■ 12月31日(水) ■ FMいるかの特番出演

放送後、丸山康弘アナと

ご機嫌のも〜さん
 今日は「FMいるか」の特番出演の日だが、質問に答えるだけなので何も用意は要らない。
 時間も放送の10分前まで来れば良いそうで、何か緊張感もない。打ち合わせなどあるかと思っていた。
 3Fの事務所に行ったら、ウーロン茶を入れてくれた。今日は録音をしたいので、SONY WORKMANのFM出力からICレコーダーに入れて録音しようと思ってセットした。
 時間が来て呼びにきた。スタジオに入ったら放送はしていなく、ゆったりした時間がある。この間は音楽とか、既に収録しているものを流しているんだ。少し雑談をしたので気持ちは落ち着く。
 そして本番に入る。丸山アナの軽快なトークで番組は続く。質問というよりは、普通の会話のような感じなので地で話せる。
「も〜さん リクエストお願いします」
え〜とっ「青山テルマのそばにいるねFeat,Sooulja」で〜すっ。
「も〜さん!若い!!・・」

 20分の放送が終わった後で記念写真を撮ってくれた。スタジオを出て、セットした録音を見たら、あれ!録音されていない。
 間違って録音ボタンではなく、再生ボタンを押したのだ・・。まあ良いか!

 今年も今日で終わりとなる。短い1年だった。今年はメディアに一杯出して貰った。長い人生経験の中でこんな事はそうないだろう。
 忙しかった事で、旅の方はかなりおろそかになった。それでも注目して頂ける事はありがたく、まだまだやるぞ!という力にはなる。
 来年も少しでも前進するような活動をしよう。
■ 12月30日(火) ■ 函館山登山

昼間の冬景色

このパンツだが履き心地は良かった

携帯電話を三脚セット
 午前中は、携帯電話でセルフタイマー撮影するための、ホルダーの製作をした。いつも1人であちこち行くのだが、写真を撮るときにセルフで撮る機会が多い。
 所がデジカメは簡単に三脚にセット出来て良いのだが、携帯電話は
非常に撮影がしにくい。
 アウトドアーでは低い位置に置くと、草が写ったりするし、安定感も悪い。そこで携帯電話のホルダーに金具を付けて、三脚にセット出来るようにした。

 完成した後、函館山に行くことにした。運動を兼ねて冬用のアウターパンツの履き心地を試すのだ。
 冬の山に入るのに、アウターパンツはスキー用のを使っていた。防水性などは良いのだが、ぴったりしているので、歩くには自由度がなくて不便だ。山用のパンツもあるのだろうが、多分に値段は1万円はするだろう。
 買えそうにないので、スノボー用のパンツを探しにリサイクルショップに行った。2軒目に赤のkissmarkのパンツがあった。気にったのだが、何か小さそうだ。よくよく見たら女子のLだった。

 そして見つけたのが3件目。K2のパンツがあった。mensLで丁度良さそうだ。生地もあまり厚くなく良い感じだ。価格は1300円と安い。
 これの裾を、いつものように短くしてもらう。洋裁が出来る妻がいるのでありがたい。
 
 山に向かったら猛吹雪になった。これはテストに良いぞ! と登りだすが途中から快晴になってしまった。順調に登って頂上に着いた。
 パンツは強かった風も通さないし、あまり暑くもならないのでちょうど良かった。膝の動きに対しても楽で歩きやすい。
 写真を撮って下る。下りは走る事にした。以前にも登山靴で山に登った時は、足の具合も良く快調だった。
 その後、長くつで山に入っていたが、足の安定感がなかった。考えてみたら、登山靴は足首がしっかり固定されているのだ。
 これが力が入らない足首に良く作用する。
 走ってみたら快調だった。雪の積もった登山道の2.2kmを一気に下まで走った。最高に気持ちが良かった。
■ 12月29日(月) ■ 風呂なし野郎

これが創刊号
 毎日毎日寒い。外に出るのが億劫になるのだが、出なければならない用事がある。
 スキーのチューンナップ台の注文が来て、郵便局から発送した。先月も注文が来て送ったのだが、喜んでもらい追加注文が来た。嬉しい。
 外に出たついでに家電ショップに行く。デジカメの動画でDVDを作る事にしたので、山に入った時はたくさん撮影する事になる。何回も行くのは大変だから一度で撮って来たい。
 そう思っていた所に、2GBのSDカードが680円と安売りが出た。それを買いに行く。メモリーカードの場所に行ったら無い! もう売れてしまったのかな? 後から来た人も、探していたが、無いねと言って帰って行った。
 その後、店内をうろうろしていたら、全く別なところに置いてあった。1人1枚なので、2回で購入。4GBあればかなり撮れるだろう。
 それとDVDに音声を入れるためにマイクを買った。これは家に帰って録音したが少し雑音が入る。安物はだめなのか・・。

 風呂なし野郎創刊号と言うミニコミ誌が送られてきた。1部100円でショップにも置いて貰ったという。野宿野郎編集長の千晶さんが、また新しいジャンルのミニコミ誌を発行したのだ。
 編集長の家になぜ風呂が無いのかを書いて入る。他に「我が人生に風呂なし」とか「極私的風呂なし野郎考」とかの内容だが、何と言って良いのだろうか?
 風呂(温泉)大好きな私にとっては、風呂なしは全く縁が無かったので、風呂の無い生活は考えられない。
 でも旅の時はあまり入っていないので、その時は風呂なし野郎なのかな?
■ 12月28日(日) ■ 改善前・後

こんなになりました
 今日、地平線会議野宿党の神奈川のT子さんから、昨年の写真が送られてきた。昨年の10月に江ノ島に行った時に、チャリで1泊ツーリングした時の写真だった。そこには完全なメタボの私が写っていた。
 自分ながらも感心するメタボで、思わず目を覆いたくなるようだった。こんなんだったんだ・・・。(冷汗)
 この後、熊野古道にもチャリで行っているが、その旅の中でもテントの中で1人で随分飲んでいたから、メタボは伸び盛りの子供がどんどん成長すると同じくらい成長していただろう。
 それから1年経った今、体を作り直して新たな挑戦をするという事で、その日から酒を止めてしまった。9月25日の事だった。
 それから3ヶ月経過したが酒は一滴も飲んでいない。(ホッピーは間違って飲んでしまった)
 運動もしっかりして、お酒も飲まない、そのせいで食事も延々と摂る事は無くなった。何と良いダイエットだろう。酒代はかからない。食事も量が少なくなった。夜は暗くなったら寝る。朝は太陽とともに起きる。
 何と素晴らしい生活だろう。自画自賛だ!そして現在11kgの減量に成功した。
 も〜さんはすっきりした体になった。そこで写真と同じ服で、同じポーズで写真を撮った。
 Before→Afterである。良くTVでやっている、ダイエットメーカー主催のコンテストがある。沢山のお金をかけてダイエットして表彰されている。
 そして賞金が30万とかが貰える。私がダイエットしても、何も貰えない。せめて家計費が減ったのだから、小遣いが欲しいと思うのだが、「何も言えな〜い」
■ 12月27日(土) ■ 猛吹雪・・ウォークも楽し

