12月13日(水)道新取材
 朝は20cm位雪が積もっていた。
 風も強く吹雪いていたが、山での経験があるのでそれほど寒いとは感じない。
 5時過ぎから雪かきを始める。
 風は冷たいが雪かきをしていれば汗がじっと出て来るくらいだ。
 1時間くらい掛ったろうか、終わって直ぐに自遊旅に戻る。
 こんどは自遊旅の雪かきだ。
 終わって古地図を書き始める。

 10時半に道新の記者の中川さんがやって来た。
 来年早々に箱館戦争の特集を組むそうだ。
 中身の濃い話しを1時間半した。
 来週はカメラマンを連れて現地に行きたいそうだ。
 彼も一眼レフを持っているが専用のカメラマンを連れて行くというのはかなり気合いが入っているのかな?

 帰った後も古地図のパソコン製作をした。
 地図の部分は完成した。

 後は文字を入れるだけだ。
 今までは画像をレイヤーで繋ぎ合わせる事を考えたが、パソコンの能力不足でフリーズしてしまう。
 上の画像はA3判に書いたが拡大は幾らでも可能だ。
 変更したい時も簡単に出来るので今後のためには良かった。
 3日で済んだので最初からパソコンでやれば良かったかな?
12月12日(火)桔梗で雪かき
 大野村の古地図を手書きで書いたが、やはり今後の変更を考えるとパソコンで作った方が良いとの結論に達し、作業を始める。
 午前中一杯やったが、大雪警報が出たので、桔梗に電話する。
 「応援に行くがどうか?」
 「・・・・・・・・・・」
 無言が続く。
 しばらくして来て欲しいでは無く「来ても良いよ」との返事。
 来たいなら来なさいと言う事か??
 孫の学校の帰り時間に合わせて行き、学校の前で待つ。
 友瑛がやって来たが、愛葵はなかなか来ない。
 友瑛が下駄箱を見に行ったら、もう無いと言う。
 誰かの車に乗せて行って貰ったんだとの事。
 そこに電話が来てもう家に着いたと言う。
 
 夕方雪かきをして、明日の朝はまた雪かきだろう。
12月11日(月)室内パークゴルフ
 今日は室内パークゴルフに行くと言うので、仲間8人と峠下のパークゴルフ場に行く。
 一人が時間に来ないので電話したら今起きたと言う。
 しばらく待って出発したら、ゴルフクラブを忘れたと言う。
 また戻って取りに行く。
 年寄の集まりになれば、こんなのはごく普通だ。
 午前中1ラウンドを行って、昼はラッキーピエロ総本店に行く。
 私は何時ものチャイニーズチキンバーガーだ。

 同席の女性はチャイニーズチキン焼きそばを注文して、半分しか食べられなかったのでお持ち帰りになった。
 年寄にはこのボリュームは大変なのだ。
 午後から1ラウンドをしたが、他のグループの男性2人は疲れて、もう出来ないと半分で終わってしまった。
 余った女子2人を加え、4人と2人を半分に分け2グループを作って最後までプレイする。
 今は1日に何ラウンド回っても良いのだが、何れ歳をとるとこうなるのだろうな。
 プレイ中に北海道新聞のN記者から取材の申し込みがった。
 来年の元旦の特集に、箱館戦争を取りあげるそうだ。
 下二股口台場を以前取材したU記者から、私の事を聞いたそうだ。
 13日に自遊旅で取材を受ける。
 箱館戦争150年の節目にあたり、色々と忙しくなりそうだ。
 
 家に帰ってもう一泊する事にした。
 明日は猛吹雪だと言うので除雪も必要だろう。
 夕食にはカツを沢山食べてお腹一杯になった。
12月10日(日)孫と雪遊び
 今日は娘たちが、函館海峡フェリーで行われるイベントに行く事になっている。
 しかし友瑛はじいちゃんと遊ぶとなり、四季の杜公園にって雪遊びをする事になった。
 大きいそりとスコップを持って行く。
 冬の公園は初めてだったが、公園にはかなりの人が来ていた。
 そり滑りの出来る大きな山があるのだ。
 早速友瑛はそりで滑り出す。





