11月30日(月)色々やった
 今日はこまごまとやる事がある。
 まずは原口佐々木さんに頼まれた、年賀状の空きスペースに松前登城ウォークの写真を入れる事だ。
 貰った年賀状を見たら既に宛名が書かれている。
 これは印刷ミスを出来ないなと慎重にやる。
 150枚くらい印刷しただろうか?
 失敗が無く終了出来た。
 写真を入れた
 早速、函館の長男の家に行ったら鍵がかかっている。
 27日に入院検査したが、まだ入院しているのかな?
 仕方が無く次の仕事。
 印刷する厚手の紙が欲しい。
 完成した「願掛澤・彦四郎澤のルート解明」をSさんに見せた所、興味を持ってくれて、2部欲しいと言われる。
 インク代を出すと貰ってしまったので、少し良い紙質でやろうと文教堂に行った。
 ここに厚手のスノー色の紙がある。
 これを購入してGHに戻る。
 早速印刷して、表紙にも良い紙を使った。
 苦労して現場に通い作った書き物を読んで頂けるだけで嬉しい。
 札幌に居る道の権威のTさんにも見て貰うそうだ。
 Tさんは道に関する研究をしていて、相当数の資料を持っている人だ。
 私は殆ど図書館のコピーのみだ。
 どんなコメントが戴けるのか楽しみだ。
 2部作った
 午後になって佐々木さんから電話が来た。
 原口に帰ったそうだ。
 でも12月7日に検査の結果が出るそうで、その結果に依っては入院になるかもしれないとの事だった。
 今度は国立病院になる様な事を言っていた。
 それで松前登城ウォーキングの2016年度の案内パンフを早く欲しいと言う。
 来年なのでまだ早いのだが、それを持って入院中は頑張ると言う。
 何か以前より、弱気になって言う感じがするので心配だ。

 まあ何れ作るんだからとデザインを決め作り始める。
 12月6日までは作らなくては・・・。
 
 山辺さんは、今日結果が分かる筈のヒルトンホテルのアルバイトは駄目だったのか、他のアルバイトを探しているようだ。
 後、1週間宿泊したいとの希望が有った。
 11月20日まで、月末まで、12月7日までと伸びている。
 パラに探さないとだめでは無いかな?
11月29日(日)TV撮影&コンサート
 BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史検証」のロケが、下二股口台場で行われた。

 放映は27年1月7日で、土方歳三最後の戦い(仮題)となるそうだ。
 当初は昨日の予定だったが、天気予報が悪かったので、今日に延期になった。
 ところが夕べから雪が降って、最高温度も5度と寒くなった。
 台場は恐らく雪が積っているだろう。
 昨日は桔梗に泊まって、今日7時半に二股台場の駐車場に向かう。
 国道の雪は消えたが山は有るようだ。
 駐車場に着いたら誰も居ない。
 誰も居ない
 電話が来て後、数分で着くと連絡が入る。
 北斗市観光協会は??
 彼女らは既に入り口に居ると電話が入った。
 やがてレンタカーに機材を積んだ車がやって来た。
 名刺交換をする。
 ユニオン映画の
 製作部ディレクターの 橋本さん
 ディレクターの    香山さん(女性)
 カメラは
 テレビ朝日映像の河野さん
 観光協会からはラミネスさんが夫とやって来た。
 今日は日曜日なので協会は休みだったのだろう。

 今回の内容は詳しく聞いていなかった。
 多分台場の説明と戦いの状況を話せば良いと思っていた。
 所が私が出演だった。
 マイクを身体に付けられる。

 スタート時は香山さんが私に近付いてきて、挨拶を交わす場面から始まった。
 そして台場に向かう。
 用水路の近くに車を止める。
 ここから歩いて箱館戦争の碑の前で説明する。
 撮影開始

 説明しながら進む
 終わって道はこちらですと言ったら。「え〜!」と言う感じだった。
 「こちらの舗装路の方を行くと思った・・」
 台場のルートはそんなに甘くは無い。
 鶉山道を登って行く。
 どうやらこんな筈では無かったという雰囲気だ。
 途中の弾薬庫跡で説明して又登る。
 ここが弾薬庫
 鶉山道のピークに来た。
 ここで時間を掛けて説明する。
 ディレクタ―の香山さんの質問に答える形で、戦争の事や地形の事を話す。
 土方は・・・

 こちらが稲妻型塹壕」

 あの山上にも塹壕がある

 検証だ!!
 本陣の有った場所で、巻き尺を出すので、ここの寸法は測っていますよと言ったが測ると言う。
 なるほど此のシ―ンを撮って、検証をしている雰囲気を作るのか・・・。

 この後、大きいF-1暫壕へ行く。
 一般的に稲妻形塹壕と言われているのでその辺りを撮影した。
 私が銃を構えるシーンも撮影した。
 皆さん寒そうで我慢できないと言った状況だ。
 山の上のF-10台場に行く予定だったが、全くこの状態では無理だ。
 今回は行くのを止めた。
 他にも塹壕を撮って終了して下山する。
 皆で記念撮影
 カメラマンのカメラに「ViVi」のステッカーが貼ってあった。
 あれ・・人生の楽園でTVに出た時もカメラにこのステッカーがあったよと言ったら、カメラマンはテレビ朝日映像で人生の楽園の製作をやっているそうだ。
 ディレクターが千葉さんと言ったら良く知っていると言っていた。
 「人生の楽園も出てたんですか・・」と皆さんと話しが合った。
 ジャイロつきの雲台
 撮影が終わって、GHに戻る。
 午後から友瑛のエレクトーン発表会だ。
 ベイエリアの金森倉庫なので駐車場も無いから、自転車で行く。
 開場には間に合った。
 友瑛はスーツ姿で決まっている。
 でもかなりの緊張状態だ。
 緊張中

 不安そう

 愛葵がハグしてあげた

 さあ出番だと椅子から立って控室に行った。
 行って来る

 次々演奏が行われて、友瑛の14番目が来た。
 今回のコンサートは「JUNIOR ORIGINAL CONCERT」と言って自分で作曲した曲を演奏するのだ。
 友瑛は最初はアンサンブルコースと言って曲を引く事が主のコースだったが、先生から進められて、ジュニア専門コースになったのだ。
 こちらは作曲もしなければならない。
 大変なコースなのだ。
 友瑛の作曲した曲は「ひこうきにのっての一人たび」だ。
 あれ何か似ている。
 私の活動のテーマとなっているのは「おとこ一人たびのすすめ」だ。
 どちらも一人たびが共通だった。
 何と言う事だろう。
 USBを入れて・・

 セットもして

 準備完了

 スタート!

 のって来ました

 終わった

 ほっとした表情

 その後は・・・

 こんなになった
 演奏は真剣な顔で失敗も無くなかなか良いテンポで進んだ。
 そして無事終わって挨拶をした。
 拍手があって退場したが、あれUSBを取り忘れてると瑞葵が気がつく。
 でも先生が取りに来てくれてOKだった。
 演奏が終わって席に着いたら、緊張感が抜けてだらだらといつもの友瑛に戻っていた。

 コンサートも終わってGHに戻る。
 山辺さんは今日は何処にも行かず家に居たようだ。
11月28日(土)願掛澤・彦四郎澤の資料完成
 調査依頼、毎日朝の5時から書き続けてようやく、「願掛澤・彦四郎澤」完成した。
 B5判で38ページになった。
 完成した
 これを関係者に配布する。
 将来的にはここを歩けるルートの確立もあるが、余りにも急なため一般の人は立ち入るのは危険なので、この道を眺めるルートを作る方法もある。
 これは自然倶楽部鎌鹿代表のアドバイスだ。
 何れの方法でも良いから、日本最大の難所が何とか埋もれない様にしたいものである。
 北海道にはえりもの様似山道や猿留山道がある。
 ここも官による工事では北海道初の物だが、難易さは願掛澤には及ばない。
 この山道が出来る前は、今の黄金道路の岩場をよじ登って歩いたが、距離や高低差は及ばない。
 他に濃昼山道や増毛山道も有る。
 こちらは組織がしっかりしているので、整備も怠りなく賛同も守られている。
 何れも距離はあるが難所とは言えない。

