5月31日(金)ロープの撤去&天狗岳登山
 今日は先日の二股口台場ツアーの際に張った、ロープの撤去に行く。
 気温は20度くらいになるそうで、私にとっては夏日のようなものだ。
 登山口に車を置いて出発。
 静かな旧江差山道を登って行く。
 風が全く無いので、ブヨに囲まれながらのウォークだ。
 先日の跡がまだ生々しく残っている。
 25名ほどが歩いたので、道がはっきり分かるようになった。
 足跡が残る
 上から順にロープを撤去して降りて来る。
 これだけのロープを回収
 稲妻形台場にロープを置いて、弾薬庫らしき場所までの道を笹刈りする。
 丁度稲妻形台場の裏側にあたる場所で敵陣から見て、塹壕の裏側になる。
 いまだにはっきりした道が付いているのが嬉しい。
 道の跡
 恐らく下の大きな弾薬庫から小分けして、小さな弾薬庫に運んだのだろう。
 今日は暑いので半分まで笹を刈った。
 弾薬庫跡?
 登山口まで戻る。

 時間もまだ沢山あるので天狗岳に向かう。
 天狗岳は旧幕府軍の前線基地にあたる場所で、友野栄之助と100人が守備していた。
 岡山藩、水原久蔵の絵図には3個の塹壕が書かれている。
 水原久蔵の絵図(部分)
 その塹壕を探しに行く。
 既に何度も訪れていて、数ヶ所に存在するのは確認している。
 しかし、図の位置とは異なっている様な感じなのだ。
 今回は範囲を広げて、調査をして歩く。
 新しい塹壕らしきものは見つからないまま、山の頂上付近まで来てしまった。
 天狗岳は過去に一度も登っていない。
 塹壕探しばかりしていて、頂上に登ると言う意識は無かった。
 今回は何を思ったか登って見ようとなった。
 頂上直下に人工的に作られたスペースがある。
 人工的に作られた場所
 これが大野町史に書かれた、金の祠があった場所なのだろう。
 その後、祠は何処に行ったか不明になっている。
 一攫千金を夢見て付近に目が行くが、当然ある筈は無い。
 南側は断崖絶壁で北側も岩場になっている
 南側は断崖絶壁
 北西側から登って頂上に立つ。

 頂上は幅が1mにも満たない細長いスペースだった。
 標高530mの頂上からは下の道が良く見える。
 ここからなら敵の動向も良く見えた筈だ。
 下る事にする。
 金の祠があったと言う事は、参拝に登っていたのだろう。
 その道は何処なのだろうと探す。
 頂上下の西側に尾根があり、そこに道らしき跡も見える。
 ずっと下って行く。
 塹壕はこの辺りには見当たらない。
 すると道に出た。

 あれ〜何処の道だろう。
 少し歩いたら思い出した。 
 このまま下れば大野川に出て、川を渡れば国道に出る筈だ。
 やがて大野川に着いた。
 水量は20〜30cmで登山靴は水没だ。
 でもそんなのは構わない。
 ジャブジャブ川を漕いで対岸に渡る。
 そして国道を歩いて車の置いた地点に戻る。
 国道から見た天狗岳
 暑い中の藪漕ぎで、ブヨも多くて大変だったが楽しかった。
 新たな塹壕は発見出来なかったがまた行って見よう。
5月30日(水)色々です
 親友のFさんの奥さんから「も〜さん、余ったプリンターがあるんだけど要らない?」と1週間前から言われていた。
 忙しくて忘れていたが、思い出して電話を掛け貰いに行く。
 以前から白黒専用で資料を印刷したり、コピーをしたりするのが欲しかった。
 何時も資料をコピーする枚数も多いので、安い機械で安いインクを使って白黒印刷したかった。
 これでインク節約は出来そうだ。
 おまけに新しいインクも付属していた。
 嬉しい事に何故か不用品が集まる。
 このプリンタだってヘッドの洗浄をすれば綺麗にカラー印刷出来る筈だが・・。
 頂いたプリンタ

 その足て妻を病院に送って行き、妻の友人のSさんの家に行く。
 パソコンの電源に雷が落ちてパソコンは壊れ、テレビも壊れたのだ。
 テレビは購入し、パソコンは息子が買って来てくれたそうだ。
 「も〜さん、パソコンは買ったがセキユリティソフトが入っていない」と言う。
 ソフトをインストールして貰うのは何処に頼めば良いの? と聞かれたので、購入したヤマダ電機かパソコンショップに頼んだらと言った。
 家に帰ってから「あ〜俺がいるではないか」と思い出す。
 頭が全く回っていない。
 何処に頼めば良いのと聞かれたので、頼む先ばかり考えていた。
 忙しかったので、30日に行くよと連絡していた。
 家に伺ってヤマダ電機に一緒に行ってソフトを購入する。
 ノートンやウイルスバスターもあるが、更新料ゼロの「ウィルスセキュリティZERO」を1980円の所、割り引いて1780円で購入。
 早速Sさんの家に帰ってインストールする。

 インストールも終わって、手動で全てのファイルをチエックして、ウィルスに感染していない事を確認して終了。
 その後、妻の診察が終わるまで話しをする。
 妻の中の良い友人は3人居て、同じ病院に勤務していた。
 そして3人とも私と同じ七飯山岳会に所属していた。
 そんな中なので良く知っており話しも弾む。
 昼食は美味しい弁当を出前で取ってくれた。
 妻の診察が終わって皆で食べる。
 その後もながなが話し込んでから帰宅。
 あっという間の一日だった。

 北斗市観光協会推進委員の晴さんが「二股口台場ツアー」の準備作業の続きをUPしてくれました。
 北斗市観光協会ブログ
5月29日(火)ぶんぽ研史跡巡り
 今朝の北海道新聞に、松浦武四郎の歩いた道をロングトレイルとして整備し、観光コースにするという記事が載っていた。
 道東阿寒町の話しだ。
 私も既に渋江長伯の日本橋〜厚岸までの計画書は出来ていて、次に松浦武四郎の蝦夷日誌に書かれた、松前〜道東厚岸までの踏破を狙っている。
 古文書講座にも通い「蝦夷日誌」を徹底的に勉強してる。
 そこの今朝の記事だ。
 先月のPEPALもロングトレイルが特集されていて、北海道大雪山も載っていた。
 私の活動している、自転車に依る古道踏破もロングトレイルなので、通じる物がある。
 旧道・古道・歴史・歩く・旅・野宿のキーワードが浮かんで来る。
 何かわくわく感がある。
 でも今年は娘夫婦が家を建てる。
 函館には簡単に来れないので、建設中に様子を見てあげなくて良いのかとの思いも有り、悩ましい所だ。

 ぶんぽ研の史跡巡りに出かける。
 集合場所の当別トラピスト修道院に着いたが誰も居ない。
 おかしいと電話したら10.時集合だった。
 あ〜2時間もある。
 でもちっとも退屈では無い。
 まずはルルドの洞窟に行く。
 修道院裏から丸山


 ここに行く途中に三木露風の詩が書いている。
 この歌は本当に露風なのか調べて欲しいと言われていた。
 そこで見に行く。
 誌の書かれた板には、三木露風夫人のと後から追加されたような文字が書かれていた。
 分かったのかな?
 小さな字で追記がある
 静かなルルドの洞窟で何か神聖な気分になり、さらに上にある旧ルルドの洞窟も見て回る。
 神聖な気持ちにはなる

 杖が沢山置かれている
 まだ時間があったので日の丘ギャラリ-に行く。
 旦那さんが朝からワラビ採りに行って帰って来たところだ。
 奥さんがギャラリーでコーヒーでも飲んでと言われる。
 ここが工房

 ギャラリー

 釣キチ三平原画展

 展望デッキと丸山
 そしてイザベラバードの本を持って来た。
 私のイザベラバードの旅の講演会に来てくれ、バードと同じ旅がしたくなり会津を回ったと言う積極的な人なのだ。
 その時に地元の人が発行した本を買って来たのだ。
 是非読んでと言われていた。
 「イザベラ―ドの会津紀行」は大学教授と地元の方々の共同執筆の様だった。
 これを買って来た
 一番気になる五十里から山王峠越えを見てみた。
 山王峠は現在のトンネルのある国道とそれ以前の道の写真が載っていた。
 何れもイザベラバードが歩いた道では無い。
 山王峠は当時の道が残っているが、写真すら載っていない。
 そして「五十里から山王峠の道は如何に悪路であったか・・」の文書で終わっている。
 峠にはバードが通る以前からの馬頭観音もある、ハイライト的な峠なのだが実際行ってはいないのか?
 残りの部分も読みたいので借りて来る。
 「あげても良いんだよ」と言われたが「いや返しますよ」と借りる。
 「も〜さん、イザベラバードを語る会を作らない?」と言われる。
 仲間を集めるから、バードの旅の話しをして欲しいと言われたので、考えておきます。
 
 集合時間になったのでお礼を行って集合場所に行く。
 続々と集まって来て13名だ。
 90歳になるおばあちゃんが、もう年で来れないから最後だと思って来たと言っているが、まだまだ元気そうだ。
 トラピスト修道院の八重桜、三木露風の碑や住居跡、当別無線中継場跡を見る。
 落合さんの説明
 昼食は喫茶「夢」で、おしまコロニーという法人が運営している。
 障害のある人達が色々な形でかかわっている。
 メニューには沢山の種類があるが、400円のあんかけ焼きそばを注文。
 あんかけ焼きそば
 量は少なかったが安いので仕方が無いか。
 最後に記念写真を撮って解散。
 午後から二股口台場山に行き、先日張ったロープを取りに行こうとしたが、雨になったので家に帰る。
5月28日(月)殿様街道を行く
 今日は福島町にある殿様街道に行く。
 最近は「殿様街道ウォーク」のイベントで人気がある。
 土方ファンとしては「殿様街道」より「土方歳三ロード」にでもして欲しいが、松前藩のおひざ元としてはそうはいかないだろう。
 今回は山中をうろついていた時に見つけた、オオカガミを見に行くのが目的だ。
 何時もは知内側の住川から入るが、今回は福島側から入る。
 兵舞林道はダートで私の車では厳しい。
 エアロパーツなどと言った余計なものが付いているので、車が何度か地面にこする。
 それでも何とか車の止められるスペースに到着。
 新緑が眩しいばかりだ。
 福島川
 少し歩いたら「あれ、煙でない?」と言う。
 確かに煙が出ている。
 山火事・・クマよけ・・。
 近づいたら人がいた。
 山菜採りだった
 「こんにちは!」と声を掛けて話す。
 山菜採りに来ていたのだ。
 「何で木を燃やしているんですか?」と聞いたら、今一休みするので何となく燃やしていると言う。
 「この辺は大きな熊が居るよ」と何度か熊を見た様である。
 ウドはいくらでもあるそうで、山菜リュックにはウドが入っていた。
 「何処へ行くの」と聞くのでこちらに行きますと、登山コースを指さしたら、「そんな所に道があるんだ」と言う。
 山菜採りが主なので山には上がっていないようだ。
 「熊に気を付けて」と言われ、スタートする。
 草木は伸びて道が分かりにくくなっていた。
 イベントでは旧松前線の陸橋を歩くが、殿様は陸橋を渡ったの??となり、旧道を進んで行く。

