4月30日(木)乙部に行く
  新聞に記事が載ると色々な人から電話が来る。
 今回「下二股口台場」の本を書いた記事が出た時に電話が来た。
 乙部に住んでいる方で新政府軍に入り、先祖が二股の戦いで戦ったと言う。
 新政府軍であるが箱館戦争として興味がある。
 原口願掛澤に調査に行った帰りに寄る事にした。
 新政府軍上陸の地碑で待ち合わせたら、奥さんが電動車いすでやってきた。
 お父さんも足が不自由で歩けないようだ。

 家について話を聞く。
 家系を取りだして来た。
 かなり古い家系で、乙部に入植した人であった。
 そして神社を建立し代々宮司としてやって来たそうだ。
 その話が延々と続く。
 書類も色々見せられるがあまり興味はない。

 箱館戦争に参加した人の話になった。
 神に使える人たちが全国から170人集まって隊を作り参加した様だ。

(箱館戦争で銃弾が当り負傷して法華寺送られ、そこから父親に出した書簡)
 箱館戦争の事と彼の事が201ページ位に時系列的にまとまっていた。
 お父さんが調べたんですかと聞いたら、どうやらプロの人に調査を発注依頼したそうだ。
 何と30万円だそうだ。
 皆が良く知っている箱館戦争の内容と町史から抜粋した彼の祖先の事を書いている。
 この様な調査をしている人にとってはそう大した資料でも無いのだが、これは凄いだろうと見せた。
 
 話を纏めると、私が新聞に出たので新聞社にコネが有ると思ったらしい。
 自分で頼めば来てくれますよと言ったが、自分では言えないと言う。
 以前も函館新聞に言ったら、来てくれて見て貰ったが記事にならなかった様だ。
 私に頼めば何とかなると思ったのだろう。
 「この記事が載ったらあなたが有名になる」と言ったが、そんな事をする気はない。
 町史にも載っているので、新規性は無く新聞社も来るかどうか分からない。

 2時間位話して帰る。
4月29日(水)見つけた!
 今日はタラノ芽採り、甲冑侍と再会、原口に行って登城ウォークの旗を返却する、願掛澤調査と予定が沢山ある。
 まずは桔梗のS氏と待ち合わせて旧大野の山に入る。
 タラノ芽採りだが、意外とハリギリ?が多くてタラノ芽は少なかったそれでも1回分はあるだろう。
 
 S氏と別れて下二股口台場の新政府軍塹壕に行く。
 この近くに有る石に弾痕が残っているのだ。
 以前一緒に行ったHi氏が見つけた。
 方向からして旧幕府軍が撃った弾の跡である。
 この石に弾痕

 ミニェ−銃だから小さい

 はっきり残る
 写真のみを撮って上ノ国に向かう。
 山辺氏と連絡を取ったら上ノ国の勝山館にいると言う。
 勝山館からの景色

 神社跡

 医王山神社


 そこに向かって行き合流する。
 1ヶ月以上もGHで一緒に生活したので懐かしい。
 上ノ国の観光案内をする。
 武田信広の新婚の住居である洲崎館に行き砂崎神社も見る。
 砂崎神社


 さらに北海道発祥の塔?を見る。
 人は来ない

 こんな景色
 その後、昼食を取るが、私はカツカレー、山辺氏はダブルカツ定食と流石に若い。
 カツカレーを食べる
 食べた後、原口に一緒に行く事になった。
 山辺氏の台車は上ノ国八幡宮に置いて行く。
 山辺さんはここの方と話をしたが、氏子が少なく運営が大変だそうだ。
 山辺さんにここを継がないかと言われたそうだ。
 神社が多い割に人口が少ないためだ。

 原口に行き佐々木さんの家に行き、登城ウォークの旗を返してくる。
 佐々木さんは不在だった。
 多分函館の病院に行ったのだろう。

 ついでに原口交流の里作り館に寄る。
 先日世話になった入江さんが農作業をしていた。
 少し話して願掛澤に向かう。
 入江さんも行きたいなと言っていた。
 仕事が有って行けない。

 小砂子山道の中でも特に願掛澤と彦四郎澤は難所で、ここを旅した人は箱根以上に厳しい山道と言った。
 この道は地元原口の住民が探索して見つけ、2001年に北海道新聞に大きく報道されていた。
 そんな事で私もここの道が難所の願掛澤と思っていた。
 その後、大正10年の測量図が出てきて解析の結果見つけた道と一致していたので、これが願掛澤と信じていた。
 しかし難所にしては道が厳しくなかったので半信半疑だった。
 この山道に仏像が置かれ、旅する人が旅の安全を祈っていた。
 その像は江戸時代の中期の寛保元年(1741)に渡島大島が大噴火を起し、松前では40mまで、奥末川では48mに達した。
 死者は1467名に及んだ。(松前藩公式記録)
 しかし実際には3000人を越えたと言われている。
 そんな事から仏像はてっきりこの津波で流されたと思って疑わなかった。
 7〜8年前の松前城築城記念願掛ウォークでは250名の参加者で賑わった。
 願掛澤旧道については決着済みで有り、あまり考えないでいた。

 最近になって、有色の森一馬の古図が出てきた。
 「十五澤中願掛彦四郎二澤之図」である。
 以前、何回もコピーした図を入手したが、はっきり見えずあまり目新しく思っていなかった。
 しかし、今回の有色の絵を見たら、「あれ〜やはり今の道は違う」と思うようになった。

 再び古文書を調べた。
 「前輪に俯して臨の八幾千尋という数もなき、窮谷底にして磴道は見えず先達の人馬声のみ。声を闇のミ既に谷底に下りて又登らんと仰ぎ」
 この古文書から相当な厳しさで有り、今迄願掛澤として歩いた道は違うと思うようになった。
 さらに調べたら、大正中頃に道の改良が行われたと書いた原口の文書が出てきた。
 測量図も大正10年であったのは、この改良工事の為に作ったものだった。

 そうなれば探索の興味が湧いてくる。
 山辺氏も行くと言うので心強い。
 藪道願掛澤の流れに沿って下って行く。
 願掛澤を下る
 野草が相当伸びてきた。
 足場は石なので葉の陰になって見えず。
 何度か転びそうになる。
 山辺氏はあ〜と言う声と共に転んでしまった。
 汗をかきながら、どんどん下って行く。
 所々沢も渡るので靴も水が入る。
 そしてやっと海岸に出た。
 お〜良い景色だ!
 原口川海岸

