11月30日(土)妻が引っ越した
 今日は今のTVや妻のテレビ、寝具他、レンジや諸々の全荷物動が引っ越しを終えた。
 今日の引っ越しは3回に及んだ。
 ここ1年少しで家の引越しは3回したので、すっかり引越しには慣れてしまった。
 テレビが入った

 新居に入ったは良いが、暖房ボイラーのリモコンの電気が消えているとか、妻の部屋の暖房が入らないとか、台所の電気ヒーターはどう使うのとか、水の浄水フイルターを付けれとか、トイレの便座やウォッシュレットの温水出ないとか、次々のやる事が出て来る。
 少しは自分でやってよと言っても無理だろうな。
 お年寄りになれば最新のシステムを使うは大変だと思う。
 これから生活するには大変だ。
 シンプルな生活の方がお年寄りには合っているのだろうな。
 今日から妻は新居に住んで、私はGHに住む。
 家の残骸整理がまだ残っているし、いよいよ家の解体を始める。
 写真のベッドも妻の要求で下に物が入る様に、足を高く改造をしたものだ。
 こんな改造があちこちにある。
 がらんとした妻の部屋

 ソファも廃棄処分になる

 冬の間に内装を解体し、春から本格的に解体したい。
 固定資産税の適用は1月1日現在の状況で決まるので、来年度も固定資産税がかかるのはやむを得ない。
 引っ越しも終えて、一応ほっとしたががらんとした家は寂しそうだ。
 結婚して一番大きな買い物で、長く住んで愛着のある家も数か月先には消えてしまう。
11月29日(金)冷蔵庫引っ越し
 引っ越し荷物の移動も徐々に進んで、大型荷物では最後の冷蔵庫を運ぶ。
 この移動が一番大変だ。
 前回はトラックを頼んで運んだので、他の荷物と会わせ2万円かかった。
 今回は自力でやる。
 冷蔵庫内の食料などを出し、少しずつ室内を移動し窓の近くまで移動する。
 ここから大変で窓枠に座布団を引き、冷蔵庫を倒して乗せる。
 車は後部ドアを開けて窓ぎりぎりまで移動して付ける。
 そして滑らせながら車に移動する。
 年寄二人では持てない冷蔵庫を力を入れずに運ぶ工夫だ。
 時間はかかったが楽に入れられた。

 5ナンバーでも入る

 中古だがスパイクは凄い

 新居に着いたら今度は外階段に座布団を敷きそこに降ろす。
 そして段ボールを引きつめた玄関を少しづつ滑らせて進む。
 玄関の段差の角に座布団を置き、そこに載せる。
 今度な通路に段ボールを引きつめ、そこを滑らせて移動する。
 段ボールは意外と滑りが良いので移動しやすい。
 そして立てるのだが、足が滑らない様に板をストッパ―にする。
 二人で力を入れ無事立った。
 そして少しずつ移動。
 足の部分にはゴムの厚いプレートを入れた。
 これも新築の家の傷対策だが・・・。
 新しい家で我々の家でないので、傷を付けるのが心配で気を使う。
 これも疲れる。
 まあ何とか納まった。
 外は雪だった。
 無事収まった
 後は小物ばかりなので妻は明日にでも新居に移動する。
 寒がりの妻には早く暖かい家に移動して貰いたい。
 私は当面GH暮らしになる。
11月28日(木)カーテンの取り付け
 今日は新居のカーテン取り付け日。
 各部屋にカーテンが取り付けられる。
 娘が注文したのだが、妻の部屋は自分で持っていた布カーテンで他はブラインドが付けられた。
 ブラインドカーテンが付いた
 私の部屋は不要だ。
 ドアはすりガラスで中は見えないし、夜明けと共に起きるから、明るくなっても大丈夫。
 カーテンを取りつけている間、北斗市資料館に行く。
 先日、下二股台場の木に出っ張りを見つけた。
 もしかしたら銃弾では無いのか?
 直径はほぼ合っている
 そこで調べに行った、資料館には古い銃がある。
 学芸員の佐々木さんにも協力して貰ってWEBサイトも調べた。
 当時の弾は直径14.4mmだった。
 底の部分の丸の縁が盛り上がっているのも銃弾と合っている。
 う〜ん近いな。
 今度行って詳しく見て見よう。
 なにしろ場所が高くて何かを持っていかなくては届かない。

 資料館では6人が会議を開いていた。
 北斗市観光協会の二人が居た。
 今年、下二股台場に案内した。
 説明しているのはぶんぽ研会長のk氏。
 恐らく大野町の歴史について話しているのだろう。
 途中で私が居たのを観光協会の二人が気づいて挨拶。
 帰り際に北斗市の観光課の女性主査の方に名刺を貰った。
 下二股台場が観光ルートになる日が来るようになれば良い。
 
 学芸員の佐々木さんとは随分話した。
 歴史に詳しい方と話すのは楽しい。
 時間がいくらあっても足りない。

 帰りに妻と今年出来た回転寿司屋さんに寄る。
 はま寿司はすき家チェ−ンだったかな。
 一度行こうと思っていたが何時も混んで居てなかなかその機会が無かった。
 今日は1時を過ぎていたので空いていた。
 はま寿司

 何故か最後は三色団子
 平日は90円だったが、驚くほどの感動は無かった。
 値段通りかな?
 ネタの薄いのが気になるものが少しあった。
 それでも安いし満足だ。
11月27日(水)調理実習
 遂に健康サロンin明和園の調理実習の日が来た。
 レシピを班のグループに渡す。
 でも直ぐにバッグにしまわれてしまった。
 読んでも分かんないから言ってくれてれば良い。
 折角作ったのに・・・。

 91歳のSさん。
 今日は医者から包丁を握るなと言われたので、監督するわと期待出来ない。
 「Yさん片栗粉持って来た?」
 「でんぷん持って来たよ」
 それ違うんだけどな・・・。
 
 調理実習の会場に着いた。
 早速調理を始める。
 「まな板何処?」
 「包丁は?」
 もう自分で探してよ。
 ここは妻の班

 我が班も着々と出来た
 合引き肉の捏ねるのはやって貰えた。 
 二つのボールに均等に分けてこねてねと言って、計量機を探して歩く。
 ようやく見つけて持って来た。
 そして測ったら1.8kg程度の肉を2セットだが、14gしか違わなかった。
 え〜それってプロでしょう。
 本人は満足顔でにこにこ。
 わがグループ
 どんどん進んではいるが、他の班は料理も簡単なので既に終えている。
 こちらはまだ焼きが残っている。
 結局他部署から応援を頂いて焼いて貰い何とか間に合った。
 美味しそうでしょう
 あ〜疲れた!!
 デザートの班

 副菜の班

 スタッフです

 来年は簡単なものを作ろうとなった。
11月26日(火)誕生プレゼント作り
 朝起きたら何か暖かい。
 いつもの通り薪ストーブに木を入れ燃やすが、一気に部屋が暖かくなった。
 何だろうと思ってスマホで外気温度を見たら、何と12度もある。
 この時期では異常な暖かさだ。
 今日は誕生日プレゼント作りだ。
 昨日はおむつをまるめて透明シートで一枚一枚包んだ。
 昨日丸めたおむつ
 今日はまずは土台作りをする。
 ダンボ―ルとアルミパイプ
 段ボールを丸く切ってそこにポールを立てる。
 段ボールの布地の芯があれば良かったが無いのでアルミポールにした。
 この周囲に丸く畳んだおむつを立てに並べて行く。
 おむつを積み上げる

 ケーキが出来て来た
 丸くなるように調整しながら4段積んだ。
 ここで100円ショップに行き、ラップ紙や飾り、リボンなどを購入して来る。
 それらを飾って、最後はパソコンでお祝い文書を作って完成した。
 完成した
 終わって花園温泉でのんびりした。
 親戚のOさんとばったり会った。
 懐かしい。
11月25日(月)こまごまと
 今日は天気も悪いので家であれこれ仕事をこなす。
 「下股口台場調査報告」は一応完成したのだが、次々と新たな資料が見つかり、考察を加えて改訂していた。
 ページ数も49ページカラ54ページに増えた。
 その分内容も充実して来た。
 改訂3回が完成したので、新選組作家の釣洋一先生に送った。
 我が家に2回来た先生も、現地派で必ず現地に行って取材する厳格な人だ。
 彼が土方歳三の歩いた道の一部を歩いたのがきっかけで、お付き合いさせて頂いている。

