12月31日(木)大晦日
 朝には娘夫婦と孫が登別の旦那さんの実家に行ったので、夫婦二人になった。
 本当にしばらくぶりだった。
 親戚の方が来ると言うので、昆布館に行ったらもう既に正月休み。
 仕方が無くイオンに行く。
 そこで手土産を買って、昼食は妻が言った事のあるラーメン屋に行ったが臨時休業。
 近くのそば屋で早い年越しそばになった。

 その後GHに行き、壊れた洗濯機を見てみる。
 選択しか出来ず、すすぎに入らないため水が溜まったままで止まる。
 外に出ているホ−スを一度外して、回して見る。

 洗濯と排水は出来たが、給水しないのですすぎが出来ない。

 脱水は出来る。

 参った。
 それでも洗剤を入れて1度洗濯をして、もう一度洗剤を入れないで洗濯すればすすぎになる。
 そして脱水をすれば取り敢えずは使えるか。
12月30日(水)新婚カップル出発
 28日から宿泊していた、タムゴン、バーバラの新婚カップルが今朝出発した。
 2日間、函館観光や人気グルメを食べて満足した様だ。
 とは言っても質素なもので、ささやかなものだった。
 最終日の昨日は、近くの中島廉売から、ごっこと毛蟹を買って来た。
 ごっこは以前、私が東京のシエアーハウスに泊まらせてくれたお礼に送ったがその時、皆で集まっての宴があったが、その時は来られなかった。
 それが昨日実現した。
 コラーゲンたっぷりのごっこに満足していた。
 蟹も1パイを2人で食べていた。
 これから結婚を契機に新しい人生が始まるのと、農業研修に入るので無駄使いは出来ない。
 奥さんも免許が無かったので、教習場に通っている。
 農業をやればトラックが必要になり、軽トラを乗るために免許取得に通っている。
 二人には頑張って欲しい。
 農業で独立したら千葉に行きたい。
 ビールで乾杯

 つららも長くなった

 記念撮影

 2人が出発した後、裏の屋根から氷の塊が落ちて、郵便箱を直撃した。
 郵便箱は哀れな形になった。
 潰れた

 ささやかな締め飾りを付ける。
 ささやかな締め飾り

 家の中の掃除や洗濯をしていたが、洗濯機のすすぎが出来ない。
 排水パイプが凍ったのかな?
 外のパイプ内は凍っていた。
 氷を取ったが未だ排水が出来ない。
 家の中の部分も凍っているのかもしれない。
 洗濯だけをした衣類を持って桔梗に行く事にした。

 桔梗についたら、外の滑り台で友瑛と愛葵が遊んでいた。
 瑞葵はパパママと出かけたようだ。
 雪もバッチリ付いてコンデションも良い。
 楽しそうに遊ぶ姿を見て作って良かったなと思う。
 友瑛は上手い

 愛葵も一人で乗る

 2人は仲が良い

 色々バージョンが増える

 瑞葵も帰って来た

 夕方、新しく出来た寿司屋さん「魚べい」に行った。
 凄い混みようだったが、5分待ちで済んだ。
 7人がテーブルについて注文する。
 所がここは4品しか注文出来無い。
 これが7人だから忙しい。
 何度も何度も注文しなければならない。
 タブレットから注文するのだが、品物が来ればタレットの操作もいるので、なかなか注文が出来ない。
 何かゆったりした感じでは無かった。
 魚べい

 店は綺麗だが・・

 その後、花の湯温泉に行く。
 やはり相当混んでいた。
 湯からあがって着替えたが、眼鏡が無い。
 ロッカーに入れて置いたのだが・・・。
 いくら探しても無い。
 フロントに届け出を出して帰宅した。
 夜は皆でTVを見てから寝た。
12月29日(火)電車脱線
 昨日は12時頃まで話しこんでぐっすり寝た。
 朝は6時過ぎに起床した。
 ストーブを焚いて部屋を暖かくする。
 何しろ東京の人だから相当寒いだろう。
 8時頃奥さんが起きて来て、もう少し寝ますと部屋に戻る。
 結局9時過ぎまで寝ていたのかな。

 その間に除雪をするが、あまり雪は降っていなかった。
 それよりも屋根から落ちそうになっている雪の方が怖い。
 危ない!

 こんなに張りだした
 
 2人は観光に出て行った。
 中島廉売に行って、その後ベイエリアに行き、天気が良かったら函館山に登り、降りてライトアップした元町周辺を回ると言う計画だ。
 
 2人が出て行った後、屋根の雪がど〜んと落ちる。
 直ぐに除雪するが、上を見ながらの除雪だ。
 次の張り出しも落ちそうだからだ。

 テレビを見ていたら函館市電が脱線したとのニュースが流れる。
 整骨院に行く用事があったので、ついでに見て来た。
 現場検証みたいのをやっていたが、両方の道は車が通れるのでOKだが、この間は代行バスが運転となった。
 千歳町だった

 下を調べてる

 

 脱線を見た後、高橋整骨院に行く。
 中指の関節を曲げると、一瞬戻らなくなる事がある。
 それが時々起るのだ。
 診断はバネ指と言う事だった。
 指の関節では無くそれを操作する、指の付け根の方に有る骨の組織だそうだ。
 暖めてマッサージしてやる事が良いそうだ。
 赤外線の様な物を当てると、親指の方がずきずきと痛くなった。
 そちらも異常がある?
 一応、中指には磁気張り薬を張って貰い、親指は湿布する。

 薬を貰って帰る。
 600円なりだった。

 昨日新婚の2人からお土産のお菓子を貰う。
 萩の月だ
 孫に持って行こう。
12月28日(月)新婚さんいらっしゃい
 今朝も雪が積っていた。
 玄関の錠が壊れているので、隙間ができ雪が吹きこんでいた。
 これだから部屋全体が寒い。
 外と変わらない様な感じだ。
 隙間風が・・
 起きて早速雪かきをする。
 道路も真っ白

 今年一番降ったか?

 その後は家の中の掃除をして、今日来る新婚さんを迎える準備をする。
 「自遊旅」始まって以来初めて新婚さんを迎える。
 夕方、函館駅に迎えに行く。
 駅の売店で新観戦グッズが置いてあった。
 靴下があったので友瑛に購入した。
 かわいい靴下だ

 パンフも貰った
 新婚旅行なのに、東京〜青森まで青春18キップで来て、青森に一泊し今日函館に来た。
 涙ぐましい努力だ。
 旦那さんは来年2月から農業研修を受ける。
 将来は千葉で農家をやるのが目標だ。
 蟹田〜木古内間は普通列車が無いので特急に乗れる。
 そして木古内で普通列車に乗り換える。
 木古内からの電車は数分遅れて函館駅に着いた。
 家について旅人日記を見たが、旦那さんのタムゴンさんが知っている旅人も沢山いた。
 彼も昔は自転車の旅人だった。
 奥さんとは2年前ねぶたで会って知っているし、東京の旅人の結婚式に招待された時、シエアーハウス「漢塾」に泊まったのだが、その時も会っている。
 皆、地平線会議野宿党の仲間なのだ。
 8時頃まで話して、夕食に出かけた。
 行き先はラッキーピエロだ。
 やはりここに行かなくては・・。
12月27日(日)雪だ!
 今日の朝の気温はマイナス8度の予報だった。
 昨年だったら我が家に水道は完全に凍結していた。
 今年は夏の間に凍結栓の整備をして使える様にしていた。
 起きてたら寒い!
 これなら冷蔵庫より寒い。
 玄関の鍵が壊れているので隙間があり、雪が吹きこんでいた。
 これなら外と一緒だ。
 ストーブに火が点くまでは寒いので、ダウンを着る。
 暖まってから食事をとって雪かきをする。
 20cm位だろうか?
 終わって家の中の掃除やファイル整理をしていた。
 ふと外を見るとまだ雪が降っている。
 2回目だ。
 さらに3回目、4回目と今日一日雪かきで終わった様なものだ。

