11月30日(金)プレゼン資料作成
 今日は気温が起きた時の外の気温はマイナス2度で家の中は、プラス5度だった。
 今季一番の冷え込みだった。
 それでも薪ストーブはあっという間に部屋を暖めてくれる。
 朝からプレゼン資料の作成をする。
 一度全面的にやり直して、再製作する事になって大まかには出来ていたが、最終的にはまだ出来ていなかった。
 後、一周間に迫ったので、そろそろやらなくてはと気合を入れて朝から始める。
 昼を挟んで、午後3時頃には全てのスライドと説明文が完成した。
 後は時間を測って1時間半に納めるだけだ。


 四国ツーリングの計画の中で、四国まで行くのに何が良いのか検討したら、飛行機が一番安い事が分かった。
 移動時間が一番短いのに一番安い。
 太平洋を行く太平洋フェリーは、苫小牧まで自転車で2日かけて行かなくてはならないし、名古屋に着いても大阪南港まで3日くらい走らなくてはならない。
 料金も1万5千円は掛る。
 日本海を行く、新日本海フェリーはやはり苫小牧まで走らなくてはならないし、着いた舞鶴から2日くらい走って大阪南港まで行かなくてはならない。料金も1万円はオーバーする。
 飛行機ならJALで大阪伊丹までは1万円を切る。
 大阪南港までは30kmしかない。
 交通機関って調べれば調べるほど面白い。

 今日、メールが入って12月に地平線会議の令さんが、函館に来る事になった。
 昨年も来たのだが、まだ富良野に居たのだ。
 農業をするのに北海道移住を考えているが、環境が整わなくて、夏の間は北海道で農業をして、冬には埼玉に帰っている。
 今回は函館の女性で、同じく富良野で農業をしていた女性も一緒に来るそうだ。
 函館の女性は自転車を買って、走ってくる予定だったので、令さんを通して購入のアドバイスをしてあげた。
 良い感じの旅用クロスバイクになったと写真を送ってきた。
 走って来るには時期が遅くなった様だ。
11月29日(木)本の製作他
 昨日の夜に秋田のオンタさんから電話が来た。
 六郷での宴に参加出来なかったが、体調は仕事の疲れが溜まってあまり良くなかったそうだ。
 私の「自転車旅 最終ステージ」を読んで、オンタさんは来年の四国は無理だが、6年後の旅は一緒に行けるかもしれないと言っていた。
 私の計画では6年後は東北の旅になるが、79歳のチャレンジになる。
 オンタさんは車旅でまだ69歳だ。
 私は81歳になる。
 走られる状況にあるかな??
 頑張らなくては・・・。

 今日の最高気温は5度と言う事なので、家の中での仕事をする。
 まずは本の製作だ。
 本は地震の被害のあった安平からの注文だった。
 家の内部がまだ、すっかり復旧していないと言う中での注文で嬉しい。
 本は「土方歳三の歩いた道」で180ページの、当時の道を詳細に書いている。
 安平の方も古道に興味があって色々調べているそうだ。
 プリンターのある部屋は寒いので、居間に引っ張り出してくる。

 2時間くらいで完成し、レターパックで送った。

 
 その後は塗装の終わったMTBのパーツを組み付ける。
 今日は前後のブレーキをセットする。
 パーツを見たらブレーキシューがかなり減って、金属部が少し顔を出している。




 これは交歓しないとホィールが破れてしまう。
 フロントブレーキはあまり使わないので、予備パーツから外して付ける。

 もう一組はホ-ムセンターで購入した。
 Vブレーキ用のブレーキシューが売っていた。


 これを取り付けて、取り敢えずはブレーキの取り付けが終わった。
 フロントブレーキには古いシューを使った。

 後部のブレーキには新しいシューを使った。
 後はホィールを付けて、ワイヤーを張ってから調整になる。


 自転車に付けるロゴがまだ決まっていない。
 26日のブログに載せたが、今一つどうかなと言う感じだ。

 また自遊旅の文字だけで良いと言う人も居て、また考えて見た。
 新しく考えたのは、現在の自遊旅のデザインを使って、後ろにHAKODATEの文字を入れた。


 もう一つのデザインは孫が書いてくれた、自遊旅の文字をそのまま使って作ったもの。 

 後は自遊旅のみにするか。

 これはどうだろうか?

 まだ時間が充分にあるので、もう少し考えて見よう。
11月28日(水)三等三角点村中登山
 昨日のパークゴルフは今までにない程疲れた。
 原因は前の日に早く寝たため、午前2時に目が覚めてしまった。
 それ以降は眠られずにうとうとして朝があけた。
 そしてパークゴルフをしたのだが、歩くのもしっかり歩けない。
 自遊旅に帰って寝たのは8時頃だろうか?
 それから朝の6時まで寝た。
 実に10時間も寝た。
 すっかり良い気分になったのと天気が良いので、山に行く事にした。
 石崎と小安から鉄山に抜ける旧道がある。
 今は四輪駆動なら通れる道だが、旧道がまだ残っている。
 そこを歩いて、ついでに三等三角点村中に登ろうとなった。
 理研工業の前を通ったら車が一台も居ない。
 休みなのか廃業したのかは分からない。
 この辺りの集落にとっては貴重な仕事場だと思うなのだが、どうなったのかな?

 車を少し先に置いて歩きだす。


 旧道はその後、車も通れる道になったので、極普通に歩けるが、道の右手には旧道跡がある。
 そこを辿って行く。
 林道に熊に襲われたのか、馬の骨が散乱していた。


 今日はアプリヤマレコを使っているが、今の機種にはまだ完全に適用していない。
 バッテリーを長持ちさせるために、不要なアプリを動かさないようにガイドしているのだ。
 昨日も解除しようよ試みたが、まだ解除は出来ていない。

 車道は旧道は急斜面になると、迂回して新たな道を付けている。
 そのお陰で急峻な旧道は今でも残っている。
 その旧道の中を歩いて、高度を上げて行く。





 数か所の旧道を歩いた後、三等三角点村中に向かう。
 以前はさらに先まで行って、植林の道を歩いて登ったのだが、距離的には遠い。
 そこで適当な所から右手に登って行く。

 道は無いがそれ程の斜面では無いし、笹も短いので歩きやすい。

 GPSを見ながら登って行ったら、以前登った光景が目に入ってきた。
 後は頂上まで真っ直ぐに登られる。

 途中に水場があるが、そこは動物に足跡が無数にあった。
 


 最後の幅広い斜面を登って頂上に着いた。











 頂上の直ぐ下には三角点がある。
 これは冬に行くとなかなか見つけられない。

 風が強かったので写真を撮って直ぐに下る。
 藪の中を下っていたら大日本ビールの瓶があった。

 1906年に大阪麦酒、日本麦酒、札幌麦酒が合併して出来たビールだ。
 1949年に財閥解体で、分割され、アサヒとサッポロになった。
 一番新しい時代で、69年前のビール瓶になる。
 何でこんな藪の中にあるんだろう。
 村中に登るとは思えないので、山菜採りなのかな。

 林道に出て弁当を食べてから、同じ道を戻る。

 車に戻ったら入るな! とばかりに林道の入り口に作業機械が道を塞ぐように置かれていた。
 
11月27日(火)パークゴルフ
 町内会の行事としてのパークゴルフは終わったが。好きな人が集まってまだプレィしている。
 今日は雨が降っていたので、何人が来るかと思ったら、7人が来たので2組が出来た。
 ゴルフ場に行ったら、雨も上がって良いコンデションになった。
 しかし人が多い。
 何でこんなに多いんだと思ったら、人気の鈴蘭が丘パークゴルフ場が休みだった様だ。
 各コースのスタート地点は満杯だ。
 一番遠いDコースに行ったら誰も居なかった。
 ここからスタートする。
 Dコースは28
 Aコースは24
 Bコースは28
 Cコースは27で終了。
 合計で107で終了した。
 まずますか?

