■ 6月30日(土) ■ 細々と仕事
NO FHOTO  今日は妻の部屋の金網の張替えを行う。金網が破れて使い物にならなくて、暖かくなると、やらなくてはと思っているのだが、その内に忘れてしまい。毎年、毎年、今年はやらねばと思っていた。
 古い金網を、コンパウンドを掛けて、永年の汚れを取ってから、洗浄したらまあまあ綺麗になった。
 網は30分も掛らず張り終えて完成。何年越しに遣り残した仕事も終わった。
 
 午後から壊れたキャリアを治していたが、大きなワッシャーが無く、ホームセンターへ行く。
 このキャリアは青森ねぶたに持って行く。今回は札幌の3歳の孫がねぶたデビューする。
 宿泊は「ねぶた特設サマーキャンプ場」になるので、テントや寝袋など荷物が3倍くらいになる。このキャリアを自転車の後ろで引いて、荷物を運ぼうと言うわけだ。
 祭りでは、孫は2時間も持たずに、途中で寝てしまいそうなので、その時はキャリアに乗せれば良い。今回の祭りは孫の面倒見になりそうだ。
 ホームセンターに行ったついでに壁板を張る際の、下地の木材を買う。
 ゲストハウスの壁をもう一面やる事になってしまった。世界一周チャリ旅の小口君が、途中で一緒になったチャリダー(男1人、女一人)と一緒に、もうすぐやってくるので手伝って貰おう。今度の場所は高い所があるので、一人では大変だ。
 夕方岡山のミルクマンからメールが来た。彼とは日本一周の際、釧路湿原で合った仲だ。その後、日本一周を終えて、彼女と一緒にゲストハウスに来てくれた。その彼女と結婚が決まったそうで、お目出度い。
■ 6月29日(金) ■ 今日も何となくの1日
NO FHOTO  朝からCD製作と何時もの通り。でも本文は一応終了した。まだチエックは残るが少し安堵した。
 CDのカバーを製作をするが、デザインが何度やっても気に入らない。あ〜疲れた。
 午後から義弟のタンスが壊れたと言うので新しいものに取り替えるのに、家具屋に行き注文。ついでにゲストハウスで使う台所用品を購入した。
 その後は、ホームセンターで妻の部屋に付ける網戸を探し、大体目処をつけた。
 そして又温泉。今日も長考・・・・。
■ 6月28日(木) ■ 何と無くの1日
NO FHOTO  朝からCD製作。この頃は少し真面目にやっているので、進行状況は良くなっている。その分真剣にやっているので、疲れも出てくる。
 何時ものように中断して息抜きをする。まずはホームセンターに行き、壊れたキャリアを再生すべく部品を買いに行く。
 部品を買った後は、温泉に直行してしまった。そして長い間温泉に浸かり、物思いにふける。温泉での物思いが、新しい事を考える時の、私の一番良い環境なのだ。でも今日は何も良いアイデアが浮かばず、家に帰る。夜は貧乏美女の何とかやらで、貧乏しながらも色々な事に取り組んでいる女性の3時間スペシャル番組だった。
 こんな番組が好きだ、自分と重なる部分もあって、自分に勇気が出てくる。
 北海道の伊達に住んで居る女性の生き方が良いなと思っていたら、見事グランプリだった。
 前向きにひたすら取り組む姿勢は、心が打たれる。前向きだ!やらねば何事も出来ない。
■ 6月27日(水) ■ 図書館で調べ物
NO FHOTO  今日は図書館で調べ物をするので、チャリに乗って出発する。最近余り走って居ないので、ママチャリでも天気が良いので、気持ち良く走れる。
 じわっと体が暖まった所で、中央図書館に着いた。あれ〜車が居ない。何と休館日だった。月曜日が休館日だとばかり思っていたのに・・・。
 家に戻る。今度は車に変えて北斗市の図書館に行く。各地の町史を中心にもう一度読み直す。
 すると以前にも読んではいるが、その時は気がつかなかったが、新しい事項が発生したので調べる。
 一昨日、落合さんに茂辺地の市街地を出た所の旧道は、沢を登っているとの事だった。
 長靴を履いていなかったので、登る事は出来なかったが、古い文書や絵を調べた。
 1つの古い絵を見つけた。落合さんの言った場所は、観音沢と言う事が分かった。そしてその沢の付近には宝珠寺と言うお寺と上の方には観音堂があって、観音堂は地元の人が信仰で良く通ったと書かれてある。
 そうすれば、旧道の名前が坊主坂と呼ばれていたが、それはお寺があった事から付いた名前の様に思われる。
 新しい発見だった。幕末から明治の道を探すのは手間が掛るな。今度は、観音沢を登ろう。
■ 6月26日(火) ■ 昼から温泉〜GH改造

玄関脇の物入れは中が見えた

ドアを付けたのですっきり
 七飯のAさんから名刺作成依頼があり、打ち合わせに出掛ける。打ち合わせは5分も掛らないで終了した。家には娘さんのスキークロスWCレーサーのY子さんも居た。彼女は今シーズン中はカナダで練習していたが、今シーズン限りで引退を表明していた。
 Aさんが温泉に行こうと言うので昼から入浴。1時間話したりして、温泉を楽しむが、さすがに日中で人はまばらだった。
 家に帰って、GHの改造を行う。ドアにオイルステンを塗り、兆番を付けて、取り付ける。
 兆番を壁に止めるのは一人ではなかなか大変だ。温泉に入った後でもあるので、汗が吹き出た。それでも何とか取り付けが完了した。
 まあまあの出来か?

