2月28日(土)色々な日
 今日は本を製作するぞと張りきって起きて早速本作り。
 背表紙の糊付けから始まり、表紙を付ける所まで進んだが、4冊製作した時点で両面テープが無くなる。
 100均が開くまでまだまだ時間があるので一時中止する。
 4冊しか出来なかった

 朝食を作る。
 今日の朝食
 といっても鍋は昨日作った鳥鍋の残りがある。
 昨日妻から鳥肉を貰ったので早速作ったのだ。
 米は秋田のKAZUさんからの頂き物だ。
 味噌汁は生のりと豆腐にした。
 味噌は旅人が置いて行ったものがある。
 生のりも妻からの貰いもの。
 そして高級品の森口漬がある。
 名古屋からの貰いものだ。

 守口大根を3年掛って酒粕で漬けたもので、大根が程良い固さで食感が良いし、酒粕が染み込んだ味も抜群だ。
 これならご飯何杯も行けそうだ。
 酒粕が勿体ないので、大根を切って入れた。

 食後はタンカンでこれも数日前に奄美大島の物を頂いた。
 奄美のタンカン
 熟していて美味しかった。
 何か貰いものばかりで過ごしているな。

 大根のキンピラいけるよとの情報があったので、大根とにんじんで作る。
 大根キンピラ

 出来た!
 まあまあだ。
 やはりゴボウの方が歯ごたえが合って良い。
 大根は軟目になるが、冷えたら結構いい感触なった。

 大根をさいの目に切って乾燥野菜にする事にする。
 今年は乾燥野菜にも挑戦したい。
 大根は干した
 先日乾燥させた、生しょうがは見事に出来た。
 薪ストーブの上に置いているので良く出来るのかな?
 完成した生生姜
 昼には桔梗の妻の所に行って、日ハムの試合を見る。
 ホームランが中田、西川他で4本出て勝利。
 今年のファイターズはホームランが多い。

 GHに帰って夕食は何にするかと悩むのは主婦と同じ。
 野菜入れを探したら百合の根が出てきた。
 そういえば相当前に買ったやつだ。
 何にするか?
 道の駅「大樹」に百合根天丼と言うのがあったのを思い出した。
 早速百合の天ぷらとついでに人参と玉ねぎのかき揚げを作る。
 味噌汁はまだ生のりがあったので作る。
 百合天ぷらとかき揚げ
 私にとっては豪華な夕食になった。

2月27日(金)またまた執筆
 「下二股口台場」の本も完成して印刷をしつつある。
 しかし今日になって紙切れになった。
 一時中止し次の執筆を始める。
 次は「函館山旧三十三観音のコースと設置位置」を書いている。
 一部どうしても分からない所があるが、現状で纏める事にした。
 午前中一杯執筆をする。
 午後から日ハムの試合があるのと、紙を売っている文教堂が近いので、桔梗に行き日ハムの試合を見てから、帰りに紙を買って帰る。
 妻から鳥肉とキャベツの刻んだのを貰ってくる。
 他に以前下二股口台場を案内した、仙台のお医者さんからホンカンが送られて来たので、妻と半分分けにして持って来た。
 家に帰って印刷開始する。
 後5部位印刷すれば12部完成するので取り敢えず、図書館や資料館、新聞社等に送る分は間に合うだろう。
2月26日(木)観音コース調査
 今日は旧観音コースの内、高竜寺の辺りから、観音山ままでのコースを探る。
 今日のコース
 何度か歩いているがGPSログは古図と合わない。
 何度も検討したら現在のコースの途中から尾根を行く感じだ。
 この辺りは以前にも桔梗のS氏と歩いたがはっきりしなかった。
 今回は高竜寺の傍から登る。
 古図はまだ高竜寺が来る前の道なので、高竜寺や称名寺が来てこの辺りは変わったようだ。
 それでも道は意外と一部残っているものだ。
 スタートははっきりしているのでそこからスタートする。
 直ぐに建物が有り行けなくなる。
 大きく迂回してその道の先に当たる部分に行く。
 人が行き来している道があった。
 下の写真の先から入って来る。
 ここから入った
 ここから観音コースに繋がる。
 淡々といつものコースを登るが、今日調べたいのは今まで有っていなかった道を探すのと、その途中にサンケ石と仏像が有ったと言う場所を探す事だ。
 古図に書かれたサンケ石と仏像 
 
 道が左に曲がる所から尾根に入る。
 雪があってはっきりしないが何となく道が有りそうな雰囲気だ。
 少し行くと左に大きな窪みがあり、石を囲んで配置している場所がある。
 これは?
 場所的にはサンケ石と仏像に近いし、左側に有るのも合っている。

 窪みに石で囲まれた個所が

 はっきり囲みがある
 暫らく石を眺めながめていた。
 囲った中の底部にも石が置かれている。
 場夜も合っているし・・ワクワクする。
 そう言えばこの大きな窪みの下にも道があった。
 もしかしてそちらから繋がるのか?
 そして上に進んだらはっきりした道が有った。
 これは旧観音コースに間違いないだろう。

 上の道ははっきりある

 上から見た旧参拝道
 道の上まで出たら景色が良い。
 旧観音コースは景色の良い場所に設けられていた。
 現在のコースからは見えない。
 ここは景色が良い

 駒ケ岳も見える
 道をさらに進んだら要塞に行く道に出た。
 要塞道路
 ここは旧山道が削られたので道は消えてしまった。
 しかしその上の道は既に調査済みで、ここを越えたら目印の黄色のテープがあった。
 テープがあった
 これから先は調査済みなのでログを取るのに又登る。
 斜面の途中に缶があった。
 取ろうとしたが成長した木の間に挟まれて全く取れない。
 いつの時代の物なのだ。
 プルリングが付いている。
 プルリングは1960年代後半に開発され、80年代に殆どこれに代わった。
 なのでせいぜい古くても35年だ。
 こんな所にあるのが不思議で、何か道だったと感じさせる。

 缶がある
 ここを登り切って観音山に行く。
 ここには1番観音があったので観音山の名が付いた。

 推定1番観音跡
 今日のコースを古図と比較して見たらほぼ似てきた。

 合ってきた
2月25日(水)本の製作
 最近暖かくなってきた。
 私の寝ている部屋は寒くて、暖房も点けないので、布団(寝袋)はかなり冷えている。
 それでも中に入れば体温で直ぐに暖まるので良いのだが、最近は布団がそれ程冷たくなくなってきた。
 何か春の近さを感じさせる。

 朝から本の表紙を印刷する。
 ようやく気に入った紙が100円ショップの四ツ切画用紙とは・・。
 蔦屋書店の25枚1660円と殆ど変らない。
 108円で10枚入っているから、10.8円1枚と安く出来た。
 取り敢えずは20枚くらいを印刷した。
 今回は失敗無しだった。
 プリンターがA4仕様なので、A3を折って使うのだが、折った部分が厚くなるのでインク汚れが発生していた。
 そこでその部分に貼って剥がせるテープを貼った。
 印刷時にはテープに汚れが着くがそれは剥がせば良い。
 このテープが良かった
 これで失敗ゼロになった。
 良いアイデアを考えた。
 表紙は印刷した
 本文は4部印刷した。
 これはまだまだ続く。

