6月30日(金)色々な日
 今日は気温も上がりそうだ。
 この様に熱くなると青森ねぶたに気持ちが動いて来る。
 朝5時の涼しい内にMTBでひとっ走りする。
 湯川方面まで一周したが、少し心拍を上げて10kmくらい走ってきた。
 大森浜は薄いもやが掛っていて幻想的な光景だった。

 昨日ツルハで買った10円ケーキで朝食は過ごす。

 昨日からテントを張ってある。
 このテントを活用して日よけを作りたい。
 青森は気温が28度から30度近くになる。
 青森ねぶた臨時サマーキャンプ場には、陽を遮る場所がないのでとにかく暑い。
 Sさんは大きな天幕は持ってくるが、それも人で一杯だ。
 そこで私も日よけテントを作りたい。
 ビーチ用の日よけテントも売っているが、3000円程度はする。
 家には使っていないテントが3張りある。
 みんな不要になって頂いたものだ。
 そのうちの一つを日よけに改良する事にした。
 まずは入り口だが、無くても良いので、縫い目に沿って切る事にした。

 切ったら前がオープンになって出入れがしやすくなった。

 次に側面はめっしゅになって良左右に有る。
 風が通りやすいのは良いが、朝は左側から、午後からは右側から暑い光が入る。
 この対策として、フライを切って洗濯挟みで止める様にした。
 上の写真は左で、陽が移動したら、右側に張れば良い。



 なかなか使い勝手が良さそうに出来た。

 余ったフライは自転車のサイドバッグの荷物の防水に使う。
 最近の旅人は殆どがオルトリーブと言う完全防水のバッグを付けている。
 2個で1万5千円程度はして手が出ない。
 今あるカバーは100円ショップのカバーだが、これだけだと防水性は弱いので、中にフライを切って入れる事にした。





 これで随分違うであろう。

 9時のツルハの開店記念のセールに行く。
 お目当てはLサイズの玉子が88円なのだ。
 相当混んで居ると思ったが、9時に行っても誰も並んで居なかった。
 簡単に玉子をゲットした。
 他に、安売り品を数点購入して戻る。

 午後から桔梗の塀に使う木材をカットする。
 厚い木材が有ったのを利用するのだが、今の電気鋸の歯がボロボロで、厚い板を切るのは大変なのだ。
 余りに切れないので、切る際に木材と歯の摩擦が大きくて煙が出て来る。
 そして余り切れない。
 家の解体した廃材は、釘が結構あるので、ついつい当たってしまうので歯が欠ける。

 以前使っていた電気鋸の歯はあるが、165mmと小さいのだ。
 今の歯は185mmになる。
 仕方がないので、それを使う事にする。
 少し危ない感じはするが何とかなるであろう。

 やはり安全カバーと歯の間は開いていて、物や手が入れば危険だ。
 慎重に切るが、径が小さくなったので一度では切れず、裏からも切る。
 何とか切る事は出来たが・・・。



 これを埋めて、後は横方向にたる木を入れて、板を張れば完成だ。
6月29日(木)バイクの旅人出発
 昨日のバイクの旅人は、Sさんで温泉から帰った後、少し話しをした。
 日ハムの試合は、やはり見ているようで、一緒に小さいテレビで見ていたが、勝ち目も無く寝る事になった。
 朝は7時には出ると言う。
 私はもう起きているので問題は無い。
 やはり車が混まない内に市街地を抜けたいようだ。
 バイクはホンダのCBR250で70万円くらいしたそうだ。
 新車なので綺麗で格好が良い。

 この後は、室蘭、苫小牧を抜けて何処かに行くそうだ。
 テント泊で無く、ライダーハウス泊まりなので、荷物はかなり少ない。

 また来ますと言って旅だった。

 彼が出た後は自転車の改造だ。
 フロントバッグを大きくしたいので、以前に500円で購入した保冷バッグに、取り付け用のベルト等を取り付けた。
 保冷バッグは防水になるので、雨の日でも大丈夫なのだ。
 所が背が高くなった分、照明がバッグに当たり前を照らせなくなった。

 そこで色々と取り付け方法を考えてようやくハンドルのバーエンドに付ける事に決定した。


 アルミの廃材を探したら、Rの付いているアルミ棒が有った。
 これを使う。

 このアルミ棒に抱かせるように直管のアルミ棒を探したらあった。


 適度の長さに切ってエンドは蓋をした。
 少しは見栄えが良くなる。

 ボルト穴を開け、タップを切って取り付け完了。
 バッグの横に付けたので遮る事は無いので大丈夫だ。

 これで完成し、次にMTBに付いているレーシング用サドルは尻が痛いので、ママチャリの物と交換する事にした。
 交換している最中に、藤島御夫婦がやってきた。
 板が欲しいそうで、貰って来た廃材が会うようなので、7〜8枚あげた。
 今日はツルハのオープニングセールだと言う。

 行かないかと言われて、一緒に行く事にする。
 入り口でまずは10円のアーモンドケーキを籠に入れる。

 他に安いものは、洗剤、キッチンロール、モヤシ、アスパラがあり購入した。
 出口では純水の入ったボトルが無料で貰えた。
 明日はLサイズの玉子が88円なのでこれは絶対に行かなくては。
 

 帰ってサドルを交換する。

 少し格好は悪いが、背に腹は代えられない。
 これで痛みが出なければその方がう良い。
 ママチャリにはレースングサドルが付いた。
 不似合いだが、市内は余り長い距離を走らないので痛さも大丈夫だろう。
6月28日(水)土方ファンの案内
 横浜から来たKさんと、朝6時にレンタカーで函館を出て一路松前に向かう。
 土方隊の進攻した、旧道を走って北斗市(旧上磯地区)に着く。
 ここで土方が宿泊した、種田徳左衛門跡地を見て、土台石が置いてある場所も見学。
 富川土塁を見て、矢不来台場はパスする。
 知内では茶屋峠の入り口を見て、松前に行く。
 法華寺の旧幕府軍合同埋葬地は、看板も倒れて土の持った場所には雑草が生えていた。
 草を手でむしって綺麗にする。
 大場、関、赤羽の墓には花を供えていた。
 松前を出て大瀧の戦いの場所に行って説明する。
 時間が無くなって来たので、江差から函館に直行した。
 1日だとなかなか回りにくい。
 途中の写真は無しだ。
 カメラにSDカードが入っていなかった。
 帰ってから記念写真を撮る。

 今日泊まるバイクの旅人が既に来ていた。

 北見から旅して、昨日は先日泊まった秋葉さんに紹介されたそうだ。
 これから、室蘭、苫小牧を経由して北見に帰るそうだ。
 取りあえず今日は温泉に行った。
6月27日(火)土方ファンの来客
 孫たちが学校に行き、娘も勤務に出たので、私も帰る事にする。
 途中まで来た時に、電話が鳴った。
 形態は後部のバッグの中だ。
 車を止めて携帯を取り出す。
 登録していない電話番号だった。
 横浜から来たKさんで、話しは、今元町ホテルの遠藤社長に私の書いた本を見せて貰ったが、ぜひ欲しいと言う。
 在庫が有ったかな?
 もう直ぐ家に帰るので、来て見たらと言ったら直ぐに向かうと言う。
 少ししてやって来た。
 話しを聞いたら土方ファンでレンタカーを借りて一人で回っているそうだが、なかなか史跡は分かりにくいらしい。
 明日は松前方面に行くが、土地勘も無いので今く、土方の痕跡を辿っていけるのか。
 明日は、私は急な用事も無く、空いているからおじいちゃんで良ければ案内しますよと言ったら、是非お願いしたいと言う。
 借りているレンタカーで、一緒に回る事になった。
 25日の碧血碑碑前際に参加して、なおらいにも出て来たそうだ。
 土方愛さんも子供を連れて来ていたそうだ。
 明日の東京行き最終便で帰るので、朝5時に出発する事になった。
 お土産に沖縄の品を頂いた。