 今回の願掛澤と彦四郎澤は間違いなく日本一の難所と言える。
 箱根は気を入れて一度登れば後は下りのみだ。
 小砂子山道は澤のアップダウンが15回も有る。
 今回は願掛澤と彦四郎澤のみの調査だが小砂子山道の全容も明らかにしたい。
 他の沢は、今回の2澤に比べて楽なので全容解明も夢ではない。









11月27日(金)資料作成
 今日も天気が悪いので、資料作りにをする。
 朝5時から10時まで5時間資料作りをして、33ページの資料が出来た。
 今後校正をして完成になる。
 今回は山辺氏の撮った写真が有効に生きた。
 兎に角かなりの枚数の写真を撮る。
 私の5倍は撮っているように思う。
 お陰で欲しい写真は殆ど山辺氏の撮った写真の中に有る。

 10時頃起きて来た山辺氏とTVを見ながら話しをする。
 昼食は山辺氏はいつもの炒め物。
 私は最近凝っている、あんかけ焼きそばだ。
 最初はなかなか思う様な出来にならなかったが、最近はカリカリ焼きそばにする方法もマスターしたし、あんかけのとろみの具合も良くなった。
 さらに味付けも好みのものになって来た。
 後は良い食材、エビやイカ等を入れればなお良い。
 今はちんげん菜、人参、ピーマン等の野菜ばかりだ。

 午後から自然倶楽部の鎌鹿さんの所に行く。
 恵山の山道整備に行った時、車に預かった鎌を忘れて来たのだ。
 明日行われる予定のユニオン映画の下二股口台場の映像撮影は天候が悪いので明後日に変更になった。
 撮影の時に塹壕の笹を少し切りたい。
 そうしないと笹藪か塹壕か区別がつかない。

 帰り道老人福祉センターの温泉に入る。
 天候が悪いので空いていた。
 のんびりあったまり帰宅。
11月26日(木)資料作成
 天気が悪いので、今日は終日資料作りに専念する。
 山辺氏も外出できず、今日は二人で閉じこもりになった。
 資料作りで疲れたので、夕方2時間くらい寝た。
 珍しい事だ。
11月25日(水)難所願掛澤調査
 今日は寒いが天気は良いので、今年3回目の願掛澤調査に行く。
 今回は中山峠声では無く、木古内から稲穂峠越えにした。
 JR江差線の廃止に伴い、稲穂峠は越えずに、麓から水平にトンネルを作ることになり、その工事が行われているようだ。
 これが出来れば函館から江差への移動時間が短くなる。
 木古内から山側に入る。
 今迄JRの踏み切があった場所も一時停止は無くなった。
 途中でトンネル工事が行われていた。
 確かに難所に稲穂峠越えが無くなるので便利になる。
 路面は所々雪が積っていたがまだ少ない。
 上ノ国のセイコマで食料調達する。
 そして願掛澤の小砂子側にのく何時も車を置くところにトラックが居て置けない。
 まあ良いかと山辺さんと朝食と昼食の中間食を食べながら車が移動するのを待つ。
 しばらくして何か笹の様なものを抱えてやって来て、直ぐに立ち去った。
 車を置いて準備する。
 今回はロープを200m分持って行く。
 
 今日は前回時間が無くなって行けなかった、願掛澤の小砂子側を下るルートを調査する。
 いきなり藪に入るが、蔦類が多くて歩くのは大変だ。
 さあ出発

 藪は平気だが

 道らしき雰囲気

 大島も良く見える
 更に行くと笹藪の道になる。
 道と云っても550年前の道ははっきりは着いていない。
 僅かな窪みなどがあるのでそれなりに道だと感じる程度だ。
 笹藪を漕いで斜面の先端に向かって行く。
 さらに笹藪

 笹が深くなる

 原口側の海岸線が綺麗
 遂に狭い尾根に来た。
 先が見えない

 まだ見えない
 ここでロープを設置する。
 尾根にロープを設置

 ここも

 ここも
 ここからは山辺さんの出番だ。
 高所は全く怖くないと言う驚きの人だ。
 細尾根の右側は海まで真っ直ぐ切立った崖で、左側は草地の急斜面だ。
 尾根の右は海まで落ちる

 ここ尾根を下る

 急だ
 まずは先端まで山辺さんが慎重な足取りて一歩一歩進んで行く。
 先端でロープを中間固定する。
 そして山辺氏は急斜面を下りて行った。
 私の所から見えない。
 ここは携帯電話も圏外なので連絡は出来ない。
 しばらく音沙汰なし。
 心配になり私もこわごわ先端に行く。
 下を除いたら先が見えない。
 真っ直ぐ落ちている様な斜面だ。
 え〜こんな所を下りたの?
 私には無理で引き返す。
 暫らく戻ってこないので、心配になり他のルートから山辺さんの着く筈の所まで行こうと戻る。
 途中で下が見える場所があり、見たら山辺氏のオレンジのレインウェアが見えた。
 山辺さんが下に着いた
 お〜無事だったんだ。
 山辺氏はロープの端を縛りつけている様だった。
 暫らく待っていたら登って来た。
 また登って来た

 さすがに冒険家
 聞いたら、先端直下は急だがその後は、ロープがあれば降りられるとの事だった。
 今度来た時は下ろう。
 一応願掛澤のルートは前回の原口側と合わせてほぼ推定出来た。
 笹藪の中にオロナミンCの瓶があった。
 何故こんな所に・・。
 オロナミンC

 今度も難所の彦四郎澤に行く。
 藪を漕いで行くとまた尾根に出た。
 この尾根にアクエリアスのペットボトルがあった。
 これも不思議だ。
 アクエリアス
 この尾根を下って海岸に出るのだが、ここも急な斜面だ。
 半分位まで下って私は右斜面のルートをさぐる。
 山辺氏は先端まで行って海に下るとなりここで別れる。
 尾根を海岸に下った

 横から見るとこんな斜面

 本人は悠々と
 私の方が先に海岸に着いて上を見ると、山辺氏は一歩一歩下って来る。
 どうしてあんな急な斜面を下れるのだろう。
 下の方まで来て、斜面の右に下りた。
 下まで出てきた

 最後の斜面
 古図に残っているルートと同じだ。
 直観的に下ったのだろうがこれが正規のルートだと確信できる。
 そして海岸に出た。
 海岸の景色
 前回も来た海岸にはカモメが大集団になっていた。
 カモメが凄かった

 これもカモメ

 凄い数が居た

 良い風景だ
 暫らく海岸で休む。

 今度は彦四郎澤の登りだ。
 彦四郎澤
 沢は緩やかでこれが難所なのとルンルン気分で登った。
 水は殆ど無かった
 途中から左側に道の跡があったので登る。
 ここが登り
 急な斜面だが私でも行ける斜面だ。
 ここも急だ
 さらに登って行くと出た〜・・・また細尾根の急斜面だ。
 尾根の左は海まで落ちる
 難所は簡単に通してはくれない。

 でも木が尾根の真ん中にあって掴む事が出来るので何とか途中まで行ける。
 何とか登る

 記念撮影だ

 細尾根だ
 最後は掴まる所が無い急斜面だ。
 掴めるのは枯れたイタドリくらいだ。
 直ぐに折れるので、根元を軽く掴んでゆっくり登る。
 足元は小さな石が多くて滑る。
 ようやく登りきった。
 そこは平坦な広い場所だった。
 海風は強いのか木が斜めになっていた。
 上は平らだ
 山辺さんが今の急斜面は先程の願掛澤の斜面よりきついよと言われた。
 登りと下りとの怖さの差であろう。

 上がったら違う方にも道があったので暫らく行ったら、山から国道の下を通って排水する工事が行われた際の道であった。
 排水口
 それにしても不用になった排水口のブロックが散乱している。
 回収しないで捨てて行ったのだろう。
 ようやく国道に出た。
 前回下った原口側願掛澤ルートの尾根が見えた。
 原口側願掛澤ルートの尾根
 下が小砂子側願掛澤ルート
 小砂子側のルート
 車に戻る。
 これから松前経由で帰る。
 松前の道の駅で山辺さんが集めているプレートを購入すて、さらに函館に向かう。
 途中福島の道の駅に寄る。
 山辺さんが4年間の歩き旅で一番気に入った女性がここに居る。
 私も一緒に中に入り、乾物を買いながらチエック。
 お〜彼女が山辺さんの好きなタイプか。
 身長は170cm位ある。
 山辺さんは180cm位だから合うか。
 私は160cmだから彼女を見あげる感じだ。
 山辺さんもするめイカを購入。
 冬のニセコのバイトが終わったら又来るそうだ。