 昼食後は
 Bコースが29
 Cコースが28
 Cコースのスタート前に声を掛けられた。
 私のブログを見てくれているそうだ。
 函館ドック勤務は同じで、会社を辞めた後、市役所に勤務したが私の父と同じ職場だったそうだ。
 今は山もやっていて山楽クラブに入っているそうだ。
 かなりの繋がりがある人と思わぬ所で会えた。
 Dコースが28
 Aコースが23
 合計108で終了した。
 全体にティショットが安定したので良かった。
 ティショット時の球の位置を体に近づけたら、飛び方向が真っ直ぐになって良い感じになった。
 来週も月曜日にやろうと皆で確認して帰る。
 桔梗に少し寄ってから自遊旅に帰る。
11月26日(月)町内会の集まり
 今日は町内会の年寄の集まりである、マスターズの例会がある。
 一週間ぶりに桔梗に行く。
 例会は10時からだと思っていたが、13時からだった。
 それならばと北斗市の無料の河川敷パークゴルフ場に行く。
 2ラウンドを回ったが調子は良い。
 少し前から球の位置を体の近くに持ってきたら、スイング時の肘も離れる事が無くショットが安定してきた。
 
 帰って妻にラーメンでも食べに行こうか?と誘ったら、あんた一人で行けばと500円硬貨をテーブルに置いた。
 本当に久しぶりに一緒に食べようと思ったのに・・・。
 夫婦も何十年過ごしたら、そんなものよと何処かの旅人が言っていた。
 そうかも知れない。
 
 13時からのマスターズ例会に行く。
 普段は出席しないが、今月は私の誕生月で、その祝いもあるので参加する。
 11月生まれは15人も居た。




 特に高価なお祝い品が出るのではない。
 手拭いを貰っただけだ。
 

 向かいの人との会話が弾んだ。
 正代(漢字は多分)という名前の人だが、ここの桔梗地区に一番早く入植した人が3軒あり、その中の一人なのだ。
 今でも3軒通りの名前が付いている。

 色々話しをした中で、庄司山の頂上にある神社は、3軒の入植者が設置したのではないのかと聞いたら、そんな事は 聞いた事は無いと言う。
 それでは別な入植者なのだろう。

 話しの中で昔、庄司山に登った事があると言う。
 聞いたらやはり尾根を直登していた。
 昔は皆尾根を直登していた。
 途中に大きな石があって、その石には注連飾りをしていたと言う。
 上の部分が平らな石だと言っていた。
 1週間くらい前に行った時は、その様な石は見当たらなかった。
 また詳しく調べて見よう。

 ペルーが函館に来た時に絵を残していて、その絵がどうも庄司山か麓にあった園田牧場で無いかと思っている。
 その場所を探しているが、なかなか見つからない。
 また庄司山を徘徊してして探して見よう。

 誕生会は一人づつ紹介されたら立って顔見せをする。
 その後、ハッピーバースディの歌を全員が歌ってくれる。


 後半は函館市役所の交通部の、交通安全講演があった。





 講演の後はゲームがあった。
 30人以上の参加者を4チームに分けてゲームを行う。
 我がチームは「ハートチーム」と命名。
 最初のゲームはお絵描きゲームだった。
 絵を描くのは皆の推薦で私が選ばれる。
 私への出題は「飲酒運転」だった。
 書き始めたら本当に直ぐK子さんが正解を答えた。
 私の余程絵が上手かった???

 その後もゲームが続き、結構楽しんで終了。
 
 今日は桔梗に泊まろうと思って用意して行ったが、そんな雰囲気でも無いし自遊旅に戻る。
 桔梗には暫らく泊まっていない。
 今後もそうなるのかな?

 台所を覗いたら全く使っていない物があった。
 蒸気で蒸す器具だと思うが、浮かんだのは焚き火台だ。
 これ使えない??




 自転車の塗装も終わって後は、パーツを取り付けるだけとなった。
 ロゴをどうしようかと考えた。
 やはりJIYUUTABIが良いかとデザインしてみた。



 ちょっと線が細い感じだ。
 もっと数種類のデザインをして見よう。
11月25日(日)プレゼン資料も大分進む
 今日も朝の5時からプレゼン資料作りだ。
 ようやく纏まって来て、内容の流れも良くなってきた。
 全面変更して良かった。






 連続してパソコンに向かうのは疲れる。

 車のタイヤをスタッドレスタイヤに変える。
 もう少しで雪が積もりそうな、天気予報が出ている。
 明日か明後日には走らなければならないので、変えてしまった。
 30分も掛らないのであっという間に終わった。



 
 スーパーに買い物に行く。
 日曜日は玉子が安いので、毎週行かなくてはならない。

 ついでにホームセンターに行く。
 MTBフレームの最終塗装をするのにペンキが少し足りない。
 行ったら近い距離が1.6倍で見えるメガネが売っていた。
 テレビでハズキルーペと言って、有名な芸能人がCMに出ている奴だ。
 テレビでは1万円となっていたが、ここで売っていたのは1000円だ。
 付けて見たら、確かに大きく見える。
 ハズキルーペも付けて見た事があるが、全くその差が分からない。
 ルーペのデザインも極似ている。
 確かに便利そうだ。
 1万円なら躊躇するが、千円ならなんとかなる。
 考えて見よう。

 MTBフレームを外に出し、最終塗装をする。



 もうこれで終了になる。
 後はしっかり乾燥させて、パーツを組み立てれば完成だ。
 乾燥は暖かい室内で行う。


 昨日の夜、秋田県の六郷から電話が来た。
 君夫さんのゲストハウスに、加藤さんとコバさんが集まって、比内地鶏を肴に宴をしているとの事っだった。
 も〜さんも来ないかい??
 う・・・・行きたい!!!
 話しの中で、コバさんからも〜さんの「自転車旅最終ステージ」を読んで涙が出たと言ってくれた。




 
 どこの部分と思ったら、83歳で大曲り花火観賞より六郷の仲間に会いに、自転車野宿で行くと言う個所だそうだ。
 そこまで六郷の仲間を思ってくれている事に感動してくれた。
 でも私にとっては六郷は一生涯の居場所の良い所なので、何としてでも行かなくてはならない。
 今はもう、素晴らしい花火もあるが、友人に会いに行く事が最大の楽しみになっている。
 皆から83歳で止めなくて良い。
 自転車で来れなくなったら、車で迎えに行くからと言われたので、こちらがうるうるして来た。
 最高の仲間だ!
 自遊旅には目標を書いたカードが置かれてる。



 今、最終ステージの来年の計画になる、四国ツーリングの計画をしている。
 日本一周ではお遍路をしていたので、観光はあまりしていない。
 その時に行かなかった場所がまだまだかなりある。
 行く時期は比較的空いている、3月末〜4月の後半くらいしか無い。
 少し野宿には寒いが、桜も見られるし良い時期かもしれない。
 自転車旅、最終ステージのファストランになる。
11月24日(土)プレゼン資料作り
 今日も気温は下がったようで、マイナス2度位か?
 部屋の温度はやはり8度で、この辺りからあまり変わらないように思う。
 もっと寒くなってもマイナスには至らないだろう。
 6時に起きて直ぐに、プレゼン資料作り。
 全面やり直しにしたので、結構なボリュームがある。
 昼まで6時間やったら、流石に疲れて来た。
 息抜きにゴミを捨てに近くの焼却場に行く。
 大きなビニール袋、10個で77円だった。

 帰って来てタブレットの台を製作する。
 以前から作ってあったが、機種を変えたら少し大きくなったので合わなくなってしまった。

 直す事にする。
 用意したのはワイヤーとボールチエーンの留め金具の2種類。

 まずはばらして、長さを長くした新しいワイヤーに変える。



 長くしたワイヤーを付けて組み立て完成した。

 強さも丁度良くて良い具合だ。
 
 裏から見たらこの様になる。

 車に付けたがばっちり決まった。

 山で撮影する時は、ストックの上に付いたカメラ用のネジに止めれば良い。

 明日は又プレゼン資料作りか?
11月23日(金)プレゼン資料やり直し
 朝起きたら少し寒い。
 起きて室内の気温を見たら8度になっていた。
 直ぐに薪ストーブを焚いたら、気温は22度まで上がった。
 もう暖かいので、半袖で充分だ。
 外に出て見たら雪が降っていて、地面にはうっすら雪が積もっていた。



 この寒さも週末までで、また気温が二桁にまで上がるようだ。
 タイヤはまだ交換していないので、今日は何処にも出ない。

 来月の講演に向けてプレゼン資料を作っていたが、内容の流れが悪くてどうも乗らない。
 新たに作る事にした。
 その作業を今日一日行っていたので、机上作業のストレスが溜まるな。

 合い間に、焚き火の火を大きくする、ハットリ棒を作った。
 今までの物は、1本物の60cm位の長さのある物だったが、持って歩くには不便だ。
 特に自転車やバイクでは邪魔になる。
 そこで100円ショップの自撮り棒を使って作った。
 自撮り棒は200円する。
 ただ先端をカットして、潰すだけで完成する。
 50cm程度の長さだが、充分に役に立つし、持って歩くのに便利だ。





11月22日(木)MTBフレーム塗装
 今日は最低気温が遂にマイナスになって1度だった。
 最高気温は7度位と言う事で少し寒さを感じるようになった。
 それでも部屋の中は、薪ストーブが真っ赤に燃えているので暖かい。
 
 今日はMTBフレームの塗装をする。
 黄色を塗りたいのだが、車用の塗装は黄色と言う色が、ホームセンターでは1〜2色しか置いていない。
 一般金属塗料を探したら3社から黄色が出ていた。
 価格は1本800円するものから170円程度までとかなりの差がある。
 何処に違いがあるのかは全く不明だ。
 1本255円のスプレー缶を2本買った。
 左は170円のスプレーだ。
 今回は右の2缶を使う。

 これで塗って見よう。
 駄目なら下地も処理しているので、失敗した上にプラサプを塗れば、また違う色を塗れる。
 パーツを組み立てて居ない時なら、手間も掛らない。
 春に乗るのだから急いで完成させる必要も無い。
 今日は3回塗装をした。
 下は2回塗装をして、ストーブの側で乾燥させている。



 乾燥もストーブの傍に置いてしっかりした。
 これで色合いをしばらく見てそれから判断しよう。
 色は明るい黄色では無く、少し渋い黄色だった。
 下の色が実際の色に近いかな?


