1月31日(水)洗濯機排水ホース凍結
 ずっと寒い日が続いていたので、洗濯は出来なかった。
 過去に排水ホースが凍って排水が出来なくなり、洗濯機がストップした事が有る。
 今日は少し気温も上がったので、もう良いかなと洗濯機を回す。
 しばらくして見に行ったら、排水のランプが点いたまま停まっていた。
 洗濯槽は水が一杯入っている。
 やはり気にしていた事態になった。
 洗濯物を全て台所のシンク仁出した。

 そして水を全て洗面器で取って湯を入れた。
 しかし全く動く気配は無い。
 

 次は排水ホースだ。
 途中で凍っているに違いない。

  熱いお湯をパイプに入れる。
 やはり排水されないで途中で停まった様だ。
 湯を何度入れてもなかなか溶けてくれない。

 仕方が無く排水ホースを外して見たら、やはりがっちり凍っていた。
 湯をかぶせて溶かす。
 直接だと一気に溶ける。

 最後に氷が出て来た。
 これで大丈夫だ。

 最後に先日水道パイプが凍った時に防熱カバーをしたがその余りがあった。
 径は洗濯排水ホースの方が太いので、断熱材を薄くして取り付けた。

 ばっちり断熱出来たぞ。

 洗濯機にホースをセットして、最初から洗濯をやり直す。
 最後までしっかり動いていた。

 終わった所で、燃えるごみを捨てに行く。
 10袋少しあった。
 近くの清掃工場に持ち込み。
 10kgで77円だった。
 そのまま燃えないごみを持って処分場に行く。
 コンポとDVDプレーヤーだが結構重い。
 係の人がそれは無料だから、そのまま出口に来るように言う。
 そこで降ろして木のボックスに入れる。
 それで終了して帰って来る。
1月30日(火)北斗市図書館へ
 今朝もマイナス10度になったが、水道は凍結しなかった。
 やれやれだ
 対策が効いたかどうかは、以前に凍ったマイナス13度にならないと、正確な効果が分からない。
 今日も一日中寒いので、薪の節約と調べ物が有ったので北斗市図書館に行く。
 秋月藩種田家のルーツを調査に行く。
 今製作している大野村の地図に有川(現北斗市)の種田徳兵衛の文字が見えるのだ。
 大野に土地を持っていたのは種田金十郎だった。
 彼は手広く土地を持っていて、荒れた土地も改良して塾田にしてしまうと言う人だった。
 大野に畑四町一反も持っていた。
 しかし名前は大野村の古図には徳兵衛しか見当たらない。
 種田金十郎は本家で、徳兵衛は種田家の有川大神宮の神主をしていたが、辞めて分家したのだった。
 金十郎が土地を譲ったのだろうか?
 それ以外に考えられない。
 まあ一応実在の人物と分かったので良かった。
 徳兵衛の実家は今でも有って、種田信也氏が住んでいる家である。

 北斗市でも有名な家屋だ。

 調べも終わって、北斗市の郷土資料館に行く。
 学芸員に有って古地図の写真撮影に着いて打ち合わせた。
 以前は絶対に駄目と言っていたが、ぶんぽ研の会長から教育委員会課長に言って貰ったら直ぐにOKになった。
 2月6日の午後から古地図の撮影をする事に決まった。
 資料館で「箱館戦争の台場」という資料を頂いた。

 八巻孝夫氏が書いた研究資料だった。
 資料館に1部と私に1部渡してくれとの事だった。
 私に教えて貰った事があったそうだが、私の記憶には無い。
 五稜郭、四稜郭、権現台場、七飯台場、黒森台場、川汲台場などが詳細に書かれている。

 私も全て行った事のある台場だ。
 しかし、下二股口は全く書かれていない。
 やはりここの台場は簡単には行けないのか?
 北斗市の五稜郭や四稜郭も書かれていない。

 家に帰ってTVを掛けたら映らない!!
 たった一日しか映らなかった事になるが、どうしてなんだろう??
 また小さなタブレットの画面になった。
1月29日(月)色々な日
 今日の朝はマイナス10度になるとの予報だったので、昨日は凍結防止対策をした。
 朝5時頃トイレに起きた時に、水道の元栓を開けたら、水が出て来た。
 でも今日は実際は9度だたのでまだ安心は出来ない。
 起きた時に随分外が明るいと思った。
 カーテンが一切ないから、直ぐに外の灯りが感じられる。
 もう夜明けの時間が早くなったのかなと思ってドアを開けたらお〜雪だ!
 20cm位積っていた。
 明るかったのはこのせいだった。

 朝食後、雪かきをする。
 雪捨て個所があるので、30分位で終わった。
 その後、支払いに行ったが、町は除雪がされていないので車はどちらに行くか分からない。
 郵便配達はバイクで苦労した走っていたが、途中で転倒してしまった。
 こんな日の配達は大変だな。
 その後、廃材が溜まったと言うので、貰いに行く事にした。
 しかし狭い道路に入れば、どこも車を交わすのが大変だった。
 着いたが、あれ〜廃材がいつもの1/5位しか無い。
 これなら今でなくても良いかとなり、事務所にも行かないで戻ってきた。
 こんな日は家に居るに限る。
 今まで未処理の仕事をやる。
 まずは先週から登っていた、313m無名峰と274m無名峰の資料を作る。
 コース図も写真入りで作った。
 山に登る人の多くは、名のある山しか登らない傾向にある。
 山岳会は毎年の様に同じ山に登っている。
 少し視点を変えれば小さな名も無い山でも面白いのだ。
 仲間の人のそうなのだが、段々歳を重ねれば、山岳会に行く事が困難になり、ついつい足が遠のく人が多い。
 折角の山登りの趣味なので小さな山でも登って、健康維持に努めた方が良い。
 もうかなりの近くの山に登って情報を作成したので、その内に本にしたいと思っている。

 名刺も無くなったので、50枚作った。
 特に写真なども変えなかった。

 ついでに本の印刷。
 書いた本が殆ど手元にない。
 贈呈したり、購入して貰ったりで、自分用は無いので印刷をした。



 まだまだあるが今日はこれで印刷は終了。
 次にDVDのテストをする。
 昨年放映されたNHKBSプレミアムの画像を録画して貰ったが、ブルーレイだった。
 今持っているプレイヤーはブルーレイが再生できない。
 誰かに貰ったプレイヤーが有った筈だと探したら出て来た。
 箱に入っていてまだ新しい感じだ。
 しかしブルーレィでは無かった。
 折角だからあちこちいじっていた。

 そうしたらTVが映った!。
 もう1年くらいも映らなかったテレビが突然映った。
 今までは入力を切り替えるとTVの個所で、受信出来ませんと出るだけだった。
 それが突然UHBのマークだけが出た。
 少し置いたら画像が出て来た。
 お〜これでTVが見られる。
 しかし直ぐに駄目になるのではないかと、何度も何度も入力を変えて見たが、今のところしっかり映っている。
 どこまで持つのかな??

 今まで7インチのタブレットで見ていたが、球技などはかなり見にくい。
 今度はばっちり見えるだろう。
 冬期オリンピックを前にハッピーなプレゼントだった。
 オリンピックが終わるまで頑張ってくれ。


 インターネットもフリーWiFiが順調に受信できているし、TVも回復すれば貧乏生活が少しは向上する。
1月28日(日)凍結防止作業
 明日の朝はマイナス10度の予報が出ている。
 再び水道の凍結は避けたい。
 水をちょろちょろ流して一晩過ごすやり方もある。
 水道の使用量は基本使用料に収まっているので、料金的な心配は無い。
 しかしやはり恒久対策をしたい。
 ホームセンターが開くのを待って、パイプ用の断熱材を買いに行く。
 35cmもあれば良いのだが、1m単位で615円だった。

 これは断熱効果が有りそうだ。

 早速工事開始する。
 床板をどけてじっくり見たら、築80年の家は床下は隙間だらけで、外も一部見える状況だ。
 すなわち床下は外と余り変わらないと言う事になる。
 パイプの下は構造物が有って断熱材が上手く下までピタッと着きそうにない。
 

