1月31日(金)石油タンク廃棄
 29日の夜は寒くて寝られず、我慢して夜明けを待った。
 温泉に入った後、仕事に夢中になっていたら、ストーブが消えていた。
 寒気を感じて布団に入ったのだが、体は暖かくならなかった。
 風邪を引いたかなと思ってしまった。
 妻に話したらその夜は寒かったよと言う。
 そうだったのか・・それなら寝袋に毛布1枚だと寒いかも。
 そこで昨日は掛け布団を用意して寝た。
 夕食も豚ステーキにして栄養を付けた。
 9時頃寝たが暖かくて朝の6時まで9時間寝てしまった。
 寝不足もすっかり解消し快調だった。

 今日の午前中は「江差山道」について執筆をした。
 なかなか難問だった、江差山道も古文書を解析している内に、徐々に内容が分かって来た。
 非常に面白くなってきた。
 これを1冊に纏めるのが、これからの当面の仕事になる。

 昼食もまだあった豚肉をステーキにしたので、体力は大丈夫だ。
 午後からホームタンクを捨てに行く。
 クロダリサイクルに行ったのだが、昼は休みだった。
 妻の居る家で一休み。
 コーヒーを飲んでからクロダに行き売却する。
 帰り道リサイクルショップに行く。
 ヘルメットがバイクのだと重いので作業がしにくいので、あまり行った事のないリサイクルショップに行ったら、新品の平成24製のものが980円で売っていた。
 2000円から3000円はするので安かった。
 これを買った
 これで家の解体もやり易い。
1月30日(木)石油タンク撤去
 朝から雨が降っている。
 今日はY子さんに、娘の家の石油ホームタンクの撤去を頼まれている。
 10時に旦那さんと一緒にやって来た。
 近くに住む娘さんの家に行く。
 家は昨年全室集中暖房にしたので、石油タンクが不要になったのだ
 雨の中撤去を行う。
 このタンクを撤去する

 ばらして表まで運んだ
 一度やった経験があるので簡単だ。
 タンクを解体して3人で雪の中を引っ張って私の車に積んだ。
 マイカーに積む
 後はリサイクルセンターに鉄クズとして売る。
 お礼にと昼ごはんをご馳走になった。
 丸吉というお蕎麦屋さんだが、最近は全く行っていない。
 親子なんばんそばを頼んだ。
 何か久ぶりのそばだったので美味しかった。

 午後から家の解体をする。
 昨日は大事な?顔を負傷したので、妻からヘルメットをかぶりなさいと言われた。
 工事用のヘルメットは無いと言ったら、バイク用のヘルメットにすればと言われて付けたが重い。
 やはり工事用のヘルメットが欲しい。
 安いのは1500円位なんだけどな。
 今日で妻の14畳の部屋の内壁は全部解体した。
 今日はこの壁を解体する

 仕事は早くなった

 今日はヘルメットを装着
 ついでに天井板を取って、屋根裏を見る。
 ここが一番の心配で、もしも高かったら屋根のトタンを剥がす作業が大変になる。
 さらに高所恐怖症の私には厳しい。
 天井を剥いで屋根裏を見たら2Fの天井から2mも無い距離だった。
 これなら天井の一部を取れば屋根のトタンは剥がせそうだ。
 梁には棟上げ式の札が見える。
 屋根は高くは無かった。
 これなら、長いはしごで怖くなく作業が出来そうだ。
 今日の仕事はこれでお終い。
1月29日(水)健康サロン
 今日は健康サロン。
 8時50分着の電車で来る妻を迎えに行って、一緒にGHで一休み。
 今日の健康サロンの体育指導は東さんだった。
 昔、女子サッカーをしていたので、彼女のストレッチが一番厳しい。
 それでもお年寄り相手なので知れている。
 汗もかかないで終了したが、普段伸ばした事のない部位が一杯伸ばせるので、良い運動にはなる。
 終わった後、次回の運動会の打ち合わせだが、以前と同じで新鮮さは無い。
 楽しみの昼食は筑前煮風とサラダ。
 暫らく野菜は取っていないのでサラダは美味しかった。
 いつも質素な食事なので、きっちり作った食事は凄く美味しく感じる。
 これで350円
 食事後妻を駅まで送る。
 明日は友人2人を加え3人で食事会だそうだ。

 薪が無くなったので午後から昨日剥がした材料を切る。
 外は-3度くらいで風がある分体感温度が低い。
 これで3日分か
 コンテナで4箱作って、老人福祉センターに行く。
 3時半には風呂を出なくてはならないがぎりぎりセーフ。
 冷え切った体なので熱くてなかなか入れない。
 頑張って湯船に沈めば体も馴染む。
 塩分の温泉なので湯冷めがしない。

 新聞に同級生が出ていた。
 大門地区で一番古い喫茶店「モーリ」なので、良く新聞や雑誌に出る。

 調度品も昔のまま全く変わっていない。
 古い昭和のイメージが残る。
 この喫茶店のお客さんに幕末ファンがいて、時々資料などを渡している。
 本当に常連の溜まり場だ。
1月28日(火)家解体で痛〜い!
 昨日はコーヒーの飲み過ぎか、3時に目が覚めた。
 トイレを済ませて、又布団に入る。
 スマホのNHKラジオをかけると、毎日歌謡曲を放送している。
 懐かしい曲ばかりなのでぴったり合う。
 お年寄りは私を含めてこんなに早く起きているんだ。
 ラジオを聞きながら本を読む。
 何と良い時間なのだろう。
 5時には起きて新聞を読みながら薪ストーブで暖まる。
 湯が湧いたらコーヒーを入れる。
 これが大体毎日の行動だ。

 午前中は雨だったので何処にも行かず家の解体。
 バリバリ板を剥がして行く。
 今日はこの壁を剥がす
 板が無くなったら、板を止めているタル木をばらす。
 順調に行ったのだが、最後に長い角材がなかなか取れず思い切りバリで起こしたら、一気に取れて顔面直撃。
 順調にばらした

 ここにもごまかし施工
 眼鏡は何処かに飛んで行った。
 手を当てたら血が流れていた。
 痛かった!
 戻って消毒してカットバンを張る。
 眼鏡のレンズを入れて、つるをニッパで直したら何とか元に戻った。

 今日はこれでお終いにした。
 そして老人福祉センターの無料温泉に行く。
 老人福祉センター
 空いていてのんびり入れた。
1月27日(月)車のランプ交換
 朝珍しく寒くて目が覚めた。
 1枚着こんで布団に入り、もう寝付けないから古文書を読む。
 2時間たっぷり読んで布団から出る。

 今日は車のブレーキランプを交換する。
 23日にランプが切れていると言われ直そうとしたが、あれ〜! ランプカバーを外すのはどうやるの?
 一般的な車は簡単なのだが、モビリオスパイクはバンパーにランプが付いている。
 バンパーも一緒に外すのか迷った。
 バンパーも外すのは大変だ。
 多分ネジが錆びている筈だ。
 室内の後部から出来ないか見たがこれも無理。
 結局昨日気が付いた。
 球切れだ

 このプラスチックを外す
 左右のランプホルダーの間にプラスチックの飾りがある。
 簡単に外れた
 これを外すとランプホルダー取り外しのビスが出てくる仕組みだった。
 早速ホームセンターに行く。
 ホームセンターのおばちゃんにまだ引っ越しして居ないのと言われた。
 妻はもう引っ越したよ言って、ランプコーナーで購入。
 385円で2個入っていた。
 2個入っている
 片方が切れればもう間もなくもう一方も切れるだろうから両方を取り変えた。
 どうせ保管していても、球が切れた時は結局何処にしまったか分からなくなる。
 30分くらいで終了した。
 完成だ