 世界自転車一周中の小口君から写真が送られてくる。
 どれを見ても日本では見られないスケールの大きい風景に感動する。
 以下の写真を楽しんで下さい。


















 



















12月26日(土)色々
 年賀状も終わって、「願掛澤・彦四郎澤 調査報告書」の第1回目の校正も終わって、再びコピーして最終校正にする。何とか今年中に間に合いそうだ。
 後は、家の中の整理をする。
 今日はファイルの整理をする。
 資料を見ながらやると、面白いのが出て来る。
 集めた時はそれ程で無かった資料も、しばらくして見ると良い資料になっている。
 それを見ていると時間がどんどん過ぎて行く。
 今回は大正4年の地形図が沢山出て来たので見ると、良く登る清水山に、縦走ルートが書かれていた。
 それもかなり長いルートだ。
 今迄歩いた事のないルートだが、1部の道は確認している。
 歩いている時に、この道ははっきり付いているが、どんな道だろうと思っていた。
 昔の縦走路だったのだ。

 一体何の為の道なのかと興味がわく。
 今度また行って見よう。
 道がまだ残っているかもしれない。

 明日は−8度まで冷え込む。
 水道の水抜きは夏に付けたので、今回初めて使用する事になる。
 何とか凍らないで欲しい。
 薪も十分部屋の中に入れた。
 ストーブの灰汁も捨てて綺麗になった。
 古い家と薪ストーブと言う事も有り、厳冬の冬をのり切るのは大変だ。
 昨年は台所の水が凍結してえらい苦労をした。
 そのバックアップに、トイレに入る水道に分岐の蛇口を設けて、水を確保した事もある。
 今日は布団がいるかもしれない。
 今まではダブルの寝袋に毛布で過ごしていた。
12月25日(金)年賀状送付
 昨日年賀状を郵便局から配達して貰ったので、今日あて名書きを行う。
 毎年悩むのは旅人から来る年賀状だ。
 GHに宿泊した時の翌年は、結構来るのだが、その翌年は出したらいいのかどうかで迷う。
 中には何年も続いている人もいる。
 こちらから出して、相手が出す積り無かったのに・・と思われるのも困る。
 1年だけの年賀状もありかな?

 午前中に終わって郵便局に行って出す。
 
 旅人から日本一周を終えた記念にとタオルが送られて来た。
 良い記念なるのだろうな。


 GHに戻って相変わらず資料作成が続く。
 「願掛沢・彦四郎澤ルート解明報告書」も全面レイアウト変更し、昨日の夜には校正を終わった。
 かなりの変更なので時間が掛る。

 午後からは毎日用事が無ければ見る「水戸黄門」がある。
 これが終わると夕食の準備だ。
 最近2週間ばかりスーパーには行って無いので食材が底をついて来た。

 今日の昼は、冷凍して置いたご飯でお茶漬け、貰った長いもがあったので擦って醤油掛け、貰ったさつまいもを天ぷらと余っていたゴボウを揚げた。昼には十分だ。
 灰汁抜き

 天ぷら粉を付けて

 揚げる

 出来た!

 とろろ芋

 昼食

 夜は貰ったサトイモと山辺さんが置いて行った肉が少しあったので煮込む。
 それに味噌汁を作って今日の夕食。
 里芋

 じゃがいもの味噌汁

 里芋と肉の煮付け

 今日の夕食
 お腹的には一杯になったが、野菜が足りない。
12月24日(木)GHに戻る
 GHに戻って来る。
 二日も居ないと部屋が完全に冷え切ってかなり寒い。
 薪ストーブに火を点けて暖かくなるまでじっと辛抱だ。
 暖かくなって湯が沸いて、コーヒーを入れれば落ち着く。

 その後は、洗濯や家の清掃など、さらには資料作りで一日中家に居た。

 今月の28,29日に東京から仲間が新婚旅行に来て、GH「自遊旅」に2泊する。
 同じ東京の「地平線会議野宿党」のメンバーでタムゴンとバーバラさんで二人とも知っている人達だ。
 「地平線会議野宿党」と言えば登山家の谷口ケイさんが大雪山黒岳で遭難死した。
 昨年のねぶたに、冒険家の安東さんから連れて行くよと連絡があったのだが、都合が悪く来られなかった。
 会うのを楽しみにしていたのに、永久に会えなくなってしまった。
 冥福を祈るばかりだ。
12月21日(月)海向山周辺散策
 今日は函館市恵山町にある海向山周辺を散策しよう8名で出かける。
 終日雨の予報だが、雨雲レーダーで見ると恵山地区は何とかもちそうだった。
 今日のルート
 恵山にある高原コース登山口に着いたのはもう9時半だった。
 登り始めると、いきなりクマ出没の看板がある。
 熊が出た時に日時を入れて、注意を喚起するためのものだ。
 看板も出来た
 道を進んだら40から50cm幅の道が付けられている。
 登山道は幅が2m位あるがその一部の幅で少し深くなっている。
 これは一体何だろう?
 道の整備をしているのだろうか?

 ここの道に関してはボランティアで整備したのだが、さらに何か手を加えられている感じだ。
 冬なのに最高気温は8度になりそうだ。
 少し歩いたらやはり暑い。
 上着を脱いで又歩く。
 温泉送湯施設から左にルートを取る。
 整備した時に赤テープを付けたが、しっかりと分かり易い。
 これなら初めての人も間違う事は無いだろう。
 良い風景だ

 凍っていた

 湿原から恵山
 湿原を通り過ぎて海向山の一般ルートに入る。
 ここから前山に登ってさらに下る。
 前山展望台から
 ここから海向山に向かうのだが、もう昼になって来たので、ルートを変更する。
 恵山から南茅部に抜ける、旧道があるのでそちらに向かう。
 大きな石群がある
 参加した人も行った事が無いと言うので選んだ。
 海向山は何度も登っている山で、特にこだわってピークハンターする山でも無い。
 旧道に下って行く。
 ここは平坦な場所で中央には水を蓄えた場所があり、動物が多くここに来るので足跡が沢山ある。
 それ以上に良い雰囲気の場所で、好きな場所の一つだ。
 皆さんもこの雰囲気を大いに喜んでくれた。
 ここで昼食をとる。
 好きな風景

