■ 9月28日(金) ■ ビジネスフロンテイアカップ

東さんの執筆した本(山と渓谷社)


青森ねぶたで安東さんと
 函館市で新製品のアイデアを募集を募っていた。 ビジネスフロンテイアカップと言うもので新聞に出ていた。これに応募するので朝から応募用紙に必要事項を記入した。採用されれば事業化に向けてのアドバイスなどが受けられる。1次審査で残る事が出来れば、来年の2月にプレゼンテーションがあり、その結果で決まる。
 何事も前に進まなければ何も起こらない。躊躇してはいられない。

 昼は義弟の誕生日会。今回は寿司屋で行われた。何時もは来ない妻が今回は来ると言う。
 会費は1000円なのだが、ここの寿司屋は単価が高いので、1000円は超安い。私はいつもの通り安物ばかりを食べるのだが、妻はトロや牡丹エビ、ウニなど高単価の物を集中して食べている。
 牡丹エビだけでも500円だ。主婦は強いな。

 温泉に入って帰ったら、冒険家安東さんから、彼の執筆した本「チベットの白き道」の本と青森ねぶたの写真、地平線会議の月報が入っていた。凄く嬉しかった。早速読もう。
 来月は地平線会議に出席出来るので楽しみだ。
■ 9月27日(木) ■ CD注文に慌てて・・
NO FHOTO  パソコンのメールを見たら、土方歳三「蝦夷の道」のCDを欲しいが、金額や購入方法を教えて下さいと有難い内容のがあった。
 日記には出来た! と書いたが購入方法はまだどうするか決めていなかった。
 やはり安い方が良いと思いいろいろ調べたら、振込みが安い。郵便局の窓口に行けば、100円掛るが、送り先が負担ならお金が掛らない。
 早速郵便局に行って話しを聞く。やはりこの方が良いとなり、振込口座を開設して貰う。1週間くらい掛かるそうだ。これで振込みは大丈夫。
 次に送る方法を考えたら「クロネコメール」が80円と安い。でもこれは雑誌や書類だからDCはどうかなと思い、クロネコヤマトで話しを聞いたら、1cmの厚さならOKだそうだ。クッションを多く入れて、あまり厚くするとオーバーするが何とか行けそうだ。
 
 ようやく終えて家に帰って来たら、妻が
「お父さん落葉キノコがもう無くなったよ」との話。
毎日味噌汁で食べたり、佃煮にしたから結構採ったのに無くなってしまった。
「やる事が一杯あるんだけど・・・」
「でも・・無くなった」
仕方が無く南茅部まで行く事にする。2〜3回食べるキノコを採って帰る途中、川汲で千葉さんに会う。
 倒木を切っていた。足場の悪い所は切れないと言うので、チエンソーで切ってあげ、その木を20m位上の平らな場所まで運んだ。
 千葉さんも70歳をとっくに超えたので厳しいくなってきたんだな。
 その後千葉さんの所有している落葉松のある土地に行ったがそこにはキノコは無かった。
 昔は沢山あったのに・・と残念がる。何しろ土地を沢山持っているので、全ての土地を回りきれないでいるのだ。
 それなのに又600坪の山林を買おうとしている。こんなに買ってどうするんだろう?
■ 9月26日(水) ■ 旅立ちの準備

寝袋の中にNASAのシートを入れた。
 朝随分明るいので目が覚めた。窓から真ん丸い月が部屋の中を照らしていた。もう直ぐ満月だ。
 そろそろ旅立ちの準備をしなくてはならない。まだ十分日にちはあるはずなのだが、多分近くになってうろたえるに違いない。
 今日は静岡に運ぶ車の部分塗装を頼まれていたので、少し手がける。
 次に寝袋の準備。今回は行く時は暖かい地方に行くので良いのだが帰りは11月の中になる。
 かなり寒くなる。そこで寝袋対策だ。3シーズンの寝袋だけだと行くのは良いが、帰りは最低気温が2〜3度にはなるだろう。
 そこでNASAのシートを使用する。以前から使用して暖かいのだが、今までは上と下のシートがばらばらなので、軽いシートはあちこちに移動して何時も体から離れている。
 そこで2つのシートを縫い合わせる事にした。これを寝袋の中に入れれば暖かいに違いない。
 早速妻に頼みやって貰う。裁縫は得意なのであっという間に完成した。
 これを今日の夜着てみて試そう。
 次にレインウェアだ。いつもこれで悩んでいる。ゴアテックスのレインウェアを買えれば良いが、2万円は超える。私にとっては厳しい出費になる。
 100円ショップのレインウェアを購入。直ぐに傷む事は目に見えているが今回だけと考える。
 家に帰って秀岳荘の昔のレインウェアに防水スプレーを塗って乾かし比較テストをする。
 水道のホースノズルをシャワーにしてまずは秀岳荘のウェアーにかける。
 表面は防水スプレーの効果で水をかなりはじいていて良いかなと思ったが、裏に水は染み出ていた。
 次に100円ショップのレインウェア。水をかけたが全く染み込まない。
 何でこんなに差があるのだろう?強度的には弱いし、汗も外には出ないだろうが、水には強いのは明らかだ。軽いし・・。
■ 9月25日(火) ■ 十五夜

おばあちゃんの部屋に飾った
  朝からCDの製作。ケースカバー、CDラベル、使用方法の印刷、CDのダビングなどを朝早くからやって、昼まで40枚を作成した。
 売れるか売れないかは全く分からない。でもやらなければ前には進まない。何事も創造が出来なければ前には進まない。
 後は頑張って売るだけだ。個人で売ることの難しさも分かるし、黙っていれば売れないのは分かっている。何とか売る手段を考えて、前に進もう。
 
