6月30日(木)桔梗に行く
 朝起きて昨日採って来た蕗の処理をする。
 蕗は昨日から灰で灰であく取りをしていた。
 いつもはゆがくのだが、ガスも長時間使用で勿体ないので、レンジで6分加熱した。
 丁度良い固さになった。
 それを切って塩をまぶして冷凍庫に入れた。
 使う時は塩抜きをして、炒めたり味噌汁にするか。
 切って塩をまぶした

 保冷バッグに入れて冷凍庫へ

 桔梗に行く。
 家に鍵がかかっていたので居ないと思い、鍵を開けて入ったら「お帰り」の声にびっくり。
 暫らく話しをしたが、最近亡くなった人の話ばかり。
 昨日から続いている。
 原口の佐々木さん、いつも一緒に山に行くT子さんの姉、同じ会の会員Nさんの旦那さん、健康サロンのK子さん、こんなに続いた。
 いつかは皆そうなるのだが、この様な話題が多くなった周辺だ。
 長男はエレクトーンの大会で惜しくも代表になれなかったが、来年は大好きな妹とアンサンブルで出場したいそうだ。
 姉に3人でやろと言ったら姉は拒否の様だ。
 今回の大会はスターウォーズの演奏だったので、娘が格好いい衣装を作った。
 これを来て夏の町内会仮装大会に出ると張り切っていた。
 私はいつものネブタからピカチュウの衣装で出る。

 妻の妹の長女が台湾からやってきて函館マラソンに出たそうだ。
 女子の部で11位だったそうだ。
 全然練習しないで来て流石だ。
 台湾は今はシーズンで無いので練習はしていないそうだ。

 その他にも色々な話をして、昼は久しぶりにラーメンを食べに行く。
 近くの「一縁」に行ったが、JOYやバービィが取材で来店していた時の写真があった。
 6月25日に放映されたそうだ。
 どうりで混んでいた。

 帰りにサンチュウとニンジンの葉を貰って来た。

 2時からの割引き時間を利用してPGの練習をする。
 暑くてプレィヤーはかなり少ない。
 3ラウンドを回って400円と安い。
 久しぶりの練習で、大分調子は良くなったが、暑さで参った。

 家に帰って、鮭のフライを揚げ、貰って来たニンジンの葉を天のぷらにし、間引きした大根を生でサラダにする。
 鮭フライは6枚揚げた。

 今日の夕食。
 貰ったサンチュウ、間引きした大根、レタス、キュウリ、それに鮭フライ。
 ニンジンの葉がサクサクして美味しかった。
 今日の夕食
 今日の夕食は100円位にしかならない。
 鮭のフライは30円でキュウリは半分で25円後は無料だ。
 味噌汁は豆腐と海苔。
6月29日(水)恵山散策
 3人を案内して恵山に行く事になった。
 昨日は大千軒岳に登って遅く帰ったのに、今日も行くと言う凄いパワフルだ。
 でも今日は軽めに歩きたいと言うので、恵山を散策する事にした。
 御崎まで行くと車は行き止まりになる。
 いつも車を置かせて貰っている二本柳さんの家に行ったが誰も居ない。
 仕方がなく国道に駐車する。
 田舎なので駐車禁止にはなっていない。
 今日のコース

 早速登る。
 このコースには西本願寺の掘川常経が彫刻したと言われる、「南無阿弥陀仏」と書かれた岩がある。
 ここを通って行く。
 今日は快晴で24度になりそうだが、恵山は霧がかかっていて時々しか見えない。
 恵山南面が顔を出した
 コースには足跡があり、参拝している人が居るんだと分かる。
 ロープも張ってある。
 やがて岩に出る。
 何度見ても圧倒される。
 お経岩
 暫らく眺めてから磯谷道を進んで行く。
 旧山道
 このコースは岩が多いが、温室度の関係が丁度良いのか苔むした岩が多い。
 苔の生えた岩が多い




 80%くらい歩いて、もうゴールも見えた。
 昼食はどうする?となり、それじゃ景色の良い所で食べようと、恵山岬の方に進む。
 この辺りは草が殆ど無く、笹もごく短くてどこでも歩ける。
 一番の高所に行ったが、さすがにこの時期は木々の葉が多く海は見えない。
 下って恵山の展望を楽しみながら昼食となって、恵山に近い高地に上がったがここからも見えない。
 諦めて昼食にする。
 木々が太陽を遮って、爽やかな風も有り、涼しいくらいだ。
 のんびりと昼食を取って出発する。
 帰りも自由に歩き回る。
  大きな無水澤が出てきた。
 ここを下ろうとなる。
 先は分からない。
 澤を下る

 急斜面も有った

 木が折れて密集している



 大きな岩
 いつも冒険心がわき出てくる。
 澤の中は腐葉土でふかふかだ。
 30cmは積っている。
 足の裏の感触がとても良い。
 途中急な岩場の斜面も有ったが、何とか下って山道に出る。
 もう一度お経岩に寄ってからお別れ。
 再び寄る


 砂防ダムの付近には綺麗な蕗が沢山あった。
 切れば水がシャーと出てくる。
 10本ほど採って帰る。
 崩れそうな岩場

 綺麗な蕗
 下に着いたらお母さんが畑仕事をしていた。
 挨拶をしたら「熊に会わなかった?」と言う。
 「この辺り一帯に出ていて家の前にも来ている」と言う。
 畑を荒らして困っているそうだ。

 お母さんに加茂さんと家を知りませんかと聞いたら、漁港の方だと言う。
 帰りに見ながら走ったが良く分からなかった。
 昆布干ししていたお姉さんに聞いたら親切に教えてくれた。
 また戻ったら言われた通りの黄色い家があった。
 出て来た人に聞いたら遊びに来ていた人で、加茂さんを呼んでくれた。
 加茂さんに鍾乳洞の事を聞いたら、もう入り口は塞いでしまって入れないそうだ。
 ここの鍾乳洞は加茂さんの土地内の斜面工事の際に出てきたもので、専門家の調査も行われた。
 その結果、日本では珍しい火山地帯に出来た鍾乳洞と言う事になった。
 鍾乳洞の中はかなり広いらしい。
 残念ながら諦めて帰る。
 函館市内は快晴で暑い位だった。
6月28日(火)旅人出発
 今日は天気も良いので朝から洗濯を開始。
 旅人井上さんが今日出発する事になった。
 クレジットカード紛失の問題も解決して、晴れ晴れとしたスタートになったであろう。
 玄関前で記念撮影をして出発。
 記念撮影
 「あれ サンダルなの?」
 「靴を落としたのでこれで行く」と言う。
 来た時は有ったのにどこに落したんだろう。
 8月には彼の友だちも旅に出て、ここに寄るそうだ。