 願掛澤下

 まずは写真だ

 小砂子側
 綺麗な玉砂利の海岸だった。
 早速道探し。
 原口側は急な尾根がある。
 絵からするとここらしい。
 ここが旧道(原口側)
 下の方は岩場になる。
 下は岩場だ
 でも降りられない事はない。
 原口の古文書に鎖が有ったと言う文書があるので、鎖があるなら降りられるだろう。
 海岸に出て、今度は小砂子側の登り。
 ここは最初は岩場だ。
 山辺氏が登って行く。

 小砂子側の登り
 軽がる登る

 上まで行った

 下り
 流石、冒険集団「地平線会議」のメンバーだ。
 私もメンバーだが冒険は怖い。
 岩を手も使わず登って行く。
 岩の頂部から、草の生えた斜面に行く。
 ここからは比較的楽に登れるよと山辺氏。
 行ける事が分かったので、今度は彦四郎澤の方に海岸を行く。
 こちらは急斜面だが願掛沢より急では無い。

 ここは登られるだろうと確認して戻る。(彦四郎澤)

 (私は怖々、この上の草の斜面に道は続く。)
 再び願掛沢に戻る。
 写真もかなり撮った。
 もう戻ろうかと、私が先頭になって進んだら、「も〜さんこれは何だろう」と山辺氏が叫ぶ。
 戻って見た瞬間「山辺さん!これは仏像の台座だよ!」と叫ぶ。
 じっと見る。
 ここに有った

 正面

 横(海側)

 裏から
 海岸に有った石に人工的に加工を加え、平らにして後ろは一段高くなっている。
 頭は無い。
 この部分が津波で破壊され流されたのだろう。
 下の石は大きくて波でも動きそうにない。
 少しはずれたかもしれないが・・。
 胴体部分の下の回りには海岸の小石が散りばめられ、接着している。
 津波が264年前で、それ以前からあるので接着部分が風化しているかと思ったら、がっちり付いていている。
 白い色で砂より少し大きい黒い物が入っている。
 山辺氏が「貝を粉にして何かの接着剤で固定したのではと言う」
 砂利石が一つも剥がれていないのが凄い。
 そのため像の下の接着部分が剥がれず残ったのであろう。

 この仏像は商人の若旦那とアイヌの娘が駆け落ちしたのだが、この場所で相当疲れたのと、先に有る熊石の番所は警備が厳しく突破は困難となり、ここで相対死した。
 旅人がそれを見つけ原口の村主に連絡して、原口の人が遺体を原口に運んで弔った。
 そして原口の方々によってその場所に仏像を作ったのだ。
 仏像の石は白と明るい茶の様色彩の石で、この海岸には他にも有った。
 恐らく海岸にあった石を使って、現地で仏像に掘った物であろう。

 無いと思っていた仏像の発見で、意気揚々として引き上げる。
 

 こんな藪を漕ぐ
 途中中央川の私の好きな写真スポットに行く。
 石崎方面

 汐吹方面
 その後、上ノ国に戻り夕食を食べて、花沢温泉に行く。
 おなじみ花沢温泉
 ゆっくりして出てきたら8時を過ぎていた、山辺さんは近くの東屋でテント、私はそばで車中泊した。
 山辺氏

 も〜さん
 疲れと温泉でぐっすり寝られた。

4月29日(水)匠の森でバーベキュー
 北斗市のカタクリで有名な匠の森にバーベキューに行って来ました。
 単身赴任の旦那さんが帰って来たので、家族そろってのレクです。
 私と妻が大沼の沢出商店に行って、2kGの肉と野菜が入ってたれも付いているのを買いました。
 肉を切って、野菜も切ってそれをビニール袋に入れ、たれを入れて豪快にかき混ぜるものです。
 GHに来た旅人から美味しかったと聞いて、それ以来機会が有ると購入している。

 匠の森で待ち合わせて早速バーベキューコーナーに行くと、申し込みが必要との事なので、事務棟に行って申し込む。
 使用申込書を書いて何処から来たとか、男女別とか色々書かなくてはならない。
 使用料は600円だった。

 風は冷たいが天気は良い。
 桜もあった
 良い空気の中でジンギスカンを堪能できた。
 



 待ちどうしいな


 終わって一事家に帰る。
 皆ファイターズのファンなのでTV中継を見る。

 夜になって北斗市の夜桜見学に行く。
 法亀寺の300年の桜は流石に大きく存在感がある。
 帰りにせせらぎ温泉に入って帰宅。
4月28日(火)家の解体
 今日は朝4時に目が覚めてしまった。
 起きて「春の土方歳三ツアー」の資料作りをする。
 朝食は納豆入り玉子焼きにした。
 まあ美味しい。
 納豆入り玉子焼き
 9時から家の解体を行う。
 高所なので苦手の場所だ。
 この屋根を剥ぐ

 こkは内側
 一番上は、旅人の山辺さんが手伝ってくれたので無事終わったが、今日はその次に高い場所なのだ。
 ここのトタンを剥がして下まで降ろす。
 まずはジグソーでトタンをカットする。
 高所作業なので緊張しながらだ。
 勿論ヘルメットと安全ベルトはしている。
 総てカットして、ロープを縛る穴を3か所開ける。
 下に降ろす時に必要なのだ。
 3本のロープを少しづつ伸ばして下に降ろす。

 少しづつ降ろす

 無事降りた
 予定通り無事下まで降ろせた。
 これで今日の解体は終了だ。

 夕食を作っていたが、洗剤が切れた。
 そう言えば貰った洗剤がある。
 石鹸の形をした、無香料、無着色で不用な物が入っていない。
 料理しても臭いが残らないと言う。
 使って見たが良い感じで洗える。

4月27日(月)PG始まる
 町内会のパークゴルフクラブの今年初めての練習日。
 妻と出かける。
 桔梗の朝は大変だ。
 まずは友瑛がネームプレートが無いとなり、皆で探すが見つからず。
 学校に行く時間が来たのでネームプレート無しで学校に行く。
 下の愛葵が私に耳打ちして、これで2回目だよと言う。
 そして愛葵が行く時間になったら、愛葵のネームプレートが無い。
 またまた探すが出て来ない。
 これもタイムアウトだ。
 毎日こんな状態が続くのか?
 パークゴルフに行く時、愛葵も一緒に乗せて幼稚園に送って行く。
 バスもあるのだが路線が長く、乗ってから1時間も走りまわるのだ。
 どうせパークゴルフ場に行く途中だから送って行く。
 
