■ 7月30日(水) ■ 全国放送に出演か?
NO FHOTO  今日は天気も良いので孫の瑞葵と半日公園に行って遊んだ。あちこち走りまわるので結構疲れる。
 家に帰ってのんびりしていたら、旅人から電話、今谷地頭にいてインターネットを見て、GH「自遊旅」を知った。泊めて欲しいと言うのでOKする。
 彼の来る間に、東京から電話が2本。
 一件は朝日テレビで、土曜夕方6時半放映の「人生の楽園」だった。仕事を終えて色々な活動をしている人を紹介するテレビ番組で30分放送だった。
 妻も同時出演になるので、本人の同意が取れるまで、返事は待って貰い、明日の午後に返事をする事になった。

 チャリダーがやってきた。携帯ナビを持っているので自力で家までやってきた。だんだん便利な世の中になってくる。
 名古屋から出発し日本一周をしている大学生だった。

 
話している最中にTBSから電話が来た。徳光和夫の「感動再会“逢いたい”」だった。
 これは考えさせて下さいとなった。要するに会いたい人がいるか頭に浮かんでこないのだ。
 急がないと言う事なので、青森ねぶたが終わるまでに考えるとなった。

 何で突然こんな事になるのだろう。朝日テレビもTBSも新聞報道を見て、アプローチしてきたのだ。新聞の効果は大きいな。
 
全国放送に出るのは何か恥ずかしいが、こんな機会も無いだろう。前向きに考えよう。旅費、宿泊費持ち出し・・・。
■ 7月29日(火) ■ 中年チャリダー来る

元気に札幌に向かった
 昨日の夕方電話が来て、湯の川に到着したとの事だった。1週間くらい前に電話が来ていたのだが、今日は連絡がなかったので、来ないのかなと思っていた矢先だった。
 迎えに行って家に案内する。今回はバスで函館まで来て、函館から自転車で札幌まで帰る予定で、途中の黒松内で一泊して札幌まで走る。
 近くのスーパーで夕食を用意して貰って、食べ終えた頃に一緒に飲みながら話す。

 話は日本一周の話だった。彼は現在55歳で定年まで仕事をした後に日本一周をしたいのだが、出来るかどうか自信がないと言う事だった。
 日本一周は走っているうちに体力が付くので、全く問題はないよと話した。いつも自転車で走っているので問題は無いでしょう。それよりも宿泊場所などに慣れる事の方が大変かもしれないと話した。
 家族の方からも危ないからと言われているそうだ。
 私のHPに書いてある「男一人旅のススメ」って良いなと何度も言っていた。そんな時もありますよねと言ったが、チャリの場合はどうしても一人旅になる。スピードもそれぞれ違うし、見るところも違う。

 我が家に来ている日本一周チャリダーの書き込みを丁寧に何度も見て、だいぶ日本一周への自信になったようである。

 来年の青森ねぶたも是非参加したいと言っていた。旅の話は夜遅くまで続き、遅お酒も十分飲んだので、今日は少々二日酔い気味だ。
■ 7月28日(月) ■ 朝から雨

この差は・・・。
 朝から雨が降っていた。こんな日は家での作業になる。まずはねぶたの準備。ブルーシートターフも何とか完成にこぎつけた。
 j自転車バッグへの最終詰め込み作業も終えた。後はソーラー充電装置の作成だが、これはまだ終わっていない。
 電源コンセントの無いキャンプ場なのでぜひ完成させて持っていきたい。

 昨日から孫の瑞葵が函館に残っているので何かとある。車を交換するので桔梗まで瑞葵とドライブ。
 帰りに100円ショップで足りないものを購入。家に帰っては近くのスーパーで日本酒の安売りがあったので9リットルを購入とのんびりするはずが何かと忙しく終わってしまった。

 青森ねぶたに出発まで後、3日となった。東京の地平線会議の仲間はもう柏市での青森ねぶたで跳ねている。
 気分はみんなかなり盛り上がっている。
 昨日フェリーターミナルに行ったら、青森ねぶたと五所川原の立ねぶたのポスターが張ってあったのだが、圧倒的に立ねぶたが大きい。
 最近立ねぶたの人気が高騰していて、観客がどんどん増えている。なにしろ20mもあるねぶたなので圧倒的に迫力がある。
 青森ねぶたも元々は高かったのだが、電線や歩道橋の影響で低くなってしまった。
 青森ももっと高くしたいそうなのだが、電線を地下に埋めるだけでも相当なお金がかかるのだろうな。
■ 7月27日(日) ■ 自転車が大転倒・・大出血

2日間の最後の日になった
 今日は墓に行って、結婚の報告をするというので出かける。札幌から来ている娘夫婦も一緒に行くことになった。
 墓は立待岬の近くにある。車を離れた所に止めて、歩いて行く。
 墓の入り口に来たところで2人が水を取りに行ったので、そこで待っていた。
 悲劇はその時に起こった。坂の上から下って来た自転車はかなりのスピードが出ていた。
 途中でブレーキを掛けたのだろう。後輪が大きく左右に2〜3度振れて、自転車は歩道の段差に前輪がぶつかり、大転倒した。乗っていた人は前転したが、左右には墓があり、石だらけだ。
 激しくぶつかって我々の目の前に転がってきた。顔面から出血していた。駆け寄って「大丈夫ですか?」と声を掛けたら、「大丈夫だ」と言う。
 見たら大丈夫どころではなく、血がどくどくと垂れていた。見たら右目の上が深く切れていた。テッシュペーパーで強く抑えて出血をした。
 最初はそれでも血が止まらず、私の手も真っ赤に血で染まった。それでも止血を続けたら、血は出なくなった。
 舗装路には相当の血が流れた。他の所を見たら、左肩がかなり広い範囲で擦過していて痛そうだった。
 大分落ち着いた本人が自力で帰ると言うが、難しいだろうと判断した。娘が救急指定病院を問い合わせて病院名は分かった。
 そこで本人を病院に送る事にした。幸い私の車には自転車キャリアが付いている。自転車を乗せて病院に到着。
 途中で話を聞いたら、函館に転勤してきたばかりで、自転車も買ったばかりで、初めて乗ったそうだ。
 病院に行った時は電話番号や住所も答えられなかった。転倒の際の衝撃で、一時的に記憶が無くなったのだろう。
 病院に預けた私は再び墓に向かい。皆を乗せて観光に行く。主な観光地を巡っている途中で電話があり、傷は縫って、今家に帰って来たそうで、言葉はしっかりしていた。

