11月23日(木)終日地図描き
 一昨日出来た「土方歳三蝦夷の道」の本が3冊も注文があった。
 嬉しい限りである。
 今日はめいじ2年に作成した「大野町絵図」
を書く事にする。
 先日初めて資料館で公開された絵図なのだが、撮影は図に掛けてあるビニールの上からのみ良いよと言われていた。
 しかし撮影して見るとビニールがライトに反射して、その部分は全く見えない。
 仕方が無く取り敢えずビニールの上から撮影した。
 本来は写真を張り合わせて、作成する予定だったがそれも駄目だった。
 諦めていた所にKさんから何としてでも、絵を皆に見せてやりたいとの話しがあった。
 展示の時も書かれている字が、遠くて読めない状況だった。
 地元の人が見たいのは書かれている字なのだ。
 結局は撮った写真を見て、紙に写す事だった。
 仕事で設計をしていたので時間さえあれば何とかなる。
 今日朝から夕方4時までびっしり写した。
 元になる資料は写真だ。
 かなりの枚数がある。

 腰は痛くなるし、大きなテーブルも無いので大変な作業だ。
 それでも半分くらいは出来た様だ。
 何しろ長さが2〜3m位ある。
 鉛筆で書いて後から、マーカーではっきりと書こう。
 書いている字は達筆でなかなか読めない。
 誰かの力を借りなくてはならないな。
 長さ1.5m位は出来た。

 ここに文字を入れて行く。

11月22日(水)奥台場山ルート調査
 先月から山仲間が誕生日をお祝いしてあげると言われていたが、天候や都合が悪かったりで延び延びになっていた。
 ようやく皆の空き時間が出来たのだが、今日は午後から雨の予報になった。
 それじゃ1時間くらい歩いて温泉に行きそこで食事をしようとなった。
 どこの山に行くか?
 以前南茅部の学芸員の方に貰った、山に関する資料の中に、点名「川汲」で通称、「奥台場山」があった。
 歴史を調べたら、南茅部高校の学校行事で山登りがあり、そのために学校で整備した山道との事であった。
 山名は台場山の奥に有ると言う事で「奥台場山」と名付けた。
 このコースの最初の方はこの付近の山林を保有している、元森林組合長の千葉さんの土地で、何度か千葉さんと一緒に歩いた事がある。
 ルートは奥台場山山頂まで4km程有って、1時間では全く無理で、せめて山道の雰囲気を味わおうとなった。
 結局は1時間半歩いて引き返した。
 秋の紅葉時期に再び登ろうとなった。

 川汲の郭公橋の東側の左斜面を登る。

 いきなりの急な斜面は濡れていて滑る。
 木に掴まりながらクリアーする。

 道は時々はっきりした人工的な所もあるが、尾根道なので歩きやすい。
 雑草も少なく竹も短いので歩きやすい。

 しかし最初から急斜面を登る事になる。
 手の付きそうな個所も何度も有り、一気に高度は上がるがスタートしていきなりの急斜面はきつい。

 急斜面を90%登った所で一休みする。

 急斜面の最後を登る。

 手の付きそうになる位の急斜面も何箇所かある。

 急斜面を登り切れば尾根道がずっと続く。
 アップダウンの繰り返しだが、少し登っては平坦地になり、また登ると言った具合なので、変化が有って良い感じだ。

 この様なピークが何度も出てくるが短いので楽にクリアーできる。

 277mのピークに達する登り。

 これから先は暫らく平坦だが、ここまで1時間半になり引き返す事になった。
 遠くには台場山や無線中継場の鉄塔も見える。
 奥台場山は時々顔を覗かせていた。

 帰り道の最後の方で尾根を間違えて、右手の尾根の下りに入った。
 先には深い沢があるのでどうするか?
 行くか戻るか?
 GPSの地形図では尾根を下るとスタート地点に出るが、途中に1か所沢がある。
 20年くらい前の事を徐々に思い出して来た。
 このコースは登り口は同じだが沢を越えるコースで、千葉さんと二人でルート工作をした事を思い出した。
 確かロープを設置しアルミ梯子を付けた筈だ。
 今居る地点に古いブルーシートの切れ端もあるので間違いないだろう。
 下る事にする。
 右に行けば超深い川汲川になり、川汲川まで大きく落ち込んでいる。
 左の沢に沿って下る。
 すると沢に下るロープがあった。
 20年前の記憶がよみがえった。
 さらにアルミ梯子も健在だった。
 ここを下って一度沢に下る。

 沢から上がる場所にも、もう朽ちて切れそうなロープが付いていた。
 この最後の斜面を登ってスタート地点に着いた。

 ここがスタート地点だ。

 今日は1/3程度しか行かなかったが、尾根道をずっと歩く山道は笹も短く快適なルートである事が分かった。
 最初の長い急斜面に1時間は掛るがその後は楽しいアップダウンが続く。
 南茅部高校が整備したと言う山道は所々にその人工的に整備した跡が見えた。
 最初の急な斜面を避けるルートもあるので、次回はそちらから行こうかと話し合った。
 
