3月31日(月)廃材を捨てる
 今日は廃材を捨てる。
 日曜日に既に車に積み込んだ物は持って行けば良いだけになっている。
 この廃材が重い。
 スレートと言うのかな?
 燃えないゴミなので遠くまで持って行く。
 230kgあった。
 帰って来て今度は石膏ボードを2Fから下におろして車に積む。
 重かった
 これが大変な仕事で何度も階段の上がり下がりに疲れ果ててしまった。
 下に降ろしたのを車に積んで、ごみ処理場に行って又おろす。
 今度は270kgあった。
 合計で500kgになった。
 合計500kg
 これを上げ下げするので1トンは持たなければならない。
 さらに階段の上がり下がり。
 疲れた!!
3月30日(日)家の解体
 今日は雨の予報だったが、予報通り雨がぽつぽつ降っていた。
 家の解体を行う。
 来月からごみの処分金額が変更になる。
 消費税以上に大幅値上げになりそうだ。
 如何にも便乗値上げだ。
 それならと、重い壁材のスレートを総て撤去して、車に積んだ。
 1Fもかなり解体した

 玄関脇の壁も撤去
 車の車庫が下がったので相当の量がありそうだ。
 車には満載ではないが、比重が大きいのだろう。

 壁を剥がしている時に、天井が落ちた。
 頭からごみを被ってしまった。
 仕事を終えて直ぐに湯川老人福祉センターに行く。
 最近駐車場を増やしたので楽々入れるようになった。
 大広間ではカラオケの真っ最中だった。
 すっかり綺麗になって家に戻り、午後からはファイターズの試合を見る。
 今日は8対4で勝ち、開幕カードはは勝ち越しで終わった。
3月29日(土)遭難者捜索
 大分雪解けも進んだので、坂口さんから誘われ斉藤さんの捜索に行く。
 亀田中学校で待ち合わせ。
 同行の瀬川さんも、坂口さんを載せてやって来た。
 早速毛無山檜沢コースの駐車場まで走る。
 気温も上がって快晴の天気だ。
 でも山の上の方はもやが掛っている。
 私の車を下山口の檜沢コース入り口に於いて、瀬川さんの車で上河汲川コースから登る。
 斉藤さんが登ったと思われるコースだ。
 (同行の坂口さんのログを拝借しました。家で失敗して自分のログを消去した)
登山入口には自然倶楽部の鎌鹿代表も居た。
 今日はスノーモービルの方の捜索もあるので、その世話をしていた。
 早速登るが雪は重く歩きにくい。
 捜索で多くの人が入っている割には埋まる。
 普通に林道を行こうとしたが、遠廻りになるのでいきなり急斜面のショートカット。
 まずは一汗かいてしまった。
 後は林道を上に上にと向かう。
 瀬川さん
 道路から落ちた可能性もあるので、沢も除きながら歩く。
 南斜面は既に草が出ている個所も増えた。
 林道はまだ30cmくらい積雪がある。
 暫らく林道を登って途中から尾根に取り付く。
 その時、スノーモービルの音が聞こえた。
 我々の上まで走って、上で待っていた。
 スノーモービルの応援
 4人の仲間が捜索に強力してくれる。
 昨年毛無山であったノースハンターさんも居て、私を知っていた。
 彼らは熊を求めて毛無山系を縦横無尽に走っている。
 彼らのスノーモービルは通常の物とは違っていた。
 廃棄量も800ccとか有って、ホィールベースがかなり長い。
 特殊な形だ
 さらにキャタピラは長いゴム爪が付いている。
 これだから急斜面も平気で登るし、穴が有っても埋まる事は無いだろう。
 スノーモービルの上に雪を積んでいたので、聞いたら後部にあるラジエターを冷やしていた。
 雪で冷やしている
 しばらく話して毛無山に向かって出発した。 
 我々は歩いて付近を幅広く探索しながら進む。
 692m峰の手前でスノーモービルが戻ってきた。
 毛無山山頂まで言ってきたのだ。
 早いな・・。
 やがて毛無山手前ピークの692m峰に着く。
 景色は良いのだが・・

 大分上に来た

 亀裂が入っている

 端は危ない

 毛無山山麓の細尾根
 風も無く快晴で捜索で無ければ楽しい山行なのだろう。
 二股岳も雄大な姿を見せている。
 毛無山下の尾根を進んで最期の斜面に取り付く。
 最期の急斜面(坂口さん)

 瀬川さん
 ここもスノーモービルが登っている。
 我々も「こんな所も登るんだ!」と驚く。
 喘ぎ喘ぎ登り切って山頂に着いた。
 イグールの様だった

 頂上
 ここはまだ1m位の積雪がある。
 二股岳が見える
 少し休憩してから檜沢コースに下山する。
 毛無山北斜面

 下山する
 夏道を行かず、少し縦走コースに入り適当な所で昼食。
 積雪を確認
 ここから下山するが夏道とは全く違ったコースで下れるのも残雪のためだ。
 時々はズボット埋まる事もある。
 檜澤の滝に下るのは沢の急斜面。
 下って檜沢の滝に出る。
 檜沢の滝
 相変わらず良い光景を見せている。
 ここからの下りは大変だった。
 雪が溶けて来たのでスノーブリッジがあちこちに出来た。
 落ちても深い川では無いが落ちたくは無い。
 ブリッジを越えたり、川に降りて渡ったりを繰り返す。
 川を迂回する
 ここは意外と時間がかかり、ここから登って捜索するのは、時間がかかり駄目だとなった。
 時々腰までずぼっと埋まる。
 ようやく橋まで着いて渡る。
 渡った後で坂口さんの携帯電話が無い事に気が付く。
 先程先頭で丸木橋を渡った時、上に積もっていた雪とともに川に少し落ちたのだ。
 その時ポケットに入れておいた携帯が落ちたようだ。
 瀬川さんと二人で荷物を置いて探しに行った。
 私はその場で待ったが居ても仕方が無いかと、車に戻って駐車場で待つ。
 少ししてやってきた。
 携帯はあったそうで、電源を入れたら画面が出た。
 電話して見たら音声の聞こえが悪い様だ。
 少し乾燥させたら復帰しそうだった。
 私の車に乗り上河汲川の登山口に向かい、瀬川さんの車に二人が移動し、ここで別れる。
 毛無山山頂まで登り3時間、660mポコまで1時間(昼食)、下り2時間。
 斉藤さんの手がかりらしきものは全く発見されなかった。
 これからは雪解けが進むので、集中して捜索しないと一般登山道は殆ど無く、笹が伸びている筈なので捜索は困難になる。
 早く見つけたいが、捜索範囲が長いので時間が掛る。