 そこでパイプの下部には土を盛った。

 上部も邪魔な木材が有り断熱材が入りにくい。先

 ここは鋸で一部をカットした。

 そして断熱材をセットして、テープでぐるぐる巻きにした。

 これで大丈夫だろうか??
 暖かくなったので洗濯をする。
 あまり寒い時にやると排水管が凍っている時がある。
 その時は洗濯機がストップし、排水できない水が溜まってしまう。
 気温が上がって来たのでもう大丈夫だろう。
 1週間ぶりに洗濯をする。
1月27日(土)274m無名峰登山
 先週登った明治の古道を繋ぐために、今日は反対側から登ろうと机上で計画していた。
 現在の地形図に当てはめて、GPSにトラックログを打ちこんでいたが、何か覚えのある地形である。
 良く調べたら、今まで何回も登った石山に至る、尾根を歩いて行くコースの途中に、今回行こうとした道があった。
 そう言えば縦走している時、分かれ道が有った事を思いだした。
 あの道がそうなのかとなった。
 道は分かったので、遠くからそのコースを見て見たくなり、尾根コース全体が見える274m峰に登る事にした。

 東側からは何度も登ったので、まだ行った事のない西側から登る事にした。
 地形図上では途中まで林道がある。


 車の置く場所がなかなか無くて、色々探し雪の無い草むらに突っこんだ。
 ここから東にある農家の中を通って、畑の横に道が付いている。

 畑作業していた大型のトラクターが戻ってきた。
 他人の土地の中を入っているので、済みませんと言う感じで頭を下げたら、手を上げて挨拶した。
 好意的な感じだった。
 道を真っ直ぐに進んで行ったが、途中で左に行く所を真っ直ぐに進んでしまって行き止まりになった。ここから真っ直ぐに登っても274mには行く事は出来る。
 今回は明治古道の新しい道と云う事なので戻って、下の分岐を左に入る。
 入ると鹿捕獲用ワナの標識がある。
 見たが分からなかった。

 
 この通りには「ジャンボしいたけ栽培」の看板がある。
 さらに進むと山丁林業の作業場がある。
 ここを右折する。
 更に真っ直ぐに進む。
 心配なのはこの辺り一帯は鹿柵がかなり長い距離張られている事だ。
 果たしていけるのだろうか。




 鹿柵が出て来たが林道の場所は扉が有って鍵が掛っていなかった。
 通る事が出来た。


 林道なのに車は通行禁止なのだ。

 ここからは暫らく林道を登って行く。
 積雪は20cmくらいでスノーシューは持って来なかった。


 暫らく登って行ったらいきなり「ピー」と鹿の声がした。
 2頭の鹿が上の方に走って行った。
 林道の端にねぐらが2つあった。
 ここで休んでいたのだろう。


 長い林道がようやく終わって、頂上を目指す。
 積雪は40cmくらいで膝の上まで雪が来る。


 さらに登って行く。

 もう直ぐ頂上だ。

 頂上に着いた。
 風がかなり冷たい。


 ここにも鹿の寝床が有った。

 下の尾根が明治の古道が残る尾根になる。
 それほどアップダウンはきつくない様だ。
 春のなったら縦走しよう。


 南側は津軽海峡が見える。





 久さしぶりに記念写真を撮ろうと1脚にセットし様としたとき、手が滑ってカメラが雪に落ちた。
 レンズにも雪が付いて撮影不可能だ。

 寒いので早々に下る。
 途中まで同じ道を下り、そこからショートカットして下る。
 笹は短いので歩きやすいが、鹿の寝床が無数にあった。
 こんなに多くの寝床の跡を見た事が無い。
 家に着いて着替えして、温泉に行く前に先週Kさんに頼まれた、パークゴルフのボールつかみを直す。ワイヤーが切れてしまったのだ。
 ホールに入ったボールを取るのに膝への負担が無い様にこれを使うのだ。
 ワイヤーが切れていた。 


 簡単に修理が出来ると思ったら、板ばねとワイヤーの関係がややこやしく、手間が掛った。余

 それでも何とか完成した。

 終わってから花園温泉でのんびりして帰る。
 夕食はまたまた鶏のから揚げを作った。
 ナンと一緒に食べて夕食は終了。
1月26日(金)危うく火事?
 余りにも寒いので、昨夜から寝袋を厚手に変えた。
 今までのナイロン系と違って、化繊系なので暖かい。
 暖かくて8時間くらいぐっすり寝られた。
 6時過ぎに起きて、薪ストーブを焚くが昨日よりはかなり暖かい。
 一番感じるのは、100円ショップのガスラィーターだ。
 昨日などは全く火が付かない。
 ガスバーナーで火を点けるのだ。
 今日はすんなり点いたので暖かいのが分かる。
 水道は相変わらず出ないので、水洗トイレから水を持って来ていた。
 午前中は古地図も一応の完成を見たので、余裕が出来た。
 安政年間と明治三年の2種類が完成した。
 後はこの2冊の内容の変遷を書き、現在の街並みに繋げて行く。
 それが最終仕様になる。

 安政と明治の比較が出来る。
 この地図の辺りは旅籠が多く有って、後街道と変わらないと書いた旅人も居た。
 本陣や会所もあり、高札場もあった。
 道路の片側には水路があり、馬が自由に水を飲めるような作りになっていた。

 大野村の名士であった、品川文右衛門の家は2階建の立派なものだった。
 今は広大な敷地が空き地になっている。


 プリントアウトしている間に、台所の凍った水は何とかならないかと、バーナーで温めた。
 それでも出なかった。
 台所の凍結栓のある穴から覗いて見たら、下のパイプが壁側にあるのが見える。
 地面側にバーナーの火を向ければ良いと思ったが、防水シートがパイプの裏にあったのが見えなかった。

 パイプはむき出しでその廻りは土台の角材と壁の角材があるのみで、内張りは無い。
 隙間から外が見えるという状況だ。
 寒さが家の中まで入って来るのが良く分かる。
 ふと考えて、下のパイプをバーナーで温めれば、水が溶けるだろうと。
 バーナーに点火してパイプを炙る、
 すると何と炎が出て来た、
 土台の角材の後ろに、防水シートの先があったのだ。
 それに火がついた。
 手で引張ろうとしたが手が届かない。
 防水シートは見えないが、炎が出ていて煙も出て来た。
 ボールに水を入れて、掛けるが見えない場所で消えない。
 さらに水を掛ける。
 まらまた消えない。
 柱には簡単に火が付かないので、もう一度水を掛けたら上手く命中した。
 煙が上がって火は消えた。
 火事にならないで済んだ。
 後始末していたら、蛇口から水が出て来た。
 温めた効果があったのだ。
 出しっぱなしにしていたら、普通通り水が出て来た。

 これで全て上手くいった。

 行く前に次回の古道調査の資料を纏める。
 明治から有る山越えの古道である。
 尾根をひたすら越えて行く。

 今日は午後から桔梗にく。
 孫の用事があるので今日は泊まりかな?
1月25日(木)寒い日
 いつも体が暑くて布団に入れば直ぐに温まるのに、昨夜はなかなか暖まらなかった。
 それでもその内に暖かくなり朝までぐっすり寝られたが、温かい布団から出るのが厭で、7時まで布団に入って、タブレットのTVを見ていた。
 朝起きて水道の元栓を開けたが、台所の水は出ない。
 今朝の気温はマイナス13.3度になった。
 トイレは水が出た。
 台所は外部並に寒くて、食器を洗った後、水切り棚に上げるが、落ちた水も凍っていた。

 気温はマイナス10度になった様だ。
 水はトイレの途中に水道栓を付けているので不便だが、何とか水は確保出来る。
 台所のパイプや蛇口や配管をバーナーで温めたが、水は全く出る気配が無い。

 どうも壁際のパイプが凍った様だ。
 明日も出なければ、シンクを移動して、壁のパイプを暖めよう。
 問題は洗濯が出来ない事だ。
 ある物を全て使って暖かくなるのを待つしかないか?
 でも真冬日は1週間続きそうだ。
 今日は何処にも出ないで、終日古地図の製作をしていた。
1月24日(水)健康サロン
 朝起きたら天気予報の40cm位積って、暴風が吹く事になっていたが、雪は5cmくらいで拍子抜けだ。
 風はマイナス7度もあるので流石に冷たい。
 それで少し動けば暖かくなる。
 あっという間に終わった。
 7時過ぎから孫の学校に行く準備が始まる。
 今日はかなりペースが遅い。
 娘に何度も叱られながらの作業も7時50分に近くなった。
 これだと少しは走らないと駄目そうだ。
 娘は送って行かないと言う。
 昨日は大雪だったので送って行ったが・・・。
 二人が並んで「おじいちゃん送って」と友瑛が言う。
 おじぃちゃんは娘の顔色を伺いながら、喜んで送って行く。
 どこまで行くの? と聞いたら友瑛は歩いている人が居たらそこで良いと言う。
 多分送ってこられる事が恥ずかしいのだろう。
 愛葵米の自販機で良いかい?と聞く。
 自販機は学校までまだ400m位ある。
 愛葵は「ハセストガ良い」と言う。
 ハセストは学校の隣だ。
 流石に下の子は抜け目が無い。
 降ろして戻る。