でも良く考えたら、私が一生懸命止血をしていたが、娘は看護師ではないか。娘の方が絶対上手なはずだ。その時は夢中で全く気がつかなかった。

 家に帰ってから預かった自転車を届けることにしたので場所を聞いたら私の家の5分くらいの場所だった。
 自転車を届けたが、顔色も事故の際の青ざめた顔から赤みのさした顔になっていた。どうやら大丈夫そうだ。

 夕方、東日本フェリーターミナルに送って行く。みんなも凄く楽しくて良かったそうで喜んでいた。
 そして娘の旦那もJRで札幌に帰った。この後、娘たちは函館港祭りを見て、8月7日頃には娘が札幌に自力で車を運転して帰る。妻も同行だ。
■ 7月26日(土) ■ 秋田から親戚が来る

大沼で記念撮影

後1cmでホールインワンだった
朝6時20分着のフェリーで秋田から私の妹の娘カップルがやってきた。次女が結婚したのだが、その時の縁で、長女と相手の長男がお付き合いをしている。午前2時40分の船に乗ってきたので眠そうだ。

朝食は楽しみにしていたイカ刺しだ。
もしかして食べれないかもしれないとは言ってあったが、今日は運よくイカ売りがやってきた。
最近は燃料費の高騰などで、イカ釣り船が出なくなったのか、販売にくる回数が減っている。
それでもまだ時々生きたイカを食べれるのは幸せだ。皆はイカが透き通っていると驚き、美味しい美味しいと食べた。

 食後は観光に行く。まずは大沼に行く。大沼の外れに車を置いて、散策路を歩く。私的には大沼の正面はレストランやお土産売場が沢山あり、今ひとつ雰囲気的には嫌いだ。

散策路は涼しい風が吹き、きれいに咲いた蓮の花が綺麗だ。みんなもこの光景を凄く良いと喜んでくれた。
帰りも散策路の違うコースを通って戻る。この途中に大きな碑を見つけた。東郷平八郎の書いた「新三景」という碑だった。大沼が昔、新三景になった時に書いて貰ったのだろうか。
 東郷平八郎は確か元帥として日清・日露戦争に参戦しているが、何故彼の書いた書の碑がここにあるのだろう。
 東郷平八郎は箱館戦争の時に16歳で新政府軍として参戦している。その時の事が縁なのか?

大沼の後はパークゴルフだ。秋田には無いのでやってみたいとなったのでグリーンピア大沼に行く。快晴の中でのゴルフは超暑かった。プレイした時間は1〜2時の間だったので特に日差しが強い。コース上は我々グループ以外は居なかった。

 運動の後は温泉だ。南茅部保養センターで白濁の硫黄温泉に入れば疲れも吹っ飛ぶ。

 すっきりして夜は、札幌から駆け付けた娘夫婦と孫も入り大宴会になった。親戚同士がなかなか会う機会は少ないので、今回は新しい顔ぶれ同士が知り合い、良かった。

 10時を過ぎて酒の飲めない娘が運転して函館山に登り、夜景を見に行った。私は寝たので結果は分からない。
■ 7月25日(金) ■ 伊藤君大間に出発・・ねぶたで会おう

伊藤君が元気に出発
園芸用ポールの先端を加工した
 夏らしい天気になって暑くなった。9時には起きているだろうと、ゲストハウスに行って、何処かに行くかい?と聞いたらまだ寝ていたいと言う。
 それならゆっくり寝ててと言って買い物に出かける。

 青森ねぶたのターフ用の短いポールが欲しかったがそんなのはどこに行っても無かった。何か代用の物は無いかと探したら、畑に設置する動物除けのネットを取り付けるポールがあった。210円と安い。これを2本持ってさらに店内を回ったら、園芸用のグリーンのポールがあった。何と65円と格安だ。
 これに決めた。
 それとオーブントーストを1480円で購入。妻から古いのを貰ったのだがやはり使いこんでいるので汚れている。
 パンなどの食料を焼くのだから綺麗な方が良いし、値段も高くはなかったので購入した。日本一周チャリダーの女の子「スイカ」がペットボトルで作った募金箱には旅人が何かに使ってと寄付したお金があったので、これで購入した。

 午後から伊藤君が出発すると言う。じっとしてはいられない性格なので、天気も良いので走る事にしたそうだ。
 彼に青森ねぶたに参加を進めたら、九州からだとなかなか参加出来ないので参加を決めた。
 今日の夕方大間に着いて大間キャンプ場で宿泊、恐山を回って1日には浅虫の花火大会を見て2日にはねぶたサマーキャンプ場に入る。
 ゲストハウスの前で記念写真を撮って出発。今度はバイクで又来るよと約束してくれた。
 
 妻が買い物に行くと言うので駅に向かって、交差点で止まっていたら左から伊藤君が来た。
 妻が「クラクション鳴らして!」と言ったので鳴らしたら気がついて手を振っていた。妻も手を振っていた。
 3日間の短い付き合いなのだが、いつもながら我が家の子供よりはるかに若い旅人には愛着がわく。妻も自主的に食事を作ったりしてくれるので有難い。高級な物は出せないが、心はこもっている。
■ 7月24日(木) ■ 伊藤君来函・・震度4の地震
NO FHOTO  昨日の夜9時頃電話が来て、宮崎の伊藤君が北海道一周を終えて帰って来た。たまたま日ハムの試合があったので起きていた。
 もう少し遅かったら寝てしまったかもしれない。
 帰って来た伊藤君と11時ころまで話して寝る。その後、1時間してから、震度4の地震が起きた。さすがに私もびっくりして起きた。
 特に被害はなかった。 
 テレビを点けたら関東のTVで今地震が起きているとのアナウンサーの声に、関東で大きな地震があったと思ったが、その後の詳細な報道で、地震は宮城だった。
 少しして余震も無いので寝たが、何故かうつらうつらして今日は寝不足だ。
 9時頃伊藤君と話をしたが、昨日は室蘭から函館まで走ってきたそうだ。随分と長距離を走っている。彼は疲れもあってか眠そうなので、一度部屋に戻って再び戻ったら、気持よさそうに寝ていた。