 帰りに妻の居る桔梗に寄り、日ハムの試合を見る。
 全く打てなく5対0で完封負け。

 帰ろうと思ったが、妻が上磯ダイエーで布を買いたいと言うので出かける。
 店内は春の気配だ。
 食料も買って、妻を家まで送って「元気でね」と別れる。
3月28日(金)登山準備&家の解体
 明日の毛無山捜索の準備で、バックパックにかんじきを付けるベルトを設ける。
 いつものバックパックと変えたので・・・。 ベルトを付けた

 ついでに新しいかんじきの部品カットをする。
 今度はシンプルで軽いかんじきを作ろうと思う。
 それと急斜面でのフロントポイントキックに対応するため、先端に爪を付ける。
 今日は部品カットのみで終了。
 
 午後からは余った古い台所のシンクを解体して、ステンレスと木に分ける。
 木は薪になる。
 家の内部の解体を少しやって、さらに薪作りをする。
 1Fも壁が徐々に無くなる
 薪が溜まる一方だ。
 もう少し寒くなってと言ったら叱られるだろうな。
 日中は薪が必要無くなった。
 それでも煮物をする時は薪ストーブを焚いて汗だくになっている。
 家がどんどん解体されていく。
 後1ヶ月もやれば内装は総て無くなりそうだ。
3月27日(木)色々忙しい
 今日も函館は11度くらいあり暖かい。
 でも紋別だったか、真冬日だそうだ。
 最近はおかしな現象が多い。
 朝一番でごみ捨てをする。
 板戸等は燃やす積りでいたが、暖かくなって薪の消費が少なくなかなか減らない。
 そこで車に総てのドアを積んで捨てに行く。
 他の木も捨てたので150kgあった。
 これから出る太い木は来年の冬用に保存するしかないかな。
 ここが木を捨てる場所

 帰ってかんじきを直す。
 先日の捜索の際、アルミパイプ部分が折れてしまった。
 他のスノーシューで間にあっていたが、ほったらかしにも出来ない。
 折れた原因は穴から亀裂が入った。
 試作で作っているのであちこちに穴が開いている。
 それが強度を弱くしている。
 早く正式に作れば良いのだが、次々にアイデアが浮かんで来るので、最終仕様にならない。
 1時間ほどで完成した。
 次に作る新型のかんじきの構想も終わった。
 急斜面で滑らないかんじきがコンセプトだ。
 出来たぞ!

 午後からGHの改修。
 炊飯器を載せる棚が無くて不便だったので、棚を製作した。
 これで使い勝手は良くなる。
 炊飯器用棚

 その後は、ジャガイモを煮た。
 貰ったジャガイモがなかなか減らない。
 もう芽が出てきそうだ。
 そこで大量に茹でる。
 これは冷凍庫で保存する。
 ジャガイモを茹でた

 夕食はこの暑いのに鍋にした。
 薪ストーブをガンガン焚いて作るので暑い。
 汗をかきながらようやく完成した。
 もう少しで薪ストーブはお終いかな。
 夕食は鍋
3月26日(水)GH改良
 今日は今年最高気温で14度になる。
 しかし何処にも行かない。
 妻を車に乗せて、元気deサロンのリーダー会議に送って行く。
 とは言ってもGHから1分の近さだ。
 解体の仕事をしていたら会議が終わってY子さんと一緒に戻ってきた。
 私にも名簿を作って欲しいとの要望があった。
 以前にも作ったので、わけはなく引き受ける。
 話しの中でランチに行こうかとなり、意見がまとまり3人で近くのびっくりドンキーに行く。
 ここも久しぶりだ。
 子供が春休みに入ったので、かなり混んでいた。
 美味しかった
 妻を駅まで送って行った後、解体中の家のシンクをGHで使う事にしたので、入れ替え作業をする。
 まずはGHのシンクを撤去する。
 愛着はあったが・・
 そしてシンクを入れる。
 この移動を一人でやるのが大変だ。
 剥がしてあった壁板を敷き、その上にシンクを載せる。
 丸太があれば下に入れて移動は簡単になるが無い。
 色々探したら、子供用の木のバットがあった。
 これを下に入れる。
 うまい具合に転がる。
 狭いドアを慎重に通過させて、何とか台所に納まった。
 ようやく一人で移動した

 ホーローのシンクが入った
 その後、綺麗に掃除して完了。
 ホーローの台所になったので、如何にも清潔感が出た。
3月24日(月)快晴の天気
 妻が剣先スコップが欲しいと言うので、ホームセンターで購入して持って行くことにした。
大と中があった。
 値段は意外と安かったので両方購入した。
 2000円と少し。
 畑もやるので、中の方が使いやすい感じだ。

 今回は山に行く準備をしてきたが、明日は健康サロンの幹事会があり、妻が幹事なので、函館に行かなくてはならない。
 幹事会の後は皆でランチする。
 それには私も誘われていた。

 昼はランチを食べに行く。
 近くの中華料理店「上海」だ。
 時々行く店だ。
 880円でコーヒーつきだ。
 それぞれ好きな料理を注文して食べる。
 中華は久しぶり

 いつもは離れて生活し、それぞれが料理を作っている。
 たまに一緒外食するのは何か新鮮だ。
 こんな夫婦は珍しいのかな。

 妻はパッチワークの大作を真剣になって作っている。
 これも良いね。
3月24日(月)快晴の天気
 う〜ん快晴の天気で気温も8度くらいになりそうだ。
 思わずザックに手が行って、山に行こうかとなりそうだったのを堪えて、家の解体作業をする。
 まずは溜まった不用品を車に積んで捨てに行く。
 今回は210kg
 洗面台、食器洗浄機、水の清浄機、ガラス、それに断熱材に覆われた板。
 総重量で210kgあった。

