■ 8月31日(金) ■ 沼さん函館山野宿

沼さんと記念撮影
 朝はイか売りが来て、沼さんにもイカを賞味して貰った。大変喜んでくれた。
 午前中はゲストハウスで本を読んだりして、のんびり過ごす。
 昼は焼きそば。昨日のジンギスカンの肉やたまねぎが余っていたので混ぜる。
 ジンギスカン味の美味しい焼きそばだ。食後の観光はトラピスチヌ女子修道院に行く。台湾からの観光客が多い。
 今日着て行ったTシャツは、台湾の親戚から貰った台湾軍隊の正規のシャツで「軍隊」と書かれている。
 台湾は徴兵制があるので、皆知っている。観光客も知っているようで、チラッと見ては何でこんなの着ているの?と言った感じで、そっぽを向かれた。
 今日は沼さんが函館山野宿をすると言うので、詳細な地図を書いてあげ出発した。
 夕方になって展望台に到着しメールが来た。
「いい場所を、ありがとうございます。北海道最後の夜を、こんな場所で過ごせるなんて・・・最高です!夜が楽しみです」
 きっと良い思い出が出来ますよ。
■ 8月30日(木) ■ 沼さん来函
NO FHOTO  日本一周ママチャリダーの沼さんが夕方やって来た。北海道に入ったのは7月4日だから、2ヶ月近く北海道を回って来た。すっかり日に焼けて逞しくなっていた。北海道では富良野・美瑛などが良かったそうだ。
 夕方からジンギスカンを始める。やはり北海道はジンギスカンだろう。
 それも昔からの丸い形のオーソドックスなジンギスカンとたれはベルの北海道しか販売していない、昔からあるたれを使う。
 一緒に食べながら、色々な話をした。彼も東京に帰ったら、新たに自分の道を探さなければならない。
 その現実が旅の終わりが近づくにつれて、どんどん近づいてくる。
 東京は職種を選ばなければ、仕事はあるそうだ。でも彼は花の関係の仕事をしたい。上手く見つかれば良いな。
■ 8月29日(水) ■ 無事函館帰還

岩木山と水田
 テントの中で目が覚めた。何か音がする。じっと耳を凝らしている。何の音だろう?
 野球の球がグローブに収まる時のような音なのだ。近くでキャンプしている人がいるが、こんな朝早くキャッチボールをするはずが無いし、人の声も聞こえてこない。何だろう?・・ようやく分かった。炊事場の屋根から雨水が落ちて、自転車のバッグに落ちていたんだ。と言う事は雨??
 テントの入り口はネットにしてあったが、少し中に雨が入ったくらいで済んだ。
 4時だったが、もう十分寝ているので、起きてしまう。荷物をまとめ、おにぎりと焼き鳥を食べ、5時に出発する。もう夜も明けて、空気がすがすがしい。
 さすがに気温は低く、ジャンパーを着て走る。快調に大館を過ぎ、矢立峠に入る。ここは国道を避けて羽洲街道に入った。車も全く通らず快適に走れる。
 大した登りも無く、矢立峠に到着。ここのトイレで携帯電話の充電をする。電話を交換して少し使ったらもう電池切れになった。
 矢立峠の下りを十分楽しんで、碇ヶ関・大鰐・黒石と快調に通過し、遂に青森に入る。
 もうこうなったら一気に走る。そして遂にコロナワールドに到着した。ここで今回の旅の打ち上げをしようと思っていた。寿司屋に入り、腹いっぱい食べた。遅い昼食なので腹がぺこぺこだった。
 フェリーは14時30分。今日は混んでいて客室は満杯で暑苦しい。
 外に出て風にあたっていた方が気持ちが良い。ここで宮崎から来たご夫婦と、石川から来たご夫婦と函館まで話しをしていたので、長い航路もあっという間に着いたと言う感じだ。
 函館に降りる。空気がピリッとして気持ちが良い。やはり北海道の気候に合っているんだ。
 家に到着し、風呂に入り、ビールを飲んで良い気分になり、ベッドに入ればもう睡眠に一直線だ。
■ 8月28日(火) ■ 秋田〜田代
NO FHOTO  秋田の妹の家を7時に出発する。涼しい中を走るのは気持ちが良い。7〜8km走って道の駅「しょうわ」に到着。ここで岡山から来ていた、松本さんご夫妻に会い話す。大曲の花火を見たり、あちこちの山を登って歩いているそうだ。話が弾んで、結局1時間も話してしまった。
 国道7号線から、五城目街道を走る。国道よりも道が立派で、車も少なく快適な道だったが、後半になってアップダウンが多くなってきた。気温も26度になり、暑さが襲ってきた。
 ようやく到着した道の駅「たかのす」でしばらく休む。
 走りを再会して少し行ったら、ドコモショップがあったので寄り、電話を見てもらう。係の女の子にあっさり故障ですねと言われてしまい。交歓する事になった。
 ポイントなどがあって2200円で交換出来た。
 田代スポーツ公園の無料オートキャンプ場に付いたが,まずは隣接の温泉に行く。
 のんびり温泉に入り、バルコニーでビールを飲みながら、メールしたり日記を書いたりするが、中々雰囲気の良い場所だった。
 気分もさっぱりし、テントに入って熟睡。
■ 8月27日(月) ■ 六郷〜秋田