 登り終えてひろめ荘に向かう。
 白濁の硫黄温泉に入って、食堂で誕生日を祝って貰った。
 私には何でも幾つでも食べて良いよと言われたが、天丼を注文して美味しく頂いた。
 他にもおでんやザンギ、蛸のからあげなどありもう満腹になった。
 食堂で歓談していたら外は薄暗くなってきた。
 この時期の日が暮れるのは早い。
11月21日(火)寒い朝
 まだ本格的な冬ではないが、今日の朝は少し冷え込んだ。
 外と変わらない様な家なので布団から出る時は寒い。
 1分位でセーターを着込んで、トイレに行く。
 戻って薪ストーブに火を入れる。
 この時までは寒いが、ストーブを一発で焚けた時は直ぐに暖かくなる。
 後はどんどん木を入れるだけである。
 昨日のPGは久しぶりだったので疲れたのか7時まで寝た、
 朝食後はひたすら本の執筆をする。
 午後3時までには完成出来た。
 早速1冊を印刷する。







 印刷している間に、肉じゃがを作る。
 
 出し汁を入れた鍋は薪ストーブで20分ほど煮て完成した。
11月20日(月)室内PG
 今日は雪も降っているのでパークゴルフは中止だとのんびりしていた。
 そこへ誰かがやって来る。
 パークゴルフに行かないかとの誘いだった。
 K女子とH女子の二人だ。
 どこでやるのと聞いたら良い所があると言う。
 クラブだけを持ってK女子の車で行く。
 この車は福祉車だった。
 妹さんが障害が有って車椅子生活なので購入したそうだ。
 後部に車いす格納場所がある。
 またアルミの板を伸ばせばスロープになるすぐれものだ。

 着いた所が大きなビニールハウスだった。
 この中にコースがあるそうだ。
 プレイ代720円を払ってコースに出る。
 意外と人の多いのにびっくりした。
 そしてコースは芝なのである。
 造園の会社がやっているので芝は簡単に出来るのだろう。
 ビニールハウスの中は暖かいので芝も伸び気味だ。
 真っ直ぐ打たないとラフに掴まり直ぐに止まる。
 真っ直ぐ打つ良い練習になる。
 1ホールを終われば次のビニールハウスに行く。
 それがずっと続く。
 初めは戸惑って良いスコアは出なかったが、慣れたら徐々に良いスコアになった。

 昼食もビニールハウス内で食べる。
 コーヒーは無料で、さらに漬けものも無料だ。
 なかなか良い。
 午後からも2ラウンド回って終了。
 楽しい一日だった。
11月19日(日)ロープウェイ無料の日
 今日は函館山ロープウェイが無料の日だと言う。
 孫達は毎年この日には函館山に行っているそうだ。
 今年も行く事になった。
 しかし朝から雪が降って風も強い。
 函館山ロープウェイのHPを見たら、午後1時までは強風のため運休していた。
 しばらく様子を見ていたら、2時頃運行が始まった。
 娘の車で私と妻、孫3人の計6人で出発する。
 弁天方面からシャトルバスが出ていたそうだが、今年は探しても見つからない。
 仕方が無くロープウェイ近くの駐車場に行くが、順番待ちとなった。
 私と下の孫2人が先に行く事にした。
 乗り場は空いていた。
 この天候なので止めた方も多かったのではないか?
 旅人が来た時は何時も歩いて頂上まで行くが、流石にロープウェイは早いな。

 あっという間に着いてしまった。
 函舘市街地は吹雪で見えない。
 
 その内徐々に視界が良くなってきた。

 少し待っていたら、妻や娘や上の孫もやって来た。

 まだ夕方なのでうす明るい。
 吹雪で街が余り良くは見えない。
 夜景まで待つ事にする。
 まずはコーヒー100円で売っている場所に行く。
 大人は老舗の美鈴コーヒーで孫達はフランクフルトやザンギを食べる。
 その後は食事に行く。
 カレーが100円、パスタも100円と格安だ。



 カレーは辛めで孫達は少しきつかったかな。
 私は角館から販売に来ていた創業嘉永六年の老舗「安藤醸造」のしろだしと寒こうじと特上つぶ味噌のセットを買って貰った。
 1500円の所1000円で格安販売していた。