 夕方5時近くにGHに着いた。
 今日は大変だったが良い一日だった。
 これで小砂子山道の願掛澤と彦四郎澤を後世に残せる資料が作れる。
 歴史上で明らかな、550年も続く道は古文書の通り難所であった。
11月24日(火)佐々木さんと会う
 原口佐々木さんが函館に出て来ていて会いたいと言うので今日家に行った。
 今年は癌の手術をして、その後原口に戻って元気でいたが、今度は肺に何かがあると言うので再検査になった。
 それでも元気一杯だ。
 声の張りも今までと全く変わらない。
 来年の松前登城ウォークを何とかやりたいと言う事で、動いているようだ。
 こちらも3回目をやる積りなので全く問題は無い。
 地域のウォークルート上の郵便局長とも打ち合わせをしているようだが、中味については全く伝わらないのが心配だ。
 昨年もスタートと地点に行ったら、車をゴールまで回してくれる人が居なかった。
 今年はさらに複雑なウォークになるので心配だ。

 家に帰って資料作りをする。
 山辺さんが雪の中を歩いて出て行った。
 後、1週間くらいでGHを引きはらいニセコで仕事をするので最後の函館を楽しんでいるのか。

 夕方になってもう冬タイヤに切り替えなくてはと早速交換する。

 明日は願掛澤の急斜面に調査に行くのと、彦四郎澤を歩くので、中山峠を越えて行く。
 雪になったらまずいので交換してしまった。
11月23日(月)恵山登山
 外を見たら天気が良い。
 甲冑パフォーマーの山辺さんも今日は予定が無いと言うので、恵山に行こうかとなった。
 山辺さんは台車を押しての旅なので恵山に登る機会は無かった。
 急いで用意をして10時には出発する。
 途中で電話が入りストップする。
 東京のユニオン映画のスタッフよりオファーが来た。
 日テレBSで放送している片岡愛野助の「歴史捜査」で土方歳三の最後を放映するそうで、二股台場を案内して欲しいとの事だった。
 ぶんぽ研会長の木下さんに話が行ったのを、こちらに振られたらしい。
 今週の28、29日と言う事だったのだが、スケジュール表を持合わせてなかったので、家に帰ってから電話下さいとなった。

 途中武井の島展望台に寄る。
 山辺さんは展望台の先の方まで行ってしまった。
 良い景色だ
 私は怖くて絶対にいけない。
 怖さ知らず

 恵山登山口に着いて早速登る。
 山辺さんは写真撮りまくりなので遅くなる。
 色々な岩がある

 海向山も見える

 噴煙は南西側に流れていた

 噴煙バックに記念撮影

 凄い勢いだ
 ゆっくりしたペースで登る。
 相当な写真を撮って山頂に着く。
 恐る恐る上がる

 ようやく立った

 山辺さんと一緒に

 
 その後、権現堂に行く。
 ここも展望が良い。
 良い景色に堪能

 ここからコースを外れて暫らく写真撮影しながら、元のコースに戻り下山した。
 怖さ知らずの山辺さん

 恐る恐るの私

 この尾根も歩ける

 昔温泉宿があった

 見事な岩場

 函館方面

 色のコントラストが良かった

 板状の岩

 撮影中の山辺さん



 噴煙も良い感じ

 倒れる!
 帰りはかなり寒くなり、殆ど下まで走って下った。
 山は霜柱が立っているくらいだった。
 帰りは恵山福祉センターの温泉に入ったが、冷えた体には熱い!
 のんびり入って帰宅した。

 夕方ユニオン映画から電話が来て、二股台場撮影の話しをする。
 相当長い間が、二股に関する土方の戦い方等を話し撮影は4時間くらい行うそうだ。
 スタッフの女性もそれなりに話しの内容から勉強はしているようだ。

 今迄どこのTVも二股口台場をきっちり放映した事が無いから、今回高所の塹壕まで行くと言うから期待が出来る。
 今迄のTV撮影では二股口台場ってこんな定度かしか写っていない。
 このTV放映を機会に二股口台場が知れてくれれば良い。
 新幹線開業と相まって、北斗市に人が来てくれれば良い。

11月22日(日)PG練習
 集中暖房の家は電気代がかさむが、何時でも暖かくて快適だ。
 朝起きても寒さを感じないのが良い。
 外はマイナス2度位ある筈だ。
 GHの場合はそうはいかない。
 寒い中起きて直ぐに服を着こんで、薪ストーブに火を点ける。
 一発で点くと直ぐに暖かくなるが、失敗すると寒い中何度もやらなくてはならない。
 
 世の中便利になるのは良いが、お金も掛るし動く事も少なくなる。
 薪ストーブは、木が燃え尽きると大変なので、いつも注意して薪を投入する。
 灰が溜まれば取らなくてはならない。
 などなどやる事が沢山ある。

 8時45分から有川河川敷PGで毎日集まって練習がある。
 最近行けないでいたので、今日は久しぶりに皆に会いに行く。
 桔梗の食事は遅いので、食事は間に合わなく、食べないで行く。
 GHに居る時は7時には朝食をとる。
 行ったら懐かしい顔が沢山あった。
 20人以上集まった。
 和気あいあいにラウンド回って終了した。
 
 家に戻り昼食を食べて、近くの七飯町に出来たアークスに買い物に行く。
 孫2人も行く。
 玉子を買うには便利な頭数になる。

 L玉子が88円は必須の買い物。
 他にブロック肉を2個、サラダ油1個、インスタントラーメン2個、ウィンナー1袋などなど買って戻る。

 少し桔梗に居て居てGHに戻る。
 ストーブに火を点けたら暖かい!
11月21日(土)誕生会
 今日は、私と娘の旦那のダブル誕生会に日だ。
 私の誕生部は11月9日で既に過ぎているが、皆のを個々にやるのは大変なので、合同でやっている。
 夕方桔梗にったら誰も居ない。
 鍵も掛っていたので妻も居ない。
 パークゴルフを1時間ほどやる。
 帰って来たら妻が居た。
 娘夫婦と孫は釣り行ったようだ。
 少ししたら帰って来た。
 チカを釣って来た。
 釣って来たチカ
 早速刺身にして食べたが甘くて美味しかった。
 やはり新鮮なものは良い。

 回転寿司の「浜寿し」に7人が押し寄せて誕生日食事会だ。
 6人用テーブルから一人はみ出るのでテーブルは2つになった。
 私のテーブルは妻と長男の3人になった。
 長男はもう注文も出来るし、何か言っても直ぐに分かるので頼もしい。
 お腹一杯食べて終了した。
 沢山いただいた
 幾つになっても誕生日を祝って貰えるのは嬉しい。
 
 食事の後は花の湯に行ってのんびり温泉につかって家に帰る。
 家ではそれぞれが選んだ好きなケーキが2つづつ。
 私は72の文字、娘の旦那には39の文字がケーキに載せられた。
 72歳になった

 友瑛もじっと見る

 旦那さんのは39歳

 ローソクに火が点いた

 愛葵もピースサイン
 2階に行った長女がハッピーバースディの歌の伴奏をエレクトーンで奏でる。
 そしてロウソクを消して終了。
 美味しいケーキを戴いて、満足の誕生会だった。

 孫達から誕生日祝いを貰う。
 長男からは肩たたき券が10枚ほど入ったプラボックス。
 友瑛からのお祝い

 時間は使う人が希望の数字を書く
 時間が記入されていないチケットで、使う人が書くと言う太っ腹なチケットだ。
 愛葵からは、手作りの作品。
 大好きなハート型が嬉しい。
 愛葵のプレゼント
11月20日(金)今日も資料作成
 今日も朝の5時から資料作りに専念した。
 昼になってうどんを食べて、「湯川老人福祉センター」の無料温泉に行く。
 今日は空いていたのでのんびり入れた。
 帰って再び資料作りだ。
 3時までには何とか資料を完成する事が出来た。