函館山も吹雪でかすかに見える
 日本海側及び北海道を中心に猛吹雪になった。全道各地で通行止めになっていた。幸い函館は数センチで済んだので、我が家では何の影響も無かった。
 吹雪の中、ウォークに行く。いつもの大森浜も波の引いた後は凍っていた。やはり今季一番の冷え込みなのか? マイナス10度にはなっている筈だ。
 それでも歩き出せば、暖かくなってくる。吹雪もそんなに気にならない。ウォークマンで演歌を聴きながら、吹雪の海岸を歩くのも悪くない。
「♪凍えそうなカモメ見つめ泣いていました・・・」
 スキーをやっている事もあって、寒さにはそれほど嫌な気分ではなく、むしろ楽しいかも知れない。
 アルペンレースでは薄いレース用のワンピースを着るが、それはかなり寒い。中には1枚のシャツしか着ていないからだ。
 下まで滑り終えて、リフトで乗ってくる時は震えている。そんな経験が効いているのか、ウィンドブレーカーを着ている、普段は寒さはそれほど気にはならない。
 帰って、ローラー台の自転車を漕いで、汗を流してから温泉に行く。信号が見えなくなるくらい吹雪いている。
 でも温泉は普段と変わらないくらい混んでいた。寒い時ほど温泉の温かみに嬉しさを感じる。
■ 12月26日(金) ■ ホルダー整理・・FMイルカ出演依頼
NO FHOTO  今日は北海道は各地で猛吹雪で通行止めなどあって、大変な日だったが、函館は寒いものの雪はわずか1cmも降ったかな?というくらいで除雪も必要無かった。
 外での仕事は嫌なので、パソコンに向かう。なにしろ資料が溢れて、何処に何があるのか分からなくなっている。そこで整理をしようとなった。
 部屋に閉じこもって3時間くらいですっきりした。

 今度はDVD製作の勉強。これからはやはりDVDだろうとなった。本を作っても印刷や製本に時間がかかり、思うようにいかない。注文など来たら大変な作業が待っている。
 そこでDVDを作れば良いとなった。高級なソフトは買えないので、Winndowsムービーメーカーを使う事にした。これはVISTAに付いて来たのですぐに使える。
 確かに機能としては制限があるので、十分とは言えないがまあ何とか良いだろうとの結論に達した。
 動画はカメラがないのでデジカメで撮影する。この欠点はズームが出来ないことだ。普通に写せば鮮明なのだが、ズームをかけて見るとぼけるのだ。光学式ズームのせいなのだろうか?
 とりあえずテストとして。写真を貼り付けタイトルを入れてみた。写真は画素数が少ないが、これはブログからとったので悪いが、画質は上げれる。
 TESTムービー

 今年はもうのんびりだと思っていたら、FMイルカの年末特番のゲスト出演の話が来た。12月31日は何もないから引き受けた。
 今年は最後の最後までメディア出演が忙しかった。注目されている事は嬉しい。来年は一気に落ち込まないように頑張らなくては・・。
■ 12月25日(木) ■ 出演した観光DVDが完成

完成した土方歳三と箱館戦争のDVD

カレンダーも貰ってしまった
 昨日は久しぶりに、深夜の12時という私には普段あり得ない時間まで、テレビを見ていた。その分朝は眠くて、珍しく6時過ぎに起きた。
 大森浜の砂浜を散歩したが、今日は何故か暖かい。5kmのコ−スを汗びっしょりで歩き終えた。

 もう年末・正月も近いので本をたくさん借りようと、函館中央図書館に行った。図書館が年末年始は閉館になるので、その前にと本を8冊を借りて満足したところに、未来大学の鈴木教授から電話が入った。
 完成した観光DVDを届けるとの事ですぐに戻った。
 鈴木教授、函館タクシーの岩塚社長、製作会社の大久保さんの3人がやってきた。
 完成したDVDと函館の古い地図と古い写真が載った2009年度のカレンダーを貰った。カレンダーは先日の忘年会の際、売っていたのだが買うのを躊躇していた。思わぬところで手に入って嬉しい。じっくり見ればなかなか面白いものだ。
 DVDをプレーヤーで見た後に、しばらく歓談した。今後このDVDはタクシーに乗せて、お客さんに見て貰う。
 最後に鈴木教授から、函館開港150年プロジェクトして製作する「函館開港のすべて」のDVD製作協力を依頼された。これも面白そうだ。
■ 12月24日(水) ■ 冬の二股口台場

台場の登り

冬の塹壕もはっきり見える

ささやかなパーティ
 箱館戦争で土方歳三が守備して、多人数の新政府軍にも負けずに守り通した二股台場は、冬場はどうなっているのか?
 実際の戦いは春だったが、台場を作った時は冬だった。そんな事で冬の台場に行った。
 雪は昨日降ったのか、20cmくらい積もっていた。天気は快晴になり、空の青さと白い雪のコントラストが綺麗だ。塹壕もひっそりとしていた。
 写真を撮ったが、冬の方が塹壕の形が良く撮れる。旧道もたくさんの写真を撮った。

 夕方からクリスマスのお祝い。ささやかな食事です。ケーキは無しで、近所のパン屋さんからクリスマスサンドィッチを購入。後は手作りの物を少し。
 妻は通販で自分で購入しているワインを飲むという。私はお酒は飲んでいない。今日、実はホッピーを買ってきた。秋田のカッパリ倶楽部の宴会でホッピーを知ったのだが、函館の何処を探しても無かった。
 それが今日の帰りにふらっと寄った、最近新しくなったCOOP
に行ったらあったのだ。
 これを空けた。ビールのように泡が出るし、色も似ている。乾杯して飲みだした。だが・・飲むに従って何か酔っている感じがする。
 おかしいなとラベルを見たら、何とアルコールが0.8%入っていた。これで酔ったのだ。
 3ヶ月前は日本酒なら5〜6合も飲んでいたのに、0.8%で酔うとは・・・。 弱くなったものだ。でも来年の多分4月には飲むのだ。

