1月18日(木)南茅部散策
 一昨日風邪を引いたのが治ったので、山を徘徊していたが、やはり運動するとぐっすり寝られて快調になる。
 昨日も入念なストレットやゲームで楽しんだ。
 今日は天気も良い様なので、南茅部の方を歩く事にした。
 以前から行こうと思っていた所なのだが、地図上では林道は途中で無くなっている。
 上には林道があり、少しの間の距離を行く事が出来れば新たなルートが出来る。
 南茅部の道の駅の前から入る。
 車の跡があるので行けるかなとも思ったが、先で車が来たらすれ違えないので、道の駅に置いて歩く。
 今日は足取りも軽い。
 一昨日は風邪引き後、初の歩きだったので登りでは息が切れた。
 今日は快調だ。
 暫らく行ったら、建物が出て来た。

 車はここに来るようだ。
 どうやら浄水場の様だ。

 道はさらに除雪されているのでそのまま進む。
 しかし先は除雪がしていないし道も無かった。
 ここも浄水場の施設があった。
 戻る事にする。

 来る時も下の写真の様に道が分岐していたのは知っていた。
 今度は除雪されていない左の道を行く。
 雪が4少ないと思ってスノーシューは車に於いて来た。
 まあ20cm程度なので、それほど問題では無い。

 暫らく行ったら砂防ダムが出て来た。
 ここは川を渡るが水量は少ない。
 ここから右手に登って行く。

 少し行ったらキジが居た。
 全く飛んで逃げる気配は無い。
 近づいても歩いて離れて行く。
 どこか怪我でもしているんだろうか?
 ゆっくりゆっくり歩きながら遠ざかって行った。

 この場所からさらに林道を進む。
 今日は4度の予報なので暑い。
 下着もすっかり濡れて来た。
 カーブを何度も曲って高度もかなり上がって来た。
 地図上ではそろそろ道が無くなる。
 やはり先には道が無くなった。
 無理して斜面をトラバースする事も可能だが、途中でも雪崩た跡があったので、行くのはここで止めにした。

 下を見ると小沢が流れている。
 この沢を登りつめれば上の林道に出るのだが、地図上では沢の両斜面も急なので無理しない方が良い。雪が溶けたらこのコースを使って上の林道まで登られるかもしれない。

 帰りは大幅にショートカットして下る。

 近くのひろめ荘で無料の入浴券を使い、のんびり入っていた。
 福袋が売っていて1万円で回数券4冊だそうだ。
 48回入浴出来る。
 魅力的だが、そんなには来られないだろう。
 家の近くなら良いのにな。

 郷土史家O氏に借りた大野町史1000ページ以上を読んだ。
 かなりのボリュウムがあった。



 ここに書いてある必要な情報は大野村古地図に反映させた。
 古地図は後は現在の市街地の部分部分で写真を撮って挿入する。

 昨夜から読んでいた阿部たつをさんの「道南郷土余話」は道南の円空像を調査する様子が書かれて大変面白かった。車の無い時代なので全て汽車やバスで取材している。
 この本の製本を見てびっくりした。
 
 今私が製本している仕方と全く同じなのである。
 プロに頼む本の出版は、かなりの費用が発生して、貧乏人には全く無理な話だ。
 それに負けずに何とか本を出したいと、自主製作しているが、本の製作は色々と変遷している。
 最初は背表紙を糊づけで固定していたが、手間が凄く掛るので手作業では大変だった。
 それが毎回考えて、今はホッチキスを使う方法に落ち着いた。
 所がこの本はホッチキスなのである。
 プロの印刷工場が作った本で昭和33年の製作だ。
 当時はこれが一般的なんだと嬉しくなった。

 この方式の欠点はホッチキスの針が最初のページで紙を無理して開けば破れてしまう事だ。
 この本も60年くらいたっているのでやはりその欠点が出ていた。

 ホッチキス部分が紙から抜けている。


 そう言う事は、ホッチキスの部分の紙に少し丈夫な紙を挿入して、それを一緒に止めれば良いだろう。次回からはそうしよう。
1月17日(水)健康サロンin明和園
 今年最初の健康サロンin明和園である。
 いつもの通り妻が桔梗からやって来る筈なので、函館駅まで迎えに行く。
 それが到着して10分位待ったが駅から出てこない。
 携帯に電話を入れても出ない。
 家電に入れても出ない。
 もうお手上げである。
 もう少し待ってから戻る。
 もしかして私が間違ったかと明和園に寄ったら、幹事のY子さんが来た。
 やはり間違いなく今日はあるのだ。
 参加者からもう一度電話したらと言われ携帯・家電と入れるが全く出ない。
 どうしたんだろうと、皆も心配してくれたなすすべは無い。
 今日は看護師学校で勉強中の若い二人も見学に来た。
 今年最初の会なので、私が新年の挨拶をして開始する。
 いつもの通りストレッチを充分にする。
 その後はボールに依るゲームや椅子取りゲームなどをやり、最後は絵にかいた間違い探しをやって終了。
 昼食前に妻に電話したが出ない。
 これだけ出ないと心配になる。
 皆もどうしたんだろうね?と心配してくれる。
 昼食は中華丼だった。

