3月31日(木)3月も終わり
 雪が解けたと思ったら、もう3月も終わり明日から4月になる。
 あ〜早いな。
 今日も朝から書類作りをして、9時には自転車で出かけ、市払いや病院から薬をもらったりして、100円ショップダイソーに行ったら、外ではスーパー魚長のセールがやっていて大行列だった。
 品物を見たら色々あるが、玉ねぎ5kgを300円で購入した。

 これで暫らく持ちそうだ。

 家に帰って再び資料を作り、何とか完成した。
 山のガイド本は「気無山-運賀川ルート」作った。
 本にする前に色々な山や旧道を随時HPにアップして行こう。
 取り敢えずはここに載せる。













 夏の青森ねぶたの時にサマーキャンプ場で食べる、がりがり君が明日値上げになる。
 思わず購入して来た。


 定価は現在60円が70円になる。
 サツドラではまだ47円で売っていた。
3月30日(水)あれこれ
 朝早く桔梗に行く。
 昨日採ったふきのとうとひじき、ミカン、タニタの体重計を持って・・。
 それ程嬉しいと言う訳でもなく受け取ってくれた。
 少し居たが、静岡から来ている親戚の家族を見送りに行くと言うので、私もGHに戻る。
 昨日歩いた気無山の登山コースを纏めた。
 昨日のブログにコースは間違いだと書いたが、よくよく明治の地図と比べたら、合っていそうだ。
 もっと詳しく調べるが、それで有れば嬉しい。
 花の沢山咲いているコースを歩く、旧山道は人気が出るかもしれない。
 そして明治30年の一等三角点にも行ける。
 
 午後からS山の家に行く。
 最近行って居なかったのでふきのとうを持って行く。
 結局5時まで話した。
 歴史の話しや、原口の話をしたら終わらない。
 帰って夕食を作って食べたし、これからファイターズの試合を見る。
3月29日(火)気無山-運賀川コース登山
 かねてから登山希望者多くいた気無山に行く事になった。
 コースは5コースほどあるが、今回はその中の一つである運賀コースを行く。

 旧戸井村と旧亀尾村(何れも現函館市)の境に標高408mの丸山がある。霊山として旧5月5日に大漁祈願の参拝人が 数十人が登山していた歴史がある。
 明治のころ大江鉄太郎が上田村の先代が発起人となり、大工斉藤勝太郎が建材を切り込んで、駄馬で運び小祠を建てたものだ。

 この祠が腐朽したので丸山の龍神を信仰していた金成(きんせい)のお婆さんが改築した。
 これが現在の堂祠である。
 参拝の人々は木で太刀、小刀を腰にさして登山し、鳥居の前に煙草を置いてお堂のある所まで登る。竜神は煙草を嫌う と信じられていた。
 そんな歴史の中でこの気無山は運賀川ルート及びオヤス川ルートの経由する山であった。
 多くの林道が出来ているが、出来るだけ旧道を選びながらの山行にしたい。


 7人のパーティで運賀林道に車で入り、車を止められる場所に置く。
 ここで最初の間違いが起きる。
 山に入る道を話しに夢中になって通り過ぎてしまったのだ。
 でもこれが結局幸いした。
 皆に予定の入り口に戻ろうかと話したら、別なコースでも良いとなった。 
 実はこのコースも何れ調査する予定になっていたのだ。
 地形図を見たら行けそうな感じなので、早速登山開始。
 道は結構な斜面を登って行く。




 スボリコ山
 雨水が流れたのか大きく掘られている。
 どんどん高度が上がって行き、向かいのスボリコ山の高度に近づく。
 急な斜面を登りきって、衣類を脱ぐ。
 久しぶりに気温が12度くらいになるので暑い。
 順調に目的の方向ん向かって行く。
 途中から参拝道らしき旧道に入る。
 ここには赤テープを設置した
 「あ! 福寿草が咲いてる」
 春の来たと言った感じだ。





 その福寿草は物凄い数なのである。
 広範囲に咲いている。
 目を十分に楽しませた後林道に出る。
 あ〜この場所か?
 前回来た時はこにの道は分からなかった。
 林道に出る辺りが明確な道で無かったからだ。
 でも今回で分かった。

 汐首方面から来る少し幅広い林道を100mも歩いて、再び旧道に入る。
 するとこの一帯も福寿草やナニワズが咲き乱れている。
 沢山の山に登っている、同行メンバーも今までの山でこんなに沢山の福寿草が見られる山は初めてだと言っていた。
 福寿草地帯を過ぎて気無山に向かう。
 ここから先は林道を行くか、藪漕ぎをするかの選択になる。
 林道は距離が遠いのでなるべくショートカットをしたい。
 旧道も所々見られる。
 地形図を見ながら、藪こぎで頂上を目指す。
 最後にここを突っ切って頂上
 幸い笹も短いので歩くには不自由しない。
 3時間少し前に藪を漕いで頂上に着いた。
 木があって周囲は完璧に見えないが、360度見渡せる場所だった。
 道南で3つしかない一等三角点の一つがあった。





 写真を撮ったりしていたが、木の枝に何か古い布がある。
 もうボロボロで触るとバラバラになりそうだ。
 見たら「日高全山会」と書いてある。

 いつの時代に来たのだろうか?
 相当古い感じだ。
 また木に戻して一緒に赤いテープを付けておいた。

 暫らく休んでから少し戻ったら、ビール瓶が落ちている。
 山の頂上で瓶ビールを飲む人もいまどきは余りいないだろう。
 普通は缶ビールだよね。
 と思って見たら、「さくらビール」「SAKURA BEER」と書いてある。





 さくらビールの名は右から書かれてあいる。
 誰もがこのビール会社は知らなかった。
 Miさんがお持ち帰りで調べる事になった。
 「帰って調べたら九州のビール会社だそうで、1943年に出来た会社だった。
 私の生まれた年だ。
 もう70年も前になる。
 この会社の操業期間は短く直ぐにほかの名前の変わったので、この瓶は60年から70年前の瓶になる。」
 また少し移動したらTaさんが、山名の看板があるよと言う。
 見たら「気無山 415.0m」と書かれており、施工者は「戸井町」だった。
 戸井町は現在函館市に編入された。

 裏には一等三角点と書かれている。



 何か時代がタイムスリップして面白い山だ。
 少し下った所で昼食をとる。

 帰り道はコースを変えて林道を歩いたが、遠かったのと花も咲いていないので×。
 途中から気無山が見えた




 再び旧道に戻って、福寿草を堪能して、最後は別ルートで下ったが、そのコースにはメノウ系の石が沢山あり、大きいのは重いしと小型のを少しづつ持ち帰った。
 下りのコースには福寿草が無かった。
 最後にスタート地点の林道に出る。
 