6月26日(月)町内会PG例会
 今日はPGの例会日だ。
 年間の総合成績に影響するので頑張ろうと思う。
 例会は人も多く集まり24人くらいになった。
 天候は風があって少し涼しい感じだが、日中は21度まで上がるので暑くなる。
 それぞれがスタートする。
 我がグループは男性Mさんと女性はYさんとKさんになった。
 スタートするがまあまあのスコアで進んだが、4ホールのパー3の簡単な所がある。
 ここは2で入れる事も多いのに、打った方向が木の方で根元に入ってしまった。
 ここで痛恨の5を叩いてしまった。
 最初の5打は痛い。
 その後も調子が出ずにフィニッシュした。
 スコアの集計をしたら、それでも2位だった。
 1位は108で私は113だ。
 皆、悪いな。
 そんな事もあるのだ。
 午後からは練習で回る。
 今日は娘が休みなので、孫の帰りに合わせる必要もなく、いつもより多く回った。
 夕方、肉の沢山入ったカレーを頂いたが、美味しかった。
 TVを見ていたが、うとうとしていた。
 10時には布団に入って、ぐっすり寝てしまった。
6月25日(日)トラブル発生
 今日は当別修道院の神父さんに会う予定になっていて、7時50分には家を出ようと車に乗って、エンジンをかけたが全く掛らない。
 電源が無くなっている。
 ここ暫らく運転はしていないがそれにしてもバッテリーが上がるなんて・・・。
 バッテリーを外して、電圧を図ろうとしたが、テスターも電池が切れていて測定出来ず。
 いずれにしても充電をしなくてはならない。
 向かいの整備工場が開くのは9時なのでまだ1時間ある。
 一応、今日一緒に行く日の丘ギャラリーの上田さんには電話で行けない事を伝えた。
 神父さんとはアポは取って居なく、行ったら話しを聞いて貰えるとなっていたので、迷惑は掛らない。
 
 さて何とか充電出来る方法は無いかと考えた。
 車用の充電器は持って居ない。
 ふと電気ドリルの充電器が目に入った。
 これで出来ないだろうか?
 12Vの電気ドリルなので出来るかもしれない。
 充電電流を見たら、3.9アンペアある。
 車のバッテリーもその程度だから間に合う。
 繋ぐ方法はどうするか?
 充電器には専用の電池を入れると、プララス、マイナスが接触するようになっている。
 その端子に電線をプラスとマイナス端子にじ入れた。

 そして電気ドリル用のバッテリーを入れて線を押さえつけた。
 出ていた電線に、ケーブルを繋いだ。
 先の方にバッテリーを繋いだら、ぱちっと火花が出た。
 電気が来ている。



 これで暫らく充電しよう。
 赤いランプが緑色に変わった。
 車にバッテリーを付けてエンジンを始動したら1発で掛った。
 OKだ。
 何とかなるもんだ。
 ふと車の後ろを見たら、後部のライトが点いていた。

 これだ原因は。
 5日くらい点けっぱなしになっていたのだ。

 旅人が出発した。
 山口から一緒に来ている、葵君と明ちゃんだ。






 これから松前周りで小樽まで行き、そこで明ちゃんは舞鶴までフェリーで戻って、岡山まで自走し、四国お遍路をして、岡山に戻る。
 葵君は北海道を一周してから青森ねぶたに参加だ。
 その時はまた自遊旅に来る事になる。

 午後から瑞葵の吹奏楽コンサートを聞きに行く。
 カメラ持参も禁止になっていて写真は撮れない。

 市内の小学校から高校までのコンサートなので数は85バンドと多い。
 瑞葵の桔梗中学校は88人のビッグバンドだ。
 曲は kikyoutic Stage 1だった。
 少し前からのバンドを聞いていたが、それ程の感動は無かったが、桔梗中学校は、メリハリも聞いていてなかなか良い感じで演奏していた。
 でも人数が多いので瑞葵がどんな音を出しているのかは全然わからない。

 第3部の最後に上磯中学校の演奏が有った。
 昨年の全国大会出場校なので、やはり圧倒的に良かった。
 個人の演奏も強弱のメリハリも凄かった。
 パフォーマンスも良く、やはりナンバーワンの地位はゆるぎないのか。
 
6月24日(土)旅人二人が出発
 今日も朝の4時から7時まで昨日と同じ作業をした。
 10時には旅人二人が出発した。
 とねさんは恵山経由で左回りで北海道一周を目指す。
 栢野くんは当初松前経由で右回りの北海道一周だったが、となさんと一緒にいくことになった。
 今日は森の道の駅まで100kmを走るそうだ。
 それ二人のの荷物は多い。
 かなりの重量である。
 栢野君の自転車

 とねさんの自転車
 自転車が壊れないかと心配するほどだ。
 見送りの明ちゃんも一枚記念撮影。

 乃木オタクと書かれたステッカーもしっかり写真に撮られた。

 出発前の栢野君。

 こちらはとねさん。

 皆に見送られて出発して行った。




 葵さんは町に出かけた。
 明ちゃんは自転車にペットボトルで泥除けを付けると言うので、手伝ってあげた。
 退屈なので足湯にでも行こうとなり、湯川温泉の足湯に行く。
 人気で凄い人が居た。
 30分もつかりながらうとうと居眠りをしていたら、汗が噴き出してきた。

 帰ったら葵さんの自転車はあったが本人が居ない。
 何処かに行ったのか・・・しばらくしたら帰って来た。
6月23日(金)旅人はそれぞれ
 朝4時から7時まで「下二股口台場」本の校正をおこなった。
 やはり朝の方が捗る。
 徐々に旅人も起きて来て、観光に行く者、友達に会いに行く物などそれぞれが行動していた。
 やはり行く先はラッキ―ピエロ、ハセスト、六花亭などである。
 私は今日は仕事をしないで、湯川福祉センターの温泉に入って来て、家でのんびりしていた。
 夕方には最後の機会なので4人で写真を撮ろうとなっていたので、皆が集まってきた。
 天気が良いので外のテーブルに居る方が良くなった。
 コーヒーを飲んだりして過ごす。

 明日は2人が出発するので、記念写真を撮る。
 今回は、自転車を持って来ないで看板だけで撮った。

 それぞれの看板には、それぞれの思いがある。
 
 夜は明ちゃんが屋久島で知り合った、北斗市の女性と食事に出かけた。
 葵君は友人の実家が深堀町に有り、招待を受けているのでそちらに出かけた。
 自遊旅には二人が残った。
6月22日(木)薪小屋製作
 昨日の夕方に旅人二人がずぶ濡れになってやって来た。
 一人は2年前に来た栢野君でもう一人はフェリーで同乗した男性。
 ストーブを炊いて塗れたウエアや靴を乾かしてあげる。
 暑くて汗をかく位だ。
 栢野君は2年前にやって来た旅人で、今回で日本一周が2回目になる。
 明日には二人とも北海道一周に旅立つが、一人は右回り、一人は左周りになるようだ。