 自分の作るものより具が沢山入っているので美味しい。
 最近は野菜が高いのでなかなか買えないが、今日はサラダも付いたのでビタミンCを沢山補給した。
 自遊旅に帰って、家に電話したら娘が出た。
 妻は在宅ケア―で出かけたそうだ。
 それなら一言連絡があっても良いものだ。
 毎回迎えに行っているのに・・・。
 でも文句は言わない。
 在宅ケア―でこちらの事まで気が廻らないのだろう。
 歳を取れば忘れる事は極普通だ。
 私が迎えに行くと言う事も頭に無いのだろう。
 いちいち言っていたら、ストレスが溜まるだけだ。
 年寄にとってはこんな事は極普通の事だと思うようになった。
 帰宅して娘から話しを聞いても、あやまりの電話は来ないだろう。
 そこまで気が付かないだろう。
 
 午後から安政年間の大野村古地図を完成させた。
 一段落してから、明治の古地図作成に取りかかろう。
 今度は1ヶ月位で出来るだろう。

 夕方TBS−BSの映像製作会社ネクサスから電話が来た。
 前回は女性だったが、取材方法の結論が出なかった。
 下二股の取材は雪でそれなりの装備が要る事を話してあったが、やはり中に入るだけのパワーは無い様だ。
 今回は男性のAさんからの電話で、提案して来たのがドローンに依る撮影だった。
 なるほどこれならそれ程中に入らなくて済むが、木にでも引っかかったらどうするのかな?
 ドローンの発想は面白い映像が期待出来る。
 新政府軍が旧幕府宮に攻め込むルートを飛ばせば、如何に困難な場所を攻めて行くのか分かりやすい映像が出来そうだ。
 上から塹壕を見れば、地形も良く分かりそうな気がする。
 詳細は再度打ち合わせになる。
1月16日(火)近場を散策
 最近風邪をひいた事もあり、古地図の製作もありとでなかなか外に出る機会はなかった。
 風邪も一段落して、古地図製作も一段落したので近郊の散策に出かけた。
 戸井の古道で今まで道のある事は分かっていたが、他の道に行く事が多くて、なかなか行けなかった。今日はその道を行く事にする。
 今日の歩いた道は下記の通り。
 復路のみログを取った。
 この道も気無山に通じる参拝路である可能性が高い。
 正式には赤ラインが左に膨らんでいる個所の右側の高所を行くのだが、厳しいので迂回路的に作った道の様だ。

 下海岸は全く雪が無かった。
 まるで春の様な雰囲気の中車を走らせる。
 予定の場所に車を置いて歩きだす。
 今日はスノーシューも持って行かない。
 雪の無い山道を登って行く。

 下の方にも道があったが、この道は先で一緒になった。
 現在の道よりも古い時代の道の様だ。

 途中に大岩群があった。

 さらに道を進んで行く。

 道路管理者が付けたテープがある。
 これは意外と便利でテープ2本は道が二手に分かれている事を表わしている。

 沢を渡るが、上流は深くは掘れていない。

 まだまだ道は続く。
 獣の足跡が無数にある。

 ここも上の方に道がある。

 上の写真の更に先に行ったら、以前に歩いた道に突き当たったので引き返す。
 風がかなり冷たく少し汗ばんだ体が一気に冷え込んだ。
 帰り道の前方には釜谷富士が良く見える場所があった。


 戻ったら私の車の傍に恵山の清掃車が居た。
 昼休み休憩なのかな?
 でももう1時は過ぎている。
 
 体も冷えたので戸井の湯遊館に行く。
 福祉料金50円を払ってのんびり入浴してきた。
 帰りに売店でジャガイモ10個70円で購入して来た。

 自遊旅に着いてブログをアップしたいが、昨日からGmailが変わった様で、アカウントを再度取る様に要求して来る。
 既に今まで使っているのがあるので何とか使えないか、あちこち設定していたらようやく繋がった。
 自遊旅はインターネット環境が無いので、タブレットのテザリングでアップしていたが、最近NCVのFreeWifiの感度が良くなったのか、繋がる様になった。
 桔梗ではNCVに加入しているので、パスワードは持っているのでFreeWifiは無料で使える。
 今までは感度がぎりぎりで繋がったり、切れたりしていたが最近は調子が良い。
 因みに家の直ぐ傍の電柱に基地がある。

 先日、大阪の旅人に送って貰った物を開けた。
 てっきりお菓子かなと思っていたら、佃煮だった。
 それも天明元年創業と言う超老舗の神宗だった。
 その中のこぶは北海道道南の天然真昆布を使っていた。
 昔から宇賀昆布は全国でも有名だった。
 この生産地の宇賀は宇賀浦では無く、戸井の運賀が生産地だ。
 良く函舘市街地に宇賀浦町があるのでここだと思っている人が多い。
 戸井町史ではかなり強烈に間違いを指摘している。