 「小砂子山道 願掛澤・彦四郎澤 調査報告書」はB5版で22ページになった。
 今回は中間報告敵なので再び原口に行って調査を継続したい。

 3時から水戸黄門のTVを見る。
 TVHで東野英治郎の「水戸黄門」を見る。
 大好きな時代劇なので、楽しみが増えた。
 水、木と見たが毎日なのか?
11月19日(木)矢不来台場案内
 桔梗で目覚めた。
 場所が変わっても起きる時間は変わらない。
 5時に起きて願掛澤の資料作成をしていた。
 7時過ぎにはほぼ完成したので、ひとまず終了。
 孫達が起きて来て、朝の戦争が始まる。
 長女、長男が出て行けば後は少し静かになる。
 最後に幼稚園に行く、愛葵が娘の車で行って静かな世界になった。
 私も出発する。
 今日は北斗市観光協会の方を案内して矢不来台場い行く。

 その前に時間があるので有川PG場に行く。
 朝練習のグループが25人位集まっていた。
 私も久しぶりに入ってプレイする。
 1時間しか無いのであまりのんびりは出来ない。
 プレイの方は相変わらず好調で、ティショットは真っ直ぐに飛んでくれる。
 1ラウンドと半分位やって抜けて北斗市役所に行く。
 ここからは5分も掛らない。
 3名が待ってくれていた。

 直ぐに出発。
 気温は低いが天気が良いので気持ちが良い。
 福山道に車を止めて歩く。
 急な坂を登って、第一台場を案内。
 第一台場
 続いて弾薬庫も案内して、第二台場に行く。
 ここは旧幕府軍が構築したと言われている。
 まだまだ広範囲に塹壕などがある筈なのだが、これからの調査で明確にしたい。

 帰り道、天神の森に案内する。
 ここも箱館戦争の激戦の場所になる。
 天神の森

 人工的な穴がある

 良い景色だ
 ここに有った松の大きな木が、下のJRの線を作った際、倒れて線路に落ちるのを心配して切った。
 神主さんにお祓いをして貰い切ったのに、神主さんを始め、数人の工事関係者がその後亡くなった。
 そんなスポットにも案内した。

 帰り道、開けた場所があり、函館山が良く見える。
 写真スポットだが

 彼女も撮影
 人が沢山来ている雰囲気があったのだが、そこは函館山を見るのでは無く、トンネルを出て来る電車を上から撮影する場所だった。
 他にも新幹線がトンネルから出て来る場所で、良い撮影場所を聞く人もいるそうだ。
 それぞれの目的があって面白い。
 6月に東京からの下二股口台場ツアーがあるそうだ。
 頼まれたが、6月はまだ函館に居るかな。
 別れ際に北斗市で製作した「箱館戦争物語 蝦夷島上陸編」を頂いた。
 今回は鷲ノ木〜五稜郭までだが、今後もシリーズで出すそうだ。
 ばかなか力が入っているのは良かったが、字が小さくて年寄には見にくい。
 古図の挿入も嬉しいが何を表わしている絵なのか、分からないだろうな。
 絵も小さいし・・。



 GHに帰って来たが、山辺氏は相変わらず出かけている。
 またMacかな?
11月18日(水)健康サロンin明和園
 今日は明和園健康サロンのなかの行事で、料理教室の日。
 主菜、副菜、汁物、デザートを4班に別れて作る。
 私の班は主菜で鮭の揚げ物に、キノコをふんだんに入れ、片栗粉でとろみを付けたソースをかける。
 他にポテトフライを揚げる。ポテトフライは私と某おばちゃんが担当した。
 1時間の予定で各班の料理が次々と出来た。 配膳して早速頂く。
 私の鮭は少ししょっぱかった。
 他の人はそうでも無かったそうだ。
 副菜のサラダは色とりどりの、食材が豊富で美味しかった。
 汁物は豚汁で生姜が入っているので体が暖まる。
 デザートはさつまいものを潰してオーブンで焼いたもので、甘くて美味しかった。
 皆何年も主婦をしている人ばかりなので、てきぱきと動くので楽にできる。
 年に一回の行事だが楽しかった







11月17日(火)特急で日帰り温泉
 朝起きてゆっきいが北海道フリーパスが1日余っていると言う。
 何処かに行って来ない?

 面白そうだ。
 行こうと思えば札幌まで行ける。
 でも単に行っただけでとんぼ帰りは詰まらない。

 検討の結果、登別温泉で人気の日帰り温泉さぎりの湯に入って戻ってこようとなった。
 10時にGHを出る。
 フェリーターミナルに向かうゆっきいも一緒に出る。
 自転車で函館駅について自転車置き場に置く。
 まだ朝食を食べて居ないので、駅弁を買おうとサンプルを除いていたら、側を通ったおばちゃんが「これが良いよ。美味しいしボリュームもあるので、いつも買っている」と言う。
 さては弁当屋の回し者と思ったがそうでもなさそうだ。
 人に言われると弱い。
 購入した。



 好きなイカが入っているので良いだろう。

 改札に行って自動で無い所から入って、駅員にチケットを渡す。
 見てOKとなるのに、これは自動改札を通るとチケットを入れた。
 私は居ないからただゲートが開いて閉じただけだ。
 何の意味も無い。
 自由席車両は30人位並んでいた。
 殆どが中国人だ。
 ここでもか。
 それでも自由席は余裕があった。
 指定席は満席だとアナウンスされる。
 改めて登別での行動時間を調べた。
 電車を降りて、バスで行って、温泉に入って戻る。
 実質温泉に入っている時間は40分くらいしか無い。
 何か落ち着かない感じだ。
 そこで急遽、洞爺湖にする。
 ここならかなり時間に余裕がある。
 駅を出てバスで洞爺湖温泉まで行くのだが、ここも中国人が20人くらい後からやって来た。
 日本人は私を含めて男性3人いたが、団体で入って来たので3人とも後ろになった。
 バスに乗ったらもう席は無い。
 立っていたら、強固そうな男性が立って私に座れと言う。
 まあそれ程立つのは辛くも無いので丁重に断った。
 その彼だけで他の中国人は高い声でしゃべりっぱなし。
 温泉まで途切れなくしゃべっていた。

 バスを降りて洞爺湖畔を散歩する。
 雨模様なので中の島が幻想的に見える。

 観光船やモーターボートは既に今シーズンの運行を終えていて陸に上がっていた。
 静かな洞爺湖だ。

 やがて雨が降って来た。
 観光はもう良いかと温泉に入る事にする。
 ホテルは高いが仕方がない。
 今日は旅費無料で来たので奮発だ。
 1000円払って洞爺湖万世閣に入る。
 中に入った16日は風呂の日で600円、18日は記念日で800円のポスターがある。
 今日は17日で何も無いので1000円だ。

 フロントのお兄さんが地下一階ですと言ったので、地下に降りて廊下を真っ直ぐに進んだ。
 無料コインロッカーに荷物を入れ脱衣所へ。
 温泉は誰もいない。
 隣がプールになっていて、そちらには2人が居た。
 でも水泳パンツが無いと入れない。
 温泉入る。
 内湯が一つ。
 浴場の床のタイルはかなり剥がれている。
 湯の出ないカランもある。
 サウナは温度が低いし、ドアがなかから完全に閉まらない。
 万世閣ってピンチなのかな?

 それでものんびり入って出てきたら、あれ〜他にも浴場がある。
 「月の湯」だった。

 廊下を真っ直ぐに進むと、右手斜め後ろ横にあるので気が付かなかった。
 再び入る事になる。
 貴重品入れを見たら有料で100円となっている。
 そんな・・先程の無料ロッカーに入れて手ぬぐいだけを持って戻る。
 こちらの温泉は、大きな内湯が3つとサウナ、それに露天風呂も有る。
 豪華な作りでなかなか良い感じだ。
 これなら1000円でも仕方が無いか。
 のんびり入って満足して出る。
 バスで洞爺湖温泉駅まで戻った。
 中国人が4人乗っていたが、荷物は少ない。
 駅に着いたら何処かに行ってしまった。
 ホテルの従業員なのか?

