4月21日(金)古道を知りたい
 朝は燃えるごみを車に積んで、近くの清掃工場に持って行く。
 40リットル位の袋8個分を持って行って、77円だった。
 有料袋よりはかなり安くなる。

 午後から文保研の島津さんがやってきた。
 友人の方が古道について知りたいと言う事だった。
 ハリストス教会の神父さんが明治の初め頃、峠下から茅部峠を越えて、行く途中駒ケ岳が見える辺りで、足場が悪く危険な目にあったそうで、その場所の特定は何処なのか?
 茅部峠はそれ程難所では無いし、小沼峠辺りが怪しいが、今は国道が出来て峠は開削され、無くなってしまった。
 それ以外心当たりがない。

 その後は道南の旧道の話しや色々な話しを、3時間半くらいした。
 久しぶりに色々と話した。
 山も登る人で旧道にも興味があるようだ。

 夕方文保研の落合さんから電話が来て、来月五島軒でする講演のタイトルを教えて下さいと言う事だった。
 「古道は歴史の宝庫」とのタイトルにした。
 新聞に載せるそうだ。
 さらに講演時間を1時間だったのを1時間半にして欲しいと言われた。
 かなり削って1時間にしたが、また追加しなくては・・。
 
 夜に函工業高校の電気科同窓会の函館支部会議があった。
 大門の同級生がやっている喫茶「モーリ」で行われた。
 札幌支部からの要請で夏に道央で、札幌支部のクラス会をやるが、函館支部も参加しないかと言う事だった。
 来年正式なクラス会があるので、みな積極的には参加希望が無く、2人位が函館から参加する事になった。

 明日は函館山クイズラリーがあり孫と函館山に登る。
 曇り後雨だが、早く登れば雨には当たらないかもしれない。
4月20日(木)磯谷道案内
 19日に予定していた磯谷道の案内が、暴風雨のため今日に変更になった。
 最高気温はこの時期には少し寒い11度であった。
 天気は良く絶好の散策日である。



 岩田川に掛る磯谷橋をスタートする。
 川に沿って登って行くと二本柳さんの家がある。
 良く磯谷道の事を教えて貰った方で、凄い話し好きであった。
 30分は話し込んでしまうが、話しは面白かった。
 山道を歩き時は家の前の車を止めて良いよと言ってくれ、その通りにしていた。
 今は御夫婦とも施設に入られて、家には居ないのが寂しい。
 家と小屋の間を登って行く。
 急斜面を登り切った平坦な場所から岩木山がはるか遠くに見えた。


 あっという間に「お経岩に着く」。
 今日は光の加減からか見やすかった。
 この岩は午前中の方が見やすい。






 午後になると太陽がまともに当たるので、濃淡がはっきりしなくなる。
 堀川乗径が書いたと言われていたが、某氏からこれじゃ浄土真宗のものではないとクレームが付き、浄土宗の誰か上人が彫ったものだと言う。
 浄土真宗は親鸞聖人が説いた宗派だが「南无阿弥陀佛」のお経の内、「无」の文字は親鸞は使っていないとの事だった。昭和30年代の事だ。
 今はネットがあるので調査が出来る。
 調べた結果では、親鸞上人は全て「无」を使っている事が分かった。
 堀川乗径は願乗寺のお坊さんで、浄土真宗なので堀川乗径が彫った可能性も否定できない。
 なお「无」は「無」の古字である。
 これと同じお経が三重県の赤目48滝の入り口にある事が分かった。



 滝で修行する坊が滝に入り口に彫ったもので、古文書から場所を特定し、苔で覆われていた石の苔を取ったところ同じお経が出てきた。
 全国で2つしか無い貴重な岩への彫りものになる。

 その後は順調に歩いて、恵風に着く。




 食事と思ったがレストランは土日しかやっていないと言う。
 え〜となったが、温泉の休憩室にある食堂で食べられると言う事で案内される。
 先日の恵山観光に係わる会議で会った、支配人の方だった。

 食事後同じ道を戻るのも詰まらないので、恵山の山麓に寄って歩く事になった。
 道は無いが草や笹も無く歩きやすい。

 古道を外れた山麓は苔むした岩が無数に広がる。
 夏になると木々に葉が付き太陽を遮って丁度良い環境になるのであろう。





 屋久島の雲水峡には及ばないが、もう少し水の流れがあれば最高の雰囲気になるであろう。
 少し歩いたらコカコーラの瓶がある。





 何か随分古そうだ。
 年代を調べて見よう。
 ホームサイズと書かれているのが面白い。

 更に歩いたら、サクラビールの瓶が出てきた。
 70年くらい前のビールだ。


 この辺りは山菜採りが昔から入っていたのだろうか?