 1月3日付けの北海道新聞に掲載された二股台場取材の時の記念写真が送られて来た。
 自然倶楽部代表の鎌鹿さんも一緒だった。
 記者中川さんはこの後、スノーシューを購入したそうだ。
 今度山に行きましょうとのメッセージがあった。

1月15日(月)郷土史家O氏を訪問
 今日は朝から雨模様である。
 のんびり起きてから、町内会で行われる、TV撮影の裏話の原稿を作る。
 A4で4枚程度を作ったのでこれで良いだろう。
 後はドキュメンタリージャパンから貰ったDVDの一部を放映して、1時間居以内には収まるだろう。
 松浦武四郎の足跡を書いた本「一畳敷」を読む。
 本の作り方がかなり変わっている。
 「北蝦夷山川地理取図」も文字を読めると言う親切さだ。
 中でも面白いのは実際記録に使った「野帳」の実物コピーが載っている。
 手のひらより少し大きい位の紙を綴ったもので、この中にびっしりと絵や文字を書いている。
 良く筆でこのような小さな字が書けるものだと感心する。
 絵もふんだんに載っている。
 中には北海道すごろくもある。
 このすごろくで廻れば北海道全部を廻れる。
 一畳敷きは彼が人生の最後の住処にと選んだ神田五軒町の住まいの東側に建てた一畳敷きの家で、この家の材料は彼の旅の中で知り合った関係の深い方から貰った材料で作った。
 神社を建て替えた時の廃材や橋の桁お寺の一部の木材などで、これらを使い8年も掛って完成させた。
 まるで男の隠れ家的な建物である。
 しかし完成から1年して彼は71歳で生涯をとじた。
 この一畳敷きも自分が無くなったら燃やして欲しいと遺言を残したが、親族がためらって残したものである。
 現在国際基督大学の構内に存在する。



 午後から北斗市の郷土史家Oさんの家に行く。
 大野町史を貸して頂けるとの事で伺った。
 奥さんも居て3人で郷土史の話しに夢中になってしまった。
 2時から病院に行かなくてはならないのに30分も過ぎてしまった。
 それにしても夫婦で歴史について話しを交わす光景って良いものだ。

 帰る時、玄関の外の雪をどかすと言うのでやって上げた。
1月14日(日)雪スコップ修理
 今日は気温がプラスになりそうで暖かい。
 最近は朝6時頃に起きる様にしている。
 今までの様の古図の製作が無くなったので、のんびりしていると言うのもある。
 屋根から落ちた雪を排雪して居た時に、壊れた除雪スコップがあったので見たら、柄の部分は使えそうだった。
 桔梗のスコップは妻が使っている時に棒の部分が折れてしまった。
 柄だけを買ってこようかと言ったら、娘に柄を買ってきて貰うからと言っていた。
 でもこのスコップは柄を取り外すのは相当な苦労が居る。
 娘が買って来ても交換は無理だろう。
 9時過ぎに電話したが誰も出ない。
 そこで壊れたスコップを持って桔梗に行く。
 家には娘と愛葵が居間に居た。
 話して古い壊れたスコップを持って帰る。
 早速修理する。
 柄の折れたスコップ。
 