 青森ねぶたのキャンプ場に張る、ターフ・・と言ってもブルーシートだが、リサイクルショップで購入。ポールも安いのがあって2本購入。
 これでOKだろう。長期間同じ場所でのキャンプなので、少しでも良い環境にしたい。

 夕方起きた伊藤君は、函館山の夜景を見に行った。北海道上陸の際も見たので2度目になる。前回はバスで登ったのだが、今回は歩いて登ると出かけた。
■ 7月23日(水) ■ 暑い日は網張り
NO FHOTO  今日の朝は雷がバリバリと凄かった。そして出た警報が竜巻警報だった。こんな警報は初めて聞いた。空が急に曇ってきたら、丈夫な建物の中に避難してくださいと言うものだった。
 丈夫な建物とは何だろう?学校かな学校は遠いから間に合うのかななど考えていたが、竜巻は起きたのか、逃げるような状況になったかは不明だ。対応の仕方が分からない。

 新しいキャリア作りを始めたが、なかなか難しい。今度は折りたたみも出来るようにしたい。ホィールが20インチ、22インチ、26インチとあるが、22インチを使う事に決めた。
 でもクィックリリースにしたいので、ハブを変えたいが同じサイズのものが無い。子供用自転車の部品は市場には流れていないんだろう。MTBのハブを使おうと思っているが、微妙にサイズが違うので考えてしまう。

 そこに妻から窓に網を入れてとの要望が来た。我が家は古い家なので、アルミサッシの窓の内側は一部木枠の戸が入っている。これはガラスなので風は入らない。
 すぐに取りかかる。まずは愛犬モモの寝床の窓をやる。これで終了と思っていたら、自分の部屋の窓もやって欲しいと来た。こちらもすぐに終了。今日は暑いので汗がどっと出てくる。
 もう終わりと思いきや、階段の上がった場所もやって欲しいと3か所目。ここは手間がかかった。窓が外れないのだ。家の歪みだろう。時間をかけて外し、かんなで削って再調整したらスムースになった。
 そして網を張った。これで完了だ。

 汗でびっしょりになったのでこの際、チャリを漕ごうと、ローラー台に載って回すと汗が噴き出てくる。
 ぽたぽたと絶え間なく落ちる汗に少しはすっきりした。

 世界を歩いている「ふみ」さんからメールが来て、青森ねぶたに来るそうだ。北海道を1年3ヶ月かけて本州に行って、冬は長野のスキー場でバイトし、春から歩いたがまだ長野にいる。もう日本は3年目かな。凄い旅人だ。
 我が家に泊まって、その後長野で再開し、今度は青森で会える。楽しみだ。
■ 7月22日(火) ■ シール効果&羅臼にクマ

皆に喜んで貰っている「自遊旅」ステッカー
 旅人も旅立って自由な時間が出来たので、今日は久しぶりにパソコンで文書作りをする。ガイドや講演が入っているので今から少しづつ作らないときっとギリギリになって慌てるだろう。

 ゲストハウスに宿泊した竹内君から山形の荒木さんに積丹で会ったとのメールが入った。ゲストハウスに宿泊した仲間だ。
 ゲストハウスに宿泊した際には、希望者に「自遊旅」のシールを貼って貰っている。旅の中でシールを貼った者同士が会えば、同じ所に宿泊した仲間として、すぐに打ち解けるだろうと言う趣旨だったが、早くも第1号が現れた。
 今後もシールの発行するので全国的に貼った仲間と会えれば良い。

 羅臼キャンプ場は北海道でも1、2を争う人気のキャンピング場だ。キャンピング場の向かいが人気の無料露天温泉の「熊の湯」がある言う事もある。
 そのキャンプ場に熊が出たと言うニュースが流れた。鹿を追って来たらしいが、その一部始終が面白い。と言うのも誰も被害な無かったから言える話なのだが・・・。
 キャンプ場は残念ながら使用禁止になってしまった。これから旅人が増えるのに残念な結果だ。

 新聞報道
■ 7月21日(月) ■ 旅人出発

3人での記念撮影
 楽しい日々も何時か終わる。毎度の事なのだが会って、凄く良い時間を過ごして、そして必ず別れが来る。
 今日はその日だ。昨日の夜は旅人2人がキムチ鍋を作ってくれた。も〜さんにお世話になったお礼に・・と言う事だった。素直にご馳走になる。料理は千葉さんが作った。初めて作ったと言っていたが何と美味しい。
 大鍋一杯に作ったのだがほぼ食べつくした。
 今日の朝も生きたイカを売りにきた。妻が買ってきて朝食に出す。最後の朝食にはふさわしい。
 千葉さんは掃除をしてくれた。トイレから居間から玄関、台所まですべて掃除した。さらに帰った後、シーツを取りに行ったらきれいに洗濯されたシーツがあった。
 こんな旅人は初めてだ。私と同じO型でもこんなに違うのかと驚いた。 その他にも食器はすべて洗うし、本当にきちっとしている。
 昼に出るまで、荷物を詰め込んだり、話をしたりと最後の時間を一杯使う。千葉さんは青森ねぶたに来ることになったので、又来月会える。
 岸本君には会えないが、屋久島でいつか会おうとなった。
 昼に2人が出発。これからも良い旅を・・・。