 登り2時間45分、下りも2時間50分とほぼ同時間掛った。
 一等三角点到達と福寿草が後半に広がる山に皆さんに満足してもらえた。
 この場所はもう少しすれば、更に多くの花の種類が期待できそうだ。
 また来ようとなった。
3月28日(月)GHに戻る
 体の痛みも2日前から全く無くなり、夜はぐっすり眠れるようになった。
 昨日も7時間くらい熟睡した。
 起きたらTVでカーリングの世界選手権決勝をやっていた。
 LS北見はすでにメダルが決まっている。
 なかなか良い試合で、最後の10エンドで北見の最後の1投が狙ったNo.1ストーンが僅かに強すぎた。
 これで2位の銀メダルになったが良い試合だった。

 夕方山に行く準備をする。
 家に閉じこもっているとやはり志気が上がらない、6人のパーティで気無山に行く事になった。
 戸井から丸山竜神の宮に参拝した昔の正規コースを気無山まで行く。
 当時の人は片道10km、往復20kmを歩いたのだ。
 今回は当時の旧道が残っていればそこを歩く。
 道が明確でなければ林道も使って行く予定だ。
3月27日(日)町内会会合
 今年は町内の第4班の班長が廻って来た。
 1年交代で廻って来るので仕方がない。
 桔梗には殆ど居ないので班の人の名前も何処の場所に住んでいるかも分からない。
 妻の方が遥かに詳しい。
 10時から会議は始まった。
 昨年度の会計報告や事業報告を行ってすいすい終わるのかの思ったら、町内会費と赤い羽根や歳末助け合いの寄付の集め方でもめた。
 区長や幹部の方がアンケートを取って、それ基づいてやる事になった。
 アンケートでは1年分一括払いが64%位になった。
 4200円になる。
 そして寄付も1回300円と600円ともっと多くもあったが、これも一括払いにしたいとの提案だった。
 結局は班長の集金時の手間を減らそうと言う理由だった。
 1回で集めれば5200円から6600円か更にそれ以上になる。
 これを1ヶ月で出すのは流石に大変だ。
 寄付については個人の自由であり、強制的に金額を決めるべきでないと言う意見が多数になった。
 結局は会費も個人の都合で納入しようとなり、寄付も自由となった。
 班長は何度も廻らなくてはならないので大変だ。
 この話し合いで2時間も掛った。

 終始決算の中で段ボールや缶類、ペットボトルなどを纏めて毎月2回出しているが、その合計が1年で5000円しかならない。
 今日の会議の費用はロールケーキとお茶が付いて5250円になっていた。
 1年集めた金額が一瞬に消える。
 お茶なんか出さなくて良いのに・・。 
3月23日(水)パンフ引き渡し
 佐々木さんに頼まれたパンフは昨日完成したので、今日は追加注文のあった「願掛澤・彦四郎澤調査報告書」を2部印刷し、松前登城ウオーク開催要項とタイムスケジュールも作成して、パンフと合わせて持って行く。
 前回渡した「願掛澤・彦四郎澤調査報告書」は松前教育委員会に渡したそうだ。
 他に開発建設局も興味があるそうで、その内に関係者が集まって会合を開く事になるようだ。
 日本一の難所が歩けるように整備されて皆が歩いてくれれば、後世にしっかり歴史の引き渡しが出来る。
 登城ウォークトライアルは今回の3回で終了する。
 今回歩けば全コースを歩いた事になる。

 今後は実行委員会を作って町の主催行事になるよう、佐々木さんが働きかけるそうだ。
 4月に松前町長の選挙が行われるのだが、その結果も登城ウォークの開催に影響があるようだ。

 外はまだ寒いが、近くの公園でパークゴルフのショットの練習をする。
 100打位やったら雪が降って来た。
 
 終わって家に帰って夕食の準備をする。
 今日は肉じゃがを作った。
 なかなか美味しかった
 なかなか美味しく出来たぞ!
 明日も午後は雪の予報だ。
 早く暖かくならないかな。

 夕方リサイクルショップのお兄さんが、木材を持って来た。
 今ならまだどんどん燃やしてやるよ。
3月22日(火)パンフ製作
 佐々木さんから頼された松前登城ウォークのパンフ作りをする。
 桧山管内の郵便局に置くそうだ。
 今日は印刷と製本をする。
 写真が多いせいでインクが直ぐに無くなる。
 何度も追加で買いに行くので時間ばかりかかる。
 途中でプリンターの調子も悪くなり、結局午後4時過ぎまで掛ってようやく完成した。
 昨日から2日間びっしりやっていたので疲れた。
 腰も痛い!
 明日にでも持って行こう。
 これを受け取ってから原口に帰る事になったので、2日間の約束で出来て良かった。
 150部作った

 向かいのリサイクルショップのお兄さんが来て、クーラーボックス要らない?と言う。
 見に行ったら新品のロゴスとコルーマンだった。
 勿体ない。
 保冷剤も沢山あってこれも勿体ない。
 車中泊の際にはクーラーボックスも必要になるかとなり貰って来た。
 それにしてもずいぶん勿体ない。
3月21日(月)原口佐々木さんと打ち合わせ
 佐々木さんから登城ウォークの打ち合わせをしたいと電話がある。
 慌ててウォークの関係資料を作り、10時半頃伺う。
 パンフレットの訂正と印刷枚数が150枚に決まった。
 このパンフレットを郵便局に置くそうだ。
 いろいろな話をしたので1時頃になってしまった。

 午後から近所の公園でパークゴルフの打ちっぱなしをする。
 100球ほど打ったが方向性は昨年と変わらず良かった。
 昨年のスタンスの確認とフォロースル―の確認もした。
 これで感じが良くスタートできるかな。

 近所のお兄さんがいたので寄る。
 今日は引っ越しがあったそうで沢山捨てたが、まだ取っておいたのがあるので要るなら持って行ってとなり、ラジカセ・CDプレーヤー、トイレットペーパー、新品のウィスキー、タニタの新品体重計(体脂肪や筋肉量も測れる)、テーブルを貰って来た。
 ラジカセとウィスキーは旅人の部屋に置いた。
 それにしても使える物が捨てられる時代になった。
 何か勿体なくてつい貰ってしまう。
 その内ごみ屋敷になるかな??
 新品だ

 カセットも良い音が出る

 テーブルも頂いた

 春彼岸の中日なので供え物を飾る。
 GH内の質素な仏壇
 花はまだしっかりしているので我慢してもらう。
 ここにはねこやなぎの木がある。
 目が出ているが、もう2年も経っているが全く変わらない。
 一度咲いたが、その後の環境が合っているので冬眠状態ではなかと言う。
 3年目に入ったが何年咲いているのだろう。
3月20日(日)寒い日は閉じこもり
 東の低気圧が抜けないで居るので、西の高気圧との間の地域は風が強い。
 温度は7度くらいあるのに、外に出たら寒い。
 部屋に居る時は自転車で何処かに出かけようと思っていたが、外に出たら寒いので止めた。
 午前中は作り置きのおかずを作る。
 ホットケーキは4枚作って冷凍庫に保存して置いた。
 ホットケーキはフライパンに油をひいて温めてフライパンを一度冷やしてから焼かないと焦げてしまう。
 この理屈が良く分からない。
 冷やさないと焦げるのだ。
 4枚完成

 ネマガリタケノコがあったので、辛うじてあったニンジンとキンピラタケノコにした。
 ネマガリタケノコ

 ニンジンが辛うじてあった

 完成だ

 後は資料作りに精を出す。
 松前登城ウォークも後、1ヶ月くらいになったので、開催要項や道の紹介資料を作る。
 半分くらいは完成した。
 原口佐々木さんが函館に来ているので、打ち合わせをしなくてはならない。

 今週来ると言った東京のNHKのK氏は音沙汰なしだ。
 来たら連絡をくれると言っていたが、一体どうなっているのか?