 昨日、一昨日と右足の親指の付け根が痛い。以前左足が痛風になった時と同じ感じの痛さだ。嫌な予感がした。
 我慢していたら2日で痛みは消えた。温泉に行って足を見たら何ととげが刺さっていたのだ。もうすっかり化膿して中に入り、取り出せない。
 犯人は木の屑だった。ア〜良かった。

 夜は静岡から出産の為、里帰りしている姪の激例会を行った。その席上、函館に置いていった姪の車を静岡までの陸送を頼まれる。何日掛っても構わないとの事なので、旅行をしながら静岡に行こう。
 車にチャリとキャリアを積んで行き、静岡からチャリで走り、その後は熊野古道をキャリアで歩こうかな?
 楽しみが増えた。
■ 6月25日(月) ■ 矢不来台場〜GH改造

福山街道

45度のカットが難しい

観音開きのドアが出来た
 CD製作も朝からやったお陰で土方隊の進行状況の修正が済んだ。残すは史蹟めぐりのみになった。
 そんな所に電話が来た。大野文化財保護研究会の木下さんからだ。北斗市の史蹟を見て、先日私が話した旧道にあった「曲点」のコンクリート柱を見たいと言うので、行く事になった。北斗市で待ち合わせて、北斗市の落合さんの家に行き、3人で向う。
 最初は富川の土塁で、私は何回か行ったが、探せなかった。今日は地元の落合さんがいるので、しっかり案内して貰った。
 土塁としてはかなり大きいものだった。この土塁は松前方面から来る敵に対して作られたと聞いて、それならば、クリーンセンターの前の道が旧道になる筈だ。私が考えている旧道は富川八幡宮からの道なので、土塁の反対側になる。当時の旧道はどちらなんだろう。難しいな。
 その後、矢不来台場に行く。ここは前にも行ったのだが、火薬庫があると言う。探したら見つかったが、目印も何も無いので、一般の人には分かり難いが、はっきりした形で残っている。
 その台場のそばに福山街道があった。私としてはこちらの方が興味がある。
 断って一人で道を歩いてみた、しばらく行ったら、高速道路の工事現場に到着。
 道はここで寸断された。作業員が居て、私が変な方向から来たので、驚いたようだ。
 「人が来た」と言ったら、親方らしき人が、「人に構わず、早く仕事しろ!」と怒った。お〜恐そう。
 さらに旧道の調査をしたかったが、あちこちロープを張っているし、工事中なので調査を諦めた。
 仕事が休みの日曜日にでも来よう。それでも福山街道が分かったのは収穫だった。
 帰ってゲストハウスの改造。物置のドアが無くて丸見えなので、安いブラインドを付けたが、何か雰囲気が合わない。そこでドアを作る事にする。2時間くらいしてドアが出来た。後はオイルステンを塗って、取り付ければOKだ。
■ 6月24日(日) ■ 花フェスタに行く

よさこい木古内みそぎ

こんな焼酎があった。旅人に弱い

自遊旅酒。雰囲気が良い
ジンギス嘉瀬もっこり
 朝から布団の中で原稿の校正をして、適当な所で終わり、午前11時に家を出て、函館シーポートプラザで行われている、花フェステバルを見に行く。
 駐車場は無いので当然歩きだ。天気も良いのでうっすら汗が滲んでくる。
 妻の足取りは早いので、付いて行くのが大変だ。どちらかと言えば私はのんびり歩くのが好きだ。
 花フェスタは大変な人出だ。まずは昼食。大した店も無かったので、たこ焼きを買って、喫茶で生ビールを飲む。妻はミスドーのどうなつセットと生ビールだ。
 花フェスタの会場でやると思った、よさこいソーランが朝市の特設ステージやるとの事で、行こうとしたら妻が居ない。何時も勝手に何処かに行くのが常だ。携帯電話を掛けても、でれませんコールなので、一人で行く。
 そこに連絡が来て合流。3チーム見て家に向うが、途中の大門横丁で焼き鳥屋に入り、焼き鳥(豚)と日本酒。妻は生ビール。
 2人で居酒屋に入るのは何年ぶりかな?記憶にも無い。
 軽く空けて家まで歩く。妻は少し足取りが怪しい。少し酔っているのかな。
 どんどん先に行く妻をほっといて、札ドラに行く。ソフトクリームを買い、酒棚を見たら、「麦旅人」という焼酎があり、購入した。
 先日は一升瓶に張る、ステッカーを作った。自遊旅酒造の、函館山の天然雨水で作ったお酒にした。
 旅人が来た時にはこの瓶で飲もう。勿論中身は普通のお酒だ。
 家に帰って日ハムの応援。今日も3対1で勝った。
 良い日だった。

 STVラジオから記念品や録音CD、さらにジンギス嘉瀬もっこリが送られてきた。
 もっこり流行りだ。
■ 6月23日(土) ■ CD製作&GH改造

テレビが景観を損なう

カバーをした。開ければ見れる

玄関はこの様であった


少し綺麗になった
 毎日変わらないタイトルになってきた。CDは今日で「旅日記」「旧道の詳細」が終った。残すは「土方隊の進行状況」と「史蹟めぐり」がある。
 GHの改造は掘り炬燵部屋のテレビを見えないように隠した。本来は付ける積りは無かったのだが、女性陣に押されてしまった。そこで見ない時はカバ−をする事にした。これで雰囲気はばっちり。
 後は裏玄関をリニューアルした。床はどうするか決めていないがとりあえず周辺を綺麗にした。
■ 6月22日(金) ■ トイレのドア張替え