 午後から電話が来て26〜27日は秋田から親戚がやってくる。ゲストハウスは大賑わいだ。
■ 7月20日(日) ■ 近所のフェス&自遊旅床屋

千葉君は楽しそうに散髪
 近所の福祉工房のフェステバルがあったので旅人と3人で行く。フリーマットや焼き鳥、たこ焼きの出店もあり賑やかであった。
 フリマではコクヨのファイルが5冊で200円だったので購入。1冊5〜600円するので助かった。資料が山積みなので整理したい。
 後はビンゴのカードを貰って引き揚げた。ビンゴは午後13時開始なので家に一度帰る。
 
 昼は旅人はトラピスト修道院に行ったので、私は青森ねぶたの準備をする。バッグ3つに何とか収まった。後は少し追加するだけでOKだ。

 午後からフェスに行ってライブを聴く。そしてビンゴに参加。最初はビンゴになった方から良い商品が当たる。しかしここのビンゴは最後に一番の良い商品が当たる。
 途中でビンゴにならない方が良い。最初と最後にビンゴになる方が良いのだ。ビンゴは最後になった。私は23か62が出れば当たる。
 出た数字は50番代だった。う〜ん残念。

 夕方岸本君の散髪をする。散髪するのは初めての千葉君。順調に頭を刈って終了。結構上手くいった。
 坊主頭専用自遊旅バーバーを開店するかな?
 ■ 7月19日(土) ■ 北斗市大野で夜市

ヨーヨー作りは初めて

江差追分チャンピオン寺島さん
 朝から岸本君は自転車の清掃をした。日本を半周しているのでかなり汚れている。灯油とクリーナーでピカピカの金属が見えてきた。
 その後はホィールの振れ取りだ。旅の中で何度もスポークが折れて、自分で交換している。
 振れ取り台に掛けた。そしたらかなり触れているし、スポークの張りがばらばらになっている。私が少しやってその後は、岸本君にまかせる。
 振れは徐々に取れ最後はほとんど無くなった。これでスポークの折れは防げるかな?

 午後から大野の夜市に行く。何か懐かしい響きがする。私の入っている大野町文化財保護研究会もヨーヨーコーナーと昔の遊びコーナーを担当する。
 まずはヨーヨーの水&空気入れをする。所がなかなか入らない。私は初めての経験だったが、昨年経験した方のアドバイスでやっても上手くいかない。
 それでも30個は作ったが、水が多すぎて重いヨーヨーになった。入れ方も難しく手がすっかり疲れてしまった。
 そこに昨年実際にやった方が来た。あれ!このポンプは駄目だよ。他のがあったはずだよとなり、資料館に行って取ってきた。
 そしたら簡単に入るではないか。ここから一気にピッチが上がる。もうかなり早いピッチだ。水も丁度良い加減で入る。
 30分ほどですべて作ってしまった。そこに会長がビールを差し入れしてくれた。
 遊びのコーナーも大賑わいだった。独楽、竹トンボ、ケン玉、メンコ、おはじき、などなど。子供達の歓声が響いた。

 ステージはハワイアンから、歌謡曲、太鼓、吹奏楽と盛りだくさん。中でも江差追分全国優勝の寺島さんの民謡は良かった。
 終了して、後片付けして、郷土資料館のそばに駐車していた車の屋根を上げて、爆睡した。
■ 7月18日(金) ■ 少し疲れ気味か?

高木さんと

オーブントースターも付いた
 連日の宴会で少々疲れてきているかな? 朝早く徒歩ーダーの高木さんが出発した。本当は函館で終わりだったが、天気が回復傾向なので、恵山を回って森まで歩き、そこから電車で札幌に向かう事になった。
 ゲストハウスの前で記念写真を撮って出発する。66歳の高木さんもしゃっきっと歩いて行った。

 他の3人が起きたのは8時頃か? チャリダー岸本君はまったりしていた。ライダーの千葉さんは何処に出かけた。
 私も家で、12月に行われる2008年マナビットの講師を依頼されていたが、企画書の提出を忘れていた。あわてて書いてメールで送った。

 妻からオーブンを貰ったので壁に取り付けた。パン食の旅人も多いのでこれでパン焼きは助かる。

 夕方二人は函館山に出掛けた。バイクで駐車場まで行って歩いて登るそうだ。天気は今一で夜景が見れるかどうかは微妙だ。

 地平線会議野宿党の安東さんから、7月20日に出版されるサイクルスポーツの記事が送られてきた。私と山崎美緒さんがばっちり載っている。
 安東さんはこのメールの後、カムチャッカに行くそうで、山崎美緒さんはエリトリアにチャリ部隊を引き連れてサイクリングに行っている。
 皆国際的だな。でも皆とはねぶたで会える事だけは間違えが無いので楽しみだ。

 青森ねぶたも後少しになってきたので、少しづつパッキングを始める。後2週間でねぶたが始まる。
 ラッセーラッセー ラッセララッセラー。暑い夏が始まる。
 
■ 7月17日(木) ■ 雨・・徒歩ダー来る

函館山バーガーに満足の岸本君
 今日の予報は雨。この時期の雨は気温が高いので憂鬱だ。そこで温泉に行くことになった。私、妻、千葉さん、岸本君の4人で「湯多里」に行く。小さな温泉だが人はあまりいない。行ったら一人いたもののすぐに出て行き貸切状態になった。
 ここの温泉は熱い。熱い熱いと言いながら源泉だから水を薄めずに入るんだとばかり、我慢して熱さにこらえて入る。
 上がった後、千葉さんはレッドバロンにバイクの修理に行く。私と岸本君はラッキーピエロ。
 私はカレーを注文した。岸本君は函館山バーガー。太っちょバーガーよりさらに大きいのが出来たのだ。
 でもすごく時間がかかり私が食べ終わった後にようやく出てきた。相当焦っているのか皆には鈴を鳴らして来たのに、岸本君には何もなく、すっと持ってきた。
 美味しい美味しいと簡単に片づけてしまった。さすがに若い。

 家に帰ったら徒歩ダーから電話が来た。家まで案内した。雨の中30kmくらい歩いてきた。
 北海道沿岸を区切りで歩いているそうだ。今回は札幌を出て、積丹経由函館まで来た。
 66歳だが足はさすがに早い。退職してから家に居たのだが、退屈なので歩くことを始めたそうだ。やはり行動しているだけあって元気だ。
■ 7月16日(水) ■ タイの乗合自動車に出会う

岸本君のパドリング

千葉さんはすっかりはまった?