 パークゴルフは今年初めてだ。
 まあ味見程度と言う事で回ったら午前中は108で午後は111だった。
 今年は平均110以下を目指しているのでまあまあの成績だ。

 終わってGHに戻る。
 直ぐに29日の花見に使う炭を買いに行く。
 これで1日が終わった。

 ご飯を炊いて夕食の準備、その間洗濯と主夫の生活に戻る。
 
 今後やる事は「春の土方ツアー」の参加者用パンフレットとガイド資料を作らねば。
4月26日(日)函館山クイズウォークラリ―
 昨日のウォークで足の筋肉が張って歩くのが大変だった。
 昨日の夕方孫の瑞葵から電話があって、じいちゃん函館山に行く?
 う〜ん足は痛いが・・・明日の朝起きて決めようとなった。
 夕方、湿布を張ったり、筋肉鎮痛剤を塗り込んだりして寝たら朝はかなり良い状態になった。
 そこで荷物を用意して桔梗に向かう。
 瑞葵と友瑛が行く予定だったが、友瑛は熱が出て行く事は出来ず、瑞葵と二人で出かける。
 駐車場が満員に有ると思い、受付参加30分くらい前に着いた。
 駐車は出来た。
 子供連れの参加者が多い。
 時間になり受付でスタンプカードを受け取る。
 その場で1問目の問題。
 回答はBのしまりすでOK。
 2問目はウッドクラフトハウス。
 回答はBの杉だった。
 係のおじさんが花の説明をするが聞く人は僅かだ。
 その場で写真館もやっていたが、花と野草と鳥の写真を展示していた。
 次のクイズは野鳥観察小屋前で3番目のクイズ。
 七曲コースの曲り数で回答はAの27だった。
 これも正解。
 B番目からは登りも緩やかななので瑞葵は楽だったようだが、じいじはまだ足が痛い。
 C番目は汐見山コースの終点でここの回答は、Bのスズメバチでここも正解。
 この辺りから足の筋肉痛も無くなり、快調に飛ばす。
 20人位を抜いて千畳敷きのゴールに着いた。
 最後の問題は難しかった。
 旧登山口のもみじ山駐車場までの距離だった。
 私は2070.mだと思ったのだが、瑞葵がヒントを見つけ1060mと分かった。
 私も瑞葵に合わせAの1060mにした。
 抽選場に行って回答を見て貰い。
 二人とも全問正解。
 抽選で瑞葵はマグカップ、私はデスクロックが当った。

 その後ストライクアウトをやって、瑞葵が1枚、私が2枚を当てて、瑞葵は24色の色鉛筆で私はLEDライトを貰った。

 沢山の家族が参加し楽しいイベントだった。

 昼食を食べて、帰りは要塞等を見て、汐見コースを下って到着。



4月25日(土)登城ウォーク2日目
 今日は2日目。
 足の筋肉痛はそれ程無い。
 他の人も特に問題ない様だ。
 7時に支援者の佐々木さんの家で朝食を頂く。
 佐々木さんの弟の奥さんが作ってくれた郷土料理だった。
 美味しく頂き、昼の弁当まで作って頂いた。

 スタートは江良の郵便局前。
 既にサポートして戴く郵便局の局長以下が集まってくれていた。
 記念撮影をして出発。

 今日は風も無く快晴の天気だった。
 暑くなりそうだ。
 江良郵便局の前で記念撮影をして出発。
 天気が良いので気持ちが良い。
 あっという間に清部郵便局に着いた。





 ここでもお菓子や飲み物の接待を受ける。
 清部を出て暫らく歩き、国道を離れて茂草に下る。



 茂草の集落を過ぎて、静浦に入る。
 集落の所々で地元住民の方が声を掛けてくれる。
 こんな所を集団で歩いている姿を見る事はないだろう。
 接待場所の静浦郵便局では椅子まで用意してくれた。









 ここでサポート隊と一緒に来た、小学校5年生の太郎君が一緒に行く事になった。

 登城ウォークの旗を持って元気一杯だ。
 赤神を通り札前を過ぎて館浦の手前で昼食を採るが、ここでもサポート隊が水などを用意してくれた。
 本当に感謝感謝だ。
 館浜では大勢の方が迎えてくれた。



 前回もそうだが、おばあちゃんを初め多くの人が駆けつけてくれた。
 ここまでくれば後は松前まで6km少しだ。
 元気を付けて貰い、拍手を貰って出発する。
 やがて折戸浜に着く・



 ここでも水等を供給して貰う。
 今日は暑いので冷たい水の供給は有難い。
 ここから太郎君の小学校3年生の妹さんが同行する。
 普段そんなに歩く事はないので、家族は心配していたが何と元気一杯だ。
 松前市街地に入る。
 間もなくゴールだ。
 沖の口に着く。
 ここで甲冑パフォーマーの山辺さんと土方コスチュームの白鳥さん、それに松前のカリスマガイドのラビット飯田さんが待っていてくれた。
 皆で登城する。
 賑やかだ。
 城の中の芝生で記念撮影やセレモニーが行われた。







 北海道新聞の取材も受けた。
 満足感一杯で函館に戻った。
4月24日(金)登城ウォーク1日目
 朝6時に函館を出発して石崎に向かう。
 天気は良い。
 予定の時間に石崎に着いた。
 舞っていたのは郵政OBの方だが、2人しかいない。
 2台の車を原口まで運んで貰う予定が駄目になった。
 仕方が無く車を置いて、ウォーキングの開始になる。
 向かい風が強く歩くには苦労する。
 時折、突風で足が止まるくらいだ。
 この辺りは地方選挙の真っ最中で、選挙カーが走り回っている。
 我々にも頑張って下さいの声を掛けられる。
 日本海の海岸線を眺めながらのウォークは良いのだが、風が無ければと言った感じだ。
 途中の13曲りから旧道に入る。







 道は荒れているが、皆山に登る方なのでそれ程苦労はない。
 大滝の橋は落ちているので、急斜面を下りる。



 そして海に近い所まで行き、大滝を見る。





 大瀧山から流れる水が日本海に落ちている。
 ここは箱館戦争の際の土方隊の集結場所になる。

 国道に出て小砂子に向かう。

 トンネルの手前から右に下れば小砂子の集落になる。

 ここで電話が来る。
 願掛澤で行われる、矢不来宮司に寄る交通安全祈願が有るのだが、皆30分も待っているが何時着くのかと言う事だった。

 まだ1時間掛ると言ったら、私だけ来て玉串をあげてくれとの事だったので、皆を置いて車に乗せて貰い、玉串だけあげて、再び皆と合流。
 ウォークは条件によりなかなか計画した時間では歩けない。
 途中に祈願祭を入れるのは、時間調整が難しくなる。
 朝の出発前に行うのが良いかも。