 今日は薪小屋の製作をする。
 まずは、頂いた長い端材を入れるスペースを作った。
 これは簡単に作れた。
 長い端材が90%くらい入った。

 次に先日作った小屋を廃材の入れる場所に改造する。
 2段にして板を張って作った。




 薪を入れる作業は旅人二人が手伝ってくれた。
 やはり3人でやると早い。
 あっという間に収まった。



 
 一人は観光に出かけた。
 しばらくして明ちゃんと男性がやってきた。
 男性とは新潟?で会ったそうだ。
 外にいた栢野君に、あれ〜どうしてここに居るの???
 実は2年前に明ちゃんが泊まった時に栢野君も一緒に泊まったのだ。
 2年後に再びここで会えるなんて本当に偶然としか言いようがない。

 2年前に来た時は7月の明和園の夏祭りだった。
 今年は1ヶ月早く来た事になる。
 その時は我が家も明和園の夏祭りに参加していた。

 明ちゃんはカラオケを歌っていたが上手だ。
 孫達も楽しく参加していた。


 明ちゃんは今回の旅ではウクレレを持って走っている。
 北海道を一周して小樽から舞鶴まで行くそうだ。。

 一方の栢野君は、今回は北海道を廻って7月末に函館に来て、それから仙台まで行き、アイドルグループ乃木坂46のコンサートに行って、再び北海道に来るそうだ。
 相当な乃木オタクの様だ。

 今日は4人が宿泊するので賑やかな夜になりそうだ。
 明ちゃんと一緒に来た男性はラッピーに行った。
 明ちゃんはハンバーグの特大盛りの函館山にトライする様だ。
 前回来た時には挑戦出来なかったのでリベンジだ。
 栢野君を除く全員が帰って来た。
 夕方からは全員で函館山の夜景を見に行った。
6月21日(水)色々な日
 昨日ダイソーでプリンターのインクを買ったので、今日は朝から印刷をする。
 色の方はプリンターが調子悪くて、良い色が出ない。
 「土方歳三が進攻した道南四大難所の峠」は今、旧道を展示している、日の丘ギャラリーに置く。

 「みちのくの桜名所と大曲花火見学の旅」はお世話になった六郷の人に送ります。

 
 印刷している最中にぶんぽ研のNさんから、昨年も頂いた、材木店で廃材が出たので取りに来て良いよとの連絡を頂く。
 丁度印刷中なので時間も空いているし直ぐに伺う。
 車2台分の廃材が手に入った。





 これで冬の燃料は1ヶ月は持つかな。
 今日の分は収まるが、まだこれから出たら連絡をくれるそうなので、薪小屋を作ろうかな?
 昨年は外に積んでシートを掛けていたが、雪の多い時期は取りだすのが大変だった。
 今日貰った廃材で何とか作ろう。

 昨日の夕方、女性の日本一周チャリダーの明ちゃんから電話が入った。
 今竜飛にいるが、23日に自遊旅の宿泊が可能かどうかの打診だった。
 旅人は今日は1名いるが、まだ宿泊は大丈夫だ。
 男性チャリダーも一緒にいるので2人で来るそうだ。
 明ちゃんは日本縦断をしたが、沖縄でバスケットの試合をして骨折して治療していた。
 日本縦断はしたが、やはり日本一周をしたいとなって旅を再開した。
 前回来た時は明和園の夏祭りで、彼女はカラオケ大会にも出ていた。
 なかなか活発な女の子である。

 昨日、イエローグローブに行って来た。
 目的は水を汲む布製のバケツだ。
 旅の時の洗濯はビニール袋でやっていたが、安定性が無いし、直ぐに破ける。
 釣り用の水汲みは、折り畳めば小さくなるし、延ばせば洗濯には充分だ。

 それに軽い事も良い。

 500円だった。
 ついでに釣り用品を見たが、ウエアなどはかなり良い値段する。
 色々なものが凄く高価に感じた。
6月20日(火)孫の自転車修理
 昨日桔梗に行った時に、孫の瑞葵の自転車がパンクしたとの事だった。
 道具は持って居なかったので改めて今日行くと約束した。
 朝5時半頃にMTBで道具を積んで出発する。
 朝は車も居ないので、快適に走られる。
 気温もまだ上がっていないのも良い。
 国道5号線を走って桔梗に着いた。
 直ぐにパンク修理に取り掛かる。
 チューブを出したら、小さな傷が無数にある。
 まさかパンクしたまま走ったのでは・・と思ったが、タイヤの中を見たら、何だこれは?
 真っ黒の砂状の物が沢山入っている。
 今までパンクはした事がないので、これは製造過程で入ったものに違いない。
 それによって、チューブが傷つけられ、徐々にチューブにダメージを与えたのだろう。
 パンクは2個所に小さな穴が開いていた。
 修理して直ったが、他の無数の傷も徐々に穴が開くかも知れない。
 タイヤの中の栗い粒は取りだしたから、何とか持つとは思うが。

 家に帰って、アンプやマイクをいじって調整をする。
 ハウリングが出て、ボリュームは余り上げられない。
 このアンプの性能はこの程度かと諦める。

 午後にプリンターのインクが切れたので、日吉町のダイソーまで行く。
 近くのダイソーはイエローが等に在庫なしなのになかなか入荷しない。
 自転車で入ったが、暑くなってきた。
 帰って夕食の準備をしたらもう一日が終わった。

 大間の旅人Kさんから明日宿泊したいとの連絡が入る。
 2度目の自遊旅訪問になる。
 そろそろ旅人も増えて来るのかな?
6月19日(月)パークゴルフ
 今日は町内会PGの日で練習日になる。
 天気も良いので、のんびりとプレイ出来る。
 17名の参加があり、男女入り混じって4人づつ回る事にした。
 今年2回目のYさんの奥さんが一緒だったので、教えながら回る。
 いわゆる上げ玉と言うのを打てない。
 雨の日や長距離を飛ばす時は、玉を上げてバウンドしながら行かないと距離が伸びない。
 最初はなかなか出来なかったが、大分良い感じで上げられるようになった。
 昼食を挟んで午後からのメンバーにまたYさんが入ったので、更に練習をしたらかなり良い感じで打てるようになった。
 1コース回ってもう終えたが、そこにFさんが来た。
 今、いちにを争うプレイヤーである。
 ゴルフ歴15年でPG歴3年も有り、毎日のようにPG場に来ている。
 誰もいないのでA,Bコースを二人で回る。
 緊張感があって真剣に、プレイ出来る。
 一進一退のスコアになったが、最後は私が2打位勝ったようだ。
 FさんとはA,Bで終わったが、Fさんはまだ廻ると言うので分かれる。
 家に向かって桔梗駅まで来たら、孫の愛葵が歩いていた。
 車に乗せて帰宅した。
 私は自遊旅に戻った。
6月18日(日)父の日のお祝い
 当別トラピストの従業員の子孫の方の、先祖を調べているが、今日は日之丘ギャラリーの上田さんの所に行く。
 行く途中念のため、カトリック信者の方の墓地に行って名前を調べてみる。
 外の墓地は誰でも自由に行く事が出来る。
 墓を全て調べたが、該当する名前は見つからなかった。