 資料が終わった所で私の引っ越し。
 当面はGHと新居の行ったり来たりなるのだが、GHに棚類の荷物を搬入した。
 今日は3個搬入
 ついでに不用な物を捨てるので、色々見ていたら。
 懐かしいものが出てきた。
 千歳市に居た時に取材を受けた記事なのだが、1999年に既にホームページを開設していた。
 当時はまだ個人のホームページは多くは無く珍しかったのだろう。
 温泉紹介やMTBのレースの模様を掲載していた。
 その事を共同通信に取材され、全国の7紙くらいに配信された。
 それからもう14年も経つのか?
 パソコンはアップルだ。


 午後からハンバーグ作り。
 水曜日に迫った料理実習の為の事前準備も着々と進む。
 焼き方が難しい。
 両面を強火で焼いてその後水を入れて蒸すか、弱火でじっくり両面を焼くのか?
 色々あるのでテストしている段階だ。
 今日もハンバーグを4個作った。

 夕方になり誕生日プレゼントの製作をする。
 おむつケーキを作りのだが、今日はおしめをロール状に巻いて、透明のビニールを巻き輪ゴムで固定する。
 これを68個作った。
 明日も引き続き製作する。
11月24日(日)食料買いだし
 水曜日の料理実習で使う材料の購入の日だ。
 何故かと言えば今日のコープはポイント10倍の日なのだ。
 その前にザックを修理する。
 スキーのアルペンレースで入賞して貰った、気に入っているザックだが、中の閉じるカバーがボロボロになったのだ。
 そこを修理する事になった。
 中がぼろぼろだ

 ビニール系の布が有れば簡単なだが、何か無いかと探したら、捨てる予定の赤のナイロンジャージィがあった。
 色は黒が良かったが仕方が無い。
 ジャージィの胴の部分をカットする。
 ジャージィをカット
 それをそのままザックの内側に縫いつけようと言うわけだ。
 ミシンは新居に移動しているので全て手縫いで完成した。
 ザックに取り付ける

 終わって食料の買い物に行く。
 合びき肉2.5kg他ハンバーグの材料を一式購入。
 段ボールに一杯になった。
 これで32人分のハンバーグが出来る。

 帰りに衣料の安売り店LUCKYに寄る。
 山用の厚手の靴下を購入。
 2足で980円。
 他に何か無いかと見たら、裏地付きのウィンドウブレーカーが何と500円。
 軽いし良い感じだ。
 2000円だったのが1000円にしても売れなくて500円になってしまった。
 胸ポケットも付いていて最近のニーズが入っている。
 ナイロンの袋も付いている。
 防滴仕様なので重宝だろう。
 これが500円

 袋付き
 今使っているモンベルのは定価で5000円位した。
 実際は冒険家安東浩正さんに買って貰ったので、3500円だったが・・。
 500円なら超安い。
11月23日(土)江差山道は崩壊してた
 北斗市の下二股台場付近の旧道を調査している。
 先日ようやく探した江差山道の毛無山から下二股に抜ける旧山道だ。
 この道は、箱館戦争が終結して榎本武揚が東京に送られる時に、弁天台場長をしていた管佐伯が書いた絵がある。
 箱館戦争終結後、この辺りの土地取得を申請した時に添えられていた図だ。
 この絵に江差山道らしい道が書かれており、この入り口は先日判明した。
 この道は最近でも歩いている人はいると思うのだが、文書には残されて居ないので明確になっていない。
 この旧山道は安政五年に江差の鈴鹿甚右衛門、長坂庄兵衛が開削した道になる。
 今日のコース

 台場山手前の駐車場に車を止め出発する。
 天候は曇りで風も少しある。
 最初に大野川を渡るが、数日前に来た時よりも水かさが増え、渡るのが大変だった。
 水かさが増えていた
 迂回して渡り、再び川を越える。
 ここには2本の川がある。
 こちらも何とか渡る。
 山道に入り直ぐに湿地帯が出て来るが、ここも水が深くなっていた。
 いよいよ登山道に入る。
 山道に入る
 道は九十九折れの連続になり高度が一気に上がる。
 道はしっかり付いているので歩きやすい。
 良い感じの山道だ

 道はしっかり付いている
 ブナや楢の木などが林立する中を進む。
 林の中を進む
 ここから斜面の法を進む道になる。
 法を進む
 道に雪が見えてきた。
 左側は澤なので滑らない様に注意して進む。
 どんどん高度を上げて行ったら突然熊の足跡が出て来る。
 熊の足跡だ!
 まだ冬眠はしてしないのだ。
 足跡を見ると、上から下りてきて左の澤に下りた様だ。
 しばらく熊の足跡と一緒に登って行く。
 100mくらい行ったら澤の方に足跡が向かっている。
 ここから出てきて下の下ったのだ。
 さらに高度を上げていく。
 高度が上がる

 雪も深くなってきた

 二股岳が見えた
 毛無山も近づいて来た。
 後30.0m位だろうか?
 もう少しだと思って進んだら、道が無くなった。
 沢を渡る道が崩壊してばっさり落ちているのだ。
 最近落ちたような感じだ。
 沢の向かい側には道が見える。
 ここからばっさり落ちていた
 何とか迂回して沢を渡ろうとした。
 太い笹と雪の斜面を上に登って迂回しようとしたが、沢はあまりにも深すぎる。
 これは無理だとなった。
 反対側にも同じ様なしっかりした道が見えるので、何処からか来られる筈だが、その道は知らない。
 また探さなくてはならない。

 旧山道は諦めて、毛無山に登れないかルートを探した。
 道は無いが、大きな斜面を突っ切って登ったが、笹が強烈でなかなか前に進めない。
 諦めて今度は沢から攻める。
 かなり登ったが雪が深くなってきた。
 ここまで来て振り返る
 GPSでは、後200m位で着くのだが・・・。
 今回はこれだけ雪があるとは思わなかったので、スパッツは持って来なかった。
 雪の深さも40cm位になって長靴に雪が入りだした。
 これでは厳しい。
 諦めて下山する。
 今度はしっかり準備してこよう。

 帰り道、先日調査したF-18塹壕の傍に有った旧山道が気になり、その方向を調べていたら、何と道が見えた。
 やはりこの時期が最高の道探しになる。
 うっすら雪が道路に付くので良く見えるのだ。
 道が見える

 妻が自分の荷物を整理しているので家に寄った。
 二人の共通の友人から新築祝いの花が届いていた。
 綺麗な花
 我々が結婚する時に幹事をしてくれた私の先輩と同じく幹事をしていた妻の友人が、縁が有り結婚したのだ。
 妻のベッド
 妻のベッドも入り、今月末までには妻の引っ越しは終えそうだ。
11月22日(金)パネル展&買い物
 今日は函館市交流まち歩きセンターに行ってパネル展を見る。
 「札幌本道と大沼公園」のタイトルで、札幌本道は色々調査中なので興味が有った。
 珍しく妻も行くと言うので一緒に行く。
 札幌本道は無沢越えの道の写真が殆どで、自分でも旧道に関しては調べているので、あまり参考になる写真は無かった。
 もう少し解説が有れば興味があるのだが、写真展示だけだと具体的な場所が分からない。
 道の場合は表現が難しい。
 他は大沼公園関係だった。
 昔の懐かしい写真は沢山あった。
 写真を見終わった所にセンター長の丸藤さんが来たので、少し話しをする。
 そして丸潤こと丸山潤子さんとも話してくる。
 フロアーでパネル点をやりたいが、どうすれば良いか?聞いたら。
 センターからやって欲しい人に依頼すると言う事だった。
 この場所を借りよう
 下二股口台場のパネル展をやりたいと言ったらOKで、期日を言ってくれれば良いと言う。
 準備してやろうと思う。