 その内夜景が見えるようになる。



 外は風も強いのでかなりの冷たさになって居る。
 その後、お土産コーナーをのぞいたりして下山する。
 帰りのロープウェイも少し待っただけで乗れた。
11月18日(土)タイヤ交換
 暴風雨が来ると思っていたが、朝は少し風があったがそれ程でもない。
 本の執筆を3時間くらいやった。
 2/3/は終わったのでもう少しだ。
 明日は相当気温が下がって雪が降るかも知れない。
 雨はどうかと外を見たら降って居なかったので、タイヤ交換を始める。
 2本終わった所で雨になった。
 雨の中をのこり2本を交換したら、お日様が出てきた。
 意地悪だ。

 昼ご飯を食べてから、かきあげを作る。
 何しろニンジンを大量に貰ったので、何とかしなくてはならない。
 玉ねぎもあったのでニンジン1本と玉ねぎ1個で作る。
 9個もかき揚げが出来た。

 冷凍庫に保存して、そばやうどん、天丼に使える。
 海老とかあればもっと美味しそうなのだが、いつもニンジンと玉ねぎだ。

 午後から大野町の古図をどうしようか考える。
 デジカメで撮った写真を繋ぎ合わせるのはかなり大変だ。
 そこで大きな紙に写して見た。
 元々設計屋なので図面を書くのは得意だ。
 要するに何を書いてあるのかが明確に分かれば良いのだ。
 道の幅や、土地のスペースは大まかで良い。
 鉛筆で軽く書いて行ったら、早くて訂正も直ぐに出来るのでかなり早い。
 これで行こう。

 今日は桔梗に行って野球を見る。
 大きなテレビの方がやはり見やすい。
11月17日(金)暴風雨前の準備
 週末は暴風雨になると言う予報なので、解体中の材料を全て切ってしまう事にした。



 風は少し冷たいが、天気は良いので暖かい位だ。
 午前中一杯かかって全てを切ってしまった。

 薪小屋には一気に薪が増えて、もう一段格納個所を増やした。
 薪は焚いても焚いても増える一方だ。
 昨年なら廃材はどんどん燃やさないと寒かったが、今年改造したストーブは表面積が増えたので暖かい。少しの木で温かさが保てる。
 
 午後からは燃えるごみを処理場に持って行った。
 桔梗の分も含めて51円だった。

 午後、大野村絵図の繋ぎ合わせをしていたが、なかなか合わない。
 ジグソーパズルのように並べて、合わせようとするが合わない。
 これは大変な作業になりそうだ。


 そんな所にFさんの奥さんがやって来た。
 旦那さんと船旅にウラジオストックに行ったそうだ。
 案外綺麗でガンガン寺みたいのが沢山あったそうだ。
 お土産にロシアチョコを貰った。
 
11月16日(木)色々な日
 昨日桔梗に行く前に、エプソンのプリンターの色のかすれの修復を試みた。
 このプリンターは向かいの古物商のお兄さんが、新しい物を買った方から捨ててくれと言われて持って来たものだった。

 来た時は黄色のインクが何度クリーニングしても色が出なかった。
 諦めて黒だけのモノクロで使っていた。
 先日自分のキャノンのプリンターの黒色がかすれて、それを修復液でやってみたら、直ったのだ。
 そこで今回エプソンの黄色用の修復液を買って来て試してみた。

 洗浄液のカートリッジをセットし2度スクリーニングして放置しておく。
 放置後黄色のインクに変えてパターン印刷して見たらばっちり直った。
 これはすごい効果だ。
 これでプリンター2台が完全に使えるようになった。
 洗浄液は300円程度なので気にならないし、5回くらいは使える。

 朝6時に起きて娘の車のタイヤ交換をする。
 車にはうっすらと雪が積もっていた。
 交換は30分位で終えた。

 娘も出勤し、孫達も3人が学校へ行った。
 妻が病院に行くと言うので送り迎えをする。
 その後で天狗岳周辺の調査に、おにぎり1個持って行く。
 箱館戦争関係なのだが、古文書には天狗岩に3個所の塹壕を設けと書いてある。
 天狗岩は名前が変わって天狗岳になったと言うのが一般的な考えである。
 今の天狗岳には塹壕があるとは看板にも書いてある。
 しかし幾ら探しても見つからない。
 箱館戦争当時に書いた水原久蔵氏の「箱館戦争図絵」に山の中腹に塹壕が書かれているが山の名前は書かれていない。
 そこで一度現地に入り、古い絵と現在の山を比較して見る事にした。
 現地に行ったらデジカメが見つからない。
 仕方が無くタブレットで撮ったが転送が面倒なのでここには多くの写真は載せない。
 下の写真の辺りの斜面が臭いが、ここはダムに行く道路が出来たので大きく削られた。
 この下の道路の更に下に窪みを見つけたが、盛り土が少なく違うかもしれない。
 山容を全てチエックしたが、今の天狗岳は当時の天狗岩で無いと言う事が感じられた。
 これから写真と絵を比較して解析して見たい。

 安政5年の旧道と思われる道を下って中二股沢川の手前まで行ったら、人工的に上部を丸く掘った石があった。
 何の目的で削ったのだろうか?