 これが家にあった枝が先端のはめ込み部分が割れていた。

 まずは柄を外すが、やはりかなりきつくてなかなか抜けない。
 思い切りたたけばスコップが割れる恐れがある。
 品変え手を変えて、何とか外す事が出来た。

 折れた柄に着いている先端部分は使うのでリベットをドリルでカットする。

 綺麗に取れた。

 家にあった絵は先端部が割れていた。
 これを交換する。

 ドライバーで割って外す。

 壊れていない外した先端部を付ける。

 同じアイリスオオヤマの製品なのでリベット位置は同じだ。

 リベッターで固定する。
 後は少しきつめだったので先端部の直径を少し削った。

 上手く収まった。

 後はスコップ部に挿入して完成した。


 午後からは家の整理をする。
 旅の用具や炊事用具など整理した。
 3時からワールドカップ女子ジャンプを見るが、ファンである伊藤有香は5位だった。
 高梨が2位に入った。
1月13日(土)親戚の人?
 今朝は3時頃目が覚めてしまったので、オールナイトニッポンを聞きながら布団に入っていたが、目が覚めたのは6時半だった。
 ラジオを子守唄に2度寝が出来た。
 直ぐに朝食を食べて、昨日やらなかった除雪をやる。
 昨日の積雪は5cm位なのであっという間に終わった。
 今日は温泉に行く積りなのだ。
 妻から帰り際に入浴券が欲しいと言ったら1枚だけくれた。
 温泉に行く途中100均で、A3コピーを3枚とって、発泡スチロールの板を3枚購入する。
 これはパネルにして、町内会の講演の時に、皆に今までの活動を紹介するためだ。
 その後花園温泉に行く。
 浴室に入ったら、カランに向かって寝ている人が居た。
 親戚の人に見えるのだが、はっきり見えないので、声も掛けないでまずは温い子供用の風呂に入る。
 ここは何時もじっくり入って妄想している。
 その後低温風呂に入るが、低温と言っても44度ある。
 結構熱いのだ。
 その後には、冷蔵庫に入っている氷を貰って、サウナに入る。
 上がって来て今度は露天風呂に入る。
 そろそろ体を洗おうと出て来たら、先程の人がまだカランに謝る様に寝ている。
 随分寝ているな、
 私は体を洗って、再びその傍を通ったら起きていた。
 やっぱり親戚のHさんだった。
 お久しぶりと声を掛けて、子供風呂に入る。
 彼も隣に入って少し話しをする。
 以前は時々は彼の家に行って居たが、最近は殆ど行っていない。
 正月も桔梗の皆が彼の家に行ったのだが、声も掛らなかった。
 彼の奥さんが妻の妹になるのだ。
 湯から上がってずっと先に上がっていた彼だが、まだ着替えが進んで居なかった。
 私の方が早く着替えて、お先にと言って帰って来る。

 帰ってパネルを作った。
 その最中に(株)ネクストから電話があった。
 下二股台場を撮影したいがとの話しだが、昨日大雪が降ったので恐らく70cm位は積っている。
 スノーシューが無ければ行けない。
 高所までカメラを上げるなら2時間は掛ると言ったら、どうして良いのか分からなくなったようで、上長に相談してみますとなった。
 台場は国道の傍に有って、直ぐに行けると思っていた様だ。

 夕方には、おかずの作りだめをする。
 ひじきと揚げの炒め、きんぴらごぼうを作った。
 後は購入した食材を小分けしてすっきりと冷蔵庫に収めた。

 FBで冒険家小口君が南極を自転車で横断するそうだ。
 昨年世界一周自転車旅を終えて帰国したばかりなのに・・・。
 自転車世界一周でも最多国を廻って日本人新記録を立てたばかりだ。
 もう何年になるのだろうか、世界に旅発つ前に自遊旅に2回寄ってくれた。
 そして人生の楽園にも出演してくれたのだった。
 その彼もすっかり世界的な冒険家になった。
 成功して欲しい。
 下の写真は日本一周の時に寄ったもので、その時に居た皆でラッキーピエロに行った。
 左から2番目が小口君。

1月12日(金)大雪だ!
 今朝は雪が相当積っているのは昨日からの予報で分かっていた。
 大雪警報が出ていたが、市内では無いと思っていた。
 6時に起きて外をのぞいたら、お〜これは凄い量だ。

 50cmは有るだろうか?
 今冬最高の積雪だろう。
 直ぐに外に出て除雪を始める。
 雪も重いので力がいる。
 その内に娘が出て来た。
 娘と一緒に黙々と除雪する。
 妻は風邪気味なのか、最近は朝がめっきり遅い。
 途中で腕が疲れたでしょうと、ママさんダンプを変わってくれた。
 一通り除雪するのに二人で1時間半かかった。
 モンベルのレインウェアも中まで雪が解けて水が入った。
 全く防水が効いていないゴアテックスだ。
 もう貰った物を10年も着ている。
 アンダーはまだ新しいので大丈夫だった。
 1度家に入って食事を摂る。
 普段はあまり除雪をしない向かいのアパートの人も出て来た。
 車が出られないだろう。
 


 お腹が空いて力が入らない。
 娘が除雪準備をし出した。
 2回目の除雪に出る。
 妻も出ると言うが、風邪気味なので来なくて良いと言うのに出て来た。
 自宅前は全て終えて、隣の家の道路の除雪を手伝う。
 さらに向かいのアパートの除雪が雑なので、T字路で車が曲りにくい。
 その角も除雪した。
 娘は借りたママさんダンプで大量の雪を運んで、近所のおじさんに凄いねと言われていた。
 確かに力はある。
 もう汗びっしょりになって終わった。

 2時頃まで居て、自遊旅に戻る。
 もう着る物も無くなったし、自遊旅の除雪も気になる。
 再び除雪をしなくてはならないか。
 国道はつるつるで渋滞していた。
 自遊旅に着いたら、あれ〜雪が少ない?
 せいぜい5cmくらいしか無い。

 これなら明日でもいいやとなり、家に入り洗濯や、先日購入した食材の小分けなどをして冷蔵庫もすっきりした。
 今日はゆっくりして、明日は少しの除雪で済むので気楽になった。