古い板をはがすのは大変

接着剤を付けて重石で固定

完成したが、隣のドアもやらなくては
 日課で午前中はCD製作で過ごす。天気は快晴だ。何処かに行きたいなと思いつつも、修正作業を続ける。
 妻は五稜郭公園へウォーキングに行った。その帰りに五稜郭タワーに寄って娘に頼まれた「誠」のタペストリーを買うそうだ。
 午後からトイレのドアの張替えとロック付きのノブを取り付ける。
 今まではトイレに水道が来ていなかったので必要なかったが、水道も引いたので、古いドアの板張りを張り替える事にした。
 ノブも付いていなかったので、ロック付きのノブを付けるのだ。
 まずは古い板を剥がす。これが結構な手間が掛る。その後はボンドを付けて、新しい板を置き、重石で接着させる。
 接着剤が乾くまでは何も出来ないので、他の残工事をやってしまう。
 工事も終って塗装を塗ろうとしたが、切れていた。そこでホームセンターに買いに行ったのだが、その色だけが全て売り切れていた。
 帰って、ドアの余った板をカットし、ノブを新たに取り付けて完了。
 今日の仕事はこれで終了だ。
■ 6月21日(木) ■ ゲストハウスに鍵が付いた
NO FHOTO  午前中はCD製作で過ごす。飽きた所で・・と昨日と同じ表現だ。
 ゲストハウスのドアのノブが壊れて、鍵が掛らなかったので、やはり付けようとなり、ホームセンターに行く。でも同じ鍵が無い。仕方が無く似たような鍵を購入。
 帰って取り付けるが、やはり合わない。今まで付いていた鍵と新しい鍵を合わせて1つの鍵にする。
 何とか取り付けも完了した。終ったら電話が来て、先日新聞に記事を書いてくれた、T記者が配属変更になるとの電話だった。
 本州での研修の後、新しい所属が決まるそうだ。 律儀にも挨拶の電話をくれたのだ。
 そして後任はOさんになるそうで、CDの製作が完了したら又記事にするので、連絡して欲しいとの事だった。頑張らなくては・・・。
 夕方から壊れたキャリアの修理をする事にして、眺めていた。
 今度は車輪が簡単に取り外せる様にしたい。そうすれば、電車やフェリーに乗るときには車輪を外して乗れば制約を受けない。
 でも、その構想が出来ない。温泉に行って長考するが、やはり良い案は浮かばない。
 また明日考えよう。
■ 6月20日(水) ■ STVラジオ出演

完成した看板
 朝からいつも通りCD製作をやって飽きた所で、北海道開発建設部に行く。今回出版した「函館の道今昔」といった本を欲しかったので、広報局に行って、自分も道を研究・調査しているので、戴けないかと言ったら、道路課から一般には提供しないように言われているので出来ませんと言う事だった。 何度話しても埒が明かないので帰る。頭が固いと言うか融通が聞かないな。
 帰りにゲストハウスの入り口に看板を作る為の材料を、何時もの100円ショップで購入して帰る。
 写真枠に文字はパソコンでフィルムにプリントして収める。まあ良い出来栄えだ。

 午後からはSTVのラジオ出演。喜瀬ひろしのときめきワイドの中の、みのや雅彦・急式裕美の午後もトコトンだ。スタジオが札幌なので電話での出演になる。
 2時39分頃にスタッフから電話が来て、簡単な説明とテンションを上げて行きましょう!と言われてスタジオから音声が入る。
 函館の旅人 も〜さんで話した。土方歳三「蝦夷の道」の歩いた動機や、出来事など色々話して終了。初めてのラジオ出演も無事に終った。
 録音を掲載しています。

 夕方から北海道放送製作の「たった一度の雪」を見る。千歳の遠藤さんから戴いたDVDだ。
 1972年の冬季札幌オリンピックが舞台で出演者の名前は違うが、本当の話だった。
 台湾から来た選手と日本アルペンの女子選手との話なのだが、台湾は雪が無い国なのだが、敢えてオリンピックに参加するのは、国として世界に認めさせる事にあった。中国の支配下にある台湾としては、オリンピックと言う舞台に参加して名を売る事だった。国から派遣されたアルペン選手は勿論スキーは全く下手。そこに日本女子アルペンのメダル候補の女性がいて、台湾の男性選手のやる気無さに怒る。しかしその彼女も父と母が離婚寸前なのを何とか食い止めようとスキーで頑張ってきたが、父母は離婚する。彼女はオリンピックで滑る気が無くなり、山小屋に逃亡する。そこに台湾の男子選手が探しにやってくる。
 彼の説得で大会に出る事になった。大会は男子の台湾選手は転んでも転んでも滑りゴール。彼女は結局4位でメダルは取れなかった。それでもそれだけ頑張ったのは、国のためでなく、自分の為ではなく、お互いが相手のために頑張った。
 別れて35年後、台湾に行く機会があった彼女は彼の元を訪れるが既に亡くなっていた。2人が会って得た事は、今まで人を好きなれないでいたが、会った事で人を好きになることが出来た。
 更にオリンピックは誰のために戦うんだろう?国のため?自分のため?支援してくれる人のため?
 考えさせるストリーだった。最近の選手は自分の為と言う人が多いように思える。国が違えば国家の為になる。
 人を好きになる事は恋愛でも一般的にでも中々難しい。自分も多くの人を好きになれるようにしたいとつくづく思った。結構泣けてしまった。
 夜は日ハムの応援9回大量得点で勝利。交流戦優勝を決める。
■ 6月19日(火) ■ 壁張り完成〜STVラジオ出演決定