 地形もほぼ調べたので、明治18年に開削した道に降りて行く。
 ここの道から小滝の沢が見えると古文書に書いてある。
 安政5年の道を歩いた時は良く見えなかったのだが、明治の道のお陰で簡単に見られるようになったと書いてある。
 この沢の先に滝がある。
 川を渡って向かい側に行けば見えるのだろうが、穴のあいた長靴では行きたくない。

 この中二股沢川には橋が掛ったのだが、その石垣がまだ残っている。
 一部は崩れ落ちそうになっていた。
 石垣は城を作る時と同じ四角すいの石だった。

 調査の途中で妻から電話があり、日の丘ギャラリーの上田さんが来たとの連絡だ。
 先日伺った時に11月と12月に家の解体を手伝う話しになったが、春に息子さんが帰ってくるそうだ。
 その時に亡くなったお父さんが作った、建物が無いのは寂しいだろうと、来年の3月に解体する事になった。
 わざわざ軽トラックで、連絡に来てくれたのだった。
11月15日(水)色々な事をした
 今日の天気は午後から雨か雪になった。
 外に置いてあるタンスの解体と薪にする作業をしなくてはならないが、電気鋸を使うので煩いから9時頃から始める事にしている。
 それまでの間、まずは来週行く事になった山の案内書を作る。
 一部は歩いた事はあるが、全てを歩くのは今回が初めてだ。
 松浦武四郎が残した絵に川汲温泉がある。
 その絵を描いた場所が今回のコースの途中の様な気がしている。
 その確認も合わせて登る。
 南茅部高校が学校行事をするのに開削した山道なのだが、もう登っていないので道は残っていないかもしれない。
 それでも藪は深くはないので、行けそうな気がする。
 中間部は別なルートから登ったが、尾根は歩きやすかった。
 最後が藪漕ぎになる可能性はある。




 9時になって薪切りとタンスの解体。
 前に解体していた材料を切って、新たにタンスを解体した。







 それを切っていたら雨が降って来たので中止にした。
 それでも5日分くらいの薪は出来た。
 ライティングデスクを解体していたら蛍光灯があった。
 40Wのものだった。

 60Hzと50Hzの周波数切り替えが付いている。

 今はそんなものはなく共通になっている。
 いつの時代のものなのか?
 点灯して見たら点いた。
 おそらくあまり使っていなかったのであろう。
 何かに活用しよう。

 外に出られなければ家で「土方歳三の歩いた蝦夷の道」の校正をする。
 半分くらいは校正を終わった。

 ここ数日は雪の予報も出ていたので、娘にラインで「タイヤ交換はどうする?」と送ったと同時に電話が来た。
 今日、明日にやって欲しいとの事だったが、今日は夜にはエレクトーンに孫を連れて行くので明日の早朝にやる事になった。
 それなら今日桔梗に行こうと決め、タイヤを積んだ。
 JAPANのサッカーの試合があるので大きなTVで見たい。
11月14日(火)道立図書館に本を送付
 1週間居たRieさんも今日は群馬に帰る。
 家の掃除や片付けを随分やって貰った。
 私が外出して帰ると何処かが変わっていてすっきりなっていた。
 午前中はまったりして昼に空港に行く。
 バニラエアはトータル手荷物が7kg以内にならなければ余計にお金が掛る。
 ディバッグを背負って、手荷物を持って行ったが、手荷物しか測らなかった。
 計測は3.8kgでパスした。
 見送って自遊旅に戻る。

 帰ったら道立図書館から電話があって、本代はゆうちょ銀行で良いが、書類に店番を書いてくれと言う。
 今まで店番など書かなかったが調べたら、有る事が分かった。
 自分の通著の番号から分かるのだ。
 結果番号の一部を取って、六八五等と言う様な漢数字になるのだった。
 書類を作成して本2冊と共に送った。
 支払いは2ヶ月後になるそうだ。
 それにしても手続きに随分と時間が掛るな。
 
 今日はもう時間も夕方なので、夕食の準備をすればもう良い時間になる。
 のんびりしよう。 
11月13日(月)パークゴルフ
 既に町内会PGのスケジュールは終わったのだが、希望者だけ集まってやる事になった。
 今日は午後から雨の予報だったので、余り来ないかなと思っていたが、何と9人も来た。
 何れもPGが好きな連中だ。
 今日は雨模様なのでコースはかなり空いていた。
 早速スタートする。
 私とは女子のトップクラス2人と組み合わさった。
 彼女らは私に負けたくないと言う気持ちが一杯出ている。
 まあその方がプレイが真剣になって面白い。
 前半は私がリードされる立場になった。
 しかし後半徐々に追い上げて、最後は良い方の女性とは1ポイント差で勝った。
 1打差は彼女にとって悔しい。
 でも真剣に出来て楽しかった。