 そこから、皆の希望で難所の願掛澤に入る。



 7〜8年前に行われた松前城築城400年記念に歩いて以来なのですっかり荒れていた。







 途中から雨になりますます滑る斜面に難儀してようやく願掛澤に到着した。
 原口交流の里づくり館に到着。
 一休みして憩いの家で地元の方々による夕食のおもてなしが有った。











 矢不来神宮宮司による松前神楽もあった。



 地元のお母さん3人が作る、郷土料理は美味しかった。

 その後、当初の夕食場所は掛越山の山頂、山小屋であったそうで、足湯も沸かしたと言う話を聞いた。
 そこで折角だから皆で山に登ろうとなった。
 食事した後で、お腹が一杯だし、飲んでいる方もいるので登りは大変だった。
 それでも40分で登って夕陽の出るのを待つ。





 その間、不思議な人形のある場所に行く。
 これは一体何だろう。

 やがて夕陽になってきた。
 十分に眺めて、下る事にする。



 暗くならない内に下ろうと皆で走る。
 結局20分で着いてしまった。
 夜も交流が有ったが9時過ぎには終わり、その後皆寝てしまった。
4月23日(木)登城ウォーク準備
 良い天気だ。
 6時には起きて「土方ツアー」資料作成をする。
 A3、1枚の簡単な資料で良い事になった。
 折角作った34ページは多すぎると言う事になった。

 木を消化するため、朝はストーブを焚いているので棒鱈を煮込む。
 Sさんから戴いたのだが、長い時間煮込むと美味しくなると言われ実践している。
 もう数日煮込んだので、骨まで軟らかくなった。
 醤油、みりん、日本酒で味付けした。
 完成した 

 午前中は家の解体をする。
 薪がコンテナ2つになった。
 今日はコンテナ2個
 あまり無理すると、腰が痛くなって明日からののウォークに差し支えるのでほどほどで止めた。

 午後から、着替え等の準備とバックパックの準備をする。
 サポート車もいるので多くの荷物を持つ必要が無いので有難い。
 郵便局長OB会と現役局長がサポートしてくれる。
 準備万端

 総て終わって温泉「なごみ」に行く。
 久しぶりだった。
 1時間のんびりして、帰りにスーパーに寄る。
 野菜が欲しかったが異常に高い。
 ホウレンソウ198円、キャベツ280円などなど。
 モヤシは27円と相変わらず安い。
 ピーマンが4個で112円とまあまあ。
 どうしてもそこに落ち着く。
 これからも値上がりなのかな?
 夕食はもやしと豚ロースの炒めかな。 

 先に松前に向かった山辺さんは、茂辺地漁港東屋で1泊し、昨日は知内のファミリースポーツキャンプ場に着いた。
 これだと24日には着くかもしれない。
 松前のカリスマガイドがFBで登城の際、集まってくれるよう情報発信してくれている。



 
4月22日(水)色々と
 桔梗の朝は大変だ。
 小学校に行く時間が7時30〜40分になる。
 その間に準備しておけば良いのに何かと問題が起きる。
 今日は友瑛のネームプレートが無い。
 あちこち探しても出て来ない。
 仕方がなくお姉ちゃんと一緒に登校した。
 その後も探したら見つかった。
 直ぐに妻と車で追う。
 1km位で歩いている姿を発見。
 妻が車を降りで友瑛に手を降ったら、廻りにいる通学生にも注目される。
 そしてネームプレートを付ける。
 周りには関係ない子供たちが覗きこむ。
 なんだネームプレートかと皆は歩いて行った。
 こんな事がこれから起きるだろうな。

 GHに戻る。
 今日は家の解体をする積りだったが、その前にごみの整理をする。
 燃えるごみ、燃えないゴミは金属とそれ以外に分ける。
 午前中に整理は終えた。
 
 2Fに上がって解体していたら、向かいの自動車修理工場の事務のお姉ちゃんが手を上げて走って来た。
 いつもテンションが高い。
 頑張るねといつも激励してくれる。
 そして自転車で北海道を回っている女の子が居るから、「自遊旅」を紹介したので宜しくと言う。
 
 昼食を食べ、解体に行こうとしたが、ふとジャガイモが気になって見たら、すっかり芽が出ていた。
 これはもう限界だ。
 急いでカレーラースとフライドポテト作った。
 これで捨てなくても済む。
 カレーも作った

 つまみに良い
4月21日(火)山辺さん松前に向けて出発
 ようやく天気も回復して、ここ1週間は良い天気になりそうだ。
 甲冑パフォーマーの山辺さんも今日出発する事になった。
 それにしてもこの台車は重い。
 これで40kmも歩く彼の体力も凄い。
 私なら10kmも歩けるだろうか?
 重い台車だ

 台車の前に新たに作った
 台車の前には新しく、布の甲冑を付けて目立つようになった。
 これから松前を目指して国道を歩く。
 そして25日には「松前登城ウォーク」のメンバーと一緒に登城する。
 
 彼の出発した後、タイヤ交換をする。
 まだ冬タイヤを履いたままだった。
 タイヤ交換は30分もあれば終わる。
 やっと交歓した

 その後家を解体した木材を置く場所を決める。
 これから解体する木材は、冬に使うので切らずに柱のまま保管する。
 ここに集める

 夕方のには桔梗に向かう。
 途中蔦屋書店に寄って直木賞作家の書いた「ラ・ミッション」を見る。
 箱館戦争に参戦したフランス軍人ブリューネの事を書いた本で、新聞には作家が下二股台場も訪れて書いたと新聞の紹介が有ったので、興味あったが台場の事は書かれていなかった。

 桔梗に着いて道新「甲冑パフォーマー」の松前登城取材依頼FAXや松前登城ウォークの原口の宿泊申し込みを教育委員会にする。
 これで「松前登城ウォーク」準備は完了だ。
4月20日(月)山辺さん出発中止
 今日は朝から雨で夕方からはもっと激しくなる予報だ。
 朝から「松前登城ウォーク」の資料作成と参加者への発送をして過ごす。
 完成して送る
 今日松前に向けて出発する予定の山辺さんはすっかり準備を終えて、出発する直前に雨が降り、出発を断念し明日にした。
 朝から準備