 天気が良いので丸山がはっきり見え登りたい衝動になるが、今日は行かない。


 日之丘ギャラリーに行ったら、入り口には閉館中の看板があったが、ギャラリーに行ったらドアが開いていた。
 中に入って二階に行く。
 誰も居なかったが、やがて奥さんが出てきた。
 久しぶりに会う。
 お茶を入れて貰いお菓子も出して頂いた。
 今ここでは旧道の展示もしていて、それも見たかった。



 なかなか良く調べていたが、難所の川汲峠や白神峠、小砂子山道については書かれていなかった。
 後日、ここに張る資料を持ってくる約束をした。
 話しの中で、ここでイザベラバードに関するミニ講演をしないかとの話しが有り、来年にはやろうとなった。
 上田さんは私が踏破したイザベラバードの道に興味を持って、その後会津まで行ってバードの関連する物を見て歩いたのだ。バードに関する本なども多数揃えている。
 
 要件のトラピストの話しをしたら、日曜日の朝8時半頃なら神父さんに会う様に段取りを付けられるとなった。
 探している墓はやはり内部にある墓のように思われる。
 
 話している内に函館の御夫婦がやって来た。
 展示物について私が説明をしてあげた。
 旦那さんは能面を作っているそうだ。
 地図の中にあった太田神社の話しをしたら、奥さんが非常に興味をもたれて、絶対行って見たいと言う。
 最初に40度の100数十段の階段があり、怖いよと言ったが、何とか行けそうだと言う。
 神社の写真とか見せたら、相当感じる事があるようで、これは絶対行きそうだ。

 日之丘ギャラリーを出て、桔梗に行く。
 午後からに日ハムのTVを見た。
 今日は勝ちそうな雰囲気だったので、夕方には皆でスーパーに行って100円の玉子を買いに行く。
 孫も数に入れて5人になる。

 夕方、父の日のお祝いをして貰った。
 寿司といなりなど美味しい料理に満足した。

 おまけに娘からTシャツのプレゼントも頂いた。
 ハッピーな一日だった。

 ファミリーコンサートに孫3人が出る事になり、友瑛は魚に関係する今日なので魚の被り物を頭にかぶるが、これは色が黄色系と青系だったかな、それを黒色に染めて色々な飾り付けをしたが、良い出来栄えで格好が良い。
 本人も満足の様子だ。

6月17日(土)六郷の皆さん函館観光
 今日は快晴の良い天気になった。
 洗濯日和なので、大きいシーツやそのほかの物も洗濯した。
 今日は家の解体をする。
 まだ残っている部分を少しづつやっていかなくてはならない。
 旧家の玄関床を解体する。

 コンクリートなのでどんな感じなのか?
 少しづつばらしていったら、コンクリートが出てきた。

 コンクリートの質はあまり良くなく、石が結構混じっている。
 大きい薪割りの後ろで叩いたら何とか少しずつ割れて来た。
 これを何度か繰り返してコンクリートを撤去出来た。

 暑いので汗をびっしょりかいた。
 溜まらず湯川福祉センターの温泉に行く。
 行く前に頭をバリカンで坊主にした。
 10時頃着いたが、この時間は余り混んで居なかった。
 体を洗って早めに出てきた。

 午後からファイターズの試合を見ていたら、六郷の加藤さんから電話が来た。
 これから中島廉売に行くとの事だった。
 六郷の同級生の方が函館に来る事は聞いていたが、到着時間が分からなかった。
 チャリで直ぐに中島廉売に向かう。
 やがてモーモータクシー2台でやってきた。
 加藤さんとKAZUさんはお馴染だが、他の女性4人は初めて会う人だ。
 同級生で毎月積み立てをしていて、年に一度旅行をしているそうだが、今回は女性の方々が函館行きに決めたそうだ。
 中島廉売で干し魚やトバなどを買って送って貰っていた。
 蟹は入荷が少なくて3500円と高かった。
 何時もなら800円位からあるのだが・・・。
 中島廉売の後、五稜郭公園に行くと言うので、自転車で走って行く。
 公園入口の前で待っていたらしばらくして電話が来て、五稜郭タワーに登っているが、上からも〜さんが見えるよとの電話だった。
 再びタワー下で合流する。
 その後、公園内に入り、一回りして、タクシーでホテルに向かうので分かれる事になった。
 今度は夏の大曲の花火大会で会える。



6月16日(金)Fさん宅で楽しい会話
 昨日から読んでいる「熊と猟師」は面白くて夜遅くまで読んで、今日は朝6時からまた読んでいた。

 熊の生態が非常に分かりやすく、色々と参考になる。
 筆者は音楽の先生なのだが、熊撃ちに興味を持って40年間も山に入り、熊を撃っていた。
 私も山に入るが思い当たる節も多くて参考になる。
 熊撃ちは熊を追って、猟をするので、熊の通り道や行き先を読んで熊を撃つ。
 登山者は熊に会わない様に、しなくてはならない。
 熊撃ちは熊の足跡を見て、雪の塊具合で何時間前に歩いたかを考える。
 足跡の雪を取って固まらない様だと2時間以内には通っている。
 熊の糞も棒でつついでその硬さを見ていつごろ通ったか判断する。
 同じ山に何度も入っていると熊のルートは決まっている事が分かるそうだ。
 枯葉を踏む音、小便をしたらその臭い、話し声、体臭などで熊は素早く逃げるそうだ。
 
 私も経験した事と同じ庫が書かれていた。
 雪に着いた熊の足跡が突然無くなる事がある。
 熊は何処に行ったのだろうと思うが、これは熊が同じ足跡を後ろ向きで5〜6m戻って、傍の藪に飛びこむそうだ。
 だから足跡が切れた時は後ろに熊が居る事になる。
 その時に熊も隠れているが、もし視線が会った時は後ろから襲われるそうだ。
 他にも参考になる事が多々あった。

 熊と突然あったら10m程度なら、熊の目を見つめ、少しづつ後づさりする。
 15m位にはなれたら熊の目から視線を外すと、熊は逃げてしまうそうだ。

 熊を撃つ者は熊に気づかれずに熊を追う。
 登山者は熊に築いて貰い熊に逃げて貰う。
 この相反する行動が面白い。

 9時にFさん宅に行く。
 トラピスト修道院の調査報告だ。
 報告は直ぐに終わったが、その後は、旦那さんも含めて3人で暫らく歓談した。
 昼食に美味しい盛そばを頂いた。
 午後1時近くまで話して帰宅する。

 帰ってスーパーに行ってカセットガスを2パック購入する。

 久しぶりに1パック198円だった。
6月15日(木)トラピスト修道院調査
 朝に北斗市の郷土史料家の落合さんに電話したら、午前中は居るとの事で出かける。
 実はFさんから調べて欲しい事が有ってと言われ、その話は当別のトラピスト修道院に関する事だった。
 札幌在住の70歳代の方が、50歳代の時に、あなたのお母さんはフランス人と言われたそうだ。
 その子供としては3代目に当たるが、本当にそうなのか調べに行った。
 話しはトラピスト修道院の創設時の話しで、フランスから来た神父さん一行が、三石灯台の沖で座礁した。
 その時に乗っていた船長の娘さんが、当別に住む事になり、後にトラピストに勤務していた、Hさんと結婚したそうだ。そのHさんは修道院の職員なので、墓は院の内部に有るそうだ。
 今年には京都の移住するそうなので、墓参りしたいとの意向だった。
 落合さんの家にいってトラピストに関する資料を借りて来た。
 分厚い資料を読んだが、三石沖で座礁したという記録は無かった。
 一行はフランスから東京に来て、さらに函館に来て当別に赴任していた。
 三石灯台沖で座礁した話しは載っていなかった。
 ここに入る人は神父さんになろうとする人と、作業をする人に分かれていた。
 相当数の方がここに入ったが、厳しくて止めて行く人も多かったようだ。
 特に神父さんになる方の修行は厳しく、殆どが辞めてしまうほどであった。
 トラピストはバターで有名だが、作る事になったのは。初代神父さんの故郷がバターの産地で、幼い時からバターには親しんでいたので、作る事になり、日本の牛は品質が悪くて、良いバターが出来ず、イタリアからホルスタインを輸入して、交配を続けてようやく良いバターが出来たそうだ。
 道南近郊の広範囲に牛乳作りを進め、かなりの量をトラピストで購入した様だ。
 日本人も作業員として、地元や東北から来ていたが、名前は掲載されていないので本人は居たかどうか判明しなかった。 