 午後から家の解体をする。
 もう薪が無くなった。
 今迄で一番丈夫な柱を取る。
 点窓のある太い木を外す

 綺麗に撮れた
 さすがにバリでは取れず、チエンソーで切って取った。
 かなり太い木なので良い薪になる。
 結局コンテナに5個薪が出来た。
 暫らく大丈夫だ。

 孫達が着た1月の連休に桔梗に戻った際に、水道が凍結したままだった。
 最近の暖かさでようやくトイレの水が元栓からタンクまで出た。
 タンクからトイレまではまだ凍っているが便器から外には流れる。
 そこでホースを1m買って来て、トイレの給水口に付けた。
 ホースで流せる
 これでトイレが使えるようになる。
 水も出たので夜間や容器に水を入れストーブで湯を沸かす。
 湧いたら溶かすぞ!
 この湯を入れれば完璧に溶けるだろうだろう。
 トイレに遠くまで行く必要が無くなり、生活環境が多いに向上した。
1月26日(日)色々と完成した
 今朝の気温は6度であった。
 私の部屋にしてはかなり暖かい。
 朝5時から佐々木さんの本の製作を行って、一応完成した。
 ようやく完成した
 後は彼に最終的に見て貰い、製本すればOKだ。
 製本は部数によるが、時間がかかりそうだ。
 50部だとも言っていた。
 関係者に仮印刷したのを見せたら、皆さんが欲しいので多く製作してくれとの事だった。
 電話が自動交換機に変わった時の、ドラマチックな内容は確かに面白い。
 当時勤務していて執筆した方や関係者全員に配るそうだが、喜ばれて良かった。

 続いては「下二股口台場調査報告」の注文が来た。
 先日「函館碧血会」だよりに掲載され、事務局が私の記事の最後に、希望者には分けて上げますと書いてくれた。
 そうしたら直ぐに東京都日野市の「土方歳三資料館」館長、土方愛さんから電話が来た。
 函館の事務局の関さんから、だよりと一緒に私の書いた「下二股口台場調査報告書」を受け取ったそうだ。
 土方愛さんは土方歳三の末裔である。
 名前は知っているが話すのは初めてだ。
 報告書は大変な労作と評価され、興味深く拝読したそうだ。
 また先祖の歩いた道にも興味があるそうだ。
 資料はさらに追加で3部欲しいそうなので印刷した。
 この資料は意外と人気だ
 北斗市の私の講演会にも行きたいと言ったが、冬なので講演を聞いても、その後台場には行けないので、又の機会にしたらと話した。
 かなり積極的な人らしい。

 その講演会のパワーポイント資料も完成した。
 資料としても残すので1部印刷した。
 100ページを越えた
 何だかんだで一気に出来て先が明るくなった。

 午後から家の解体をした。
 妻の部屋の北側壁

 内張りをばらした

 手抜きだ!

 今更だが断熱材が完全に入っていない手抜き個所などがある。
 やはり立ち会わないと何処かでごまかすのかな?
 汚れたので老人福祉センターの無料温泉に行く。
1月25日(土)佐々木さんと
 昨日は山の帰り妻の住む桔梗町に帰ったがが、着いてからあ〜!、スノーシューを忘れた!!
 山から下りて車を取りに行く時に、面倒だから置いて行った。
 そして3人を乗せて走ったらすっかり忘れて置いたまま帰ってしまった。
 朝の5時過ぎに山に向かうが、道は凍っていてかなり滑る。
 スノーシューは見えない所に置いたので、誰にも見られずあった。
 家に帰ってのんびりする。
 久しぶりだ。
 10時頃土屋ホ―ムが来て、新築の家の細部の手直しをする。
 終わってスキーの話しをする。
 土屋ホームには、葛西と伊藤の二人のソチ五輪代表がいる。
 しばし盛りあがって話しをする。
 
 GHに帰ってから、佐々木氏の家に行く。
 本の恐らく最終打ち合わせだ。
 関係者皆に見せたら、凄い良いものが出来たと喜んでいたそうだ。
 松前町原口の貴重な歴史も含まれているので、多くの関係者にも配ろうとなったようだ。
 部数がかなり増えそうだ。

 今年のイベントとして「上ノ国〜松前までのウォーク」をやろうと提案している。
 佐々木氏が仲介して、松前町や松前観光協会等の関係者と話し合う事になった。
 松前藩始祖の武田信弘をテーマに、松前まで歩くイベントを行う。
 当然当時の旧道を歴史と共に歩くことになる。
 これからプランを作って、実行は花見の時期になるが楽しみだ。
 帰りにせんべいを貰った。
 最近貰いものが多いな。
 好きなせんべいを頂いた

 「函館碧血碑会」だよりに、私の投稿記事が載った。



 新年号に4ページもさいて頂いた。
 写真は1ページを掲載。
 歴史ある会の会報に載せて貰って嬉しい。

 北海おづ新聞夕刊「みなみ風」に高校時代の同級生が載っていた。
 北斗市で行われる合唱劇に出るので練習しているようだ。
 彼とは高校時代の全校合唱コンクールに一緒に出て、2年、3年と優勝した経験がある。
 その後は私は歌っていないが、彼はしっかり続けているのが素晴らしい。

1月24日(金)鏡山登山
 朝のTVの占いは「その行動が回りに不信感を 一歩下がって歩く」
 今日は山に案内する日だが、一歩下がって行く訳には行かない。
 登山口近くになって車を止め、今日の最後の下りは、別な個所に降りられる地形が無いか見ていた。
 そこで見た限りでは今一つ分からない。
 スタート地点に行く。
 コース図

 今日はまだ皆を案内したことの無いコースを行く。
 一般的な登山ならここから30m位北のコースか、1kmくらい南の林道を行く。
 でも何回も行っているので飽きて入る。
 そこで昨年行って良かったコースを行く事にした。
 いきなり右手の斜面を登る。
 新コースの尾根

 道はしっかりしている

 熊も出る場所か?

 まだ続く

 こんなオブジェ

 ピークに着いたらそこからはずっと尾根道を行く。
 今日は気温がプラスになる予報だが、山は雪がちらちら降っていたが風も全く無い。
 尾根の山道らしい良い感じの道をスノーシューを付けて登る。
 かなり登ったところで林道に出る事にする。
 先を更に行けば、木の無い急斜面を登らなくてはならない。
 雪がかなり緩んでいるのでリスクを避けるため、林道に有り少し歩いてから沢筋の道を行く。
 幅が広いので雪崩の心配もない。
 まずは303mのピークに到達。
 ここに要塞の境界石柱がある。
 303m
 何時も見える函館山も全く見えない。
 雪が降っているのと暖かいのでもやっている。
 一度鞍部に下り鏡山に登る。
 いつもは最高の景色なのだが、全く見えない。
 見えにくい

 雪とガスだ

 急いで記念撮影

 もう一枚
 頂上で記念撮影をしてすぐに北側の道を下る。
 風のあたらない場所で昼食をとる。
 そこからは下って行くが順調に下ったのだが、途中で何か歩いた事の無い道になる。
 道は尾根道で良いのだが、方向が違う。
 少ししかしか来ていないので、戻るかどうかなのだが、此処を下れば朝に下山した万太郎沢に出る道になりそうだ。
 万太郎沢に降りれば、スタート地点まで2kmは歩かなくてはならない。
 行きたかったので皆に聞いたら、多分?OKだったので下って行く。
 万太郎沢への下り

