■ 2月28日(水) ■ 資料整理と台車製作
NO FHOTO  何時もの事だが、現地調査の後の資料整理は大変な作業になる。手帳に書いた道の地図や大量の写真整理をしなくてはならない。
 写真がどこの場所だったか1枚1枚見ながらタイトルを付けて行く。
 終わった所で、台車の製作をする。仮に付けた前輪が良いので、正式な物に変える。
 足の材料を何にするか色々考えたが、テーブルの足を使う事にした。少し弱いかなと言う感じなのだが、これで使って耐久性を試そう。
 夜はU−22のオリンピックアジア予選を見る。かなりのチャンスがありながら、中々点数が入らない。何時ものジャパンだ。それでも香港は挌下になるので、3対0で勝った。
 更に新たなHP「土方歳三 蝦夷の道」の製作に取り掛かる。珍しく夜中1時になってしまった。
 明日は札幌に行き、札幌ドームで、日ハム対巨人のオープン戦を見る。
■ 2月27日(火) ■ 羽根差とメノコワシリを歩く

羽根差の集落跡

メノコシワシリ。時化れば難所だ。
 朝は、寝袋の中は暖かかったが外はかなり冷え込んでいて、水は凍っていた。
 時計を見たら何と3時だ・・が、これでも7時間は寝ている。しばらく本を呼んだり、今日歩く場所の地図を見ていた。朝はコンビニでパンと牛乳で済ませる。
 スタート地点の石崎に行く。外に出たらかなり寒い。今日は海岸線を歩く。この道は古くから旅人が歩いた道だ。山側にも道はあったが厳しい道だったので、海岸を歩いたそうだ。
 風が冷たいが、海岸は景色が良いのと、波の音がすがすがしい。
 砂は凍っていて、全然沈まないので歩きやすい。600mも歩くと、羽根差の集落跡が出てくる。前回は雪が有ったが、今回は無いので良く分かる。石が平に敷き詰められていた。浜に出る道も確認された。
 さらに、写真を撮りながらゆっくり進んで行くと、後ろから人がやって来た。そばに来たので挨拶をする。中央川の河口でますを釣るそうだ。
 追い越していった釣り人が中央川に居た。ここから九十九折れを登る。この上に自転車を置いてある。
 ここからは下りになる。あっという間に車の場所に到着。予定はここまでだが、波も静かなので、メノコシワシリを越えてみようと思った。
 小砂子から海を行く道で、難所のメノコワシリがある。時化た時は、昔から遭難が後を絶たない場所だ。今日は波も無いし、干潮も近い。
 岬に着いたら、岩の側の海に入って行ける。波は20cmくらいしか来ていない。
 時化た時は岩の上を伝って行くのだが、滑らかな岩なので、手での確保出来る所が無いし、足場の岩が途中で50cmくらい開いていて、そこを越えるときに、手で身体を確保するのが大変だ。
 今回は海の中で苦も無くいける。2kmくらい歩いて行くと、女性が何か採っている。そばに行って挨拶をする。わかめを採っていた。
 海岸から国道に抜ける道を聞いたら、今の場所から澤を登り、滝ノ澗橋に抜ける道と初神大橋に抜ける道があると言う。
 滝の澗だと地図と違うので更に歩き、初神の澤を登る。しばらく行くと滝が出てくる。ロープが張られているが滝が凍ってその中に入っているので使えない。
 迂回して上部で再び澤に入り抜けた。でもこの抜けた道は地図とは少し違う。
 もう少し北にある感じがする。上部から探したが見つからない。
 もう一度戻ろうとしたが、かなり疲れていたので今日は止めにする。
■ 2月26日(月) ■ 急遽上ノ国で現地調査

あしか澤から八幡野牧場に出る

夕日に染まる「開陽」

能登屋の坂。この上に土方歳三が宿泊。
 朝6時半、妻が警察が来てると部屋に来た。警告の改善が見られない車が一斉に捕まった。
 車庫に入れて良かった。近所では相当数の車が違反切符を切られた。
 前回は上ノ国の旧道である、よしか澤〜夷王山のコースを調査しようとしたが、工事中の車両が沢山いて、上から下って道が分からなくなった。
 朝から天気が良く、「天気が良いな〜」と言ったら、娘が「旧道の調査に行けば良いのに」と言われてそうだ行こうとなった。
 木古内から稲穂峠を越えて行くが、道は峠にも雪が無く快調に走る。
 ゴール地点にチャリを置いて、スタート地点に向う。
 まだ工事をしてるかなと伺いながら行ったら、まだ工事をしていた。
 仕方が無くかなり手前に車を置いて歩いて行く。国道は片側通行だ。歩行者通路は設けていなく、車道を歩く。交通誘導員が対向車を止めた。
 何かそこまでしなくて良いのにと思ったが、彼らとしては事故でも起こしたら大変なのだろう。
 こちらは歩きなので時間が随分掛る。申し訳ない気持ちで区間を抜けた。
 早速よしか澤から登る。入り口は分かりにくいが、少し登れば笹が刈られていた。
 やがて牧場の柵に出た。ばら線が張られていた。でも道は付けているしな・・。くぐり抜け再び進む。しばらく行ったら又ばら線がある。ここもくぐり抜けて行ったら、牧場に出た。町営八幡野牧場だ。
 長い牧場を歩く。牛の糞が沢山あるので要注意だ。牧場を抜け、澤沿いの旧道を歩き赤坂に到着。ここから夷王山までは前回歩き済だ。
 夷王山に到着。駐車場に置いたチャリで車の所まで戻る。総て下りなので快適だ。
 夕方江差の温泉に入り、フェイーターミナルで弁当を食べる。テレビもそれ程面白くなく、8時には寝てしまった。
■ 2月25日(日) ■ 有珠山国際雪合戦

