6月30日(土)慰霊碑作り
 明日は函館マラソンがあるので、自遊旅に車を置かせてと、妻の妹から話しがあったそうで、ここなら大丈夫なのでOKした。
 妻の妹の長女が台湾から来日して参加するのだ。
 台湾東海大学に中国語を勉強に行って、それがきっかけで台湾の方と結婚して、台中在住になっている。
 彼女のFBでよく見るのだが、マラソンは台湾の大会で常に上位に入っている。
 大きな大会に出るためには、マラソン大会での記録が求められ、あるレベル以上でなければ出られない。
 そこで良い記録の出やすい函館マラソンに出る様だ。
 妻や孫達も応援に来るので賑やかになりそうだ。

 日ハムの函館での試合が5日に行われる。
 外野の観戦チケットは近所の新聞店の抽選で当たった。
 そこで3日からテントを張ってキャンプを楽しみながら、場所取りをしようと思っていたが、台風が来そうでそれも函館直撃の様だ。
 この分だと試合も難しいかな。
 いつもは妻と娘が観戦して爺ちゃんは留守番なのだが、今回は小学校の参観日が重なって娘は行けない。
 そこで爺ちゃんに廻って来たのに・・・。

 昨日貰った棚を薪小屋にしようと置いていたのを固定する。

 下の柱が邪魔だったので切って、本体を下に下げた。

 これで隣の薪小屋の屋根の下になったので、冬に天井に雪が溜まらなくなるので良かった。


 次に下二股口台場の本陣跡に設置する慰霊碑を作る。
 俳句を書いた碑の木柱を頂いたので、白色を塗るのと、腐った下の柱を補強した。
 句を書いた板は相当腐っていた。

 頭の部分を四角柱にのこぎりで切る。
 曲るかと思ったが、何とか上手く切れた。




 ママチャリで戸倉のホーマックに行き、200円代の安いスプレーを購入して来る。

 綺麗になった。
 土に埋まる部分は厚手の板で補強した。
 防腐材を塗れば良いのだが、1000円以上して量も多いので、勿体ないから、無垢のままににした。
 これでも10年位は持つだろう。
 この後、書道の上手な方に文字を書いて貰う。
 既に書いてくれる事になっているので心強い。
 イメージは下の様になる。


 今日の仕事も終わって、冷蔵庫を見たら食材が少ない。
 スーパーに行く。
 ごぼうの切ったのが半額で50円。
 カットキャベツの大が200円の所100円。
 ミックス野菜が半額の50円と安かった。


 ごぼうはニンジンがあったのでキンピラゴボウにする。

 他にひき肉と餃子の皮を買って来たので、行者ニンニク餃子を作る。


 ミックス野菜は、あんかけ焼きそばにでも使おう。
 他に肉は有るので炒めるか?
 カットキャベツは重宝している。
 キャベツを買った方が安いのだが、1玉だと使い切るのが大変なので、1/4カットした物とかを買うと切り口から早く痛んでしまう。
 カットキャベツの方が長持ちするのだ。

 餃子は3食分出来たので、冷凍庫に保存。
 きんぴらごぼうは、日々のおかずに。
 他に冷凍庫にはカレーライスが10食分作ってある。
 当面安心だ。
6月29日(金)洞窟冒険家出発
 昨日は桔梗に移動する途中大野文化財保護協会臨時会長の落合さんの家に「大野村古地図」を持って行った。
 落合さんが講演で使いたいと言う事だった。
 講演は7月と思っていたが9月だそうで、まだ時間が充分にあった。
 話しの中で「大野村古地図」は販売はしないように教育委員会から言われているが、落合さんから入院中の会長とこれから話すが、これを大野文化財保護研究会の50周年記念出版物として、会の名前で発行してはどうだろうかとの提案があった。
 このままでは埋もれてしまうので。落合さんに一任した。

 奥さんから夕食を頂いた。
 流しに呼ばれて、料理の作り方を教えてくれた。
 松前の小さなお店の主人から習ったそうだ。
 鍋に水を少々入れて、キャベツを山盛り入れ、その周辺に冷凍シーフードを入れ(肉も入れて良い)、塩こしょうして、大盛りのキャベツの上にたっぷりのバターを乗せる。
 加熱するとキャベツがしんなりし、バターがキャベツに絡まって凄く美味しかった。
 3杯くらい食べてしまった。
 簡単な料理で野菜も沢山撮れるし、これも我が家のメニューに追加だ。

 昨夜の桔梗でのWCサッカーの日本戦は辛うじて決勝リーグに進んだ。
 戦い方に各国の非難があったりしたが、8年ぶりのベスト16だった。
 
 朝起きて、孫たちが起きてくる。
 いつもながらの学校に行く光景だ。
 いつも時間ぎりぎりで何かと言われなければ、前に進まない。
 今日はじいちゃんが自遊旅に帰るので送る事になったので、時間的な余裕が出来た。
 その間、長男にDVDをかけて貰う。
 今月放映されたSTVテレビ「ブギウギ専務」の録画をして貰ったが、自遊旅のプレィヤーでは映らないのだ。
 5000円程度のものだから、仕方が無いのか? 規格が変わったのかは分からない。
 NHKプレミアムの録画はNHKから送られて来たが、普通に見える。
 かけたらばっちり映るではないか。
 やはりプレィヤーが駄目なのか。

 まあDVDは映る事になったので、ラベルを作ろうとキャノンダイレクトプリントで印刷したが色が出ない。
 マゼンダが詰まっている。

 以前からだましだましやっていたのだが、もう限界かな。

 それともプリントヘッドをばらして、洗浄するしかないか。
 もう一台エプソンがあるのだが、DVDのダイレクトプリントは出来ないタイプだ。
 そろそろ安物のプリンタでも買いたいな。
 最近は写真を印刷をする事も無く、資料の作成のみなので色が出れば良い。
 5000円程度の物を買えば、インクが付いてくるのでタダ同然だ。
 先日の箱館戦争150年記念集会で、「下二股口台場」や「土方の歩いた道」を欲しい人が居ると金城さんから言われ、時間があったら印刷してと頼まれている。
 10部くらいは印刷しておかなくてはならないので好都合か?。

 自遊旅の洞窟冒険家が9時頃帰って来た。
 今日、札幌に行きそこから飛行機で東京に帰る。
 野宿党なので、Tシャツも野宿野郎のプリントがしてある。

 最終日はカリフォルニアベィビイでシスコライスを食べて帰るそうだ。
 これで函館の三大ソウルフードは食べた事になる。
 彼は函館フリーパスで回っているがなかなか便利だ。
 JRは木古内までで、いさりび鉄道も乗れる。後は大沼公園までも乗れる。
 市電・市バスも乗れ、函館山にも行ける。
 これで大人2500円で子供は半額だ。

 午後からは落合さんにまた言われたが、箱館戦争の矢不来の戦いを小冊子にしてくれないか?だった。
 取り敢えずは、塹壕の寸法は測っていたので、それをパワーポイントで図にした。





 本にするためには戦いの様子など、資料をまだまだ必要とするが手元には余り無い。
 パソコンをしらみつぶしに見て数種類の資料はあったが、まだまだ不足だな。

 下二股台場に句碑があった。
 これはぶんぽ研会長が建てたものだが、土方歳三の句碑になっている。
 多くの土方ファンを案内すると、こんな句を土方は詠んでいないと言われる。
 最もでこれは燃えよ剣の中にある創作なのだ。
 今回、慰霊に行った時かなり見えない状態になっていたので、碑の四角柱を別な物に利用して良いか、聞いたら会長も良いと言ったそうなので、台場から引っこ抜いて来た。


 でも根本がかなり腐っていた。

 何か補強か腐った部分を切って、継ぎ足しを考えなくてはならない。
 以前あった物は朽ちてしまって無くなった。
 その後は、予算も無いのか作ってくれない。
 碑としてはかなり古い時代から有ったもので、恐らく40年くらい前から有った筈である。
 これが朽ちて無くなった
 ここは土方ファンが来る場所なので設けておきたい。

 夕方向の古物商のお兄さんが捨てる棚を持って来た。
 綺麗な棚で解体するのは勿体ないが家には有りすぎるので必要ない。
 薪小屋に良いかなと取り敢えず取っておいた。

6月28日(木)色々
 昨日から今日の朝までサッカーを見たので今日も寝不足だ。
 サッカーが終わるまでは仕方が無いかな。
 朝6時に起きたら、松澤さんもすでに起きていた。
 コーヒーを飲みながら話す。
 今日は函館フリー切符であちこち回る様だ。
 JRで大沼や木古内まで行けて、バス・電車も乗り放題。
 勿論函館山登山バスも乗れる。
 それで2500円とは安いな。

 駅まで送って行き、帰ってから雑木を貰いに行く。
 この下のスペースに置いてある

 今日はこれだけ
 まだ満杯では無く、いつもの70%位か?
 この様な細い木は一般には薪に適していないが、薪ストーブを改造したロケットストーブには大変便利な木なのである。太い木ばかりだと燃えない時もあるが、そんな時に入れてやれば直ぐに燃える。
 
 帰って薪を棚に収めてから、ママチャリのパンク修理をする。
 昨日の夕方買い物に行こうと思ったらパンクしていたのだ。
 タイヤを外しチューブを出して、空気を入れ水に入れてテストしたら漏れていない。
 チューブを抜いて・・。

 空気を入れたが・・。
 なんで??
 きっと虫ゴムの所のキャップが緩んで居たんだろう。
 チューブを入れて、空気を入れたが抜けないようだ。
 しばらく様子を見よう。

 外の自転車置き場が狭いので、雪かき用具などを別な場所に移動し、自転車が3台くらい入るスペースを確保した。
 これで雨の日、旅人が来ても大丈夫だ。
 雑然としていた

 広くなった
 植えていたひまわりが一時元気なかったが、今は元気になった。
 ひまわりも元気になった。
 枝豆も植えたがようやく芽が出て来た。
 これは枝豆。

 今日の仕事は、この程度にして午後から桔梗に移動する。
 ジャパンのサッカーの試合があるので大きなテレビで見たいし、一人で見ているよりも皆で見てわいわいやる方が楽しい。
6月27日(水)洞窟冒険家来る
 昨日もサッカーの試合を朝まで見て、少し寝てから起きる。
 朝の7時25分着のLCCバニラエアーで洞窟冒険家の松澤さんが来た。
 色々話しをしたが、今はもう洞窟冒険家は辞めてしまったそうだ。
 会社勤めをしていて、少し早く夏休みを貰ったので、函館観光に来たそうだ。
 生憎の雨で観光も今一つの感だが、今日は五稜郭を見ると言う事で、傘をさして出かけて行った。