 先日の「土方歳三の歩いた道」講演会の受講者アンケートの結果が来た。アンケートの回答は男性21名、女性21名と半々。
● 参加者は、60代以上が30名と圧倒的に多い。
● 講座に参加した理由は、内容に興味有りと面白そうで、40名。
● 期待に対しての点数は、80点以上26名、60〜79点11名。
  「良い評価をしてもらったと感じている。」
● どこが点数を下げたか?
  スクリーンが低い-7件が圧倒的。
  講師の言葉が早口、地図が欲しかった。
  歳三の生きてきた歴史があると良い、動画が欲しい。
  前半のスピーチに工夫が欲しい、後半は楽しかった。
・スクリーンは確かに低く、後ろは半分下は見えなかったと思う、会場が天井も低く、改良は難しいかも知れない。
・早口だったのは中味が多すぎたからなのかな?、年配者が多かったので、もっとゆっくり話すようにしなくては・・。
・動画は1回しか流さなかった。
・後半のスピーチが楽しかったのは旅の話だったからだろうな。前半は旧道の硬い話だったから。
● 説明は分かりやすいとわりと良いで42名で良かった。
● 講座の時間はちょうど良かったが35名。2時間近かったのに・・。
● このような講座にまた参加するが39名。
● 有料でも参加するが39名。
などでした。これらを参考に今後もより良いプレゼンを目指そう。
■ 12月23日(火) ■ 来客多数の日
NO FHOTO  昨日に引き続き、今日も寒い一日になりそうだ。最近MAXの前部からカタカタと音がする。止まれば消えるので、走っている時に発生する音だとは分かる。
 雪の降る中、車をジャッキアップして点検する。・・が手で触ってみても緩みとかは全く無い。ボンネットを開けて見るが、エンジンルームも特に異常は見当たらない。何処なんだろう・・・。参った。
 点検している最中に、元近所に居たYONEちゃんが、長芋を持って来た。家に入って話をする。いつもながら楽しい話が続いて、時間の経つのも忘れてしまう。
 もう帰るねと家を出た途端、チャイムが鳴る。今度は妻の妹夫婦がやってきた。静岡に住んでいる娘夫婦と、大阪で待ち合わせて会ってきたのだ。
 話はいつものように、山の話や道の話になる。塩の道を歩きたいという話をしたら、大分には砂糖の道があるそうだ。
 歴史の道も全国にたくさんあるなと感心する。歩きたい場所は色々あるので切りがない。
 家に人が来てくれるのは本当に楽しいし、有難い事だと感じる。
 
 そんな中、地平線会議のMLで、来年は間宮林蔵が間宮海峡を発見してから200年になるそうで、記念すべき区切りの年になるそうだ。
 何かをやりそうな人が出てくるだろうな。ロシアに行って間宮林蔵の歩いたコースを巡るとか・・。
 でもロシアの事は良く分からない。塩の道で充分だ。

 北海道新聞に私が出演した観光DVDの記事が載っていた。函館タクシーに備えられる。函館に来た旅人は見て下さいね!と言いたいが、タクシーに乗れる旅人はあまり来ないな。
■ 12月22日(月) ■ 寒い一日
NO FHOTO  今日の気温は最高プラス0度、最低マイナス3度くらいで、真冬日に近い気温になった。昨夜からの雪が少し積もったので、家の前を走ってママさんダンプで雪かき。一気に終わってしまった。
 午前中はHPの手直し。MTB登山のスタイルを全面変更にした。これで午前中いっぱいかかってしまった。
 午後からどうするかなと思った。
「寒いし温泉でも行くか?」と妻に言ったらすぐにOKで、谷地頭温泉に向けて出発。ここは市営温泉なのだが赤字で、民間団体に売りに出す話が出ていた。
 作りは古いし、サウナもない。普通の浴槽2つと露天風呂の3か所なので最近の戦闘温泉に比べれば、少し物足りないかも知れない。
 午後一杯過ごす。休憩場で本を読んだり、携帯プレーヤーで音楽を聴いて過ごす。こんな時間ならいくらあっても良い。
 妻は超温泉好きなので、ほとんどの時間温泉に入っている。どちらもハッピーに過ごせるのが良い。
 山の本を2冊読んで来年のMTB登山の山を決める。来年は力を入れて17峰は登りたいな。そうすれば50峰になる。
 残り50峰は3年くらいで達成したいが、その時は67歳か? どうなっているか分からないな。

まなびっとのホームページにも載った
■ 12月21日(日) ■ 「土方歳三の歩いた道」講演会

講演会でのも〜さん
 朝早く起きて、今日の講演会の内容を、少しは覚えなくては・・・とパソコンに向かったが眠い。まあ本も書いたし、実際に道を知っているので何とかなるだろうと、なってしまうが、これはO型の特性なのか。
 歩き旅のキャリアに荷物も積んで、9時前には出発する。10分くらいで到着し、プロジェクターのセットをする。
 会社でプレゼンをやったのは、何年前だろう?20年くらい前かも知れない。線をつないでドライバーをインストールする。
 パソコンとつなぐ線はたくさんの種類がある。USBでつないだが、入力しない。さらのコネクターでつないだが、反応は無し。入力がOFFになっている。
 係りの人を呼んで見てもらったら、コネクターだけでOKだった。USBと両方つないだので駄目だった。後は何もする事がない。時間までのんびりしていた。
 全体では50〜60人くらいの参加だろうか。集まってくれるだけでありがたい。
 時間が来て講演は始まった。まずは前半の「土方歳三の歩いた道」の話をした。45分で終わり予定通り。その後質問を受け付けてから休憩。
 後半は「土方歳三の歩いた道」の旅の報告。45分で終えるようにとの、指示で話を進めていたが、後半は時間が無くなり、急いで終わってしまった。
 分かって貰えたのかどうか分からない。アンケートを書いて貰うので、後でその結果は分かるのかな。
 終わった後、道を歩きたいと言う人が来た。後で案内が必要なら、相談に応じますと言う事になった。
 講演の最後に来年はどこを歩くのかという質問が出た。新潟糸魚川から長野県松本まで歩くか、奥野細道か、松浦武四郎の道と答えたのだが、帰りのその方が来て、塩の道は良いよねと言っていた。
 行きたいな。行くとすれば静岡行きの途中になるか、帰りになるかだが検討課題だ。

友人がブログに載せてくれた。ありがとう!
■ 12月20日(土) ■ ローラー台でトレーニング

気合いを入れて乗ったのだが・・。
 朝から雨だ。最近は何か天候が良くなく、ウォークやランニングをさぼっている。こんな事では駄目だと思い、ローラー台でのトレーニングをやる事にした。
 しばらく使っていないロードバイクを出して、組み立てる。随分前になるが、使っていたのものなので、全く問題なく組みあがった。
 そしてローラー台にセットをする。久しぶりのロードバイクに少しはやる気が出た。
 そこでレーパンとレーサージャジィを着て、トレーニングをする事にした。シューズもクリック式のレース用を履いた。
 そして漕ぎ出す。すると思わぬ問題が起きた。怪我した右足に力が入らず、踵が下に落ちる形になる。これではぺダルに力が十分に伝わらない。
 今まではMTBで走っていたが、自然とペダルを漕ぐ位置を下げていたんだ。クリップペダルで無いから全く気がつかなかった。
 それなら、このレーサーで鍛えれば、足も良い方向に行くのではないかと思った。
 しばらく漕いでいたが、やはり右足に力が入らない分、かなり負担がかかる。
 30分くらいで止めた。普通のペダルにして、練習をしても良いのだが、この際は、足の訓練を重点的にやった方が良いだろうと結論付けた。
■ 12月19日(金) ■ 温泉でランチ