 夕方に昨日書いた日本一週チャリダーへの返信をポストに入れに行った帰り、向かいのお兄さんが居た。
 寄って見たら、これから引っ越しの仕事らしい。
 以前使っていた人も、福祉の勉強をするとなり、止めてしまったので人探しをしてようやく見つかったようだ。
 沢山の工具があった。
 引っ越しで出たものらしい。
 なんでも好きな物を持って行って良いとなったので、大型の門キィレンチを貰った。
 良いスパナだ
 小さいのはあるが大きいのは、高くて買えないので時々不便になる事もあった。
 今度は大丈夫だ。
 あっという間に夕方になってしまった。
3月19日(土)桔梗に行ったが戻る
 今日から3連休になるので、桔梗で過ごそうと着替えから風呂道具も用意して出かけたが、2時間くらい居てGHに戻ってくる。
 13時過ぎにGH着いた昼食も食べてないのでお腹が空いた。
 すぐに食事を作って食べ一息つく。
 
 今日桔梗に行ったらJP-01が届いていた。
 新幹線特集として取材を受けたのだが、発行されたのだ。
 函館と青森の特集なので楽しく読んだ。
 カコウさんの編集は若者らしく楽しい作りだ。
 道南からは3人のガイドで他に木古内の女性は食べ歩きの記事、松前の飯田さんは松前市街地の観光案内だった。
 記事を載せたが見えにくいと思う。
 このフリーペーパーは、青函フェリー、海峡フエリーターミナルや道の駅にある筈だ。
 日本一のフリーペーパーなので人気があり、あっという間に無くなるのであるかな。






 自転車での日本一周を終えた高橋君から葉書が届いた。
 はがきの来る人もいれば終わったか終わらないか分からない人もいる。
 でも皆GH「自遊旅」の事は記憶に残っている。
 函館は日本で住みたい町のトップ3に入っているそうだ。
 4年後には自転車での世界一周を目指すようだ。
 若者は夢が大きくて良い。
 おめでとう!
3月18日(金)あれこれ
 今日も洗濯して、昨日のブログをアップする。
 その後、パークゴルフ用の攻略本&スコアカード入れを作る。
 いつもズボンのポケットに入れていたが、ぐちゃぐちゃになってしまう。
 購入すれば1000円もする。
 勿体ないので作る事にした。
 布を探したら、自転車のイラストが入った厚手の布があった。
 これを使って手縫いで作る。
 上手く出来た。
 これをベルトに通して使用する。
 こんな感じで出来た。
 自転車のイラストが入る。

 攻略本とスコアカードを入れる。

 こんな感じに収まる。

 ベルトに通して使う。


 完成したの後、ごみの処分に行く。
 まずは,燃えないごみを車一台捨てに行く。

 家の周りがすっきりした。
 処分所では顔なじみで、「行き先は分かりますよね」でとなる。
 金属を捨て、それ以外のもは別な場所へ行く。
 いつものお父さんが居て、解体始まるの?と声を掛ける。
 後1Fだけで以前よりは楽だが。床のコンクリートを壊すのが大変だ。
 と言ったらリース会社に行けば電動のコンクリートを壊す機械を貸してくれるそうだ。
 1日で1500円から2000円だろうと言う。
 これならかなり楽になる。
 ハンマーで叩いていたらいつ終わるか分からない。
 良い事を教えて貰った。

 帰ってきて今度は燃えるごみを捨てに行く。
 こちらは直ぐ傍なので早い。

 午後からストックを短くするのを頼まれたので作業する。
 ネジを緩めストックのグリップを外す。

 希望の長さにカットする。
 電動カッターなので綺麗に切れる。

 切れた。

 ポール内の樹脂製の固定部品を取り出す。
 これが意外と時間がかかった。

 ようやく取り出した。

 これをポールに押し込む。

 収まった。

 グリップを付けてネジで止めれば完成だ。

 
3月17日(木)396.9m無名峰登山
 山を案内する。
 行き先は396.9m無名峰(三等三角点 村中)



 今日のルート

 先々週は上の方は積雪があったので壺足で登ったが、今回はかなり雪が減り、スノーシュー無しでもそれ程埋まらなかった。
 396+9m無名峰
 歩いてすぐに上着を脱ぐ。
 気温は13度程度になるらしく、もうすでにに暖かい。
 雪の無い林道を進む。
 フキノトウはまだ見当たらない。
 最初の林道が大曲する地点はショートカットする。
 旧道を行く

 ここも旧道
 林道が出来る前の旧道であろう。
 一度林道に出て更にショートカットするが、ここは入り口が少し分かりにくい。
 2回目のショートカット
 中に入れば如何にも旧道と言った道が出てくる。
 ここを登りきって林道に出る。
 やがて林道のピークに着く。
 さらに100m程下って右上の林道をあがる。
 景色は良いのだがもやっている。
 横津岳方面
 気温が高いので雪が溶けてもやっているのだろう。
 林道から離れて頂上方向に向かう。
 雪は固くなっていて余り埋まらない。
 最近植林された場所に出る。
 植林地

 植林地
 最後の幅広い斜面を登って頂上に着く。
 頂上への斜面
 2週間前よりはもやっていてはっきりしないが景色は良い。
 三角点も雪の下から出ていた。
 三角点
 2週間前はあまり気が付かなかったが、釜谷富士が左右対称でここから見た光景で釜谷富士と名付けyたのだろうかと思うほどである。
 頂上で記念写真や景色を堪能して尾根を下る。
 頂上で

 頂上で

 スボリコ山と釜谷富士

 右が釜谷富士

 何となく道がある

 風の当たらない所で昼食を作る。
 今日はうどんを作る事にした。
 うどんだ!