 私はパソコンに向かって、溜まっている仕事をやる。.
.
 まずは2ヶ月前に完成した「大野村古地図」について、ぶんぽ研臨時会長の落合さんが、碧血碑碑前祭の時に。七飯郷土資料館から、大野の歴史について、会長が講演を頼まれているが、入院中なので落合さんがやる事になったそうだ。
 そこで私にその古地図について、講演の予定があるかを聞かれた。
 今のところまだ決めていないと言ったら、その本を1部コピーして欲しいと言われ承諾した。
 落合さんは上磯なので大野についてはあまり得意でないので、この古地図の内容について話す様だ。
 この「大野村古地図」については、旧大野の町民の方に多く見て欲しいのだが、教育委員会は写真は撮らせたが、本として売る事は駄目だと会長が言われたそうだ。
 そうなれば全て無償で配布しなければならない。
 恐らく100冊は作成しなければならなく、そんな資金的な余裕は無い。
 せめて紙代とインク代は援助して欲しいが、そこまでしてやる事は無いかと思っている。
 そんな事で半年かけて作成した古地図は、日の目を見ないまま埋もれてしまいそうなのだ。
 1冊印刷したが150ページあるのでインクが直ぐに無くなる。
 これが本作りの一番の悩みだ。

 他に道南の箱館戦争のガイドブックを2冊印刷した。
 昨日案内した方に配布の予定だったが、寝坊したため印刷する暇が無かったので後追いで送る。

 町内会のパークゴルフの例会の成績をエクセルで集計した。
 私は2位に居る。
 トップとは平均で2打差である。
 もっと頑張らなくては・・・。
 ここまでやってもう夕方になってしまった。

 ここ数日、出かける事が多かったので、家の中は片付いていなく。
 落ち着かない雰囲気だ。

 明日は何とか家の中をすっきりさせたい。
6月26日(火)江差まで箱館戦争巡り
 今日は横浜から来た、金城さんと友人の大館さんを江差まで観光をする約束になっている。
 7時45分には金城さんがレンタカーで迎えに来るとなっていた。
 サッカーを遅くまで見たせいで、目を覚ましたら何と7時半だった。
 大急ぎで用意をして、何とか間にあった。
 準備が整った途端に車が来た。
 法華クラブに行って、大館さんと合流する。

 佐藤福子さん御夫婦も外に出ていた。
 挨拶をして、今度是非二股台場を御案内しますと別れた。

 大館さんも来て出発。
 元町ホテルの遠藤社長が渡してと言われた小冊子を2冊貰った。
 函館の街歩きマップが載っている本で、何と私が個人ガイドになっていた。



 特に話しは無かったが・・。

 3人で江差を目指す。
 途中、旧大野町の中を通りガイドしながら進む。
 江差に着いてまずは開陽丸の見学だが、私は少し前に案内して中に入っているので、外でぶらぶらしていた。


 随分錆びが増えた







 スクリュウのシャフト
 売店の一角に挽きたてコーヒーが200円であったので飲んでのんびりしていた。
 フリーWifiも使えた。
 見学が終わって、江差民謡会館隣のレストランで食事をする。
 3人とも同じものでニシン尽くしの豪華御膳だった。
 ニシンそば、ニシンテンプラ丼、ニシンの酢の物、ニシンの甘露煮、ニシンの焼いたもの、ニシンの切り身と満足の御膳だった。

 その後、能登谷の坂を登って、榎本と土方が泊まっていたと言う能登谷あった場所で思いをはせ、その後姥神神社、爾志郡役所で土方歳三嘆きの松を見て戻る。

 途中にある二股口台場は是非見たいと言うので寄ってくる。
 土方歳三が読んだ風に思わせる、句の柱があったが、これは燃えよ剣の創作なので、以前から撤去したかった。
 先日副会長に言ったら撤去して良いとなり、今回スコップを持って行って抜いて、持って帰った。
 これを以前あった、旧幕府軍慰霊碑が朽ちて無くなったのでそれに使う。
 文字を書いてくれる人も居るので、今年中には新たに建てたい。

 二股台場からの下りは足元が悪く大館さんは足も不安なので、私がサポートした。
 重い木柱は金城さんが担いで降りて行った。
 力持ちだ!

 その後光明寺に行き、永井蠖伸斎と網代清四郎の墓に線香をあげて、新幹線の駅に行く。
 ここで大館さんと別れる。
 函館に向かう途中、七飯の道の駅に寄る。
 私はまだ行っていなかった。
 中を一回りしたが、気になったのはべこ餅の粉だった。
 これで作って見ようと思ったが、型があった方が良い。
 一般的には、葉っぱの模様の方に入れて作るのだが、それでは面白くないので、葵の型を作って中に誠の文字を入れようと考えた。
 型を作ってからまた買いにこようと思い今回は買うのを止めた。
 金城さんが一袋買った。
 ここの名物はガラナソフトで買って頂いたが、確かに好きなガラナの香りがする。
 まあ美味しかった。

 
 最後の史跡巡りは一本栗神社だ。
 大きな栗の木はかなり腐食が進んで来たが、新しい枝も出ている。


 蜂が巣作りをしていた
 この栗の木の付近に箱館戦争で亡くなった方の遺体が埋められたと言われている。
 ここの神社の中学生くらいの娘さんだろうか?
 学校帰りなのだろうか、元気な声で「こんにちわ」と言って家に入った。
 爽やかだ。

 全ての史跡巡りが終わって、自遊旅まで送って貰う。
 お菓子やシュークリームやコーヒーやら沢山頂いた。

 先程買ったべこ餅の粉もあげると言って置いて行った。

 これから空港まで行って、最終便で帰る。
 色々忙しかった3日間が終わった。
 
 明日は洞窟冒険家が自遊旅に来る。
 天気は雨だな。
6月25日(月)箱館戦争記念集会参加
 昨日の夜に桔梗に移動した。
 サッカーWCの日本の試合がNHK BSで放映なので自遊旅では見られない。
 夜中の12時開始たが、連日サッカーの放映を見ているので眠い。
 時々居眠りをしながらも、ほぼ試合は見ていた。
 結果は引き分けだったが、日本にとってはまずまずだろう。
 勝ち点が4になった。
 次の試合で引き分けでも決勝リーグに残れる。

 起きてパークゴルフの例会だが、かなり眠い。
 まだ頭が寝ている。
 時々ミスをしながらも何とか111で収まった。
 ライバルのKさんは107だったので、4打も差を付けられた。

 終わって直ぐに自遊旅に帰る。
 今日、箱館戦争の150回忌を語る記念集会に呼ばれていて、何かを話さなければならない。
 話す時間も言われていないので、15分位の内容にして、スーツを着て車で五島軒に行く。
 6時からの開始なのだが、ロビーには誰もいない。
 もう一人和服の女性も来たが、何かおかしいと思ったのだろう。
 そこに係の方が来て、2階で受付をしているので行って下さいと言う。
 2階に行ったら、しらとりさんのお姉さんが受付をしていた。
 「もう始まっていて、もう直ぐ終わるよ」と言う。
 6時開始の予定が、色々な事情で早くなったと言う。
 私には全く連絡が無い。
 恐らく14時から実行寺で行われた大法要の後に決まって、そこに参加した人には連絡したのだろうが、大法要に参加出来なかった人には連絡が無かった様だ。
 2階の会場からしらとりさんが司会をやっている声が聞こえる。
 そして終わったようだ。
 皆が出て来た。
 しらとりさんから、連絡が無かったの?と言われる。
 トークが終わったのであれば帰って良い?と聞いたら、この後の大広間の集会の中でテーブルスピーチをして貰うので居て下さいと言うので行く事にする。
 郷土史家の近江さんも出て来たが、彼も時間が無くて話せなかったそうだ。
 結局、私と近江さんが懇親会の中でスピーチをする事になった。
 トーク時間はどうするの?と聞いたら、5分位だと言う。
 近江さんは相当長い時間を話す積りだったらしい。
 私も20分位の事は考えて原稿を作っていた。
 それは長すぎるので、急遽話す内容を変えて5分に納める内容を頭で考えていた。
 料理は各自が取りに行く方式なのだが、話す内容を頭の中で纏めていたので、座っていた。
 すると席が隣になっていた、はこぶらの足立真由美さんが、カレーや他の料理を取って来てくれた。
 親切だ〜!


 近江さんのスピーチが会場の前におかれているマイクで行われた。
 しかし会場はもう宴が始まっているので、皆が聞いている雰囲気ではなかった。
 
 これは短い時間で、土方の道を歩いた事や二股口台場の事をさらっと話そうと決めた。
 そして番が来た。
 近江さんの声がマイクの設定が悪かったのが低かったので、大きな声で話した。
 話していると良く見えるのだが、聞いているのは3〜4割くらいかな?
 その中で、松村さんは前に出てきて立って聞いて居てくれた。
 もう一人後ろの方で真剣に聞いている男性が見えた。
 他は2〜3割が食事しながら聞いて居てくれた。
 そして5分程度の最初の原稿とは全く違う話しは終わった。

 その後は楽しく談笑しながら食事をした。
 足立さんが隣だったので色々話をしたが、函館に来る観光の方に、二股口台場にも行きたいと言う方が居るそうだ。
 でも北斗市の対応が今一つで、ガイドの組織も無いので、誰がガイドしてくれるかはっきりしないそうで、今度その様な話しがあったら、お願いしますと言われて大丈夫ですよと答えた。
 相変わらず北斗市は評判が悪い。

 会も終わって東京から来た松村さん御夫妻が、土方愛さんと話しをしていた。
 そこに通りかかったら愛さんから「毛利さんですよね」と言われた。
 彼女は土方歳三の兄弟の子孫で、日野市の土方歳三記念館の館長をしている。
 電話では話しているが、会うのは初めてである。
 Kさんから美人でしょうと言われたが、確かに美人で何かオーラがある。