 電車は9分遅れでやって来た。
 函館着は18時25分頃だった。
 自転車でGHに戻る。
 久ぶりの電車旅も楽しかった。
11月16日(月)パークゴルフ
 資料作りも午前中で飽きて来たので、久しぶりにパークゴルフに行く。
 桔梗高台パークゴルフ場だ。
 町内会の最終コンペでは105のスコアで優勝出来たが、その後プレイしていなので為して見る。
 今迄何度もフォームを変えて来てようやく良い感じになったのが、まだ感覚を忘れて居ないだろうか。
 Aコースからスタートする。
 1ホールは2打で入る。
 2ホールも2打で沈める。
 3ホールは3打で沈める。
 なかなか好調だ。
 まだ感覚は忘れないでいた。
 結局Aコースは25で回り、Bコースも25で回った。
 Cコースは27で回り、Dコースは29で回り合計で106で回った。
 久しぶりでこれなら大満足だ。
 その後はコースも混んで来たので、スコアを付けずに空いているコースを回って練習。
 良い感じで終える事が出来た。
 終わって桔梗に寄り、長女をエレクトーンの練習に送って行きGHに戻る。

 プレミアム12を見て、23時に道東の旅から帰って来た、ゆっきいを駅まで迎えに行く。
 帰り道、ラッキーピエロに寄り、ハンバーグを奢って貰った。
 就寝は12時過ぎになった。
11月15日(日)資料作成
 今日も朝から資料を作っている。
 終日資料作りで腰痛い。
 20ページほど書いたが、まだまだ校正をしなくてはならない。
 山辺さんは良く寝るな。
 朝も遅いし、昼もご飯を食べたらもうずっと寝ている。
 若さが無い。
11月14日(土)資料調査
 天気が悪い。
 土曜日だし桔梗の実家に行ってこようと行ったが、妻は何処かに出かけたし、娘や子供たちは2階に行って居ないし、居間で一人テレビ見ててもつまらないのでGHに戻る。
 願掛澤についての資料調べをして午後を過ごす。
 パソコンにづっと向かい続けるのは腰が疲れる。
 夜はプレミア12を見る。
 アメリカとの対戦だが完勝だ。
 アメリカも何でメジャーの選手を出さないのだろうか。
 まだシーズン中なのかな?
 プレミア12は日ハムの選手が大活躍で見て楽しい。
 中田、大谷、増井と大活躍だ。
 中島もようやく出た。
11月13日(金)願掛澤調査
 難所、願掛澤の調査に山辺さんと原口に向かう。
 森一馬の「罕有日記」n中に願掛澤を書いた絵が載っている。
 これが唯一の貴重な資料だ。
 この道を何度か探しに出かけていて、少しづつ確信に近付いてきている。
 今回は急斜面を行くので、山辺氏にも協力して貰った。
 彼も地平線会議野宿党で冒険家だ。

 図には十五澤中願掛澤彦四郎二澤之図となっている。
 如何にも急な斜面に道が付いている。

 1時間半位で願掛沢駐車場に到着した。
 準備をして出発する。
 今日は快晴で絶好の調査日だ。
 笹を漕いで下り口の尾根に入る。
 入り口にはいつの時代のものか赤いペンキ?が木に塗ってある。
 いつごろのものか
 細根を下る。
 高所恐怖症の私には大変だ。
 でも山辺氏が居るので少しは気が落ち着く。
 上から見た願掛澤
 山辺さんは高所も平気なのでどんどん下って行く。
 コース上にはロープを張った。
 しかし、その先はかなりの急な斜面になる。
 細尾根だ!

 原口方面が見える

 ようやく立ったが左は急だ
 ここを人が歩いたのか?と疑問も出る。
 果敢に行く

 上を見ると
 色々協議して右手の斜面が何やら道らしい感じだと判断する。
 ロープを要所に張り、下りルートを確保する。
 下まで70m位はある

 ロープで確保

 尾根の先はこんなに急だ

 下に下ったら海岸が見えてきた
 下まで下ったら小さな澤に出た。
 ここを海岸迄下るのか?
 少し下ったら急な落ち込みになった。
 ロープは使い切って手元には無い。
 手だけで確保して下るのは危険だ。

 この沢はいつも歩く大正願掛沢コースの下だと分かる。
 一度大正コースに出て、願掛澤まで行き、そこから海岸線に出て、下から小澤を覗いて見ようとなった。
 願掛澤は春に来ているが、その時は蕗などに覆われて見にくかったが、もう冬も近いので草も枯れ歩きやすい。
 海岸迄出た。
 願掛澤最後の下り

 海岸に出た

 この先端が崩れたのか。
「絵にある岩と思われるが先端が短い。同じ材質の石があったので崩れ落ちたのか?」

 山辺氏はさらにルート探し
 ここまで上がった

 下から先程の澤を見たが、ロープがあれば降りれない事も無いが、こんな所を人が通ったのかと言う疑問がわく。
 他にも色々予測されるコースを探ってみたが、最後は皆岩の崖になるので道とは考えられない。
 一応地形はしっかり把握できたので、原口からの下りコースはひとまず保留にした。
 推定仏像跡
 「相対死した男女を原口の人が仏像を祀ったと、書物に書かれているが、これは大島の大津波で流されたとされている。
 この人工的に作られた物は何だろう。かなり古い時代で原口に仏像堀等いないから、自然の石に中に仏像らしいものを探して設置したのか? この同じ石は海岸にある。」

 こまい石は接着されている。砂と漆ではないかと山辺氏は言うが・・。

 次に小砂子側の登りだが、ここは草地の急斜面を登る。
 この道を使っていた時は鎖場があって、この澤も当時は鉤懸澤と呼ばれていた。
 その後、ここで結婚の願いがかなわぬ男女の相対死があり、その際仏像が祭られ旅人が祈願するようになって、願掛澤となった。

 この草地の急斜面は上からロープを降ろすつもりだった。
 少し登ってみたがやはり急で足がずるずる滑るので無理だ。
 やはりロープが必要だ。
 これは当初予定通り上からロープをフィットしてから下るとした。

 次に彦四郎澤の下りと登りコースを探す。
 森一馬の罕有日記に書かれた絵では、願掛澤と彦四郎沢は近い感じで書かれている。
 しかし現場は岩場の海岸で大きな石がごろごろしている。

 そこを汗を書きながら懸命に歩く。
 松前小島が見える

 奇石が沢山ある

 松前大島がはっきり見えた

 綺麗な海岸



 途中海が時化たら、海に入らなければ行けなさそうな所が2個所あった。
 海が時化れば当然ここは行けない。
 それで山越えの道が出来たと理解出来た。

 岩を越えて暫らく行ったら沢が出てきた。
 これかな?
 とワクワク。

 その前に海岸が余りにも綺麗なので、少し休憩を兼ねて遊ぶ。
 もう昼を過ぎたが、これほど時間がかかるとは思わなかったので、昼食は車に於いて来た。

 澤を登る。
 沢は二つある。
 これが彦四郎澤だろう

 ここを登る
 右手が絵にも書かれている澤でここに道がある。
 もう一つは左手の深い沢でこちらも絵と合っている。
 二つ一緒には登れないので、今回は右手の澤を登る。
 暫らく登ったら砂防ダムが出てきた。
 恐らく国道工事で出た土砂を澤に落したのだろう。
 上から海岸を見る

 その土砂が海岸に流れ落ちない様に砂防ダムを作ったと思われる。
 砂防ダムの左を登って行ってそのまま直登する。
 右手の斜面に道らしく形跡が見られる。
 こちらが道らしい
 この斜面は願掛澤に続く斜面の様に思われ、ここを登ってみる事にする。
 ここも急なのとこまい石があって足が滑りなかなか上に行けない。
 でも道がかすかにある様に思われる。
 ここもパスして上から下ろうと決めた。

 最後まで直登したら国道に出た。
 そこは大正願掛澤の小砂子側入口だった。
 これで大まかには道が繋がった。
 今後沢山撮った写真と古図を比べて解析して行く。

 国道を戻り大きな沢を上から眺める。
 ここも下って行けそうだ。
 ここが彦四郎沢か
 この沢が彦四郎澤だったのだ。
 現在掛る橋には無名沢と書かれている。
 国道を歩いて駐車場に戻る。
 弁当を食べようと思ったが、どうせなら交流の里に行って食べようかとなった。
 行ったら女性スタッフが「も〜さんが来たよ」と入江さんを呼んでくれた。
 外のピザ窯で薪を燃やしていた。
 暖かいお茶とコーヒーにお菓子を戴いて、暫らく話をして出る。
 いつも寄る交流館