 原口佐々木さんと、今年の松前登城ウォークの打ち合わせをする。
 今年は昨年と同じサポートをしてくれる事になった。
 しかし交流センターの宿泊はサポートなしで、山小屋宿泊を進められた。
 でも20km歩いて来て、原口には夕方着くのにさらに山に登るのは酷過ぎる。
 交流センターに自費で泊まる事にする。
 食事はサポートして貰える事になった。
 原口に店が無いので食料の調達だけは難しい。
 今年も参加者は10人にしたいが、多人数も面倒なので5人位で良いかな。
 恵庭からも参加したいと言っているので5人だと難しいのかも。
 10人になると宿泊費が800円/人になるんだが。
2月24日(火)表紙製作
 朝早く起きて「下二股口台場」に3ページを追加した。
 荒井宣行の「蝦夷錦坤」に「二股の防戦の図」がある。
 この解説を加えた。
 本陣や暫壕に旗が立っているのが特徴で、他の古図には旗は書かれていない。
 「馬旗」と言うもので騎兵の背中に付けて敵陣に攻め入ったりした。
 その様子が上司にも分かるので、手柄を見て貰えた。
 二股の場合は本陣と暫壕に旗が立っている。
 本陣は劣勢になった時も大将が逃げないでいる事の証になり、兵の士気が高揚した。
 他に精米の話しも書いた。
 土方歳三は白米を食べて板である。
 当時の蝦夷ではまだ玄米であったと推定する。
 しかし江戸では既に精米が行われていた。
 土方隊も本陣の隣に米搗き場を設けていた。
 白米を食べていたのである。
 そんな事を加えた。
 ページ数も変わったので、目次を再チエックした。

 解体中の家から浴室のライトと換気扇を外す。
 ライトは外灯に使う。
 旅人が夜に来た時に人感センサーのライトが付いていたが、直ぐに消えたり作業が終わってもまだ点いていたりと不便だった。
 今度は必要な時にライトを点ける様にする。
 換気扇はトイレに付ける。
 

 終わって、大森浜に行く。
 燃料の薪があと1日で無くなる。
 30分くらい拾った。
 燃える木と燃えにくい木の判断が出来るようになった。
 燃える木でガンガン燃やし、一緒に燃えない木を上に入れるとしっかり燃えてくれる。
 何度行っても流木があるので薪には苦労しなくて済みそうだ。
 これだけ拾った

 箱に3個分になった

 午後から蔦屋書店に行って紙探し。
 昨日飼った薄いブルーの色はやはり印刷すると綺麗では無かった。
 そこで白にする事にした。
 良さそうなのがあったが、25枚で1660円と高い。
 厚さは025mmでまあまあの厚さだ。
 少し考える事にする。
 近くの妻の所に行き、ファイターズの紅白戦を見る。
 大谷好投したが中田にホームランを浴びる。
 さすがに4番バッターだ。
 外人にもホームランを浴びたがそれ以外は完璧。
 4回で9三振は凄い。

 TVを見てGHに戻る。
 帰りにコジマに寄って紙を見たが良い物がない。
 その帰りにダイソーに寄る。
 良さそうなのがあった。
 四ツ切りの画用紙で10枚で108円だ。
 画用紙を買った
 厚さも色も丁度良い。
 買って帰る。

 家で印刷して見る。
 色も良いし、厚さも丁度良い。
 色も綺麗だ
 結局100円ショップのが一番良かった。
2月23日(月)製本テスト
 そろそろ「下二股口台場」の正式本を作らなくてはならない。
 まずは少しの校正を終えて、表紙の紙を探しに行く。
 七重浜の文房具屋さんに行く。
 いつも紙を買う所だが、普段は20円から30円程度のを購入しているが、今回は和風の紙にしてみた。
 取り敢えずサンプル作りなので薄い青色の紙を数枚を購入。
 厚さは今まで使った中では厚い方だった。
 A3で1枚50円もするのだ。
 折角桔梗の近くに来たので妻の所に行く。
 GAORAで日ハムのオープン戦をやっていないかと思ったら、雨で室内練習だった。
 昼食を食べて帰宅。
 帰って早速印刷をして見る。
 インパクトが少ない
 印刷した結果は、今一つか?
 これで良いか?と悩む所だ。
 やはり白の方が良かったかな?
 それと別な色にするか?
 今日は迷って終わりだった。
2月22日(日)色々な日
 朝食を頂いてから桔梗を後にする。
 日曜日なので道路は空いていてすいすいとGHに着いた。
 まずは薪が無くなって来たので、家の解体をする。
 しかし今日は暖かいので2Fに積もった雪が溶けて雨の様に落ちてくる。
 コンテナ1個分の薪を用意して終了だ。
 外に出た時に来客だった。
 桔梗のSさんだった。
 松前登城ウォークを一緒に歩いた仲間だ。
 近くの「土方記念館」で和太鼓の演奏があるので聞きに来たそうだ。
 
 スコップの修理をする。
 妻の使っていたスコップの柄が折れた。
 柄が折れた
 これで2回目だ。
 雪にスコップを突っ込んで煽るから折れるのだ。
 前回もそうだった。
 廃品を探したら金属スコップの柄だけが出てきた。
 これを使う
 これを利用して壊れたスコップに付ける。
 金属が邪魔だ

 サンダーでボルトカット

 これはグリップが無い

 両方完成

 そして余った柄の部分は私のスコップの柄の握り部分が無いのでそれを使う。
 これで一挙に解決だ。

 終わって薪を拾いに大森浜に行く。
 ここには流木が幾ら拾っても直ぐに集まって来る。
 海岸の清掃兼薪ストーブの焚き木と一挙両得だ。
 10分も拾えばコンテナ2つにはなる。
 コンテナ2つ出来た
 これで3日は持つだろう。

 何か自給自足って楽しくなる。
 今年は山菜も力を入れて採り、ますます自給自足生活に向かって行こうかな。
 贅沢になってきた生活を見直すには良い機会だ。
 電気は旅用のソーラーパネルを活用して、LEDソーラーライトにするとか、雨水のトイレ利用とか色々やる事はある。
 生活の原点に近付けるのも面白くやれば良いのだ。
2月21日(土)講演を聞きに行く
 旧大野町に水田を開き米作を試みた高田吉右衛門から、更に後を継いで米の収穫を達成した高田万次郎の講演だった。
 木下氏は私の加入している大野文化財保護協会の会長である。
 木下氏の講演
 冒頭、米の話をしたら10分で終わると言って、話は箱館戦争や大野の学校の話しから、道の話まで多岐に渡った。
 米の話で聞きたかったのは米搗きの事だったが、話の中には全く出て来なかったので、最後に質問させて頂いた。
 米搗きは大野ではいつごろ行われていたかである。
 しかし回答は農協が始めたとの事なので少し的外れかな。
 箱館戦争で土方隊は台場で米搗き場を設けていた事は古文書で明らかだが、その当時大野でも精米が行われていたか聞きたかったのだが、農協では時代が違った。
 他からも質問が出て、「諸国から500人を集めて・・」と言う文書の元は何処なのかと質問が有った。
 歴史では各自が勝手に書く事は出来ず、必ず出展元を明らかにしなくてはならない。
 これも明確では無かった。
 講演はかなり深く勉強しないと難しいな。

