9月30日(月)PG合同練習も雨で中止
 昨日、妻は函館ハーフマラソンを見に行ったが、帰ってしばらくして「私川内選手の写真を撮ったよ」と言う。
 写真の腕は知れている。
 何時も旅人がGHを出る時に外で記念撮影をするが、凄い時間がかかる。
 そして撮った写真は水平で無かったり、どこか欠けている事もある。
 そんな具合だから、スピードのあるマラソンなんか撮れる筈が無いと思っていた。
 ましてどっかり座って撮っているのだ。
 携帯の写真を見せて貰ったら、なんとばっちりフレームに入っているではないか。
 まぐれとは言えこれには驚いた。
 ばっちり写っていた!

 今日は桔梗マスターズのパークゴルフ合同練習会。
 その前に先日完成した「函館山旧三十三観音巡り」の小冊子を希望するSさんと生協で待ち合わせる事になっている。
 桔梗生協に行ったらまだ来ていない。
 仕方が無いのでPG集合場所の桔梗会館に行く。
 でも来たのは5人だけで、二人は「今日は駄目だ」と言ってさっさと帰る。
 結局は中止になった。
 もしかしてSさんの言うのは石川の生協かなと車を回すが、やはり居なかった。
 おかしいなと再び桔梗生協へ戻る。
 やはり居なくて諦めた。
 雨だがレインウエアもあるので、一人で練習をしようとゴルフ場に行ったら「雨なので休みです」と言う。
 パークゴルフって雨ならやらないのかな。
 
 仕方が無く上磯の無料ゴルフ場で練習する。
 ここも誰も居ない。
 9ホールを4回回った。
 今日はロブショットに変えて打ったが、方向性も良く安定していた。

 終えて原口の佐々木氏に会いに行く。
 函館の長男の家に来ていた。
 来月5日に行われる、除幕式は26日に変わった。
 私の他に原口小学校の元校長のSさんも来た。
 要は除幕式の後で交流会を行うが、外部の人として意見を述べて欲しいとの事だった。
 原口には歴史的街道の小砂子山道の願掛澤がある。
 江戸時代から明治まで多くの人が通って、紀行文に残している。
 箱館戦争では土方歳三隊が進行した道でもある。
 そんな道が今は忘れ去られようとしている。
 その道は如何に重要だったかを話して欲しいと言う事だった。
 当日は松前町役場や教育委員会、開発局、森づくりセンター等の公的機関が参加する。
 その場で歴史的に重要で貴重な遺産であるかを話して欲しいと言う事だった。
 引き受けて帰る。
 帰り際、S元校長先生に「下二股口台場」の資料が欲しいと言われ、1冊購入して頂いた。
 私の講演にも来てくれ、資料も既に2冊買って頂いている。
 今回のは東京日野市の土方記念館の土方愛さんに送るそうだ。
9月29日(日)PG練習&GH改修
 今日は有川河川敷の無料パークゴルフ場に行く。
 朝8時45分集合の練習会がある。
 私も一人で来ていた時に、誘われて一緒にプレイするようになった。
 PGの指導員もいるので勉強にはなる。
 問題はここのコースだ。
 整備が悪いので球を真っ直ぐに打っても、バウンドがどちらに転がるのか全く分からない。
 でもそこは気にしないで真っ直ぐに飛ぶことだけを練習すれば良い。
 パターだってぽんぽん飛んで球が転がる。
 でも上手い人はやっぱり良いスコアで回るのだ。
 36ホールを練習して終了。
 今日は良いショットが多かった。

 家に帰って来たらまだ妻が帰って居ない。
 今日は函館ハーフマラソンがあって、毎年近くのコースに行って応援している。
 今年は有名ランナーの川内や藤原がくるので面白そうだ。
 やがて帰って来た妻が、途中経過では川内は3位だったそうだ。
 「疲れているのかな・・」と言っていた。

 GHの改修を進める。
 今日は押入れベッドの壁を張る。
 材料は無かったのだが、フローリング材が余っていたのでそれを使う事にする。
 壁に防風用シートをダブルで張り、その上にフローリング材を張った。
 防風シートはダブルだ
 色が違ったりしているが節約のためで仕方が無い。
 後少しの壁張りを残した。
 さらに柱などにペンキを塗って仕上げる。
 壁は張った
 
9月28日(土)PG練習
 ゲストハウスの改修はまだまだ続く。
 今日は部屋に置いているタイヤが邪魔なので外に出す事にする。
 今の車の冬用タイヤと貰った予備の冬用タイヤ2セットは外に置いてある。
 室内には以前使っていた、軽四のアルミホィール付きの、夏冬タイヤがある。
 誰かに使って貰いたいのだが、まだ見つからないので保管している。
 このタイヤセットも外に出すことにした。
 外にタイヤ置き台を作った。
 部屋内にあるアルミホィール

 外に台を作る

 4セット納まった

 ブルーシートでカバー

 午後からパークゴルフの練習に行く。
 10月2日に函館市内町内会の対抗試合があるのだが、それに出ないかと勧められ受けてしまった。
 今年始めたのでPGのルールなど詳しく分かっていない。
 大丈夫か?
 足を引っ張っちゃいけないので練習しなければならない。
 妻も一緒に行く事になっていたが、家を出る直前に顔が火照ると言い、血圧を測ったら少し高いそうで中止し、私が一人で出かける。
 PGは簡単だと思っていたが、やると何でもそうだが意外とむずかしい。
 長くやっている人はコントロールが良いのだ。
 私は距離的には90mも飛ばすが、コントロルの微妙な感じだ出せない。
 上がったスコアを見ると上手な年配女性には負けている。
 若い女性は滅多にいない
 そこでくそっ!となって練習に精を出すのだが、なかなか上達しない。
 でも徐々にスコアは良くなっている。
 練習を終えて温泉「花の湯」に入ってまったりする。
9月27日(金)当別丸山登山
 山仲間のKさんと、初めて一緒に登るMさんの3人で当別丸山に行く。
 コースは昨年の冬に行ったが、急斜面で安物のスノーシューでは登れず撤退したコースだ。

 車を空き地に駐車してスタートする。
 最初は牧草地を行く。
 天気も良くて気持ちが良い。
 最初は牧草地

 今日は快晴だ
 牧草地は歩きやすい。
 最初の牧草地を登った所で、左側にコースを取り、尾根に向かおうと進んだが、ここの先が凄い藪だった。
 しばらく藪漕ぎをして、再び牧草地に出て杉林に入る。
 杉林の中を進んでいよいよ尾根の急斜面に取り付く。
 杉林の中は草もそれ程伸びて居なく歩きやすい。
 道は無いが獣道がかすかに付いている。
 左側により沢筋の道を登る。
 沢越えの下山道が有るかどうかの確認のためだった。
 しばらく行ったら幅の広い道が澤の方に下っている。
 先には下山コースがある位置だ。
 これで帰りはここを通れば良いと、尾根のコースに戻る。
 急な斜面を登る

 こんな中を歩く
 ここからはひたすら尾根道を登る。
 急斜面は続く

 境界柱があった
 斜度はあるが草はそれ程伸びていないので歩きやすい。
 太陽が出ているにも関わらず林の中は涼しくて気持ちが良い。
 でもこばえが沢山いるのがうっとうしい。
 しばらく登ったら良い道が出てきた。
 一般登山道だった。
 直ぐ先が頂上だった。
 9時に出発して10時36分に頂上に着いた。
 頂上

 記念撮影

 駒ケ岳が綺麗だ

 恵山も遠くに見える
 しばらくぶりに登った頂上は、頂上の看板が新しくなり、記念撮影が出来る様な小さなベンチが置かれていた。
 今日は空も済んで居て、駒ケ岳がはっきり見えた。また普段はなかなか見れない恵山もはるか遠くに見えた。
 昼にはまだ早いのと虫が多いので昼食は下で食べようとなって、再び藪に入る。
 丸山西斜面に向かうが行く途中は笹も伸びて歩きにくい。。
 冬なら笹も下になって快適なコースなのだが・・・。。
 やがて西斜面を下る。
 ここは笹も短く歩きやすい。
 急斜面で滑らないように道を選ぶ。
 途中には何度も見た太い木があった。
 木の下に大きな穴があり、ここに入って記念撮影するのが毎回のお決まり。
 いつもの場所で・・
 始めて来たMさんも木の中に入って記念撮影。
 道は更に下るが、ここでコースを変えて杉林の中を行く。
 この下に道がある筈で、その道は新しいルートを歩く時に使おうと思っていたので下調べだ。
 杉林にはキノコがあったりするが、食用かどうかの判断が出来ない。
 写真で撮るだけだ。
 やがて林道が出てきた。
 杉を植林した時に作った道だ。
 草はかなり伸びているが、歩くにはそれほど困難ではない。
 東方向を見ると丸山から桂岳に抜ける尾根道の一部が見えた。
 想像した通りだった。
 次回はこのコースを使ってみたい。
 歩くなら冬だな。
 
 林道を進むとやがて海が見えてきた。
 今日は下北半島、津軽半島、さらに八甲田連峰もはっきり見える。 
 岩木山は確認出来なかった。
 下北・津軽半島に八甲田連峰
 やがて澤に出てきた。
 ここに登るときに見た道に繋がる道あ筈だ。
 でも沢はかなり深く道はありそうにない。
 GPSで確認しても先程の道の対岸に居る。
 澤の縁を上下したいが藪が深い。
 諦めて林道を下る事にする。

