12月31日(水)大晦日
 今年も大晦日になった。
 何と早い一年だったのだろう。
 正月の準備と云ってもそれほど何かをする事も無い。
 正月のしめ縄飾りを玄関に付けて、大晦日や正月用の料理に使う材料を買ったりだが、それほど豪勢になる事も無い。
 二人だけの正月は質素なものだ。
 北見からの孫達は8日に来るので、ここが正月らしい雰囲気になるのかも。

 昨日は作ったスノーシューで庄司山の裾を歩いて試してみた。
 一部ワカン的な作りが心配だ。

 1時間くらい歩けばやはり紐が少しずつ緩んでくる。
 カンジキのサイトを見たら、やはり緩むので何度か締め直さなければダメなようだ。
 そんな事もあって登山者に人気のアルミ製かんじきの「エキスパートオブジャパン」のカンジキもベルトを使っている。

 やはりベルトの方が安定感がある。
 山に行ってちょこちょこ直すのは嫌だ。
 テストを終えた時に電話が来た。
 元原口小学校の校長先生をしていたSeさんからだった。
 クジラ汁が出来たからおいでとの電話だった。
 家に遊びに行った時クジラ汁が話題になった事があった。
 でも最近は肉が高くて食べた事は無い。
 小学校から中学校辺りは良くクジラ汁をおふくろが作ってくれた。
 早速貰いに行く。
 少し薄味だよと奥さんが言う。
 早速夕食のおかずにした。
 右下がクジラ汁
 味は丁度良い下限だった。
 汁を飲むと懐かしいクジラの味がする。
 具も沢山入っていて美味しかった。
 昔の用具、昔の食事などなど何か昔が段々良く感じられる。
 薪ストーブで餅を焼き、さつまいもを焼き、煮物はくつくつと時間を掛けて作る。
 ご飯も炊いている。
 手間は掛るけれど、暖かさは隅々まで行きわたる。
 日本の文化の良さは沢山ある事が忘れかけている。
 もう少し昔に帰った生活を続けよう。

 昨日のカンジキがあまり良くなかったので、再び改造をする。
 まずは靴の底部に当たる部分を紐からベルトに変えた。
 これは山のザックなどが古くなって捨てる時、ベルトやバックルなどはとっておいたのを使った。
 ベルトは廃材利用
 下は当初付いていたアルミ製の滑り止め金具だが、重いし効きは余り良くない。
 当初のアルミ金具
 ジュラルミン製の軽アイゼンの様な物を他のスノーシューで使っていたの外す。
 そのスノ―シューは平坦な場所用に使う積りなのだ。
 軽いのと爪が叱りついており、横滑り防止には良く効く。
 この爪と入れ替える事にした。
 ジュラルミンの金具
 金具が変わったら固定部分に丁度金属部が無い。
 固定部分の金属が無い
 そこでアルミプレートを付ける事にする。
 まずは金具に固定用の穴を開けタッピングングスクリューでM5×0.8のネジを切る。
 タップ作業
 在庫であったアルミプレートを取り付ける。
 アルミプレートを付ける
 取り付け穴が無いのでM6.5の穴か開ける。
 取り付け穴も開けた
 これでパーツを総て組んで完成した。
 組んで完成
 気温的に以前と大きく変わるのは爪部分で、他は切れたベルトを余っていたベルトと交換しただけだ。
 歯もうまく付いた
 長靴でもOKだし、ラチエットのワンタッチ締め具が便利で早い。
 長靴を詰めてみた
 爪も固い雪に噛みそうだ。
 爪はかなり食い込みそう
 これでまたテストをして見よう。
12月30日(火)桔梗で正月
 今日から天候は悪くなり、元旦の朝日は絶望そうだ。
 初日の出を山でキャンプしながら向かえる計画は止めにした。
 暮れから正月は家でのんびり過ごそう。
 朝食は豚肉があったので、塩を擦り込み軽く焦げ目の出来る程度に焼いて、お酒と水を入れコツコツと煮込んだ。
 ご飯は昨日の余りをお茶漬けにした。
 朝から豪華


 朝食にしては豪華すぎてしまった。
 
 正月飾りもささやかな物をGHに取り付けた。
 これは28日に付けた。

 先日のTVで正月飾りは理想的には28日までと言っていた。
 いつもより早目だが飾ってしまった。
 これでGHを出て桔梗に行く。
12月29日(月)スノーかんじき作り
 今日はGHの掃除を朝からやろうと思っていたが、ふと壊れたスノーシューを直そうと思い立った。
 出して見たらベルトがもうすり減って切れそうな状態になっていた。
 それで使えずしまっておいた。
 もう使えない

 元々ホームセンターで売っている安物だから、それ程の耐久性は無い。
 まともなのを4買おうとすれ2〜3万円はするのでとても手が出ない。
 その壊れたスノーシューのアルミ枠を使ってかんじきの様にする。
 スノーシューの使わない部分を外したり、切ったりしてベースは出来た。
 金具を外した

 部分カットして

 ロープを巻いた
 次にテント用のロープがあったので、それを足の前が載る部分に4重にして回し縛った。
 後ろ側は付いていたもので良かったが、ロープワークの関係で薄路にも紐を巻く。
 これで完成となり至って簡単だ。
 長靴を付けてみた
 紐の回し方は色々やったが、何度かやるうちに良い方法が見つかった。
 早速長靴に付けて近くの公園でテストをする。
 雪は殆ど無いので効果的ではないだろうが、歩いて見たら、以前の金具っぽいのに比べ可成り軽くなった。
 公園でテスト

 何とか使えそうだ
 かんじき並になった。
 浮力はこちらの方が少しあるかもしれない。
 後は山で試して見よう。
 横滑り防止の爪は居るかどうかはまだ思考中。
 面白いものを考えてみたい。

 午後からGHの片づけをする。
 土曜の夜から山でキャンプを計画していたが、天気が悪くて初日の出は全く出そうにない。
 それなら山に行ってもつまらないから、今回は中止かな?
12月28日(日)買い物
 師走になると何かと忙しい?
 今日は買い物。
 近くの生協で締め飾りや餅や正月用品を買い求めた。
 取り敢えずは今年の分で、正月に入ったらまた追加購入だ。
 娘一家が8日に来るのでそこにピークを持って行く事になる。
 妻の誕生日が7日なのでこれも一緒にしてしまおうか。

 買い物を終えてGHに戻る。
 まずは家の解体をして薪を一杯用意する。
 その後は温泉に行ってのんびりして帰る。
12月27日(土)久ぶりの外食
 今日は妻との約束で外食に行く事になった。
 普段はせいぜい100円回転寿司に行く程度であった。
 今回はGH近くの施設「夢と虹の工房」のイベントで多国籍料理「ネハナ」の御食事券が当たったのだ。
 当たった御食事券
 ネハナの関係者もアフリカンダンスでイベントに参加していた。
 夏に行われたイベントだが行く機会が無くて延び延びになっていた。
 店のHPを見たら今年は28日で営業を終わると言う事だった。
 そこで急いで行ったのだ。
 5時半に付近に着いたが店がなかなか分からない。
 妻に歩いて貰い探したらあった。
 看板もなかなか見にくい。
 行ったら6時開店だった。
 まだ1時間もある。
 そこで近くの中央図書館で本を読んで過ごし、それから行く。
 店に入ったらお〜アジアンっぽい。
 総て手作り感一杯の店だった。
 椅子も壁の布もアジアの感じ。
 椅子もアジアンっぽい

 店の飾り

 壁に張ったクロス

 テーブルの上も手作り
 ここの奥さんは良い人だよと言われていた。
 店に入って直ぐに会話が始まった。
 始めて来たとは思えない位楽しく会話が出来る。
 アットホームな店だ。
 旅人も来るそうで、泊まるところが無い人は家に泊めているそうだ。
 それなら「自遊旅」に泊まっても良いよと話したら、喜んでくれた。
 食事は私はネハナオリジナルカレーで妻は焼きビーフンだった。
 妻は珍しくスープも総て飲みほした。
 美味しかったそうだ。
 ネハナカレー