 このコースは某山の会の方に教えてあげたら、そのコースを会で今でも忠実に使っているそうだ。
 鉄橋の上を歩くよりははるかに、旧街道の良い雰囲気がある。
 登りは一層ブナの新緑が目立つ。
 「静かだね」と同行の声。
 殿様街道
 風が全く無いので木の葉も揺れず本当に静かだ。
 大千軒岳が見える場所で、まだ残雪のある山を眺めてから、やがて尻内嶺に到着。
 大千軒岳が見える
 ここから時間の関係でショートカットする。
 急な下りにはイワカガミが咲いている。
 白、ピンク、赤むらさきと3種類の花が咲いている。
 白い花のはヤマイワカガミと言うそうだ。
 ヤマイワカガミ
 ピンクはオオイワカガミだそうだが。
 オオイワカガミ
 白は子供で、ピンクは若い子、一番派手な赤紫は年増の厚化粧と言ったら、大笑いされた。
 茶屋峠で休憩して、今度はイワカガミロードを歩く。
 旧道探しでは色々な道を探し求めるが、この場所もそんな状況で探した道だ。
 急斜面を登り、笹を漕いで尾根に出る。
 ここから北に尾根を歩く。
 宮内庁の土地だった
 周囲にはカガミソウが群生して咲いている。
 白、赤、ピンク・・。
 崖の途中にもあるよと教えられるが、私は怖いので覗きはしない。
 途中に大千軒岳が見える場所も有った。
 まだ残雪が多い。
 大千軒岳



 こんな道が続く
 この尾根を5〜600メートル程歩いて戻る。
 先はまだまだ行けるので興味深いのだが、帰る時間が決まっているので、次回には奥まで行こうとなった。
 戻って来たら同じ年代のカップルがいた。
 「ここは何処ですか?」と今いる場所が全く分からない様子。
 札幌から朝5時に出て来たと言う。
 コースを教えてあげたが、何か不安そうだ。
 山登りと言うよりも、花めぐりなのだろう。
 男性は大きな三脚を持って歩いている。
 少し先に行って来ますと下って行った。
 我々はここで昼食。
 のんびりしてから下りに入る。
 まだ残雪がある


 中ごろまで降りたら山菜採りモードになった。
 ヒドケイが沢山ある。
 私も少し採ったが、皆が沢山採ってくれビニール袋は満杯。
 更にウドも大量に押しこまれ大きいビニール袋はパンパンになる。
 あ〜これで今日も山菜料理になってしまう。



 ようやくスタート地点に到着した。
 帰りに木古内に寄り、名物のお土産を購入。
 私は1個買って貰ったので、違う種類を2個購入してお土産にする。
 車の中で次回は恵山のつつじを見たいねとなり、御殿山から海向山に谷越えで縦走してから恵山に行こうと決まる。
 も〜さんお任せコースになったので、勿論道無き道を踏破して行くコースになるだろう。
 最初は藪漕ぎに驚いていたメンバーも今では、藪漕ぎをしても全く驚かなくなった。
 誰も歩かないルートには、新鮮感が有って良い。
 勿論地形図を読めて、GPSを活用しなければ踏破は難しい。
 小さな冒険だが、同じ山に同じコースばかり登るよりは新鮮で大好きだ。
5月27日(月)桔梗マスターズ
 桔梗マスターズ例会。
 今日は暖かいので集合場所に短パン、Tシャツで行ったら、「若いね」と皆に言われる。
 周りは長袖にウィンドブレーカーなど、3〜4枚は着こんでいる。
 私は全く寒くは無いし、このスタイルでの活動が一番好きなのだ。
 抽選で組を決めるが、前回は1番だったが、今回もまた1番を引く。
 更に1番最初のショットも引いた。
 コースを回る。
 同組の男性も女性も皆上手だ。
 私も良い時は皆と同等で、酷い時はかなりオーバーしてしまう。
 結局は33〜37の間(パーは33)で終了。
 まだまだだが例会のみの参加で、普段は行かないからこんな物だろう。
 昼食後、午後からのプレー。
 組み合わせで町会長と一緒になる。
 元学校の先生で、スキーの準指導員受験の時一緒だった。
 元体育の先生なので、上手だろうと想像はしていた。
 ショットは正攻法で確実に打つという打ち方だった。
 彼らしいと思ってしまう。
 私はギャンブル的な打ち方が多い。
 100mなら真っ直ぐ飛べばワンオンしてしまう。
 女性などは2回打って私と同じ距離なのだが、それでも1打しか変わらない。
 目一杯打つ私は時に曲ったりするので、結果的にはあまり変わらない。
 最高28を出して調子よく午後の部を終了、家に帰って温泉に行く。
 皆と交流できるので楽しい例会ではある。

 自転車世界一周中の小口君からメールが届く。
 69カ国目になるアフリカの南西端喜望峰にようやく着いた。
 ジンバブエでマラリアに羅患して2週間も闘病していたそうだ。
 世界最大のビククトリアウォールでは恐怖を感じたそうだが、テレビで良くこんな情景を放送していたな。
 実際見ると凄いなのだろうな。
 ビクトリアウォール
 ナミビア、アプリコット色の砂漠「ナブミ砂漠」のスケ-ルの大きさに圧倒された。
 こんな光景もテレビで見たような・・。
 ナブミ砂漠
 旅も6年目で、94000kmになった。
 これで予定の半分だ。
 旅の終わりまで後6年かかる。
 フロントバッグが豚さん?
 最後の日本への帰国は北海道から入る。
 そしてゲストハウス「自遊旅」での再会を約束している。
 それまで私も頑張って元気な姿で会いたい。
 そして旅の話しを沢山聞きたい。
5月26日(日)いろいろ
 ツアーも終わって今日はのんびり・・とはいかない。
 娘夫婦が建てる家の詳細を建築会社と打ち合わせする時期になっているようだ。
 妻の部屋の方は決まっている様なのだが、私の部屋はまだ詳細を決めていない。
 「来週金曜日迄に決めて!」と娘から言われているのでレイアウトを書いてみた。
 部屋は狭いが荷物をかなり整理したのでこれで十分収まる。
 スキーや自転車で貰ったトロフィも段ボールで3つも有った。
 これも少し残して処分した。
 マイルーム
 特に特徴的なものは無いが、ドアが二つある。
 図の下のドアは居間の方から部屋に入るドア。
 もう一つの図の上のドアは外に出られるドアだ。
 当初は窓の予定だったがドアに変更して貰った。
 都合の悪くなった時に部屋から外に逃げ出す・・では無い。
 このドアから出た先にウッドデッキを作り、そこにベッドやテーブルを置いて太陽の下で過ごせるようにする。
 コーヒーを飲んだり、本を読んだり、ギターを弾いたりする空間を作りたい。
 家の裏なのでこの場所は見えにくいのも良い。
 露天風呂がこの一角に出来れば尚良いな、家を壊した廃材で湯を沸かせば当分持つのだが・・・。
 家族に叱られそうだ。
 足湯なら良いかな?
 投げ込みヒーターで湯が湧かせる。
 コンセントは外に設置して貰った。
 こんなイメージ
 また工作ハウスも作り、そこで物作りをする。
 そんな目的がある。

 午後から明日のパークゴルフの例会に備え、無料のパークゴルフ場に練習に行く。
 無料だけあって芝も長いので距離感は掴めないので、真っ直ぐ打つ練習をする。
 7ホール目のロングホールで思い切りボールを打ったら、ヘッドがポロンと取れて来た。
 接着剤が効いていない
 あ〜これでお終いだ。
 そんな訳で帰宅。

 夕方に引っ越し荷物を運んで、さらに親戚の家に行ったら一日が終わった。
5月25日(土)北斗市ふるさと講座
 今日は北斗市ふるさと講座の日。
 タイトルは「戦将・土方歳三の台場山の陣容を探る 〜台場山巡検〜」となっている。
 今年の2月2日に行われた「北斗市ふるさと講座」の現地ツアーになる。
 旧歴の4月13日に第一次二股戦が行われたが、新暦では5月24日なので季節感は一致する。
 座学だけではなかなか現場の状況が伝わらない。
 そこで何とか現場を見せてあげたいとお願いしていたのが実現した。
 募集は25名だったが21名+教育委員会、資料館、そして私が乗りバスは満員になった。
 参加者を乗せたバスが、旧上磯地区から出発し、旧大野地区公民館に到着した。
 そこで北斗市教育委員会、社会教育課課長の岡村氏がご挨拶し、出発セレモニーが行われた。
 バスは折り返し地点の出合いの滝に向かう。
 行く道のりは資料館の佐々木学芸員の解説で、黒滝や赤滝などを見て行く。
 佐々木学芸員の解説
 普段車で走っていると気が付かない場所で「あ〜こんな所があるんだ」と思ってしまう。
 駐車場からの折り返しからは、私の案内で進む。
 旧幕府軍前線基地天狗岳を見て、新政府軍陣の入り口で車を降り、当時の旧道を歩いて貰う。
 山とは違った旧道の雰囲気に「こんな所を歩くのも良いね」と言われた。
 新政府軍の陣があった場所から激戦地二股台場の陣容が良く分かる。
 またそちらに下って行く急斜面の道に皆驚いた様だ。
 こんな道を登って伝習士官隊隊長の滝川充太郎が抜刀して切り込んで来たのには皆も驚き。
 バスに再び乗り、二股口台場に向かう。
 バスを降りて旧道を登る。
 15分位で旧徳川幕府軍の本陣のあった場所に到着。
 大きな稲妻形塹壕を見ながら、戦いの様子を解説する。
 その後、高所の塹壕に向かう。
 昨夜雨が降ったので、普段でも滑る道は更に滑るだろう。
 事前にロープを張って良かった。
 ゆっくり登る。
 最初の急な坂は全員が登った。
 急な登り
 次の急な斜面は滑り易いので、持って行ったスコップで足場を作る。
 そこをゆっくり登って貰う。
 ここも何とかクリヤして斜面をトラバースする。
 入り口には熊の糞などもあってスリル満点だ。
 トラバースを終えて塹壕が出始める。
 高度もかなり上がってくれば、如何に良い条件の所に塹壕があるかが皆に分かって貰えたであろう。
 更に上に向かいながら途中にある塹壕を見て歩く。
 またまた出て来る熊の糞や木に残った爪跡に冷や冷やだ。
 最後の尾根の斜面を登ってハイライトの、指揮官土方歳三が居たと思われる塹壕に到着。
 高所の塹壕に着いた