 洗濯ものを久しぶりに外に干した。
 特にシーツ類の大きな物は外が良い。

 その後は資料の作成をして、11時頃には福祉センターの温泉に行く。
 身体を洗っていた時、 
 「皆さんお先に失礼します」と出て行った人が居た。
 隣の人が知り合いの人に「あれ誰だ?」と聞く。
 あの人は、時々来るが腕時計をはめて風呂に入る。
 防水時計もあるので、そんな人も居るが、あの人は45万円もする時計だと、皆に見せているそうで、そんなに金があるならここに来なくても良いだろうと言っていた。
 風呂を出る時の挨拶は確かにおかしな感じだった。

 帰って来て解体した家の周辺を見ていたら、あ〜靴がある。
 ここにあった
 井上さんの靴ではないか。
 落としたと言っていたが、干して居たのでは・・・。
 少し離れたところだっが、忘れてしまったのだろう。
 もうどうしようもないな。
 帰りは確か苫小牧からフェリーで帰る筈だ。

 午後から資料作りをする。
 2種類くらい作ってから買い物に行く。
 魚長に行って、メガ盛の豚肉を購入。
 それと鮭のフライ前の衣の付いたのが、12身で385と安かった。
 家に帰ってサランラップに仕分けをする。
 これで22食分の主食になる。
 1回50円程度か。
 野菜を添えて、味噌汁を作っても100円で間に合う。
 超節約だ。
 
6月27日(月)PG&葬儀
 町内会PGの例会に行った。
 2回雨で流れたので久しぶりだ。
 結果は110と11で2週間ぶりにしてはまずますか。

 夕方から原口佐々木さんの葬儀に参列。
 式場は見原斎場だった。
 Seさん御夫婦を迎えに行って、到着したが駐車場は大変なこみようだった。
 立派な祭壇だった
 通夜は6時から始まった。
 参加者は250名くらい居たので、彼の人脈の広さが分かる。
 1時間くらい読経して終了。
 最近は葬儀委員長もたてないようで、式場の女性が佐々木さんの履歴などを紹介していた。

 思えば7〜8年くらい前、小砂子山道願掛澤を調査していた時に佐々木さんを紹介して貰った。
 地元の人たちで独自に調査して大正時代の願掛澤を発見して新聞に大きく報道された。
 私が彼の家に行った時、道の測量図を頂いた。
 長さが5m位ある物で、願掛澤が書かれていた。
 その測量図の解析を頼まれて行った経緯がある。
 その後も付き合いが続き。原口のフォーラムにパネラーとして読んで頂いたりした。
 そんな事も有りすっかり原口とは縁が切れない状態だった。
 
 彼が体調を崩して入院し、その後回復して一度の外出を認められた時に、真っ直ぐに我が家を訪れてくれた。
 私の力を下さいとしっかり手を握ってくれた。
 車からも出る事の状態なのに本当に良く来てれくれた。
 「夢をあきらめないで」と言う色紙を彼に渡した。

 身体も回復して、新たな町おこしをしたいと言うので、松前登城ウォークを開催する事になった。
 今年で3回目になるが、登城ウォークの時は車に乗せられて、スタート地点まで来ていた。
 夜の懇親会も元気に挨拶をしていた。
 ウォークも無事終わり、その3日後体調を崩して松前病院に入院されたそうだ。
 死因は肺炎であっけない死だった。
 日本のオリンピック開催まで元気に頑張って続けると言っていたのだが・・。
 原口の偉大な人を失った。
6月26日(日)大変な出来事
 横浜から来た旅人、井上さんはここに来る前にクレジットカードを紛失したそうで、朝からその処理で大変だ。
 地元で紛失したなら直接関係個所に行って手続きできるのだが、地方に居てはそうはいかない。
 WEBでの処理などをしていたが、見ていてなかなか面倒だなと思う。
 私だって旅先でカードを紛失する可能性はある。
 結局は夕方までに何とか処理できたようだ。
 でも現金はカードが出来るまで手に入らないから、取り合えず現金を私の口座に振り込んで貰い、それを下ろして井上さんが受け取る方法にした。

 碑前祭に来た、福岡の永吉さんと近藤さんが帰るので一度会う。
 今後も、色々な情報交換が出来るので楽しみだ。
 近藤さんの友人で日野市の博物館の2人の女性から、多くの資料を頂いた。
 さらに明治3年に函館区の旭町287番地に住んでいた、山岸多吉商店の消息調査も頼まれた。
 商売の内訳は、雑貨荒物・瀬戸引類・バケット・東京目籠・卸小売商となっている。
 少し調べてみよう。
6月25日(土)碧血碑碑前祭
 朝から強風で雨も降っている。
 こんな中で祭りをやるのかと言う天気になった。
 今まで碑前際には出た事は無かったが、昨日会った永吉さんと近藤さんそれに市川さん、北村さんも参加すると言うので今回は参加する事になった。
 先週土方歳三供養祭もやった実行寺で行われる。
 集まる人の詳細は分からないが、榎本武揚の子孫夫妻や古屋佐久座衛門の子孫などなどそうそうたるメンバーだ。
 他に作家の合田一道さんも来ていた。
 文保研の木下会長、落合副会長、菅野副会長も来ていた。
 視界も文保研の関さんで、彼は碧血碑会の事務局長だ。
 度胸が始まる。