 しばらく行ったら、あれ〜工事現場だ。
 3人がやぐらを組んでパイプを打ち込み、地質のサンプルを取っていた。
 地質調査をしていた
 聞いたら、高規格道路の地質調査だそうだ。
 こんな山中で仕事をしているんだ。
 お陰でこの先の林道は整備され歩きやすい。
 あっという間に大釜谷川に出た。
 ここから少し歩き昼食をする。
 私はイナバのタイカレーだ。
 御飯はジャーに入れてきたので暖かい。
 バーナーで温めてご飯にかけて食べる。
 ぴりっと辛いアジアン風スパイスの効いたカレーは美味しい。
 他にカルビー秋限定商品の「さつまりこも」お湯でかき混ぜて完成。
 女性陣に味見して貰ったら好感食だった。

 食事後林道をひたすら歩く。
 工事用のダンプの往来が激しい。
 途中で舗装道路に入る。
 ここをしばらく歩くが道は一度海岸沿いの国道に出る。
 我々の車の置いた所へは遠回りになる。
 よ〜し、真っ直ぐ車に向かって進もうとなった。
 内藤ファームと書いた家の前にお母さんがいたので、行く道は無いかと聞いたら。
 トラクターで昔行った道があると言う。
 でも熊が出るよと言う。
 場所を聞いて行ってみたが分からない。
 戻って聞いたら、ここだよと示す先は落ち込んでいる道で、ここに木の枝が沢山捨てられていた。
 ここを尻餅をつきながら進む。
 少し行ったら草に覆われた道があった。
 またまた藪漕ぎ
 これがトラクターで行った道なのか。
 道は澤に続いていて、澤の中央に水タンクが設置されていた。
 ここからトラクターで水を運んだんだ。
 水タンクがあった
 澤を越えて進む。
 沢を渡る
 そこからが大変だった。
 深い藪がづっと続く。
 蔦も多くて足や体が前に行くのを阻止する。
 鋸で蔦を切りながら進む。
 これが厭になるくらい随分長かった。
 初めて参加したMさんは大変だろうなとと言うか、こんな所ばかり歩いて・・・と厭がられているかも。
 舗装路を遠回りした方が早かったかも知れない。
 GPSで場所を確認してそろそろ良いだろうと思う所の澤を越えた。
 澤を越えて数メートルで牧草地が出てきた。
 やっと牧草地に出た
 何てそう快感なのだろう。
 普段ならそれ程感じないだろうが、藪をずっと漕いで来て、うっとうしくなった気持ちを、あっという間に爽やかに変えてくれる。
 これだから藪漕ぎは止められない???

 車に戻って出発。
 直ぐ近くにある「日の丘ギャラリー」に行く。
 同行のMさんが見たことが無いので見たいと言う。
 行ったら旦那さんが出て来た。
 今、彼の作品が展示されている。
 ポスターが張ってあった

 これが今回の作品
 ここのギャラリーは土日のみ開館なのだが、何時も平日になってしまう。
 それでも見せて頂いた。

 木を使ったモニュメントが展示してあった。
 美術的要素の無い私には良く分からず、たがじっと見ているだけだが、中央に神の場所があって、その場所に向かって多くの木に扮した、神の子が囲んで祀りをしている様な幹事を受けた。
 ストンサークルの様な・・・。

 そのうちお母さんも顔を見せた。
 忙しそうにしている。
 釜で焼いた鋳物に絵付けをしていた。
 絵付けの真っ最中だ

 作品が並ぶ
 インクが乾くので何時もかき混ぜていなければならないそうだ。
 ここの釜の温度が今一つ上がらないので、最終的には札幌まで送って焼いて貰うそうだ。
 そのため纏めて絵つけしている。
 真剣なお母さんにはあまり話しかけられない。
 真剣だ
 お父さんとしばらく話す。
 お父さんは中学・高校と美術の先生なので、そちらの方には造詣が深い。
 教員時代の話しを聞いたが、厳しい先生だったようだ。
 今の時代では直ぐ辞めさせられてしまうと、定年前に退職してここにギャラリーを構えたそうだ。
 今の先生には持ちあわせて無いような、1本芯の通った先生だったようだ。
 それにしても、ここのギャラリーや工房はいつまでいても飽きない良い空間がある。
9月26日(木)自転車改良&ストーブ取り付け
 妻の2000円弱で購入したママチャリの改良をする。
 まずは交換する部品を外す。
 古い部品は外す
 シートとポストは古く錆びている。
 左のペダルが壊れていた。
 前かごが壊れていた。
 これらの物を外して新たな部品を取りつける。
 錆び付いた部品はなかなか外れない。
 油を注入したり、クリーナーで洗浄して何とか外す。
 鍵は錆びて動きが悪いのでグリースを塗って何度も動かしOKになった。
 色の剥がれた部分はスプレーで塗装してすっかり綺麗になった。
 そして別な部品を取りつけて完成。
 完成した

 OKサインが出ました

 午後からGHの改造している部屋にストーブを付ける。
 壁に穴を開けて、排煙筒を付けて完了するのだが、この家の外壁は鉄板だったのだが、その上に古民家風にするためにOSBボードを張ったので壁が3枚になっている。
 苦労して何とか完了した。
 タンクからのホースも繋いで完成した。
 壁に穴を開ける

 排煙筒を取りつけ

 ストーブが付きました!

 明日は当別丸山の藪漕ぎ登山をする。
 初めてのルートになる。
 大きな沢を横断するのだが、行けるかどうかは行ってみなければ分からない。
 行けない場合は遠回りになるな。
9月25日(水)資料作成&買い物
 今日も朝4時に起きて書類の作成をする。
 ライオンズクラブの講演資料からスタート。
 取り掛りは早かったのに、段々と講演期日が近づいてくる。
 そうなってから慌てて資料作りが本格化するのだ。
 まあいつものパターンだ。
 人間切羽詰まらなければ、物事は進まないのだ。
 表紙はこんな具合だ
 スライドで80枚を製作した。
 これで間にあった。
 早速幹事の方の会社に伺い私の来歴書と合わせて渡してきた。

 次に原口での桜松街道が全国的な表彰を多数受けたので、その来歴が分かるモニュメントを作った。
 その除幕式が9月5日に原口で行われるが、その時にもっと願掛沢を知って貰いたいので、願掛澤に関する資料を配布する事になりそれを作成した。
 願掛沢は何とか整備したい
 除幕式当日に配布して多くの人に願掛澤を知って貰いたい。
 これも完成した。

 今日は午前中は何時もの健康サロンin明和園なのだが、パスしてさらに「函館山旧三十三観音 歴史と旧参拝ルート」を61ページに纏めた。
 戦前にあった観音巡りのルートがほぼ解明された。
 これも長い間、資料として纏めるのに時間がかかっていた。
 これで2年間の調査も終え、資料として纏める事が出来安堵した。
 
 遂に完成した

 昼になって健康サロンin明和園に行った妻と友人が帰って来た。
 その友人の話で、私が秋田の六郷のOさんから聞いて愛用している、イナバのタイカレーがダイエーで120円で売っていると言う話しを聞いた。
 私が買っているのは生協で170円なのだ。
 本来は本州のローソン100円ショップに有ると言う。
 アマゾンでも130円から140円で売っている。
 あまりの人気ゆえ、各販売店が価格を吊りあげているのだ。
 雨が強く降る中、早速買いに車で走る。
 ダイエーには4種類のタイカレーが置いてあった。
 各種2個の計8個を購入した。
 ついでに美味しかったカルビーの秋限定品「さつまりこ」も95円で売っていたので5個買ってきた。
 湯を入れて軟くなったらかきまぜて食べると、薩摩芋の香りがして本当に美味しい。
 上に生クリームを載せれば完全なスィーツだ。
 こんなに買った
 
 次に向かったのがリサイクルショップ「なんでもサイクル」だ。
 ここにママチャリがあった。
 現在は50%ダウンの特売をやっている。
 3990円の自転車が2000円を切ってあった。
 まだそれ程使用感は無い自転車だ。
 しかし前かごが破損、ベルが破損、ペダルががたがた。
 定員さんがこれでも良いですか?
 こんなのが良いに決まっている。
 壊れても自分で直せる人にとって、その方が価格が下がって良いのだ。
 この自転車なら中古でも5000円はするだろう。
 妻の自転車は近所の廃品回収業の方から貰ったものでかなり古い。
 ぎぃぎぃ言っている。
 悪いパーツは全て家に在庫がある。
 交換は簡単なので、ほぼ新しい自転車に蘇るだろう。
 安かったママチャリ

 その後は花園温泉でのんびり癒して帰宅した。
9月24日(火)墓参り&GH改造
 彼岸である。
 秋分を中日として前後各3日を合わせた各7日間である。
 彼岸の期間は悪事を止め、善事に精進するように勧めている。
 私も悪事はしないで良い事をしよう。
 中日にお墓参りする人が多いのだが、期間中に行けば良いのだ。
 まずは私の先祖の墓に行く。
 立待岬にあり風光明媚な所にある。
 近くには石川啄木の墓もあり、碑などが沢山ある。
 御存じ石川啄木の墓
 石川啄木は「死ぬ時は函館で・・」と言うほど箱舘を愛していた。
 しかし住んだのは4ヶ月くらいだ。
 函舘を出て5年後に病気で27歳で亡くなった。
 その1ヶ月後に後を追うように妻の節子もこの世を去った。
 子供や両親もこの墓に入っている。
 強烈な詩だ
 もう一つ強烈な印象の碑がある。
 砂山影二だ。
 「わがいのち この海峡の波の間に 消ゆる日を思ふ 岬にたちて」と書き残し、若干20歳で青函連絡船から投身自殺した。石川啄木を深く崇拝していた彼の作品には啄木の影響が残る。