 夕方に北斗市の観光課から電話があり、BSーTBSの「にっぽん!歴史鑑定」を製作している(株)ネクサスから下二股口台場の案内&解説?依頼が来た。
 詳細は後日打ち合わせる。
 箱館戦争150年の節目になって、動きがどんどん出て来た。
1月11日(木)ぶんぽ研例会
 体調は随分回復して、今朝も除雪をした。
 昨夜は風が強かったのか、雪のない所と吹き溜まりになっている所があった。
 9時前にはぶんぽ研の例会があるので、北斗市に向かう。
 路面がつるつる状態でスピードは余りだせない。
 10時から会議が始まる。
 会議の前に、昨年末のTV出演、正月の函館新聞、北海道新聞に私の特集記事が載ったので、コメントを言うよう言われた。

 会長の報告が終わった後で、少しの時間撮影のエピソードなどを話した。
 先日半分完成した「大野村古図と歴史」の本も持って行ったので、その事も話した。
 先月は高さ3mもある地図だったが、色々と不便なのでブックスタイルに纏めたのを紹介した。
 古地図の撮影がビニールを被って鮮明でない事などを話したら、中原さんが会長に何とかならないかとの話しを出してくれた。
 他にも文化財は眠ったままで良いのか?等の意見もあって、会長が教育委員会に話しを出してくれる事になった。
 サポートしてくれた皆さん有難う!

 帰り道に、現在の大野町の写真を撮ろうと思ったが、吹雪いて来たので止めて家に戻る。
 もう少し暖かくなったら、歩いてじっくり撮影し、安政年間の地図に現在の写真を重ね合わせて見よう。
 桔梗に戻って下の孫の宿題を一緒にやる。
 算数を200題といて冬休みの宿題は終わった。
 残った宿題は工作だが、これは金融機関で貰った段ボールの消防車に色を付けたり、カラーの布を張って完成させた。
 面白かったのは子供だとなかなか思いつか無いだろうという仕草があった。
 孫は挟みは使えないので、孫が指示した場所を切って渡すのだが、その都度、それを張る部分に当てがって見て、長さが合っているか必ずチエックするのである。
 それを毎回やっていた。
 普通なら切った布を受け取って、裏のシールを剥がしてそのまま接着させそうだが、なにか本物の大工さんの様な確認作業だった。
 登別のおじいちゃんも大工だし、私も工作すきなので、きっと同じ事はすると思う。
 感心した。




 完成した。
 残るは日記だそうだが、もう忘れたんじゃないのと言ったら、まだしっかり覚えているよとの事だが、本当かな??
1月10日(水)風邪も回復気味
 昨日まで3日間出来るだけ布団に入って、安静にしていた。
 薬は大阪の旅人が送ってくれた葛根湯を飲んで居たが、今朝はかなり快調になった。
 下痢も収まり、咳も少ししか出なくなった。
 朝の雪かきも出来るまでになった。
 でも風が吹いてかなり冷たかった。
 その後は一日TVを見っぱなしだった。
 孫達は皆2階で遊んでるし、1階は夫婦だけの静かすぎる空間になっている。
 午後に孫達にアイスを食べないかと言ったら、買って来てくれると言うので、COOPから皆の分を買って来て貰った。
 夕方には下の孫の愛葵の宿題の算数を一緒にやった。
 最近の学校の教え方は昔と違う方法があるので、むやみに教える事は出来ない。
 結構長い時間宿題をやった。
 夕食後いつもの人生ゲームをやる。
 どうもこれは弱くていつも下位に低迷しているが、今日は娘が1位で妻が2位、私が3位で、孫は4位と5位で終わった。
1月9日(火)今日も不調
 今日も9時頃まで寝ていた。
 相変わらず下痢は続く。
 妻が病院に行くと言うので送って行く。
 その帰りにヤマトのいさりびセンターに行き、荷物を受け取る。
 不在通知書を忘れたが大丈夫だった。
 自遊旅に寄って洗濯をし、干してから家に戻る。
 荷物を開けてみたら、湿布薬が210枚と葛根湯がかなりの量、それにお菓子まで入っていた。
 有難いものばかりだ。





 湿布薬はいつも使うので有難い、葛根湯は食事の後に直ぐに飲んだ。
 お菓子は元気になってから食べよう。
 凄く有難い心遣いだった。
1月8日(月)風邪が悪化
 大分直り掛けていた、風邪が悪化した。
 恐らくは昨日のお風呂だと思う。
 妻の後で入ったら、湯が温かった。
 加温しようかと思ったが、まあ良いかとそのまま入浴して出た。
 その後はTVを見てから布団に入った。
 そうしたら悪寒がした。
 これはまずいと、妻に掛け布団を持って来て貰った。
 いつもは毛布と開いた寝袋の2枚だけだが、寒気が襲い寝られなかった。
 朝起きたら、下痢がする。
 何度も何度もトイレ通い。
 その内、町内会館に行く時間になった。
 今日は新年交例会がある。
 つまみも出たが食べられず、ジュースのみで過ごす。