こんな具合に仕上がった


踏台が壊れて転落した
 朝早く起きて食事を作って食べ、直ぐに壁張りの仕事に取り掛かる。
 トイレの窓を隠す桟を入れて、壁張りは完成した。後は塗装だが、2色の色で仕上げる事にした。OSBボードとその上に張った板のサイドを薄めの茶色。板は濃い目の塗装にした。塗るのは大した手間ではない。2時間くらいで完成した。
 向いの関鉄鉱の社長婦人が通り掛り、出来たね、この面だけでは終らないよね。全部やるんだよね、と言われてしまった。
 最初はこの面だけをやれば良いかなと思っていたが、妻からも残りもやるように言われた。
 追い討ちを掛けられたので又ぼちぼちやるかな。
 塗装の途中で踏台が壊れて、台から落とされてしまった。幸い大した事も無くて良かった。
 跡かたづけをし終ったら、妻に電話が来ておばあちゃんを桔梗の家に送っておいたので迎えに来てとの事。今日は無尽があったのを妻もすっかり忘れていたのだ。急いで桔梗に行ってばあちゃんをホームに送って行く。
 帰りに温泉に入り帰宅。直ぐに日ハムの試合が始まる。始まって直ぐに、電話が来た。
 STVラジオの出演依頼だった。みのやまさひこの「午後もとことん」と言う番組の出演だった。
 取材を受けたが、その女性は楽しい女性だった。話しを聞くのも凄く上手で、上手く会話を導くので楽しくてしょうがなかった。こんな女性なら何時までも話していたいな、とつくづく思った。
 明日は14時40分からの放送になる。それが済んで少ししたら又電話が来て、親戚の女性4人がゲストハウスに2泊したいとの事でまた楽しみが増えた。大宴会になりそう。
 またまたメールで日本一周のチャリダーも来る事になりそうだし、世界一周のチャリダーのRYO君ももう直ぐ函館に来る。
 沢山の人が来る家って理想だったが、何とか実現が出来そうな感じになってきた。
■ 6月18日(月) ■ 台湾組帰国&娘夫婦も札幌へ

函館空港のロビーで記念撮影

折角仲良くなったのにお別れ

ラーメン屋で・・髭のつもり
 午前中の飛行機で台湾組は帰国する。昼は近くの店でラーメンを食べ、その後温泉に入ってから分かれようとなった。娘夫婦が買い物に行っている間、瑞葵を近くの公園に連れて行き、1時間くらい遊ぶ。
 兎に角外遊ぶのが大好きな子供なのだ。帰ってラーメンを食べに行く。
 その後は森のチャップリン館に行き、そこで分かれる。騒々しかった3日間もあっという間に終わり、家に帰って後片付けをしたら、どっと疲れが出て来た。
 明日からはまた夫婦2人の静かな日々になるだろう。
■ 6月17日(日) ■ 娘の家の車修他
NO FHOTO  朝に温泉に行き、そこで朝食を食べようと昨日決めていた。モーニングセットを注文すると、温泉に入っている間に、注文した朝食が出来ていて食べれる。
 この温泉は旅館にもなっているので、旅館と同じ朝食になる。1050円で温泉に入り朝食を食べ、コーヒーはお変わりは何倍でもなので、かなり割安だ。
 「湯多里」の湯は熱いのが特徴だ。内風呂は特に熱いが、熱さ好きの人にはたまらない。こじんまりした浴槽は何となく居心地が良い。入浴者は数人と少ないのも良い。最近の温泉銭湯は人が大勢で何かゆったり出来ないが。ここは名前の通りゆったり出来る。
 家に帰ってから車の修理。娘の家の車が、エアロバンパーをぶつけたので変形したのと、取り付けビスの部分のプラスチックが欠けてしまった。
 一度バンパーを外し、金属のプレートで補強して、再び組み立てる。なんとか上手く出来た。
 午後から大野文化保護研究会の木下さんと会う。先日の講演会の写真とお礼を戴いた。その後しばらく話しをして家に戻る。
 直ぐにテレビのスイッチを入れて、日ハムの応援をするが8回まで0対0と硬直状態だったが最後に稲田がサヨナラヒットで感動の勝利になった。久し振りだ。
 今日は娘夫婦と孫の瑞葵との最後の夜で焼肉にする。私はダンボールを使って、中にガスコンロの上にフライパン。フライパンはアルミホィールを引きその上に桜のチップを置いて焼く。燻製するものは、冷凍餃子とソーセージ。出来上がりは講評で、特に餃子は外がぱりぱりで中はジューシィになって意外な美味しさだ。ソーセージは一段と風味が増した。
 食事が終わり、花火をやる。瑞葵も最初は恐がっていたが、段々なれて楽しいんで居た。
 娘夫婦は8時過ぎにイカ釣りに行く。結果はどうかな?私は寝る。
■ 6月16日(土) ■ イカ釣り