 釜谷富士を背景に

 肉もたっぷり
 肉や野菜が沢山入ったうどんは美味しい。
 お腹がいっぱいになった。
 天気も良く太陽の光で体もぽかぽかだ。
 十分に昼食時間を取って再び出発する。
 少し歩いたら尾根に道が付いている。
 道がある
 どうもこの山は沢山の人が歩いた形跡がある。
 以前は登山か植林かは分からないが、多くの人が入林していたのだろう。
 尾根から次のピークの鞍部に向かう。
 ここはこのコースで一番歩きにくい。
 ツツジが密集しているので引っかかるのだ。
 それでも何とか越えて次のピークを登る。
 良い尾根道だ
 高度は少ないのであっという間だ。
 その後も尾根道を進むが、笹も低く藪もそう困難無道では無い。
 最後のピークを越えて下る所で、一気に進んだら右に行く所を真っ直ぐに行ってしまった。
 こちらからも降りられるが車の場所と離れるので戻る事にした。
 今度は間違えないで、最後の尾根のピークに辿り着く。
 ここから斜面を一気に下ろうと言う計画だったが、左手に林道が来ている。
 この林道を下った
 地形から見てここを下れば右回りで下れ、車まで林道を行けると判断してコースを林道に帰る。
 順調だったが途中は雪解け水でぐしゃぐしゃで大変であった。
 林道も出口に近付いたが、ショートカットする。
 車に真っ直ぐに向かおうと言うわけだ。
 杉の林を突っ切り小川を渡って、土手を攀じ登ったら電気柵に出た。
 ここは想定していて、少し外周を回って車に着いた。
 登りが1時間40分で下りが2時間だった。 
3月16日(水)GHに戻る
 桔梗を朝に出る。
 高台パークゴルフ場がオープンしたので会員の更新をする。
 妻と二人で3000円なり。
 開始を待ちきれない人で駐車場もいっぱいだった。
 芝生もすっかりグリーンになっていた。
 今年は3年目なので1ランクアップしたい。
 目標は110のアベレージとする。
 昨シーズン後半の感じが出れば良いのだが・・。
 素振りは何度かやっているので感覚的には昨年を維持している。

 GHに戻って洗濯をして、山の資料を作っていたら、もう夕方になってしまった。
 一日が早いな。
3月15日(火)成人病検診
 成人病検診のため昨日から桔梗に来ている。
 何しろ朝6時半までに行かなくてはならない。
 桔梗からはそんな早い電車は無いので、車で妻と病院に行く。
 大きな駐車場はもう既に満員だった。
 辛うじて近くの駐車場が空いていた。
 こんなに早く人が来ているんだと驚く。
 健康センターの受付を済ませ、待合室に行く。
 名前はプライバシー保護のためか呼ばないで番号で呼ぶ。
 まずは身長を測る。
 変わりようはないが、他の数値を出すのに必要なのだろう。
 BMIだったかな?
 次に問診表の確認と採血をした。
 注射針も痛みも年々少なくなるような感じだ。
 性能が上がったのか歳で感じないのかは分からない。
 レントゲンはバリュームが味が良くなってすんなり飲める。
 台が動くが、頭が下になる時は結構な力がいる。
 そして最後に普通に立った。
 技師の方が頭を下げてくださいと言う。
 頭を下げる?
 足を曲げればいいの?
 頭を下げる言われるが、どうしたらいいんだ。
 今まで言われた事が無いぞ。
 そうしたら、お辞儀をしてくださいと言う。
 何だそんな事か。
 頭をどう下げるか考えてしまった。
 後は超音波や胸のレントゲンなど。
 聴力検査と眼底検査。
 これは中間周波数が余り良く聞こえない。
 テレビも少し音量を上げれば聞こえるが、音量を上げると妻がひどく怒って勝手に下げてしまう。
 あくまでも自分本位だ。
 結局は低い音で何となく見ているが、最近は皆とは一緒に見ないでタブレットで見ている。
 フルセグなのではっきりと見えるし、音声も良く聞こえる。
 どうせスポーツ番組以外は見るTV番組が違うから良いか。
 眼底検査はぴかっと光る光が以前は目がくらんだが、今は全くくらまない。
 これも進化している。
 最後に問診だが、視力が新しい眼鏡を無くして以来、古い眼鏡なので良く見えない。
 注意を受ける。
 肺もぜえぜえと音もしなく良好。
 後は血液検査の結果などが送られてくる。
3月14日(月)椅子修理
 朝は随分暖かくなった。
 朝にストーブの灰を回収する。
 1ヶ月に一度はやらないと一杯になり薪が入らなくなる。
 今日も山の資料作りをする。
 函館近郊のローカルな山の登山情報を纏めていく。
 B5サイズで既に10個所は作った。
 低山と三角点のある山や歴史のある山について、出来るだけ掲載して行く事にした。
 高齢になったら登って楽しい山行きがしたいとか、歳を取るにつれて、高所の山はきつくなってきたとの話を聞く。
 そんなニーズに応える、山や山道を多く載せていきたい。





 その合間を見て昨日から便の採集を行っている。
 明日は成人病検診があるので、持って行かなくてはならない。
 
 午後からは椅子の修理。
 愛葵が何らかのはずみで背当てが取れてしまったのだ。
 前回行った時に修理するとGHに持って来たがまだやっていなかった。
 一昨日行った時に「じいちゃんまだ修理出来ないの?」とすっかりフォローされてしまった。
 愛葵は現在脚立に座っているのだ。
 それで今日の修理になった。
 背中ははめ込み式で接着剤で止めてあったが、この修復は無理だった。
 そこで埋め込みボルトを使って修理した。
 埋め込みボルトで修理
 これでしばらくは大丈夫だろう。
3月13日(日)TV漬
 朝から冬の間設置した滑り台を撤去する。
 また来年まで材料は取っておく。
 その後9時から名古屋ウィメンズマラソンを見る。
 日本人同士の熾烈な争いだったが1秒差で日本人一位と言うきわどさだった。
 その後は日ハムの試合を見てからGHに戻る。
 一日中テレビを見ているのも疲れる。
3月12日(土)ひと足早いホワイトディ
 月曜日がホワイトディなので桔梗に行く。
 何にしようかと考えていたが、愛葵と同じ幼稚園の友達の両親がクレープ屋をやっているそうなので、そこで買う事になった。
 店屋さんは「月の雨」と言う。
 月の雨

 飾り照明
 スマホカーナビで場所はすぐに分かったが、7台くらい入る駐車場は満員だった。
 それではまずはGHに行って道具を取りに行く。
 そして帰りに寄ったらまだ満員だった。
 長女の瑞葵によれば今、クレープがはやっているそうだ。
 店に入ったら、奥さんに愛葵ちゃん?と聞かれて「はい」と答えていた。
 行く前はお母さんとは幼稚園で愛葵と会っていないから、自分で「清野愛葵です」と名乗る筈だったが、結局は言う前に向こうから言われてしまった。
 クレープを4個注文して待つ。
 その間もひっきりなしにお客さんが来る。
 やはりはやっているんだ。
 愛葵は終始大人しくしていた。
 20分くらい待っただろうか。
 買ってご機嫌
 ようやく出来上がり家に戻るのだが、長男にはホワイトディの品物をやらなくて良いのだが、それでは何故かかわいそうだ。
 そこで帰り道にあるたいやきの店に行く。
 ここも満員だった。
 小倉庵
 私と友瑛の分、2個を買って桔梗に帰る。
 そして皆で頂く。
 さっそく頂く

