11月15日(木)薪切りなど
 昨日もぐっすり寝られた。
 やはり少し強めの運動をしてから寝るのが、良い疲れて熟睡出来るのだろう。
 朝食は、いつもはパンが多いのだが、今日はご飯にした。
 珍しい麦味噌を貰ったので、食してみる。
 具は豆腐と油揚げに長ネギ。
 味噌は白っぽい味噌で、普通の味噌より粘度が強い感じだ。
 入れたら薄い白っぽい色になった。
 味は味噌っといった感じではなく、マイルドな優しい味という感じだ。
 私の作った自前味噌は、やはり味噌っと言う感じの味がする。
 麦味噌もなかなか良い味だ。

 ご飯に味噌汁、納豆、キンピラゴボウ、麹で漬けた大根のみ。


 最近投稿しているハットリ棒だが、今日ももう一本あったパイプで製作した。
 最初、この棒を知った時、それ程の興味は持たなかった。
 火を炊くのに空気を吹きこんでやる方はあるので、それで充分だと思っていた。
 未完成のハットリ棒を、私流に中央に穴を一つ開ける様にして作った。
 性能を試すのに、薪ストーブを使った。
 薪ストーブは一度燃えると、なかなか火は消えないが、時々薪を入れるのを忘れてしまう事がある。
 そんな時、新たな薪を追加するのだが、燻ってなかなか簡単には火が点いてくれない。
 そこで、このハットリ棒を使うと、あっという間に炎が上がって薪に火が点くのだ。
 良いのはパイプの長さが60cmあるので、充分な空気が入っている。
 空気の出口は釘あな1本の太さにした。

 すると、一呼吸して吹くとかなり長い時間吹く事が出来る。
 何回も何回も息を吸わなくて良い。
 一度呼吸すれば、もう火が点いてしまう。
 そんな事でもう一本作った。
 今度は先端を細長い狭い穴にした。

 これは広い範囲で空気が入るのでこれはこれで使える。
 その状況に応じて使えば良い。

 山で使うストックを加工した。
 今までもグリップの上に、カメラを取り付ける台を付けていたが、壊れたので新たに付けた。
 山で山頂に着いた時は自撮りするのだが、三脚は重いので持って行かない。
 地面に近い部分に置くと、草が邪魔して上手く撮れない。
 そこでストックを地面に差して、カメラを上に固定して撮るのが便利なのだ。
 
 台の方は100均の部品を流用した。




 地面に指す石付き部分は、今のストックでは短くて安定感が無い。
 そこで改造を行った。





 ステンレスの細い棒を沿わせて、出し入れできるようにした。
 これにより棒を出した時、土に刺さる部分が長くなったので安定感がある。
 使わない時は格納できるようにした。
 家の外で試したが、安定感がある。



 薪が溜まったからとの連絡があり取りに行く。
 今回は太い材料があるようだと聞いていた。

 以前行った時に、材木屋さんのスタッフの方に「この木は何に使うの?」と聞かれた。
 「薪にします」と言ったら、「こんな細いのではあまり使い物にはならないだろう」と言っていた、
 でも「無いよりは良いんです」と言う感じで終わった。
 太い木は薪には良いのだが、細い木も炊き付ける時、や大きい木が燃えにくい時、燃えやすい細い木を入れてやれば、火に勢いがつくのだ。
 今日行ったら、短い木は少なく、太い薪に良い木が多かった。

 自遊旅に戻って全ての木を切ってしまう。

 外の気温は10度だったが、半袖シャツで作業した。
 午後1時には終了したので3時間の作業だった。

 薪の量が、薪ストーブを炊いた当初に戻った。
 今年は充分余裕がある。
 世間では灯油が値上がりして悲鳴を上げているのに、無料で暖房が出来るのは有難い。
 今年の北海道全停電になった時は、夏だったから良いものの、冬だったら大変な事になる。
 その点薪ストーブは心配いらないが、春の内から薪を用意しておかなければならないと言う、結構な作業があるのだが、それを知っている人は少ない。
 今日も暖かい室内で夜を迎えようとしている。
11月14日(水)三等三角点「野比留沢」登頂
 今日は朝から洗濯して、先日作った肉干しが、切り方を失敗したので、再度作り方を挑戦した。



 切り口が変わったら肉が良く伸びる様になった。 

 今度はばっちりだろう。
 外に肉を干す。

 2日もあれば完成する。

 終わった後、昨日ブログにアップしたハットリ棒は、完成品だと思ったら、未完成品であった。
 どうりで肺活量が随分必要だなとは思っていた。
 もっと先端を細くすれば、ピンポイントで出来るのになとは思っていた。
 私流に作って見る。
 まずは今の半加工の先端をカットする。