最初は二人しかいなかった

恵山をバックに露天風呂

カナダから送ってきたツリー

BAYエリアも綺麗になっている
 14日に引き続き温泉でランチとする。恵山温泉「恵風」のランチチケット2人分も旅のコンテストでゲットした商品だ。
 恵風は函館から40〜50kmと遠方にもかかわらず、バス送迎がある。こんな良い事はない。車で行くとガソリン代もばかにならない。
 迎えのバスが来る場所は家から4kmくらいの湯の川温泉だ。ここまでは車でも5分ほどで行く。
 やがてバスが来たので乗ったが、何と2人だけでこれは本当に申し訳ない。バスは南茅部経由で温泉に向かう。時間的には1時間半はかかるので、観光バス気分だ。貸し切りバスは暖かい日差しの中を淡々と走る。
 それでも南茅部に入ったら、ぽつぽつ乗る人が出て来た。圧倒的におばあちゃんが多い。おじいちゃんは2人だけだった。
 兎に角こまめに止まるというか、家の前に立っていれば止まってくれる。お年寄りにはこんな有難いことはないだろう。
 結局30人くらいは乗ってバスはほぼ満員となった。温泉に着いて早速入浴するが、男風呂は誰もいない。大きな温泉が貸し切りだ。
 これ以上のんびり出来ることはないだろう。温泉を上がったらランチタイム。洋食と和食があり、それぞれ別注文。私は洋食にしたらハンバーグ〜だった。
 美味しくいただき、再び温泉に入ってのんびり。そんな事で講演の資料を持って行って、覚えようと思ったのだが、目を通す暇もなく、帰りのバスに乗る。
 まあのんびりした良い一日だった。・・のだが・・。
 家に着いたら、函館クリスマスファンタジーに行きたくなった。防寒具を十分にまとい、チャリで出かける。
 18時からのクリスマスツリーの点灯式には時間があったので、ウィンドゥショッピングをする。お土産店には多くの人がいて賑わっていた。
 海外からの客では台湾人が多かった。そして18時になってカウントダウンとともにクリスマスツリーに灯が入れられ、花火が上がった。
 なかなか綺麗だ。周辺のレンガ倉庫群も綺麗に飾っていて良い雰囲気を出している。写真をたくさん撮って帰る。
■ 12月18日(木) ■ 講演原稿の読み合わせ
NO FHOTO  講演会も近づいてきた。やらなければならない事は、時間とおりになっているかだった。ようやく今日になって、パワーポイントを動かして、実際と同じ要領で話して見た。
 前半の原稿は40分で終わった。1時間でやるつもりが、やはり枚数を削りすぎた。自分でやっていて物足りないと言うか、良く分からないところがある。
 写真が数枚であっと終わってしまう。え!なんだったっけと自分でもそうなる。急遽写真を10枚くらい追加した。地図も明治の地図を追加したので、今度は大丈夫だろう。
 でも全体を通しての合わせ作業は止めた。時間がかかりすぎる。
 内容的には、本を作っているし、実際歩いているので、分かっているから調整は出来る。
 当日は時計を見ながら、調整出来ると思う・・楽観的かな?
■ 12月17日(水) ■ 裏夜景場所探し
NO FHOTO  函館に行ったら裏夜景を見たい。そんなメールが来た。函館の夜景は見ているので、今度は裏夜景を見たいという事だった。
 裏夜景は函館の東側に位置する、東山に一度行ったが、あまり良い場所は無く、こんなものかなと思って見た経験がある。
 裏夜景サイトをも見ても、城岱牧場、KGカントリー、きじひき高原などが出ていたが、ここは冬季は閉鎖しているか、夜間はゲートが閉まるなどで入れない。
 どこにするかな?・・と考えたが夜はあまり徘徊しないので、よく分からない。
 昨日の忘年会の時に、同じ会のNさんに聞いてみたら、某パークゴルフ場の辺りが良いとの情報を得たので、今日行ってみた。
 場所は何とか分かって坂を登って行ったら、H農園の畑の中が何と函館が程よく上から見える場所があった。
 おまけに手作りの展望台もある。野菜の収穫期には、ここで収穫した野菜を販売をするのだろうか? そして来たお客さんのために、展望台を作ったのだろう。ここなら夜景はばっちり見えるだろう。

 良い場所も見つかったので、安心して「しんわの湯」に行く。入ってすぐにランチを注文。「鯖の焼き物定食」は680円だったが、昨日の宴会の中華よりは余程美味しかった。
 ここでのんびり温泉に入り、上がってからは畳の休憩スペースで、講演の原稿を暗記して過ごす。 後、4日しかなくなった。全体の時間のかかり具合はまだ計測していない。
 温泉の帰りは、久しぶりにウィンドゥショッピング。クリスマス一色の大型スーパーをのんびり見て回った。
 「自遊旅」の栞を作るので、それに使用する紐を購入した。それ以外は特に購入するものは無く、ただただ店内を楽しく見て回った。
■ 12月16日(火) ■ 忘年会の余興は無しだった

家に帰って、ラッセー ラッセー
 今日は大野文化財保護研究会と上磯地方史研究会と名前から言っても硬いグループの忘年会だ。
 さらに大野文化財保護研究会は道の文化財保護功労者表彰を受けたので、その祝賀会でもある。
 そんな会合で何か余興でもやろうかな?とふと頭をよぎった。先日の例会の時に、カラオケを用意する話は聞こえていたのを思い出した。
 カラオケをやるのは良しとして、ただ歌うだけでは私の下手な歌を聞いて面白いはずはない。
 地平線会議のメンバーは、ねぶたの衣装を着て、マラソンに出る人もいる。またチャリで青森ねぶたの後、その衣装を着て北海道を回ったチャリダーもいる。ねぶたには熱い思いがあるのだ。
 考えた結果は「ねぶた」だ。そうだ跳ねよう! 歌に合わせて・・。
 青森ねぶたは囃子に合わせて跳ねるが、宴会ではそれをずっとやっている訳にはいかない。
 そこで、考えたのは「五所川原の立ねぶた」とのコラボレーションだった。吉幾三に「立佞武多」の歌がある。その歌の合間に入る。「ヤッテマレー ヤッテマレー」の部分を「ラッセ ラッセ」に置き換える。
 そして歌を歌った後の間奏の時に跳ねる。何度かやってみたらまあいけそうだった。
 衣装や花傘一式を持って会場に行く。しかし・・・カラオケは無かった。 店にはもともと無かったので、レンタルする積りでいたが、3万円くらいするそうで止めになり、代わりにクイズをやる事になったそうだ。
 う〜ん 度胸を決めてやろうとしたが・・・。まあ安心した事も確かだが。
■ 12月15日(月) ■ 川汲山道の函館側旧道が判明