 焼きビー分
 飲み物は私は三年番茶、京都府・奈良県で農薬や化学肥料・除草剤を一切使わないで栽培している。
 妻はハニーブッシュティーで子宮がんの予防、コルステロール低下等の女性にお勧めの茶だ。
 

12月26日(金)OB会忘年会
 師走になれば忙しいと言うが、少しだけ忙しい。
 執筆は相変わらず4時から5時に起きて続いている。
 やはり古文書の内容を把握するのが一番時間がかかる。
 それでも毎日やれば進んでいるのが分かって、見通しがついてくる。
 終わって葉書を書く。
 某山岳会のAさんから葉書が来ていたのだ。
 上磯地区の330峰にある陸軍標識を読み取ってくれた。
 函館周辺は要塞地区になった時に境界標が建てられた。
 その一つが330m峰にある。
 恐らくは30.0個所を越えるのではないか。
 こんな標識を巡って山を歩くのも変わっていて良いかもしれない。
 葉書を出すついでに支払いや買い物をしてくる。

 今回買ったのは燃料用アルコール。
 以前旅人から貰ったアルコールストーブがあった。
 風に弱いので外で使うのにはr適さないとしまって置いていた。
 それを炊飯用に使おうと考えた。
 今は薪ストーブで焚いているが、1人用の窯の為、ストーブの上の蓋を取って焚きたいが小さくて落ちてしまう。
 そこで上に乗せて焚いているが火力が弱い。
 ストーブをがんがん焚けば暑くて居られない。
 サッポロドラッグストアーに行って探したが見つからない。
 聞いたら劇物なので別管理していた。
 飲料すると危険らしい。
 早速焚いてみた。
 20分もすれば蒸気が出てきて吹きこぼれが始まる。
 なかなか良い感じだ。
 今回は30分でやってみた。
 少し長かったのかお焦げまで出来た。
 貰ったストーブ

 青白い炎が出る

 しっかり加熱している

 吹きこぼれが出た
 
 炊けた!

 お焦げも出来た
 25分くらいが良いのかもしれない。
 加熱時間は今後試して行く。
 十分に火力はあるので家中では使えそうだ。

 夕方から勤務していたOB会の忘年会。
 同じ町内会のOさん以外は、年に一度だけ忘年会で顔を合わせる。
 それぞれの過ごし方が良く分かる。
 いつもの事だが、病気の話しは必ず出てくる。
 特に元社長のSさんは、毎年病院か薬の話なのだが、今年は入院した時の話を相当長い時間話していた。
 病気の事を話す時が活き活きしているように見える。
 それぞれ病気を抱えている人がいるので、どうしてもそちらの話しが主になるのか。
 3時間の会も終わって家まで歩いて帰る。
 寒く冷え切った部屋に入るのももうすっかり慣れた。
 ストーブを炊かないで直ぐに冷たい布団に入る。
 それでも数分すれば暖かくなる。
 足などはぽかぽかになる。
 どうも基礎体温が高いのが原因らしい。
 よく外人が寒い時でも半袖で居るがそれは基礎体温が高いためだ。
 高い人は37度もある。
 体温が高い方が身体には良いと言うがどうだろうか?
 お陰で寒さを知らず安眠できる。
12月25日(木)鳴川岳ルート調査
 昨日は妻が作ったケーキと購入品の揚げた鳥肉で質素なクリスマスパーティ。
 ノンアルコールのフリーも付いている。
 私から妻にフリースのセーターをプレゼントした。

 今日は、鳴川岳へのルートを探しに行く。
 今日のコース
 昔は横津岳に行く時は、鳴川岳を通ったルートを登っていた。
 しかし、横津岳に車道が出来てからは下から歩いて行く人はいなくなった。
 私も相当前に登っているので全くコースの記憶は無い。
 予めルートを地図上で決めて出発。

 車をコースの入り口に止めたら男性が話掛けてくる。
 昔、山岳会に入って山に登っていたが、その後神奈川に行って仕事をする事になった。
 そして定年を迎えて昨年七飯に帰って来たそうだ。
 毎日、道をウォークしているそうだ。
 その内に山に登りたいと言っていた。
 30分くらい立ち話をした。
 彼も去って、出発する。
 スノ―シューはまだいらず持って歩く。
 予定したコースには道があった。
 路があった
 この道は結構続いていた。
 やがて途切れる。
 急な斜面を登り切って、更に上を目指す。
 石切り場が見える
 しかしどうも行けそうにない。
 下には石切り場に行く車の道が見える。
 一度ここまで下りる。
 まだ道はある

 斜面に入る

 七飯岳
 車道に沿って暫らく歩いてから、山の中に入る。
 道は全く無い。
 兎に角尾根に出るまでひたすら登って行く。
 雪は40cm位でスノーシューを履いても膝くらいまで雪がある。
 ラッセルしながら喘ぎ喘ぎ登ってようやく尾根のトップに出る。
 尾根のトップで
 これで先の道は分かったので、ここから引き上げる。
 帰りはコースを変えて下るが、こちらの方が良かった。
 今日のコースで今度は鳴川岳を目指そう。
 
 函館も見える
 
12月24日(水)工作コーナーを作る
 今日は各地で真冬日なのに、何故か函館は最高気温+5度と云う。
 外は雨なので外での活動は無しだ。
 家の解体をする事になって、以前あった工作コーナーは無くなってしまった。
 GH内の荷物置き場に作る事を計画していたが、まだ作られては居なかった。
 そこで今日作ることにした。
 作ると言っても押入れの有った場所に板を張り、工作屑が散らばらない様に囲いを作るだけだ。
 解体中の家の廃材を集めて作るので、格好の良い物は出来ないが、機能が満足できればいい。
 押し入れに台は作ってあった

 作業スペースに囲いを付けた

 色々な材料がある

 工作機を配置した

 今日はここまで

12月23日(火)天皇誕生日も仕事
 今日も朝は寒い。
 眼が覚めたのは3時だが布団から出にくいので、本を読んで過ごす。
 5時に起きて執筆を2時間くらいやる。
 その後は家の解体をする。
 外は雪がちらちら降っていて、気温も-4度くらいか。
 作業服に着替えて、解体を始める。
 すると直ぐに身体は暖かくなる。
 30分もすればヘルメットの中から汗が落ちて来る。
 床の土台材をカットする。
 床材を撤去する

 薪になった
 土台には太い丸太があるので薪には良い。
 これで3日分の燃料はOKだ。
 
 今度はGHの台所と居間の間に戸を付ける。
 台所は外との間に戸が一枚しか無い。
 それで寒さが居間まで入って来て寒い。
 そこで薪をがんがん焚いて暖かくするので薪が直ぐに無くなる。
 解体している家の戸があったので、それを居間と台所に間に入れる事にする。
 戸は長かったのでカットする。
 戸を切る
 引き戸にするのでレールが必要だはこれもある。
 レールを付ける
 戸の上の押さえ溝が無いので、ここは角木で押さえる事にする。
 この木は無かったので20×20角の材料を購入して来る。
 そして作る。
 合わせ混んで行くが元々家は垂直や直角は出ていない。
 それでも何とか納まった。
 完成だ!
 隙間が出来た所は隙間スポンジを入れた。
 これで居間が随分暖かくなった。
 少しの材料で暫らく暖かい。

 午後から函館中央図書館のデジタル資料室を見ていたら、旧30番観音の場所が書いた絵が出てきた。


 旧30観音の位置は谷地頭温泉と言われている。
 この古図では谷地頭電停から立待岬に行く処の角辺りになっている。
 木の根より湧水がありと書いてある。
 確かこの辺りに今でも湧水がある筈だ。
 「すずこ水」と云うのがあって今でも水が出ている筈だが、まだ場所はどこか分からない。
 探しに行って見よう。
 すずこ水
 旧33番観音の位置調査をしているがまだ総ての位置が特定出来ていない。