 散策して気が付くのは熊の爪跡がかなり多くあり、相当の個体数があると思われる。
 もうあちこちに爪の跡がある。
 そんな光景を見ながら歩いていたら、木に文字が書いてある!
 下が文字に見えた
 何と読むんだ?
 皆で読んだが分からない。
 良く見たら熊の爪でひっかかれた物だった。
 自分のエリアの標識かと思わず思ってしまった。
 ここは俺の縄張りだとばかりに、傷を付けたのだろうと皆の結論になった。
 


 最後は山道に出て無事熊の密集エリアを脱した。

 夜になって友瑛から電話が来た。
 明日の2時に友達の家まで送って欲しいとの事だった。
 1時半には古道の事を知りたい人が来るので、1時ではどうかと話して一時はOKになったが、その後友達のお母さんの都合で2時にしかならない事になった。
 友瑛は歩いて行く事になった。
 帰りはママが迎えに来てくれる。
4月19日(水)自遊旅に戻る
 昨日は年に一度の蟹を皆で食べて美味しかった。
 ファイターズの試合を見ながら食べた。
 最後はファイターズが負けて後味が少し悪かった。

 桔梗では朝4時から本を読んで居た。
 最近は本を読む事が多くなった。
 「熊と猟師」を読んでいるが、なかなか面白い。

 学校の先生であるが、ふとしたきっかけで熊撃ちに嵌る事になった。
 熊撃ちにはそれほど興味ないが、習性は面白く山に行く時には参考になる。
 少しの例を上げれば、
 @ 熊は風上に向かって歩く。
 A 熊が斜面の下にいる時に上を歩いている人を襲わない。
 B 熊が上にいた場合は、下にいる人はあっという間に襲われる。
 C 木に爪の傷や口で噛んだ跡がある場合、3m以内に冬眠している。
 などなど沢山の実例があって参考になる。
 犬の事も書いてあって、優秀な犬は熊に吠えても叩かれる範囲まで行かない。熊が前に来たら少し後ろに下がる。それを何度も繰り返して熊を木に登るように追う。
 木に登った熊は動かないから、1発で仕留められる。
 駄目な犬は一気に飛びかかって、熊の手で一発でやられてしまうそうだ。

 桔梗の朝は小学生が大変だ。
 愛葵も学校に行く初日は早すぎて、叱られていたが、今は遅くて叱られぱなし。
 友瑛も叱られてばかり。
 当分このコンビは早い準備は無理か?
 お姉ちゃんは中学生になったので、流石に叱られる事は少なくなった。
 でもまだ迎えに来る人を待たせている。
 いつになったら直るのかな。

 自遊旅に帰ってきたが部屋は寒い。
 ストーブはこのまえ縦の煙突を掃除したので、火を炊いて見た。
 やはり吸い込みが悪い。
 上部の横の煙突も詰まっているのか?
 外したらやはり詰まっていた。

 掃除して火を炊いた。
 勢いよく燃えた!!
 熱い位に燃える。

 昼食は何にしようかと考えた。
 冷凍庫以外は旅に出るので、食料は買わないようにしている。
 無性に天ぷらそばを食べたくなった。
 中島廉売に行き、いつもの天ぷら屋に行ったが、格安の盛り合わせは置いていなかった。
 仕方がなく、イカフライ200円にする。

 帰って天ぷらそばを作った。

 美味しい!

 午後から健康サロンの書類を持って、Y子さんの家に行く。
 電話した時にはカラオケに行っているとの事なので、旦那に書類を置いて来る。
 帰ってまた本を読む。
 今度は「羆嵐」で留萌の三毛別であった恐怖の事件だ。
 熊に襲われて子供が家で亡くなり、奥さんは山に引きずられて、食べられてしまう。
 もう来ないと思っていたが、再び熊は別な家にやって来て、3人を殺害すると言う悲惨な事件だ。
 当時の開拓村は、家の囲いも笹なので熊も簡単に入って来る。
 こんな恐ろしい事件はこれ以降は無いだろう。

 夕方になったが残りのイカ天ぷらを使って、なすと白菜を入れてイカ天を乗せ、生とき卵を掛けた。
 そし丼にした。


 大根おろしも付けて美味しかった!
 本来は今日東北に出かける予定だったが、次々予定が入って伸び、24日か25日に出発する事にした。
 20日 磯谷道案内。
 21日 漏電調査で北電が来る。午後から古道を知りたいと言うTさんが来る。
     夜は高校のクラス会函館支部の会議。
 22日 函館山クイズラリーで孫と一緒に登る。
 23日 大野文化財保護研究会総会。
 24日又は25日 東北に向けて出発。 
4月17日(月)大沼へツーリング
 朝起きて薪ストーブの煙突掃除をする事にした。
 先日来、煙が排気されず、ストーブから煙が漏れていた。
 これは煙突が詰まっているのが原因だ。
 ばらして見たら凄い詰まりようだった。