 雨が少し降って来たので早めにハウスに入り昼食を取る。
 いつも車に載せて来るT子さんがそばを奢ってくれると言う。
 寒い時の温かいそばは美味しかったが、弁当も持参している。
 両方食べたらお腹一杯になった。
 午後からは中止とリーダーの話しがあったが、誰も帰らない。
 少し談話をしていたら小ぶりになった。
 それじゃとなり、結局9人がコースに出た。
 A、Bを廻った所で降雨になり、上がる事になった。
 ここ3回は妻は参加していない。
 左足に帯状疱疹が出てまだ治らない。
 今シーズンのプレイは無理かな?

 自遊旅に戻る。
 Eriさんは明日群馬に帰る事になる。
 1週間のんびり出来たと喜んでいた。
 自遊旅が私のいない間にどんどん整理整頓されていく。
 帰ったら又忙しくなるらしい。
 夕食はいつもそれぞれなのだが、私は作り置きのカレーライス。
 彼女はサラダ、鮭、海老の天ぷらなどでご飯やパンは食べないそうだ。

 夜に九州の旅人マッキーから贈り物が来た。
 中を開けてびっくり!
 虹色の様なバラエティに富んだ食材だった。
 それに何故かジップロックもサイズを変えた3袋入っていた。
 自遊旅には数度来ているので我が家の事情は良く知っている。
 中身は
 自分の庭で採れた柿。
 小鯛ちくわ
 いわしステック
 きくらげ(福岡)
 干し柿
 ふくっこ(下関)
 宗家キムチ(韓国)
 じねんじょ
 ごまあえの素2袋
 手延べうどん(五島列島)

 ごまあえの素は、私がホウレンソウにからめて使っていたので送ってくれたのだ。
 元々はマッキーがこのごまあえの素を使っていて私が真似して使っていたのだ。
 当分これらの味を楽しめる。

 夜はRieさんと旅の話しで盛り上がった。
 旅の話しは共通だから旅人が来た時は話題が多くなるので良い。
 他に日本一周を終えた由佳さんとLineで話す。
 今は旅の資金稼ぎにアルバイトをしている。
 その後、台湾に行く予定だったが、一緒に行く方が骨折して行けなくなったそうだ。
 これからは東南アジアバックパッカーを目指すそうだが、全く状況が分からないそうだ。
 今来ているRieさんはバックパッカーなので、話したら彼女の家に来て泊まって良いよとなった。
 そこで沢山の情報が聞ける。
 旅人同士のつながりは強いな。
 Rieさんはバニラエアーで往復4500円で函館に来ているよと言ったら、冬に函館に行こうかなと言っていた。
 北海道の冬も興味あるのだ。
 旅の話しを沢山して、私は何時ものように9時には寝る。
11月12日(日)写真撮影
 北斗市郷土資料館の古地図の展示も今日で終わりなので、小俣さんに頼まれた撮影に行かなくてはならない。Eriさんも行くと言うので一緒に出発する。
 着いて撮影をするが、光が地図の上に掛けたビニールに反射する。
 照明をデマースイッチを使って加減して何とか反射しないまでになった。
 地図が大きいので部分部分に分けて撮影するが、境目がなかなかはっきりしなくて撮影しにくい。
 兎に角多数撮影して後でパソコンで拡大して繋ぎ合わせるしかない。
 3枚の小地図を約240枚撮影した。






 これを後で張り合わせる作業は大変だと言うのは想像できる。
 しかし今回しか展示しないと言う事なので、やるしかない。
 函館中央図書館みたいにデジタル化してくれれば良いのだが、予算が無くて出来ないそうだ。
 貴重なものだとは分かるが、保管して置いて人目に触れさせないのは価値があるのかな?
 撮影には小俣さんも来てくれ、再度学芸員の方に今日の終了時のしまう直前に、ビニール外した状態で撮影したいと申し入れたが、やはり駄目と言う事だった。
 劣化すると言う事なのだが、照明の下でずっと展示しているのだけど、それは良いのかな?。
 30分位ビニールを撮って撮影して本当に劣化するのだろうか?
 