 夕方になってあれ〜昨日冬至だった。
 もう遅かったが温泉に行く。
 ゆず湯に入って身体を清めとなったがラベンダー湯だった。
 帰りに100円ショップに寄って小豆の缶詰を買おうとしたら無かった。
 1Fのスーパー魚長に行ったら100円+税であった。
 レジで108円払ったら100円ですと言う。
 一体どうなっているんだ。
 帰ってかぼちゃを煮て小豆をいれ、餅も入れた。
 出来た!
 一日遅れで何とかこなした。
 帰ってまだあったかぼちゃを煮て、
12月22日(月)林道散策
 昨日、山に行きたいとの話があり、取り敢えず函館山に行くか?
 となったが函館山は今回一つ気が向かず、天気も良くないので林道でも散策するかとなった。
 今日のコース
 同行者2人を乗せて矢不来から茂辺地に至る旧道に入る。
 適当な所に車を止めて歩く。
 雪はあまり積って居なかった。
 まだ雪は少なかった

 当初、函館山の予定だったのでスノーシューは持って行かなかった。
 行ける所まで行こうとなった。
 林道は最初は雪も少なくて歩きやすかったが、徐々に雪が増えて来る。
 昔、集落があったと言う馬道と云う所を過ぎて行く。
 今はここにログハウスの別荘が1軒建っている。
 冬は車も入れないので無雪期のみ使っているのだろう。
 ここから斜面は一気に急になり、汗ばんでくる。
 今日は風の強い日なのだが、林道は風も当たらないので寒さはそれ程でもない。
 それでもマイナス4度くらいは有るのだろう。
 急斜面を登り切って緩い斜面を登って行く。
 雪が一気に深くなって足取りは遅くなる。
 本来はこの辺りから林道を離れて尾根に入りたい所だが、今日は当初から時間が足りないので行ける所までとなったので、尾根に入ったピークで止めることにした。
 急斜面を登る

 今日はここまで
 昼は過ぎたが我慢して下って食べようとなった。
 途中三角点のあるピークに登ろうとまた斜面を登る。
 三角点を目指す

 キツツキの巣

 ピークで

 三角点があった


 ピークに来たが景色は吹雪いて余り良く見えない。
 三角点を探したがなかなか見つからない。
 その内に三角点を探せた。
 ここがピーク

 三角点だ!
 最後はショートカットして車に着く。

 帰りに海の傍のコーヒーショップに寄ってココアやおしゃれなパン?を食べる。
 美味しいココア
12月21日(日)色々やった!
 昨日は7時に布団に入り少し本を読んでから寝た。
 と云うのはTOYOTAクラブ世界一決定戦が、午前1時20分から有るのだ。
 タイマーをセットして寝る。
 時間に起きて寒い中ストーブを炊いて、テレビを見る。
 3位決定戦、そして決勝と見終わったら6時頃だった。
 それにしてもレベルの高い試合で満足した。

 そのまま執筆を2時間くらいやってから修理に入る。
 まずは雪捨てのママさんダンプ小型版。
 妻が使って柄が抜けたので直してと言われていた。
 抜けた柄
 新たに穴を2つ開け、ボルトでがっちり止める。
 穴を2か所開ける

 ボルトで固定
 それでもプラスチックだから、無理に使えばまたボルト付近から割れてくるだろう。

 次はチエンソーの刃を研ぐ。
 暫らく使ったので刃が摩耗して切れにくくなっている。
 1個づつ刃をやすりで研磨するので手間が掛る。
 やすりで研磨
 最後にチエーンの張りを調整して終了。

 まだある。
 先日使っている時、突然止まってしまった電気丸鋸。
 配線も問題なし、スイッチも問題なしでもうギブアップだった。
 購入したいが妻は良いとも駄目だとも返事もしない。
 これが無いと板を切る時、チエンソーだとやたらごみが出て大変なのだ。
 ふと思いついたのが、もしかしてカーボンブラシが摩耗したのではないかと云う事だった。
 明けて見たら、切屑が入っている。
 ブラシ付近に木屑が

 ばらしてブラシを抜く

 汚れている
 ブラシはまだ長さは十分にあった。
 ブラシに着いたごみで絶縁が悪くなったのかもしれないと言う事で、綺麗に清掃をして再び戻す。
 そしてコンセントに繋いで回したらビューンと廻った。
 やったー! これで作業が楽になる。
 早速、床を剥がして、その床材を切った。
 早くて作業効率が良い。

 午後からは料理をする。
 まずは稲荷を作る。
 稲荷はすぐ出来る
 これは前に一度作って上手く出来たので、簡単に出来る。
 次にミルクシチューを作る。
 これは1箱分作ったので、冷凍しておけばいつでも食べられる。
 ミルクシチューも完成
 これで今日一日は終わった。
 長い一日だった。
12月20日(土)クリスマス会
 クリスマス会は12時からだった。
 午前中に本屋さんに行き、何か面白そうな本は無いかと探すが、特に面白そうな本は無かった。
 最近読む本が歴史や山と料理に偏っている。
 
 クリスマスの会場には相当な人数がいた。
 30人近くになるだろう。
 この町内会は活気が合って良い。
 会長の挨拶から始まり、食事をして、カラオケを歌って、ビンゴゲームをしてといつものパターンだが、みんな楽しそうなので良いだろう。
 踊りもある

 カラオケも

 商品は沢山ある

 ここも女性が多い

 ビンゴ係
 終わって直ぐにGHに帰る。
 途中でガソリンを満タンに入れる。
 原油価格の低下でレギュラーが134.8円/リットルになっていた。
 この価格にアサヒやもだ石油は車で満杯だった。
 途中自然倶楽部に寄って山のコースの話等をして帰る。
 あっという間の一日だった。
12月19日(金)家の片づけ
 昨日は忘年会があり遅く寝たので、珍しく7時近くに起きた。
 今日は家の片づけをする。
 まずは山の道具と旅の道具を分別して、必要な物と不用なものを整理した。
 テントは何と5個もあったし、寝袋は6個もあった。
 テントはICIゴアライトが2張りある。
 自分の物は少なく貰った物が殆どだ。
 自転車旅用の道具も整理した。
 最後にバックパックに冬のキャンプ用の道具を詰めて見た。
 40リットルだとかなり苦しい。

 この状態でまだ衣類や炊事道具は入っていない。
 60〜654リットルは必要だ。
 一杯一杯だ
 もし元旦の天気が良くなりそゆなら、山にテントを張って御来光でも拝もうかなと考えている。
 むるやり摘めるかキャリアで登るか思案中だ。

 午後から桔梗に行く。
 明日は町内会のクリスマス会があるので今日移動した。
 桔梗に行ってもする事が無いのでパソコンを持ち込んで執筆をして過ごす。
 後はTVをぼんやり見ていた。
12月18日(木)忘年会
 少ない忘年会だがその一つの、ぶんぽ研忘年会。
 今日も午前中は薪作り。
 これだけ剥がした
 フローリングを10枚くらい外し、チエンソーデ切る。
 相変わらず切屑が多くて一杯溜まる。
 後の掃除が大変だ。
 早く電気鋸を手に入れたい。
 それでも3日分くらいの薪は確保出来た。
 2〜3日分はある
 午後からは執筆で夕方まで過ごす。
 なかなか捗らない。

 夕方6時には車で家を出て「ホテル函館山」に向かう。
 6時半からと思っていたら、6時50分からだった。
 早いので西部地区を一回り。
 一部の坂は電飾が綺麗に光って、意外と人出もあった。
 綺麗だ