 煙突を外して掃除をした。
 これで大丈夫だが、もうあまりストーブを炊く事も少ないだろう。
 煙突も随分穴が開いている。



 でも昨日煙突を貰ったから直管は有るのだが、曲りが無い。
 次シーズンまで探そう。

 天気も良いので大沼まで旅の装備をしてツーリングする事にした。
 準備の段階でまたギヤが飛ぶ現象が起きた。
 チエ−ンを回しながら見たら1個所が問題で、チェーンの駒を止めているピンの頭が少し出ていた。
 これを修正したら良くなった。
 久しぶりの4バッグは流石に重い。
 50kg位はあるだろう。
 重いのが旅をしている感覚になる。
 うっとうしい町をあちこちコースを選びながら桔梗に着く。
 昨日渡さなかったパークゴルフの表を渡した。
 昨日のブログで蟹を一人で食べても美味しくないから冷凍庫で冬眠だっと書いたが、明日家族みんなで食べる事になったそうだ。
 これで美味しく食べられそうだ。
 何しろ年に1度だけ蟹を食べるのである。
 娘の看護学校時代の友人の家が紋別の蟹漁師なので、安く分けて貰っているが、徐々に高くはなっているようだ。
 他には近所に薪になる木が10束程有るそうで、要らないかと言われたので、要るとなった。
 コーヒーを1杯飲んで、大沼に向かう。
 大沼トンネル手前の長い坂は相変わらずうんざりする。
 空身だと良いが、重い荷物が足にこたえる。
 トンネルの入口で、ロードバイクの60歳くらいのカップルに会い、挨拶をする。
 同じジャージィを着ているので夫婦だろう。
 トンネルを抜け景色の良い場所で一休み。



 駒ケ岳が綺麗だ。
 さらに少し行ったらここの場所も駒ケ岳が綺麗に見えた。




 大沼を周遊する。
 自転車道が随分良くなった。
 やがてキャンプ場に着く。
 当然だが人の気配は無い。
 写真を撮って折り返す。

 大沼の駅前のセブンで弁当を購入し駅で食べる。
 後はひたすら自遊旅を目指して走る。
 往復約70kmで9時間走っていた。
4月16日(日)MTBで桔梗へ
 昨日は寝違いした首が痛くて、起き上がる事も出来なく、少し動けば痛くて眠られない夜を過ごした。
 朝にようやく苦戦してベッドから降りた。

 昨日頼まれた、マスターズ桔梗パークゴルフサークルの出欠表とプレイ代の受付表を作成したので、MTBで桔梗に持って行く。
 ベッドから起きる時以外は痛みはそれ程ない。
 それでも悪路で振動すると痛みが来る。
 今日は実際に走って、調整した自転車の調子を見るためと足慣らしだ。
 久しぶりのMTBを漕ぐ足は重い。
 最初はいつもそうだ。
 表を持って行ったら字が小さくて年寄には見えないと言う事だった。
 
 少し居てから再びMTBで自遊旅に向かう。
 帰り道後ろのギアが飛んでしまう現象が起きた。
 降りて見たら、チエーンの横のパーツが剥がれていた。
 どうしてこうなるのだろう。
 取り敢えず石を探して頭を叩き、走って戻る。

 途中の亀田八幡宮で秋田県の展覧会をやっていた。
 全道から愛犬家が集まって、秋田県の評価をするようだ。

 きりっとしてなかなか良い。

 帰って昼食は盛そばにしたが、たれが無いので買いに行く。
 途中古物商のお兄さんが居たので寄る。
 何か面白いものが無いかと見たが、新品のガス炊飯器があった。
 プロパンガスで米を炊き、電気で保温すると言うものだが、これは今の電気炊飯器で間に合うので要らない。
 水道のレバー式栓が新品で4本あった。

 早速付けたがやはり便利だ。





 それにビスがあった。

 これは使える。
 チエンソーのチーンも有ったので貰う。


 自転車のチエーンを傷んだ部分を取って新たに部分的に新しいチエーンを入れた。
 これで大丈夫だと思うが、旅の途中で無くて良かった。

 桔梗から蟹が入荷したので食べるなら持って行くと言う。
 蟹も高くなったので、今年は要らないと言っていたのに買ったんだ。
 夕方ドアをどんどんと叩く音がする。
 妻が家に上がらないで玄関で蟹を渡した。
 一人で食べても大して美味しくない。
 蟹が入ったので皆で食べるから桔梗においでと言えば行くのに・・・。
 皆で食べた方が美味しいに決まっている。
 しばらくは冷凍庫で冬眠だな。
 余りにも慌ただしく帰るので、パークゴルフの新しく直した表を渡すのも出来なかった。