 塗装の合い間に湯川温泉に行って入浴する。
 
 帰って来て、来月7日の講演のスライドの時間測定をする。

 説明の修正もしながらやっているので、今日は終わらなかった。
 講演時間は1時間半で良いだろう。
11月21日(水)健康サロンin明和園
 今日は遂に函館の初雪が認定された。
 観測史上最遅は27日だったから、新記録には6日足りなかった。

 外はマイナス1度くらいで、やは冷え込んだなと言う感じはあるが、それ程寒いと言う感じはまだない。

 健康サロンに行く。
 明和園の中は暖房が効いてめっちゃ暖かい。
 上は半袖1枚になった。
 今日は戸館先生と言う体操指導の先生が来る日で、女性達は楽しみにしていた様だ。
 面白おかしく体操をやるので、おばちゃま達には大いに受けるのである。
 元学校の体育の先生の様だ。
 1時間半みっちり体操をしてすっきりした。

 昼は明和園の昼食を食べる。
 何時も美味しい。


 帰り際、Yo子さんから「も〜さんリンゴ好きでしょう」と美味しそうなリンゴ2個を頂いた。


 自遊旅に戻って、昨日Ku女史から修理を依頼された熊の置物の、ライトスタンドを修理する。

 ソケットを外して、次に本体の中を通っている、電線を外さなくてはならない。


 しかしこの線を抜いてしまったら、底部の穴が90度に曲っているので、新しい電線は通せないと思い、蛸紐を付けて抜いた線と一緒に穴に通した。
 線は抜け、穴の中には蛸紐が残った。
 ここまでは予定通りだ。
 次に新たに入れる線と中に残った紐を繋いで、そのまま引いて行けば線が穴の中を通って、無事配線できる筈だった。
 所が途中で繋いだ線と蛸紐が離れてしまったのだ。
 紐は抜けてしまい、線はもう押しても入って行くのは直線部だけで、90度に曲った個所は通れない。
 困ってしまった。

 しばらく考えて良い案が浮かんだ。
 紐だけでは入って行かなので、ストローに紐を入れて、そのストローを底部まで通す。

 これはストローに強度があるので簡単に通った。
 紐の先端は90度の所まで来ている。
 さてこの先はどうしようと考える。

 思いついたのが、底部にある紐を、接着剤のボンドを付けた箸を入れてやり、紐と箸を接着させて引っ張り出そうと言う事だ。
 3時間くらい放置して、接着剤が固まった頃を見計らって、箸を抜いて見たら見事に紐が付いて来た。

 やったー!
 パイロットの紐が穴の中を通った。

 こうなればもう早い。
 紐とパイロット紐を結ぶ。



 今度はしっかりと結んだ。
 そして紐を引っ張ると、見事に電線が付いて来た。

 これが出来れば後は早い。
 ソケットが色違いだが売っていた。
 これを付けて電球も付けて、点灯したら見事に付いて完成した。

11月20日(火)パークゴルフ
 今日はプレイしたい人だけ集まってという趣旨での練習会。
 雪が降ればゴルフ場も閉まるので、もう数度しか出来ない。
 最後の名残を惜しんでのプレイになる。
 集まったのは8名だった。
 何れも普段から好きな人ばかりだ。
 私と回るのはライバルのKu氏と女子のトップクラスのHi女史だった。
 スタートは絶好のスタートだった。
 その後、駄目なスコアと良いスコアが激しく入れ替わった。
 結果は106だったので最近では良いスコアだった。
 Ku氏は103で回った。
 やはりなかなか勝てない。
 Hi女史には勝った。

 昼食を食べていたら、雪がちらちら舞って来た。
 もう雪になるのかな?

 午後からはメンバーを変えてのプレイで、このメンバーでは勝てるので、あくまでも別グループのKu氏の動向だ。
 途中で会った時に、お互い確認すると、競ったスコアで回っていた。
 私もかなり調子が良かった。
 最終ホールに来た。

 ここでバーディを取れば100で回る事になる。
 ティショットは良い場所に行った。
 そしてバーディパット。
 惜しくも数センチ外れてパーで終了した。
 スコアは101だった。
 私としては今期最高スコアだった。
 そしてKu氏はと聞くと、同じ101だった。
 なかなか勝てないな。

 仲間のHi子さんに呼ばれて行ったら、このゴルフシューズ合わない?
 と言われる。
 随分新しい靴で使っていないようだ。
 聞いたら娘がゴルフをやると言ったが、結局やらなかったそうだ。
 25cmだから大きい。
 娘さんは身長が170センチあるそうだ。
 私よりはるかに高い。
 私も靴のサイズは25cmなのだ。
 履いたらぴったりだった。

 靴はフットジョィで靴ひもを締めるのは、ダイヤル式と言う物で、後ろに付いているダイヤルを回せばカリカリと音がして閉まるというもの。

 ソールもプラスチックで打つ時に足が動かないと言う物らしい。

 価格は1万円越えの様だ。

 今度は頼まれ物。
 ゴルフ仲間のKu女史から、修理を依頼された。
 50年前の新婚旅行で買った、熊の彫り物の上にライトが付いている物。
 これがソケット部分で壊れたそうだ。

 記念の品だから何とか直したいと言う事だった。
 ソケットが特殊なので、同じ物があれば簡単だが、加工するとなれば難しい。
 それにしても50年も前の物を良く保存しておいたものだ。
 これは明日の仕事だ。
11月19日(月)MTBフレーム塗装
 急ぐ仕事も無くなったので、今日は朝からMTBのフレーム塗装の準備をする。
 今年の冬中に塗装を終えて、春から乗られれば良いと思っていたが、特に急いでする用事も無くなったので、今日一日MTBの塗装の下準備をする事にした。
 以前のMTBに塗られていた塗装は、大分剥がしてあったので、最後に下地が段差なくきちっとする作業をした。
 少しでの段差がや傷があると、下地塗装のプラサフを塗った時に、直ぐに浮出てくる。
 そうなれば最終塗装を塗った時に段差や傷が見えてしまう。
 結構な時間を掛けて下地処理が終わった。


 マスキングテープで塗りたくない所は覆う。


 塗装をしようと表玄関を開けたら、玄関のまん前に車が居た。
 50代くらいの女性が運転席で泣いている。
 母親らしき人が話しかけているが、ずっと泣いていた。
 何があったんだろう?
 
 気にしないで、プラサプを塗る。
 少ししか塗装がボトルに入ってなかったので、ホームセンターに買いに行く。
 帰って来たら車は居なくなっていた。




 綺麗に塗れた。
 後は最終塗装をするのだが、まだ色やデザインを決めていない。
 黄色が好きなのでそれをベースにしようと思っている。
 下見たいな感じで行くか?

11月18日(日)薪ストーブ不調解消
   ここ数日薪ストーブが調子悪く、煙が外部に出ないので、部屋に出てきて部屋中は煙が充満した。
 まるで火災現場の中に居る様だ。
 原因は煙突の詰まりだと推定出来るが、まだストーブを炊いてからそれ程日が経っていない。
 如何にも早すぎる感じだ。
 それでもこのままではしょうがない。
 まずは気になっていた、ストーブ背面の仕切り番を見て見る。

 結構な煤が付いていた。

 取り出して煤を取る。
 何か隙間が狭い感じなので、スリット部分を少し開けてやる。

 薪を炊いて見たが、変わらず煙が室内に充満した。
 外の煙突からは煙が出ていない。

 後は煙突しか無いと思いつつも、まだ交換して間もないのに、と言う先入観念が入る。
 外の煙突の煤取りをする事にした。
 高所作業は苦手なので、ヘルメット、安全ベルトを付け、屋根の反対側から、ロープを渡して屋根に登る。
 煙突掃除ブラシを入れたが、すんなり入って行くので詰まってはいない。
 覗いて見ても径が太くて詰まりそうにない。

 また家に入り、やはり煙突かとなる。
 まずは下の煙突の下にごみ袋を入れて、上からブラシを入れる。
 結構な量が落ちて来た。

 下の角部と立ての煙突はオーケーだ。
 火を炊いてみるとやはり煙が充満する。
 上の角部の煙突を見たら水平部がかなり詰まっている。
 この角部の煙突は煤掃除がしやすいようにと、直角で蓋つきの物を新規に購入した。

 中を覗いてみると、煙突と煙突の繋ぎ目が、難しい構造で、空気の流れ的には全く良くない。
 そこでR付きの角用煙突に変える。

 これで良いだろう。

 随分すすが落ちたので、部屋の掃除をかなりの時間やる。
 そして薪を入れて点火した。
 勢い良く燃え、煙が煙突を通して外に出て行く。
 
 外の煙突を見たら煙が出ている。

 少しの薪で直ぐに暖かくなった。

 良かった!!