 帰って来て家の解体を2時間程度やって今日の分は終了。
 暖かくなったので汗だくになった。
 今日はこの壁を剥がす

 全部剥がれた
 薪が7箱にもなった。
 最近は暖かい日になったので、日中は薪を焚かなくても良い。
 娘からドアや窓を開けて焚いたら?との提言。
 何れはそうしなければ消化出来ないかも。
 それとも遅くまで起きているか。

 家の解体を終えて携帯用ベッドの改善をする。
 自転車旅の場合はベッドは持ち歩かないが、青森ねぶたの時は長期キャンプなのでベッドを持って行く。
 実はこのベッドは貰いものなのだ。
 ねぶたに行く前に欲しかった「頂コンパクトな名品」とビーパルでも掲載していた。
 WILD-1で13200円はする。
 しかし直ぐに入手は出来ないので、諦めてモンベルのマットを持って出かけた。
 青森に行って仲間の八ちゃんの所に挨拶に行ったら、同じベッドがあるではないか。
 寝て見たら良い感じだった。
 「良いなあ〜これ誰の?」と聞いたら持ち主がいないので、良かったらあげるよと言う。
 持って来た人がもう青森ねぶたに参加しないので要らないそうだ。
 有難く頂いて1週間ベッドで過ごした。
 私のテントは山岳用で小さい。
 ベッドを入れれば長さ方向がテントに強く当たってしまう。
 テントに穴が開くといやなので、上手く納まる様にカットする。
 身長もそれ程無いので10cmは切っても大丈夫なのだ。
 早速サンダーで切った。
 テントにはぴったり収まった。
 これで今年のねぶたは安心して寝られる。
 これを切る

 切ったポール

 穴埋めにこれを使う

 ボルトをカット

 プラ部分を嵌めて・・

 ハンマーで押し込んだ

 完成だ!
3月23日(日)車の修理
 雪も溶けて春の雰囲気になったので、壊れて見っとも無くなっていた車を直す。
 車のエアローパーツが良くないのである。
 車のスタイリングは格好が良くなるのだが、冬の北海道や山道では大変なのだ。
 たまたま購入した中古車に付いていたのでそのままにしていた。
 昨年山に行ってUターンする時に、土に埋もれている小さな石に当った。
 その石はがっちり土に食い込んでいたので、フロントエアロパーツがへっ込んだ。
 そして冬になってこれもUターンする時に、積もった雪のしたに縁石があるとは知らずに当たってしまった。
 エアロパーツは縁石も越えられないのである。
 勿論少し破損した。
 エアロパーツが壊れた
 もう取ってしまおうと言う事になった。
 パーツを止めているネジは錆びて全く動かない。
 サンダーでスティをカットして外す。
 すっきりした
 さらにパーツと車体はどうしても擦れる。
 塗装が剥がれた部分に色を塗る。
 他にフロントフェンダーがずれていた。
 ずれていた

 フラットになった
 これも修理した。。

 午後からは家の解体をする。
 今日は物置を解体した。
 棚を総て撤去した。
 棚が無くなった
 そして薪に切った。
 暖かくなったので薪を焚くのが大変になって来た。
 半袖一枚で居る事も・・・。
 まだまだ薪の原料は出てくる。
3月22日(土)スノーシュー改善
 スノーシューを2台持っているが不具合が出たのと、改善が必要なので作業開始。
 まずは安物のホームセンターで購入したスノーシューだが、ベルトが切れそうになって来た。
 ベルトが切れる寸前
 同じ材質の物は売って居る筈が無い。
 ホーマックの工事材料の所に行ったら、耐荷重200kgというベルトがあった。
 これにしょう。
 これが耐荷重200kg
 これを使おう。
 まずは切れそうなベルトを切って外した。
 ベルトを取り外す
 次に購入したベルトをリベットで止め、リベットの効かない部分は、皮用の丈夫な糸で縫う。
 ベルトが付いた
 最期に足をセットする用具を取りつけて完了。
 最期に用具を取り付け

 次にもう一つのスノーシューを改善する。
 このスノーシューはショップで購入した物の下部に、ジュラルミンのアイゼンを付けている。
 このジュラルミンに雪が付く
 性能的には良くなったのだが、問題は春になれば雪がだんご状に付いて歩きにくい。
 そこで先日雪が付かない様に、100円ショップの軟いバケツを使って改善した、他のスノーシューの結果が良かったので、同じ改善をする。
 バケツを切って張りつけ
 型に合わせて切ってネジで止める。一部はプラスチックネジを使った。
 その方が雪は付かないだろう。
 近くの公園でテスト
 
 雪は全く付かなかった 
3月21日(金)ごみ捨て&彼岸
 私の両親の祭壇はGHにある。
 シンプルな写真とロウソク台と線香台しかない。
 シンプルだが・・
 今日は彼岸なので、昨日購入したおはぎと好きだった御菓子類、飲み物をあげた。
 花は花瓶が無かったので、ペットボトルをカットして使った。
 気持ちがあれば良いだろう。

 家の解体で溜まったごみを捨てに行く。
 2Fから1Fまで150kgを降ろして車に積み、近くの焼却場に持って行く。
 150kgで504円だった。
 満載で運搬した

 午後から桔梗の妻の両親の祭壇にお参りをする。
 そして久ぶりの外食をする。
 何時も行く近くの回転寿司すしえもん。
 何時も簡単な食事が多いから、新鮮な味に感動する。

 その後、食料を買いに行く。
 妻の必要なもの、私に必要なもの、買って半分づつ分ける物などを購入。
 今までは一家で纏めて買うのだが、それぞれの必要なものが違うのが面白い。
 お互いに何を食べるのか知る事になる。
 意外と共通して居ないのが分かる。

 家に戻って妻と話す。
 今日はテレビも見ないで、2時間位話した。
 何時も一緒に居ればこんなに長く話す事は無い。
 やはり離れていれば話しが沢山ある。

 家にはがきが来ていた。
 遭難した斉藤さんが所属するブリガンズ山岳会親睦会の会長さんからだった。
 捜索している人全員に送ったそうだ。
 懐かしい斉藤さん(右)と山に行った時の写真が載っていた。
 捜索は今月末から本格化する。
 体力温存しておこう。