 ここがハイライトの塹壕

 敵陣側の急斜面を覗く
 敵陣も良く見え、自陣の各塹壕も見える絶好の場所だ。
 高齢の方も居たので良くここまで登って来たなと一安心。
 途中で御夫婦が少し厳しくなったので、塹壕で待って貰った。
 塹壕や周辺の地形を十分見貰ってから下りに入る。
 今度は滑りに注意だ。
 途中で御夫婦とも合流して下る。
 急斜面は結構滑る。
 ロープを掴んで下るが何人かは滑って転ぶ。
 下りは滑る

 ロープが効いている

 皆無事に急斜面を降りた
 苦労しながらも全員が下まで着いた。
 この様な厳しい所に塹壕を築いたんだと実体験が出来るのは貴重だ。
 急斜面後は緩い旧江差山道を歩いて入り口に到着。
 皆で記念撮影をしてバスに乗り込む。
 皆で記念撮影
 北斗市公民館でバスを降り、今回のツアーは無事終了した。
 これからも機会あれば色々な方に見て頂きたい。
 初めてのツアーは怪我人も無く終わって本当に良かった。

 昼で終了したので仁山高原に山菜採りに行く。
 参加者のTさんご夫妻とMさんYさんで出発。
 スキーを辞めてから4年位になるので、に山高原スキー場は懐かしい。
 仁山高原から見た函館山
 ワラビがあるそうなのだが、午後なので朝にもう人が入っているかも知れない。
 それでも数回分食べる位は採る事が出来た。
 その後も高原を歩き回ったが芝生の綺麗なスキー場を歩くのも悪くない。
 ニリンソウの花が片側散ると白と黄色のコントラストになり面白い。
 ニリンソウ
 図鑑に依れば貴重な山菜と言われる「アマドコロ」も見つけた。
 アマドコロ
 今日も満足して帰宅した。
5月24日(金)久しぶりにのんびり
 明日は「二股口台場」ツアーなので、今日は何も予定を入れて無い。
 明日のガイドをする為の、原稿を大まかに纏めた。
 後は少しだけ暗記をすればいい。
 明日の一番の問題は、山歩きに慣れていない方がどの程度来るのかだ?
 それによって対応も大きく変わってくる。
 具合の悪い方が出たら、どうするか等は一応決めてはある、
 急斜面を登れない人がいる事も想定してスコップも用意した。
 今回は観光にも注目されているので、市役所の観光推進課や関連部署も参加するようだ。
 何とかさらに整備して観光に繋がれば良い。

 午後から、コジマ電気に行く。
 妻の友人がパソコンを変えたが、セキュリテイソフトが入っていないそうだ。
 そこでソフトの値段を調べに行く。
 高いので4900円程度、安いので1980円と大きな開きがある。
 無償で更新が出来るのか出来ないのか、何台のパソコンにインストール出来るかで変わってくる。
 値段は本人に確認して、来週には伺ってインストールする事になった。
 
 ついでにアルペンに行く。
 今使っている、コロンビアのザックと同色の登山靴が30%オフで売っていた。
 履いてみたが2Eでは幅が狭く、当たるので合わず。
 3Eは無かったので今回は買わずに帰る。
 エネールギーinが1個59円で売っていたので5個購入した。

 北斗市観光協会のブログに21日の台場山の準備作業の様子を、観光推進員の晴さんがブログにアップしていた。
 今回は前半だけだった。
 やはり若い娘の感性で書かれているので楽しい。
 こちらです。
5月23日(木)山菜採り
 忙しくてなかなか行けなかった、Tさんの敷地にある山菜を採りに行く。
 ウドのある場所だが、ここに来るのは何時も遅く、伸びてしまっている。
 水量の少ない川汲川を渡って対岸へ行く。

 沢山咲いているニリンソウやサクラソウ等を見ながら歩く。







 琵琶の滝も毎年変わらず小さな落差で水が落ちている。

 何時もの場所に到着。
 この場所は古くは幕末にあった徳川鉱山から銀や銅を運ぶ道だった。
 徳川鉱山跡は現在も残っているそうなのだが、行った事のあるTさんから場所を聞くが、なかなかはっきりしなくまだ辿り付けないでいる。
 早速採り始めるが、やはり少し伸びすぎ感もある。
 ここは移動しなくても十分採れるので楽なのだ。
 直ぐにバックパックに一杯になってしまう。
 他にハンゴンソウやワラビ、ヒドケ(モミジガサ)なども採って帰る。

 家に帰って近所や友達に配る。
 これで毎年恒例のTさんの土地での山菜採りは終わった。
5月22日(水)健康サロン
 明和園生き生き健康サロンに行って来た。
 お年寄りの健康目的の集まりなのだ。
 男性は3人しか居なく、女性は30人くらい居る。
 ここでも圧倒的に女性が活発に活動している。
 他に施設に入っている障害者の方も10人くらい参加している。
 まずはストレッチ体操から始まる。
 運動項目も増え、内容も充実して来た。
 最近は山にかなり入って笹刈りなどをしているので、全身が疲労気味だ。
 ストレッチ体操は心地よく体がほぐれる。

 この後は、エアロビマットを使っての腰痛対策運動。
 これもかなり聞く、実習で来た20歳の若い女性が、悲鳴を上げる。
 じいちゃんばあちゃんよりも体が硬い。
 
 その後は今後の体操で使う、用具作りをする。
 新聞折り込み広告を丸めたものを20本作る。
 用具作り
 これが意外と難しい。
 きっちり固く丸めなくてはならないが、なかなか上手く行かない。
 時間の関係もあり、サンプルを数本を作って終了。
 350円のキムチ炒め昼食を食べて帰宅する。
 今日の昼食
 午後からは25日の二股口台場ツアーに使用する、ガイド資料を作成。
 こんな表紙
 夕方になり、知り合いから海産物送が届いた。
 おすそ分けするのに車で函館市内3個所に配送し、梱包して本州にも送った。
 これで一日がようやく終わった。
5月21日(火)二股口台場山整備山登山
 台場山ツアーを235日に控え、今日は案内コースの整備を行う。
 北斗市の学芸員佐々木さんと、山仲間2人が手伝ってくれる事になった。
 笹刈りは人数が多い方が助かるので有難い。
 最初に箱館戦争の新政府軍陣地まどの旧道を草刈りする。
 当時の道を少しでも歩いて貰いたい。
 刈り終えて新政府軍の陣に出たら、佐々木さんが下二股川への急斜面を下って行きたいと言うので行く。
 急斜面を下る
 この急斜面は、旧幕府軍伝習士官隊の隊長滝川充太郎が抜刃して馬で、駆け上がろうとした場所なのだが、よくこんな壁の様な斜面を登ろうとするものだ。
 下二股川まで下って行ったが、ごみの不法投棄が凄い。
 ごみが散乱している

 ネコノメソウが癒してくれる
 歴史ある江差山道もごみで埋もれている。
 残念な状況だ。
 下二股川

 土方の居た塹壕は山の頂上

 急斜面を戻る

 登るのは大変だ
 再び登った時に北斗市観光協会の及川さんが台場山に着いたとの連絡。
 今日は彼も台場を一緒に見学する予定だった。 
 急いで台場山に登る。
 上で会う事が出来た。
 若い女性観光推進員の岡田さんも同行していた。
 丁度今朝の北海道新聞朝刊に載っていた。
 21日付の報道
 北斗市観光ブログを発信しているので見てやって下さい。
 早速整備登山を始める。
 岡田さんは何か浮かない表情。
 「どうしたの?」
 「体力が持つかな?」
 今日の最年長の人とは50歳も違うのに・・・若者よもっと鍛えよ。
 急な斜面にはロープを張り、笹を刈りながら登るのでなかなか進まない。
 汗をかきながら徐々にルートを開いて行く。
 最近は毛無山の整備も行ったので、何かと右腕を使う機会が多い。
 鎌で笹を刈るのは結構疲れるのだ。
 熊の糞も3個所あった。
 熊の糞