 今日は十五夜だ。我家にも供え物もするが、妻のお母さんにも15夜を実感してもらおう。ススキを採りに行こうと横津岳に向かう。何か山の上の方が良い物があると言う、気持ちが出てくる。
 ススキなんて何処にでもあるものだが、人の行かない場所の方が良いのがあると錯覚する。
 山に向ったが全くススキが無い。何で?と考えながら、山に入り口に行く。ここでようやく少しのススキがあった。
 先客のご夫婦が居た。彼らも同じ考えかも知れない。まあそこで採っておばあちゃんの居るホームに向う。その途中にススキはあるはあるは凄い。
 ホームに着いたら、周りにススキが沢山ある。そんなもんだろうな。
 おばあちゃんの部屋にススキや供え物を飾った。おばあちゃんは喜んでいた。

 家に帰って新聞を読む。北海道新聞の「みなみ風」に自転車日本一周の記事がでかく載っていた。神戸の大学生のK君の記事だ。道内を2ヶ月回って函館に来た。
 沿道で子供たちに励まされて教員になる事を決めたそうだが単純すぎるな。
 旅の費用は400万円。チャリダーでこんな金を使う人は今まで知らない。車で回ってもこんなに掛らない。普通で50〜60万円。
 400万円は今度世界一周を6年間10万キロする小口君の費用だ。
 まるで大名旅行か?勿論詳しい事は分からないが、こんなに裕福なチャリダーにはお目にかかった事が無い。こんな人が教師になるんだと思うと少し寂しい。世の中が分かっているのかな。
 でも人の旅は自由だから、それを言うべきでは無いかも。
■ 9月24日(月) ■ きよさん札幌へ・キノコ狩り

ゲストハウスで記念写真

沢山獲れました
 朝にきよさんが札幌に出発。膝の痛みも無くなったので、帰りも自転車で帰る事になった。朝はイカ売りが来たので、新鮮なイカ刺しを食べて貰った。
 いつものように記念写真を撮ってから出発。札幌までは260km往復する意欲は凄いな。
 さて何をするかなと考えたが、妻がキノコ狩に行きたくて仕方が無い。
 テレビでどこどこで採れてたから、道南ももう出ているよと行きたくてうずうずしているので、南茅部に行く事になった。
 ついでに近くの温泉に入ろうとなり、持込弁当を買って出発。天気は快晴で気持ちの良いドライブで南茅部に着いた。
 キノコ狩の場所には、もう既に1台の車が居た。もう遅かったかなと思ったが、落葉松の林に入る。
 ここの林は昨年も来ていて、ある特定の場所にのみ集中してキノコが生えている。
 同じ落葉松の林の中でも他の場所には全く無い。車から10mくらいの近い場所に入る。
 あった!獲られていなかった。30分くらいでスーパーのビニール袋一杯に獲れた。妻も一杯取ったのでこれで十分だ。
 その後温泉に入る。出てきたらロビーで日ハム戦をやっていた。
 4対2で負けていた。テレビを見る事にする。そこに妻も来て一緒に観戦。 
 試合は同点になり、延長になる。ここで放送時間が無くなりテレビは見れないので、直ぐに車に乗り、ラジオを聞く。
 こちらは電波状況が悪いので雑音が多い。耳を必死に澄ましながら聞いて走る。
 試合は延長12回で引き分けになった。負け試合の雰囲気だったからOKか。マジックは7になって1つ減った。
■ 9月23日(日) ■ お墓参り・・谷地温泉へ
NO FHOTO  朝7時に、私の方の墓参りに行く。きよさんも同行する。いつもの様に供え物を上げお祈りする。
 天気が良くて気持ちが良い。供え物を食べるが、回りは供え物を察知したカラスが飛びまわる。
 終って谷地頭温泉へ。3連休なので函館以外の車も多い。
 風呂でも話しまくりで、結局1時間入っていた。きよさんの膝も大分良くなったようだ。
 帰りに「浅利」有名コロッケを買って帰り、朝食はコロッケとサンマでお腹一杯。
 洗濯も済ませ、天気も良いので何処かに行こうかとなり。自転車で山を登ろうかとの話も出たが、又膝が痛くなるので止めにして、釣りに行こうとなった。
 チカが釣れているが、早朝〜昼までとの情報が新聞に書かれていたので、もう遅いかなとも思ったが、天気が良いので岸壁でのんびりも良いかと、南茅部の漁港まで走る。
 釣り人は多かったが、あまり釣れては居なかった。こまいのは泳いでいるがこれは小さすぎリ。
 周りを見てもたまに釣れる程度だ。2人で岸壁に座ってまたまた話をする。
 周囲の人も帰り始めて人も随分減った。近くの釣り人が来て話す。12時半頃、大型のが入ってきて相当釣れたそうだ。少し遅かったな。回遊しているから来れば幾らでも釣れるし、来ないと全く釣れない。
 最後にきよさんが2cm位のチカを釣った。こんな小さいの釣れるの? と言うくらいの小ささだ。
 それでも1匹釣った事にして帰る。
 夕食はラムしゃぶに蟹。この蟹は近くのスーパーで時々売るのだが360円と格安で、美味しいしいのだ。結構大きくてこれだけでも結構お腹が膨れる。
 話は尽きる事無く続き、夜遅くまで楽しかった。きよさんは明日も走って札幌に帰る事になった。
 途中で膝が痛んだら輪行で帰る事にする。
 9月22日(土) ■ 札幌きよさん・・チャリで函館へ
NO FHOTO  朝に家に電話が来て、妻から清川さんから電話だよと部屋に来る。清川さん??少し考えてきよさんだ! 何時も旅人ネームで呼んでいるので、本名を言われると誰だったけと考えてしまう。
 今日これからチャリで函館に行くけど、何か用事ある?との事。無い無い!来てよとなり、きよさんは札幌を9時30分に出発した。今回はロードレーサーでの激走だ。
 その間に妻の実家の墓参りをする。おばあちゃんを迎えに行ってから、高台の墓地に到着。今年の春の彼岸は、11人居たが、今回は3人しか居ない寂しい墓参りとなった。
 のんびりと供え物などを食べて、帰りにおばあちゃんのおごりで回転すしで食事。
 夕方家に帰る。きよさんはどうしたかな?夕方到着の筈だが?
 携帯電話を見たらマナーモードになっていた。メールを見たら・・