 毛利家の墓に行ったら、周囲には誰も居なく閑散としていた。
 まあ静かな雰囲気で先祖の供養をするのも良いだろう。
 左が毛利家の墓
 毛利家の墓の建立者は父の清二だが、一緒に名前を連ねているのが広島の毛利こみなである。

 広島と言えば室町時代後期から戦国時代にかけての安芸(広島)の国の領主は毛利元就だ。
 それでは関連があるのか??
 まずは家紋が違う。
 毛利は一文字三星紋、我が家は梅小鉢と異なる。
 毛利の本性は大江氏である。
 北海道余市近くに大江村がある。
 ここが毛利家の入植地だ。
 何度も行ったが手掛かりは無い。
 そんなとこで私はどこの流れなのだろう?
 春分は牡丹餅、秋分は御萩を供える。
 これも季節から来ている。
 お参りして次は妻の実家の墓参り。
 ここは新しい墓地で高台にある。
 函館市街も一望できる。
 ここの広大な墓にも春日部から来ている車が1台のみ。
 のんびり墓参りを済ませた。
 花を添えて・・

 しばらく話していた??

 家に帰ってGHの改造。
 押入れの上をベッドにしようと思っていたが、随分と傾いている。
 奥の角が傾いている

 随分傾斜している
 これでは具合が悪いだろうとなり、解体して土台を再び付け直す。
 土台の作り変え
 水平器で合わせてOKだ。
 水平になった

 後で絨毯を敷く
 ここの上には絨毯を敷く予定だ。
 残るは壁と天井だが、材料が無い。
 どこからか探してこなくてはならない。
 
 そんな所に龍文堂印刷の社長が来る。
 来月のライオンズクラブでの講演打ち合わせだ。
 どんな服装で行きますか?と聞いたら、いつもの「誠」の文字入りTシャツと自転車模様のバンダナでOKとなった。
 これが私の講演スタイルなのだが、私の講演の新聞記事などを見て理解してくれていた様だ。
 私の履歴書と講演のスライド一式を頼まれた。

 そろそろ秋を感じる季節になりつつある。
 季節を感じるのは栗?柿?・・・。
 「さつまりこ」だろう!
 カルビーの秋限定商品。
 そのまま食べても良いが、湯を入れてかき混ぜると、まるでサツマイモのスィーツだ。
 秋限定「さつまりこ」
 
9月23日(月)桔梗マスターズ
 娘夫婦と孫が朝に出発するが、今日はパークゴルフの月例会もある。
 妻は御飯支度もあるので、私だけが参加する事になった。
 今日はお墓参りの方も多いのか、参加人数も23人と少なかった。
 ゴルフの方はまあまあの成績だろう。
 月2回しか行かないので、急激に進歩はしないが、確実にスコアは良くなっている。
 ショットの方向性が安定しているのと、飛距離が出るようになった。
 85mのロング距離も10mくらいオーバーしてしまった。
 ストレス解消で思い切り打っている様なものだ。
 昼は私はパン2個のみだが、おばちゃん連中にブドウや枝豆、漬物などを沢山頂いて満腹になった。
 午後はフリーでもう一ラウンド回って終了。
 ゴルフ場に来ている方でかなり高齢の方がいる。
 何時も見るおばあちゃんは、90歳を過ぎているそうだ。
 多分娘であろう方に、坂を登る時は手を引かれている。
 腰も相当曲って大変そうだが、それでもゴルフに来ると言う気持が凄い。

 家に帰ってGHの押入れ下のフローリング張りを行う。
 ここには荷物を入れる予定だ。
 壁がまだ残っているが、材料が無いので材料の入手まで待とう。
 押入れ下の床が完成
 残りはベッドにする押入れの上段を綺麗にする。
 壁板は今のままのを使用して、また廃材が出る予定なのでそれを使おう。

 昨日から防水テストをしている、シートは完璧に水が漏れないのが分かった。
 おもりを入れていても浸み出したりしない。
 今使っているグランドシートなら重い物を載せると浸みて来る。
 テントのグランドシートにしようっと。

9月22日(日)娘夫婦&孫が来た
 午前中はGHの新部屋のフローリング張りつけを行った。
 完成した
 押入れも相当古いので、ここにもついでにフローリングを張った。
 本来はコンパネでも張れば良いのだが、解体した家から持って来たフローリングがまだ余っていたので、それを使うことにしたのだ。
 もったいないの精神だ。
 押入れも古い

 防風シートを張る

 もう少しだった
 後少しで完成と言う所に娘一家が到着した。
 作業は中断した。

 今日は建設中の家の中間見学だそうで、今日は日曜日で大工さんも休み。
 営業の方の案内で家の中の見学をする。
 外壁の断熱材は既に張り終えて内装に取りかかる寸前だった。
 かなり進んだ
 建設仕様と合っているか皆でチエックする。
 愛葵もチエック?
 愛葵は函館の近所のおばちゃんに貰った、大好きなキティでご機嫌だった。
 
 材料管理のため各柱には建設者の名前が印刷されている。
 ルーマニアで作られた
 材料はルーマニアのJAS認定工場で作られている。
 コストダウンのためには全て海外生産にならざるを得ないのだろう。
 記念撮影
 棟板を持って皆で記念撮影。
 これは見納めだ
 棟板は天井裏に張るので、何十年後かに解体する時でなければ見られなくなる。
 マイルーム
 ここが私の部屋部分になる。
 怪しいドアだ
 私の部屋には当初窓が付く予定だったのだが、ドアに替えて貰った。
 ここから家の裏に出られる。
 家が完成した後で、ドアの外にウッドデッキを自作で作る。
 そこへの出入りのドアなのだが、家を抜けだす時のドアになるかも?


 10月の末頃完成予定だが、その時はまた引っ越しが行われる。
 今年2度目の引っ越しになる。
 引っ越し慣れしそうだ。

 防水シート
 建築中の家の外にあった廃材の中に、防水シートがあった。
 直ぐに頭が回転する。
 切れ端なのだが軽いのでテントの下に敷いても、テントの外に掛けて雨よけにするにも良いかも?
 大きいのが5〜6枚あったので貰って来た。
 家に帰って水を入れ、防水テストをしたら全く水漏れは無い。
 今、テントの下にブルーシ−トを敷いているが、雨の日はじわっと水が浸みて来る。
 これだと完璧かもしれない。
 またテントの上に掛けてもテントが濡れずに済むかもしれない。
 最近家に使う断熱シートでテントを作って販売している会社もある。
 軽いのと防水性が良いのだ。
 一度試して見ようと思っている所に、ちょうどもっと良いシートがあったのだ。
 

 元町公園の道南フェステバルに行く。
 凄い人出で西岸壁からシャトルバスが出ている。
 でも相当遠い。
 私の知っている元町公園の直ぐ傍の道で駐車禁止で無い場所が1箇所ある。
 そこに行ったら1台分のスペースがあった。
 ここなら直ぐそばだ。
 公園に行く途中に旅人の像があった。

 人は何故旅を続けるのか?
 私に聞いている様な文書だが、旅人も〜さんを名乗る私も良く分からない。
 一応皆で記念撮影をする。
 自転車旅のモニュメントなら最高なのだが・・・。
 旅人と記念撮影
 公園では屋台が沢山並んで食を提供していた。
 うろうろしていたら「ぶんぽ研」のSさんが、燻製の無料提供をやっていた。
 普段から燻製のクラブで活動しているのだ。
 玉子とチーズの燻製を頂く。
 愛葵もチーズは食べた。
 他には500円の牛串焼きと室蘭焼き鳥を食べるが美味しかった。
 室蘭焼き鳥のタレが美味しい。


 暗くなって道南では初めて?のプロジェクションマッピングを見た。
 東京駅でやったが、人が車道まで溢れて中止になった事がある。
 今回の作品は函舘未来大学が製作した。
 一番近くで見ようと45分も並んだが、近くより離れて見る方が良いイメージで見られたかも知れない。
 短い時間だったが初めて見た映像は楽しかった。

 元町公園

 プロジェクションマッピング

 プロジェクションマッピング
 今日の、旧函舘公会堂プロジェクションマッピングはここ
 (Youtubeより)

9月21日(土)ぶんぽ研秋の見学会
 恒例のぶんぽ研秋の見学会は松前方面に行く。
 小型バスに23名を乗せて出発。
 天気は快晴で良い日になりそうだ。
 松前までは2時間程度かかるが、途中トイレタイムがあるのみでノンストップだ。
 幸い隣がN氏だったので楽しい会話で時間が過ぎ、退屈する迄もなく道の駅「松前船松前」の到着した。
 ここから松前町教育委員会のM氏の案内が付く。
 駐車場から江戸時代の防潮堤と石垣を眺める。
 江戸時代の防潮堤
 以前、松前町のガイドさんに案内された時は、船を繋ぐための石の四角柱と聞いたので、帰って国内の同じ様な形状の物を調べたら、防潮堤ではないかと思って、今日質問しようと思っていたら、あっさり防潮堤と説明された。
 石垣は旧松前城の石垣が使われている。