 帰りに桔梗によって、夕食は回天ス寿司に行って、生協で食料を買って貰った。
 風呂にも入って9時には寝てしまった。
2月20日(金)今日も観音調査
 今日も観音調査に行く。

 昼までには帰ろうとおにぎりも持たず出発した。
 まずはいつもの碧血碑に行く。
 碧血碑
 生花も沢山供えられて、土方人気なのか旧幕府軍の人気か分からないが、花が絶えないのは良い。
 「箱館土方組」の代表、しらとりみちよさんが来た。
 暫らく話す。
 5月17日に本州からの土方ツアーがあるそうだ。
 同行して貰えないかと言っていたが、コースはさらっと見て回るだけなので行かなくて良いか?
 もし空いていたら案内しても良いが。
 函館〜松前〜江差〜旧大野町を回ってくれば、2日は取らないとハイライト部分の場所には行けない。
 現地主義者としては物足りない。
 蔦屋書店のフリーペーパーに、私の写真も載るそうだ。
 二股を案内した時の写真を掲載して良いか聞かれたので良いと言っておいた。
 3月1日のフリーペーパーらしい。
 次回の蔦屋のフリーペーパーの取材は、私にしたいと言っているそうだ。

 話をしていたら桔梗の坂さんが奥さんとやってきた。
 久しぶりだった。

 その後、観音調査に七曲コースに行く。
 写真スポットから

 駒ケ岳も綺麗

 横津岳

 三森山
 まずは尾根道を倉掛山まで行く。
 参拝路はかなりの部分が笹で埋まっていた。
 完全な藪漕ぎ状態だ。
 参拝路

 参拝路

 参拝路
 ここは要塞が出来て道が立派になってしまった。


 鞍掛山の要塞
 往復してGPSログを取った。
 観音の位置は要塞が出来たのではっきりはしなくなったが、狭い場所なので大体で良いだろう。
 その後戻って、七曲コースを登る。
 七曲の旧道
 コース図を作成しながら登る。
 スマホのGPSだと15m間隔で測定するので、曲りが多いとコースがはっきりしなくなる。
 ここが28番か?

 地蔵山見晴台に着いた。


 鞍掛山が見える
 近くに有る27番観音跡の写真を撮る。
 27番観音跡
 その後、千畳敷の東屋に行く。
 女性二人が居た。
 話をしながら皆さんは昼食。
 一人の女性がパンを食べませんかと言って差し出した。
 「ありがとう」と頂く。
 今日は東屋で引き返そうと思ったので、昼食を持って来ない。
 コーヒーも貰ってしまった。
 その内一人が先に行った。
 別々に来たらしい。
 話でその方も四国お遍路をしたそうだ。
 50日くらいかかって歩いたそうだ。
 昨日も四国お遍路経験者が居たので2日連続だ。
 意外と四国お遍路は人気があるんだ。
 昼食のお礼ではないが、コース案内をしながら下る事になった。
 八幡山、水元山、姫塚などを案内した。
 藪漕ぎは大好きだそうで、色々な所に一人で行っているそうだ。
 扇石の丸山も行ったと言う。
 あそこを一人で行くとは相当だ。
 山岳会は自由度が無いから嫌いだそうだ。
 
 駐車場まで下りたが、宮前町まで歩くと言う。
 宮前町から歩いて大森浜を歩いて、七曲から登って旧山道を下り、また宮前町まで歩くそうだ。
 凄い健脚の75歳だ。

 家に帰って調査資料の整理をする。
2月19日(木)函館山旧三十三観音調査
 函館山旧三十三観音コースの調査に行く。
 未だに分からない水元から汐首山に至る参拝道。
 今日は汐見山に登ってそこから北斜面をトラバースする事にする。
 汐見山登って書類を見ていたら息を切らして男性が来た。
 年寄にはきついコースだと言って話しかける。
 「俺の長靴は三馬ゴムで16年も履いていると言う」
 凄い長持ちだ。
 私なら2年くらいで破れてしまう。
 その内、汐見コースの尾根を歩いて行った。
 汐見山の山頂は旧16番観音の位置で、古図のように観音の有った場所と思われる所の周囲は道が付いている。
 ここが旧16番観音跡

 周囲に道が有る
 ここから北斜面をトラバースする。
 雪は30cm位だが雪も締まっていて歩きやすい。
 道ははっきりしない。
 道がはっきりしない
 何となく進むしかない。
 目的地は水元なので方向は分かる。
 鳥の観察小屋が出てきた

 これは軍の道か?

 観察小屋が遠くなった
 今日は暑いので汗が噴き出て来る。
 結局水元まで歩いたがGPSのログを見たら少し違うようだ。

 真っ赤な線は今日のコースだが、汐見コースの尾根部分は合うのだが、北側斜面は合っていない。
 もっと斜面の下なのか?
 現在の地形図にプロットしたが、もっと旧登山道に近いのか?

 薄緑の線で古図の旧参拝道をプロットしてみた。
 旧登山道と尾根の中間くらいか。
 でもこの辺りには道は無いな。

 少しイメージが湧いて来たので、次はもう少し斜面の下を歩いて見よう。

 他に水元付近を散策する。
 岩が多く函館山が昔は活火山だと言うのが良く分かる。
 岩が多い

 ここまで道がある

 この後、15番観音の場所探しに行ったが、石がかなり散乱している斜面で、観音の有った形跡は良く分からない。
 7合目がもう直ぐという所まで急斜面を登った。
 駐車場も近い

 下る途中姫塚による。
 南部藩姫塚の言われはまだ分からない。
 表面に文字の様なものが有りそうなのだが、風化してはっきりしない。
 字が見えそうなのだが・・

 下って旧山道5合目に出て、22番観音の場所に行く。
 情報は湯川の門脇さんの本にあり、現9番観音と現2番観音の上の方だと言う。
 行ったら要塞の遺構があった。
 行けないので遠回りして尾根に行く。
 深くて膝上まで埋まって歩く。
 するとそれらしき場所があった。
 ここが22番

 牛の背山から来る
 牛の背山から尾根を北に向かって進んだピークの所にだった。
 これは観音が有った場所に間違いが無い。
 なかなか良いコースを歩いていたんだ。
 参拝道

 ここも
 
 そのまま展望台まで行く。
 おばちゃんが一人居た。
 話す。
 観音に興味が有り、四国お遍路に行くのでトレーニングしているそうだ。
 以前にも45日間一人で歩いて、四国お遍路をしているがまた行きたくなったそうだ。
 私の北方向から帰りたいと言うが、足を見たらスニーカーだった。
 まあ沢山人が歩いているから良いだろう。

 私は現10番観音の坂を登って行く。
 ここの観音辺りが旧24番観音になる。
 その後はのんびり旧山道を下って帰る。
2月18日(水)明和園運動会
 今日は明和園大運動会。
 いつものメンバーが32名集まった。
 私が開会挨拶をさせられて、ラジオ体操の後、運動会が始まる。
 4チームに分かれてゲームが始まる。
 最初は皿をひっくり返して、自分のチームの色の多い方が勝になる。
 皿返し

 真剣だ

 30秒の戦い
 普段ようやく歩いている人も、ゲームとなればエキサイトして凄い力が出る。
 結果我がチームは3位くらい。
 ボールを手で突いてぐるっと回って来るゲーム。
 妻も無難にこなす