なかなか釣れない。娘の旦那も参った

佳子は寝てしまった

娘夫婦から貰った焼酎サーバー
 ゲストハウスにはANDREWと佳子のお父さんが一緒に寝た。朝5時に起きて、お父さんは家に帰り
、ANDREWは海岸を散歩に行ったそうだ。朝はパンとウィンナーと玉子焼き、野菜炒めにスープにした。
 特に台湾人はスープが無いと駄目なのだ。娘の旦那も遅くに起きて来た。
 TVでは自転車レースをやっていて何故か皆はまって見ていた。その内にチエックアウトを終えた女性人がぞろぞろ帰ってくる。
 午後からは夜のイカ釣りの準備のため、釣道具やさんに行く。今回はANDREWと奥さんの佳子も行くことになった。
 4時には家を出るから必ず戻ってくるように言った。何しろ台湾時間はかなりいい加減で、時間通り来る事は絶対ない。
 ユニクロに買い物に行くと言う事なので絶対遅れるなとは思っていたが、案の定全く戻っては来ない。
 あれだけ言っても何も変わらず1時間遅れて戻って来た。
 直ぐに出発する。港埠頭に行く。ここは行った事が無いのだが、新聞でイカが釣れている情報を見たので行く事にしたのだ。
 着いて早速釣りはじめるが、少ししたら回りが竿をしまい始める。早いなと思っていたら、6時でゲートを閉められるので、車を外に出さなくてはならないのだ。それが又かなり遠い場所なのだ。
 娘と旦那が車を移動して帰ってくる。釣の方はなかなか反応が無い。
 その内ANDREWも飽きてきたし佳子は寝ているし、帰る事にする。結局1匹も釣らずに釣りは終った。
 恐らく遅い時間に釣れるのだろう。まだ誰も帰ろうとはしない。
 今日、父の日のプレゼントに焼酎サーバーを娘から貰った。
■ 6月15日(金) ■ 壁張りが終了、娘夫婦と台湾から客

ANDREWと妻のお父さん
 壁張りも午後3時には全てを終えた。後はペイントを残すのみだ。
 夕方に、札幌の娘夫婦と孫の瑞葵さらに台湾から札幌に来た姪の佳子夫婦と優華がやって来た。
 今日は年に1回の女の日と決めていて、温泉で一泊をする事になっている。
 男性は今までは、特に何もしてはいなかったが、今回は台湾のANDREWが来たので居酒屋で皆で飲もうとなった。
 女性陣は総勢、6人でホテルに行った。残った男性人は一人がなかなか来なくて、6時半まで待ったが、皆いらいらしていた。ようやく到着して湯ノ川の居酒屋「ココ」に行く。
 ANDREWとは半年ぶりくらいなのだが、彼も日本人の奥さんがいるのに、なかなか日本語は上達しない。
 4歳の子供の方がはやく覚えそうな勢いだ。台湾は新幹線も出来たし、南北を走っていた高速道路も1本追加になるなどで、景気は良いそうだ。
 色々と溜まった話しをして楽しく過ごし、ゲストハウスに戻る。
 ここで再び宴会が始まるが、娘の旦那は風邪を引いていて、早々に寝る。
 佳子のお父さんは酔って居間で寝てしまう。結局ANDREWと2人で遅くまで飲んで話した。台湾にも行かなくてはと思っているがなかなか行けない。
 今度は冬に来ないかと言われた。ANDREWのお母さんの実家がみかん農家で冬にみかん採りが行われる。そこで仕事を手伝いながら、部屋と食事を提供してもらって、仕事の合間に台湾をあちこち回ろうと言う事になった。
 スキーは1シーズン休もうかな??・・・
■ 6月14日(木) ■ 外壁リフォームの続き

壁の下に部分に板を張った
 今日も朝から原稿チエックと食事後は外壁のリフォ-ムの続きを行う。
 昨日まで張ったOSBボードの上に、2×4の板を張ることにした。
 取りあえず30枚買ってきて一枚づつ貼り付けていく。ドリルもかなり使い込んだものなので、電池が直ぐに消費してしまい、充電が追いつかないので、仕事はのんびりペースになる。
 それでも夕方までに60%くらいを張り終えた。明日も引き続き張る作業をして、その上にマホガニ系のオイルステンを塗って、濃い茶色の感じにする。
 でも明日は台湾から札幌に着いた、姪夫婦が娘の車に乗って函館までやってくるので忙しい。午前中が勝負だな。
 夜は日ハムの応援。
■ 6月13日(水) ■ ゲストハウスの外壁リフォーム

リフォーム前の板は錆びていた

リフォーム後はこの様になった
 朝早くから相変わらず原稿のチエックをする。まだまだ時間が必要だ。
 朝食後も原稿のチエックをすれば良いのに、天気が良いのに誘われて、ゲストハウスの外壁のリフォームを始める。
 材料を買いに行って帰ってきたら昼になってしまった。
 外壁はかなり錆びているので、その上に下板を張り、更にその上にOSBボードを張る。
 今日の最高気温は27度まで上がったが、湿度が無いせいかそれ程熱くは感じなかった。
 それでも汗ばんではくる。
 午後4時までかかり大まかには張り終えた。見栄えはかなり良くなった。この上にオイルステンを塗って濃い茶色にしようかなと考えている。その後はどのようなデザインにするか考えなくてはならない。
 汗ばんだので温泉に行くが、いつもより早い40分で済ませて、直ぐに家に帰り日ハム戦を見る。0対〇が続いたが8回表に2点を取られる。9回裏に1点返したが万事休す。 
■ 6月12日(火) ■ 函館に帰る
NO FHOTO  11時に札幌を出て、ひたすら走る。昼食を食べた以外は走りっぱなしで、何処にも寄らない。
 七飯でアルペンチームのAさんの家に行く。やるものがあるから、寄るように電話が来ていた。
 到着捨てホワイトアスパラを貰う。玄関で話していたら、WCレーサーの娘さんも帰って来た。
 今シーズンはカナダ在住だったが、スキーシーズンも終えたので帰国していた。
 見ると普通のお嬢さんなのだが、世界で戦っている女性レーサーなのだ。
 しかし今シーズンで引退するそうだ。
■ 6月11日(月) ■ 妻と娘のお付き合い