 新幹線の試乗も外れたので、出発列車の見送り隊に応募する。
 皆で旗を振って見送ると言うわけだ。
 孫達に近くを走って行く新幹線を見せられるので良いだろう。
 その駐車場の駐車証が届いた。
 旧上磯町の柳沢スキー場の近くだった。
 孫達も喜ぶだろう。
 一般の46番目かな
 でも早朝5時過ぎに行かなくてはならない。
 これも記念になるだろう。

3月11日(金)亀田鉱山
 今日は山に行った後始末で、洗濯や用具の整理などをして、昨日の行った山のトラックログの整理をした。
 これで12時になった。
 すぐに湯川福祉センターに行く。
 昨日は遅くなったので風呂も行けなかった。
 昼は温泉も比較的すいていた。
 カランが空いていれば、まあ空いている内に入る。
 今日はカラオケクラブの例会なのか、沢山集まって熱唱していた。

 行く前に頭を自分で丸坊主にしたので、今日の天候では頭がすぅすぅする。
 帰って風邪を引かないようにストーブをガンガン焚く。

 夕方になって再びNHK東京から電話が来た。
 松倉鉱山を知りたいらしいが、亀田鉱山も近くにあるらしいと言う。
 彼は土地勘がないので亀田も松倉川もあまりイメージには無い様だ。
 来週函館に来て会いたいと言うので、少し調べる事にした。
 鉱山関係の研究書は何部か手元にあるが、鉱山を行う時に申請書を出すようだ。
 そのキィワードを入れたら、あるホームページが出てきた。
 その中を検索したら、亀田鉱山が出てきた。
 何と松倉川の上流だった。

 すなわち松倉鉱山と亀田鉱山は同じであった。
 松倉川支流の下女岳川一帯が鉱山であったようだ。
 確かに下流域は平坦な場所が沢山あるので、1000人居ても大丈夫だろう。
 家は400棟あったようだ。
 当然学校や病院もあったのだろう。

 現在は遺構は全く無いように思える。
 廃坑の跡地にJX金属が5年間に渡って植林をしている。
 これなら行ってみればすぐに分かるだろう。
 廃校跡の植林はまだ短いし、植林用の道がかなりついているようだ。
 それにしてもNHKはここを調べて何をするのだろう。
 ちなみにここの鉱山は大正4年に旧日本鉱業が買収した後、大正8年に事業を中止している。
 わずか4年しか採掘していない。
 採掘期間中に金が16,106g、銀が1868kg、銅が926tを生産した。
 掘ったら金がまだ出てこないかな??
3月10日(木)鏡山&障子山
 山に案内する。
 今日は鏡山の茂辺地側ルートと下山後に体力があれば、障子山に登る。
 同行者は初めての鏡山茂辺地ルートであり、障子山は初登山になる。
 今日のコース
 茂辺地笹堀沢橋から1km少しの場所から入る。
 道路から農業用小屋が山側に見えるのでそこが目標うだ。
 遠くに家が見える
 林道を進む。
 少し行くと道は真っ直ぐな道と左手に行く道に分かれるがここは左手に行く。
 その後は林道をひたすら歩く。
 ここにも小屋が
 カンジキは持って来なかったが、埋まる事もない。
 天気は快晴で風もなく、気温が+2度と割には暖かい。
 良い天気だ


 林道の先まで行くと、植林地隊に出る。
 ここから右手の尾根を行く。
 尾根を行く

 まだまだ行く
 細尾根の少しの急斜面になる。
 ここを登り切れば平坦な斜面が広がる。
 木も芽が出てきた
 303m峰から鏡山に向かう道に出あう。
 ここで一度303m峰に行く。
 当別丸山

 津軽要塞標識
 コンクリートの四角中は頭が雪から出ていた。
 ここから鏡山に向かう。
 道はは山岳会などの団体が通っているので、固くて全く埋まらない。
 山頂に行く前に再び標識が出てきた。
 まだあった
 これも陸軍のものだが、これは初めて見た。
 良い景色だ
 頂上には誰かが作った看板が掲げられていた。
 記念写真を撮って道を戻る。
 頂上

 桂岳
 途中のすり鉢状になった底部分に入り。
 ここで昼食。
 今日は煮込みラーメンを作る。
 北海道の登山者は昼はあっけなく早い。
 30分くらいでおにぎりをほおばって直ぐに下山と言うパターンが多い。
 今日はのんびり昼食を取る事にした。
 ガスを用意して早速肉、野菜、ラーメンを入れる。
 ハイパワーガスは強力であっという間に出来た。
 それぞれの椀にラーメンと具と汁を入れれ食べる。
 暖かな麺は美味い!
 煮込みラーメン
 雪がちらちら降ってきたが、ラーメンのお陰で寒くは無い。
 満腹になって食後のコーヒーも湯を沸かし頂く。
 結局50分も昼食に費やしたが楽しかった。

 下りは別ルートを下る。
 途中から沢沿いの林道を歩く。
 途中にキツツキが作ったばかりの新しい穴に盛り上がった。
 まだ新しい

 沢筋を行く
 林道をどんどん下って沢を横切るが、以前来た時は雪が多くて分からなかったが、スノーブリッジだった。
 真ん中を恐る恐る渡るがセーフだ。
 スノーブリッジだ

 平坦部に出る

 更に林道を行く
 その後も林道を下って車に戻る。

 さて次の障子山はどうするのか?
 聞いたら皆が行くと言う。
 障子山ルート
 私もこの山は10年くらい前に登ったので記憶はまあまあだった。
 渡島コロニーの奥まで車で行く。
 先に最終農家があるのだが、雪で行けない。
 それでも林道は除雪していた。
 早速歩く。
 少し行ったらコンクリートの立派な橋がある。
 立派な橋が
 何でこんな所に立派な橋が?とみな疑問。
 林道をひたすら進む。
 除雪していた