 12:27 40km走りましたが風強い。向かい風です。いつつくやら・・・
 (強風で苦戦していた)
 16:33 130km来ました。黒松内。このペースだと10時に着きます。夜分すいません・・(汗)
 (4時間で90kmだ。平均は20km/Hr出ている)
 
 もし苦しくなったら迎えに行くととメールを打ったら
 16:53 まだ大丈夫。ピンチに頼みます。
 (まだ大丈夫そうだ)
 18:50 今、やっと八雲です。後75kmあります。寒いですね13度です。右膝逝きました。9時代に着きたいがどうなるか 騙し騙し行きます。
 20:15 やっと森の道の駅。後45kmぐらいです。9時代は膝が痛くて無理そう。10時代に着きます。
夜分すいません。
 (膝が痛そうだな・・何度もやってるから)
 20:57 大沼ラッキーピエロまで来ました。後30km 膝激痛で極限状態ですが完走します。
 (彼の好きな?苦行の道に入ったようだ)
 21:28 函館 寒いですね 寝たかな?
 (まだ起きてるよとメール)
 21:30 後、20km程です。
 (これだと10j時半頃到着かな? ゲストハウスの外灯に照明を入れる)
 22:30 家の窓にライトが映った。妻が「きよさんだ!」と言ったので直ぐに玄関を開けたらお〜寒い。外は想像以上に寒かった。
 
 直ぐにお風呂に入って貰い、出てきた所でビールで乾杯!!
 美味しそうに飲み干すきよさん。無事260kmwを完走したので、安堵の様子で良かった。
 ここから一気に盛り上がり。1時過ぎまで1升瓶を空けてしまい就寝。
■ 9月21日(金) ■ 土方歳三「蝦夷の道」CDの完成

ようやく完成だ!
 今日は最終版を作るため、家電量販店に買い物に行く。この度ヤマダ電機の近くに新しく出来たコジマに行く。先日オープニングセールを行ったが、意外に品物が残っていた。
 CD−R、CD−Rケース、ラベル類を50セット分購入した。
 家に帰ってCDラベルとカバーラベルを作成した。1セットを作って見たがまあまあの出来なのかな。
 取り合えず、春からたらたらやってようやく出来たので感無量だ。後は売れるのかな?
■ 9月20日(木) ■ ラストスパート
NO FHOTO  朝早くからCD製作のラストスパートだ。何かと忙しくて延び延びになっていたが、もう何時までも延ばせないとばかりに、張り切ってパソコンのキィを打つ。
 何度も何度も見直しても、少しの不備が出てくるものだ。
 ようやく完成が近くなって、ホルダーの容量を見たらまだ60MB程度だった。CD−ROMが700MB程度なのでまだまだ余裕がある。
 本に換算すれば400〜500ページになっている筈だ。
 何か掲載するものが無いかと考えたら、写真集を入れようと文書では使われなかった写真があったのでこれを掲載する事にした。
 最後にダビングしたが、1枚3分くらいで出来るので安心した。
 明日カバーを作ろう。
■ 9月19日(水) ■ 義弟の検査・・納骨

納骨後の法要が行われた

これがトリカブトの花
 グループホームに居る義弟が首にポリープが出来て検査のため病院に妻が付き添いで行く。
 私は親戚の納骨に行く。早いものでもう7日になる。本当にあっという間だった。法要の後、住吉の墓地に行く。ここは大森浜が良く見える高台にあり、場所的には良い所だ。
 納骨も済ませ法要が行われる。終って帰るとき、トリカブトの木があるよと言われ、見たら墓の回りに紫の花が咲いた木が沢山あった。
 この根が毒を持っているんだ。こんなに沢山あって良いんだろうか。
 車に戻る途中で、高年女性のチャリダーが2人居た。坂を押していたが、高年女性のチャリダーは珍しい。市川市の住所が書いてあった。何処かな?
 家に帰ってCDの製作。チエックも終わり後は、カバーなどを作成すれば完成だ。
■ 9月18日(火) ■ 今日も執筆
NO FHOTO  昨日の温泉は成果が余り無かった。妻に妹の家まで送ってくれと言われ送って行った。妻はと妹とお母さんのサポートに出かける。
 私は残って姪と昼まで話しをする。姪は4月から函館に来て7月に出産をして、明日静岡に帰る。
 結局姪の車は静岡まで陸送する事に決まった。出発は10月中旬になる。
 帰りに本屋に寄ったり、ホームセンターに寄ったりして帰り、CD製作を2時間ほどやる。
 夕方に妻が妹と帰って来た。ビールを買いに行って、日ハムの試合を観戦。
 2対0で勝った。
 アフリカを日本人女性で初めて自転車で縦断した山崎美緒さんからメールが来て、友人が函館でエイズの講演をするので泊めて欲しいとメールが来た。
 OKする。又新たな分野の人が訪れる。友達の輪がどんどん広がる。
■ 9月17日(月) ■ 温泉で執筆
NO FHOTO  今日は気合を入れてCD製作を行なおうと、良く有名作家が温泉などの旅館に立てこもり執筆活動をしているのを思い出して、銭湯温泉の一部屋を借りてやるんだと、張り切ってザックにパソコンや資料を入れて行く。
 この温泉は9時から4時まで部屋を借りて、昼食があって、勿論温泉は入り放題で1500円だ。
 温泉好きの妻は直ぐにOKだ。部屋に入ったら綺麗な部屋で満足。
 まずは温泉に入って・・となる。上がって来てパソコンに向うが少しキィを叩いたら、眠くなってくる。
 座布団を並べて、少し寝ようとなったが、結構気持ち良く寝てしまった。
 目を覚まし、慌ててキィを叩くが少しやったら、もう3時半だ。あと30分しかない。
 仕方が無いもう一度温泉に入って帰る。1日作家は駄目なんだ。もう少しゆとりが無いと・・・。
 今日は日ハムが10対0で完敗。帰って早々に寝てしまう。
■ 9月16日(日) ■ 告別式・取越し法要で葬儀は終了
NO FHOTO  今日は朝から温泉に行く。葬儀が続いて風呂に入ってないので、告別式の前に行く。
 3連休で帰省が多いのか、温泉は普段より混んでいた。それでも夕方よりはゆったりしている。
 12時に親族で写真撮影を行う。終って告別式。更に少し置いて取越し法要を行う。
 この頃になると遺族の方も無事に終えたという安堵感が出て来る。
 悲しみは消えないものの、時間が悲しみを和らげてくれる。
 終った後には会食が用意されていた。洒落た会食は京都料理だそうで、お品書きも付いている。
 昔のお膳スタイルでは無い。それでも昔ほどのんびり酒を飲んでのんびり歓談するという雰囲気ではない。もう既に引き出物まで用意されている事がそうさせるし、車で来ている人も多いのでお酒を飲む人も少ない。
 壁には絶対飲酒運転をしないようにとのポスターが貼られている。酒を提供した方も罰せられる時代なのだ。
 持ち帰り用の揚げ物や焼き物以外の食事は持ち帰るのは駄目。食中毒の恐れがあるそうだが、過敏になっているんだな。
 台湾なんかではレストランで残ったものは、自分の物だからと、スープの果てまでビニール袋に詰めて持って帰る。あの熱い国で問題無いのだから、今の時期はもうかなり安全だと思うのだが、食中毒で名前が出たら、大変な事になるので、あくまでも慎重なのだろう。
 予定通りに物事は進んで、あっという間に食事を食べ、花を貰い。引き出物を貰って外に出る。
 