 まずは松前公園裏の寺が集まっている場所に行く。
 松前城が出来る前にあった大舘周辺にお寺が集中している。
 まずは光善寺、天正三年(1575)建立の古寺だ。
 光善寺へ
 ここには名物の血脈桜があるが、春では無いので葉のみしか見られない。
 血脈桜だが・・
 庭は枯山水になっている大きな庭だった。
 枯山水の大きな庭
 他にはここにも義経伝説があった。
 この場所に義経山欣求院があった。
 義経山と書かれている
 ここに松前に渡った義経が阿弥陀仏を彫り安置した。
 明治元年と二年の箱館戦争では院は焼けたが、阿弥陀仏のみは焼けなかったそうだ。
 又義経山と書いた碑は「義経山欣求院」の山号と言われる。
 義経山欣求院は光善寺に合わされた。

 次に行ったのが龍雲院。
 龍雲院

 焼けなかった門扉
 箱館戦争で焼けずに残った唯一のお寺になる。
 松前家7世の公廣の正室正子の発案で寛永2年(1625)に作ったそうだ。
 中は見学出来ず外観のみだが、重要文化財になっている。

 法憧寺は松前藩主の菩提寺で境内に歴代藩主の墓がある。
 法憧寺
 墓は55基あり、石作りの小さな堂に入った物や、キリスト教信仰と見られる墓もあるのが珍しい。
 松前藩主墓所

 小さな墓が入っている

 赤い字で書かれている

 キリスト信者のものか
 その後松前藩の祈願寺である阿吽寺を訪れてから松前城へ。
 ここに入るのは久しぶりだった。
 特に興味があったのは、松前屏風でこの絵を眺めていると当時の事が色々と読みとれて面白い。
 松前屏風
 3Fには箱館戦争関連の写真などがある。
 土方歳三の写真もあるが、箱館戦争の事は学芸員から一切語られなかった。
 松前にとっては箱館戦争はタブーなのか?

 昼食は矢野旅館で頂く。
 今日は松前町でマグロショーが行われている。
 ここでも3切れのマグロが出た。
 矢野旅館で会食

 マグロ刺身が三切れ

 マグロ丼にした
 少ないが御飯に載せてマグロ丼にした。
 松前町の名物はマグロ三色丼だが、ここはマグロ三切丼で我慢だ。
 青森ねぶたに行った時に大間のマグロ丼を食べたので、味の格差はかなりあった。
 それでも殆どの方が完食されていた。

 帰り道も盛りだくさん。
 まずは「チロップ館」
 チロップ館
 廃校になった白府小学校の校舎に古い懐かしい物が沢山展示してある。
 校舎全体に展示物が置かれている。
 よくぞこれだけ集めたものだ。

 さらに福島町の「横綱記念館」に入る。
 ウルフと言われた千代の富士と千代の山の記念館だ。
 解説は何と千代の富士のお姉さんだった。
 千代の富士のお姉さん
 千代の富士は確かもう還暦になる筈だ。
 するとお姉さんは60代?
 随分と若いお姉さんだった。

 さらに「青函トンネル記念館」に入る。
 大きな切削機
 幹事のSさんも時間が残り少なくなったので、15分くらいとお願いしたのだが、解説に力が入り延々と続く。
 さらに映画も10分見せられてしまった。
 かなりの時間オーバーになったようだ。
 ボランティアのおじさんが幹事のSさんに「あんたが悪い!」
 でも時間指定でお願いしなかったら、何時までも話しそうだった。
 まだまだ解説をしたそうなおじさんと別れて一路スタート地点に戻る。
 こんなに色々一度に見た事はあまりない。
9月20日(金)大沼で電車が脱線
 今朝も冷え込みが厳しそうだったので、夏用の寝袋を1枚重ねて寝た。
 暖かくて良かったが、夕方隣にテントを張った、ファミリーの子供が泣いてしまう。
 まだ2歳くらいであろうか、初めてのキャンプで怖かったのかな?
 夜9時頃まで泣いていた。
 その内に寝てしまったのか静かになったが、今度は恰幅の良いお父さんの鼾がこだました。
 結局寝たのは11時頃だろうか。
 朝方も寒くは無く、良い朝を迎えられた。
 早朝にテントをたたみ出発する。
 今日も駒ケ岳が綺麗だ
 朝のニュースでJR北海道の列車が大沼で脱線したと報じている。
 すぐ近くの駅だ。
 駅に寄ったら電車の後部が見えた。
 後部は普通に見える
 北海道警察により立ち入り禁止のテープが張られていた。
 報道陣もNHKがヘリコプターで生中継していた。
 取材ヘリが飛んでいる

 NHKの中継車
 電車の先頭は駅より200mも先だったので見に行った。
 こちらはテープも張られていない。
 前側から見た現場

 1輌だけが傾いている
 大きく傾いた車両が見えた。
 他は車輪だけの脱輪か倒れている車両は見えなかった。
 JR北海道も事故続きで大変だろうな。
 ここは幹線なので鉄道路線は1本しかない。
 事故調査委員会が調査するのでしばらく函舘本線は線運休になる。
 バス輸送に切り替わるそうだ。
 家に到着して、キャンプ用品を乾かす。
9月19日(木)キャンプ二日目
 朝方は凄く冷え込んだ。
 この日大雪山旭岳で初冠雪があったと伝えている。
 例年より18日も早いそうだ。
 放射冷却なのだろう、お陰で日中は気持ちの良い天気になった。
 自転車で大沼湖畔一周をする。
 普段はじっくり景色を見る機会が以外と無い。
 一周14kmをのんびり走り、景色を堪能した。
 大沼湖畔を一周したあと、温泉にでも行こうとなった。
 湖畔の道路から山道を行くコースがある。
 道はダートだった。
 入って少し走ると霊気を感じた。
 何だろう?
 さらに走ると左手に苔むした大きな岩があった。
 何か気になり、ちらっと見たら、赤や青の色が見えた。
 通りすぎてから気になり戻る。
 何があったのだろう
3m位中に入ったら、厚紙の仏花が岩のそばにあった。
さらに果物籠とビニールに入ったサンダルがあった。
サンダルにはま〜ちゃんと書かれていた。
一体ここで何があったんだろう。

さらに進んだら家が一軒あった。
そこの入り口に「はこだてLIVEGLAY」の花で作られたボードがあった。
 GLAYの花壇
 余程のGLAYファン何だろうな。
 でもこんな山中では見る人も少ないだろうな。
 
 温泉、チャップリン館に来たら、そばにある北海道の自然の森「ネイパル森」に沢山の子供が自転車に乗っている。
 行ってみたらスタッフがいた。
 以前、箱館戦争の道を子供たちと一緒に歩くイベントを行ったがその時のスタッフだった。
 来年も歴史をやると言うので資料を出すことにした。

 温泉は65歳以上は350円だった。
 のんびり入ってから、大沼公園に戻る。
 ねぶた仲間で本州から大沼に移住したお〜さんがいるので寄った何処かに出掛けていた。
 仕方がなく湖畔の道を走っていたら、がまの穂を見つけた。
 がまの穂があった
 二風谷のアイヌ文化保存をしている、伝承者のおばあちゃんに頼まれていた。
 アイヌ文化の御座を作るのに必要なのだ。

 夕食は昨日に続きイナバのタイカレーになった。
 このスパイスは日本のカレーライスには無い味だ。
 すっかり嵌ってしまった。
9月18(水)せめてキャンプにでも
 台風一過、快晴の天気が数日続きそうだ。
 ここ数日は予定が無い。
 よ〜しキャンプに行こうとなった。
 環境の良い、東小沼キャンプ場でのんびりしてこよう。
 キャリアもテストで持って行く。

 午前中にGHの改造を行った。
 断熱ボードを敷いて、その上にOSBボードを張った。
 断熱ボードも張った

 後はフローリングを張って終了
 少し材料不足で端板を使った。
 今日はこれで終わりにする。
 後はフローリングを張って終了だ。

 すぐに荷物のパッキングをして準備完了。
 すぐにパッキングは完了した
 明日9月19日は野宿の日なのだ。
 9を左に90度曲げて読めばの(野)になる。
 そして19日で野宿の日。
 野宿の日の朝に9月19日になれば良い。
 ミニコミ誌「野宿野郎」で決めていて、この日野宿ファンは野宿をする。
 編集長加藤千晶さんも何処かで野宿だろう。
 ミニコミ誌「野宿野郎」
 ちなみにミニコミ誌「野宿野郎は」ゲストハウス自遊旅が北海道の販売店です。

 快晴の天気なのだが、ときどきパラパラと雨が落ちて来る。
 大沼トンネル前の長い登りを過ぎてトンネルに入る。
 トンネルから出たら駒ケ岳が綺麗に見えた。
 駒ケ岳が綺麗だった

 これも駒ケ岳

 剣が峰もすっきり見える
 それからは駒ケ岳を堪能しながら、東大沼キャンプ場に着いた。
 この日テントを張って湖畔でのんびりと過ごした。
9月17日(火)旅人出発
 朝の3時に出発するバイクの旅人木村さんを見送ろうと、起きたらもう居なかった。
 予定した青函フェリーが予約出来なくて、2時の海峡フェリーで行くと置手紙があった。
 迷惑掛けるからと起こさなかったそうだ。