 今日は健康サロンがあるので、妻も乗せて明和園に向かう。
 今日は天気が悪いので参加者は少ない。
 ストレッチやゲームをやって、昼は三食丼をお腹いっぱい食べた。
 妻を駅まで送って行き、午後からは古地図の製作を夕方までやる。

 TBS−BSの二股台場撮影は中止になった。
 絵像制作会社の担当者が多分若い人なのだろう。
 話しがなかなか進まない。
 ようは雪が深いから長靴やスノーシューが無いと台場まで行けないと言う事に対応出来ないのだ。
 北海道の冬に短い靴で山に入るのは無理な事は常識的に分かると思うのだが・・・。
 兎に角話しをスムースに決められない会社だった。
1月23日(水)桔梗に戻る
 昨日は結局桔梗に泊まった。
 夜は皆で人生ゲームをやったが、初めて優勝で来た。
 朝に子供達は学校に行った。
 今日は天候も悪いので、娘が通勤の途中、学校まで送って行った。
 私も自遊旅に帰ろうとしたら、妻が病院に行きたいと言うので、整形病院に行く。
 痛めたくるぶしは良いものの、骨密度が低いので治療が必要だと言われたそうだ。
 簡単に骨折しやすい骨なので、折ったら歩けなくなる可能性もあるそうだ。
 そうなったら一大事だ。
 病院内の待合室で、本を読んで過ごす。
 冷凍術の本があったので読んだが、殆どの物が冷凍可能だと言う事が分かった。
 安い時に買って冷凍し、長いもので1ヶ月はOKだが、我が家の冷凍庫にはもっと長く入っているものもある。
 特に問題無く食べられている。
 整形病院の後は皮膚科に行く。
 ここは車で待つ。
 スーパーラルズに買い物に行く。
 食料を買って貰った。
 病院に行った日は食料を買ってくれるのかな?
 前もそうだった。
 桔梗に帰って来て、家の前の除雪をしてから花園温泉に行く。
 今日は天気も悪いのでかなり空いていた。
 腹が減ったので、さっと入って自遊旅に帰る。
 ストーブを焚いてお好み焼きを作って食べ、テレビを見ていたら、今日の夜から明日の朝にかけて、猛吹雪と強風注意報が出ていた。
 結局桔梗に戻って、明日の朝の除雪に備える事になった。
1月22日(月)久しぶりのPG
 今年初めてのPGの誘いがあったので、参加する事にした。
 朝に唐揚げ、玉子焼き、野菜炒めの昼食を作って、西桔梗会館の駐車場に行く。
 今日は4人の参加だった。
 歳を取ると、体調が悪い、病院に行くので・・・となかなか集まらない。
 車に分乗して峠下パークゴルフ場に行く。
 ビニールハウスで作られたコースで3コース27ホールがある。
 プレイ代は700円と高めだが、冬は暖房費も掛るのでやむを得ないのだろう。
 10時から15時まではコーヒーが飲み放題になるので、これは嬉しい。
 早速スタートする。
 ここのコースは各ホールが短いので手加減が重要なポイントになる。
 短い所で18mくらいで、40mくらいが少し、一番長いので8mある。
 カップの奥が直ぐにOBとなるのもこのコースの特徴だ。
 手加減して軽く打つが慣れないと直ぐにオーバーしてしまう。
 最初からOBの連続だった。
 攻めようとすればどうしてもピンそばを狙うが、少しオーバーすると直ぐに下りになってOBラインを越える。
 ストレスの溜まるコースなのだ。
 その反動で89mのコースなどは思い切り打ってスカッとする。
 午前中を終わって11時半になる。
 少し早いが昼食にする。
 Sさんがトイレに行くと言って出掛けた。
 所がなかなか帰ってこない。
 後からトイレに行ったKさんにトイレに居なかったが聞いたが居ないと言う。
 何処かで倒れてるんじゃないの?
 年寄の会話はその方向に行く。
 食事を終わったがまだ帰ってこない。
 Tさんが言うにはSさんの行動はいつも全く分からないと言う。
 結局は皆が心配しているのにラーキ―ピエロにカレーを食べに行ったと帰って来た。
 それなら入って行けよ!!となってしまう。
 ようやく午後の部が始まる。
 相変わらずOBとの戦いだ。
 自分としてはショットが真っ直ぐに飛ぶ練習をしているのでOBにはあまりこだわらなかった。
 ここのコースでの大会に出るわけでもないので、今はショットが安定した方向に飛ぶ方が必要なのだ。
 ビニールハウスの幅の狭いコースは、ショットがぶれれば網に引っかかる。
 スコアは悪いがショットは安定している。
 良い感じで打てて終了した。
 また来週あるのだが、来週は休もう。
1月21日(日)今日も図書館
 昨日に引き続き今日も図書館に行く。
 今日は地図を撮った写真から、屋敷土地を持っている人の名や畑の面積や番地を転写するのだが、写真が不鮮明なのと、崩し字は難解でなかなか進まない。



 昼食もとらず、2時まで作業していたが、余りにもお腹が空きすぎて帰る事にした。
 天ぷらうどんを食べてホッとした。
 続きは家でパソコンに向かう。

 夕方から夕食作りをする。
 今日は鶏の唐揚げを作る積りで、肉は解凍しておいた。
 薄力粉と片栗粉と料理用のお酒が切れていたので買いに行く。
 帰って早速唐揚げ作り。
 薄力粉と片栗粉に、おろししょうがとおろしニンニク。
 それに溶き玉子を加えて肉を入れ5分放置。
 その後揚げた。





 良い感じで揚がったので早速夕食。
 美味しい唐揚げが食べられた。
1月20日(土)終日図書館
 昨日古道探しは結構歩いたので、今日は少し筋肉が痛い。
 運動しているせいか、夜はぐっすり寝られて体調が良い。
 今日も6時半まで寝ていた、
 今日は天候も雨か雪なるので、予定通り古図の製作をする事にした。
 安政地図の次は明治の地図だ、
 家で今回作成する地図の資料を準備して、函館図書館千歳分室に行く。
 家で作業すると薪をくべる手間が大変なのだ。
 何しろざっぱ木ばかりなので燃えるのが早い。
 その都度薪をくべていればなかなか作業が進まないのだ。
 図書館なら暖房も入っているし、静かだし言う事は無い。
 10時の開館を待って行く。
 机はまだ沢山開いていた。
 早速地図作りをする。
 10時から昼食も取らず、夕方3時まで作業した。
 やはりかなり捗って、レイアウト作成が半分以上進んだ。
 これなら明日もう一度行けばレイアウトは終わりそうだ。
 薪も減らないので助かる。
 完成するまで当分通うかな。
 家に帰ればその分、暖房の入っていない部屋は冷蔵庫より寒い。
 急いで薪を燃やして、一気に部屋を暖める。
1月19日(金)古地図作成&古道探し
 安政時代の大野村の古地図の製作も終えたので、今度は明治三年の古地図の製作にかかる。
 前回よりも要領も良くなったので、手際良く進む。
 必要な地図の写真をパワーポイントの画面に張りつける。
 色がおかしいのは撮影のせいで、再度撮影はさせて頂ける事になったのでその時はきっちり撮ろう。
 

 次に地図の枠に合わせてパワーポイントでなぞる。

 なぞった後は写真を削除すれば地図の枠が出来る。
 後は書いてある情報を記入すれば良い。



 地図製作作業は疲れるので、午後から山道調査に行く。
 以前から行こうと思っていた古道でその道は果たしてあるのだろうか?
 下の地図は明治の地図でここに載っているので、明治以前からあった道になるのだろう。
 庵原町から清水山の頂上南を通って、一度下りさらに313m峰をに向かって進み戸井に至る旧山道になる。
 昔、バスの無い時代は下海岸道路も、全て山越えの道だった。
 庵原から海岸に出て戸井方面に向かうのは距離的に遠くなる。
 それでこの清水山を越えて313m峰を越えて行く道が出来たのだろう。
 生活道路の特徴としては、登山では無いので、山の頂上は通らず腹を捲いて通過している。
 清水山も313m峰も頂上は通らない。
 これが生活道路の証でもある。
 一番左の矢印は清水山の方から降りて来た道になる。
 登山する人は矢印の反対側から斜面を攀じ登って尾根に出るが、古道としては正規の道では無い。
 この地図にある道は今でも存在する。
 矢印の左から2と3の間が313m峰になる。
 ピーク通っていない事が良く分かる。


 今日は午後から行ったので、山に登る積りは無くて、入り口を探すのが目的だった。

 下の写真が313m峰で左側から登る。

 まずは林道を進む。
 雪は思ったより少ない。
 今日もスノーシューは持って行かなかった。


 林道の途中には気の早い? ふきのとうが3個ほど出ていた。
 最近暖かいので、ふきのとうもつられたのか?