3月20日(木)家の解体&資料作り
 山に登った夜は流石にぐっすり寝られる。
 朝4時30分に起きた。
 何時もよりは遅い時間だ。
 早速資料作り。
 「箱館戦争と鶉山道」を纏めている。
 斉藤さんが遭難する前から、執筆しているのだが、奇しくもこの時期に遭難した道を纏める事になるとは・・。
 95%は完成したが16ページに及んだ。
 まだまだ疑問点がある。
 箱館戦争も視点を変えて見れば、いろいろと興味のある事が出てくる。
 今回は特に箱館戦争と鶉山道について書いてみた。

 その後は家の解体をする。
 今回は一階の居間を解体する。
 薪が5箱で来た。
 段々と暖かくなってきたので薪の消費が進まない。
 今回はこの壁

 この木も総て撤去した
 この居間は当初車庫として作ったものだ。
 若い時自動車レースをしていたので、大きな車庫を作った。
 車が3台入る大きさだった。
 ここで何時も車のチューンニングを行っていた。
 徹夜でやる事が度々あった。
 レースは主にラリーとジムカーナ―で色々なレースに参加した。
 一番長いレースは2日間で北海道を1500km走るラリーだった。
 勿論徹夜で走る。
 パリダカールラリーに出ていた、三菱チームも参加していた。
 当時のドライバーは木全巌氏だった。
 私より1歳年上だった。
 彼は北海道のダートを走った事が無かったのか、幅広タイヤで参戦して、北海道の砂利に合わずコースアウトした。
 我々はお金が無いのでスノータイヤだった。
 砂利でのグリップはスノータイヤが良かった。
 日高でゴールした後、表彰式は札幌だった。
 途中、元気なフェアレディZと三菱チームがバトルした。
 外見は4ドアギャラんだが、チューンして200馬力になっている。
 最高速だは200km/Hrを遥かに超える。
 彼女を載せたフェアレディZは、その車の中身は分からない。
 格好をつけて追い越しても、またあっという間に抜かれ、遂に諦めた。
 そんな時もあった。
 その木全巌氏も昨年の7月病気で亡くなった。
 懐かしいラリーの思い出だった。
3月19日(水)古部山道調査&恵山温泉
 今日は快晴の天気予報だった。
 その通りになったので、恵山方面に行く事にした。
 風呂も入っていないし、古部山道の調査もまだ雪のあるうちにしたかった。
 まずは恵山に着き、椴法華方面に向かう。
 途中から古武井鉱山のある道に入る。
 道路の雪が溶けたら、古武井岳から古部丸山に縦走したい。
 国道から林道に入ったら、まだ道が凍っていて轍になっていた。
 この車はエアロパーツが付いているので、こすってしまう。
 少し入ったがやはり無理なので引き返す。
 車高の高い四輪駆動なら行けるだろう。
 戻って椴法華の矢尻川傍から入り車を置く。
 今日のコース
 ここから歩いて向かうが、道がてかてか凍っている。
 前に進むのも大変な位スケートリンク場になっている。
 木の伐採をやっているようだ。
 途中から林道に入る。
 林道は大きな石が多い
 雪は大分硬くなって10cm程しか沈まない。
 暫らく行ったら川に出た。
 先に道は付いているが、方向が違うのでここでは無い。
 右側に行ったら道があった。
 暫らく進むと沢越えになる。
 丸太が1本掛っている。
 1本しか残っていない
 昔の丸木橋の名残なのだろうか。
 当然沢に降りて渡るが浅いので問題は無い。
 渡ったら岩に赤で矢印と文字が書いてある。
 何と書いているんだろう
 文字は読めない。
 道が続くのかな。
 沢の流れも春らしくなってきた。
 春らしい流れ
 道も良い感じで進んでいたが、そのうち二手に分かれた。
 また道がはっきりして来た
 エイヤーで左に行く。
 しばらく行ったら道が行き止まりになった。
 また戻る。
 二股の右手を行く。
 沢も大分上流になった
 尾根に到達した。
 ここから尾根を進が、道らしき跡はなさそうだ。
 ひたすら尾根登り

 海向山も見えた
 このまま登れば林道に出そうだが、目的にしている林道とは違う。
 また戻る。
 下る途中道があったので登って見たら、ここも怪しい。
 下まで戻って他の道から入る。
 ここも行き止まり。
 もう厭になって来たので、今日は諦めて戻る。
 旧道探しはいつもこんな状態だ。
 何度も通わなくてはならない。
 
 函館市恵山福祉センターに行く。
 函館市の老人カードを出したら、ここの温泉専用カードが出来たそうだ。
 早速作って貰った。
 本人確認も無しだった。
 交付番号25146号だった。
 こんなに利用しているのか?
 無料だから有難い。
 温泉にのんびり入って、昼食を食べ、テレビを見ていた。
 
 家に帰ってご飯を焚いた。
 カレーにしようとカレーも作った。
 でも何故か気が変わって、天ぷらうどんにした。
 ごぼう天ぷらを買ってあったのだ。
 味もバッチリでスープも総て完食した。
 明日も快晴だが、家の解体だ!
3月18日(火)色々あった
 今日も3時から起きてパソコンに向かっていた。
 まずは炭焼の中村さんへの聞き取り調査の結果を纏める事が出来た。
 92歳の中村さんは昭和13年から炭焼をやっており、貴重な話しを聞かせて貰った。
 炭焼も分かり、台場山にある円形のすり鉢状のものは、箱館戦争で使用した弾薬庫と考えて良いだろう。
 長年悩んでいたものが解決された。

 書き物も終わってスノーシューの改善。
 昨日改善したスノーシューの裏に着く雪の付着防止はまあ上手く行った。
 もう少し金属部分を隠せれば更によくなる。
 金属部分が多少付着
 暖気の雪でもたまに1回くらいは付くが直ぐに落ちる。
 そこで他のスノーシューも改善した。
 この爪に雪が付く

 ここも樹脂で覆う

 ホーマックで売っている安ものだが、それ程急で無い所には軽くてお手軽だ。
 このスノーシューは後ろの詰め部分に雪が付く。
 ここに樹脂プレートを張った。
 次回行く時に試して見よう。
 