かなり古い石の道しるべ

パンクだ!
  六郷のKOBAさんの家で目が覚めた。朝は残っていたおにぎりと味噌汁を作って食べる。
 午前中に六郷の旧羽洲街道を走りたくなって、出発する。走って直ぐにかなり古い石の道しるべなどがあったり、琴平神社には樹齢が相当ある大きな木があったりで、旧道を思わせたが、その後は旧道の雰囲気は感じられず引き返す。
 KOBAさんと別れて、秋田の妹の家に向う。走って数キロ行ったら、プシューと後輪がパンク。直ぐそばに田んぼがあったので、水があり簡単に直せた。
 これでOKと走ったら100mも行かないで又プシューと後輪がパンク。まだ何か残っていたのかなと思ったが、今度は違う場所だった。
 タイヤがバーストしてそこにチューブが挟まったのだ。相当古いので、パンクを直してから、少し走り、ホームセンターでタイヤを購入し、交換してしまった。
 ここからは秋田まで休まず漕ぎ続ける。着いたのは夜の7時30分になっていた。
 今日は家族みんなが居るので、食事に行こうと外食になり、美味しい豚カツをご馳走になった。
 娘の裕子ちゃんも花火が大好きで大曲に行っていた。彼女も今回の花火にはうるうるきたそうだ。やっぱり今年の花火は最高だった。
■ 8月26日(日) ■ かっぱり倶楽部のメンバーと宴会

KOBAさんの家で大宴会
 朝にKOBAさんが来た。今日は六郷でかっぱり倶楽部のメンバーと宴会。その前にとなつかしいあったか山温泉でのんびり入浴。KOBAさんとは何時もスキー談義になる。
 帰ってスーパーで一緒に買い物をする。鍋料理は加藤さん。燻製は畠おじさん、サンマの塩焼きはKOBAさんと皆、慣れているのですいすいとはかどる。他にもサラダやじゅんさい、漬物などなど十分な料理を食べながらの宴会。本当に楽しいメンバーでこんな人たちに知り合えた喜びを感じる。
 数時間たって、三橋さんが帰ると言うので、お酒の飲まないKOBAさんの車で大曲駅まで送って行く。
 帰ってさらに宴会は続く。結局今日も12時頃まで飲んで散会。
 皆は明日仕事なので申しわけない。楽しい1日だった。
■ 8月25日(土) ■ 大曲花火大会

大曲の駅で仙台の後藤さんと



KOBAさんと

オンタさんと


 大曲までは20km軽くクリヤーして大曲駅に行く。今日は地平線会議の三橋さんがやってくる。
 駅の前の縁石の腰を掛けていたら、若い男の人が「北海道からですか?」と聞いたので「え〜何で分かるの?」と言ったら、幸福駅のステッカーだった。彼もバイクで北海道に行っているので、懐かしかったそうだ。
 話しをしている所に三橋さんがやって来た。3人で駅前で行われた大曲太鼓を聞く。小学生中心のメンバーだがその迫力と躍動感は凄かった。
 午後にKOBAさんが来て、花火会場に行く。今回は来れない人が居たそうで、桟敷席で見れる事になった。中に入り、桟敷席には入らないで、桟敷席の一番前の席の下側の通路になる場所で見ると言う。ここだと最前列に近い。きのうカッパリ倶楽部の加藤さんと考えたそうだ。
 花火の始まる前に店を手伝っている、加藤さんと、KAZUさんに会いに行く。
 ここで六郷の冷たい水が飲めた。最高に美味しかった。戻って昼花火を見てから、同じカッパリ倶楽部のオンタさんの所に挨拶に行こうと桟敷席に行ったら、是非こちらに来いと誘われ、結局はオンタさんの席に移動した。
 沢山のビールや弁当まで戴いた。夜花火が始まった。独特の声回しの「だい〜いちば〜ん」との案内で花火が始まる。桟敷からの花火は最高だ。次々と花火が打ちあがる、その都度「すご〜い」とか「ああ〜」とかの声が出る。皆花火に長けているので、見る目も鋭い。
 やがて大会提供のスターマインになる。この大迫力、何て凄いんだろう。涙が頬を伝わった。大曲の花火を見て、5年になるが、こんな事は初めてだった。回りでも結構泣いていた人がいた。
 そして後半が始まり、最後に大玉100発。ここでも涙が出た。なんなんだ。
 感動感動の花火が終った。河川敷のテントサイトで酔いと感動でぐったり。KOBAさんも12時近くまで居た。KOBAさんが帰ってテントで爆酔。
■ 8月24日(金) ■ 大覚野峠越え〜角館

リヤカー日本縦断の松本さん
 朝方は寒かった。昨日は暑くて短パンTシャツで良いかなと寝たが、寒くなり、ジャンパーを着て寝袋に入ったがそれでも寒かった。
 気温が14〜15度の中を出発する。やはりこのくらいの気温が最高に調子が良い。一気に鷹巣を過ぎ、国道105号線に入る。
 米内沢で前にリヤカーが居るのを発見。道端で話す。彼は鳥取県の松本君でリヤカーで日本縦断をしていた。しばらく話して別れる。
 少しづつ気温が上がってきて、スピードが段々落ちてくる。道の駅「あに」で食事。この後は大覚野峠が待っている。
 峠はやはりきつくて長かった。頂上かなと思えば更に上があり、又頂上と思えばまだ登っている。こんな繰り返しのある峠だ。ギアはずっとインナーローに入りっぱなし。それでも何とか100%乗車で峠をクリヤー。頂上には大仙市の看板があった。
 ここからは一気に下りになる。これがあるから自転車は止められないと皆が思う。
 結局角館までは殆ど下りだった。今日はどこまで走るかなと考えた。大曲まで後、20kmを走れない事も無いがそんなに急ぐ旅でもないし、角館で良いかと宿泊を決める。場所は玉川の河川敷が良いかなと思ったが、うろうろしていたら、秋田国体の馬術競技の会場裏に良い高台があったのでここに決める。虫も居なくて良い場所だった。今日もバーべキューにした。
■ 8月23日(木) ■ 大曲に向けて出発