4月15日(土)孫友瑛の誕生会
 昨日が友瑛の誕生日なのだが、昨日は簡単なケーキにして、今日、皆で焼き肉番長に行く。
 90分食べ放題の店だし、料理の種類も多いから好き嫌いに関係なく誰でも何かは合う料理があるので都合が良い。
 今日は友瑛が誕生日なので割引、65歳以上の年よりも割引と好都合の日を選んだ。
 最初に友瑛が有難うございましたと蚊の泣くような声で挨拶。
 直ぐに乾杯になる。

 私は寿司、焼き肉、そば、サラダ等を食べたが、直ぐにお腹いっぱいになる。

 食後のソフトクリームだけでスィーツは終わった。
 一番食べるのは中学生の長女瑞葵であろう。
 肉やスイ−ツを沢山食べていた。

 お腹が一杯で歩くの大変な状況で家に帰り、日ハムの試合を見る。
 今日も負けた。

 向かいの家から自転車の空気を入れたいんだが分からないと来た。
 中学生の女の子が空気が入らないと言う。
 ママチャリ空気入れの先に、ボールに空気を入れる金具が付いていた。
 ひと通り空気の入れ方を教えて完了。

 夕方自遊旅に帰ろうとしたら、向かいの家に人がロープを持って来た。
 横綱ロープと書いてあって未使用だ。
 でもかなり丈夫なナイロンロープで何に使う積りで買ったのだろうか?
 これはかなり丈夫だ。

 他に登山用のザイルやバックパック、ゴアテックスのカバー、軽アイゼン等を捨てると言うので頂いた。
 ザイル

 30Lのバックパック

 MILLETTの防水カバー

 軽アイゼン
 屋根の上に上がった時に使ったと言う安全ベルトもあった。
 安全ベルト
 さらに煙突のストレートのものも5本頂いた。

 2日前から寝違えて首が回らない。
 湿布しているがなかなか良くならない。
4月14日(金)寒い一日
 桔梗で朝起きて外に出たら暖かかった。
 これなら今日は暖かくなるだろうと、自遊旅に戻って車の板金をする。
 でも風が強くて寒い。

 水ぺ――パーでパテを研磨するのも手が冷たい。
 それでも我慢して研磨した。

 水分が乾いた後に、サ−フェーサーを塗装して、ボディペンを塗った。
 研磨が少し雑な所はあったが、ポンコツ車なのでまあ我慢できる範囲だと思ったが、もうすこし軽く研磨して再塗装するかな?

 その後は、来月頼まれている、講演のスライドを作った。
 これでぎりぎりまで旅が出来る。

 ニセコから函館に寄って神戸に帰る予定だった、甲冑パフォーマーの山辺さんが、千歳から格安航空で帰る事になったので、5月7日に待って居なくても良い事になった。
 その分旅に余裕が出来た。
 薪ストーブが吹きこんで、上手く燃えない。
 煙突が詰まったのか風のせいか分からないが、明日煙突を外して見よう。
 お陰で一日寒かった。

4月12日(水)色々忙しい
 朝から行者ニンニクをさっと湯がいて、サランラップに詰める作業をした。
 薪ストーブで湯を沸かしたが、行者ニンニクを入れると温度が下がるので連続しては出来なく時間が掛る。
 2時間くらい掛ってようやく終了し20パックぐらい冷凍庫に入れた。
 これでかなりの期間食べられる。
 旅人が来た時にも提供出来そうだ。

 次に残っていた板金の内、最後の右ドアを行う。
 ここは大きな穴が開いていたので、薄い鉄板を外から張ったのだ。
 多少の突起となるが、このポンコツ車ならオーケーだ。

 上にパテを綺麗に塗った。
 後は1日硬化させて、明日天気が良かったら研磨して塗装をしよう。

 
 ギターの曲も新しいのを5曲追加した。
 これでクリアファイル2冊目に入った。
 どんどんレパートリーが増えて行く。
 
 夕方からカレーを作る。
 先日カレールーを2個買ったのがある。
 ニンジンも3本あるし、ジャガイモも玉ねぎもある。
 野菜類は旅に出たら、駄目になってしまうので、全て使って作った。
 真空パックで12食分で来た。
 これでカレーは当分間に合う。
 冷凍庫も一杯になってきた。
 
 
 夕方から本を読む須藤隆仙氏の「函館の歴史」で昭和55年のものだが、改めて読むと面白い事もある。
 函館の献上昆布は宇賀昆布と言って、函館の人は宇賀の浦がある市町村合併前の函館市と言っているが、戸井の人は運河川のある港と町史に書いてある。
 宇賀と言うのは運河の事との説だが、どうやら下海岸一帯の戸井までを宇賀昆布と言っていたと書いてある。
 今は昆布の名産地は南茅部に移ってしまった。
4月11日(火)今日も山菜採り
 今日は桔梗を出発した。
 おにぎりを1個作って貰い出発。
 今日は別な山に入った。
 戸井から気無山に至る古道を行く。

