2月28日(木)バックパッカー出発
 バックパッカーはゆっくり起きて来た。
 昨日彼女はフェースブックに投稿していた。
 昨日の彼女のフェースブック
 疲れていたのと、暖かくて熟睡出来た様だ。
 ささやかな朝食を美味しそうに頂いて、10時頃まで雑談する。
 その後、昨日は夜景を見に行ったので、温泉に行きそこなった。
 段ボールボード

 記念写真

 なんか感じが孫と似ている
 今日温泉に行ってから出発すると言うので温泉まで送って行く。
 当初七飯の「夕日の館」にとの希望だったが、あの場所だと旧国道5号線なので、長距離の車はあまり通らない。
 そこで「花の湯」をお勧めする。
 ここなら、暫定高速道路に入る長距離の車が掴み易い。
 ヒッチハイクの待ち時間目標は15分だそうだ。
 それで殆ど止まってくれるそうだ。

 花の湯で別れて、今日は工作をする。
 昨日ホームセンターに行ったら、作業台が1200円で売っていた。
 いつもなら2900円するのだが大特買だった。
 これが1200円
 やはり今の家にも工作するスペースが欲しい。
 早速、スノーシューの部品作りをする。
 刃は出来た

 フレームもこれで完成
 前の爪部分の加工迄済んだが、曲げるのにはやはり万力が必要で、やはり旧家に行かなければならない。
 う〜不便だ。

 屋根の張りだしていた雪が緩んで、どさっと落ちた。
 もう少しで全て落ちてしまう。
 隣のお姉さんももう少しだねと、皆が注目してくれる。
 家の前の道路の雪がぐしゃぐしゃになって車も真っ直ぐに進めない。
 見かねたのか近所の食品会社の方が除雪捨てくれた。
 有難い
 この方は私が引っ越して来た時に、最初に挨拶した方なのだ。
 いつも家の前を犬の散歩で通るのだ。
 流石に重機なので綺麗の雪を取って、向かいの許可を貰っている個人の土地に捨ててくれた。
 本当に有難い。
 今日の雪は重いのでスコップでやっていたら、腰を痛めてしまう。
2月27日(水)バックパッカー来る
 健康サロンin明和園の日。
 妻と一緒に車で行くが、妻を明和園に置いて、私は元の家に行く。
 加工作業をしたいが引っ越し先には道具が無いので、なかなか思う様には行かない。
 1時間ほど作業をして明和園へ。
 会場ではチューブ運動をしていた。
 整骨院の指導で、各種部位の運動をしたが、強弱の加減も出来るのでチューブ体操も良い運動になる。
 いつもの昼食を頂いて帰宅。
 
 部屋に入った途端電話が来た。
 「も〜さんですか? バックパッカーの女性二人ですが、ゲストハウスに泊まれますか?」
 「雪に埋もれていて入れないし、暖房も無いので無理だよ」
 「会う事は出来ますか?」と言う事で、待ち合わせのレンガ倉庫に行った。
 挨拶をする。
 女子大生と専門学校の2人で、学校の休みの間ヒッチハイクで、東京〜長野〜北陸〜福島〜日光〜青森〜函館と来たそうだ。
 何と乗り継いだ車は45台だそうだ。
 これから札幌に行き、最終は沖縄まで行くと言う。
 昨年もヒッチハイクで北海道に来たそうだ。
 凄い実績のヒッチハイカーだ。
 函館は初めてで、古い建築に興味があるというので、元町の観光案内をする。
 西部地区の古い建物の写真をばちばち撮っていた。
 ゲストハウスも見学
 さらに五稜郭公園を案内をする。
 公園を出て近くにある六花亭を見た途端、「凄い!○○のデザインだ!」と流石だ。
 この1枚窓は高価だそうだ
 「この窓は凄い!10mは越えている。3mを越える1枚窓は凄く高価だそうで、運搬も大変らしい。」
 直ぐに中に入る。
 販売の女性にすかさず質問する。
 すると流石六花亭。建築資料が出て来た。
 それによると,
 窓ガラスは船で運んで来たそうだ。
 室内を見渡すと流石と言う光景も有った。
 天井の照明がグラデーションになっている。
 窓側の明るい所は暗く、奥の暗い方に行くに従って明るくなっている。
 確かに言われてみれば随所にアイデアがある。
 
 自宅に連れて行く。
 妻も泊めてあげればと言う事だった。
 幸い部屋は一部屋空いている。
 妻にお土産を頂いた
 家でのんびりした後、やはり函館山の夜景を見に行くとなった。
 温泉に行くか、函館山に行くか考えていたのだ。
 電車が出たばかりなので、我々が温泉に行く途中、ロープウェイまで送って行く事にした。
 久しぶりに妻と温泉に行って出たら、入浴中に電話が来ていた。
 「どうした?」
 「家に着いたがまだ帰って来ていなかったので・・」
 随分早い函館山観光だった。
 どうやら帰りの電車がぴったりあったので、スムースに帰れたようだ。
2月26日(火)子孫探し
 冒険家安東さんに依頼された、柳瀬さんの遺族探しに行く。
 この方だが・・
 彼のパスポートがロシアのジャーナリストの家で見つかり、それを遺族に渡したいと言う。
 たまたま住所が函館市だったので私に依頼が来た。
 函館中央図書館のデジタル写真館で、明治28年に作られれた「函館地所明細書(天)」に古い町名が書かれていた。
 函館市山背泊町(現在は入舟町)86番地で柳瀬重雄さんの遺族はいまも居るのか?

 車を置いて歩いて探す。
 坂があるのが特徴で、坂の入り口は直ぐに分かった。
坂の入り口
 だが地図の場所には柳瀬さんの表札は無い。
 雪かきをしていた男性が居たので聞くと、この方なら知っているかもと家に案内してくれた。
 90歳だと言う男性は考えてくれた、最初は思い出させなかったが、少しづつ思い出してくれた。
 日魯漁業に勤務していた事はパスポートで分かっていたが、聞いたおじいちゃんも昔は日魯漁業勤務だった。
 でも18歳上の柳瀬さんの事は知らなかった。
 しかし、その子孫の方が大黒町の夜店でせんべいを売っていた事を思い出してくれた。
 その子孫の方の子供が学校の先生をしていたと言う事も思い出してくれた。
 でも学校の名前は分からない。

 もしかしたら、近くに昔から住んでいるKさんなら分かるかもと、家の場所を教えてくれた。
 早速訪問したら、おばあちゃんが出て来た。
 学校の先生だと言う方は、近くの幼稚園の先生だった。
 おばあちゃんの親戚も彼女と一緒に先生をしていたので思い出した。
 因みにおばあちゃんはその幼稚園の1回生だった。
 やはりせんべい屋をしていた事は同じだが、その後中島廉売で店を出したと言う。
 そして学校の先生だった娘と一緒に中島町にいるかも知れないと言う。
 
 それならと中島町にある中島廉売に行く。
 たまたま学校の後輩が近くで不動産をしている。
 その彼が外にいた。
 「まあコーヒーでも」と中に入る。
 奥さんは中島町には柳瀬は居ないと言う。
 不動産をやっているので住民については詳しい。
 その時彼がパソコンを開いた。
 不動産会計の住宅ソフトに住所、氏名と電話帳も載っているそうだ。
 そこを調べたら柳瀬が4〜5件載っている。
 これらはいずれもNTTの個人電話帳に登録されている方だ。
 コピ−をくれと言ったら、直ぐに印刷できなく、1週間位後に渡せると言う。
 まあ仕方が無いので、待つ事にする。
 この中に親戚でも居てくれれば良いのだが・・・。
 奥さんは明るい方で「探偵の仕事みたいで面白そう」と言っていた。
 さらに中島廉売の穴場の店と情報を教えてくれた。
 それは新鮮な魚を売っている事で有名な工藤鮮魚店。
 マグロの刺身は冷蔵庫に1週間置いても大丈夫。
 1kgの毛ガニを2000円で買ったが身が一杯詰まっていた。
 などなど。
 今、鮭の押しずしが1500円で売っている。
 普段は2500円だから買い得だよと言うので、早速購入しに行く。
 残り3箱しか無かった。
 紅鮭の寿司
 これをゲット。
 子孫探しはまだまだ続く。
2月25日(月)あれこれ
 久しぶりに家に帰ってくるとやる事が色々ある。
 あれもこれもと思っていたら、北見の娘から電話が来た。
 下の孫の愛葵がじぃじと言えるようになったのだ。
 電話の向こうから、自信なさそうは小さな声で「じぃじ」と何回か言ったのは、良く分かった。
 妻も出たのだが、愛葵は電話に出なかった。
 ばあばは言えるようになったのかな?