青函フェリー内にある、80歳で日本一周7回目をした、福島の八幡さんの記念額
 朝3時30分にまだ暗い中、電池を点けて、出発。青函フェリ−乗り場は近い。
 乗船した。客室には男の子3人と、ご夫婦のみだ。眠いので少し寝ようと思ったのが、かなり寝てしまった。青森に着いたら、車に向う家族のおかあさんがわざわざ来て、子供たちがうるさかったでしょう。ごめんなさいと言った。凄く気の使う人なんだな。フェリ−でこんな言葉を掛けられたのは初めてだった。
 私の鼾の方がうるさかったかも知れない。久し振りのツーリングに気持ちも高ぶって走る。
 国道7号線を通らず、一本裏道を走る。この道はアップダウンも少なくて快適な道だ。浪岡からは黒石を通る。さらに大鰐を通り、道の駅「いかりがせき」で一休み。気温が上がってきて、やはり本州は暑いなと実感できる。
 矢立峠も簡単にクリヤーして大館に到着。ここで食料を仕入れる。この先のキャンプ予定の田代には、食料品店が無い。
 飲み物と肉を購入する。今日はバーベキューだ。田代の運動総合公園は、テニスコート、サッカーグランド、体育館があり、ナイターも出来る立派な設備がある。その近くに無料のオートキャンプ場があり、無料となっているのは嬉しい。
 さらに温泉が隣接している。こんな所はめったに無いだろうな。
 ユップラ温泉に入って、夕方からバーベキュー。もう最高だ。
■ 8月22日(水) ■ 電気は直った

自遊旅Tシャツ

背中にもロゴが入った
 朝起きて、電気のチエック。でもどうしても分からない。電気は全て問題なく、天井灯にだけ来ていない。可笑しいなと悩む。
 でも最後は壁を剥がしてチエックするしか無いか。ここは昔事務所だったから・・・・と言ったら、妻があ!と叫んで、台所横のスイッチを入れた。すると点灯。
 何てことは無い。台所でまな板を立て掛ける時、スイッチに立て掛けたので、スイッチが切れてしまったのだ。それだけの事だった。
 消えた時、何をしたかで考えつきそうなもんだが。でも敢えて言わなかった。
 今日の出発は無いので、車のい修理に行く。ここ数日キィーと凄い音が出ている。
 多分ファンベルトが減っているんだろうと、昔少年野球のコーチをしていた時の、教え子の所に行く。
 そうしたらやはり、ベルトが磨耗していた。以前なら自分で取り替えたが、面度なので頼む。
 後は何もする事は無かったが、退屈なのでTシャツを作る。2種類作ったがどうだろうな。
 明日、4時30分の船でようやく旅立つ。日記はブログで・・・。
■ 8月21日(火) ■ 電気が消えた
NO FHOTO  おばあちゃんの無尽の集まりがあるので、車で迎えに行く。後2回で終了になるというか、おばあちゃんはもう億劫だから、止めると言い出した。
 皆と会うだけでも楽しいのだから、続けたらと思うのだが、89歳の高齢になったら、だんだん億劫になったようだ。おばあちゃんの好きなようで良いか?
 帰りに灯油を購入してタンクに入れて、荷物を発送したりと何かと忙しい。
 夕方から日ハムの応援、リードしたまま、順調に試合は進んでいたが、突然居間の電気が消える。
 天井灯とペンダントライトの二つが同時に消えた。ブレーカーも落ちていない。
 何だろう?全く分からない。夜だし明日にするしかない。TVも映っているのでコンセント類も大丈夫だ。
 真っ暗な中で試合を見ていたが、日ハムの勝利で試合は終った。
 明日の朝、4時30分の船で旅に出る予定だったが、これでは仕方が無い、1日延ばすか?
■ 8月20日(月) ■ デジカメカメラ購入

右が今回購入品
 青森ねぶたで、写真を撮ろうとカメラを持って行った。ねぶたの前までは順調に撮っていたが、少し跳ねてから、撮ろうとしたら、電源が入らない。レンズが完全に閉まって居ないのだ。仕方が無くそれ以降の写真は諦めていた。
 SONYの古いカメラで撮っていたが、やっぱり物足りない。そこで修理も考えたが1万〜1.5万円掛る。家電店を除いたら、1.65万円で売っていた。それも画素数は格段に多い。これじゃ新品の方が良い。
 でも壊れたカメラの電池はリチウムの容量の多いもので、これを予備として使いたかった。型式はN−40である。
 1.65万円のを調べたらN−20と言う電池だった。殆ど大きさは同じなのだが形状が異なる。
 あちこちの店を探したが、N−40の製品の付いたカメラがなかなか無い。
 最後にヤマダ電機に行ったら、CASIO EXILIの EX-Z700があった。7.2MEGA PIXELSだ。今のは5.0MEGA PIXELSなので高性能だ。値段は19800円だったが、電池を流用できるので、決めてしまった。
 これで長期の旅も予備電池を持てば、間に合いそうだ。帰りにおばちゃんが作っている総菜屋で、手羽先を買ってきた。帰って昼なのに妻とビールを飲みながら食べる。う〜ん美味しい。
■ 8月19日(日) ■ 24HrTV&旅の準備