熱心な応援

にこやかに
 朝7時30分に手稲のきよさんの家に行く。きよさんが新しく買ったロードに地図を付けたいが上手くいかないそうなので、DHバーを付けたらと勧めた。
 そのDHバーを届けに来た。きよさんは新婚で今は真っ当に会社勤めなので、朝は忙しい。
 それでも上がり込んで、お茶を頂き、少し話をする。 帰って妻と娘を車に載せて、千歳の美容室に送る。 時間は3時間くらいかかるので、リサイクルショップに行ったが興味のある物は無し。
 新しく出来た本屋に行き、料理の本を買う。ゲストハウスで出す料理を考える。
 夜は日ハムの応援。瑞葵は選手の名前を読んでの大応援。
 選手の名前はサブまで知っている。稲葉ジャンプもやる。兎に角元気だ。
■ 6月10日(日) ■ ヨサコイそーらん見学

函館のチーム
 フェリーで4時間ぐっすり寝て、まだ暗いなか、チャリで家に帰り、3時間寝てから、札幌に向かう。
 ノンストップで5時間かかり到着。車を娘のアパートに置いて大通りまで歩く。
 まずは東急ハンズでチャリの部品を購入。その後、祭会場に行く。
 ここで千歳のEさんと待ち合わせ。しばらくスキーの話などをする。
 Eさんが帰った後、セミファイナルのステージを見るのに観覧席に行く。妻や娘夫婦と孫が既に着席していた。1時間30分見るが、やはり参加出来る青森ねぶたが面白いな。
■ 6月9日(土) ■ 40kmウォーキング

スタートの五所川原駅で
 朝になったが旅館では何事もなかった。何時も寝ている岩木川の河川敷に張るテントよりは、当然はるかに良かった。
 朝にはお茶と新聞を部屋まで持って来てくれた。素泊まりで新聞が部屋に配達されるのは珍しい。
 天気は良く太陽が出ているが、雨も時々降るそうだ。昨日飲んだ時、井ノ上のママさんも参加することになった。昨年40Kmウォークの話しをしたが、その後、毎日1時間歩いて練習していたそうで、今日の日を楽しみにしていたようだ。
 娘からメールが来て、日ハムが14連勝!何処まで続くのだろうか?
 二日酔いで、調子の出ないまま、何とか20Kmを歩いた。後20Kmあるが、もつかな?と思いつつの歩きだ。
 最後の休憩地点からスパートを掛ける。昨年も同じ様にスパートを掛けてトップでゴールしたが・・・。
 今回は最後部からの出発だったのでかなりピッチを上げて歩く。トップを除き全員を抜いた。そのままのペースで行くが、トップとの差はなかなか縮まらない。
 その内にお腹が痛くなった。汗をかなりかいた後に涼しい風が吹いたので腹がすっかり冷たくなっていた。その影響でトイレに行きたくなった。我慢して歩くのも大変だ。
 4時過ぎに40Kmを完歩した。千畳敷に到着後に、ビールで乾杯したが、喉がからからなので格別に美味い!
 帰りの電車も祝杯、五所川原に到着し、軽く一杯を井ノ上で飲んでから、青森行きのバスに乗るが、心地良い揺れと疲れでうとうとしてしまう。
 青森西高校で降りて、フェリーターミナルまで5kmを重いザックを背負い歩く。フェリーは23時30分。こんな時間まで起きないので眠い。
 フェリーに入って直ぐにマットと寝袋に入り寝てしまう。
■ 6月8日(金) ■ 五所川原に向う
NO FHOTO  朝8時10分の青函フェリーに乗るので、6時40分に家をママチャリで出発したが、意外と早く到着して、1時間前に到着した。
 青函フェリーのHPに載っている、割引券を提出すると10%割引になる。
 フェリーに乗ったが、原稿のチエックを始める。真剣に4時間もやったお陰で?、130ページの原稿のチエックが出来た。 
 フェリーターミナルから歩いて1時間で、津軽新城に着いた。
 ここから15分後に、五所川原行きのバスがあるので乗る事にした。天気は快晴で気持ちが良い。今まで来たことが無い町なので歩いて見たいが、時間も無いので諦めた。
 五所川原に着いて、宿の手配もしなければならない。安い宿を見ながら、温泉に向かう。
 途中にあったT旅館が良いと決め、温泉に入る前に電話して決定。
 鶴の湯温泉は五所川原に単身で転勤してきた時に、朝風呂に良く通った。5時からやっているので、仕事前に入っていたという贅沢さだ。
 番台のおばあちゃんが、何回か来ているでしょうと話す。退職して5年経つのに、まだ覚えてくれている。
 しばらくおばちゃんと話す。 
 懐かしい熱めの浴槽に入れば、額から汗がでてくる。サウナに入って、身体を洗おうとカランの前に座っていたら、後ろから、やあ〜と声をかけられる。
 両肩に入れ墨をしている。そんな奴は知らないよと睨み返した。
 のんびり風呂に入ってから、上がって脱衣所出たら、その入れ墨さんも出て来た。「先ほどは済みませんでした。知り合いに似ていたもんですから、迷惑をかけました」と謝る。まあまあと言って、場は収まる。
 その後は休憩室でテレビや新聞を見てのんびりする。以前の会社の元同僚を誘い、馴染みの居酒屋、井ノ上に行く。
 ここで話題になったのは、今日宿泊する旅館だった。何故ここに泊まるの?だった。皆があそこは怪しいよと言ってるよと・・ママさんもあまり語りたがらない。いったい何だろう?
 飲んで早めに宿に行く。部屋に通されたが、別に何も無い、何だろう。
■ 6月7日(木) ■ 養護施設の誕生会
NO FHOTO  今日は義理の弟の養護施設の誕生会に出席する。新しく出来た、レストランで行われた。
 数ヶ月に1回、誰かの誕生会が行われるのだが、身内の来る人と来ない人とが居る。
 今日は半数ほどの身内の方々が来られた。でも来る人がいれば良いのだが、これない人もいるし、全く来ない人もいる。
 何時もは穏やかな、向いに座ったおばあちゃんは普段は大人しい人なのだが、今日は荒れていた。
 周囲に身内の人が来て、自分の所は誰も来ていない。ご長男の方は仕事があるので平日はなかなか来れないのだ。
 何か可愛そうなのだが、どうすることも出来ない。食事が終って、掛りの人が「おばあちゃん美味しかったかい?」と聞いたら「美味しくない!」と答えた。食事以前の問題なのだ。
 養護施設に入っている人は年々、体力、気力が落ちているのが分かる。
 今まで元気だった人も、車椅子になったり、話しをしなくなったり、耳が聞こえなくなったりしているが、そのペースが速いようだ。
 私の義理の弟も、今はリハビリに通っている。連携する病院でリハビリ科が出来たので、リハビリを進められた。本人が行きたいと言うので、車で病院まで行ってやっているが、以前と全く変わらない。
  このままずっと通って、診療費を払い、何も変わらなかったと言う結果が見えそうだ。
 施設は病院が経営なので、便利なようだが、医療費が増えていく。
 皮膚科にも掛っているが、往診に来るたびに皆を診ていくので、長い期間掛り費用がかさむ。何時になったら直るのかな?明らかでない。
 どうも病院と養護施設の関係が明確でない。