 ホテルに入ったら直ぐに記念撮影をする。
 いつものパターンだ。
 その後抽選でテーブルに着く。
 ホテルからの夜景
 私はBテーブルで知っている人はKoさんと光明寺の住職の冨田さんだった。
 冨田さんに聞きたい事があったので丁度良かった。
 箱館戦争で下二股口台場で戦った人の中に市渡村の千葉さんと言う人がいた。
 敗戦で身を拘束され、青森のお寺から東京芝の増上寺に移送され、そこで放免になった。
 その後戻って本郷の大郷寺の三代目和尚になった。
 現在は誰か聞いたら、同名の千葉さんだった。
 千葉さんの家系は子供がいなく、養子を何度も貰って現在に至っているそうだ。
 今度伺って聞いて見よう。

 いつも司会をやる副会長のSさんが緊急入院したそうだ。
 会長も入院したばかりで、この年になればこんな話が多くなる。
 会は各テーブルの代表スピーチから始まった。
 そしてお決まりのカラオケが始まり、3人が歌うのみ。
 
 最後にビンゴゲームだが、商品はみな同じなので全く面白みが無い。
 時間の無駄感がある。

 7時から始まって9時には終わった。
 帰ってそのまま冷たい布団に入り本を読む。
 11時には寝てしまった。
12月17日(水)パソコン生活
 昨日は古本屋から買って来た「七つの最高峰」を読んだ。
 2600円の本が108円で売っていた。
 それも新品同様なのだ。
 この本が面白い
 翻訳者を見たら三浦雄一郎の娘の三浦恵美里さんだった。
 翻訳をしているんだと始めて知ったが、本を読んで行くうちに面白くなってきた。
 世界七大陸の最高峰を登る話しなのだが、登る人が凄い。
 全く登山をした事が無い人なのだ。
 それも50才過ぎてからなのだ。
 一人はワーナーブラザースの社長でフランクで他の一人は石油会社とスキー場の経営者でディック。
 何事も不可能は無いと言う信念の元、二人は不可能を可能にすべく動き始めた。
 殆ど運動をして居ないしトレーニングもしていない。
 それがいきなり標高6194mのマッキンリーに登ってしまうのだ。
 これで七大陸の最高峰登山を目ざすのだ。
 ここまで読んで寝た。

 朝は5時に起きて執筆作業をする。
 古文書を読んで時系列的に並べるのが大変な作業だ。
 下二股口の戦いを古文書から時系列的に並べ解説する事により、戦いの状況が明確になる様にしたい。
 今迄読んだ本は単発的な内容なので、時間軸でどの様な状況か分からない。
 それをクリヤ―ニする。

 朝7時頃まで作業して、さて雪が積ったかなと気合いを入れて外に出たら、あれ〜雪が少ない。
 車の上には1cmくらいしか無い。
 この程度の雪
 強風で飛ばされるのを心配していた解体中の屋根もしっかり残っていた。

 昨日作った非常食のお稲荷さんを食べて、再びパソコンに向かう。
 そして昼過ぎまでパソコンのキィボードを叩いていた。
 腰も痛くなってきた。

 そこにY子さんがやってきた。
 今日の健康サロンin明和園のクリスマス会が悪天候で中止になった。
 既に購入してしまった物は返せないからとケーキを持って来た。
 久ぶりのケーキを3個貰った。
 そしてミカンは3箱購入したそうなので1箱は買い取った。

 午後から、温泉「なごみの湯」に行く。
 今日は空いているかと思ったが何と全く変わらない。
 時間は十分あるのでのんびり入る。
 ここの風呂のジェットバスは6個付いている。
 私は一番窓側に入っていた。
 すると一番端の男性が来て、私の側にある手拭いを持って行こうとした。
 「それ私のですよ」と言ったら、私のは何処だ?
 おじさんのは自分の直ぐ傍にあるでしょう。
 あ〜そうだと自分のを持って行った。

 帰って来てストーブを炊いてのんびり。
 今日は鍋料理でもするか。
12月16日(火)超大荒れの天気が来る
 何か凄い天候になりそうだと、TVで放映している。
 今日は気温が高く雨になりそうで、夜は相当量の雨が降る予想だ。
 風も強くなりそうだ。
 まずは解体中の家から薪を集める。
 今日は風呂場の外壁の板を剥がしたり、フリーリング剥がしたりして、2〜3日分の薪は4確保出来た。
 薪のカットは電気鋸が壊れたので、何とかチエンソーでやるが、幅広く切れるので切りくずの発生が大変多いし、切りにくい。
 電気鋸が欲しい所だ。
 外は風が強く寒かったが、午前中掛って何とか予定していた量は確保できた。

 午後から年賀状の印刷や妻に頼まれたパッチワーク素材のコピーなどをする。
 今回の大荒れの天気で心配なのは、停電くらいだろう。
 食料さえ確保できればいい。
 以前買った稲荷の皮があったので作る事にする。
 スーパーラルズの前に来たら車がびっしりだ。
 サツドラに行くのを止めてラルズに入る。
 なるほど大売り出し手50円品が多くあった。
 リンゴ一個を購入、他に寿司酢とひじきを購入。
 
 まずは米2号を炊く。
 これは大きい釜が無いので自動炊飯器で焚く。
 ひじきを水で暫らく置いて、ニンジンもあったので細く切って入れる。
 その間にキンピラごぼうを作る。
 キンピラごぼう
 これもいもうマイメニューだ。
 
 昼食はさつまいもをストーブに入れ焼く。
 他にジャガイモを煮る。
 じゃがいも
 ほかほかのイモ類を食べる。
 ジャガイモにはバターを乗せたいのだが無いのでバター風味のマーガリンになった。
 
 お稲荷さんは2合の米にひじきと人参を入れて炊飯する。
 出来た所に寿司酢をいれる。
 酢が大さじ2杯、砂糖が大さじ2杯、塩小さじ半分にした。
 結局12個完成した。
 お稲荷さん

 大荒れの天気の準備をする。
 停電になっても薪ストーブで暖房はOKだし、電気はヘッドランプや自転車用ライトが沢山ある。
 モバイルバッテリーも充電したのでTVはタブレットでフルセグが見られる。
 炊事用のバーナーは3個はあるので、これも心配ない。
 寒かったら寝袋はまだ3個くらいはあるし、冬用もまだ今年は使っていない。
 今の所3シーズン寝袋と毛布&布団でぽかぽかだ。
 おまけに解体中なのでヘルメットもある。
 心配なのが強風で解体中の家に影響が無い様に祈るばかりだ。

 明日はお年寄りの会、「健康サロンin明和園」の例会でクリスマス会をやる。
 私はイカ踊りの指導とクリスマスソングの音楽担当をする。
 youtubeからタブレットに無料ダウンロードし、HDMIを通じてTVに映像と音声を写す。
 でも明日は大荒れになる。お年寄りの方は来るのかな?
12月15日(日)函館山
 Sさんが函館山の旧道を歩きたいと言うので今日行く事になった。

 前半は函館山旧三十三観音コースを歩いて、後半は薬師山から愛宕社まで下る事にした。
 車を称名時の中に入れ断ってから出発。
 観音コースから歩く。
 ここは一般遊歩道なので何度も歩いている道だ。
 暫らく登って、本来の旧道がある筈の所を一緒に探す。
 しかし見つからなかった。
 二十八番観音の手前から右手に入る。
 ここは要塞の施設のある所に行く道だで、この道の途中から左の斜面を登るのだ。
 でもSさんが要塞に行った事が無いと言うので行く事にする。
 最初の要塞施設を見る、
 レンガの間に木が
 レンガの合間に木が埋め込まれている。
 これは何だと考えてみたが分からず。
 更に上の要塞も見に行く。
 これも要塞

 コンクリートの台がある
 こちらは夏に行ったら物凄いブッシュで大変な場所だが、積雪で少しは楽になっていた。
 見学を終えてから旧三十三観音コースに入る。
 ここは50mも行けば登り切って観光道路に出る。
 ここから観音山に登る。
 函館湾が見えた