こんなに獲れた
 朝から24HrTVを見ていたら、年とって涙腺の緩んだおじさんには、涙涙の連続で、テッシュペーパーもはかどった。
 でも何時までも感動に浸っているわけにはいかない。間もなく旅に出るので、準備をしなくてはならない。まずは自転車の整備。ねぶたに行く寸前にパンクしたが、そのままになっているチューブを直そうとしたが、バルブの根元が大きく穴が開いて修復不可能。予備のチューブに変える。
 次にBBがぎしぎしいっているので、クランクを外して給油したら直った。ついでにチエーンリングをばらして清掃した。久しぶりにぴかぴかだ。
 午後からは日ハムの応援。ロッテは防御率1位の成瀬だ。やっぱり点数が取れず、完投、完封を許した。
 終ってから桔梗の家庭菜園に行く。しばらく行ってないので、収穫があった。
 トマト、なすび、ししとう、なんばん、とうきみを獲った。そして温泉に入って帰る。
 気候も20度代になって気持ちの良い季節になった。
■ 8月18日(土) ■ クロスロードミーティング
NO FHOTO  道に関するイベントが行われると言うので、事前予約して出席する。道の歴史を学ぶ講座と言うのが有り、第1部は「箱館戦争の足跡を辿る」元函館市史編纂室の紺野哲也氏の講演。中身は箱館戦争の事ばかりで道に関しては、貧しい内容だった。人と馬がやっと通れる道があった。これだけだった。
 第2部は「殿様街道の歴史」と題し、福島大神宮宮司の常盤井武宮氏だ。彼は茶屋峠や白神山道の道の話しをしてくれた。2〜3参考になる所もあったが、全体的には知っている事が多かった。
 彼は松前神楽の伝承者でもあり、何度か彼の舞を見ている。少し不明な所を質問したが、回答は難しそうだった。白神山道も実際に行っていなかった。終った後、名刺交換して、又教えて下さいと別れた。
 結局道に関しては、皆良く分からないと言うのが実感だった。
 最初は自分の調査と、被るのかなと思ったが、自分が調査した道の中身が優れているのでほっと胸を撫で下ろした。
 早くCDの完成をしなくては・・・。帰りに毛利さんと呼ばれた。昔の函館ドック時代の友達だった。彼とは28年ぶり位の再会になる。
 彼も私の新聞記事を読んでいてくれた。彼は最後まで会社に居たので、色々な情報があり、懐かしく話した。
 買える途中パトカーに止められる。「今一時停止しなかったでしょう。自転車もこれから取締りが厳しくなるから気を付けて」との事だった。
 ハイと素直に答えて放免される。家に着いたら日ハムが逆転負け。
■ 8月17日(金) ■ 今日は自室の清掃
NO FHOTO  昨日は寒くて夜に目が覚めた。あの暖かさは何処に行ったのだろう。朝も短パン、Tシャツでは寒すぎる。予想最高は23度と一気に下がった。
 自室の整理整頓をする。ねぶたに行っている間に、孫が掻き回して色んなものが散乱。さらにねぶたに持って行った物が部屋に一杯ある。
 午前中かかってようやく綺麗な室内になった。午後からは依頼された原稿を書き始める。
 ワードの原稿用紙を使おうとしたら、CDを入れなければ使えない。探したが何処にも見当たらず断念し、別なパソコンを使って、原稿用紙のフォーマットを開き、書き始めた。
 内容が多岐に渡っているので、字数は埋まったが、纏まりにくい。長くやってると目が疲れる。
 夕方は妻の妹が差し入れてくれたスープカレーだ。スパイスが良い感じで効いているので美味しい。
 そして日ハムの応援。スゥィニーが好投、稲葉3点タイムリーで今日で8連勝。ハム絶好調!
■ 8月16日(木) ■ 暑さの中清掃
NO FHOTO  今日も暑い。何時まで続くんだろう? ゲストハウスの改造で使った木材の切れ端が随分溜まっているので、焼却場に持って行く事にする。
 少し動くと、暑さで汗が滴り落ちる。大きな袋3個を車に積んで近くの焼却場に行く。
 料金は100kgで252円と、有料ゴミ袋を購入するよりははるかに安い。
 中に入ってバックして、大きな開口部の下を走っている大きなコンベアに捨てる。
 係員に随分汗かいたねと言われる。着ている服の色が変わっていた。
 これで少しはすっきりした。後は燃えないゴミが残っているが、これはまだ少ないので後回しだ。
 午後から妻の母親の入っている施設に洗濯物を届けてから、温泉に行く。
 夕方帰って来て、日ハムの応援を食事をしながらする。今日の夕食は何? と聞いたら「闇鍋」だと言う。
 今日、冷凍庫をチエックしたら沢山の分からないものがあるので、それを全て入れると言うことだ。
 勿論賞味期限などは書いてないし、中身の分からないものもある。
 カニの爪のみ、これは豚肉かな、かまぼこかな、鶏肉は比内鳥だった。他にも分からないものが多数。遺言書いてから食べたほうが良いんじゃないと言ったが、無事に完食してしまった。
 野球はダルビッシュが気迫の1安打完封。これで7連勝だ。
■ 8月15日(水) ■ 今日も30度・・何時まで・・
NO FHOTO  朝に千歳から来たOさんが、ゲストハウスを出て千歳に向けて出発る。朝食はイカ売りが来なくて、旬の味を出してやれなかったのが残念だ。
 出発前に記念撮影。皆で一緒に撮影した最後に、長女の女子大生が「旅人 も〜さん」と撮りたいと2ショットで撮る。も〜さんの顔は緩みっぱなしだった。
 午前中は自分の部屋の片づけを始めた。孫の瑞葵が最近、必ず私の部屋に来て遊んでいる。青森ねぶたに行っている間に、スキーの優勝表彰状は落書きを書き放題。土方歳三の時計は針が無くなって無残な姿。ギターは本人がバイオリンと言って棒で玄を擦っている。
 ラッキーピエロの太っちょバーガーの完食証は何処かに持って行って一枚が足りない。他に色々で、兎に角部屋中物が散乱。そこにねぶた帰りの荷物がどっさりとある。
 ようやく手を付けたが暑くて汗が流れる。嫌になっていた所に、中学校の同窓会の副会長Sさんが来た。
 しばらくゲストハウスで話す。OB会の広報に載せる原稿を頼まれた。
 何か難しそうなテーマかな、人生の生き方見たいな内容かな、俺の人生の考え方で良いのかな?
 暑さに嫌になって、昼に妻にデパートに行こうと誘う。静岡物産展をやっていたのと、ファミレスが幕を閉じるとの新聞広告を見た。静岡は姪が嫁に行ったところなので名物を知りかかった。
 100円バスが家の近くから出ていて、好条件なのだ。まずは物産展。あれめちゃ少ない・・・。
 やる気の無い物産展、芝エビに、お茶、白魚、うなぎ、カバノアナタケの店が5店くらい。
 盛り上がりに欠けるな〜。早々に7階に行く。ギフトセール品の解体販売。箱に入っていた商品をばらして売っている。購入したのはコーヒーこれは安い。妻はビール6缶、私は1升瓶の酒、他に帰ったら食べようとウィンナーなど酒のつまみ。このくそ暑いのに重い買い物だ。
 最後のファミレスで食事。今日は10%引き。妻も私もこの味ではね・・・・。
 他に店内を見たが、私には不具合な商品ばかり、欲しい気持ちもあるが、買えない。
 結局買ったのは、105円の焼酎かビールを飲むのに良い感じの陶器のマグカップ。某デパートから買ったと言えば5倍には見るだろう。
 でもそんなのは関係無い。楽しい酒は何倍の価値もある。
■ 8月14日(火) ■ 暑い!暑い!32.8度だ