 明日から旅に出ます。五所川原〜千畳敷の40kmウォークです。
 ウォークの様子はブログで・・・・。
■ 6月6日(水) ■ マフラーの追加修理

マフラー修理もこれで大丈夫だろう

小口君のお母さんから手紙と蕎麦が・・
 今日は早朝から気合を入れてCD製作を10時近くまで行い。その後、車の修理に桔梗に行く。先日マフラーに穴が開いたので熱硬化剤を塗ったのだが、昨日はバスツアーがあり、行けなかったので硬化状態の確認に行く。
 早速、見たら硬化剤は石の様に堅く固まっていた。これで大丈夫かなとも思ったが、慎重を期すため更に上に塗り、その上に金属製の板を取り付け、その上から更に硬化剤を塗る。これで24時間置けば多分大丈夫だろう。
 
 帰って来たら妻が居ない。電話したら病院に行っていた。昨日から腕に薬を付けていたが、我慢が出来なくなり病院に行ったそうだ。原因は毛虫にかじられたそうだ。最近多いらしい。先日畑に行って仕事をしたのでその時に刺されたのではないか。

 午後に宅急便が来て、先日ゲストハウスに宿泊し、その後、宗谷岬に到着、現在も元気に走っている。世界一周自転車の旅の小口君のお母さんから、信州信濃の生蕎麦が届いた。
 我家に泊まった事に感謝しての事なのだが、こちらも十分楽しませて貰っているので、そんな必要は無いのだが、母親にとっては嬉しかった事なのだろう。

 CD製作中の書類の道の部分のみをプリントアウト。道の部分だけでA4で130枚にもなった。後の歴史、旅日記、史蹟などを合わせると凄いページになりそう。やはりCDにして良かった。
 コピーを取ったのは、五所川原での40kmウォークに参加するのだが、パソコンは持って行けないので、コピーを取ってフェリーの中や旅館で原稿チエックをやろうという魂胆だ。
 午後から温泉に行って、身体を清め?日ハムの応援。今日も新人の木下君が頑張って勝利し、13連勝になった。
 今日から妻の大好きな「YOSAKOI」ソーランも始まった。またまた忙しくなる。
■ 6月5日(火) ■ 大野町で講演会

二股台場山での参加者

久々にも〜さんの写真

ポスターには旅人となっていた。
 今日は大野町文化財保護研究会の講演を頼まれている。午前中はCD製作を行い、妻の妹を乗せて出発。土方歳三「蝦夷の道」トレッキングに1日参加してくれた、SさんとMさんも来た。
 何時もは20名程度しか集まらないそうだが、今回はあっという間に48名に達したそうだ。
 今回のバスツアーの場所は何度も回っているので特に新しい所は無いのだが、それでも皆でわいわい話しながらバスで回るのも楽しい。
 3時過ぎに終了し、私のセミナーが始まる。30分くらいと言う事で、旅の事はHPで見て下さいとなったが、どの位の人がインターネットを見れるのかな。
 大勢の人の前で話すのは、何年ぶりだろう。社内では話すのだが、もう退職して5年になる。しばらくぶりの話に心配だった。
 道の話なので、興味のある人は多分一部だろうな。一応写真パネル用意したので、今まで知らなかった道の写真を見れるだけで良いかと思った。
 本当はこの道の一部でも歩いて欲しい。そうすれば箱館戦争や土方歳三の事が良く分かる。
 土方歳三や箱館戦争の本を読んでいる人は是非歩くべきだと思う。書いている文書と実際の状況はかなり異なる部分がある。
 やはり現地主義で無ければ。皆に気に入って貰えただろうか。
 帰り際にHP見てますよと数人に言われたが嬉しかった。
 夜は日ハムとキリンカップでチャンネルを切り替え切り替えで大忙し。
 日ハム12連勝。キリンカップ優勝。最近は楽しい。
■ 6月4日(月) ■ マフラー修理や打ち合わせ