タイの乗り合い自動車
 朝は雨が降っていたと岸本君に言われたが全く知らなかった。それだけぐっすり寝ていたのだろう。
 起きて岸本君と車で大沼を一周する。とある場所を通過する際、物凄い数のカメラマンが居た。何か鳥の撮影でもしているのだろうか。
 朝の大沼は静けさに包まれていた。
 帰って食事をしてから、カヌーに乗る。まずは岸本君ゆっくり岸を離れて沖に向かうが意外と早く帰ってきた。
 
 次にバイクで宮城県気仙沼から来ている、千葉さんが乗る。彼はかなり沖まで行ってさらに岸近くを回ってきた。
 めちゃくちゃ楽しかったと言って喜んでいた。帰ったらカヌーを買うかなとすっかりはまった様子だ。
 やはりカヌーは独特の雰囲気があり、まったり感がやめられない。

 朝の大沼キャンプ場は静かで最高の環境だと皆喜んでいた。しばらくして、再び岸本君が出発した。今度はかなり沖までいってじっくりカヌーを楽しんできたい。

 駐車場で車の音がした。昨日から気になっていた車が動いたのだ。懐かしい空冷4サイクルの音だ。
 すぐに駐車場に行き、持ち主と話す。この車はかなり昔、大村昆のCMで超人気の出た自動三輪車のミゼットを改良したのかと思った。
 しかしそれは違ってタイから輸入したものだった。良くテレビで見かける事がある、乗合自動三輪車だった。
 660ccで加速は良いらしい。日本には100台くらい輸入されているそうだ。
 注目度は凄いらしい。確かにこんな車が走ってきたらびっくりするだろうな。
 でもパーツは日本の車と違って、維持管理は大変らしい。故障したらタイから取り寄せなければならないからだ。横には可愛い犬も載っていた。
 
 家に帰ってから温泉に行く。上がって携帯を見たら、岸本君から電話があり、もうゲストハウスに着いていた。
 そして大沼でジンギスカンを買ってきたそうだが、大サービスされたそうで肉だけで1.2kgそれに野菜やこんにゃくなどが一杯。
 さらに角煮もサービスされたそうだ。

 北海道を歩いている徒歩だーから、明日泊めて欲しいと電話が入る。山形の荒木さんからの紹介だった。荒木さんはゲストハウスを出てから積丹半島に向かったがそこで会った旅人だった。

 夕方来た千葉さんも含め3人で、ジンギスカンをたらふく食べた。楽しい話は尽きないが10時でお開きにした。
■ 7月15日(火) ■ 大沼でカヌー

久しぶりのカヌーは最高だ!
 日本一周のチャリダー竹内君が北海道を一周して大沼に入ると電話が来たので、この際だから私も大沼に行こうとなった。
 でもただ行ってはつまらないのでカヌーを持って行くことにした。このカヌーを使うのは釧路湿原を下って以来なので、4年ぶりとなる。
 早速組み立てを始めたが、もうすっかり忘れている。何度やっても一部が合わない。
 仕方がなく解説ビデオを見てから再び組立た苦労したが何とか組み上がった。早速車に積んで大沼に行く。
 いつのもテント場にテントを張ったが、そこにもう一組カヌーがあった。長野の松本から来ているご夫妻だった。
 ここ数日間カヌーをやっているそうだ。キャンプ場があり、温泉があり、冷たいビールの有り、そして最高の湖がある。こんな良い場所はめったにないとべたほめだった。この近くの人は良いなと羨ましがっていた。

 湖面にカヌーを出す。久しぶりのパドリングはぎこちないが、気分は最高だ。この日は2回カヌーを漕いだ。2回目はかなり遠くまで漕いで行った。今度は大沼一周しようかな?だんだん腕がだるくなってくるので今日は2回で終了

 夕方竹内君がチャリに荷物満載でやってきた。何か北海道一周を終えて逞しくなったようだ。そして旅の途中であった、旅人もここに来ていると言う事だった。それなら一緒にやろうとなった。

 750ccのバイクで日本一周している宮城の千葉さんだった。みんなで鳥肉を焼いて食べる。そしていつものように、旅の話が延々と続く。近くの店でビールを売っているので飲み物には困らない。皆たくさん飲んで、
すっかり酔って就寝した。
■ 7月14日(月) ■ こまごまお仕事

ツインコンロも使い勝手が良くなった

ライトも取り付けが完了
 まずは水道が漏れた。先日工事したばかりなのに・・・と思ったが、やはり漏れたか思いあたるふしがある。
 一度取りつけて、不具合があったので一度ゆるめて外した。その後、再び取り付ける時に、シールテープは少し少なくなっていたが、大目さんと2人でまあ良いか? となったのである。
 そこが時間とともに漏れてきた。すぐに新しいシールテープに取り換えたらぴったりと止まった。

 次に台所のガスコンロ。今、設置しているのは、岩谷のツインフラットと言うもので、カセットガスを使用し、そのカセットが後ろにセットされ、下には全く突起物が出ないので、フラットに置けるもので、岩谷以外は見たことはない。
 問題は点火位置がかなりまずいのだ。つまみを少し回すとガスは出るがそれから天下位置まで一回り半するのだ。その間ガスは出っぱなしで何か危なさそうだし、手を一度離してまた回さなければならないという不便さだった。
 そこでガスコンロを解体して、点火位置をつまみを回して90度くらいで点灯するようにした。
 凄く簡単に点火でき、ガスも漏れ時間が少ないので安心だ。

 さらにお仕事は続く。青森ねぶたも近くなったので、ライトを付けなくてはならない。強力なLEDライトがあるのだが、取り付け部分が破損している。構造的にまずくて、大きな振動で何度も落下し、ついに破損してしまった。
 5000円くらいしたので勿体無い。そこで破損した部分に金属を加工して取り付け用部品を制作した。
 がっちり取り付けが出来これで安心だ。