 遭難者の捜索のリーダー的にいる坂口さんのブログを見たら、設計山の手前数十メーターのキレットが、一番の転落の可能性があると書かれていた。
 そして滑落事故があったと書かれていた。
 昨日、615m無名峰に登った時に、設計山を見た時に滑落した跡がはっきり肉眼で見えた。
 丁度真向かいになるのだ。
 そこで写真を取って来た。
 結構はっきり見える
 それを坂口さんにメールで送った。
 すると貴重な情報と言われたので、さらに2月28日に登って撮った写真も送った。
 遭難してからまだ4日目で、その間雪も降っていなかったので、遭難した当時の積雪状況が分かる。
 何かの手がかりにならないかと今日手渡した。
 この615m無名峰は、鶉山道調査でこの付近を探しまわり、道も見つけられない時は気晴らしに登る山で、頂上は木も無く景色が本当に良い山なのだ。
 頂上を見る

 昭和タウンに行き、本作りの印刷用の紙を買いに行く。
 上質紙を買うのだが、何時も6冊くらいしか棚に無い。
 7000枚印刷するので、何時も買い占めているが、その後はなかなか入って来ない。
 今日も6冊の購入。

 帰りにリサイクルショップに行く。
 先日行った時に目を点けていたライトがある。
 160ルーメンと言う強烈な明るさなのだ。
 3000円から4000円はするが、新品で1370円と安かった。
 私の自転車のライトは100ルーメンでそれでも十分明るいが、これは凄い明るい。
 LEDライトもどんどん進化して行く。
 新品で安かった

 坂口さんが私の事をブログに書いてくれた。 

http://blog.goo.ne.jp/sakag8
3月17日(月)615m無名峰登山
 今日は天気も良いので・・と山に誘われた。
 何処に行こうかなと考えたが、久しぶりに山に登るYさんが居たので比較的楽な山と考え、景色の良い615m無名峰を目指す。
 朝に自作かんじきを改良する。
 先日の捜索の時、裏に雪が付いてだんご状態になり、歩きにくくて仕方が無かった。
 そこで100円ショップで200円で購入した、柔らかいバケツを切って裏に張る。
 金属部が多いので雪が付く

 バケツを切って張った
 今日はこれでテストする。

 今日のルート
 出会いの滝駐車場に車を入れて早速登る。
 まずは国道端の雪壁を越える。
 除雪車が綺麗に雪をカットしたので壁になってしまった。
 スノーシューを履く
 ようやく乗り越えて、まずは出会いの滝へ。
 安政元年に市渡大悲寺の僧侶大仙と鶉の長吉が開削する際、この出会いの滝(小滝の滝)で会おうとなった。
 しかし資金難もあり全道の開削は出来なかった。
 その時の事がこの滝の別名になった。
 その後はひたすら頂上を目指す。
 この周辺には鶉山道がある筈なので、時々来ては探しているがまだ探してはいない。
 今日も旧道らしい跡は見られるのだが、なかなか続かない。
 旧道だと思うが先で切れた
 途中で切れてしまうので、繋がらず苦戦だ。
 やがて杉林の中に入る。
 ここを抜ければ頂上も近く、後は尾根を登れば頂上に着く。
 頂上が見えてきた
 尾根の裾に着いたが天気も良く展望が一気に良くなる。
 気持ちの良い尾根を登って頂上だ。
 最期の尾根を登る
 360度のパノラマが広がる雄大な景色だ。
 焼木尻岳

 二股岳
 向かいには設計山が見える。
 昨日、斉藤さんの捜索隊が設計山に向かったが、その沢を挟んだ真向かいの尾根の雪屁で、3人が踏み外し滑落した。
 ここは大きな雪屁が出来る所なのだが、知らなかったのだろうか。
 捜索隊が直ぐに捜索本部に電話して警察に連絡をしたが、滑落した人達は自力で脱出出来たそうだ。
 雪崩で無かったのが幸いしたのだろうか。
 その滑落した斜面に跡がはっきり見る事が出来た。
 中央の斜面に落下線が残る

 頂上でのんびり過ごし下る。
 記念撮影

 もう一枚
 途中の日辺りの良い風の無い所で昼食を取る。
 その後下山した。
 下りはすいすい

 時間はまだあった。
 それならら天狗岳に行こうとなった。
 大野ダム駐車場に車を入れ出発。
 林道を進んで山に入る。
 林道の途中に穴が開いていた。
 これは先日市渡の中村さんが言っていた、新幹線の試作堀の後だろう。
 20年前の穴がまだ残っていた。
 新幹線試作掘り跡だろう
 頂上に行くに従って急になり、雪も深くなる。
 頂上直下はスノーシューで越えるのには相当苦労した様だ。
 急な斜面を乗り越える

 後続部隊

 難航した
 頂上何面は崖で落ちたら大野川まで真逆さまだ。
 その後は笑顔

 逆光で良く見えない
 この天狗岳は箱館戦争で戦いの有った場所で、頂上直下に昭和初期に金の鯱鉾と錫杖が有った場所で、この下には新政府軍の死者と刀を埋めたとの話しが残る。
 仮埋葬なのか、掘り起こして持って行ったのかは分からない。
 まだ眠っているのかもしれない。
 慎重に頂上を下り同じ道を通って車に戻る。
 下り
 天気も良く良い一日だった。
3月16日(日)赤とんぼ合唱劇
 童謡「赤とんぼ」の作詞者が三木露風で、当別のトラピストに4年間勤務していた事から、北斗市で合唱劇をこの1年間練習してきて、今日の本番となった。
 私の高校時代のクラスメイトが、神父役と合唱で出演する。
 彼から二人分のチケットを頂いたので、妻と二人で行く。
 途中スーパーに寄って花束を購入。
 御祝いに持って行こうと言う訳だ。
 花を何処で渡して良いのか、迷っていたが、会場に入った直ぐ傍で花の受け付けをしていた。
 記帳して中に入る。
 合唱劇は4部からなっている。
 最初はモノトーンのステージで、照明も単純であまり手を加えていない無い感じだった。
 妻に先に入って貰って席を取ったのだが、後ろなのでステージが遠すぎてはっきり見えない。
 が4幕になった時、彼が神父役で出てきた。
 声も落ち着いてまるで神父さんの様だ。
 台詞は長い。
 良くこんなに長いセリフを覚えたなと感心する。
 照明も少し凝らして来たので良い雰囲気になってきた。
 そして最後は赤とんぼの合唱で終わる。
 神父姿が同級生
 カーテンコールは上磯小学校の生徒が壇上に上がって北斗市の歌を歌う。
 最後に出演者と会場が一体になって赤とんぼを歌う。
 初めて見た合唱劇だが、遠い昔が懐かしかった。
3月13日(火)三木露風展
 今日はカナディールで行われている「三木露風特別展」の受付けになっている。
 担当は午後からなので、少し早めに家を出て近くの矢不来台場に寄ってから行く事にする。
 先日の遭難者捜索の時、スノーシューで急斜面が登れなかったので、自作のかんじきを昨日調整した。
 そのかんじきのテストと、今年は矢不来台場の調査をしようと思っているのでその下見だ。
 車を国道傍の駐車場に入れて歩く。
 途中から山に入るのでかんじきを付ける。
 看板が新しくなっていた
 第一台場を見て、弾薬庫に向かったがなかなか場所が分からない。
 雪の下なのかな?
 函館山も見える
 さらに周辺をぐるっと回って、第二台場を見て戻る。
 第二台場
 戻る途中台場の急斜面でかんじきのテストをする。
 先日ルート付けに行った時に登れなかった斜面よりかなり急な斜面を選ぶ。
 この斜面でテスト