 結構なスピードも出て途中にはジャンプもあって子供には格好の遊び場だ。
 12〜3本滑って今度は雪だるま作りをするという。
 雪は少し湿り気味なので、小さな雪玉を転がすとだるまがどんどん大きくなる。
 頭部分は重いので二人で乗せた。
 友瑛もどんどん力が付いて来ている。
 あちこちで雪だるまを作っているが一番大きな雪だるまが出来た。




 さらにかまくらを作ろうとしたが、力尽きて大きいのは出来なかった。

 家族にはまくらか?と言われた。

 遊び過ぎて昼食は午後2時過ぎになった。
 びっくりドンキーで、友瑛は200gオリジナルハンバーグ、それにポテトフライを注文した。
 それを完食した。
 小学校3年にもなると、食欲も随分と増して来た。
 私はチーズハンバーガー200gでお腹一杯。

 家に帰って夕食は煮込み鍋だったがお腹が一杯だ。
12月9日(土)奥台場山ルート367m峰
 昨日急に何処かの山に連れて行って欲しいとの連絡が有った。
 昼食を何処かで食べると言う事なので、歩く時間はそれ程無い。
 どこしようかと考えながら車を走らせる。
 今日は朝の気温がマイナス8度で日中はマイナス2度の予報だった。
 結局足は川汲方面に向かった。
 昼食のとれる場所があるのも好都合だった。
 決めたのは先日奥台場山は時間が無くて途中で引き返したが、今回は別なルートからの道が無いかを探る事にした。
 先日のルートは最初の急斜面に相当の時間が掛るので、みんなきついと言うし、往復だと7〜8時間掛ってしまう。
 そこで今回は新ルート調査のため、安浦精進川の林道を歩き、途中から367mの奥台場ルートのコースに抜けられないかを調査する事にした。
 ここから行ければ、林道は車で行けるので、時間短縮が出来る事になる。
 今回は林道は雪で車は入れないので、バイパスに駐車して歩いて行く。

 バイパスから林道を歩き、安浦精進川沿いの板木林道を歩き。途中から山側に入る。
 林道は途中まである事になっている。
 林道から367mピークに行けるかどうかが今回の鍵だ
 林道を歩くが、前日降った雪が木々の枝に真っ白く着いて綺麗だ。。

 安浦精進川の流れも雪景色だ。

 途中痛義林道の看板が出て来る。
 この時期は鹿猟をやっているので要注意の看板もある。

 板木林道から分かれ山側に入る。
 50mも行くと砂防ダムが現れる。

 ここを左手に行く林道がある。
 最近は使っていない様なので、雑草が生えている。

 高度も徐々に上がって来て、向かいの山も見えて来た。
 板木林道をそのまま進むとこの山にも行く事が出来る。

 林道が続いていた。

 ここで地形図に書かれた林道から分かれて367m峰の方に向かう。

 植林された木の間を通って行けそうだ。
 向かいには奥台場ルートの尾根が見える。

 尾根が近づいて来た。

 尾根に出る手前に立派なブナの木があった。
 今まで見た事のない様な大きさだ。
 太さも充分あるが、枝が天高く伸びていてカメラに入り切れない。

 枝がまだ上まである。

 尾根道を367m峰を目指して行くが、あちこちにブナの木がある。

 367m峰が見えて来た。

 367m峰に着いた。
 林道入り口から2時間40分だった。

 内浦湾が見える。
 他に古部丸山も見えた。

 奥台場山にはもう一つのピークを越えて行く。
 下の写真の陰に奥台場山がある。

 同じ道を下山した。
 下りは1時間40分だった。
 時間的には昼食はかなり遅れてしまった。
 補助食料で繋いだので空腹感はなかった。
 行ったのは、臼尻の喫茶「珈夢」だ。
 ここの御主人は役場に勤めていたが退職後、喫茶店を始めた。
 オーディオが趣味で、全道的にも素晴らしい装置だと報道が有った。
 今回は2階のスペースに上がる。
 兎に角落ち着いた雰囲気といつまで居ても良いよと云った感覚なのでのんびり出来る。