 まずは銀行へ行く。
 通帳2枚を1枚に纏めたのだが、廃止する方の通帳の印鑑を、銀行で間違ったと書類が送られて来た。
 町に行く他の用事も有ったので車で出かける。
 支払いを一ヶ所行ってから銀行へ。
 今日は月末が近いのか混んでいた。
 手続きを終えたが、来てくれて申し訳ないと、手拭いを1本くれた。
 帰りに100円ショップに寄る。
 ここでキッズ用のベルトを購入。
 これをスノーシューのベルトに使う。
 洋裁屋で買うと高いが、ここだと100円で済む。
 ついでにスマホのUSB−スマホミニプラグコードを購入。
 充電器の先が痛んで来たので取り換えるためだ。
 こんなのも100円で買える。
 最近は各種機器がUSBで充電できるので便利になった。
 私の持ち物でUSB充電は、スマホ、予備携帯電源、デジカメ、ウォークマンが出来る。
 さらに予備電源からはUSBで電源供給が出来る。
 旅に出る時に、今までは機種ごとに充電器を持ち歩いたが、その必要が無くなった。
 USB充電器一つで間に合う。


 家に帰って、旅のブログを転載し、スノーシューのベルトを交換する。
 やはり使用すればすり減ってくる。
 これが100円で交換出来れば安い。
 ベルト交換した

 スノーボード用のビンインデイングを、自作のスノーシューに付ける準備をする。
 今日はビンディング部分の改造を行い、使い勝手が良いようにした。
 後は爪を製作するので、そのデザインも行ったが、なかなか良い感じにはならず。
 ベルトはしっかりしている
 まだ取り付けていないが、スノボのビンデイングはしっかりしているので、歩きやすいかもしれない。
 今の家に工作室が無いので、作業がやりにくい。
 元の家に行けばいいのだが、暖房が無いので寒くて行く気になれない。 
 少し暖かい日になったら行って爪の製作をしよう。
2月24日(日)函館到着
 雪国に戻って来ました。
 東北の弘前や青森の積雪は流石に多かった。
 前回来た先月下旬よりもかなり多く積もっていた。
 高速夜行バスは流石に眠いが、徹夜したとは少し違って、まあまあの感じだ。
 やはり少しは寝ているのだろうか?
 今日は予定の便よりひとつ前の船に乗った。
 この船はレストランなどは無いので、気のきいた朝食は無い。
 カップラーメン程度だ。
 それを食べて何とかお腹を膨らます。
 船は凄く揺れた。
 津軽海峡は大荒れだった。
 4時間弱の船旅で到着。
 函館山を見たら、函館に帰って来たんだという気になる。
 まずはコジマ電気に寄る。
 スマホの電源が低下して落ちてしまうと、充電は出来るが起動しないのだ。
 東京上野のドコモショップで見て貰って様子見だったが、また発生した。
 コジマは駄目で、歩いて15分くらいのドコモショップに行く。
 ザックが重いので大変だ。
 行ったらやる事は同じで、また同じ様に充電して様子見になった。

 家に帰ったら、モンベルからマット二つが届いていた。
 先日、膨らんだマットを2個モンベルに送った。
 1個は貰いもので1個は自分の物。
 結果として新品2個になって戻って来た。
 モンベルは3年程度の物が不良になっても、新品と交換してくれるので送るべきだ。
 穴空きは修理出来るが、膨らむのは修理が出来ない。
 膨らむものは新品と交換してくれる。
新品が戻って来た
 これでマットが180cm、120cm、90cmの3個になった。
2月23日(土)函館に向かう
 今日は引っ越し元に、他の仕事が入ったので、引っ越しも無しになった。
 まあほぼ終わった。
 まだまだ仕事量があると思っていたが、あっという間だったので、あまり役にたてなかったかも知れないな。
 私は海老名市で最高標高にある、秋葉山古墳群を見に行く。
 前方後円噴は三世紀に作られらもので、関東では珍しいものだそうだ。
 秋葉山古墳
 一度家に帰り、歩いて座間に向かう。
 春の様に暑い。
 うでまくりしながら、汗をかきかき歩いた。
 時間は十分あるので、各駅停車で新宿まで行く。
 新宿で降りて山田淳さんの山道具レンタル店に向かったが、新大久保まで来てしまった。
 おばあちゃんに何処に行くのときかれてしまった。
 後ろ姿が何かを探しているようだったと言う。
 店を聞いたら新宿駅の近くだと言う。
 すっかり逆戻りだ。
 大和ビルと大和家ビルと間違っていた。
 新宿まで来たが見つからず諦めた。
 上野駅まで移動して、高速夜行バスに乗る。

 上野から出る
2月22日(金)引っ越し4日目
 引っ越しも4日目になった。
 今日は暖かい気温になった。
 引っ越し先のテレビのアンテナを繋ぐ。
 新しく契約しないと見れないと思っていたが、不動産会社に聞いたところ、ケーブルテレビが共同で使えると言う回答 だった。
 最近はテレビは勿論の事、インターネットも使える様になっているアパートが多いそうだ。
 繋いでみたら無事地デジが見られた。
 解体する家の電灯も全て撤去しなければならない。
 どうしても必要なものを2個残して、残りは全て撤去した。

 午後からママ友が来る。
 最後の家を見にきたそうだ。
 家はすごい状態なので急いで片付ける。
 お話しをしている間、子供を相手にしばらく遊ぶ。


 
 夕方、座間駅まで送って貰い、新宿で行われる地平線会議にでる。
 今回はチベットの昔と今と言う内容。

 最初の発表者の言葉が、なかなか聞き取れない。
 マイクを変えたりしたが、それでも鮮明ではなった。
 終わった後に幹事役のEさんが補足説明したりと大変だった。
 次の方は、最近のチベットの写真を沢山見せた。
 北京オリンピック以来、チベットには入れなくなったそうだ。
 そんな中、昨年入国したのだから貴重な映像になるのだろう。
 私としては、冒険心のある講演を聞きたかったがそれはなかった。
 終わった後に好例の新宿野宿をやるかと思ったが、今回も無かった。
 仕方がなく神奈川に戻る。
 11時を回ってしまった。
 空いているドアから入る。
2月21日(木)引っ越し3日目
 今日は大物の洗濯機とテレビセットの移動。
 洗濯機の台が床にがっちり付いて、なかなか取る事が出来ない。
 ようやく取って引っ越し先に持って行ったら、スペースが狭く、上部にはボイラーがあって高い台は使えない。
 床に直置きするしかない。
 おまけに排水溝が反対側なので、付け替えをする。
 配線、水道口への接続をしたが、水道栓が開かない。
 どうして?
 不動産会社に電話したら、強く閉めているのではないかと言う。
 工具で力を入れてやったら開いた。
 何でこんなに閉めてるんだ?
 洗濯機は完了。
 無事据え付け
 次にテレビセットを移動。
 これはすんなりと移動できた。
 TVのアンテナ関係がどうなっているか分からないので、据え付けにとどまった。