 おとっと
 予選は勝って決勝をやる。
 私はアンカーだが、既に相手はゴールしてしまった。
 仕方が無いのんびり回って来る。
 次におなじみの玉入れだが、これは最下位だった。
 次にうちわにペットボトルを乗せて引っ張るゲームでこれは優勝。
 ここまで4チーム中1位だった。
 最期の障害物競争は釣った魚の点数で決まるので運任せだ。
 スピードでは優勝したが、釣った魚の点数が最低で結局総合3位だった。

 もう節句が近いので恒例の雛段が出ていた。
 雛段が出た
 も〜んさんも出ていたよ。
 も〜さんは力持ち

 昼食を頂いたが親子丼であった。
 美味しい親子丼
 妻を駅まで送って行きGHで函館山三十三観音の調べ物をする。

 夕食はと考えたら食材が殆ど無い。
 先日妻から貰ったジャガイモがあった。
 よ〜しこれで何か作ろう。
 メニューはアプリ「クックリサーチ」から「とまらない〜コロコロじゃがいものテリヤキ」だ。
 じゃがいもをサイコロ状に切り、フライパンで炒める。
 炒める。
 醤油と砂糖とマヨネーズのたれを作る。
 十分に炒め、焦げるので火を止めてから、たれを絡ませる。
 これでOK。
 戦時中の様にじゃがいもが主食だ。
 それとサラダに味噌汁。

 食べたら美味しい!
 確かに止められない。
 山盛りのじゃがいもを完食した。
2月17日(火)八木川遊歩道
 先日臼尻の会社社長と会った時に、臼尻に遊歩道があるので歩いて見たらと言われた。
 そこでいつものメンバーと行く事になった。

 メンバーの一人が足を怪我しているので、山は無理で遊歩道なら良いだろうとなった。
 尾札部の市街地から八木川に沿って山に入る。
 少し行ったら雪で車は無理だった。
 降りて歩く。
 道にはスノーシューの足跡がある。
 こんな所に行くのは誰なんだろう。
 途中に立派な入林届箱がある。
 誰も書いていない。
 紙のサンプルは平成22年だった。
 5年間誰も書いて居ないのだ。
 しっかり書いてくる。
 ステンレスだ

 私だけ
 1時間も歩いたら柵が見えた。
 ここだと入って行く。
 八木川は水が凄く住んでいて綺麗な流れだ。
 八木川は綺麗だった
 早速歩くが、あれ〜もう終わり?
 短い遊歩道
 遊歩道は200m位しか無かった。
 これじゃしょうがない。
 山に行く道があったので登る。
 恐らく側林の際に作った林道であろう。
 それでも山の上の方に登って行く。
 山に入る

 まだまだ登る
 もう少しでピークに出る所で、道が無くなり一人の足を考えると無理かなとなり、引き返す事にした。
 同じ道を途中まで来て、帰りはコースを変えて出てきた。
 再び林道を戻る。
 向かいの山
 その時目に入ったのは不思議な石だった。
 山の斜面に有る石が立てに3本の筋が入り、3枚岩の様に見える。
 その3枚の岩には全く平行に線が下まで入っている。
 こんな人が加工した様な石は今まで見た事が無い。
 平行な横線が付いている


 自然石にしてはこんな線状の等間隔の溝は出来ないだろう。
 カメラを持って行かなかったので同行の女性にズームで写真を撮って貰う。
 今は雪で行けそうも無いので、雪解けにまた来ようとなった。
 帰りに入林届を又見たら、ここは著保内だった。
 著保内と言えばあの中空土偶の国宝が出た所だ。

 ここにもきっと人が住んでいて、その人たちが石に書いた物だとこんな時は皆の意見が一致する。
 それほど珍しいものだ。
 私のスマホでははっきり見えないが、後から送って来る写真でははっきり写っている。
 後日アップする。

 少し行ったら木をチエンソ−で切っていた男性が居た。
 同行のM子さんは地元なので話したら、親戚の方の名前も知っていた。
 田舎って皆知っているから話は尽きない。
 切っている木は間伐材で貰ったそうだ。
 薪にするそうだが良いな。
 田舎に来ればこんな事は普通に有る。
 私も貰いたかったが車は満載で無理だ。

 帰りの川汲のしげちゃん寿司に寄って昼食。
 寿司セットを御馳走になった。
 有難う!
2月16日(月)S氏宅訪問
 昨日はラグビーとカーリングの試合をBS1で見るために桔梗に行ったが、朝にはGHに戻る。
 帰ってガスカートリッジのテストをする。
 テスト中
 Youtubeでガスカートリッジの互換性の話を見た。
 ガス器具メーカーとカートリッジメーカーを合わせないと、使用出来ない物あるという事だった。
 テストしたのは旅用の台湾で購入した物、メーカー名が入っていない物、ジッポのチタン容器とセットの物と3種類。
 テストしたのはコルーマン、キャプテンスタッグ、スノーピーク、プリムスの4種類。
 結果は台湾製とジッポがコルーマンでは使えない。
 プリムスのIP 110は全てのガス器具で使えなかった。
 他は全て使用OKだった。
 購入する時は気をつけないと、新しいカートリッジを持って行って使えないという事になりかねない。

 午後から元校長先生のS氏宅に伺う。
 完成した「下二股口台場」を見て貰った。
 ざっと見て貰ったが良くまとめたと言って貰えた。
 完成したが、表紙はまだ改良の余地が有りそうだ。
 厚手の紙を使ったが製本に時間が掛る。
 もう少し薄いものに変えようかな。
 他に記事の追加も頭に浮かんだ。
 二股の岩橋教章の絵で、「馬旗」が書かれている。
 旗の模様は分からないが、何とか見つけたいと思う。
 又箱館戦争で使った「馬の種類」についても書きたくなった。
 明治初めにはまだサラブレっとは入っておらず、映画の様に疾走する姿は無かった。
 サラブレットは60km/Hrも速度が出るが、在来種は早くても30km/hr程度だ。
 土方さんも格好良く馬を飛ばしていた訳ではない。
 その代わり後ろ足が強く、山坂には適していた。
 話の中で、奥さんが椴法華に住んで居た時に、お菓子商人の飯島治三郎7を知っていた。
 私が調べた御崎〜椴法華の山道に、7mの高さの石に「南无阿弥陀仏」と書かれている。
 この文字は掘川乗径が書いたと言われている。
 天保時代の話しだ。
 この文字が風化したので、飯島氏が当時の初任公務員の1年分のお金、12万円で修復したのだが、その飯島さんを良く知っていた。
 自分の設けでは無く、椴法華村の為に色々な事をやっていたそうだ。
 凄い繋がりだ。
 飯島氏の事はお菓子商人という事しか知らなかったが、まだまだ面白い話しがありそうだ。
 帰りに青森産の熟成発酵した黒ニンニクを貰った。
 食べやすい
 元気が出ると言う事だ。
 1個食べたが柔らかくて食べやすい。
 明日もこれを食べて元気で行こう。
2月15日(日)函館山三十三観音執筆
 旧函館三十三観音の参拝コースと設置場所を調査しているが、まだ総ては判明はしていない。
 一度途中経過を纏めたのだが、さらに内容を充実したものを執筆する事にする。
 特に市街地のレイアウトは当時とはすっかり変わっているのでなかなか難しい。
 特に谷地頭から舟塊神社の間の道が分からない。
 谷地頭は当時、沼の様な状況になっていてその外側を歩いていたのだが、そのラインがなかなか分からない。
 この沼には頭が八ツの蛇が居たとか(八ツ頭)、湿地帯だったので谷地の名を付けたとかある。
 今の谷地頭温泉の前身が浅田楼で、そこに観音があったようだ。
 昔の谷地頭
 歴史検証はクイズみたいなものだ。
 何とか解こうとする熱意が大事だ。
 そのため新たな資料が出ないとなかなか解決しない。
 歴史検証と言えば、今読んでいる本は「時代考証家に学ぶ 時代劇の裏側」というもので、山田順子氏の執筆だ。
 色々と面白い。
 「馬印」というのがあった。
 「下二股口台場」を執筆していた際に、岩橋教章の書いた絵の中に、台場で旗を掲げている絵が有った。
 何のためにと思っていた。
 こんな旗を立てたら敵の標的になるだろうと。
 しかし、各隊ごとの旗を持って、敵味方の目印のためと、自らの行動が分かるので自分の活躍を上司に見せるためであったそうだ。
 馬印
 二股で守備したのは、衝鋒隊と伝習隊だがどの様な旗を持っていたのだろう。
 それとも幕府の旗なのか。
 絵から旗に書かれた絵や字は分からない。
 新たな資料が見つかったら追記しよう。 