 そしてパイプ穴の中心に釘を入れる。

 釘の太さによって風の流速が変わってくる。

 とがった部分の角をやすりで削って怪我の無いようにした。

 簡単に完成して薪ストーブで吹いて見たら、良い感じで火があがった。



 これで良いだろう。

 次は病院に行く。
 肺炎球菌感染症の予防接種だ。

 近くの函館渡島病院に行ったら、薬の在庫が無いので予約になりますと言う。
 金曜日の午前中に接種する事になった。
 老人の死亡率で肺炎は第2位なので、これはやっておかなくてはならない。

 次に左目の視力が落ちて来たので、メガネ屋に行って、視力を見て貰ったら落ちていた。
 病院に行って検査して下さいと言われていた。
 近くの眼科に行ったら、今日は手術日で外来診察は無しだった。

 まったくついていない。

 やる事をも終わって、ふと外を見ると天気が良い。
 昨日はハードな運動をしたので、大腿部がぱんぱんで、立ったり座ったりするのも大変だった。
 そんな事で7時頃寝てしまった。
 ぐっすり寝て、起きたののは朝の6時だった。
 11時間は寝た事になる。
 起きたら筋肉は全く痛くない。
 それならば家に閉じこもる事は無い。
 早速、山に行く事にする。
 今年の積雪期に行ったが、雪の中長い林道で時間を取られ、山に入ったら積雪は30cmくらいだったが、重い雪でスノ―シューには雪玉が付き、全然前に進まなかった。
 今なら登山口まで車が入れる。
 早速、出発する。

 タブレットのGPSを入れるのが遅かったので、画面表示はまだ出ていない。
 機種変更したら感度が悪くなった様に思う。
 積雪期とは違って、歩きやすい道が続いている。
 難なく高度を上げて行く。
 GPSはまだ動作していない。
 目の前にピークがあったので、ここでは無いかと登り始める。





 道は無いが藪も短くて歩きやすい。

 ピークに着いたが、広い平坦な場所だった。
 三等三角点を探したが、幾ら探しても見当たらない。

 諦めて下って参道に出てGPSを見たら、動いていた。
 さらに遠くにあるピークだった。
 再び歩いて、途中から急斜面を登る。

 植林の際に付けたのか、看板を付けたボードがあった。



 さらに高い場所に行くと、無事三角点があった。



 下りは先程登ったピークに向かって尾根を歩く。



 意外と近かった。
 後は登って来た道を下るが、流石に下りは早い。



 あっと言うまに登山口の車に着いた。


 自遊旅に戻って、湯川温泉に行き汗を流す。
 今日は、これで一日が終わった。
 楽しい一日だった。
11月13日(火)自転車で川汲峠ー奥台場山
 今季一番の冷え込みだそうだが、その反面天気が良いので出かける事にした。
 行き先は川汲の旧川汲峠とさらに先にある奥台場山だ。
 自転車で出発する。
 下海岸を走り途中から汐首川に沿った道を走って台場山の登山口に着く。

 ここまで25km程度だった。
 ここから約4kmの登山道がある。
 道は舗装されているが、なかなかの斜面である。
 最近自転車でトレーニングしている成果調子は良い。
 快調に登って行く。

 途中写真を撮るのに2回ほど停まったが、難なくクリヤーして旧川汲峠に着いた。

 この場所は大正川汲峠になる。
 さらに先に行き、明治の箱館戦争で戦いのあった、旧川汲峠に行く。

 ここは峠全体が笹で覆われている。
 ここに箱館府が守備した台場があり、土塁は確認している。

 他にも土塁が無いか、笹を漕いで探しまくった。
 随分古そうな瓶があった。
 右から読む文字で「タンサン」と書いてある。
 いつの時代のものなのか。




 旧川汲峠も笹で全体が覆われている。


 さらに探していたら出て来た!
 今まで見つけた土塁は20m位の長い物だったが、旧川汲山道を挟んだ反対側にも土塁があった。
 こちらは10mくらいだろうか?
 しっかり土が盛られている。

 今回は調査だけで測量の器具などを持って来なかったので、また来て詳細に測る必要がある。
 このくらいの規模なら弾薬庫もあるのではないかと探したが、見た範囲には無かった。

 土塁調査を終えて、奥台場山に行く事にする。
 本来のルートは南茅部高校の方から尾根を通って歩くコースがあるのだが、結構長く3時間くらいかかる。
 今回は様子見と言う事で、笹小屋川林道を2km位行き、途中の取り付きやすい場所から、頂上を目指す。