 荷物は多い

 ここまでは良かったが
 しばらくぶりに歴史の話しをする。
 お互い幕末が好きなので話は尽きない。

 昼は山辺さんが奢ってくるれるというので、ラッキーオイエロに行く。
 私はチャイニーズチキンバーがセットにした。
 久しぶりだ

 紀宮様も来ている
 ここでも1時間くらい歴史の話をしていた。
 GHに戻ってのんびりする。

 夕方しらとりさんが来て「土方歳三幕末ツアー」の打ち合わせをする。
 参加者に配布資料も作ったが34ページになった。
 多すぎるかな?
 参加者用資料
4月19日(日)孫と映画
 子供向けの漫画の映画があるから連れて行ってと言う事で、七飯文化センターに行く。
 友瑛は興味がない様なので瑞葵と愛葵とで行く。



 子供の付き沿いは無料で、子供は1人500円。
 会場の60%位は埋まっていた。
 いつのフィルム何だと言うくらい、傷が多いフィルムが回って、映画が始まる。
 結局4本を見て1時間40分だった。
 漫画は疲れる。
 これから学校が休みの週末は何かと忙しくなりそうだ。
4月18日(土)孫と食事
 今日は約束通り孫とびっくりドンキーに行く。
 注文するのは鯉のぼりに塗り絵をしてて、半額になる「お子様ランチ」だ。

 何か少なさそうなので、フビッグライドポテトを1皿追加する。
 ポテトが来たらあっという間に無くなってしまった。



 ここのトマトケチャップが大好きで直ぐに無くなる。
 その後、お子様ランチが来たが、長女と長男はあっという間に平らげた。
 末の愛葵はポテトの食べ過ぎでハンバーグは殆ど残す。
 これを二人で分けたが、まだ足りなさそう。
 小学校5年生と1年生ではお子様ランチは十分では無かった。

 孫達はGHで暫らく遊んでいた。
 3時のおやつに500円を渡して、3人で買い物に行く。
 ヤクルト7本で108円、カントリーマーム258円、残りは20円程度の物をこまごま買って残金130円としっかりしている。

 山辺さんは甲冑が入っている台車の箱に駆けるカバーを作った。
 熊本で買ってここまで持って来たのだ。
 これを箱に掛ければ目立つな。


 子供たちが遊んでいる間、原口佐々木さんの所に行き、松前登城ウォーキングの打ち合わせをする。
 今回、共催してくれる郵便局長OB会の2人も来てくれた。
 これで後は実行するのみになった。
4月17日(金)桔梗に行く
 甲冑パフォーマの山辺さんにアマゾンに発注していた、モンベルのレインウィアが届いた。
 旅も長くなると最初に買ったウェアの防水性が無くなった様だ。
 16000円は高いな。
 因みに私が持っているのはプロノのレインウェアだ。
 どちらも透過性で防水仕様だが、プロノは3000円程度だ。
 性能に差があるのは仕方がないか。
 折角だから記念写真を撮る。
 一緒に撮影

 桔梗に行ったら子供たちが鯉のぼりに塗り絵をし終わっていた。
 先日、びっくりドンキーに旅人と行った際、半額券があったので貰って来た。
 色を塗ったらの条件だ。
 そこで色を塗ったらじいちゃんが奢ってやると言っていたのだが、じいちゃん何時来るのと待っていた。
 歳の順に塗り絵のうまさが違って面白い。
 下の子も塗れた

 夕方本屋に行く。
 Fielderが藪山特集をやっていたので購入する。
 2年前、東京で話をした服部文祥さんの特集記事も載っていたので面白く読んだ。
 記事の内容には共感できる部分も多く、時間を忘れて読んだ。
 本には好きなキーワードが並ぶ






 服部文祥さん

 娘夫婦から入学祝いのお返しに米を貰った。
 全国のコメが入っていて楽しみだ。
 楽しみな米さん
 夕食は長女の瑞葵が味噌汁と豚丼を作る。
 もうすっかりお手伝いが出来る。
 調理は好きだ
4月16日(木)川汲をうろうろ
 天気予報は曇り後、晴れだ。
 今日は川汲の周辺を歩く事にした。

 予定は青線のコースだったが途中の381mピークからの下り尾根が見えにくかったので川に下った。
 もっと北側に行って確認すれば良かった。
 実際に歩いたコースは赤線。
 川からの登りがかなりの斜度が有りきつかったが笹も短く歩きやすい。

 目的はサクラソウの群生を見る事だった。
 この川筋には多くのサクラソウがある。
 ここは他にも花が沢山あるので十分目の保養になるし、川を暫らく渡渉して歩くので、普段とは違う雰囲気が楽しめる。
 車を止めて川に下るが、昨日の雨でいつもより水量が多い。
 短い長靴では水没ぎりぎりだ。
 木を渡したりして何とか渡渉完了。
 徳川幕府の鉱山から鉱石を馬に積んで運んだ道を歩く。
 川を馬で鉱石を運搬した

 行く時はまだ開いて居ない
 しばらくして再び渡渉するが、ここは渡渉後斜面に登る。
 徳川鉱山の弾薬庫跡を過ぎれば、ここからずっと川を渡渉して行く。
 幸い支流になる川は水量が少なく歩きやすい。
 滝が何度も出てくるが小さい滝で迂回も出来る。
 最初の滝

 横から

 小さな滝

 なかなか良い雰囲気だ

 滴が美しい

 山からの滝

 今しか見れない

 また滝だ
 花は沢山咲いており、特にブルーのキクザケイチゲ白色と同じくらい多い。
 圧倒されるくらい咲いている。
 ブルーが多い

 アップで

 エゾエンゴサクも多い
 暫らく行くと行者ニンニクがあちこちに出ている。
 もう我慢が出来ずに暫らく山菜採りになってしまう。
 山菜もバックパックに一杯になって、再び渡渉しながら登って行く。
 良い感じの渓谷

 まだまだ続く

 一杯だ!