 いつもの場所に丁度良い行者ニンニクが沢山あった。
 結局2時間くらいで、山菜リュックが一杯になった。

 15kg位はありそうだ。
 ここの斜面も花が沢山咲いていた。



 斜面は一面福寿草が咲いていた。



 採り終えて下って来たら、道にザックが置かれていた。
 誰かが近くで採っているのだろう。
 ここは私の行く場所の1/3位の所だ。
 ここから先が急斜面できつくなる。
 そこまでは行かない様で私の場所は毎年誰も来ていない。

 桔梗に置いて来た他にもこんなにあった。

 茎の赤い部分を取るが、こんなになった。

 すっかり綺麗になった行者ニンニク。
 後は軽くゆがいて冷凍保存する。

4月10日(月)山菜採り
 毎年恒例の山菜採りに行く。
 今日の目標は行者ニンニクだ。
 GHの東側の下海岸に向かって走る。
 K川に沿ってさらにダートを道を車を行き、廃棄物処理場の入り口でストップ。
 K川の流れも春らしい。

 ここから山に上がって行く。
 1時間くらい登れば現場に着く。
 早速採り始める。
 ここは山全体が行者ニンニクで覆い尽くされており、2時間も有ればザックに一杯になる。
 一杯になった所で、林道を散策する。
 先には別な林道が有る筈だ。
 この様に行った時には新しい道を探す事にしている。
 今時期は花が多い、福寿草は真っ黄色に元気よく咲いている。

 ここは特にナニワズが多い山だ。
 ピークから丸山竜神の山が見える。

 ここも鹿が多い様で木がすっかり食べられている。



 こんな面白い木も有った。

 キクザキイチゲも沢山咲いていた。

 帰って見たらこれだけあった。

 直ぐに桔梗に持って行って、知り合いに分ける。
 あっという間に無くなってしまい。
 結局明日も行く事になった。

 友瑛からじぃちゃん山につれて行ってとパンフレットを渡された。
 函館山クイズウォークラリーだった。
 2年前だろうか、長女の瑞葵と友瑛が参加する予定でいたが、友瑛が熱を出して行く無くなったいきさつがある。
 今年は友瑛と末の愛葵が参加したいそうだ。
 4月22日なので、花見の旅は19日出発をい予定していたが、日程を当然延ばそう。
 他にも18日に磯谷道の案内が入った。
4月9日(日)あれこれ
 昨日はファイターズが負け、最下位になってしまった。
 テレビが壊れているので、タブレットで見ているが小さくてボールも良く見えない。
 目が疲れるし、傍に居ないと見えないので、何か仕事をしながらTVを見る事も出来ない。 いつ自遊旅にテレビが付くんだろう。

 今日も旅のパッキングをしていた。
 こまごまとやる事が有るのだ。
 今回は日本一周した時の自転車にしようずっと整備していたが、まだやる事が有った。
 サドルを尻の痛くないのに変えた。
 電池を「閃」の明るいLEDライトに変えた。
 食器類も積んだ。
 電子機器類が一番大変。充電用の機器も多いし、太陽電とのやりとりもあり、こんがらかってしまう。
 主要の電池は単3にした。これをソーラーパネルで充電してスマホに使う。
 スマホの充電が一番大変なのだ。
 ガラケー携帯電話は電池が長持ちなので便利だ。
 普段はスマホの電源を切って、ガラケーだけONしている。
 ライトは単4なので100均の新しいのに変えた。
 夜は原則走らないから、あまり減らない。
 これで何とか落ち着いた。
 空の自転車で走って見たら、快調だった。
 後は荷物を積んで少し走って見よう。

 時間が開いたので、ブルーツースのスピーカーをいじる。
 タブレットを変えたら、出来なくなった。
 何度か挑戦していたら、やっとスマホがブルーツース機器を認識して、カップリング出来た。JBLのスピーカーは音が良いので好んで使っている。

 遠隔でスピーカーが鳴るようになった。
 山菜採りの時など、大きな音量で鳴らしている。
 熊さんも直ぐに気が付くだろう。
 
 他にはGoogleのアカウントが認識されず、何度も入れろとメッセージが出る。
 以前のタブレットから、新しいアカウントで登録したのだが、古いほうのアカウントを要求して来る。
 パスワードを何度も何度も変えて入れていたら、その内にOKになった。
 それにしても色々な物にパスワードを、色々使っているので訳が分からなくなった。
 それでも大分問題点がすっきりと解消された。
4月8日(土)自転車少年
 テレビで懐かしいシーンが放映されていた。
 1992年に旭川の小学6年生が、日本縦断をしたのだ。
 その時はTVで追っかけて放映していたので、ずっと見ていた。
 小学6年生での日本縦断はどの位居たのかは知らないが。
 その頑張る姿に多くの人が感動したに違いない。