 出し物はサークルの演舞やカラオケだった。



 他人の出しものを楽しみながら、終わったら直ぐに家に戻る。
 今日の午前中に大阪の旅人増富さんから荷物が届くのだ。
 午前中の指定なので間に合わないが連絡をしなくては・・。
 運転手さんに連絡して、センターに保管して貰う。
 家に帰ってずっと布団の中で過ごす。
 下痢は止まらない。
 夜は妻の誕生パーティだ。
 孫や清野家からのプレゼントが沢山あった。
 私も当然プレゼントをした。
 写真を撮る元気も開く、ケーキを食べてから布団に入った。
1月7日(日)三嶋神社でどんど焼き
 函館のどんど焼きは1月7日である。
 全国的には1月15日らしい。
 飾ってあったしめ飾りを外して三嶋神社に持って行く。
 駐車場には大きく火が燃え上がっていた。

 係のおじさんの話に依ると、早朝は山の様に締め飾りが積まれていたそうだ。
 まだ燃えていない、早い時間に来る人も多い様だ。
 おじさんは熱い熱いと言いながら、しめ飾りを火の中程に押しやっている。
 ふとズボンを見たらナイロン部分の外側が、火がついたのか焼けて裏地が見えていた。

 神殿に参拝してから、神輿を見に行く。
 立派な神輿小屋があって中に神輿が鎮座していた。



 例祭にはこの辺りを廻って歩くそうだ。
 神社の横には水が出ている。

 横津岳からの伏流水だろうか?
 ここにも神社名が付いている。
 神社の横に行くと倉山卯之助の杉がある。



 文化5年(1808)箱館奉行の命を受けた七重(現七飯町)村の卯之助は自宅裏手に植樹園を開き、3年間で箱館山に杉2万本、あかまつ2千本を植えた。
 当時の箱館山は木を伐採して、薪に使ったり、船を作ったりで禿山だった。
 この卯之助のお陰で今の函館山の立派な杉の木があるのだ。
 北海道植林の先駆けである。
 その面影を残す、伐採を免れた数本の老杉がその名残をとどめている。

 どんど焼きを終えて、大槻商店に寄る。
 ここは業務用の食材を売っている店で、今日は沢山の食材を買ってくれた。
 サラダ油、鶏冷凍肉2kg、チーズ、お好み焼きソース、ホウレンソウのカット野菜、ナンなどなど。
 ここを出ての帰り道にはスーパーラルズに寄る。
 お菓子5袋で1000円、お好み焼き粉、パン、玉ねぎ、ニンジン、切りゴボウ、もやし、コーヒーなどなど。
 ここでも食材を沢山買ってくれた。
 合わせて段ボールで2つになった。
 今日は妻が随分優しい。
 そうか、今日は妻の誕生日だった。
 それでなのか・・・。
 いつもこうして欲しいものだ。
 誕生日祝いは明日、皆が登別から帰って来て、誕生会をやるのでその時に渡す。
1月6日(土)桔梗に行く
 どんど焼きは、小正月(1月15日)の行事で、正月の松飾りやしめ縄を焼いて、無病息災を祈るという行事なのだが、函館は何故か1月の7日に行われる。
 明日に行われるのだが、桔梗に行くのでもう外して持って行く。
 桔梗に8寺過ぎに着いたら、まだ妻は寝ていた。
 少しのんびりしてから、温泉花の湯に行く。
 昨年の年末以来だ。
 昼なのでかなり空いていてのんびりと入浴出来た。
 帰って来て、今日は夫婦しか居ないので久しぶりにラーメンでも食べに行くかと、近くの「一縁」に行く。

 直ぐ前に男性が一人入ったが、電話が来て話していたので先にチケットを買う事になった。
 味噌ラーメンに決めて、チケットを買おうとしたら、妻がバッグを何度も探している。
 「一度帰るよ」と言う。
 財布を持って来るのを忘れたそうだ。
 私がお金を出してチケットを変えた。
 先に入った男性には随分待たせた。

 この店は何故か中田翔のサインがある。
 4年位前に来た様だ。
 他にJOYとバービーのサインもある。

 ラーメンは直ぐに出来て美味しく頂いた。
 

 食べた後は家に帰ってパソコンで、中央図書館のデジタルアーカイブを見ていた。
 何か新しい資料があるかなと見ていたが、松浦武四郎日記の原本があった。
 読みたいが難解だ。
 今年は松浦武四郎が命名した、北海道の名が出来てから150年で、北海道始め各市町村でも松浦武四郎に因んだ催し物が沢山あるようだ。
 今年の旅は松浦武四郎の足取りを巡る旅も良いなと、最近思うようになって来た。
 北海道一周プラス山登りになるのかな?
 計画では渋江長伯の旅(日本橋〜根室)にしようかなと思っていたのだが・・・。
 まあもう少し考える事にする。

 温泉に入っている間に電話が来ていた。
 折り返して電話を掛けたら、風邪薬を送ってくれたそうだ。
 私が日記に書いていたので気を使ってくれた。
 彼は昨年、九州の旅人マッキーの紹介で自遊旅に来た方で、増富さんと言う大阪からの旅人だ。