瑞葵も出発


見送る農家風ばあちゃん3人
 5時に起きたが、完璧に二日酔い。妻の妹は既に起きていて、私の寝ていたサンルームのドアを全開にしていた。ここには酔っ払いの匂いが充満していたのだろう。
 近くの温泉に行く。西桔梗温泉は5時から営業している。この温泉は少年野球のためにグランドに井戸を掘ったら温泉が出て来たと言う事で、週刊誌などに取り上げられ、話題になった。
 浴槽はヒューム管で出来ている。コンクリートのパイプを切って縦に埋め込んだユニークな温泉だ。朝は会う人が「おはよう!」と声を掛け合い、和やかムードで、浴室では背中を流しあう光景が見られる。ほのぼのとした温泉なのだ。
 じっくり入ったらすっかり気分は爽快になった。7時過ぎに家に帰ったから随分と長い時間居た事になる。
 8時には娘夫婦と瑞葵が帰った。又しばらく会え無い寂しい日々が続く。
 折角温泉に入ったが、バーべキューの後片付けがある。仕事を始めたら一気に汗が吹き出てTシャツもべたべた。顔からは汗が流れ落ちる。
 義理の弟を施設に送り、私は家に帰る。何もする事無く、ただひたすら家の中で、汗を流しながら、こらえていた。
 前の日の夕刊を持って、トイレに行くが暑い。窓は全開ドアも開ける。まるで中国の田舎じゃ。
 その新聞の中に、開発局が「時空を超えたふれあいの道」と題し、「箱館戦争の足跡を辿る」と「殿様街道の歴史」講演が書いてあった。
 今私が執筆中の「土方歳三 蝦夷の道」と被るのかな。
 早速申し込みに行く。十字街の市地域交流まちづくりセンターにチャリで行くが、頭が猛烈に暑い。
 申し込むと、フロアー内の喫茶店で申し込んで下さいと言われた。そこには和服姿の若い女性が2人いた。凄く丁寧な言葉使いに感心しながら、申し込みは終った。その後館内の道のパネルを見学したら、新しい情報があった。昔の石崎橋の写真があった。これは自分の予想していた場所に設置されていたので、なるほどと満足。
 気温は32.8度にまでなった。家に帰って、もうたまらなくなり冷たいビールを飲む。さらに汗がどっと出る。もう汗を拭くのも止めて、じっと椅子に座っていた。
 夕方になって千歳から妻の友人一家が来た。今日はゲストハウスに宿泊だ。
■ 8月13日(月) ■ 墓参り&焼肉パーティ

にんじん獲ったぞ!
 今日も超暑い。最近の気温は北海道も高くて沖縄より高い場合もある。湿度が少ないのが幸いだが、それでも熱さに弱い、私にとっては毎日が憂鬱だ。
 青森ねぶたから函館に帰って来ても暑いから、もう10日以上暑い中で、過ごしている。
 午前中は妻の妹の畑で芋掘り。瑞葵は初めての芋掘りだ。ついでににんじんも引いて大喜びだ。そして妻の実家の墓参り。清掃するお墓の表面温度も高い。お墓を洗った水もあっという間に乾燥してしまう。供えた缶ジュースはホットジュース、ぶどうも黒い色のぶどうはかなりホットになっている。
 お墓参りを終えて今度は、家族、親戚が集まってバーべキューだ。この暑いのにと思うのだが恒例の行事なのでやらなくては・・。
 準備で汗だくになり、炭を焼いては更にヒートアップ。でもやはり焼肉は良いな。始まってしまえば暑さなんかすっかり忘れてた。
 酒を飲まない者が運転して、皆が温泉に行った。私はサンルームに座布団で寝る。ドアが開いているので心地良い。
 結局朝まで寝てしまった。完全に野宿状態だった。朝起きたら妻が蚊に刺されなかった?と聞かれたが、刺されてはいなかった。
 美味しくないじじぃか。
■ 8月12日(日) ■ 今日も日ハム応援
NO FHOTO  今日の予想気温は30度。函館では今年最高ではないか? こんな中、今日は日ハムの応援に行く事になっている。場所は昨日夕方から確保しているので、朝再度行って、座っていれば良い。
 それでも朝6時半には行かなければならないので、大変ではある。娘夫婦を送っていき、孫の瑞葵と我々は開場が始まってから行く事にした。この暑さでは瑞葵もまいってしまうので、この処置にした。
 キャリアに瑞葵を乗せ、コンビニで多めに氷を購入して準備は安全だ。
 球場内はやはりもう暑い。それでも氷で冷やしたタオルを首に巻いたりすると気持ちは良い。
 何時は持ち込み禁止の缶製品が函館ではノーチエックなのだ。昨日中に缶用のゴミ箱が置かれていたので、良いんだとなり、今日はかなりの人が缶ビールを持ち込んでいた。球場内の生ビールは500円するので、これは多いに助かる。
 試合前には冷たいビールで多いに咽喉を潤せた。試合は日ハムが2点を先行され不利な状態が続いていたが、8回裏に、連続ヒットが出て、2点を取り同点。
 その後、何と3塁へのとんでもない悪送球で1点が入り逆転。9回表はマイケルで締めて勝利。
 まさに歓喜の勝利だった。でも暑さとビールでかなり疲れた。
■ 8月11日(土) ■ 旅人と別れ、今日は日ハム応援