 ストーブの煙突掃除をしていたら、ス―パーの玉子格安を買いに行く時間が過ぎてしまった。
 2時からのバーゲンに行く。
 2回行って玉子2パックをゲット。
 昨日で全く無くなったので良かった。
 他にガスボンベが安かったので2パック購入。
 以前は3本で200円を切っていたのが、今は230円でも安い方だ。
 プロパンボンベの方がガス代としては安いと思うのだが、ボンベの初期投資が出来ない。

 午後から旅に出た時のブログは今まで、ロリポップにしていたが、機種変更の機会にGooブログに変えた。
 設定に手間取ったがようやく開設で来た。

 これで今日のやる事は終了したので、夕食作りをする。
 因みに昨日は生姜焼きだった。

 美味しかった。

 今日は秋刀魚の焼いたのに大根おろし付けのシンプルな夕食。

11月17日(土)庄司山旧ルート調査
 朝、薪ストーブに火を点けたが燃え具合が悪い。
 煙が吹きこんでくる。
 部屋の中は煙でもうもうになる。
 これは煙突が詰まった現象だ。
 室内の煙突は今期新しいものに交換したので、まだ詰まる事は考えられない。
 そうなれば外の集合煙突かもしれない。
 少し手ごわそうだ。

 朝食はここ数日、干し肉を作ってレンジで野菜などを加熱した料理を作っているが、今朝の料理で一応完成した。
 色彩も良くなったので美味しい上に見栄えも良くなった。

 朝食は他にキンピラゴボウと味噌汁。


 桔梗に行く事にする。
 山形の友人から頂いた、ラ・フランスも持って行かなくてはならない。
 また立替えている、ワクチン代や食糧費を頂かないと、食料も買えない。
 桔梗に行ったら、娘と孫はイベントに行くと言うので慌ただしく出て行った。
 妻と少し話して、桔梗のゴミを車に積んで家を出る。
 
 機種変更したタブレットが上手く動作しないので、ドコモショップに寄る。
 操作掛りと言う方が居て、教えてくれた。
 Google Playのアプリが全くダウンロード出来ないのだ。
 原因はアプリをダウンロードした際、完全にダウンロード出来ないままに、次のアプリのダウンロードをしたためだった。
 全てを更新して新たにダウンロードしたら出来た。
 これでひとまずOKだ。

 時間もあまり無いが、近くの庄司山に行く。
 目的は今から50年くらい前に、函館山岳会初代会長の阿部たつおさんが書かれた本の中に
 「庄司山登山記」と言うのがある。
 彼は一度この山に登りたいと思っていた。
 しかし人に聞くと、例によって言う事がさまざまで、笹が深いとか、「ダニ」が多いとか、見かけの割に難儀の割には面白くないとか、兎に角評判はあまり良くなかった。
 しかし一度だけは登っておかないと話にならない。
 と言う事で出発したのである。
 そのコースははっきりしないが、園田牧場を越えて炭焼小屋が山のふもとであった。
 現在の登山コースとは全く違うコースである。
 ただ西南の尾根を登ると言う事なので、山麓を目指して行く。
 この尾根裾から登っている。

 途中までの道は、今の登山道を行く。



 途中には箱館戦争の暫壕跡がかなりあるのだが、範囲も広いので調査は大変だ。
 本来は残しておきたいが、一人ではなかなか厳しいな。

 下は高く盛られた土塁。

 熊と他の動物の糞もあった。


 現在の登山コースから別れて、尾根の麓に向くが、ネマガリ竹がかなり密集してなかなか前には進め無い。

 そこで現在の登山口をもう少し登り、そこから尾根に出ようと進む。
 無事尾根に着いた。
 やはり外観から見たとおり斜度は急だ。
 登山道らしき跡は見当たらない。
 しかし笹はこの辺りではあまり背が高く無くて、歩くには急な斜面と言う事を除けば大したことはない。
 暫らく登ったが、時間があまり無いのと先がもう見えて来たので、戻る事にする。
 違うコースを下りて来たが、この山は意外に大きな石がある。





 藪を漕ぎながら何とか登山道に出た。
 道も分かったので、今度は早い時間に登って見よう。
 今日は最高気温も9度の予報で、風が冷たかった。
11月16日(金)燻製作り
 朝4時に目が覚めたが暖かい。
 起きて温度計を見たら12度あった。
 パソコンのキィを2時間くらい叩いた。
 洗濯機を回しながら、台所回りの掃除をする。
 コンロ周辺は油も使うので直ぐに汚れる。
 コンロもその付近も綺麗に掃除した。


 外で燻製作りをする。
 昨日干した肉が出来たので、半分は冷凍庫に入れ、半分は燻製にした。
 下は天日で乾燥した肉。

 燻製用の器具もあるのだが、まだ新品なので勿体ないかなと、段ボールで作った。

 機能的には全く変わらない。
 アルコールバーナーで桜チップを加熱する。





 良い感じで煙が出て来た。

 完成!


 今日は肺炎予防ワクチンを打つので、その前に湯川福祉センターに行く。
 10時頃行ったが、随分混んでいた。
 朝風呂はどうやら混むようだ。

 帰って函館おしま病院に行く。
 予約していた肺炎予防ワクチンを打つのだ。
 行ったら待合室には誰も居ない。
 ここの病院はホスピスを受けられる病院なので、一般の患者は少ないようだ。
 私も予防接種だけは、近い事もあってここの病院に来ている。

 午後から食料を買いに行ったり、100均に行ったりで過ごす。
 3時頃から夕食作りをして今日の一日は終わった。 
11月15日(木)薪切りなど
 昨日もぐっすり寝られた。
 やはり少し強めの運動をしてから寝るのが、良い疲れて熟睡出来るのだろう。
 朝食は、いつもはパンが多いのだが、今日はご飯にした。
 珍しい麦味噌を貰ったので、食してみる。
 具は豆腐と油揚げに長ネギ。
 味噌は白っぽい味噌で、普通の味噌より粘度が強い感じだ。
 入れたら薄い白っぽい色になった。
 味は味噌っといった感じではなく、マイルドな優しい味という感じだ。
 私の作った自前味噌は、やはり味噌っと言う感じの味がする。
 麦味噌もなかなか良い味だ。

 ご飯に味噌汁、納豆、キンピラゴボウ、麹で漬けた大根のみ。


 最近投稿しているハットリ棒だが、今日ももう一本あったパイプで製作した。
 最初、この棒を知った時、それ程の興味は持たなかった。
 火を炊くのに空気を吹きこんでやる方はあるので、それで充分だと思っていた。
 未完成のハットリ棒を、私流に中央に穴を一つ開ける様にして作った。
 性能を試すのに、薪ストーブを使った。
 薪ストーブは一度燃えると、なかなか火は消えないが、時々薪を入れるのを忘れてしまう事がある。
 そんな時、新たな薪を追加するのだが、燻ってなかなか簡単には火が点いてくれない。
 そこで、このハットリ棒を使うと、あっという間に炎が上がって薪に火が点くのだ。
 良いのはパイプの長さが60cmあるので、充分な空気が入っている。
 空気の出口は釘あな1本の太さにした。

 すると、一呼吸して吹くとかなり長い時間吹く事が出来る。
 何回も何回も息を吸わなくて良い。
 一度呼吸すれば、もう火が点いてしまう。
 そんな事でもう一本作った。
 今度は先端を細長い狭い穴にした。

 これは広い範囲で空気が入るのでこれはこれで使える。
 その状況に応じて使えば良い。

 山で使うストックを加工した。
 今までもグリップの上に、カメラを取り付ける台を付けていたが、壊れたので新たに付けた。
 山で山頂に着いた時は自撮りするのだが、三脚は重いので持って行かない。
 地面に近い部分に置くと、草が邪魔して上手く撮れない。
 そこでストックを地面に差して、カメラを上に固定して撮るのが便利なのだ。
 
 台の方は100均の部品を流用した。




 地面に指す石付き部分は、今のストックでは短くて安定感が無い。
 そこで改造を行った。





 ステンレスの細い棒を沿わせて、出し入れできるようにした。
 これにより棒を出した時、土に刺さる部分が長くなったので安定感がある。
 使わない時は格納できるようにした。
 家の外で試したが、安定感がある。