 もう一枚

 食事後、旧道を西に歩いて見る。
 未だこちらには行って無かった。
 やはり道があり、恵山から南茅部の国道に抜ける事は間違いなさそうだ。
 
 引き返す事にしたが、御殿山も登っていないと言う事で、登る事にする。
 草は枯れていて、笹も背丈が短いので歩きやすい。
 やがて頂上に着く。
 御殿山からの恵山
 皆さんもここから見る恵山の光景に喜んでいた。
 ツツジが咲いている時期なら直綺麗だ。
 一息ついて下る。
 旧道の東側まで斜めに下る。
 鹿が噛んだ?
 大きな鹿が真っ白い尻を向けて走って行った。
 皆さん大喜びだった。
 旧道に入る。
 道は少し荒れているが、大正時代の道ははっきりと残っている。
 大正の旧道
 旧道を登り切り、コースを変える事にする。
 ここを登って尾根へ出る
 高原コース西にある尾根を進んで、最後は急斜面を下ろうと言う考えだ。
 ここの途中にも良い恵山が見える展望台がある。
 道は無いが獣道が沢山ありそこを歩くのは楽だ。
 木々が多いが良い雰囲気の中を散策する。
 尾根の先の方に来ると良い展望個所がある。
 展望台から
 ツツジの時期は最高で、何時までも写真を撮り続けるくらいだ。
 さらに尾根の先端部に行く。
 すると人工的に四角いの穴が掘られている。
 まだ堀ったばかりの様な感じだ。
 赤テープもある。
 整備するのか?
 一部は砂面が削られて出ている。
 草も刈られ土が入った?
 皆で考えた。
 ここは恵山が展望できる良い場所ではある。
 ここに高原コースから離れた道を付けて、恵山の展望を見る場所として作るのでないかと結論付けた。
 高原コース側に下る道も付いている。
 あの穴には看板か何かを建てるのだろうと言う事になった。
 さらに尾根の先端に向かう。
 尾根先端部分部から

 集落も見えて来た
 最後は急斜面を下って駐車している車に真っ直ぐ向かう。
 足元が滑るので、下りなのに汗だくになる。
 長い急斜面を下って車に着いた。
 5時間半の長い散策だった。

 車に乗って家路についたら雨が強く降って来た。
 ラッキー!

 家に帰って荷物を整理していたら、携帯電話が無い。
 あれ〜落したかな。
 急斜面を下っている時、妻から来てバッグから取り出して会話した後、バッグに入れたと思ったがこの時しっかり入らなかった様だ。
 他に電話を使っていないから間違いない。
 急斜面の藪の中に眠ってしまった。
12月20日(日)友瑛のコンサート
 午前中は「願掛澤・彦四郎澤ルートの解明」本を全面書き直し作業をする。
 札幌の高木先生からの資料を追加で書き加えたが、レイアウト的におかしくなったので書き直す。
 午後までやったがまだ完成出来ず。

 夕方に孫の友瑛のコンサートを聞きに金森ホールに行く。
 ここは人気のベイエリアなので相変わらず人が多かった。
 人は多かった
 6時にはクリスマスツリーの点灯式もある。
 会場に入ったら皆が来ていた。
 娘の旦那も旭川から来ていた。
 友瑛ははしゃいでいるが、これは緊張している証拠だそうだ。
 長女の瑞葵が言っていた。
 そして会場に入る。
 
 コンサートが始まる。
 いきなり大人の女性が演奏する。
 紹介もしないんだと思って聞いていたが、かなり上手なのだ。
 終わってそのまま司会をする。
 ヤマハのデモンストレーターだった。

 本番が始まる。
 友瑛は3番目だった。
 スーツに短パンズボンで登場。
 なかなか格好が良い。
 曲は喜歌劇「天国と地獄」序曲よりだ。
 選んだ理由は、迫力があって良い曲だと思ったそうだ。
 今年一番楽しかった事は北見の友達に会えた事。
 好きなものは「お笑い」
 確かに最近お笑いをやって受けている。

 演奏はなかなかダイナミックで、音の強さのメリハリも有り良かった。
 ベースの足も良く動いていた。
 セットして・・

 演奏が始まる

 真剣だ。

 その後次々と演奏が続く。
 初めてヤマハのコンサート会場に来た時に、違和感があったのは、演奏が終わっても直ぐに拍手が無いのだ。
 演奏後、USBをエレクトーンから取り出して、それから1礼をする時に拍手がある。
 この間合いが何ともおかしく感じていた。

 演奏も後半になれば、高学年が多いのでかなり上手になる。
 18番の岸田莉子さんの演奏は「Inspire」だが、これは引きこまれるくらい迫力があった。
 演奏が終わって直ぐに拍手が起こった。
 上手なので思わず拍手が早くなったのだろう。

 最後の男性の佐竹暁仁さんの「BadMoon」も素晴らしかった。
 ベースを2本足で凄いリズムで弾いていた。
 この人も演奏終了して直ぐに拍手が起きた。
 やはりこの方が感動を素直に伝えられるな。

 最後に再びデモンストレーターの演奏で終了した。
 音楽はなかなか聴く機会が無いので、このようなコンサートは楽しい。
 外に出たらクリスマスツリーのライトが点灯していた。
 ツリーも点灯した

 皆と別れて自転車で帰る。
 寒い部屋の薪ストーブに火を点けて暖まる。
 夕食は食材が無くなってきているので、おでんの余ったものと、漬け物くらいしか無い。
 でもいつもこんなものだ。

 妻から電話来て「桔梗に来ないの?」と言う。
 手巻き寿司をやると言う。
 そんな事、誰にも聞いていない。
 22日に南茅部のひろめ荘のデナ―バイキングに行くので空いている?と娘に聞かれOKしている。
 もうご飯も食べてしまったので行くのを止める。
 久ぶりの御馳走だったのに・・・・。
12月19日(土)高木先生から古地図
 今日は珍しく朝の7時に布団を出た。
 6時に目が覚めて、その後布団に入ったまま本を読んでいたからだ。
 
 関さんから札幌の古地図研究家の高木さんにお願いしていた地図が送られて来たとの連絡があって伺う。
 この地図は後志支庁のHPにあった明治の地図で、何時も参考にして居た。
 しかし突然HPから削除された。
 問い合わせたら、札幌の文書館に移管したと言う。
 札幌にはなかなか行けずにいたが、今回、関さんの橋渡しでお願いしたところ文書館に行って戴いた。
 そうしたら同じ物を持っているという。
 さすがに古地図の大家である。
 どうやら私が後志支庁から聞いた名称が、正式名称とは異なっていたそうだ。
 送られて来た地図を見る。
 貴重な地図だ
 注目は願掛沢だが、地図にはカンカケ沢と書かれている。
 そして道は一度海岸に出ない道であった。
 そうなれば道は2つ存在していた事になる。
 今後解析したい。
12月18日(金)石山新ルート登山
 今日は愛葵の幼稚園のクリスマス会だ。
 愛葵も新しい上着を着て決まっている。
 妻も衣類を出して
 これどう?
 こっちはどう?と娘に聞いている。
 孫よりはしゃいでいる。

 9時頃になって出かけて行った。
 私はお呼びがかからなかったので家で、家で本を読んでいたが退屈だ。
 GHに戻る事にする。
 戻って山に行く準備をして出発。
 今日の最高気温は4度で時々雪だ。
 近くの石山に行く。
今日のルート
 以前他のルートを歩いている時、向かい側の尾根に道らしい物が見えていた。
 そこに行って見ようと言う事だ。
 最初は車も入れる