 伊藤さんが出発
 8時にはチャリダーの伊藤さんが旅立った。
 これから松前を経由し積丹半島を廻って旭川まで行き、そこから飛行機で帰る。
 帰ってからは、教師を目指して活動をするそうだ。

 GHの新しい部屋の改築に取りかかる。
 今日は畳を撤去して、処分場に捨てに行った。
 6枚で252円だった。
 さすがに汚れている

 ごみ掃除をして綺麗になった

 仮に置いてみた
 床に張ってあった防風シートも剥がした。
 数十年も手のつけられていない床はごみが凄く多い。
 綺麗に掃除して、新しい防風シートをセットした。
 その上に解体した家から持って来た断熱材のスタイロフォームも置いてみた。
 今日はここまでで、午後から三島神社に行く。
 棟上げに使う棟板が出来たので貰って来た。
 棟板が出来た
 大工さんに作って頂いた、板に奉鎮祭の文字が書かれ祈祷も行って貰った。
 昔は家が無事完成するように、大工さんが安全に作業するようにと、柱が全て立ち、棟が上がった時点で、地鎮祭が行われた。
 大工の棟梁により地鎮祭が進められ、地鎮祭の後は、食事やお酒が振舞われた。
 きちっとやった方が良いのだろうけれど、費用も掛るので大変だ。
 今は行う人も少なくなったそうだ。
 従来の建築は現場で、大工さんの手により、材木の切り込みを入れて作っていったので、最後の棟が上がるのが大きな節目であったのだろうが、今は工場で機械によって切れ込みを入れ、大型トラックで持って来て、クレーンで吊あげて組みあげるので、あっという間に柱は組み上がる。
 昔の様に苦労して棟上げまで出来たと言う感覚は無いのだろう。
 そこでどうしても簡略化された地鎮祭になってしまう。
9月16日(月)家を見に行く
 朝9時頃GHに行ったら、まだ二人とも寝ていた。
 昨日はGHにあったイモ焼酎を二人でささやかに飲んだので、爆睡出来たのだろう。
 どちらもお酒はあまり飲まないそうだ。

 桔梗の家の建築現場を見に行く。
 しばらく行って無かったのでどのくらい進んだのか分からない。
 娘にも行ってと言われたので、雨に中を妻も同行して行く。
 家はかなり出来ていた。
 外壁の断熱ボードも張られ、後は外装の板と内装工事を残すのみだ。
 随分早いな。
 コンクリートの土台だけの時はスペースが小さく感じたが、柱が立ったら家はかなり大きく感じる。
 写真を撮って娘に送る。
 かなり出来た

 何か丈夫そうだ

 こちらが居間
 大工さんに棟板が出来ていないか聞いたら、すでに出来ていた。
 それならと帰りに三島神社に持って行った。
 本来は上棟式を行い、建物の守護神と匠の神を祀って、無事建物が完成するように祈願するのだが、費用の面もあるので、今回は式は行わず、神社で祈祷したお札だけを張りつけて貰うことにした。
 
 家に帰ったら旅人は出かけていた。
 雨の中なかなかアクティブに歩きまわっている。
 夕方帰って来た伊藤さんと話しをする。
 将来は高校の教員になる事を目指しているそうだ。
 既に教員免許は取ってあるが、来年からは教員になるための準備があるので、忙しくなるそうだ。
 本来は歴史の先生になりたいが、免許はあちこちの学部で取れるので人が多く、歴史の教員になる事は難しいそうだ。
 彼の卒業論文もロシアの歴史に関するものだった。
 今回は稚内から走った

 一緒に記念撮影
 夕方になって函舘山に向かった。
 雨なのにパワフルだ。

 今日の朝は遅く目が覚めたが、ぐっすりと寝られたそうだ。
 ずっと野宿だったので、初めて安心して寝られたと言う。
 屋根がある有難さは、野宿をしている人でなければ、なかなか分からない。
 まして今日は雨だ。
 雨の中の野宿はやはりしたくない。
 GHをやって本当に良かったと思うのがこんな時だ。
9月15日(日)人探しも不調
 午前中から雨で、昨日来バイクの若い旅人も何処にも行けず本を読んでいた。
 旅の本や冒険家の本は、寄贈された物まで含めて多数あるので、全く不自由しないで居られる。
 午前中は旅人と話しこむ。
 記念撮影

 午後から大町町内会の敬老の日の集まりに行く。
 ロシアで亡くなった方のパスポートがあり、それを親戚の方に何とか手渡したい。
 会場ではボランティアの琴の演奏会が行われていた。
 琴の演奏
 演奏の終わった後に、司会者の方に紹介されて、探している方の名前などを言って、誰か知っている方が居ないか尋ねたが、今日集まった人の中には居なかった。
 その足で入船町会館に行き、管理人さんに尋ねて見たら、町内にはその名前の方は居ないと言う。
 今日は諦めて帰宅する。
 まだ弁天町会館もあるが、今日は閉館だった。
 人探しもなかなか大変だ。
 市役所の戸籍が一番分かるのだが、個人情報保護と言って教えてくれない。
 不便なものだ。

 夕方に電話が来て、2年前に来てくれた、大学生チャリダーの伊藤君が来る事になった。
 電話が来たのは森町からで、自遊旅に着くのは夜の8時頃になるそうだ。
 台風の接近で明日は大荒れの天気になりそうだ。
 何とか今日中に来たいのだろう。
9月14日(土)二股口台場案内
 続く時は本当に続くものだ。
 今日も二股口台場に行く事になった。
 東京の土方ファンの女性、白牡丹さんがやって来た。
 函館は相当の回数来ている。
 今回は久しぶりに会う事になった。
 話している内に、二股口台場に行く事になった。
 何度も函館に来ているが足が無いので、なかなか遠くには行けないそうだ。
 彼女自身も久ぶりの台場訪問だ。
 途中で大粒の雨が降りどうなる事かと思ったが、着く頃は雨も上がった。
 天狗岳を案内してから、新政府軍陣地に行く。
 ここで急斜面の旧道を下って、下二股川に行く。
 これは私の用事でキノコを採るためだ。
 昨日行った時にキノコがあったのだが、多分ボリボリだよなと思って、帰って図鑑を調べたら間違いない。
 そこで今日再び訪れたわけだ。
 キノコを急いで採って戻る。
 ボリボリが採れた

 その後二股口台場に行く。
 雨上がりの道はぬるぬるで滑る。
 F-1塹壕(稲妻形塹壕)とその周辺を案内して下山する。
 弾薬庫中で
 雨上がりなので蚊がうようよ居た。
 彼女をホテルまで送って行ってから家に帰り、日ハムの試合を見る。
 負けた!
 いよいよクライマックス出場は厳しいかな。

9月13日(金)二股口台場調査
 北大図書館蔵の「下二タ万田大場・・」の絵を眺めていたが、やはり現地に行って絵の確認をしようと出かけた。

                   (北海道大学付属図書館蔵)
 まだ笹が伸びているので、奥深い所は行きにくいが、見れる所だけは行こう。
 台場山入り口で車を止めるが、やはり周囲の草はかなり伸びている。
 イタドリなどは3m近くにもなっている。
 久しぶりの江差山道を登る。
 まずは以前確認した、弾薬庫跡らしい場所をじっくり見る。
 弾薬庫か?
 何か痕跡を発見出来ない物だろうか?
 深く積もった底の葉を除去したら、大きな石が数個出てきた。
 床に石が敷いてある
 弾薬庫には薬きょうが湿気らない様に石を敷くケースも多い。
 その他の手掛かりは得られなかった。
 次に図に書かれてある、建物のあった場所は何処なのか?
 1つは旧幕府軍の慰霊碑が立っている場所だ。
 この場所は以前から何だろうと思っていた。
 塹壕にしては大きな四角形に彫られていてかなり広い。
 ここが建物の場所か
 周囲のうち西と南には盛り土が見られる。
 寸法を測ったら5m×10mある。
 2間×5間の建物は建つ。
 絵から判断してもそれ程大きな建物では無い。
 この場所の北側は急斜面になり、建物は建てる事は出来ないし、F-12塹壕がある。
 図から判断してここが臭い。
 さらに以前から気が付いていたが8m離れた所に小さな穴がある。
 これは何だろうと思っていたが、建物があればトイレもある筈だ。
 数100人があちこちで垂れ流ししたとは思えない。
 位置的にも丁度良いと思われる。
 トイレらしい
 そんな事を考えながら建物のあった場所の調査を終えた。

 その他にもうろうろ歩きまわったら、深く掘った長い塹壕か連絡路らしき、遺構が見つかった。
 連絡道か?
 辿って行ったら、F-12塹壕に辿り着いた。
 下にある弾薬庫らしき場所からF-12塹壕に行くには良いコースだ。
 
 調査を終えて、新政府軍側陣地に行く。
 江差山道は既に明らかになっているのだが、別な資料からもう一つ道があると書かれている。
 本願寺道路を調べていたT氏の書類にあった。
 それを調べに行く。
 二股岳への林道を行ったら、人がやって来た。
 この先は土砂が崩れて道は塞がれて行けないそうだ。
 キノコ採りに来ていた男性で、道の事を聞いたら高圧送電線の下しかにと言う。
 これは確認出来ているが古い道では無い。
 しばらく話しをする。
 最近は熊が多いそうだ。
 先日も5頭の熊が前を歩いているのを見たそうだ。
 個体では見るが、こんなに一度に見たのは初めてだと言っていた。
 その後別れて、再び江差山道を下る。
 江差山道の道端にトチの木と大岩があるという。
 探しに歩きまわった。
 木も岩も見当たらなかった。
 場所が違うのか??
 キノコが沢山あった。
 キノコはボリボリか?
 ボリボリ?
 自信が無いので、1本だけ採って来た。
 保健所で分かるだろう。