 朝に気にしていた道だが、気持ちがその方向に向かわせてしまったのか?
 朝の占いが当ってしまったのか?
 道は尾根道を下って行き、途中からは植林用の道が出来ていた。
 あっという間に着いたが、先には万太郎沢があった。
 万太郎沢に出た
 川は浅くてその向かいには車道が見える。
 川を渡って雪壁を乗り越えて無事車道に着いた。
 良い景色だ
 ここから2kmの平地の車道をひたすら歩く。
 舗装された車道に出て、スノーシューを脱ぐ。
 私はスノーシューを置いて、車に向かう。
 皆は待っていても良いのだが、寒くなるのでゆっくり歩くと言うので、私が先に行って車で迎えに来る。
 車に乗って戻る途中3人を載せて帰宅。
 この時は大変な事に気が付かなかった。
 今日の走行 9.8km 5時間47分でした。
1月23日(木)友人宅でのんびり
 朝からプレゼン資料を作ってほぼ完成した。
 そこで何時もお世話になっている、友人の家に行く。
 先日、臼尻の社長さんから貰った昆布があったのでそれを持っておすそ分けに行く。
 いつもの様に会話が弾み楽しいひと時だ。
 今年の青森ねぶたには、奥さんが函館いか踊りで参加するが、その踊りが終わった後に、サマーキャンプ場を訪れ、夜の海上運航と花火大会も見てキャンプする事になった。
 友人も数人楽しみにしているそうだ。
 帰ろうとしたら、昼ごはん食べてと言われご馳走になる。
 野菜たっぶり入った焼きそばで美味しかった。
 美味しかった
 その後も会話は続き、奥さんが買い物に行っている間も主人と話す。
 昔、同じ会社に居た同士なのである。
 午後3時頃まで5時間近く話して本当に楽しかった。
 帰りにお土産まで貰ってしまった。
 折角お土産を持って行ったのに、貰ってしまった。
 貰ってしまった
 あ〜あ
 明日は山に行くので、準備をして今日はお終い。
 のんびりしよう。
1月22日(水)健康サロン
 今年初めての健康サロンin明和園に行く。
 桔梗から電車で来る妻を迎えに行って、GHで少し暖まり会場に行く。
 今年も宜しくの挨拶で始まる。
 早速Y子さんから長いもを2本貰った。
 妻に一本渡す。
 明日は焼いて食べよう
 会場で「毛利さん瘠せたね」と言われた。
 顔が細くなったと言うが本当?
 確かに良いものは食べていないが、それ程不自由はしていない。
 ストレッチや気功をやって終了。
 楽しみの食事は3色丼だった。
 3色丼は美味しかった
 サバイバル生活なので、何時もより多めによそるのは仕方が無いか。
 野菜不足なのでサラダも十分頂いた。

 妻を駅まで送って行きGHに戻る。
 薪が無くなったので家を解体しなくてはならない。
 気温は低めだが作業すれば暖かくなる。
 妻の部屋だった個所をかなりばらしてしまった。
 妻の部屋の解体開始

 あった言う間に壁が無くなった

 壊すのは簡単だ
 薪がコンテナで4箱溜まった。
 3日は持つだろう。
 その後は講演会のプレゼン資料作りで終わった。
 金曜日に鏡山のガイドが決まった。
 まだ皆が行っていない新しいルートを行こう。
 気温は+4度になりそうだ。
 土曜日は佐々木さんと本の打ち合わせ。
1月21日(火)本の製作など
 今日の北海道新聞の朝刊にシステム開発に5000万円、端末2台で900万円、さらに維持費が本年度だけで100万円投資した、観光情報端末システムが設置された。
 しかし使った方から、地元の人は絶対使わないルートが表示されるそうだ。
 開発業者が東京で地元のことは分からず製作した様だ。

 (青の電車で無く、遠い方の赤のバスルートが出てくる)
 函館市も全くチエックしなかったと言うが、市の検収システムはどうなっているのか不安である。
 会社に居た頃は自分で作った仕様の通り物が出来たか、立ち会いに行って確認して初めて納入になる。
 出来たものをそのまま納入なんて考えられない。
 観光客からスマホの方が良いので必要ないと言われたそうだ。
 情けない。
 スマホを使えないお年寄りに使えと言うのか?
 年寄は遠回りしても構わないのか??
 スマホのマップでルート案内をしたら、コースが3個所も出るし、電車の時間もしっかり出てくる。
 バスで無く電車で出るし、料金も時間も出てくる。
 端末で表示される赤のバスルートは出てこない。
 スマホのマップアプリ
 スマホの方が遥かに進んでいる。
 無駄な投資だ。

 今日は朝から本の製作をしていた。
 お陰で何とか原稿は完成した。
 全部で120ページになった。
 後は校正をして、その後に製本になる。
 もう少しだ。
 後は校正・製本

 残っている仕事は「下二股口台場」の講演用資料だが、80%は出来たので大丈夫だ。
 数日中に決着を付けよう。
 
 本も一段落したので「老人福祉センター」で無料の温泉に入ってくる。
 今日は空いていたのでのんびり入れた。
 休憩室から軽快なルンバのリズムが流れて来たので除いたら、ダンス教室をやっていた。
 踊っているのは女性ばかりだった。
 どこに行っても女性は活発だ。
1月20日(月)本の製作打ち合わせ
 午前中は、先日家を解体した木材の切断を行う。
 取り敢えずコンテナに5個は出来たので、3日分の薪は確保できた。
 でも段々太い木が無くなるので、薪はピンチになりそうだ。
 壁板だとすぐに燃えてしまうので、ストーブに投入するのが面倒だ。
 でもやらなければ駄目だな。
 内装を剥がしたら春まで休むので、オリンピック開催までに終わらせて、その後はテレビに釘づけになろう。

 原口佐々木さんが函館に帰って来た。
 すぐに呼び出しが来て本の製作の打ち合わせ。
 半世紀を綴った本を作っているが、要望がどんどん増えて、今日は過去に彼が執筆した文書を本に採りいれたら、何とそれだけで70ページになってしまった。
 これでは以前に作った物を合わせれば200ページ位になってしまう。
 相当なボリュウムになった。
 彼は費用をあまり掛けたくないようなのだが、これではインク代だけでもかなりかかる。
 再度打ち合わせだな。
 関元原口小学校の校長先生も来ていたので、歴史の話しもして良かった。
 昨日今日と歴史づけになった。
1月19日(日)来客来る
 今日も快晴の天気だが、午前中はプレゼンの資料作りに専念する。
 70%位は出来たかな?
 やっている内にあれもこれもと盛り込むので、どんどん内容が増えて行く。
 そして多分1時間半に納まらなくて、カットするのだろう。
 着々と出来て来た

 午後から来客が来た。
 尾札部のHさんが連れて来たのは、臼尻の造船会社社長のAさんだった。
 以前に私の講演会にも来てくれた。
 今回は私が書いたイザベラバードの旅を中心にした「街道踏破」の本を持って来た。
 読んで面白かったと言ってくれた。
 「難しい言葉を使わないで読みやすく、すぐに入って行けた。」と喜んでいた。
 実際に旅した光景が目に浮かぶそうで、自分も旅した気分になれるそうだ。
 そして今回平凡社から新たに出版される「日本奥地紀行」を購入するそうだ。
 確か3600円位する筈だ。
 難しい言葉は一切使わないで書くのが私の主義なので、その様な書き方が喜ばれて良かった。
 他に女性の方からも全く同じことを言われた事がある。
 