 薪が溜まったからとの連絡があり取りに行く。
 今回は太い材料があるようだと聞いていた。

 以前行った時に、材木屋さんのスタッフの方に「この木は何に使うの?」と聞かれた。
 「薪にします」と言ったら、「こんな細いのではあまり使い物にはならないだろう」と言っていた、
 でも「無いよりは良いんです」と言う感じで終わった。
 太い木は薪には良いのだが、細い木も炊き付ける時、や大きい木が燃えにくい時、燃えやすい細い木を入れてやれば、火に勢いがつくのだ。
 今日行ったら、短い木は少なく、太い薪に良い木が多かった。

 自遊旅に戻って全ての木を切ってしまう。

 外の気温は10度だったが、半袖シャツで作業した。
 午後1時には終了したので3時間の作業だった。

 薪の量が、薪ストーブを炊いた当初に戻った。
 今年は充分余裕がある。
 世間では灯油が値上がりして悲鳴を上げているのに、無料で暖房が出来るのは有難い。
 今年の北海道全停電になった時は、夏だったから良いものの、冬だったら大変な事になる。
 その点薪ストーブは心配いらないが、春の内から薪を用意しておかなければならないと言う、結構な作業があるのだが、それを知っている人は少ない。
 今日も暖かい室内で夜を迎えようとしている。
11月14日(水)三等三角点「野比留沢」登頂
 今日は朝から洗濯して、先日作った肉干しが、切り方を失敗したので、再度作り方を挑戦した。



 切り口が変わったら肉が良く伸びる様になった。 

 今度はばっちりだろう。
 外に肉を干す。

 2日もあれば完成する。

 終わった後、昨日ブログにアップしたハットリ棒は、完成品だと思ったら、未完成品であった。
 どうりで肺活量が随分必要だなとは思っていた。
 もっと先端を細くすれば、ピンポイントで出来るのになとは思っていた。
 私流に作って見る。
 まずは今の半加工の先端をカットする。

 そしてパイプ穴の中心に釘を入れる。

 釘の太さによって風の流速が変わってくる。

 とがった部分の角をやすりで削って怪我の無いようにした。

 簡単に完成して薪ストーブで吹いて見たら、良い感じで火があがった。



 これで良いだろう。

 次は病院に行く。
 肺炎球菌感染症の予防接種だ。

 近くの函館渡島病院に行ったら、薬の在庫が無いので予約になりますと言う。
 金曜日の午前中に接種する事になった。
 老人の死亡率で肺炎は第2位なので、これはやっておかなくてはならない。

 次に左目の視力が落ちて来たので、メガネ屋に行って、視力を見て貰ったら落ちていた。
 病院に行って検査して下さいと言われていた。
 近くの眼科に行ったら、今日は手術日で外来診察は無しだった。

 まったくついていない。

 やる事をも終わって、ふと外を見ると天気が良い。
 昨日はハードな運動をしたので、大腿部がぱんぱんで、立ったり座ったりするのも大変だった。
 そんな事で7時頃寝てしまった。
 ぐっすり寝て、起きたののは朝の6時だった。
 11時間は寝た事になる。
 起きたら筋肉は全く痛くない。
 それならば家に閉じこもる事は無い。
 早速、山に行く事にする。
 今年の積雪期に行ったが、雪の中長い林道で時間を取られ、山に入ったら積雪は30cmくらいだったが、重い雪でスノ―シューには雪玉が付き、全然前に進まなかった。
 今なら登山口まで車が入れる。
 早速、出発する。

 タブレットのGPSを入れるのが遅かったので、画面表示はまだ出ていない。
 機種変更したら感度が悪くなった様に思う。
 積雪期とは違って、歩きやすい道が続いている。
 難なく高度を上げて行く。
 GPSはまだ動作していない。
 目の前にピークがあったので、ここでは無いかと登り始める。





 道は無いが藪も短くて歩きやすい。

 ピークに着いたが、広い平坦な場所だった。
 三等三角点を探したが、幾ら探しても見当たらない。

 諦めて下って参道に出てGPSを見たら、動いていた。
 さらに遠くにあるピークだった。
 再び歩いて、途中から急斜面を登る。

 植林の際に付けたのか、看板を付けたボードがあった。



 さらに高い場所に行くと、無事三角点があった。



 下りは先程登ったピークに向かって尾根を歩く。



 意外と近かった。
 後は登って来た道を下るが、流石に下りは早い。



 あっと言うまに登山口の車に着いた。


 自遊旅に戻って、湯川温泉に行き汗を流す。
 今日は、これで一日が終わった。
 楽しい一日だった。
11月13日(火)自転車で川汲峠ー奥台場山
 今季一番の冷え込みだそうだが、その反面天気が良いので出かける事にした。
 行き先は川汲の旧川汲峠とさらに先にある奥台場山だ。
 自転車で出発する。
 下海岸を走り途中から汐首川に沿った道を走って台場山の登山口に着く。

 ここまで25km程度だった。
 ここから約4kmの登山道がある。
 道は舗装されているが、なかなかの斜面である。
 最近自転車でトレーニングしている成果調子は良い。
 快調に登って行く。

 途中写真を撮るのに2回ほど停まったが、難なくクリヤーして旧川汲峠に着いた。

 この場所は大正川汲峠になる。
 さらに先に行き、明治の箱館戦争で戦いのあった、旧川汲峠に行く。

 ここは峠全体が笹で覆われている。
 ここに箱館府が守備した台場があり、土塁は確認している。

 他にも土塁が無いか、笹を漕いで探しまくった。
 随分古そうな瓶があった。
 右から読む文字で「タンサン」と書いてある。
 いつの時代のものなのか。




 旧川汲峠も笹で全体が覆われている。


 さらに探していたら出て来た!
 今まで見つけた土塁は20m位の長い物だったが、旧川汲山道を挟んだ反対側にも土塁があった。
 こちらは10mくらいだろうか?
 しっかり土が盛られている。

 今回は調査だけで測量の器具などを持って来なかったので、また来て詳細に測る必要がある。
 このくらいの規模なら弾薬庫もあるのではないかと探したが、見た範囲には無かった。

 土塁調査を終えて、奥台場山に行く事にする。
 本来のルートは南茅部高校の方から尾根を通って歩くコースがあるのだが、結構長く3時間くらいかかる。
 今回は様子見と言う事で、笹小屋川林道を2km位行き、途中の取り付きやすい場所から、頂上を目指す。

 しばらく笹小屋川林道を歩いたが、結構笹で覆われている。

 更に行ったら道が二手に分かれた。
 左は笹小屋川林道で、右に行く道は地図にも無い。
 まあ頂上も見えているし、どうせ道は無いのだから何処でも良い。

 右に道に入るが、頂上の方向には行かなさそうなので諦めて、頂上に直登する。
 最初は道らしき雰囲気もあったが、途中からは身長を越える笹に覆われている。

 道らしき雰囲気は直ぐに無くなり、背丈よりも高い笹を漕いで登る。



 30分位漕いだろうか、頂上に近そうだなと思ったら、真っ先に三角点が出て来た。

 お〜頂上だ。
 笹があって景色はそれ程は良くない。

 写真を撮って下る。

 下りは笹も下を向いているので歩きやすい。
 旧川汲峠に戻って、帰りは自転車で一気に下ると言いたいところだが、苔が多いので滑るのと、落ちた葉の中に石が混じっていて、見分けのつかない事もあり慎重に下る。
 登山口まで降りて、再び函舘まで25km走る。
 もう暗くなりかけていた。
 両足の大腿部はぱんぱんになっている。
 ようやく自遊旅に着いて、暖かい薪ストーブに火を入れる。
 さらに洗濯、夕食作りと休む暇が無い。
11月12日(月)送り物が沢山来た
 今日はパークゴルフの練習会。
 既に公式な行事は終了したが、好きな物同士が集まってプレイしている。
 今日は13名が集まった。
 今日は結構気温が下がって最高気温は13度程度であった。
 いつものようにグループ分けしてスタート。
 今日はカメラを持って行ったので、写真で様子を撮った。







 コースの近くにはキタキツネも居たが、今はエキノコックスがあるので誰も相手にしてくれない。
 オールを打つたびに音に反応して驚いていた。

 わいわい楽しんで、帰りにジャガイモを買って帰る。
 結構な量が入っていて100円だった。


 普段の自遊旅には、贈り物が届く事はまれである。
 それがどうしたのかいっぺんに来てしまった。
 送るよと事前に連絡があったのと、突然来たものが一緒になった。
 北九州の旅人マッキーからは段ボールと長い物が送られて来た。
 9月に自遊旅に寄った時に、女子部屋はドアを開けると見えるので、暖簾を作ってあげると言われていた。
 ねぶたの女子用衣装があったので、北九州に帰る時に持って行って貰った。
 その荷物が昨日届いたが、香雪園に行っている間に来たので受け取れなかった。
 ヤマトに今日伺うとの電話を入れてセンター預かりにして貰った。
 それを今日取りに行った。
 重い段ボールと長尺の物だった。