 調査も終えて帰宅の途につく。
 途中で「やすらぎの家」の前を通った。
 この家は元養護学校の教師のTさんが障害者の為に、開放している施設で、以前は別な所になったが、雨漏りがしたので、自分の両親の家を改築して最近オープンした。
 頭の下がる活動でいつも感心している。
 新しい家に寄って見る事にする。
 お客さんが居た。
 一緒に歓談する。
 そのお客さんは凄い人だった。
 元卓球世界選手権日本代表のT子さんだった。
 男子ではあの荻原や田中、女子では大川(北海道在籍で世界選手権代表)と同じ時期に活躍した女性だった。
 小さい時はきかなくて、あちこち飛び回り随分悪い事もしたそうだ。
 中学校に入ってから卓球をやり、全国大会にも出て、高校では全道で優勝、国体などに出場した。
 大学でも卓球をやり全国大会に出ていたが、その時に日大監督に目を付けられ、当時日大在籍していた荻原とか田中と一緒に練習したそうだ。
 彼らは仲の良い仲間だったが、すでに二人とも他界している。
 大川さんとは今でも合っているそうだ。
 世界選手権ではベスト16に終わったそうだ。
 話しも快活で面白かった。
 
 この方は某サルベージ会社の社長の次女で、今も大町に住んでいた。
 そこで思い出したのが、冒険家安東さんから頼まれている日本人子孫探しだ。
 日魯漁業勤務でロシアで終戦を迎えたが、戦争終了にもかかわらず、ロシア軍の攻撃で亡くなった方のパスポートを遺族に渡すことだ。
 話しをしたら大町地区は日魯漁業関係者が多かったそうだ。
 そして15日に大町会館で敬老会があり、50人近くが参加するそうだ。
 きっと知っている方が居るかもしれないとなり、当日伺うことにした。
 結局3時間くらいお邪魔して、お菓子や果物を食べ飲み物を頂いて帰宅した。
 外は真っ暗になった。
 改装した畳の部屋

 事務スペース

 手作り時計

 収穫中だった

9月12日(木)GHの整理整頓
 今日も早朝の5時からGHの整理整頓を始める。
 今日中に一部屋(工作室)に荷物を移動してしまいたい。
 棚を沢山作ったお陰で余裕で物が収まって行く。
 一番時間の掛るのは部品の整理だ。
 今迄きっちり整理出来ていなかったので、ナットやボルト、さらにネジが混在している。
 これが作業する時に、あちこち探すことになり時間が掛ってしまう。
 今回はこれらの部品もしっかり整理した。
 午後までかかり、燃えるごみを近所の焼却炉に捨てに行く。
 ついでに草も捨てた
 これで今日の仕事は終わりにした。
 2間に納まっていた物は全て1部屋に納まった。
 これで物が無くなった1部屋のフローリング工事が出来る。
 ようやく片付いた工作室
9月11日(水)健康サロン&GHの改築
 早朝5時から家の改造を始める。
 まずは工作テーブルの上に蛍光灯を付けた。
 解体した家から持って来たのが役にたった。
 蛍光灯が付いた
 これで手元も明るくなったので作業がやり易い。

 午前中は健康サロンin明和園でじっくりストレッチや気功をした。
 次回はウォーキングになるのでコースの打ち合わせをする。
 障害者の方がリーダーをやる事になった。
 自ら希望しての事なので大いに頑張って貰いたい。
 その後、食事タイム。
 鱈の焼き物やピリ辛惣菜だった。
 350円昼食
 最近は味が今一つの感がある。
 以前の栄養管理士さんの食事は美味しかったが、辞めた後はそれ程美味しく感じられない。
 でも350円なので贅沢は言えない。

 午後から再び家の改修。
 大きな棚を設けた。
 大きな棚が付いた
 これで荷物が殆ど収納出来るようになった。


 北海道新聞ブログに恵庭の友人のSさんが、掲載する事になった。
 早速先月「自遊旅」を訪れた時の事を記事にして頂いた。
 北海道新聞ブログ「ふるさと自転車旅」
 これから連載して行くのだろう。
9月10日(火)車修理&家の改築
 原口に植えた、桜と松の桜松街道の活動が認められ、数々の全国表彰を受けたが、その歴史を書いたモニュメントの除幕式が来月5日に原口で行われる。
 原口には他に小砂子山道があり、特に厳しかった願掛澤が今、歴史から葬られようとしている。
 そんな小砂子山道の歴史を書いた小冊子を書いている。
 除幕式の際に関係者に配布して、何とか願掛澤を今後生かせる方向で考えて貰いたい。

 午前中は車の修理だ。
 10万キロ走った中古車を買ったのでやはり錆が出るのは仕方が無い。
 左後部フェンダーに錆が浮いて来た
 錆が増えてきたのでそろそろやらなければ、錆が拡大してしまう。
 まずはディスクサンダーで表面を削る。
 サンダーを掛ける
 錆が意外と深かった。
 でもフェンダーの端部分が錆びて居なかったのでまだ良かった。
 端が錆びて落ちれば板金作業をしなくてはならないが、これは免れた。
 錆を取り除き錆止めの液を塗る。
 赤錆が黒い色に変わり、錆止め防止にもなるので拡大が防げる。
 その後、錆びた部分にパテを埋め込んだ。
 穴にはパテを埋める
 パテが乾くのを待って、仕上げ用のパテを塗った。
 仕上げ用のパテを塗った
 今日はここ迄で終了した。
 後はパテがすっかり乾いたら、ペーパーで研磨し、塗装をすれば終了だ。

 午後からはゲストハウスの改築。
 部屋を2つ増やす計画でいるが、なかなか手つかずにいた。
 涼しくなったのでようやく動き出した。
 1部屋は居室でもう一つは工作室にする。
 工作室を先に作って荷物を移動しなければ居室には手を掛けられない。
 最初にカヌー格納棚を移設した。
 このカヌーを移す

 移設後
 次に棚を1つ作る。
 まずは棚を作った
 次に工作テーブルを作るが、こちらは厚い板で堅牢に作った。
 ここを工作室スペースにする

 テーブルは頑丈に作った

 板を張り、壁にも板を張った
 テーブルの上には棚も付けた。
 上部に棚も作った
 全て廃材で作ったので、お金がかからずに済んだ。
 まだまだ改築は続く。
9月9日(月)桔梗マスタ―ズ
 「箱館戦争を歩く!」〜土方歳三子孫の史跡巡り〜が土方愛、横田淳の共著で発行された。
 この中に興味のある図があった。
 北海道大学付属図書館にある「二股口台場」の図の写真が載っていた。

                (北海道大学付属図書館にある二股台場の図)
 私が今年の1月に報道発表した二股口台場の塹壕が書かれている。
 図の中の塹壕は上ノ台場、中ノ台場、通ノ台場、下ノ台場と書かれている。
 当時はこの様に読んだのだろうか?
 著書の中では、中ノ台場、下ノ台場は場所が分からない事で推定で書かれていた。
 私の資料には調査した台場の位置が書かれているが、この図に一致している。
 私の資料(抜粋)
 但し下ノ台場は私は3個所で書いたが、図では1個所の大きな台場になっている。
 もしかしたら繋がっていたのかも知れない。
 もう少し調査して見よう。
 この図から私が調査した台場の場所は間違っていない事が明確になった。
 中ノ通台場は一般的に明らかになっている台場で多くの人が訪れる。
 上ノ台場は筆者の横田さんが来道した時に案内した台場だ。
 他に気が付いたのは建物が存在していたと言う事と、通ノ台場と下ノ台場との間に連絡路が書かれている。
 この連絡路の存在は以前から気が付いていた。
 他に江差山道の位置が今迄考えていた道と少し違っていた。
 
 今日は桔梗マスターズの日。
 1ヶ月ぶりのパークゴルフの日だ。
 練習もあまり出来ていないので、大して期待は出来ない。
 ゴルフの前に家の進捗状態を見に行く。
 足場が出来て柱が立っていた。
 どんどん出来あがる
 クレーン車も来て材料が次々降ろされていた。
 工場で加工するから全て加工済みの材料が持ち込まれ、現場では組み立てるだけなのだ。
 皆に随分大きな家だねと言われたが、確かに随分大きい。
 家庭菜園の場所がかなり消えてしまった。

 パークゴルフは天気も良く、汗を流せた。
 クラブでトップクラスの男性の方と女子のトップの方と一緒に廻ったが、1コースのみ両者に勝てたのは良かった。
 上手な方のショット
 その他はまあまあのスコアだが、良い感じのショットは出来たので満足だ。
 しかし皆上手だ。
 ショットの正確さとパターの安定感が抜群だ。
 私はまだ安定感が無い。
 来月2日の町内会対抗パークゴルフに出ないかと誘われた。
 行くことにした。 
 参加費は300円と手軽なのが良い。
9月8日(日)旅人が出発
 旅人2人が雨などで停滞し、しばらく宿泊していたが、今日2人とも旅立った。
 新しい目的地に向かって元気で旅して欲しい。
 3人で記念撮影
 まずはバイクの山田さんが旅立った。
 彼には「自遊旅」に置いてあった皮ジャンパーを着て行って貰った。
 皮ジャンが似合う
 元会社の方の奥さんから、お嬢さんの着た皮ジャンパーがあるので、旅人にあげて下さいと言われ保管していた。
 旅人で皮ジャンパーを着る人はなかなか居なかったが、今回来た山田さんは皮ジャンパーを着て来たので、聞いて見たら大好きだそうで、話しがまとまって貰って行ってくれる事になった。
 まだ新しい皮ジャンパーを早速着て旅立った。
 2人で記念撮影
 これから福島入りして災害ボランティア活動をする。