 家に戻って照明器具の取り外しをして、今日の作業は終了。

2月20日(水)引っ越し2日目
 今日は快晴で気持ちの良い日だった。
 まずは不要の布団4枚を、車に積んで廃棄物センターに持っていく。
 600円なり。
 次に外回りの不要品を捨てる準備をする。
 燃えるごみも、燃えないごみも、90cmの長さに切らなくてはならない。
 カットして捨てる
 次に引っ越し先の台所スペースのコルクボード張る。
 これも一階の方への配慮だ。
 コルクを張った
 そして一輪車のパンクを直した。
 明日から重いごみを捨てるのに使う。
 パンクは楽勝
 これで今日の引っ越しは終了した。
2月19日(火)引っ越し初日
 朝から冷たい雨が降っている。
 引っ越し初日はスプリングベッドの解体を頼まれた。
 スプリングベッドはそのまま出せないし、粗大ゴミでも出せない。
 そこでサンダーで24個に切断した。
 これなら燃えないゴミとして持って行くだろう。
 たまたま燃えないゴミの日だったので集荷場に出す。
 細かく切った

 午後からは、引っ越し先のアパートに、スタイロフォームとコルクを張る。
 1Fに住む方が病気で一日中家にいる事を考え、子供の足跡が聞こえない様にした。
 古い材料を使ったので、なかなかピッタリ合わない。
 まあ仮の住まいなので、オーケーとする。
 なかなか合わない
 夕方になって雨が雪に変わってきた。
 雪だ
 とにかく家中が寒い。
2月18日(月)上野駅から座間へ
 深夜高速バスは結講混んでいて4列シートは満席になった。
 鼾をかいている人もちらほらいるので、今日はなかなか寝られない。
 でももしかして自分も鼾をかいているかも知れないのでお互い様だ。
 途中4回ほどの運転手の交代とトイレタイムがある。
 その度に目を覚ますので、それらの間に幾ら仮眠が出来るかがになる。
 少しの時間でも熟睡できる人と寝られない人の差は大きいと思う。
 雪道から舗装の道に変わり、バスは無事上野駅に到着した。
 眠い目をこすりながら山手線に乗る。
 9時を過ぎていたので、空いた状態で新宿に着いた。
 新宿から小田急に乗り換えたが、この電車も空いていた。
 急行、各駅停車と乗り継ぎ、座間で降り歩いて行く。
 小雨が降って寒い。
 そういえば明日は関東でも雪になるかも知れない。
 M君宅に到着。
 解体前
 こちらの家はポータブルストーブなので、北国よりも寒い。
 今回の旅はこの家の引越の手伝い。
 家を建てるのだが、完成迄はアパートに一時避難しなければならない。
 旧家なので物は多いので中々片付かない。
 1月に結婚式に来た時に、誕生祝いとしてテントを初め多くのアウトドア用品を貰った。
 自分には手の出ない用品ばかりで、特にテントは一番欲しかった物だが手が出ないでいた。
 私のテントは相当使い込んでいるので、防水もかなり怪しくなっていた。
 その同じテントの後継品(パイネゴアライト)を貰ったのだ。
 まだ一度しか使っていないので新品の様だった。 
 誕生日プレゼントは全部合わせて10万円くらいにはなる。
 プレゼントにしては豪華過ぎた。
 そんな事もあり、何とかお返しの意味で引っ越しを手伝う事にした。
 今日は雨なので明日から作業をする事にする。
2月17日(日)旅立ち
 昨日は珍しくTVを遅くまで見たので眠い。
 午前中に45Lのバックバックに荷物をつめた。
 旅の中で読む本も持って行こうと、北斗市の図書館に行く。
 『植村直己と山でー泊』『たば風』『攘夷と護憲』の3冊を借りた。
 2時過ぎに桔梗駅まで歩いて行く。
 電車は10分遅れで到着した。
 五稜郭駅で降りてフェリーターミナルまで歩く。
 距離は4km程度だが風が凄く冷たい。
 
 5時30分のフェリーは予定通り出航した。
 今回も席はかなり空いている。私のエリアは3名しかいない。
 寒いので寝袋に入つて、本を読んでいたら寝くなり、1時間程寝てしまつた。
 あまり寝過ぎれば、高速深夜バスで寝られなくなるので無理して起きた。
 青森まで後1時間30分だった。
 フェリーを降りてターミナルに来るバスを待つ。
 やがて来たバスの中央部底に荷物を詰め込む。
 ここに自転車が詰めればなとつくづく思う。
 2000円くらいの有料でも良いから載せて欲しい。
2月16日(土)鏡山尾根ルート登山
 山仲間のAさんから葉書が来て、鏡山の三角点が見れたと報告があった。
 この山の三角点を見るのは難しい。
 夏は笹藪で探す事は出来ず、冬は雪の下になってしまう。
 Aさんの7日の登山で見れたとの情報で行く事になった。
 今日のコース
 同行は4名で誰も三角点は見ていない。
 コースは今まで歩いた事の無い、271m峰を経由して尾根を行き、303峰に出るコースを決めた。
 林道を歩きだすが確かに雪は少ない。
 期待を抱かせる。
 綺麗な曲線だ
 途中大きく曲った杉の木があった。
 芸術的に曲線を描いている。
 雪の重みだけで曲っているだけでは無い。
 先端はどの様に支えているんだろう、などなど皆でワイワイ。
 キツツキの跡
 少し歩いたら直線的に付いたキツツキの掘った跡。
 測ったように垂直に付いている。

 1時間少しで271峰への取りつき地点に着く。
 鹿の足跡を着いて行くと、途中途中に皮を食べられた、木々が可愛そうだが、芸術的な模様を見せている。
 271m峰からは尾根コースになった。
 尾根コース
 天気が今一つなので景色は良く見えないが、晴れていれば良い景色が見られる筈だ。
 尾根を行く
 尾根から303m峰に続く広い斜面に着く。
 303m峰に行って、陸軍要塞境界線標石を見ようとしたが雪に埋もれていた。
 三角点は無理かな?
 頂上手前
 一度下って再び登り、やがて頂上。
 やはり三角点は雪の下だった。
 持参したスコップで掘ったが雪が相当深く積もっている。
 結局現れず次回の楽しみになった。
 頂上を下った風の当たらない所で昼食をとる。
 ここまで3時間歩いたので腹ペコだ。
 寒いので食べて直ぐに歩きだす。
 コース途中は雪が波がうっている。
 強風で雪が飛ばされ、木に当たった所は窪んでいる。
 こんな光景もこのコースで初めてだ。
 アップダウンを繰り返して下る。
 途中に小動物が木に登ってまた戻っている足跡があった。
 雪も落ちずに上手く歩いている。
 面白い光景

 今度は動物が木に張り付いている様な雪の塊だ出て来た。
 何の動物?
 頭と胴体に足もある。
 しっかり木にしがみついているようだ。
 ようやく車道に出た。
 初めてのコースだったが良いコースだった。
 総距離 7.14km
 合計時間 5時間7分だった。