 家の解体をしているがチエーンソーの刃を研磨した。
 木を切っているのだが、時々は目に見えない釘などを引っ掛けてしまう。
 この歯の研磨が結構な時間が掛る。
 これを1時間くらい行った。
 
 今日は午後から桔梗に行く。
 BS1が見たい。
 14時からWCスキージャンプ、18:00からカーリング日本選手権を見る。
2月14日(土)清水山新ルート
 久しぶりに天気が良さそうなので近郊の清水山に行く。
 今日のコース

 奥が清水山
 いつもは東からのルートを行くのだが、今日は新しいルートを探そうと西側から入る。
 車を置いて早速スタートする。
 夏は牧草地なのだろうか?
 真っ白な雪の上を行く。
 暫らく行ったら金網がある。
 金網があった
 あれ〜行けない。
 かなり遠くまで金網が張ってある。
 以前は無かったのに・・・。
 どこか空いている所は無いかと歩きまわったら1個所あった。
 あった〜
 鍵が掛っていないので通れた。
 そこを出て尾根に取り付く。
 少し登って行くと、右側に道が有る。
 道がある
 これって登山道の様だ。
 ジグザグに何度も切り返し高度上げて行く。
 ジグザグだ

 高度が上がる
 かなり上まで来た所で道が別れる。
 何となく道らしい
 右に行けば清水山方向に行く。
 ここは左側に行く。
 何とか道らしい様な獣道の様な、はっきりしないが上までありそうだ。
 尾根に出た。
 雪が少ない。
 雪が少ない
 ここから左の急斜面は笹が出ている。
 笹は短いのでそれほど苦労は無いが、スノーシューなので時々引っかかる。
 急斜面を登る

 ここが300m地点
 急斜面を登り切って少し行ったら300m地点だったが、何も特徴の無い場所だった。
 清水山への登り
 斜面を下りて清水山に向かう。
 300m台地
 ここからは雪が深くなってきた。
 時々深く埋まる。
 清水山への登り
 風は強く後ろから吹いている。
 尾根をひたすら登るが、ここも道は無く総て藪漕ぎだった。
 あっという間に清水山頂上に着いた。
 清水山頂上
 頂上の木には布が巻かれている。
 以前は無かったが誰かが巻いたのだろう。
 人形かな?
 写真だけ撮って直ぐに下る。
 同じ道を帰るのも面白くないので、車目掛けて真っ直ぐに下る事にした。
 カーブ所に車
 斜面はそれ程急では無いので問題は無い。
 尾根を下る
 順調に下ってもう少しと云う時に金網が出てきた。
 又金網だ
 登るときに有った物だが、かなり広範囲に張られているんだ。
 何処まで行ったら出られるかと歩いたが、なかなか出られそうにない。
 仕方が無く金網を乗り越える。
 この辺りは鹿が多く生息しているのでその対策に設けたものだろう。
 神社の側を通り車に戻る。
 神社
2月13日(金)本作りで1日終わる
 今日も天気が今一つすっきりしない。
 みぞれの様な物が降って来る。
 北国も重い雪の場面が多くなった。
 まずは朝起きて雪かきをする。
 薪ストーブを焚いてからだと、帰って来たら消えているから火を付ける前にやった方言うが良い。
 
 今日は本作りに専念する事にする。
 「下二股口台場」も一応の完成を見たのでサンプルを作ってみる。
 ようやく完成
 今回の本は表紙をハードな装丁としたので、初めてのやり方になる。
 この紙をきちんと折るのが大変だった。
 この表紙の扱いが面倒
 今回は背表紙に文字を入れたが、そのレイアウトが大変だった。
 折り目がなかなか良い所に付けられない。
 背表紙の名入れも大変
 画面上では上手く行くのだが、印刷すると合わなくなる。
 結局は印刷サイズをユーザー定義様式にし、サイズも微妙に代えながら行った。
 これで随分と時間が掛り、失敗印刷も多く出た。
 何とか良い数値を見つけて表紙を印刷した。
 裏表紙は新撰組カラーにした。
 裏表紙
 中表紙も付けた。
 中のタイトル
 更に本文を印刷し、それを製本した。
 中味は以前よりかなり充実した内容になった。
 内容は豊富だ
 写真も多く使った

 古図の解説も入れた

 図解も多い
 最後に発行者等の名を入れた。
 最終ぺージ
 これで完成したが、まだ新しい製本に馴れないので時間が掛り過ぎだ。
 もう少し改良加えなくては。

 夕食はかきあげ天丼になった。
 馴れたものだ

 美味しかった
 味付けもすっかり慣れて軽量しなくても、醤油・みりん・料理酒の配合は身に着いた。
 自分の好みの味がすっかり定着して来た。
2月12日(木)GH「自遊旅」
 久しぶりにGH「自遊旅」に戻ってきた。
 5日にルスツから戻って桔梗に居たので、1週間ぶりの帰宅だ。
 何しろ台所の水道が凍ったままなので修復しなくてはならない。
 薪ストーブを焚いて部屋の温度を上げ、ポータブルの石油ストーブも焚いた。
 今日の最高気温は+3度なので何とかなるだろう。
 しばらく様子を見ていたが全く水の出る雰囲気が無い。  
 仕方が無いトイレの水道を分岐するかとなった。
 トイレは凍結栓を落していたので凍ってはいない。
 これを使う