 金城さんから男性を紹介された。
 先程から私の話しを真剣に聞いて居てくれた人だった。
 彼も土方歳三の進攻した道に興味があったそうだ。
 そこに私の書いた「土方歳三の道」の本を見る事になって、感激したそうだ。
 山にも登っている方で、今度是非道を歩きたいので、また連絡しますとなった。

 市会議員の平出陽子さんに、また講演をお願いしますと言われた。
 歴風会の関係の世話をしていて昨年一度講演をした事がある。

 五島軒を出るとき、しらとりみちよさんが居た。
 どう帰るのと言ったら足が無いそうなので送って行く。
 今は名古屋に住んでいるので、今回は法華クラブに泊まっていた。
 来年は函館に戻ってくるそうだ。
 ようやく終わった。
 帰ってまたまたサッカーを見て、寝たのは朝の4時過ぎか。
6月24日(日)碧血碑碑前祭に参加
 今日はガイドを頼まれている。
 天然理心流の一行11名と、一般の方合わせて20名ほどだ。
 福祉センターに自転車で向かう。
 すでにしらとりみちよさんとお姉さんが来ていた。
 そこに松村御夫妻もやって来た。
 懐かしい顔ぶれが揃った。
 さらに天然理心流の一行が剣術の姿でやって来た。
 やはり凛々しい。
 中に4女性が4名ほど居た。
 天然理心流は土方歳三が使っていた流派である。
 福祉センターの前で、奉納の型を披露する。



 なかなかの迫力で、圧倒される。
 暫らく見入っていた。
 終わってから記念撮影をする。


 
 終わってから、私の一本木関門の説明と土方歳三の戦いの様子などを話す。




 話しの後は今ない東北・北海道で最大の料亭だった武蔵楼跡に行き、異国橋に行き、セイコマで食事を調達して函館講演で食べる。
 日がぽかぽかして気持ちが良い、芝生でのんびりする。

 その後碧血碑に移動して碑前祭に参加する。
 150年記念と会っていつもより人が集まったようだ。
 東照宮の宮司さんによる、祭事が行われた。

 終わった後に、金城さんも来ていて、佐藤福子さんを紹介してくれた。



 土方歳三の姉ののぶさんが嫁いだ、佐藤彦五郎の十六代子孫になる。
 現在、佐藤彦五郎新選組資料館の館長をしている。
 佐藤彦五郎の家には土方が良く出入りしていた。
 土方は姉ののぶを慕っていたようだ。
 何かとても品のある方だ。
 私の書いた「下二間口台場」の本も楽しく読ませていらだ来ましたと言葉を頂いた。
 副館長の佐藤忠さんも紹介された。

 天然理心流の方はその後も碑前で型を披露していた。

 ここで分かれて自遊旅に戻る。
 ぶんぽ研の落合さんは作家の合田一道さんと一緒に来ていた。
 桔梗の坂さんも来ていた。久しぶりだった。
6月23日(土)金城さん訪問
 深夜から今朝にかけてWCサッカーを見ていた。
 ブラジルがよぅやく勝った。
 一時は引き分けになるかと思ったが、アデショナルタイムの攻撃は凄かった。
 あっという間に2点取って勝ってしまった。
 もう朝の5時である。
 寝るにももう外は明るくなっている。
 起きてコーヒーを飲んで本を読んでいた。

 8時から自転車にやすりをかける。
 2時間くらいやったが粉まみれだ。
 大分研磨した

 今日はこの位にして、薪切りを始める。
 今日は少し気合いを入れて10本ばかり切った。

 今年貰った解体した家の柱は、残りは5本くらいなので、あと一日で終わりそうだ。
 早く終わってすっきりしたい。

 そんな所に電話が来た。
 横浜の土方歳三ファンの金城さんだった。
 昨年以来2度目の訪問になる。
 今回も箱館戦争の「碧血碑碑前祭」に参加するために来た。
 旦那さんは沖縄出身なので、今回も沖縄のお土産を頂いた。
 沢山いただいた。
 箱館戦争や土方の話しをすればあっという間に時間が過ぎる。
 私の書いた「下二股口台場」の本を見せたら、友人が驚かれたそうだ。
 台場関係を調べている人が居るらしく、彼に見せたら喜ぶだろうなと言っていたそうだ。
 少しでも喜んで貰えて嬉しい。
 実は改訂版を作成中なのだが、なかなか進まないでいる。
 下二股口台場の撤退の際の隊列を書きたいのだが、なかなか進まないでいる。
 敵に攻め込んで行く時は先発隊が、重要になるので、競って先頭を行きたがる。
 しかし撤退の場合は、最後尾に付く部隊が重要になる。
 敵が後ろから追ってくるためだ。
 下二股口台場撤退の古文書も異なる文書が有って、どの隊が最後尾なのか決定的では無い。

 金城さんはこれから図書館で記念講演があるので聴きに行くそうで1時前に自遊旅を出た。。

 薪を小屋に入れたら、ほぼ90%位は埋まった。
 もう少しで満杯だ
 残りの柱を切ればもう一杯になってしまう。
 来シーズンは他の小屋の分と合わせ、これで間に合うかな。

 温泉に行き、午後からはファイターズの試合を見るが負けた。

 明日は東京から来る方に一本木でガイドする。
 その跡、碧血碑碑前祭に参加して、終わったら元町辺りをガイドする事になるかな?
 夜は桔梗に帰りたい、WCサッカーがNHK BS1で放映されるが、自遊旅にはテレビが無い。
 タブレットののテレビはBSが入らない。
 地上波でやってくれよ!!!
 肝心の所はBS になってしまう。
 BS加入促進のためなのか?
6月22日(金)薪切り
 連日WCサッカーで徹夜になる。
 昨日から今日の朝まで見る。
 何とメッシ擁する、アルゼンチンがクロアチアに0対3で負けてしまった。
 大波乱である。
 それにしてもクロアチアのプレッシャーは凄いな。
 アルゼンチンが余り良いパスを出せなかった。
 眠い。

 天気は良いので、昨日持って来たタンスを解体する。
 解体は電気鋸の音もうるさいので、いつも9時過ぎにやっている。

 その間、全塗装する自転車のロゴを剥がす作業をした。
 2時間くらいで全て剥がされた。
 ルイガノも古くなった

 真っ白になった
 後は水ペーパーで正面を綺麗に仕上げて、サーフェーサーを塗ってから好みの色を塗る。
 色はまだ決めていないが、艶消しの色にしようかと思っている。
 
 タンスの解体は要領が良くなった。
 最初は解体する順序が悪く時間がかかったが、今では大きなタンスも1分もあれば解体出来る。
 解体したものは適当な大きさに切って薪にする。

 ついでに家の古い柱も5本くらい切った。

 午後1時まで飯も食わずにやっていた。
 ざっぱ木の方の棚はもう一杯になった。



 このざっぱ木も意外と使い道があるのだ。
 太い木だけを入れてもなかなか大きな炎にはならない。
 そんな時一緒にざっぱ木を入れてやれば良い具合に燃えるのだ。
 それに冬に入る前の少し寒い時などはこれで充分用を足すのだ。

 柱を切った薪は新たな薪小屋に入れた。

 ここが一杯になれば来シーズンの冬用としては充分だろう。

 午後からは本を読んでいた。
 「復刻版 松前白神古老百話」と言うのが手に入った。
 非売品で村の人350人に無償で配ったそうだ。
 なかなか面白い。
 現在の白神の名前は、200年前の最初はやはり白神だった。
 その後、釜谷村となり、炭金沢になり、炭焼沢になり、再び白神に戻ったそうだ。
 これは知らなかった。

 箱館戦争の事も沢山載っていた。
 ローカルな箱館戦争体験談はあちこちにあるので、それを一纏めにしたら、発売されている本には無い、面白い資料が出来るかもしれない。
 松前藩時代の白神台場も載っていたし、白神大筒場所も地図入りで載っていた。

 面白いのは「ミネコの岬」だ。
 ある事は知っていたが何処に当たるのかは知らなかった。
 話しは「白神や吉岡のノリつみの女の人達が、みんな一度は通った事がある。白神トンネルのある場所の岬だそうだ。昔は海岸までが崖で、そこには波がかぶさってくる崖縁で、そこを越えて通るには、着物が濡れるので、尻の上まであげなければならない。人様に見られるのは具合が悪い。そこでそこを通る時は前の人も後ろの人も、それを見ない。「見ない」「みないこ」して渡ろう、ミネイコト・ミネコがミネコの岬になった。」

 夕方米を炊こうと軽量びつから出したら、1合少ししか無かった。
 仕方ない、買いに行く。
 スーパーラルズは最低価格が10kg3500円、ツルハに行ったら3200円で特売だった。
 配合率が30%と低くても構わない。

 これを買って帰り早速炊いた。
6月21日(木)あれこれ
 今日は雨の予報である。
 早朝ゴミの処理をするので、溜まった燃えないごみを車に積み込む。
 9時過ぎに近くの処理場に行ったら、後から読んで下さいと紙を渡された。

 どうやらゴミを捨てに来た車が、バックした際にベルトコンベアの所まで落ちたそうだ。
 怪我は軽かったそうだが、その場所に鉄の横棒が2本付いた。
 ゴミはその上から投げるので少し大変になった。
 今日はそこの担当が、函館どっく時代に一緒に勤務したSさんだった。
 少しの会話をして帰る。
 料金は103円だった。

 次に燃えないごみを持って違う処理場に行く。
 ガラスや大きなプラスチック箱、プラスチックの引き出しが沢山ある収納庫、鉄くず、灰等を積んで行く。
 ここの担当の方は、以前私の父が働いていた時に、部下だった方で、今は臨時で働いている。
 荷物を降ろす時いつも手伝ってくれる。
 何かとゴミ処理場には知り合いが居る。
 料金は181円だった。
 ここの人ももう顔なじみだ。

 帰って、一本木関門ガイドの下調べをする。
 最近一本木関門のガイドはしていないので、少しは間違いが無いようにしたい。
 東京からここに来る人は、当然土方歳三ファンなので、おかしなことは言われない。
 3時間くらいかけて資料を見直し纏めた。
 土方歳三の死に関してや埋葬に関しては謎が多すぎて分からない。
 色々な作家や郷土史家が書いているが、想像の世界で書いている物が多く、謎に拍車をかけている。
 自分ならどう考えるかを考えていたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。
 
 冷凍保管していたカレーライスが無くなったので、作る事にした。
 ニンジンと玉ねぎを買い、肉は豚バラ肉にした。
 玉ねぎはじっくりいためた。
 長時間煮るのにはガス代が掛るので、煮る時だけは薪ストーブを焚く。
 ことこと煮た後は火を消えるのを待つ。

 暑い時はストーブを焚くと大変なので、今日の様に寒い日がカレーライスを作るのに向いている。
 隠し味にインスタントコーヒーを入れた。

 夕方向の古物商のお兄さんがタンスを持って来た。
 良い臭いだねと言ってくれたが、彼は1年前は飲食店をやっていて、奥さんが調理していた。
 勿論彼も作れる。今度プロの作り方を聞いておこうかな?