道なき道を登る

旧道の跡がはっきりと残る

ジグザグの下り

下山前に記念撮影
 今日は天気も良いので、旧道調査に出かける。
先日は峠から下って来たが、今回は、斜面の道なき道を登って行く事にした。
 気温は3度くらいだろうか? 結構寒い。雪は例年よりは少ないのがまだ救いだ。
 笹は短いが斜面一帯に生えている。斜度はかなりあるのだが、木が多く生えているので、掴まりながら登って行く。
 笹の上でもそれ程は滑らないので、上りは息が上がるのを除けば、それ程困難ではない。
 汗をかかないように休み休み登る。尾根を登ったが、上に近づくにつれて風が強く、寒さが一気に来る。
 登りきった所で、川汲峠からの旧道が現れた。かなりはっきりした道で、その深さなどから、多くの人が歩いていたと、想像出来る。

 まずは上に登る。尾根のすぐ下に付いた道を行く。幅は1m程度で、右側は大きく落ち込んでいる。雪もあるので慎重に歩く。
 何時も一人で山に入っているので、慎重さが求められる。こんな場所で足でも痛めて歩けなくなったら、朝までには凍死しているだろう。
 100mくらい登ったら、風倒木があった。ちょうど道の上に倒れていた。そこを超えるのは危なそうだった。
 他のコースを行こうかと思ったが、急で細い尾根なので、滑落の危険があるので、こちらはもう少し雪の少ない時でなければならないかな?

 今度は、下りの道を行く。最初ははっきりしなかった道だったが、その内にはっきりした道が現れた。
 間違いなく旧道だ。途中から斜面が急になる部分は、ジグザグに下っていた。
 道はかなり掘れている。しばらく下ったら、道は大正のバス道路に出た。このバス道が出来たので、旧道は切断されたのだ。
 ここにはコンクリートの壁が出来たので、下に降りることは困難で、仕方がなく、上に戻る事にする。
 
 でも気持ちは浮き浮きしていた。なかなか分からなかった旧道がはっきりした。上の方はまだ少し調査出来ていない部分もあるが、ほぼ全容が明らかないなった事は嬉しい。
 大正14年以前の古い道が判明したのだ。箱館戦争で土方歳三も通った川汲旧道。気持は140年前にタイムスリップだ。
 でも当時は1mの積雪と文献にはある。今は10cm程度だ。温暖化が進んでいるのだろう。
 後、数10年したら、雪のない川汲旧道になるだろうか? でもその時はすでに、私はこの世にはいないからね。
■ 12月14日(日) ■ 温泉で食事&入浴

これが無料チケット

ハンバーグ定
温泉に行く事になった。実は函館市で募集した「地域で作る小さな旅」に旅のプランを応募して入選し、その商品に温泉での食事券を貰ったのだが、まだ使用していなくて、期限が12月の30日で切れるのだ。
そこで急遽温泉行きになった。
快晴の天気の中南茅部の「ひろめ荘」に向かう。今年は雪も少なく、道は舗装が出て快適に走れる。
 「ひろめ荘」の近くのキャンプ場で2張りのテントがある。雪の中に張っている。う〜んなかなかやるな・・と思いながら、温泉に到着。
 
 休憩室で珍しく夫婦の会話が弾み、話をしてから入浴となった。昼までは30分しかないので、1回目は温まる程度で上がってきて、レストランに行く。
 注文はメニューの中から好きなものを選んで良い。すぐに目が行くのは値段だ。食べ物の種類よりは値段だ! とばかり見たら、意外と安いのしか無い。2人で3000円分食べれるのだが、2人合わせて3000円になるメニューは無い。
 
 結局妻は3色丼で980円、私はハンバーグで1280円と2280円で終わってしまう。これっておかしくない? どう考えても3000円にはならない。
 まあ良いっか。

 本を読んだり温泉に何度も入ったりで、本当にのんびりと過ごす。こんな一時も良いな。

後1ヵ所の恵山温泉「恵風」の昼食付き入浴券がある。これも商品だ。来年も応募しようかな??
■ 12月13日(土) ■ カヌーの修理
冬に入っているのにカヌーの修理をする。
昨年の10月に、大沼でカヌーをした際に、力の入れすぎでアルミのセンターポールがぐにゃっと、曲がってしまった。
これでは来年の春にカヌーが出来ない。

モンベルのHPを見ても、カヌーは売っているが、部品は売っていなかった。札幌まで行けばあるかもしれないが、自分で修理することにした。

春になってから慌てても遅いので・・。

モップ掃除用のアルミのパイプがあった。
径は一回り小さく厚さは現在のパイプよりも厚くて丈夫そうだ。
アルミパイプをベンダーで曲げる。・・と言っても子ども用MTBのホィールを使った。

次に破損したパイプを切断して、長さを合わせた、パイプを中に入れる。

その後は、ドリルで穴を開けて、リベッターで固定した。

かなり丈夫に出来たので、もうこれでOKだろう。

組み立ててみたらばっちりOKだった。

今日、ぼんやりオセロが司会のテレビを見ていたら、知っとく!というコーナーは、月刊誌についてという内容だった。

普段見られない珍しい月刊誌の項目が並んでいた。
それを見たゲストが、出てきた月刊誌について、あ〜こんなのもあるんだと感心していた。

その内、ゲストの一人が「野宿野郎って何だ? よく分からねえな?」と発言。見たら、月刊誌の項目に「野宿野郎」が入っていた。

ゲストハウス「自遊旅」も東北・北海道の販売店になっている。

司会がどんな事を言うのかと思っていたら、「女性が編集長で、寝袋を持ってあちこち泊まり歩いているそうです」と答えていた。

月刊誌ではないが、そのユニークさから、メディアに良く取り上げられる。
昨日も注文が3冊来て、即日送付した。
まだまだ売らなければと思ってはいるが、ネット販売だけでは駄目かな? もっと積極的に売らなくては・・・。
■ 12月12日(金) ■ 吹雪の歴史山道、茶屋峠

北海道最古の福山街道

雪は少なかった
朝は−4度、今日の最高は3度くらいで、雪の予報だったが、早速出かける。福島の知内嶺と茶屋峠に向かう。何度も行っている場所なのだが、冬の写真が無い。
土方隊の進行したのは冬だから、冬景色の旧道の写真が必要だった。
行く途中の道は雪も無く、快適に走った。
知内の市ノ渡から右手に入り、住川に車を止める。
この辺りは人家が数件あるのみで、閑散としている。
積雪量はそれほど無かったので、スノーシューは付けないで長くつで行く。雪は降っているが、まだプラスの気温なので、歩けば直に体が暖まってくる。
30分ほどで、知内嶺に到着。ここから尾根をしばらく歩き、下り道に入る。本来は通しで行きたいところだが、下ってけば福島に出る。
ここから戻るのは大変だ。車2台なら上手くいくのだが・・。
再び同じ道を通って戻る。

