函館山 (2004.12.14) 天候 晴れ

登山道途中からの函館市街地。

ここは5合目付近。

函館山の記念碑の前で。

松浦武四郎も来ていた。

展望台まで自転車を上げた。

旧砲台跡。テーブルの場所が砲台のあった所。

砲台跡。

砲台跡近くの芝生で。

函館山山頂が見渡せる。

駒ケ岳は雪化粧だ。

防空壕。かなり長い階段が続いている。

千畳敷の展望台。夜景が綺麗な場所だ。

別な場所の砲台跡。
 コース  函館山自動車道
 春から秋にかけての観光シーズンでは観光客で賑わう函館山だが、冬のシーズンに入れば登山ゲートは閉められ一般車両の登山は禁止になる。
 2週間前旧登山口コースをMTBで登って、もう少しの所でべダルのトラブルで登山を諦めて下山した苦い思い出がある。
 今回はまだ登った事が無い、自動車道を登る事にした。自転車とバイクは通年、通行止めだが一般車両が入れないこの時期ならこっそり登っても良いだろうと悪事がひらめく。
 新しいペダルに変えた、ルイガノで大森浜の海岸をのんびり走る。この大森浜は砂浜になっているが固いので自転車で快適に走れる。
 でも今日は満潮で波が防波堤近くまで来てるので走れない。
この海岸はカレイ釣りの人がいつもいる。
 しばらく海を眺めながら走っていたら、変な光景が目に入る。
 海で釣りをしてた叔父さんが、かもめを引き寄せている。あれ!どうしたのと思って見ていた。
 どうやら投げた仕掛けの針に、かもめの羽が引っかかったのである。
 徐々に陸に引き寄せて羽から、針を外してやると元気よく飛んでいってしまった。間抜けなかもめだ。
 大森浜から函館公園の坂を登り、護国神社の近くから登山道に入る。勾配は一気にきつくなり、インナーローで登る。駐車場を過ぎるとゲートが出てくる。
このゲートを済みませんと、心であやまりながらくぐる。
 ここから山頂まで舗装の自動車道が続いており、夏の観光シーズンは観光バスなどで賑わう。
 登りはそれ程きつくも無く、インナーローで楽に登れる。標高を上げるに従って函館の市街地が眼下に見えてくる。
 北の方には遠く駒ケ岳の剣が峰から馬の背にかけての稜線が見えるが、雪で真っ白になっている。
高度を上げて行くと津軽海峡の方向が望める。登りの斜度はほとんど一定で登りやすい。
 時折、業務関係の車が登ったり下りたりしているが、あれ自転車だという顔をされるが特に何も言われなかった。
 気温は4度しかなく足がかなり冷たい。体は登りなのでポカポカを過ぎてうっすら汗をかいている。
やがて山頂に着いた。
 観光シーズンの時は満杯になる駐車場は当然だが1台も車はいなかった。
結局40分で頂上に着いた。
 ロープウェイは運行していたが観光客は殆どいなかった。函館山の碑の前や展望台までMTBを上げて写真を撮ってから出発する。
これから立待岬に縦断するのだ。
 頂上から少し下の駐車場のトイレに行ったら、同年代の感じの人に声を掛けられた。登山口で見たんだけど自転車で上れるんですねと感心していた。
乗ってみませんかと言ったら乗りたいと言うので貸してあげた。
 駐車場を乗り回して楽しんでいた。そして自転車を持って軽いですねと感心していた。
 このMTBはフロントサスペンション付きで9.9kgとかなり軽い。
 トイレで用を済ませ近くの砲台跡を見学に行く。階段を登るがMTBを担いでも軽いので楽だ。
 この砲台は明治32年から昭和20年にかけて77個所の砲台あったうちの一部が保存されている。
 周りには芝生もあり、椅子も設けられ函館市街や函館山山頂が見渡せる。
 また立派な東屋も設けられている。ここにテントを張って夜景を見るのも良いかな。砲台から降りて自動車道に出る。
 この道は函館山から立待岬に至る自動車道を作っていたのだが、途中で自然保護団体に反対されて中止になった。
 この道が出来ていれば函館山の観光コースがもっと広がったのだろうが、私にとっては車の来ない道の方がはるかに楽しい。
 その道が今でも残っていてNTTの無線中継場などの管理用車両が使っている。
 途中下り道で日陰に入ったら道が凍って完全に氷が張ってた。
 ブレーキも掛けられずそのまま真っ直ぐ突っ走り、土の出ている所まで行った。あ〜危なかった。
 さらに走ったら男の人3人が歩いてきた。旧登山道を登って来たのだろう。
「え!自転車で登って来たの?」とびっくりしていた。
「はい」と答え通り過ぎる。
この道は平坦で千畳敷の展望台まで続いている。千畳敷まではほんの少しの距離であっという間に到着した。
 この展望台は今年の夏、日本一周のライダー「なべさん」とテントを張って夜景を楽しんだ所だ。
 展望台で記念写真を撮って、この近くにある砲台にも行く。ここもMTBを押して行かなければならない。見終わって立待岬に向かう。
 NTTの無線中継場を過ぎて少し行くと、地蔵山見晴らし場があって、この辺りからは七曲コースで石などがあり、乗れないので約1km自転車を押して下る。
 最後の杉林を過ぎると立待岬の道に出る。
 立待岬も冬季間車は入れないのでのんびりと自転車で散策出来る。
 人のいない静かな岬も良いものだ。それでも歩いてきた観光客が4人ほどいた。
 岬から少し離れた所に砂山影二(本名・・中野寅雄)の歌碑がある。
 「わがいのち この海峡の波の間に 消ゆる日を想ふ・・岬に立ちて」
 石川啄木を深く崇拝し、函館で創刊された文芸誌「銀の壺」の同人として活躍したが人生に懐疑的であった彼は、大正10年青函連絡船から身を投じ、弱冠20歳の命を絶った。この歌は自分の死を予告していたのだろうか。
 その後、碑のそばにある、石川啄木一族の墓に行き、帰宅する。