 さらに、昨日の夕方には、日本一周の旅人トネ君から電話が来て、日本一周を無事終えましたとの連絡であった。
 お世話になったお礼に、色々送り物をしたので、受け取って下さいと言う事だった。
 日本一周お目出とうの言葉と、ありがとうを言って電話を切った。
 女子の日本一周では、贈り物してくれる人もたまにはいるが男性は珍しい。
 自遊旅に泊めたり、ねぶたの衣装を貸してあげたりとしたので、そのお礼なのかな?
 何れにしても嬉しいものだ。

 さらに山形の安部さんからラ・フランスが届いた。

 昔、仕事をしていた時の米沢の仲間で、同じ生産技術部署に所属していたので、会社の会議などでは何度も会っていて、退職後も付き合いがある。
 毎年、送って送られる友人である。
 そんな訳で自遊旅には送り物が沢山来たし、来る事にもなった。

 マッキーの贈り物の中身は
 ねぶたの衣装で作った暖簾だ。
 これを女子部屋の入り口に取り付ける。
 ねぶたファンには嬉しい暖簾だ。

 取り付け棒や取り付け金具まで送ってくれた。
 気を使ってくれている。




 他に面白い物が入っていた。
 60cmのステンレスの棒である。
 一本は完成品でもう一本は未完成品だ。

 先が潰れた状態になっている。
 これは火を起すのに使うそうだ。

 この棒の由来についてメッセージを頂いた。
 ≪ハットリ棒の由来≫
 「倶知安町;旭が丘キャンプ場で出逢った旅人名:ハットリ君(ライダー)は、昔のプレゼン用の小道具で収縮式”指示棒”の先を潰し、昔の火吹き竹のように、火吹き道具として使っていた。
 ファイヤー好きの旅人は、そのコンパクトな道具を欲しがった。
 ハットリ君は後日、その代用として、長さ60cm程のポール(金属)の先を潰した”火吹き棒”を作り、キャンプ場に備えてくれた。
 燻る火種にピンポイントで風を送る事が出来、内輪で扇いだ時の様な灰の飛び散りも少ない。
 たちまちキャンプ場のアイドル(間接キッス)となった。
 火吹き竹を知らない若い旅人がこれを”ハットリ棒”と名付けた。」
 そんな由来がこの一本の棒にあったのだ。
 旅人は色々なアイデアを持っている人が多い。良いアイデはどんどん広がって行く。
 自遊旅には多くの旅人が来るので、それぞれのアイデアを知る事も楽しいのである。
11月11日(日)旅人出発
 全国の古道歩きをしている「出がらし紋次郎」さんが、今日自遊旅を出た。
 新幹線の北斗函館駅から乗って、東京まで出て、そこから深夜バスで姫路まで行くそうだ。


 昨日から作っている干し肉を外に出す。
 今日一日干せば食べられそうだ。


 時間が空いたので、香雪園に行く。
 今年の紅葉は大した事が無いと言われているが、自転車トレーニングを兼ねて走る。
 湯川を過ぎて少し行くと激坂になる。
 狭い道なので対向車が来れば、私の後ろの車は前に行けない。
 力一杯登ったので、今日は寒かったが汗がうっすら出て来た。
 駐輪場に置いて、公園を散策する。
 駐車場も車が満車状態だった。
 紅葉は確かに昨年よりは見劣りするが、それでも綺麗だ。




















 帰って来て干し肉を家の中に入れる。
 出して見たら、この位のしなやかさだ。
 もう大丈夫の様だ。




 昨日からパソコンのマウスの左クリックが動いたり、動かなくなったりしている。
 気分的にイライラ状態になる。
 向かいの古物商のお兄さんの所に行って見る。
 探したらマウスが出て来た。
 私のよりも古そうだが、貰ってくる。

 繋いで動作させたらばっちり動いた。
 これでイライラ解消だ。
11月10日(土)色々な日
 古道歩きの「出がらし紋次郎」さんは、今日函館山に行くと言う。
 コースは色々あるが、オーソドックスなコースを行くと言う。
 帰りに谷地頭温泉に入浴して帰って来たら良いよとは伝えておいた。
 私はまずは洗濯をして、娘の夏タイヤを持って来たので家に入れた。
 昼はさつま芋をレンジで加熱が良いよと効いたので、1本を輪切りに切って6分加熱で、ホクホクになった。
 少し食べて後は冷凍にした。

 炊きつけ用の薪が無くなって来たので、長尺の物を半分にカットする。
 100本くらいは切ったであろうか、空になった小薪小屋がが一杯になった。

 骨董品屋のお兄さんが持って来たベッドを薪にしようとしたが、良い木なので何かに使えると取っておく。





 いざという時結構役に立つのだ。

 午後から教えて貰ったレシピで干し肉を作る。

 この切り方が90度間違って切った。
 もう仕方が無い。

 切り方が間違った分、肉の伸びが少ない。

 まあ初回だし失敗は仕方が無い。
 まずはやる事が大事だ。
 次回間違いの無いように作ろう。
11月9日(金)誕生日
 遂に75歳の誕生日を迎えた。
 今日から後期高齢者になる。
 後期高齢者という名は何か、もう後り人生が少ないよと言う風にも思える。
 そんな事は気にせずに生きて行けば良いのだろう。
 しかし最近の活動は、生活に追われている感があって、一番の活動目的である旅に関してはあまり活発ではない。
 青森ねぶたや大曲の花火は毎年行っているが、旅と言うよりもイベント参加が目的で、旅の雰囲気はあまり無い。
 このままで良いのだろうかとふと考えて、ここでもう一度旅をしたいと言う思いが強くなってきた。
 今年の大曲の花火大会には1日で180kmも走ったので、体力的にはまだ今の所は大丈夫だ。
 ここで何か起さないと、ずるずる過ぎて行く様な気がする。
 そこで「自転車旅 ファイナルステージ」の計画を立てた。
 82歳までの計画を立てたが、どこまでやれるのか全く未知の世界だ。
 でも何となく日々を過ごすより、目的を持って過ごした方が、モチベーションも上がると思う。
 病気になるかも知れない、自転車に乗れないかも知れない。
 でも計画は立てた。
 後は、なる様になるである。明日の風は明日吹くか。
 「自転車旅 ファイナルステージ計画」

 夕方さつま芋を薪ストーブで焼く。
 ほくほくして美味しい。






 今日は悪天候の中、姫路からの旅人がやってくる。
 全国の古道を旅している人だ。
 旅人ネームは「出がらし紋次郎」
 私は家族主催の誕生会があるので桔梗に出かける。
 夜には帰ってくるが、何度も来ている旅人なので、自遊旅に入っているよう連絡しておいた。

 誕生会は私の希望で回転寿司にして貰った。
 近くの店で行われた。
 普段はなかなか行かれない寿司をお腹いっぱい食べ大満足して帰る。

 その後、ケーキを用意してくれたので桔梗に戻り、ハッピバースディの歌を皆が唄ってくれ、ろうそくを消す。

 後期高齢者の仲間入りになったが、祝って貰えるのは嬉しい。
 孫達や清野家や妻からの誕生祝いも貰った。
 孫達から合同で花束を頂いた。

 愛葵からは自作のお祝いカード?を頂いた。
 手作りするのが好きな孫なのだ。





 娘の清野家からは、新選組関連のレターケース、日本手拭い、垢擦りを頂いた。



 妻からはコンプレっションタイツを事前に頂いた。

 皆有難う。

 終わって直ぐに自遊旅に戻る。
 姫路からの旅人も既に来ていた。
 今日は駒ケ岳駅から大沼公園駅までの維新の道を歩いて来たそうだ。
 「北海道フットパスガイド」という本を見て歩いたそうだ。
 本州には自然道が整備されていて、ルート案内も出ている。
 北海道だけ自然道が何故無いと思っていたが、こんな形で出ているのだ。
 何故全国統一にならないのだろうか?