 もう一人のチャリダーの旅人芳賀さんも出発した。
 青森に渡り、日本海を南下して沖縄を目指す。
 ライトの台も作ってあげた

 「自遊旅」のシールも貼った
 彼の自転車はランドナーで旅用の自転車なのだが、タイヤサイズが特殊でなかなか手に入らなく、廃れ気味になっていた。
 最近のランドナーはタイヤを26インチにしたので、容易に手に入る様になった。
 最近ランドナーは珍しい

 記念撮影
 また何時会えるかは分からないが、出会いと別れはいつも付きまとう。
 皆元気で旅の目的を全うして欲しい。
 そして何時か又会える日を楽しみにしていたい。
9月7日(土)入江山登山
 昨日の旧道調査は意外と疲れた。
 特に上体がかなり疲れていた。
 急斜面の登りで手を使い続けたので疲れたのか、体力が減退したのか??
 おかしいなと思い、今日は入江山登山をする事にした。
 今日のコース
 函館市斎場まで車で行き、裏から直登する。
 コースは全く無く、全て藪漕ぎになる。
 最初から藪だ
 笹は1m程度でまあまあ楽な方だ。
 斜面は少しきついが笹に掴まって登れば何とかなる。
 斜度は一定している
 徐々に高度を上げて行く。
 汗がしたたり落ちて来る。
 藪漕ぎなので半袖にはなれず、長袖なのでなお暑い。
 汗が出るからなのか蚊の大群が襲ってくる。
 休む事も出来ない。
 空が明るくなってきた
 登っていれば頭付近まで笹が来ているので、蚊も周りをうろうろしない。
 かなり高度を上げた所に人工的な直径3mくらいの円形の穴があった。
 人工的な円形の平地
 これは・・・砲台跡なのか?
 景色も良くなって函館港が見渡せる。
 函館港が見えた
 さらに高度を上げると直径5mくらいの円形の場所がある。
 これは完全に砲台跡だろう。
 これは砲台だろう
 一般的に知られている砲台は入江山頂上の砲台跡だが、他にあってもおかしくは無い。
 箱館戦争でも入江山には新選組が守備する砲台があった。
 その砲台跡はどこであったかは分からない。
 砲台跡から入江山の頂上まで連絡路らしい道が付いていた。
 連絡路か
 やがて頂上の砲台跡に到着する。
 頂上の砲台跡
 少し休んでから9合目の駐車場まで歩き、函館市斎場への道を下る。
 ここも道が見えなくなるくらい草が伸びている。
 下りも藪漕ぎに近い

 植林された松

 花も咲いている

 まだまだ藪漕ぎ

 こもれびも・・
 葉の陰に隠れて足元が良く見えないので歩きにくい。
 回り道を繰り返しながら函館市斎場に着いた。
 全く疲れる事無く歩けた。
 昨日は一体どうしたんだろう。

 午後からイベント「はこだてグルメサーカス」に妻と行く。
 リンリンと暁月めぐみ
 八戸の国の重要無形文化財のえんぶりを見たかった。
 食の店が沢山出ていて凄い人出で賑わっていた。
 やはり道外の店に人気が集中していた。
 函館の店ならいつでも食べられると言う気持が働くからだろう。

 人気の神戸牛プレミアムコロッケは妻が並んでゲットし食べられた。
 名古屋の青柳ういろうも食べられた。
 ひろさき豚辛丼も食べられたが、味的には帯広豚丼の方が好みだった。
 これは食べれた

 ゆるきゃらも来ていた
 これだけ食べてもう満足だ。
 他に岩木の嶽きみを200円/本で購入した。
 嶽きみのブースで購入中
 名古屋「山ちゃんの手羽先」や大阪「お好み焼き」、米沢「米沢牛串焼き」、大間「マグロバーガー」等はかなりの長い列になっていたのでパスした。
 八戸えんぶりは800年の歴史を誇る伝統芸能なので見ごたえがあった。
 八戸えんぶり
 歴史の重みを感じる五穀豊穣の舞だった。
9月6日(金)塹壕&旧道探し
 久しぶりに山に入る事になった。
 目的は塹壕探しと旧道調査。
 まだ未調査の個所が何ヶ所かあって気にはなっていた。
 夏は草も伸びて探しにくというのもあるが、天気も良いのでぶらぶらするだけでも良いか。
 まずは塹壕探し。
 これを探したい
 岡山藩水原久蔵の書いた絵に赤○で示した塹壕がある。
 この塹壕は絵から見ても大きそうだ。
 大野川を渡渉して沢を登って行くと有りそうだと思っていた。
 下から見てもくぼ地が有りそうな雰囲気なのだ。
 ここにあると推測している
 大野川に沿ってしばらく歩き、川側まで下る。
 川の周囲は草が倒れて相当荒れていた。
 川側は荒れていた
 集中豪雨でかなり増水したのだろう。
 川を見たらかなりの水量で渡渉は困難だった。
 普段は長靴で渡れそうな川だが、今日は音を立てて流れていた。
 断念して戻る。

 次に違う場所の塹壕探し。
 この塹壕もまだ発見出来ない
 これも水原久蔵の絵なのだが、塹壕が3つ書かれている。
 学研社発行の本には天狗岳の名前が明確に書かれている。
 全ての古文書では塹壕は天狗山にある事が書かれている。
 そこで何度も天狗岳に登って塹壕を探しているが見つかっていない。
 もしかして天狗山では無く、この絵の通り向かいの山なのかとなった。
 探しに行く。
 下から見ても草が多くてなかなか見つけられない。
 沢の上部に何かくぼ地がありそうなのが見えた。
 粘土質で滑る沢の急斜面を何とか登りきったが、そこは広い窪地だが塹壕では無い。
 それから周囲一帯を探すが発見に至らなかった。
 ついでに絵に書かれている江差山道を探したが一部は存在していた。
 旧道は見つかった

 相当草が生えている
 今日は探せなかったが、諦めて引き上げる。
 秋の葉の無くなった時期に探すのが良いだろう。

 次に江差山道のまだ未踏破の道路に行く。
 GPSログは取っていなかったが、下図が大まかなコースだ。
 おおよそ赤のコース
 冬に行ったが斜面に付いた道路が雪で消えてしまい、滑落の危険があるのでまだ歩いていない。
 この道は土方歳三が二股台場から撤退する時に歩いた道で、安政3年に改修した道路になる。
 冬に歩けなかった道の所は、やはり狭く斜めになっていて、夏でも滑り落ちそうな道だった。
 そこを越えたら幅広い道があった。
 最初のピークはもうすぐだ

  山側に入って行く

 川傍の道は崩壊していた

 ここも道が途切れた

 急斜面後の道

 旧道らしい雰囲だ
 途中何度もアップダウンを繰り返す。
 登りは手を付かなければ登れない道も多くあった。
 岩盤の沢をトラバースする場面もあり、滑り落ちたら大変だと緊張する。
 沢筋の道は豪雨で決壊した個所があちこちに見られた。
 GPSで位置は確認出来るが、予想したコースよりかなり山側に入って、国道からも離れている。
 その内に見覚えのある、水路が出てきた。
 大野の農業用の潅漑水路だった。
 これから先は歩いている。
 今日はここから下に行く道があったので下り。
 大きな穴が有った。
 何時も思うのだが炭焼窯なのか弾薬庫なのか?
 炭焼の文献を幾ら探してもこの様な構造の窯は出てこない。
 そこが平らに作り、排煙口等があるのが炭焼釜なのだが・・弾薬庫なら大発見なのだが・・・。
 狭い急な斜面を下って行く。
 こんな所を炭を運んだとは考えられないのだが・・。
 弾薬庫とすれば近くに塹壕がある筈なのだが。
 大きな炭焼の釜か弾薬庫か

 まだまだ分からない事が多い。
 下るに従い向かいに毛無山山系が見えてきた。
 毛無山
 そして最後は国道227号線に出た。

 ここが今日の出口
 今回は様子見で歩いたので、正確なGPSログも取らなかった。
 何度も来てコース図を完成させなくてはならない。
 土方歳三が一ノ渡りから二股口台場まで進行したコースの解明はまだまだ続く。

 夕方になって東大沼キャンプ場で野宿していた、ラーダーの山田さんが帰って来た。
 大沼澤出精肉店のジンギスカンを2.5kgも買ってきた。
 早速炭をおこし焼いて食べた。
 たれが絶妙に美味しい。
 美味しかったジンギスカン
 ビニール袋に肉と野菜とたれを入れて、混ぜ合わせる作り方は簡単で良い。
9月5日(木)ぶんぽ研例会
 昨日の水森かおりのコンサートは最高だった。
 NHK紅白10回出場、最優秀歌唱賞受賞の実力は迫力のある歌だった。
 特に「鳥取砂丘」に凄い迫力を感じた。
 トークも40歳B型女性は大人のトークで、何でもありっといった感じで楽しい。
 最終ステージでは紅白で着た衣装で歌った。
 またまた熱いファンになってしまった。
 外に出たらゲリラ豪雨だった。
 雷もピカピカと派手になっていた。
 私は自転車だ。
 でも全く平気。
 日本一周の時は台風の中でも走った。
 アフリカの子供並にはしゃいで帰宅した。
 全身ずぶぬれだ。
 写真撮影は禁止なので撮れなかった。

 今日久しぶりに朝イカ売りが来た。
 この地域だけの特典だ。
 1匹180円で生きたイカが買える。
 何て幸せなんだろう。
 新鮮だ!