 ここの改造をする
 台所も凍結栓はあるのだが、流しを変えたので、手が入らなくなっているのだ。
 流しを改造すれば良いのだが、なかなか難しいのだ。

 取り敢えずとして水道管を用意して蛇口を付ける作業を始める。
 作業としては簡単なので、時間はあまり掛らないし、材料は解体中の家から出た部品がある。
 30分くらいで工事は終わり、水漏れも無く終了した。
 蛇口が付いた
 これで炊事は出来ると道具を片付け始めた。
 流しに来た時に栓を捻って見た。
 錆と共に少し水が出てきた。
 え〜何で今頃出るの?
 水が出てきた
 水道管は暫らく使わないと錆びて鉄分と水が一緒にでてくる。
 少出しっぱなしにすると直ぐに勢いよく出てきた。
 もう少し早く出てくれれば苦労しなくて済んだのに・・・。
 まあ修理した水道栓は使う事もあるだろう。
 
 「下二股口台場」ようやく書き終えた。
 これから製本印刷をしなくてはならない。
 紙はあるので印刷は出来る。
 後は表紙の紙が必要だが、どの様な表紙にするか考えている。
 デザインは終わったが、紙の厚さをもっと厚くしたい。
 背表紙にタイトルも入れて位置合わせをした。
 今迄の本は背表紙にタイトルが入って居なかったので今回のやり方を今後も使う。
 取り敢えず白黒で作ってみた。
 まあまあ良く出来た。
 これで少しは本らしくなった。
 白黒で製作

 夕食はどうしよう。
 冷蔵庫は空っぽだ。
 桔梗から帰る時妻からウィンナーと大根と玉ねぎを貰った。
 冷凍庫には作っておいたカレーがある。
 野菜入れを探したらニンジンがあった。
 そうだかきあげにしよう。
 そんな訳で今日の夕食はカレーライスにかきあげになった。
 美味しかった
 「クックリサーチ」でレシピを調べるので簡単に出来る。
 揚げ具合も上手く行って美味しく食べられた。
 明日は余ったもので天丼でもやるか。
 これから耐乏生活が続く。
 まあ自転車旅で馴れているから何とかなる。
2月11日(水)大沼湖上ウォーキング

 北斗市自然に親しむ会主催の第11回 大沼湖上ウォーキングに参加した。
 もう11回だ
 大野文化財保護研究会の会員の方が、こちらの世話人になっている事から毎年参加している。
 今日は弱い吹雪だった。
 雪が綺麗だ
 参加者は50名位か?
 こんなに沢山いる
 受付をしに行ったら、係の女性がいつもブログ見ていますと言われた。
 嬉しいものだ。
 受付を済ませミーティングになる。
 リーダーの丸岡氏はインフルエンザでダウンしたそうだ。
 代わりのリーダーはA氏になった。
 彼とは時々葉書で情報交換している。
 湖畔の雪は20cm程度であろうか。
 つぼ足かスノーシューで迷う所だが、スノーシューにした。
 早速スタートする。
 いつも山に行く時は、一人で行くか数人なので、これだけの人が居るのには驚く。
 見事な列だ

 リーダーのA氏
 リーダーのすぐ後ろを行く。

 1/4位の行程で休憩する。
 ここで上も脱いでシャツ一枚になった。
 冬なのに歩けば暖かい。
 手袋も薄い毛糸の手袋だ。
 先日購入した2000円の手袋は暑くてなかなか履かれない。
 基礎体温が高いのか、兎に角冬の外では寒くない。
 むしろ家の中でじっとしている方が寒い。
 先日のルスツでも爪の色がピンクで良いと言われた。
 血が遠くまでまわっていると言う事で健康のバロメーターだそうだ。

 再び出発する。
 新設の下は固い氷かと思いきゃ、溶けた氷が何度も出てくる。
 新雪は布団の様なもので、その布団の下に氷があるから暖かくて溶けるそうだ。
 地形図にも載っている鞍掛岩に到着。
 果てしなく白い

 鞍掛岩
 ここでコースの半分になる。
 リーダーのA氏のスノーシューのかがと部分に雪が溜まってだんごになっている。
 MSRの高級スノーシューなのに何故だろう。
 私のはホームセンターの5千円程度の物だが雪は付かない。
 裏もシリコンプレートを張り付けているので、雪は付かない。
 他にもう一人ホームセンターのスノーシューを履いている人がいたがこの人もOKだった。
 金額では無いのか?

 いよいよゴールの西大沼キャンプ場に着いた。
 この辺りはワカサギ漁に来ている人が沢山いた。
 こんな囲いもある

 テントも多い

 みんな到着だ

 ファミリーもいる
 場所に依って成果はかなり異なる様だ。
 ゴール後はバスに乗って出発点に戻る。
 軽い運動だったが楽しかった。
2月10日(火)今日も吹雪の日
 今日も吹雪の予報で、窓から外を見たら雪が積っている。
 今日も雪かき日になりそうだ。
 車に一杯雪が積り、何か面白い光景になっている。
 何か面白い

 今季最高積雪
 雪は20cm位だろうか、北海道らしくない重い雪だ。
 まずは小型のスノーダンプで、端の方に雪を集める。
 そしてスコップで捨てる。
 これを繰り返して30分位で終了した。
 もう既に汗がびっしょりだ。
 隣の家や向かいの家からも人が出てきて、除雪が始まる。
 少し手伝いをする。

 その後GH「自遊旅」に行って除雪をする。
 ここも20cm位積っていた。
 GHの屋根も
 30分くらいでここも終わった。

 そして水道を捻って見たら凍っていた。
 古い家なのと、今は桔梗に居るので暖房を焚く事も無いので凍ってしまう。
 洗濯に行く水道栓が氷の力でネジがちぎれてしまっている。
 ネジがちぎれた
 これは修理しないと溶けた時水が出っぱなしになる。
 取っておいた水道栓を付けて取り敢えずは大丈夫だが、溶けて水が出る様にならないと最終判断が出来ない。
 家の薪ストーブを焚いて部屋を暖める。
 トイレも凍っているので、こちらはポータブルの石油ストーブで暖める。
 30分くらいで氷が解けた。
 台所はなかなか溶けてはくれない。
 今日は最高気温もマイナスなので無理かな。
 
 先月登った鳴川岳の写真が送られて来た。
 登り4時間の長い尾根の登山だったが、天気も良く良い景色が見られた。
 カメラを忘れて行ったので写真は撮れなかったが、同行したNさんが撮ってくれたのを送ってくれた。
 最期の登り

 頂上だ

 記念撮影

 イエ〜

 もう一枚
2月9日(月)吹雪の日
 今日の函館の最低気温はマイナス8度の予報だった。
 GH「自遊旅」は水道凍結ぎりぎりだ。
 流しを変えたら、凍結防止栓のハンドルに届かなくなったのだ。
 その内にやろうと思っていたが、間に合わなかった。
 桔梗を朝の4時に出る。
 雪は降っている。
 エンジンが行きたくないよまだ寝ていたいよと弱弱しく始動する。
 さすがに車は殆ど走っていない。
 気温が低いのでタイヤも滑らない。
 あっという間にGHに着いた。
 水道を捻ったら水が出た。
 あ〜良かった。
 直ぐにまた戻る。
 吹雪は相変わらずで、西桔梗の農道を走ったら地吹雪が凄い。
 家に着いて、また布団に入る。