 古道調査ばかりやっていると、何故かピンとくるようになる。
 この場所に来た時に、それ程はっきりしたものではないが、これは道ではないかと思った。


 直ぐに登って行く事にする。
 本来は入り口探しなので少し行ったら止めようと思った。
 入ったら何とかなり古いテープが縛ってある。

 赤いテープも色が褪せてピンクになっていた。
 しかしその先には明確な道が見当たらない。
 引き返そうと思うのだが、足が上に向かう。
 地図にあるように南側の方に向かって進めば何か分かるかも知れない。
 暫らく木々の間を歩くが雪が少なくて楽に歩けるのが良い。

 予想した通り道が出て来た。
 それ程深くは無いが明確に道と分かる。
 途中何度か消えそうになるが、少し進むとまた出てきたりする。
 もうこうなれば引き返す気持ちは無くなった。
 更に登って行く。
 頂上に近づくと雪が少し増えて来た。
 道は尾根の真ん中を通っている。

 やがて313m峰の頂上に着いた。
 一面背の低い笹山だった。

 南側は全く木が無くて景色が凄く良い。
 ここでのんびり弁当を食べてコーヒーでも飲むには最高の場所だ。









 汐首岬も見える。

 結局は頂上まで登ってしまった。
 下って更に林道を歩き奥を目指す。
 この先に三角点のある289.6m峰があるのだが、そこの入り口は植林の際の道がある筈なので入り口だけ確認に行く。
 とは言っても結構な距離がある。

 右手の斜面がかなり急で如何にも危なさそう。

 まだまだ林道は続く。

 ようやく目印の川を渡る場所の橋を越えたら、あった!
 これが作業用の道に間違いが無いだろう。
 この道を途中まで行って、残りを藪漕ぎすれば三角点に行ける筈だ。
 場所も分かったので急いで引き返す。
 脚は快調で毎日歩けばどんどん調子が上がる。
 車に着く頃は、陽ももう少しで落ちそうになった。
 振り返れば313m峰が夕陽で黄金色になっていた。(最初の写真)


 家に帰ったらもう5時になっていた。
 すり身の鍋で暖まる。
1月18日(木)南茅部散策
 一昨日風邪を引いたのが治ったので、山を徘徊していたが、やはり運動するとぐっすり寝られて快調になる。
 昨日も入念なストレットやゲームで楽しんだ。
 今日は天気も良い様なので、南茅部の方を歩く事にした。
 以前から行こうと思っていた所なのだが、地図上では林道は途中で無くなっている。
 上には林道があり、少しの間の距離を行く事が出来れば新たなルートが出来る。
 南茅部の道の駅の前から入る。
 車の跡があるので行けるかなとも思ったが、先で車が来たらすれ違えないので、道の駅に置いて歩く。
 今日は足取りも軽い。
 一昨日は風邪引き後、初の歩きだったので登りでは息が切れた。
 今日は快調だ。
 暫らく行ったら、建物が出て来た。

 車はここに来るようだ。
 どうやら浄水場の様だ。

 道はさらに除雪されているのでそのまま進む。
 しかし先は除雪がしていないし道も無かった。
 ここも浄水場の施設があった。
 戻る事にする。

 来る時も下の写真の様に道が分岐していたのは知っていた。
 今度は除雪されていない左の道を行く。
 雪が4少ないと思ってスノーシューは車に於いて来た。
 まあ20cm程度なので、それほど問題では無い。

 暫らく行ったら砂防ダムが出て来た。
 ここは川を渡るが水量は少ない。
 ここから右手に登って行く。

 少し行ったらキジが居た。
 全く飛んで逃げる気配は無い。
 近づいても歩いて離れて行く。
 どこか怪我でもしているんだろうか?
 ゆっくりゆっくり歩きながら遠ざかって行った。

 この場所からさらに林道を進む。
 今日は4度の予報なので暑い。
 下着もすっかり濡れて来た。
 カーブを何度も曲って高度もかなり上がって来た。
 地図上ではそろそろ道が無くなる。
 やはり先には道が無くなった。
 無理して斜面をトラバースする事も可能だが、途中でも雪崩た跡があったので、行くのはここで止めにした。

 下を見ると小沢が流れている。
 この沢を登りつめれば上の林道に出るのだが、地図上では沢の両斜面も急なので無理しない方が良い。雪が溶けたらこのコースを使って上の林道まで登られるかもしれない。

 帰りは大幅にショートカットして下る。

 近くのひろめ荘で無料の入浴券を使い、のんびり入っていた。
 福袋が売っていて1万円で回数券4冊だそうだ。
 48回入浴出来る。
 魅力的だが、そんなには来られないだろう。
 家の近くなら良いのにな。

 郷土史家O氏に借りた大野町史1000ページ以上を読んだ。
 かなりのボリュウムがあった。



 ここに書いてある必要な情報は大野村古地図に反映させた。
 古地図は後は現在の市街地の部分部分で写真を撮って挿入する。

 昨夜から読んでいた阿部たつをさんの「道南郷土余話」は道南の円空像を調査する様子が書かれて大変面白かった。車の無い時代なので全て汽車やバスで取材している。
 この本の製本を見てびっくりした。
 
 今私が製本している仕方と全く同じなのである。
 プロに頼む本の出版は、かなりの費用が発生して、貧乏人には全く無理な話だ。
 それに負けずに何とか本を出したいと、自主製作しているが、本の製作は色々と変遷している。
 最初は背表紙を糊づけで固定していたが、手間が凄く掛るので手作業では大変だった。
 それが毎回考えて、今はホッチキスを使う方法に落ち着いた。
 所がこの本はホッチキスなのである。
 プロの印刷工場が作った本で昭和33年の製作だ。
 当時はこれが一般的なんだと嬉しくなった。

 この方式の欠点はホッチキスの針が最初のページで紙を無理して開けば破れてしまう事だ。
 この本も60年くらいたっているのでやはりその欠点が出ていた。

 ホッチキス部分が紙から抜けている。


 そう言う事は、ホッチキスの部分の紙に少し丈夫な紙を挿入して、それを一緒に止めれば良いだろう。次回からはそうしよう。
1月17日(水)健康サロンin明和園
 今年最初の健康サロンin明和園である。
 いつもの通り妻が桔梗からやって来る筈なので、函館駅まで迎えに行く。
 それが到着して10分位待ったが駅から出てこない。
 携帯に電話を入れても出ない。
 家電に入れても出ない。
 もうお手上げである。
 もう少し待ってから戻る。
 もしかして私が間違ったかと明和園に寄ったら、幹事のY子さんが来た。
 やはり間違いなく今日はあるのだ。
 参加者からもう一度電話したらと言われ携帯・家電と入れるが全く出ない。
 どうしたんだろうと、皆も心配してくれたなすすべは無い。
 今日は看護師学校で勉強中の若い二人も見学に来た。
 今年最初の会なので、私が新年の挨拶をして開始する。
 いつもの通りストレッチを充分にする。
 その後はボールに依るゲームや椅子取りゲームなどをやり、最後は絵にかいた間違い探しをやって終了。
 昼食前に妻に電話したが出ない。
 これだけ出ないと心配になる。
 皆もどうしたんだろうね?と心配してくれる。
 昼食は中華丼だった。