マフラーの修理

ツツジが綺麗に咲いた
 朝からCD製作をして、昼には桔梗に置いてあるフレンディのマフラーの修理。
 パイプとパイプのつなぎ目で真っ二つになっている。切れた部分に熱硬化性のパテを塗って今日の分は終了。乾燥まで24時間は待たなくてはならない。堅くなったら更に上に塗り、完全を期す。
 妻は畑仕事に精出している。庭にはツツジが綺麗に咲いている。
 仕事が終わり、妻を温泉に置いて、私は明日のバスツアー後の講演会資料を大野の文化財保護研究会に届ける。
 バスツアーは盛況で新聞に出たらあっと言う間に48人の申し込みがあり、バスは定員オーバーしたそうだ。研究会のメンバーには自家用車での移動を頼んだそうだ。
 中には土方歳三ファンもいるそうで、遠くから来る様だ。
 終わって温泉に行き妻と合流して、家に帰る。今日は野球も無いので早く寝れそうだ。
■ 6月3日(日) ■ 写真パネルの作成

写真パネルの作成
 今後の活動として、「土方歳三 蝦夷の道」の報告会と写真展を行いたいので、写真パネルを作成する。
 取り敢えずは6/5の講演会で使用する分を製作した。
 カラー写真だからインクも減るので大変だ。費用も結構掛りそうだ。さらに開催場所も探さなくてはならないし、プロジェクターが有れば良いのだが、これもレンタルになるのかな。悩ましいな。
 午後からは日ハムの試合があるのでテレビに釘ズケだ。結局日ハムが2対0で勝ち、11連勝となった。凄い記録だ。
 
■ 6月2日(土) ■ 講演会資料の作成

プレゼントされたTシャツ
 6/5に行われる、「土方歳三奮戦の地 台場山散策」バスツアー」の案内が北海道新聞に載り、私の講演会も行われると書いてあったので、そろそろやらなくてはと当日の講演会資料の作成にとりかかる。何事も切羽詰らなければ始まらない。
 午前中にはほぼ終えて、今日はこれでのんびりかと思った。妻は珍しく五稜郭公園に行ってウォーキングすると出かけている。昼に帰って来たら、お土産だと言って「誠」のマークの入ったTシャツとタペストリィを買ってきた。
 お父さん灯油が少ないよ、の一言で、出かける羽目になる。
 ついでに静岡から来ている姪に豆乳を届けるので妻も行くと言う。我家のすぐそばに豆腐屋があるので、豆乳は出来たてが手に入る。それじゃ温泉にも行こうと決定し出発。
 豆乳を置いて、ホームセンターでマフラー修理用品を購入し、温泉に行く。
 露天風呂にのんびり入っていたら「毛利さんですよね、新聞見ましたよ」と男性が来た。中学の同期生の福原と言う人で、中学校の時に私にカンダハーのスキーを借りて昔あった砂山で良く滑った事が今でも忘れられないと言う。確かに当時私はスキーを持っていた。おばあちゃんが何処からか調達したのだろう。
 冬になれば赤々と燃えるストーブのそばで、何時も蝋を塗っていた事が思い出される。
 所が私は顔の面影は分かるものの、スキーを貸した事などは思い出せないのだ。中学校の記憶は何故か少ないな。
 露天風呂に入っていたら、男性二人の話しが聞こえ、大野のバスツアーに行くと言っていた。この人たちも来るんだと思いながら湯に浸かっていた。
 帰りに灯油を購入して帰宅。夜は日ハムだ。札幌の娘は1時からドームに並んでいるとメールが来る。4時入場で試合は6時だ。5時間待ちで試合を見るという気合の入れようだ。外野席の場所取りは大変だ。
 試合が始まって孫の瑞葵は4回で寝てしまったと、写メール。寝たらどんな音にも動じない。日ハム10連勝だ!
■ 6月1日(金) ■ CD製作に精を出す
NO FHOTO  しばらくやっていなかったCD製作に没頭する。天気は快晴だ。何処かに出たいな・・・。午前中一杯やり作業は中止。やはり一日中の仕事はきつい。
 妻から「おとうさん靴取って来たら?」と言われる。川汲に山菜取りに行ったとき、長靴を借りてそのまま忘れて履いて来てしまった。
 お陰で夏のスニーカーが無いので、冬の靴を履いてここ1週間くらい過ごしたが、兎に角熱いのだ。足が蒸れて仕方が無い。
 千葉さんに電話して川汲に行ったら、もう来ていた。 テーブルと椅子を出して、日差しが燦々と照る中話しをする。下には川汲川が流れ、山は新緑で景色が良い。
 しばらく話しをして、すっきりとした。千葉さんがエンジン草刈機が故障して動かないと言うので、点検したら、電気系統に不備があり、修理したらエンジンが掛った。千葉さんは大喜びだ。
 帰りにウドを沢山貰って帰る。家に帰って少ししたら静岡から姪が出産のために帰って来たと遊びに来た。
 お母さんも一緒だ。お母さんは始めての一人歩き旅をしてきた。福井から京都までの100kmくらいある鯖街道を3日間掛けて旧道を歩いた。
 一人旅に自信が付いたようだ。女も一人旅が似合う時代だ。夜は豪勢に寿司にする。写真が売れ、振り込まれたので、食べようと私のおごりになった。
 夜は日ハムとオシムジャパンの試合があり、テレビを交互に回しながら見る。どちらも勝利で良い気分で眠る。

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