 爪跡も・・
 ここは熊が多いので有名だが、熊さんも塹壕で遊んでいるんだろうか?
 塹壕内は笹も綺麗に刈られているので、居心地が良いのかも知れない。
 土方歳三が居たのではないかと言う、一番高い塹壕で全ての整備終えて台場山まで下る。
 ここに土方が居た?
 及川さんと岡田さんとはここで別れる。
 北斗市観光の一つとして、台場ガイド等を考えていきたい様だった。
 本州からの観光客に台場山に着いて聞かれるが、案内出来ないでいるそうだ。
 食事後、弾薬庫跡を見て澤に沿って下る。
 Nさんが「も〜さんは1日に1回は藪漕ぎしないと気が済まないんだ」と言われてしまう。
 確かに常に新しいコースを辿るので、どうしても藪漕ぎになってしまう。
 天気も良く気温も上がって来た。
 アズキナや大きく育った行者にニンニクをお土産に帰る。
5月20日(月)伊勢鉢山登山
 本来は福島町の殿様街道を歩き、途中でコースを外れ、尾根に群生するイワカガミの群生地に行く予定だった。
 所が某山岳会のYさんの情報で、殿様街道は花がまだ全く咲いていないとなったので、急遽伊勢鉢山に行き先を変える事にした。
 この山に群生するカタクリを見て、山岳崩壊により堰きとめられた沼を見に行こうとなったのだ。
 同行は3人、何時のも通りかいさんの家に行き、車を置かせて貰う。
 最初に伊勢鉢山に行った時、車を置かせて貰って以来お世話になっている。
 最初に来た時に、車を置かせて貰い出発したら男性が一緒に付いて来た。
 「毛利さんでないですか?」と聞かれた。
 彼とお母さんが私が北檜山庁で行なった講演を聞きに来てくれていたのだった。
 男性が家に帰って、今毛利さんが来て、伊勢鉢山に登りに行くと言ったら、お母さんが「何故案内しないの」と言われ、再び犬と一緒に戻って来た。
 そして伊勢鉢山を案内してくれた。
 ここの一家は宮崎出身で亡くなったお父さんが土方歳三ファンで、その後京都に住み、さらに土方の後を追って、この地まで来たのだ。
 そしてここで牧場を経営していた。
 今回はお母さんが宮崎に里帰りして居なかった。
 かいさんの話によると、最近子連れの熊が出ているので気を付けてと言われる。
 先日桂岳と釜谷山(明治の地図ではカラス嶽なのだが地元では釜谷山と呼ぶ)の間にギョジャニンニクを採りに行ったら、小熊が軽四輪の乗用車の屋根で遊んでいたそうだ。
 彼はこの辺りの山は詳しいが、弟さんはさらに詳しい。
 どこでも知っている。
 話しをすると色々な道を教えてくれる。
 弟さんは木古内の方に仕事で行って居なかった。

 出発する。
 いつもの東ルートから登る。
 この山の山麓を新幹線が通るので、工事が行われている。
 藪を漕いでコースに入るといきなり「山菜だ!!」となり、いきなり山菜採りモードになった。
 遅々として前に進まない。
 ここのコースは花や木々が色々な種類有って、皆からこれが○○と言われても、余りの花や草木の種類の多さに覚える事は不可能だった。
 目的のカタクリは咲いて無かった。


 シラネアオイ











 頂上は近い

 コシアブラ
 ようやく頂上に着いた。
 無風状態なのでブヨが五月蠅い。
 三角点の場所で早々に食事を終えて下山する。
 3等三角点
 帰りは初めて歩く事になる南尾根コースを下る事にする。
 スマホ「地図ロイド」で地形図を確認して、コースを決め「山旅ロガ―」で現在地確認しながら下る。
 藪漕ぎになるが、密集度は低く花や木々を観察しながら楽しく下れる。
 付近には林道が出来たらしいが、人工的な道は趣味に合わない。

 何時も同行する人も、最初は何時もコースを離れて藪漕ぎするので戸惑ったようだが、今では私の歩きかたにすっかり慣れて「も〜さんと行く時は一番悪い衣類を着る」となっている。
 新しいコースは新鮮で冒険心もあり楽しい。
 単調な登山道路に比べ楽しみが多い。
 地形図を見ながら、こちらから行こうかなどと色々考える事も出来る。
 最後は大きな沢に出て下れない、大きく迂回して下に降りたら新幹線の工事現場があった。
 新幹線工事
 ここの周辺にも山菜が多数ある。
 もう大はしゃぎだった。
 結局採った山菜は、ウド、タラの芽、ゼンマイ、フキ、コシアブラ、ハンゴンソウ、ワラビと種類も多く、ザックは満杯で入らず、手にずっしり持って歩く。
 今回は完全な山菜採りモードで終わった。
 予定した沼も行かずに新ルートを歩く事になった。
 着いてかいさんと話す。
 ハンゴンソウの中で大ハンゴンソウは外来種で、この付近に草花が育たないそうだ。
 採っているが大変な様だ。
 桂岳への道は山崩れで車では行けない。
 カラス嶽手前の林道から尾根を進んだら行けないですかと言ったら行けると言う。
 こんどはこのコースだ。
 「伊勢鉢山は毛利さんの山だね」と彼が言ったが、私が一番この山に来ているようだ。
 またお母さんが帰って来たら来ますと言って別れる。
 楽しい山登りだった。
5月19日(日)毛無山登山
 昨日、大間に向けて出発した中沢さんからメールが来ていた。
 「も〜さん輪行大成功です!」と嬉しそうなメール。
 100円ショップカバーで輪行したがOKだった。
 輪行自体もOKかどうか分からなかった。
 これで今後は1000円安く乗れる。
 函館〜青森は1500円安く乗れる。
 でも青函フェリーが安いので、函館〜青森は青函フェリーになるな。

 今日は北斗市自然に親しむ会の第10回毛無山登山会の日。
 時間通り行って受付を終了。
 近くに居たお母さんと話しをしたら、自転車関係の人だった。
 自転車関係のイベントのお手伝いをしているそうだ。
 私の会社の仲間に、サイクリング教会の事務局長が居たので、知っているか聞いたら知っていると言う。
 山も自転車も係わっている。
 私は普段単独か少人数の山歩きが多いので、こんなに多くの登山者と歩くのは殆ど無い。
 人数は60人くらい居るのだろうか、その多さに圧倒される。
 凄い長い列
 檜澤の滝に着く。
 相変わらず豪快に流れている。
 滝は今日も豪快だ
 急斜面を登りきって雪が少し残る山道を登る。
 道の整備をした時より遥かに雪が少なくなっている。
 途中で丸岡リーダーより熊の説明。
 登る時は木に爪を掛けるが跡は小さい。
 下る時は爪を滑らして降りるので爪跡が長くなるそうだ。
 丸岡さんの説明

 熊の爪跡
 やがて大石の沼に着く。
 今日は静かな沼面だ。
 大石の沼
 15分の休憩の後、出発する。
 長い隊列だ

 休憩

 もう少しだ
 この高い場所まで行けば頂上はもう少しだ。
 雪の斜面をトラバースする。
 先に若い女性二人がいた。
 スタイルからして完全な山ガールだ。
 ここの雪渓をトラバースする時に滑落したそうだ。
 でもここは下で止まるので良かった。
 最後尾から一緒に付いて来た。
 やがて頂上に着く。
 山頂
 ここで45分の休憩だが、あっという間に時間が過ぎてしまった。
 山岳会などの食事時間は早くてあっという間に終わり直ぐに出発する。
 先日、山道整備作業の時、ガスコンロを持って行って湯を沸かしコーヒーを飲もうと思ったら、飲む暇も無くスタートした。
 その時来ていた女性が今回も来ていて、あの時私がガスで湯を沸かすのを見ていて、自分もそれが理想なんだが、山岳会で山に行けばそんな暇は無いので出来ないでいると言っていた。
 食事を終えて下る事になる。
 山頂で自転車をやっているんですかと聞かれた。
 頭のバンダナは自転車マークなのでそう思ったのだろう。
 そうしたら彼女も自転車をやっているそうだ。
 今日は随分自転車に縁がある。
 GH「自遊旅」もやっていますと言ったら、そう言えばTVで見たのを思い出したと言う。
 「人生の楽園」に出た事をまだ知っている人がいたのだ。
 自転車関係者の二人
 下りでモグラがいたのだが、寝ているやら死んでいるやら分からなかった。
 モグラ
 順調に下山して皆と別れて、北斗市郷土資料館に行く。
 北斗市内には25日のツアーのポスターが張ってあった。
 ポスターも張ってあった
 学芸員の佐々木さんと21日の二股口台場山の草刈りの打ち合わせや、イベント当日の打ち合わせをして家に戻る。
5月18日(土)中沢君出発、Kさん来訪
 午前中に近くのKさんが来てくれた。
 ミニコミ誌「野宿野郎」を全巻購入して頂いたのを、わざわざ取りに来てくれた。
 おまけに函館の古写真が載った本まで頂いた。
 その後、中沢君も含めて皆で色々話をした。
 本当に楽しい時間を持てた。
 Kさんも6月初めに津軽半島にMTBで行くと言う。
 その辺りの情報交換もした。

 今日大間に向けて出発する中沢君に自転車のばらし方を伝授。
 今回は自転車を畳んで持ちこみ、フェリー代を節約しようと言うわけだ。
 以前、GHに来た冒険家安東浩正さんが、テントの中にMTBを入れて輪行した事がある。
 今回は100円ショップ7にあるミニバイクのカバーを購入。
 自転車をばらしてそのカバーに入れる。
 自転車をばらす

 袋に入れる
 破れやすいが100円で済むので使い終わったら捨てても良い。
 上手く納める事が出来た。

 皆で記念撮影をして別れる。
 皆で記念撮影
 中沢君は新潟に帰り、その後尾瀬のガイドをする仕事が入っている。

 桔梗に帰って町内会のマスターズ例会に出席。
 80歳になる年配の女性の楽しい話しがあった。
 話しの中で年号や名前がすらすら出て来るので皆が感心していた。
 楽しい話しが聞けた
 
 その後は綾小路きみまろの1時間もののVTRを見る。
 これも楽しかった
 話しの愉快さにみんな大笑い。
 楽しいひと時だった。
5月17日(金)川汲台場山登山
 今日は天気も良いので中沢君と川汲台場山に行く。
 大正道路を登り始めるが、日差しが暑く直ぐに汗ばんでくる。
 ようやく春が来たという感じになる。
 少し歩いたら、木が大量に切りだされていた。
 新しい林道が作られて、そこから降ろして来たのだろう。
 今度はこの林道を歩いて見よう。
 新しい林道が出来ていた

 花が真っ盛りで沢山の花が咲き乱れていた。
 花は詳しくはないが、シラネアオイが満開で凄い量が咲いていた。
 他にも沢山の花が咲いており、春を強く感じさせる。
 ニリンソウ



 ヒトリシズカ

 ニリンソウ



 シラネアオイ
 他に知っているのはヒトリシズカ、二リンソウなどと超寂しい。
 もう少し覚えれば良いのにと思うのだが、なかなか花の名前を覚えるのに力が入らない。
 「ああ綺麗だ」と眺めて満足する方だ。
 コンクリートから飛び出した元気な木もあった。
 元気な木
 幕末の川汲旧道の川汲温泉側を案内してから、台場山に登る。