 しばらくして焼香する。
 碧血碑の会員以外の一般人も結構いた。
 私も焼香を終え、全員が終わってから間もなくして終了する。

 帰りは碧血碑に行きたいと言う4人を乗せて行く。
 土方ファンとしてはこれで満足して帰れるだろう。

 夕方横浜からの旅人井上さんがやって来た。
 大洗からフェリーで苫小牧に来て、これから北海道を回って帰る自転車旅だそうだ。

 着信記録を見たら、原口の佐々木さんから電話が入っていたので、折り返し電話したら、息子さんが出た。
 あれ〜と思ったが、電話の先から佐々木さんが今日の朝の4時過ぎに亡くなったとの話だった。
 随分、弱くはなって来たが、まだまだ大丈夫と思っていたが、突然亡くなるなんて・・・。
 あれだけ頑張って、松前登城ウォークをやって来たのに・・何か心にぽっかり穴が開いた感じだ。
6月24日(金)旅人出発
 朝6時に四国の高野さんが出発すると言うので5時には起きた。
 松前〜函館を歩いて来て、筋肉中でつらそうだった。
 話しが弾んで7時に出発した。
 同じ歳で旧道・古道が大好きと言うので意気投合した。
 五稜郭を見てから歩きたいと言うので、五稜郭まで送って行く。
 その後、昨日のゴールの函館駅に行きそこから歩くそうだ。
 中山峠を越えて札幌に着き、奥さんと合流する。
 そして一緒に電車で富良野・美瑛を回り札幌に戻って、奥さんは帰り、彼は宗谷岬まで歩くのだ。
 彼の趣味は古道歩きで、日本中の街道を歩いている
 北国街道も歩いていた。
 私が行きたい街道であった。
 やはり昔の道が残っていて良い街道だと言っていた。
 その時の新聞記事が北陸新聞に載っていた。
 今回は1ヶ月の旅になるので奥さんも心配しているそうだ。
 それにしても北海道の歩き旅は大変だ。
 宿泊地が限定されるので、どこかに着いても宿が無い時はそ場所までタクシーか公共交通機関で移動し、翌日またその場所に戻ってスタートするそうだ。
 北海道は宿泊する場所が限定されるので、数日の分を予約している。
 そのためのんびりも出来ずスタートとなる。




 明日は碧血碑碑前祭なので、多くの関係者がやってくる。
 福岡の永吉さんと東京の近藤さんと函館駅で待ち合わせ。
 永吉さんは歴史はかなり勉強している。
 土方ファンでもあり、それ以外の人物の研究もしている、
 大野ぶんぽ研にも入っている。
 数年前にぶんぽ研で講演をして頂いたが、明日も碑前際の後に講演をするそうだ。
 スーパーウーマンだ。
 近藤さんは東京の「史誠会」の主宰者で25名程度の会員と史跡めぐりや勉強会をしているそうだ。
 他に近藤さんの仲間の二人の女性。
 この二人も相当の歴史家だそうだ。
 一人は学芸員でWEBを引けば名前が直ぐに出てくるそうだ。
 こんな人々と会食をした。
 とにかく話題が尽き無く、こんなに楽しい歴史の話しに夢中になったのは初めてだ。
 聞いていても歴史上の人物で分からない人がいっぱいいた。
 またまた新しい仲間が増えて良かった。

 夕方高野さんから電話が入り、無事大沼に着いたそうだ。
 途中函館ワインで試飲をしたそうで、歩き旅の特権だ。 
6月23日(木)家解体の手続きは?
 今日は曇りの天気だ。
 解体した廃物を捨てるのに、袋に詰める。
 合計8袋位になった。
 かなりの時重量がある。
 七五郎澤の処分所に行く。
 ごみを捨てて軽量する。
 今日は多いね・・
 土が多いので重い
 596円を払った。
 重量は230Kgあった。
 だんだん回りがすっきりして来た。
 
 終わって湯川福祉センターの温泉に行く。
 今日は随分空いていた。
 刺青をしている昔のやんちゃが、手に包帯をぐるぐる巻いて、ビニールに入れて来た。
 どうやら酔って転んで、包丁に当たって神経が切れたそうだが、本当かな??
 
 家に帰ってから、市役所に行く。
 家も解体したし、届け出が居る。
 まずは都市計画課に行く。
 「家に解体手続きなんですが・・」
 「いつからやるの?」
 「もう殆ど壊してしまったんですが・・」
 「もう壊した! リサイクル法と言うのがあって事前に届け出が必要なんですよ」
 「そうですか。どうしたらいいですか?」
 「始末書も添付して下さい」
 「フォーマットは?」
 「適当で良いです」
 と言う事になった。

 次に資産税課に行く。
 「固定資産税の廃止をしたいんですが・・」
 「昨年から解体を見ていたんですが、一人でやっていたんですよね」
 「そうです」
 「今年見たらもう壊れていたので、こちらで手続きしました。固定資産税はもう来ないですよ」
 そうなんだ、見られていたんだ。
 全く知らなかった。
 見たら声くらい掛けてくれれば良いのに。
 「登記はどこでやれば良いですか?」
 「法務局ですよ」
 「フォーマットは有るんですか?」
 「難しいらしいから、行政書士に頼む方が多いですよ」
 「そうですか」

 法務局に行く。
 相談掛りと言う人がいた。
 「手続きしたいがフォーマットはありますか?」
 「業者がやらないんですか?」
 「自分で壊しているんで、手続きも自分でやりたいんですよ」
 「書類を上げますので、これに記入して出して下さい。個人での解体は簡単な書類で済みますよ」
 市役所とずいぶん違うぞ。

 と言う訳で書類は貰って来た。
 後は提出するばかりだ。
6月22日(水)旅気分
 天気も良いので家の周辺の清掃・整理を行った。
 すっきりした所で、天気も良いし・・・となり。
 自転車で走る事になった。
 何かと忙しく遠くまで走っていない。
 足も弱くなっているだろう。
 自転車にはいつも旅道具を積んでいる。
 そのままの装備で出発する。
 むかうは恵山方向だ。
 風は向かい風で足に来る。
 石崎からは国道で無く一本山側走る。
 車も少なく安心だ。
 志海苔パークゴルフ場があった。
 300円だった。
 コースを見たら綺麗に整備されているが全体にショートコースが多い。
 再び走る。
 やがてあれ〜行き止まりだ。
 戻って山側に入る。
 走っていたらわらびの隊群発見。
 道端に無数にある。
 ワラビだ
 でももちろんもう伸びすぎだ。
 来年来よう。
 瀬田内と言う所に着いた。
 ここで山道に入る。
 日清小学校裏は花が有名だと町史に書いてある。
 そこで探すが裏側には道はないようだ。
 違う道をどんどん入って行く。
 砂防ダム
 やがて道は二つに分かれるが、汐首岬の頂部に行く道はゲートがある。
 入れない。
 もう一つの道もゲートが有って入れない。
 行き止まりだ。
 戻る。
 瀬田内会館に行く道があった。
 ここを入って高所まで行く。
 山に入る道は無いかとうろうろ。
 最後の道を入ったら、砂防ダムが出来ていた。
 ここも砂防ダム
 手前の川を渡るコンクリートの階段が両岸にある。
 道が向かいの上に続く
 でも一度川の中に入らないと行けない。
 先にも道がありそうだ。
 今度靴を履いて来て見よう。