 観音山の登り

 雪が綺麗

 函館山が見えた
 観光道路から登れば道は付いている。
 そして観音山に着く。
 2番観音辺りにある石
 ここから薬師に向かって、更に函館山に向かう。
 薬師山と函舘景色
 ここで昼食を取る事にする。
 ヨッシーさんのヨットも見えた
 山からヨッシーさんのヨットも見えた。
 鹿児島を出発して函館で冬に入ったので係留している。
 春になったらまた出発して日本一周する。
 私は函館の管理人だが・・・。
 売店に行ってパンでも買おうとなったがパンは無かった。
 どら焼きがあったので2個買って朝食。
 観光客は少ないが、観音の清掃をしているボランティアの方が手に手にスコップを持ってやってきた。
 毎月15日に観音を清掃し、雪を払ったりしている。
 函館山からは旧観音コースを通ってもみじ山に行く。
 ここにも要塞がある。
 もみじ山の要塞


 少し見て水元山に向かう。
 寒川海岸

 水元山への道

 水元山下
 裾をぐるっとまいて、登山道路に出て今度は姫塚に行く。
 南部藩姫塚 
 これで今日の三十三観音コース巡りは終了。

 今度は薬師山に行き、ここから愛宕社跡まで下る。
 古図にある様にジグザグの道が今も残っているのが嬉しい。
 下って今日の山歩きを終えた。
 称名寺まで歩いた。
12月14日(土)選挙
 薪が無くなったので、朝早くからフローリングの解体にかかる。
 床はすっかり凍っていた。
 天井が無いから雨が落ちてきてそれが凍るのだ。
 なかなか剥がれない。
 それでも6枚くらいは剥いだ。
 他に薪木を少し集めてから桔梗に行く。
 これをやらないとGHに戻った時に薪が無いのだ。
 一日一日薪集めに費やさなければならない。
 今迄は薪も沢山あったが、もうかなり解体して燃やしたので、薪が少なくなっているのだ。
 後は本体の柱だけだ。
 外壁は燃えないので捨てなくてはならなく薪にはならない。
 
 薪のy用意を終えて、今日は衆議院議員選挙の投票日なので桔梗に行く。
 町内会館が投票場になる。

 桔梗で「セタナ通信」を読み終えてから投票場に行く。
 5分取掛らない。
 入り口にはいつもは無いスロープがある。
 車いすの障害者の為なのだろうが、選挙の時しか出て来ない。
 こんなのがあるんだと思って、そのスロープの上を歩く。
 投票場に入るがまだだれに投票するか決めていない。
 それ程、投票して託すような人がいない。
 国民の義務だからまずは来たと云う感じだ。
 長考の末、投票を終えた。

 夕食は桔梗で食べる。
 肉を焼いてくれた。

 話の中で、電気鋸が故障して修理しようとしたが、配線は問題ないし、スイッチも問題ない。
 残るのは本体のモーター部分だが、ここはばらせない。
 解体した板を切るのにどうしても必要なのいだが、妻は買っても良いのか悪いのか何も返事しない。
 いつもの事だが、厭になってしまう。

 この電気鋸も自分の小遣いで買ったものでそれを解体に使って壊れたのだから返して欲しいくらいだ。
 チエンソーが壊れた時も同じ。
 この時は知人のSさんから頂いたので何とか間に合っている。
 今回も待てと言うのか。
 でも家の解体って金を掛けないで出来るの?。
12月13日(金)今日も寒い
 寒気が来ているので寒い毎日だ。
 GH[自遊旅]は特に台所の窓ガラスの隙間から風が入り外と変わらないくらいだ。
 早く隙間テープでも張れば良いのにまだやらないでいる。
 ナイナス6度くらいになっているので水道は凍りそうだ。
 
 薪ストーブを焚けば直ぐに暖かくなるが、朝起きた時はかなり寒い。
 ストーブに火を付け燃えるまでの間が大変だ。
 そんな寒さにも馴れて来て日常なので何とも思わなくなってきた。
 ますます寒さに強くなるのかも。
 
 今日も午前中かた午後にかけて家の解体をする。
 薪がどんどん無くなるのだ。
 このままだと燃料不足になって来る。
 プラ箱で3箱を確保して終了。
 まだまだ追われる生活だ。

 あっという間に午後3時になる。
 GHに入って赤々とストーブを炊いて本を読んだり、資料を調べたりする。
 夕食を食べて、布団に入るのは6時頃になった。
 寝るのではない。
 布団に入れば数分で暖かくなる。
 そこで本を読んだり、タブレットでTVを見たりしている。
 一人で起きて居間にいる必要を感じないのだ。
 お陰でゆったり本を読める。
 そして9時から10時には寝てしまう。
 このパターンが定着して来た。

 それが今読んでいる「セタナ通信」の本も同じ様な事が書いてある。
 札幌から瀬棚に移住したバツ一の女性の話しなのだが、近所の一人暮らしのお爺ちゃんは、夕方5時か6時には布団に入るそうだ。
 何となくその気持ちが分かる
12月12日(金)色々
 寒い朝だが布団から出ないで本を読んでいた。
 居間の薪ストーブを炊く事もしないで読んで居た。
 部屋は寒いのだが、布団の中はポッカポッカなのだ。
 昨日から読んでいる本は「エベレスト登頂請負い業」だ。
 執者はエベレストに登る隊の支援や映像撮影をしている方だ。
 我々が良く凄い山を登っている隊や登山者を上から撮ったりしている映像を見る事がある。
 喘いで登る登山の上から撮っているこの人って凄いなと思っていた。
 その方なのだ。
 名前は村口徳行と言って世界の山は殆ど登って撮影している。
 今回読んだのは、「三国友好登山隊」「野口健の場合」「渡邊玉枝の場合」「三浦雄一郎の場合」の3通りのエベレスト登山同行記になる。
 びっくりしたのは彼が材料の手配、食料の手配やシェルパの手配まで全てやっているのだ。
 そしてルート工作も彼の依頼したシェルパがやる。
 登山隊はただ登れば良いだけなのだ。
 「野口健の場合」が彼らしい。
 どの様に登るかのスケジュールが無いのだ。
 高所に馴れるために何度も登ったり降りたりして身体をならすのだが、その計画が全く無い。
 こんな登山家は始めてだったようだ。
 最初は登頂に失敗している。
 その後は清掃登山などをしているが、エベレストに登ったのは3回目くらいだった。
 清掃の他に死者の遺体も岩の陰に隠して弔ったりしていたそうだ。
 なにしろ遭難死した遺体がごろごろ転がっているそうだ。

 渡邊さんは63歳で登った女性だ。
 女性最高齢の登山だ。
 この人はほおっておいても安全に歩ける人だったそうだ。
 まるで緊張感が無く、エベレスト登頂が当たり前のようにリラックスしている。
 まるで八ヶ岳に登る感覚だそうだ。
 酸素マスクを外した方が楽だと言うほど。
 結局難なく登ってしまった。
 これが世界新記録なのである。

 三浦雄一郎さんは、やはり気力が充実していたそうだ。
 彼は70歳での登頂だ。
 天気が悪くて今日登れなければ最終日になる日だった。
 もしアタックがかけられなければ、一度c2まで下りて態勢を立て直して又来たいがどうだろうかと言ったそうだ。
 これはあり得ない事だった。
 高所に長く居て酸素ボンベの量や食料も少なく、下手したら遭難する状況でそう言う事を言う。
 「まじか!恐ろしい事を考える人だな」と思ったそうだ。
 