 これで今日一日の仕事は終わった。満足の一日だった。
■ 7月13日(日) ■ 散髪が無料に!
NO FHOTO  二日酔い気味ながら一緒に朝食を食べて、しばらく歓談し、10時過ぎには墓参りに出発した。
 我々もお墓参りの準備をして、墓に向かう。我が家の墓は谷地頭と言う場所で立待岬に行く途中にある。
 観光地の立待岬も観光バスも通れないので、この日は立待岬観光は困難になる。いつもは通れる道は交通規制がかかってバリケードがかかっている。今回は谷地頭温泉に車を置いて歩いて行く。
 天気は快晴で気温は24度で、少し歩くと汗ばんでくる。墓に着いていつものようにお供えを上げて手を合わせる。
 高台にあるので景色は良く、我が家の方向も良く見える。谷地頭温泉で昼食はお供えを食べる。今は、墓のお供え物は全て持ちかえなければならない。カラスが食い散らすからだ。

 温泉にのんびり使ってユニクロに行く。昨日買った7分パンツの長さがピッタリで直す必要が無かったからだ。いつもはかなりの長さを切って短くして貰っているが、現在売っているのは、全く切らなくて済む。
 これは大変珍しい。そこでもう1本購入することにしたのだ。

 電話が来た。札幌からだった。「ミスターバイスクル」と言う店だった。自転車屋さんかと思ったら、散髪屋さんだった。
 話は我がゲストハウス「自遊旅」が北海道新聞の全道版に出たのを見て電話が来たのだ。
 話を聞いたら日本一周のチャリダーの散髪を無料にすると言う話だった。こんな良い話は滅多に無いのでなぜ?と聞いたら、20年前に彼も自転車で日本一周していた。その際、札幌が気に入って、日本一周後は札幌に来て床屋の修行をして、店を出したそうだ。

 無料チケットを送るので日本一周のチャリダーに渡して欲しいそうだ。一度訪問したそうだが、その時は私は不在だった。その内に持って函館にくるそうだ。旅人にとってはありがたい話だ。
■ 7月12日(土) ■ 元近所の仲間が来る

もうかなりご機嫌状態です
 元近所に住んでいた荒澤ご夫妻がやってきた。函館は7月13日が新盆になるので墓参りに来たのだ。
 もうだいぶ前になるのだが、我々の近所は通称「ちろりん村」と言われていた。5軒の仲の良い仲間は週に2〜3日は何処かの家に集まり宴会を開いていた。各家が1品のおかずを持って集まるので簡単に宴会が出来た。子供たちも当然仲が良くて、一番のお姉さんが皆の面倒を見ていた。
 そんな仲間であったが、家を新築したり、転勤で地方に行ったりで、ばらばらになってしまった。
 荒澤氏は札幌に転勤になり、その後独立している。夕方から宴会が始り、話は止まることなく続く。
 その内、札幌の娘の所から帰ってきた妻も加わり、それはもう大変楽しくなった。
 とにかく1年ぶりに会うので話が盛りだくさんだ。こんなに会話が続く仲間はそうは居ない。
 結局、日にちが変わるまで飲んでこの日は終わった。

 市役所から電話があり、北海道新聞が取材したいので良いかと来た。OKしたら夕方電話取材になった。
 湯の川オンパクに私の企画が採用されたのでその事の取材だった。 
 電話で30分くらい話したのだが、その記事が今日の朝刊に載った。

 北海道新聞に掲載

 企画が入賞したので市役所からも記念品が届いた。恵風とひろめ荘の食事券+入浴券がそれぞれ2組分来た。
 これは妻と妻の妹に1組。妻と娘に1組をやろう。女同士の方が楽しいだろう。
■ 7月11日(金) ■ 竹内君出発&本を贈られる

竹内君は小雨に中を出発

釣さんからの贈り物


 朝5時半にゲストハウスに行ったら、もう出発準備は整っていた。天候は小雨だが彼は予定通り出発となった。
 彼は北海道一周後、苫小牧からフェリーで帰るので、再び函館に戻る事はない。またいつか会おうと言って別れる。
 日本一周した後には、たくましくなった彼の姿がをある事がだろう。小雨の中をTシャツ1枚で出発した。

 見送って戻ったら靴運動を忘れている。急いで車で追ったが見つからない。そこに電話が来て、忘れものに気がついて、ゲストハウスに戻ったそうだ。

 朝食は昨日の残りの蟹を食べた。久しぶりの蟹の食感だ。連日忙しかったので、今日は家でゆっくり休もうと決めた。

 作家の釣洋一さんから本が送られてきた。先日私の書いた本が欲しいと言う事で持って行って貰ったので、そのお礼だった。
 新撰組の事はほとんど知らないので、楽しみにして読もう。その本と共に手紙と過去に歩いた旅の日程表が入っていた。
 ゲストハウスで話は聞いていた。日本縦断6000km走破や旧中山道ひとりたび、米沢海道の踏破などが書いてあった。
 米沢海道の踏破は、朝4時過ぎには歩いて、夜23時45分まで67kmを歩いている。
 まさに旅人の雰囲気だ。本当に現地を歩いて本を書いている。
 私の本に対しても、旧道調査内容は労作と言ってくれた。

 以前、私が日記の中で釣洋一さんが鷲ノ木から五稜郭まで歩いている様子に書いた本を読んで、その道は当時の旧道ではなく、川汲は大正道路を歩いていて、必死になって調査していた私にとって、事実と違う記述が何で本になるんだと書いたことがあった。
 その事を私のHPの掲示板に投稿し、先生を愚弄するなどと釣ファン?の投稿があり、言っても分からない匿名の人なので、掲示板を削除したいきさつがあった。

 先生にもその情報はあって、その事についても返事が来た。彼も川汲の旧道は知らないまま歩いた。私の言う指摘とおりと書かれていた。そしてそんな事で私に対する気持ちは、全く変わらないと書かれていた。
 気持の大きい人だった。そしてこの1件はこれっきりで終わりにしようと書かれていた。しつこくだらだら引きずっても前進はない。
 今度、再び道南を歩く予定だと書かれていた。私の調べた上ノ国も歩きたいと言っていた。今度来たら是非案内したい。