 その6年後には私も日本一周する事になったのだが、テレビとは随分違っていた。
 自転車旅は感動であったのふだが、一番ショックだったのは、自転車野郎の憧れの最南端である佐多岬には自転車は行けなかったのである。
 そこは自動車専用道路となっていて自転車は立ち入りが出来なかった。
 多くの自転車野郎は海岸からの、攻略コースを探して、自転車を担いで行っていた。
 大変な苦労が有った。
 彼は放送局が付いているせいかすんなりと車道を走って佐多岬に到着した。
 これって有りなんだろうかと疑問に思ったものだ。
 彼のテントはICIのゴアテックスだ。
 新規購入かどうかは分からないが、高価なものだ。
 私と同じ品物だが5万円オーバーだった。
 退職した記念に買ったものだ。

 函館のフェリー乗り場に着いたら、停泊中の船内に一泊させて貰った。
 これもTVが付いているからだろう。

 旅ではおこずかいを貰う事が多かったそうだ。
 今でも女性の方は結構貰っているようだ。
 私見たいおじさんにはそれは全くない。
 歳を聞かれ、頑張っているねの声を掛けられるのが精々だ。
 誰か貧乏なおじさんのスポンサーになってくれ!!!

 そんな彼もその後、16歳で世界40各国を廻っている。
 やはり一度嵌るとなかなか自転車からは抜けられない様だ。

 その後知り合った、スェーデンの彼女を追いかけてスェーデンに渡った。





 そして今は宅配のフードを自転車で届ける仕事をしている。

 いつまでも自転車からは抜けられないんだな。
 そんな私ももう30年くらい乗っている。
 来週には東北の花見と大曲の春花火を見るツーリングに出る。
 相変わらずの野宿旅だ。
 今回は4バッグのフル装備で行く。
 何歳まで出来るのか分からないが、出来るうちは挑戦したい。
4月7日(金)車の板金
 今日は瑞葵と愛葵の初登校の日。
 愛葵は友瑛が面倒を見る事になっている。
 愛葵は本当に友瑛が大好きなので良かった。
 まずは玄関で記念撮影をする。


 家を出て直ぐの門で仲間をまつ。
 友瑛はしっかり手をつないで歩く。


 でも小さい子が車道側だぞ!

 風が強くなったら友瑛が、フードをかけてやっていた。
 なかなか気の付く男なのだ。


 やがて仲の良い集団がやってきた。
 ここに合流する。


 中学校初登校の瑞葵は仲の良い友達を待つ。
 いつも家に迎えに来て貰って待たせる事が多かった。
 今日は瑞葵が早く、友達は約束の時間より4分遅れた。
 いつも待たせるから、どうせ来ていないと思ってるんだよと言われる。
 そうかもしれない。


 孫達皆が居なくなった。
 私もGHに戻る。
 朝食を食べて洗濯してから、今日は車の板金をする事にする。
 前回は錆びの上にパテを塗ったが、やはり錆びが出て来た。
 そこで今回はアルミテープで錆びを押さえ、その上にパテを塗った。


 もう間違いは無いだろうと、水ペーパーで研磨をする。

 研磨した後に、下地が見えなくなるプライマ―を塗る。

 その上にホンダのスパイクにあった塗料を塗る。
 色は完璧には合わないので仕方がないが、まあ中古車だし、この程度で十分だろう。


 取っ手も付けて完成した。

 横の部分も研磨した。

 そして塗装をした。
 まあ良い出来だろう。


 終わってから旅に出る準備をした。
 パッキングも殆ど終わった。
 4バッグだとやはり重いな。

4月6日(木)孫のダブル入学式
 今日は孫の長女の中学校への入学式と次女の小学校へのダブル入学式になった。



 まずは中学校の入学式に行く。
 行く途中で冬服の時はストッキングを履くとあったが、連絡書類に目が行かなくて、ソックスだった。
 慌てたが、近くにホーマックがあって無事ストッキングを履くとが出来た事が出来た。
 父母やじいちゃんばあちゃんも学校の中に入る。

 じいちゃんばあちゃんの参加者は少なかった。
 廊下に並んで待つが、小学校と違って先生の2列に並んで等との指導は無い。
 小学校とは違うな。
 椅子席は充分にあった。
 クラスは4クラスあるので随分生徒数も多い。

 何か活気が有って良い。
 生徒が入学して来る。
 中学生になれば、つい先ほど小学6年生で有ったのに随分感じが違う。
 式は淡々と進んで終了。
 愛葵は疲れて寝てしまった。