 地図を見ると本当の旧道歩きでは無い。道と道を繋ぐと言うイギリス発祥のフットパスとは違って、あるエリアを歩くといった趣向なのだろう。
 そのため、駅発、駅着と歩くのに便利に設定されている。

 雨風が強い中なので大変だった様だ。
 明日は函館山に行っていないので登るそうだ。
11月8日(木)ぶんぽ研例会
 ぶんぽ研例会がある北斗市までチャリで行く。
 今日は誕生日プレゼントの先取りで貰った、中厚手のコンプレっションタイツの性能チエックをする。

 朝の8時10分頃出発する。
 前回i行った時は1時間で走ったのだが、今回は少し余裕を持っての出発した。
 朝の通勤で混んでいる市街地は意外と前に進まない。
 郊外の国道に出たら、今度は向かい風が吹いている。
 多少の登りと向かい風ですっかり汗をかいた。
 会場の市民センターに着いたら、いつもの会議場所が保育園の子供達で一杯だった。
 会長代理のOさんに連絡したら、予約して居ないかもと言う。
 事務所のスタッフに別な場所の使用をお願いしたら、小会議室が開いていた。
 会議は文化祭の反省などをして終了、
 私の設置した慰霊碑についても報告した。

 例会が終わったら三橋美智也遺品展を見に行くとなったが、私は実家に寄る事にする。
 食料を買った分のお金を貰い、カレーラースを食べて自遊旅に帰る。

 途中のバイク店にスーパーカブが売っていた。
 1万5千Km走行したもので4万円となっている。
 スーパーカブはバイク旅の、憧れ的なバイクで、1リットルのガソリンで70kmも走るので、自転車より効率が良い。このバイクはなかなか市場に出てこない。
 久しぶりに見た。
 自転車で同じ距離走るとなれば、人間の食事代がかなり掛る。
 バイク旅も自分の持っている大きな夢だが、4万円の支出は困難だ。
 借金して買うか?
 自転車旅が出来なくなったり、自動車免許を返納する様になった時に、バイク免許だけを返納しないで、乗ってあるきたいものだ。
 自転車の乗れる分、小バイクは乗れると思うのだが・・・。
 そんな事を考えている内に売れてしまうだろうな。


 途中、中島廉売に寄って、サツマイモ、きゅうり、ごぼうと人参のスライスしたのを購入。
 合わせて450円なり。
 サツマイモは薪ストーブで焼いて食べよう。



 早速きんぴらごぼうを作った。


 関西から古道歩きの「出がらし紋次郎」が来るので、PBをチエックしたら、9日に函館入りする様だ。
 9日は私の後期高齢者突入記念誕生会があるので夕方から不在になる。
 夜は帰るので自遊旅で待って貰う事にする。

 コンプレっションタイツの方は良い感じで、今時期には寒くは無く、太ももへのコンプレっションが良い感じで筋肉を押さえてくれる。
 自転車を漕いでも、筋肉が押さえられて力が入るので良い感じだ。
11月7日(水)健康サロンin明和園
 今日は立冬。
 歴の上では冬が始まる日なのに、そんな気配は感じられない。
 今日も暖かい日になりそうだ。
 月に2回の健康サロン。
 集まったのは会員が13名で、今日はかなり少ない。
 いつもは30人くらいいるのに、どうしたんだろう。
 お年寄りが多いから、具合が悪いとかでな蹴れば良いけれど。
 いつもの様にストレッチを1時間近くやる。
 これも一生懸命やれば、体全体がかなり疲労する。
 今日はしっかり力を入れて行った。
 ストレッチの後は、支援スタッフの若い女性の、ヨガマットでの運動。
 年々体が固くなっているのが分かる。
 あちこちの筋が悲鳴を上げている。
 
 その後、頭の運動的なゲームを行って終了。
 昼ご飯は明和園の食堂で頂く。
 昨年まで350円だったが、今年は360円に値上がりした。
 まあ値段的にはお得感があるので、それ程考える事も無い。
 主菜は鶏の照り焼きにひじき煮、味噌汁、みかん。

 終わって自遊旅に戻り、自転車でやなせ皮膚科に薬を貰いに行く。
 行ったら、午後から外来は休診だった。
 仕方が無く戻る。
 それなら温泉に行こうと、湯川福祉センターに行くと、6日〜11日までは温泉は入れないとの張り紙。
 何か工事なのか。
 今日は、何事も上手くいかない日だ。
 温泉入浴は明日、ぶんぽ研の例会があるので、北斗市のせせらぎ温泉にでも行こうか。

 帰り道、スーパーに寄って食材を買って戻る。
 
 夕食は何を作るかなと思案したが、鶏の唐揚げにした。

11月6日(火)箱館戦争の史跡案内
 箱館戦争の遺跡について、その場所を教えて欲しいとの要請があり行く事になった。
 場所は鹿部町の台場の嶺(つね)と松屋崎台場跡だ。
 前者は、鷲ノ木に上陸した旧幕府軍は内浦湾沿いに、箱館を目指した際、分隊がここに駐在して、軍事訓練をした場所と伝わっている。
 後者は、砂原町にあった、南部藩砂原陣屋の出先場所として、内浦湾を通る船を監視する場所で、室蘭まで見渡せる景色の良い場所だ。
 函館からも4人が参加する事になった。
 鹿部からも史跡ファンの方が5人が参加した。
 鹿部公園で待ち合わせたが、函館市内が混んで居たため、30分遅れて到着。
 既に5人が待っていた。
 早速出発する。
 道は以前冬の登山で折戸山に登った道を途中まで行き、さらに先まで進む。
 ここの左側にゲートがある。先には舗装路がある。
 地元の人もここの場所は知っていたが、何でゲートがあり、舗装しているかは知らなかった。
 これはバブル時に、別荘として売りだした場所があり、そこに行く取り付け道路だった。
 紅葉がまだ少し残る道を歩く。



 途中に毛が混じった熊の糞があった。
 こんなに毛が混じった糞は見た事が無い。
 熊が鹿を襲ったのであろう。

 以前来た時より倒木が多くなっていた。

 道の右側に赤いテープが付けてある。
 急な斜面を登って行くコースになる。
 もう少し先に行けば緩いコースもあるのだが、この急な斜面を登って見る事にした。

 登りきって少し行ったら道が出て来た。
 この道を右手に行けば目的地に着く筈だ。
 何しろ15年前くらいに行ったので、はっきりした場所は記憶から薄れかけている。
 それでも感を頼りに進むと、高い場所に人工的に平らにされた場所が出て来た。

 付近を探したら、朽ちた木柱があった。
 これは昭和43年に鹿部村教育委員会が設置した物で「史跡 幕軍台場築場駐屯之地」と書かれていた。
 文字はもう断片的にしか見えなかった。

 この場所は北海道教育委員会の文化財台帳に登録されている。
 鹿部村の昭和九年起「史跡名勝台帳」の由来記には「戊辰の役、榎本武揚ノ一隊森町鷲ノ木ヨリ上陸シ箱館五稜郭ニ新軍ノ途中ソノ支隊ハ砂原村ヲ経、鹿部村ニ来リ台場ヲ築キ一ケ月以上モ此処ニ屯シ日々射撃ニ練兵ニ士気ヲ練リ本部ノ命令ヲ持テリ」とある。

 場所も分かったので下る事にする。

 もう昼になったので昼食をとろうとなった。
 全員で道の駅「鹿部間欠泉」に行く。
 ここに浜の母さん食堂があり、定食が有名だと言う。
 ご飯にたらこが1本入って、他にほっけの煮付け、味噌汁、漬け物が付く。
 早速頂くが、ほっけは身も暑く、脂が乗っていて断トツに美味しかった。

 たらこは1本は多すぎて余し気味だった。

 午後から、松谷崎台場跡に行く。
 元々は安政3年(1856)に南部藩砂原陣屋の出先機関として見張り場が作られた。
 この遠見場を明治2年に旧幕府軍が新政府軍の進攻に備えて、台場にしたものと言われている。
 昭和11年の「渡島之史跡」には、「明治2年春幕軍の築く所にして、その規模小なり」となっている。
 台場は21m×18m程度の小さいものだが、ここからの海岸の見通しは良く、内浦に出入りする船は良く見える。
 また対岸の室蘭も良く見える場所だ。
 遠見場の時には休憩小屋もあり、藩兵が詰めていたそうである。
 ここは木々や草が伸び放題で、行くには大変である。
 昔の記憶を辿って、藪に中に入る。
 方向的には分かっているので、その方向に向かって、草木の間を縫って進む。
 途中には野バラが沢山あり、ひっかって痛い。
 途中に熊襲われたのだろうか?
 鹿の頭蓋骨つきの骨があった。

 まだ小さい鹿だ。
 さらに進んでようやく海岸上の高台に付いた。



 土塁もまだ残っている。
 ここの海側が浸食されていて、崩壊思想である。
 ワイヤーで崖が崩れない様な処理がされているし、波打ち際にはテトラポットもかなりの数、入れられている。

 帰りも同じ様に藪に苦労しながら戻ってきた。



 皆で歓談していた時、一台の軽トラックがやってきた。
 「多様性動物監視」と書かれた腕章を見せ、「何かあったんですか」と聞いて来た。
 4台もの車が居て9人も辺鄙な場所に居たので、何かあったのかと来たそうだ。
 動物の監視をしているそうだ。
 この辺りも熊と鹿が多いと言っていた。
 松谷崎にある台場に行って来たと言うと、こんな所にあるんだと驚いていた。
 地元に住んで70年経つ人も知らない場所なのだ。