 明日から暖かい本州に行きます。
2月15日(金)パスポート
 昨日は私の銀行通帳の紛失届けなどで随分時間を費やした。
 手続きをようやく終えた思って家に帰ったら、妻が自分のと家の分の通帳を保管している場所から、私の通帳が出て来た。
 え〜何で〜となってしまった。
 今まで何度も走りまわったのは無駄だった。
 でも住所変更は出来たので良しとするか。
 今日も銀行に行って、紛失届けを解除して貰う。
 これで一件落着。

 昨日はバレンタインのお祝いもして貰った。
 我が家ではチョコでは無く、好きな料理を作って貰った。
 鳥の唐揚げとハート形の容器に入った生散らし寿司だ。
 それと私の好きなお菓子の南部せんべいもあった。
 飲み物は久しぶりのフリーにした。
  豪華だ

 昨日、冒険家の安東浩正さんからメールが来た。
 彼のウラジオストックの友達(ジャーナリスト)から、古い日本のパスポートを見つけたと連絡があり、見たら何と函館の人だったそうだ。
 それならも〜さんだろうと、写真を添付して送って来た。
 住所が函館市山背泊町で、名前は柳瀬重雄さんのパスポートだった。
 生年月日を見たら明治38年生まれなので、生きていれば108歳になる。
 遺族か家族の方が居ないかとの問い合わせだ。
 会社は日魯漁業株式会社で函館では有名な会社だ。
 しかし現在はマルハと合併し、マルハニチロになっている様だ。
 まずは函館新聞の鈴木氏に電話する。
 この人知りませんかと新聞に掲載しても良いと言う。
 私も今月は函館を離れるので、3月初旬に会って話そうとなった。
 安東さんは今、アコンカグア登山隊の訓練を海外で行っている。
 アコンカグア
 来月帰国するのでそれまで何とか探そう。

 パスポート表紙



 柳瀬重雄さん、明治38年生まれ、仕事で渡航した様だ。

 函館市山背泊町86番地、日魯漁業株式会社 達筆な方だ

 英語のサインもなかなかの達筆だ
 この方だが・・

 日魯漁業はカムチャッカのシュムシュ島(占守島)で缶詰を作っていた。
 従業員は2500名で女子が400名働いていた。
 終戦になった時から3日目、突然ソ連軍が攻撃をしかけた。島を守っていた91師団も既に終戦になったので武装解除をしていた。隊員も酒を酌み交わし就寝に就いた深夜だった。
 結局は4日間に渡って戦いが行われ、日本軍死者600名、ソ連軍死者3000名を出して終わった。
 しかし、島に居た一般日本人25000人が捕虜になり、シベリア到着迄に人数が5000人にまで減っていたと言う。
 こんな歴史の中で、このパスポートだけが残ったのだろうか?
2月14日(木)雑用で一日
 そもそも引っ越しで私の貯金通帳が紛失したのが判った。
 お金は殆ど入って居ないが、無いと不便なので、紛失届を出し、新規に発行して貰いに行った。
 直ぐに終わると思ったが、ついでに住所変更も一緒に行いたいと言ったら、証明する免許書などがいると言う。
 しかしまだ免許書の住所変更はしていない。
 仕方が無く免許交付場に行く。
 すると住所を証明する手紙などがいると言う。
 家まで戻る。
 手紙を持って住所変更は出来た。

 その後だ、銀行に行ったら口座が他に3つあると言う。
 青森に勤務していた時に作った私用と家用があった。
 そして函館に帰った時に新たに口座を2つ設けた。
 その古い口座を統合しようと書類を書いたが、全て住所変更も必要で、かなりの書類を書いた。
 何が何だか分からない。
 家に帰って落ち着いて見たら、私の通帳が再発行がされないで、今使っている通帳がまた新たに出来てしまった。
 これでは当初の目的が達成されていない。
 また明日に行かなくては・・。
 疲れるな。

 帰宅途中にショッピング。
 シングルレバーの混合栓が4480円で特売されていた。
 アマゾンを見たら15800円だった。
 引っ越した家は混合栓が無いので欲しかったが、高いので待っていた。
 即購入。
 標準的な混合栓だ
 次にぶらぶら店内を覗いたら、コンバースの冬シューズが、半額になっていた。
 元々は6000円で半額の4000円になっていた。
 それがさらに半額となり2000円で売られていた。
 これも購入。
 スパイク長靴も半額の1300円だったが、まだ今ので大丈夫なのでこれは見送り。
 定価の30%になった
 銀行の手続きは上手くいかなかったが、買い物は良かった。
2月13日(水)健康サロンin明和園
 今日は月2回行われる、健康サロンin明和園の日。
 今日は運動会が行われる。
 明和園に入ったら、お雛様が7基もあった。
 毎年増えて来る。
 買ったのは良いが、最近は家も狭くなって、娘などはこんな大きいのは要らないとなる。
 そこで余ったお雛様が寄付され、どんどん増えて来る。
 1年に1回だけの出番
 運動会は4班に分けて行われる。
 私はピンク組のキャプテンになった。
 会長の挨拶の後、私の選手宣誓。
 「宣誓!我々選手一同は、今日までふらふらで倒れそうな体を鍛えて、頑張って来ました。今日はその成果を発揮すべく、頑張・・・らないでのんびり楽しく行う事を誓います。平成23年2月13日、選手代表 毛利剛」
 とやったら・・え〜平成23年?との声 あ〜間違った!! 
 突然の指名があり即興でやったが、まあうけて良かった。
 最初のゲームは「うちわぐるぐる」これは作戦が当たり1位で100ポイント。
 左は妻
 次はじゃんけんくっつきゲーム。
 これは運が左右するので駄目だった。
 足輪リレーは快勝で12位。
 玉入れは2勝して100ポイントで1位。
 若いスタッフめがけ投げる?
 最後の障害物競争は1位で100ポイント。
 魚釣りの釣った魚でポイントが加算。
 ダントツ1位の225ポントと合計で575ポイント。
 2位は350ポイントなので圧倒的な勝利だった。
 発表

 昼食を頂くが、最近は味が落ちた。
 管理栄養士さんが退職して味がすっかり変わった。
 レトルト製品も増えた。 

 最近味が落ちた

 帰りに元の家に帰って、必要な物を持って来る。
 娘が昔使ったスノボがあったので持って来る。
 このスノボのビンディングを使うのだ。
 手作りのスノーシューのビンディングに活用出来ないか。
 
 使わなくなったスノボ

 こんなイメージになる
 スノボ用だけあってビンディングはしっかり出来ている。
 実は山の下りに、このスノーシューの下にショートスキーを付けて、下ろうと昨年から実験して来た。
 しかし靴の固定がしっかり出来なく、なかなか上手くいかなかった。
 このビンディングなら、スキー操作が出来そうな感じがする。
 またまたチャレンジだ。
 
 北斗市のAさんから葉書が来た。
 今年は雪が少なくて鏡山の三角点が見られたよと。
 え〜下界では相当の雪があるのに、山が無いの??
 30cmも頭が出ているそうだ。
 この山は夏は笹が広範囲に背丈ほど伸びて、全く探す事は出来ない。
 冬は雪に埋まってしまう。
 なかなか見るチャンスが無かったのだ。
 それが見えるそうだ。
 何度も登っているAさんも初めて見たそうだ。
 早速16日に行く事にしたら、数名が参加したいとなった。
 皆が見たい三角点だ。

 夏の鏡山は笹山

 冬の鏡山は雪が多い
2月12日(火)近郊を散策
 午前中は旧山道の執筆を行った。
 少しでもやらなくてはと思うのだが、つい外にで歩くのが楽しいので、執筆がおろそかになる。
 道南の旧山道の纏めは、いったいいつ完成するのか全く見通しが立たない。