 「二股口台場の調査報告書」についても、何処からか支援をされて調査しているかと聞かれたが、全く個人でやっていますと言ったら感心していた。
 確かにお金はかかるので援助があれば良いのだが、そうなれば自由度も無くなるだろうから今のままで良い。
 結局4時間くらい色々な歴史の事を話したので楽しかった。
 今度、臼尻に来て下さいと言われたので行ってこよう。
 私が「土方歳三蝦夷を歩く」のタイトルで、冬期野宿で箱館戦争の道を踏破した際に臼尻も通ったが、食堂が閉鎖されていてなかなか食事にありつけなかった。
 その事を紀行文に書いたのだが、それを読んで気になっていたそうだ。
 最高の再生機械を供えた、気さくなJAZZ喫茶があるので、是非連れて行きたいと言ってくれた。
 食事も出来るそうだ。
 皆気さくに声をかけてくれるそうで、何か楽しみが増えた。
 お土産に南茅部の昆布を沢山貰った。
 こんなに沢山貰った
 Hさんからは、旧道の資料をまた沢山貰った。
 またまた頂いた
 良くもこんなに資料を持っていると感心する。
 古部山道もこれで完全に分かりそうだ。
1月18日(土)家の解体など
 昨日は妻の居る桔梗の、24時間温々している家で過ごした。
 寝ていても暖かくて快適だ。
 持って行った洗濯もの(GHは水が出ないので・・)を洗濯して貰い、ポリタンクに水を満タンにしてGHに戻る。
 GHの室内は−3度と冷え切っていた。
 どうするか・・薪も無いのでまずは薪作り。
 1時間くらいで3箱は出来た。
 明日お客さんが来るので、薪がないとやばい。
 薪作りも終わったが、ストーブを焚くのも良いが、家の解体をする事にした。
 この方が体が温まって良いだろう。
 今日は洗面台を外し、階段下の物入れと、通路の物入れを総てばらす。
 洗面台もばらした
 仕事をしていればまったく寒くは無い。
 むしろ暖かい。
 バリの使いかとも段々上手くなり、力を入れなくでも簡単にばらせる。
 家に解体は作る事に比べれば、格段に楽に解体出来る。
 1時間くらいであっという間に壊れてしまった。
 ドアも棚も全く無くなった

 これだけ薪が出来たぞ
 タル木も大分集まったので数日は薪には困らないだろう。
 
 桔梗に帰った時、旅人の清田君から手紙が来ていた。
 昨年の12月31日に自転車日本一周を終えて大阪に無事帰った。
 手紙で
 GH「自遊旅」の存在が日本一周で印象的だった事。
 青森ねぶたはやはり日本一の祭りだった事。
 私と青森ねぶたでは10年以上の付き合いのある、やっちゃんと屋久島の宿で一緒になり、仲良くなった事などなど。
 書かれていた。
 彼は礼儀正しかったし、サッカーだ大好きな青年だった。
 今後、新しい自分の道を進むだろうが彼なら大丈夫だ。
 こんな手紙を貰うとまだまだ「自遊旅」もやって行かなくてはと思う。
 去年北海道に遅くまでいて路面凍結で来れなかった妻の好きな里江ちゃんも、今年は北海道入りしたら最初に行くよと連絡が来ている。
 九さんは車で北海道に来ると連絡がある。
 「野宿野郎」編集長のちあきさんも来たいと言っている。
 冒険家安東さんも今年は来たいと言っている。
 皆あつまれ!
 旅は良いな。
 旅人も良い。
 清田君

1月17日(金)石山+300m峰+274峰登山
 朝の気温は−11度を越えて恐らく今季一番の冷え込みだった。
 放射冷却の影響で天気は快晴になった。
 いつものメンバーで山に行く事にする。
 今日は何度か行っている石山だが、オプションで他の峰も登る事にする。
 石崎地主神社の駐車場に車を入れて出発。

 まずは一般登山コースを行く。
 最初の尾根道を行く

 誰かが登っていた
 2日前くらいに誰かがスノーシューで歩いた足跡がある。
 その足跡を辿る。
 尾根道から林道に入るに従って景色が良くなる。
 今日は下北半島が目の前に見える。
 林道からまずは最初のピークに到達。
 最初のピーク

 もう一息
 ここで景色を堪能してから、尾根を歩き石山のピークに到達。
 頂上向かいの山
 次回の為に縦走コースを探して歩く。
 大きな石が多い

 下山はあっという間に最初のピークに到着。
 風も無いのでここで昼食にする。
 良い景色を見ながらの昼食は気持ちが良い。
 気温は−4度くらいなのだが、風は無風に近いし太陽が燦々としているので暖かい。
 食事後下山して途中からコースを変更して林道を下がる。
 もう一つの山を登ろうとなった。
 この山は274mの無名峰だが景色は良い。
 林道を下までおりて再び登る。
 着いたのが274m峰と300m峰の鞍部。
 当初は274m峰に行く予定だったが、私がまだ行っていない300m峰に行きたくなった。
 皆に聞いたらOKという事で、大斜面を登る。
 300m峰への登り

 第一ピークからは尾根道
 山道は予想通り付いていた。
 最初のピークが頂上かなと思ってGPSを見たら、まだ先だった。
 尾根道がさらに続いている。
 木が密集して来た
 そこを進んで最後は道のはっきりしない斜面を真っ直ぐに頂上に向かう。
 雪は30cm位でそう深くは無い。
 そして頂上に着いた。
 景色はそれ程良くは無かったが、石山が別な角度から見えるのが新鮮だ。
 中央が先程の石山

 津軽海峡

 頂上で
 また当別丸山が函館山の上に乗っかっているように見える。
 まるで函館山の一部になっている。
 函館山の中央上に丸山が見える
 この山から更に尾根道が続いており、石山まで縦走出来そうだ。
 次回挑戦とした。
 下りは早い、ジグザグで登って来た大斜面を真っ直ぐに下る。
 足場が安定していて一気に下れた。
 これで下山と思いきや。
 もう一つ274m峰に登っても良いと言う。
 恐るべき体力だ。
 鞍部から登るのでそれ程標高差は無い。
 最初の急斜面を直登すれば、後はなだらかに登って行く。
 274峰最後の登り

 もうすぐ頂上

 青空が鮮やかだ

 全員到達
 最後に道なき尾根を登って頂上に着いた。
 良い景色に皆さん感激だった。
 思わず万歳

 私も1枚

 皆で記念撮影

 良い景色を堪能
 この274m峰は景色が良いのだ。
 写真を沢山撮って下山する。
 最後は車を置いた場所まで杉林の中を突っ切ろうとなった。
 山の頂上から確認して、杉林の切れ目の上と決めた。
 地図上では途中に沢がある。
 沢に着いたら大きな沢だった。
 深い沢の下部
 少しうろうろしたら、獣道があり、細いが歩きやすいにコースをが付いている。
 流石獣だ。
 急斜面を登って到着
 獣道にお世話になりながら、ぴったり駐車場に着いた。
1月16日(木)サバイバル生活
 娘からママ友3人がお父さんのブログを見ることになったと言う。
 でもママさんが関心を持つ内容は有るのかな?
 でも紹介してくれるだけで嬉しい。