有珠山国際雪合戦

キャラクターもいた

有珠山をバックに

ピース

チエックアウト
 朝方子供の声が聞こえると思ったら、瑞葵が部屋で妻と寝ていた。妻と一緒に来て泊まったらしい。
 朝6時に温泉に行く。天気が良くてすがすがしい露天風呂でじっくり入る。
 風呂から上がって無料のマッサージ機で揉んでもらいながら新聞を読む。本当に至極の一時だ。
 朝食も十分に美味しい。8時頃には部屋に戻る。妻は今日2度目の風呂に行く。
 私は静かな部屋で1時間30分くらい勉強。試験が近づいているがなかなか集中が出来て居ないので、空いた時間は少しでもやらなくては・・・。
 10時にチエックインして、近くの有珠山のそばでやっていた国際雪合戦を見る。始めてみたがなかなか面白い。遠くは広島県からも来ている。凄い気の入れようだ。
 北大の「余暇研」と室蘭工大の試合を見ようとしていたら、北大関係者の女性がビデオカメラを持って来て、どけて下さいと言われ、娘が憤慨していた。
 どけては無いだろう。ビデオを取りたいので少し開けてくれませんかだろう。どけてっていったい何だ?。
 北大生もこんなに非常識だとは・・・。
 こんな馬鹿なのがいるから将来エリートとなり、非常識なことをするんだろう。
 決勝はさすがに迫力があった。男子は札幌と広島の戦いだったが、札幌の勝ち。女子はオホーツク支部同士の戦いだった。
 終わって皆と別れ函館まで直行で帰る。家に着いたらフレンディに警告の紙が張ってある。路駐に対する警告だ。
 車庫に入れれば良いのだが、明日にするかと思ったが、思い直して車庫に入れた。
■ 2月24日(土) ■ 家族合同宿泊会

テストはOKだ

全員で夕食
 娘が結婚した際は、旦那の勤務が函館だった事もあって、両親が時々函館に来たので会う機会もあったが、旦那が札幌転勤になってからは会う機会も少なくなったので、娘に提案してたまには何処かで会う事にしないか?
 と言ったら、会社の保養所が洞爺湖にあると言うので、そこに皆で宿泊する事になった。
 出発する前に孫の瑞葵を台車に乗せてテストする。重さが14kgなので、多分積み込むであろう荷物とほぼ同じ重量になる。
 やはり前車輪を付けたら押してても安定して良い感じだ。これにしよう。今の羽仮なので、後で恒久的な物に変えよう。
 洞爺湖までは快適だった。天気は良いし、舗装路は乾いて春のようだ。今回は軽4輪のMAXで行った。
 洞爺湖に付いて保養所に向う。場所は直ぐに分かったがもの凄い立派な建物だ。
 さすが北海道の大手の企業だな。ここを5000円少しで宿泊できる。
 駐車場で皆が再開。部屋は洋間で綺麗な部屋だった。一部屋に集まりビールを飲みながら話が弾む。
 夕食はこれもおしゃれな食事で満足だ。外は電飾が飾られ雰囲気も良い。
 終わって再び部屋で飲んで話す。夜8時頃にはお開きになった。私はすっかり酔って部屋に帰り直ぐに寝てしまった。
■ 2月23日(金) ■ 昨日と同じパターンの生活

前に簡易的に車輪を付けた
 朝起きたら何か暖かい。え!ストーブの消し忘れかな?と思ったがストーブは消していた。
 暖かい朝なのだ。何か春が近いのかな。スキーに行くと言う気持ちが薄れてる。既に春の旅に気持ちが移っているのかな。スキーの大会はまだ3つあるが、出るのは1つだけにする。
 朝から旧道の執筆。それから台車の製作と昨日と同じパターンの生活だ。
 台車は車輪が2つだが、押して歩くと何か前後にふらつく。やはり3輪車なのかな。
 試しに前に小型の車輪を付けてみる。やはり安定性が良くて押しやすい。
 まづは簡易型で試してみよう。この台車を作ってみて感じたのは、MTBのタイヤが付いているので、家の階段も楽に登れる。
 さらに応用が利くのは、子供のカートに使える。札幌の娘が子供を連れて外出する際、札幌は雪が多いので乳母車は車輪が小さくて大変な苦労をする。そりで行けば、所々ロードヒーティングしているので、滑らない。そこで札幌の業者が、スキーと車輪を変えれる台車を作ったら、買い物に行くお年寄りに好評だと言う記事が出ていた。
 MTBのタイヤなら全然不自由しないで使える。前のタイヤは小さいが、少しの荷重で前が上がるので心配ない。結構良いかも知れない。
 たまたまタイヤが22インチしかなかったが、16インチがあれば軽くて良い。
 台車はこれで一応の完成だ。まずは何処を歩くかだが、明日、明後日と洞爺湖で、娘の旦那の両親との懇親会があるし、4日はスキー大会、11には函館検定の試験もあるし、親戚の法事もある。12日は1泊で支笏湖に行こうかとの話もあるので、その後になるかな。
 どこを歩くかだが、まずは何かあっても直ぐに帰れる近場になるかな。「蝦夷の道」の実歩もしなければならないので、松前〜江差を歩くかな?何かトラブルがあったらバスで帰ればいい。
■ 2月22日(木) ■ 「蝦夷の道」執筆と台車の製作