瑞葵も暑そう
 朝の電話で起こされる。娘からだった。「お父さんイカどうするの?」今回の旅人にはまだイカを
食べさせていない。イカが時化て入っていないのだ。
「頼む頼む」とお願いする。
 皆も起きたので、そろそろ下ろうとなる。荷物を積んで下る。朝の山道は気持ちが良い。下りはさすがに早い。一気に下って、谷地頭温泉へ行く。のんびりして、ゲストハウスへ。
 イカ刺しが待っていた。もうビールしかない。朝から贅沢にビールだ。このこりこりした新鮮なイカの歯ごたえは止められない。孝ちゃんは2本も飲み干してしまった。でものんびりしていられない。
 日ハムの試合だ待っている。旅人と別れて、キャリアに瑞葵と荷物を乗せて出発。少し歩くと汗が吹き出る。今日の気温は28度になるそうで、もう既に熱い。それでもキャリアがあるのでかなり楽だ。 
 15kgの孫を抱いて10kgの荷物を持って歩くのはかなりしんどい。キャリアは楽々に運んでくれる。
 着いたら娘夫婦が居た。朝の6時から場所取りをしている。
 やがて入場。場所をとっていたお陰で、良い場所が取れた。日ハム外野席は暑さにもかかわらず、更に暑い応援が繰り広げられた。点数が入れば近くのだれかれと無くハイタッチ。結局試合は逆転勝ちで終った。
 帰って風呂に行き、帰ってきたらどっと疲れが出てそのままベッドでダウン。
■ 8月10日(金) ■ 安東さん旅立ち、皆で函館山野宿

安東さんを見送り


最高だった、函館山野宿
 朝早く安東さんが出発。後を車で追ってフェリーターミナルへ見送りに行く。
 安東さんは大間に渡り、自転車で青森フェリーターミナルまで行って、自転車を解体して、バイクに乗せて神奈川に帰る。凄かったのは、自転車を解体して、テントを被せ輪行するのだ。これで自転車代は無料になる。さすがだな。荷物も少ないから簡単に出来る。これだなち思った。旅が本当にシンプルだ。
 人影が消えるまで皆で手を振った。良い人との出会いだった。
 ここ数日雨ばかりだった。その原因は孝ちゃんがチャリの後ろに貼り付けた、青森の金魚の張物ではないかとなった。ここで剥がしたら、天気が見る見る良くなった。帰りに函館を車で観光する。立待岬、公会堂、ハリストス聖教会、八幡坂などを見て戻る。
 今日の予定を話す。その結果、函館山に行く事になった。千畳敷展望台で野宿をするのだ。
 3時には家を出て、箱館戦争の弾痕が残る亀田八幡宮や歳三最後の地碑、明治館を見て、コンビニでお酒や食料を仕入れて、函館山登山。
 登山道をチャリを押して登る。帰りを考えればこの方がずっと楽だ。30分も登れば平坦な道になる。ここを10分も走れば、千畳敷展望台に着く。
 汗をびっしょりかいて水分の抜けた体には、ビールが良く合う。一気に飲み干す。これが止められない。
 昼間の景色は、夕方になり、少しずつ明かりが灯り出す。それと共に会話も弾みアルコールも進む。
 やがて最高潮に達する。ここで小高い丘に登る。ここからは夜景と漁火が見える。
 何と言う光景なんだろう。静かな場所で見る函館夜景。今日も良い夢が見れそう。
■ 8月9日(木) ■ 安東さんがやって来た