 歩きやすいが泥が・・

 まだまだ
 そして分岐点に来た。
 あれ〜どちらだたっけ?
 ここを左に行った×
 下の道を言ったが方向がおかしい。
 戻る事にするがその前に近くの高所に登って景色を見る。
 Kさんが凄い絶壁だよと覗き込む。
 Nさんも覗き込む。
 見て!・・そんな所金を貰っても覗かない。
 高所恐怖症にとっては苦痛でしかない。
 戻って別な道を進む。
 以前登ったと思う感じの斜面を登ったが、高所を通り越して再び林道に出た。
 間違ったか?
 早く地図を見れば良いのだが、奥に深く仕舞い込んだので出すのが面倒で歩いていた。
 この林道のカーブに見覚えがある。
 ここでタブレットを取り出して地図を見る。
 後、30mくらいで頂上への取り付きだった。
 少し急な斜面を登って頂上に着く。
 頂上への取り付き

 ここを登って・・

 もう直ぐ頂上
 四等三角点も見つかった。
 新しい三角点
 ここには古い三角点も並んである。
 古い三角点
 記念写真を撮って下山する。
 記念撮影

 陽がもう少しで落ちる
 着いたのが5時になっていた。
 でも陽が長くなってまだ明るい。
 今日は結局合計6時間歩いた。
3月9日(水)旅人帰る
 6日から来ていた、バイクで世界を回るライダーのアフロ君が今日帰った。
 青春18キップで秋田まで行き、駅付近で寝袋のみで野宿して、10日には熊谷に戻る。
 帰ってしばらくは仕事をして、資金をため今度はタイに行くようだ。
 旅に嵌った旅人はなかなか普通に仕事は出来ない。
 いずれにしても臨時社員なのだからそうなってしまうのだが・・。
 アフロ君
 彼が帰った後は、洗濯をして、登山マップ作りをして、その後家の周りは解体中の家の中を掃除した。
 解体の準備だ。
 その前に一度ごみを捨てなくては足場がない。

 技術の進歩は凄いもので山の世界にも新しい波が押し寄せる。
 登山用GPSのアプリで「Geagraphica」と言うのが出てきた。
 今までは「山旅ロガ―」と「地図ロイド」を使って山登りをしていたが、今度のアプリは似てはいるが、音声で連絡してくれるのだ。
 たとえば頂上にマーカーをセットしていれば、音声で今の位置は何処で、標高何m、歩く速度は○m/Hrなど。
 スマホやタブレットをいちいち見なくても音声案内で行ける。
 そんな時代になった。
 でも何か指示されて山に登っているような感じもするので、今一つ採用して良いかどうか迷う所がある。
 無料なので特に入れても良いのだが・・。
 一応新しい事も覚えておく方が良いので、説明書をダウンロ―したが100ページになった。
 100ページのマニュアル
 
 内容の一部
 夕方北斗市観光協会のラミレスさんから電話があり、以前から計画していた、クラブツーリズムのツアーのガイドの話しが来た。
 取り敢えず私のスケジュールを押さえておけとの事らしい。
 6月に2回、7月に1回の1泊二日のツアーで箱館戦争と土方歳三の関係になる。
 バスツアーガイドは数回行っているが、進行方向に背を向けて話すのが大変だ。
 説明しようとしたらあっという間に過ぎたり、なかなか現われなかったりと・・。
 まあ何とかなるだろう。
 詳細の内容は再度打ち合わせる事になった。
3月8日(火)家具の解体
 今日の朝は暖かい。
 数日前から毛布1枚と布団になった。
 寝袋は止めて、洗濯をしで仕舞った。
 ご飯は水で研いでいるが、暖かくなったので全然冷たくない。
 マイナス8度とかになった時はさすがに冷たかった。

 今日は、先日向かいのお兄さんが持って来たタンスを解体する。
 大量にある

 今回タンスだ

 こんなに薪が出来た
 8時頃から解体を初めて1時には終わった。
 薪がずいぶん増えた。
 こ9の分だと今年は十分に間に合うし、残りの量を見れば後、3シーズンは持ちそうだ。

 解体が終わって湯川福祉センターに行って入浴する。
 帰ってきたらもう3時に近くなった。
 TVHの水戸黄門を見て、夕食を作れば今日一日は終わりだ。
 長い間雪に埋まっちたアルミ梯子も出て来たので、そろそろ家の解体作業に手を付けるかな?
3月7日(月)山に行った
 今日も天気が良いので、道の調査に行く事にした。
 旅人は何処にも行きそうにないので、何処かに行ったら?と言って山に向かう。
 行くのは近郊の気無山ルートの調査である。
 釜谷富士登山の際に車を止めるスペースに駐車して出発する。

 道は先日行った運賀川沿いの林道とは別で、こちらにもルートがあるように図に書かれている。
 林道はすっかり春の様で落ち葉を踏みしめながら歩く。
 枯れ草の林道を行く

 釜谷富士が見える
 真っ直ぐに伸びる林道を進んだら平らな場所に出て、道が3方向にある。
 感じからして1番右端を選ぶ。
 ここは右の道を行く
 ここから先も林道だ。
 更に林道を行く
 今度は林道が左に行くが、旧道らしき雰囲気のある道が出てきた。
 方向的にはこちらだろうと登る。
 ここから上がる

 旧道の雰囲気だ

 上が見えてきた
 登ったらまた平らな場所に出た。
 でも道の形跡は全くない。
 方向的には目の前にある斜面だ。
 登って行く少しして細い道が出てきた。
 ようやく見つかった

 ここも参拝路かな
 これだなと進む。
 この道もやがて消えだだっ広い斜面なる。
 道がはっきりしない

 適当に進む
 笹は短くて歩くには苦労しない。
 ピークに着いたが先に道は無い。
 最初のピーク
 これは参拝ろかな?としばし考える。
 ここまで来たら仕方がないから、スボリコ山に行こうとなった。
 聞いた事のない名前だと思うが、戸井町史に地元古老の話として載っている。
 蝦夷語らしいのだが、明確には分からないそうだ。
 でも地元では昔からそう呼んでいるそうだ。
 尾根を進んで行けば頂上に着く。
 尾根を行く

 アップダウンは多少だ
 途中で下に下る尾根があった。
 これが参拝路なのかも知れない。
 方向は合っている。
 これが参拝路か

 尾根はさらに続く

 この辺りから細尾根になる
 ただこの山の山頂は北側が大きく落ち込んでいて、高所恐怖症の人にとっては怖い山ななのだ。
 前に一度別ルートから来た時も怖かった。
 それなのに又来るなんて??
 恐る恐る頂上に着いた。
 頂上だ
 頂上からは北側の景色が見えるのだが、気が気で無いので景色も覚えていない。
 南側は釜谷富士が見える。
 釜谷富士が見える
 頂上について直ぐに下る。
 帰りは尾根を下って釜谷富士との鞍部に出る。
 下りの尾根