背負う部分はザックの背中を切って使った

切反対側はこのようになっている
 旧道の執筆は朝の5時から始めた。こればかりだとパソコンの画面を見っぱなしになるので、目がしょぼしょぼしてくる。
 9時でやめ、今度は台車の製作に掛る。
 車軸のベアリング部分にグリスを入れる。そして少し短くてダブルナットが掛らなかった車軸を長いものに変える。
 さらに問題の台車を背負う為にはどうするか考える。色々考えた結果、今持っているザックを使おうと決まった。背中の部分を切って使おうと言うわけだ。
 1000円のザックなので、部品を買おうと思えば変わらないだろうし、部品は売っていないだろう。
 背中の部分のみを挟みで切ってしまう。そして仮に取り付け背負ってみたら、感じが良い。
 結局これでいこうとなった。ザックの余ったパーツを使いながら、手縫いでやったので時間が掛かり、遅くに完成した。まあまあの出来か?
 後は実際に使って様子を見よう。総てを組み立ててみたら、台車のタイヤ部分が少し合わない。
 ここは変えてないのになんだろう。分からないまま、ここは明日に持ち越そう。
■ 2月21日(水) ■ 松前〜上ノ国現地取材

昔の旅人はこの海岸線を歩いた(羽根差)

上ノ国、赤坂への旧道

 今日は天気が良くなると言うので、朝早くから車を走らせ松前に向う。途中から猛吹雪になり、天気予報は大丈夫??と思っていたが、松前に着いた頃は天気も回復していた。
 町営駐車場に車を入れ、ママチャリで町内を走る。松前城の下に当たる、町並みはリニューアルされて、昔の町並みの雰囲気が出ている。
 城の直ぐ下には「沖の口番所跡」があり、付近は休憩場所等が整備されていた。
 沖の口は松前藩が箱館、江差、そして松前に設けたもので、荷物を積んだ船が入港、出港する都度、積んだ荷物の4%のお金を払わなければならなかった。
 これが松前藩の大きな収入になった。町を一回りして調査を終える。
 チャリを車に積んで、上ノ国までの旧道を最確認する。不足の写真を取ったり、旧道の入り口の写真を撮ったりするが、なかなか時間が掛る。
 やがて歩く予定している、あしか沢の旧道入り口のい来たが、何と入り口の前が工事中で、近くの駐車スペースも工事車両で一杯だ。え〜車置けない!
 仕方なく出口になる高台の赤坂から降りようとなった。赤坂の駐車場に車を置き、早速歩く。
 道は笹が刈られてはっきりと着いていたが、途中から道が消え、薮こぎになる。
 しばらく下ったら八幡牧場に出た。道は牧場の中に続くのだろうか?牧場は牧草が植えられているので旧道は消えている。
 少し歩いて、横に道があるのを発見。ここを行こうと下って行ったら、沢に出た。あしか沢の上流なのだろうが、この時は気がつかなかった。あしか沢とこの時推定すれば、入り口はあしか沢の右に出るので渡るはずが無いのだ。この時は気がつかなかった。
 沢を渡り、急な斜面を登ると再び牧場に出た。しばらく歩いたら、何か見覚えのある場所だ。そうだ2週間前に来た所で、ここを下れば寅の沢に下る。もっと右だ。あちこち歩き回るが大きな沢があり、右には抜けれない。
 長い時間を掛けて、元の道に戻る。2時間も掛かってしまった。汗だくだ。
 帰りに湯ノ岱温泉に寄る。客は1人しかいなかっら。入浴していた町の古老と話す。
 湯ノ隊は一時期は350世帯あったが、今は170世帯を切ってしまった。そしてその内の50件は一人暮らしの年寄りだそうで、町はかなり衰退しているそうだ。
 この温泉も年間維持費が1000万円かかるそうだが、客収入は大きく望めなく大変なようだ。
 帰って五輪壮行サッカーのアメリカ戦を見る。何度もチャンスがあったが、ゴールならず。
■ 2月20日(火) ■ 資料作りと勉強

北海道新聞に載ってたよと、千歳のEさんが送ってくれた大会結果の切り抜き
 朝4時から、先日の上ノ国の旧道に関する記事を書いてしまった。後は入り口しか行かなかった道の現地調査が残る。
 その後は一日中11日の試験に向けての勉強をする。何度も読むが中々頭には入ってくれない。若い時はこんな事は無かったのにと、いらだつことも有るが、時間はあるので、何度も何度も繰り返して暗記するしかない。
 やはり年を取れば、暗記力が減退するのかな?後20日くらいあるので頑張らなくては・・。
 試験勉強ばかりでは飽きるので、土方歳三「蝦夷の道」のHPの作成も行う。原稿は殆ど出来ているので構造が決まれば早く出来るだろう。
 夜は佐々木明のFIS WC回転を見る。1本目で棄権。今年は良い成績が出せないで終わったな。
 その後、珍しく温泉に行く。帰って来たのが夜の9時。何時もは寝ている時間だ。
 明日は松前、上ノ国の現地調査に行くかな?
■ 2月19日(月) ■ 函館に帰る

指導員合格したKobaさん.。昨日は祝杯?
 朝はのんびりと札幌を立つ。天気が良くて気持ちが良い。石山通りから定山渓と抜け中山峠へ。道には全く雪が無い。車も少なく走りやすい。
 中山峠スキー場は人が見えなかった。平日だからかな。ルスツを洞爺湖に入ったら、結構吹雪いてきた。洞爺で写真でも撮ろうかと思っていたが、これも止めひたすら走る。
 長万部を通過、八雲で軽油90.8円/リットルを入れて、昼食を近くのスーパーで購入。噴火湾道立公園の建物の中で食べようとしたら、休館。そうか月曜日は官庁だから休館が多い。
 車内で食事をして、再び走る。結局休み無しで函館まで走った。う〜ん疲れたな。
 帰ってHPを見たらKobaさんから掲示板に書き込みがあり、指導員検定に合格したとの知らせ。本当に凄い!!!!
■ 2月18日(日) ■ 北広島GS大会参加