 次に佐々木さんの家に行き挨拶をする。
 あがって行けと言われたが、今日は友だちも居るのでと断って引き揚げる。
 玄関口で少し話しをしたがいつもと同じ内容。
 
 佐々木さんの土地の一角に、新しい家が建った。
 原口出身の方で東京で看護師をしていたが、原口に戻ったそうだ。
 佐々木さんん土地を貸したらしい。

 車を走らせていたが夕陽が綺麗だったので、勝山館の神社に登り夕陽を眺める。
 最後は雲で余り良く無かった。
 神社からの夕陽



 帰りに花沢温泉に寄る。
 200円と格安の温泉は有難い。
 体を洗って露天風呂に行ったら、どこから来たのと聞かれる。
 地元の人の顔は知っているので見なれない人が来れば、どこから?となるようだ。
 話し好きで暫らく話した。
 山辺さんがやっと来たが、内湯で地元の人に話しかけられ、今迄話していたそうだ。
 和気あいあいで楽しい温泉だった。
 上ノ国〜木古内までの間は稲穂峠があるが、今新たなトンネルを作っていて、来年出来るそうだ。
 トンネルは峠では無く低い位置で掘り進むそうだ。
 そうなれば函館から木古内まで高速で来て、そこから新しいトンネルを通って上ノ国に抜ければ、江差も近くなる。

 8時過ぎに函館着。
 マックスバリユーで半額品を購入して帰る。
11月12日(木)孫と遊ぶ
 今日は快晴の天気なので朝はかなり冷え込んだ。
 私はそうでもないが、山辺さんは寒い寒いと言いながら寝室から出てきた。
 今日はすっかり着こんで自転車で出かけた。
 私は明日の願掛沢調査の準備をする。
 ロープを400mとヘルメット、安全ベルトに資料を整理して車に積み込んだ。

 昼には長女と長男の孫が電車でやって来た。
 桔梗小学校が開校記念で休みなのでキッズランドに行くのだ。
 駅を出てきたらFMイルカの中継につかまり5分くらい質問を受けたそうだ。
 運転中だったので録音は出来なかった。

 キッズランドに行く。









 2時間びっしり遊んで、GHに戻る。
 カラオケやパソコンをやって2時間くらい過ごし、桔梗に送って行く。
 
 GHに戻ったが山辺さんは未だ戻っていなかった。
 今日は野球にサッカーがある。
 忙しい。
11月11日(水)恵山登山コース整備
 ボランテイアで恵山の登山コースの整備に行く。
 快晴の天気の中、下海岸を快調に走ってつつじ公園駐車場に着く。
 既に沢山の人が集まっていた。
 今日のボランティアは13名だそうだ。
 坂口さん、高橋さん、片岡さん、山下さんとも久ぶりに会った。
 高橋さんから修理依頼されていた和かんじきを渡そうとしたら、あげると言われた。
 昔の物なので嬉しい。
 曲線が美しい
 現代のアルミかんじきより味があって良い。
 特に曲線が美しい。
 山下さんや高橋さんは私の書いた「下二股口台場」の本を購入してくれたが、二人とも本を頼りに現地に行ってくれたそうだ。
 山に登っている人にとっては、塹壕巡りもそうきつくはない。

 鎌鹿さんの元、ミーティングが行われた。
 ミーティング
 自己紹介も行われ、その後車でさいの河原駐車場まで車で送って貰い、そこからスタート。
 私の肩書は最近「古道研究家」になってしまった。
 出発した

 海向山コースを行く

 落ちた橋を市職員で新たに作った

 海向山方面

 坂口さんも笹払い

 休憩

 平らな場所で良い所だ

 またまた休憩
 私と片岡さんはコース案内のピンクテープ張り。
 素人が間違わない様にと狭い間隔でテープを貼る。
 他に笹を刈る人や道に転がる木を除去する人等、分担して進む。
 片岡さん

 新緑?の木

 このコースは新道で、今迄のコースは川沿いに会ったコースで松浦武四郎も通っている。
 そのコースは危険なため、その後このコースが作られた。
 旧コースは現在立ち入り禁止になっているが、危険個所は法面工事が行われたがかなり怖そうだ。
 途中の展望台で昼食後、下山して終了した。

 帰り道恵山福祉センターの無料の温泉に入る。
 温泉前からの恵山
 坂口さんも後から入って来た。
 しばし話しをする。
 坂口さんの記事が蔦屋書店の「Peeps」の来月号に載るそうだ。
 12月10日発行です。

 夕方GHに戻ってのんびりしていたらゆっきぃさんが帰って来た。
 夕方の電車で今日は札幌まで行き、その後宗谷岬や道東を回る旅だ。
 函館駅まで送って行く。

 帰ったた山辺氏も帰宅していた。
 先日誕生日祝いの花束をくれたまさみさんを呼んでも良いかと言うのでOKした。
 7時頃梨を持ってやって来た。
 山辺さんがケーキを買ってくれた。
 2度目の誕生日祝いだ。
 また頂いた

 誕生日だ!
 旅の話しで大いに盛り上がる。
 15年前バックパッカーで北海道に来て、バイトをしながら旅をしていたそうで、旅に出たいが主婦なのでなかなか出れないと言う。
 記念撮影
 一度旅した人の悩みだな。
 新潟出身で結婚して函館に住むようになったそうだ。
 旅人ノートを見て楽しそうにしていた。
 今度、旅人が来た時に呼んであげるよとなった。
 彼女が変えた後、真剣にプレミア12を見る。
 はらはらした試合だったが、最後は中田将がサヨナラ打で決めてくれた。
 本日5打点。
 大谷、中田と日本ハム勢が活躍している。
11月10日(火)旅人来る
 昨日の誕生日はしらとりさん差し入れの手作りケーキと山辺さんからガト―ショコラでした。
 有難うございます。
 ロウソクも有った

 山辺さんからのお菓子

 山辺さんも朝から雨の中出かけた。
 私は朝から矢不来台場の古文書を探したりして、昼過ぎまでパソコンに向かっていた。
 15時25分着の青函フェリーで来る、ゆっきぃさんの出迎えだ。
 ゆっきぃさんとはねぶたで知り合った友達だ。
 もう20年もねぶたに来ている。
 8月のねぶた以来の再会だ。
 今回は道東を電車で旅するそうだ。
 大沼澤出商店のジンギスカンを買いたいと言うので大沼まで車を走らせる。
 帰りは高速道路を通って来たので、裏夜景が綺麗だ。
 GHに戻ったら山辺さんが帰っていた。
 今日は何度か電話したりメールしたりしたが繋がらなかった。

 そしてサプライズがあった。
 山辺さんが駅前のマックに入っていた時に女性から声を掛けられたそうだ。
 「ライダーですか?」
 「いや歩いて旅しています」
 「何処に泊まっているんですか」
 「自遊旅です」
 と言う様な話しがあって、彼女もライダーから聞いて自遊旅は知っていたそうで、私の誕生日が昨日だと言ったら花束を購入してくれたそうだ。
 嬉しいですね。
 初めての方に・・
 やはり旅人って良いな。
 お祝いのメッセージ
 
 記念撮影
 ゆっきぃさんからは原宿のガト―ショコラを頂いた。
 フェースブックでは数十人からお祝いメッセージを戴きこれも嬉しかった。
 

 山辺さんとまさみさんは一緒にGHに来たが、私は大沼にジンギスカンを買いに行っていたので間に合わなかった。
 彼女も以前バイクで旅していた様だ。
 まさみさんは私のブログを見ていてくれてると言うので、是非自遊旅に来て下さい。
 今日は山で新コース草刈りのボランティアをして夕方に帰ります。

 夕食はジンギスカンで、兎に角排煙機構が無いので煙だらけ。
 凄い煙

 でも楽しい

 澤出ジンギスカンは最高

 

 裏口も玄関も皆開けてやっていた。
 冬でも薪ストーブがあるから暖かい。
 
 ゆっきぃさんは函館山の夜景を見に行った。
 我々は9時には寝てしまった。
1月9日(月)誕生日
 朝起きて直ぐにストーブ修理。
 ストーブ内の炎が見えてたまには火の粉が出てくる。
 そこで鉄板を当てがってリベットで止めた。




 今日は私の72歳の誕生日である。
 しかし都合があって誕生日会は後日にやることになった。
 それでも誕生日祝いは貰った。
 妻からはジーンズ2着。

 北斗市の文化祭でカルタ取りをやっていて、膝に穴が開いてしまったのだ。
 それで格安衣料品店のラッキーに行ったら、1980円で伸縮性の有るジーンズがあった。
 さらにサイズがぴったり合って、裾上げなどをしなくて良いのがあったのだ。
 こんな事は珍しい。
 足は短いし腹は太いのでまずは合う事が無い。
 ウェスト110cm×又下67cmと言うサイズなのだ。
 それがぴったりだった。
 そんな事があって、もう1着色違いも買ってくれた。
 