 帰りにユニクロに寄る。
 衣類は自分の小遣いで買うのだが、なかなか買えずにあちこちの衣類が痛んで来た。
 そこで家の会計で買ってくれる事になった。
 年に一度あるかないかの出来事だ。
 今日から割引セールがあるので、平日にもかかわらず凄い人出で、ようやく駐車する場所を見つけた。
 障害者のスペースは空いているが、私が足に障害があってびっこを引いているが、もっと大変な人がいるだろうと考えれば入りたくは無い。
 結局は空きが出来て駐車出来た。
 障害者用には若い女性がすーと駐車した。
 どうなっているの?
 購入したのはニットのセーターと少し厚手のシャツの2点で合計2400円だった。
 購入したぞ!
 今日は良い夫婦の日らしいが、良い夫婦なのか悪い夫婦なのか、考えた事も無い。
 特に何かをするという事も無いが、今料理実習の準備をしているので、昨日に続き私がパンバーグを試作する。
 昨日は焼いハンバーグだが、今日は蒸しハンバーグを作って見た。
 アルミホィールにバターを引いて、蒸して見たがかなりじっくりやらなければ、中まで蒸すのは難しい。
 やはり焼く方が良いのかも。
 妻もスープを作り、合作になったので良い夫婦の日になっただろう。
 まずは玉ねぎのみじん切り

 これだけ混ぜる

 キノコたっぷり入り
 完成品の写真が無い!
 出来て直ぐ食事にしてしまった。
11月21日(木)薪切り&料理
 昨日購入したチエンソーの刃立てを行う。
 意外と簡単であっという間に終わった。
 目立ては簡単だった
 お陰で切れ味は抜群になった。
 丸太を全て切ってしまった。
 丸太は火持ちが良いので貴重だ。
 これで当分は持つだろう
 すいすい切れる

 こんなに切った
 薄い板類はすぐに燃えてしまい、補給が忙しい。

 午後から妻と温泉に行き、帰りに食材を買って料理を作る。
 健康サロンの料理実習があるのだが、私が「秋もみじ」班のリーダーになっている。
 提案した和風ハンバーグを試作して見る。
 4個作った。

 キノコをふんだんに使った料理だ。
 ソースもキノコが入って居て、小麦粉でとろみをつけた。
 大根おろしと大葉の味と香りが和風ぽい。
 これでOKだが明日もう一度味を変えた物を作ろう。
 ななかまどは彩
 写真につま楊枝が写っていた!
 ハンバーグの焼け具合を、チエックしたのだ。
 刺して透明の肉汁が出れば焼けている。
11月20日(水)あれこれ
 今日は新築の家にケーブルTVの配線を行のと妻のベッドの搬入がある。
 ケーブルTVの方は外部の配線のみで、内部は既に配線済みになっている。
 外の配線をして中の端子で入力をチエックして終わる。
 テレビの端子は一階居間と2階居間、そしてテレビ好きの妻の部屋にある。
 私は室内アンテナがあるのでOKだし、部屋ではテレビは殆ど見ない、ラジオ派なのだ。

 終わったら家具屋が来た。
 妻のベッドだけは新しくした。
 今までのは古いので、ベッドくらいは新しくしてやりたかった。
 まあそれ程高くないベッドではある。
 私はまだどの様に寝るのか決めていない。
 ベッドを置けば狭すぎるので、今の解体してしまう。
 自作のベッドなので2000円もしていない。
 薪ストーブの炊きつけになる。
 多分布団を毎日敷いては、上げる生活になるのだろう。
 毎日上げ下げは日本の昔からの方式だ。
 ベッドにすると敷きっぱなしになりそうだ。 

 帰りにホ−ムセンターでチエンソーの刃立てやすりを購入する。
 チエンソー用やすり
 朝に丸太を切ろうとしたら全く切れない。
 刃を見たら丸くなっている。
 刃立てはそれ程難しくない。

 ホームセンターの帰りに、隣接している渡邊うどん店でうどんを食べる。
 トッピングはかきあげとイカの天ぷら。
 お腹一杯になった
 この店は10年くらい前かな・・オープンした時に来て以来だった。
 お腹一杯になって帰宅。

 GHの水道の配管を変更する。
 GHの水道は基本料金節約のため、自宅から引いていた。
 しかし自宅を解体するとなれば使えない。
 そこで配管を変えてGHの元栓から引くようにする。
 旧排水システム

 今度の排水システム
 トイレと台所合わせて30分くらいで完成。
 跡は水道局に連絡して元栓を開けて貰えば良い。
11月19日(火)ひたすら執筆
 昨日は9時頃には寝てしまったので、朝は3時に目が覚めた。
 薪ストーブに火を入れ暖かくしてから、パソコンに向かい執筆に専念する。
 朝職時間だけ休憩し12時まで9時間弱、机に向かっていた。
 纏めているのは「下二股口台場 調査報告書」で結局A4で56ページが完成した。
 一度作成したが新たな塹壕が見つかったのと、新たな資料が見つかったので、全面的に構成し直した。
 あ〜疲れた。
 もう今日は何もする気になれない。
 ようやくまとまった

 函館の歴史ガイドで人気の中尾さんから、彼の執筆した本が送られて来た。
 私が差し上げた「函館山旧観音巡り 歴史と旧参拝ルートを探る」のお礼にと言って送ってくれた。
 私のは自家製の本なので粗末なもの0だが、彼の本は正規に出版された本だ。
 「市電でめぐる函舘100選」で市電の沿線の歴史的建造物などが書かれている。

 少し読んで見たら、自分の歴史と重なる部分が多くて面白い。
 町の歴史と自分の行動の繋がりが結構ある。
 例えば、私がイザベラ・バードの歩いた道を東京日本橋〜北海道日高まで旅したが、その中で函舘も当然寄っている。
 バードの旅の一コマ

 バードが船で函館まで来た時に上陸した「東浜桟橋」、そして基坂を歩いてイギリス領事館に行く。その当時のイギリス領事館は現在の遺愛幼稚園の所にあった。
 勿論この本にも書かれている。
 イギリス領事館と言えば、大正2年に出来て今も残っている領事館だが、その前の領事館を知る人は少ない。
 旅の中で東浜桟橋から基坂を登って、イギリス領事館(現遺愛幼稚園)に行った事が思い出される。
 さらに、東浜桟橋前に勝田旅館が有ったのは知らなかった。明治11年に出来たので、バードが来た年と同じだが、バードが来た時は完成していたのだろうか?、完成していれば出来あがったばかりの旅館をバードも見ていただろう。
 少しの記事でもこれだけ楽しめる。
 他にも自分の歴史に関する個所が、自分の知っている事より遥かに多い情報量で載っていて楽しい。
 この本を片手に電車1日券を購入して町を散策すれば楽しいだろう。
11月18日(月)塹壕測量
 雨だ!
 今日は昨日採ったキノコを保健所に持って行って鑑定して貰い、その結果食べられる様だと、妻と一緒に採りに行くという予定だった。
 しかしこの雨で「私は行かない」とあっさりと拒否。
 仕方が無く保健所に行って鑑定して貰い、その結果を聞いて私だけが行くと言う事になった。
 レインウエアを着て保健所に行く。
 そうしたらキノコの鑑定は10時からだった。
 いまさら戻る訳には行かない。
 取り敢えず、塹壕の測量をして、その帰りに採ってこようとなった。

 雨は一段と強くなるが、雨はそれ程嫌いではない。
 二股の新政府軍の塹壕に向かう。
 測量器具も持参して、塹壕の大きさを測量する。
 計測器具
 距離を測る器具の車輪がまわりにくいので正確に出すのは難しい。
 一応の測量を終えて、地形を見ながら考えてみる。
 塹壕の新政府軍側の土盛りが以上に高い。
 土盛りは高い
 それもその筈、正面の312m高所は見上げる高さになっている。
 あのピークに塹壕がある
 そこから撃たれたら堪らない。
 それで高い土盛りをしたのだろう。
 下の塹壕

 帰りに昨日のキノコを採った場所に行く。
 高い所は残したので、それを採るためだ。
 道具は棒を3本繋いで、その先に鎌を付けた。
 それでかなり高い所のキノコも落とせた。
 棒は近くに置いて来た。
 また来年採りに来るだろう。
 帰りに保健所に寄る。
 鑑定の結果は「えのきだけ」だった。
 えのきだけと言えば、スーパーで売っている白くて細いきのこを連想するが、野生のは形が異なるそうだ。
 それにしても随分形が違うのに同じ名前だとは・・・。
 別名ユキノシタ(雪の下)とも云う。
 雪が降って初めて出て来るきのこでもある。
 養殖のえのきだけ