 今度は茶屋峠だ。ここも雪はそれほど多くはなく長くつで十分だ。ここも30分くらいで登り、同じ道を下る。写真はかなりの枚数を撮ったので十分だ。

帰りに灯油を5缶買って帰る。62円/リットルだった。一時に比べれば随分下がったが、それでも売行きは悪いようだ。
家でタンクに人力で入れる。満タンの缶を持ち上げるのは大変だが、これもトレーニングと思えば全く苦にはならない。

夕方妻と温泉に行きのんびりしたが、女風呂は混んでいたようだ。女風呂は食事前に来て、温泉に入った後、家で食事を作る人が多いので、どうしても夕方の4〜5時は混むのかもしれない。
男風呂はリタイヤ組が多いが、それほどではいないのでのんびり出来る。

温泉の帰りに、再び灯油をタンクに入れて、帰ろうとしたら、隣の運転手さんがドアを叩いている。
どうしたのかなと見たら、中にいる女の子が、ドアロックをしてしまったのだ。お父さんがノブを上げるように言っても、きついのかなかなか開けれない。
そしてCDをセットしようと必死なのだ。鍵の事よりCDを聞くことの方に熱中している。
お父さんも仕方がなく、家に電話をかけて予備のカギを持ってきてもらう方向になったようだ。
■ 12月11日(木) ■ 物置場と工作室の整理・整頓

これでも片付いた工作室

ベルギーHITACHIのジャジ-
真中に市川のサインが入っている
もう年末が近くなった。その時になって慌てて掃除などやる事が恒例だが、今日は物置場と工作室の整理・整頓を行った。
最近は物が増えて、一体我工作部門はどのくらいの部品や物を持っているのか分からなくなってきている。
何か作業をやるときに材料などを購入するが、使った後で、あ〜これはあったんだとなる事が多い。
歳のせいで忘れている事もあるのだが、物は溜まっていく。
今日も片付けたら、色々なものが出てきた。ようやく綺麗に片付いたので、のんびりしようと、DVDを借りに行く。
借りたのが「茄子 アンダルシアの夏」という自転車ロードレースのアニメだ。
なかなか自転車通には面白いアニメだった。アニメに出てくる解説の音声は「市川雅敏」本人だった。
懐かしかった。彼は日本人初のプロロードレーサーでベルギーのHITATCHIに所属していた、山岳が得意のレーサーだ。
私もHITACHIの自転車部にいた事から、チームのユニフォームは市川のサイン入りの、市川と同じジャージィだった。
このアニメを見ていたら、何かロードレーサーに乗りたくなった。思えばMTBばかり乗っていて、ロードレーサーはしまったままだった。
 昔はロードレースばかり出ていた。今年の中国オリンピックの、女子日本代表の沖美穂とは昔、一緒のレースに出た事もあるのだ。
まだデビュー間もない彼女には、ゴール前で交わされたが、そんな思いが蘇った。
旅にハマってからMTBばかりだが、来春またロードレーサーに乗ろうかな?
実は乗りたくとも恰好が悪くて乗れなかったのだ。レーサージャージィはぴちっとしているので、メタボのお腹では、めちゃくちゃ恰好が悪い。
今は減量で腹がすっきりしたので自信もって乗れる。実はジャジィを着てみたのだ。
■ 12月10日(水) ■ 「ダテパー」の取材

これで綺麗なベッドになった
函館のフリーペーパー「ダテパー」の取材を受けた。函館のフリーペーパーでは厚みも十分で、立派なフリーペーパーなのだ。 
その中の「がんばる人」に載ることになった。
10時から取材が始まり、質問に答える形で進んだ。ゲストハウスの事や土方歳三の歩いた道に関する、内容について話した。
カメラマンは女性で、かなりの枚数の写真を撮っていた。最後にゲストハウスの外観を撮って終了した。

帰った後には、MAXキャンパーのベッドを作り変える事にした。前回の製作は札幌に行く直前だったので急いで作り、寸法も台と天板がきっちり合っていなかったし、天板もむき出しのままだった。
のこぎりで台を切って寸法を天板に合わせた。その上にシート型のカーペットを、両面テープで貼り付けて完了した。これで見栄えは良くなった。いつでも旅立ちが出来る。
今、興味あるのは、新潟糸魚川から長野県の松本までの塩の道(千国街道)で、日本でただ一つ残る塩を運搬した旧道が残る。
ここの120kmを歩いてみたいので、今は調査中だ。
静岡に行った時に歩きたいが、自転車とキャリアの2つは持って行けないし、思案どころだ。

ベッドが出来たと後は、工作室の整理・整頓・清掃も行って、すっきりした。
■ 12月9日(火) ■ 原稿は完成したが・・
NO FHOTO  ようやく講演会の原稿が完成した。まだ容量が多い様な気がするが。後は本番で進行状況を見ながら、調整するしかない。
 200ページはさすがに多い。でも50ページは削った。旧道は主なものしか紹介は出来ない。旅の報告もやはり削った。2週間の旅を45分でまとめるのは難しい。
 
 原稿の作成も出来たので、まずは部屋の掃除をする。しばらくしていないので、散らかし放題だった。
 すっきりしたところで、軽四のMAXのベッドを手直ししようと作業したが、電動インパクトレンチのバッテリーがすぐにダウン。
 充電済のものに交換・・・と思ったら無い! 考えてみたらタイヤ交換のとき、妻の実家のコンセントに充電したままだ。
 車を走らせて、函館の街の端まで行く。レンチを車に積んで、七飯まで行く。
 ここまで来たら、頼まれた写真を届けようと持って来た。
 Aさんと外でしばらく話す。函館のスキー情報で、今まで借りていたポールコースは今年から有料になるそうだ。
 昨年まで無料で張らせて貰っていたが、支配人が変わり、昨年の30%から50%の売上増を見込んでいるそうで、それがこのような有料化につながるのだろう。
 他に競技大会もゲレンデ使用が有料になる可能性もあるそうだが、どうなることやら・・・。
 結局夕方まで話して帰る。今日の一日はあっという間に終わった。
■ 12月8日(月) ■ オンパクの結果が出る
NO FHOTO  湯川オンパクの結果が送られてきた。参加者がゼロのイベントも結構発生していた。
 私のは大丈夫だったのは知っていたので安心はしていたが、アンケートの結果はどうだったか気にはなっていた。
 内容的には「説明が良かった」「行ったことが無い場所に連れて行って貰って良かった」「また別なコースをやるなら参加したい」「歩いてあちこち見学出来たのも良かった」などなど、良い内容ばっかりだった。
 素直に感謝して、次の機会があれば、もっと違う場所を連れて歩きたい。
 一般的な場所は大体行っているので、観光ガイドにない場所のほうが喜ばれるようだ。