2週連続は嬉しい

スタート前に記念写真
 今日は北広島GS大会。朝4時に目が覚め、まだ早いやと再び寝たら気持ちよく寝てしまい、7時少し前に目が覚める。
 急いでご飯を食べて出発。でも日曜日の朝なので道は空いていて、30分でスキー場に着いた。
 後楽園スキー場は最初、坂を登って歩いて行かなくてはならない。
 ザックとスキー2台を持って登るが、朝からきついな。
 気温が上がりロッジ内は暑いの外に出たら、千歳のEさんもやってきた。
 直ぐにリフトに乗り荷物を運ぶ。やがてインスぺクションをする。コースは最初は急斜面で後半が緩斜面になっている。
 ポール間隔は狭そうだ。早い切り替えをすれば難しいところも無いだろう。
 今日は兎に角攻める事を第一に考える。先週の「大会で少しは良い滑りが出来たので、同じ事をやればいい。
 練習は1本した。上下動を大きくして、身体を動かす事と、外向傾をしっかり取り事を心がけて、滑りの確認をした。
 私の前は千歳のEさんだ。先に滑って見てるよと言ってスタートした。岩見沢の大会では3秒以上離されているので少しでも追い付きたかった。最初からポールに当たり、気合いを入れて滑る。
 多少振っている個所もあったが、それ程難しい所も無く滑り終えた。
 下にいたEさんが、攻めていたよ、身体も動いていたと言ってくれた。少しは良い滑りが出来たのかな?
 結果はEさんと1秒半位差。60歳代では優勝出来た。優勝はトロフィと副賞がSWANのゴーグル。大分傷が付いていたので買わなければと思っていたところだった。さらに抽選会があり、全員に賞品が当たった。
■ 2月17日(土) ■ 孫を連れて東急ハンズ

孫の代が集まった
 午前中は荷物が来るので、娘は何処にも行けないと言うので、それじや東急ハンズに行ってくると言ったら、瑞葵が行く〜!となり、乳母車に乗せて、出発する。
 まだ雪がある市内を押して歩くのは大変だ。車輪が小さいので、なかなか進まない。汗をかきながら押すほうが、抱っこより良いか?
 14kgの、孫を抱っこするのはきつい。ようやく狸小路に着いた。アーケードを歩くが、特に興味のある物も無かった。
 目的の東急ハンズに行く。一階が自転車売場なのでここを見るのが好きだ。ルイガノの自転車が多く、旅に良さそうなのが、4万円くらいで売っている。
 昔に比べればコストパフォーマンスが格段に良くなっている。
 実は旅用の台車のベアリングの玉が欲しかった。今製作しているが、ベアリングが足りなかった。でもこんなのは、売っていないだろうと思っていた。・・があった。さすが東急ハンズ。これを105円で購入。
 再び乳母車を押して汗を沢山かきながら帰宅。瑞葵は途中で寝てしまった。
 午後から、元近所に居た、厚別区のA氏の家に行く。9日前に函館の我家に来たばかりなのだが、娘と孫を連れて行く。この日は家族が集まる日で、5人も来る事になっているそうだが、押しかける。
 長男と次男の結婚式の時は、私が日本一周中で、出席出来なかったので、しばらく会っていない。
 家に着いたら、玄関前に子供がいた。誰が見ても分かる、長男の子供だ。子供の時にうりふたつだ。
 数十年前の記憶が蘇る。次男は競輪選手で家に行った時は、ライブで中継が入っていて、惜しくも2着。 
 奥さんが言うには、最終日に優勝すると、おごるのに、20万円もかかるので、2着の方が余程良いらしい。子供同士は大はしゃぎで楽しそうだ。
 夕食の焼肉も頂いて、9時前に帰宅。楽しい一時だった。
■ 2月16日(金) ■ 小樽「雪明りの路」に行く

夜の撮影は難しい

かまくらの中に入った
 北広島ジャイアントスラロームが日曜日に行われるので今日出発する。
 折角だから「小樽雪明りの路」でも見ていくか?でもこれはカップルが似合うイベントらしい。親父一人が歩くのは似合っていないかも知れないが、そんなのは構わない。大いに楽しもう。
 他に支笏湖氷爆祭りのイベントで氷の楽器のライブがある。これも聞きたいが、どちらにするか気の向くままだ。
 娘に電話したら、一緒に行くと言う。それなら札幌に一度行って、娘と孫を乗せて行く事にする。札幌までは道路に雪も無く順調に走れた。暖冬様様だ。
 少し休んで、娘と瑞葵も一緒に「小樽雪明かりの路」に行く。小樽運河にローソクの入った浮玉がゆらりゆらりと浮かんでいて幻想的だ。運河横の道には、ボランティアによる小さめな雪のモニュメントが沢山あり、中にローソクが点いたりして、幻想的な雰囲気だ。
 韓国から200名を越えるボランティアが来て2週間も作業したそうだ。
 雪祭りといえば札幌雪祭りだが、自衛隊を中心に多くの人と金を掛けて、200万人を集めるが、小樽はボランティアだけで作った雪像が50万人を集める。
 これには驚く。
■ 2月15日(木) ■ 暴風雪の中、上ノ国へ