 野生のえのきだけ

 これだけ収穫
 まあ食べられるキノコで良かった。

 今日の計測資料を纏めていたら、龍文堂の専務さんが来た。
 同期生なのだ。
 鮭を持って来てくれた様だ。
 妻がGHに居ると言ったので、こちらに来た。
 ストーブを焚いてしばらく話しをした。
 良い時間だ。
11月17日(日)成果のあった一日
 今日は高校時代の同級生A君と下二股台場に行く。
 下二股台場に橋が架かっていた図が残っている事と、A君は保線の作業をしていた30年くらい前に橋けたの一部らしい物を見たと言う事だった。
 橋が書かれた絵
 七飯町のスーパーラルズで待ち合わせて出発。
 今日は快晴で気温も高く絶好の日和だ。
 下二股の新政府軍陣地の方から江差山道を下って行く。
 下まで降りたら、何か動いている。
 熊?
 じっと見ていたら人だった。
 こんな所に人が居るなんて・・と思って近づいたら渓流釣りの人だった。
 岩魚釣りの人
 話したら札幌から函館に仕事に来ているが、今日は日曜日なのでここに来たそうだ。

 橋の桁を探す。
 今時期は枝葉も枯れて見通しが凄く良い。
 あちこち探したが見つからなかった。
 仕方が無い戻る事にする。
 戻る途中に石垣の石が落ちていた。
 形状を見れば直ぐに分かる。
 石の種類は分からないが随分重い石だ。
 石垣の石があった
 急斜面を登って戻るがA君はきつそうで何度も休んで登る。
 保線の現役を退いて相当なるので、もう当時の体力は残っていなかった。
 この急斜面が江差山道

 A君もばて気味

 江差山道
 雪がうっすら積もったので江差山道がはっきり見えた。
 この時期でないとなかなか見られない。
 お礼を言って別れる。

 まだ時間があるので塹壕探しをする。
 今までは旧幕府軍の塹壕調査をしていたが、かなり全容が明らかになったので、今日は新政府軍の塹壕調査をする。
 箱館戦争関係の出版物には、新政府軍は下二股に到着して直ぐに戦いが始まったので塹壕を作る暇も無かったと書かれているのが多い。
 これは塹壕の構築を指導した、フランス軍人のフォルタンが五稜郭のブリューネ宛てに送った戦況報告に書かれているからだ。
 「前略・・然れども我は胸壁あり、彼はなきを以て其死傷推量すべし・・後略」と書いている。
 その事から、多くの出版物には新政府軍は塹壕が無かったと書かれている。
 果たしてそうなのであろうか、戦いの最中にフォルタンが戦火をかいくぐって敵陣を見たとは思えない。
 撤退後はいち早く本国に戻ったので、戦火の後の下二股台場を見る事は無かったと推定する。
 新政府軍の死傷者数は参加人数の割には少なすぎる。
 大野の歴史研究家某が新政府軍の塹壕があると書いている。 
 具体的な説明は無いので何処にあるのか、はっきりした場所は分からなかった。
 今日は徹底して探すことにした。
 しかしあっさり塹壕は見つかった。
 かなり長い塹壕があった。
 大きく深い塹壕だ
 
 大きく2ヶ所あった

 敵陣の塹壕はあの山にある
 1つは40〜50mは有るだろ。
 残りも30m位はある。
 敵陣から見下ろされる位置にあるので、深く掘られているのが特徴だ。
 横に一直線に掘っている。
 それぞれの塹壕から下二股川に下る連絡道も発見された。
 今日はスケールも持って行かなかったので、再び訪れて塹壕の採寸をしようと思う。
 連絡路も有った

 これは弾丸が埋まってる?
 大きな木を見たら木肌に何か怪しげなものがある。
 大きさは弾丸と同じくらいで、表面は覆われているが、弾丸の底の形状の様な気がする。
 こんなのが残っていたら、良い遺物になるのだが。
 今度表面を削って見よう。

 まだ時間があったので、帰り道に鶉山道の調査を行う。
 登山ログ
 明治3年に開削した本願寺道路が、毛無山から台場山に繋がっている筈なのだが、なかなか探せないでいた。
 駐車場に車を入れ、大野川に下り川の傍を徹底して探せば道は見つかるはずだ。
 川に下りたが川幅が広い所だったせいか、水量が少なく難なく川を渡れる。
 広い河原を歩いていたら、ボリボリがあった。
 朝の寒さで凍っていたが間違いない。
 低い場所は採ったがまだまだある。
 しかし、残っているのは高い木の上なので採り様が無かった。
 キノコの木
 さらに河原を歩いていたら、鉄のワイヤーがあった。
 橋に使っていたのだが、橋が流されてそのままになっている様だった。
 ワイヤーがあった
 対岸を見たら橋の残骸は無い物の、開けている場所がある。
 ここに橋が繋がっていたのかも知れない。
 山側の橋の付け根に行く。
 大きく崩れて登るのに、笹に掴まりながらようやく登った。
 はっとする。
 はっきりした道が目の前に現れた。
 これは!
 道が出た!
 道を進むがはっきりした道は山の上に向かっている。
 途中湿地帯もあるが、歩くには不自由しない。
 今日は橋探しの積りで来たので、水も食料も持って来ていない。
 でももう少しもう少しと登る。
 立派な山道だ

 ジグザグできつい

 まだまだ続く
 道は相変わらず山道の雰囲気だが、ジグザグになって来る。
 一気に毛無山の上に向かっている。
 これは間違いないだろうとなり、1/3くらい登った所から戻る。
 二股岳が見えた
 改めて来る事にする。
 橋まで下って、橋の対岸に行く。
 来る時にはこちらから来ていないので興味ある。
 この道が江差山道に繋がれば良いのだ。
 道はしっかり付いていた。
 もう直ぐ明治18年の道だ
 最後は細い川にコンクリート製の護岸があった。
 ここは見覚えがあった。
 こちら側から来たが、護岸されていたので旧道らしき雰囲気は無く戻ったのだ。
 今回は護岸の傍を歩く。
 道は恐らく護岸工事で無くなったのだろう。
 明治18年開削の道路に出た。
 ここには「中村旅籠屋」跡がある。
 ここが旅籠跡
 まさしく江差山道の台場山越えの入り口だ。
 まだ最終的な判断は出来ないが鶉山道の可能性は高い。

 アンダーシャツはずぶ濡れだ。
 大野郷土博物館に寄る。
 教育大学生が古物の清掃の勉強をしていた。
 元函舘博物館館長の指導で行っているそうだ。

 家に戻って妻にキノコを見せる。
 「これボリボリ?」と言う。
 「え〜前のと同じでない?」
 結局二人の間では結論が出ず、明日保健所に行く事になった。
 その結果ボリボリならまだ残っているキノコを採りに妻も行く事になった。
 
11月16日(土)桔梗マスターズ例会
 昨夜は初めてのGH宿泊だったが、朝までぐっすり寝られた。
 直ぐにストーブに薪を入れてから、仕事に取りかかる。
 薪木が薄い板なので直ぐに燃えてしまうので、忙しいのが難点だ。
 時々厚い板を入れると長い間燃えてくれる。
 やはり丸太が良いな。
 仕事の方は「下二股台場」の加筆だが、5時間パソコンに向かって何とか書き終えた。
 後は校正をする。
 中味が徐々に充実して行くので楽しい。
 明日は下二股川に架かっていた橋げたの一部があると言う情報があり、現地調査に行く。
 見つかってさらに加筆出来れば良い。
 下二股川に官の工事で橋が架けられたのは明治6年頃だが、最近入手した絵図で、明治2年の箱館戦争の時にすでに橋が架かって居た事が分かった。
 赤○内に橋が見える