 自分の作るものより具が沢山入っているので美味しい。
 最近は野菜が高いのでなかなか買えないが、今日はサラダも付いたのでビタミンCを沢山補給した。
 自遊旅に帰って、家に電話したら娘が出た。
 妻は在宅ケア―で出かけたそうだ。
 それなら一言連絡があっても良いものだ。
 毎回迎えに行っているのに・・・。
 でも文句は言わない。
 在宅ケア―でこちらの事まで気が廻らないのだろう。
 歳を取れば忘れる事は極普通だ。
 私が迎えに行くと言う事も頭に無いのだろう。
 いちいち言っていたら、ストレスが溜まるだけだ。
 年寄にとってはこんな事は極普通の事だと思うようになった。
 帰宅して娘から話しを聞いても、あやまりの電話は来ないだろう。
 そこまで気が付かないだろう。
 
 午後から安政年間の大野村古地図を完成させた。
 一段落してから、明治の古地図作成に取りかかろう。
 今度は1ヶ月位で出来るだろう。

 夕方TBS−BSの映像製作会社ネクサスから電話が来た。
 前回は女性だったが、取材方法の結論が出なかった。
 下二股の取材は雪でそれなりの装備が要る事を話してあったが、やはり中に入るだけのパワーは無い様だ。
 今回は男性のAさんからの電話で、提案して来たのがドローンに依る撮影だった。
 なるほどこれならそれ程中に入らなくて済むが、木にでも引っかかったらどうするのかな?
 ドローンの発想は面白い映像が期待出来る。
 新政府軍が旧幕府宮に攻め込むルートを飛ばせば、如何に困難な場所を攻めて行くのか分かりやすい映像が出来そうだ。
 上から塹壕を見れば、地形も良く分かりそうな気がする。
 詳細は再度打ち合わせになる。
1月16日(火)近場を散策
 最近風邪をひいた事もあり、古地図の製作もありとでなかなか外に出る機会はなかった。
 風邪も一段落して、古地図製作も一段落したので近郊の散策に出かけた。
 戸井の古道で今まで道のある事は分かっていたが、他の道に行く事が多くて、なかなか行けなかった。今日はその道を行く事にする。
 今日の歩いた道は下記の通り。
 復路のみログを取った。
 この道も気無山に通じる参拝路である可能性が高い。
 正式には赤ラインが左に膨らんでいる個所の右側の高所を行くのだが、厳しいので迂回路的に作った道の様だ。

 下海岸は全く雪が無かった。
 まるで春の様な雰囲気の中車を走らせる。
 予定の場所に車を置いて歩きだす。
 今日はスノーシューも持って行かない。
 雪の無い山道を登って行く。

 下の方にも道があったが、この道は先で一緒になった。
 現在の道よりも古い時代の道の様だ。

 途中に大岩群があった。

 さらに道を進んで行く。

 道路管理者が付けたテープがある。
 これは意外と便利でテープ2本は道が二手に分かれている事を表わしている。

 沢を渡るが、上流は深くは掘れていない。

 まだまだ道は続く。
 獣の足跡が無数にある。

 ここも上の方に道がある。

 上の写真の更に先に行ったら、以前に歩いた道に突き当たったので引き返す。
 風がかなり冷たく少し汗ばんだ体が一気に冷え込んだ。
 帰り道の前方には釜谷富士が良く見える場所があった。


 戻ったら私の車の傍に恵山の清掃車が居た。
 昼休み休憩なのかな?
 でももう1時は過ぎている。
 
 体も冷えたので戸井の湯遊館に行く。
 福祉料金50円を払ってのんびり入浴してきた。
 帰りに売店でジャガイモ10個70円で購入して来た。

 自遊旅に着いてブログをアップしたいが、昨日からGmailが変わった様で、アカウントを再度取る様に要求して来る。
 既に今まで使っているのがあるので何とか使えないか、あちこち設定していたらようやく繋がった。
 自遊旅はインターネット環境が無いので、タブレットのテザリングでアップしていたが、最近NCVのFreeWifiの感度が良くなったのか、繋がる様になった。
 桔梗ではNCVに加入しているので、パスワードは持っているのでFreeWifiは無料で使える。
 今までは感度がぎりぎりで繋がったり、切れたりしていたが最近は調子が良い。
 因みに家の直ぐ傍の電柱に基地がある。

 先日、大阪の旅人に送って貰った物を開けた。
 てっきりお菓子かなと思っていたら、佃煮だった。
 それも天明元年創業と言う超老舗の神宗だった。
 その中のこぶは北海道道南の天然真昆布を使っていた。
 昔から宇賀昆布は全国でも有名だった。
 この生産地の宇賀は宇賀浦では無く、戸井の運賀が生産地だ。
 良く函舘市街地に宇賀浦町があるのでここだと思っている人が多い。
 戸井町史ではかなり強烈に間違いを指摘している。


 1月3日付けの北海道新聞に掲載された二股台場取材の時の記念写真が送られて来た。
 自然倶楽部代表の鎌鹿さんも一緒だった。
 記者中川さんはこの後、スノーシューを購入したそうだ。
 今度山に行きましょうとのメッセージがあった。

1月15日(月)郷土史家O氏を訪問
 今日は朝から雨模様である。
 のんびり起きてから、町内会で行われる、TV撮影の裏話の原稿を作る。
 A4で4枚程度を作ったのでこれで良いだろう。
 後はドキュメンタリージャパンから貰ったDVDの一部を放映して、1時間居以内には収まるだろう。
 松浦武四郎の足跡を書いた本「一畳敷」を読む。
 本の作り方がかなり変わっている。
 「北蝦夷山川地理取図」も文字を読めると言う親切さだ。
 中でも面白いのは実際記録に使った「野帳」の実物コピーが載っている。
 手のひらより少し大きい位の紙を綴ったもので、この中にびっしりと絵や文字を書いている。
 良く筆でこのような小さな字が書けるものだと感心する。
 絵もふんだんに載っている。
 中には北海道すごろくもある。
 このすごろくで廻れば北海道全部を廻れる。
 一畳敷きは彼が人生の最後の住処にと選んだ神田五軒町の住まいの東側に建てた一畳敷きの家で、この家の材料は彼の旅の中で知り合った関係の深い方から貰った材料で作った。
 神社を建て替えた時の廃材や橋の桁お寺の一部の木材などで、これらを使い8年も掛って完成させた。
 まるで男の隠れ家的な建物である。
 しかし完成から1年して彼は71歳で生涯をとじた。
 この一畳敷きも自分が無くなったら燃やして欲しいと遺言を残したが、親族がためらって残したものである。
 現在国際基督大学の構内に存在する。



 午後から北斗市の郷土史家Oさんの家に行く。
 大野町史を貸して頂けるとの事で伺った。
 奥さんも居て3人で郷土史の話しに夢中になってしまった。
 2時から病院に行かなくてはならないのに30分も過ぎてしまった。
 それにしても夫婦で歴史について話しを交わす光景って良いものだ。

 帰る時、玄関の外の雪をどかすと言うのでやって上げた。
1月14日(日)雪スコップ修理
 今日は気温がプラスになりそうで暖かい。
 最近は朝6時頃に起きる様にしている。
 今までの様の古図の製作が無くなったので、のんびりしていると言うのもある。
 屋根から落ちた雪を排雪して居た時に、壊れた除雪スコップがあったので見たら、柄の部分は使えそうだった。
 桔梗のスコップは妻が使っている時に棒の部分が折れてしまった。
 柄だけを買ってこようかと言ったら、娘に柄を買ってきて貰うからと言っていた。
 でもこのスコップは柄を取り外すのは相当な苦労が居る。
 娘が買って来ても交換は無理だろう。
 9時過ぎに電話したが誰も出ない。
 そこで壊れたスコップを持って桔梗に行く。
 家には娘と愛葵が居間に居た。
 話して古い壊れたスコップを持って帰る。
 早速修理する。
 柄の折れたスコップ。
 