この海岸が旧道

九十九折れ。肉眼で見ても分かりにくいがそばに行けばはっきりと分かる

九十九折れの上部。道が深くえぐられている
 昨日は携帯電話をほおって、台車作りに精を出していた。夜になって着信履歴を見たら、上ノ国教育委員会の柳原(やなはら)さんから電話が来ていた。遅いのでもう帰っただろうと思い電話はしなかった。でも多分天気が悪いので延期しようとの電話かな?と思った。
 朝起きて、9時頃電話しようと思っていたら電話が来た。状況はかなり悪いが、海まで下り無ければ行けるとの事だった。案内をお願いした。彼は早く出勤して道の様子を見てくれたんだ。
 8時に家を出る。風は強いが雪はちらちらで大した事は無い。木古内経由で行くが峠からは雪が一気に増えた。ゆっくり峠を越えて、上ノ国へ入る。先週は雪一つ無かったが今日は吹雪だ。
 教育委員会に行ったら、直ぐに声を掛けてくれた。そして道案内をして貰う。凄い風と雪になった。何か悪いなと言う気持ち。私はふぶこうが平気だが、柳原さんには迷惑だ。
 道は以前に見た道だった。その道をしばらく行ったら集落の跡だと教えてもらった。
 前に付近に行った時は、羽根差の集落はあると思っていたので全く気にはしていなかった。
 集落は既に無くなっていたのだ。集落の外れに山側に至る道のようなものが見えたので、急斜面を登る。
 でもここは道ではなかった。吹雪の国道を元の場所に戻る。前も見ていられない位の吹雪だ。
 集落は分かったが、集落を出て高台に出る道が分からない。車で戻り、地図に書かれてある標準点を探そうとなった。
 そして車で走っている時、道がチラッと見えた。前に来たときは全く分からなかった。
 今日は雪が降ったので道がはっきり確認できた。車を止めて、上から降りる場所を探す。
 笹が一段低くなった所が有ったので入ったら、そこに道があった。道は九十九折れで海岸まで続いていた。松浦武四郎の日記に書かれているそのままだ。
 やった!!柳原さんと一緒に感激にしたった。その後、夷王山に向う旧道も知っていると言うので案内してもらう。先週来た時は、寅の沢からの道を歩いたのだが、よしか澤からの道が分からないでいた。
 道はやはり入り口は分かりにくくかった。少し入れば地元の人が笹刈りして歩きやすくなっていた。
 これで箱館戦争の道、PART−3がほぼ判明した。
 良い日だった。
■ 2月14日(水) ■ 嵐のバレンタインディ

台車はここまで出来た
タイヤは22インチのMTB用
 今日はバレンタインディ。でも娘、姪、孫の瑞葵からは随分前に貰ってある。札幌、静岡と地元では無いので会った時に貰い済みだ。既に物は消えうせている。孫の瑞葵からのチョコは最初から瑞葵に行くように瑞葵の好物のチョコボールが入っている。
 今日は強風が吹き荒れ、気温が何と8度まで上がると言う。そんな中、早くから台車作りを行った。車輪の取り付けが中々難しい。
 昼前に妻の妹がバレンタインケーキを持って来てくれた。感謝!!
 話の中で、静岡に嫁に行った娘が、6月頃出産で里帰りする。その後、彼女が置いていった車があるのだが、多分子供が出来れば必要になるからと、静岡まで持っていこうとなった。
 私が運転し、妻と妻の母、妻の妹の4人でフェリ−に乗って行く。自動車には旅の自転車を積む。
 名古屋までフェリ−で行って、伊勢神宮や名古屋城を見て、静岡の妻の妹の娘の家に行く。1日くらい宿泊して、私以外の3人は飛行機で帰る。私は静岡から自転車の旅に出る。こんな話が纏まったが・・・。
 台車製作は、苦労しながらも昼過ぎにはほぼ終了した。後は背負えるように細工を加えなくてはならない。
 歩く旅もテントを持って歩きたい。でもテントから食料などを持つと、軽くても15kgになるだろう。それをずっと担いで歩くのは苦痛になる。旅が楽しくなくなる。特に年寄にとっては楽しくない旅はやりたくない。
 そこで台車となる。世界徒歩ダーの「ふみ」さんが家に来た時に見せてもらった台車はかなり大きいものだった。その台車では山を登るのは無理なので、独自に作ろうとしたのだ。
 平地は台車に物を載せて押して歩き、山道は背負えるというコンセプトで作った。
 台車は完成し後は背負えるように、するが、これはザックをばらして部品として台車に取り付ける。
 これでうまく背負えれば良いのだが・・・。
■ 2月13日(火) ■ 上ノ国は行きは中止・・台車作り

沼田先生から貰ったレガス
 夜は早く寝て、朝は早く、4時には起きて、「函館検定」の勉強。受験日まで日数がどんどん少なくなり焦りが出てくる。
 それでも一日中なら飽きてしまう。9時過ぎに上ノ国教育委員会に電話する。
 先日上ノ国町のHPの掲示板に「旧道教えて!」の書き込みをしたら、教育委員会で知っていて、現地案内してくれると言う事になった。
 電話したら団体のバスツアーが明日入るので準備で忙しいそうで、15日の10時に会う事になった。
 そこで今日は歩き旅用の台車作り。今まで仮止めだった所を正式に固定した。後は車輪の取り付けだが、部品がなくなったのでホームセンターに行くついでに温泉に入って帰ってくる。今日はここまでで明日は一日中やってほぼ完成まで持っていこう。
■ 2月12日(月) ■ 今シーズン初優勝