 落合さんの家の話しも面白い。
 北海道に入植したのは180年も前の事で、近江から松前に移住し、その後、箱館地蔵町で材木屋をして、その後は着物の生地を天秤にかついで箱館と松前を往復していたそうだ。
 その内に上磯(現北斗市)呉服店を開いたそうだ。
 当時の店も有ったが、地震で崩れ解体してしまったそうだが、古い資料が沢山保存しているのに驚いた。
 下の写真はご印鑑で、私はキリストでは無く、松前の淨玄寺の檀家であることを証明している。
 この印鑑はいつも持ち歩いていたそうだ。
 幕府によるキリスト教迫害が松前まで及んだ時に作られた物だ。



 この天秤は反物を入れた籠を前と後ろに付けて、箱館と松前を行き来していた。
 中央が太く、端の方が細くなっている。
 歩いた時に、反物の重さにより先が反って、肩に負担が来ないようになっている。

 反物の見本帳で、色々な種類の生地を縫い合わせて見本にしている。

 土台になっているのは和紙で、その上に生地を張り付けている。


 膨大な落合家の資料は、どうなるのか分からないが、奥さんは相田みつおさんの、言葉を壁に張っていた。
 でも出来なくて・・・。

 落合さんの家で、手作りのパンとかぼちゃスープを頂いた。
 さらに抹茶も入れて貰った。
 抹茶を飲んだのは何時だったか記憶にない位だ。

 お礼を言って、三石の日の丘ギャラリーに行く。
 ここの上田さんはトラピストと懇意にしているので話しを聞きに行ったが不在だった。
 
 帰りに久しぶりにドンキホーテに寄る。
 A4コピー用紙が近くのホームセンターより100円も安かった。
 同じメーカーなのに・・・。
6月14日(水)自遊旅の外壁塗装
 朝4時から下二股口台場の追加文書をパソコンで打つ。
 3時間もやったら疲れたので、今日はこれで終了。
 パソコンは朝だけと、夕方のブログだけにしている。

 天気が良いのでツーリングにでもと思ったが、思い直して自遊旅の外壁のペンキ塗りをする事にした。
 2年前に塗ったが、相当色も剥げてきた。

 余ったペンキが有ったのでそれを塗る事にした。
 ヘルメットに命綱を付けての作業でした。
 3時間かかってようやく白い部分を塗った。
 少しは綺麗になった。

 白いペンキが黒い部分にはみだしているが、これはまた黒いペンキで上から塗ります。
 黒い木の部分も塗りたいが、最近はペンキも高いのでなかなか塗れない。

 夕方、MTBで湯川方面に走る。
 家にたてこもってばかりいないで、運動をしなくては。
 汗をかきかき心拍を上げて走って来た。
 帰り道の個人商店で、レタスと生シイタケを購入。
 レタス100円で、生シイタケは2パックで100円だった。

 家に帰って餃子を作る。
 今日も行者ニンニク入り餃子だ。

 これは冷凍庫に入れて保存する。

 昨日はファイターズが逆転負けでゲーム差は15差になった。
 自力優勝は望み薄だ。

 サッカーはジャパンが引き分けで、次の試合で勝つか引き分けにならないと、WCアジア地区代表にはなれない。

 今日のファイターズは斉藤祐樹だが、安心して見られるかな?
 不安の方が大きい。
 TVが無いのでタブレットで見ているが、画面は小さいので疲れる。
 リサイクルショップで、1万5千円位出せば中古のテレビはあるのだが・・・。
 壊れたTVは元々妻のTVで、妻は新しいのを買ったので、お古が私に来たのだった。
6月13日(火)色々な日
 今日は特にやる事も無いと考えていたら、そうだ自転車のタイヤの入れ替えをするんだった。
 MTBの前と後ろを交換する。
 前を細く、荷物の多い後ろを太いのにする。
 前回の旅では、やる暇もなく逆になっていた。

 これは簡単なので直ぐに出来ると思っていたら、穴からずれたリムテープをずらそうとしたら櫓れてしまった。
 仕方がないので強力テープでごまかす。

 
 下二股口台場の本は既に完成しているが、追加で載せたい項目段々と増えて来たので、この辺りで見直しをかけようとスタートした。
 根気を入れてやると疲れるので、外に新鮮な空気を吸いに出た。
 目に入ったのは、解体した家の電気メーターのカバーだった。
 2日前に板でカバーしたが今一つ見栄えが悪い。

 これは先日作った排気ダクトの外側のカバーに良いのではないか?

 ばらして合わせて見たらぴったりだ。

 空気の出口をカットして取り付けた。
 これで見栄えが良くなった。
 
 後はする事も無かったので、今日は料理に少し手をかけようと始める。
 先日桔梗から蕪を2個貰った。
 これを使う事にする。
 蕪を12個くらいに切る。



 これにバラ肉を捲けばいいのだが、高いのでしょうが焼き用の肉を捲く。

 油を引いて炒める。

 裏表を炒めたら、酒を入れて蒸す。

 最後に、醤油、みりん、砂糖を合わせて入れてからめる。
 良い臭いがしてきた。
 もう終わると言う時に、フリーウェイのお姉さんと夏江ちゃんがやって来た。
 夏江ちゃんに上がってもらい、少し待たせて料理は完成した。


 夏江ちゃんは、以前からMTBを通して知っていたが、先日、戸井に自転車で走って山に登って帰ってこようとしたら、根崎でプーリーが外れてバラバラになっている所に通りかかった。
 その内に遊びに行くよと言っていたが、フリーウェイはお母さんの友達の知り合いで、車を直しに来たのだった。
 彼女が日本一周を自転車でした事は聞いたが、遺愛高校の先生だったのだ。
 日本一周の後は海外に居る人で、日本に来て何かやりたい夢を持っている人を、広く寄付を集めて、呼んでいるという事をやっているのだった。
 自ら「夢をつなげるメッセンジャー」と名乗って頑張っているようだ。
 My Lifeは愛と希望にあふれた未来へ、ほめ育てインストラクターだ。
 7月29日に競輪場で、登山家の栗木と一緒に講演をやるそうだ。

 聞きたいが、もう青森ねぶたに行っているので聞けないな。
 今日は時間が無いというので、「旅する先生」の本を貸してあげた。
 共通する夢があると思う。
6月12日(月)PG例会
 パークゴルフの例会日。
 20人が集まった。
 例会は年間成績にカウントされるので参加者は多い。
 ここ数日の雨で、グリーンも湿っぽい。
 結局117と例会では今年一番悪かった。
 食事後の午後は練習だが、ホールインワンもあって107で終了した。
 まあまあの0成績だった。