 良い道だ

 釜谷富士が近づいた

 汐首方面

 釜谷富士

 道は獣道がすっかり出来て登山道みたいだ。
 最後に急な斜面を下って鞍部に出る。
 鞍部に出た
 鞍部の芝の綺麗な場所で昼食を食べて下山した。
 もうすぐだ
3月6日(日)久しぶりの旅人
 先週、函館に来るので宿泊したいと言っていたアフロ君がやってきた。
 5年前のねぶたで会った、同じ地平線会議の仲間である。
 アフリカ一周バイクの旅や昨年は1年かけてインドをバイクで回っている。
 冒険家的な旅人だ。
 熊谷に住んでいるので、熊谷のお土産を持って来た。
 熊谷名物だそうだ
 それと彼がインドを旅した時に撮影した4500枚の写真が入っているDVDも頂いた。
 1400円で売っているらしい。
 丁度カトマンズで大地震があった時だったので、その時の写真も多数入っていた。

 今回の目的はもう最後になる特急白鳥に乗る事だった。
 熊谷から青春18キップで青森まで来て、その日はベイブリッジの下で寝袋で寝たそうだ。
 マイナス20度仕様の寝袋なので寒くは無かった様だ。
 函館に来るまでの海峡線で白鳥にも乗ったのでもう目的は果たした。
 帰りは8日で、青春18きっぷを使い秋田で野宿して、戻るそうだ。
 野宿は馴れているのでどんな環境でも寝られるようだ。

 夕方一緒に谷地頭温泉に行く。
 ここで高校時代の同級生の森君と会った。
 彼は松風町でレトロな喫茶店「モーリ」を経営している。
 高校時代は席がアルファベッドの席順だったのでいつも前だった。
 今年は3年に一回のクラス会の年になる。
 もう既に湯の川温泉を予約をしたそうだ。
 少し話しをして彼は風呂に入った。

 帰ってGHで暫らく話しをして9時には寝てしまった。
3月5日(土)色々あった
 昨日の事である。
 このブログにも高校時代の同級生が来ると書いた。
 話しは2週間くらい前になる。
 「畑中だけどしばらく・・元気いかい?」と電話が来た。
 畑中と言う同級生はいるので、てっきり彼だと思った。
 「今、江差の病院に入院してて、もう直ぐ退院する」との電話。
 それから何回か電話が来た。
 いつもかなり親しい口調での電話だった。
 「退院したら遊びに行って良いか?」と来たので「良いよ」と答えた。
 そして昨日来たのである。
 バスが函館駅前に来るので迎えに行った。
 そして現れたのは全く知らない人だった。
 一応車に乗せてGHまで走る。
 途中で酒を買いたいからと言うので、サツドラに寄った。
 「ワイン3本など購入した様だ」
 GHで話しを聞いたら、電話帳に名前が載っていたので電話したと言う。
 それだけだ。
 彼も私とは会った事はないと言う。
 「今日どうするの?」と聞いたら「泊まりたいと言う」そう言いながら、酒を飲もうとするので待ってもらい話す。
 歩くのもようやくといった感じで座る事も困難と言う。
 この状態で酒を飲んだらもう歩けないで、泊まるしかないだろう。
 「初対面の人をいきなり泊めるわけにはいかないので、ホテルを予約したら」と言ったらお金がないと言う。
 それなら格安のライダーハウスがあるのでそこに泊まったらと言うと、1000円なら良いと言う。
 すぐに車で送って行ったが、そこは今日は休みだった。
 「駅に安い宿のパンフレットが有るので駅まで乗せて」と言うので乗せたが、パンフレットは無かったと言う。
 「ゆとり温泉は朝まで居ても1800円位だからどうだろう」と言ったら「それで良いと言う」
 また車で温泉に送って行ったら、駅に戻ってくれと言う。
 再び駅に戻る。
 何度か駅で寝ているそうで、大丈夫だと言う。
 そして明日の朝1番バスで帰ると言う。
 それで決着した。
 私の電話番号が何故電話帳に載っていたのか本人も分からないと言う。
 それだけで何年来の友達のように会話して良く来たなと思う。
 私も先入観があって同級生以外、同名の人は居ないのでつい同級生と話すような感じになったのがいけなかったのだろうか?

 今日は天気も良いので山に行く事にする。
 昨日の疲れもあったが、明日から雨になるので行きたかった。
 いつも登る石山の北西に400m弱の3等三角点の「村中」がある。
 いつもこの山を見てこの山なら景色が良いだろうなと思っていた。
 昨日のうちに、想定されるルートをインプットした。
 今日のルート
 道は最初は林道があるがその後は地図に道はない。
 車を理研(株)の奥に止めて出発。
 林道は雪も少なく、快調に進む。
 斜面が大きく崩れていた
 1km程言ったら林道に雪が残っていた。
 少しずつ雪が・・
 やはりカンジキが必要だったか?
 林道の大きく迂回する所はショートカットだ。
 ここをショートカット
 埋まりながら林道のピークまで行く。
 雪が深くなってきた
 ここから少し下って右手の方向に行く予定だ。
 その付近に来たら何と立派な林道が有った。
 道が有った
 ここから雪は深くなる。
 時々ずぼっと埋まってしまう。
 50mも進んだら展望台のような感じの場所が有った。
 木が無く展望が効く。
 横津岳が見える
 横津連邦から泣面山まですべて見渡せる。
 なかなかの良い景色だ。
 林道を更に進む。
 春らしい日差しに汗が出てくる。
 さら林道を進む

 陽が眩しい

 良い感じの景色だ

 石山コースの前山

 

 石山
 更に行くと林道は下にさがって行く。
 ここから道は無いが高所を目指して登る。
 途中に植林したばかりの木がプラスチックのカバーに入った光景が目に入る。
 植林
 高所まで来たがまだ山頂では無い。
 この尾根を更に進む
 ここからは道が全くないので、幅の広いだだっ広い尾根を登って行く。
 この辺りからは木の間を行く

 頂上が見えてきた
 やがて頂上が近くなったが、山頂は岩だった。
 頂上

 角度を変えて頂上
 頂上に着いたが、凄い景色だ。
 東側には木が全くない。
 古部丸山と恵山

 気無山

 下北半島と釜谷富士

 記念撮影
 背の低いツツジが沢山あるだけだ。
 恵山から汐首、釜谷富士が眼下見える。
 昨日歩いた気無山への尾根もはっきりと見えるし気無山も見えた。
 下北半島も今日ははっきり見えた。
 あまりの景色の良さに暫らく眺めていた。
 汐首方面

 これも釜谷富士
 帰りはどうするかなと考えた。
 同じ道は戻りたくない。
 南側の尾根を進んで、そこから尾根の斜面を下り、沢を下って行く最短コースを行く。
 ここで昼食