 葛根湯と他に何かを送ってくれたそうだ。
 今年の青森ねぶたには来るそうなので楽しみだ。


 amazonを見ていたら、先日TVでやっていた最新グッズの洗濯バッグが出ていた。
 洗濯機並みの洗濯効果があるそうだ。
 持って歩くのにも軽くて小さいし、これがあれば衣類もこまめに洗えて、数量が減るのだが、一番のネックは値段が高い。6500円もする。





 手が出そうにない。
 バッグの内側に突起物が沢山あり、それが洗濯効果を上げているそうだ。
 乾かす方法は、このバッグで絞って吸水性の良いタオルで巻き付けて水分を撮るそうだ。
 この方法は頂ける。
 今までは力で絞っていたが、吸水タオルも良いのが出ているので、早く乾燥させるのに使えそうだ。
 洗濯はやっぱり今使っている、釣りで使う海水を入れるバッグで手洗いかな?
1月5日(金)買い物
 今朝はマイナス4度なのでかなり暖かい感がある。
 マイナス7度になる時は凍結線栓を閉じ無くてはならない。
 昨夜は閉じないで寝た。
 10時には買い物に行くので、それまでに洗濯物の取り込みや、洗濯など一連の主夫業をする。
 10時に買い物に行く。
 目的は妻の誕生日祝いの品を買う事だ。
 何か着る物をと思って探すのだが、なかなか選ぶのは難しいものである。
 何とか昼までに買い終えた。
 これで一安心だ。
 誕生日は7日だが、娘や孫が登別に行っているので帰って来た8日にやる事になっている。

 午後にメルカリ便が来て、注文していたカメラが届いた。
 全く使っていない様な綺麗なカメラだった。

 前のカメラはソニーのDSC-HV5で1010万画素、10倍ズームだった。
 購入金額は3万円を少し切る位だった。
 GPSは付いていたが実用では全く使わなかった。
 電源を入れても直ぐにGPSが衛星をキャッチしないためだ。
 今回のカメラは画素数が上がって、1210万画素になった。
 ズームは同じ10倍だ。
 写真を撮って見たが全く問題ない。
 室内を撮る。

 外を撮る。薄曇りだ。

 ズームも試した。

 10倍にアップ

 ズームも良く効く。
 これで2500円は安いな。
 バッテリーが今のカメラより、かなり厚くて頼もしい。
 今のバッテリーの倍の厚さがある。
 これで1000枚撮れる。
 2週間くらいの旅でも予備の電池は要らないだろう。

 後は旅先でブログ発信するので、WiFiカードのFlash Airを使うのだが、これも無事使う事が出来た。これでカメラからスマホに写真の転送が出来る。
1月4日(木)自遊旅へ
 朝は5時過ぎに起きてコーヒーを飲みながら、新聞を読むのが桔梗での日課だ。
 妻の寝室からTVの音が聞こえている。
 こんな時間に見ているの??
 飼い猫のMONOが下に降りて来ていた。
 あちこちうろうろしていたが、私が見ない時にソファーの上の絨毯におしっこをした。
 ソファにも床にもおしっこが散っている。
 雑巾が何処にあるか分からないので、妻の部屋に行き起したがなかなか起きない。
 TVも部屋の照明も点きっぱなし。
 何度か呼んでようやく起きた。
 今までは少しの音でも敏感に起きていたが、最近はずいぶん起きるのが遅い。

 荷物を車に積んで自遊旅に向かう。
 まだ暗いので車は少ない。
 あっという間に着いた。
 
 少しのんびりしてから函館中央図書館に行く。
 大野町史を読みたかった。
 2時間くらいたったかなと出る事にしたら、2時間を5分オーバーしていた。
 2時間無料なので100円追加になった。
 家に帰って、古地図に加筆してようやく完成した。
 後は旧大野町の人に見て貰い、情報を追加して行く。
 
 これで3ヶ月位作業していた、資料が一応完成した。





 肩の荷が一応降りた。
1月3日(水)正月もおわり
 今日で正月3ヶ日も終わりになる。
 今朝の北海道新聞に昨年取材した二股口の記事が出た。

 流石に報道部の記事は一段と違う。
 近くの北海道新聞の販売所から5部を頂いてくる。
 知り合いに配らなくてはならない。

 毎日TVばかり見ているので、尻に根が付いてしまいそうだ。
 時間を見て古図の製作は一応終了した。
 でもここにはプリンターが無いから印刷も出来ない。
 不便である。
 明日にでも自遊旅に戻って、印刷をして最終の校正をしよう。
 朝から箱根大学駅伝を見ていたが、青山学園の復路の強さが圧倒的で、後半の興味も半減した。