 外は今日のごみ捨てで大分方づいたが、アルミホィール付きのフルタイヤがある。
 お兄さんに聞いたら、タイヤを外してアルミホィールを持って、クロダリサイクルに行けば、アルミ材として買ってくれるそうだ。

 捨てるお金がかからないのでお勧めだそうだ。
 タイヤを外すのは彼が向の整備工場でやってくれる事になった。
 暇なときで良いよとなった。
 タイヤが無くなれば、すっきり状態になる。

 24日は一本木ガイドと碧血碑碑前歳に参加する。
 25日は夜に五島軒で、「箱館戦争150回忌を語る記念集会」があり、子孫の方々のトークショウや講談がある。
 私と郷土史家で北海道新聞の記事を何時も書いている、近江幸雄さんと共に招待を受けている。
 何を話すのか何を聞かれるのか全く分からない。
 どんな服装で行けば良いのか??
 「誠」のコスプレで良いのか?
 子孫の方や一般の参加者で80名くらい参加する予定だそうだ。
 土方歳三の子孫の日野の土方記念館の館長、土方愛さんも来るのかな?
 電話では何度か話しているが、会えるとすれば初めてである。
 一般参加者の中に横浜のKさんも参加するそうで、昨日電話が来た。
 そして翌日の火曜日に箱館戦争関連個所を案内して欲しいと言う事で了解した。

 この一連の行事が終われば7月に入り、今度は青森ねぶたの用意だ。
 少しづつ参加する人からメッセージが来ている。
 世界的冒険家で海外の山のガイドをしている安東浩正さんからも参加すると来ている。
 自遊旅に泊まった九州のマッキーも初参加になる。
 湿布漢方薬を沢山送ってくれた増富さんも参加すると言っていた。
 今年も自遊旅に来た人には必ず参加するように勧めている。
 甲冑侍の山辺さんは来ないかな?
6月20日(水)PG大会参加
 今日の朝に、和歌山からの旅人藤原君が出発した。
 これから時計回りに北海道を3ヶ月かけて回って来る。
 帰りにはまた自遊旅に戻って来るだろう。
 旅人ノートに書いて行った

 パークゴルフの大会に出るのは一年間で1、2回位だ。
 それも北方面町内会4町会の大会と老人クラブの大会でレベルはそれほど高くない。
 それでもなかなか上位に入れないでいる。
 今回は桔梗高台パークゴルフ場の会員に依る大会だ。
 もう毎日やっている方も相当数いる。
 そこに我々西桔梗町会の5名が出る事になったのだ。
 男子は私を含めて3名で女子は2名だ。
 全体の参加者は150.名くらいだった。

 私はB組の5番スタートになった。
 一番最後の組だ。
 最初の1打目がかなり緊張するし、この1打によって全体がかなり左右される。
 Bコースの1ホール目はパー5の所を3で回ってまずます。
 次々とまあまあ良い感じで進む。
 結局26で終了。
 一緒に回った中ではトップだった。

 Cコースは26だった。パー3の所を4打になったのが痛い。
 結局26で回った。
 合計51になった。

 Dコースは苦手なコースだが何とか25のまあまあ良い数字で回った。
 最後はAコースで、ここは25で回った
 特に最後の9ホールは85mあるが、飛び過ぎてポールを10mくらいオーバーしてラフに入る。
 普段なら20mくらい手前なのだが・・・。
 ラフからの難しいショットにになる。
 最終組なのでギャラリーが沢山いる。
 ラフから打った球は何と、真っ直ぐカップに入ってしまった。
 パー5の所が2打である。
 最高のショットだった。
 合計は102と今シーズンでは一番良かった。

 集計事務局から呼び出しがあった。
 行って見たら同点だったのでカウントバックで負けた。

 最終順位は102打で16位だった。
 5位までは100点を切っている。
 1打に間に相当居る。

 我がチームは男性のKさんが31位、Fさんが64位だった。
 女子はHiさんが47位、Haさんが48位だった。
 Haさんはブービー賞になった。

 賞品は上の国の有名なフルーツ豚のしゃぶしゃぶ肉だった。
 家に帰って開けてみたら、良い肉が並んでいる。
 16位でも自分は満足

 4重になっていた
 1列かと思ったら、何と4重になっていた。
 今日は早速しゃぶしゃぶ鍋にする。
6月19日(火)良い天気だ
 今日は快晴の良い天気で暖かい。
 外での仕事を始める。
 さっぱな薪が溜まっていたので、薪小屋に運ぶ。
 さらにこれから新たな薪小屋に木を入れるため、薪小屋に入っていた大きなコンテナ2つを整理する。
 中には塗料や工具が入っていたが、これを他のコンテナに移し家の中に入れた。
 2つのコンテナはもう穴も開いているので捨てる事にする。
 薪小屋の相当のスペースが空いた。
 ここにこれから切る柱を入れればかなりの量が入るので、ここを一杯にすれば来シーズンの冬の分の薪は充分に確保されるので、薪切りから解放されるだろう。
 何とか今月中にはやり終えたい。
 7月の後半になれば、青森ねぶたの準備もあるし、8月になれば大曲花火観戦などで殆ど不在になる。
 
 旅人もようやく起きて来た。
 BBQコーナーで雑談する。
 明日の朝には出ると言う事だった。
 私も明日はPGの初めての大会があるので朝早い。
 今日の内に旅人ノーとに貼る写真を撮っておこうとなり、数枚撮った。
 シールはお父さんが作った?

 荷物は多い
 その後、彼は出かけて行った。
 夜の函館山にも行くので、帰りは遅いだろう。

 私は明日の明和園ウォークの地図を持ってY子さんの家に行く。
 旦那さんもいて、コーヒーを頂き暫らく話す。
 
 その後、温泉に行き帰って来たら、旅人が帰って来ていて寝ていた。
 どううした?
 一寝してから夜景に行くのかな?

 その後はまったりと過ごす。
 夜はWCサッカーがありJAPANが試合するので楽しみだが、コロンビアも相当強いので、引き分けれたら良い方だと言う予想が出ている。
 今日は試合が早いので、明日の朝の寝不足は避けられそうだ。
6月18日(月)パークゴルフ
 今日はPG練習日。
 最近はサッカ―WCロシアを見ているので、毎日寝不足気味だ。
 昨日も夜9時頃から、今日の朝5時まで見ていたので眠いと言うか、頭がぼんやりしている。
 気温も20度まで上がると言うので久しぶりの暖かい日だ。
 午前中は大会も入っていて混んでいた。
 結果は113と普通の出来。
 昼食を食べて、午後になったら空いて来た。
 明後日は桔梗高台パークゴルフ場の大会なので、少しは気合いを入れてやらなくては・・。
 同行は妻と普段から仲のいいTさんの3人だった。
 気持ちが楽になるのか、良い感じで回って102の好成績で終わった。

 終わって直ぐに自遊旅に戻る。
 夕方旅人が来るのだ。
 6時過ぎにやって来た。
 連絡も数日前からきっちりして来るし、しっかりした人だなと思っていた。
 来たらまだ20歳の男性だった。
 和歌山発なのだが、先に四国お遍路して、一度本土に戻り、九州を回って福井からフェリーで苫小牧に来て、そこから函館に下って来たのだった。
 これから北海道を2〜3ヶ月かけて回るそうだ。
 今日は天気が良いので、函館山の夜景が良いよと言ったら、出かけて行った。
 私は眠くて早く布団に入る。
6月17日(日)孫のファミリーコンサート
 昨日は友瑛のソロコンサートがあったのだが、追悼会が有って行けなかった。
 今日は孫3人に寄るアンサンブルコンサートだ。




 午前中に自遊旅の回りの一部に枝豆を植えた。

 草が生えていたのでそれを取るのは大変だった。
 穴を開け、植える間隔も分からないので適当な間隔にした。

 水を捲いて終わった。


 コンサート会場の函館市芸術ホールにママチャリデ向かう。
 少し早く着いたが待っていたら皆がやって来た。
 出番は5番目で、演奏題目は「宝島」だ。
 衣装は購入したそうだが、3人とも宝島の雰囲気の衣装を着ていた。






 やがてステージに登場する。



 いつもコンサートに出ているので、上がると言う事は無いのだろうか?
 緊張はしていると思うのだが・・・。
 演奏が始まる。






 相当練習はしたのだろうから、上手く弾いているのだろう。
 途中で下の孫の愛葵が、手を上げて観客に合い手をアピールする。
 観客も曲に合わせ手を打ってリズムを取る。
 写真を撮っている間にあっという間に演奏は終わった。
 3人がステージ前に出て挨拶して退場する。
 ここで孫のお父さんは会場を出て、苫小牧に帰る。
 明日から仕事なのだ。

 今日の夕食は寿司屋で行うと言うので、私は結果を聞く前に、先に会場を出て自遊旅に戻る。
 明日のPGの用意をして車で桔梗に向かう。
 着いたらまだ帰っていなかった。
 少し待ってやって来た。
 結果は「ファミリーワーク賞」だった。
 3人にとっては初めての表彰だった。
 ママは驚いて写真を撮るのも忘れてしまったようだ。
 
 夕食は皆で回転寿司「サムズ」に行く。
 超混んでいた。
 20グループが待っている。
 やがて席が空いて楽しい食事が始まった。


 娘から父の日のプレゼントを頂いた。
 好きな色のTシャツで、アンダーも付いていた。
 いつ着るかな・・・。

6月16日(土)追悼会
 今日は所属している大野文化財保護研究会の第40回箱館戦争追悼会&史跡巡りの日。
 北斗市のバスで関係個所を回るのだ。
 少し早く自転車で出て、桔梗に寄る。
 今日は友瑛のコンサートがあるので、猛練習中だった。



 練習の合間に「じいちゃんボールは?」と言ってきた。
 空気が抜けたサッカーボールに空気を入れるのを頼まれていたので、て持って来たのだ。
 昼にカップ焼きそばを頂いて、北斗市まで走る。
 もう既にバスは来ていた。
 参加者は10名と例年になく少ない。
 他の行事と重なった為だそうだ。
 中には安平町(北海道)や水戸市からの参加者もいる。
 10人の中に旧大野町の人は一人しか居ないのが寂しい。
 他に旧上磯町が3人、函館が2人、鹿部町が2人になる。
 40年も続いて来た追悼会も、今後が心配される。
 ガイドはぶんぽ研の築地さんと会長代行の落合さんが行った。

 最初は推ん政府軍の佐藤安之助の墓に行く。
 下の写真は今の墓だが、最近見つかった昭和11年の本に写真が載っていた。
 木枠もしっかりした物が付いていた事が分かる。
 墓の裏の木も随分成長している。


 昭和11年の写真

 次に二股口台場に行く。
 今日案内板を建てようと作って持って来たのだ。
 以前あった物は朽ちてバラバラになっている。
 5本を新しく作って来たものに交換した。
 これで見やすくなった。


 その後も次々慰霊をして回る。
 光明寺の墓
 永井蠖伸斎は衛鋒隊、網代清四郎は仙台額兵隊で、何れも旧幕府軍だ。
 明治2年の矢不来の戦いで、亡くなった方で、首をここまで運んだ。
 網代清四郎は明治元年から2年の春までここ、大野に駐在していたので、第2の故郷に帰れたのだろうか?
 