3人で記念撮影。左私(60歳代男子優勝)、中央、池田基季(中学男子優勝)、右、池田悠希乃(中学校女子優勝)
 昨日は休養十分で今日の大会に出場。天気は快晴ながら少ししばれた。
 気温はマイナスになっている。もう少し気温が上がると想定してワキシングしたが、どうかな。
 スタート前に吉川さん、前多さんと比べたら2番目くらいに滑る。これなら大丈夫かな。
 小学校の後に60歳代。先頭はH氏、昨年はクラスは違うがタイムでは1度も勝っていない。
 今年は60歳代になったので一番のライバルだ。今日は攻める事だけ考えていた。
 そして何時もはスタート時間が早くて、練習する時間も無いのだが、今日は3本滑り、今日の滑りの確認をした。さらに前走の優の滑りを下から見て、イメージを掴む。
 優からは「毛利さん今日は楽だよ!」とのコメントを貰っている。それなら攻めるしかないだろう。
 まずはHさんが飛び出す。最初はクラウチンゲで行くのだが、途中2度ほどクラウチングを解いて立った。
 ここがポイントだと思った。次にK氏。彼は普段あまりポールには入っていないので問題は無いだろう。
 そして私のスタート。今日の目標は、昨日の日記に書いた。攻めると言う積極性だけだ。
 スタートはスケーティングでポール1本半をして、クラウチング。絶対解かないという気持ちで滑ったが、それほどきつくは無かった。そしてスルーゲートは赤のインを一杯に攻める。
 ここを攻めないと急斜面に入る青の右タ−ンで大きく落とされる。上から入ったがアイスバーンになっていて少しは落とされるが、こらえた。
 その後は楽なアセットで、ポールに当たったりしながら気持ちでは負けないように滑れた。積極性はある程度出せたが、動きは今ひとつかな?
 タイムも聞かずに上に上がる。着替えて下る。スタート地点まで降りたら、Aさんが良い滑りだったよとニコッとした。順位は言わなかった。
 掲示板を見たら1位だった。2位に3秒も差を付けた。今練習している滑りが良いんだなあと実感できた。まだ60%位しか出せていないが、もっと身体で覚えて自然に出るようにしなくては・・・。
■ 2月11日(日) ■ 仁山高原カップ応援

中村優君・・顔を見せたくない?

堤直也君・・高校生

表彰式の優君

表彰式の直也君

中学生の入賞者
 今日はピリカと仁山でレースがあるが、出場しないので仁山に応援に行く。
 仁山スキー場は雪が少なく、雪のある所を探してポールを立てたようなコースで、所々はバーンも軟弱で滑りにくそうだ。
 全走に続き小学校女子のゼッケン1番がスタート、危ないと思われたゴール前3旗門で、後形で入ったのとバーンの荒れで、10m位吹っ飛んでいった。相当驚いたのか泣いていた。
 七飯アルペンは中村優が38秒代でただ一人の30秒代でラップを奪った。
 他には高校以上で堤君が優勝、50歳代以上で尾畠さんが優勝。入賞は多数に上った。
 帰りにグリンピアに行き、スキー。正月の回数券が余っていたので明日のレースに備え、確認の滑りをする。
 動きを主体に滑る。1〜4本目くらいまでは余り動いていないのか、心臓がはあはあ行くまでにはならない。会長がはあはあ言わないで平然として居れるのは、踏んでいない証拠だと言われていたので、もう少し気合を入れてポールがあると見たてて滑ったら、はあはあいい出した。
 最後も気合を入れて滑ったら、かなりはあはあになった。滑りの感じも良くなった。このはあはあで滑りを見るのも一つの確認方法なのかな。
 それでも大会となれば、なかなか思うように出来ない。これはまだまだ身体に染み込んでいないためだ。
 明日は攻めると言う積極性だけかな。何とか無難にという気持ちが働くので、終わってからいつも反省だ。
 何とか失敗しても攻めて反省を無くしたいが・・・・。
■ 2月10日(土) ■ ポールの一般開放
 朝は珍しく8時に目が覚めた。今日はポールの一般開放があり、スキー場には行かなくてはならない。
 ご飯に玉子を掛けてかっ込み出発。時間には10分遅れて到着。
 ポールのセットが終わり、皆が滑り始める。Jrレーシングチームから、普段はポールに入ッたことの無い人まで多くの人がポールを楽しいんだ。
 私は今ひとつ調子が悪く、SLのポールをやっていた。身体を動かせば段々調子は良くなるが、あまり無理しないで過ごした。
 コーチのUさんがSさんから頼まれたと言う、スキーブーツを持ってきた。
 Sさんが購入したHEADのスケルトンモデルのブーツなのだが、足の一部が当たって痛いので、少ししか使っていないが、合うなら使って良いよと言っていた。
 早速はいてみたらぴったりあった。私も今、HEADを履いているので、基本的には同じような、構造なんだろうな。フィット感は自分の靴よりもしっかりしている。 前傾も私のブーツより強いみたいだ。
 その後、Nさんから使わないレガス(蛍光イエロー)があるから、あげると言われた。何か皆の世話になっている。ありがたいな。
■ 2月9日(金) ■ 17年ぶりに再開
NO FHOTO  昔、近所の仲の良い人が集まる「ちろりん村」があった。週数回は何処かの家に、各家庭からつまみを持ち寄り、宴会を開いていた。
 兎に角、楽しい仲間の集まりであった。そして子供達も年上の子が皆の面倒を見ていた。そこには規律があり、悪い事をすれば何処の家の子でも、しかられたりで、理想的と思える近所付き合いが行われていた。
 しかし、札幌に移住する人や、家の新築などなどで皆が離れ離れになってしまって、あっという間に17年も経ってしまった。
 先日、私のパソコンのメールアドレスが変更になり、連絡したところ、札幌のAさんと久しぶりにコンタクトがとれ、函館に来るのでゲストハウスに泊まれるか?と聞かれ、即OKとなった。
 それならば昔の仲間を集めようとなり、2軒に連絡がついた。
 夕方ゲストハウスに皆が集まり、きりたんぽ鍋を囲んでの大宴会が始まった。17年のブランクは長く、積もる話が一杯あり、話しても話しても話が尽きないと言う感じで、結局私は午前3時、札幌のAさんの奥さんと私の妻は午前4時まで話したそうで、凄く楽しい一時だった。昔の雰囲気は何一つ変わっていなかった。
 あまりの楽しさに写真を撮る事さえ忘れていた。
■ 2月8日(木) ■ スキーの練習
NO FHOTO  コーチから8日練習やりますのメールで行く事に。まだ昨日までの旅で、疲れが残っていたが、三井でのレースも不満足だった事もあり、滑りの点検をしたかった。
 コーチとSさん、更にHさんも来て4人での練習になる。大沼コースに早速ポールを立てて、練習開始。
 1本目、Sさんから体が動いていないと指摘。やっぱりそうかと、思いなおし今度は大きく身体を動かす。
 良くなったよと○サイン。2〜3本滑ったがOKだった。そして又違うことを試みた。谷回りに入る前からエッジングをする。エッジング中はスタンスを広げ、外足を伸ばして回す事を試みたが、やはりだめの評価。
 これだとエッジングが強すぎてスピードを落としてしまう。
 ポールに入る際は、早めのエッジングで回しこんで行くと考えていたが、そうではなかった。
 ターンの切り替え時に高い姿勢になり、板をフラットにしたままスキーを走らせて、ポール際で最大傾斜線に身体を持って行き、早く飛び込む。この際、少しのずれがあっても、その後踏み込めば大丈夫。所謂縦ずれで滑らせると言うものだ。
 自分としてはポール前から早めのエッジングしてカービンぐで回ろうと心がけていたのだが・・・。
 そして最後にOKの出た滑りで再び滑るとOKだった。そうなんだ。この滑りか・・・・。イメージはかなり出来た。
 Sさんが基礎スキーではがんがんエッジングするのが楽しいが、レースではエッジングをなるべく抑えるので、滑りとしては楽しくない。との言葉は同感だ。
 後は練習して覚え、実戦で出るかどうかだ。
■ 2月7日(水) ■ 調査し帰宅