 それぞれの登山家の行動が凄く面白い。
 今日も続きを読む。

 午前中はマイナスの気温の中解体中の家のごみ処理をする。
 終わって図書館に行って執筆作業。
 はかどった。
 夕方温泉「なごみの湯」でのんびり。
 
 夕食は鍋にするのですり身と豆腐を買った。
 白菜は妻から貰った。
 






12月11日(木)図書館で一日
 今日は天気も悪いし、外を徘徊する訳にはいかない。
 そこで朝から図書館に行く。
 返す本があるのと、執筆するには集中出来て良い環境だし、暖房費も掛らない。
 こんな良い所は無い。
 コーヒでも飲めるところがあれば尚良いのだが・・・。
 朝から7時間パソコンに向かい、かなりの執筆が出来た。
 何を執筆しているかと云う事なのだが、下二股台場なのだ。
 数日前に一度は完成してしまいこれでOKとなったのだが、下二股口台場の戦いの状況を時系列的に書いた物が無いではないか。
 古文書から断片的には分かるが、それを時系列で分かるようにする事が必要ではないかとなった。
 所が古文書には時間や日付がきっちり入っていないものもある。
 それに各隊によりそれぞれの状況が違う事なのだ。
 これを出来るだけ解析して、新政府軍の乙部上陸から、下二股台場撤退までを追う事にした。
 今日でA4で11頁にもなった。
 でも戦いの状況が分かり易くなった。

 帰りにまた本を借りてくる。
 その中に故原田康子さんが書いた北海道の食事があった。
 今日の本

 佐々木さんのお父さん

 親戚も名が載る
 昭和63年発行のものだが、この中で松前の料理は原口の佐々木さんの弟さんのおばあちゃんに聞いて書いたものだ。
 1ヶ月寝泊まりして料理を作りレシピに纏めたのだ。
 一度読みたいと思っていたが、今日偶然に目にした。


12月10日(水)GHに戻る
 昨日は桔梗に泊まり、今朝はGH「自遊旅」に戻る。
 火を炊く間もなく、原口から出てきている佐々木氏の所に行く。
 来年の殿さまウォークの話しを少しする。
 来年は郵政関係のOB会も支援してくれるそうだ。
 そして開催は春の桜の時期にやりたいようだ。
 また今後も話し合いを持つ。
 他に私が製作してあげた佐々木さんの50年誌の出版記念パーティを1月25日にやるそうだ。
 多くの人が集まりそうだ。
 さらにもう既に出来た年賀状に「松前登城ウォーク」写真を入れたいと言うので引き受ける。
 家に帰ってから製作する。
 写真を入れた

 帰って来てう〜ん薪が無い。
 そこで解体中の家に行き、柱を1本切って来る。
 他にも板や根太を切って来て、2日分くらいは確保した。
 この分だと本体を早く解体しないと薪が間に合わないかも。
 と言うか既に相当解体しているので、柱と家の外張1枚しか無い。
 細かい木が殆ど無くなった。
 と言う事は早く家を解体してしまえば良いと言う事か。
 でも冬は余りやりたくないから3月頃が良いんだけど・・・。
 考え中。

 午後から資料作り。
 下二股台場の本がどんどん内容充実してきて、130ページ位になりそうな勢い。
 今は戦いの経過を書いているが、古文書が多いのと総て、時間を書いていないので、時間軸がはっきり書けない。
 そこに時間が掛っている。

 夕食は昨日の旅人からのプレゼントの福岡の水炊きに、ご飯を入れておじやにした。
 それに娘が牡蠣を送って来たので、妻から半分貰った。
 早速牡蠣の調理をする。
 殻は固いので無理して開けられない。
 貝柱の位置目掛けて徐々にナイフを入れでこりこりやるとその内に貝柱が切れてパクッと開く。
 貝柱目掛けて

 ぱっくり開く
 反対側の貝柱も切って、水で洗ってOKだ。
 反対側の貝柱も切る
 美味しく食べました。

 今日の夕食
 
12月9日(火)庄司山登山
 昨日七飯岳に登山した際、函館のY山岳会のMさんが、会の例会の下見で庄司山に行くと言うので同行する事にした。Mさんとはカタコ山も一緒に登っているし、松前登城ウォークも一緒に歩いているので良く知った仲だ。
 集合場所のホ−ムセンターのホーマックに行ったら来ていた。
 N子さんは昨日も一緒に登ったが、久しぶりであったY子さん来ていた。
 早速大蒜沢コースに向かう。
 途中に車を置いて出発。
 雪は少なさそうなのでスノーシューは持って行かなかった。
 林道をしばらく歩いて、川を渡渉しようとしたら橋が流されて無い。
 橋が無い
 仕方が無く浅いところを歩いて向かいに渡る。
 ここから山道を歩く。
 やがて登りになるが、暖かいので汗が出てくる。
 久ぶりの登山になるY子さんは少し苦しそうだ。
 北側山道は粉雪で急な斜面では良く滑る。
 やがて最初のピークに達する。
 最初のピークに至る

 後続も来た

 頂上はまだだ
 ここからは南斜面の急斜面になるので、雪は溶け気味で春山の様だった。
 最期の登り

 もう少しだ

 この先が頂上
 そして頂上に着く。
 中野ダム

 函舘
 暖かい。
 ここでパフォーマンス。
 暑い!?
 いつも頂上では下着を取り換えセーターを着る。
 これは植村直巳も同じだった。
 その後、紅茶を飲めば全く一緒になる。
 昼食を食べて、Oさんが北面ルートに行きたいと言う。
 そして行く事になった。
 北面ルートの祠



 北面ルート看板
 暫らく行っていないので道は荒れているだろうな。
 尾根をしばらく行ってから、急斜面を下る。
 女性群は面倒になれば得意の尻滑りだ。
 急斜面下り

 尻滑りだ!
 急斜面を下って下のネマガリの群生に入る。
 夏なら苦労してネマガリと戦わなくてはならないが。
 積雪のため、頭は下がっていたので少しは歩きやすい。
 笹藪が延々と・・

 苦労してる
 苦労しながらここを突破する。
 山道は遠回りになるのでショートカットを選ぶ。
 笹藪の先にある杉林を目指す。
 杉林の中は歩きやすい。
 暫らく歩いて、今度は西斜面を一気に下る。
 雪があるので歩きやすい。
 一般山道は大きく外回りするのだが、ここの斜面を下まで下れば道に出合う筈だ。
 しばらく下って平坦地に予定通り道が出てきた。
 下の道から庄司山
 後はこのまま進めば、登山口に至る。
 予定通り付いて登山届に記載して、車まで戻る。
 登山届に記帳
 天気も良かったので良い山行だった。

 夕方桔梗に寄る。
 旅人から九州の名物の水炊きセットが贈られて来たので一緒に食べる。
 鳥肉とすり身が美味しかった。
12月8日(月)七飯岳登山
 山の案内を頼まれる。
 七飯岳には久しく行って無いので行く事になった。
 いつもは藪漕ぎが多いのだが、たまには良い道を歩きたいと言う事で、車道を歩いてから城岱牧場を通って、頂上直下を真っ直ぐに登ろうとなった。
 車道は雪も少なく快適だ。
 話をしながらのんびりと歩くが、やはり距離は長い。
 途中でたまらずショートカットする。
 ショートカット
 またもや藪漕ぎだ。
 ようやく車道に出て再び歩く。
 高圧線作業道
 ようやく牧場の入り口に着く。
 雪は30cm位。
 スノーシューは下が余りにも雪が少ないので置いてきた。
 牧場の建物のかなり手前から、放牧場を横切ってショートカット。
 牧場

 牧場

 函館山遠望

 当別丸山
 再び作業道を登って、適当な所から頂上目掛けて直登する。
 暫らく登ったら、右手に足跡が見える。
 行って見たら、3〜4人が登って降りた様な足跡だ。
 最期の登り
 今迄深い雪の中を歩いたのだが、ここで一気に楽になった。
 足跡が付いている