 天気も良かったので函館山もはっきり見え、烏帽子岳はまだ残雪。
 頂上でしばらくのんびりしていた。
 帰りは旧道を通る。
 誰も歩かない道は草木が以前より多く生えていた。
 行者にニンニクが伸び過ぎてはいたが採る。
 中沢君が行者ニンニクを食べるのを楽しみにしていた。
 もう遅いと思ったが大丈夫だ。

 箱館戦争で土方隊が通った旧道の景色を楽しみながら下る。
サクラソウ
 このコースも花が沢山咲いていた。
 椎茸のある場所に着いた。
 以前発見したのだがなかなか来る機会が無い。
 今年も出ていた

 
 今日は椎茸が食べられると中沢君も大喜び。
 他にウドも採ったので、彼の今日の夕食は豪華になるかな。
 旧道をどんどん下る。
 途中一部崩れている所もあったが、それ程の支障も無かった。
 川汲旧道

 良い感じだ

 尾根道が続く
 下って旧南茅部に向かったら、千葉さんの車があったので寄ったら、本人がいない。
 どこかの山に入ったのだろうか。
 諦めて出発。
 水無海浜温泉に行く。
 ここも中沢君が入りたかった温泉だ。
 行く途中に狭い道路があるのだが、新しい立派な道が出来ていた。
 完成はしている様だが、まだ通れない。
 間も無く通れるだろう。
 温泉は丁度良い湯加減だった。
 我々しか居ない温泉でゆっくり過ごす。
 最高に気持ちが良い。
 中沢君もまったり
 函館に戻る途中で喫茶菊池のソフトを食べる。
 旅人から教えて貰った店だが、ここのジェラード風のソフトの感食は好きだ。
 少し食べてしまったが
 100均ショップに寄って台所用品の金網を購入。
 彼の自転車はツーリング仕様にはなっていないので、後部の荷物が車輪に当たるそうだ。
 そこでサイドに金網を付ける。
 ぴったし加工出来てこれなら大丈夫だろう。
 たった100円で完成した。
 うまく付いた
 楽しい一日も終えて自宅に帰る。
 最近ストレスがたまる日ハムの試合だが、ようやく勝って少しはストレスが解消。
 妻もきのこのお土産があるので満足。
 美味しそう
 良い一日だった。
5月16日(木)花見&函館山登山
 昨日の夕食に中蕗の若葉で作った天ぷらを食べる。
 もちもち感があると言うがその通りだった。
 中蕗の若葉の天ぷら(右)

 朝に引っ越し荷物を運んで旧家に行く。
 そしてGHに泊まっている中沢君を車に乗せて、昨日落した荷物探しに出発。
 落したのは駒ケ岳のセイコーマートと昆布館の間ではないかと言う。
 セイコーマートに聞いても届けは無し。
 道路端を探すが見つからず、大沼交番へ行く。
 届け出は無かったが、開発局の道路パトロールカーが拾う事もあると言うので電話したが無かった。
 仕方が無く今日は諦めた。
 後は交番への届けを待つばかりだ。
 下着類は新たに買えば良いのだが、バイトで購入したパタゴニアとコロンビアの新しいシャツが入っていたのだ。
 
 GHに戻って自転車の修理をしてあげる。
 昨年はバイクで来たのだが、冬に新潟に戻したそうで、今回は札幌で3500円で買ったMTBで来ていた。
 シフターワイヤーのアウターが破れていて、シフトは6段しか出来ないと言う。
 アウターワイヤーを交換して完成。
 ブレーキシューも減っていて金属が出ている。
 これもアルペンから購入して交換する。
 これで完成した。
 調子が良い!

 そして花見に行こうとなった。
 直ぐに道具を用意して、スーパーで肉と野菜を買って函舘公園に行く。
 桜はあまり咲いていない。
 もう終わったのか、まだ咲かないのか分からない。
 バーベキュー等をやっている人は皆無。
 公園内をうろうろしていたら、シートを敷いている女性と子供。
 傍にはコンロとジンギスカン鍋もある。
 ここで出来るんだとなり、道具をセットする。
 自転車旅用のセットなので直ぐに準備出来る。
 小型コンロ
 焼き始めると良い臭いが漂う。
 道行く人が皆見て行く。
 男2人でのジンギスカンは異様なのか。
 そこに犬連れのおばさん2人が来る。
 「良いねそのガスとジンギスカン鍋」
 小型のガスバーナーは見た事が無いのだろう。
 犬が肉の美味しそうな臭いに欲しがるので少しあげる。
 犬が欲しい欲しいをする
 しばらく話して帰った。
 もうお腹が一杯になった。
 すると先程のおばさんがまた来た。
 また話しをする。

 食事を終えて、函館山に登る。
 旧山道を登り、千畳敷へ。
 その後折り返してきたが、夕日が真っ赤に山陰に落ちて行った。
 綺麗な夕日が沈んだ
 御殿山山頂は平日に係わらず凄い人だった。
 修学旅行が圧倒的に多い。
 初めて夜景を見た中沢君も大感激だった。
 夜景も綺麗だった
 その後、旧山道を下ってGHに戻る。

 帰る途中原口の佐々木さんから電話が来て、桜松街道の桜が咲かないと言う。
 私が写真を撮って、桜松街道の全国表彰記念切手を出す予定だったが、写真が出来ないので来春るまで延ばす事にした。
 今年の異常気温が影響しているのだろうか?
5月15日(水)毛無山確認登山
 今日は毛無山の状況確認登山。
 19日に行われる一般対象登山会のコース状況の偵察だ。
 生憎の曇り空で昼からは雨の予報が出ている。
 登山口の駐車場には、今日も10台位集まった。
 沢山集まった
 早速登山開始。
 昨日雨が降ったせいか、暖かくなって融雪が進んだのか分からないが、川の水量は先日より増えた感じ。
 今日は檜澤の滝コースを登る。
 先日蟹さん渡りした鉄の吊り橋にはグレーチングが引かれていた。
 グレーチングが敷かれた
 やがて滝に着く。
 水の勢いが凄く迫力満点だ。
 滝は迫力満点

 小滝もある
 小さな滝は普段は無いのだが、今回は流れていた。
 途中、鎌で笹を刈ったり、倒木をどけたりしながら進む。
 高所に来ればまだ雪が沢山残っている。
 でも白い雪では無く黒いものが混じった雪で綺麗では無い。
 花もかたくり初めコジマエンレイソウ等が綺麗に咲いている。
 頂上に近づくにつれて笹藪が出て来る。
 今回は雪がまだ多く、刈る事は出来なかった。
 19日にはさらに笹が出ているだろう。
 最後に尾根道を進んで頂上に着く。
 頂上で

 三等三角点

 鼠がかじった跡
 風も強く気温も低い。
 重ね着をして昼食。
 先日購入した最軽量の240gを誇るサーモスの「真空断熱ケイタイマグ」は湯音が全く冷めていなかった。
 入れて来たコーヒーを飲もうとして火傷する所だった。
 やはり高いものは良いのか。

 何時も使っていた安もののマグは、結構温度が下がって温かった。
 食事後早々に下山。
 途中で道新の山のガイドをしている鎌田さんと尻滑り。
 雪だけならわたしもやるが、鎌田さんは笹の上を尻で滑って来る。
 遊び心満点の人だった。
 さすがに私はゴアテックスのレインウェアが心配で出来なかった。
 大石の沼
 旧コースを下ると今時期は木に葉が無いので、檜澤の滝が上から下まで見える。
 長い滝が曲がりくねって落ちている。
 途中で蕗の中ぶきの葉になる前の小さな蕾?が、天ぷらにすればもちもちして美味しいと言うので、7個ばかり採る。
 今日の夜は天ぷらだ。
 作った橋は無事だった
 結局雨も少し降っただけで大した事も無く終了した。

 今日来る旅人に電話してもなかなか連絡が取れずにいたが、ようやく繋がった。
 昭和温泉にいると言うので車で向かう。
 久しぶりに再会は良かったのだが、途中で衣類を落としたそうだ。
 温泉に来た人が車で昆布館まで乗せてくれ、探したが見つからなく警察に届けを出したと言う。
 明日、森の道の駅に行って見ると言うので、それじゃ車に乗せて行くよとなった。
 今日はGH「自遊旅」でゆっくりお休みだ。
5月14日(火)引っ越し
 今日は朝から引っ越しをする。
 荷物を降ろしてからGH「自遊旅」の清掃を行う。
 明日には旅人がやってくるし、6月の申し込みも入って来た。
 そろそろ旅のシーズンが来たなと感じる。
 午後からは、自分の部屋のストーブを外した。
 屋根に上がって綺麗な屋根を見て、そう言えば屋根のペンキ塗りも旅人の須藤君と理江ちゃんが手伝ってくれたものだと感慨深い。
 この家も色々とDIYをやったが、僅かしか住まないで引っ越す事になった。
 実際に苦労して作業した者にとっては、あまり報われなかったな。
 このストーブの取り付けも自分で行ったのだが、一冬使っただけで終わってしまった。
 でも色々な事を覚えたのが成果だ。
 排気管を外す

 ストーブを外す

 板を打ちつけた
 解体する家なので、板を適当に張って終了。
5月13日(月)桔梗マスターズ
 今日は桔梗町内会のパークゴルフ例会の日。
 集合場所には32人も集まり大盛況だ。
 車に相乗りで桔梗高台パークゴルフ場に向かう。
 高台だけあって函館山が見え景色の良い場所だ。
 桜も満開でなかなかの雰囲気なのだが、風も冷たくい寒い。
 桜も咲いていた
 このゴルフ場は昨年よりプレイ代が100円アップし食事代もアップした。
 おまけに例年より芝が悪いとかで、あまり混んでいないようだ。
 プレイする主婦の思いは厳しい。
 他の○○ゴルフ場が良いとなり直ぐに移動してしまうようだ。
 我々は地元なのでここが近いという面で便利だ。
 A組の1番札を引いてスタートする。
 ついつい思い切り打ってしまいオーバーになる事が多い。
 まあ成績を気にせずストレス発散には良い。
 結局は各9ホール、パー33のコースを、31、32、33、35で回った。
 まだ2回目なのでコースが読めないのでこんなものだろう。