 長女の初の吹奏楽演奏会が25日に、函館市民会館で行われる。
 桔梗中学校は団員が69名と言うビッグバンドた。
 私も聴きにいっ事になった。
 同じ日に名門の上磯中学校の演奏や母校函館工業高校の演奏もあるので楽しみだ。
 ちなみに長女はアルトとサックスだ。
 お父さんがやはりアルトサックスを吹いていたので、その楽器が子供に引き継がれた。

6月11日(日)旅人出発
 昨日から泊まっていた旅人、秋葉さんが今朝出発した。
 松前〜日本海を廻り、積丹半島まで取り敢えず走る。
 途中では釣りをしながらの旅になる。
 釣りが大好きなので良い旅が出来ると良いな。
 体重の減量も目的に入っているが、何か難しそうな雰囲気だ。





 
 旅だった後に、桔梗に行く。
 長男はエレクトーンのレッスンがあるので、家での練習に余念が無い。
 午後からはファイターズの試合を見る。
 巨人には日ハムから移籍した、選手も多いし、、巨人には元や4移籍組も多い。
 結局、元巨人の村田や移籍組の太田の活躍で勝利した。
6月10日(土)戦死者追悼会&史跡めぐり
 箱館戦争で亡くなった方の追悼会と史跡巡りを行う。
 北斗市のバスで回るが、参加者は13名いた。
 ぶんぽ研会長の木下さんが解説しながらバスは走る。
 旧幕府軍野戦病院跡→旧幕府軍の作戦会議が行われた、市渡神社を経由して、佐藤安之助の墓に行く。
 佐藤安之助は新政府軍の兵士で、下二股口の戦いで亡くなった。



 昔は親族の方も参拝に来ていたそうだが、今は誰も来る事なくひっそりと眠っている。
 この墓の前には新政府軍の仮埋葬地と言われる場所があって、一体が一段低くなっている。
 歴史的に証明する物が無いのは残念だ。
 皆で手を合わせて、次の下二股口台場に向かう。
 バスで来る途中雨が降っていたので、会長は下で参拝と言っていたが、折角参加してくれる方が居るので私が案内しますよと言ったら、着く頃には雨も上がったので会長も行く事になった。
 下二股口台場は土方歳三が守った最強の台場で、多くの塹壕が今も残っている。



 土方隊本陣跡で供養した後、希望者を連れて塹壕を見に行く。
 その後は、大鳥圭介隊と新政府軍の戦いが有った、意冨神社に行く。
 ここのイチイの木には弾痕の跡があるのだが、どれが弾痕なのかははっきりしない。

 さらに光明寺に行き、新政府軍と旧幕府軍の墓に参拝。

 ここは光明寺の住職さんがぶんぽ研の副会長と言う事も有り読経をあげて頂く。



 南大野に有る共同墓地には新政府軍の戦死者も眠る。



 最後に官修墓地に参拝して戻った。

 北斗市分庁舎で会長が、箱館戦争の紙芝居を行い皆で聞いた。
 夕方自遊旅に山形の秋葉さんがフル装備の自転車でやって来た。
 明日には松前〜日本海を進む。
 自転車の後ろに付ける看板も作成した。
 習字2段だそうだ。
 流石に上手だ。

 釣りの旅である。
 夜の11時まで歓談した。
6月9日(金)台所改造終了
 朝早くから台所の改造を始める。
 まずは外した棚は油で汚れていたので、台所洗剤で洗って、その上に銀マットを敷いた。

 その棚に5連フックを取り付けた。

 次はガス台カバーにシールを張って少しは見栄えを良くした。

 カバーの中も銀のカバーを張りつけた。
 照明は40Wの泊熱電銃を付け、スイッチを入れるとファンと連動して照明が点く。
 カバーをかけたので、カバーの内部が見にくくなったが、これで手元も良く見える様になった。

 外回りは排気ダクトと壁に隙間が有ったのを、シリコンシールで塞いだ。



 冬になれば屋根の雪が落ちるので、廃材でカバーをした。

 これで台所も完成した。
 早速、天ぷらをやろうと食材を見たら玉ねぎしか無い。
 スーパーに行ったら、見切り品が有ったので購入。

 なすが3個で50円。
 きゅうりは7本で150円だった。
 きゅりは漬けものにした。
 天ぷらはなすと玉ねぎにした。
 海老とかあれば良いのだが、なかなか購入出来ない。

 なすの50円と玉ねぎ1個でこんなに天ぷらが出来た。
 今日は野菜天丼になるかな?


6月8日(木)台所改造
 朝は雨だったが、午後からは雨も上がりそうだ。
 昨日採ったワラビは灰汁抜きして、熱湯を掛けて1日置いていた。
 それを持って桔梗に行く。
 途中で電話が入り、伊藤さんがGHに寄ると言う。
 桔梗に1時間くらい居て戻る。
 12時頃に伊藤さんがやって来た。
 今年は北海道を一周したそうだ。
 彼女の車で一緒に旅して、釣りもしたそうだ。
 昨年はイトウを釣ったが今年は釣れなかったそうだ。

 先日泊まった秋葉さんとも洞爺湖で合流し、一緒にキャンプ場で過ごしたそうだ。
 今から4年前に青森ねぶたに参加するのに、美瑛から走って来たのだ。
 その時の仲間は絆が深いな。
 秋葉さんは結婚して、今は北海道を旅している。
 今日来た伊藤さんは彼女も出来て、今は気仙沼で事業を始めている。
 清さんはアメリカのロングトレイルをを歩いて縦断している。
 藤井さんも海外を旅している。
 皆それぞれ活躍している。
 お土産に気仙沼のふりかけと海苔を頂いた。

 話しの中で秋葉さんがフライパンを忘れたので取りに来るそうだ。
 100円ショップの物だが大事にしているな。

 彼は一度函館に戻ってから、江差経由で北海道を廻るそうだ。
 頂いたお土産は、山に行く時のおにぎりに良い。
 2時のフェリーで帰ると言う事で、少しの時間しか無かったが楽しかった。
 訪問してくれるだけで嬉しい。
 私も気仙沼に走っていきたいな。

 午後から雨が上がったので、台所の改造を始める。
 まずは排気システムを作る。
 使うのは100円ショップの茶わん蒸しと四角いプラの箱を使う。



 穴を開けるのかライターで小さな精密ドライバーを火であぶってカットする。

 綺麗な円で穴が開けられる。

 次に茶碗蒸しの底をカットする。
 これも同じ方法だ。

 四角い箱に開けた穴に茶わんむし容器を入れる。
 

 上手く入っている。

 次に家に有った蛇腹のパイプを茶わん蒸しに被せる。

 今度は加工を作る。
 先程、仮に組み立てたので、これをしっかりと組み立てる。


 後ろの板に排気ダクトを取り付ける穴を設ける。

 ファンは家を解体した時に取っておいた、浴槽用の換気扇だ。
 少し風量は足りないが、何とか行くだろう。


 次に窓を外す。



 ここに買って来たPBCボードを切って張る。
 排気ダクト様の穴もジグソーで開けた。

 ばっちり合った。

 後ろの板に排気ダクトを取り付ける。

 換気扇も正式にビスで止めた。

 横から見た所。

 換気扇カバーも取り付ける。

 良い感じで収まった。

 最後にスイッチと照明の配線をする。
 電球が無いので換気扇のみをテストしたが、良い勢いで回ったので大丈夫だろう。


 後は外側を化粧紙などできれいに張ろう。

 夕方函館市市役所恵山支所の松本さんが来た。
 話しの中で、最近野良犬が戸井から恵山に掛けて3匹居るそうだ。
 襲って来て噛まれたら、狂犬病の恐れがあるので注意して下さいとの事だった。
6月7日(水)気無山コース手前を往復
 今日は天気も良いので、弁財町から毛無山に至るコースを行く。
 途中からは林道になってしまうので、そこから別ルートを折り返して戻る計画だ。