 クマ出没の看板があった。
 先月出たようだ。
 先月出たのだ
 帰りは追い風で快調だった。
 戸井に有る格安自販機で喉を潤す。
 缶コーラが80円だった。
 安い!
 戸井地区は「函館の歴史と風土を守る会」の原風景で文化賞に選ばれた。
 本当にこの地区は瓦屋根が多い。
 古い家の瓦

 ここも住んでいない
 新しい家も瓦だ。
 北前船が船の安定にするために3流の瓦を底に積んで北海道に来た歴史が松前地方に有る。
 ここ戸井の瓦の原点は何だろう。
 錆びないと言う事で使っているだろうが、雪が少ないのも適しているのかも。
 60kmくらい走っただろうか、足は痛くはないが、久しぶりの自転車には疲れた。
 でも久しぶりに旅を感じられた。

 夕方函館新聞の鈴木記者から、参議院選挙についても思いを電話で取材受けた。
 難しいな。
 私も無党派なので、誰を選ぶかを考えてもその候補者がどんな活動をしているのか全く分からない。
 ただ○○すると言っても抽象的な言葉ばかりで、具体的な数値などは出てこない。
 やはり参議院も政党選挙になるのだろうな。
 地方経済が疲弊している。
 田舎を歩いてみれば、その将来は決して明るく無い。
 20年後の道南は生き残れる町村は幾らあるのだろうか。
 選挙には行くが、誰に入れるかは悩むな。
6月21日(火)旅人訪問
 夜中の0時過ぎに地震が発生し思わず目が覚めた。
 急いでTVを点けたら震度4であった。
 揺れはそれほどでも無かったが、そこから目が覚めてしまい眠られない。
 1時間くらいはうとうとしただろうか?
 5時には起きてしまった。
 そのまま資料作りに入り、7時頃には完成した。
 B5で9ページになった。
 1ページ目は下記である。

 これを15部印刷した。
 来月の文保研で報告する。

 昼はかき揚げを食べたくなったので、ニンジンとちくわを買ってきて作る。

 そばを湯がいて天ぷらそばにした。

 美味しい。

 昼過ぎにドアを叩く音で出て行ったら御夫婦が居た。
 上がって貰い話しを聞いたら、以前GHに宿泊した伊藤怜さんの紹介で、ここに寄るように言われたそうだ。
 下関から日本海側を走って来た山村さん御夫妻だった。
 山村さんと記念撮影
 北海道は初めてで、これから御夫婦でホンダステップワゴンに寝泊まりしながら回るそうだ。
 岬回りと温泉、それに奥さんは100名城巡りだそうだ。
 城めぐりは山辺さんの他には初めてだ。
 家は下関で関門トンネルの直ぐ傍だそうだ。
 暫らく話しをして旅だった。
 帰りも寄るそうだ。

 リサイクルショップからタンスが入ったので解体して薪にする。
 家に入ったら、山形の荒木さんから電話があり7月1日に宿泊したいそうだ。
 もう3年前になるだろうか、GHに泊まってくれた。
 今回は輪行をしながらの旅だそうで友人と二人で来るようだ。
 懐かしい。
6月20日(月)PGは中止に
 朝から雨だ。
 今日はPGの練習日。
 妻は行かないと言う。
 どうするかなと思ったが、一応集合場所に行く事にした。
 車で1分であるから大したことは無い。
 来ていたのは5人だった。
 8時半まで待って他には来ない。
 雨雲レーダーを見たら、ますますひどくなりそうだ。
 結果的に中止になった。
 これで2週間連続中止だ。

 家でテレビを見ていたが飽きて来たので、北斗市郷土資料館に行く。
 展示している弾丸の測定と写真撮影だ。
 主査に行って別室で採寸して写真も撮る。
 今回作った資料は7月の文保研例会で発表する積りだ。
 有名作家の調査報告書に異論する内容なのでどんな反応があるかな?

 午後から長男を迎えに行く。
 朝の約束通りの場所で待つ。
 
 夕方には妻を車に乗せて湯川の歯科医に送って行く。
 そして久しぶりにGHに戻った。
6月19日(日)今日も桔梗
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6月18日(土)孫の自転車練習
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6月17日(金)雨の日は図書館
 今日も朝から雨模様だ。
 今書いている資料の補足資料を見たいので図書館に行く事にする。
 調べているのは大砲の弾なのだ。
 北斗市郷土資料館にある弾丸を某有名作家の方が調べてぶんぽ研に報告書をよこしたのだが、随分と私の見解と違うし、基本的な間違いが多い。
 その事を明確にするための調査だ。
 本来であれば自転車で行って時間を気にしないで居たいのだが、雨では仕方がない。
 車で行く事にする。
 いつもの2Fの郷土資料室に行く。
 本の名前は調べて行ったので、係の人に行って出して貰う。
 弾の断面図は無かった

 なかなか詳細な物は無い

 四斤山砲の弾
 いずれも貸出禁止で館内でしか見られない。
 2冊を出して貰って見る。
 今まで調べた内容とそれ程変わった事は無い。
 まあ今まで調べたのが合っていると確認できただけでも良い。
 係の人がもう一冊の本を出してくれた。
 何と昭和18年発行の本で、陸軍少佐 荘司武夫氏の著書だった。
 この本は研究者用の部屋でしか見られない。
 じっくり読んだ。
 S18年の発行
 調べていた12ドイム臼砲が書かれていた。
 内容的には面白く大いに参考になった。
 今一番欲しかった弾の構造図の寸法が欲しかったのだがそれは無かった。
 それでも十分良い資料を見る事が出来た。
 出て駐車場に行ったら無料の2時間を10分オーバーしていて100円を追加で払う。

 電話を見たら妻から電話が入っていた。
 GHについてこちらから電話する。
 ラルズでカセットボンベが200円を切って売っている。
 他に塩サバが4枚で200円を切る。
 レタスが100円と情報を教えてくれた。
 いつもはそんなに教えてはくれないが、今日はずいぶん声が明るくて驚いた。
 その後、地震の話しになり、これでも大いに盛り上がった。
 こんなに明るい妻の声は久しぶりに聞いた。
 
 地震に際しては色々な方から心配の電話やメールを頂いた。
 妻の方にも各所から電話やメールが来たそうだ。
 桔梗の家は地盤が固いし、家も耐震仕様なので全く揺れないそうだ。 
 孫の愛葵はソファで横になっていたが、全く驚かず普通にしていたそうだ。