 帰り際札幌の親戚から7回忌があるのでよろしくと言われる。10月14日だ。前の日は湯の川でクラス会があり、多分遅くまで飲むだろう。朝一に車を走らせるのはきつい。
 妻が一人で行く事に決定した。
■ 9月15日(土) ■ しめやかに通夜

「野宿野郎」は5号まで出版。全て揃っています。
 午後出棺。家から函館山の麓にある火葬場に運ばれる。
 遺族や親戚を乗せた、バスは既に到着し、火葬場ではおぼうさんも準備が終っていた。
 読経の後、静に遺体は炉の中に入れられた。
 立派な火葬場で、コーヒーや麺類の売店&レストランがある。
 そんなに人が亡くなるのかな? そういえば今も5組の名前が休憩室に掲げられている。
 ロビーで親戚の方と話しをするが、こんな機会が無ければ親戚と話す事も無くなっている。
 我々の次の代になれば、親戚もだんだん分からなくなるのだろうな。
 それをつないでくれるのも葬儀なんだ。普段会わない人が一堂に会う事が出来る。
 集骨をする。病気のあった場所は黒くなっていた。相当病んだのだろう。でももう苦しむ事が無いと考えれば、遺族も少しは救われているのだろう。

 夕方から通夜が行われる。一般的には通夜→火葬→葬儀と行われるのだが、函館は火葬→通夜→葬儀と行われる。
 これは北海道は広くて、人が集まるのに時間が掛るので、先に火葬を行うと言う話しだ。
 領収書のあるのも函館(北海道全体も?)で本州のは無い風習だ。

 以前勤務した、五所川原では、通夜の会場には祭壇側から入り、前に居る遺族に挨拶してから、後ろに行き着席するが、函館は後ろから入って着席する。
 供花は生花は少なく。紙に供花と書かれた紙が回りの壁にずらっと貼られる。
 お花よりも現金の方が何かと役に立つといった考えなのだろうか。
 
 読経が終ってお坊さんは、寿命について話された。寿は永遠に続く命。先祖代々命は引き継がれて現在の自分がある。この命は永遠に続いて行く。
 命は限りある命。人は必ず死ぬ時期が来る。自分の命には限りがある。
 この二つが合わさって寿命になるという話だった。永遠に続く命と限りある命。
 
 通夜が終わり、通夜に参加していた、七飯アルペンの仲間と少し話す。冬以外はなかなか会えない人ばかりだ。最後の歓談もお酒は出さない。
 飲酒運転撲滅のためらしい。そういえば館内には飲酒運転撲滅のポスターが沢山張ってあった。
 でも帰りに冷たいビールをくれた。これって飲酒運転をやる人は飲んでしまうんでは無いだろうか?
 
 家に帰ってもまだ冷たかったビールを飲む。最近毎日晩酌だ。そろそろ抑えなくては。
 
 東京から本が届いていた。ミニコミ誌「野宿野郎」の1〜5号まで各2冊だ。この本をゲストハウスで販売する事になった。今関東では結構話題になって、雑誌やテレビ、ラジオでも取り上げられている。
 1000部も発行している。編集長が25歳の女性と言うのも意外性があるようだ。
 彼女とは青森ねぶたで一緒に跳ねているので、以前から応援しようと思っていて、今回販売を行う事になった。野宿をしている人、これからやりたい人には凄く面白い本だ。
 みなさん興味あったら1冊でも買って下さい!500円です。市内はチャリで配達します。メール下さい。
■ 9月14日(金) ■ 楽しさ・・悲しさ

ママとピース!