 冬には行っているが、この時期には行っていないので、山の様子が分からない。
 その状況確認の山行でもある。
 弁財町の日新小学校の奥に車を置いてスタートする。





 林道を少し歩いてから、登りがずっと続く。

 道の周辺にはもう伸びてしまった、行者ニンニク、ヒドケが集団になっている。
 行者ニンニク




 その後も登って行くとやがて、牧草地の様な場所に出る。
 下北半島や亀田半島が真向かいに見える。

 半島の色は濃い青で、海面には雲海が薄く掛っていて浮島のように見える。
 この景色の良い場所で昼食を摂る。
 風も無く気温も丁度良く、良い景色を見ながらの昼食は美味しい。
 昼食後、芝生から離れて、旧道を歩く。



 立派なバンケイソウが無数にあった。






 こちらは、ワラビの山だった。



 既にかなり伸びているが、まだまだ食べごろのウドがあって沢山採れた。
 道は二手に分かれ、左は林道に出て、気無山方面に至る。
 まだ数キロはあるので、今回はここから藪を漕いで右手の小道に入り、下山方向に向かう。
 最初は道はあるものの段々と道ははっきりしない。
 冬の方が自由に歩けるので歩きやすい。
 道が無くなり適当に方向を決めて歩く。
 しかし、大きな沢の手前まで下ってしまった。
 少し下るのが早かった。
 また上まで登って平坦な場所まで至る。

 少し歩いたら、気無山からくる別な林道が出てきた。
 一度ここに出て、少し林道を歩き、再び尾根道を行く。

 獣道が沢山あって迷う所だ。
 このコースは行者ニンニクやヒドケが無数に集団である。
 一度ピークに登ってから再び下る。
 少し下がったら「サルメンエビネ」が2個所に咲いていた。



 赤茶色をおびた唇弁と、中央にある2つの隆起が猿のしわに見たてて名がつけられた。
 北海道では一部にしか咲いていない。

 下ってからGPSを見たら、ルートから外れていた。
 再び登って別尾根に行く場所まで戻る。
 間違ったお陰で珍しい花も見れた。
 今度は正規の予定ルートに入った。

 分かりにくいコースを慎重に歩いて行ったら、道が二手に分かれる。
 右手ははっきりした道があり、真っ直ぐ行く道はかなり細い。
 はっきりした道を行ったが下っている。
 これは少し降りすぎになるかなと、藪を漕いで真っ直ぐの道の方に戻る。
 少し歩いたら三角点が出てきた。

 あれ「上堤」に着いた。
 冬には3度も来ているのに・・。
 思わぬ三角点の出現で道がはっきり分かった。
 ここからはもうもうルートがはっきりした。
 下りは早い。





 黙々と下って、最初に歩いた林道に出た。
 今日は10.4km歩いた。
 山菜採りや昼食を除いても5時間半は歩いた。
 冬にしか歩いていなかったので、木々に葉が生えた風景は大きく変わっていた。
 冬には道を気にしないで歩けたが、道を歩くと冬と随分コースが異なっている。
 簡単に歩けたコースも、藪が多くて大変だったが、冬とは違う光景が新鮮だった。
 同行者も長距離を歩き自信になったし、山菜も採れ、花も見て満足だった。
6月6日(火)孫の運動会
 今日は桔梗小学校の運動会の日だ。
 本来は土曜日の予定だったが、雨で伸びて火曜日になった。
 水はけが悪いグラウンドで、なかなか水が引かなかった。
 8時頃には出発する。
 開会式の少し前に着いたが、娘の勤務先の駐車場が学校の隣と言う好条件で荷物運びも楽楽だ。
 観覧席もゴール傍の良い場所を抽選で当てたのでこれも良かった。
 開会式から始まって、やがて競技が始まる。
 最初は小1の愛葵の掛けっこだが、何処にいるのか分からず写真も撮れなかった。
 上位には全く入らず。
 その後の、孫達の出る種目は、愛葵は「UFOの踊り」「玉入れ」
 友瑛は「徒競争」「よさこいの踊り」「運命ゲーム的な競技」「玉運び」など。
 愛葵は特に早くも無いので、ゴールしただけで良しとするか。









 踊りはしっかり踊っていたが、2列目で良い写真は撮れなかった。
 玉入れは全く入らずだった。

 友瑛は徒競争は2位、運命ゲーム的な競技はラッキー賞と言って何もしなくても良くそのままゴールで1位になった。
 友瑛は登別に居る、娘の旦那さんの両親の家に遊びに行った時に、抽選を引いてホテル1泊宿泊券を2人分貰ったばかりで、何かツキがあるようだ。
 まだツキが続いている。
 札を拾ったらラッキーと書いてあった。

 もうゴールに一直線だ!

 走りながらもう一度確認したが、やはり大丈夫だった。


 よさこい踊りは決まっていた。
 いざ出陣の時の写真。





 これが決め歩ース。

 団体の玉運びは何度も玉を落として、その都度友瑛が拾って乗せていた。






 昼食は美味しい食事を頂いた。

 紅組は1周以上の遅れで完敗。
6月5日(月)町内PG練習会
 土日と雨が降っていて、台所の改造も進まないまま、今日は快晴の天気でPG日和だ。
 18人くらい集まって、桔梗台パークゴルフ場に向かう。
 そして組み合わせ抽選会となった。
 組あさせは、何時も車に同乗するT女子と妻と、多分90歳くらいのSさんだった。
 ここ2に日間の雨で水分が多いのか、なかなか球が走らない。
 ショートの連続だった。
 それと家族とプレイする事は殆ど無いので、雰囲気が随分違う。
 そんな言い訳をして、結局121と今シーズン最悪の結果で終わった。
 午後も、同じ感じで118と余り良いスコアでは無い。
 まあこんな時もあると割り切って桔梗に帰る。
6月4日(日)旅人来る
 山形からの旅人秋葉さんがやって来た。
 数日前は山形に居たので随分来るのが早いなと思っていたが、山形から車で奥さんと一緒に青森に来たのだった。
 そして奥さんも函館に行って見たいと言うので、来たのだが、月曜日からは仕事なので、今日フェリーで青森に渡って、そこから一人で運転して山形まで走るそうだ。
 距離も結構あるので今日中に着くかどうからしい。
 パワフルな女性だ。
 秋葉さん(実は養子に入って名前が大坂に変わった)はこれから2ヶ月掛けて北海道を廻るそうだ。
 昨日はジンギスカンをして、旅の話しをして夜遅くまで楽しかった。
 共通の旅の話しは何時も楽しい。
 特に彼はアイデアマンで、旅の小道具も色々あり参考になる。
 今回、カセットガスボンベからカートリッジボンベにガスを移し替える手作り部品を頂いた。
 何と自転車のチューブの虫ゴムの金属部分を活用したものだ。
 他にビニールチューブと網戸のゴムを使っている。