 妻の助言により、まずはラルズに行ってカセットボンベ2セットとレタスを買い、一度出てから再びカセットボンベを2セット購入。
 後は4寺のタイムバーゲンに行く。
 夕方まで資料作りをする。
 ほぼ出来て後は校正する。
6月16日(水)土方歳三供養&地震
 雨模様の天気だ。
 今日は土方歳三の供養が実行寺である。
 午前中に谷地頭温泉に入りに行く。
 入浴を終えて一度GHに戻ってから実行寺に行く。
 行ったら主催者のシラトリミチヨさんが名古屋から来ていた。
 熱心な土方ファンだな。
 少しして昨年ツアーで来た松村御夫婦が、他の1組の御夫婦とやって来た。
 松村さんからのお土産
 他にも数人来て、供養が始まる。
 写真も持って来た
 始まってどのくらいしたであろう。
 読経の最中にぐらぐらと来た。
 お〜地震???
 でもお坊さんもシラトリさんもぴたりとも動ぜず。
 天井から下がっている装飾品がぐらぐら揺れる。
 これがぐらぐら揺れた
 柱は太いので大丈夫だろうと内心思っていた。
 供養も終わってお坊さんの講和があった。
 読経の最中にこんなに揺れたのは初めてだったそうだ。
 ロウソクが一度大きく燃えその後落ち着いたそうだ。
 あの重い鐘もずれたそうだ。
 お坊さんと話す
 土方歳三が皆に会いに来た?
 如何にもそんな感じだった。
 頂いた

 シラトリさんのお土産
 終わって本州組4人を乗せて元町付近を観光した。
 雨なので車で回っただけだ。
 元町ホテルの「蔵」に泊まると言うので、私も遠藤社長に会って来た。

 GHに戻ったら棚からシールが落ちていた。
 シールが落ちた
6月15日(水)旅人出発
 今日も曇り空で少し寒い感じの天気だ。
 朝から廃材のカットをして薪作り。
 10時頃旅人が部屋から出てきた。
 今日出発する事にしたそうだ。
 GHに前で記念写真を撮って出発する。
 若いな

 こんなスタイル

 後ろのボード

 五稜郭に向かった
 まずは五稜郭に行くそうだ。
 そこからヒッチハイクで今日の目標は伊達の道の駅だ。
 無事車が捕まると良い。
 8月には青森ねぶたで再び会える。

 下二股台場で使った大砲を調べているが、その中で鋳鉄製の弾の重量が知りたいが、なかなか計算が難しい。
 中が中空になった弾の重量を出すのだ。
 公式は分かったが計算しても数字がおかしい。
 旅人は大学を出たばかりだから、出来るだろうと言ったら、数学は不得意だそうだ。
 う〜ん頼りにならないな。

 函館市博物館にチャリで行く。
 入場料は100円だったが、展示内容は大したことは無い。
 100円だが・・
 半袖で出かけたが寒かった。
 展示している大砲の弾を見る。
 四斤山砲の弾が数個有ったが、名前も書いていないし、解説も無い。
 置いているだけだ
 12ドイム臼砲の弾と小さな玉は何だろう。四斤山砲の球型の弾かな>
 奥は12ドイム臼砲の弾か
 弾は中空である事が分かった。
 これが一番の成果だ。
 炸裂した後の外側が残っていたのだろうか?
 中空が確認できた
 解説が簡単すぎて何も数値的なものが分からない。
 直径や重量くらいは書いて欲しい。
 
 それでも割れた弾があって中空だと分かった。 
 さらに調べたくて函館中央図書館に行く。
 ようやく着いたら「本日休業」だった。
 仕方がない。
 GHに戻る。
 もう4時になった。
 一日が終わった。
6月14日(火)旅人来る
 今日も小雨で少し肌寒くうっとうしい。
 朝から資料を作っていた。
 箱館戦争で使ったと思われる、北斗市郷土資料館にある12cmの大砲について、有名作家の方が調査をして結果をぶんぽ研に送って来た。
 しかし反論する内容は沢山ある。
 有名作家だからと言ってその方の調査結果が正式な見解になってはいけない。
 調べて行ったらやはりおかしい所が沢山ある。
 これをまとめた。
 後はぶんぽ研例会で皆で議論して間違いのない方向に持っていきたい。
 歴史はきちんと残さなくてはならない。
 10時に旅人がやって来た。
 ザック一つだ
 大学を出てまだ就職をしていないバックパッカーだった。
 これから北上して宗谷岬を目指す。
 その後、南下して青森ねぶたに参加するそうだ。
 1ヶ月以上あるので、ヒッチハイクだと物足りないだろうと思う。
 ママチャリを買って自転車で走ろうかなと言っていたが、どうなるやら。
 午後から函館観光に出かけた。
 山はガスが掛っている。
 夜景が見えるかな?

 午後からも本作りをする。
 「土方歳三が進攻した四大難所の峠」を作成した。
 3冊作った
  夕方になって余りにも寒いのでストーブを炊いた。
 暖かい・・・薪はふんだんにある。

 向かいのお兄さんが洗剤を持って来た。
 マジックリンだ
6月13日(月)PG中止
 今日はPGの例会だが小雨が振っている。
 一応合羽を用意して桔梗に向かう。
 途中で電話が入り、中止になったと伝えてきた。
 もう桔梗も近いのでそのまま向かう。
 家に着いたら友瑛が学校に出かける所だった。
 乗るかい?と言ったらニコニコして乗り込んできた。
 これなら一番で学校に着くと言う。
 学校に入れないだろうと言ったら、一番に来た人は中に入れるそうだ。
 どんな仕組みになっているんだろう。

 送って戻ったら瑞葵が4人で歩いていたので乗るかいと聞いたら、早く着くから歩いて行くと言う。
 家に戻ったら愛葵がいた。
 「じいちゃん リカちゃん人形が見たい」と言う。
 これが見たいため私が来るのを楽しみにしているのだ。
 着替えをしてから見ても良いと言ったら、着替えるのが早い事。
 幼稚園に行く時間まで見ていた。
 夫婦二人きりになったら暇だ。
 私が温泉に行くとなったら、妻も行くと言う。
 家族で行く事はあっても二人で温泉に行くのは殆ど無い。
 「花の湯温泉」で1時間ゆっくり入って帰る。
 気持ちが良くなってうとうとしてしまった。
 愛葵が帰ってきて、またタブレットでYoutubeを見る。
 私は一緒にベッドで寝た。
 