 しばらく笹小屋川林道を歩いたが、結構笹で覆われている。

 更に行ったら道が二手に分かれた。
 左は笹小屋川林道で、右に行く道は地図にも無い。
 まあ頂上も見えているし、どうせ道は無いのだから何処でも良い。

 右に道に入るが、頂上の方向には行かなさそうなので諦めて、頂上に直登する。
 最初は道らしき雰囲気もあったが、途中からは身長を越える笹に覆われている。

 道らしき雰囲気は直ぐに無くなり、背丈よりも高い笹を漕いで登る。



 30分位漕いだろうか、頂上に近そうだなと思ったら、真っ先に三角点が出て来た。

 お〜頂上だ。
 笹があって景色はそれ程は良くない。

 写真を撮って下る。

 下りは笹も下を向いているので歩きやすい。
 旧川汲峠に戻って、帰りは自転車で一気に下ると言いたいところだが、苔が多いので滑るのと、落ちた葉の中に石が混じっていて、見分けのつかない事もあり慎重に下る。
 登山口まで降りて、再び函舘まで25km走る。
 もう暗くなりかけていた。
 両足の大腿部はぱんぱんになっている。
 ようやく自遊旅に着いて、暖かい薪ストーブに火を入れる。
 さらに洗濯、夕食作りと休む暇が無い。
11月12日(月)送り物が沢山来た
 今日はパークゴルフの練習会。
 既に公式な行事は終了したが、好きな物同士が集まってプレイしている。
 今日は13名が集まった。
 今日は結構気温が下がって最高気温は13度程度であった。
 いつものようにグループ分けしてスタート。
 今日はカメラを持って行ったので、写真で様子を撮った。







 コースの近くにはキタキツネも居たが、今はエキノコックスがあるので誰も相手にしてくれない。
 オールを打つたびに音に反応して驚いていた。

 わいわい楽しんで、帰りにジャガイモを買って帰る。
 結構な量が入っていて100円だった。


 普段の自遊旅には、贈り物が届く事はまれである。
 それがどうしたのかいっぺんに来てしまった。
 送るよと事前に連絡があったのと、突然来たものが一緒になった。
 北九州の旅人マッキーからは段ボールと長い物が送られて来た。
 9月に自遊旅に寄った時に、女子部屋はドアを開けると見えるので、暖簾を作ってあげると言われていた。
 ねぶたの女子用衣装があったので、北九州に帰る時に持って行って貰った。
 その荷物が昨日届いたが、香雪園に行っている間に来たので受け取れなかった。
 ヤマトに今日伺うとの電話を入れてセンター預かりにして貰った。
 それを今日取りに行った。
 重い段ボールと長尺の物だった。


 さらに、昨日の夕方には、日本一周の旅人トネ君から電話が来て、日本一周を無事終えましたとの連絡であった。
 お世話になったお礼に、色々送り物をしたので、受け取って下さいと言う事だった。
 日本一周お目出とうの言葉と、ありがとうを言って電話を切った。
 女子の日本一周では、贈り物してくれる人もたまにはいるが男性は珍しい。
 自遊旅に泊めたり、ねぶたの衣装を貸してあげたりとしたので、そのお礼なのかな?
 何れにしても嬉しいものだ。

 さらに山形の安部さんからラ・フランスが届いた。

 昔、仕事をしていた時の米沢の仲間で、同じ生産技術部署に所属していたので、会社の会議などでは何度も会っていて、退職後も付き合いがある。
 毎年、送って送られる友人である。
 そんな訳で自遊旅には送り物が沢山来たし、来る事にもなった。

 マッキーの贈り物の中身は
 ねぶたの衣装で作った暖簾だ。
 これを女子部屋の入り口に取り付ける。
 ねぶたファンには嬉しい暖簾だ。

 取り付け棒や取り付け金具まで送ってくれた。
 気を使ってくれている。




 他に面白い物が入っていた。
 60cmのステンレスの棒である。
 一本は完成品でもう一本は未完成品だ。

 先が潰れた状態になっている。
 これは火を起すのに使うそうだ。

 この棒の由来についてメッセージを頂いた。
 ≪ハットリ棒の由来≫
 「倶知安町;旭が丘キャンプ場で出逢った旅人名:ハットリ君(ライダー)は、昔のプレゼン用の小道具で収縮式”指示棒”の先を潰し、昔の火吹き竹のように、火吹き道具として使っていた。
 ファイヤー好きの旅人は、そのコンパクトな道具を欲しがった。
 ハットリ君は後日、その代用として、長さ60cm程のポール(金属)の先を潰した”火吹き棒”を作り、キャンプ場に備えてくれた。
 燻る火種にピンポイントで風を送る事が出来、内輪で扇いだ時の様な灰の飛び散りも少ない。
 たちまちキャンプ場のアイドル(間接キッス)となった。
 火吹き竹を知らない若い旅人がこれを”ハットリ棒”と名付けた。」
 そんな由来がこの一本の棒にあったのだ。
 旅人は色々なアイデアを持っている人が多い。良いアイデはどんどん広がって行く。
 自遊旅には多くの旅人が来るので、それぞれのアイデアを知る事も楽しいのである。
11月11日(日)旅人出発
 全国の古道歩きをしている「出がらし紋次郎」さんが、今日自遊旅を出た。
 新幹線の北斗函館駅から乗って、東京まで出て、そこから深夜バスで姫路まで行くそうだ。