プロの冒険家の安東さん
 この日の朝に安東さんが、青森から自転車でやって来た。安東さんはプロの冒険家で、シベリアを自転車で走破している、アドベンチャーサイクリストだ。
 今は難しい山などのガイドをやっている。青森ねぶたでは、テントが私の前に張ったのと彼の仲間が私の友人である事と、予定していた中国ツアーが中止になったので、ゲストハウスにも来てくれる事になった。
 朝から皆が洗濯で忙しい。一段落してからラッキーピエロに行く。旅人の定番コースだ。
 じんべぃさんが太っちょバーガーに挑戦。何時ものがらんがらんと鈴が鳴らされやって来た。じんべぃさんは見事完食。でもこれじゃ夕食は食えないよとお腹はきつそう。
 夜は北海道定番のジンギスカン。この日も楽しい大宴会。夜中まで飲んだ。
 安東さんは布団には寝なかった。普段の生活から旅での生活と変えていない。板の間にそのまま寝たのだろう。やはり何かが違う。
■ 8月8日(水) ■ 旅人と函館へ
NO FHOTO  朝はさすがに頭が痛い。夜中にかなり雨が降ったのか、寝袋も少し濡れていた。テントのファスナーを開たら、向いのテントから孝ちゃんが顔を出していた。そして私のテントの前にはおにぎりとお茶が置いてあった。
 朝にコンビニにトイレに行ったついでに購入したそうだが、こんな気使いの出来る子なんだ。
 まずはテントを乾かす。乾く間にメロンを切る。旅人には贅沢だが、昨日居酒屋のママさんがくれたのだ。甘くて美味しいメロンだった。
 そこに犬の散歩のおじさんが来て色々話す。この公園の付近にトイレがあるし、水道も有るのが判った。
 この河川敷には時々テントを張っている人を見ると言っていたが、私の事かな?もう何度もここには張っている。おじさんにもメロンをおすそ分けした。
 乾いたところで出発。帰りは一度急な登りがあるが、殆どが下りと言う楽なコースなので、のんびりと走る。
 そして青森ねぶた特設キャンプ場に到着。テントはまだ結構残っていた。今日一緒に函館に行く、じんべぃさんも居た。
 南君がフェリーに予約の電話を入れたら満席と言う。そんな・・・何時もチャリは乗れない事は無かったのに・・。歩いてフェリーターミナルに行ったら、「乗れますよ」との返事。どうなっているのかな?
 無事乗って、一路函館へ。チャリで初めてフェリ−に乗る、孝ちゃんは大はしゃぎだ。
 途中は一眠りし、函館到着。一人で居ると長く感じる船旅も皆でいると早く感じる。
 ゲストハウスに着いて直ぐに温泉に行き、夜は鍋をする。楽しい話に、ついつい時間が過ぎ、朝の4時まで飲んで話した。
■ 8月7日(火) ■ 立ねぶた
NO FHOTO  五所川原の立ねぶたを見に出掛ける。同行は南君と背の高い女性の孝ちゃん。孝ちゃんは初のツーリングをレンタルママチャリで行う。
 国道を行かずに、一本裏の道を走る。新城を過ぎ辺りでスコールのような雨で思わず近くの倉庫の軒下に入る。こんな中でも孝ちゃんは陽気なので楽しい一時になる。
 雨が止んだところで出発するが、少し走ったら、再び豪雨になって、たまらず農家の物置に入る。
 そんな中、先ほど抜いたママチャリのおじいちゃんが合羽を着てを前を通って行った。ウサギと亀状態になってしまった。
 雨が又止んで出発したが、五所川原まで10km少しの所で、再び豪雨に見舞われる。前が見えない位の雨で、今度は家も無い場所なのでそのまま走る。そしてコンビニの軒下に入る。もうびしょ濡れになってしまった。でも陽気な孝ちゃんは全く暗くはならず、雨も楽しいと一向に気にしない。ここまで濡れたのだからもう走ろうと、五所川原に向けて雨の中を走る。
 ようやく到着して、「磯の湯温泉」に飛び込む。暖かい温泉に心身とも癒される。すっかりのんびりして、着替えもして、雨の上がった町に出る。
 行き先は居酒屋「井の上」だ。今日は混んでいたので、小上がりで乾杯!
 いい気分で飲んでいたら、ねぶたの囃子が聞こえてきた。外に出たら、丁度以前勤めていた会社のねぶたがやってきた。懐かしい顔が見える。うちわを貰ったり、話しをしたりとテンションはあがり、「ヤッテマレー」の声に合わせ、こちらも大きな声で「ヤッテマレヤッテマレ」と叫んだ。そこへ又知り合いが来て、中に入れと引き込まれしばらく跳ねる。
 やがて大型ねぶたがやって来た。今年のねぶたはガンダムだ。やはりでかいな〜。
 最後まで見て、再び居酒屋へ行って飲み直し。時間は12時を過ぎた。ここで岩木川河川敷に移動。テントを張って爆睡した。
■ 8月6日(月) ■ 青森ねぶた五日目
NO FHOTO  今日は私にとっては最終日になる。もう審査も終ったので気楽に踊れる日なのだが。今日はからす跳人が異常に多く居て、警察とトラブリ不愉快な最終日となった。
 途中からはさすがに頭にきて、ロープから入ろうとした、カラスを板金のねぶた運行の人と阻止しようとロープに引っ掛けたら1回転して転んだ。それでも逃げて中に入る跳人を、隣に居た中年のおばさんが、思い切り尻を蹴って「出て行け!」と叫んだ。元気なおばさんだ。その後は警察も入り、逮捕者も出ると言う事態になった。
 5年も来ているねぶた。今年もやれたと言う爽快感は残った。
 毎年やれるか不安になるねぶた。何時もはトレーニングして入るのだが、今年はあまり運動もせずに来たので心配したが、何とか頑張れた。来年も跳ねれるように頑張らなくては・・。
■ 8月5日(日) ■ 青森ねぶた四日目

バイクとの交歓会
 今日も朝は暑い。テントの中に居れば汗が体から吹き出ている。
 今日は青森博物館に行く。少し体はだるいが、エアコンの効いた場所にも行きたかった。展示物を見ると言うより、休みに来たといった雰囲気だ。
 戻って、着替えて出陣だ。今日も審査日なので頑張らなくては。足の痛みがもう一ヶ所増した。でも今日だけは我慢しなくては。
 いつもの様に全てを忘れてねぶたに集中だ。そして終った。またまた抱き合い、喜び合う。
 終った終ったと言う感じになった。帰って乾杯乾杯。皆でいつもの様に飲んでいると、3位の市長賞になった。やったーとばかり一気に盛り上がる。
 この日は4時まで飲んで寝る。
■ 8月4日(土) ■ 青森ねぶた三日目