 その内皆が帰って来た。
 夕方には瑞葵をエレクトーン教室に送って行き、そのまま帰る。
 資料の製作をしてから寝る。
 明日は旅人が4やってくる。
6月12日(日)恵山登山
 今日は函館市主催の「山の日制定記念 恵山登山会」の日。
 天気は午後から雨の予報も出ているが、恵山に着いた時はガスが掛っていた。
 頂上は見えそうにない。
 集まったスタッフは2年前の斉藤さん遭難の時に捜索したメンバーが主体だった。
 スタッフが集まって来た
 山岳会に入っていない私にとっては、久ぶりに皆に会えたのが嬉しかった。
 参加者が集まってくるがやはり女性が多いようだ。
 その中に、Sさんが居た。
 大沼の湖上ウォーク以来だ。
 一時体調を崩されて、今年の松前登城ウォークは不参加となったが、今回の6時間コースを歩くまで回復したのが嬉しかった。
 坂口リーダーの挨拶とスタッフ紹介があって出発する。
 坂口Lの挨拶
 私は最後尾を行く事になった。
 最初はかなり遅いペースで進んだ。
 最初は風も無く良かったが

 湿原で説明が有った
 この時期になるとサラサドウダンのツツジも終わりになって、エゾイソツツジが白い花を沢山咲かせていた。
 途中の橋が市の職員の方々のボランティアで作られたが、その説明をする松本主査。
 松本主査の橋の説明

 立派な橋だ

 みんな聞き入る
 橋の名前は設計した方の名を取って、「海向仁橋」と名付けたそうだ。
 高原コースは比較的風が当たらなかったが、高原コースの駐車場は風が強かった。
 ここでトイレ&休憩をとる。
 この祭に私が「恵山のお話」をする。
 普段はそれ程詳しくはなかったが、先日の親子登山も有ったので調べておいた。
 数分恵山について話す。
 その後、恵山に登る。
 山は完全にガスが掛っていて頂上からは何も見えそうにない。
 ガスが掛っている

 40も居れば列も長い
 途中函館市の松本主査の話しや、SLの鎌鹿さんの落石時の避難方法などのレクチャーがあった。
  登る途中でYさんと連れの方に会う。
 「いつもブログ見ています」と言われ、やはり嬉しい。
 坂口さんもお知り合いだそうで、話しを交わされた。
 情報では[ウルトラマラソンの母」と呼ばれていた凄い人らしい。
 ガスの中を黙々と登って頂上に着いた。
 頂上から何も見えない

 恵山のタオルを持って・・
 ここで記念撮影をするが、カメラのレンズに霧が付き真っ白に映るそうで何度も撮り直したが、大丈夫だったかな?
 ガスで映らない
 頂上で昼食を食べる予定だったが、少し下山して風の当たらない場所で食べる。
 ここで松本さんの「道南口説き」の唄を聴く。
 松本主査の歌が響く
 なかなかの美声が霧の山に響く。
 再び下山するが、景色も見えないので皆無口での下山だった。
 高原の駐車場でトイレタイムの後、再び出発。
 強風が吹いている。
 それでも高原コースに入ったら風も当たらずに順調に下山出来た。
 全員無事に着いたので良かった。

 函館市の松本主査から「えさんむがしむがし」と言う貴重な資料を頂いた。
 貴重な資料だ
 町史を編纂する時に集めた資料で、恐らくは恵山のすべてが乗っていそうだ。
 その中に、63年前の恵山登山会の事が書いてあった。
 下駄で登っている
 函館新聞主催で「第9回婦人見学団」が恵山に登ったが、総勢140名で大型バス6台に分乗して函館駅を7時半に出発する。
 恵山原田温泉に11時40分に着いた。
 実に3時間10分だ。
 途中観光しながら来たようだ。
 ここで下車して火口原に有った中村温泉まで歩く。
 現在のバス道路である。
 下から歩いたのだ。
 からみ合いながら伸びた雑木、じめじめした山道、幾曲りか回りようやくたどり着いた。
 ここで午後0時になった。
 昼食後恵山登山。
 会員一同元気旺に登る。
 1名の落後者も無く頂上に着く。
 恵山大権現に武運長久を祈ってから、馬の背伝いに下りた。
 記事によると下駄ばきで歩いている。
 ふわふわとして足に力を入れるとめりめりと土や砂が崩れ、一歩誤れば命の捨て所・・・。
 再び中村温泉に着いた。
 その後三十三観音を詣でつつ4時間後原田温泉に着いた。
 そして午後7時に函館駅に着いた。
 
 この記事を見ると凄い。
 恵山の原田温泉から歩いて(当時は車が行けなかった)恵山に登り、馬の背を下ってさらに下の原田温泉まで歩いたのだ。
 当時のご婦人も凄い体力があったと驚く。
 函館駅着は夜7時である。
 今は下から歩く人は殆どなく、車で駐車場まで行ってそこから恵山権現コースの往復だ。
 昔あった中村温泉の旅館が台風で飛ばされ、露天風呂状態になった写真も有った。
 珍しい写真だ
6月11日(土)孫と遊び→戦死者追悼会
 孫達に聞いたら午前中は特に予定がないと言う。
 そこでいつものあかまつ公園に自転車を積んで行く。
 愛葵がもう少し手ペダルを付けれそうなので練習をしなくてはならない。
 友瑛はがんがん走ってドリフトをやっている。
 北見に居る時にじぃじが教えたがその時出来なかった。
 今は完璧に出来るようになった。
 ドリフトが上手い

 もう一枚

 愛葵は両足を地面から離して暫らく進めるようになった。
 そろそろプダルを付けても良さそうだ。
 両足を話して出来る
 自転車の後は愛葵は好きなブランコ。
 友瑛も一緒にやるが、とにかく面白い話をして笑わせる。
 賑やかに話す

 楽しそうだ

 二人とも新しい靴だ
 離れたブランコでやっていた女の子も笑っていた。
 これも特技か?
 ブランコの後は友瑛がロープタワーの一番高い所まで簡単に登った。
 簡単に上がる

 上に着いた
 2年前は上まで行けなかったのに・・・。

 その後、じぃじがパークゴルフをやりたいと言ったら、一緒に着いて来た。
 愛葵が球のセットをして私が打つ。
 一回りして孫達にやらせた。
 愛葵が力がなく全く駄目だったが、友瑛は少しは飛ぶ。
 そこにおじいちゃんがやってきて友瑛に熱心に教えていた。
 おじいちゃんが教える

 スタンスは・・

 なかなか良い感じだ
 そしてやったら何と結構しっかり飛ばすのだ。
 おじいちゃんの見ている所で10m位のパットを見事に決めておじいちゃんに誉められた。
 すっかり嵌って友瑛がもう一ラウンドをプレイした。
 球をしっかり見てる

 良いフォームだ

 パットは・・?