かぶりつきで観る

ゲストハウス前でピース
 昨日は行けなかったので、朝早く亡くなった親戚の家に行く。ここ1ヶ月の間に、色々な事が起きていた。腰が痛いと言う事で、病院に行ったら、手術の前に内科の方に回された。
 肺が既に片側しか機能していなかった。そしてその病が骨まで拡大して、腰の痛みになっていた。
 もう手遅れだった。前に会った時も腰は痛いが、これは職業病だと言っていたが、別な所に原因があったのだろう。
 それにしてもあっという間に、病状は進行するものなのだ。分かった時はもう元に戻せない所まで来ていた。病院が嫌いで、何かあっても我慢する方だった。それが早期発見を遅らせたのだろうか。
 親戚の集まりがあると、いつも「つよしちゃんこっちに来い」と何時も隣に呼んでくれて良く話し、良く飲んだ。そんな思いがよみがえる。

 一度家に帰って来て、今度は義弟の施設の絵敬老会に出席する。まだ60歳少しで、敬老を祝って貰うのも寂しい。会は立派なホテルで、沢山のボランティアの人達の芸で楽しく進攻するが、やはりこんな場所に居なければならない義弟を見ると不憫でたまらない。
 まだ敬老には程遠い年齢なのだが、病は年齢など関係なく同じ環境に居させる。
 会は楽しかった。誰も楽しかった。それぞれがそれぞれの環境の中で楽しんだのだから良いのだろう。
 でも少し寂しい楽しさだ。

 午後から納棺に立ち会う。時代の変化なのか納棺も女性が行った。すかり化粧されて綺麗になった。
 苦痛から開放されて穏やかなになったのだろうな。自分の母親も末期は骨が痛んで苦痛の毎日だったが、死の前日は全く痛みも無く、沢山ご飯を食べて穏やかに旅立った。
 悲しみは当然あるが、反面楽になったんだと言う、気持ちも大きかった。
 故人は74歳で他界したが、自分も同じ年齢になるのは10年と短い事を実感した。
 一生懸命悔いなく生きようとつくづく思う。でも悔いなく死ぬ事ってあるんだろうか?
 
 帰って娘と瑞葵を駅まで送る。本来は明日北湯沢で旦那の両親の招待でホテル一泊だったので、送って行くよとなっていたのだが、行けなくなったので、電車で今日出発した。
 改札を通った瑞葵は何度も何度も振り返り、バイバイバイバイと手を振った。
■ 9月13日(木) ■ 激励会・敬老会・訃報

おばあちゃんは来年90歳になる。
 姪が静岡に帰る事から、激例会を行う事になり、敬老の日も近いので、妻の母も呼んで敬老会も同時開催になった。
 湯の川のKKRで行われた会には、娘と孫も参加したので大賑わいになった。
 席上、一時は立ち消えになった、静岡への車の輸送を再び頼まれた。
 立ち消えてから準備は中断していたので、直ぐには行けないし、10月13日は高校のクラス会があるのでこちらも出席しなくてはならず、13日以降に静岡に向けて出発する事になった。
 
 車に自転車を積んで静岡まで行き、そこから自転車で熊野古道に行き、自転車で走る予定。
 熊野古道は急坂もあるので自転車で行けるかどうか、資料も無いが、今までMTBで山登りもやっているので、岩場でも登らない限りは、時間を掛けて登れるだろうと判断した。
 食料も途中は無い所があるので、この辺りも準備が必要だろう。
 その後は、四万十川に行き、大坂から四万十に移住した、日本一周元チャリダーの和也の所に行き、カヌーなどをして変える予定だ。

 宴会も終えて家に帰ったら、留守電にメッセージが入っていて、親戚の人が亡くなった。ここ1ヶ月で急に体調が悪くなり、あっと言う間に亡くなってしまった。
 私の亡くなった父親の兄弟で、父が次男で八番目に当たる弟で、私も小さい時から随分可愛がられたので、悲しみは大きい。
 遊びにおいでと言われていたが、忙しさもあり、なかなか行けないでいたのが心残りだ。
■ 9月12日(水) ■ いろいろ

瑞葵も成長した
 お客さんも帰ったので、後片付けや、撮った写真の整理やプリントアウトをしていて、一日が過ぎてしまった。

 孫の瑞葵は良くじぃじの部屋に遊びに来る。以前の様に片っ端から物を散らかす事は無くなった。
 この頃の成長は早いなと感じる。
 今まではズボンしか履いていなかったのだが、今はスカートが気に入って、いつもスカートを履いているし、一日に何度もスカートを変えるなど、女らしくなって来ている。
 
 任天堂DSが好きでいつもやっているのだが、なかなか難しいのもある。最近は学校でも教材として使っているそうだが、大人の勉強にも大変役立つソフトがある。
 でもソフトは結構高いので、あまり買えないだろうなと思えば、なかなかDSには手が出ない。
 孫のDSで遊ぶので良いか。
 
 夕方温泉に行ったら人がいつもよりかなり少ない。今日安部総理が辞任する事になり、TVは特番を組んでいるのでその影響なのかな?
 所信声明後に辞めるのは異例の事だそうだが、かなり精神的にもぼろぼろになっている感じだった。それにしても最後までタイミングが悪かったな。
■ 9月11日(火) ■ 函館見学〜出発

真剣な顔が可笑しかった

大喜びだ!