 昨日から作っている干し肉を外に出す。
 今日一日干せば食べられそうだ。


 時間が空いたので、香雪園に行く。
 今年の紅葉は大した事が無いと言われているが、自転車トレーニングを兼ねて走る。
 湯川を過ぎて少し行くと激坂になる。
 狭い道なので対向車が来れば、私の後ろの車は前に行けない。
 力一杯登ったので、今日は寒かったが汗がうっすら出て来た。
 駐輪場に置いて、公園を散策する。
 駐車場も車が満車状態だった。
 紅葉は確かに昨年よりは見劣りするが、それでも綺麗だ。




















 帰って来て干し肉を家の中に入れる。
 出して見たら、この位のしなやかさだ。
 もう大丈夫の様だ。




 昨日からパソコンのマウスの左クリックが動いたり、動かなくなったりしている。
 気分的にイライラ状態になる。
 向かいの古物商のお兄さんの所に行って見る。
 探したらマウスが出て来た。
 私のよりも古そうだが、貰ってくる。

 繋いで動作させたらばっちり動いた。
 これでイライラ解消だ。
11月10日(土)色々な日
 古道歩きの「出がらし紋次郎」さんは、今日函館山に行くと言う。
 コースは色々あるが、オーソドックスなコースを行くと言う。
 帰りに谷地頭温泉に入浴して帰って来たら良いよとは伝えておいた。
 私はまずは洗濯をして、娘の夏タイヤを持って来たので家に入れた。
 昼はさつま芋をレンジで加熱が良いよと効いたので、1本を輪切りに切って6分加熱で、ホクホクになった。
 少し食べて後は冷凍にした。

 炊きつけ用の薪が無くなって来たので、長尺の物を半分にカットする。
 100本くらいは切ったであろうか、空になった小薪小屋がが一杯になった。

 骨董品屋のお兄さんが持って来たベッドを薪にしようとしたが、良い木なので何かに使えると取っておく。





 いざという時結構役に立つのだ。

 午後から教えて貰ったレシピで干し肉を作る。

 この切り方が90度間違って切った。
 もう仕方が無い。

 切り方が間違った分、肉の伸びが少ない。

 まあ初回だし失敗は仕方が無い。
 まずはやる事が大事だ。
 次回間違いの無いように作ろう。
11月9日(金)誕生日
 遂に75歳の誕生日を迎えた。
 今日から後期高齢者になる。
 後期高齢者という名は何か、もう後り人生が少ないよと言う風にも思える。
 そんな事は気にせずに生きて行けば良いのだろう。
 しかし最近の活動は、生活に追われている感があって、一番の活動目的である旅に関してはあまり活発ではない。
 青森ねぶたや大曲の花火は毎年行っているが、旅と言うよりもイベント参加が目的で、旅の雰囲気はあまり無い。
 このままで良いのだろうかとふと考えて、ここでもう一度旅をしたいと言う思いが強くなってきた。
 今年の大曲の花火大会には1日で180kmも走ったので、体力的にはまだ今の所は大丈夫だ。
 ここで何か起さないと、ずるずる過ぎて行く様な気がする。
 そこで「自転車旅 ファイナルステージ」の計画を立てた。
 82歳までの計画を立てたが、どこまでやれるのか全く未知の世界だ。
 でも何となく日々を過ごすより、目的を持って過ごした方が、モチベーションも上がると思う。
 病気になるかも知れない、自転車に乗れないかも知れない。
 でも計画は立てた。
 後は、なる様になるである。明日の風は明日吹くか。
 「自転車旅 ファイナルステージ計画」

 夕方さつま芋を薪ストーブで焼く。
 ほくほくして美味しい。






 今日は悪天候の中、姫路からの旅人がやってくる。
 全国の古道を旅している人だ。
 旅人ネームは「出がらし紋次郎」
 私は家族主催の誕生会があるので桔梗に出かける。
 夜には帰ってくるが、何度も来ている旅人なので、自遊旅に入っているよう連絡しておいた。

 誕生会は私の希望で回転寿司にして貰った。
 近くの店で行われた。
 普段はなかなか行かれない寿司をお腹いっぱい食べ大満足して帰る。

 その後、ケーキを用意してくれたので桔梗に戻り、ハッピバースディの歌を皆が唄ってくれ、ろうそくを消す。

 後期高齢者の仲間入りになったが、祝って貰えるのは嬉しい。
 孫達や清野家や妻からの誕生祝いも貰った。
 孫達から合同で花束を頂いた。

 愛葵からは自作のお祝いカード?を頂いた。
 手作りするのが好きな孫なのだ。





 娘の清野家からは、新選組関連のレターケース、日本手拭い、垢擦りを頂いた。



 妻からはコンプレっションタイツを事前に頂いた。

 皆有難う。

 終わって直ぐに自遊旅に戻る。
 姫路からの旅人も既に来ていた。
 今日は駒ケ岳駅から大沼公園駅までの維新の道を歩いて来たそうだ。
 「北海道フットパスガイド」という本を見て歩いたそうだ。
 本州には自然道が整備されていて、ルート案内も出ている。
 北海道だけ自然道が何故無いと思っていたが、こんな形で出ているのだ。
 何故全国統一にならないのだろうか?

