案内する人は6人になった。
 残雪期の登山は行っていたが、初冬の登山は始めてだ。
 函館市の東海岸を走って行くと雪がすっかり無くなり、まるで春の様なポカポカ陽気になった。
 高台の古部体育館に車を置いて出発する。
 この状態だとスノーシューはいらないだろうと置いて行く。
 登山道は雪も無く歩きやすい。
 古い道は今でもしっかり残っている。
 古い道は良い感じで残っている

 ここを馬が歩いた
 風も無く良い感じで歩ける。
 途中から雪が少し積もっていたが、葉がまだ一部見える状況だ。
 高度をどんどん上げていくが、斜度はそれ程急では無い。
 たまに鳥の鳴き声が聞こえるが、私には種類を特定出来ない。
 平坦な場所に出る。
 ここは鉱山関係の施設が有った場所と思えるが、すっかり動物のたまり場になっているようだ。
 鹿の足跡は無数にあり、寝床もあちこちにある。
 熊も多いようで木にはあちこちに引っかき傷がある。
 あちこちに見える
 ここは動物の天国なんだろう。
 古部丸山の山容が見える良い写真スポットが出て来る。
 途中の展望スポット

 やがて山の裾野に着く。
 ここからは急斜面でさらにツツジに覆われていて歩きにくい。
 登山者はあまり登らないので、木々がだんだん伸びて来ている感じだ。
 急斜面と木々の枝を抜けるのに相当苦労する。
 ここが急だ

 登りは長い
 ここだけでかなりの時間を費やした。
 この写真の後の、ツツジの密集地帯が大変だった。
 古部丸山の裾に出れば木々はまばらになるので歩きやすくなる。
 古部丸山の山頂が近くなる。
 頂上が見えてきた
 景色も一気に良くなり、頂上直下の急斜面を登り切った。
 最後の登り

 背景は恵山

 Hさんも記念撮影

 雪はまだ30cmくらいの積雪でスノーシューは必要なかった。
 登り時間は3時間30分だった。
 頂上には1等三角点がある。
 1等三角点

 記念撮影
 遠くの津岳は雪に覆われ真っ白だ。
 更に遠くには道南の秀峰駒ケ岳が雪で覆われた綺麗な姿を見せている。
 近くの活火山恵山も雄大な景色を見せている。
 昼食を頂上で摂るが相変わらず無風状態。
 食事後、古武井岳に行く予定だったが、今日は時間も遅くなったので次回にする。
 下りは北斜面を藪こぎで下る事にする。
 笹もかなり埋まったので少しは歩きやすい。
 それでも雪が笹の上に覆いかぶさっているので滑る。
 笹に掴まりながら下る。
 みんなも何度か滑って転びながら一気に下る。
 最後の林道に出る斜面では尻滑りで下る人も・・。
 尻滑りだ!
 皆童心に帰って楽しんだ。
 1時間掛ったツツジの中を歩いた登りコースだったが、ここは20分で下った。
 林道を戻り、途中から新たな道を下る。
 砂防ダムの工事の際作られた道だが、途中から道なき道を下れば下に出られる。
 道はそれ程悪くはないが地形が難しく、何度か過去に迷っている。
 今回はすんなり下りられた。
 そして砂防ダムを横切り林道を通って到着。
 登り下り合わせて5時間30分の登山だった。
 私といつも行く人は藪漕ぎにも慣れているので驚かないが、一般登山道だけを歩く人は驚いたようだが、みんな楽しんでくれた。
 帰りはすっかり暗くなった。
 海岸線の夜景が意外と綺麗なのに皆感動。
 真っ暗な中にも山の山容がしっかり見えた。
 皆を送って行き、遅くに家に戻る。
12月2日(月)今日も色々
 朝起きてパンをかじって家の解体を行う。
 ベッドを解体

 薪がどんどん出来る

 あまりピッチを上げると薪が溜まって、置き場に困るので徐々にしょう。
 一日中薪を焚いているが、一度部屋が暖まると全室暖かくて快適だ。
 半袖になって冷たいビールを飲んだのが懐かしい。
 今は酒も飲まないのでそんな事も出来なくなった。