 杉林がある 
 探しながら行ったら、やはり道が有った。
 植林用か
 でもこの道は植林用の道に様だ。
 まあこの道を登って行く。
 暫らく行ったら尾根に行く道がある。
 ここから尾根へ
 こちらの方が良いだろうと登る。
 道はある
 深く掘れた道が所々出て来る。
 獣道にしては深い。
 暫らく登ったら道に鹿の角が2本落ちていた。
 2本落ちてた
 昔登山道があってそこを雨水が流れて深くなったような印象だ。
 その道が上に上にと続いている。
 もう少しで尾根だ

 深い溝になっている

 最後は平坦だは
 最後は明確ではなかったが、そのまま進むと一般ルートに出た。
 一般ルートに出た
 道も判明したのでこれで帰ろうかと思ったが、考えて見たら冬は何度も登っているが、夏道は1回も登っていなかった。
 道ははっきりと付いているので、夏もこの山に登っている人がいるのだろう。
 石山だけに石が多い

 頂上

 頂上で

 汐首方面

 釜谷富士も見える

 函館山もかろうじて
 結局頂上まで登ってから下山した。
 下り道

 GHに帰る。
 誰も居なかった家は寒い。
 気温は4度で外とあまり変わらない。
 寒さの中薪ストーブに火を点ける。
 しばらくしてようやく暖かくなる。
12月17日(木)孫の相手
 今日は孫の愛葵の幼稚園が休みと言う事で、二人で出かける。
 何時も車の中は楽しく、大笑いしながらの世界になる。
 まずはマックに行く事になった。
 松風町に新しく出来たマックに行く。
 まだ店内は店内は空いていた。
 甲冑パフォーマーの山辺さんが良く通っていたので、フライドポテトの無料チケットがあった。
 行って差しだしたら、10時半からでなければ使えないと言う。
 それじゃ飲み物だけにするかと、愛葵はオレンジジュース、私はコーラを頼んだ。
 テーブルに着いたら、やはりハンバーガーを食べると言う。
 そこでハンバーガー2個を追加する。
 マックのバーガーを食べる

 朝ごはん食べたのに・・

 マック内部
 美味ししく食べ終わって、今度は福祉センターに行く。
 ここの4階にキッズの遊び場があると言う。
 行ったら駐車場は満員状態。
 しばらくして第2駐車場に入れた。
 4階に行ったが誰もいない。
 一人しかいない






 今日は平日なので当り前か?
 あまり使える乗り物は無く。3輪車にずっと乗っていた。

 終わって帰り道モスバーガーに寄る。
 孫3人分のドーナッツを買うのだが、選択は愛葵に任せた。
 大丈夫だろうか?

 桔梗に帰って瑞葵と友瑛の帰りを待つが、まだ時間があるので図書館に行くと言ったら、愛葵も行くと言う。
 図書館で5冊選び愛葵も「沢山あって迷う〜」と言いながら3冊を選んだ。
 5冊借りた

 夕方帰って来た皆でド-ナッツの箱を開ける。
 愛葵は当然満足なのだが、瑞葵は1個あまり好きでない物があった。
 でも少しずつかじって最後は無くなった。
 食わず嫌いか?
 友瑛は満足なのだが、愛葵と瑞葵にあった最新のケーキが欲しかった様だ。
 凄い顔になった
 値段が他のドーナッツの3倍はする。
 じぃじは破産するぞ!
 次回は買ってあげると言う事でまとまった。
12月16日(水)ぶんぽ研忘年会
 ぶんぽ研の忘年会が「しんわの湯」で行われた。
 11時からと言う昼間の忘年会だ。
 みな仕事も無いからこの方が良いのかもしれない。
 会長の挨拶から始まり、乾杯が行われ宴会が始まる。
 左となりの席は「日の丘ギャリー」の上田さんの旦那さん。
 右手は坂本さんで忘年会の時だけ毎年参加している。

 上田さんとしばらく話す。
 話題は新幹線が来るのに北斗市の迎える姿勢がどうも見えない。
 それに対して木古内は一生懸命やっていて、その差が歴然としている。
 私も報道などを見てもその様に感じていた所だ。
 
 その内、3人に依る今年を振り返っての3分スピーチがあったが、指名されたのは古俣さんと私と上田さんだった。
 最初の小俣さんは、私が今日差しあげた「炭焼語り」の小冊子が気に入ったのか、その話しに終始し自分の良い成果をあまり言う事無く終わった。
 沢山誉めて貰って申し訳なかった。
 私は「下二股口台場」の出版と「願掛澤・彦四郎沢ルート解明」の小冊子の話をさせて頂き、合わせて歴風会文化賞、個人賞の受賞を伝えた。
 私としては今年は随分成果があったと思う。
 この勢いで来年もやりたい。
 最後に上田さんのお話し。
 内容は余り聞けなかった。
 隣の坂本さんに話しかけられ、夢中で聞いていたからだ。
 坂本さんは南部藩の出で、北海道に移住して六代目になると言う。
 南部藩では七代続いていた武士の流れだった。
 南部藩に国重要文化財「南部利康霊家」があり、それの内部は一般公開していない。










 江戸時代初期の豪華絢爛なる桃山建築の様式がそのまま取り入れられている。
 1623年(寛永9年)に南部27代利直公が四男利康の死を悼んで創建されたものだ。
 彼は役場に連絡をすれば見せて貰えると言う。
 彼の本家はその霊家の直ぐ傍に有るそうだ。
 こんなチャンスは無い。
 来年の大曲花火大会の時は奥州街道を通るのでその時見せてくださいと話がまとまった。
 楽しみだ。
  
 宴は進みクイズがあった。
 同じテーブルの中原さんが9/10正解で断トツ1位だった。
 私は5問しか正解しなかった。

 そしてカラオケタイムが始まり楽しく過ごした。
 終わって温泉に入り帰宅した。
12月15日(火)珍しい来客
 佐々木さんに渡す松前登城ウォークのパンフレットを朝から作成していた。
 そこに電話が来た。
 「福田です」
 声には聞き覚えがあったが、間違うと失礼なので
 「どこの福田さん?」と聞いたら「森の福田です」と言う。
 やはりそうだった。
 元同じ会社の仕事仲間だった。
 私は希望退職で定年前に辞めたが彼もその後辞めていた。
 ホタテを持って来ると言う。
 彼の弟は噴火湾のホタテ漁師をしている。
 やがてやって来た彼は、頭は少し薄さが増したが、面影は変わらない。
 いろいろ話を聞いたが、高校のボイラー係をしたりして、今は彼の出身校の東京工業大学で非常勤講師をしていた。
 半年は東京暮らしだそうだ。
 癌で胃を取ったそうだが、元気そうで良かった。
 暫らく話しをしてまた次の家にホタテを届に行った。

 資料も出来たので佐々木さんの家に行く。
 親戚の女性2人に囲まれて、アルコールも入って良い機嫌そうだった。
 資料を渡すと喜んでいた。
 そこに郵政のOBであるOさんもやって来た。
 佐々木さんに呼ばれたのだろう。
 またまた佐々木さんトークが始まる。
 私は1年も同じトークを聞いているので、もう何を言うかは分かっている。
 松前登城ウォークの細部を話したいのだが、いくら話してもなかなか通じない。
 もう86歳だから無理も無いのだが、まだまだ若い人には譲らないそうだ。
 来年1年は自分でやりたいそうだ。
 どうなるのかな?