 GHでの生活も段々とサバイバルになって来た。
 一番の問題は娘夫婦や孫達が函館に来た時に極寒になったのだが、その時はGHを出て桔梗の家に行っていた。
 GHに帰って来たら水道が凍結して全く出ない。
 溶かす手段は無いので、ポリタンクに入っていた20リットルの水が頼りだ。
 今朝も4時からプレゼンの資料作りを7時まで行った。
 60%は完成した。
 朝食は角パン2枚と枚と目玉焼きとコーヒーにする。
 食料も徐々に少なくなった。
 昼までパソコンに向かい、昼食を探したらパスタが1束あった。
 後はイナバのタイカレーがあった。
 イナバのタイカレ−は抜群

 美味しいパスタが出来た

 パスタを茹でて、暖かくしたタイカレーをかけたらこれが抜群に美味しい!
 絶対お勧めだ。
 ついでに夕食の準備もする事にした。
 貰ったジャガイモがまだ沢山ある。
 しかし泥つきの芋なので洗わなくてはならない。
 水が勿体ない。
 そこで外に沢山ある雪を鍋に入れて湯を沸かす。

 雪は融ければ体積は10分の1位にしかならない。
 根気よく続け芋を洗う湯が出来た。
 芋の皮を向いて夕食の準備。
 今日は最後の鮭の冷凍切り身と玉ねぎを加え煮よう。
 味付けは昆布館の「味きらく」にする。

 風呂も入らなくてはならない。
 久しぶりに湯の川の老人福祉センターに行く。
 センター長は元の会社の仲間だったが、市役所から指定管理者に変わっていた。
 前のカードが使えず新規に発行して貰った。
 天候は吹雪だったが沢山の人が来ていた。
 温泉は42度で丁度暖まる温度だ。
 湯川温泉と同じ塩化ナトリウムなので体が芯から温まる。
 これが無料何て嬉しい。

 家に帰って来たら友人のFさんから、歴史好きの方を紹介された。
 温泉で出合って私の話しになったらしい。
 その方から電話が来て、私の書いた本が欲しいと言う。
 その内にお渡ししますで今日は終わった。

 19日にも尾札部のHさんの友人が、二股台場の事で話しを聞きたいとGHに訪れる。
 色々な方が歴史に関心を持ってくれれば嬉しい。

 明日は3人を案内して山に行くが、最高気温は−3度なので山はもっと低い。
 午前中は粉雪で、午後からは晴れそうだが・・。
 明日登る山のルート図を作って明日配布する。


 家の屋根からの落雪が凄い。
 びっくりするような音がして落ちる。
 部屋でストーブを焚くので屋根の雪が良く溶けるようだ。
 張り出しが何度も続く
 下からの雪落としは危険なので、横から慎重に落とすが、すぐにまた張り出してくる。
 いっぺんに落ちたら裏口から出られなくなる。
1月15日(水)本作り&家解体
 頼まれている本づくりを朝から始める。
 今日は写真集を作った。
 それに表紙も作成した。
 松前町原口の駆越山にある山小屋から見た夕日を使った。
 山小屋は小学校解体に伴う廃材を貰って建築したのだ。
 こんな表紙にしたが・・
 松前原口の佐々木さんが、お父さんと自分の半世紀を本に纏めたいと、出版社に頼んだら300部で130万円と言われた。
 とてもそんなお金は出せない。
 しかも必要な部数は30部くらいなのだ。
 正式に出版する時は30部でも相当お金がかかる。
 そこで私に何とかならないか依頼が来たのだが、先日かなりのハイペースで仕上げた。
 しかしそれを見て希望が膨らみ、更に追加で写真集や、原口社会教育委員会誌に載せた巻頭言も本にしたいとなった。
 巻頭言は40回くらい書いてあるだろうか?
 大変な作業になる。
 しかしこちらはワードで作ったものがあるとS元先生が協力してくれるので助かる。

 昼からは家の解体を行う。
 徐々に家が壊れて行く
 徐々に家の内部が壊され、薪ストーブの燃料に消えて行く。
 淋しいような気もするが、これはどうしてもやらないといけない。
 春までに内装をばらして、その後外部と本体を解体する。
 
 夕食は鮭の切り身が冷凍庫に入っていたので、それと白菜を煮たが良い香りが漂う。
1月14日(火)家解体・ごみ捨て・登山
 GHに戻ったら隣の家の水道は凍っていた。
 元栓は閉めたが蛇口が凍っているのだろうが、暫らく不在だったから仕方が無い。
 暖かくなるまで辛抱だ。
 朝4時に目が覚めたが部屋の温度は0度だった。
 暫らく布団で資料を読んで過ごす。
 昨日寝る時は冷たくなっていた寝具だが、朝にはぽかぽかになっている。
 寒い時ほど体が熱く燃焼するのだろうか。
 5時に布団を出て、頼まれている本の製作を2時間やる。
 朝食を食べて、下駄箱とごみ箱を壊して薪にする。
 3箱分薪が出来た。
 溜まったごみを車に積んで近くの焼却場に持って行く。
 これだけ捨てた

 ごみ焼却場
 70kmあって252円だった。
 精算の単位が100kgなので加減が難しい。
 101kgでも倍の金額になる。
 重量×金額にして欲しいものだ。

 一仕事終わって空を見れば快晴だ。
 気温は−度くらい。
 近くの山に行こうと地図を広げ行き先を決める。
 30分程で到着した。

 予定のコースを決めて行ったら、金網のゲートがあった。
 じゃんぼ椎茸の栽培

 高い金網で入れず

 唯一の景色は函館山
 かなり高い金網なので、仕方がなく金網の外を歩いて行ったがなかなか切れない。
 諦めて戻ってくる。
 再びゲートに来て反対側に行く。
 こちら金網もずっと続く。
 反対側も金網
 しかしかなり進んで金網が切れた。
 ようやく切れた
 ここから斜面を真っ直ぐに登る。
 直登する

 道が出てきた

 良い感じの山道が続く
 ジギザグで暫らく登ったら道が出てきた。
 植林の林道とは違う。
 明らかに登山道だ。
 以前から登山コースとしてあったのだろうか。
 雪も30cm位でスノーシューは必要ない。
 道もしっかりしているので歩きやすい。
 途中で大きな沢の上部を越えて行くと平坦な場所に出る。
 空は青空だ
 ここから道ははっきりしないが、GPSを見て山頂方向に行く。
 すると又山道が出てきた。
 道はまだあった
 一気に高度が上がって行く。
 やがて山道は切れたと言うか、道が崩れて無くなったのか。
 尾根に方向を変えて直登する。
 ここから尾根を行く
 途中少しのやぶ漕ぎはあるが本当にわずかだ。
 唯一のブッシュ
 そして頂上に付いた。
 山頂は木が少ない

 記念撮影

 もう一枚

 頂上はこの程度の積雪
 木は余りなくて見通しは良い。
 汐首岬方面や函館方面が見える。
 津軽海峡が眩しい

 奥の山が石山

 汐首岬方面
 天気が言いので低い気温だと思うが寒さは感じない。
 写真を取って下山する。
 帰りは早いあっという間にコルに出て、ここで隣のピークに行く道を歩く。
 こちらも道がしっかり付いているので、次回はこちらの山に登って見よう。
 下の方まで山道を降りて行ったら林道に出た。
 ここを真っ直ぐに下ればスタート地点に行く。
 右が今回の山

1月13日(月)孫帰る
 今日は孫の帰る日。
 天気は快晴になり良かった。
 朝の雪かきも少なかったので簡単に終わった。
 今回も昨年講演した下二股台場なのだが、今までと切り口を変えて、旧道と古図との関係を重点にやる事にしたので資料作りに時間がかかる。
 表紙だけは作ったが・・・。
 プレゼンの表紙