 仕事の後、妻を病院に送って行って、そのまま駐車場で待つ。
 退屈な時間だ。
 午後から桔梗町のお年寄りの集まりである「桔梗マスターズ」に出席する。
 会長の挨拶
 今シーズンのパークゴルフは終えて、しばらく集まらなかったので懐かしい仲間と再会出来た。
 他にカラオケ、輪投げなどのクラブも集まる。
 今月は私の誕生日なので記念品を頂き、皆がハッピーバースディの歌を歌ってくれた。
 ささやかな記念品
 また交通安全教室もあったが、完全なお年寄り対象の講習だった。
 交通指導員のお話し
 少し退屈した。
11月15日(金)GHに引っ越し
 朝起きて昨日壊した塀の木材を薪スト-ブの燃料用にカットする。
 電気鋸なのであまり早いと近所迷惑になるかもしれないので、8時過ぎに行った。
 雨の予報だったが、全てを切り終わるまで雨は降らなかった。
 こんなに薪が出来た

 今日は函館山三十三観音を清掃登山しているグループの例会日なので、函館山に行こうと思っていた。
 私の調査した旧函館山観音の記録を見て貰いたかった。
 高齢の方がいるので、旧観音コースを歩いている人が居る筈だ。
 でも雨が降ってきたので、まあ来月でも良いかとなってしまった。
 机に向かって一度製作した「下二股台場」に加筆を加える。
 ビッグな内容が2回あったからで、今回は第3回の改訂になる。
 
 午後から新築の家に行き、カーテンの採寸に立ち会う。
 北見のメーカーに娘が発注して、函館の会社が採寸する。
 やはりネットワークのある会社は便利だ。

 午後には家に帰り、私のパソコンや布団をGHの新?ルームに移動する。
 移動した!
 現在の部屋はストーブを撤去したので、朝のパソコンに向かう仕事は寒くて大変なのだ。
 GHに移動したので薪ストーブを焚ける。
 やはり暖かさが部屋全体に行きとどく。。
 2部屋全体が暖かいのだ。
11月14日(木)塀の撤去
 今日は新居への家具の配送があるので、桔梗に出かける。
 私は塀の撤去をする。
 妻の親の代から作られていた塀だが、隣の家から直接ではなく、家を建てていた大工さんを通じで、塀が自分の敷地に傾いていると言われた。
 傾いている
 取り敢えずは撤去してしまおうとなった。
 タル木と板で作られている。
 頭の大きいハンマーで叩くが、直ぐに外れるのものや、なかなか外れない物があり、汗だくなってやった。
 最後は地面に刺さったタル木を抜くのだが、なかなか抜けない。
 全身の力を込めて何とか全て抜き終えた。
 塀の後には取り敢えず虎ロープをはった。
 取り敢えずロープを張った
 撤去した材料はGHの薪になる。
 薪が出来た!
 
午後からニトリで購入した家具の搬入。
 娘夫婦がソファとテーブルを2セット買って。1Fと2Fに設置する。
 解体や調整も全てニトリでやってくれたのは良かったが、1つのテ−ブルに気泡が入っていた。
 またソファの高さ調節が出来ないのが1つあった。
 私は立ち会っていなかったが、ニトリからの申告でいずれも交換となった。
 ニトリは価格がリーズナブルで人気があり、成長企業なのだが品質管理はどうなっているのかな?
11月13日(水)健康サロン
 朝起きてGHの水道の栓を捻って見たらやはり水道が凍っている。
 昨日凍った水道栓だが日中は溶けて水が出ていたのだが・・。
 やはり何とかしなくては。
 健康サロンに行くので妻が家を出た。
 「お父さん水が吹き出ている!」見たら外の水道のバルブから水が吹き出ている。
 栓を閉めよとしたらボキッと折れた。
 慌てて元バルブを閉じた。
 トラブル続きだ。
 ストレッチ体操
 健康サロンではストレッチ他の体操をこなした。その後は2週間後に行われる料理実習のレシピ作成。
 私が用意した和風ハンバーグのレシピを皆に説明して、オーケーとなった。
 昼食は350円

 午後から知り合いが、冬タイヤに交換したいが、整備工場は予約で一杯で出来ないと言う。
 交換してやる。
 軽四輪はタイヤが軽いので簡単だ。

 夕方から高校のクラスの50年機関誌の校正を、同級生の喫茶モーリで行う。
 5人が集まった。
 立派な機関誌ができた。
 校正した
 後は印刷に回して仮印刷をして再び校正をして、最終印刷に入る。
 今年中には発送を終える予定だ。

 今日来た同級生が下二股川で古い橋桁を見たと言う。
 明治の2年の箱館戦争の状況を書いた、「二股の戦の図」にも下二股川に橋が書かれている。
 17日に一緒に見に行こうとなった。
 あれば貴重な発見だ。
 彼は北電にいて保線をしていたので旧道は詳しい。
 北電の保線道は旧道を利用している箇所が多いのだ。
 又楽しみが出来た。
11月12日(火)雪だ!
 朝4時に起きたら外は雪だった。
 GHの水道凍結が気になり行って見たら、やはり凍結して出なかった。
 対策が必要だ。
 GHの薪ストーブに火を点けて暖まる。
 火が点くまでの間はやはり寒いのでじっと堪えている。
 そして火が点くと一気に暖かくなる。
 昔もそうだったなと小さい頃の光景をしみじみ思い出す。
 家の前の雪かきを妻と二人でやって、タイヤを冬タイヤに交換する。
雪の中のタイヤ交換
 いよいよ本格的な冬に突入か?
 新しい家に行って荷物整理をする妻と出発。
 途中でママさんダンプを購入した。
 2980.円だった。
 これが無ければ、今度の新しい家は玄関前が広いので除雪が大変だ。
 除雪が大変だ
 ようやく終わって私は家に帰って「下二股台場塹壕調査記」と明日の料理教室の打ち合わせ用レシピを選んでコピーする。
 下二股台場塹壕調査記に興味ある方は、こちらのPDFで見て下さい。

 先日お会いした、原口小学校の元校長先生のSさんから写真が送られて来た。
 遠足の時に撮った写真だそうだ。
 恵山が眺められる良い場所だ

 引率の先生方
 函舘の東端にある、恵山には昔硫黄鉱山があった。
 さらにそこには温泉もあった。
 その工事用の宿舎なのだろうか? 新選組屯所の看板が掛けられていた。
 いつの時代にも好きな方がいるものだ。
 温泉の傍にこんな建物があったら良いだろうな。
 何時も温泉に入っては寝て居られる。
 そう言えば土方隊も、砂原、鹿部、川汲と全て温泉場で宿営している。
 恵山を経由して箱館に入ればやはり温泉地だ。
 遠回りだが・・・。
11月11日(月)今年最大の寒気に大野川渡渉
 今年最大の真冬並み寒気が入って来た。
 妻が新築の家に行って荷物整理をすると言うので、送って行きその足で台場山方面に向かう。
 2年前から有りそうだと思っている塹壕を探しに行く。
 岡山藩水原久蔵氏の書いた図(下)の中に書かれている塹壕だ。
 赤○の部分
 夏は草木が密集しているので、その内と思っている間に時間がどんどん過ぎてしまった。
 国道227号線を江差に向かって走る。
 函舘を出る時は晴れていたが、猛吹雪になって来た。
 今年の発雪経験だ。
 国道から少し入った空き地に車を止める。
 ここから先は北電の水力発電所が有るため、ゲートがあるので車は入れない。
 明治18年に出来た江差山道を歩いて行く。
 紅葉はすっかり消えて、笹の葉には雪が真っ白に積もっている。
 すっかり冬景色だ。
 北電エナジィの車が後ろから来て、そのまま行ってしまった。
 乗せてよ〜
 水力発電所に着く。
 塹壕があると思われる地点を見たら、何と大野川から道が付いているではないか。
 道がある!
 今までは草木に隠れて見えなかった。
 北電エナジィの事務所前に居た職員に聞く。
 「あの道はダム工事に使った道ですか?」と聞いたら、「ダム工事の前から有りましたよ」と言う。
 その道の上に塹壕があれば予定通りなのだ。
 ここが塹壕と目を付けていた
 夏の間に何か窪みになっている様な雰囲気は感じられていた。
 下二股川に掛る橋を渡る。
 そして直ぐに川傍に降りる。
 明治18年の道路の石垣が残る