 午前中一杯パソコンに向かったが、外は天気が良くなってきた。
 そこで、スノーシューを持って出かける。
 明治の初期に出来た本願寺道路の内、七重浜から桔梗に抜ける道を開削している。
 本願寺道路
 その道は現在もしっかり残っているのだが、本願寺の信者が入植した場所は水の便が悪く、遠くから引いていた。
 その場所を探しに行こうとなったのだ。
 幸い家からは近いので、歩いて出かける。
 資料を元に辿り着いたら川が流れていた。
 ここには二つの川があった。

 一つは蒜沢川でもう一つはタタラ沢川が資料の場所で合流していた。
 しかし蒜沢川はタタラ沢川より低い位置で流れており、これでは水を引き込めない。
 タタラ沢川は高い場所を流れている。
 これなら簡単に引ける。
 そんな思惑が現地から見て取れる。

 タタラ沢川

 
調査を終えて付近の野山を散策する。
 スノーシューを付けて歩くが、雪が結構重い。
 林の中を歩いたり、広大な雪に埋もれた畑の中を歩いた。
 やはり外を彷徨っている方が楽しい。

 真っ白だ

 雪に書いたラブレター

 これも

 良い景色だ
2月11日(月)吹雪の日
 今日の天気予報は大雪暴風波浪警報が出ている。
 午前中はそれ程でも無かったが、午後になって吹雪模様になって来た。
 そんな事で今日は家で過ごす。
 まずは45リットルバックパックの上部のベルトを変える。
 100円ショップのベルトが付いていたが使いにくい。
 以前スキークロスのWCレーサーから貰ったバックパックが、古くなったので捨てたのだが、ベルトだけは切って取っておいた。
 メーカーはHANG TENなので、そのベルトを付けたら断然見栄えが良い。
 100円ショップのベルト

 HANG TENに変わった

 次にスノーシューにジュラルミンの爪を付ける。
 リサイクルショップで格安に買ったジュラルミン製の爪だが、別なものに使っていた。
 先日急斜面を登れなく、滑り落ちて苦労したので、スノーシューの下に付けた。
 ついでの新しく購入した靴に合わせてプラスチックベースを合わせ込んだ。
 靴に合わせて調整

 ジュラルミン金具も付いた
 今日の最後の仕事は、旅に出た時のブログをライブドアに変えた。
 以前のブログは写真を1枚しか送れないので、不便だった。
 そこで複数枚投稿出来るライブドアに変えた。
 携帯からも専用アプリで投稿できる。
 これからの旅は複数枚の写真を投稿する。

2月10日(日)車載スマホホルダー製作
 車にスマホを装備出来るようにしたいが、なかなか気に入った物が無い。
 スタンド型、ルーバー取り付け型、ドリンクホルダー取り付け型があるのだが、使いにくそうだ。
 そこで自作にする。
 ドンキーで買った500円の簡単な物でこのパーツを使う。
 後は下の写真の様な100円ショップの本立てを使う。
 100円ショップの本立て
 この本立てを下の線の様にカットする。 
 この線の寸法で切る
  家に金切り鋸しか無く多くの時間が掛ったが何とか切った。
 ようやく切った
 これを購入して来たプラスチックのホルダーに通す。
 ぴったりと収まった。
 ホルダーの裏面に入った
 下の写真は表面から見たのだが上手く出来た。
 これは表面
 車のセンター部分は上にテレビだが、チデジ化でチューナーが買えず使えないままになっている。
 下はCD、FM、AMラジオだがこれは使う。
 テレビの隙間に入れる
 テレビのパーツの間に隙間が有る。
 これを利用した。
 厚さをきっちり合わせたので、入れたらぴくとも動かないので完璧だ。
 ぴったり入った
 スマホをセットするが位置的には使いやすい場所に付いた。
 ワンセグテレビも真ん中で見られる。
 ギャラクシィNoteは画面が大きいので見やすい。
 ワンセグも見える
 Youtubeもばっちり。
 勿論カーナビも使える。
 MP3の音楽も聞ける。
 YoutubeもOK
 CDも問題無く入れる事が出来る。
 CDも邪魔無く出し入れ
 後はFMトランスミッターを購入して、スマホからの音声をラジオを通して流せばバッチリだ。
 音声を消すトランスミッターもあるので、それを購入すればカラオケも可能になる。
 アンプは50wの出力なので良い音で聴ける。
 僅か30分で出来た。
2月9日(土)大沼氷上ウォーク&函館山ナイトウォーク
 大野ぶんぽ研の例会で、大沼の氷上ウォークがあるので来て下さいと、アナウンスがあったので行って見る。
 氷上ウォークは初めてなので、どんなものかと思っていた。
 高規格道路を走って行ったら、途中で軽のワゴンが横倒しになっていた。
 パトカーが3台も居た。
 お年寄りマークが付いていた。
 さらに峠下に行ったら、追突事故でここも警察の車やレッカー車が居た。
 集合場所の七飯町の大沼国際セミナーハウスに到着。
 受付に行ったら、ぶんぽ研の会員が3名も居た。
 お手伝い2人と参加者2名。
 係のKさんに今日のリーダーの丸岡さんを紹介される。
 名前は知っているが会うのは初めてだ。
 500円を払って受付完了。
 早速湖岸から入る。
 リーダーの説明

 出発前
 びしゃびしゃに溶けているので大丈夫なのかなと思う。
 氷の厚さは40cmあるので大丈夫だそうだ。
 参加者は60名くらいだろうか?
 60名位が参加
 早速歩きだす。
 天気も良くて最高のコンデションだ。
 全く構造物の無い凍った湖上は、一面雪に覆われて真っ白な光景が広がっている。
 歩くスキー、スノーシュー、つぼ足と色々だ。
 私はスノーシューをバックパックに付けた間ままつぼ足で歩く。
 途中でリーダーから山の解説などある。
 半分を過ぎたあたりで、男性が転倒した。
 転倒場面を見ていないが、頭まで雪で真っ白だ。
 ストックも持っているのにどんな転び方をしたのだろう。
 立ちあがったが足元がふらふらだ。
 皆に止まって休んでから出発した方が良いし、後ろからサブリーダーが来るので一緒に歩いたらと言うのに、俺は行くんだとばかりによたよた歩きだした。
 朝食を食べていないそうだが足にも来ているようだ。
 何とかゆっくりは進んでいる。
 秀峰駒ケ岳も後少しで見えるまでになったが、最後まで少しの雲は除けてくれなかった。
 駒ケ岳を背景に