 楽々登れた

 歯が沢山ある
 雪が少し湿っていたせいもあるのだろうが、滑らず楽々と登れて一応合格。
 雪が乾燥している時はどうなるかやってみなくてはならない。
 15日にルート付けに行くので、その時にはっきりするだろう。

 折り紙で作った作品
 北斗市カナディールに行く。
 午前中の担当の上田さんと鶴田さんがいた。
 交代して一人で受け付け。
 200点の展示は凄い
 俳句もある
 ぽつぽつ人が来る。
 その内ぶんぽ研会長が来て、少し居て帰る。
 四国の鳴門町から来た人もいた。
 明日は日本音楽学会に出席するので帰らなくてはならないそうだ。
 大学院生と言っていたが、年齢は50代なのか?
 音楽コンクールで金賞を取ったそうだ。
 三木露風の音楽祭に出ていた人も知っていた。
 何か凄そうな人も来るんだ。
 その後、何時も世話になっている近くのFさんが御夫婦でやってきた。
 上磯の郷土史家の落合さんが来た。
 そして落合さんの友達の飯田さんと言う郷土史家も来た。
 飯田さんの話しが面白かった。
 鼠捕りの話しから、台風で洞爺丸が沈んだ時、家の前の海岸に多くの人が打ち上げられた。
 その時高校生だったが救助の話し。
 皆衣類は無く裸だったそうだ。
 真っ暗な中、月明かりに白く見える肌は、今でもはっきり覚えているそうだ。
 バスに36人を載せて一緒に病院に行ったそうだ。
 他にも興味ある話しが沢山あってあっという間に閉館時間になった。 
3月12日(月)健康サロン
 今日は健康サロンin明和園の日なので、桔梗に泊まった。
 朝に原口佐々木さんから電話があり、先日「桜松街道」の看板付近を公園化するイラストを書いたが、それを松前町長や観光協会に見せたら、皆さん喜んで、これを進めようとする機運が上がりそうだと喜んでいた。
 他に願掛沢の看板を教育委員会で設置する事になったので、文面を考えてくれとの依頼も有った。

 妻と一緒に車で出かける。
 明和園に着いて、坂口さんから電話の着信があったのに気が付き電話する。
 今日も別ルートの探索に行くので誘ったのだが、電話を自室に置いて居間に居たので気が付かなかった。
 電話したらもう登っていた。

 ストレッチとマット運動等いつものメニューをこなして、昼食を食べ妻を駅に送って行き、私はGHに帰る。
 今日の昼食
 帰って家の解体をする。
 この壁を解体

 外は剥がした

 タル木を外した
 ここしばらくやっていなかったので薪が不足してきた。
 コンテナ5個を作ったのでしばらくは良いだろう。
3月11日(火)遭難者捜索ルート作り
 遭難した斎藤さんの捜索が13日から始まるが、その前に捜索のルート作りに行く事になった。
 待ち合わせ場所の大野ダム駐車場には坂口さん、片岡さん、高橋さん、海川さんと私の5人が集まった。
 スキーで登るのが3人、スノーシューが2人だった。
 いよいよ出発
 早速スタートする。
 スキーが先頭で行くがやはり早い。
 スノーシューはスキーの後を歩いたのだが、スキーよりは埋まる。
 林道は一度除雪された様なので積雪は30cm位だった。
 ここの林道も新しく伸びていた。
 やがて林道も終わり、道のないコースを徐々に登っていく。
 三角山の麓を過ぎた頃、海川さんが戻る。
 山には半年も登っていなく、体調も良くないそうだ。
 彼もいたたまれなくなり、少しでも山に入りたかったのだろう。
 4人で行くがスキーには置いていかれる。
 スキー3人の後ろを歩いても埋まってしまうのだ。
 急斜面に入り皆がスキーからかんじきに変える。
 ここでようやく追いついた。
 ここからは急斜面になる。
 最初に私が進んだが、直ぐに急斜面になるとスノーシューは滑って登るのに苦労する。
 苦戦する
 かんじきの坂口さんが先に行く。
 さらに急斜面になり、かんじきの後を行っても登れない。
 スノーシューでは無理になってきた。
 この急斜面を登りきれば稜線に出るのだが、余り遅れても皆に迷惑がかかるので、一人で戻ることにする。
 次回はスノーシュー駄目だな。
 一人で戻って桔梗に寄る。
 妻と温泉に行く途中ホーマックに寄ったら、東北震災の発生した時間に慰霊の黙祷があった。
 もう3年になるんだ。順調に復興が進んでいないようだ。
 早く平穏な生活が戻ってくれれば良いが、自分も何も出来ないな。

3月10日(月)大雪だ
 昨日は夕方から夜にかけて屋根の雪が凄い音を出して落ちていた。
 外を見たら石油ストーブの排煙口が埋まっていた。
 家の中に排気ガスが溜まったらCO2中毒になってしまう。
 ここ少し家の解体をしていなかったので、石油ストーブも時々使っていた。
 雪を取り除くにも屋根からの落雪が怖い。
 逃げる準備をしながら急いで雪を撤去した。

 そして今日の朝、新聞を取ろうとしたら入り口が開かない。
 また落雪があったのだ。
ようやくドアがが開いた

 この屋根から落ちる

 反対側もどさっときそう
 他の出口から出て見たら雪で埋まりドアが開かなくなっていた。
 家の周りも含めて総て雪捨てを行った。
 一汗かいた。
 今日は快晴の天気なので、雪も相当溶けるだろう。
 全く余計な雪が降った。
 