 教室に行き先生から色々と話しがあり、全てのスケジュールが終了した。
 今度は急いで家に戻る。
 途中、帰宅して来る友瑛がまだ歩いているんではないかと車から見ていたら居た。
 合流してセイコマで昼食を購入。
 家に帰って食べて今度は小学校の入学式だ。
 この式にも瑞葵や友瑛も出席する。

 清野家の方針はなるべく家族が、一緒に行動すると言う事なので、それが当たり前になっているのが良い。
 お陰でじいちゃんばあちゃんも孫の行事に参加出来る。

 小学校は5クラスでここも多い。
 愛葵は1年2組で女性の担任。
 式は小学生らしくなる。
 2年生の歓迎のイベントも有り、なかなか元気だ。
 終わって家に帰る。

 夜は入学祝いのパーティと友瑛の誕生日祝いを一緒にやる。
 家族みんなで楽しい時間を過ごした。





4月5日(水)春の戸井町散策
 御夫婦から戸井辺りを散策したいとの話しが有り、行く事になった。
 そろそろ花も咲いて来ているだろうし、行者ニンニク採りにも行きたいので様子見に行く。
 気温は13度位の予報なので暖かい。
 戸井の泊町に到着したら、強風が吹いていた。
 直ぐに山道に入る。
 中に入ると風の影響は受けない。
 車が通って行く。
 山菜採りだろう。
 10分位登った広場におばちゃんが3人居た。
 少しの行者ニンニクを採っていた。
 少し話しをしたが函館市街地から来ているそうだ。
 林道にはもう花が咲いていた。








 のんびりしていたら3人のおばちゃんが来たので、行者ニンニクのある場所を教えてあげた。
 少し一緒に歩いて、こちらに行くと林道を外れて行った。

 我々はさらに林道を進み、広場に出た。
 ここに軽トラが居た。
 これも山菜採りだろう。
 登って行く道の周辺には大きな穴が有る。
 津軽要塞の何かの施設が有ったのであろう。
 昼まで登って食事にする。
 食事後もう下っても良いと言うので、ここから下る事にする。
 途中から道を外れて藪漕ぎの尾根に入る。
 藪は短くて10cm程度で全く問題ない。
 このコースは景色が良かった。
 武井の島や恵山までも見える。

 西には汐首の電波塔も見える。
 先月登ったピークも見えた。

 さらに下り花の宝庫である場所に行くがまだ早かった。
 塹壕がすざましい数ある。







 やがて大砲山に出た。
 周辺は施設が見えないように松の木で囲んだ。
 ここは津軽要塞の一部で大砲も据え付けられていた。
 下の写真は何だろう。
 

 少し下って四等三角点「泊」に行く。

 前回は見つけられなかったが、今回は見つかった。
 石が四方に配置しているのでこれだと直ぐに分かった。

 増毛山道で見た基準点も石に囲まれていた。
 中央部を掘ったら三角点が出て来た。
 え〜見た事が無い。

 帰って調べたら電子基準点であった。
 この辺りからも武井の島が見える。

 藪こぎはさらに続いて行ったら、標識が有った。
 日新小学校と役場が書いてある。

 他にもあった標識と同じだ。
 ここを下る。
 道は途中まではっきりしていたが、途中から荒れた道になる。
 行者ニンニクが有ったので少し採る。
 さらに下って行ったら、車の置いた場所にぴったり出た。
 今日は福寿草始め、沢山の花が見られた。
 津軽要塞が広範囲に有る事が分かった。
4月4日(火)色々やった
 朝起きてTVも写らないのでラジオを聞いていたが、どうも宗教関係の番組が多い。
 洗濯やら家の掃除をしてから、自転車で外出した。
 函館市役所の観光課に行って、恵山のトレッキングマップを5部頂いてくる。
 市役所の在庫は〜8部しか無かった。
 道の駅「なとはえさん」には沢山あるが遠い。
 恵山の観光懇談会に来ていた、元吉課長が居た。
 
 帰り道に100均に行く。
 300円のフライパンと折り畳みナイフを購入。
 旅に行くのに必要だが、300円のフライパンは軽くて良い。
 自転車旅にはもってこいだ。

 家に帰ったら注文していたMTBのシフトワイヤーが届いていた。
 2セットで600円だった。
 メリカルは安くて良い。
 早いものは2日で着く。

 先日調整したMTBだが、実際に走って見たら、左のシフトが1回で出来ない。
 爪がひっかからない様だ。
 これもメリカルで500円で購入した。
 グレードは今までのXTから2段階落ちるがレースでは無いので問題は無い。

 パーツも揃ったので取り付け調整をする。
 今度は上手くシフトするので大丈夫だ。

 旅の装備のパッキングを行う。
 テントや寝袋をパッキングしたが、4月だとどうしても寝袋が厚くなるので、入れるスペースが足りなく大変だ。
 今回は4バッグで行こうかな。
 片側だけ付けて見た。