 超気持ちいい〜
 西大沼キャンプ場に到着。
 ここからバスで出発点に戻る。
 秀峰剣が峰
 初めての氷上ウォークだったが、まあ楽しかった。

 夕方になって函館山に向けて車を走らせる。
 函館市のイベントである光の小道の「函館山山道ウォーク」がある。
 登山者駐車場に車を入れて頂上に向かって出発。
 一般の人は500円を払ってロープウエイで行く。
 あっと云う間に山頂に着いた。
 凄い人だ・・そう言えば連休か。
 アジアの人が多い。
 ピアノの無料ライブもやっている。
 レストランは満員になっていた。
 雪だるまもお迎え
 暗くなってから下る。
 夜景も綺麗だった
 相変わらず夜景は綺麗だ。
 薄暗い山道に置かれたキャンドルは幻想的で良い。
 幻想的だ
 下りも一気に下りた。
 そして2合目のハイライト部分。
 ハイライト部分
 ここは函館市内の夜景が良く見える場所で、夜景の前面にキャンドルで{HAKODATE}と書かれている。
 写真スポットなので、高級カメラを構えて居座っているカメラマンも多い。
 少し歩いたら女性を男性が囲んでいる。
 どうしたのかなと思ったら、転んで手首を骨折したらしい。
 車で運ばれた
 今日は随分事故を見た。
 気を付けて家まで車を走らせる。
2月8日(金)講演聴取などなど
 今日は私が所属している、大野ぶんぽ研の会長が講演するので聞きに行く。
 誰でも来て聞いて良いよと言われたのだが、ここは「函館歴史を学ぼうかい」と言う、民間レベルの歴史好きな方が集まっている会だった。
 毎月1回、講師を読んで勉強会を開いている。
 皆なの意見を聞きながら、知りたいテーマに沿って企画出来るのが特徴だ。
 私的には、道の関係に興味が有り、大野新道の話しなどになにか良い話しが無いかと思っていた。
 木下会長の講演
 話しは大野地区の歴史の話しが中心で、同じぶんぽ研なので、何処かで聞いた事のある話しが主だった。
 大野新道の話しはあまり深くは講義しなかった。
 配布された資料の最後に、私の新聞記事が載っていた。
 あれ〜?と思ったが、まあぶんぽ研の話しなので、こんな事をしている人がいる程度だと思っていた。
 ぶんぽ研の会長が記事の紹介をしてくれ、私の事も紹介してくれた。
 しかし、紹介された本人の私が会場にいたので、知っている人はこの人だと言えば早いのにと言った雰囲気だった。
 どうも会長は私が来ている事を知らなかった様だ。
 そして主催会長から最後に5分程度、話しをして貰いたいと言われた。
 Nさんが会長に言ってくれたのだ。
 新聞記事は今日私が来る事になったのを聞いて、主催会長がコピーを撮って付けてくれたのだ。
 わがぶんぽ研の会長が作った資料には、私の記事が含まれていなかった様だ。
 会長は会場に来て知って、急遽説明した形になったのだろう。
 嬉しい計らいに少しの時間、私の活動の話しをさせて頂いた。
 今年度の計画は終わっているので、空きが出来た時か来年の講座を頼まれた。

 終わってから北斗市の図書館に行く。
 函館新聞の2月3日号を見るためだ。

 記事を読んだ人からの問い合わせがあるのだが、私は記事を見ていなかった。
 図書館に行って写真を撮って来る。
 記者の言うには、小さい頃根崎台場で遊んだ事がある人から電話が来た。その方の友人も87歳になるが台場で遊んだ事がある。
 今の内に、この様な活動をしている人に伝えておきたいと言う事だった。
 有難く、以来を受け、後日会って話をする事になった。
 根崎台場は、一本木(現馬揚)で土方隊と別れた仙台額兵隊の星恂太郎が、金堀沢を下って根崎台場に押し入り、銃器・弾薬を奪って再び合流している。
 私も金堀沢をいくら調ても分からなかったので諦めていた。
 そうしたら金堀沢も知っていると言う。
 根崎台場のある事は知っていたが、松前藩の古文書に台場のレイアウトを書いたものには載っていない。
 貴重な情報が得られるかもしれない。

 帰り道ドンキーに寄る。
 USB−USBミニプラグとスマホ車載ホルダーを購入。
 愛車のカーテレビはチデジ化で写らない。
 それなら音楽・カーナビ・TVなどなど全てスマホに任せよう。
 FMトランスミッターを購入して、無線で飛ばせば使い道は多くなる。
 さらに寝袋型の寝具を購入。
 いつも同じ寝袋に入っていたので、洗濯もしたい。
 1480円で購入。
 暖かそう。
 寝袋型寝具

 もう一つある。
 郷土資料館の古いファイルを見ていたら、江差山道の旧道を調べた地図が出て来た。
 調査した際の色々な書き込みが面白い。
 私の知らない色々な事が分かったが、中でも台場山を通る旧道の前の旧道があり、その旧道はさらに2つの道が有り、今とは全く違う道であった。
 春になったら早速調べて見ようと思う。
 昔、台場山から大野に400m寄った地点に、赤ひげと呼ばれる岩場に難所が有った。
 そのために高い毛無山〜設計山に尾根を縦走して中山峠まで行ったのだ。
 山を越えてまで迂回する赤ひげは、沢田雪渓の絵にも残っているが、相当厳しい岩場だったのだろう。
 地図には赤の色鉛筆で線が書いてある。
 同じ様な事をやっている人が居た事が嬉しい。
 文書などに残していないのが残念だ。
 どんな道だったのだろうか。
 その書いた方は現在千葉県に居るそうだが、会ってみたいものだ。
2月7日(木)ぶんぽ研例会他
 今日は大野文化財保護研究会例会。
 雪がちらついていた中、北斗市まで走る。
 大きな話題も無く短時間で終わった。
 例会
 帰り際、公民館の壁に私の新聞記事を張っていてくれた。
 有難い。
 ここは箱館戦争関係

 古い記事もあった
 例会の後は七飯歴史館で行われている、七飯町の古図を皆で見に行く。
 私は既に見たのだが、1今日は山田学芸員が解説してくれうので楽しかった。
 1つの地図の中から色々な事が分かるものだ。
 これは良い
 掛け軸もあり、気に行ったのが「晴好雨竒」だった。
 晴れれば楽し、雨でも楽しと言う意味だ。
 自転車旅をしていると、晴れは勿論楽しいのだが、雨は憂鬱になる。
 ある時地平線会議野宿党の山崎美緒さんの本を読んだ。
 彼女は日本女性で初めて自転車でアフリカ縦断した。
 「自遊旅」にも2回泊まりに来てくれている。
 その彼女が「アフリカに行ったら、雨が降れは子供達ははしゃいで雨の中を駆け巡っていた。私は雨になると遊つになる。雨でも楽しくしなければ」とすっかり気持ちを変えて、雨の日も楽しくなった。
 私もそれを読んで刺激を受け、今は雨の日でも楽しい、吹雪でも山に行く。
 考えを少し帰れば楽しくなる。
 それがあったので、この掛け軸の文字は印象的だ。

 家に帰って昼食はパン。
 ママレードならぬパパレードをヨーグルトに入れた。
 先日神奈川で会った、茨城の関口さんが作ったのをお土産に貰った。
 少し酸味があり美味しい。
 彼は料理も作る。
 何か楽しそうだが、封建的な我が家は男は台所に入るべからずの雰囲気。
 パパレード

 発注していた大容量バッテリーが送られて来た。
 5400mAなので、スマホで2回分は充電できる。
 充電器は付いてこなくて、1800円だった。
 安くなった。
 ようやく統一出来た
 充電器はUSB対応のスマホ用やデジカメ用を持っているので必要はない。1
 これですべての機器の充電が1種類で可能になった。
 旅ではこれが重宝する。
 今までは機器ごとに充電器を持ち歩いていた。
 それが1個で済む。
2月6日(水)蓴菜沼一周&光の小道
 いつも突然出かけてしまう。
 今日は良い天気だ!
 行くぞ。
 山に行こうと思ったが、ふと気がついて蓴菜沼を一周する道を行く事になった。
 明治の地形図に載っている道で、今もあるのか知りたかった。
 蓴菜沼のワカサギ釣り駐車場に車を置いて出発。