 終わってEriさんをトラピスト修道院に案内する。
 宗教的にはどこの宗教にも入っていないが、静かな環境に有る神社やお寺、教会などは好きだそうだ。
 売店で数枚の絵ハガキを買っていた。
 
 折角近くに来たので日の丘ギャラリーに挨拶に寄る。
 ギャラリーはもう閉まっているが、家の方に行ったら上田奥さんが居た。
 そこで衝撃的な事が・・・。
 7月にすい臓がんで旦那さんが亡くなっていた。
 びっくりした。
 8月のぶんぽ例会には、ねぶたに参加していたので、報告が聞けなかったから分からなかった。
 旦那さんが建設中だった茶室が完成しないまま残っている。
 そして芸術家である旦那さんの作品が倉庫に沢山眠っていた。
 来年には全ての作品を展示するそうだが、一人でやるのはかなりの労力だ。
 その時は手伝いますよ申し入れた。
 私のイザベラバードの展示も再来年にやる事になっていて、旦那さんもオーケーしてくれていた。
 旦那さんが気に入らない展示はやらない方針なので、写真展などでもこの場所に相応しくない作品はやらないという固い人だった。
 
 彼の作業場を見せて貰った。
 凄い広い1戸建ての作業場1件建ての自遊旅よりも広い。
 中には木工作品が沢山あり、木をカットするプロ用の機械も多数ある。
 「毛利さんこれ要らない」と言われたのが、木を切る機械だった。
 こんな大きい機械は置く所のないし、私には木の芸術的な加工も出来ない。

 この建物も一部を取り壊すそうだが、大工さんが合い間を見て解体してくれるそうだが、はっきりしないが来年になるそうだ。
 奥さんは今年中に何とか一部を解体して、その他は残したいようだ。
 手伝っても良いよと言ったら喜んでくれた。
 大工さんと話し合って頼むかどうか決めると言っていた。
 家の解体は経験あるので、倉庫的な建物の解体は難しくない。

 自遊旅に戻る。
 今日は朝食も昼食も食べないでいた。
 夕食は用意もして居なかったので、Eriさんはカップ麺、私はすいとんの余ったのにご飯を入れて食べる。
 簡単だ。
11月11日(土)孫の学芸会を見る
 今日は小学校1年と3年の孫達の学芸会で家族皆でミ見に行く。
 最初は1年生の愛葵の出番だ。
 寸劇的に言葉を出す場面も上手く言えたし、コリーダ?も多分上手く吹けていたのだろう。



 友瑛は3年生なので2年も学年が違うと、歌にも力があるし、演奏も上手だ。
 2年の差は大きい。

 登別から来たおじちゃん、おばあちゃんを見送ってから自遊旅に戻る。
 家が随分綺麗になっている。
 居ない間にEriさんが掃除をしてくれていたのだった。
 感謝だ。
 雨で外にも出られないので、それぞれまったり過ごしていた。
11月10日(金)実家での誕生日
 朝から「土方歳三の歩いた蝦夷の道」の執筆をする。
 10時頃にEriさんも起きて来たので、今日は恵山に行く事にした。
 余り観光はしていないのでたまには案内しないと・・。
 どちらかと言えば家でのんびりしていても良いと言う人なので気を使わなくて良い。
 彼女の波乱のバックパッカー海外編を聞いているだけで楽しい。
 あまりバックパッカーも行かない、海外のスラム街などにも結構行って長く滞在している。
 短く滞在して旅するよりも、長い滞在を基本とする旅なので面白そうだ。
 中国などは特に波乱万丈で面白い。

 恵山に行く途中武井の島展望台に寄る。

 もう紅葉も無く景色的にはあまり綺麗ではないが、今時期は仕方が無い。
 恵山のローソンで昼食を買い、賽の河原駐車場に行く。
 噴煙が上がる恵山は喜んで貰えた。
 後は特に行く所も無いので、恵山市民センターの温泉に行く。
 ここの休憩室は広くて良い。
 買って来た簡単な昼食を食べ温泉に入る。
 湯から上がって休憩室でのんびり話しをしていた。

 自遊旅に戻って直ぐに桔梗に向かう。
 今日は私の誕生日祝いをしてくれるのだ。
 娘の旦那さんの両親も登別から来る。
 明日は孫の学校の学芸会なので、その激励会や登別からの両親の歓迎会も一緒で。合同の会になった。

 9人も集まったので賑やかで良い。
 夜は皆で日本対ブラジルのサッカーを見る。
 レベルがかなり違うな。
11月9日(木)74歳の誕生日
 今日は74歳の誕生だ。
 今日帰るRさんと昨日来たRieさんとの3人で朝風呂に行く事になった。
 昨日来たRiaさんも同じ地平線会議で、Rさんとも知り合いなので話しが合って良かった。
 谷地頭温泉に行く。
 この時間は随分空いていてのんびりと入れた。

 私はぶんぽ例会があるので車で北斗市まで行く。
 少し遅れて例会に参加する。
 私の投稿した「トラピストバター物語」について少し説明する。
 その後は北斗市の資料館に展示を見に行くが、既に見たのでぶらぶらしていた。




 見終わって桔梗に寄る。
 そこに来ていたのは喪中の葉書。
 函館ドック時代仲良かったYさんが4月に亡くなっていた。
 直ぐに電話したが、留守電で奥さんとは話しが出来なかった。
 誕生日を迎える私と亡くなった友人。
 同じ歳なのに人生は色々な事が起きる。