 貰ったホタテを持って桔梗に行く。
 大人3人で新鮮なホタテを食べられた。

 地平線会議野宿党のタムゴンとバーバラが結婚した。
 タムゴンはチベットを自転車で走り回った旅人で、ねぶた日も来ていた。
 バーバラは2年前のねぶたに来ていたので知っている。
 長身の美人だ、
 その二人が結婚して、皆でお祝いの写真と動画を撮ったそうだ。
 写真だけが配信された。
 寝袋文字
 野宿党の仲間が東京の某所で寝袋に入って文字を書いた。
 これが結婚披露宴で動画と共に写される様だ。
 その二人が新婚旅行で函館に来たいそうだ。
 GH「自遊旅」に泊まりたいとの話しが来た。
 実現すれば初の新婚宿になるか。
12月14日(月)GP01の撮影
 JP01というのは地図の北海道を示す記号だそうだ。
 先月号の十勝編でフリーペーパー日本一を受賞した。
 なかなか力が入ったぺ―パーで印刷も凄く綺麗だ。
 これが無料のフリーペーパーだとは思えない。
 そのGP01の取材が今日行われた。
 スタッフの賀好さん

 3月号の新幹線特集で掲載されるそうだ。
 道南のガイドを掲載させるそうで、函館から一人、他に木古内、松前だそうだ。
 松前はカリスマガイドのラビット飯田さんだ。
 
 家まで迎えに来てくれた。
 早速下二股口台場に行く。
 最初に新政府軍から旧幕府軍の台場を撮影。
 次に新政府軍の暫壕や弾痕跡のある石を写真撮影。
 さらに急斜面を下って下二股沢川にまで行って撮影。
 場所を旧幕府軍に移し、本陣跡や風呂跡、米搗き跡を撮影して、ハイライトのF−10塹壕はどうするか?
 太陽は30分くらいで沈みそうだ。
 行くかどうか聞いたら行くと言うので、急斜面を登って行く。
 途中3回くらい休んでF-10に到着した。
 写真を沢山撮って下山した。
 前回TV撮影した「片山愛之助の歴史検証」よりは気合いが入った取材だった。
 さすがフリーペーパー日本一だ。

 家に帰ってTVを見ていたらGP01の特集をやっていた。
 ぐっとタイミングだった。
 今回の取材班の賀好さんもTV画面に見えた。






 中央が賀好さん




12月13日(日)何処にも行かず
 佐々木さんに頼まれた、松前登城ウォークの資料作りをする。
 19日に帰るまでと言われたが、そんな早くは出来ないと断った。
 しかし、入院を控えて治療を受ける予定だ。
 その後、原口に帰って関係者を集めて説明したいそうだ。
 こちらの予定も混んでいて、なかなか手が空かないが、がっかりした表情を見たら、頑張って作るかと毎日製作している。
 まだ校正する部分はあるが、今朝で一応出来た。
 表・裏表紙

 コース写真
 後は10〜20枚程度を印刷して持って行けそうだ。

 一段楽したので昨日お兄さんが持って来た生木を切る。
 生木の方が意外と切りやすい。
 太いの2本を残して残りは切った。
 ストーブに燃やして見る。
 他の廃材でストーブに火を点け、燃焼が高まった所に生木を入れると燃える。
 それも一気に燃えないでゆっくり燃えるから、薪を入れる頻度が減って良い。
 薪を入れるタイミングを上手くやれば大丈夫だ。
 
 夕方から夜にかけてはサッカーのクラブ世界一決定戦を見る。
 鹿島が勝利した。
 やはり良い試合ばかりで面白い。
 明日は北海道ナンバーワン人気のフリーペーパー「GP01」の取材で下二股口台場に行く。
 新幹線開業特集だそうだ。
 北斗市観光協会にそちらも他の取材依頼が来ているか聞いたが、来ていないそうだ。
12月12日(土)いろいろやった
 昨日は早く布団に入ってTVを見ていた。
 フルセグのタブレットなので、画像は良いので起きて大きなTVを見ているより楽だ。
 10時には寝た。
 朝は5時からまずは資料作り。
 7時に迄は終えた。
 そして印刷をやりながら朝食を食べる。
 印刷の出来た資料は製本して終わる。
 今日は17冊製作した。
 17冊完成
 他に登山ルートの地図を作製した。

 昼からはフットマッサージの修理をする。
 Sさんから頼まれた。
 フットマッサージ機
 大分前だが9万円で購入したものだそうだ。

 もしかして基盤が壊れていたならば部品はもう無いので直せなくなる。
 中を開ける。
 ネジは裏にある
 ローラーが布に擦る部分はやはりゴミが溜まっていた。
 ローラーカバー
 
 中も清掃
 まずは器械の外側の清掃をして、さらに内部を開けて清掃する。
 ばらした
 どこがおかしいのか調べる。
 基盤ならもう入手不可能なので、それ以外の個所を調べる。
 下の写真のスイッチがあった。
 中央のスイッチが怪しい
 これはカバーを開けた時に電源が入っていれば切れるようになっている。
 しかし経年変化で曲っている。
 その為、スイッチの接触が微妙な位置にある。
 カバーをして電源を入れた時に、動いたり動かなかったりなのだ。
 一般の人はカバーを開けないし、開けるときは電源を差したまましないだろう。
 と言う事でスイッチをON状態にする。
 テープで固定した
 これでカバーをしたら動いた。
 これでOKかな。
 ついでにカバーも洗濯して組みたてた。
 綺麗になった

 午後からスノーシューの調整をする。
 長靴が新しくなったので長さ調整が必要だ。
 まずはこのスノーシューをする。
 ベルトの位置と靴の位置を変えてOKだ。
 まずはこれが完成
 次に今迄使っていたが、使いにくいスノーシューを改造。
 エキスパートオブジャパンというアルミで出来たコンパクトなのがある。
 でも8000円から1万円はする。
 これが良いのだが
 厳しいな。
 これに似た様に仕様と言う事で、風必要な物を取って完成した。
 まあ似たものだろう
 滑り止めの爪も付いている。
 
 近所のお兄さんが木を持って来た。
 生木なので少し乾燥させなくては・・・。
 生木を持って来た
12月11日(金)佐々木氏と会う
 GHに戻って来る。
 ストーブの灰を取り除き、薪を補充してから、佐々木さんの所に行く。
 「願掛澤・彦四郎澤ルートの解明」と色紙「夢をあきらめない」を持って行く事にした。
 色紙は愛媛県の女子大生チャリダーだ私にくれたものだが、佐々木さんにプレゼントだ。
 これでまた元気になって、目標を持てるかな?
 灰取りも定期的に

 これをプレゼント

 肺に陰りがあって放射線治療をするのだが、2日間の入院で済むそうだ。
 17.18.日と入院して19日には原口に帰るそうだ。
 そこで、また資料を作って欲しいという事だった。
 全コースを写真入りで紹介するパンフレットだが、19日の原口に帰る前に欲しいそうだ。
 う〜ん来週は忙しいから間に合うかな??
 帰ろうとしたら女性2人が来た。
 その内の1人が毛利さんですかと言う。
 う〜ん?? 誰かな??
 人見町のFさんから私の話は聞いていて知っているそうだ。
 元郵便局に勤務していた方々らしい。