 地図を見ると本当の旧道歩きでは無い。道と道を繋ぐと言うイギリス発祥のフットパスとは違って、あるエリアを歩くといった趣向なのだろう。
 そのため、駅発、駅着と歩くのに便利に設定されている。

 雨風が強い中なので大変だった様だ。
 明日は函館山に行っていないので登るそうだ。
11月8日(木)ぶんぽ研例会
 ぶんぽ研例会がある北斗市までチャリで行く。
 今日は誕生日プレゼントの先取りで貰った、中厚手のコンプレっションタイツの性能チエックをする。

 朝の8時10分頃出発する。
 前回i行った時は1時間で走ったのだが、今回は少し余裕を持っての出発した。
 朝の通勤で混んでいる市街地は意外と前に進まない。
 郊外の国道に出たら、今度は向かい風が吹いている。
 多少の登りと向かい風ですっかり汗をかいた。
 会場の市民センターに着いたら、いつもの会議場所が保育園の子供達で一杯だった。
 会長代理のOさんに連絡したら、予約して居ないかもと言う。
 事務所のスタッフに別な場所の使用をお願いしたら、小会議室が開いていた。
 会議は文化祭の反省などをして終了、
 私の設置した慰霊碑についても報告した。

 例会が終わったら三橋美智也遺品展を見に行くとなったが、私は実家に寄る事にする。
 食料を買った分のお金を貰い、カレーラースを食べて自遊旅に帰る。

 途中のバイク店にスーパーカブが売っていた。
 1万5千Km走行したもので4万円となっている。
 スーパーカブはバイク旅の、憧れ的なバイクで、1リットルのガソリンで70kmも走るので、自転車より効率が良い。このバイクはなかなか市場に出てこない。
 久しぶりに見た。
 自転車で同じ距離走るとなれば、人間の食事代がかなり掛る。
 バイク旅も自分の持っている大きな夢だが、4万円の支出は困難だ。
 借金して買うか?
 自転車旅が出来なくなったり、自動車免許を返納する様になった時に、バイク免許だけを返納しないで、乗ってあるきたいものだ。
 自転車の乗れる分、小バイクは乗れると思うのだが・・・。
 そんな事を考えている内に売れてしまうだろうな。


 途中、中島廉売に寄って、サツマイモ、きゅうり、ごぼうと人参のスライスしたのを購入。
 合わせて450円なり。
 サツマイモは薪ストーブで焼いて食べよう。



 早速きんぴらごぼうを作った。


 関西から古道歩きの「出がらし紋次郎」が来るので、PBをチエックしたら、9日に函館入りする様だ。
 9日は私の後期高齢者突入記念誕生会があるので夕方から不在になる。
 夜は帰るので自遊旅で待って貰う事にする。

 コンプレっションタイツの方は良い感じで、今時期には寒くは無く、太ももへのコンプレっションが良い感じで筋肉を押さえてくれる。
 自転車を漕いでも、筋肉が押さえられて力が入るので良い感じだ。
11月7日(水)健康サロンin明和園
 今日は立冬。
 歴の上では冬が始まる日なのに、そんな気配は感じられない。
 今日も暖かい日になりそうだ。
 月に2回の健康サロン。
 集まったのは会員が13名で、今日はかなり少ない。
 いつもは30人くらいいるのに、どうしたんだろう。
 お年寄りが多いから、具合が悪いとかでな蹴れば良いけれど。
 いつもの様にストレッチを1時間近くやる。
 これも一生懸命やれば、体全体がかなり疲労する。
 今日はしっかり力を入れて行った。
 ストレッチの後は、支援スタッフの若い女性の、ヨガマットでの運動。
 年々体が固くなっているのが分かる。
 あちこちの筋が悲鳴を上げている。
 
 その後、頭の運動的なゲームを行って終了。
 昼ご飯は明和園の食堂で頂く。
 昨年まで350円だったが、今年は360円に値上がりした。
 まあ値段的にはお得感があるので、それ程考える事も無い。
 主菜は鶏の照り焼きにひじき煮、味噌汁、みかん。

 終わって自遊旅に戻り、自転車でやなせ皮膚科に薬を貰いに行く。
 行ったら、午後から外来は休診だった。
 仕方が無く戻る。
 それなら温泉に行こうと、湯川福祉センターに行くと、6日〜11日までは温泉は入れないとの張り紙。
 何か工事なのか。
 今日は、何事も上手くいかない日だ。
 温泉入浴は明日、ぶんぽ研の例会があるので、北斗市のせせらぎ温泉にでも行こうか。