 電話が来て、北斗市のKさんから資料館で展示していた資料を本に纏めて欲しいがどうだろうとの事だった。
 私も興味が有って、写真を撮ろうと思っていたが、資料の表面に被せているビニールが邪魔で光が反射する。
 最終日の終わりにビニールを取ってしまうので、その時に撮影したいと申し入れたが、劣化すると受け付けて貰えなかった。
 フラッシュ焚かなければ1時間くらいで劣化するとは思えないのだが・・・。
 今回終わったら、次はいつ見られるは分からないと言う。
 Kさんはお金を出しても良いから纏めたいと言う。
 取り敢えず、三脚を持って行き、写真だけは撮ろうと思う。

 孫を中学校に送って行ってから自遊旅に戻る。
 14時過ぎの電車でRさんは苫小牧に向かい、そこからフェリーで大洗まで行く。
 駅まで送って行き、重い輪行バッグは持って行って上げる事にしたが、乗り場は7番乗りまで一番遠い。
 ようやくホームに着いたら自由席は一番前の車両だった。
 発車の2分前にようやくたどり着いた。
 危なかった。

 夜にドキュメントリージャパンから電話が来て、NHKBSプレミアム「土方歳三」の編集作業をしているそうだ。
 私の出演シーンが局内で一番良かったと言われているそうで、Oディレクターも喜んでいた。
 また放映が近づいたら電話をくれるそうだ。
11月8日(水)Rさん来る
 昨日の夜の電車で富良野からRさんがやって来た。
 自転車を電車に積んでの輪行だった。
 駅前の送迎駐車場で待っていても来ないので。駅に行って見たら居た。
 重い自転車を持って車に戻る。
 昨夜は遅くまで話しをしたので今日は流石に眠い。
 彼女も同じ地平線会議の仲間なので話しは沢山ある。
 今年は昨年に続き、富良野で農業の仕事に就いていた。
 トマトの栽培でアルバイトの人は60人も居るそうだ。

 午後のバニラエアー飛行機でRieさんがやって来た。
 今時期成田から3千円代で函舘まで来れるそうだ。
 寒さを心配していたが今日は19度の予報も出る暑さだった。
 3人で夕方まで話し、夕食を買いにラルズに行って食材を購入し夕食を食べる。
 そして食事が終わってサプライズがあった。
 誕生日のケーキや手紙、プレゼントを頂いた。





 誕生日は明日なのだが、一足早いお祝いに感激した。
11月7日(火)行ったり来たり
 今日は朝起きて、先日の北斗市の文化祭ですいとんを無料提供したが、その時に出汁に使った、イワシを貰って来た。
 そのまま食べても美味しいのだが、醤油と砂糖で味付けをした。
 そうしたら更に美味しくなった。

 9時に材惚に廃材を貰いに行く。
 車に半分少ししか無かったがこれでも1週間は充分焚ける。


 先日回収したタンスを解体するのに、壊す道具が必要だ。
 まさかりの頭だけあったので柄を付ける事にする。
 柄にする丸い棒は沢山在庫がある。
 早速作る。











 これで完成だ。
 後はくさびを頭から打ち込めば完成する。
 昼に家に入ったら桔梗から、長女の瑞葵を学校に送って行ってと電話が来た。
 最近体調が悪く、午前中はめまいなどして、学校に行けない。
 最近は午後からは登校出来るようになった。
 桔梗に着いたら、長男の友瑛が学校で体調を崩して熱があるので、本人は帰りたいと言っているので迎えに来てと連絡があった。
 丁度良かった、瑞葵を学校に送る途中、小学校で妻を降ろし、そのまま中学校に瑞葵を置いて、再び小学校へ行く。
 友瑛は既に道路の傍に妻と伴に居た。
 載せて桔梗に戻る。
 少し休んでから自遊旅に戻ったが、途中でバッグを忘れたのに気づきまた戻る。
 自遊旅に戻って半端になっている、タンスの解体だが、今日は止めにした。
 明日は雨なのでブルーシートを掛けておいた。
 廃材は家に中に全て入った。
 当分大丈夫だ。
 明日からは寒くなりそうだが心配はない。
11月6日(月)PG練習
 パークゴルフも、寒くなってきたら、参加者が減って来る。
 プレーする残りが少なくなったこの頃だ。
 お年寄りが多いから少し寒くなるともう来なくなる。
 そんな事で今日は10名の参加者に留まった。
 今日は気温が15度まで上がると言うので、プレーしていると暑い位だった。
 それでも、午前中1ラウンド、午後から1ラウンドで終了した。
 午前中112で午後は111とまあまあの結果だった。