 アップで
 途中には滝が何度も出てくるが、迂回しながら進む。

 弾薬庫跡が出てきた。
 下の方にも1個所あるが同じ作りだ。
 鉱山がまだ上に有ると言う事だ。
 弾薬庫跡
 澤が2手に別れる所で右に入り、北側の尾根に出る予定だったが、その手前に良い斜面が有り、そこを行く事にする。
 最初は登り易い斜面だったが、急な斜面になり直登するには這って登る場面も出てくる。
 急斜面の登り

 喘ぎながら登って、少し緩い尾根を進んだと思ったら、再び急斜面に出くわす。
 笹は短い
 笹が短ので藪漕ぎと言う感じでは無い。
 獣道がしっかり付いていてまるで登山道の様だ。
 獣道がしっかり付いている
 ここもクリアして行き、最後の急斜面をクリアしたらピークに出た。
 きつい登り

 ここも急登だ!
 先程まで風が有ったのだが、今は全く無く何とも静かな所だ。
 北側の名の無き山々も連なり、南側には台場山も見える。
 このピークから西に向かえば林道に出て台場山に行く事も可能だ。
 台場山への尾根道
 ピークで昼食を取る。
 山菜採りに時間が掛ったので1時20分と遅い食事になった。
 のんびりして再び出発。
 尾根のアップダウンを繰り返して、行ったがあれ〜先に進む予定した道がない。
 帰ってから調べたら、ここの場所から北東に尾根が続いていた。
 もう少し周辺を見れば良かった。
 南側に下り川に出る事にする。
 急な斜面だが木が多くあるのでホールドには苦労しないが、時々ずり落ちる。
 獣道と同じく下って行く。
 4つ足って良いな〜滑らないでと感じながら・・。
 川が近づいたら道が出てきた。
 これを戻ろうかと進んだが、直ぐに消えてしまった。
 再び川に向かって進み川に到着した。
 途中には弾薬庫跡があった。
 ここには徳川幕府の鉱山跡があって、幕末にはここで採石していた。
 鉱山跡は今でも残っていて、こうもりの巣になっているそうだが、鉱山を知っている方も高齢で、場所があやふやになっている。
 いつか突き止めたいのだが・・・。
 川下りの途中にも行者ニンニクはふんだんにある。
 もう一杯採ったのにまた採りだす。
 この辺り一帯は行者ニンニクが豊富にある。
 もう十分と言うほど採って車に戻る。
4月15日(水)雨の日は
 雨だった。
 何処にも行けないから、今日はまたまた資料作り。
 5月に行われる土方歳三激戦ツアーのお客さん用資料を作成する。
 取り敢えず一気に作成して後で校正しようとなった。
 半日で34ページを作った。
 一気に作った
 これを後は校正して、追加等をすればOKだろう。
 5月のツアーには本州から10名程度で地元から10名程度が参加する予定。
 
 山辺さんも何処にも行かなかったので、暫らくTVを見ながら歓談。
 その後夕方になったので、今日の夕食を作る。
 ロースカツを揚げて、ニンジンの天ぷらも作った。
 今日の夕食
 今日はかつ丼でも作ろう。

 夕方スーパーに行く。
 久ぶりの買いものだ。
 醤油、キッチンタオル、牛乳、トマトソース、エリンギ、そして豚ロースを買った。
 昼に山辺さんが買って来た豚ロースは7枚入って620円だった。
 安いので私も購入。
 私の場合は1食1枚あれば良いので7食分はある。
 因みに山辺さんは流石に若いので、1回で3〜4枚は平らげてしまう。
 これが歳の差か。
4月14日(火)家の解体
 朝早くから「松前登城ゥオーク」の資料作りをする。
 25ページの冊子が出来た。
 これは当日参加者に配布する。


 終わって市役所に行き「住民票」を貰いにチャリで出かける。
 入り口には3人も人が居て「おはようございます」と声掛け。
 こんなに人が必要なのかな?
 市役所は空いていて10分くらいで貰えた。
 
 帰りにレターパックを買ってくる。
 東京から「下二股口台場」3冊の注文が入った。
 それにしても土方ファンや幕末ファンは多い。
 既に70冊位は作った筈だが後、10冊くらいしか無い。

 帰って家の解体をする。
 今日は一番の高所にある、屋根のトタン剥がしと棟柱の解体だ。
 まずは鉄板をディスクグラインダーでカットする。
 高所なのでなかなか捗らない。
 そこに甲冑パフォーマーの山辺さんが床屋から帰って来た。
 頭がカットされすっきりしている。
 その山辺さんが手伝ってくれた。
 そろそろ降ろす

 上半分が無くなった

 私はいちいち梯子を掛けて登って行くのだが、山辺さんは柱を登って行き、桁の上で平気でいる。
 トタンは半分になり、屋根から下に降ろす。
 紐を既に結んであったので、そろそろ降ろして予定通り撤去で来た。
 
 次に一番高い桁をカットする。
 ここは山辺さんがやってくれる事になった。
 チエンソーデでカット

 ここも

 OKだよ

 とびさんの様に柱の上を歩いて、チエンソーでカットしてくれた。
 流石冒険野郎集団「地平線会議」のメンバーだ。
 私も一応メンバーなのだが、高所は嫌いだ。
 桁もあっという間に切って倒したが、途中で引っかかった。
 それを降ろすのに苦労して上と下でゆすってやっていたが、急に引っかかった柱が落下。
 私を目掛けて落ちてきたが一瞬逃げてセーフだった。
 山辺さんが「危なかったが逃げるの早い」と誉めて?くれた。
 一番の難関がクリヤ出来たので、後は低い個所なので私が一人で解体出来る。
 この桁を切って落とした

 すっきりした

 これは来年の暖房用
 これで今日の作業は終了し、後はのんびりする事にした。
4月13日(月)色々な仕事
 今日は朝から山辺さんと話す。
 いつもは遅いのだが今日は早く起きてきた。
 その後は桔梗から持って来た塀の木材をカットする。
 箱で3箱出来てしまった。
 最近は暖かいので日中は薪を焚かず、朝だけ焚いている。
 薪の消化が大変になって来る。
 
 その後は解体中の家の燃えるゴミと桔梗から持って来た引越しの不要物を近くの焼却炉に運ぶ。
 110kgあった。
 10kgオーバーだ。
 518円になった。
 係の人が惜しかったとニヤッとするが、kg単位にして欲しいものだ。
 100kg単位だと余りにもラフ過ぎる。

 その後解体中の家の石膏ボードや断熱材の燃えないゴミをごみ捨て場に持って行く。
 重い荷物だが山辺さんが2Fから降ろしてくれたので助かった。
 
 そして和カンジキの修理。
 Tさんから頼まれたもので、紐の移動防ぐ木片が折れて紐がずれるので直して欲しいと言う事だった。
 ズレ止めが取れた

 穴だけが残る
 竹の菜箸を買ってきてそれをカッターで切って穴に合わせて押しこむ。
 竹の菜箸を入れる。

 カットして終了
 これで完成だ。

 山辺さんは旅用の旗を新しくしていた。
 今度ははっきり見えるので良い感じだ。
 上には鯉のぼりも付いている。
 山辺さんは20日に松前に向けて出発する。
 なかなか良いぞ!