 ここ数日は朝5時からプレゼン資料を作っているが、朝起きても部屋が暖かいので良いのだが、ついつい暖房費は幾らかかるのか心配になる。
 孫達が出発した。
 ご機嫌な友瑛

 愛葵もにこやか

 今日は娘の旦那の実家の登別まで行く。
 ば〜いば〜いと別れてほっとしたのもつかの間。
 「忘れ物をした!」
 「何処に居るの?」
 「七飯の昆布館」
 「じゃあ持って行く」
 丁度私も家を出る所だったので、ひとっ走りする。
 妻から頼まれた調味料「味きらく」を購入して、皆と合流した。
 娘たちはここで登別へのお土産を買ったのだ。
 3000円以上買うとソフトクリームが割引になる。
 皆でソフトクリームを4食べてから再び別れる。
 瑞葵

 二人で・・

 ここは1個を3人で
 途中妻の所によって「味きらく」を渡して、私はGHに行く。
 早速3日分の雪かきをして、ストーブの灰汁を取ってストーブに火を点ければ、氷点下8度もあっという間に暖かくなる。
 夕食は娘から貰った調味料「味きらく」でうどんを食べる。
 一段落して、高校サッカーの決勝を見て今日はもう寝るだけだ。 
1月12日(日)今日もそり&新年交礼会
 今日も午前中は孫とそり滑り。
 滑り台も段々良くなり、ジャンプ台も出来た。
 道具もプラしチックの雪スコップからママさんダンプに変わった。
 楽しそうだ

 瑞葵はビニールでジャンプ

 瑞葵は何度も落ちる

 また落ちた
 近所の人も、滑り用具を貸してくれたりする。
 この辺りは全く子供いないので、子供の声が聞こえるのは良いものなのだろう。

 11時から町内会の新年交礼会に妻と参加。
 いつもながらここの町内会は人が集まる。
 今回は81名が参加した。
 沢山集まった
 しかし集まるのはお年寄りばかりで、中年層が居ないのはこれからの運営の問題になりそうだ。
 若い人がもっと参加しないと年寄だけの場になりかねない。
 会場内を見渡すとパークゴルフで知っている人の他はまだあまり知らない人ばかりだ。
 そんな中Yukimiさんが私の所に来た。
 函館工場時代のスタッフの女性で、保健福祉部長をしていた。
 函館工場を去ってから初めて会った。
 この集まりでは珍しい40代だ。
 田中会長の挨拶から始まった。
 田中桔梗西部町会会長
 彼はスキーの準指導員を受けた時の同期になる。
 何処で一緒になるか分からないものだ。
 その後、宴に入るがオードブルも飲み物も十分にある。
 こんなに沢山

 個人用のオードブル

 宴が盛り上がった頃芸能発表になる。
 舞踏サークルによる踊り、カラオケ、フォークダンス、再びカラオケと続く。
 花笠音頭

 毎年こんな衣装で出るようだ

 フォークダンスサークル
 カラオケも衣装を着て、なかなかの雰囲気の物やお〜この変装は何を表わしてる?
 なんて言うのも出てくる。
 兎に角、皆芸達者なのには驚く。
 フォークダンスの2局目に音楽がかかって暫らく踊っていたが、途中で音楽が違う事に築く。
 暫らく調整してかけた音楽が又違う。
 タイトルがカタカナで面倒な名前ばかりで、音楽をかけるお年寄りの方が、曲を分かっていなかったのかな?
 暫らく中断して再開。
 トラブル発生

 あでやかなスタイルで・・

 河内おとこ節
 来年はエントリーしたいが・・・・。
1月11日(土)孫とそり遊び
 朝起きて直ぐにGHに向かう。
 雪が降っていて、その軽い雪を前を走る車が飛ばして行くので視界は悪い。
 それでも通勤時間帯で無いので車は少ない。
 溜まった新聞を取って再び戻る。
 帰って新居の雪捨てを行う。
 10cmくらい積っていた。
 朝食後は家の表札付け。
 今までは仮の表札だったが、娘夫婦が友人に作って貰ったステンレス製の表札を付ける。
 協力接着剤で固定したが冬なので長い時間がかかる。
 暫定表札

 表札用接着剤がある

 この辺りで良いかな?
 孫達と何をするかとなったが、坂を作って滑って遊ぼうとなった。
 1.5m位のそり台が出来た。
 そこで雪スコップや米のビニール袋などを使って遊ぶ。
 結局かなりの時間楽しんだ。
 そりが無くスコップだ

 鼻は昨日ぶつけた

 雪も美味しい?

 友瑛も滑る

 愛葵も何とか滑る

 瑞葵は上手だ

 転倒だ!

 愛葵も転倒だ
 まだまだ孫達との遊びが続きそうだ。
1月10日(金)孫が来た!
 娘の旦那さんが正月休みが取れなくて、年末年始は来れなかった。
 ようやく代休が取れてやって来た。
 昨日は旦那さんの実家の登別に泊まり、今日皆でやって来た。
 途中の黒松内や八雲は猛吹雪で大変だったようだ。
 まずは新年の挨拶をして、新居の見学。
 そして昼食は手巻寿司にした。
 久ぶりの楽しい昼食

 大勢だと楽しい

 手巻き寿司だ
 大勢の人で食事するのは楽しい。
 久しぶりに会話が弾み、良い時間を過ごした。
 昼食後は孫達のビデオを見て過ごす。
 エレクトーン演奏やトランポリン、幼稚園の学芸会と一年分を見られた。
 瑞葵の演奏

 友瑛の合唱(中央上)

 友瑛の演奏

 お辞儀して・・

 愛葵ちゃん
 昼過ぎに登別のお父さん、お母さんが帰宅した。
 家には愛犬がいるので帰らなくてはならない。
 皆が見送って出発した。
 見送り
 我が家にもようやく正月が来たような雰囲気だった。
1月9日(木)ぶんぽ研例会
 2014年、初めてのぶんぽ研例会に出席した。
 会長の挨拶の後、活動経過報告があった。
 今月3日に花巻源一郎さんが亡くなられた事を知った。
 95歳であった。
 彼は何と言っても有名なのは、25歳の時に熊と戦って勝ったのだ。
 新聞にも載ったが、仕掛けた矢が致命傷にならなく、手負いの熊になったので、追っていた時に突然草むらから飛び出して来た。
 彼は胸元に抱きつき持っていた小刀を腹に何度も刺した。
 一緒に居た父親は熊の口の中に手を入れて舌をねじり上げたそうだ。
 結局熊は小刀で刺された傷で死亡した。
 戦った彼は傷を負いながら、自転車で家まで帰り、病院に行ったが、手術の時に麻酔を掛けると傷の治りが遅くなると、麻酔無しで手術した。
 そして数日入院した後、仕事に行ったというつわものだった。
 熊に勝った花巻さん
 彼は山道にも詳しかったので、鶉山道の話しを聞きたかったのだが、既に話せる状態に無いと言われて断念した。
 もう少し早い時期に彼を知り、話しを聞きたかった。
 偶然、彼が20年前に大野町の歴史を語ったテープを資料館から借りて正月に聞いていたのだ。
 これも何かの縁だろう。
 早く鶉山道を解明したい。

 郷土資料館が今年11月までに移転するので、教育委員会の京谷氏から新資料館の話しがあった。
 なかなか十分なスペースが取れそうになく、かなりの工夫をしなければならないだろう。
 特別展示室を活用して、何時も何か変わっている事を見せなければ人が来なくなる。
 京谷さんの説明