 南大野共同墓地にもお墓がある。

 旧上磯町にある官修墓地。
 やはり官の死者は手厚く頬むられている。


 今回鹿部から参加されていたAさんから、鹿部に有る「台場のツネ(嶺)」を知らないかと言う。
 「知っているけれど」と言ったら今度鹿部に来て案内して欲しいと言う。
 町内でここの話しが出たが、最近の学芸員も知らないそうだ。
 毛利さんなら知っていると思い聞いたそうだ。
 ここは結構難しい場所で、山奥でもあるため熊が出ると言ってあまり人は行かない場所だ。
 道も付いていない。
 行ったのはもう15年位前になるが、頭で光景を浮かべたらまだ残っている。
 ついでに岬にある台場も行こうと言ったら、そちらも知らないので是非案内して欲しいとなった。
 ダニの出ない秋にしようと決まった。

 終わって自転車で帰るが、帰りは強い向かい風が吹いている。
 1時間少し掛かって自涌旅に着いた。
6月15日(金)薪切り
 今日はようやく天気が良くなって来たので、薪つくりをする事にする。
 解体した家の柱を7本くらい切ったら、先日作った新しい薪小屋が薪で一杯になった。

 前後2列積みで一杯になったので相当薪が用意出来た。
 ざっぱ木も切った。


 まさかりの柄が直ぐに抜けるので、くさびを打ちたい。何処かに有った筈だが・・・。
 色々探したら、相当古いものが出て来た。
 2個入っていた。

 これを大きなまさかりの柄の先端に打ち込む。
 かなりがっちりとなった。
 これでもう抜けてこないだろう。
 くさびが無いと抜けやすい。

 これでがっちりした。
 もう一個あったので小さいまさかりにも打ち込んだ。
 がっちりとして効果は抜群だ。
 ちいさいまさかりも打ち込む

 台所の上に付いていた、プラスチックのキッチンペーパーホルダーが割れてしまった。
 100均ではよくある事だ。
 家に廃材が何か無いか見て見たら、丸棒があるし、金具もあったので自作で作ってしまった。
 見栄えは今一だが機能は申し分ない。




 午後からは疲れもあるので何もする気になれない。
 せめて、先日購入して取り変えたMTBのスプロケットの調子を見るのに少し走っていた。
 向の古物商のお兄さんが居たので話す。
 最近仕事が無く暇だそうだ。
 冬に随分働いたので、体を休めるには良いと言っていたが、あまり長く仕事が無いと個人破産だと言っていた。
 何とか頑張って欲しいが・・・。

 今日、チャリの旅人が来る予定だったが、恵山を回って水無海浜温泉に行きたいので、遅れる事になった。
 土、日、月曜日は私が、土曜日はバスで「箱館戦争慰霊碑巡り」、日曜日は孫3人が一緒に演奏するコンサートがあるし、月曜日はPGとなるので、月曜日の夕方に自遊旅に来る事になった。
 それにしても随分早い南下だな。
 いつ北海道入りしたのかな??
 5月のまだ寒い時期なのだろう。
 これからが良い時期なのに・・・。 
6月14日(木)今日も家で
 庄司山の頂上に有る神社について書いた本を、先日北斗市の図書館で見た。
 以前何処かで見たのに、それが分からなくなっていた。
 本は「はこだて史譚」であった。
 會田金吾と言う方が書いた本なのだが、桔梗野についてかなりのページを割いている。
 その中に庄司山の神社について詳しく書いている。
 そして昭和53年の神社の写真も載っている。
 登山家佐藤正夫氏も映っている。
 左の小屋はキセル、真ん中は鉄草履、右が三吉神祠
 




 下が弘法大師他2神の祠


 今は塩ビ管だ。

 この祠も当時とは違うようだ。
 最初は作った時代は不明だが、2尺四方の箱の中に鉄の草鞋が入っていたそうだ。
 その後昭和46年に今の形になったそうだ。
 昭和53年当時の写真も掲載されていた。
 今の祠より立派だし、鳥居も木造りのものだった。
 今は塩ビ管なのが寂しい。
 祀っているのは秋田の三吉神社だそうで、建立者も秋田の方ではないかと言う。
 桔梗野には秋田から結構な人数が入植しているので、その方たちが建てたのだろう。
 少し離れた場所に有るのは弘法大使(空海)を祀っているそうだ。
 道南の山で歴史のある山(三角点も含み)について書いて行こうと思っている。
 何れは山岳誌として纏めてみたい。
 もう一度登って現状を確認してこよう。

 来週は明和園でのウォークがある。
 私も5kmに参加する予定であったが、桔梗高台パークゴルフ場会員大会に出る事になり、参加出来なくなった。
 ウォークコースの地図は作る約束だったので、今日、自転車で走って道を確かめ、地図を製作した。

 
 午後から本の整理をしていたら、頂いた本の中に昭和11年発行の「史跡之渡島」と言う和綴じの重々しい本が出て来た。桐越さんと言う方が書いた本で、道南の館址が写真と共に相当数載っている。
 知らない館址が沢山あって驚いた。
 最近の本には全く書かれていないものばかりだ。
 これからじっくり見て行くが、箱館戦争関連もかなりあって興味深い。
 立派な装丁だ。
 今週末慰霊をする、佐藤安之助の墓はこんな立派な囲いが有ったのだ。
 今は囲いは無くなった。

 知らなかった史跡がかなりある。

6月13日(水)やる事が多すぎる?
 今日も朝からお仕事だ。
 まずは薪の整理をする。
 柱を切って家の横に積んでいたが、もう一杯になっていた。
 それに太い柱とざっぱな木が混在している。
 これが使う時に不便になる。
 そこで新しい薪小屋を作ったが、そこに太い柱を移動する事にした。
 何だかんだで2時間くらい掛ってしまった。
 まだ一段目と少しなので余裕はある。

 次にざっぱ木を積む。
 まだ切ったママになっていたものもあった。
 それを家横の薪棚に積む。
 この木は秋などのまだ余り寒くない時に燃やすのが良いし。
 寒くなって太い木を燃やす時も、ざっぱを入れれば、太い木も良く燃えるのだ。

 こちらもまだ余裕はあるので、これから来るタンス等を解体したら積む。
 薪を運んでいる時に向かいのお兄さんが来た。
 私の出演したSTVテレビの「ブギウギ専務」を録音していたそうだ。
 そこでDVDにして欲しいと頼んでおいた。
 彼の録画はブルーレイだが、一般のDVDにも焼きつけ出来ると言っていた。
 それを持って来たのだ。
 私の古い再生機に入れたが、リーディングが出来なく見られない。
 彼の家のプレーヤーでは映ったそうだ。
 古物店にあるプレーヤーでやったら見えなかったそうだ。
 私のPCでも見られない。
 古いのでは再生できないのかな??


 薪積みも終わって、旅人ノートへの写真の貼り付けをする。
 印刷しようとしたらブラックインクが切れた。
 在庫を探したが無くて、仕方が無く100円ショップに行く。
 200円のエプソンブラックを購入し帰って印刷。
 溜まっていた分を15枚くらい印刷した。


 もう夕方の3時になってしまった。
 もう少しやりたい。
 MTBを解体する。
 全塗装を決めたMTBはまだそのままになっている。
 そこでパーツを外す作業を行う。
 30分位でパーツはすべて外した。




 後はフレームにペーパーを掛けて滑らかにし、下地にプラサフを塗って、その上に白い塗装を塗る。
 メーカーロゴは 無くなるが、何か違うロゴを付けようと思っている。
 「自遊旅」のロゴでも良いかな?