 大きな石が・・
 途中には石山と同じく大きな石が沢山あった。
 沢は水も少なく中を歩くには不自由しなかった。
 沢を下る
 最後は川から抜け出し斜面を登って林道に出た。
 そこを車まで戻って終了。
 今回は良い景色を堪能出来て良かった。
3月4日(金)気無山調査
 桔梗を朝早く出る。
 今日は快晴の天気だ。
 近郊の気無山の調査に行く事にした。
 この山は一等三角点の有る山だ。
 登山対象と言うよりも、丸山竜神の山との関わりが多い。
 今日のルート
 丸山竜神は戸井の方が建立した歴史があり、祠も何度か朽ちて、その都度修復して来た。
 何故戸井から10kmくらい遠く離れた丸山に設置したのだろう。
 その理由は分からないが、昔から戸井の人は毎年参拝していた。
 昭和の後半まで参拝していたと言う。
 多い時は50人も参拝に行ったそうだ。
 片道10kmで往復20kmである。
 早朝、戸井を出て遅くに帰ってきている。
 それにしても武足の人は健脚だ。
 その参拝道が明治の地形図に書かれている。
 道は3から4通りある。
 今回はその内の一つの道を調査してみる。
 丸山の途中にある気無山を経由する道を調査する。
 高校時代の同級生が今日来るのでそれまでには帰らなくてはならないので行ける所まで行く。
 運賀川に沿った林道を行くと、予定した場所に道が有った。
 結構な斜度で登っている。
 最後の方は道が明確でなくなった。
 雪があるので道がはっきりしないのだろう。
 尾根に出たら林道が出てきた。
 旧参拝道と新しい林道が交差しながらある。
 尾根は雪がまだあった。
 下は春の様な雰囲気で雪も無かったのでスノーシューは持って来なかった。
 その分、10cmから20cmの雪に埋まり歩くのは少し遅くなる。
 それにしても遠い。
 途中道がはっきりしない所も時々出てくる。
 地形図を見ながら歩く。
 12時を過ぎた時点で6km歩いたが、後2kmは有りそうだ。
 往復だと16kmになる。
 帰りが遅くなりそうなので、戻る事にする。
 山頂までのルートは見渡せたので、次回来る時は大丈夫だ。
 ここも熊は多いのか?

 林道は雪が無かった

 釜谷富士北の山

 参拝道が有った

 参拝道

 はっきりしない所もある

 かなり古いテープが有る

 はっきりして来た

 気無山が見えた
 帰りは、あちこちうろうろしながら歩く。
 参拝道らしき道が時々出て来るので、調査しながら戻ってきた。
 天気が良くて楽しい山歩きだった。
3月3日(木)ぶんぽ研例会
 ぶんぽ研の例会。
 いつもの通り会長の報告があった。
 私が今月、文化賞を受けたので、その関連の報告もあった。

 中村さんの炭焼語りが、好評なのかまた内容の説明を求められた。
 今、窯を発見したのは1個だけなのだが、他に2から3個有るようなので、今年も探しに行こうかな。

 新会員が3名も入った。
 夫婦で入会した方が今回参加していた。
 最近、夫婦で入会する人がちたほら。
 例会終了後、図書館と資料館で午後3時頃まで過ごす。
 資料調べだ。
 山の歴史を調べるのに町史などを調べているが、殆ど掲載されていない事が分かった。
 調べるには地元の古老に聞くしかないのかな?
 
 受付の女性と資料館内の資料を見ていたら、男性が来て自分の家の蔵には珍しいものがあるそうだ。
 どうやら乃木大将が何処かに宛てた手紙が有るようだ。
 他にも色々あるそうなので、資料館に寄付してよと言ったがどうかな?
 大野地区に早くから入植した高田さんの親戚の様だ。
 受付の女性が名前を聞いて来たが、高田さんだった。

 帰りに乳酸飲料のヤクルトを買って帰る。
 瑞葵が乳酸飲料が飲みたいと言っていたし、愛葵も飲みたいと言っていた。
 夜はひな祭り。
 友瑛が一人で「灯りをつけましょぼんぼりに・・」と歌った。
 そして食事。
 海苔巻き稲荷さんだ。
 おなかいっぱい食べた。
3月2日(水)元気サロン
 今日は元気サロンの26年度最終日になる。
 妻は町内会の用事があって欠席だ。
 私は挨拶も頼まれているので出席した。
 ストレッチから始まり、一通りの運動をこなした後、27年度の行事を話し合ったり、4月は活動が無く空白となるのでその間、皆で温泉でも行くかとなった。
 しんわの湯が弁当付きで送り迎えも付いて2100円なのでこの案で決定。
 会から1000円の補助が出る事になった。
 最後に私が挨拶した。
 最近感じるのは、会員は40名いるのだが、男性が私を含めて2人しかいないのである。
 完全な女性の会になっている。
 男性って引きこもっているのかな?
 美味しい昼食
 昼食は鳥の照り焼きで美味しかった。
 自分で調理すれば簡単になってしまうので、なかなか良い味が出ない。

 夕方、桔梗に行く。
 明日はぶんぽ研の例会なので、桔梗から行った方が早い。
 桔梗でのんびり。
3月1日(火)図書館に行く
 昨日は深夜まで強風が吹き荒れていた。
 朝起きても強風の音がしていた。
 恐る恐る外を見たが、雪は積って居なく風だけだった。
 何となく薪ストーブを焚くと終え過ぎないかと思ってしまう。
 そこで図書館に行く事にした。
 薪を頻繁に焚くパソコン操作がその都度止まってしまうので落ち着かない。
 調べたいものが沢山あるのに最近行けないでいた。
 今日は各地の町史を読み直してみる。
 やる事のテーマが変わると、その時は何とも思っていない内容が、また必要になって来る。
 今回は古道の関係と山の関係を再度調べてみる。
 古道に関しては、江戸時代に旅した人の紀行文があるので、多く書かれている。
 しかしその道が何処だったのかまでは分からない。
 後は推定して現場に行くしかない。
 いろいろ面白い文書が見つかった。

 山の情報については殆どの町史に載っていない事が分かった。
 駒ケ岳など噴火を何度も繰り返した山は歴史がはっきりしているが、その他の山の名などはあまり出てこない。
 山に登ると言うのは本の一部の人で、一般的には山道が生活道路であった。
 山の頂上に登る必要はなかったのだろう。
 それでも調べているうちに新しい山名が数件出てきた。
 今の地形図には載っていないが、地元で呼んでいた山名が有る。

 近郊の山道は常日頃纏めているが、山の歴史を纏めてみるのも面白そうだ。
 近郊の丸山龍神は、登山として鉄山から登る人が多いが、この山は戸井から登るのが歴史的にはっきりしている。
 祠を建てたのも戸井の人だし、この山が海上運航時の目印であった。
 戸井から往復20kmも歩いて参拝したのである。
 ここも途中まで行ったのだが、今度行ってみたい。
 早朝に出発しなければならないだろう。

 結局5時間図書館に居て、帰りの谷地頭温泉に行く。
 チケットをくれたOさんに感謝だ・・有難う!

 帰りに本を借りて来る。
 そろそろ春も近づいて来たので読みたくなる。
 これを借りた
 HP TOP