 ぶんぽ研例会に行く。
 先月は青森ねぶたで欠席したし、9月は原口の除幕式があって出席出来ない。
 今月の例会で気になったのは、「函舘・文学散歩道」という講座があり、その中で「イザベラ・バードの見た函館」と言う講座があった。
 イザベラ・バードの道を踏破したものとしては興味があるので参加したい。
 バードの日記では分からないところがあったので、そんな所が分かれば良い。
 他には秋の見学会で松前・福島にバス旅行する。
 これものんびりして良いか、松前ではマグロショーなどがあるそうなので、美味しいマグロが食べられるかも。
 帰りに会長の畑に寄って、ミニトマト、ナス、ササギ、枝豆、メークインなど沢山貰った。
 
 家に着いたら旅人がいた。
 どこかで見た顔だった。
 話している内に分かった。
 青森ねぶたで私の10mくらい前にムーンライトのテントを張っていた人だった。
 福島発で日本一周をしていて、北海道を回って南下し、沖縄に行くそうだ。
 話しの中でライトの台座が壊れて明るいライトが使えず、夜の走行が大変だと言う。
 それならと早速台の製作をする。
 1時間掛って完成した。
 これで大丈夫だろう。
 アルミで製作した

 強力ライトが付いた
9月4日(水)旅人が出発した
 昨夜は雨だったのだが昼になって太陽が顔を出した。
 久しぶりに強烈な太陽を見た。
 気温もぐんぐん上がり30度近くになったのではないか。
 旅人も出発を決めて昼には出て行った。
 東大沼キャンプ場で2〜7日くらいテントを張って、それから再び「自遊旅」に宿泊してから本州に渡る。
 旅立った山田さん

 コンサートのチケット買いに行く。
 水森かおりコンサートだ。
 コンサートを聞くのは秋田大曲で日本海チケットの留依ちゃんに無料で貰ったチケットで、ベンチャーズのコンサートを見て以来になる。
 もう4年くらい前の事だ。
 水森かおりはふとした事からファンになった。
 2007年に熊野古道を自転車で踏破するために、和歌山に向かっていた時、水森かおりが歌っている「熊野古道」のCDに遭遇した。
 丁度良いタイミングとばかりに、熊野古道を踏破しながら口ずさんでいた。
 その後も各地を回る旅に水森かおりのご当地ソングに遭遇した。
 そんな事ですっかりファンになってしまった。
 最初にコンサートに遭遇したのは静岡だった。
 6000円のチケットは買える筈がなく泣く泣くパスした。
 次の遭遇したのは娘の所に行った釧路でコンサートがあった。
 この時も6000円で購入出来ず。
 そして今回が3回目の遭遇だ。
 当初は6000円だったのできついなと思っていたが、完売しなかったのか新聞の折り込みに3000円の優待券が入っていた。
 これなら何とかなると、今日会場にチケットを買いに行った。
 残りは全て3000円だと思っていたら、3000円、4000円、5000円とある。
 割り引くにしても場所に寄って値段が異なるのだ。
 生の声を聞けるだけで満足なので6000円のチケットを半額の3000円で購入。
 何事3回目で今日ようやくコンサートが聞ける。
 ポスターも貰った
9月3日(火)雨で旅人も停滞
 「自遊旅」に滞在のライダーも雨で移動できずにいる。
 ここを出て東大沼キャンプ場に行くのだが、雨の中の野宿は誰だって厭だ。
 東大沼のキャンプ場に宿泊するのが、北海道最後の目的の様だ。。
 仕方がなく歩いて湯の川方面の観光出かけた。

 旅人の事故がここ数日の間に発生している。
 「自遊旅」に宿泊した女性チャリダーの少し前を走っていたチャリダーが、下り道を走行中に飛び出してきた鹿と激突して重体になったそうだ。
 自分ももう少し早く現場を通ったら、事故にあった可能性もあったそうで怖かったと言っていた。
 そして今日、帯広の御影で70代の本州の原チャリのライダーが、ダンプに追突されて死亡した。
 今来ている人も原チャリなので、話しをしたら道内の祭り巡りをしている、78歳の名物女性ライダーが原チャリで走っていたので心配だと言っていた。
 最近旅人の事故が続いている。
 楽しい筈の旅が悲しみに変わってはならない。
 
 今日は10月に頼まれた講演のスライド製作をしていた。
 10月初めはスケジュールが一杯なのでなるべく早く作成しておきたい。
 時間は30分と言う事なので、意外と簡単に纏めるのが難しい。
 表紙はこんな感じ

 松前町原口で10月5日に除幕式が行われる。
 昨日、原口の佐々木さんが函館に来ていて、彼を訪問した際に報告を受けた。
 数々の全国表彰を受けた「桜松街道」の記念モニュメントを建てる事になっていたが、ようやく完成したそうだ。
 モニュメントは材料は木材店から提供を受けて、ボランティアで彫刻を施したものが既に出来あがって、これから序幕式の準備をするまでになったそうだ。
 2年がかりに具体化されたもので、関係部署との調整には時間がかかったそうだ。
 脳梗塞で倒れて体が不自由なのに頑張っている姿勢は見習わなくては。
 松前町始め関係者が集まって除幕式が行われるそうだ。
 私も招待されるそうなので是非伺いたい。
 その際、原口の「願掛澤」の歴史を書いた小冊子を作って関係者に配布する事になった。
 道南の有数の難所「願掛沢」の存在を多くの人に知って貰いたい。
 これも作らなくてはならないので当分忙しい。
9月2日(月)55年ぶりの同期生
 凄い事があるものだ。
 55年ぶりに中学校時代の同期生が訪問してくれた。
 これも私の活動状況が新聞に載ったお陰である。
 今年の1月に報道発表した「二股口台場」の新聞を見て、同期性だ!となったそうだ。
 話しをしている中で、講演をお願いされた。
 函館五稜郭ライオンズクラブでの講演になる。
 中味は一任と言う事なので、自分の活動の中から何かを選んで、講演をする事になった。
 そして工場見学をしませんかと言う誘いに乗って工場に行く。
 場所はすぐ近くの「龍文堂印刷株式会社」だ。
 中に入って応接室でコーヒーを頂きながら話しを聞く。
 そして工場見学。
 新聞のチラシをデザインするところを見たが、パソコンはやはりアップルだった。
 イラストレーターやフォトショップを使うので、やはりアップルになるのだろう。
 工場の内部を見学する。
 最新の印刷機械は6億5千万円もするが、それを3億5千万円で購入したそうで凄い割引だ。
 早過ぎて印刷しているとは思えない。
 最新の機械
 最後は自動で束ねられて出て来る。
 自動梱包されて出てくる
 人員が半分で済むそうだ。
 
 他に目を引いたのがドイツ製の印刷機だ。
 30数年経っているのにまだ現役だ。
 現役のドイツ製印刷機

 これもドイツ製
 同時期の日本製はお役目ご苦労さんとばかりに工場の隅でカバーが掛けられていた。
 部品がすでに無いそうである。
 価格は2倍したドイツ製だが、今でもその存在感は圧倒する。
 見ていて重鎮な中に機械の機能美を感じさせる。

 印刷工場を見たのは初めてだったが楽しかった。
9月1日(日)旅人が出発
 天候もようやく回復に向かい、大間に渡る旅人森さんが今日出発した。
 大間から三陸の震災の跡を見ながら南下して行く。
 元気に旅だった森さん

 昼に妻が桔梗の畠に植えてあるしその葉を撮りに行くと言うので乗せて行く。
 新築の家に浄化槽が入っていた。
 浄化槽が入った
 市の中心部は水洗になっているが、外れの方はまだどっぽん式のトイレが多い。
 新築の家は浄化槽方式なのでほぼ水洗に近い。

 嫌気ろ床槽→嫌気床槽→接触ばっ気槽を経由し綺麗な処理水が排出される。

 桔梗まで行ったついでに「しんわの湯」に入浴する。
 本当に久しぶりに夫婦で、温泉のレストランで外食をした。
 酢豚定食だ
 1時間以上温泉でのんびりして帰宅。

 少しして神戸からのバイクの旅人がやって来た。
 東大沼キャンプ場に宿泊する積りだったが、テントのポールが折れて張れず、口コミで「自遊旅」にやってきた。
 少し話してから温泉に出かけた。
 明日は東大沼キャンプ場に行くそうだ。
 やはりあのキャンプ場は旅人の聖地なのだ。

 3年連続「自遊旅」来ている旅人理江さんは斜里に居た。
 やはり天気が悪くて停滞しているそうだ。
 明日は斜里岳に登り、少しづつ南下して函館に来る。
 妻も楽しみにしている、女性ライダーだ。

 大阪の女性ライダー舞さんも9月末にはやってくる。
 就職が決まったので、北海道をもう一度回りたいとやってくる。
 色々楽しみが増えて来る。
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