難所十三曲がりの大滝
 昨日はフェリーターミナルでの車中泊だが快適に眠れた。5時30分には目覚めて、活動開始。でも今日は寒いな。
 箱館戦争の戦いの地、大滝は古い文書から滝があり、旅人はこの音を聞いて歩いたとの記載があり、探したら見つかった。後、1個所の旧道は牧場になっていた。道が残っているかな?牧場の中を歩き回ったが道は無かった。牧草地になったので、道は消滅したのだろう。
 天気は吹雪になり、気温も低くなって来た。残りの道は捜す。
 北海道最古の住宅「笹波家」と上ノ国八幡宮の間に下る道だ。吹雪の中、笹薮を漕いで、歩き回る。
 大正時代の地図に書かれていた道の下の部分が分かったが上の部分は分からない。
 もう昼だと言うのに、まだ朝ご飯も食べていない。車でそばを食べる。
 そして鶉温泉へ直行。客は私一人。体が冷えているので熱い!
 暫く入っていたらすっかり気持ちが良くなった。しばらく休んで帰宅。
 直ぐに湯川の吉田歯医に電話。修理した入れ歯が3日で壊れたのだ。4時半に予約し行く。先生が新しいのに代えたらと言う。確かに今度壊れたら新しいのと代えるとは言ったが、3日で壊れるのは納得いかないと言って再度修理。
 前回は先生は全く見ないで、女性の技工士がやり、最後に先生がチラッと見ただけだった。
 今度は先生が自らやって、残りは若い技工士にやらせた。時間も前回の3倍は掛けた、前回と全く違い、補強の金属がかなり長く入った。以前より丈夫に見える。仕上げもかなり綺麗で修理跡も見えない。
 前回のは素人目に見てもテンプラ修理だった。エンジニアの目ではすぐに分かる。
 最初からこうしてくれれば良いのに・・・。修理代は最初の時より安かった。金は払いたくなかったが、良い出来なのと安かったので良しとした。
■ 2月6日(火) ■ 江差まで南下

赤い土
快晴の天気の中、孫と分かれ南下する。道は雪も無く快調に走る。途中から日本海に抜ける。そこは春だった。雪は全く無い。
上ノ国に着いて、旧道調査。赤坂は直ぐに分かった。15世紀にアイヌ、コシャマインと松前藩の激しい戦いがあった場所だ。土が赤いのは流れた血が染み込んだと言われている。
 今日は少し調べてフェリーターミナルに駐車。今日はここで宿泊。
 晩御飯はおでん。お酒も入り気分は最高!
■ 2月5日(月) ■ 札幌雪祭り