 良い感じだ
 良い時でパー3が4となかなかだ。
 大体4〜5で回る。
 初めてなのにこれではまいる。

 午後からは小館戦争の戦死者追悼会に行く。
 北斗市のバスで、新政府軍佐藤安之助の墓、仮埋葬地、台場山、光明寺、共同墓地、官修墓地を回って終了した。
 新政府軍仮埋葬地

 佐藤安之助の墓

 新政府軍の墓





 官修墓地
 カナディールの前には吉幾三の旗がなびいていた。
 明日コンサートがあるがチケット完売だ。
 旗がなびく
6月10日(金)天気が良い
 外は快晴の天気だ。
 最近運動をしていないので、函館山に行く。
 調べたい所もあるので出かける。
 駐車場でにはまだ車が少ない。
 早速登る。
 今日は汐見コースを行く。
 いきなりの登りだから、速度を上げるとはあはあと息が荒い。
 山の頂上まで登る。
 実は函館山旧三十三観音コースが、4合目あたりから斜めにこの汐見山に来ているのだ。
 汐見山には観音があった。
 少し斜面を下って下を見てみる。
 あれ何か道らしき跡がある。
 10m程下ったら、幅60cm位が平らになっている。
 これは道の様だ。
 少し戻る方向に行ったら、汐見山の頂上から10m位函館山寄りの山道に出た。
 これか?
 これが参拝道か?

 下に道がある

 ここに出た
 反対側の道を行く。
 下ると人工的な穴が

 排水溝もある
 暫らく道らしき跡は有ったが途中で、消えてしまった。
 下に行くのかなと下って行ったら道はなく3番観音に出た。
 少し早く下り過ぎたようだ。
 又登るのも大変なので、旧登山道を登って行く。
 5合目で他の道を探したが草が伸びて探すのは困難だ。
 引き返す。
 でも一つ手掛かりが得られた。
 ふれあいセンター近くに来たら下から3人が登って来た。
 「おはようございます」
 「道はどうでしたか?」
 「おもわず特に何も無かった」と答えた。
 でも何処の道の事を聞いたのだろう。
 ふれあいセンターの人なのかな?
 まさか笹が伸びて凄かったとは言えないし・・。
 汗をたっぷりかいてGHに戻る。
 他の洗濯ものと合わせ直ぐに洗濯をする。

 外の解体個所のごみ掃除を1時間した。
 掃除の途中で北斗観光協会から電話があり、クラブツーリズムの7月のツアーは中止になったそうだ。
 17人しか集まらなかった様だ。
 最小催行人数は20人だそうだ。
 企画を変えてまたやりたいとの事だった。
 幕末ツアーはマニアックなので集まりにくいのかな?

 GHにあるカラオケやCDコンポは、リサイクルショップから貰って機能はしているのだが、マイクスタンドが無かったのでマイクを使う事が出来なかった。
 そのスタンドが入手できた。

 これでGH「自遊旅」のステージは完成した。
 30分くらい歌う。

 午後から桔梗に行き宿泊する。
 明日は箱館戦争で 亡くなった方の慰霊祭を北斗市で行う。
6月9日(木)本と資料作り
 昨日福山街道の道の詳細を知りたいと言う事で本を送る事になった。
 急いで印刷して製本した。
 今まで製本はグルーガンを使って行っていたが、北見の地図出版会社がTVでやっていた方法でやる。
 印刷が終わって製本はホッチキスで5個所を止める。
 後は両面テープを使って表紙や裏表紙を張るだけと言う簡単な方法だ。
 強度も十分にありこの方法は良い。
 184ページの本だが大きなホッチキスなら止める事が出来る。
 184ページの大作だ
 道のコメントを加えて四国に送った。

 次に6月末のガイドに使う資料作り。
 案内するのは下二股口で、難所の峠は実際に歩くのではないが、土方隊がこんな難所を歩いたと言う事が分かれば良い。
 土方歳三の歩いた道の凄さが分かってもらえると思う。
 新選組や土方歳三に関する事は殆ど出尽くしているので、新たな物はなかなか無い。
 道に関する物は一切無いと言って良いので新鮮だろう。
 道南四大峠

 中身
 取り敢えず1部を作ったので、校正して正式なものにする。

 夕方久しぶりに温泉に行く、
 かなり空いていたのでゆっくり入ってきた。
 
 雨の日は資料作りがゆっくりできて良い。
 身体も休まり調子が良い。
6月8日(水)草刈り
 朝6時に碧血碑付近の草刈りを行う。
 蚊が凄いのでフード付きのウィンドウブレーカーを着て行った。
 さすがに暑いが蚊から守るには仕方が無い。
 2時間ほどやったら綺麗になった。

 帰ってきて家の周りの草取りと廃材の処理をする。
 もう少しで終わる頃雨が降って来た。
 今日は外の仕事は止めて、部屋中で資料作りをする。
 
 夕方になって四国松山から電話が来た。
 福山街道を知りたいと言う。
 北斗市に電話したが、その様な道を書いた本は無いと言われたそうだ。
 毛利さんなら知っているからと電話番号を教えて貰ったそうだ。
 同じく聞いた殿様街道を知っている人に電話したら、案内をしてくれるそうだ。
 しかし白神山道は知らないと言われたそうだ。

 私の書いた本があるのでそれが欲しいと言うので送る事にした。
 どうやら松前から福山街道を函舘まで歩いて、その後宗谷岬まで中山峠を越えて歩くそうだ。
 私と同じ昭和18年生まれだった。
 函館に来た時は「自遊旅」に泊まって下さいと言ったら泊まるそうだ。
6月7日(火)あれこれ
 今日も一日あれこれやった。
 朝起きて鎌の改造をする。
 短い鎌だと腰が痛くなりそうなので、余った棒があったのでその棒に鎌を付けた。
 この棒を使う

 余分な個所は切って

 この鎌を使う

 切って

 削って入れた

 こうなった
 朝6時に時は碧血碑に行って、箱館戦争ファンの書き込みノートを追加し、書き物も補充する。
 2冊のノートを

 1冊に接着
 その後、碧血碑付近の某場所の清掃をする。
 久しぶりの碧血碑
 雑草を取りに行ったのだが、松の小枝が沢山落ちていて、それを拾って清掃したら大きなビニール袋に一杯になった。蚊が多くて参る。
 あちこち刺される。
 次回の草刈りには線香を持って行かなくては・・。