 6時には再び起きて今日は吹雪だし、外には出ないで「下二股口台場」の校正をやる事にする。
 昼にファイターズの紅白戦を見た以外は、気を入れて校正をして何とか全ページの校正を終えた。
 もう直ぐ完成だな。
 もう直ぐ完成だ
 もうすっかり夕方になった。
 妻が部屋に来て雪かきに行くからご飯は後で作るという。
 そんなに降ったのか?
 まだ少ない方だ
 私も校正を止めて、妻に夕飯を作って貰い、私が雪かきをする。
 隣のSさんのおばあちゃんもやっていた。
 卓球に通う元気なおばあちゃんだ。
 私は走りながら除雪するとあっという間に終わった。
 そこへ隣のEさんと向かいの奥さんも雪かきを始めた。
 ついでなので皆の分も手伝う。
 この近所は向かいは奥さん一人、両隣は奥さんと娘と二人住まいと男手が全く無い所なのだ。
 みんな一気にやって汗びっしょりかいた。
2月8日(日)家の解体
 ルスツから帰ってずっと桔梗に滞在している。
 GHには食料は無いし、ルスツで3万円位支出したので、小遣いも使い果たした。
 前借りもしている。
 桔梗に居れば3食付きだから気が楽だ。
 でもGHに行くには時間が掛るし、ガソリン代も掛るのでどっちが得か分からない。
 でも仕方が無いか。

 今日は朝からGHに行って解体を行う。
 GHに居れば朝起きるのが早いので7時頃から作業が出来るのだが、桔梗でも私は早く起きているが、食事が出来て終わるのは8時頃になってしまう。
 それから車で移動で30分は掛り、作業が始まるのは9時頃になってしまう。
 今日は風呂の外壁を解体する。
 今迄内側から解体したが、なかなかタイルが剥がれない。
 そこで外側から解体する事にした。
 外から解体
 外に張ってある板を剥がすと、発泡スチロールの断熱材が出てくる。
 これを取れば金網入りのスタイロフォームが出てくる。
 スタイロフォームに穴開け
 ここを思い切り大きなハンマーで叩けば、内側のタイルも一緒にばらばら落ちる。
 まるでベルリンの壁が崩壊した時の様だ。
 南側の壁を解体して今日はお終い。
 タイルはあっさり落ちた
 出た木は切って薪にした。
 薪も出来た
 帰って家で昼食し、午後からはファイターズの紅白戦を見る。

 「下二股口台場」の執筆もいよいよ最終校正になった。
 今日白黒で全ページのプリントアウト。
 これで5回は印刷している。
 140ページの5回で700ページになる。
 表紙は仮だ

 図解は多くした
 昨日は弾痕の残る石を本に掲載しようと台場に行ったのだが、石の場所が分からなかった。
 雪の下に埋もれているのか、場所の記憶が曖昧なのか・・・。
 春になったらまた撮影に行かなくては。
2月7日(土)下二股口台場調査
 今日は下二股口台場の調査に行く。
 地形の分からない箇所の確認と弾痕のある石の撮影だ。
 国道から二股林道に入ったら雪が深く直ぐにスノーシューとなった。
 最初に弾痕が残る石を探したが、見つからなかった。
 大きい石なので直ぐに分かるかと思ったが、どこかの雪の下に眠っている。
 諦めて二股林道をしばらく歩き、箱館戦争に関する何かが見つからないかうろついた。
 下の写真の斜面の上に暫壕がある。
 何度見ても良い地形を探したものだと感心する。
 ここは攻められない
 下の急斜面を伝習隊の滝川充太郎が馬で攻め上がったが、上から攻撃され引き返した場所になる。
 よくもこんな急斜面を攻めるものだと感心する。
 急な鶉山道
 下は新政府軍側の暫壕だが、雪に覆われて浅くなっている。
 新政府軍塹壕
 特に目新しいものも無く戻って、新政府軍側の陣地の上まで辺り一帯を探すが、ここでも何も無い。
 今度は、新政府軍が唯一攻め込んだ場所と思われる所の急斜面を降りて調査をする。
 ここなら攻めやすい事を実感する。
 台場の南側では下の尾根が唯一降りられる場所になる。
 本陣の攻撃では攻められず迂回して、ここを下って攻撃したのだろう。
 ここから攻めたのだろう
 下二股沢川を挟んだ旧幕府軍側にも同じ様な尾根がある。
 それも良く似た尾根だ。
 ここは反対側
 古文書にも台場山側から攻撃されているが、確かにこの辺りは緩い斜面で攻めやすそうだ。
 しかしここの付近には暫壕らしきものもある。
 これがまだ確定はしないが長さが50m位あり、ジグザグになっている。
 そして両端が折れ曲がっている。
 沢の様にも思われるが端はきっちり止まっている。
 ここから指揮官の居たと思われるF-12暫壕も見える。
 さらに付近に道が有り、上の暫壕に続いている。
 50mもあるが
 来たついでに熊穴を見に行った。
 最近3件も熊に襲われる事件が起きている。
 今年行った熊穴はどうなっているのだろうか。
 恐る恐る見に行ったが穴は塞がっていた。
 中に居るのか、出てしまったのか?
 熊穴は埋まった
 かなりあちこち調べて帰宅する。
 位置はGPSで記録し、今執筆中の本にも加える。
 石が出て来て写真を撮らなくては本は完成しないな。

2月6日(金)高齢者講習会
 運転免許証の高齢者講習会を受けに行く。
 最近は身の回りでなにかにつけて、高齢者という言葉を耳にする事が多くなった。
 今日の講習を行う先生もやけに優しくて丁寧で、如何にもお年寄りに聞かせるといった感じだ。
 内容は教本の講義が1時間で、適性検査が1時間、そして運転の実技が1時間と3時間もある。
 高齢者は、一般講習の様に優良運転手は30分、違反を起こした人は1時間とかの区別は無い。
 違反があろうとなかろうと、皆同じ時間の講習が行われる。
 教本ではルールが変わった「環状交差点」の説明だった。
 でも北海道には無い。
 宮城が一番多いそうだ。
 何時か宮城に行った時には役に立つからと言われたが、そんな機会があるのか?
 
 次に適正検査だ。
 まずは「視野測定」だが、右80度、左78度で両眼視野は156度だった。
 視野測定
 60代のレベル。
 でも視野が狭い方は首を少し回して見れば良いですよと親切だ。

 次に静止視力は0.4で、動体視力は0.3だった。
 これは悪いが、眼鏡のせいだ。
 悪かったが、これで普通だそうだ
 昨年の更新時は良かったが、家の解体でプラスチックレンズに傷が沢山ついて見えにくくなっている。
 結果は悪かったがこれで普通の判断。
 これより悪い人は運転は流石に危ない。
 でもそろそろ眼鏡を変えないと危ないな。
 夜になると動体視力が落ちる。
 夜間運転は出来るだけしない方が良い。

 運転適性検査は普通だった。
 アクセルとブレーキを指示に依って踏み分けるのだ。
 アクセルを踏んでいて、赤のマークが出たらブレーキ、黄色が出たらアクセルから離す、青が出たらアクセルを踏み続けるというものだ。
 青が出た時に反射的にアクセルから離れる事が有り、これが点数を下げた。

 最初は要領が分からないので苦労するが、馴れて来ると良くなる。
 右にグラフで1回だけ悪かった。
 これが平均値を下げた、。
 隣の方は何度も何度も係員に質問していた。
 黄色はどうだったっけ?
 青はどうだったっけ?
 と何度も何度も・・・。