 4日の日に北斗市文化際の手伝いに行ったのだが、その時、郷土資料館で指定文化財展をやっていた。
 見たら、初めて見る資料があった。
 「大野村絵図(後幕僚時代)」、「大野村絵図(明治3年)」、「市渡村絵図(明治2年)」だった。
 これらは町史などに掲載されているが全く文字が見えなかった。
 今回初めて一般公開されたのだった。
 高さは2m位ある大きな絵図だった。
 ただ絵図には手を触れられない様にビニールを被っているので、写真を撮っても良いとは言ったが、光が反射して写りにくいだろうな。
 それでも20枚ほど撮った。
 昨日改めてパソコンで拡大して見た。
 「市渡村絵図」では現在の天狗岳が天狗嶽になっていた。
 これは興味ある。
 箱館戦争の古文書では全て、当時は天狗岩と呼ばれていた。
 その後、大正時代に国土地理院地図に天狗山となり、現在は天狗岳になった。
 これは何故なのだろう?
 もう少し調査が必要だ。
 先日、北海道立図書館資料室から依頼されて「鶉山道と箱館戦争」の小冊子を納めたが、その中で現在の天狗岳は当時の天狗岩とは違うのではないかとの見解を書いた。
 この図は、天狗嶽が限りなく中山峠に近いのが、今一つ地形的に合わないが、沢の名など合っている。
 ここに他の図は載せていないが、山の名前は今とはかなり違うのが面白い。
 毛無山は2つも存在するし、他に今の国土地理院の地図に書かれていない山が沢山あった。

 「大野村絵図」は写真を撮ったが、ボケていた。
 再度撮り直しかな?

 11月12日に作品をしまう際にビニールを外すのでそこがチャンスか?
 「大野村絵図」には、個人の家に名前が書かれているので貴重だ。
 箱館戦争では大野には本陣があり、歴史の中で参加した方の名前が出て来る。
 その人の住んでいた場所を特定できるかもしれない。
 1つの資料があれば大いに楽しめる。
11月2日(木)今日も執筆
 今日も朝早くからひたすら執筆をする。
 天気は良いので何処かに行きたいのは山々なのだが、こらえてパソコンに向かう。
 骨休みにイエローグローブに行く。
 キャノン用のインクヘッドクリーナーがあった。

 これが有るんだ。
 ネットで探したが無かったのに、ここにあるとは。
 今、ブラックのヘッドにインクの出が悪い。
 これを何とかしたいと思っていた矢先だった。
 この様に黒のインクがまばらになっている。

 早速クリーニングして見る。
 2度ほどクリーニングしたら線は繋がった。

 なかなか効果がある。

 本の執筆は3時頃までには、一番の面倒な部分は終わったので、一安心する。
 この辺りで切り上げて夕食作りをする。
 ごぼうがあったので、これで何かの料理を作ろうとデリッシュキッチンの動画を見る。
 良いのがあった。
 竹輪と豚バラ肉が必要なので購入して来る。
 ごぼうは水に浸して、その後レンジで3分加熱し、適当な細さに切る。
 それを半分に切った築輪に入れる。









 そして外に豚ベーコンを捲く。
 片栗粉をまぶし、フライパンでキツネ色になるまで焼いて、醤油、酒、みりん、砂糖でからませて出来上がり。
 厚い肉があったので、カツを作る事にする。
 小麦粉をまぶし、溶き卵を付けて、パン粉を付けてれば完成。

 カツ丼を作った。



 揚げたてのカツはやはり美味しい。

 今日は豪華な食事になった。 
11月1日(水)健康サロンin明和園
 朝から雨が降っている。
 今日は近くの明和園で行われる、健康サロンの日だから外出も苦にならない。
 久しぶりにストレッチをして体をほぐそう。
 仲間の方に依るストレッチを充分にやる。
 少しやらないと足の筋肉が痛くなるほどだ。
 やはり継続してやらないと駄目な事は明白だ。
 指導者の方の運動は、歩行訓練を結構な時間やった。
 ただ歩くだけでなく、ステップを変えたり、体をひねったり、足を高くあげたりとバリエーションが多彩だ。
 少し汗をかくほどだった。
 他にはヨガマットを使っての入念なストレッチを行う。
 体が硬くなっているな。

 終わって昼の楽しみの食事は「ハヤシライス」だった。

 丁度良い感じの味付けで皆満足していた。
 デザートも美味しかった。

 自遊旅に戻って「土方歳三が歩いた 道南四大難所の峠」の中味を見直して改訂する。
 そして一部を製本した。





 土方が歩いた道に関する本は殆ど無いので、興味ある方も多い。

 今執筆中の「土方歳三の歩いた道」を夕方までびっしりパソコンに向かって作業する。
 200ページの大作は時間が掛るな・・。

 HP TOP