 昨日、旅人から電話が来て、昨年GH「自遊旅」に泊まった中沢君が明日か明後日に自転車で来る事になった。
 昨年秋に鵡川の造園業の仕事を見つけ、函館を出て行った。
 その後冬は大雪のスキー場で働いていた。
 彼の目的は大雪山系の冬山を単独縦走すると言う事だった。
 確かに冬山の装備は持って来ていた。
 果たして目的は果たしたのか?
 会うのが楽しみだ。
5月12日(日)毛無山整備
 19日に自然クラブ主催の毛無山一般登山が行われる。
 そこで登山道の整備をするのだが、それを手伝いに行った。
 直接会とは係わりは無いが、少しでもお手伝いしたいとの思いだ。
 集合場所の駐車場に着いたら、車が続々と来て10台位になった。
 鎌を持ったり、縄を持ったり、草刈り機を背負ったりして出発。
 雨上がりの空はどんよりとしていた。
 最初に着いた場所が橋で、いつもはこの鉄の橋に金属の踏み板を敷くのだが、敷き板はしっかり鍵がかけられている。
 いつもは自分たちで敷いていたが、今回は官の予算で行うそうだ。
 アベノミクスで地方にも予算がばらまかれたのかなと思ってしまうが、これから入札をして業者を決めてからでないと工事は行われないと言う。
 いつになることやら・・・。
 やっぱり官のやる事だなとついつい思ってしまう。
 お陰で橋の構造物の上を蟹の横ばい式で渡る。
 怖い!!
 少し行ったら川に掛っていた簡易丸太橋が流出とやらで橋を新たに付ける。
 私はそのもう一つ上の橋を作る。
 川の左岸に道があるのだが、川水にえぐられて亀裂が入り落ちそうな状態なのだ。
 付近に落ちている丸太を集めて置き、後は石で回りを固める。
 これだと大雨が降ったら持たないかも。

 途中から二手に分かれた。
 我々は男性5人組みでスタート。
 
 登山道に落ちた木や倒れた木を切って排除しながら進む。
 何時も登っている山はこの様な裏での苦労があるのだと知る。
 他の山も同じ様に地元山岳会の方などが整備しているのだと想像がつく。
 感謝の気持ちで登らなくてはならない。

 大石の沼に着いた。
 看板も水没

 大石の沼
 沼のほとりに行ったら、鮒らしき魚が10匹位死んでいた。
 魚が死んでいた

 鮒なのか鯉なのか
 なかなか溶けない氷の下で酸欠になったのかなと想像するが定かではない。

 さらに先に進むが、残雪が多くなってきた。
 笹が雪の下になっている。
 これでは当初目的の笹刈りが出来ない。
 今回は笹刈りが中止になった。
 戻って降りて来たら、別コースの一段がやって来た。
 ようやく連絡が付いた。
 この山のエリアはドコモの携帯が使えなかったので、お互いの連絡が付かなかった。
 食事の後、再び大石の沼まで皆と行く。
 まだ雪が残る

 大石沼で

 丸岡リーダーの氷渡り
 そして下山。
 下で元町長の吉田さん差し入れの白菜を貰った。
5月11日(土) 雨の天気
 昨日はOB会があり会社に行く時は車で行った。
 そして車を置いてバスで懇親会場に向かったので、早朝に自転車で隣町の会社まで自転車で行き、車に載せて戻って来た。
 北海道新聞の朝刊を見たら3月22日に案内した二股口台場の記事が載っていた。
 「みなみ風」に載るかと思ったら本誌の道南版に載っていた。
 取材は3月22日だったので、掲載に随分長くかかったので没になったのかと思っていた。

 「二股口台場 新名所に」というタイトルで、良い内容で書かれていた。
 今後の北斗市観光に何とか役立てたいと思っている。
 今月25日にはバスツアーも行われる。
 少しでも多くの人が来れる様な環境作りをしなければならない。
 新選組結成150年の年に、この様な取り組みが出来て良かった。
 掲載記事はこちらから
5月10日(金)OB会出席
 スマホが不調でドコモショップに行く。
 電源を使い切ってしまうと再充電しないという現象だ。
 これで2回目。
 ショップで色々調べるがはっきりしない。
 ドコモで持っている機種だと充電する。
 明らかに本体が異常だと思うが、充電したバッテリーを入れてもう少し様子見になった。
 
 その足でコジマ電気に行く。
 外付けHDDがもう満杯になってしまった。
 500MBで相当長く使っている。
 今度は1T(テラ)にした。

 USB3.0になったので速度が5倍とダントツに早くなった。
 これだけの容量があれば一生使えるだろう。

 午後から元の会社の社友会に出席。
 半導体業界を取り巻く環境は悪く、ルネサス北日本セミコンダクタも再編成されることになった。
 譲渡先はジェイデバイスで半導体後工程では国内最大規模の会社になる。
 今回の譲渡で世界5位の会社になる。
 上位会社は韓国勢が占める。
 譲渡はされるが社員は今の地域で働けるのがまだ幸いだが、待遇面ではまだまだ厳しい状態になるのだろう。
 今回のOB会は最後とあって、今迄に参加した事のない方も来ていた。
 挨拶や会社概況説明などがあって、最後の記念撮影をした。
 その後バスで国際ホテルに移動し懇親会。
 もうこれで最後となるとやはり寂しいものがある。
 これで見おさめだ
 ルネサスの文字もこれが最後だ。
 ルネサスはソフトボ−ルやバレーはいまだに強いチームだ。
 バレーは昔は大林素子、三屋裕子、中田久美、吉原友子、江上由美、多治見麻子などそうそうたるメンバーで、何時も優勝していた。
 彼女らは今も活躍されている。
 日立の体育館には毎日の様に練習試合を見に行った。
 凄い大きな運動靴があちこちにあり驚いた。
 中に入れば私の様な小さな物は、見えなくなってしまう。
 そんな背の高い人ばかりだ。
 大林などは確か187センチもあるので私と27cm違うのだ。
 三屋裕子は凄い迫力があった。
 見学者は体育館のコート横のソファに座って見るのだが、人がいるにもかかわらず球が来ればダイビングして取りに来た。
 そして練習では減量するのためにセーターを着ていた。
 ソフトボ−ルには日本代表のあの上野投手がいる。

 昨年ルネサス全体で7446名の希望退職を行った。
 函館工場でも308名が希望退職した。
 多くの知り合いがいるので、この大変な状況に心が痛む。
 そう言う私も過去2度の希望退職をした。
 造船会社とこの会社の2回だ。
 でも何とか生き延びている。

 私が勤務した時の杉山社長も東京から来られた。高齢だが元気な様子だった。

 国際ホテルの食事も美味しく頂き、話しも沢山して帰宅した。
5月9日(木)上ノ国から函館へ
 朝の明け方は寒かった。
 昨日の夜に脱いだダウンを着てやっと暖かくなった。
 それから少し寝て目を覚ます。
 もう朝日が出て来た。
 朝食は昨日水を使ってしまったので、食事を作る分は無い。
 コーヒーを沸かす分はあったのでそれを飲んでから走る。
 朝のコーヒー

 ここが定番の宿
 中山峠を越えて旧大野町を経由するか、稲穂峠を越えて木古内経由で帰るか?
 結局普段あまり通らない稲穂峠越えにした。
 以前通った時より道が良くなっていた。
 少し走ったら田舎にしては巨大な碑があった。
 止まって見て見る。
 新村翁は江差生まれで商業に従事していたが、土地の開墾をして国利民福を増進しようと考えたが、当時は漁業の利益が大きくだれも農業はしなかった。
 彼は資材を投じて安政四年からこの辺り一帯を開墾し範をしめした。
 今でも農業は盛んで氏の意志は脈々と続いているのだ。
 この地区の名前を取って上ノ国新村になっている。
 新村翁之碑

 今でも畑が使われてる
 天気も良くなって快適に走れる。
 道道5号線とほぼ平行してJR江差線が通る。
 廃線が近い江差線には鉄道ファンが詰めかけているそうだ。
 最後に一度くらいは乗っておこうと思って入るのだが・・。
 こんな景色の良い場所もある
 この稲穂峠越えの道は、花が凄く咲いている。
 キクザキイチリンソウなどは足の踏み場が無い位真っ白になっている。
 函館山であ〜あった! と言うのとは訳が違う。
 走っていて楽しめる道だ。
 水仙も・・

 稲穂峠は簡単にクリヤ―した。
 力が戻った感じだ。
 1日目はプダルを踏む力も無く、跳ね返されるような感じで、筋肉痛にもなる。
 2日目は膝も痛くなってきたが、我慢して走る。
 そして3日目になると、油が循環したのか快調になった。
 どこも痛くも無く力も入る。
 一気に稲穂峠に着いた。
 ここにはトンネルがある。
 トンネルの出来る前の旧道も存在しているが、まだ調査出来ていない。
 旧道は今でも残る
 何時出来るかな〜と思いため息が出る。
 峠からは13kmの下りだ。
 急な下りは5km位だが、その後もずっと緩く下っている。
 むしろ緩い下りの方が調子は良い。

 木古内に近づき鶴岡と言う集落に入った。
 鶴岡=ファイターズ鶴ちゃんしか思い浮かばない。
 公園があったので寄る。
 芝生も綺麗だし、直ぐにここはキャンプに良いなと考えてしまう。
 良い東屋だ

 池もある
 記念碑があったので見たら、明治18年に旧庄内藩士開拓団105戸が入植したのだった。
 現山形県鶴岡市から来たので、鶴岡の名が付いた。

 他にお寺がある。
 立派な仁王門があるので見たら、入植者のために山形の善實寺に懇請し、明治35年に作ったものだった。
 仁王門は大正7年に作られた。
 仁王門




 二つの金剛は明治から大正年間、函館市に在住の仏師風間壮慶の作だそうだ。

 さらに箱館戦争で旧幕府軍側にいた、庄内藩松本十郎も関係がある。
 戦争後、黒田長官が推挙して北海道開拓判官をした方の事が書いてあった。
 小さな集落でも多くの歴史があるものだ。