 家に帰って、洗濯物の取り込みや、室内片付け、資料作成と忙しい。
 夕方にリサイクルショップのお兄さんが来て、生木があるそうだ。
 今年は乾燥させるのは無理だが、来年は使えるだろう。
 明日持ってくるそうだ。
12月10日(木)山辺さん出発
 1ヶ月以上GHに滞在した山辺さんが、今日ニセコのホテルヒルトンに向けて出発した。
 来年の3月迄バイトをして次の旅に備える。
 9時に家を出て車で送る。
 行き先はマックだ。
 函館滞在中はかなり通った店なので、店員さんも良く知っているのだろう。
 まあ今年最後のマックか。

 その足で桔梗に行く。
 孫の愛葵の幼稚園が休みになったのだ。
 まずは妻が病院に行きたいと言うので送って行く。
 診察が終わるまで相当時間が掛ると言うので、どこかをぶらぶらしよう。
 腹が減ったと言うので、まずはスーパーに行っておにぎりとお菓子を買って駐車場で食べる。
 その後、七飯歴史館に行ったが、中が薄暗い照明なので怖いと言って直ぐに出る事になった。
 七飯歴史館にて
 それではと昆布館に行く。
 夏は賑わっていた観光客は全くいない。
 試食をしながら一回り。
 ソフトクリームが食べたいと言うので購入。
 寒いのに・・

 美味しかったが半分で終わり
 半分を残して余したので私が頂く。
 そこに妻から電話が来てもう診察が終わったと言うので戻る。
 妻を車に乗せて業務用店の大槻食品に行って食材購入して、さらに上磯のイオンに行き、今年頂いた品のお返しを送る。
 さらにドコモに行き妻のスマホの機種替え。
 これが相当時間が掛る。
 愛葵と二人で店内を回るが疲れた。
 家に帰って皆が帰るのを待つ。
 次々と帰って来て一気に賑やかになる。
 妻の声も一気にハイテンション。
 あれしなさいこれしなさいの連続マシンガントーク。
 
 夜は焼き鳥を食べて、風呂に入って就寝。
 疲れたな。
12月9日(水)あれこれ
 朝5時には起きて本の製作をする。
 10時には15冊を完成させた。
 願掛澤

 炭焼語り

 その後、皮膚科に薬を貰いに行ったが、今日は外来往診日で休業だった。
 先日行った時も休業だった。
 事前通告が無いので、行ってから休業は困る。

 仕方が無くGHに戻ったら山辺さんが家の掃除をして居てくれた。
 明日にはアルバイト先のヒルトンホテルに行くので、飛ぶ鳥跡を濁さずの精神だ。

 ごみを捨てに近くの焼却場に行く。
 車一台分を捨てる。
 年末はすっきりして迎えられる。

 戻って来て戦国時代の話しをしたが、さすがに山辺さんは詳しい。
 幾らでも話せる感じだった。
 こんな話しは楽しい。
 昼は山辺氏の作った焼きそばを戴く。
 なかなか美味しい味だが、量は多すぎた。
 山辺流焼きそば
 私が何時も食べる倍は入っていた。

 その内北斗市観光協会のラミレスさんがやって来た。
 来年6月のツアーコースの打ち合わせだ。
 箱館戦争をテーマにして、一部は実際に歩いて見たいそうだ。
 2泊3日のスケジュールを組む。
 歩いて貰うのは、川汲の台場山への土方歳三のコースと大沼から茅部峠を通って峠下に行く大鳥圭介隊のコースにした
 これからきちっと内容を詰めてもう一度打ち合わせをする。
 今後新幹線絡みのイベントが増えるのかな。

 終わってS氏の家に行く。
 札幌の古道の権威、高木先生から送られて来た古地図と古文書を戴きに行く。
 一番衝撃的だったのは、東京大学史料編纂所蔵「西蝦夷地分間」(天明六年=1786)だった)
 近藤重蔵の旧蔵で願掛澤のコースが平面で書かれている。
 私の調べた願掛澤・彦四郎澤が調べたルートと同じ様な感じだった。


 願掛澤が書かれている
 
もう一つは早稲田大学中央図書館蔵の「蝦夷地里数書入地図」であった。
 松前藩氏の今井八九郎の作成した沿岸地図である。
 天ぽ10年(1839)行こうと推測される。
 これはカラーで書かれた平面図で、願掛澤も書かれている。
 これはコースが少し違う
 この図のルートは、微妙に調べたルートとは異なる。
 大きく異なるのは海岸に出ていない事だ。
 山の裾野にルートが付いている感じだ。
 
 もう一つの資料は遠山、村垣西蝦夷日記(文化三年)だった。
 これは文書で願掛澤が書かれている。
 文書は合っている
 「沢合いの小川を渡、
峻険なる山路に掛り、浜辺え出崎のよき所に登り候処、山面西え向、都て此所を見渡し、海岸皆絶壁にて沢に下り浜辺に出候に付、山の中腹或は岩根等を伝い往来仕候儀に付、一体険阻の土地に相見申候。猶又大小の坂道を登り下り候  小砂子村」と書かれている。
 この文書で願掛澤に下る赤色の部分が調査したルートの光景と極似ている。
 浜辺に出る所も一致していて、今回探したルートは間違いないと確信した。
 暫らく雑談して帰る。
12月8日(火)清水山周辺散策
 朝から本作りをしていたが、紙が切れてしまった。
 今日の分はもう良いかなと切り替える。
 天気は快晴なので山辺氏は外に出かけた。
 私も何処かに行こうと考え、山に行く事にした。
 新しい長靴を試して見るのと、高橋さんから頂いた和カンジキのテストをしたかった。
 近場の山は・・と考え清水山方面に行く事にした。


 いつもの登り口について、和カンジキを付けて歩く。
 まだ雪は少ないので必要は無いのだが、テストなので良いだろう。
 ふと見れば函館山が見える。
 函館山
 雪で真白な牧草地を抜けるとフェンスがあって、ここに鹿捕りのトラップが設置してある。
 付近にはおとりの餌が散乱していた。
 鹿の餌

 注意書き
 慎重に見ながら行ったがトラップはセットされていなかった。

 いつものコースを外れて適当に歩きだす。
 最初は林の中
 暫らく行ったら道が出てきた。
 それも良い道だ。
 道が出てきた
 さらに行ったら舗装路だった。
 雪はあるものの下は舗装が少し出ていた。
 何処に行く道なのだろう。
 青空だ
 しばらく行ったがこのままだと下って行く。
 地形図をチエックして尾根に出られそうな場所を探す。
 ここ辺りと登る

 あれ〜道らしい
 この辺りと決めて斜面を登って行く。
 ピークを目指す

 もう少しだ
 ピークに着いたら、あれ〜赤テープが付いている。
 こんな所に人が来ているんだ。
 赤いテープだ
 ここから尾根を歩くのだが、赤テープは20〜30mおきくらいについている。
 尾根は続く