足湯は人気なのだ
 朝起きたら少し頭が痛い。娘が「昨日の夜、七五三の写真を見たけど知ってる?」「え〜写真?」「え〜覚えていないの?・・・」しばらく頭を回す。
 そう言えば赤い服を着た写真があったな??。「そこにあるからもう一度見なさい」と言われ見たら記憶が蘇った。
 朝風呂に行くぞとゲストハウスに行ったら皆起きていた。そこに妻の妹が車でやって来た。娘が使いたいと言うのでもってきてくれた。
 この後歩いて帰ると言う。それは大変だから送っていくと、皆で出発。
 送って近くの温泉に行くが、まだ開いていない。そこで当初の予定通り、谷地頭温泉に向うが、函館山に行った事が無いと言う事で早朝の函館山に登る。 朝日に輝く函館山も良いもんだ。
 山を降りて温泉に行ったら、定休日の看板が・・調査不足だった。
 再び東端まで走って山の手温泉に無事入浴。男風呂は大きな浴場に5〜6人しか居ない。
 これは穴場だな。帰る途中娘から電話。「何処に行ってるの?イカ刺しの活きが悪くなるよ!」
 家に着いたらもう刺身がテーブルに並んでいた。早速食べるが、皆にとってはこんな新鮮なイカ刺しは食べた事が無い。透き通って皿の柄も見える新鮮さに驚いていた。
 10時30分に観光に出かける。まずはトラピスチヌ修道院。その後は要望で中央市場に行く。ここでお土産を購入。さらにレンガ倉庫に行く。ここの1050円ショップが講評で色々買っていた。
 私にもゲストハウスに置いてと、水がモーターで回る、庭石の小柄版をプレゼントされる。
 さらにお土産を買い。昼食は函館ビヤホール。ソーセージや生春巻き、ピザなどを注文。そして4人はビール!ール!ビールだ。
 結構長い時間居た。周囲には酔っ払ってテンションの高い津軽弁が嫌になるほど聞こえたかな?
 もう時間も無くなり、最後に立待岬、ハリストス教会、公会堂を見てフェリーターミナルへ。
 あっという間の2日間だったが又来るよと「なっちゃんRara」に消えた。
■ 9月10日(月) ■ 居酒屋「井ノ上」一行来函

ゲストハウスで
 今日は五所川原単身赴任時代から今でもお世話になっている、居酒屋「井ノ上」のママさんとお客さん3人の合計4人が観光にやって来た。
 青森からのフェリーは「なっちゃんRara」。就航したばかりの最新鋭の高速フェリーだ。
 従来の3時間50分から1時間45分になる。JRの路線と競争になる事は間違い無いが、自分には乗れそうも無いな。片道5000円で、チャリは1700円で合計6700円になる。青函フェリーだと往復で3900円なのでやはりこちらを選ぶのかな?
 時間は十分にあるので本でも読んで行けばそんなに気にはならないが・・。
 予定通り接岸。船は大きいな。船の後部は広く車が2台並列で出てくる。車が終って出てくるかなと思ったが、人は出てこない。おかしいなと思ったら。飛行機のようなボーディンぐブリッジがあってそこから、ターミナルに出てくる。
 慌ててターミナルに向ったら出て来た。2回も電話したのに・・・。え〜携帯を見たら2回電話が来ていた。入れている場所が悪いのかな。
 旅のスケジュール表を渡すが、「もう腹が減ったよ」で最初から予定変更。
 美味しいものを食べたいと言うので、海鮮レストランで海鮮丼を注文。4人は「生ビール!」と早くもハイテンション。結構飲んでから移動。
 行き先は「昆布館」ここで試食を食べまくり大喜び。昆布などを買って、次は大沼公園。雨でのんびりは出来なかったし、駒ケ岳も見えなかったが、記念写真で移動。「小学校依頼だ!」と言う人も居てまあまあ楽しく過ごす。
 公園を出たら「駒ケ岳神社」の祭りの行列だ。平日なのと小さい町なので観客は殆ど居ない。そんな中先頭のトラックの上で白鳥の格好をした、中年のお兄さんが、踊っている。それが真剣な顔なのだ、白鳥の首部分がお腹の辺りで、その下にも張物の突起物が・・・。腰の動きに微妙に動く。これを見た女陣は笑顔が弾け大喜びだ。
 その後は鹿部に行く。ここで寿司屋を探す。大寿司という店があるはずで、ここの経営者は同行のNさんの旦那の弟子だそうで35年振りの再会になる。
 店の玄関は開いているが誰も出ない。近所にも聞いたが、今日は定休日なので何処かに行ったのかも知れないとの事だった。
 取り合えず間欠泉に入る。足湯に入りながら、間欠泉の噴出すのを見る。おばさんには足湯は満足だ。痛い足が楽になったとかで満足だ。
 帰りに再び寿司屋に行ったがまだ居ない。諦めて函館に戻る。
 帰りに中島廉売で刺身などを買って帰宅。早速ゲストハウスで宴会が始まる。
 今日は私が作った石狩鍋。妻が作ったサラダやニシンの煮付け。それに毛蟹だ。この毛蟹は近所のスーパーで390円で売っていたが美味しかったので事前に購入した。
 乾杯!で始まり、津軽弁が飛び交う楽しい宴会だ。おばちゃん連中は完璧な津軽弁なので、たまたま分からなは言葉が出てくる。
 それでも3年間すんでいた津軽の言葉は心地良いイントネーションで何かほっとする。
 12時頃には宴会終了。家に戻り。今日札幌からやって来た娘と瑞葵に会う。瑞葵がじぃじの部屋の行くと言うので一緒に行って、ギターを弾いて歌を歌う。瑞葵はギターが大好きなので。その後は爆眠。
■ 9月9日(日) ■ 漏電個所を遂に発見

これがネジで開いた穴

外壁も外した。これで2回目だ。

ようやく外灯が復帰した。
 どうも安定して漏電になれば、場所の特定も容易なのだが、なったりならなかったりで、発見が難しい。もう諦めて電線を張り替える事にした。
 再び外張りと内張りを剥し、線を取り外す。外した線を眺めていたら、あれ!穴が開いている。
 外板を止めるネジが、電線を貫通していたのだ。
 ネジは家の外に張ってある、鉄板を貫通しているので、その鉄板を通して電気が流れ、アルミ製のドアにまで到達し、感電したのだ。
 又電線を継ぎ足して使おうとも考えたが、この際だから新しい電線に変えようと購入。
 線を張りなおし、板張りを全て張り、作業は終了した。今日は台風一過の快晴で気温も高くて暑い中での作業だった。
 相当汗もかいたので、温泉に入ってくる。温泉は日曜で凄い混みようだった。
 でも完全に直ったので安心した。やはり漏電になれば火災が恐い。これで安心して旅人を泊めれる。
 