 昨日、静岡の姪から電話があって、「おじさん静岡に長期で来ない?」と言われた。
 姪っ子の家には昨年、彼女の軽4輪を運んだ際に1週間くらい泊まった。
 今度、旦那が台湾に転勤になったのだ。所が会社の方針は、旦那が台湾で落ち着いた頃に、家族を呼び寄せるという、決まりがあるそうで、3ヶ月は台湾に行けない。
そこで、おじさんが静岡に来てくれれば良いなという事だった。
 静岡の家をベースにあちこち、旅をすれば良いでしょうと、願ったりの提案で嬉しくなった。
 早速、静岡周辺を調べよう。

 今年はスキーのクラブも休部した。レースをやるには足が十分ではない。足の痛みは無くなって、歩いたり走ったりは大分出来るが、母指きゅうには力が入らない。
そこでもう少しリハビリィを続ける事にした。アルペンスキーをやらないとなれば、たまにゲレンデを滑る程度になる。
それなら寒い季節は本州でチャリに乗っている方が良いと思う。
名古屋まで船で行き、静岡の帰りは日本一周の際、回れなかった、本州の中央部を北上しようかな?
■ 12月7日(日) ■ 妻がイカマイスター受験
NO FHOTO  昨日から吹雪いていたが、朝もまだ吹雪が止まなかった。
 今日は妻のイカマイスターの受験日だ。すべてがイカに関する内容と料理の実習がある。
 実習はすでに終わっている。まあ実習はいつも旅人などにイカを出しているので、全く問題はない。
 でも学科は講習を受けたが、家ではあまりやっている姿を見たことがない。
 聞いたら、暗記しても次のページに行ったら、前は忘れてしまっている。だからやっても仕方がないと、割り切っている。
 どう4択だから何とかなると意に介さない。落ちても来年の1月に同じ問題の試験があるし、今日の問題は持ち帰り出来るからまた受ければ良いと割り切っている。
 まあ落とす試験じゃないから良いのだろう。

 試験会場の北海道大学まで送っていく。その後、冬物衣料を買いに行く。
 最近減量のせいで脂肪が減ったためか、歳をとったせいなのか寒さを以前より感じるようになった。
 買いたいのはやまやまなのだが、我家は着る物も自分持ちなので、なかなか買えない。
 見かねた妻が、今回は生活費からそれぞれ1万円を出すので、衣料を買おうとなった。
 
 行ったのはユニクロ。今と売り上げが前年度アップの32%だというすごい伸びになっている。
 店内はすごい人だった。レジはフル稼働だが、それでもかなり長い列になって人が並んでいる。
土日は割引があるので特に人が多い。
 今、一番人気のサーマルのアンダーの上下を購入する。
その後、ほかの場所で、スノーシューに使えそうな靴をゲット、さらにアディダスだが安物の冬のトレーニングウェア、シャツ1枚を購入し、1万円は使い切った。
■ 12月6日(土) ■ 図書館で5時間PC
NO FHOTO  今日の気温は最低が−2度で最高が+2度と一日中寒そうだ。
 こんな時は図書館に逃げるが勝ちだ。10時の開館と同時に到着。
 暖房はすでに効いていて暖かい。すぐにPCを出して、作業にかかる。やはり静かなのではかどるし、疲れたら本棚にある本を読んだりと、いろいろ出来て便利だ。
 昼のおにぎりも自分で作って持ってきたのだが、食べるのも忘れて、結局5時間ぶっ通しで作業した。
 結果はスライド250枚分の、すべての作業を終えてしまった。これで一安心だ。
 2時間の講演にしては、枚数が多いので削除をしなければならないが、削除は簡単だから問題はない。
 帰りに本を借りた。「新宿ホームレスの歌」昨年新宿でホームレスの隣に寝たので気になった。「エコロジー炭やき指南」は幕末の弾薬庫と炭焼き窯の違いを調べるためだ。

 夕方になってレンタルCDを借りに行く。外は猛吹雪だった。でもそんなに寒くは感じない。
 最近の曲は分からないので少し、覚えなくてはならないなとつくづく感じる。ショップに行っても聞いたことのない曲が多すぎる。
 福原美穂の曲を聞きたかったが、CDはまだなかった。辛島美登里もなかった。
 結局はJAZZと中島みゆきになった。明日の朝は−7度だ。冬用寝袋に入って寝る事にする。
■ 12月5日(金) ■ 山下清を読む
NO FHOTO  図書館から借りた、山下清の「放浪記」を読んだ。イメージとしてはランニングシャツに短パン、そして下駄ばきがイメージにある。
 確かにそれは間違いは無かったが、リュックの中には衣類が相当数入っていて、寒い時は重ね着をしていた。
 有名なのはちぎり絵なのだが、学校で皆と同じ授業で始めたのだが、彼だけが才能があったのか上手だった。この絵を見た、有名なTime車が本に載せたのだ。その時日本ではピカソ展をやっていて、その絵の雰囲気が似ていると言う事で一気に評価上がったのである。
 彼はあの恰好で何をしていたのかと言うと、彼は今で言う貧乏な旅人だった。
 でも驚くのは彼が生きたのは戦中から戦後にかけての大変な時期だった。
 目的は仕事探しなのだが、その話の内容は全く出てこない。朝昼晩は何処かの家に行けばご飯を貰えた。それを毎日やる。御飯が無い時はお金をくれる。
 米も配給になっている時に何でそんなに親切にご飯をくれるのだろうと不思議だった。
 そんな助け合いの精神が日本には会ったのだろうか?
 寝るのは駅寝である。小さな駅は駅員に言われるので適当に大きい駅を選んで寝ていた。
 駅寝がダメなところは会った人が金を出してくれて、何処の駅が良いからそこまで行きなさいと親切だ。
 警察には何度も職務質問を受けるが、警察も飯を食わせてくれた。
 駅に泊るのは道を迷うから線路に沿って歩いたから駅寝が多かった。
 下駄が減るので途中からは裸足で歩いた。今の貧乏な旅人と同じだが、世の中は今よりはもっと暖かかったな。

 資料作りで、そんなに余裕もないのに、面白く読んでしまった。

 山崎美緒さんが北海道新聞に載った

 も〜さんが毎日新聞に載った・・小さい!
■ 12月4日(木) ■ ぶんぽ研例会

スキーカタログの彼女
 大野文保研の例会に行く。天気も良いので久しぶりにチャリ行こうと思ったが、色々やっているうちに時間が無くなり、急遽車で行く。
 最近、会長が今日は自転車?と聞いてくる。そう言えば最近は行ってないかも・・。