 テープが何度も出て来る
 尾根を登りながら進むと228mのピーるに着いた。
 もう少しだ

 ピークに着いた

 清水山が見える
 ここから再び下って北東の尾根を進む。
 ここは鹿が多いらしくあちこちに寝床があった。
 鹿の寝床

 尾根を下る

 道らしい
 登りになり笹を漕いで進むと、右手からはっきりした道が出てきた。
 はっきりした道が出てきた

 間違いなく登山道だ
 如何にも登山道らしい雰囲気だ。
 この道を登って行く。
 もう少し
 すると、以前登って来た道に出合った。

 ここから先は分かるので、今日のテストを終了して別な尾根を下る。
 ここを下る

 最後の尾根
 やはり下りは爪の無い和カンジキは多少滑る。
 そしてトラップのある場所に出た。
 
 今回のテストの結果は長靴は丈夫な作りなので少し重いが、歩いた感じは良い。
 和カンジキは軽くて付けて居るのも忘れるくらいだ。
 爪があれば下りは楽になるが今はまだ雪も少ないので滑るが、もう少し多くなれば良いかも。
 和カンジキから飛んでくる雪でズボンの後部が濡れる。
 何とか対策しなくては、ゴアテックスのスパッツは有るのだが、この長靴にはサイズが合わない。
 安いビニール系のスパッツでも良いか。
 活躍した

 GHに戻って少ししたら、Sさんから電話が来た。
 札幌の道の権威、高木先生に送った「願掛澤・彦四郎澤のルート解明」と同時に他に同所に関する資料が無いか聞いて頂いたが、3種類位送られて来たそうだ。
 明日取りに行くが楽しみだ。
12月7日(月)GHに戻る
 朝のうちは滑るので、タイヤが摩耗した車には厳しい。
 10時になって戻るが、国道は雪も溶けて舗装路が出ていた。
 GH戻ったら山辺さんが雪をかいてくれていた。
 すっかり綺麗になっている。
 中に入ったら、本人も居て、薪も沢山補充されていた。
 もう冬の暮らしにも馴れてきている。

 100均と駅に特急券を買いに行くと言うので一緒に出かける。
 山辺氏は100均でレンジでインスタントラーメンが出来る容器を購入した。
 面白そうなので、私は親子丼と温泉卵が出来る容器を買った。
 帰って早速昼食に親子丼を作った。
 材料を用意して

 とき卵も入れる

 蓋をして

 レンジで2分半

 出来あがったが・・
 レンジで2分半なのだが、たまねぎがまだ堅かった。
 追加で加熱し、トータル5分でOKになった。
 まあ使いやすいのでOKか。
 100均も日々進化しているな。

 その後駅に行く。
 駅前にLEDのイルミネーションが作られるらしい。
 工事の真っ最中だった。

 帰って、プロノに行く。
 山辺氏からプレゼントを貰ったのだ。
 冬用の長靴が穴開いていて雪が溶けると侵入してくる。
 裏からテープで侵入を防いでいるが、冬山に履いて行くのは厳しい。
 そんな話しをしていたら山辺氏がプレゼントしてくれると言う。
 長いGH滞在だったからお礼をしたいと言う事だった。
 ここは素直に好意を受け取った。
 以前から欲しかった、長靴が有る。
 マイナス10度までOKでゴムの厚さが2mmという強固な仕様だった。
 少しくらい岩にぶつかっても大丈夫だ。
 今迄の長靴は安売りばかりだったので1年持てば良い方だった。
 今度は大丈夫だ。
 阪神ファンの山辺さんに敬意を表して黒と黄色のデザインにする。
 黄色と黒
 これで今年の雪の中は安心だ。
 
 帰りに年賀状印刷用のインクを購入する。
 インクも用意
 そろそろ年賀状を作らなくては。

 近くに住むY子さんから差し入れが有った。
 長いもとリンゴそれにジャガイモだった。
 差し入れだが・・
 妻から電話が来て、それは桔梗に持って来いだった。
 仕方が無いか。
12月6日(日)そり滑り台製作
 今日は孫と約束していたそり滑り台の製作。
 家の解体で出た、コンパネ6枚と長いたる木を10本くらい車に積んで桔梗に行く。
 設計図は秋から作っていたのでその通り作る事になる。
 リーダーは長男友瑛、監督は長女瑞葵、次女はそり滑り監視役、私は製作主任となった。
 まずはステージを作る。
 まずはステージ作り

 OKだよ

 リーダーは釘を打つ

 次女は上でチエック?

 これ設計図だよ
 塀のコンクリートの上にまる木を乗せて組んでその上に板を乗せる。
 まずは完成した。
 すると妻が窓から顔を出して、隣の家の花に掛るから駄目!とこわい顔。
 花には触っていないので隣の人は言う筈が無い。
 自ら隣の人に話してあげるなどと言ってくれれば良いのに・・仲の良い隣人なのだから。
 隣の家に行って、話したら「全然大丈夫だよ」と返事を貰った。
 口だけでなく行動を起こさなくては・・。
 昼ご飯を食べたら、リーダーが友達の家に遊びに行く約束があると言うので欠けた。
 誰も出て来ないので自分でスロープ作りをやっていたら、愛葵が出てきた。
 次女は何事も積極的だ。
 スロープ完成

 よいしょっと

 瑞葵が試乗
 暫らく次女は釘抜きをやっていた。
 でも力がまだ無いので、じぃじ取れないと何度も呼ばれる。
 まあ仕方が無い。

 其の内長女が出て来て雪の張りつけをする。
 湿った雪なので板にぴったり張り付く。
 完成して試乗する。
 愛葵は上手だ

 瑞葵は怖々
 まだそりを持って来ていなかったので、米袋やふろマットでやったが、滑っている内に段々と滑るようになった。
 結局夕方まで明るい声が響いた。
 子供は元気だ。
 楽しかった 
12月5日(土)まとまった雪が
 遂にまとまった雪が降りました。
 昨日から山辺さんには、朝は雪かきだよと言っておいたので起きてきた。
 まだ薄暗い内から、除雪を始める。
 暗い内から・・

 車の雪も落した
 さすがに二人でやれば早い。
 向のおばあちゃんの家の前もしてあげた。
 福島から来たおばあちゃんで、足が少し不自由なので除雪は大変だ。
 向のおばちゃんも出てきた
 聞いたら福島の住んでいた所は雪が無いそうだ。

 終わって10時にプロノに行く。
 山辺さんが靴下を買いたいと言う。
 私も靴下が殆ど無くなったので購入する事になった。

 その後、100均に行って、プリンターのインクを購入。
 帰り道山辺さんが下着を買いたいと言うのでラッキーに行って購入。
 10日にアルバイト先に行くのでその準備だ。

 帰って印刷をしていたらグレーのインクが切れた。
 グレーは100均では売っていない。
 単体で家電店で買うしかないな。

 外は雪なので後は出ないで家で過ごす。
 山辺さんは寒い中、何処かに出かけた。
12月4日(金)色々とあった
 今日は原口佐々木氏が函館に出て来たので会いに行く。
 Sさん御夫妻も来て一緒に話す。
 佐々木さんは身体に不調個所が見つかり、治療に入るそうだ。
 来年の松前登城ウォークの実施がどうなるか心配な部分もある。
 もう一人でやるのは無理だから実行委員会を設けて、皆でやる様Sさんに強く勧められたがいつも分かったと返事はするが、未だに実現はしていない。
 関係者との連絡やウォークの細部の打ち合わせは86歳の人にとっては難しい。
 毎回同じ話しになってしまうが何とかして欲しい。
 Sさんが帰ると言うので、私も直ぐ後に帰る。

 帰り道、本の作成用紙を購入してGHに帰宅。
 珍しく山辺さんが居た。
 雪で出られないのか?