 帰り道、スーパーに寄って食材を買って戻る。
 
 夕食は何を作るかなと思案したが、鶏の唐揚げにした。

11月6日(火)箱館戦争の史跡案内
 箱館戦争の遺跡について、その場所を教えて欲しいとの要請があり行く事になった。
 場所は鹿部町の台場の嶺(つね)と松屋崎台場跡だ。
 前者は、鷲ノ木に上陸した旧幕府軍は内浦湾沿いに、箱館を目指した際、分隊がここに駐在して、軍事訓練をした場所と伝わっている。
 後者は、砂原町にあった、南部藩砂原陣屋の出先場所として、内浦湾を通る船を監視する場所で、室蘭まで見渡せる景色の良い場所だ。
 函館からも4人が参加する事になった。
 鹿部からも史跡ファンの方が5人が参加した。
 鹿部公園で待ち合わせたが、函館市内が混んで居たため、30分遅れて到着。
 既に5人が待っていた。
 早速出発する。
 道は以前冬の登山で折戸山に登った道を途中まで行き、さらに先まで進む。
 ここの左側にゲートがある。先には舗装路がある。
 地元の人もここの場所は知っていたが、何でゲートがあり、舗装しているかは知らなかった。
 これはバブル時に、別荘として売りだした場所があり、そこに行く取り付け道路だった。
 紅葉がまだ少し残る道を歩く。



 途中に毛が混じった熊の糞があった。
 こんなに毛が混じった糞は見た事が無い。
 熊が鹿を襲ったのであろう。

 以前来た時より倒木が多くなっていた。

 道の右側に赤いテープが付けてある。
 急な斜面を登って行くコースになる。
 もう少し先に行けば緩いコースもあるのだが、この急な斜面を登って見る事にした。

 登りきって少し行ったら道が出て来た。
 この道を右手に行けば目的地に着く筈だ。
 何しろ15年前くらいに行ったので、はっきりした場所は記憶から薄れかけている。
 それでも感を頼りに進むと、高い場所に人工的に平らにされた場所が出て来た。

 付近を探したら、朽ちた木柱があった。
 これは昭和43年に鹿部村教育委員会が設置した物で「史跡 幕軍台場築場駐屯之地」と書かれていた。
 文字はもう断片的にしか見えなかった。

 この場所は北海道教育委員会の文化財台帳に登録されている。
 鹿部村の昭和九年起「史跡名勝台帳」の由来記には「戊辰の役、榎本武揚ノ一隊森町鷲ノ木ヨリ上陸シ箱館五稜郭ニ新軍ノ途中ソノ支隊ハ砂原村ヲ経、鹿部村ニ来リ台場ヲ築キ一ケ月以上モ此処ニ屯シ日々射撃ニ練兵ニ士気ヲ練リ本部ノ命令ヲ持テリ」とある。

 場所も分かったので下る事にする。

 もう昼になったので昼食をとろうとなった。
 全員で道の駅「鹿部間欠泉」に行く。
 ここに浜の母さん食堂があり、定食が有名だと言う。
 ご飯にたらこが1本入って、他にほっけの煮付け、味噌汁、漬け物が付く。
 早速頂くが、ほっけは身も暑く、脂が乗っていて断トツに美味しかった。

 たらこは1本は多すぎて余し気味だった。

 午後から、松谷崎台場跡に行く。
 元々は安政3年(1856)に南部藩砂原陣屋の出先機関として見張り場が作られた。
 この遠見場を明治2年に旧幕府軍が新政府軍の進攻に備えて、台場にしたものと言われている。
 昭和11年の「渡島之史跡」には、「明治2年春幕軍の築く所にして、その規模小なり」となっている。
 台場は21m×18m程度の小さいものだが、ここからの海岸の見通しは良く、内浦に出入りする船は良く見える。
 また対岸の室蘭も良く見える場所だ。
 遠見場の時には休憩小屋もあり、藩兵が詰めていたそうである。
 ここは木々や草が伸び放題で、行くには大変である。
 昔の記憶を辿って、藪に中に入る。
 方向的には分かっているので、その方向に向かって、草木の間を縫って進む。
 途中には野バラが沢山あり、ひっかって痛い。
 途中に熊襲われたのだろうか?
 鹿の頭蓋骨つきの骨があった。

 まだ小さい鹿だ。
 さらに進んでようやく海岸上の高台に付いた。



 土塁もまだ残っている。
 ここの海側が浸食されていて、崩壊思想である。
 ワイヤーで崖が崩れない様な処理がされているし、波打ち際にはテトラポットもかなりの数、入れられている。