 帰りにアルペンスキークラブの友人の家に遊びに行く。何度か会おうと言ってたのだが、両方とも時間が無くてなかなか会えなかった。
 本当に久ぶりの再会だ。彼は2年目のスキー事故で足が不自由なままで、レースには出れないのだが、今年もシーズン券を買って、張り切っている。
 そう言う自分は、今年はアルペンは怪我した足の痛みは治ったものの、過度な力が入るレースに対応するのは無理なので、今年はどうするかな?と考えている所だ。
 話は、多岐に渡って楽しかった。彼の娘さんも今年は旭川近くのスキー場のコーチで来る事が決まったそうだ。例年ならカナダでアドベンチャースキーの案内や雑誌のモデルをやっていたが、今年は北海道なのでお父さんとしては会える機会が増えて嬉しそうだ。

 スポンサーはスパイダーマンのウェアとK2スキー、さらにバックパックのHAGULOFSも付いているそうだ。
 スキークロスのWCレーサーだったので、凄い体格かなと思うが、会うと極普通に見える娘さんだが、中に秘めた技は凄いんだな。
■ 12月3日(水) ■ 台場山周辺探索

台場山山頂は看板が整備された

旧道は歩きやすかった

台場山に出た所
 天気も良いし、台場山に行こうと出かけた。気温は10度近くも上がると言うので、11月の中旬並みの気温の様だ。
 台場山登山口まで車で行き、車を降りたが、雪が少なそうなので、長靴は止めて短いトレッキングシューズにした。
 NTTの無線中継場に至る道は雪も無く、秋のような雰囲気だ。峠までは軽く汗ばむ程度で1時間で着いた。
 ここで九十九曲りの状況を調べるのに、斜面を下ってあちこち調査する。
 ここは幕末の難所だったが、急斜面の九十九折れの道は明確に判断できない。
 今日もあちこち調べたが、はっきりした道と言うのはどうしても見つからなかった。
 決まった道ではなく適当に斜面を登ったのだろうか?
 このい後、旧幕府軍が1砲台を作った台場山に登る。登山口には新しい標識が付いていた。以前の標識は間違った標識なので、間違う人が多かったが今度は間違う事はない。山道も綺麗に笹が刈られていた。

 頂上から、旧道の道を降りる。道は尾根道なのだが、以前とは変わらず、まあまあ歩きやすい尾根道が付いていた。半分くらいまで降りて、再び登って来る。

 今度は下山途中から、旧道に入る。ここは下の方の道は確認できているが、上の方は少ししか入っていなかった。
 道は尾根の直ぐ西に有るのだが、断続的ではっきり道と分かる場所が少ない。
 それでも尾根は短い笹なので楽に歩ける。尾根はずっと下りで、どんどん降りていくが、何処まで下るのか不安になって来た。
 もし沢まで降りたら登るのは大変なことになる。
 途中で引き返すことにする。帰りはずっと登りできつかった。
 大正道路の舗装に出てからは、車道の下りを入り口まで戻る。
 結局4時間30分ぶっとうし歩いた。疲れた!
■ 12月2日(火) ■ 歯が欠ける

歯科医は湯川温泉近くで足湯があった。入って温まる。
 食事をしている時に、何か違和感がする。入歯かなと外してみたら、歯が無い。
 いわゆる人口歯茎と人口の歯の組み合わせなのだが、歯が無くなっている。
 食事の際に一緒に折れた歯を飲みこんだのだ。歯はもう戻って来ないのは仕方がない。
 でも掛けた歯のまま鏡を見て笑ったら、欠けているのでかなり見っとも無い。
 そこで仕方が無く歯医者に予約の電話を入れたら、午後3時に来てくれとなった。

 歯医者に行く途中ゲオに寄ってレンタル会員になる。というのは誕生日のお祝いにSONYのウォークマンを買ったのだが、新しいCDは全く持っていない。
 あるのは、台湾に行った時に買った、800円くらいで10.枚も入っている、演歌のCDだ。
 内容的にはかなり古い曲で、妻にも呆れられている。そこで会員になって新しい曲をゲットしようと言うわけだ。
 
 早速借りたのはやはり演歌で、水森かおりと北海道を主題とした演歌にした。
 やはりこの年には演歌が似合う。

 歯医者に行ったら待合室に一人しかいない。本を読もうとしたら、直ぐにお呼びがかかって、診察台に座る。今回は作り直しかなと思っていた。
 前回来た時は、少しひびが入ったのに、先生は新しく作るのを進める。
 そこを何とか、今回限りはと言って修理してもらったが。もう2〜3年は持っている。
 今回も言われると思って覚悟はしていた。来た先生は前回とは違っていた。
 歯を見て、壊れた所は新しく入れて、他にも修理部分が有るので修理しておきますとあっさり言ってくれた。
 技工士さんが30分で直した。凄い!修理が全く分からないほどになってしまった。
 これで3100円で済んだ。
■ 12月1日(月) ■ 天狗岳周辺調査

本日退院

他と同じく中央に大きな苔の付いた石があった
 肺炎で入院していたおばあちゃんの退院が決まったので病院に行く。
 おばあちゃんは、着替えてベッドに座っていた。施設の係りの人が来て、衣類などを紙袋に入れてくれた。
 これで退院準備はOKなのだ。私が両手に荷物を持って、病室を出る。
 なにしろ、ばあちゃんの施設は病院の隣に併設なので、こんなに楽な事はない。
 あっという間に、ばあちゃんの部屋に着いた。
「景色が良い!」とばあちゃんは自分の部屋で大喜び。やはり病室よりは自分の部屋が良いのだ。
 その内に妻と妹が来たので私は山に行く。

 今日は大野の天狗山の周辺を調査する。土方が戦った二股口台場の前線基地である、天狗岳の塹壕を探したかった。
 岡山藩、水原久雄の絵にも塹壕が3ヵ所書かれているが、まだ発見できない。
 ダム入り口に着いたが、雪は10cm程しか積もっていない。北側の旧道を下って行く。
 この先には、前に行った時に見つけた、弾薬庫らしい跡がある。これが弾薬庫の跡だとすれば、近くに塹壕がある筈なのである。
 慎重に周囲を見ながら雪の中を進。ここの旧道は斜度がきついので、上から見れば、穴など掘らなくても十分間に合いそうだが・・。

 前回の弾薬庫の跡らしい構造物はそのままあった。そこからかなり下って平坦な地に行ったら、ここにも全く同じ作りの物があった。入口があり、大きさも同じくらいだ。そこからさらに周囲を探したら、もう一つ同じようなものが見つかった。
 これら3つは殆ど同じ作りだ。果たして弾薬庫なのだろうか?
 炭焼きの構造とは全く異なるので、他に何があるのだろうか。
 弾薬庫と判断された、矢不来台場の弾薬庫とも構造は同じだ。
 さてこれからどうするかだ。

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