 もう一息

 頂上手前
 やがて頂上に到着。
 駒ケ岳、横津岳がはっきり見えた。
 頂上

 着替えの間に1枚
 朝食を食べてから下るが、今度は城岱スカイラインの入り口に至る道を下る事にする。
 下りは矢張り早い。
 あっという間に高度が下がる。
 砕石場
 最期の林道に出て車に到着。
 登りで4時間、下りで2時間の山登りだった。
12月7日(日)再び熊穴に行く
 朝にの気温はかなり低かった様だ。
 エンジンを掛ける際のセルモーターの勢いが無い。
 それでもエンジンは掛ったのでOKだ。
 今日は快晴の天気で青空が広がっている。
 雪に覆われた山々も綺麗だ。
 約束の8時に二股台場に近い駐車場に到着した。
 既に5人のハンターが来ていた。

 最後に谷内田さんがやってきた。
 ここから歩いて行く。
 我々は一般的な道を行くのだが、ハンターの方は近い道を探していた様だ。
 熊を撃った時に降ろすコースも考えなくてはならないのだ。
 如何に楽に降ろすか考えている。
 結局一般コースになった。
 銃を担いだ人が6人も並んで進むと、箱館戦争もこんな感じだったんだなと思う。
 出発

 台場入り口

 鶉山道ピーク

 F-4塹壕へ向かう
 順調に登って熊穴のあるF-4塹壕に到着した。
 穴に着いた
 一人は長い木を切る。
 木を切る
 これは熊穴に入れる時に使う。
 様子見
 雪を少し採って穴を開ける。
 穴を開けた

 覗いて見る
 そして中の様子を伺う。
 段々近づく
 獣の臭いや呼吸音が聞こえるかどうかだ。
 穴を大きく開ける。
 我々は穴の前の直線的な位置に居ないように言われる。
 熊が穴を出たら真っ直ぐに走るそうだ。
 入り口に木を一本立てる。
 もし熊が出てきたら、この木があって出られないと、木を押して出るのでは無く引っ張るそうだ。
 そこを狙って打つそうだ。
 銃をだして穴の上で構える。
 棒を入れる

 どんどん入って行く

 まだ入る
 そして5m程ある棒を穴の中に入れる。
 緊張感が漂う。
 まだまだ

 3mくらい入った
 穴は真っ直ぐ3mくらい入った。
 2畳位の広さがあるようだ。
 ねぐらは90.度曲っている事もあるそうだ。
 棒を左右に振って様子を見る。
 結局反応は無かった。
 私も除く

 かなり奥は深い
 皆なの話を纏めると、熊穴が斜め下に掘っているので春の雪解け水が入るので余り良くない。
 穴の上の土が薄いので、寒い住処になる。
 北側を向いた穴は少ない。
 雪解けが遅いのでお腹が空いてもなかなか出られない。
 一般的には南側に作る。
 そんな事でまだ経験の少ない小熊が掘ったのだろうとなった。
 春になればまた穴の様子を見に来るので注意した方が良いそうだ。

 結局熊を駆除出来なかったが、猟師の世界を見れて、いろいろ話を聞けたので良い経験をした。
 今時期はまだ雪があっても出てくるそうだ。
 笛や鈴は均さない方が良い。
 音で熊が出てくるそうだ。
 あくまでも冬は足跡で状況確認が良いそうだ。
 熊撃ちと登山では考え方が随分違う。
 今回も途中から会話は禁止だった。
 耳元でひそひそ話す事が徹底されていた。
 
 元大野町長の吉田氏もやってきた。
 ここで元の同僚の人と数十年ぶりに会ったそうで喜んでいた。
 ハンターの方に色々と聞いたが、道については詳しい。

 GHに戻って薪作り。
 明日はまた山だ。
12月6日(土)熊穴に行く
 約束の時間に二股台場近くの駐車場に行ったら、もう既にハンターの谷地田さんが来ていた。
 台場入り口まで車で行こうとしたが、雪が深くて入れない。
 再び駐車場に戻って歩いて行く。
 積雪は30cm位で、スノーシューを持って来ていなので結構埋まる。
 普段なら15分で行けるところを20分くらいかかって到着。
 ここから更に道なき道を歩いて行くが、雪は膝上までになった。
 途中で熊に除けの鈴は取ってと言われた。
 熊が逃げると困るのでと言う事だった。
 我々は熊が逃げるようにするのが鉄則だが、熊撃ちは逆だ。
 声も出さない様に静かに穴に向かう。
 木を折っても駄目だそうだ。
 熊は耳が良いので直ぐに築かれるそうだ。
 ようやく熊の穴に着いた。
 やはり雪で埋まっていたが、穴の場所が僅かの窪みがある。
 これは熊が呼吸しているので、雪が溶けているそうだ。
 一応確認したので明日、ハンターを増やして本格的な駆除を行う事になった。
 
 熊の取り方は、穴の前に杭を2本立てるそうだ。
 そして棒で熊を突く。
 すると今時の熊は冬眠に入ったばかりだから、直ぐに起きて来る。
 熊は杭を見て、外に飛び出すのではなく、杭を中に引っ張ると言う習性があるそうだ。
 その動きをするために穴の外に近い部分に頭が来るのでそれを撃つそうだ。
 弾は散弾銃なので、至近距離なら必ず当たるそうだ。

 明日はどうする?
 と気かれたので、やはり興味が先に立って、来ますと言ってしまった。
 山で熊に逢いたいとは普段思わないが、ハンターもいるので他の世界を除いて見たくなった。
 写真を取ろうとしたが、シャッターが下りない。
 寒いからかなと諦めたが、家に帰って来て見たらセルフタイマーになっていた。
 マニュアル撮影で設定したデーターはそのままになっているのだった。
 オートでやれば電源を切る度にレセットされる。
 明日はしっかり動画を撮ろう。
12月5日(金)熊穴行き決定
 昨日の夕方、大野のハンターから電話が来て、熊穴の様子を見に行くが場所が分からないと言う。
 そこで私が案内して行く事になった。
 二股台場の案内は何度も行っているが、熊穴案内は初めてだ。
 どうなるのか分からないが、ハンターがいるので大丈夫だろう。
 明日午後から行く事に決定。

 午前中は山用のフロンとバッグを加工する。
 以前使っていたのは有ったが、タブレットの収納が上手くいかないので、タブレットはザックに閉まって山に登っていたが、見るのにいちいち出さなければならず不便だった。
 パソコンコーナーでバッグを購入して改造する。
 山で私が必要なのは、タブレットでGPSと地図を見る事、紙の地図の入れる場所、記録する紙の奥場所、鉛筆類を入れる場所、それの予備のモバイルバッテリーを置くと要求は多い。
 それを午前中掛って行った。
 下はバッグの全体だが、固定用の金具は最初は付いて居なかった。

 ザックのショルダーに泊めるのは、釣りズボン用の金具。
 これを2個付けた。

 ふらふらすると厭なので、下のザックのベルトに固定する金具も付けた。

 タブレット格納用のゴムを付けた。

 タブレットを入れればこの様になる。

 紙地図を入れる透明のビニールケースを付けた。

 調査で記録する事が多いのでバインダーを付けた。

 鉛筆ホルダーも付けた。

 さらにモバイルバッテリーも格納。

 見る時は90°以上開かない様に紐を付けた。

 上から見た所。

 これで使い勝手は良くなるだろう。

 昼に東京の土方ファンのHoさんが来たので、土方組のSiさんと3人で話す。
 そう言えば今日は土方が鷲ノ木を出発した日で、6日の夜は鹿部に泊まった。
 それに合わせてやって来るので相当な土方ファンだ。
 明日も一人来るそうで、土方ファンは毎年節目の日には何かやっている。
 話した後、碧血碑に行く。
 今月の「歴史人」に載った写真の碧血碑が、高い位置から撮っているので、裏山に登ったがかなり高い位置から撮っ
 ているのが分かった。
 山に登って撮った
 植林された杉が邪魔で写真が撮れないので、杉が植林する前に撮った写真だと分かった。
 明治の8年に碧血碑を建てたので、その後、間もなく撮ったようだ。