 カーリッジボンベとカセットガスボンベの容量の比較を書いたメモも持って来てくれた。
 几帳面な方だ。
 
 この様にガスを移し替える。
 これによって安いカートリッジガスを使えるようになる。


 他にクリアファイルを使った、コーヒーフイルターで重さは数グラム。
 

 今日は、雨なのだが、車で函館山周辺だけを観光した。
 10時過ぎに二人で自転車で観光に出かけ、2時半のフェリーで奥さんは青森に行く。
 奥さんの乗って来たFATバイクを初めて乗らして貰ったが、見た目とは全然違い走りは軽かった。 
 20万円くらいはするらしい。





 秋葉さんはもう一日居るそうだ。
 
 孫の運動会は、今日の予定だったが、月曜日に延び、さらに火曜日に延びた。
 グランドの水はけが悪いので仕方がないのだろう。
 娘の旦那さんは、仕事があるので、止むをえなく旭川に帰る事になったそうだ。
 今日、旦那さんの両親が登別からやって来るが、今日帰るか明日まで居るか分からないが、今日の夕方には皆で温泉に行き食事をするので、私も桔梗に行く。
 帰るのは7日になります。
 ブログは8日にアップします。
6月3日(土)清水三四郎遺霊&草刈り
 ぶんぽ研が毎年行っている、史跡の草刈りと清水三四郎の遺霊を行う。
 私は会長の車に同乗して行く。
 まずは清水三四郎の遭難の碑へ行く。
 清水三四郎は明治14年、桧山郡爾志役所(江差)で訴訟用罫紙が無くなったため、その購入に箱舘まで80kmを24時間で踏破し、その帰り道ここの二股で一泊したが、翌日猛吹雪の中を出発して行くえ不明になった。
 その話しを聞いた、箱館支庁長、時任為信が招魂の碑を建てた。
 この清水三四郎を毎年ぶんぽ研で慰霊している。

 階段から周辺の草刈りをして供え物もして、皆で頭を下げる。



 この清水三四郎の上に安政元年に作られた鶉山道がある。
 下の様に草に覆われている。
 この付近には天狗岳が有り、その山の中腹に塹壕が3個所築かれている事になっている。
 古文書には天狗岳に塹壕3個所と書いたものは多い。
 しかし現在の天狗岳には幾ら探しても塹壕が見当たらない。
 色々な方が、現在の天狗岳の南側斜面と書いているが、これは違うのではないかと思うようになった。
 天狗岳の南側麓の、新政府軍が進攻して来た道は、明治18年に出来た道なのだ。
 明治2年に何故天狗岳北側の安政に出来た道を進攻しなかったかずっと疑問に思っていた。
 それでも、正式な道では無いが、辛うじて歩ける道が有ったのだろうと思っていた。
 しかし塹壕が4無いので、疑問も出てきた。
 旧鶉山道
 今年の春に、上の鶉山道の上部に雪が残って横線状になっている個所がある事に気が付いた。
 まだ行っていないが、下の写真の中腹である。
 ここで塹壕が確認されれば、この山が天狗岳となり、歴史が大きく変わる事になる。
 天狗岳はいつその名が付いたか分からない。
 秋の草木の葉が落ちた頃に行こうと思っている。


  次に行ったのが佐藤安之助の墓。
 この亡くなった方は新政府軍の方で、随分昔には遺族の方が参拝していたが、今は訪れる人も無くひっそり眠っている。
 草を刈って綺麗にした。


 次に行ったのが新選組副長土方歳三が守備した下二股口台場だ。
 道はそれ程荒れてはいなかった。
 下の写真は本陣跡と推定される。
 20畳くらいのスペースがある。
 長期戦を考えていたのか、ここに板小屋が建てられていた。
 ここから上のF−12塹壕に行く道もある。
 F−12はF−1と並び土方隊の主要塹壕だ。



 ここは風呂と米搗き場が有った場所と推定される。
 古図に書かれている場所と一致する。
 風呂は沢の水を引いていたと言うが、少し離れた所に沢がある。
 ここも人工的に平坦な地になっている。

 隣接する窪みがある。
 推定だが風呂を沸かす木を置いた場所ではないかと思っている。
 ここに斜めに積んでいたのだろうか。
 この場所の新政府側には、高い兵があって、台の上に上がって兵が銃を構えている。
 塀は本陣を守る為のものであろう。
 塀の右手には篝火が焚かれていた。

 少し横に入ったら熊の爪の跡が有った。
 新しくは無いがここも熊は多そうだ。

 草刈りも終わって昼になり、供え物を皆で食べた。


 明日は孫の運動会なのだが、現在雨が降っていて朝まで続くそうだが、もうグランドは水が溜まっている。
 運動会開始まで水が履けるのか・・・。
 中止になれば月曜日になる。
 家では昼の食事の用意をしなければならないが、やるやらないの判定は5時半のメールだそうだ。
 やるとなれば大忙しだ、

 今日、山形の秋葉さんが自転車で、青森からフェリーでやって来る。
 2年前に泊まっているので久しぶりだ。
 台所の改造で散らかっていた、材料や工具を片付ける。
6月2日(金)雨で作業が出来ず
 今日は台所の改造をしようと思っていたが、朝からの雨で外では作業が出来ない。
 レイアウトはまたまた考えたら、違うレイアウトにする事にした。
 雨の上がった隙に少しずつ外でやっていたが、なかなか進まないので今日は止めにした。
 昨日まではガスフードをこの様に置いて横から排気ダクトを出す積りでいた。

 今日のアイデアではフードの方向を90度変えて、窓側に持って行く事にした。
 まずは枠を組んで・・・。

 下の様に板を張った。
 この上にコンロを置く。

 そして後部に排気港を設けるので、下の様に板を借りに立てた。
 外が雨でカット出来ないので、今日の作業は諦めた。

 今日の日ハム×阪神の試合は地上波で入らないので、桔梗に行ってGAORAで見よう。
6月1日(木)ぶんぽ研例会
 旅に出たり山のガイドがあったりで、2ヶ月は欠席していた。
 今日は久しぶりの例会だった。
 会長からのいつもの報告があった。
 会員からは山内さんが明治18年に出来た鶉山道に関する小冊子を製作した。
 これは私も良く見る資料だが、小冊子に纏めると全体が分かり、後世に残せる。
 今後の行事で私が参加するのは、
 6月3日の 史跡看板周辺草刈りと清水三四郎の追悼際に参加、6月10日は箱館戦争土方隊慰霊碑に参拝と史跡めぐりに参加する。

 終わって全員で、北斗市矢不来館出土品の特別展を見に行く。
 郷土史をやっている方たちなので、喧々諤々と楽しい時間だ。
 全国でここにだけ出土したものもあるそうだが、あまり宣伝をしていないのでみんな良く知らない。
 入場者そんなに多くは無いそうだ。

 その後は、資料を調査して自遊旅に帰る。

 台所は改造中で居間には台所用品が散乱しているが、外は雨だし作業は出来ない。
 足の踏み場もない。

 昨日考えたレイアウトは再度変更して仮に設置して見た。
 この位置にして排気ダクトは横から出す様にする。
 この方がスペースを有効に活用できる。

 明日天気が良かったら一気にやってしまおう。
 HP TOP