 北斗市の創作合唱劇三木露風の「赤とんぼ」が行われる。
 その説明が行われた。
 三木露風は当別トラピストに勤務したことがあり、その時に作った詩が「赤とんぼ」と言われている。
 ポスター
 トラピスト修道院から函館山方面を書いた絵は、ギャラリー「日の丘」を主宰している上田さんの娘さんが書いた。
 昨年、GH自遊旅に宿泊した、絵を描きながら自転車で日本一周している真美さんをギャラリー「日の丘」に連れて行って、彼女に逢わせた事がある。
 どちらも絵を描くのが好きで、話しに花が咲いていた事を思い出す。
 その上田さんも合唱劇に合わせ、「赤とんぼ・三木露風 特別展」を開催する。
 説明する上田さん 
 彼女も、筵編み、陶芸など何でもこなすスーパーウーメンだ。
 自分の工房も陶器を焼く窯も自分で作った。
 話して楽しい方だ。

 例会が終わって帰る途中、教育委員会の石川さんに呼ばれ、2月の北斗市の「歴史講座」の講師を頼まれた。
 昨年に続き2度目になる。
 二股口台場の続講演と言う事なので、前回の講演から多くの新事実を得られたので、その辺りの話しをしよう。
 「古道・古図から考える二股戦争」
 古道と二股口戦争との関係や、古図に書かれた二股戦争の考察など、従来にない切り口から講演をしようと思う。
 またプレゼンの資料作りだ!
1月8日(水)佐々木さんと食事
 今日は松前原口から長男の元に来ている、佐々木さんから食事をしたいとの誘いがあり伺う。
 現在作成している本の内容についても、さらに追加で写真等を加えたいようだ。
 私が勝手にレイアアウトしてから持ってきますとした。
 その内に元原口校長の関さんも見えられた。
 彼は原口に存在する筈の「道南の十二の館」の内、まだ発見されていない館の発掘を試みた方なのだ。
 結果的に年代が更に古い時代と鑑定されたが、その意欲は凄い。
 今日は発掘現場の航空写真を持って来てくれた。
 こういう資料を見るのが楽しい。
 原口にあった台場の所在を書いた資料も頂いた。

 佐々木さんが昨日の夕刊「みなみ風」を持って来て、これ毛利さんのでない?
 新聞には先日完成した、高校のクラス会の50周年記念誌発行の記事が載っていた。
 事務局になる同級生の森君が良い表情で写っていた。
 この同級生の森君だが、入学の時クラスの生徒の名前をアイウエオ順で呼ぶのだが、もーり君と読んだ時彼が返事をした。
 私はもうりで彼はもりなので彼は後になる。
 この間違いの原因は彼のお父さんが経営していた喫茶店が「モーリ」だったのだ。
 彼はモーリの名前にも馴染んでいたので、つい返事をしてしまったのだ。
 何故喫茶店の名前が何故モーリなのかは、彼のお父さんが横浜で修業していた店が「モーリ」で、函館に帰って来て開業した店に「モーリ」の名前を貰って開業したのだ。

 食事とケーキをも食べて帰宅した。
 
 北斗市の観光協会のブログを見たら、昨年案内した下二股口台場が載っていた。

  こちら
1月7日(火)妻の誕生日 
 今日は妻の誕生日なので桔梗に行く。
 どうせなからとcの6時頃出発して、着いたのがまだ7時前。
 「こんなに早く来たの?」と言った感じで出迎え。
 家で朝食を食べて、七飯町の三島神社へどんどん焼きに行く。
 人で一杯で車は入れそうにないので、七飯町役場に置いて行く。
 手洗い鉢が凍っていた




 正月飾りを焼いて、その煙を体に付けて無病息災を祈願する。
 神社に参拝に行こうと手洗い鉢に行ったら、凍っていたので手を清められず。
 神社に参拝して来た。
 ここには台風で飛ばされた木がある。
 木が折れて屋根を越えて飛んで行ったのだ。
 その木は屋根に当って壊す事無く反対側まで飛んで行った。
 それを縁起物として加工し飾ってある。
 屋根を飛び越した木
 役場の駐車場に戻ったら、七飯消防の出初式が行われていた。 
 出初式
 しばし見てから近くの七飯歴史館に寄って展示物を見て回る。
 昔の道具を見るのは好きで近くに寄ったら見る。
 古民家は好きだ
 この中で興味あるものを発見した。
 今迄何度も見ていても気が付かなかった。
 下の写真である。
 箱館戦争の歴史を調べている中で、弾薬庫と炭焼窯の区別がつかない。
 色々調べても資料が出てこなかった。
 良く弾薬庫らしいものを発見するのだが、それが弾薬庫か炭焼窯かの判断だ。
 白炭は高級でないので粗末な窯で焼いていると言う情報はあるが、どんなものか写真が無い。
 それがここにあった。
 下の右の写真が白炭窯と書いてある。
 側面と床面が石で囲まれている。
 これは想定していた。
 後ろに排煙口がしっかり付いている。
 弾薬庫も湿気防止に石を敷いているので非常に似ている。
 排煙口がこの様な形で残っているなら炭焼で無ければ弾薬庫になるのか。
 貴重な資料だった
 私にとっては貴重な資料だった。
 帰って妻へのプレゼントを買ってから、「しんわの湯」に行く。
 久ぶりの温泉にのんびり入る。
 昼間だけあって空いていた。

 夕方から誕生祝いだが、今日は回転寿司にした。
 プレゼントは3年手帳だ。
 プレゼントは手帳大賞を取った高橋の3年手帳だ。
 忘れ物が無いようにしっかり書いてて欲しい。
 安い寿司で満足だ
 近くの平日94円と安い「すしたろう」に行く。
 高級な店では無いが、我が家には合っている。
 二人で腹いっぱい食べて2000円だった。
 久しぶりに楽しく会話をして帰宅した。
1月6日(月)リベンジ石山登山
 昨日はとんだ勘違いで、石山頂上まで到達していなかった。
 そこで今日はリベンジの登山。
 午前中は家の解体をする。
 今日はガス管の撤去と温水のパイプを撤去して、自動食器洗い機を撤去した。



 
 昼食後山に向かう。
 昨日と同じ道はつまらないので、新しいルートを行く。
 今日のルート
 多分道は無いので全コース藪漕ぎと雪の量によってはラッセルになる。
 南斜面の尾根を真っ直ぐ山頂まで登るのだが、山の麓に行く道が分からない。
 地図を見たら道路の上に陸橋があった。
 そこが地図上の道だった。
 うろうろしながら探して行ったら、左から幅の広い道路が来ている。
 こっちが良いなと思ったら先に理研機器の工場があった。
 まだ新しそうだ。

 こんな工場が来たら地元の雇用に繋がるだろうな。
 車を林道の途中の横道に止めて登る。
 少し林道を歩いてから杉林に入る。

 ここから急斜面を一気に登らなくてはならない。
 登って行ったら右側から道が来ている。
 道がある

 ジグザグに登っている

 はっきりした道
 どうやら登山道の様だ。
 今は使っていないが過去には山に登る人も居たんだろう。
 道はジグザグに上まで付いていた。
 そこから道ははっきりしないが何となく踏み分け道がある。
 そこを進んで行ったら、予想された笹の斜面になる。
 結構長い笹で、雪がまだ少ないので埋まっていない。
 凄い藪だ