 午後から桔梗に行く。
 明日の熊穴ガイドがあるので現場に桔梗に来た。
12月4日(木)ぶんぽ研例会
 恒例のぶんぽ研例会の日。
 大野方面は随分雪が降った。
 15cm位降ったのだろうか。
 いつもの会長の報告があった。
 特にそれほどの内容は無かった。
 興味あったのはO氏が紹介した五稜郭の文化価値を考える会の第2回講演で「戸切地陣屋と五稜郭」が12月6日に函館中央図書館行われる。
 戸切地陣屋については今迄聞いた事が無かったので興味がある。
 行って見よう。

 例会が終わり資料を新しく出来た資料館に運ぶ。
 そこで会長が教育委員会に熊穴がある話をした。
 そうしたら、詳しく教えて欲しいとなり、担当者と打ち合わせ。
 下二股口台場は一般の人も行くので近くに熊穴があるのは問題だと言う事になった。
 ハンターを派遣するが、今が良いのか春になった方が良いのかはハンターと相談する事になった。
 資料館の年代物の自転車

 湯沸かしが欲しいな
 桔梗に戻って、親戚他に贈答用品を送る事になった。
 いつもの事なのだが、上磯ダイエーに行く。
 品物を決めて発送手続きをしようとしたら、妻がダイエーカードを持っていないと言う。
 そうなれば10.%OFFが効かない。
 これは大きい。
 今日は諦めて帰る。

 GHに戻り解体している家の整理と解体を行う。
 長い一日だった。
12月3日(水)健康サロンin明和園
 恒例の健康サロンin明和園の日。
 訃報が当てN子さんが亡くなった。
 数カ月前までは元気だったが、少し顔を見せないなと思ったら亡くなっていた。
 高齢になるといつぱったり行くかは全く分からない。
 皆で黙とうをする。

 今日はK整骨院の先生によるテラゴムによる運動だった。
 結構伸びのあるゴムテープを使ってやるのだが、軽くも重くも負荷をかけられる。
 自分に合った負荷を掛けられるので、この運動は良い。



 今迄簡単な運動ばかりで飽きていた。
 昼食を食べて、妻と桔梗に行く。


 明日はぶんぽ研があるので少しでも近い方に行っておく。
 温泉「花の湯」に行く事になり、行く途中でツルハドラッグで剃刀を買ったのだが、本コーナーに「歴史人」が置いてあった。
 見たら戊辰戦争が特集で載っていた。
 これは買わなくては・・特に使用兵器が詳しく分からなかったので良かった。





 1時間のんびり入浴して帰宅。
 夕食は久しぶりに近くの回転寿司に行った。
 1人生活していればやはり単調な食事になるので、たまに外食するのは良い。
 9時にはTVも飽きたので、布団に入って歴史書を読む。
12月2日(火)悪天候
 強風、低温と相当の悪天候なので今日は家に居る事にする。
 さてそろそろ年賀状の事も考えなくてはならない。
 その時、思い出した!
 昨年パソコンがトラぶったというか、Cデスクが満杯になってPCがフリーズした。
 空いているDデスクに移す事も考えたが、パーテーションの仕切りを取らなくてはならない。
 でももし失敗すればデータが失われるので冒険は出来ない。
 そこで、容量が大きくて余り使わない、ソフトウェア―を削除した。
 その中に年賀状ソフトが入っていた。
 年賀状は宛名書きにしか使っていないが、購買したソフトは裏面デザインやクリップアートなど沢山あり容量が大きい。
 そこでデリートする事にした。
 後で宛名だけのソフトを入れれば良いとその時はなった。
 それをすっかり忘れていた。

 そこで今回、窓の杜からから無料ソフトをダウンロードした。
 そして宛名入力をした。
 今のソフトは郵便番号を入れれば住所の90%くらい出てくるので簡単に出来る。
 3時間くらいでデータ130件を入れた。
 
 午後からは資料作りで過ごし。
 「土方歳三 蝦夷の道 バックパッキング」も終わり、「下二股口台場」も本形式でB4判100ページにほぼ纏めたし、新たな資料作りをする。
 「函館山旧33観音」を再度調べ直している。
 新たな事実が見つかったので、さらに内容充実して行く。
 現在の観音コースは当初からある参拝コースに加え、途中から愛宕山から登るコースと合わせた物と分かった。
 28番観音までは旧33観音コースで、旧コースはここから観音山に真っ直ぐに登る。
 現在の観音コースは28番から観光道路に出て、観音山の東裾野を回る。
 この道は愛宕山からのコースになる。
 観音山の直登はきついので、後年に遊歩道として変えたのだろう。

 夕方から完成した「土方歳三 蝦夷の道 バックパッキング」を3冊製本する。
 5日に東京から来る土方ファンへのお土産にする。
 いつも皆さんから貰う方が多いので、少しでもこんな形で返したい。
 完成した

12月1日(月)色々有った
 今日は七面山に行くことにする。
 古地図には出ているが函館市史をみても詳しい事は全く書いていない。
 古図には有るが
 昔は外国船が入港すると、花見の時期などは芸者を連れて行ったそうだ。
 頂上には茶屋があったり、面角堂などがあったそうだ。
 家から出たらお〜強風だ!
 車で山上大神宮まで行く。
 地図では神宮の右手を真っ直ぐに登るのだが、正面には鳥居が有って神宮が建っている。
 ここが当時の道になるのだが
 仕方が無く右手の草むらに入ると道が有った。
 道は有ったが・・
 しかしこの道は現在の観音コースに出てしまった。
 夜泣き石に出た
 ここに31番観音があったので先日発見した石と再び比べて見ると、正面の縁が一段と高くなっている所が非常に似ている。
 31番観音

 後部

 先日の物
 他を探したが道は見つからない。
 地形は残っている筈なので再び探索だ。
 帰りは道なりに来たら、実行寺の墓に来た。
 ふと見たら柳川家の墓が有った。
 柳川家墓

 熊吉が最初だ
 柳川と言うば柳川熊吉だ。
 五稜郭建築の際来た侠客で、箱館戦争で敗れた旧幕府軍の遺体が市中に散乱していたのを、実行事の住職と一緒に回収した方なのだ。
 柳川鍋を作りのが上手で榎本武揚に何度も作って喜ばれた。
 それで名前を柳川に変えたのだ。
 墓誌を見たら柳川熊吉が最初になっていた。
 ここに有るのは知らなかった。
 実行寺の七面山の碑があるので行って見たが、何も書いて居なかった。
 立派な石だ

 ここにも有る
 今日は成果が無かった。

 家に帰って解体している家に有る燃えるごみを捨てに行く。
 明日から大雨と強風なので早く処理しなくては。
 車に満載して近くの処理場に持って行く。
 259円なり。

 その後は買い物をする。
 コジマ電機でアマゾンで買おうかなと思っていたバッグが有った。
 値段はアマゾンとそう変わらない。
 手間を考えれば地元で買った方が楽だ。
 山に行った時に、タブレットで地形図やログを見るのだが、いちいち取りだすのは大変なのだ。
 90度開くバッグに入れて見る時はぱかっと開けて見れれば良いと考えていた。
 早速購入し、帰りに100均に寄ってゴム紐と丸紐を買う。
 これを購入

 ゴムひもを付ける

 タブレットを入れる
 
 夕食の時間になったのでキンピラごぼうを作る。
 丁度赤唐辛子を貰ったし、ごぼうも貰ってあったので、ニンジンだけを購入した。
 出来栄えはバッチリでピリッと辛しが効いて美味しかった。
 明日は真冬並みの寒気が入る。
 薪ストーブの燃料は十分確保した。
 何時でも来い!
 HP TOP