 茂辺地に着いた。
 もう直ぐ函館だ。
 公園で一休み。


 再び走りだして富川に着いた。
 ここの富川八幡宮に行く。
 階段を登る足取りは流石に重い。
 上の鳥居を見るためだ。
 函館山旧三十三観音を調べているが、観音に書かれた「大阪大津屋栄徳新造積下り」の文字がここにも書かれているそうだ。
 鳥居の文字は風化していた
 見たが風化して読み取れない。
 上磯在住の郷土史家が、まだ見えている時の写真を撮っていると言うので、後で見せて貰おう。
 福山街道
 この神社の傍に福山街道が残る。
 
 そして自宅に到着した。
 荷物を降ろす暇も無く妻に「パークゴルフに行こう」と言って出かける。
 来る途中有川パークゴルフ場が有って無料だった。
 来週月曜日の大会に向けて距離感を掴んで置きたかった。
 勿論妻も出るので話しは直ぐに決まる。
 2ラウンドやって戻る。
5月8日(水)上ノ国から函館へ
 道の駅にテントを張る

 綺麗な朝日が出た
 昨日は寒かった、ガスに火をつけ湯を沸かしたらテント内は暖かくなった。
 そして熱いコーヒーを飲んだらすっかり温まり、ぐっすり寝れた。
 朝は朝日を眺めてからパッキング。
 その後、松前湾にある石を見に行く。
 等間隔で置かれている石の角柱は、船を繋ぐものだったと言うが、余りにも間隔が狭すぎるので、防波の役目をしていたのではないかと思うのだが・・。
 岸壁は明治18年に取り壊した、松前城の石垣を使っている。
 スタートして原口に向かう。
 天気が良いのでのんびり走り旅気分を満喫。
 二越の海岸
 途中の大島小島の見える所で朝食を食べる。
 途中で食事タイム
 原口に着く頃、後ろから自転車の男性に声を掛けられる。
 彼も原口に行くと言う。
 この地域でロード自転車に乗る若者は見たことが無い。
 地域の松前町交流里づくり館に勤務しているそうだ。
 他にも一人いて二人体制で運営しているそうだ。
 松前町の地域おこし協力隊だそうだが、のいつの間にこんな組織を作ったのだろう。
 訪問して挨拶する。
 若い男性は島田さんで四国から来たそうだ。
 他の年配の男性は札幌から来てい居るそうだ。
 まだまだ原口の事は知らないようだ。
 そこに女性がやって来た。
 「も〜さん来たんですか!」
 私は原口には何度も来ているし、パネリストをして地域活性化の色々な提案をしているので、原口の人は私を知っている。
 色々アイデアを話したら「も〜さんが来てくれれば良いのに」と言われたが、そこまでは出来ない。

 その後、佐々木さんの家に行く。
 喜んでくれた。
 85才なのだがまだまだ目標を持って頑張っている。
 私が願掛澤の旧道を調査している時に知り合った方で、兎に角前向きな人だ。
 脳梗塞で倒れて足は不自由になったが、春から秋は自宅で一人暮らしをしている。
 今やる事は切手の発行と表彰を受けた内容を銅版に書き木柱に埋め込む。
 その木が来ていた。
 これに銅版を埋める
 桜松街道が色々な全国表彰を受けたので、日本郵政が記念切手を出すことになった。
 それに取り組んでいる。
 昼ごはんをご馳走になった。
 一昨日奥さんの13回忌を行ったので、その時に原口では必ず出す、茶飯とも一つを頂いた。

 これが法事料理
 原口の料理については、昨年だったか亡くなった、挽歌の作家原田康子さんが、佐々木さんの弟の家に1ヶ月滞在して松前の料理の本を発行している。
5月7日(火)函館から松前へ
 朝8時に家を出た。
 ウィンドブレーカーを着ているが、走り出したら風が冷たい。
 さらに横風が強いので久しぶりに重い荷物を積んだ自転車はふらつく。
 北斗市の旧上磯地区に入ったら、太陽が出てきた。
 今度は汗が出るくらい暖かい。
 その後は曇ったり晴れたりを繰り返す。
 三石の日の丘ギャラリーの看板を見て思い出した。
 以前には車で訪れているが、今度自転車で来てと言われていた。
 そこでコースを変更し、急な坂を登って日の丘ギャラリーに着く。
 工房に行ったら部屋中煙で凄い状態だった。
 藁葺は虫が発生するので、月に一度くらい燻して虫退治をするそうだ。
 
 ここの工房は楽しそうだ。
 こんな雰囲気が大好きだ。 
 自前で作った手作り感があちこちにある。
 自作の大きな窯もあって陶芸も出来る。縄文土器がたくさん作ってあった。
 函館市では中空土偶が出て国宝になったが、レプリカを作っていた。
 凄く外観は似ているので驚いたが、薄く作るのは難しいらしい。
 他にアイヌのむしろ作りも出来る。
 私が昨年日高の二風谷でアイヌのおばあちゃんと話して、来年は1週間くらい習いに行くとなっている。
 そのかわり材料のガマの穂を探して来てくれと言われている。
 まだ見つかってはいない。
 ここにもあったので聞いたら、最近は殆ど無くなったそうだ。
 川の護岸工事で失われて行くそうだ。
 最近は東北まで取りに行くそうだ。
 今はギャラリーで釣吉三平の原画展をやっている。
 今日は休みだが見て良いよと言われたが、又来るのでその時じっくり見ますと断った。
 彼女は驚くほど多彩な人で楽しい。
 丸山が裏なので色々なコースも登っているそうだ。
 話が楽しくて
 1時間位話してしまった。
 再び走りだす。
 千軒地区に寄って見たら驚いた。廃家が多く、倒壊している家も多い。
 廃家が多い

 駅跡がむなしい
 まるで廃墟の様だった。
 地域崩壊が凄い勢いで進んでいることを実感した。
 次に通った福島も同じようだった。
 廃家が目立っている。
 もう必要でなくなった家を壊すのには相当のお金がかかる、
 そんな費用も無いから放置する。
 すると家はあっという間に、形を変えてしまう、
 大変な状況だ。
 低金利の融資でもして処理しなければ、町が廃墟の様になってしまう。
 松浦に入った。
 ここには白神に抜ける旧道があり何度か歩いた。
 そこは1番の古道だが、他に古図には新道がある。
 その入り口が探せないでいた。
 それが発見できた。
 これが新道だろう
 道の下の方が崩れてはっきりしていなかったので、道があるのが分かりにくかった。
 やはりじっくり見て歩けるのは自転車だ。
 上の方にはっきり道が確認できた。今度登って見よう。
 白神はトンネルが多いのだが、時々昔の道を走る。
 こんな景色があった
 すると良い景色があったりする。
 白神岬を回ると松前はもうすぐだ。
 途中にあった白神岬展望台は新しくペンキが塗られていた。
 綺麗になった

 放置されている
 松前の入り口に有った「中道番所跡」の木柱は倒れてしまったままだ。
 松前に着いた。
 早速公園に行ったら閑散としている。
 出店は出ているが客が全くいない。
 桜は?と見たが全く咲いていない。
 わずかに冬桜だけが咲いていた。
 冬桜が満開
 開花宣言が出たのでもう少し咲いているかと思った。
 観光バスも多く来ているが、がっかりだろうな。
 ツアーの変更は出来ないのかな?
 土方の道踏破の時お世話になった、100円おかずやに行ったら、店は締まっていた。
 もう廃業したのかな?
 楽しい雰囲気の人達ばかりだったのに・・。
 特に見る所も無く、道の駅にテントを張る。
 松前も寒い、
 早々に寝袋に入るが寒い。
 ガスに火を付け、湯を沸かしコーヒーを飲んだら暖かくなり、そのまま寝てしまった。
5月6日(月)今日も雨だ
 北海道の中札内では14センチの積雪があったとかで、函館も天候も思わしくなく雨だ。
 それでも妻にパークゴルフに行って温泉に入ってこようと言ったら、寒いとか言っていたが、渋々やる事になった。
 温泉は大好きなので気が動いたのだろう。
 グリンピア大沼に行ったらパークゴルフ場はまだオープンしていない。
 そこでチャップリン館に行く。
 今日のパークゴルフは我々の他に1人のみ。
 今日はスコアをスマホアプリの「ゴルフ三昧」をダウンロードして行く。
 紙のスコアカードに書くより簡単だし、集計もしてくれる。
 データは保存出来るし言う事なしだ。
 スマホは何でも出来るな。
 17ホールでホ−ルインワン達成した。

 それでも何とか2ラウンド回って温泉に入る。

 明日から天気が回復しそうなのでミニ旅に出る。
 準備は整った
 10日には以前の会社のOB会があるので9日迄には帰らなくてはならない。
 15日は中学校の同期会、25日は北斗市教育委員会主催の「二股口台場」バスツアーのガイドをする。今回は皆が言った事のない高所まで連れて行く。
 そんなこんなで、なかなか長い旅には出られない。
5月5日(日)旅の準備
 毎日のように天気がぐずついているので、引っ越しがはかどる。
 今日も2回荷物を運んだ。
 私の方は荷物が少なく、ロッカーにはまだ空きが沢山ある。
 妻はまだまだ荷物がある。
 新しい家は妻の分は5.2畳1部屋しかないので絶対収まらない。
 もう少し捨てれば良いと思うのだが、まだまだ未練があるのか。
 
 (私の部屋のロッカーにはステッカーが張ってある。NHKのディレクターに若者の部屋の様だと言われてしまった。色々と思い出のある旅のステッカーなのだ。)

 天気が明後日から回復しそうなのと、桜がそろそろ咲きそうなので、ショート旅に出る事にした。
 自転車を整備して、サイドバッグに荷物を入れたり、不具合のあったテントを修理する。
 久しぶりの旅なので忘れている物もあるかも知れないが、何とかなるだろう。
 大まかには道南の桜の名所を回ろうかと思う。
 特に櫻にこだわる訳では無く、気ままに野宿して、温泉に入って、自炊して楽しめれば良い。
 