 彼がトークショーで話した、歴史本は内容を疑って見るものだと言う言葉をしっかり実践している。
 間違っている事は間違っているとはっきり言える事は大事だ。釣さんから貰った「新選組宝典」には左三巴の中で、「沼田頼輔先生の日本紋章学でいう時計の右回りが右巴という説に従ったのだろうが、これは違う!」とはっきりと書かれている。
 間違いは間違いだとはっきりする事と、その裏付けはしっかり取っておくと言うトークショーの言葉通りだ。
 単なる思いだけで語るのは釣さん好みではないようだ。
■ 7月10日(木) ■ 葛登支稲荷社例大祭参加

葛登支稲荷社の例大祭

凄い御馳走が並んだ

旅人竹内君
 実は大野ぶんぽ研の例会の際、参加要請されたのである。参加者が少ないと寂しいとの事だった。
 朝Nさんが車で迎えに来てくれた。普段はあまり話す機会も無いが、今回は車の中で、話しっぱなしで走ったので、あっと言う間に着いた。
 参加者は思っていたより多く、30名くらいいた。宮司さんの祝詞で式は始まり、私も玉串を捧げて参拝した。
 
 終わった後は近くの宿泊設備の中に御膳が用意されていた。そこに並んでいたのは豪華な料理だった。
 蟹、まぐろの刺身、ステーキ、茶碗蒸し、天ぷら、漬物、デザート、赤飯、ソーメンとこれでもかというくらい多かった。
 ここの神社を起こした、青森蟹田出身の工藤忠孝さんが、ここを訪れた際、明治期の文豪、島崎藤村に係る函館の豪商泰貞三郎氏が造園した寿楽園の荒廃を嘆き、10余年の歳月をかけ私財をなげうって再建した。その功績は万人の賞賛を浴びた。
 神社は老朽化寸前の稲荷堂を譲り受け再建した。再建後はこの前の国道は事故が多かったが、ここ10年間は事故ゼロを記録している。
 その工藤さんの遺族の方が毎年この会を催しているそうだ。
 
 私は車に同乗なので、ビールまで頂いてしまった。私の向かいには福島の中塚さんだった。福島の旧道を整備してイベントを開いたり、道の講演をしたりと、福島の町おこしに熱心な人だ。
 今日も旧道の話になった。知内川に渡船があった時の資料を私が探したが、中塚さんは知らなかったので、資料は送りますとなった。

 お腹一杯になって、ほろ酔いになって車で送って貰う。手土産は自分の余した料理の他に、他の人からも貰ってしまった。
 今、旅人が来ているので彼へのお土産だ。

 家に帰って一眠りして、夕方、明日千歳空港から台湾に帰る佳子に会いにチャリで走る。1時間ほど話して家に帰る。
 娘の優華は、明日私の孫の瑞葵に会えるのは凄く楽しみにしているようだ。
 日本居住同士ならもっと交流が出来るのだが、海外となればなかなか出来ない。それでも今回の来日では凄く仲良くなった。

 チャリで戻り、旅人と夕食。彼は蟹に喜んでいた。それほど食べた経験はないと思うが、身の剥き方が綺麗だ。丁寧に身を取り食べていた。
 話は楽しくあり、難しい話もあり、いろいろだった。ぽつりと旅に出た理由を話した。彼もある事がきっかけで旅に出た。
 それは心に大きくのしかかる大変な出来事だった、それに対して軽々しく言える事ではなかった。

 そんあ事から、静かな雰囲気になった。そこで音楽をかけた。JAZZの鈴木章二の「鈴懸の道」だった。古い曲であるが何かこの和風風の家には合っていて良くかける。
 彼は凄く喜んでくれた。彼のコメントにも「よどみのない大人の思いの二人の時間が自遊旅の中にあふれる」と書かれていた。
 人生は色々な事態に遭遇する。それを解決するのは自分しかいない。他人が当事者の心に深く入る事は到底無理だ。応援はするが最後は自分だ。
 8時30分にさすがにここ数日は毎日が忙しく、疲れが出てきたので寝ることにした。彼は明日の早朝出発する。
■ 7月9日(水) ■ 旅人と合流&雅子静岡へ

静岡に出発
 大沼の朝は4時に目が覚めた。9時ころ寝てるので目は覚めるだろう。
 ガスがたちこめている中をトイレに行って、帰ってから少し寝て7時に再び起きる。荒木さんも起きていた。
 彼は今日、江差に向かう。天気予報は雨だが彼は雨でも走る人なので全く平然としている。
テントを畳んで出発の準備が整う。
 少し話してから出発する。昨日の夜はずいぶん雨が降ったそうだ。彼は炊事場の中にテントを張ったので、全く濡れていない。
 私のテントはゴアテックスなので雨には強いので浸水はしていなかった。
 ガスがかかっている湖畔の道を走る。大沼トンネルを抜けた頃には曇り空になった。
 函館市に入ったところで、昨夜電話のあった竹内君に電話する。昨日は寝場所を探して歩き、たどり着いたのは、土方歳三最後の地碑の公園でそこに泊まったそうだ。ここに泊まった人は初めてかな?
 