 最後は孫に頼まれた、サッカーボールへの空気入れ。
 確か注射針の様な先端が会った筈だ。
 空気入れの置いている場所を幾ら探しても見つからない。
 確か向の古物商のお兄さんから貰ったは筈なのだが・・。
 見つからないので、イエローグローブに行く。
 自転車コーナーに有ったが、何と500円オーバーだ。
 う〜ん。孫のためなら仕方が無いかと思ったが、待てよ何か他の方法が無いか。
 帰って来てから、何とか入れる方法を考えたが適当な物が無い。
 あちこ探していたら、テレビの下の引き出しから、ビニールに入った先端が出て来た。
 やった―!
 直ぐに空気を入れて完了。




 今日はこれ一日の仕事は終わり。
 後は夜の日ハムの試合を見るだけだ。
 それにしても昨日は、楽しみにテレビを掛けたら、ピッチャーは斉藤祐樹だった。
 これは駄目だと思いながら見ていたが、元々スピードは無くコントロール頼りだが、そのコントロールも危なかしい。
 ホームランを浴び、次にも大ファールを打たれた。
 普通はこれで何とか押さえるのだが、もう完全に狙われていた。
 特大ホームランが出て一気に7点も入った。
 相手はメッセンジャーだ完璧に勝ち目が無い。
 解説の方も三振前の大あたりと言ったが、ホームラン前の大当たりですねと言っていた。
 カウントが悪くなればファボールを嫌って、土間ん中に投げてしまう。
 どうするのかな?
 何度も期待に答えてくれない。
6月12日(火)雨の日は家で
 今日は終日雨の予報なので、外での活動は出来ない。
 まずは自転車の整備をする。
 先日購入したスプロケットを交換する。
 今付いている11T-28Tから、購入した11T-32Tに変更する。
 まずは今のスプロケットを専用工具で外す。

 外れた状態。

 外形がこんなに違う。大きい径の方が坂道は楽だ。

 新しいのが付いた。

 これにより坂の登りは軽くなり、年寄にとっては有難い武器なのだ。
 でも余りに登りが遅いと、押して歩いたほうが良い事もあるのだ。
 交換して余った11T-28Tを9段ギヤが付いていた方に入れたら、これもぴったりで万事OKとなった。
 余った9段のスプロケットは予備で取っておこう。
 将来9速のシフターが手に入ったら使える。

 後は後部のライトを交換した。
 今までの付いていたのは100均の物だが、ビニールテープで処理したりかなり状態は良くない。

 最近100均のライトが新しい物になり、かなりスマートになった。
 少しの加工はいるが、大したことでは無い。
 分解して取り付け穴を開けて固定する。

 カバーを付けて寛政。

 前よりもかなり明るくなった。


 今日、日本人旅人が出発した。
 須藤君は東京から来たのだが、彼の生まれは秋田の六郷だった。
 六郷と言えば、毎年大曲花火大会に行く時に、会っている仲間がいる町だ。
 お父さんもお母さんも六郷の出身で今も、イオンの向かいにいると言う。
 イオンは何時も食料を買いに行くので、この辺りは良く歩いている。
 今年行ったら会って見ようか。

 彼の壊れたホィールは新しいものに交換になった。

 私がスポークを1本直してあげたが、他にもう一本折れていた。
 ディスクブレーキ側だったので、ドイツ仕様のネジが付いていて、私はその工具が無いのでばらせなかった。
 彼は昨日スピード商会に行ったら、そこの店にも工具は無いと言われたそうだ。
 自転車屋に無い物が家に有る筈が無い。
 それにしても何故自転車屋に無いのだろう。
 最近はディスクブレーキは当たり前で、テクトロのディスクブレーキも多く使われているのに・・・。
 結局新しいのをセットで買う事になって、2万円を少し切る値段になってしまった。
 何しろ1セットしか無かったので、選ぶ事も出来ず購入するしか無かった様だ。
 大きな出費になる。
 函館は不便だと言うのもあるし、自転車が700Cと言うのもあまり無いので仕方が無い。
 MTBの26インチなら汎用なので安いのがあるのだが。

 今日は函館の友人の家に行くと言うので出発した。
 お礼にと色紙を置いて行った。
 独学で書いていると言うがなかなか上手だ。











 そして取り敢えずは札幌を目指す。
 そこにも友人が居て大きな家に住んでいるようなので、バイトでもして資金をためないと駄目らしい。
 仕事は全国チエーンの居酒屋に居たそうなので、札幌なら手の足りない居酒屋を見つけるのは容易だろう。
 北海道一周の帰りには又寄るそうだ。
 青森ねぶたに参加せよと言ったが、もしバイトするなら、北海道を回る期間が延びるので可能かも知れないと言う。
 あの圧倒的な迫力に満足するのにな。
6月11日(月)旅人2人が出発
 今日はパークゴルフがあるので、旅人が起きる前に家を出た。
 今日出発する人の、旅人ノートへの書き込み以来と写真を須藤君に依頼して置いた。
 帰って来てから見たらノートにも書きこまれ、写真も撮られていた。
 宗谷岬目指して頑張れ!


 手前がトーマス





 

 スイス人のDah





 パークゴルフは強風の中行われた。
 流石に皆調子が今一つだった様だ。
 私とライバルのKさんは113で、もう一人のライバルFさんは109で終わった。
 午後も強風と霧雨の中で今一つ乗りきれなかった。
6月10日(日)旅人3人来たる
 今日は8時頃まで寝ていた。
 流石に昨日のひろめ舟まつりの往復は疲れたのか?
 いつもはとっくに寝ている時間の11時頃に帰って来たのだからやむを得ない。
 洗濯ものを畳んだり、洗濯をしていたら、電話が来て、今日の宿泊をしたいと言う。
 それじゃ直ぐに来てとなり、旅で一緒になった外人さんもやってきた。
 日本人は須藤君でスイス人はトーマス君だ。
 須藤君の自転車のスポークが折れていると言う。
 それなら交換してあげようとなり、明邦商会で200円で購入して来て交換した。
 そうしたら、他にも1本折れていた。
 今までに6本くらい折れている。
 これならまた折れるかもしれない。
 荷物は少ないが、体重が多いせいかなと言っていたが、どうだろうか?
 1本無いままで、小樽まで行ってホィールを交換しようかとなった。
 まあそれで良いならとタイヤを嵌めたら、ガタガタする。
 何とフリーハブのネジが両方とも緩んでいた。
 がたは無くなったが、このせいでスポークが折れるのかは分からない。
 小樽で買うなら函館で買ってしまった方が安心出ないかとなり町の自転車屋さんに行った。
 まだ帰ってこない。
 スイスのトーマスはもう一人来る外人さんを迎えに、フェリーターミナルに行ったが、その迎えられる筈の外人さんがやってきた。
 会わなかったのと言ったら会わなかったそうだ。
 どうなっているんだ??
 その外人さんもFree WiFiを使うために函館駅に行った。
 と思ったらブログを書いている時に帰って来た。
 行こうと思ったが疲れているので、もう休みたいと言う。
 布団を敷いて寝てしまった。
 相当疲れているんだろう。
 
 夕方郵便屋さんが来てメルカリで購入したスプロケットを届けに来た。
 8速の11T〜32Tのギアだ。
 それにしてもおかしいのだ。
 10年も以前にルイガノを買った。
 その時以来スプロケットは変更していない。
 それが先日、MTBを交換した際に、部品の移動をしたのだが、ルイガノのスプロケットは新しく変えようとするMTBに合わないのだ。
 おかしい同じ8段なのに・・・。
 何度やっても合わないのだ。
 ギヤの枚数を数えたら9段ある。
 あれ何で9段なの?
 シフトレバーも8段が付いているのに・・・。
 兎に角今となっては分からない。
 それでも全く問題なく使いこなしていたのだ。
 
 メルカリを見ていたら、8段のスプロケットが出て来た。
 メルカリ画面
 これを購入する事にした。
 土曜日に発注したら、今日もう着いた。
 これで大丈夫だ。

 早い対応だ。
 9段のが付いていた。
6月9日(土)ひろめ舟祭りに行くが・・
 昨年は新川汲トンネルで自転車のリムが破れて、断念した「ひろめ舟まつり」に行く。
 自転車の調整もあって出発したのが9時半だった。
 下海岸から走る。
 薄曇りで向かい風だが、快調にペダルを漕ぐ。
 今回は日本一周した時の自転車を使うが、フロントサスペンションは無い自転車だ。
 道路の端には排水溝などがあり、その都度ショックを拾う。
 やはりサスペンション付きの自転車の方が楽だ。
 それでも乗っている雰囲気は日本一周の時を思い出させる。
 自転車それぞれで、個性があるので直ぐに感じる。
 下海岸から豊原に入り、川汲峠に向かう。
 車の流れが多くなった。
 祭りに行く人なのだろうか。
 平坦な道もやがて登りに入る。
 最初の小さなトンネルまで登れば、高度は上がって後は楽に行ける。
 特にきつくも無く登りきった。

 新川汲トンネルは照明も明るくて、さらに下りなのでペダルを踏まなくても、丁度良いスピードで走る。
 このトンネルは側帯に自転車の走れる道は無い。
 新しいトンネルなのに何故作らなかったのだろうか・・走る人はいないか。

 下りを楽しんで川汲温泉を過ぎれば、左手に千葉真一さんの土地がある。
 千葉さんには、川汲の旧山道を探している時に声を掛けられた。
 「釣かい?」「いや古い道を探しているんです」と言う会話から始まった。
 川汲の旧山道はなかなか見つけられなかった時期だった。
 千葉さんは南茅部の森林組合長でこの辺りの山を沢山持っており、道についても詳しかった。
 あったお陰で一気に道は判明した。

 その千葉さんも7〜8年前に奥さんを亡くし、一人で生活していた。
 薪を運ぶのも大変で何度も手伝いに行った思い出がある。
 その千葉さんが亡くなった事を知ったのはH氏の書いた山岳誌の中だった。
 ここ毎年は家に訪れていたが不在だし、近くの交番に行って聞こうとするが、何時も居なかった。
 それがひょんなことから亡くなった事が分かった。
 施設に入ってから亡くなったそうで3年くらい前だそうだ。

 新川汲トンネルを出たら霧雨だった。
 これは何時もの事で峠を境に天候が変わる事は良くある。
 臼尻漁港に着いた。
 直ぐに歴史の好きな赤澤社長の会社に行ったが、やはり閉まっていた。
 何処かで祭りの酒盛りでもしているのかな?
 港に行くと、露天商が焼きものをしている、良い臭いがしてくる。
 お腹もすいたので、チキンステーキを400円で購入する。

 なかなか美味しい味付けだった。

 その後、港をぐるっお回るが、数隻の船が長い竿に沢山の色とりどりの飾りつけをしている。
 なかなか綺麗な光景だ。




 短パンで走って来たので、浜風の寒さが身にしみる。
 若い子を除けば皆、厚手の服を着ている。
 暫らく寒さをこらえていたが、中学校の吹奏楽を聞いてから温泉に行く事にした。
 縄文のコーナーにHさんが寒そうに立っていた。
 少し話しをしていたら、パンフレットを持って来た。
 臼尻の水中写真を撮っている方が臼尻にいるそうで、その記念写真集だった。



 お客さんは本州からが多い様だ。
 スキューバーダイビングしながら写真を撮っている。

 ひろめ荘に行くには登り坂が待っている。
 息を切らせて登ると、汗ばんで来て先程の寒さも無くなった。
 すっかり暖かくなって入館する。
 ひろめ荘の会員なので、年に2度位無料券が送られてくる。
 それが今月一杯なので使おうと言う事だ。
 温泉は硫黄温泉で好きな泉質だ。
 ジャグジーからサウナも入って芯から暖まった。
 休憩室のテレビで日ハムの試合をしていたので見るが、負けそうな予感をしたまま、4時半には温泉を出る。
 道の駅の向かう。
 北海道のフリーペーパーGP-1に増毛山道の水準点が載っていたとHさんに聞いたからだ。
 でも道の駅はトイレ以外はぎりぎりで閉まっていた。
 お姉さんが「スタンプなら奥で押せるよ」と言ったがスタンプ収集の趣味は無い。

 祭り会場に向かう。
 6時から、近江亜矢、翔子、テツ&トモのお笑いショーがある。
 漁師まちの祭りはどんな乗りかな?