 早速リクエストする。
 グラシェラ・スサーナのアドロをリクエスト。
 それまで店内に流れていた曲をやめてアドロを掛ける。
 ボリュームを一気に上げたので店全体に良い迫力のある音が流れた。
 良い感じである。

 食事はサンドイッチ。
 コーヒーも豆から挽いて入れてくれる。
 全てにこだわりがある店なのだ。

 サンドイッチには国宝中空土偶の焼き印がある。

 のんびりしすぎて、外に出たら真っ暗だった。
 今回も美味しい食事を御馳走になった。
 有難う!
12月8日(金)函館新聞の取材を受ける
 今日も朝早く桔梗で目が覚め、雪かきを行う。
 外は風が強くて冷たい。
 雪は余り積もっていないので、一気にやったので早く終わった。
 コーヒーを飲みながら新聞を読む。
 読み終わって6時半になり、自遊旅に戻ろうとしていたら、孫の瑞葵が起きて来て、「じいちゃんこのメニューで作れば簡単だからやって見て」と言って紙きれを渡した。
 そこにはレンジで作るチャーハンのメニューが書いてあった。

 これはやって見なくては、それにしても一人暮らしに気を使ってくれる。

 帰って古地図の作製をする。
 昨日資料館で大野村町史を読んで、必要な個所を書いて来たので、判明しなかった名前の内、かなりの人物の名前が分かった。
 それを古地図に写していく。

 10時に函館新聞の今井記者が来て取材を受ける。
 来年の元旦の新聞に見開きで掲載する記事として、私の土方歳三の道に関する事を載せるそうだ。
 土方の道を実際に歩いた記録や今回出版した「土方歳三の歩いた道」も掲載してくれるそうだ。
 来年は箱館戦争から150年の節目になるので、土方歳三を載せる事にしたが、彼の事を書いた本は多数出回っていて、新鮮味が無いので少し変わった取り組みをしている私の事を載せる様だ。
 本の宣伝もして貰えそうだ。

 他に今書いている大野村の古地図も興味があるそうで、この地図がある程度出来て、後は町内の方からの聞き取りを行いたいが、その様子も取材したいそうだ。
 2時間取材を受けた。

 午後から自然倶楽部代表の鎌鹿さんに本を持って行く。
 1冊買っていただいた。
 有難い。
12月7日(木)ぶんぽ例会
 今日はぶんぽ研の例会の日だ。
 朝に妻が病院に行きたいと言う。
 昨日から話して、くるぶしの水が溜まったのは、薬をつけているが直らない。
 薬を見せて貰ったら痛み止めの薬だった。
 痛みを薬で抑えながら、自然に直そうと言う事らしい。
 水を抜くのは簡単なので、病院に行って抜いて貰う方が良いとなった。
 病院に送って行ってからぶんぽ研の例会に行く。
 私が持って行った大野村の古地図を説明する事になった。
 今日はその積りで無く、依頼の有ったKさんに見せるためだった。
 でも皆が感心あるようなので説明する。
 地図の回りに沢山集まり、ああだこうだと楽しそうだ。
 今日は「鶉山道と箱館戦争」の小冊子の説明をしてくれと言われていたのに、その話しは何処かえ飛んで行ってしまった。
 まあ良いか。
 
 午後から古地図に解説を加えるたに資料館に行って大野村史を2時間くらい読んだ。
 関連する情報は結構あった。
 これらを加えて解説をしていく。
 春までには小冊子にしたい。
 会員の方からA3で出来無いかとの要望が有った。
 確かに小さい文字が多いので、良いかもしれないがA3のプリンターは持っていない。
 すると家に有るので使っても良いとなったが、どうするかな??