 普段は後部にのみ2バッグにしている。
 4バッグは日本一周くらいだ。
 でも寒い時期は寝袋やウェア類がかさばる。
 パッキングは一時中断して、車の版金をやろうとしていたら、元気サロンのY子さんがやってきた。
 来季の名簿の作成依頼だった。
 これは毎回やっているので直ぐに出来る。
 お土産に八戸のせんべい汁を頂いた。


 Y子さんが帰ってから、車の版金をする。
 車の版金は以前やって錆びの上からパテを塗って、錆びが出てこないか様子見していたが、やはり出て来た。



 本来は錆び止め剤を塗るのだが、これが高価なのだ。
 色々調べたら、アルミテープでやる方法も有った。
 これなら安く出来る。
 100均で台所の繋ぎに張るアルミテープが有る。
 錆びを一度綺麗に落とした。

 その上にアルミテープを張る。

 さらにパテをパテを塗った。
 
 これで錆びは出てこない筈だ。
 一度様子見をして、出ないようなら研磨して塗装をすれば良い。

 先月、天狗岳の傍を通った。
 箱館戦争で土方隊の先行部隊が、塹壕3個所を掘って、新政府軍と戦った場所だ。
 古文書にも天狗岳に3か所の塹壕を築いたと書いてある。
 さらに新政府軍の水原氏が書いた絵が有り、天狗岳とは書いていないが、絵からは天狗岳と見られる。
 しかしこの絵の書き方は少し現実と有っていない。
 暫壕も幾ら探しても見つからない。
 
 この付近を眺めていたら、現在の天狗岳の向かいの山に何か窪みらしきものが見えるのだ。
 遠いのではっきりしないが、3個所横に長く有るように見える。
 先行隊の人数から言って、小さな塹壕では無い。
 さらに下には旧鶉山道が通っている。
 これは面白い。
 改めて調査に行って見よう。
 これが塹壕なら、今までの歴史は大きく変わってしまうが・・・。

4月3日(月)GH自遊旅に戻る
 朝に桔梗を出てくる。
 帰って洗濯して、関さんから貰って来た本の中に、野鳥関係の本が20冊くらいあったので、それを野鳥の好きな方にあげて来た。
 行く途中に年金事務所に寄る。
 昨年9月に出す書類が、一部不備なので2週間に内に再提出と書かれている。
 不親切な書類で、何処に不備があるのか具体的に書かれていない。
 仕方がないので、行ったのだが、今年から変わったそうだ。
 変更個所は直ぐに分かったが、それにしても昨年の9月に提出したのに、遅すぎるとクレームを言ったら、済みませんで終わってしまった。
 地方の事務所に言ってもしょうが無いが、年金機構は相変わらずの体質だ。

 自遊旅に戻り、居間のパソコンスペースを大幅に移動した。
 関さんの所から椅子を頂いたのだ、退職記念に購入した高価なレザーの椅子だ。
 要らなかったら捨ててと言われたが、座り心地は良いのだ。

 一応使ってみて手余したら捨てよう。

4月2日(日)函館新聞に掲載

 朝にまったり本を読んでいたら、自然倶楽部の鎌鹿さんから電話があり、今日の函館新聞に大きく載っているよときた。
 コンビニに買いに行って、帰って見たら、何と紙面の2/3を使って先日の磯谷道の記事が載っていた。
 それも私が数枚の写真に登場している。

 記者さんも随分張り切って掲載してくれたものだ。

 その後、関さんの家に行く。
 碧血碑会の資料を自遊旅で預かる事になったが、パソコンにも会の書類が入っている。
 それをSDにコピーする作業をしてきた。
 自遊旅に帰って来たら、関さんの家にバッグを忘れてきたのを知る
 
椅子を捨てるのを頼まれた際に、椅子を車に積み終えて、そのまま帰ってしまったのだ。
 また戻ってバッグを取って、桔梗に向かう。
 自遊旅のTVがやっぱり映らない。
 Webを見たらSONYに良くある故障のようだ。
 TVチューナーが壊れたのでTVが見えず、DVD等は見える。
 修理費は2万円位、掛かるそうだ。
 万事休す。
 暫くはTVの野球観戦は桔梗になる。
 行ったり来たりは大変だな。

4月1日(金)色々な日 

 昨日から桔梗に来ている。
 
自遊旅のTVが写らなかったのだ。
 日ハムの開幕戦が見られないので、急遽移動してきた。 
 試合は日ハムは残念ながら大差で負けてしまった。
 今朝、自遊旅に戻って、本の整理をして、今日の試合を見ようとしたら「しばらくお待ちください」のメッセージが出たまま映らない。

 室内アンテナなので、昨日は電波の調子が悪かったと思ったが、故障したのかな?
 次々トラブル起きるな。仕方がなく桔梗に戻って野球を見た。
 今日は3対1で勝利した。

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