 長野に車を陸送する話だが、先日姪の家に行った時、お母さんが100日の食い初めのときに、持って行くと言っていたので、この話は無いものと思っていたが、今日、妻が母親、妹、姪の4人で温泉に行った時、車に積み込む荷物は相当多いが、持って行って欲しいらしい。
 話しが無くなった時点で、気持ちは他の旅にしようと色々考えて、複数の歩き旅のプランを練っていたので、静岡の話はもう自分の頭には残っていなかった。どうするか戸惑っている。
 荷物が一杯で自転車も入れるスペースが無くなる程なら、何の陸送か分からなくなるので迷うな・・・。
■ 9月8日(土) ■ 漏電対策と車検
NO FHOTO  午前中に外の漏電が発生している回路の修復を行う。壁をかなりの面積を外して、電線を出す。
 ここで分からない事が発生。1つの外灯は復帰して、正常に動作している。
 この外灯と並列にもう一つの外灯を繋ぐとブレーカーが落ちる。繋いだ線を単体でテストしても漏電はしていない。妻ぐと漏電する。この単純な事がなかなか分からない。何でだろう。
 一応この回路は別に取る事にして、今日は終了した。
 午後から車検に持って行く。10分ほど待ったら、ライトの調整が必要で42700円のコースになった。何も無ければ38900円なので3800円アップになった。それでも上のコースはエンジンオイルが4リットル付くので、あまり変わらない。
 普通の店より、1万円は安く出来た。続いて姪のMAXも出す。こちらも問題が無く同じ値段で済んだ。
 結局30分で車検は終了。何時もは2日位掛っていて、代車が居るとかいらないとかの話も出るが、この速さは何だろう。
 認定工場だからなのだろうか?。いずれにしても簡単で良い。
 日ハムが負けた。ゲーム差が1ゲームになった。後が無い。頑張れ日ハム!。
■ 9月7日(金) ■ 漏電対策完了

新しく取り付けた漏電ブレーカー
 朝から工事を開始。昨日までかなり出来ていたので、復旧工事をするだけだ。
 台風が近づいて、雨が降ってるので、外の工事は出来ないので、室内の工事を行う。
 剥がした板張りを張りなおしたりして午前中には完成した。
 回路の元には漏電ブレーカが入った。AC100Vで定格電流は15A、漏電遮断電流は15mA、遮断時間0.1secと高感度なブレーカーだ。テストスイッチもついている。このブレーカーの赤ランプが点いていれば正常。漏電が起きると遮断して赤ランプも消える。
 
 外は雨が強くなり、風も出て来た。こんな日は温泉が良いと、小規模の温泉旅館「湯多里」に行く。案の定、人は誰も居ない。
 雨と強風の露天風呂に入る。雨水が3cmくらい跳ねている。風で頭に載せた手ぬぐいも飛ばされた。
 でも普段には味わえない台風の中の露天風呂も考えようによっては、この非定常が楽しい。
 サウナも内風呂も貸切で、最高に心地が良い。30分ほどで上がってランチ。温泉とのセットメニューなので安い。
 ほど良い量のランチで満足し、横になってのんびり。最後に再び温泉に入り、またまた露天風呂に行く。今度は手ぬぐいをホッ被りして入る。雨が強烈に降っている。でも楽しい。
 雨雨降れ降れかあさあんと蛇の目でお迎え嬉しいな・・・・雨って意外と楽しいのだ。
■ 9月6日(木) ■ 漏電調査完了
NO FHOTO  途中になっていた漏電調査をする。電源回路に漏電ブレーカを入れて、怪しい回路を切り離して、漏電をチエックする。
 やはり怪しいのは外回りだ。でもここは板張りを剥がさなくてはならないので、まずは室内のコンセントから始める。しばらくは漏電ブレーカーが落ちる状況が続いていた。
 最後に板張りを剥がして、外回りの回路を調べたら漏電している。
 外と分かったので、器具なのか電線なのかを調べなくてはならない。
 器具類は問題なかったが、これからのために、防水対策をしっかりやる。
 そして外に付けたスイッチも防滴型なので強い雨には弱そうなので、室内から電源の入り切りを出来るようにする。
 などなどの対策も行い。最終調査を行ったら、上に付いている装飾灯のケーブルに電気を通すとブレーカーが落ちる。
 この配線の交換は板張りを剥がさなくてはならない。取り敢えずは、この回路を遮断して、回路を復帰させた。
 後少しを残して今日の仕事は終了。明日の午前中には完成するだろう。
 外の装飾灯は台風の状況を見て、電線の張替えを行おう。
 場所の特定が出来て良かった。
■ 9月5日(水) ■ 車検が決まる
NO FHOTO  姪に頼まれた車検場の調査をする。まずは近所の店に行くと、53、000円、50000円、前回は48000円だったので少し高いな。WEBで調べたらM石油の車検場が38600円とこれは安い。
 早速行ったら、設備も立派で対応も問題ない。ここに自分の車も含め2台を8日に予約する。
 結果を姪に伝えに行く。結局OKになる。その後昨日ただで貰った自然食品の店が今日はのりをくれると言うので、姪のお母さんと一緒に行く。
 店に入ったら凄い人が居る。確かにただで貰えるからな。しかし話は長い。商品説明を30分くらい聞かなければ貰えない。
 半分上の空で聞いていたら、最後に海苔が入った大きなプラスチックの入れ物を貰った。他にソースを貰って帰る。
 明日はアキタコマチ1kgをくれる。又行こうかな?
 