お気に入り

南極観測50周年祈念雪像

ミスさっぽろ
 札幌雪祭りが明日から開幕。人通りが多い事が予想されるので、一日早いが雪祭りを見に行く。娘と瑞葵も一緒だ。家から歩いて来たので、瑞葵の抱っこの連続で堪える。もう体重は14kgもある。
 今年の雪像は小さい。ここでも雪不足だ。JALやSTVの雪像が良かった。それでも最初に見た時に比べ、感動は薄れてきた。
 一通り見て歩いて帰宅。再び抱っこの連続で娘と交替でやるが、腰に来る。
 お腹が空いたのでいつものガストで食事。瑞葵はハンバーグだが、今日は食いっぷりが良い。
 しばらくして完食。そこに何処から来たのかおばあちゃんが来て「ずいぶん食いっぷりが良いし、食べ方も上手だね」と言って頭をなぜていった。
 今日は疲れた。
■ 2月4日(日) ■ 三井グリーンランドカップ
NO FHOTO  朝起きたら二日酔いで頭が痛い。早朝ランニングに出たが、具合が悪く、ウォーキングに変更、早朝なのに、女学生が歩いていたり、高校生の20人位の集団が居たりと、この町の若者は朝が早いな。
 優のお母さんが作ってくれた、朝ご飯をご馳走になり、少しは気分も回復した。7時過ぎに出る。優君は桂沢でのSL、私は三井のGSLだ。会場までは6Kmと近い。あっという間に着いた。
 早速、チューンナップ台の看板を立てる。看板を立てたまま、受け付けを済ませ、Eさんとも再会した。
 準備をして、スタート地点に行き、インスペクションとワックスのチューンと済ませスタートを待っていたら電話が来た。
 ヘルメットを被っているので聞こえない。慌てて脱ぐあいだに切れて、ヘルメットを付けたら、再び来た。
 ホーマックの店長からだった。先日、店員の応対に怒り、本社に抗議のメールをした。それに対する謝りの電話だった。
 全体ミーティングや朝礼で再教育をやり直す事を言ったので、それで良しとした。
 間もなくスタート。向かい風が強い。斜面が緩いので、クラウチングが長い。
 特にミスも無くゴール。タイムは32秒代。続いて来た Eさんは31秒代
 昼食ご、2本目のスタート。風は更に増し、コースはブリザード状態。小学生はスタート台に着いて準備を終えるが、風で後ろに戻される始末。
 そんな風の中をスタート。風がやはり強い。何とか滑り終えたが、練習の時の滑りとは程遠い。結果は34秒台代。トータルで18人中、15位。40歳代のクラスなので順位は仕方がないが、自分の滑りが出来なかったのが残念。
 Eさんからポールから離れていたと指摘。逃げていたかな。桂沢の優も失敗して36位。お互いメールで練習しか無いとの結論を出した。北広島で18日の大会の申し込みをして、札幌へ。
■ 2月3日(土) ■ 桂沢スキー場へ

優勝した優君
 朝、4時半に家を出る。さすがに道は空いている。しかし、道はブラックアイスバーンだ。交差点付近は凄く滑る。注意して走る。
 7時には桂沢スキー場に着いた。ここでチューンナップ台の商売をしようと思って、良い場所だと思っていたら、たちまち回りを車で埋められてしまったので、見えにくい場所になった。
 それに車の誘導係員が沢山いて、商売は無料そうだ。駐車場の外の道路が良いのかな?
 となれば、帰りにやるしかない。なかなか商売は難しいものだ。最初はこんなものだろう。まだノウハウが無いから仕方が無いが段々分かってくるだろう。
 やがて優君一家が来た。男子は11時頃のスタートなので、女子や一般のレースを観戦。
 男子大回転で中村優君が中学生の部で優勝した。強いな。
 今日は中村一家が泊まっている、子供の保育施設に宿泊する事になった。
 優君の優勝祝賀会となり、Aさんが持ってきた1.8リットルのワインと私の焼酎でかなろ酔ってしまった。
■ 2月2日(金) ■ 娘と瑞葵を乗せ札幌へ

愛ちゃんになれるか?

ママと一緒
 朝に静岡に今日、出発する姪が来た。一足早いバレンタインでーのプレゼントを貰う。
 我々は10時に出発する。出発してから瑞葵がばあちゃんは?と聞く。ばあちゃんが乗ると思ったのに乗らなかったからで、何度もばあちゃんはと聞く。
 娘がばあちゃんに電話を繋いだ。話し終わってバイバイと向こうは言ったのだが、瑞葵は言わずに、うつろな目になっていた。
 しばらくして睡眠したが、八雲に近づいたら起きた。又ばあちゃんは?と聞く。良いなこんなに慕われて。
 八雲の噴火湾テーマパークで遊ぶ。ここは子供の遊具が沢山あるので、子供にとっては楽しい。
 運転するほうも一休みに丁度良い場所だ。遊んだ後は、ひたすら札幌に向かう。
 札幌の定山渓に入ったら凄い雪だ。この辺りは雪が多い所らしい。
 やがて到着。私は更に40Km先の三笠辺りまで走り車中泊にしようと思っていたが、早朝、勝手に出て行けば良いのにとなり、泊まることにした。
 朝早いと迷惑かな?と考えたがこれなら、迷惑にならない。晩御飯はローソンで売っている、日ハム、ひちょり弁当。
■ 2月1日(木) ■ 展示パネル製作〜MAX修理

修理中、瑞葵はでんぐり返し
 チューンナップ台を販売する為の展示パネルを製作した。これで販売準備は整った。はたして物は売れるのか気になる所だ。
 時間が空いたので娘と瑞葵とで、あちこちをウィンドウショッピングして回る。娘も私に似てか、ジャンルを問わずに見て歩くのが好きだ。
 ダイハツに行く。MAXにエンジン制御異常のランプが点いたのだ。走っていても特に変化は無いようだが心配だ。
 見てもらったら、ガソリンがエンジン内でどう混合しているかを見るそうで、燃費や加速に影響があると言う。そして車も3年が過ぎたので保証は効かないそうだ。
 修理は幾らですか?と聞いたら2万9千円。う〜ん高いな。加速や燃費を我慢ですればそれで良いのかな?サービスマンの言い方もそれ程重要ではなさそうだし・・・。躊躇していたらサービスマンが定期点検しませんかと言う。点検の中で発見されれば部品代だけで良いと言う。点検を含め1万円でやる事にした。
 定期点検なので他の項目もチエックしたのだがブレーキのパッドが磨耗して9月の車検まで持たないと言う。これは前回の車検で言われていた事なのだが、ほっといていた。これも部品代だけで良いとなり、合計1万6千円で完了。
 後の不具合は無いので車検はOKですよと言う。そうかユーザー車検がこのままでOKなんだ。
 色々親切なダイハツでした。
 明日からチューンナップ台の販売とアルペンレース参加で道央に行きます!

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