 夜、NHKBSプレミアムで私の出演した放送を見る。
 土方歳三と近藤勇について歴史家2人と脳学者1人が対談する構成だった。
 それ以外には、日野市の土方記念館の土方愛さん、作家の菊池明さん、お寺のお坊さん、そして私が写った。
 出番としては一番長かったので嬉しかった。















12月6日(水)健康サロン
 帯状疱疹で左足が痛かった妻もようやく健康サロンに車でになった。
 他の要因でくるぶしに水が溜まっていて、それが靴に当たりまだ痛いそうだ。
 健康サロンに行ったら、いきなり会員が一人亡くなったので挨拶をしてとなった。
 詳しい事は知らないので、ここは全員で30秒間の黙とうを捧げた。
 最近、知っている方が亡くなる事が多くなった。
 歳より向きなので軽い体操になる。
 終わって、昼食は三食丼でお腹いっぱい食べた。
 今日は桔梗に帰るので妻と一緒に車で向かう。
 今日はラッキーピエロのオムライスが30%OFFなので、人見町店に行ったが、ここはやっていなかった。
 昭和店に行ってゲット。
 今週は私と娘がラッキーピエロのオムライスで、来週はハンバーグとカツが安いので、顎達と妻の番になる。
 午後からお歳暮を注文しに上磯イオンに行く。
 ここに行くのは久しぶりだ。
 注文を終えて帰宅する途中孫の友瑛が、3人で歩いて来るのが見えた。
 歩道で滑ったり転んだりしながらわいわいの帰り道だ。
 しばらくして帰って来たが、私の車を見つけたらしい。
 手を振ったそうだが、気が付かなかった。
 乗せて欲しかったそうだ。
12月5日(火)あれ〜雪が無い
 今日の天気予報は朝には積雪30cmになる筈だった。
 桔梗は女性だけなので、ここは頑張って雪かきをしなくてはと昨日は泊まった。
 朝に起きて5時に外を見たら、あれ〜雪が5cm位しか降っていない。
 それも少し湿った雪だ。
 まあ一応やるかとなり、始めたら隣のお姉さんも出てきて雪かきを始めた。
 70%位をやった所で孫の瑞葵が出てきて、雪かきを始めた。
 今までは一度も出て来た事はないのに、手なれた様子でやりだした。
 中学校になって少しは変わったのかな?
 でもこんな朝早く良く起きれたものだ。
 終わったところで桔梗を出る。
 他の皆はまだ寝ているのか誰も出てこない。
 道路は雪も湿っているので、早朝に係わらずそれほど滑らず走れた。
 車の通りも少ないので、あっという間に自遊旅に着いた。
 今日は暫らくやっていなかった古地図を冊子に纏める仕事をする。

 郵便局が開く時間になったのでレターライトを買いに行く。
 東京と福岡に「土方歳三の歩いた道」を送らなくてはならない。
 
 午後になってゆうパックが届いた。
 大阪のバイクライダー由佳ちゃんからだった。




 
 ブログを打ちながら寝てしまった所を写真に撮られた。

 昨年、今年と自遊旅に泊まっているし、青森ねぶたにも行っている。


 オンタさんのガイド

 フリーもあった
 8月には六郷に行って、六郷の皆と一緒に大曲の花火を見た。
 バイクで走りながら野宿をして、100名山踏破を目指している。
 たまたま秋田駒に行く事になって、オンタさんと3人で登ったのも楽しい思い出だ。

 夕方までに34ページの冊子になった。
 これに解説を加えて50ページには収まりそうだ。
12月2日(土)地図の纏め
 朝パソコンに向かって作業していたら、外を除雪車が走る。
 そんなに積もったのかと外に出て見たら10cm位だった。