自転車部隊の皆で記念撮影
 台風が接近してきて、雨が降ったり止んだり。お陰で気温は26度と涼しい。ねぶたは風に弱いので、強風が吹けば中止になる。
 運行決定は4時半になる。コインランドラーで洗濯したり、キャンプ場でまったりしていたら、「も〜さん」と声が・・見慣れた顔だった。「やあ静岡大学?」「そうです2年前1年生の時会いいました」今年は来たんだ。
 4時から着付けを始める。静岡大学の女性の着付けはあゆみさんにお願いする。
 いつもの様にベイブリッジへ。今日は43台のチャリダーだ。過去最高かな?
 今日は審査日だ。何時もより気合を入れなくては・・。
 でも疲れもかなり溜まっているし、右足のふくらはぎが痛い。我慢して跳ねる。
 気にすると痛いので大きな声を出して、紛らわし何とか跳ね終える。
 終った後は皆で抱き合った。今日は最初からかなり合っていたので気分が良かった。
 夜の宴会も12人。私のテントサイトは毎日宴会場になった。
■ 8月3日(金) ■ 青森ねぶた二日目

シベリア自転車横断の冒険家、安東さん

2年ぶり、大坂からタンバリン

アフリカ自転車横断の美緒さん




 朝暑さで目が覚める。汗が流れ落ちている。外は太陽が高く上がっていた。
 のんびりしていたが、昼頃には懐かしいl顔ぶれが次々やってくる。新人も多い。
 夕方から着付けが始まる。始めての人には着付けをしてやらなければならない。
 全て終って、自転車部隊は出発。今日は20台くらい。
 今日は気合を入れて跳ねた。昨日は何か気合が入らず長く感じたが、今日は調子が良かった。声は枯れたが、体は動いた。
 無事終って、テントに戻り、今日は温泉にも行ってきた。
 夜は安東さんが作った鍋を囲んで大宴会12人くらい居た。安東さんはシベリアを自転車横断した冒険家。他には私の5年来の付き合いのじんべぃさん。最近はフルマラソンにも出ている。
 ミニコミ誌「野宿野郎」の編集長は可愛い女性の加藤さん。アフリカ女性初の自転車縦断の山崎美緒さん。
 初めての3kmのマラソンの次は100lmマラソンと抜群の体力の孝子ちゃん。
 1000mの山を自転車で3つも登って400kmを日帰りするあくげんたなどなど個性的なメンバー揃いで、本当に皆輝いている。
 こんな仲間と同じ時間を共有出来る事は本当に幸せだ。
■ 8月2日(木) ■ 青森ねぶた初日

ねぶたに出発。瑞葵も見送り
 久ぶりに自転車に荷物を満載して出発。重くてハンドルがぶれる。最初はいつもそうだが、これも直ぐに慣れる。フェリーターミナルに行ったら、真新しいフェリーターミナルになっていた。9月1日から高速船が運航されるので、それに伴ってターミナルも新設した。
 受付に行ったら、10人並んでいた。直ぐと思っていたら、なかなか手間取って全く進まない。
 人がどんどん増えてくる。ついに痺れを切らした客から、窓口を増やせと要求が出た。最初はそれに対して反応が無かったが、2回目の抗議に窓口を増やした。
 簡単にできるじゃんと言う感じだ。高速フェリーが1時間50分で走るのに、待ち時間が30分もあったら、高速効果が薄いな。
 フェリー内部は運が悪く、小学生が2桝を取っていて満員状態。それにしてもうるさい、船内を走り回ったりと自由放題。それにしても先生は注意もしない。一緒に騒いでいる先生も居る。先生がこれだからどうもならない。どんな教育してるんだろう?
 本を読んでいたが途中から空気が変わる。だんだんと暑くなって来た。青森と函館ではこんなに違うのかと思う。
 何時ものキャンプ場の何時もの場所にテントを張る。懐かしい顔ぶれがある。
 夕方に衣装に着替え出発。今日の自転車部隊は10台しか居ない。それでも何時ものようにレインボーブリッジに行き、バイク集団を待つ。
 来たところで歓迎交換会。自転車部隊は自転車を持ち上げて歓迎する。
 終って会場へ。途中のコンビニでお腹を満たし、ビールも飲んで、ねぶたの出発を待つ。
 やがて号砲と同時にねぶたが開始。「ラッセラッセ」「ラッセララッセラ」と元気良くスタートするが30分もしたら声が枯れて出なくなる。
 普段あまりでかい声を出していないからな。それに息切れがしてくる。これも運動不足だ。
 長く長く感じて、何とか終わりになる。テントに戻り、温泉に行くのも大儀だなと、水で体を拭いて、飲む。渇いた咽喉には最高だ。
■ 8月1日(水) ■ 花火大会
NO FHOTO  朝早く娘と瑞葵と3人で大森浜に行く。海の側の啄木小公園も観光客がひっきりなしに訪れる。
 今が観光の最盛期なんだろうな。砂浜でしばらく遊んでから帰宅。
 ねぶたの準備は出来たが、台風5号が発生して、日本海に抜けそうな感じだ。これだと北海道に上陸する。勿論青森もコースに入りそうだ。
 私は良いとしても、孫は大変だ。夕方まで様子を見る事にする。
 GHの細部の色などを塗って午前中が終わり、午後からは暇なので、皆で温泉に行く。
 夕方からは、サッカーをTV観戦。北朝鮮に2対1で勝った。その後は、花火大会。会場までは行けないので家から少しはなれた場所で見るが、なかなか良く見える。瑞葵は浴衣を着て、祭りだと張り切って、今日教えた「ラッセラッセ ラセララセラ」ともうすっかり覚えてしまった。片足ずつは出来なくて、稲葉ジャンプになる。
 でも瑞葵の青森行きは中止になった。4日の日台風がまともに青森にやってくる。残念だが仕方が無い。
 友達から青森に行くよメールがどんどん送られてくる。1年ぶりに旅人と再会出来るのは楽しい。明日は8時過ぎのフェリーで青森に向う。
 日記はブログで・・・・
      http://blog.mousan.com/

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