 まだ水が多い
 川の水はまだ多そうだ。
 浅瀬を探して渡れるかな??
 目的の場所とは遠くなるがぎりぎり行けそうな浅瀬があった。
 川中を歩いて行く。
 途中で長靴の長さぎりぎりになる。
 でもまだ対岸には着かない。
 もう少しと言う時に長靴の限界を越えて浸水した。
 冷たい!!
 対岸に渡って長靴の水を出したら勢いよく出てきた。
 靴下を絞って、下敷を絞って再び履く。
 冷たいな〜
 冷たいな〜
 塹壕まで行くには、急な斜面を登って沢を越えて行く。
 何とか登って行くが途中で先に進め無くなった。
 諦めて滑るように下る。
 滑り落ちて来た
 更に遠い斜面から上がる。
 遠くから山に上がる

 藪漕ぎだ!!
 笹は多いが斜度は先程より緩い。
 ピークまで出た。
 そこから笹の中を歩く。
 笹の葉に付いた雪が落ちて濡れるので、ポールで笹の雪を払いながら進む。
 暫く進んで予定通り沢を渡ろうとしたら、浅いと思った沢がかなり深い沢でこれは無理だとなった。
 大きな沢で渡れず
 仕方がなく振り出しに戻る。
 明治18年の道路
 また川を渡ったが、今度はパンツを長靴の上にかぶせた。
 そうしたら水は入らなかった。
 足も冷たいので、今日はこれで諦めようと戻って、橋の所まで来たら国道の橋の工事をやっていた、現場監督の方が居たので話す。
 2日前のもこの辺りを歩いている人が居たと言う。
 今日も人が来たので、登山道でもあるのかなと思ったそうだ。
 「塹壕探しですよ」と言ったら、1週間前に熊が出たので注意して下さいと言われた。
 橋から川を眺める。
 一番塹壕に近い対岸に行けそうな浅瀬がありそうだった。
 ここが近いのだが・・
 また川傍に下る。
 最後の1m位は深いがそれまでは何とか行けそうだ。
 行け〜とばかりに川に入る。
 最初は良かったが中程で深くなり、膝の上まで水が来た。
 冷たい!!
 太ももから下が超冷たい。
 もう行くしかない。
 一気に渡る。
 そのまま斜面を登って行くと道がある。
 そして円形の掘れた跡がある。
 これって弾薬庫?
 弾薬庫?
 何度も見ている形状だ。
 その上に更に道は続いている。
 道はあった

 この山道は興味ある
 塹壕は左に行くが、山道を真っ直ぐに行って見た。
 もしかして毛無山から下二股に通じる旧山道なのか?
 鉄製の見張り台みたいのがある。
 何のためにこんな所にあるんだろう。
 鉄製の見張り台?
 塹壕に向かう。
 あった!
 塹壕だ!

 土盛りがしてる

 弾痕は無いかな?

 広いスペースも有った

 台場山方向のピークが見える
 図の絵にある様に広いスペースだ。
 土盛りがされていてまさしく塹壕だ。
 他に広いスペースがある。
 ここの塹壕は他の台場山の塹壕とは違い、単独に此処にだけあるので、何か置くスペースが必要なのだろう。
 足の冷たいのもすっかり忘れて写真撮影や場所の図を書いた。
 満足して戻る。
 帰りも川が待っている。
 もうすっかり濡れているので、気にする事は無い。
 思い切り大野川に入って川を渡る。
 そして明治18年の道を寒さも忘れて車に戻る。
 こんなに水が入った
 車の暖房を入れて、大野町郷土資料館へまっしぐら。
 ここには大型ストーブがある。
 学芸員の佐々木さんと話しながら、パンツを乾かす。
 一昨日来た人は札幌の人だった。
 資料館に来たので簡単な場所は教えたそうだ。
 毛利さんの本に詳しく書いていると紹介してくれたそうだ。
 今日は良い成果があった。
11月10日(日)大荒れの天気
 強風が吹き荒れ、雨も混じって最悪の天気になった。
 引っ越しは中止で、私の荷物を少しだけ隣のGHに移動した。
 単身赴任?らしく生活が出来る環境になって来た。
 今日はテレビを移動した。
 テレビ台は妻のお母さんが使っていた台だが、妻も不要と言うので頂いた。
 テレビが付いた
 我が家はケーブルテレビなのだが、居間と妻の部屋は契約して、私の部屋は室内アンテナだ。
 もっとも私は部屋ではテレビは見ない。
 もっぱらラジオ派なのだ。
 ラジオを聞きながらパソコンのキィボードを叩いている。

 昨日誕生日の食材を買いに行った時にイナバのタイカレーを見つけた。
 こんなに買った
 それが何と98円だった。
 秋田六郷のオンタさんに進められ、すっかり嵌ってしまった。
 山に登って頂上で温めるだけのカレーを食べるのは良いものだ。
 函館で最初に見つけたのがスーパー生協だった。
 ここは170円だった。
 人気があると言っても高過ぎる。
 次に見つけたのが湯川ダイエーだ。
 ここでは128円で売っていた。
 まあまあかなと購入はした。
 そして昨日、上磯ダイエーに行ったら何と98円だった。
 残り8個しか無かったが買い占めてしまった。
11月9日(土)70歳の誕生日
 遂に70歳の大台に乗る誕生日がやってきた。
 70歳か・・・
 これから体力がガクンと落ちるのか、精神的にも弱くなるのかは分からない。
 誕生日と言っても普段とそれ程変わる訳ではない。
 ささやかな誕生プレゼントと少し豪華な食事になる位だ。
 食事も結局、何か買ってきて家で食べようとなった。
 この方がずっと合っている。
 函館は今朝の気温がマイナス1度になった。 
 それ程寒さは感じなく、ストーブの無い自室で朝からパソコンに向かっていた。
 いつもの光景は変わる事は無い。

 今日はGH「自遊旅」に薪ストーブを付ける事にした。
 家を解体する予定なので、そうなれば廃材が山となって出て来る。
 捨てる回数や廃棄費用を考えたら燃やすのが一番だ。
 燃やして暖房に有効活用すれば、廃棄も必要無く一緒両得だ。
 石油ストーブを外し、薪ストーブを付けるのだが、煙突は貰って取っておいた物を使う。
 何とか間に合いそうだ。
 ストーブの高さを木を置いて決める。
 高さを合わせる

 次にストーブの台が居る。
 購入すれば1万円位はする。
 高すぎる。
 色々探したら、捨てる予定のステンレスの台があった。
 こんな良い物があった
 妻が不要と言うので貰う。
 でも高さが合わない。
 金切り鋸で切って短くする。
 カットした
 補強のパイプも付けなおした。
 良い感じになった

 煙突を針金で固定して完了した。
 早速新聞紙と焚き木を入れて火を点けるがなかなか点かない。
 数回やってようやく点いた。
 燃えたぞ!

 何か温かみを感じる

 薪は勢いよく燃えたが、ストーブは新品なので塗装が燃えて煙が出る。
 部屋を全開にして換気する。
 しばらくしたら煙も収まった。
 やはりストーブは何とも言えぬ温かみがある。
 灯油ストーブとは全く違った、暖かさが部屋全体に広がる。
 さらに古民家風になった
 石油ストーブも外したので、古民家風になった。