 最後に実技テスト。
 実技
 女性指導官だった。
 言われる通りコースを走って終了した。
 良いも悪いもコメントなし。

 これが一連の講習で免許が貰えない事は無いのでどんな結果が出ても良いのだ。
 後は自己判断で気をつけなさいと言う事だった。

 おばちゃんが私にこれって国に相当の週になるよねと言った。
 5800円の講習料は大きな収入かもしれない。
 兎に角混んでいて私は3ヶ月待ちだったし、今では6ヶ月待ちだそうだ。
 それだけ高齢者が多いから収入も多いには違いない。

 最後に振り込め詐欺防止の注意点が出て終了だった。
 振り込め詐欺防止もある
2月5日(木)ルスツから函館へ
 夕べも12時近くまでのミーティングで盛り上がった。
 共通の話題である昔の話しがどんどん出て来るので楽しい。
 今回50周年を迎えるヒーポースキークラブは東京都スキー連盟に所属し、会員は東京の方で講師陣は北海道と言うスキークラブなのだ。
 私も先輩のTo氏に誘われて3級の資格を持っている時から参加していた。
 その後の講習会には志賀高原や八方尾根、蔵王などなどに行って講師として講習を行っていた。
 恒例の八甲田春スキーは未だに続いていて、もう数十年にもなるのだろうか。
 私は今スキーはやっていないが、今回は50周年記念と云う事で参加した。
 久しぶりに懐かしい人達と会えて良かった。

 このスキークラブに参加する方で土方由美さんがいるそうだ。
 土方家の系列になるそうで、女性だが土方歳三の面影が有るという。
 今度紹介するとなったが、いろいろ話を聞きたいものだ。
 
 私は6日に車の高齢者講習があるので、2泊で帰るが他の方は3泊なので、朝食を済ませた後、リフトに乗る皆を見送ってから出発する。
 尻別山を背景に記念撮影
 荷物を積んで車のエンジンを掛けたが、ようやく掛った感じだ。
 今日はマイナス15度くらいまで気温が下がった。
 そのお陰で今日も快晴の天気だ。

 帰りの道は舗装が完全に出ていて、夏道を走るのと変わらない。
 快調に進んで昼過ぎには函館に着いた。
2月4日(水)ルスツスキー場散策
 朝食を終えて9時には全員ゲレンデに出る。
 私の他は全員スキーに行った。
 私はスキー場のコース外の深雪の中をスノーシューで散策する。
 いきなりゲレンデの30度近く有りそうな斜面を上る。
 天気も良いので暑くて、アンダーはびしょ濡れになった。
 急斜面を登りきったら羊蹄山がはっきり見える。
 そこで羊蹄山の見える深雪の中を歩き、いろいろな場所から写真を撮る。







 兎に角美しい景色にうっとりする。
 4時間ほど歩いて戻る。
 後は温泉に入ったりして過ごす。
 スキーの連中は4時頃まで滑るだろう。
 それから夕食、宴会となるが、昨日も宴会をしたが酒をを飲む人少なくなった。
 昔は皆大いに飲んだのだが、今はほんの少し。
 皆年を取ったな。
2月3日(火)ルスツで再会
 230ルスツ道の駅の車中泊は暖かくて快適だった。
 寝袋2枚と毛布、掛け布団だ。
 朝にコーヒを沸かして飲む。
 暖かいコーヒーは身体が暖まる。
 食事は昨日飼ったパンがあった。

 コーヒーを沸かす
 車の窓は凍って外は見えないが風もあり雪が降っているようだ

 窓は凍っていた
 近郊の登山も考えたが、条件が悪いのでまっかり温泉でまったりすることにする。
 行く途中の道は強烈な地吹雪で全く見えない状態で苦労した。
 まっかり温泉は露天風呂から羊蹄山が見えて大好きな温泉の一つだ。
 しかし露天風呂の回りは積雪が高くて山は立たないと見えない。
 そして湯温はかなり低くなって39度程度しか無い。
 これでは風邪を引いてしまう。
 内風呂で温まって休憩室に行く。
 単行本が沢山の置いてありその中に山の本が有ったので読む。
 かなりの厚い本で、時間までには読み切れなかった。
 ルスツスキー場への道は来る時と打って変って、舗装路も出て致し、風も弱くなっていた。
 あっという間にルスツリゾートのホテルに入る。
 ここで函館To氏と帯広のU氏と合流した。
 夕食は東京組の9人が合流し賑やかになった。
 久しぶりに会う皆は流石に歳を取っていた。
 私も同じなのだが、お爺ちゃんおばあちゃんの集まりに近付きつつある。
 それでも面影はあるので、若い時のイメージを想い出しながら、昔話しに花が咲く。
 
 皆楽しそうだ

2月2日(月)函館からルスツへ
 今日ルスツに向けて出発。
 皆が来るのは明日からだが一足先に来た。
 途中明治以前の礼文華峠に登ろうとしたが猛吹雪で断念した。
 洞爺湖に来たら四十三山というのがある。
 早速登った。







 誰か登った足跡があり、坪足で登れた。
 明治43年に爆発して隆起した山だった。
 下山後温泉に入り、出てからルスツに向かう。
 途中地吹雪が凄く時々ホワイトアウト。
 無事に230ルスツ道の駅着。
 車は一台もいない。
 外は吹雪だ。
 ここで車中泊する。
2月1日(日)ベコダテ山に行く
 今日からファイターズの沖縄キャンプが始まった。
 また大好きな野球に釘づけの毎日になるのか?
 GAORAでは今日から6時間のLIVEが始まる。
 ついつい見とれてしまって、ソファに座ったまま動かなくなる。

 それではダメとばかりに今日もベコダテ山に行く。
(下のログにはベコダテ山は入っていない)

 FBにべコダテ山の事を書いたら、どうも違っていてもっと近くの山だと言う。
 その場所に行って再び塹壕探しだ。
 ベコダテ山の由来は放牧している牛が立っているのが見えるので、牛立山(ベコダテ山)と付いたらしい。
 山裾から登るが、雪は結構固くなってスノーシューでは滑る。
 慎重に滑らない様に登る。
 ベコダテ山の登り

 凍っていた
 途中は倒木も多くて難儀する。

 前回とは違う新たなピークに着いて、付近の斜面を探すが、暫壕らしきものは見つからなかった。
 一面杉の植林がされているので、消滅してしまったのだろうか?
 仕方がなく下って、旧道のGPSデータと写真撮影をする。
 この斜面を降りる

 下に道が有った
 煙硝の倉入り口からデータ収集した。
 雪が少ない

 道はしっかりある
 鹿の足跡が沢山ある所には水が流れていた。
 鹿にとっても貴重な水分補給場所なのだろう。
 水があった

 斜面を登る
 途中に何度か木が多い茂り蔦が絡まっている場所がある。
 苦労して抜ける。
 こんな所も
 一瞬蛇かと思った。

 もう少しで三吉神社だ




 神社に出た。
 安政元年開削の道で土方歳三も下二股口台場に行く祭に通った道は、歩く人も居なく荒れているが、少し整備して土方ロードとでもして歩けるようにすれば良いのだが・・。

 夕方妻と久ぶりの温泉に行く。
 食事もしてのんびりしていた。
 明日、ルスツに向けて出発する。
 HP TOP