 ソニーのDSC-H5Vのカメラが壊れてしまった。
 GPS付きで3万円弱だった。
 それの電池とSDカードを入れる蓋が取れてしまった。
 
 このまま使ってFlash AirのSDカードを落としたら、3000円以上するので大変だ。
 どうせブログ用にしか使わないので、何か安いカメラが欲しかった。
 いつものメルカリでチエックしていたら、大体5000円位で希望に合う物があるのだが、値段的には
 もっと安いのが欲しい。
 今日になって殆ど使っていないカシオのカメラが2500円で出た。
 性能的には10倍ズームで、1210万画素、広角24mmで申し分ない。
 特にバッテリーが1000枚撮影可能なのが気にいった。
 一般的には250〜300枚なので、旅の時は予備のバッテリーを持って歩いたが、これなら予備は必要が無い。
 野宿旅では充電がネックになるのでこれは好都合だった。
 1000枚も撮れれば2週間くらいの旅には充分すぎる。

 購入前にはUSBで充電出来る機種にすれば、モバイルバッテリーで充電できるので考えたが、カメラ側のマイクロUSBが専用の物が多いので、またケーブルが増えるので諦めた。
 早速ローソンチケットで支払いをした。

 元旦の北海道新聞に掘純一さんが亡くなった事を伝えていた。
 旧道調査の結果を本に纏めるのに随分と参考にしていた。
 彼の書いた本は全て何度も読み返した。
 実際に古道を歩いて本にしている人は少ない。
 遺作は廃線をテーマにした本の様だ。
 高価なので手が出ないが、図書館に入ったら読みたい。
 
1月2日(火)年賀状の整理
 昨日年賀状が配達されたが、出した方は良いのだが、出さない方から来る事も多い。
 旅人が多く宿泊しているので、その泊まった方から年賀状が来たりする。
 誰から来るかは分からないので、来てから出す事にしている。
 自遊旅に年賀状を持ちかえって、チエックする。
 8枚ほど出していない方から来ていた。
 全て今日中には出したが、3日になればまた来る人もいる。
 その都度、自遊旅に行ってプリンターで印刷しなくてはならなく不便だ。
 
 午後から桔梗戻って、箱根駅伝の往路のゴールを見てから、また古図の作成を夜までやる。
 もう少しで完成しそうだ。
1月1日(月)2018年元旦
 大晦日は紅白歌合戦を見て、各地のお寺の鐘がなる。
 我々も鐘付きに出かける。
 近くにある宝皇寺は誰でも鐘を着かせると聞いた。
 徳川幕府と親しい間であった東本願寺は、箱館戦争終了後、新政府に北海道の道路の開削などを申し入れて許可され。これは新政府に忠誠を尽くす事を見せるためと言う人もいる。
 軍川〜砂原、室蘭〜中山峠越え〜札幌の新道を莫大な費用を掛けて開削した。
 しかしその2年後新政府はアメリカ人技師に道の開削を依頼する。
 アメリカの技術者は、本願寺の開削した道はアップダウンが多い道で、将来の車の通行には適していないと判断した。
 そして作ったのが峠下〜蓴菜沼〜森、室蘭〜苫小牧〜札幌あった。
 莫大な費用を掛けた東本願寺の道は使われなかった。
 本願寺は同じく桔梗の一帯を開削した。
 その宿舎になったのが宝皇寺であった。
 東本願寺の桔梗一帯の開削により、現在の桔梗があるのである。
 駐車場に車を入れて鐘を付きに行く。
 境内には火が焚かれて大勢の人が暖をとっていた。

 階段を上って孫達や妻、娘もみんな鐘をついた。

 最後に私も鐘を突く。

 境内ではお神酒と豚汁の接待もあった。
 寒い夜中の温かい豚汁は美味しかった。


 お寺の次は三島神社に行く。
 こちらは長蛇の列だった。
 ようやく中に入って参拝する。
 友瑛が前で参拝したら、年配の神社の関係者が、良く作法を知っているのとほめてくれた。
 我が家では妻が毎日家で参拝していて、小さい頃は友瑛も参拝していたので良く知っているのだ。
 小1の愛葵も参拝したら褒められた。

 参拝が終わっておみくじを引く。
 私は末吉だった。

 内容的には余り良くないが、旅立ちが災い無しで良かった、
 家に帰って布団に入る。
 こんな時間まで起きる事は無い。
 朝起きたのは8時頃だった。
 北海道新聞を見たら、私の記事が載っていない。
 元旦で無かったのかな?
 函館新聞を買いに行く。
 2部の見開き一面に掲載されていた。

 前回磯谷山道の際も見開き一面だった。
 書いた本の宣伝までしてくれた。



 3部購入した。
 函館新聞をとっていない人から頼まれていた。

 朝食は妻が作った正月料理だ。
 相変わらず料理の腕は良い。
 食べた後、孫達にお年玉支給する。

 一段落してから、イオン上磯に行く。
 福袋購入が目的だが、私は特にない。
 大勢の人が福袋を買い求めていた。
 子供や若い女性ものが多くて、じじばばの物は殆どない。
 長い一日が終わった。
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