 湖畔の道を進んだ。
 明治天皇御幸の時、天皇陛下が飲んだ水場がある。
 明治天皇がここで水を飲んだ

 駒ケ岳が綺麗
 さすがに良い場所を選ぶものだ。
 ここからの駒ケ岳がばっちり見えた。
 さらに湖畔を行くが道がだんだんあやふやになって来た。
 そして道が無くなった。
 林道になっていた
 仕方が無く雪の斜面を登って行くと、しっかりした道が付いていた。
 誰かがスノーシューで歩いている。
 足跡を追ってしばらく行くと分岐に出た。
 足跡はここで複雑に付いている。
 迷っているのか?
 湖畔に近い道を進む。
 すると上の林道から下って来る足跡が有った。
 その後を行くと沢が出て来た。
 ここで足跡は湖畔の方に行く。
 私は道らしい雰囲気の方を進む。
 兎に角静かだ。
 静かだ
 聞こえるのは鳥の鳴き声だけで静寂が漂う。
 向かい側から人が来た。
 凄くのんびりした歩き方だ。
 立ち止まって話しをする。
 「写真を撮っているんですか?」
 「いえ野鳥観察です」
 「良いですね」
 しばらく話して別れる。
 野鳥観察の方
 道は終わって車道に出た。
 またまた駒ケ岳

 記念撮影
 正面に駒ケ岳が見える。
 車道を歩いて行くと、車が置いてあった。
 紙が張ってあって、環境調査中と書いてある。
 高規格道路の工事前にする、環境調査をしていたのだった。
 国道5号線に出て出発地点に向かう。
 途中宮崎の鯉屋で鯉の洗いを買って再び歩く。
 国道の側帯に歩道が無い場所は大形トラックが来れば、ぎりぎり通過して行く。
 そしてスタート地点に無事到着した。

 家に帰って、中島廉売に行ってゴッコを購入。
 安くなった。
 600円(雌)プラス250円(雄)を購入、そのついでに高校の後輩が経営している、不動産会社の事務所でコーヒーを頂き雑談する。
 その後、函館市の光の小道のイベントに行く。
 数年前に行ったが、また見て見ようとなった。
 受付したがまだ早いので周辺を散策。
 中華会館もライトアップされ綺麗だ。
 中華会館

 元町公園を6時にスタート。
 1グループ5名の人数で丁度良い。
 明治の開拓使の書庫
 ボランティアガイドが付く。
 出発前にガイドの方が傍に来て、この辺りは何でも知っているので、必要ないでしょうと小声で言われた。
 私もガイドをしているが、新選組や土方で西部地区の建物の事はそれほど詳しくは無い。
 そんなに意識しなくても良いと思うのだが・・。
 案内されて付いて行くと、声をかけられる。
 「北海道新聞ですが、取材させて下さい」
 え〜ここでも取材?
 33人も参加しているのに、私に来なくても・・・。
 感想などを話す。
 「何処から参加ですか」
 「桔梗町です」
 「幾つですか?」
 「69歳です」
 「若いですね」と言われたが、それは嬉しい。
 という事で取材終了。
 西部地区の建物はライトアップされて本当に綺麗だ。
 ハリストス教会は遠くから見学。
 ハリストス教会
 それに台湾か中国か知らないが、多くの観光客も来ていた。
 カトリック元町教会は中に入れた。
 カトリック教会は綺麗

 もう1枚

 内部の一部
 最後に抽選会。
 岐阜から来ていた女性が温泉宿泊券をゲット。
 何度も函館に来ているそうだ。
 こんな函館ファンに当たって良かった。
2月5日(火)マットの修理
 野宿の時はモンベルのマットを使っている。
 そのマットが朝になれば少し空気が減っていた。
 そろそろ旅の準備と思い、風呂に入るついでに一緒に持ち込んだ。
 空気を膨らませて、圧をかけてやったら泡が出て来た。
 そこをマジックで印を付けて、風呂から上がって乾かす。
 今朝には乾いたので、ついて来たパッチと糊で張りつけた。
 自転車修理と同じ要領だ。
 そうしたらバッチリと空気漏れが治った。
 それにしてもモンベルのマットは穴が開きやすいし、膨らんできたりする。
 サーマレストの方が品質は良いかな。
 修理は簡単だった

 次は「二股口台場」の資料作り。
 講演の後も購入者があり、昨日も増刷したが、今日もさらに増刷した。
 今日も増刷

 昼には中島蓮倍に行く。
 東京で世話になった漢塾(おとこじゅく)の大将にゴッコを送るためだ。
 これがゴッコ
 このゴッコは如何にもグロテスクだ。
 和名はほてい魚(布袋魚)で道南の恵山付近で採れる。
 本州の知人に送る時は、さばいたのを送るかm一匹まま送るか考える。
 魚の調理をしない女性などは驚いてさばけないだろう。
 コラーゲンが沢山入った魚だが、捨てられるかもしれない。
 彼は調理人なのできっと美味しく料理するだろう。
 東京で話した時はやはりゴッコを知らなかった。
 雄と雌を一匹づつ送った。
 ゴッコも安くなった。
 雌の大が700円で雄が300円だ。
 雌はお腹一杯に子が入っているから高い。
 雄は安いが身は美味しい。
2月4日(月)家でいろいろ
 今日は家でやらなければならない仕事があるのでデスクワーク。
 まずは「二股口台場」の資料を増刷。
 講演会で完売したが、まだ欲しいと言う方がいて増刷になった。
 その中の1人は、友人のスペイン人が物凄い土方ファンで二股口台場にも行ったのだが、良く分からなかったそうだ。
 そこでこの資料を送りたいと言う。
 まあびっくりした。
 まさかスペイン人がだ。

 他に家に購入に来た方も居た。
 やはり箱館戦争に興味がある方だそうで、過去の新聞に載った箱館戦争の記事を全て収集していて、見せてくれた。
 これから論文を書くそうで、そのために二股口台場も知りたいそうだ。

 取り敢えず8冊作ったが、もう4冊は売れたので、残りは4冊だが間に合うかな。
 
 地平線会議野宿党に入っているが、地平線会議の報告者にはそうそうたるメンバーがいる。
 先日新宿で行われた例会後の2次会で会って話した方は、山田淳さんの奥さんだった。
 山田淳は灘高、東大、マッキンゼー。
 これだけでも凄い。
 山田淳
 東大在学中に世界七大大陸最高峰を歩んだ。
 当時の世界最年少だった。
 今は日本初の登山用品宅配の「やまどうぐレンタル屋」を経営している。
 登山用品が高くて山に行けない人達に、上質の用具を貸し出している。
 きっかけはトムラウシの事故だった。
 登山用品が高いから、軽装で登ったり、人を山から遠ざけている。
 登山者を増やしたいと言うのが彼の狙いだ。
 素晴らしいフリーペーパー「山歩みち」を出しているが、売っている本?と思う程内容が凄い。
 これが無料。
 奥さんは赤字ですと言う。
 レンタル用品の売買も行っているが安い。
 こちら
 地平線会議は刺激を受ける人が沢山いる。
2月3日(日)強風・吹雪の庄司山
 今日妻は町内会の輪投げ大会に行って来た。
 会場には婦人部長をしているT子さんが居て、申し込んだ時に毛利さんの奥さんですよねと言われたそうだ。
 彼女は私が函館工場に勤務していた時に勤務していた女性だった。
 年賀状のやり取りはしていたのでこちらに引っ越したのは知っている。
 毛利さんは来なかったの?と聞かれたそうだ。
 「山に行ってます」と言ったら、彼女の旦那が「毛利さんなら輪投げより山に行っているよ」と言われたがやはりだったかと言っていたそうだ。

 そんな事で私は山に行っていた。
 天気予報は雪で最高気温はマイナス3度だが、朝は天気が良かった。
 山に行く! と直ぐに準備して出発。
 車で10分の所に庄司山がある。
 車を降りたら、強風で吹雪いている。
 寒い!