 これが家にあった枝が先端のはめ込み部分が割れていた。

 まずは柄を外すが、やはりかなりきつくてなかなか抜けない。
 思い切りたたけばスコップが割れる恐れがある。
 品変え手を変えて、何とか外す事が出来た。

 折れた柄に着いている先端部分は使うのでリベットをドリルでカットする。

 綺麗に取れた。

 家にあった絵は先端部が割れていた。
 これを交換する。

 ドライバーで割って外す。

 壊れていない外した先端部を付ける。

 同じアイリスオオヤマの製品なのでリベット位置は同じだ。

 リベッターで固定する。
 後は少しきつめだったので先端部の直径を少し削った。

 上手く収まった。

 後はスコップ部に挿入して完成した。


 午後からは家の整理をする。
 旅の用具や炊事用具など整理した。
 3時からワールドカップ女子ジャンプを見るが、ファンである伊藤有香は5位だった。
 高梨が2位に入った。
1月13日(土)親戚の人?
 今朝は3時頃目が覚めてしまったので、オールナイトニッポンを聞きながら布団に入っていたが、目が覚めたのは6時半だった。
 ラジオを子守唄に2度寝が出来た。
 直ぐに朝食を食べて、昨日やらなかった除雪をやる。
 昨日の積雪は5cm位なのであっという間に終わった。
 今日は温泉に行く積りなのだ。
 妻から帰り際に入浴券が欲しいと言ったら1枚だけくれた。
 温泉に行く途中100均で、A3コピーを3枚とって、発泡スチロールの板を3枚購入する。
 これはパネルにして、町内会の講演の時に、皆に今までの活動を紹介するためだ。
 その後花園温泉に行く。
 浴室に入ったら、カランに向かって寝ている人が居た。
 親戚の人に見えるのだが、はっきり見えないので、声も掛けないでまずは温い子供用の風呂に入る。
 ここは何時もじっくり入って妄想している。
 その後低温風呂に入るが、低温と言っても44度ある。
 結構熱いのだ。
 その後には、冷蔵庫に入っている氷を貰って、サウナに入る。
 上がって来て今度は露天風呂に入る。
 そろそろ体を洗おうと出て来たら、先程の人がまだカランに謝る様に寝ている。
 随分寝ているな、
 私は体を洗って、再びその傍を通ったら起きていた。
 やっぱり親戚のHさんだった。
 お久しぶりと声を掛けて、子供風呂に入る。
 彼も隣に入って少し話しをする。
 以前は時々は彼の家に行って居たが、最近は殆ど行っていない。
 正月も桔梗の皆が彼の家に行ったのだが、声も掛らなかった。
 彼の奥さんが妻の妹になるのだ。
 湯から上がってずっと先に上がっていた彼だが、まだ着替えが進んで居なかった。
 私の方が早く着替えて、お先にと言って帰って来る。

 帰ってパネルを作った。
 その最中に(株)ネクストから電話があった。
 下二股台場を撮影したいがとの話しだが、昨日大雪が降ったので恐らく70cm位は積っている。
 スノーシューが無ければ行けない。
 高所までカメラを上げるなら2時間は掛ると言ったら、どうして良いのか分からなくなったようで、上長に相談してみますとなった。
 台場は国道の傍に有って、直ぐに行けると思っていた様だ。

 夕方には、おかずの作りだめをする。
 ひじきと揚げの炒め、きんぴらごぼうを作った。
 後は購入した食材を小分けしてすっきりと冷蔵庫に収めた。

 FBで冒険家小口君が南極を自転車で横断するそうだ。
 昨年世界一周自転車旅を終えて帰国したばかりなのに・・・。
 自転車世界一周でも最多国を廻って日本人新記録を立てたばかりだ。
 もう何年になるのだろうか、世界に旅発つ前に自遊旅に2回寄ってくれた。
 そして人生の楽園にも出演してくれたのだった。
 その彼もすっかり世界的な冒険家になった。
 成功して欲しい。
 下の写真は日本一周の時に寄ったもので、その時に居た皆でラッキーピエロに行った。
 左から2番目が小口君。

1月12日(金)大雪だ!
 今朝は雪が相当積っているのは昨日からの予報で分かっていた。
 大雪警報が出ていたが、市内では無いと思っていた。
 6時に起きて外をのぞいたら、お〜これは凄い量だ。

 50cmは有るだろうか?
 今冬最高の積雪だろう。
 直ぐに外に出て除雪を始める。
 雪も重いので力がいる。
 その内に娘が出て来た。
 娘と一緒に黙々と除雪する。
 妻は風邪気味なのか、最近は朝がめっきり遅い。
 途中で腕が疲れたでしょうと、ママさんダンプを変わってくれた。
 一通り除雪するのに二人で1時間半かかった。
 モンベルのレインウェアも中まで雪が解けて水が入った。
 全く防水が効いていないゴアテックスだ。
 もう貰った物を10年も着ている。
 アンダーはまだ新しいので大丈夫だった。
 1度家に入って食事を摂る。
 普段はあまり除雪をしない向かいのアパートの人も出て来た。
 車が出られないだろう。
 


 お腹が空いて力が入らない。
 娘が除雪準備をし出した。
 2回目の除雪に出る。
 妻も出ると言うが、風邪気味なので来なくて良いと言うのに出て来た。
 自宅前は全て終えて、隣の家の道路の除雪を手伝う。
 さらに向かいのアパートの除雪が雑なので、T字路で車が曲りにくい。
 その角も除雪した。
 娘は借りたママさんダンプで大量の雪を運んで、近所のおじさんに凄いねと言われていた。
 確かに力はある。
 もう汗びっしょりになって終わった。

 2時頃まで居て、自遊旅に戻る。
 もう着る物も無くなったし、自遊旅の除雪も気になる。
 再び除雪をしなくてはならないか。
 国道はつるつるで渋滞していた。
 自遊旅に着いたら、あれ〜雪が少ない?
 せいぜい5cmくらいしか無い。

 これなら明日でもいいやとなり、家に入り洗濯や、先日購入した食材の小分けなどをして冷蔵庫もすっきりした。
 今日はゆっくりして、明日は少しの除雪で済むので気楽になった。

 夕方に北斗市の観光課から電話があり、BSーTBSの「にっぽん!歴史鑑定」を製作している(株)ネクサスから下二股口台場の案内&解説?依頼が来た。
 詳細は後日打ち合わせる。
 箱館戦争150年の節目になって、動きがどんどん出て来た。
1月11日(木)ぶんぽ研例会
 体調は随分回復して、今朝も除雪をした。
 昨夜は風が強かったのか、雪のない所と吹き溜まりになっている所があった。
 9時前にはぶんぽ研の例会があるので、北斗市に向かう。
 路面がつるつる状態でスピードは余りだせない。
 10時から会議が始まる。
 会議の前に、昨年末のTV出演、正月の函館新聞、北海道新聞に私の特集記事が載ったので、コメントを言うよう言われた。

 会長の報告が終わった後で、少しの時間撮影のエピソードなどを話した。
 先日半分完成した「大野村古図と歴史」の本も持って行ったので、その事も話した。
 先月は高さ3mもある地図だったが、色々と不便なのでブックスタイルに纏めたのを紹介した。
 古地図の撮影がビニールを被って鮮明でない事などを話したら、中原さんが会長に何とかならないかとの話しを出してくれた。
 他にも文化財は眠ったままで良いのか?等の意見もあって、会長が教育委員会に話しを出してくれる事になった。
 サポートしてくれた皆さん有難う!

 帰り道に、現在の大野町の写真を撮ろうと思ったが、吹雪いて来たので止めて家に戻る。
 もう少し暖かくなったら、歩いてじっくり撮影し、安政年間の地図に現在の写真を重ね合わせて見よう。
 桔梗に戻って下の孫の宿題を一緒にやる。
 算数を200題といて冬休みの宿題は終わった。
 残った宿題は工作だが、これは金融機関で貰った段ボールの消防車に色を付けたり、カラーの布を張って完成させた。
 面白かったのは子供だとなかなか思いつか無いだろうという仕草があった。
 孫は挟みは使えないので、孫が指示した場所を切って渡すのだが、その都度、それを張る部分に当てがって見て、長さが合っているか必ずチエックするのである。
 それを毎回やっていた。
 普通なら切った布を受け取って、裏のシールを剥がしてそのまま接着させそうだが、なにか本物の大工さんの様な確認作業だった。
 登別のおじいちゃんも大工だし、私も工作すきなので、きっと同じ事はすると思う。
 感心した。