 帰って洗濯機を回し、外に有る廃材のカットをする。
 薪小屋を直したのでまだまだ入る。
 暑くてたまらなく外仕事は終わりにした。

 汗もかいたので湯川福祉センターで汗を流す。
 こんな汗けを流すには無料の施設は有難い。

 家に帰って、資料作りをする。
 古道の執筆途中のものを進める。

 夕方になってパソコンの椅子がキャンプ用なので布がすっかり伸びて使いにくい。
 そこでパイプ部分に板で作った座る部分をはめ込むようにした。
 布が緩んでいる

 これを作った

 パイプに載せる
 これで一日が終わった。
6月6日(月)PG練習会
  いつもの練習会だが、今日はなかなか調子が出ずに、112と余り良くなかった。
 パターが微妙に外れてずるずるとホールが進んでしまった。
 教えながらやっていたので、集中力が切れていたかもしれない。
 それでも天気の良い日に一日遊んだのだから良しとしよう。
6月5日(日)孫の運動会
 孫の二人が通う桔梗小学校の運動会。
 朝早くから学校に向かう。
 クーラーボックスや敷物を持って行く。
 娘の勤務する老人福祉施設が隣接なので広い駐車場に車を止められるのが良い。
 荷物を運ぶのもそれ程苦労しない。
 場所は娘夫婦が前日に並んで確保したので慌てる事も無い。
 大きな木の下に陣取る。
 愛葵は応援

 全校生徒が集合し、先生方の挨拶、生徒会長の挨拶に続いて、選手宣誓が行われる。
 長女の瑞葵が女性代表、それに男子が一人に二人で行う。
 瑞葵は背が高い

 壇に上がって

 選手宣誓
 
 挨拶もきっちり
 写真を撮るのに必死でどの様な宣誓文だったかは分からない。
 でも失敗しないで出来たそうだ。

 最初の競技は友瑛の徒競争。
 練習ではいつも4〜5番だったらしい。
 ここでは4位かな

 ここで抜いた
 5人の内3人はリレーの選手だから早い。
 用意・・ど〜んの号砲でスタート。
 結果は3位になった。
 リレー選手を抜いてしまった。
 これは快挙だ。

 その後の、運が左右する競技も3位に入った。
 後ろが友瑛
 団体競技では綱引きが勝利した。
 余裕でこちらに挨拶

 真中が友瑛
 良い結果だった。
 場所のあった木の下は陽が当らず寒い。
 愛葵はパパのジャンパーを借りて観戦。
 寒かった

 久しぶりに単身赴任のパパが来たのではしゃいでいた。
 愛葵は肩車で大喜び
 瑞葵は徒競争は祭儀の方かな?
 ソックスが瑞葵
 それと運が左右する競技も今一つだった。
 でも団体の組体操は良かった。
 土にまみれながら精いっぱいやっていた。
 騎馬戦も馬の前だったが、騎手が早く帽子を取られあっけなく終わった。
 小学校最後の運動会で選手宣誓が出来たのは良い思い出になるだろう。
 校庭の木に大きなきの子が
 夕方、皆で回転寿司に行った。
6月3日(金)薪小屋完成
 朝から廃棄物を集めて車に積む。
 9時には処分場に持って行く。
 これで大分すっきりした。

 その後は、薪小屋作りをする。
 木で天井枠を組んでその上に古いコンパネを乗せる。
 後は水が浸水しないようにブルーシートを掛けて終了した。
 恒久的な物は必要ないので、これで十分だろう。
 コンパネを張る

 出来た

 上にブルーシートを張る

 薪がまだかなり入りそうだ

 午後から、暫らく温泉に入っていないので山手温泉に行く。
 その帰りにSさんの家に行き、碧血碑に置いているノートの古いのを持って来たので置きに行く。
 その後、暫らく話しをする。
 七飯町で不明になった大和君発見のニュースが流れたが、その話しになった。
 自衛隊の演習場で見つかったが、ここは私も古道調査で良く行った場所だ。
 明治5年に出来た、東本願寺が作った古道で砂原まで続いている。
 その真ん中に自衛隊の演習場が出来たのだ。
 そこまでの道は幅も広く、視界もかなり良い場所なので、歩くには良い道だ。
 ただ入り口に車道止めのゲートがあるので、車は入れない。
 でも人は横から入って行ける。
 知って行った訳ではないが、良い所に向かったものだ。
 無事見つかって本当に良かった。
6月2日(木)旅人出発
 3日間滞在した芳本君が、今朝出発した。
 取り敢えずは大間に向かうがその先はまだ未定と言う、行き当たりばったり旅だ。
 まだ19歳、人生の先には色々な選択肢がある。
 昨年自遊旅に来た東神楽の19歳の日本一周旅人谷口君と札幌で会ったそうだ。
 旅が終わったと大学に入学し札幌に住んでいるそうだ。
 「も〜さんによろしく」との伝言を頂いた。
 若いな〜

 友達がくれた風車

 まずは函館駅へ

 彼が出発した後、ぶんぽ研の例会に行く。
 終わってから桔梗に寄り、冬の寄り滑り台に使ったコンパネを持ってくる。
 GHの薪小屋の屋根を変えたので新しい板が必要になったのだ。
 
 午後からリサイクルショップのお兄さんにタイヤを外して貰う。
 入れ替えて貰いたかったがそれは出来ないそうだ。
 外すだけだった。
 それでも随分助かる。
6月1日(水)健康サロン
 もう6月になった
 月日の過ぎるのは早い。
 今日は健康サロンに行く。
 妻を駅まで迎えに行って、GHに戻る。
 妻はそのまま健康サロンに行く。
 時間はまだあるので旅人と話しをしてから行く。
 ストレッチと気功を1時間半やったので身体がすっかりほぐれた感じだ。
 昼食は肉丼で美味しかった。
 午後からは資料作りをして夕方まで過ごす。
 夕方になって旅人とお菓子を買いに行く。
 19歳の若者はチョコやピーナッツバターが好きなのだが、その理由はカロリーが高いからだそうだ。
 旅でカロリーが不足気味になるので、同じ値段ならカロリーの高いのを買っているそうだ。
 GHに来てからは、旅の途中で頂いたレトルトカレーやどんぶりを全部消化してしまったようだ。
 何処にも観光には行かずにずっとGHに居た。
 昨年一度来ているから今回はのんびり家に居るのが良いようだ。
 夜はファイターズの試合を見たが途中で眠くなって、そのまま布団に入った。
 ぐっすり寝られた。
 疲れているのかな?
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