 地図はほぼ完成になったが、どの様に纏めるかという作業に入る。
 まずは全体図を写真に収めたい。
 ライティングをしないと駄目だろうと、先日作ったコピーする蛍光灯を設置して撮影する。
 照明装置は先日作ったのを流用した。

 地図の上に蛍光灯を置き撮影した。
 しかし何枚もに分けて撮って、パワーポイント上で重ね合わせをして、それを画像ソフトに入れて1枚にしようとしたがやはり私のパワー不足のPCはフリーズしてしまう。
 仕方が無いので全体を1枚の写真で撮って、部分部分を拡大して行こうとなった。
 一応サンプルはA4版で作った。
 まずは表紙を作る。

 次に全体図を載せるが画像の質は落としているので、書いた文字は読めない。
 そこで部分を拡大する方式にした。
 例として下の赤の囲いをAとする。
 これで全体図のどの位置か分かる。

 上図のA部分を拡大してA-1として表示する。

 このA-1部分を更に拡大して、元絵の拡大図と複写した拡大図を載せる。
 これで詳細が分かる。
 後は現在の市街地のレイアウトを載せれば良いかな。

 最後に解説を加える。

 この様な具合で全体を作って行けば良いかと思う。
12月1日(金)今日も地図の作成
 もう早いもので12月に入った。
 今年も後、1ヶ月で終わりとなるが、いつものように早い一年だった。
 今日は外が荒れている様だが、ひたすら地図を作成しているので、天候には左右されない。
 文字の判読できるものは全て記入して出来上がった。
 後は、人の手も借りて時間を掛けて文字を判読するしかない。
 今回2種類の地図を書いて見て気が付いたのは、安政年間の地図はかなりしっかりと書かれている。
 地番にしても統一性が有って、地図としてはかなり正確だ。
 それに対して明治2年の地図はかなり大雑把にあ書かれている。
 地番の色も赤だったり黒だったりと統一性が無い。
 出来上がった地図をレイヤーで張り合わせようとして、写真撮影をしてパソコンで作業したが、画像を大きくしたのでパソコンがフリーズしてしまった。
 どうやらこの古いパソコンでは無理だ。
 どうしたら良いのか思案中だ。
 大野の歴史の付いて少し調べてみた。
 面白い事が分かる。
 @ 地図のあちこちの土地に名前の出て来る「小八」と言う人は大野随一の金満家だった。
   名前は新井小八と言う。兎に角至る所に土地を持っていた。
   ちなみにぶんぽ研の木下会長の家の土地も当時の小八の土地だった。
 A 箱館戦争で仙台額兵隊の兵隊が外出を許可されて行った家が、西川初蔵家でこの家の場所も判明した。
 B 『弘化四年日記』に書かれている、箱館奉行所村垣が宿泊した大野本陣は、本町交差点の品川屋文衛門で、現在のタムラ薬局の道路を挟んだ向かいだった。
 C 安政四年に大野に来た、越後長岡藩士は大野宿場マチ風景を「人馬絡えきとして内地五街道のごとし」と評価しているが、大野の市街地には道路の一方に水が流れ、馬がいつどこでも自由に水が飲めるように作られていた。
 大野市街地には湧水の出る個所が数か所あり、そこから水路を引いていた。
 D 上町の本郷境には門があり、ここが宿場町大野の客の送迎所であった。
 E ハンノ木があちこちに植えられている。
   大野は市街地は湿地帯が多く、谷地が各所に有る。ハンノ木は湿地や沼に自生するもので、過湿地において森林を形成する数少ない樹木なのだ。
 まだまだ調べて行くと面白い事が有りそうだ。

   








 NHKBSプレミアムの放送日程が決まった。
 12月7日、午後8時から9時までで、私も出演する予定。
 撮影は1日中行われたが、出番はどの位あるのか楽しみだ。




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