 完成した。
 残るは日記だそうだが、もう忘れたんじゃないのと言ったら、まだしっかり覚えているよとの事だが、本当かな??
1月10日(水)風邪も回復気味
 昨日まで3日間出来るだけ布団に入って、安静にしていた。
 薬は大阪の旅人が送ってくれた葛根湯を飲んで居たが、今朝はかなり快調になった。
 下痢も収まり、咳も少ししか出なくなった。
 朝の雪かきも出来るまでになった。
 でも風が吹いてかなり冷たかった。
 その後は一日TVを見っぱなしだった。
 孫達は皆2階で遊んでるし、1階は夫婦だけの静かすぎる空間になっている。
 午後に孫達にアイスを食べないかと言ったら、買って来てくれると言うので、COOPから皆の分を買って来て貰った。
 夕方には下の孫の愛葵の宿題の算数を一緒にやった。
 最近の学校の教え方は昔と違う方法があるので、むやみに教える事は出来ない。
 結構長い時間宿題をやった。
 夕食後いつもの人生ゲームをやる。
 どうもこれは弱くていつも下位に低迷しているが、今日は娘が1位で妻が2位、私が3位で、孫は4位と5位で終わった。
1月9日(火)今日も不調
 今日も9時頃まで寝ていた。
 相変わらず下痢は続く。
 妻が病院に行くと言うので送って行く。
 その帰りにヤマトのいさりびセンターに行き、荷物を受け取る。
 不在通知書を忘れたが大丈夫だった。
 自遊旅に寄って洗濯をし、干してから家に戻る。
 荷物を開けてみたら、湿布薬が210枚と葛根湯がかなりの量、それにお菓子まで入っていた。
 有難いものばかりだ。





 湿布薬はいつも使うので有難い、葛根湯は食事の後に直ぐに飲んだ。
 お菓子は元気になってから食べよう。
 凄く有難い心遣いだった。
1月8日(月)風邪が悪化
 大分直り掛けていた、風邪が悪化した。
 恐らくは昨日のお風呂だと思う。
 妻の後で入ったら、湯が温かった。
 加温しようかと思ったが、まあ良いかとそのまま入浴して出た。
 その後はTVを見てから布団に入った。
 そうしたら悪寒がした。
 これはまずいと、妻に掛け布団を持って来て貰った。
 いつもは毛布と開いた寝袋の2枚だけだが、寒気が襲い寝られなかった。
 朝起きたら、下痢がする。
 何度も何度もトイレ通い。
 その内、町内会館に行く時間になった。
 今日は新年交例会がある。
 つまみも出たが食べられず、ジュースのみで過ごす。

 出し物はサークルの演舞やカラオケだった。



 他人の出しものを楽しみながら、終わったら直ぐに家に戻る。
 今日の午前中に大阪の旅人増富さんから荷物が届くのだ。
 午前中の指定なので間に合わないが連絡をしなくては・・。
 運転手さんに連絡して、センターに保管して貰う。
 家に帰ってずっと布団の中で過ごす。
 下痢は止まらない。
 夜は妻の誕生パーティだ。
 孫や清野家からのプレゼントが沢山あった。
 私も当然プレゼントをした。
 写真を撮る元気も開く、ケーキを食べてから布団に入った。
1月7日(日)三嶋神社でどんど焼き
 函館のどんど焼きは1月7日である。
 全国的には1月15日らしい。
 飾ってあったしめ飾りを外して三嶋神社に持って行く。
 駐車場には大きく火が燃え上がっていた。

 係のおじさんの話に依ると、早朝は山の様に締め飾りが積まれていたそうだ。
 まだ燃えていない、早い時間に来る人も多い様だ。
 おじさんは熱い熱いと言いながら、しめ飾りを火の中程に押しやっている。
 ふとズボンを見たらナイロン部分の外側が、火がついたのか焼けて裏地が見えていた。

 神殿に参拝してから、神輿を見に行く。
 立派な神輿小屋があって中に神輿が鎮座していた。



 例祭にはこの辺りを廻って歩くそうだ。
 神社の横には水が出ている。

 横津岳からの伏流水だろうか?
 ここにも神社名が付いている。
 神社の横に行くと倉山卯之助の杉がある。



 文化5年(1808)箱館奉行の命を受けた七重(現七飯町)村の卯之助は自宅裏手に植樹園を開き、3年間で箱館山に杉2万本、あかまつ2千本を植えた。
 当時の箱館山は木を伐採して、薪に使ったり、船を作ったりで禿山だった。
 この卯之助のお陰で今の函館山の立派な杉の木があるのだ。
 北海道植林の先駆けである。
 その面影を残す、伐採を免れた数本の老杉がその名残をとどめている。

 どんど焼きを終えて、大槻商店に寄る。
 ここは業務用の食材を売っている店で、今日は沢山の食材を買ってくれた。
 サラダ油、鶏冷凍肉2kg、チーズ、お好み焼きソース、ホウレンソウのカット野菜、ナンなどなど。
 ここを出ての帰り道にはスーパーラルズに寄る。
 お菓子5袋で1000円、お好み焼き粉、パン、玉ねぎ、ニンジン、切りゴボウ、もやし、コーヒーなどなど。
 ここでも食材を沢山買ってくれた。
 合わせて段ボールで2つになった。
 今日は妻が随分優しい。
 そうか、今日は妻の誕生日だった。
 それでなのか・・・。
 いつもこうして欲しいものだ。
 誕生日祝いは明日、皆が登別から帰って来て、誕生会をやるのでその時に渡す。
1月6日(土)桔梗に行く
 どんど焼きは、小正月(1月15日)の行事で、正月の松飾りやしめ縄を焼いて、無病息災を祈るという行事なのだが、函館は何故か1月の7日に行われる。
 明日に行われるのだが、桔梗に行くのでもう外して持って行く。
 桔梗に8寺過ぎに着いたら、まだ妻は寝ていた。
 少しのんびりしてから、温泉花の湯に行く。
 昨年の年末以来だ。
 昼なのでかなり空いていてのんびりと入浴出来た。
 帰って来て、今日は夫婦しか居ないので久しぶりにラーメンでも食べに行くかと、近くの「一縁」に行く。

 直ぐ前に男性が一人入ったが、電話が来て話していたので先にチケットを買う事になった。
 味噌ラーメンに決めて、チケットを買おうとしたら、妻がバッグを何度も探している。
 「一度帰るよ」と言う。
 財布を持って来るのを忘れたそうだ。
 私がお金を出してチケットを変えた。
 先に入った男性には随分待たせた。

 この店は何故か中田翔のサインがある。
 4年位前に来た様だ。
 他にJOYとバービーのサインもある。

 ラーメンは直ぐに出来て美味しく頂いた。
 

 食べた後は家に帰ってパソコンで、中央図書館のデジタルアーカイブを見ていた。
 何か新しい資料があるかなと見ていたが、松浦武四郎日記の原本があった。
 読みたいが難解だ。
 今年は松浦武四郎が命名した、北海道の名が出来てから150年で、北海道始め各市町村でも松浦武四郎に因んだ催し物が沢山あるようだ。
 今年の旅は松浦武四郎の足取りを巡る旅も良いなと、最近思うようになって来た。
 北海道一周プラス山登りになるのかな?
 計画では渋江長伯の旅(日本橋〜根室)にしようかなと思っていたのだが・・・。
 まあもう少し考える事にする。

 温泉に入っている間に電話が来ていた。
 折り返して電話を掛けたら、風邪薬を送ってくれたそうだ。
 私が日記に書いていたので気を使ってくれた。
 彼は昨年、九州の旅人マッキーの紹介で自遊旅に来た方で、増富さんと言う大阪からの旅人だ。

 葛根湯と他に何かを送ってくれたそうだ。
 今年の青森ねぶたには来るそうなので楽しみだ。


 amazonを見ていたら、先日TVでやっていた最新グッズの洗濯バッグが出ていた。
 洗濯機並みの洗濯効果があるそうだ。
 持って歩くのにも軽くて小さいし、これがあれば衣類もこまめに洗えて、数量が減るのだが、一番のネックは値段が高い。6500円もする。





 手が出そうにない。
 バッグの内側に突起物が沢山あり、それが洗濯効果を上げているそうだ。
 乾かす方法は、このバッグで絞って吸水性の良いタオルで巻き付けて水分を撮るそうだ。
 この方法は頂ける。
 今までは力で絞っていたが、吸水タオルも良いのが出ているので、早く乾燥させるのに使えそうだ。
 洗濯はやっぱり今使っている、釣りで使う海水を入れるバッグで手洗いかな?
1月5日(金)買い物
 今朝はマイナス4度なのでかなり暖かい感がある。
 マイナス7度になる時は凍結線栓を閉じ無くてはならない。
 昨夜は閉じないで寝た。
 10時には買い物に行くので、それまでに洗濯物の取り込みや、洗濯など一連の主夫業をする。
 10時に買い物に行く。
 目的は妻の誕生日祝いの品を買う事だ。
 何か着る物をと思って探すのだが、なかなか選ぶのは難しいものである。
 何とか昼までに買い終えた。
 これで一安心だ。
 誕生日は7日だが、娘や孫が登別に行っているので帰って来た8日にやる事になっている。