(標高560.3m、総距離9.37km、移動時間3時間46分48秒)

 一瞬、止めようかなとも思ったが、先日の地平線会議の、サバイバル登山家服部さんの講演を聞いたので、この程度の寒さなんか何だ!
 と歩きだす。
 広大な畑の中を通るが、もろに風が吹き抜ける。
 頬が冷たい。
 体は歩きだしたら丁度良い暖かさになった。
 すんなり登山道を歩けば良いのに、横道に入った。
 塹壕探しだ。
 この辺りは塹壕があるので、前回は相当見つけた。
 さらに無いかと探し歩く。
 これが相当の距離を歩いた。
 塹壕も無いので登山道に戻る。
 相変わらず吹雪いている。
 庄司山の取り付けに着いた。
 スノーシューで踏み固められた登山道はつぼ足でOKだ。
 スノーシューを道の横に置いて行く。
 高度を上げて行くが風が強くて体感温度は結構低い。
 もう直ぐ山頂
 最後の尾根を登りきって頂上に着いた。
 神社の写真を撮って、中野ダムの写真を撮ったら、電池がありませんで撮影不可能。
 鳥居がある

 いつの時代の祠なのか

 中野ダムも氷か?
 折角、三脚を持って行ったのに・・・。
 寒いので、直ぐに下山する。
 あっという間に下って、長い登山道を歩き、最後は畑の真ん中を突っ切って車に戻る。
 広大な畑を通っている時は地吹雪で全く見えない。
 ホワイトアウトになった。
 ようやく車に到着。
2月2日(土)講演会
 昨夜はテントの中で寝た。
 しばらくぶりのテント泊
 以前から旅に出られ無い時は、自室のテントに入って旅の雰囲気を楽しんでいた。
 昨日は貰ったテントを組み立てたので、そのままテントの中に寝てしまった。
 起きたらテントの中。
 どこで野宿? と一瞬は思うが自室の中だった。
 そろそろ何処かに行きたいな。
 東京と神奈川に行ったら、あまりの暖かさにキャンプしたくなった。
 何かの旅を考えて見よう。

 講演は午後13時30分から北斗市の公民館で行われる。
 午前中は原稿を少し暗記して12時には家を出る。
 妻が暇そうにしているので行くか? と聞いたら行くと言うので連れて行く。
 珍しい事だ。
 写真を撮ってと言われた

 売ってよ〜

 妻には本の販売を頼む。
 パソコンとプロジェクターのセットを終えて講演待ち。
 次々に来る人の中には知っている方も多い。
 土方歳三の関係、歴史好きな人の関係、山の関係、その他と知っている人、知らない人も含め70名が来てくれた。
 大会議室は後ろまで一杯になった。
 本当に嬉しい。
 こんなに来てくれた

 いつもの誠のTシャツ
 講演は1時間20分だと言われていたと思ったら、1時間だった。
 少し内容を省きながら、急いで進めた。
 ほぼ、1時間で終わった。
 その後、質疑応答だが、元大野町の教育委員会の八木橋さんが居たので、一部の質問に答えて頂いた。
 皆が帰るのを廊下で見送ったら、聞いた方から他での講演を頼まれた。
 またガイドをして欲しいと言う要望が2件あった。
 引き受ける事にした。
 本来なら現地に行って現場を見ながら解説した方が良いのだ。
 教育委員会の方には塹壕巡りツアーの企画をお願いした。
 やってくれそうだった。
 二股口台場に多くの人が関心を持ってくれれば嬉しい。

 講演を聞きに来てくれた坂口氏のブログ
 こちら
2月1日(金)プレゼントが届く 
 今日から2月だ。
 気温は高めで暖かい。
 朝から講演の原稿を読み合わせして時間を測っていた。
 何とか1時間20分に収まった。
 これで明日の準備は終わった。
 旅に出る前に事前に準備しておいて良かった。

 午後に荷物が段ボール二つ届いた。
 海老名に滞在した時に貰ったものを送ったのだ。
 行く前から「も〜さんが来たらビッグサプライズがあるよ」とメールを貰っていた。
 何かなビッグサプライズとはと思っていた。
 家に行って2日目に、「も〜さん誕生日おめでとう!」と言って手渡された。
 え〜これって・・・。
 ICI GORELITE-Xのテントではないか。
 「誕生日に何もあげられなかったからこれをあげる」
 私のテントは同じテントの旧型だがもう9年も使っている。
 防水性もかなり怪しくなっている。
 新しいテントを欲しいとは思っていたが、5万円もするテントには全く手が出ないでいた。
 まさかここで貰えるなんて・・・。
 日本でも最軽量に入る1.2kgで、海外登山でもよく使われ、テレビの映像でも出て来るテントだ。
 有難うの声よりも涙が出そうだった。
 真新しいテント
 もう子供もいるので一人用テントは要らないから使ってとの事だった。
 彼女はこのテントを背負って四国88か所を野宿一人旅で45日で歩いている。
 野宿お遍路に出る前に相談された時に、このテントを推奨した。
 他にアイゼンやバーナー2個、モンベルのマット等を貰った。
 チタンの容器の中に小型バーナーが入る。
 山でコーヒーを飲むのには最高だ。
 こんなに貰った

 タイヤまで・・

 自転車のサイドバッグも

 コーヒーを沸かすのに最高
 旦那さんからもタイヤやサイドバッグを貰った。
 私のサイドバッグは中から外が見える位すり減っている。
 これも有難く頂いた。
 貧乏な私には高級なアウトドア用品は買えないので、普段は何かと安物で我慢している。
 今持っている物を見ると、娘からや妻から、さらには義妹からの贈り物、旅人里江ちゃんから貰ったモンベルのテントと靴下、旅人から貰った自転車キャリアやホィールなど、廻りは貰い物ばかりだ。
 自分で買えるのは低価格品しか無い。
 でもそれは全くの苦痛では無い。
 皆からの応援が本当に嬉しいし、大きな力になって今活動で来ている。
 テントを持ってそろそろ旅に出たいな。
 本州に行って暖かさを感じたら、旅の虫がうずく。

 今回プレゼントをくれた彼女は、結婚する前から知っている。
 何日話しても飽きる事が無い楽しい女性だ。
 妻とも趣味が似ていて家に来た時も、話しが盛り上がっていた。
 前から「私はも〜さんの応援団長だからね」と言って何かにつけて応援してくれている。
 若いうちから海外をバックパックで20数カ国は廻っているし、100kmマラソンを走ったり、テレマークスキー、海外スキー、冬山登山、水泳インストラクター、英語はぺらぺらと本当に元気いっぱいの女性だ。
 今回の旅で、彼女のお母さんとも会って来たが、来てくれて有難うと手をしっかり握り凄く喜んでくれた。
 お母さんも、海外旅行は数10ヶ国、国内ではテニスの国体選手などスポーツキャリアは凄い。
 琴、生花も師匠。
 遺伝なのかな。
 脳梗塞で倒れ今は施設にいるが、手を取り合って長話しをしてきた。
 稚内に住んでいたので、懐かしそうに話していた。

 彼女のは旦那さんとは青森ねぶたで知り合い「自遊旅」に泊まりに来て、その後結婚に至った。
 子供が出来ると一人旅は無理なので、子育てに全力をささげている。
 もう十分遊んだからやる事無いよと屈託が無い。
 そんな彼女も今は決して裕福では無い。
 でも明るく生きる姿勢が素晴らしい。

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