 函館に戻る事にする。
 一人降ろして、残り4人でAさんの家に付いた時、コーヒーでも飲んでいきませんかと言うので、家に上がる事になった。
 旦那さんは私の講演も聴きに来てくれた方で、鏡山でばったり御夫婦に会った事があり、それ以来時々校流はしていた。
 その旦那さんも本州の山に登る途中で、急死してしまった。
 今は一人で生活している。
 一緒に寄った他の女性二人も一人暮らしだ。
 そんな人が多くなっている様な感じがする。
 1時間過ぎくらい歓談していた。
 もう暗くなった時間に家を出た。 
11月5日(月)パークゴルフ
 今日は町内会パークゴルフの練習日。
 正式な行事としては終わっているが、まだプレイしたい人が集まっている。
 ゴルフ場も雪が降るまでは営業しているそうなので、今年は雪が降るのが遅いそうなので、11月末までは出来そうだ。
 参加者は13名で、まあまあ集まったと言える。
 早速ゴルフ場に行ってプレイする。
 ゴルフ場には意外と多くの人が居た。
 水曜日にここで大会があるため、練習に来ていたのだ。
 私は今回参加出来ないので、練習にもそれ程熱は入らない。
 午前中に1ラウンド回ったが、109とまあまあ良い結果だった。
 昼食後、午後は120と余り良くはない。
 もう終わりかと思ったが、大会に出る人がまだやりたいとなり、後1ラウンド回る。
 これで今日は3ラウンド回った。
 少し疲れた。
11月4日(日)本作り
 今日は天気が良いので、何処か出かけたいところだが、本の注文が3冊入ったので、作るしかない。
 本の中身を印刷する紙が切れている。
 この紙はある本屋さんにしか無いので、開店の10時を待つしかない。
 その間に、洗濯をしたり、数ある寝袋の中でどれが一番暖かいのか、温度計を入れて温度の上昇具合を見たが、それ程差が無い。
 ただ温度計を中に入れても駄目なおかな?
 外気温度に比べて2度ぐらいしか上がらない。
 人が入らなければ駄目なのか。
 最適温度がマイナ15度とかなると大きくて重くなるので、自転車向きでは無い。
 人の着てる物を変えれば良いのかな。
 ヒートテックは暖かいので、そんなシャツを着て試してみようか?
 ホッカロンはめっちゃ暖かいのだが、毎日使うとなればお金がかかる。
 家の外にテントを張っで寒い時に試してみよう。

 10時に紙を買いに行って、印刷を始める。
 3冊終えるのに2時近くになった。
 それ製本して今日は終わった。

 手作りみそにカビが生えたが、白いカビは酵母菌なので体に悪くはないそうだ。
 カビをスプーンで取って、霧吹きでアルコールを吹き付け除菌した。
 これで良いらしい。

 函館市役所の方から、NPO法人のNさんが、古道の磯谷道や下二股口台場に興味があって、私と話しをしたいと言って来たそうだ。
 連絡先を教えて良いかと言われたのでOKしたが、どんな興味があるんだろう。
 昨日もぶんぽ研の臨時会長のOさんから、本州の台場研究者が下二股台場を案内して欲しいと言って来たので、お願い出来ないかと言われた。
 来年らしいが、80歳だと言う。
 台場の高所まで上がれるのだろうか??
 研究者なら全てを見たいだろうが、全て見るには1日掛るし、川の渡渉もある。
 簡単ではない。

 夕食は鮭を焼こうかな。
 大根おろしを添えて食べよう。
11月3日(土)北斗市文化祭
 今日は北斗市の文化祭の日。
 大野ぶんぽ研では、昭和の遊び体験させたり、かぼちゃのすいとんを作ってお客さんに提供する。
 朝に洗濯やその他もろもろの仕事をしていたら、8時10分前だった。
 集合時間は北斗市の分庁舎で9時だった。
 1時間と10分しか無い。
 急いでチャリに乗り飛ばしていく。
 汗を流しながら着いたら9時12分前だった。
 1時間を切って走り切った。
 昭和の遊びは、遊びの用具が殆ど整備されていなく、充分に体験させる事が出来ない。
 すいとんの手伝いの方が多い。

 ガスをセットしたり、机を並べたりと忙しい。
 11時半にはすいとんの提供が出来た。







 今日は150食を提供する。
 好調にお客さんも来て、12時過ぎには全て無くなった。
 お客さんも美味しかったと本当に喜んでくれた。
 昔の人にとっては懐かしい味だ。
 150食が出たので、後片付けをする。
 最後に、余った調味料や昆布などを分けた。
 私はめんみを貰った。
 他には煮干し、誰かの家で取れたというブロッコリー、誰かが持ってきた漬け物。
 さらにすいとんのスープやかぼちゃの団子も貰って来た。
 今日の夕食もかぼちゃのすいとんだ。

11月2日(金)自遊旅に戻る。
 朝、寒くて目が覚めた。
 ウィンドブレーカーをもう一枚着こむ。
 すると暖かくなった。
 次に目が覚めたのは4時30分だった。
 これはもう普通の眼ざめだ。
 フライは雨が降った様に濡れていた。
 トイレに行ったが、外はかなり冷え込んでいる。
 戻って再び寝袋に入り、ラジオを聞きながら凄す。
 6時にはテントを出て、付近を散策する。
 全く静かな世界だ。
 美人妻ギャラリーに行ったら、車が居てギャラリーから女性が出て来た。
 少し話したら、ここの管理をしている、大沼の喫茶店の経営者だった。
 ギャラリーや動画ギャラリーを開けてくれると言う。



 すっかりお世話になって、美しい画像に見行った。
 粗末な朝食を食べてから7時には出発する。
 大沼湖畔を一回りする。
 紅葉はそれ程鮮やかでは無い。
 駒ケ岳の景色の方が良い感じだ。
 良い場世の所は湖畔まで降りて行って写真を撮った。









 途中の駒ケ岳が良く見えるスポットに台湾の女性二人連れの観光客が来た。
 少し話す。
 これから湖畔を一周するそうだ。
 折角だから私の写真を撮って貰った。

 その後は自遊旅まで一気に戻る。

 妻から電話があり、誕生日のプレゼントの候補に挙げた、コンプレっションタイツを買っても良いとなった。
 7452円の物が30%オフで5216円で売っていた。
 普段はLサイズだが、コンプレっションが凄く効いている。
 これは年寄には厳しい。
 サイズアップしてコンプレッションを落とした3Lとした。
 これでも結構圧がある。
 少し厚手なので春や秋に着れるので重宝しそうだ。

11月1日(木)東大沼でキャンプ
 今日、明日は快晴の天気だ。
 講演の資料もほぼ出来たので、自転車で何処かに行こうと考えた末、東大沼キャンプ場に行く事にした。
 久しぶりのキャンプだが、この時期にはした事が無い。
 西高東低の気圧配置なので、天気は良いが朝方は相当冷えるだろう。
 寝袋は2個持ち、シュラフカバーも持った。
 衣類は通常の他に、セーター、レインウェア、ウインドブレーカーを持ち、ホカロンも持った。
 洗濯などを済ませて、10時半には出発する。
 久しぶりなのでペダルは重い。
 国道5号線を走る。
 気温は15度くらいあるので、長袖のアンダーとTシャツで走る。
 しかし風があると少し寒い。
 やはりウィンドブレーカーが必要だ。
 
大中山、七飯と過ぎたら、雨が降ってきた。
 そんな予報だったっけ?
 急いで走って昆布館に避難する。
 この時期店員さんはかなり少ない。
 試食がめっちゃしやすい。
 10分も居たら雨が上がった。
 再びスタートする。
 峠下〜大沼隧道までの間にまた雨に降られた。
 隧道の中を急いでも仕方が無いので、押して歩いて進む。
 出る頃には雨がやんでいた。
 大沼に入り、紅葉の綺麗な所を探すが、ハッとするような綺麗な紅葉は無い。
 大沼公園の広場に行ったら、台湾観光客が30台くらい自転車を連結して、走っていた。

 台湾の人はこの乗り方が好きだな。
 台湾以外見た事が無い。

 湖畔の景色を見ながら走り、時々は停まって景色を眺める。

 キャンプ場に到着する、
 駐車場に車が3台居るが、閑散としている。
 しかしテントは7張りある。
 人の居るのは私の他に2人で、後は人気が無い。
 直ぐにテントを張る。



 テントを張ったが外でやる事が無い。
 夏なら外で待ったりするんだろうが、寒いのでテントに入った方が良い。
 寝袋に入ってラジオを聞いていた。
 本でも持ってくれば良かったなと反省。
 食事を食べて8時頃には寝てしまったのだろう。

 突然携帯が鳴った。
 鹿部の阿部さんだった。
 11月初旬に鹿部の、台場ツネを案内する事になっていたが、その日を何時にするかの話だった。
 案内する事になった経緯は鹿部の学芸員の方が、歴史的な台場のツネの場所が知らないと言う事から始まった。
 毛利さんなら知っている筈と連絡が来たのだった。
 函館からも行きたい方が居て、3人を連れて行く事になった。

 それ以降はラジオを聞いていたが、その内寝てしまった様だ。

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