 午後にメルカリ便が来て、注文していたカメラが届いた。
 全く使っていない様な綺麗なカメラだった。

 前のカメラはソニーのDSC-HV5で1010万画素、10倍ズームだった。
 購入金額は3万円を少し切る位だった。
 GPSは付いていたが実用では全く使わなかった。
 電源を入れても直ぐにGPSが衛星をキャッチしないためだ。
 今回のカメラは画素数が上がって、1210万画素になった。
 ズームは同じ10倍だ。
 写真を撮って見たが全く問題ない。
 室内を撮る。

 外を撮る。薄曇りだ。

 ズームも試した。

 10倍にアップ

 ズームも良く効く。
 これで2500円は安いな。
 バッテリーが今のカメラより、かなり厚くて頼もしい。
 今のバッテリーの倍の厚さがある。
 これで1000枚撮れる。
 2週間くらいの旅でも予備の電池は要らないだろう。

 後は旅先でブログ発信するので、WiFiカードのFlash Airを使うのだが、これも無事使う事が出来た。これでカメラからスマホに写真の転送が出来る。
1月4日(木)自遊旅へ
 朝は5時過ぎに起きてコーヒーを飲みながら、新聞を読むのが桔梗での日課だ。
 妻の寝室からTVの音が聞こえている。
 こんな時間に見ているの??
 飼い猫のMONOが下に降りて来ていた。
 あちこちうろうろしていたが、私が見ない時にソファーの上の絨毯におしっこをした。
 ソファにも床にもおしっこが散っている。
 雑巾が何処にあるか分からないので、妻の部屋に行き起したがなかなか起きない。
 TVも部屋の照明も点きっぱなし。
 何度か呼んでようやく起きた。
 今までは少しの音でも敏感に起きていたが、最近はずいぶん起きるのが遅い。

 荷物を車に積んで自遊旅に向かう。
 まだ暗いので車は少ない。
 あっという間に着いた。
 
 少しのんびりしてから函館中央図書館に行く。
 大野町史を読みたかった。
 2時間くらいたったかなと出る事にしたら、2時間を5分オーバーしていた。
 2時間無料なので100円追加になった。
 家に帰って、古地図に加筆してようやく完成した。
 後は旧大野町の人に見て貰い、情報を追加して行く。
 
 これで3ヶ月位作業していた、資料が一応完成した。





 肩の荷が一応降りた。
1月3日(水)正月もおわり
 今日で正月3ヶ日も終わりになる。
 今朝の北海道新聞に昨年取材した二股口の記事が出た。

 流石に報道部の記事は一段と違う。
 近くの北海道新聞の販売所から5部を頂いてくる。
 知り合いに配らなくてはならない。

 毎日TVばかり見ているので、尻に根が付いてしまいそうだ。
 時間を見て古図の製作は一応終了した。
 でもここにはプリンターが無いから印刷も出来ない。
 不便である。
 明日にでも自遊旅に戻って、印刷をして最終の校正をしよう。
 朝から箱根大学駅伝を見ていたが、青山学園の復路の強さが圧倒的で、後半の興味も半減した。

 ソニーのDSC-H5Vのカメラが壊れてしまった。
 GPS付きで3万円弱だった。
 それの電池とSDカードを入れる蓋が取れてしまった。
 
 このまま使ってFlash AirのSDカードを落としたら、3000円以上するので大変だ。
 どうせブログ用にしか使わないので、何か安いカメラが欲しかった。
 いつものメルカリでチエックしていたら、大体5000円位で希望に合う物があるのだが、値段的には
 もっと安いのが欲しい。
 今日になって殆ど使っていないカシオのカメラが2500円で出た。
 性能的には10倍ズームで、1210万画素、広角24mmで申し分ない。
 特にバッテリーが1000枚撮影可能なのが気にいった。
 一般的には250〜300枚なので、旅の時は予備のバッテリーを持って歩いたが、これなら予備は必要が無い。
 野宿旅では充電がネックになるのでこれは好都合だった。
 1000枚も撮れれば2週間くらいの旅には充分すぎる。

 購入前にはUSBで充電出来る機種にすれば、モバイルバッテリーで充電できるので考えたが、カメラ側のマイクロUSBが専用の物が多いので、またケーブルが増えるので諦めた。
 早速ローソンチケットで支払いをした。

 元旦の北海道新聞に掘純一さんが亡くなった事を伝えていた。
 旧道調査の結果を本に纏めるのに随分と参考にしていた。
 彼の書いた本は全て何度も読み返した。
 実際に古道を歩いて本にしている人は少ない。
 遺作は廃線をテーマにした本の様だ。
 高価なので手が出ないが、図書館に入ったら読みたい。
 
1月2日(火)年賀状の整理
 昨日年賀状が配達されたが、出した方は良いのだが、出さない方から来る事も多い。
 旅人が多く宿泊しているので、その泊まった方から年賀状が来たりする。
 誰から来るかは分からないので、来てから出す事にしている。
 自遊旅に年賀状を持ちかえって、チエックする。
 8枚ほど出していない方から来ていた。
 全て今日中には出したが、3日になればまた来る人もいる。
 その都度、自遊旅に行ってプリンターで印刷しなくてはならなく不便だ。
 
 午後から桔梗戻って、箱根駅伝の往路のゴールを見てから、また古図の作成を夜までやる。
 もう少しで完成しそうだ。
1月1日(月)2018年元旦
 大晦日は紅白歌合戦を見て、各地のお寺の鐘がなる。
 我々も鐘付きに出かける。
 近くにある宝皇寺は誰でも鐘を着かせると聞いた。
 徳川幕府と親しい間であった東本願寺は、箱館戦争終了後、新政府に北海道の道路の開削などを申し入れて許可され。これは新政府に忠誠を尽くす事を見せるためと言う人もいる。
 軍川〜砂原、室蘭〜中山峠越え〜札幌の新道を莫大な費用を掛けて開削した。
 しかしその2年後新政府はアメリカ人技師に道の開削を依頼する。
 アメリカの技術者は、本願寺の開削した道はアップダウンが多い道で、将来の車の通行には適していないと判断した。
 そして作ったのが峠下〜蓴菜沼〜森、室蘭〜苫小牧〜札幌あった。
 莫大な費用を掛けた東本願寺の道は使われなかった。
 本願寺は同じく桔梗の一帯を開削した。
 その宿舎になったのが宝皇寺であった。
 東本願寺の桔梗一帯の開削により、現在の桔梗があるのである。
 駐車場に車を入れて鐘を付きに行く。
 境内には火が焚かれて大勢の人が暖をとっていた。

 階段を上って孫達や妻、娘もみんな鐘をついた。

 最後に私も鐘を突く。

 境内ではお神酒と豚汁の接待もあった。
 寒い夜中の温かい豚汁は美味しかった。


 お寺の次は三島神社に行く。
 こちらは長蛇の列だった。
 ようやく中に入って参拝する。
 友瑛が前で参拝したら、年配の神社の関係者が、良く作法を知っているのとほめてくれた。
 我が家では妻が毎日家で参拝していて、小さい頃は友瑛も参拝していたので良く知っているのだ。
 小1の愛葵も参拝したら褒められた。

 参拝が終わっておみくじを引く。
 私は末吉だった。

 内容的には余り良くないが、旅立ちが災い無しで良かった、
 家に帰って布団に入る。
 こんな時間まで起きる事は無い。
 朝起きたのは8時頃だった。
 北海道新聞を見たら、私の記事が載っていない。
 元旦で無かったのかな?
 函館新聞を買いに行く。
 2部の見開き一面に掲載されていた。

 前回磯谷山道の際も見開き一面だった。
 書いた本の宣伝までしてくれた。



 3部購入した。
 函館新聞をとっていない人から頼まれていた。

 朝食は妻が作った正月料理だ。
 相変わらず料理の腕は良い。
 食べた後、孫達にお年玉支給する。

 一段落してから、イオン上磯に行く。
 福袋購入が目的だが、私は特にない。
 大勢の人が福袋を買い求めていた。
 子供や若い女性ものが多くて、じじばばの物は殆どない。
 長い一日が終わった。
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