 帰りも同じ様に藪に苦労しながら戻ってきた。



 皆で歓談していた時、一台の軽トラックがやってきた。
 「多様性動物監視」と書かれた腕章を見せ、「何かあったんですか」と聞いて来た。
 4台もの車が居て9人も辺鄙な場所に居たので、何かあったのかと来たそうだ。
 動物の監視をしているそうだ。
 この辺りも熊と鹿が多いと言っていた。
 松谷崎にある台場に行って来たと言うと、こんな所にあるんだと驚いていた。
 地元に住んで70年経つ人も知らない場所なのだ。

 函館に戻る事にする。
 一人降ろして、残り4人でAさんの家に付いた時、コーヒーでも飲んでいきませんかと言うので、家に上がる事になった。
 旦那さんは私の講演も聴きに来てくれた方で、鏡山でばったり御夫婦に会った事があり、それ以来時々校流はしていた。
 その旦那さんも本州の山に登る途中で、急死してしまった。
 今は一人で生活している。
 一緒に寄った他の女性二人も一人暮らしだ。
 そんな人が多くなっている様な感じがする。
 1時間過ぎくらい歓談していた。
 もう暗くなった時間に家を出た。 
11月5日(月)パークゴルフ
 今日は町内会パークゴルフの練習日。
 正式な行事としては終わっているが、まだプレイしたい人が集まっている。
 ゴルフ場も雪が降るまでは営業しているそうなので、今年は雪が降るのが遅いそうなので、11月末までは出来そうだ。
 参加者は13名で、まあまあ集まったと言える。
 早速ゴルフ場に行ってプレイする。
 ゴルフ場には意外と多くの人が居た。
 水曜日にここで大会があるため、練習に来ていたのだ。
 私は今回参加出来ないので、練習にもそれ程熱は入らない。
 午前中に1ラウンド回ったが、109とまあまあ良い結果だった。
 昼食後、午後は120と余り良くはない。
 もう終わりかと思ったが、大会に出る人がまだやりたいとなり、後1ラウンド回る。
 これで今日は3ラウンド回った。
 少し疲れた。
11月4日(日)本作り
 今日は天気が良いので、何処か出かけたいところだが、本の注文が3冊入ったので、作るしかない。
 本の中身を印刷する紙が切れている。
 この紙はある本屋さんにしか無いので、開店の10時を待つしかない。
 その間に、洗濯をしたり、数ある寝袋の中でどれが一番暖かいのか、温度計を入れて温度の上昇具合を見たが、それ程差が無い。
 ただ温度計を中に入れても駄目なおかな?
 外気温度に比べて2度ぐらいしか上がらない。
 人が入らなければ駄目なのか。
 最適温度がマイナ15度とかなると大きくて重くなるので、自転車向きでは無い。
 人の着てる物を変えれば良いのかな。
 ヒートテックは暖かいので、そんなシャツを着て試してみようか?
 ホッカロンはめっちゃ暖かいのだが、毎日使うとなればお金がかかる。
 家の外にテントを張っで寒い時に試してみよう。

 10時に紙を買いに行って、印刷を始める。
 3冊終えるのに2時近くになった。
 それ製本して今日は終わった。

 手作りみそにカビが生えたが、白いカビは酵母菌なので体に悪くはないそうだ。
 カビをスプーンで取って、霧吹きでアルコールを吹き付け除菌した。
 これで良いらしい。

 函館市役所の方から、NPO法人のNさんが、古道の磯谷道や下二股口台場に興味があって、私と話しをしたいと言って来たそうだ。
 連絡先を教えて良いかと言われたのでOKしたが、どんな興味があるんだろう。
 昨日もぶんぽ研の臨時会長のOさんから、本州の台場研究者が下二股台場を案内して欲しいと言って来たので、お願い出来ないかと言われた。
 来年らしいが、80歳だと言う。
 台場の高所まで上がれるのだろうか??
 研究者なら全てを見たいだろうが、全て見るには1日掛るし、川の渡渉もある。
 簡単ではない。

 夕食は鮭を焼こうかな。
 大根おろしを添えて食べよう。
11月3日(土)北斗市文化祭
 今日は北斗市の文化祭の日。
 大野ぶんぽ研では、昭和の遊び体験させたり、かぼちゃのすいとんを作ってお客さんに提供する。
 朝に洗濯やその他もろもろの仕事をしていたら、8時10分前だった。
 集合時間は北斗市の分庁舎で9時だった。
 1時間と10分しか無い。
 急いでチャリに乗り飛ばしていく。
 汗を流しながら着いたら9時12分前だった。
 1時間を切って走り切った。
 昭和の遊びは、遊びの用具が殆ど整備されていなく、充分に体験させる事が出来ない。
 すいとんの手伝いの方が多い。