 電話が来て来週ゲストハウスに来る、五所川原の居酒屋「井ノ上」のママさんから酒は何を持って行くとの電話が来た。適当で良いよと言ったら。一緒に来る人が酒屋なので選んで貰うとなった。
 10、11日と4人の元娘が高速フェリ−「ナッチャンrara」でやってくる。
■ 9月4日(火) ■ ランチを堪能
NO FHOTO  昼は久し振りにランチにしようと、居酒屋「ココ」に行った。ここのランチは500円でメニューが豊富だ。
 妻はヅケマグロ、私はビビンバ海鮮と変わった料理。ビビンバの上に海鮮のエビやホタテ、イカなどが乗っている。熱いビビンバと冷たい海鮮の組み合わせが面白い。混ぜて食べるのか、混ぜないのか迷ったが、混ぜないで食べた。なかなか美味しい。
 午後から電気工事。一部で漏電しているので、漏電ブレーカーを買って来て取り付け、もし落ちたら、回路を分離しながら、漏電個所を探そうと言う事だ。配線を行っていたら、静岡から来ている姪子が、おじさん居るの?とやってきて工事は中断。明日に回そう。
 家に戻ったらお母さんと先月生まれた子供も来ていた。もう5kgを超えている。成長は早いな。
 おじさんも抱いたらと言うので抱かせて貰ったが、今にも泣きそうだった。
 持って来たのが家の近所に出来た自然食品のオープンセールで、色々なものを無料でくれる。
 今日はパンを貰ってきたそうだが、1斤もくれるのだ。おじさんにもチケット上げるから貰いに行ったらと親切なんだが、駐車場が無いのでチャリで毎日4日くらい通わなくてはならない。往復1時間は掛るな。
 さらにおじさん車検が直ぐなんで今週車を出して〜と頼まれる。忙しい。
■ 9月3日(月) ■ 雨の日は温泉
NO FHOTO  朝から雨で、何も出来ないな。こんな時には温泉に限る。少し遠いが南茅部の健康保養センターに行く。玄関に行ったら張り紙が・・・休み?と思ったら、隣接するホテルのカウンターにチケットを出して入る事になったようだ。
 経営状況が厳しいので、合理化なんだろうな。入って直ぐに露天風呂に行く。
 ここは硫黄泉の温泉で色も乳白色と如何にも温泉らしい。硫黄の匂いも良い。
 熱めの風呂に入って、その後温めの露天に入る。そこに来たおじさんが階段を踏み外して転びそうになった。ここの温泉は不透明なので、階段が見えずに良く転びそうになる。
 以前は手摺も無かったので悲惨だったが、今は手摺が付けられたので安全にはなったが、やはり最後の階段が分からず足を踏み外す。
 砂原のおじさんだった。しばらく話しをするが砂原の漁業も大変らしい。
 休憩室でのんびりする。この休憩室も以前の南茅部町で営業していた時は、座布団もテレビもあったが、今は合併で函館市の営業になったのだが、座布団もテレビも無くなった。
 再び温泉に入り温まって、大沼経由で昆布館へ行く。ここは試食が幾らでも出来る。昆布を十分に楽しんで帰宅。
■ 9月2日(日) ■ 函館に戻る
NO FHOTO  今日は所用があるので、朝9時には函館に向けて出発する。車の窓を全開して走れば風が心地良い。 車は混んでいて、スピードも制限速度+少しと安定的な速度なので、ゆったりとした運転が出来た。  到着したのは13時。意外と時間を感じなかった。
 テレビでは日ハムの試合をやっていた。最近負けが多いので2位とは2ゲーム差と追い詰められているので、応援する。
 1点は取ったものの、2点を逆転され、9回裏まで来て、もはやこれまでかと思わせたが、工藤が逆転のセンター前ヒットで2点が入り、逆転さよなら勝ちで勝利。最高の試合だった。
■ 9月1日(土) ■ ニトヌプリ・イワオヌプリ縦走

ニトヌプリ山頂

イワオヌプリ山頂
 年1回開催する恒例のニセコキャンプに出発。恵庭の佐藤さん・真山さんと一緒に五色温泉向いのキャンプ場に集まる。
 家を9時に出てニセコに向けて出発。特に変わった事も無く、キャンプ場に到着。既に2人は来ていて、テントも張っていた。
 午後は何をするかとなった。何時もは自転車を持って行くが今日は、持って来て居ないので山でも登ろうかと言ったら、真山さんは最初から山に登る予定で来ているので、一緒に登りませんかと言われ、行く事になる。
 山はニトヌプリと・イワオヌプリを縦走し、大沼経由で戻る。スタートと地点とゴール地点が異なるためそれぞれの車を登山口に置いて出発。
 いきなり岩のごろごろある登りに入る。真山さんは若いだけあって早いのだ。
 必死になって着いて行くが、息が上がりっぱなしだ。40分くらいで頂上に着いた。景色はチセ・アンヌプリ・イワオヌプリなどが見渡せ、快晴の天候の中最高に気持ちが良い。
 一度一気に下ってから、今度はイワオヌプリ登山。此処は山全体が石で覆われており、浮石も多くて歩きにくいが、回りの景色が良いので、それ程厳しくも無く頂上へ。向いにはアンヌプリが見える。
 直ぐに下山。イワオヌプリを一周して下り、大沼方向に向う。ここはスピードを上げて一気に歩く。やがて大沼に到着。静で物音1つ聞こえない大沼は神秘的で綺麗だった。
 ここからはもう40分で駐車場に到着。4時間を少し切って到着した。
 キャンプ場に戻り、直ぐに五色温泉露天風呂に行く。ビールを片手に温泉に入り、真山さんと乾杯。
 温めの湯にゆっくり浸かり、キャンプ場に戻る。ここからは宴会モードで一気に焼肉、めざしとビール、日本酒で盛り上がる。
 最高の雰囲気の中での宴会に満足して車中泊。

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