 遭難した斉藤さんの捜索も行う予定が決まったが、昨日登山道を見に行った方の話しでは、積雪が膝以上積もっており、スノーシューでも歩くのが大変な状況だったようだ。
 明日、有志で捜索に入るが困難が予想されるし、この雪では見つけるのは困難だろう。
 やはり春を待つしか無いのか。
3月9日(日)まだ雪が降り続く
 毎日雪が降っている。
 山は凄い量になっているだろう。
 恐らくは2m近くになっているだろう。
 遭難した斉藤さんの捜索が行われるが、深い雪に難航するのは見えている。
 広範囲の捜索をこの時点で行うのは条件が悪すぎる。

 「函館山旧三十三観音コースを巡る」の本を欲しい方が居たので印刷してFさんの家に持って行く。
 ここでまた話しに夢中になった。
 炭焼の話しをしたら、旦那さんも詳しく、ついつい話しに夢中になり昼食も頂いてしまった。
 九州のそうめんだったが美味しかった。
 家に帰って炭焼の事を文書に纏める事にした。
 文書に挿入する絵を書いた。
 絵はなかなか上手く書けないが、時間を掛けて何とか書いた。
 まあ無いより増しだろう。
 折角得られた中村さんの貴重なお話しなので文書に残して置きたい。

 炭焼場のイメージ

 木は建てて長さを変えて行う

 炭木が総て入った状態

 総て終了して入り口を塞ぐ

 炭にならない事もある
 
3月8日(土)今日も大雪だ
 春のきざしが見えてきたのに、またまた冬に逆戻り。
 GHの前の雪の排雪は困難になった。
 下に積もった雪が桔梗に行っている間に固まってでこぼこ状態になった。
 その上に新雪が降ったのだ。
 
 6日の日に北斗市の中村さんに会って話しを聞いてきた。
 92歳の中村さんは、中学校を出て直ぐに親の後を継いで炭焼を行った。
 昭和13年の事である。
 私が会って聞きたかったのは、今在調査している下二股口台場にある掘れた穴が、弾薬庫か炭焼窯かと言う判断が出来なくていた。
 図書館で炭焼に関する本をかなり読んだが、判断の結論に至っていなかった。
 中村さんの話しを聞いて先ず驚いたのは、台場の付近が彼の仕事場だった。
 中二股と下二股については自分の窯があったので特に詳しかった。

 (メモはノート10枚くらいになった)
 話しを聞いている内に、炭焼と言うのは簡単に穴を掘って、そこに木を入れてくすぶらせれば良いのだろうか程度の考えしか無かったが、まったく違ってかなり技術的に高度な仕事だった。
 その話しを3時間も聞かせていただいた。
 その結果、下二股台場では炭焼は行われていない事も分かった。
 炭焼は下二股沢川のさらに上流で行っていた。
 場所も分かったので今度行って見ようと思うが相当の山の中だ。
 笹小屋に住んで1年位炭作りの生活する。
 笹を集めて丸太で枠を組んで、壁や屋根に笹を張りつけて行くのだ。
 雨にも大丈夫だし雪でも大丈夫だそうだ。
 でも・・冬は薪を焚くにしても寒いだろうな。
 トイレの作り方も分かった。
 やはり家の外に作る。
 穴を掘って板を渡し、そこで大便をするのだが、そとは丸太3本で組みむしろを張りつける。
 三角に作る事で驚いた。
 私の解析した下二股口台場の絵に三角に書かれた物は間違いなくトイレであろう。
 これで旧幕府軍の屯所跡も間違いがなしし、トイレも分かった。
 土方歳三が使っていたトイレが残っている事に、土方ファンはどの様な思いになるのだろうか。
 今回聞き取り調査した炭焼の内容は凄く貴重なもので、資料として纏める価値があると思う。
 今回知っている限り書いて、再び中村さんに見て貰い内容の充実を図ろう。
 これであちこちで発見した同じ様な形状の物は弾薬庫と言って良いだろう。
 戦いの地になった天狗岳の付近にも弾薬庫がある。
3月7日(金)以前消息不明
 函館市の斉藤さん(78歳)が毛無山で消息不明になっているが、警察の必死の捜索にもかかわらず未だに消息が分からない。

 毛無山の積雪は捜索が始まる前の日に1mも積もって、それも捜索をしにくくしている。
 そして昨日も今日も吹雪いているので捜索は行われていない。
 天気が回復して、あと2回くらい捜索し発見出来なければ、捜索打ち切りになる可能性が高い。
 昨日の夜に自然倶楽部の鎌鹿代表から電話が来て、彼の車の中から毛無山〜設計山への縦走を書いたルート図が出て来たそうだ。
 このルートは安政五年に出来た道で、私もずっと調査していた。
 大体のルートが判明したので、今年の春には縦走しようと思っていた。
 その道を彼が行ったのだろうか?
 タクシー会社の電話番号も書かれていた。
 このコースは縦走すれば、タクシーで変えるか歩くしかない。
 バスも有るが不便なのだ。
 函館を早朝4時に出たと言うのも、長距離を踏破する事が想定される。
 桔梗からGHに戻って来たので、私の計画した縦走コースの地図を持って自然倶楽部に行く。
 函館ではどうしても彼が登山用品の店とガイドをやっているので、取りまとめて的になってしまう。
 話しをしていても次々電話が来る。
 すでに警察が捜索打ち切りを想定して、各ポイントの駐車場を管轄する開発局に電話を入れて多くの車が駐車する事を了解を取っていた。
 山岳会がどのくらい動けるのか分からないが、遭難者は私の知っている人なので何とかお手伝いしたいと思っている。
 今後彼の残したマップを皆で見て、これからの事を考えようとなった。
 若い時から山やスキーをやっていて本当にベテランだった。
 天気は悪くは無かったので、山スキーでの事故か体調不良で何か起こったのではと思われている。
 早く見つかって欲しい。
3月4日(火)佐々木氏と
 佐々木さんの親戚の甲谷さんが103歳で亡くなった。
 急遽、佐々木さんが原口に帰る事になった。
 最期の打ち合わせをしたいと言うので訪問した。
 1つは「原口桜松街道を創る会」の賛同者として署名が欲しいと言う事だった。
 今後は署名を、松前町関係者など多くの人に貰い、桜松街道を皆で維持して行く。
 