 仕事の方はヒルトンホテルが決まったそうだ。
 前に電話した時の幹部は組織が変わって仕事は無いと言っていたそうだが、違う方に連絡したらOKとなり、10日には赴任する事になったそうだ。
 どうなっているのだろうか?
 午後から吹雪の中を外出して行った。

 北斗市観光協会から連絡があり、来年の東京からのツアー一行のコースアレンジの相談に乗って欲しいと行く事で来週GHで打ち合わせる事になった。
 外は本格的な吹雪になった。
 明日の朝迄に積るのか?
 今年初の雪かきかな。
12月3日(木)ぶんぽ研例会
 今日はぶんぽ研の例会の日。
 朝はのんびりと思ったら、忘れ物があってGHを往復する。
 9時半には旧大野町公民館に着き、30分は配布資料の整理などをする。
 10時には会議が始まる。
 いつもの会長の報告が有った。
 その中で、箱館戦争の有った台場山の近くで発見された、弾が旧幕府軍のもので撃ったが不発弾で、新政府側の方に落ちた物との新聞報道のコピー。
 S53年の新聞
 昭和53年の新聞だった。
 新政府軍は臼砲であって、旧幕府軍は四斤野戦砲と言う事は古文書でも明らかであり、弾は全く異なる。
 公民館の主査が言っているそうだが、大砲の弾は臼砲と野戦砲では形状が全く異なる。
 
 私が出演した「片岡愛之助 歴史捜査」のロケの話しを求められする。

 最後に「願掛澤・彦四郎澤ルートの解明」を報告させて頂いた。
 このコースを何とか近くから見える形で、見せてあげたい。
 怖さ知らずの人には歩いて欲しいが、高所恐怖症の私には案内できない。
 それとも何度も案内したら馴れて来るかも?

 終わって北斗市のSさんに本を渡す。
 以前から欲しいと言われていたが、ようやく渡せた。
 特に「願掛澤・彦四郎澤ルートの解明」は小さい時に小砂子に住んでいたので居見が有るようだ。
 話しをしていたら札幌の会社から電話が有り、フリーペーパーGP01の取材協力が来た。
 新幹線特集らしい。
 このフリーペーパーは人気第一位になったばかりだ。
 JP01
 前号を見て内容凄さに、ほんとに無料で良いのって感じの本だった。
 特集が素晴らしくかなりの力の入れようだ。
 今回は土方歳三を掲載するそうだ。
 下二股口台場も取材するので、冬装備でと言っておいたが、広範囲の取材を出来るか?

 家に帰って妻を病院に送って行く。
 薬だけなので家に帰ったらもう終わって、また孫の愛葵を連れて薬局に行く。
 今日はBSで見たいテレビがあったのだが、原口の佐々木さんが函館に出て来て、今年の登城ウォークの写真が欲しいと言う。
 それに他にも渡す物が有るのでGHに戻る事にする。
 
 GHに着いたが山辺氏は居ない。
 またマックで一日過ごしているのか?
12月2日(水)大根漬と健康サロン
 朝5時から薪ストーブを焚いて、パソコンに向かう。
 朝起きた時は冷え切っているが火を点けて少しすれば暖かくなる。
 来年の松前登城ウォークのパンフレットは一応完成した。
 印刷をしようとしたらインクが直ぐ切れて作業はお終い。

 そこで大根漬を作る。
 昨日S氏の奥さんから頂いた、レシピの通り作る。
 大根3kgに対して
 酢が  1合
 醤油が 3合
 ザラメが 400g

 大根が4本で2.9kg有ったのでレシピにぴったりだった。
 一気に漬かってしまうと大変なので、奥さんに切り方を教わった。
 半分は3等分に切って、後は半分に切る。
 干しておいた大根

 3等分に切る

 さらに半分に切って
 こちらは早く漬かる。
 後の2本は3等分に切ってお終い。
 これだと漬けるのに時間が掛って多分食べられる順番がきちんと出来そうだ。

 明和園の健康サロンに行こうとしたらYo子さんが来て、ミカンとリンゴを置いて行った。
 私も明和園に行く。
 ストレッチの後、スタッフの若い男の人の指導で体操をするのだが、話ばかりで体操は余りやらず、後ろの方で寝ている人もいる。
 いつも何をやるか考えないで着ている感じ。
 時間つぶしの様だ。
 体操後はクリスマスの内容をどうするかのミーティング。
 クリスマスのミーティング
 終わって食堂で話したら皆も同じ意見だった。
 眠くて仕方が無かったと。
 食事は中華飯で久しぶりだ。
 大盛で食べた。
 中華飯

 帰って明日のぶんぽ研に持って行く資料と「願掛澤・彦四郎澤ルートの解明」2部作る。
 読んでくれる人が居る。
 嬉しい。
 
 他に佐々木さんから頼まれた来年のウォークのパンフレット作り。
 仮だが何とか出来た。
 仮に完成した


12月1日(火)ついに12月か
 今日から12月になった。
 後1ヶ月で今年も終わるかと思えば、今年も早かったなあと思うこの頃だ。

 まずは郵便局に行く。
  ユニオン映画に「下二股口台場」の本を着払いで送る。
 ロケの後に渡す積りだったがお互いに忘れてしまっていた。
 今日ディレクターから電話が来て、欲しいと言う事だった。

 帰って来て薪ストーブの燃料を作る。
 向のリサイクルショップで家具を持って来たのでそれをカットする。
 今日の分で4日は持つだろう。
 これだけ切った
 持って来た中に、外で使えるバーベキューコンロを入れられる、テーブルと椅子が有った。
 燃やしてしまうのは勿体ない。
 作りもなかなか凝っているのだ。
 木は全く問題なく、ペンキを塗ってやれば凄く良いテーブルと椅子になる。
 燃やすのは止めて少し様子を見る事にした。
 良い作りのテーブルだ

 バーベキューも出来る

 椅子も有る
 次に薪ストーブの修理。
 もう古いので次々穴が開く。
 取り敢えず鉄板を一枚張った。
 また穴が開いた

 取り敢えずは修理だ

 自遊旅のステッカーを作る。
 以前は置いてあったがいつのまにか無くなった。
 旅人が自転車に張るのに1枚づつ持って行くのだが、もう無くなっていた。
 シールに250枚くらい印刷して完成した。
 外で使うので紫外線にも熱にも強いタイプだ。
 250枚は有るだろう

 ここに入れた

 その後は、佐々木さんに頼まれた、来年の松前登城ウォークのパンフレット作りを行う。
 表紙と裏面は出来たが、中開きの文書の部分がかなり書いた所でミスして消してしまった。
 あ〜やる気が一気に消える。

、S氏の家に行く。
 昨日作った「願掛澤・彦四郎澤テートの解明」を2冊持って行く。
 話しこんでしまっている内に、奥さんが帰って来た。
 またまた長居して話しこむ。
 話しの中で漬け物の話しになった。
 我が家にも大根が4本干してある。
 我が家の大根
 今日の朝もどうするか考えていた。
 糟漬けにするとなれば、材料は20本用くらいしか無い。
 安いのだが余してしまうのは勿体ない。
 そうしたら奥さんがレシピを教えてくれる事になった。
 試食させて貰ったら、パリパリで醤油が良い感じで付けられている。
 大根漬は大好きでよく食べるが、最近は良い物に当って居ない。
 試食したのは間違いなく美味しい。
 レシピを書いて貰い、醤油まで頂いた。
 帰りにザラメを買って帰る。
 明日にでも漬けよう。
 
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