 結構続く

 動物の顔に見えた
 ここから苦戦しながら藪を漕いで行く。
 再び急斜面が出てくる。
 今度は枝が多くてスノーシューに引っかかる。
 登り切ったがまだ先はある。
 まだまだ先だ
 笹の上には雪があるので、膝上から腰辺りまで雪に埋まる。
 途中には大きな石が沢山ありこれが山の由来なんだ。
 大きな石が沢山ある
 雪を掻き分け、笹に足を取られながら、何とか頂上に付いた。
 もうすぐだ
 頂上北側は木に囲まれあまり良く見えない。 
 津軽海峡側が綺麗に見える。
 頂上で

 汐首岬方面

 東側の景色

 津軽海峡

 昨日のピーク

 市街地

 北方面

 松と汐首岬
 頂上に着いた時に太陽が出たので暖かい。
 写真を撮ってすぐに下る。
 下りは同じ道を通って来る。
 雪が掻き分けられているだけ早く歩ける。
 太陽が顔を引っこめると、かなり冷え込んできた。
 最後の急斜面は山道に沿って下ったのでコースは異なる。
 往復3.7km 12:47発 頂上着14:27 到着15:37分
 登り1時間50分 下り1時間10分

1月5日(日)石崎、石山?&見送り
 最近石崎地主神社の裏にある、石山に行ったという話しが聞こえて来たので行く事にする。
 以前から神社に行った時に、この山は登れそうだなとは思っていた。
 今日は真冬日だが天気は快晴だ。
 まずは神社の駐車場に車を止める。
 道は全く分からないが、地形図を見て行くコースを決めていた。
 神社に向かって左側の尾根を登って行けば良いだろうと思っていた。
 早速神社の中を通って行ったら、男性から「何の用だ!」と怒ったような高い声。
 「山に登るんですが・・」
 「ここから行けない!」
 「何処から行けば良いですか?」
 「下だ!」と何をこんなに苛立っているか分からない。
 仕方がなく、真っ直ぐに山に取り付く事を決め、下の方から杉林を通って行くと、踏みわけがあった。
 ここを登る。
 神社に対しては右側で神社敷地からは外れている場所になる。
 少し進んだら道がある。
 最初は山道かなと思ったが・・
 人は歩いていないようだが、鹿の足跡が沢山ある。
 やがて道は沢に突き当たる。
 どうしようか?
 沢を登れば頂上の方向としては大丈夫だ。
 幸い水は少ない。
 どんどん登って行くが、途中に水の多い時は滝になっているだろうなと思える個所がある。
 ここは迂回して更に登る。
 沢が出てきた

 後ろには海が・・

 沢の上にブルーの色が
 上にブルーの建物が見えてきた。
 何だろう。
 沢を詰めて上がったらコンクリートの水槽だった。
 神社の名が入っている。
 正月飾り?

 水槽があった

 横に太い道がある
 この左側には太い道が付いている。
 ここを進んだら、広い道に出た。
 林道になった
 車の跡が雪の下に残る事からここは林道だ。
 林道をどんどん上に登って行く。
 函館山が見えてきた
 途中の右手に赤いテープがある。
 そうかここから入るのか。
 人の歩いた雰囲気だ
 ここからは道は無く尾根を進む。
 恐らく登山者の登った跡が踏み分け道の様になっているのだろう。
 スノーシューもいらない
 雪の上からも確認出来る。
 しばらく登ったらピークに付いた。
 赤いテープが2ヶ所にあり、ここが頂上だと言う感じだ。
 勿論看板も無いので確証はない。
 頂上?
 眺めは良く、汐首岬の海岸線から函館山まではっきり見える。
 汐首岬方面

 函館山
 汗で濡れた下着を着替えてから下山する。
 今度は林道を下る。
 途中に細い尾根道がある。
 これはもしかして登山道だろう。
 かなり深く掘れた道もあるので、過去に沢山の人が登っていた事が伺える。
 深く掘れた道があった

 山道があるのだ
 この道を下って行ったら神社の上に出た。
 私が最初に取りつこうとした尾根だった。
 男性は行けないと行ったが、道はあったのだ。
 どうしてそんな事を言ったのだろう。
 神社内を通って行っては駄目だと言うなら、その様な良い方で分かるのに・・・。
 登山道の反対になる道の無い方向を教えるとは・・。
 スノーシューを持った登山者は嫌われるのか。
 でもこの神社には何度か来て、賽銭を上げて参拝もしている。
 何か有難味が無くなった。
 家に帰って石山情報を調べたら、函館の坂口さんが登っているのは、コースは違うが他の峯だった。
 函館ウォーキングクラブの鎌田さんが登ったのは、私の下山と同じコースだが、頂上は坂口さんと同じだった。
 後、600mくらい行けば良かったのだ。
 まあ良いか、今度は付近を縦走して歩こう。

 家に帰って妻を迎えに駅まで行く。
 今日は姪っ子の雅子が台湾に帰るので見送りに行く。
 国際線ロビーは相当込み合っていた。
 我々が行って間も無く登場した.
 
 帰りに妻とハンバーグを食べ、その後駅まで送って行く。
1月4日(土)GHに戻る
 正月3ヶ日にを桔梗で過ごし、今日はGHに戻る。
 数日除雪をしていなかったので積もっていかと思ったら、それ程でも無かった。
 同じ函館市内でも桔梗とは随分違う。
 薪ストーブに火を点けると、0度くらいに冷えた部屋があっという間に暖かくなる。
 これがストーブの良い所だ。
 溜まっていた新聞を読んでまったりする。
 
 薪も少なくなって来たので、プラスチックコンテナに2個分切った。
 これで3日は持つだろう。
 マイナス6度くらいだが、作業していても寒さは全く気にならない。
 今日はこれだけ 
 昼食は餅を焼いて食べ、午後からは執筆と資料調査をする。
 今取り組んでいる鶉山道(江差山道)が難解でなかなか判明しない。
 現地にも何度も行っているが分からない事が多い。
 古文書を何度も読んで、残っている古図を眺めて手掛かりを掴もうとする。
 何と根気のいる作業なのだろう。
 過去に色々な人が山道に付いて書いているが、何れも現地に行っていないと思われる。
 過去に書いた方の引用が主で、明確なロードマップも無い。
 まだまだ続きそうだ。
1月1日(水)のんびり正月
 昨日はNHKの紅白歌合戦を見て、外の様子を見たが、初日の出は出そうにもないし、天候は暴風雪注意報が出ている。
 それで元日登山はあっさり諦めて寝てしまう。
 朝起きてお雑煮を食べて正月気分を味わい、三島神社にお参りに行く。
 参拝しておみくじを引く。
 



 今年は小吉だった。
 今までは毎年のように大吉だったのだが・・・。
 気を引き締めて行かなくてはならない。
 おみくじは
 「願望」初めにきをつけねば中途でやぶれる。
 「待人」来る 音信あり    GHも人が来るかな
 「旅行」よろし 色情慎め   う〜ん、でもそんな事はもう無いな
 「学問」自己を信じ勉強せよ  好きなので了解です
 「転居」よろし      引っ越しはもう良いよ!

 後はあまり係わりのある項目なし。

 七飯まで行ったついでに妻とドライブ。
 大沼公園に行ったが、元気に観光しているのは台湾人ばかり。
 日本人観光客は殆ど居なかった。
 駒ケ岳が一瞬見えた

 ボートも寒そう
 一回りして帰宅。
 GHに行って出していなかった年賀状を出したりして、また桔梗に戻る。

  
 HP TOP