 2つ目は桜松街道の入り口にある、看板や記念碑の周りを憩いの場として整備しようとの話しがある。
 私が簡単なスケッチを書いたのだが、佐々木さんが原口に帰ったら、松前町長とも合う事になっているので、何とかそのプランを見せて賛同して貰おうと考えていた。
 そこでもう少しきっちり作って貰えないかと言われたので作成する。
 取りあえず絵があれま皆で話し合いが出来るだろう。
 桜松街道をイメージして桜と松を植える。
 小高い丘の裏側は日本海が見えるので展望デッキでも置こう。

 完成したがプリンターが修理に出ていて印刷が出来ない。
 困ったなと思ったが、近くに居るFさんにお願いしたらOKと言うので行く事にした。
 SDに絵をコピーしようとしたら、パソコンのSDカードホルダーが調子悪くて読みこめない。
 100均に行ったらSDカードリーダーがある。
 使えるのかな?と思ったがまあ駄目でも100円だと購入。
 早速SDカードを読みこませたらばっちりOKだ。
 4種類のSDカードが使える。
 これで十分だ
 100均もやるもんだ。
 SDカードに絵をコピーして無事印刷をした。
 暫らく話しをしてから佐々木さんの家に行く。
 余りにも完成が早いので驚いていた。
 明日、町長に見せると嬉しそうだった。
 今日一日佐々木さんの用事で終わってしまった。
 明日は桔梗に行く。
3月3日(月)カメラが直った
 今家の解体は私の部屋を行っている。
 解体の前に荷物をGHに移動した。
 この際だから荷物の整理をする。
 不要なものを捨てながら着々と作業は進んだ。
 不要品の中からデジタルカメラが出てきた。
 そう言えば2年前に、水が浸入したのか液晶が真っ白になり、全く見えなくなった。
 しばらく放置して、何度か電源を入れたが全く状況は同じだった。
 もう駄目だろうなと思いつつ、今回が駄目だったら捨てようとなり、電池を充電した。
 そうしてカメラの電源を入れた。
 え〜!! 映る!
 ばっちり見える

 正面は問題なし
 真っ白で見えなくなっていた液晶が全く問題なく見えている。
 思わずやったー!となった。
 このカメラはGPS付きで購入した時は、結構高かった。
 カメラが壊れてから、安いカメラを購入して使っていた。
 それが回復するとは!!
 捨てないで良かった。

 ついでの以前使っていたスマホのレグザも充電する。
 スマホも充電
 こちらは電話が来た時に受信しにくく機種変更したのだが、カメラは1200万画素と良いのが付いている。
 これをカメラ専用に使うのも悪くは無いし、ミュージックプレイヤーとしても使える。
 これも復帰させた。

 家の解体は2時間ほどやる。
 昨日かなりやったので腰に張りが残っている。
 出た廃材で薪を作る。
 今日はマイナス4度くらい立ったようだが、作業中は全く暖かい。

 その後テントのチエックをする。
 4張りある内の2張りを組み立てて不具合いを修理した。
 テントを立てた

 野田さんも同じだ
 今月号のビーパルを見たら、カヌーイストの野田知佑さんもモンベルムーンライトを使っていた。
 ちなみにこのテントは壊れたと言うので、旅人理江ちゃんから貰ったものだ。
 直したが新しいのを買うと言うので私が使うことになった。
3月2日(日)家の解体
 今日は家の解体をする。
 最近暖かくなってきたので薪の消費が少なくなってきた。
 そんな事もあって解体はしばらく中断していた。
 やっと薪が無くなって来たので作業開始だ。
 今回は私が住んでいた部屋の解体を始める。
 この部屋は一番新しい部屋なので少し勿体ないが仕方が無い。
 会社勤務の頃千歳に転勤になった時に家を貸したのだが、帰って来た時はその借主の子供が落書きをしたので弁償して貰った。
 部屋全体をリフォームしたので新しいのだ。
 解体前

 壁を剥がすが、石骨ボードなので崩れてしまい剥がしにくい。
 結構な時間がかかり半分は剥がした。
 壁を解体
 妻の部屋と私の部屋の仕切りも無くなった。
 ベルリンの壁が崩壊した。
 仕切りが無くなった
 妻の部屋と私の部屋の仕切り壁も取ってしまった。

 記念ステッカー
 想い出のステッカーが張っているタンスの戸はまだ捨てないで残そう。
3月1日(土)プリンタ故障
 今日から佐々木氏に頼まれた本の印刷を行おうと、印刷設定して開始した。
 順調に印刷していたと思ってしばらくして見ると、印刷が止まっている。
 プリンタには「装置のトラブルに付き電源を一度切って下さい」と出ている。
 一度切って再び印刷を開始させたが、また同じメッセージが出る。
 何度やっても駄目なので諦めて修理に出す。
 コジマ電気に行って修理を依頼する。
 今は修理内容に係わらず固定料金制になっていた。
 私のプリンターは、以前使っていたプリンタ−が故障し、5年保証があったので修理に出したのだが、当時アジアの何処かの国で洪水になり、キャノンの工場も浸水して部品供給が出来なくなった。
 そこで新品のプリンターと交換してくれた。
 今でも4万円台もする高級品だった。
 交換した変わりに保証は付いていない。
 そのプリンターも2年は使った。
 高級品な為に固定修理料金も高い。
 上から2番目の13800円になっていた。
 仕方がなく修理に出す。
 グレードを落としたプリンターの新品は買えるが。本の製作用にインクを大量に購入済みなのだ。
 そこで修理しか選べない。
 2週間かかるそうだ・・その間印刷は出来ない。

 コジマ電気は桔梗の近くなので妻の所に行く。
 クッキング大林で人気の「手羽焼き」と鳥肉の甘揚げを買って行く。
 昼食を一緒に食べて、ファイターズの試合を見る。
 大谷君は今一つピリッとしなかった。
 先発大丈夫かな??

 GHに帰って下二股台場の絵を書く。
 写真は撮っているが木が沢山あって地形が良く分からない。
 そこで自分で書いて見る。

 上手く掛けたかな・・地形的には良く分かるが。
 HP TOP