 最初は近江亜矢で演歌である。
 お母さんが尾札部出身なので地元歌手となる。



 やはりプロは上手いなと感心しながら聞いていた。
 係員に連れられてステージ下に行く年配の男性・・手にお祝いの袋に入ったものを手渡す。
 そして握手して戻る。
 地元なので知り合いなのだろうな。
 さらに歌が進んで後半になったら、おばあちゃんがステージの下に向かう。
 また手渡す。
 唄いながらにっこり握手する。
 こんな所が地元歌手なんだな。

 次は物まねの女性歌手翔子だった。
 こちらも歌が圧倒的に上手い。







 大黒まきが得意そうだが、他にも沢山の物まねをした。
 でもあまり聞いていない歌手名なので、似ているかどうかは良く分からない。
 「物まねは真剣に聞くものじゃない」と言う翔子のコメント。
 雰囲気を楽しめれば良いのか。

 最後はテツ&トムでとりになる。
 やはりあの「何でかな〜」が圧倒的な存在感がある。
 やはり人気の出た人のオーラは凄く感じる。



 子供をステージに呼んで、手の動きの指導で大人気。
 観客席にはどんどん入り込むし、大サービスだ。
 最後は地元の白い帽子のお兄さんが舞台下に出て来た。
 そしてテツの手振り身振りをしたが、これがなかなか上手い。
 最後はステージに上がって一緒にやって大いに盛り上がった。
 テツ曰く「酒臭かった」だった。

 ステージ最後になって雨になってきた。
 これは困った。
 観客もテントに逃げる。
 私も自転車を置いた場所に行く。 
 今日の宿は屋根のある、岸壁の下と決めていたが、花火大会があるので入れない。
 仕方が無く道の駅に行って、中のスパンプラリーの場所が泊まれそうなので、雨の中を寝れながら行く。
 後ろでは花火が上がっている。
 見たい思いも無く、道の駅に急ぐ。
 着いたら、あれ・・・「セコム」だ。
 セコムの車が止まっている。
 そうかここは国宝があるので、夜は監視しているのだった。
 これじゃ泊まれない。

 仕方が無い、まだ8時頃なので函館まで走ろう。
 すぐ近くにあったセブンイレブンのイートインでがっちろ食事して出発。
 電池も売っていたので、購入してとり変える。
 これで200ルーメンのライトが確保出来る。

 兎に角、新川汲トンネルまでは全て登りなので、ここが一番きつい。
 それでも快調に雨の中を一気に登りきった。
 トンネルを越えたら雨は降っていない。
 後は下りだが、夜間だしあまりスピードは出せない。
 その後も一度も休憩する事も無く走り切って、自遊旅に着いた。
 直ぐに薪ストーブを焚き暖まる。
 着いたのは11時少し前だった。
 雨で大変なツーリングだったが、気力はまだまだ大丈夫だ。
 それにしてもひろめ舟祭りは、すんなりとは行かないな。 
6月8日(金)薪小屋製作
 朝から自転車旅のバッグに荷物をパッキングしていつでも出られるようにした。

 明日は尾札部の「ひろめ舟祭まつり」がある。
 それに1泊の野宿で行こうかと思っている。
 昨年も出発したのだが、新川汲トンネルに入った途端、リムが裂けてフルロックしたが何とか体制を立て直し転ばずに済んだ。
 乗って帰れないので自遊旅まで押して帰ろうと歩いていたら、北海道新聞の内山記者が気が付いて止まってくれた。
 家族で「ひろめ舟祭り」の帰りで家族も全員乗っていた。
 後部に自転車をばらして人間共々乗せてくれた。
 何台かは私の歩いているのを見ていたが、止まったのは彼だけだった。
 その彼も転勤になって函館に居ないが、今年は行者ニンニク採りを兼ねて、バイクで来てくれた。

 旅支度も終わった所で薪小屋の製作に入る。
 電気ドリルを回したらカラカラ音がする。
 回転する刃が何かに当たっている。
 直ぐにばらす。
 安全カバーのネジが1本外れていて、何処にも見当たらない。
 これでカバーが緩み、刃に当たっていたのだ。
 所が同じビスの在庫が無い。
 ホームセンターに行ったら、ステンレスのしか無い。
 5本入って200円オーバーだった。
 鉄なら96円なのに・・・。

 薪小屋に使う木は解体した家の柱や、さまざまな余った木材をフル活用する。
 見栄えは悪いが、機能が満足出来れば良い。
 まずは土台を作る。
 柱を切って四角いスペースを作る。


 次に柱を仮に建てる。
 結構な重量があるので、倒れない様に横から出した木材に止める。

 屋根の木材も組んで、大分しっかりとしてきた。
 少し斜めになっているが、既存の薪小屋が冬の大雪で倒壊した際、こちらの薪小屋も傾いてしまったので、元に戻すのも大変なので、同じ角度に合わせた。
 ピザの斜塔並に傾いている。
 
 屋根と壁も廃材の板があったので張る。
 これで雪や雨の侵入を防げられる。
 


 奥の薪小屋もまだ、3割程度しか入っていないので、全てが満杯になれば、一冬はOKと思うが、どうだろうか?
 これで薪切りもピッチが上がるな。


 夕食はどうしようかな?
 行者ニンニク餃子と大根のサバ味噌缶の和え物にした。

 今回は生で冷凍した行者ニンニクを使ったが、さっと茹でて冷凍したよりは、べちゃべちゃした水気は無いし、香りも良いので生での冷凍が良い様だ。

 もう一品は大根を貰ったので、それをイチョウに切って、昆布だしと醤油を入れて茹でる。
 爪楊枝が通ったら、サバ缶味噌味を入れる。
 水分が無くなるまで茹でてお終い。
 最近はサンマ缶が高いので、サバ缶が人気になっている。
 味噌の味が良く大根に絡みついている。
 
 他にホウレン草のおひたしを加え、今日の夕飯だ。


 夕方になって強い雨が、雷を伴って降ってきた。
 当初は今日尾札部に行く予定だったが、行かなくて良かった。
 明日は晴れ時々雨だが、明後日は晴れになる。
6月7日(木)ぶんぽ研例会
 大野文化財保護協会の例会。
 9時頃車で出かけたら、着いたのが9時半で会議室には誰も居ない。
 同じ建屋にある図書館に行く。
 何か無いかなと見ていたら、庄司山の頂上にある神社について書いた本があった。
 以前から何処かで見たのにと探していたが見つからなかった。
 他に桔梗野についても詳しい内容で書かれていた。
 現在住んでいる桔梗のルーツが書かれているのでこれも何かに纏めようと思っていた所だ。
 今日は図書館カードを持って来ていなかったので、次回に借りる事にする。

 例会は司会が副会長の菅野さんで、会長代行の落合さんが話しで進められた。
 会長はなかなか復帰が難しい様だ。
 今まで会長の例会資料は、新聞の切り抜き中心だが、沢山あったので皆で資料を折ったりホッチキスで止めたりと仕事があったのだが、今はA41枚なのでその様な作業も無くなった。
 もっとゆっくり行って良いのかも。

 例会が終わった後、希望者で日ノ丘自然ギャラリーに行く。

 ここの上田さんが、亡くなった旦那さんの遺作展をやっているのだ。
 先々週、桂岳登山の帰りに寄ったのだが、また来る事になった。
 8人が参加して遺作品を見て歩いた。
 私は芸術にはめっぽう弱いので、良いとか悪いとかは全く分からず。
 作者の意図も全く分からない。









 何となくこれが芸術なんだなと思っていた。

 天気が良くて函館山も綺麗に見えた。

 昼にまたがると言う事で、奥さんが昼食を用意してくれた。
 ウドとゼンマイ、ワラビの山菜は美味しかった。



 私的にはワラビが歯応えあり、味付けも好きだった。
 でも味付けは無い所と言われた。

 ここのギャラリーには縄はしごで上がれる見張り台みたいなものがある。
 私は怖くて上がれないが、好きな人は上がって行くそうだ。


 奥さんは自分の工房を持っていて、陶芸などをやっている。
 なかなか風情のある、攻防だ。


 帰りに北斗市のせせらぎ温泉に入って帰る。
 300円の入浴料は安い。

 自遊旅に帰って、車から荷物を出していたら、向かいのNさんの奥さんが買い物帰りだった。
 立ち話しするが、旦那さんが昨年の7月に亡くなっていた。
 今は亀と一緒に暮らしているが、亀も最近は弱って来たそうだ。
 それでも一人で居るよりは良い。
 話しはこの辺りの男性は皆亡くなった。
 Iさん、Kさん、Mさん、Nさんと毎年のように亡くなった。
 今、昔から居るのは私と床屋の旦那さん位だそうだ。
 真向のアパートは引っ越してまだ日が浅い男性で良く分からない。
 また8人が入っているアパートは全員女性で男性は一人も居ない。
 この辺りは圧倒的に女性が多い。
 そんな話を30分くらいした。
 寂しい限りだ。
6月6日(水)健康サロンin明和園
 月2回行われる、健康サロンの日。
 今日はまだかなり若い女性の指導のようだ。
 まずは何時ものストレッチ体操を充分にやる。
 室内も暑くなってきたせいか、ばて気味の人もいた。
 若い女性の指導は、数字や色によって色々な動作をする運動だ。
 赤と言えば右手を上げる。
 などなどあり、6色くらいの動作がある。
 これを段々とアップテンポでやるのだが、やはり高齢になれば出来ない方も出て来る。
 今のところ問題は無いが、いつかはきっと分からなくなる時が来るのだろうな。
 昼食は、薄い肉の煮たもの?とナポリタン、キャベツの千切り等だ。