 夕方、キンピラごぼうと味噌汁を作り食は考え中。
 豚ロースの肉を買ったので、揚げてかつ丼かな。
 今日は蟹が手に入ったので旅人と食べる予定だ。
4月12日(日)孫と遊ぶ
 日曜日は公園に連れて行くと孫と約束していたので、今日の休日に行く。
 行き先は七飯町の「あかまつ公園」である。
 ここはかなり広くて遊ぶには十分な環境だ。
 休みと言う事もあり、子供を連れた家族で一杯だ。
 ブランコに乗り、自転車、キックボード、網渡りなどなど思いきり遊んで帰る。
 高い所も上がれなかった長女と長男は一番高い所まで登るし、下の孫はブランコを一人で乗って遊べるようになった。
 ブランコは一人で出来る







 高所も大丈夫

 イェ〜
 成長は早くて驚く。
 これから土日は孫との付き合いが増えそうだ。
4月11日(土)孫と本作り
 今日はGHに戻って本作り。
 孫も行くと言うので瑞葵と愛葵が一緒に行く。
 長男はサッカーの見学会があり、学校に行く事になっていて行けない。
 本作りは瑞葵が手伝ってくれたが、もう十分一人で作れるようになった。
 最期のカッターで切る作業は真っ直ぐに切れず、駄目だったが他の作業はもう一人で出来るまでになった。
 子供は早く覚える。
 糊付けをする

 接着作業

 愛葵は横で作業チエック
 隣で愛葵が作業を見てああだこうだとチエックが厳しい。
 13冊作ったので少しは余裕が出た。
 昨日も注文が有り、一度買って貰った人だが、まだ追加で買ってくれた。
 あれだけ調査したのは凄いと言ってくれた。
 やはり本を作って良かったと感じる。
4月10日(金)桔梗で土止め
 今日は桔梗に行き土止めを行う。
 行く途中Sさんの家に行者ニンニクを届け、少し話をしていたら12時になってしまった。
 桔梗に向かい昼食を採った後、土止め工事を行う。
 隣と家と我が家での土の高さが違うので、雨でも降れば土が隣の土地に流れる。
 そこで杭を打って、解体中の家から余ったフローリングを張って対策する。
 娘も手伝ってくれたので意外と早く済んだ。
 土止め終了
4月9日(木)行者ニンニク採り
 例年より雪解けも早いので、そろそろ行者ニンニクも出ているだろうと、採りに出かける。
 今日は気温は低いが快晴の天気で山菜採りには申し分ない。
 恵山方面に行く。
 古道を登って行くがいつもより道が良くなっている。
 山道の石と木

 古部古道
 道のピークに着いたら、あれ〜NHKの通信アンテナが立っていた建物が撤去されていた。
 撤去物を運ぶのに道を整備したのだろうか。
 行者ニンニクはいつもの様にあった。
 2時間ほど採って下る。
 途中からコースを変えて、道なき道へ入る。
 藪漕ぎ
 ここにも行者ニンニクは沢山あった。
 採りながら最後はかなり長い竹藪をくぐって下に着いた。
 藪漕ぎ

 その後、尾札部の石を見に行く。
 冬に行った時には横に線が入った珍しい石の様に思えた。
 冬の時はこうだった
 今回行ったら、あれ〜石の上に何かかぶさっていてそれが剥がれそうになっている。
 石に線が刻まれていなく、人工的なカバーが掛っていたのだ。
 それが剥がれて来ていた。
 カバーが剥がれていた
 なんだそんな事だったのか。
 不思議な石は落下防止の施されたものだった。

 その後臼尻の赤沢船舶修理の社長を訪れる。
 「下二股二股口台場」の本が2冊ほしいと言うので持って来た。
 臼尻の歴史家であり、私の講演にも来て頂いている。
 しばらく話してから、再び5月には来る事を約束する。
 八木川遊歩道は大変珍しい桜が咲いているそうだ。
 渓谷も良いし、何時間居ても飽きない良い場所らしい。
 来たら山菜の天ぷらでも皆でしようとなった。

 夕方GH鹿部経由で家に戻る。
 今日の収穫
 Yuta君が出発すると言うので、山辺君が買って来たケーキで出発祝いをする。
 長く滞在したが、明日には青森に行き、その後南下して沖縄を目指す。
 山辺さん提供

 3人で

 Yuta君

 山辺さんも・・

 旅立ち
4月8日(水)ヨッシー訪問
 桔梗から帰りGHに戻る。
 今日も本の発送&配達をする。
 それにしても土方人気が凄いのか幕末ファンが多いのか、随分作ったがもう無くなってきた。
 注文の中で2009年に作成した、「土方歳三 蝦夷を歩く」の本を欲しいと言う方も居た。
 もう6年前に土方の道を歩いた時の紀行文だが、良く知っていて貰ったと感激する。
 注文を受けた中で2人だけが電話を掛けても出ないのでギブアップだ。
 それが完了すれば一段楽だ。
 
 時間が出来たので旅人2人を誘って緑の島のヨットハーバーに行く。
 鹿児島発で日本一周中の途中で、ヨットは函館で冬を越した。
 オーナーはニセコでアルバイトをしていた。
 バイトも終わって戻って来たのでささやかな差し入れを持って訪問した。
 ヨッシーのヨット

 話が弾む

 何かと用事がある
 この後、ヨッシーは一度大坂に帰り、再び戻って来てから船の法定検査をして船底のペンキを塗り、再び5月の末には日本一周の後半に旅立つ。
 船の検査は2万5千円と安い。
4月7日(火)色々な日
 昨日は長男友瑛の入学祝いと誕生日会のダブルお祝いが行われた。













 皆の好きな手巻きすしとショートケーキで祝った。
 真っ暗な中、ケーキにロウソクが灯され、皆でハッピーバースディの歌を歌って御祝い。
 手巻きすしもあっと言う間に無くなりお祝いも終了。

 今朝も長女の瑞葵と長男友瑛が学校に行った。
 友瑛は瑞葵に手を繋がれて行ったが、これもい今のうちだけだな。



 学校から帰って来た友瑛と愛葵と私の3人でお父さんが釧路に帰る電車を桔梗の踏み切りまで見送りに行く。
 瑞葵は早々に友達が出来て、その家に遊びに行った。
 友達が出来るのも早いな。
 やがて電車が来た。
 流石に特急で余りの速さに全くお父さんを見る事が出来なかった。
 家に帰って来て愛葵の自転車訓練をする。
4月6日(月)孫の編入&入学&誕生日会
 朝にGHから桔梗に向かう。
 途中で本を一冊配達した。
 その後桔梗に行き、タイヤ交換したMTBを娘の旦那に渡し、輪行バッグに入れる。
 旦那が旭川に帰る時に電車に積んで行くためだ。