GORE LIGHT
 テントはいつの間にか4張になってしまった。
 写真はICIのGORE LIGHTで退職して直ぐに購入した物だ。
 4万5千円+フライが1万円少しで、6万近くと高かったが、重量が1.2kgと国内最軽量であった。
 もうかなりの宿泊をしているので元はすっかり取った。
 今回はこのテントを持って行く。
 他に旅人里江ちゃんから貰ったモンベルムーンライトと神奈川のたかちゃんから貰ったICI GORE LIGHT-Xの新しい物、さらに旅人が置いて行った、格安の2980円の3〜4人用テントがある。
 2980円のテントは青森ねぶた用。
 1週間同じ場所でテント生活なので大きい方が便利だ。
 今回持って行くモンベルのマットも貰いもの。
 マウンテインハードウェアの寝袋も100名山を登った女性からの貰いもの。
 ゴアテックスのシュラフカバ−も貰いもの。
 相変わらず貰い物が多い。
 自転車は9kgの軽量MTBで8万円するのが新品で1万5千円で買った物。
 使わないで部屋に飾っていたものだ。
 お金が無くても十分に活動できる。
 誰かの書いた本に「置かれた場で輝く」とかあった。
 全くその通りで、自分の置かれた環境の中で、輝ける物を見だせば良い。
 今年もいよいよ旅に良いシーズンがやってくる。
5月4日(土)函館山へ
 朝早く引っ越し荷物を運ぶ。
 やはり車は空いていて早く往復できる。
 引っ越し慣れしたのかスムースに荷物がさばける。
 
 一段落して函館山に行く。
 28年前の資料が見つかりその中に、函館山旧三十三観音の事が少し書かれていた。
 その確認に行く。
 国道5号線を函館駅の方に向かったら、大渋滞になっていた。
 そう言えば世間はGWだった。
 コースを裏道に替えて、立待岬周遊道路に入り、七曲コースの近くに車を止める。
 七曲コース
 早速登るが、一人で登山のお母さんと一緒になった。
 コースの周辺には花が咲き乱れていた。
 お母さんが「ヒトリシズカが咲きそうだ」と指で指して教えてくれた。
 その後しばらく一緒に登る。
 話しをしたら、五稜郭駅から歩いて来たそうだ。
 「登山が終わったら、買い物しながらまた歩いて帰る」と言う。
 凄い元気だ。
 地蔵山展望台で別れる。
 この辺りのオンコの木の傍に旧観音像の台座があると言う。
 最初に大きなオンコの木があって、その前に少しのスペースがある。
 大きなオンコの木

 ここかと思ったが・・
 でも石の台があると言うので、ここには無いので違う。
 付近を探したらオンコの木があった。
 これは地図の場所らしい。
 ここにもオンコの木

 石の台座があった
 オンコの木の傍に石があった。
 これに間違いない。
 古図に書かれている26番観音だろう。

 次に汐見コースに行く。
 汐見コース
 このコース途中にも2個所の旧観音跡があると言う。
 下って行って地図の場所を探すが、左手に小高い山がある。
 そこの上に行く道がある。
 この上らしい

 この辺りか?
 行って見たらそれらしき雰囲気だ。
 多分この辺りなんだろうな。

 さらに先の右手に1個所ある筈だ。
 ここの右手は大きく落ち込んでいるので、観音を置ける場所は少ない。
 多分この辺りだろうと言う所に少しのスペースがある。
 ここもそれらしい雰囲気
 地図上でこの辺りと言うだけで確実にここかどうかは判断しにくい。
 ただこの場所となれば、旧山道4合目辺りからここに来る道を探さなくてはならない。
 これは意外と大変そうだ。
 汐見コースを下って蝦夷館山コースに行く。
 蝦夷館山〜函館八幡宮〜七曲コース下
 アイヌの館があったという山になる。
 歩いていたらリスが出て来た。
 まったく逃げる様子も無くこちらを見ていた。
 可愛いいリス
 前回歩いたコースは古図から少しずれている。
 やはり函館八幡宮の裏手の斜面が近いコースになる。
 杉林があって道がはっきりしないが、杉林のない場所には道も見える。
 道もあるがここだろうか
 そこを歩いてGPSログを取る。
 これをまた比較して見るが、かなり近づいたと思う。

 函館八幡宮の境内を通り車の置いた七曲コース下に向かう。
 途中に咲いていた花をぱちり。
 キクザキイチリンソウ
 『函館山旧三十三観音参拝コース』ももう少しでまとまると思ったら、また資料が出てきて追加しなければならない。
 まあ時間を掛けても精度が上がる方が良いだろう。
5月3日(金)朝から引っ越し
 今日も引っ越し。
 自分の部屋の大物はかなり運んだので、後はパソコンとストーブと夏物衣類のみになった。
 後2回も運べば終わる。
 妻の方はまだまだ荷物がある。
 かなり運んだがまだある。
 新しい家に入り切るのかなと心配になる。
 私は将来を見越して1部屋に納まるように荷物整理をしたが、妻も同居する時は1部屋なのだ。
 余ったら捨てるはと言うがどうなるやら。

 函館山旧三十三観音の参拝コース調査も終えて纏めに入っているが、もう少しで完成する。
 並行して進めている「本願寺道路」だが、図書館で借りた『北海道開拓と本願寺道路』という本の中に、武蔵野楼のカラー写真が載っていた。
 東北・北海道最大の妓楼で、明治元年5月11日の箱館総攻撃の前夜から朝に掛けて、旧幕府軍はここで幹部の最後の宴会が開かれた。
 この会に出席した幹部の名簿には土方歳三が載っていない。
 当然参加しているとは思うのだが、すでに戦いの準備に入っていたのだろうか??
 武蔵野楼
 現在建物のあった場所の豊川町にはガソリンスタンドが建っている。
 絵の左端に川が見えるのは願乗寺川で亀田川の流れを変えて、函館市内に水を供給した。
 ここの楼に来る人は粋に舟で来て中に入ったそうだ。
 願乗寺川は後に赤痢の発生で川は埋められ、現在の高砂通りになった。
 川は新川となって大森浜にコースが替えられ、今も大森浜に流れている。
5月2日(木)ぶんぽ研例会
 朝一番引っ越し荷物を運ぶ。
 早朝は車も少なく時間が短くて済む。
 今日も引っ越し

 ぶんぽ研例会は最近三橋美智也で盛り上がっている。
 生まれたのは北斗市なのだが、彼の足跡を伝える物は全く無い。
 レコードで340曲、販売枚数1憶千万枚という凄さだ。
 当会の方が色々調べ始めたら、本部が青森の「みちや会」があり、イベントを行ったり、彼の偉業を残すため「三橋美智也大辞典」の発行等に取り組んでいた。
 これを知って北斗市でも、三橋美智也「みちや会北海道支部設立世話人会」が出来て、代表が山下勇吉さんがなっ
たそうだ。
 三橋美智也
 その山下さんが今日の例会に来てお話しをした。
 取り敢えず碑を作るそうで、高橋知事に碑文を書いて欲しいと要望書を出したそうである。

 例会が終わった後、会長の案内で旧大野町内の史跡説明板を巡る。
 ・野球、オックス倶楽部グラウンド・・広大なグランドがあった。
 ・大野稲荷神社・・安政年間の地図に載る神社。
 ・銭湯・鶴の湯跡・・唯一の町内銭湯で今でも建物は残る。浴室に富士山と駒ケ岳の絵がある。
 ・箱館街道・・『蝦夷紀行』に書かれた旧道。
 大野稲荷神社で

 その後「やすらぎの家」に行く。

 当会会員のりゅう子元先生がボランテイアで行っている、障害者の受け入れ施設。
 彼女は養護学校の教師で、退職した後も子供たちの、避難場所的住処を作っている。
 家は借りていて、日本財団から少しの支援を受けているが、運営は持ち出しも多いようだ。
 行き場の無くなった若者や障害者の方が何時でも来れる場所として、24時間解放している。
 そこで、野菜作りをしたり、石鹸作りなど色々なイベントを繰り広げている。
 大変な苦労だと頭が下がるのだが、彼女のおおらかな性格は子供たちの大きな力になっている。
 この度、立退きを迫られたそうだ。

 築5年の家は雨漏りがするのだが、大家さんももうお金を掛けて維持しない方向なので引っ越す事になった。
 自宅の敷地に両親が住んでいた古民家を改装して引っ越す。
 「今の家にあるものは要らないから持って行って」と言われたので、以前来た時に弾いていたギターを貰って来る。
 私も20代の頃はバンドをやっていて、道南のコンテストで準優勝した。
 その後プロ歌手の前座、ラジオ出演、イベント出演、ダンスパーティのバンド演奏、「ダンスホールミカド」で仕事を終えた夜に4ステージを演奏していた。
 この頃は青春真っただ中だったな・・と懐かしくなり貰ったのだが、指はすっかり軟くなって弦を押さえても音が悪い。
 でも少し練習して見よう。
 
 帰ってまた引っ越し荷物を運ぶ。
 順調に引っ越し出来ている。
5月1日(水)雨なら引っ越しだ
 山に行こうと思っていたら、外は小雨が降っている。
 それなら引っ越しをしようとなった。
 6月末までに引っ越せば良いのだが、どうせ引っ越すなら少しでも早く引っ越した方が良い。
 まずは自分の部屋からスタートした。
 妻も自分の物を少しづつ整理している。
 2階から書類ロッカーを一人で降ろすので、久しぶりの力仕事だ。
 1回目は冬もの衣類や本などを車に詰める。
 沢山荷物が入る
 30分車で走って引っ越し先に降ろして、2階まで荷物を上げる。
 そして30分で家に戻って昼食となる。
 今度は書類棚を2個とこまごまな品物をプラ箱や段ボールに入れて満載にする。
 同じく往復する。
 昼食後、3回目は書類ロッカー3個を車に積み込んで今日の作業は終了。
 明日の朝早く、最後に積んだ荷物を運搬してくる。
 結構運んだので私の部屋は、後1日あれば引っ越しが終わる。
 かなりの荷物を整理したので引っ越しも簡単だ。
 それにしても引っ越しづいている。
 昨年の12月は、今の住処に引っ越したが、台所の床が落ちていたので修理した。
 妻の部屋を畳の部屋からフローリンゴにリフォーム。
 トイレは全て新しくリフォーム。
 他に屋根のペンキ塗りもした。
 凄い時間を掛けて作業したが、結果的に全てが無駄になるのが残念ではある。
 HP TOP