 娘からは右足首サポーターだ。
 もう7年くらい前になるだろうか?
 スキーで後ろから追突され、足首のアキレス腱が伸びたのか自由にはならない。
 病院に行っても歩けるから良いだろうと言う感じだった。
 しかし安定性が無いので不自由していた。
 そこでサポーターをしたらどうかなと思い買って貰った。
 足首が締まってしっかり固定できるので良い感じだった。

 暫らく履いて見よう。

 米沢の友人からラ・フランスが送られて来た。
 毎年送って頂いている。
 食べるのはあと2〜日後が良いらしい。
 隣にも1ケおすそ分け。


 孫の愛葵が幼稚園開園記念日で休みだった。
 何処かに行きたいと言うので、ボーニ森屋のキッズランドに行った。

 子供は入場料300円で付き添いの大人は無料だった。
 駐車も2時間無料になる。

 遊び道具は沢山ある。
 空気がパンパンに入ったゴムの遊戯があった。
 北見でトランポリンを習っていた愛葵は飛び跳ねて大喜びだった。
 その他にも沢山遊んで帰る。
 





















 夕方頭が痛くて学校を休んだ瑞葵をヤマハに送って行って帰宅する。

 GHに着いたらしらとりさんから誕生日祝いのケーキがあった。
 山辺氏が受け取ってくれた。
 ささやかに二人でケーキだけでパーティだ。



11月8日(日)味噌の入れ替え&ミキサー修理
 今日はやる事が3つある。
 手作り味噌の上と下の入れ替えをする。
 ミキサーを修理する。
 大根を干す。
 この3つだ。
 まずは味噌の上下入れ替え。
 出して来た

 笹がかぶさっている

 ビニールに移す

 かき混ぜる

 終わったら手にとって

 樽に叩きつける

 何度もやる

 笹を被せて終了
 蓋を開けたら良い臭いがする。
 ビニール袋に味噌を入れて上と下を入れ替える。
 そして樽に戻すのだが、力一杯叩きつける。
 これにより空気が入らないので良いそうだ。

 次にミキサーの修理。
 桔梗の妻から依頼があった。
 これをどうするか難しい。
 色々な案があるのだが、どれが良いのか迷う。
 山辺氏も中に入って二人であれこれ考える。
 原因は刃の付いた軸の先がスプライン仕上げになっている。
 それがモーター本体との組み合わせがルーズになっていたので舐めてしまったのだ。
 先が舐めた
 だから力がかかると空回りする。
 最終的にスプラインの先を切ってしまってそこに、6mmのボルトを付ける事だった。
 ネジを切る

 ボルトを入れる
 但し受け入れ口も合わないので広げなくてはならない。
 金属ボルトを加熱して熱でビニールを溶かす。
 受け側も広げる
 まずはプラスチックボルトでやってみる。
 これはあっという間に折れて駄目。
 そこでステンレス製のボルトにする。

 受け入れ側を広げるのは、ボルトをストーブで過熱して、ナイロンを溶かしながら広げる。
 これが上手く行ってしっかり噛み合って合っている。
 回った
 早速回して見たら上手く回っている。
 上手く切れた
 ニンジンがあったので切って入れて回したらミジン切になった。
 これでOKだろう。
11月7日(土)山辺氏と同行
 朝方は3時にトイレに行きたくてテントを出た。
 空は上弦の月が出て星も満点に広がっていた。
 再び寝袋に入ってラジオを聞く。
 既に7時間寝ているので眠くは無い。
 NHKのいつもの歌番組を聞く。
 今日はジャズをやっていた。
 昭和16年の童謡のジャズだった。
 なかなか良い感じでアレンジしていた。
 それと美空ひばりのジャズが流れた。
 さすがにジャズも上手い。
 そうしている内に6時になった。
 今日は6時に起きようと山辺さんと決めていた。
 もう朝日だ出そうだ。





 海には鮭釣りの人が棹を何本も並べて釣っていた。
 朝日が綺麗に出た。

















 でも外は寒い。



 テントを畳み8時には出発する。
 少し行った所に山の方に行く階段があった。
 こんな所に・・と思いながら行って見る。
 暫らく道が続いている。



 どうやら植林をする時に作った道なのだろう。
 かなり山奥まで行って道が無くなって来たので、山の上に上がる。

 殆ど獣道でかなりの鹿だろうか歩いている。
 ようやく頂上に出た。
 景色はさほど良くない。
 恵山が木の間から見える程度だ。




 下りは違う道を降りる。





 そして国道に出て、自転車の置いた所まで歩く。
 自転車で走ったら、直ぐに山辺氏に追いついた。
 後は前を行ったり私があちこち見て歩いたりと何とか志海苔まで前後して到着した。







 山辺氏は函館駅まで行って写真を撮って北海道の終わりにしたいと言うので別れてGHに戻る。
 間もなく電話が入り。
 菅野さんが大根を持って来るとの事。
 明日の予定だったが急遽変わったそうだ。
 30分くらいして大きな大根を5本貰った。
 漬け物にしようかな。
11月6日(金)恵山野宿
 山辺氏が1日予定遅れになって、今日恵山に着く事になった。
 そこで私も恵山に行って野宿しようと出発した。
 明日は今季最低気温の予定で最高気温が9度で、最低気温は1度だった。
 急いでパッキングをして出発する。
 久ぶりに荷物を積んで自転車で走る。
 最近膝が痛いので大丈夫かなと言う心配もあった。
 快晴の下海岸を走ったが、天気も良くて良い雰囲気だ。
 膝は最初は少し痛かったがだんだん痛みが無くなった。
 運動不足なのかな?
 恵山道の駅で一休みしてから出発する。
 絵紙山の峠を登って行くと、ツーリングバイクがやって来た。
 こんな時期に未だ居るんだ。
 ピースサインをしたのでこちらも返す。 
 更に登って行ったら先程のバイクが戻って来た。
 並びながら、「自遊旅のも〜さんですよね。」と言う。
 フルフエースのヘルメットを取ったら見覚えのある顔が見えた。
 誰かと思ったら2年前に自遊旅に来た東京の佐藤佳央さんだった。
 「こんな時期に旅の自転車で、函館方向から来て走ってるのは、も〜さん位しかいないよ」と言う。
 それで戻って来たそうだ。
 そう言えばもう旅人の姿はほとんど見ない。
 今日は函館まで行って、夜景を見て直ぐにフェリーに乗るそうだ。
 記念写真を撮って握手をして別れる。



 それから少し行ったら山辺さんの姿が見えた。
 もう既に30kmは歩いている。
 山辺さんに会った途端パンクした。
 「俺と会う人結構パンクするんだ」と言う」
 あまり会いたくない人だな。

 最後は下り坂なので早い。

 道の駅「なとわえさん」に着いた。



 今日はここで宿泊するかとなった。
 函館まではまだ40kmある。
 
 まだ3時なので退屈だ。
 近くに山があるが登ってみないと誘ったら、30kmも歩いているのに行くと言う。
 道はあるかどうかわからない。



 最初は車道があったが、だんだん道は欲しくなり最後は獣道になった。
 急な斜面を登りきって頂上に着いたが見晴らしは余り良くない。
 帰りは違う道を降りようとなった。
 道なき道を下って行くと大きな木が倒れていた。





 亀裂が入っていたので雷にでもやられたのか。
 さらに下って行くとさるのこしかけが沢山ある大木があった。



 それにしても大きい。



 本当に腰掛けになる。

 そこからさらに下ると笹藪になった。
 意外と密度が濃い。
 さらに斜面が急になって来た。
 どうやら澤に向かっているようだ。
 最初の崖が現れる。
 ここは迂回して又下る。
 再び崖が出てきた。
 ここも迂回して下って行ったら、沢が下に見えてきた。
 一度降りる事にする。
 降りて澤を少し歩いてまた出る。
 そこは笹も無い所で歩きやすい。
 方向は間違っていないのでそのまま行ったら見覚えのある道が出てきた。
 この道を国道まで戻る。
 何とか出られた。