 廃棄物処分場に畳3枚とソファを持って行く。
 外は吹雪になった。
 ついでに妻の様子を見に行くが、快適な部屋でゆったり過ごしている雰囲気だ。
 寒がりの妻には良い環境だ。
 
 家に戻って昼食だが、今日も朝はパンのみだった。
 炊事用具や食料が移動したので何も無い。
 キャンプ用品を出してきたが、あれ〜米が無いなどとなる。
 妻から米と玉ねぎを貰ってきたので、御飯を炊いてイナバのチキンカレーにした。
 イナバのチキンカレー

 家に戻って印刷をするが、プリンターとパソコンが繋がらない。
 朝は動いていたのに・・。
 電源は入っているし、ケーブルも繋いでいる。
 少し前まで印刷していたのだから原因は難しい。
 しばらくやっても直らない。
 仕方がなくプリンターのドライバーをダウンロードしてインストールする。
 すると普通に作動した。
 「下二股口台場報告書」2部印刷する。
 しかし色がまだらになったりして、クリーニングをして何とか終えた。
 家庭用プリンターは安定性が悪い。
 2部は北斗市教育委員会と北斗市資料館に置く。
 まずは2冊完了

 明日は古部丸山に5人を案内するので、コースマップを用意する。
 古部鉱山コースを行くので、古部鉱山の歴史も知って貰いたい。
 コース図
 登山の際も必ず資料は作って渡す事にしている。
 同じ登山するにしてもただ登っただけでなく、その山に残る何かの歴史を知って貰いたい。
 ザックに荷物も入れて準備は終えた。
12月1日(日)色々あった
 家の残った品物の整理をする。
 取り敢えず畳とソファを捨てる準備をする。
 2Fにあるので1Fまで運ぶのは大変なので窓から降ろすことにした。
 窓の外のベランダは鉄製の柵があるのでそれを利用する。
 縛り方は輪投げの様にループを作って縛る。
 こうすれば重みで締まって行くので外れない。
 畳み3枚とソファを降ろして車に積んだ。
 ソファも楽々降ろせた

 畳みも楽楽だ
 明日は月曜日なのでごみ処分場に捨てられる。

 さらに妻のタンス2個と他の箱類を解体して適当な大きさに切る。
 タンスは解体

 これも解体
 薪ストーブの燃料が大量に出来た。
 この様な繰り返しを今後続けて行く。
 物が無くなったら家を少しづつ解体して行く。

 午後から妻を誘って「北海道南部のアイヌ文化を探る」の研究発表を聞きに行く。
 まちあるきセンターに行ったらクリスマスツリーがあった。
 リボンに願い事を書いて結ぶのだ。
 早速妻が書いていた。
 妻が願い事を書いたが・・

 パンフレット

 人で溢れた
 北海道の道の始まりはアイヌ民族の踏み分け道から始まった。
 しかし細い道があったと言う事しか分からない。
 少しは手掛かりになる話しがあるかと思ったが、残念ながらその様な話しは無かった。
 それにしてもすごい人気だ。
 定員25名のまちづくりセンター研修室で開催したが、40名位集まり会場は人で溢れた。

 次の用事があるので2人の研究発表を聞いて引き上げる。
 妻を駅まで送って行き、電車で帰って貰う。
 私は家に帰ってチャリでクラス会の打ち合わせ。
 50周年記念誌の仮印刷が出来たので、表紙の色をどれにするか3人で選んだ。
 皆の意見が一致し淡いグリーン系にした。
 右から2枚目に決定
 この席で同級生のT君が昨日無くなった事を聞いた。
 新聞のお悔やみ欄に出ていたそうだ。
 今年のクラス会には出るとの回答が来ていたが、すぐ後に奥さんから入院するので出席出来ないと連絡が来た。
 そして入院して1ヶ月で亡くなった。
 ガンだとは聞いていたがどこの部位かは分からない。
 高校時代はハンドボールで全国大会にも出ていたし、退職してからスキーを始めて指導員の資格まで取得した。
 写真を見せて貰ったが、デモの様な素晴らしいフォームで驚いた。
 その様な人でも余りにもあっけなく散った。
 私とも仲が良くてクラス会の時は時間が経つのも忘れて話した。
 入院を聞いてその内に行こうと思っていた矢先だった。
 残念で寂しい。
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