 外に出て見ると煙突から煙が出ていた。
 煙が出ている
 懐かしい光景だ。

 夕方、誕生日プレゼントと食料を買いに町に行く。
 誕生ディナーはすき焼きになった。
 久しぶりだ!
 プレゼントは希望で、冬用の毛糸の帽子とPlatypusのキャップだ。
 冬は暖かそう
 帽子は3000円台の物が1500円で売っていた。
 キャップは無くして欲しかったものだ。
 合計2000円を切るシンプルなプレゼントで満足だ。
 誕生日のお祝いメッセージが、メールやFBそれに電話と沢山来た。
 忘れられてなくて良かった。
 野宿野郎編集長千晶さん、バーバラさん、Eriさん、小林隊長、漢塾の大将、陶芸家緒方さん、MTB仲間楢崎さん、松前役場森田さん、土方組しらとりさん、下関ひろみさん、Akihikoさん、土方ファン藤井さん、そして娘たち。
 有難う。
 東京谷中の漢塾には20人くらい集まって宴を開いていた。
 その会場からの電話だった。
 「漢塾」は東京谷中にあるシェアハウスで、何時も沢山の人が出入りしている楽しい場所だ。
 私も今年2回泊めて貰ったが、谷中の下町の雰囲気と良い仲間が集まる、本当に良い所だ。
 野宿野郎編集長でライターの千晶さんは12月にGHに来ると言っていた。
 何処かで野宿するのかな??
11月8日(金)ベッド購入
 大きな物の移動は妻のベッドと冷蔵庫になった。
 でもベッドはかなり古いので、新築の家には合わないな。
 これから長い間使うので「買ったら?」となり、ニトリに行く。
 高いベッドは買えないが、収納庫のあるのが良いと言う。
 マットレスは今使っている低反発の物があるから不要だ。
 探したら24900円であった。
 引き出しが大きいので使い勝手が良さそうだ。
 妻のベッド
 私は相変わらず寝袋に入って寝ている。
 野宿の際、違和感の無いように普段から寝袋仕様だ。
 狭いが暖かいし言う事なしだ。
 お陰で野宿しても違和感なくぐっすり寝られる。

 自転車世界一周の小口君からメールが来た。
 現在89ケ国で走行距離も10万キロを越えた。
 残り2〜3年で後40国を走る。
 現在スペインにいるがすっかり逞しくなった彼の姿に感動する。
 ノルゥエー

 デンマーク

 フィンランド

 エストニア
 こんな写真を見ていると度に出たくなる。
 良いな自転車旅。
11月7日(木)ぶんぽ研例会
 孫の愛葵が幼稚園初登園しました。
 長男と同じ幼稚園なのでバスは一緒です。
 愛葵が大好きの友瑛が一緒なので、面倒見て貰える。
 長女も長男も年齢が上がって、一人で遊ぶようになったので、じぃちゃんにはべたべたしない。
 愛葵は函館に来れば直ぐに抱っこ〜となついてくれるので楽しみだ。
 でも何時までかな??

 FBからDLしました

 今日は恒例のぶんぽ研例会に行く。
 行く途中妻を新築の家に置いて行く。
 家内の荷物整理があるのだ。
 例会は話題が結構あった。
 S氏が、「函館の歴史を学ぼうかい」で講演した、「戦後における引揚者の受け入れ状況について」報告をした。
 その中で「岸壁の母」で話題になった端野いせさんの話しがあった。
 私が自転車日本一周した時に、舞鶴の記念館に寄って彼女の行動に感激したのであるが、その彼女は函館に居住していたのだった。
 石川県に生まれ函館に移住、青函連絡船の乗組員と結婚、夫は若死に、娘も相次いで亡くした。
 養子を貰ったが、戦地に赴き消息不明となる。
 東京に出た彼女は、息子の帰還を待って舞鶴港へ通い続けるが、願いかなわず82歳で没になった。
 厚生省からは戦死通告書が発行されていた。 
 しかし養子の新二は戦後上海で結婚して住んでいた。
 この事は彼女には連絡もしなかった。
 一体何があったのだろう。
 上海の新二は端野新二の身分証明書を持っていたが、いまだに疑問があるそうだ。
 戦後の混乱で起きた事件だった。


 午後から引っ越し荷物を1回運ぶ。
 妻から貰った、私の大きな衣装ロッカーだ。
 これを車の後部に載せるのだ。
 車をぎりぎり窓に付け、少しづつ車の中に入れる。
 それでも30cmくらいはドアが開いてしまう。
 これで走る
 紐で縛って出発。
 見つかったら捕まるのかな??
 引っ越し先では台所と私の部屋の入り口の間が、ぎりぎりのスペースしか無く、時間を掛けて慎重に搬入した。
 何とか納まったので良かった。
 納まった
 当初は収まらなかったが、設計者と打ち合わせてロッカーとドアの間を3cmあけるようドアの位置をずらして貰ったが、ぴったり出来ている。
 流石プロだな。
 引越しの後は温泉でのんびりした。
11月6日(水)引っ越し&打ち合わせ
 朝から昨日登った古部丸山鉱山ルートを作成した。
 多くの人に登って貰いたいので、今後登りたい人に配布する。


 引越しの方は午前中に1回荷物を運んで、その後は引っ越し先の天井灯を取りつけた。
 天井灯は自分で購入した方が安いためだ。
 娘夫婦から送られて来た、全ての天井灯を付けたが足りない。
 廊下の小さい照明が2個ほど足りない。
 
 午後から松前原口の佐々木さんが函館に来ていて、会いたいと言うので行って来た。
 元原口小学校のS校長先生も一緒だった、
 先日原口で行った除幕式が無事終わった事で一安心した様だが、どうも自分の活動が地元の人に受け入れられていないと少し憂うつそうだ。
 町内会の行事とは関係なく、全く別な事を勝手にやっていると、思われているのかもしれない。
 数々の表彰を受けたが、住民にはそれ程喜んで貰っていないのが気になるようだ。
 今回の除幕式も町役場や開発局、教育委員会、郵便局長などなど組織の方が多かった。
 地元からは町内会長がしぶしぶ参加したようだ。
 これから町内でのコミュニケーションをとった方が良いだろうと話しがまとまった。
 町内の人を集めるから、何時か外部の人の話しを聞かせてやって欲しいと言われのでOKした。
 松前原口には歴史がある。

 さらに本の製作をして欲しいと言われた。
 郵便局長だった父親の代からの書き物があるのだが、ばらばらになっている。
 さらに歴代局長の文書も残っている。
 それらを纏めて本にしたいそうだ。
 出版社に聞いたら100万円すると言われたそうだ。
 50部の製作なので、私の作っている本のスタイルで有れば良いよと言った。
 私も本を出す費用の高さに驚いて、自分で本を作ることになったので、その気持ちは良く分かる。
 後日打ち合わせする事になったが、ガリ版時代の書物なので、パソコンに打ち込む作業が大変だ。
 製作当初の本
 本作りも最初は苦戦したが、今では容易に出来るようになった。
 やはり諦めずにやれば何でも出来る。
11月5日(火)古部丸山鉱山ルート登山
 天気が良いのと、妻が引っ越し荷物の整理をすると言うので引っ越しは休み。
 週末は天気が悪く、雪になるかもしれない。
 最後の紅葉を見るチャンスとばかり、古部丸山登山に行く。

 左上が行きで右下が帰りだが、帰りはログが切れた

 コースは前回旧道探しに行った時に、見つけた古部鉱山への道だ。
 明治から採掘して、馬車で下まで鉱石を運搬していた道が残っていた。
 鉱山跡も見たい。
 古部体育館に車を置いて出発する。

 歩いて直ぐに見える山

 水元がある

 明治に馬車が通った道

 こんな感じで続く

 鉱山跡が近くなった
 天気は良く、気温も12〜3度と登山には丁度良い。
 明治時代は馬車が走った道も、今は水が流れて深く掘れた道になっている。
 旧道を思わせる光景に満足しながら歩く。
 道の傾斜は少なく、徐々に徐々に登って行くので、厳しい道では無い。
 むしろ気持ち良く歩ける道が続く。
 かなり上に行くと広い平坦な場所に出る。
 此処が鉱山跡か

 熊の遊び場かな
 恐らく此処が鉱山施設があった場所なのだろう。
 露頭が見えると思ったが全くその気配は無い。
 昭和27年の報告書では露頭が白く見えていたそうだが、それからかなりの年月が経つ。
 今では熊の遊び場なのかあちこちの木に爪跡がある。
 平坦な場所からは林道の様な雰囲気になる。
 恐らく後年車で鉱石を運搬したのだろう。
 右手には古部丸山が見えてきた。
 右が古部丸山

 紅葉を前に置いた

 木の間からの古部丸山
 林道をしばらく行って、古部丸山の裾野を通る道にショートカットする。
 少し行ってから596mピークへの登りに入る。
 ここからツツジなどの草木が密集してかなり歩きにくい。
 木の無い場所を選びながら、進むがなかなかはかどらない。
 所々踏み跡はあるものの、そこも草木が覆っている。
 恵山が見えた
 596mピークの南面の腹を捲いて進む。
 ようやく脱出して、古部丸山の急登になる。
 頂上はもうすぐだ
 笹の中を歩くのだが、草木の中を歩くの比べればかなり楽だ。
 急斜面を登り切って頂上に着く。
 1等三角点