 孫の長女瑞葵は午前中に学校に行き5年生への編入を行って来た。
 幼稚園と違って父兄は別室に居るだけだったようだ。
 新たな転校生が3人居たそうだ。
 午後から友瑛の1年生の入学式に孫全員も一緒に行った。
 友瑛の新しいランドセルやスーツ姿が新鮮だ。




 再びGHに帰る。
 本を1冊配達した。
 長年苫小牧の図書館に勤務していたそうだ。
 函館に来たので勉強の為、本を購入してくれた。
 再びGHに戻り、友瑛の入学祝い&誕生日祝いの横断幕?を作る。
 本来の誕生日は14日だがお父さんが明日、旭川に帰るので早くなったのだ。
 入学と誕生日のダブルお祝いだ。
 なんだかんだでもう夕方だ。
 早い!
4月5日(日)本の引き渡し
 今日は朝6時から本の最終製作をして8時頃には終了した。
 出来た本を近くの方には届けたり、GHに取りに来てくれる方には着て貰ったりして相当さばけた。
 また遠方の方には本郵送した。
 残るは連絡がつかなかった4人になった。
 それに手渡しの予定が6人いる。
 今回も色々な人と会えた。
 土方ファンのS子さんは、土方の事なら何でも教えて欲しいと相当なファンだ。
 また下二股口台場は熊が出るという看板があったので行けなかったのが残念で是非行きたいと言っていた。
 AさんはBarを経営していて、幕末が大好きで部屋も古風に改造しているそうだ。
 GHの真空管ラジオにも興味があったようだ。欲しくて見つけたのだが音が出ないのでまだ手に入っていないそうだ。
 Hさんも幕末ファンで、下二股の事をこの様に書いた本は今まで無かったので良かったと言ってくれた。
 本は相当読んでいるそうだ。
 N子さんは函館検定を受ける予定で、その勉強の為に欲しかったそうだ。
 Tさんは70歳から山登りを始めて、下二股口台場も少しは行ったが、全容は分からなく興味が有った。
 今度一緒に行きたいと言う。
 本を購入してくれる人は、土方ファン、函館検定を受けるため、幕末ファンなど様々だ事が分かる。
 話を聞くと下二股口台場は行きたいが熊が怖くて行けない。
 また台場の塹壕が何処に有るのか分からない。
 と言った内容なので本を製作して良かったと思う。
 ただ本を読んだからと言って、そう簡単に行けないのが台場だ。
 北斗市の観光協会とも話しているが、数人規模のミニガイドを多く催せれば、良いのかもしれない。
 何れにしても何か対応を考え無くてはならない。
 碧血碑にしても、下二股口台場にしても、タクシーで行って、「はいここです、どうぞ行って下さい」では駄目だと思う。
 下二股口台場は相当なタクシー代が掛かって、それで入り口まで行って戻ると言うのは、ファンにとっては泣く泣く戻る感じになるのだろう。
 
 午後からMTBのタイヤ交換したが、空気が抜ける。
 虫ゴムが悪いのかもしれないが、本を取りに来る方が居るので家を開けられず。
 夜にでも買いに行こう。
4月4日(土)本の製作
 朝起きて直ぐに食事も取らず(まだ皆は夢の中)GHに戻る。
 そこから夕方まで本作りをする。
 もう腰は痛いし大変だ。
 結局30部の殆どを製作した。

 後は表紙をカットして終了する。
 購入待ちの人が18人くらい居るのでこれで一息つける。

 夕方、アルペンに行きMTBのタイヤとシフトワイヤー、ブレーキワイヤーそれにクリーナーを購入。

 明日娘の旦那が使うMTBの整備をする。
 それを輪行袋に入れ旭川まで持って行く。
 単身赴任の通勤用MTBになる。
4月3日(金)47年ぶりの再会?
 朝食を桔梗で食べてからGHに戻る。
 旅人の山辺さんとYutaの二人はまだ寝ていた。
 しばらくして起きて来たのでしばし会話をする。
 その後、しらとりさんが来て本を30部位印刷して持って来てくれた。
 やはりレーザープリンターは早いな。
 実費を払う事でOKして貰う。
 5月のツアーの内容を打ち合わせしている所に電話が鳴る。
 本の注文かと思いきや、函館ドック時代の仲間であるTさんからだった。
 今日は函館で同期会があるので東京から来たそうだ。
 飛行機を降りて行く予定だったN氏の携帯電話に掛けたが全く出ない。
 家電に掛けたら使われていないと言う。
 そこであちこち電話したら、Nさんは2年前に亡くなっていたそうだ。
 私の所属する電気設計の先輩だが、私も彼が亡くなっている事は全く知らなかった。
 彼はタクシーでGHにやって来たので暫らく話す。
 47年ぶりの話なので随分話す事がある。
 彼は中部電力に所属して、海外の火力発電所の建設に携わっているそうだ。
 湯の川のホテルで宴があるそうで、チエックインの時間まで話して、それから彼をホテルまで送って行った。
 訪ねてきてくれて本当に嬉しい。
4月2日(木)甲冑パフォーマー
 今日は甲冑パフォーマーの山辺さんが衣装を着てくれる事になっているので、孫達を連れてGHに戻る。
 早速着替えてのパフォーマーに子供達は戸惑ったりはしゃいだりと大興奮であった。













 午後からFご夫妻とYさんが来て、再び甲冑を着てパフォーマーをする。
 皆さんにも大いに喜んで貰った。



 終わって又桔梗に戻る。
 行ったり来たりと大変だ!
4月1日(水)孫と会う 
 風邪でなかなか行けなかった孫に会いに行く。
 昨日北海道新聞に本の紹介が出たので、注文がどっときて混乱している。
 七飯のYさんに本を届けてその足で孫に会いに行く。
 久ぶりの再会で笑顔が漏れる。
 その後、家に忘れ物をしてきたので孫達と一緒に取りに行く。
 その帰り本の注文が立て続けに入り、その都度車を止めて住所を聞いたり、名前を聞いたりしながら桔梗に着くまで5件の本の注文があった。
 家に着いてからも注文が有り混乱している。

 午後から注文の有った北斗市観光協会に行く。
 今後の観光についても話し合って来た。
 夕食後疲れて早々に布団に入る。
 孫の愛葵が一緒に寝ると言っていたが、布団に入った途端ママと寝るとなり、ゆったり寝る。
 HP TOP