 帰りに食堂に寄る。
 来る時に9時までやっているのを確認してから来たのだ。
 中は暖かい。
 私はラーメンあんかけ丼、山辺氏はチャーハンとあんかけ焼きそばを注文した。
 ラーメンあんかけは熱いスープに入っているので身体が暖まる。

 食事が終わって釣りの話し。
 ここの御主人は釣りをやっていて沢山の写真が張ってある。
 山辺氏も鮭釣りを経験したので話しは会う。
 30分位話して道の駅に戻る。
 真っ暗な中でテントを張る。
 意外と見えるものだ。
 
 テントを張った後はすぐに中に入る。
 外は寒くて居られない。
 直ぐに寝袋に入る。
 暖かい。
 タブレットでブログアップしようとしたらセキュリテイ警告出て繋がらない。
 何故かNTTフレッツが表示される。
 しかし表示だけで全く動かない。

 仕方が無いのでラジオを聞きながら寝る。
 まだ8時頃だろう。
11月5日(木)ぶんぽ研例会
 ぶんぽ研例会の日だ。
 行く途中辺切地陣屋跡に行く。
 弾薬庫の構造と砲台の有った場所の構造を調査するためだ。
 矢不来台場を調査して入るが、同時期に作った矢不来第一台場なので、共通点があるのではないかと思っている。
 この陣屋跡の紅葉が凄く綺麗だった。








 弾薬庫

 弾薬庫





 砲台跡

 砲台跡

 胸壁



 ぶんぽ研例会は多分3ヶ月ぶりだ。
 いつもの会長の報告があった。
 最後に副会長の落合さんから、私が「歴史と風土を守る会」の文化賞の個人賞を受賞した事が報告された。
 皆さんからおめでとうの言葉を貰った。
 授賞式は来年2月なのでまだ先だが、これを機に益々古道・旧道の調査研究に力を入れなくては。

 山で知り合ったAさんが秋田の山に登山中に亡くなったと言う。
 私は山岳会にも入っていないので知る由は無かった。
 数年前冬の鏡山に登った時に、夫婦で来たAさんとすれ違い話しをした。
 下山した所で再び会って、「毛利さんですよね」と越えを掛けられた。
 私が北斗市で行った講演会に来てくれたそうだ。
 この時の出会いが縁で、鏡山近くにある陸軍の境界柱の話しが話題になり、毎年もう雪からこの位出たよと、写真付きの葉書を送ってくれた。
 この毎年一度だけの付き合いだったが、今年の冬は大沼湖上スノーハイキングの先導をしていたAさんと暫らく話しをしながら歩いた。
 そんな付き合いのみだったが、温和で面倒見の良い人だった。
 登山して20分くらいで、心筋梗塞で倒れて帰らぬ人となった。
 
 GHに戻って、家を片付けたりして夕方になった。
 明日は甲冑パフォーマーの山辺さんがGHに来るかもしれない。
 暫らくは滞在するだろう。
11月4日(水)健康サロンin明和園
 健康サロンに妻と連れだって行く。
 今日の運動はA女史なので良い運動になる。
 彼女は現役のサッカー選手なので、彼女が講師になる時は結構ハードな運動になる。
 その彼女が今日は凄く間違い、あ年寄りに指摘される始末。
 何度やっても間違える。
 結局、最後まで立ち直れなかった。
 他の運動に代えて一汗かく。
 良い運動になった。

 終わった後は次回の調理教室のメニュー決めと材料の手配を決める。
 我が班は主菜で「鮭の揚げものとキノコ一杯の中華風とろみソース掛け」と言うメニューになった。
 昼食を頂いてから桔梗に妻と戻る。
 夕方長男をエレクトーンに送って行く。
 夜はテレビ番組が皆なの見る番組と合わなかったので、自室でタブレットでテレビを見ていたら、愛葵が来て一緒に
 Youtubeを見る羽目になった。
 内容は妖怪ウォーッチだ。
 今一番大好きなキャラクターだ。
11月3日(火) 野宿の朝
 落部公園の夜が明けた。
 昨日は寒くて7時過ぎには車に入り寝袋に入った。
 ラジオを聞きながらうとうとしたら眠ってしまったようだ。
 何時頃か目が覚めた。
 何故か少し寒い。
 それでホカロンを3枚張った。
 朝に起きて気がついたのは、運転席の窓が全開だった。
 さらにこの時期、秋用の寝袋と夏用の寝袋を重ねているのだが、夏用の寝袋はなかった。
 それで寒かったのだ。
 落部公園は綺麗に整備されていて良い所だった。













 もう少し早ければ紅葉が凄く綺麗だったかもしれない。
 野宿場所としては静かだ。
 隣が墓所なので誰も来そうもないのだ。
 公園を散策の後、2時間くらい熱いコーヒーを飲みながら話しをする。
 9時には出発すると言うので、ここで別れた。
 出発
 彼はこれから恵山を回り函館に来る。
 到着は金曜日頃か?

 桔梗の家に着いたら、皆で競輪場に行くと言う。
 私も同乗して行く。
 凄い混みようだ。
 65周年記念でイベントがあった。
 東京エレキテル連合の漫才があるのだった。
 見れそうにないので、次回にしようとなり、娘が車券を1枚購入した。
 愛葵の好きな1と3の番号で100円購入。
 買ったぞ!

 よーいスタート
 レース結果は1位が2番で1番は2着。
 3番は落車した。
 落車だ!
 外れた!!
 1時間以上並んで東京エレキテル連合の漫才を見る。
 人気の二人なので凄い人が集まった。
 最前列で見る。
 いつもテレビで見るがこんな感じなのか・・・。
 おなじみのコンビ

 得意のポーズ

 危ないポーズ
 他にマスコットが居て写真を写させてくれたりする。
 競輪界も大変なのかな?




 桔梗に帰って文化祭展示物を撤去して来る。
11月2日(月) 落部に向かう
 町内会の文化祭の展示物を見てから、落部に向かう。
 甲冑パフォーマーの山辺さんが北海道を一周して落部まで来たのだ。
 そこで合流してジンギスカンでもやろうとなった。
 スーパーでジンギスカンの肉を買って、カートリッジガスはもう少ないので、森町のイエローグローブで購入しようと寄ったら、売っていない。
 これは困った。
 仕方が無く八雲まで買いに行く。
 さすがにホーマックには置いてあった。
 行く途中山辺さんが向かい側から来たが、止まらずに行って、帰りに車の止められうところで待った。
 車が多い

 5号線を歩く
 久ぶりの再会だった。
 すっかり陽に焼けて顔は逞しくなっていた。

 今日の宿泊場所は落部公園だ。
 良い場所なのだが墓が隣接している。
 墓所が隣
 それが難点か。
 でもトイレは新しくなっていて快適だ。
 トイレ外観

 障害者トイレ

 男子トイレ
 ウォッシュレットも温水が出る。
 テントを張ってから夕食の準備。
 再開を喜ぶ

 落部公園の夕陽
 寒さはかなりある。
 真っ暗になって電池のみが照らす中で、ジンギスカンの鍋を囲みながら旅の話をする。
 1kgあったジンギスカンがあっという間に無くなった。
 余り寒いので、早く寝袋に入ろうとそれぞれ、車とテントに分かれて寝る。
11月1日(日) 文化祭
 今日は北斗市文化祭のお手伝い。 
 その前に町内会の文化祭に出展する作品を町内会館に持ち込んで展示する。
 沢山の作品

 長女瑞葵の作品

 友瑛の作品

 妻の作品

 妻の作品

 私の作品
 終わってから北斗市に向かうが、孫の内の長女と次女も行くことになった。
 手伝いは昔の遊びで、おはじき、竹トンボ、竹馬、輪転がし、メンコ、おはじき等々ある。
 昔の遊びコーナー

 おはじきも分からない
 今の子どもたちは普段やることが無いから、あまり上手ではない。
 むしろ我々の時代の方が上手だ。
 我が孫たちもあちこちいって楽しんでいた。
 木や色々な材料を使ってグルーガンで止めていく工作を孫たちがやった。
 瑞葵は完成

 愛葵は先生がお手伝い

 真剣です

 左が愛葵、右が瑞葵作品
 次女は先生に手ほどきを受けて完成。
 長女は一人でどんどん作った。
 カルタ取りは長女が速い。
 カルタ取り

 瑞葵は早い

 これは別なカルタ
 大人たちもたじたじだった。
 結局長女が2連勝だった。
 沢山遊んで一日楽しかった。
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