 記念撮影
 2時間半かかった。
 頂上で昼食を取り、写真を撮ったりとのんびりする。
 南南東にある古武井岳へのルートを確認する。
 古武井岳が見える
 今回は行かないが次回は行こうと思っている。
 笹藪の中に踏み跡があるので行っている人もいるのだろう。
 頂上からの下りは、北斜面を真っ直ぐに下って来る。
 さすがに笹は背丈ほどあり、足元も笹に乗っかって滑る。
 笹に掴まりながら苦労して下ってきたが、それでも来た道を戻るよりはかなり早い。
 林道に出てのんびりと歩く。
 すっかり落ち葉の道だ
 一人で歩く時は演歌を聞きながら大きな声で歌って歩く。
 楽しいし熊除けにもなるだろう。
 来た道と変えて旧道を下る。
 黄色が綺麗
 順調に来たが、大きな砂防ダムに出る。
 あれ前回来た時はここに出なかった。
 道は手前から右に下るのだった。
 といってもはっきり道がある訳ではない。
 前回のGPSログを見ながら下る。
 それでも数メートル単位の、微妙な地形は判断が難しく、かなり迷って歩いた。
 結局は前回と同じコースに出る事が出来た。
 紅葉が綺麗だった

 赤が鮮やか
 車に戻って帰宅。
 途中戸井町の温泉に入ろうと思ったら休業日だった。
 残念。
11月4日(月)引っ越し二日目
 今日は朝の7時頃から引っ越しを始める。
 休日と云う事も有り車は少なく、何時もより短い時間で運べる。
 今日は5回運ぶと決めて淡々と荷物を積んでは、運んで降ろすと言う作業を続ける。
 荷物の中でも特に本は重いし、妻のプラスチックの衣装ケースは中味が満載なので重い。
 1日に5回も運べば腰が重くなってくる。
 これが限界だ。
 これ以上やればぎっくり腰になりかねない。
 荷物がどんどん運ばれて、妻の部屋も洋裁スペースも客室のクローゼットも一杯になってきた。
 上手く納まるのか?
 まだまだ荷物はある。
 さらに1年少しすれば娘夫婦の荷物も入ってくる。
 凄い状態になりそうだ。
 台所用品はまだ一部

 妻の部屋も満杯

 天井灯は娘たちがLED電灯を手配した。
 色調も3段階に変えられるし、調光も無段階で変えられる。
 暖か味のある色から、青み掛った色まで色々だ。
 凄い進歩をしている。
 1Fの天井灯を付けたが1灯が点かない。
 原因はいまだに分からず。
 電気が来ていない。
 でもブレーカーも落ちていない。
 夕方「花の湯」で湯につかり疲れを癒す。
 ついでに夕食も食べて帰る。
 この温泉の夕食はボリュームも有り安い。

 500円のフライ定食
11月3日(日)引っ越し一日目
 今日から新居への引越しをスタートさせた。
 何度も引っ越しをしたので引っ越し慣れはしている。
 車に満載して片道15kmの道を往復4回した。
 凡そ1トンは運んだであろう。
 大型荷物も入る
 ホンダスパイクモビリオは本当に荷物が4沢山入るので助かる。
 先日「やすらぎの家」から貰って来たテーブルと椅子もセットしたが、まあまあ廻りと融け込んで合っている。
 無料で貰ったテーブルとイス
 アクリル塗装した天板もピカピカだ。
 椅子のカバーは妻が余った布を使って作った。
 これも良く出来ている。
 娘の旦那さんのお父さん作
 神棚を乗せる台は娘の旦那さんのお父さんが製作した。
 表具師なので見事な作りだ。
 引っ越し荷物も大分入ったが、まだまだ引っ越しは続く。
 今日はもう腰がだるくなってきたので終了。
11月2日(土)家の引き渡し
 今日、娘夫婦が新築した家の引き渡し式が行われた。
 新築の家に行って引き渡しだけを行うだろう思ったらセレモニーもあった。
 スタッフも7人くらいが来ていた。
 玄関前に紅白のテープと赤じゅうたんが引かれ、娘夫婦によりテープカットが行われた。
 テープカット
 こんな事をやるんだと感心しながらも、コストがこんな所で増えるんだと思ってしまう。
 家の中でもセレモニーは続き、業者の音頭でノンアルコールシャンパンで乾杯。
 その後娘夫婦のお礼の挨拶が行われた。
 シャンパンで乾杯
 私も同居人で挨拶させられる羽目になった。
 そして妻も・・・。
 妻の挨拶

 セレモニーが終わって暖房設備や風呂、処理施設などのメーカーに依る説明が行われた。
 それぞれの最新機器には感心する。
 でもお年寄りには使いこなすのは難しいだろうな。
 特に暖房などの給湯設備のシステムを理解するのは大変だ。
 孫達は自分たちの部屋で大はしゃぎしていた。
 子供の2階ベッド

 瑞葵の部屋は窓が大きい

 暖房は不凍液の循環なので、24時間暖かくて快適だが、直ぐにコストを考えてしまう。
 電気料金高騰の折り、幾らの暖房量が掛るのだろうか。
 灯油の様に手間暇は全くかからなく良いが、冬の停電の際の暖房も考えなくてはならない。
 居間も随分広く開放的だ。
 広い居間だ

 私の部屋は小さいが、自分で考えたレイアウトなので、後から楽しみがある。
 パソコンに向かう事が多いので机はボードを備え付けて、棚も沢山設けた。
 机と棚は作り付け
 クローゼットの中の仕切りはこれも規格外だ。
 クローゼットは独自仕様
 妻と娘の要塞コーナーがある。
 ここでミシンや洋裁作業を行う。
 洋裁コーナーは広い!
 神棚は旦那のお父さんが表具師なので、立派なものを作ってくれた。
 それを付け終えて、夕方遅く旦那の実家の登別に向かった。
 夕方帰宅した
 これから徐々に引っ越しをしなければならない。
 そして皆が来年引っ越す迄、夫婦で家を守らなくてはならない。
 でも私は旧家の解体が待っている。
 GHで生活しながら春までに内部解体をして、春から本体の解体を行う。
 ビッグな仕事だ!!
11月1日(金)函館山登山
 今日も午前中は製作に没頭する。
 以前から山でセルフ写真を取る時には、1脚の棒に先をとがらせたアルミ棒を付けて、地面に差し込んでセルフ撮影していた。
 全て自分で製作したものだが、今まで使ってみて三脚よりは簡単だし、これで行けるだろうとなった。
 そこで伸縮の出来る1脚を980円でアマゾンから購入した。
 そして地面に刺さる分については自作した。
 先端部分はテントのペグを利用

 カメラ台は自分で改善した

 余った部品を集めて午前中には完成した。
 これでスマホ用リモコンと合わせて、セルフ撮影はかなり向上するだろう。
 地面に刺す

 長さも変えられる
 リモコンシャッターも付けた。

 午後から函館山を散策する。
 紅葉はあまり綺麗では無かった。
 杉と紅葉
 天気が良くて爽やかなのが良かった。
 函館の市街地もはっきりと見渡せた。
 2時間ほど歩いて下山する。
 市街地がはっきり見えた
 帰りには姫塚にも寄ってきた。
 この姫塚は約150年くらい前の「南部藩蝦夷地経営図」に書かれている。
 その地図に当る位置に大きな杉に寄り添うように大きな石がある。
 姫塚なのか
 他には石も見当たらない事から、この石が姫塚ではないかと推定している。
 表面に文字らしい跡も有りそうな雰囲気なのだが、風化していて見えない。
 旧山道の左側にあるので、当時函館山に登る人はここで手を合わせて登ったのだろうか。
 杉の右手が旧山道
 旧山道は今では全く登る人も居なく、笹は伸び放題になっている。
 当時の函館には南部藩の本陣があった事は知られている。
 その南部藩の姫に何があったのだろうか。
 色々と調べてはいるがまだ分からない。
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