 ガスをセットしたり、机を並べたりと忙しい。
 11時半にはすいとんの提供が出来た。







 今日は150食を提供する。
 好調にお客さんも来て、12時過ぎには全て無くなった。
 お客さんも美味しかったと本当に喜んでくれた。
 昔の人にとっては懐かしい味だ。
 150食が出たので、後片付けをする。
 最後に、余った調味料や昆布などを分けた。
 私はめんみを貰った。
 他には煮干し、誰かの家で取れたというブロッコリー、誰かが持ってきた漬け物。
 さらにすいとんのスープやかぼちゃの団子も貰って来た。
 今日の夕食もかぼちゃのすいとんだ。

11月2日(金)自遊旅に戻る。
 朝、寒くて目が覚めた。
 ウィンドブレーカーをもう一枚着こむ。
 すると暖かくなった。
 次に目が覚めたのは4時30分だった。
 これはもう普通の眼ざめだ。
 フライは雨が降った様に濡れていた。
 トイレに行ったが、外はかなり冷え込んでいる。
 戻って再び寝袋に入り、ラジオを聞きながら凄す。
 6時にはテントを出て、付近を散策する。
 全く静かな世界だ。
 美人妻ギャラリーに行ったら、車が居てギャラリーから女性が出て来た。
 少し話したら、ここの管理をしている、大沼の喫茶店の経営者だった。
 ギャラリーや動画ギャラリーを開けてくれると言う。



 すっかりお世話になって、美しい画像に見行った。
 粗末な朝食を食べてから7時には出発する。
 大沼湖畔を一回りする。
 紅葉はそれ程鮮やかでは無い。
 駒ケ岳の景色の方が良い感じだ。
 良い場世の所は湖畔まで降りて行って写真を撮った。









 途中の駒ケ岳が良く見えるスポットに台湾の女性二人連れの観光客が来た。
 少し話す。
 これから湖畔を一周するそうだ。
 折角だから私の写真を撮って貰った。

 その後は自遊旅まで一気に戻る。

 妻から電話があり、誕生日のプレゼントの候補に挙げた、コンプレっションタイツを買っても良いとなった。
 7452円の物が30%オフで5216円で売っていた。
 普段はLサイズだが、コンプレっションが凄く効いている。
 これは年寄には厳しい。
 サイズアップしてコンプレッションを落とした3Lとした。
 これでも結構圧がある。
 少し厚手なので春や秋に着れるので重宝しそうだ。

11月1日(木)東大沼でキャンプ
 今日、明日は快晴の天気だ。
 講演の資料もほぼ出来たので、自転車で何処かに行こうと考えた末、東大沼キャンプ場に行く事にした。
 久しぶりのキャンプだが、この時期にはした事が無い。
 西高東低の気圧配置なので、天気は良いが朝方は相当冷えるだろう。
 寝袋は2個持ち、シュラフカバーも持った。
 衣類は通常の他に、セーター、レインウェア、ウインドブレーカーを持ち、ホカロンも持った。
 洗濯などを済ませて、10時半には出発する。
 久しぶりなのでペダルは重い。
 国道5号線を走る。
 気温は15度くらいあるので、長袖のアンダーとTシャツで走る。
 しかし風があると少し寒い。
 やはりウィンドブレーカーが必要だ。
 
大中山、七飯と過ぎたら、雨が降ってきた。
 そんな予報だったっけ?
 急いで走って昆布館に避難する。
 この時期店員さんはかなり少ない。
 試食がめっちゃしやすい。
 10分も居たら雨が上がった。
 再びスタートする。
 峠下〜大沼隧道までの間にまた雨に降られた。
 隧道の中を急いでも仕方が無いので、押して歩いて進む。
 出る頃には雨がやんでいた。
 大沼に入り、紅葉の綺麗な所を探すが、ハッとするような綺麗な紅葉は無い。
 大沼公園の広場に行ったら、台湾観光客が30台くらい自転車を連結して、走っていた。

 台湾の人はこの乗り方が好きだな。
 台湾以外見た事が無い。

 湖畔の景色を見ながら走り、時々は停まって景色を眺める。

 キャンプ場に到着する、
 駐車場に車が3台居るが、閑散としている。
 しかしテントは7張りある。
 人の居るのは私の他に2人で、後は人気が無い。
 直ぐにテントを張る。



 テントを張ったが外でやる事が無い。
 夏なら外で待ったりするんだろうが、寒いのでテントに入った方が良い。
 寝袋に入ってラジオを聞いていた。
 本でも持ってくれば良かったなと反省。
 食事を食べて8時頃には寝てしまったのだろう。

 突然携帯が鳴った。
 鹿部の阿部さんだった。
 11月初旬に鹿部の、台場ツネを案内する事になっていたが、その日を何時にするかの話だった。
 案内する事になった経緯は鹿部の学芸員の方が、歴史的な台場のツネの場所が知らないと言う事から始まった。
 毛利さんなら知っている筈と連絡が来たのだった。
 函館からも行きたい方が居て、3人を連れて行く事になった。

 それ以降はラジオを聞いていたが、その内寝てしまった様だ。

 HP TOP