 来月から10円値上げになって360円になる。
 それでも安いか。
 ご飯を沢山盛ったのでお腹一杯になった。

 妻を駅まで送って自遊旅に戻り、薪を切ろうかと思っていたら、向かいの古物商のお兄さんが友達と来て、バーベキューコーナーを貸してほしいと言う。
 勿論OKで早速焼き肉を始めた。
 私にも食べれと言うが、もうお腹が一杯で数切れしか食べられない。
 青空の中でのバーベキューは最高だ。
 古物商のお兄さんの友達は、金掘小学校の生徒会長をやっていたそうだ。
 昭和48年生まれだと言うので、私の長男は50年生まれなので、学校で一緒になっていた筈だ。
 娘は53年生まれで、娘は途中入学なので、入学した時はもう卒業していただろう。
 
 帰った後、昨日切った薪をしまう。
 もう棚が一杯になった。
 薪は一杯になった。
 また新たな場所を作らなくては。


 夕方から昔使ったMTBを旅用の自転車に整備し直した。
 新しい方のMTBを全塗装するので、良いパーツは全て入れ替えた。
 試しに乗って見たが、2004年に日本一周した時の事が思い出される。
 もう14年も前の事になるのか。
 スプロケットだけは28Tなので32Tが欲しい。
 これはまた機会を見て変えよう。
 旅用MTB

 来週あたりで天気が良くなれば、数日でも良いから走って野宿したいな。
6月5日(火)色々な仕事
 今日もやる事色々とある。
 朝一番で、近くの段ボール屋に不要の書類を捨てに行く。
 帰り道、整備工場の社長さんと工場長さんが、テレビを見たよと言ってくれた。
 その向かいのパーマ屋さんもテレビを見たよと言ってくれた。
 やはり地上波は見ている人が多くなるのかな?

 帰って自転車の整備。

 ルイガノは全塗装する事にしたので、古い日本一周時に使用したリッジランナーに一部部品を移しているが、どうしても合わない物がある。
 後部のスプロケットだ。
 互換性があると思っていたので、変えようとしたが高さがどうしても合わないのである。
 どうやっても合わないので仕方が無い。
 元に戻したが、変えたいのには理由があって、ルイガノには32Tのギアが付いている。
 リッジランナーは28Tのギアが付いている。
 ギアの刃が4枚も違うと登りでは大変になる。
 だから変えたかったが、仕方が無い。

 薪割りをする。
 今の内に少しずつやらないと、冬が来たら大変になる。
 今日は厚さのある木柱や桁を切る事にした。
 今電気鋸に着いている刃の直系は145cmである。
 これだと太い柱を裏表から切っても少し足りない。
 そこで電気鋸の仕様である190mmを購入して来て交換した。
 1000円を切る値段で特売していた。
 交換した。
 これなら太い柱を裏表から切れば、すっぱり切れる事になる。
 半分に切れる

 これが一番太い桁
 調子よく切っていたら突然電気鋸が止まってしまった。
 電気ドラムが不調かなと、家の中のコンセントに差し込んでも回らない。
 電灯を点けて見たら点かない。
 ブレーカーが落ちている。
 電気鋸の配線をチエックしたら、テーピングしてある部分が、触るとぺたっと引っ込む。
 ここだな。断線しているのかもしれない。
 元々中古で買ったが、一度線が切れてテープで補修したと言っていた。
 中を開いたら、線を巻き付けただけで、その上にテープを巻いたが、引っ張られてショートしたのだった。
 ひどい配線だ

 半田付けしてテーピングした。
 しっかりと半田付けして、テーピングをしたら直った。
 仕事を再開して、タンスは2台と、柱を8本くらいを切ったので良い薪が沢山出来た。


 午後も遅くなり、ブログを書いていたら、整備工場のお姉さんが来た。
 出て行ったら、函館工業高校の両角先生と一緒だった。
 両角先生がフリーウエイにオイル交換に来たと言う。
 以前HYML函館・道南懇親会2018年で、函館工業高校の山岳会顧問の先生と会って一度寄って下さいと話していた。丁度来る機会があったので寄ったそうだ。
 自遊旅に上がって貰い、山の話しなどをした。
 元、愛宕中学校に居たが、薬師山に至る昔の道が分からないと言ったので、壊れた神社の鳥居がある場所から上がると言ったら、鳥居が壊れてあったのは知っていた。
 そこから上がって車道を横切れば、薬師山に至る道がある。 
6月4日(月)PG練習会
 昨日は遅く寝たが、朝5時から「全米オープン」があるので見た。
 面白くプレイオフになったが、8時で放映は終了し最後まで見られなかった。
 直ぐに用意して、食事して町内会パークゴルフに行く。
 今日は20人の参加。
 気温も上がって暑い。
 午前中は107でまあまあだったが、ライバルKさんは103で負けてしまった。
 
 午後からも暑くて暑くて、なかなか気合いが入らない。
 OBを3度も出したが、112で収まった。
 終わって自遊旅に帰る。
6月3日(日)孫の運動会
 運動会当日。
 車3台で出発する。
 駐車場は娘の勤務先が学校の隣なので、最高に便利な場所だ。
 入り口でガードマンに止められるも、社員ですと言ってIDカードを見せればOKだ。

 観覧場所は抽選で決まる。
 友瑛が引いたら、ゴール地点の最前列と言う最高の場所だった。
 一つあいた隣に先日親子登山に来たHさん一家の席だった。
 挨拶をする。
 
 長い校長先生の挨拶が有って、競技開始。
 愛葵の最初のと競争は予定通り6位だった。
 その後の、運命的な競技では与惣通り優勝した。
 さすがに読みが良い。

 ダンスパフォーマンスもあった。




 友瑛はと競争は4位くらいだった。

 よさこいソーランを踊ったが、今一つ見えにくい場所で残念だった。

 他にも運命的な競争で3位か4位になった。

 昼は妻と娘が作った豪華な色とりどりの弁当で美味しかった。

 徹夜で作ったのだろう。
 いつも大変だ。

 天気が良く、乾燥しているので土埃が凄かった。
 腕や足も真っ赤に焼けてしまった。
 結果は孫達の白組が優勝。
 610点で優勝

 夕方西桔梗温泉に行ったら、皮膚が痛くて熱い所には入れなかった。
 夕食は、余った食料で充分すぎた。

 TVで錦織の試合を皆で見たが惜しくも敗戦した。

 その後11時25分からは私の出演する「ブギウギ専務」の放送を見るが、妻と娘が眠いのにも係わらず付き合ってくれた。








 平澤さんは函館のガイド
 まあまあ良く映っていただろう。
6月2日(土)桔梗に移動
 午前中は自転車の整備をする。
 結局、色があせて来たMTBは全塗装する事にした。
 パーツも全て解体してしまうので、のるMTBが無くなる。
 そこで自転車日本一周に使用したMTBを乗れるようにする事にした。
 昨年の夏も乗ったので、それ程の調整は不要だ。
 午前中で乗れるようにはなった。
 今年は当分この自転車で走ろう。

 午後から桔梗に行く。
 明日は孫の小学校の運動会なので、娘の旦那の両親も登別からやってくる。
 まずは桔梗に移動して、私の部屋の掃除をする。
 いつも居る訳ではないので、それ程は汚れていない。
 私の寝具一式は、エレクトーン室に移動する。
 私の部屋に寝具2式を入れて、登別のお爺ちゃんばあちゃんに寝て貰う。

 友瑛が将棋をしたいと言うので1局する。
 今日は5分位で簡単に勝った。
 これで61連勝になる。

 孫のの愛葵と明日の運動会の話しをする。
 と競争は6位だと言う。
 6人出て6位だからビリけつだ。
 頑張って5位にはなれないかと言うと、無理で6位だと言う。
 何度も学校で模擬運動会をしているので、結果はほぼ間違いないのだ。
 他の運命競争的な物があるので、それで1位になると言う。
 これで話しは終わった。

 夕方、西桔梗温泉に行く。
 随分混んでいる。
 先日テレビで、ナインテインナインの矢部っちと宮川大助が入浴したので、混んでいるかと思ったが、どうやら地元の人明りだった様だ。
 本当にここの温泉の泉質は良いな。
 先日桂岳に一緒に登ったT子さんが入ってきた。
 ここの温泉で会うとは思わなかった。

 夕食は出前になった。
 予算は一人990円までで、オーバーする分は各自で払う事になった。
 友瑛が10円追加でロースチキン定食にした。
 私は210円追加してヒレカツ定食にした。
 普段美味しい物を食べていないので大奮発だ。
 他の人は990円に収まって注文した。
6月1日(金)何かと
 今日から6月になる。
 3時頃目が覚めたのでテレビを入れて見たら、全米女子オープンをやっていた。
 見ていたら8時になってしまった。

 起きて今月の予定を見てみると、
 3日は孫の小学校の運動会。
 4日は清水三四郎追悼会があるのだが、これはPGとダブっているので不参加か。
 6日は明和園健康サロン。
 7日はぶんぽ研例会。
 16日は箱館戦争追悼会。
 20日は明和園健康サロン。
 24日は一本木関門ガイドと碧血碑碑前祭参加。
 25日はPG例会と午後から箱館戦争大法要、夜は五島軒で箱館戦争関係者の交流会に呼ばれてる。
 28日は明和園際。
 何だかんだとスケジュールが入って一杯になりそうだ。

 今日はMTBも古くなった感があるので、汚れた所に白色のペンキを塗ったらどうかと思い、MTBでホーマックまで買いに行く。


 ここにペンキを塗る
 187円のスプレーを買って来る。
 ここ数日、何もしなかったので膝の痛さも全く無くなった。
 帰りにはダンシングをして見て膝に負荷を掛けたが全く痛くは無く出来る。
 やはり自転車に乗れば、腰の調子も良いし、膝の調子も良くなる。

 帰ってペンキを塗ったが、やはり綺麗になるので全塗装をしたくなる。
 部分塗装で終わるか、全塗装をするか今少し考えてみよう。

 洗濯した後は、無料の温泉に行って、帰ってから平神氏から頂いた資料をまたまた読む。
 他に興味深い地図も入っていた。
 まだまだ古道が沢山あり、早く調査をしたくなってきた。

 今日の夜は錦織の試合があり、日ハムの試合もある。
 またラジオで日ハム、テレビでテニスか?
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