 五稜郭公園で待ち合わせた。竹内君の握手は力づよかった。五稜郭公園や食糧庫を見学してからゲストハウスに向かう。
 彼はその後、観光に行くと言って出かけた。
 そこに電話が来る。今回の妻のお母さんの90歳のお祝いに来た、静岡の雅子が今日帰るそうだ。
 それでは見送りとばかりに空港に行く。短い時間しか会えなかったが、見送りは何とか出来た。

 夕方、温泉に行こうとなり、なごみ温泉に行く。
 露天風呂で沢山話し楽しかった。夕食は鳥肉と野菜の鉄板焼き。安い材料だが、多くの人が来るのでやむを得ない。本音はもっと美味しいものを食べさせてあげたいが・・・。
 それでも会話は楽しく、延々と10時まで話して今日は終了。
■ 7月8日(火) ■ チャリで大沼へ

久しぶりのキャンプは楽しかった
 朝起きて、提出期限の過ぎていた書類をあわてて作成し封書をポストに投稿。次にオンパクのパンフレットに載せる内容を書いた書類を作成し、使用する写真をピックアップした。
 これで急ぐ仕事は終わった。そこでふと考えたら、今日はやる事がない
。そうだキャンプに行こう!となった。
 急いでテント、寝袋、マットなどをバッグに入れる。自炊道具も入れる。でも次々と足りないものが出てきて、そのあちこち探して準備をする。昨年11月の熊野古道以来なので、なかなか必要な物が思い出せない。

 それでも何とか詰めて、サイドバック2個にフロントバッグ1個で出発。天気は良く気温も24度ある。久しぶりに付けたバッグはやはり重く感じる。それでもチャリで出かけるというので気分は高揚している。
 煩わしい市街地を走っていたら、後ろからチャリダーに追いつかれた。4バッグなので日本一周なのだろう。こんにちはと声をかけあう。
 高速道路の側道を走る。七飯までは上りが続くとさすがに汗が出てくる。
 登りきれば今度は快適なくだりだ。ウォーとばかり下る。これだからチャリは止められない。
 峠下の登りをクリヤーし大沼トンネルに入る。寒〜い!トンネルの中は凄く冷たい風が吹いていた。この温度差は凄い。汗をかいた肌が一気に冷えて寒くなった。そしてトンネルを出たら、また暖かくなった。

 大沼公園に行く。先日ゲストハウスに宿泊した神戸の大目さんが、大沼公園駅の前に美味しいジンギスカンの肉を売っている店があるので、北海道に来た際は、必ず購入しているそうだ。
 店に入った。野菜と肉を混ぜてタレも付いている。値段は1kg1000円だ。でも400gあれば一人では大丈夫だが、400gでは売らないそうだ。
 困ったな・・。でも肉だけは売ってくれるそうだ。肉を300g購入した。
 店の人がキャベツの葉があるけどいるかい?と聞いたので、ありがとうございますと貰った。
 
 キャンプ場に向かう。大沼はガスが掛かっていた。テントは6張りが張ってあった。
 汗をかいたので近くのユートピア大沼に行き温泉に入る。浴室は誰も居なかった。大浴場を独り占めだ。のんびりゆったりと入ってキャンプ場に戻る。

 温泉の後はビールが飲みたい。以前キャンプ場の近くにあった古い店は無くなり、新しい家が建っていた。
 看板には美人妻ギャラリーが併設とある。名前があやしげだが入った。ビールはあった。めちゃくちゃ冷えていた。多分売れていないのだろう。
値段はスーパーと変わらないくらいで親切価格だ。

 キャンプ場に戻ってテントを張る。冷たいビールを飲みながら、霧でかすむ湖畔を眺めていた。木の桟橋では鮒釣りをしている。時々釣れている。
 そこに山形の荒木さんが来た。私が居ることは想定外だったらしく驚いた。夕食は荒木さんも同じ店の、ジンギスカンを買ってきたので、同じ夕食になって良かった。
 お酒を飲みながらムードたっぷりの大沼を満喫する。荒木さんは毎日家に電話をしているそうで、私も電話に出る羽目になった。電話の中で沖縄で震度6の地震があったと言っていた。
 終わった所に電話が来た。島根から来たチャリダーが、途中で会った大橋君に紹介されたので、泊まりたいと言われたが今日は戻れない。
 今日は何処かに泊まって明日からの宿泊はOKとした。
■ 7月7日(月) ■ 函館に戻る

朝は足湯で楽しむ。優華(台湾)と瑞葵(札幌)
 昨日は早く寝てしまったので、朝2時には目が覚めてしまった。我慢して4時までうつらうつらしていたが、その後寝たのだろう。起きたのは6時30分だった。
 温泉は7時までなので、すぐに温泉に行く。掃除の時間なのか露天風呂は温泉が出ていなく、ぬるい湯になっていた。
 食事はバイキングでその後は10時30分の送迎バスが出るまでかなりの時間がある。
 テレビを見ているしかなく、まあこんなのんびりも良いかと布団に寝転ばって見ていた。

 
 あまりにも暇なので、ロビーで新聞を読んでいたら、朝日新聞に山崎美緒さんの記事が載っていた。同じ地平線会議野宿党で昨年の青森ねぶたと地平線会議に行った時、彼女に会っている。
 海外でも日本でも、活動をしている女の子で、彼女の頑張りは凄いとつくづく感じる。いよいよ世界を視野に入れて活動するんだ。彼女ならきっといい結果を出すだろう。今年のねぶたも来るので会うのが楽しみだ。
  
  朝日新聞記事
 
 10時30分に送迎バスで函館に向かう。昨日宿泊したAさんは恵山経由で積丹に行くのですれ違うはずだとしっかり前を見ていたら、遠くから走ってくる姿が見えた。
 窓から顔を出して、声を掛けたらびっくりしたようだが、すぐに分かって手を振っていた。

 湯の川のダイエーで降車。雨が降っていたのでばあちゃんもいる事から皆はタクシーで帰る。
 私はチャリで濡れながら帰る。この程度の雨はどおって事無い。

 夕方娘夫婦とおばあちゃん、そして妻が車で出発。おばあちゃんを途中で降ろし、札幌に向かう。
 今日から12日まで一人暮らしだ。
■ 7月6日(日) ■ また旅人来る&卒寿のお祝い





 朝1番大間からのフェリーで山形寒河江からの旅人Aさんがやってきた。今日は私も出かけるので、短い時間の会話だった。
 それでも久しぶりの山形弁に心がなごむ。私の勤務していた会社の関連会社が米沢にあったので山形弁には親しんでいた。
 会社を辞めてからは、遠くなり話す事も無くなったので久しぶりに山形弁を聞いた。
 Aさんは奥さんが丈夫ではないので長期には旅に出られず、今回は20日の旅になるそうだ。
 山形から竜飛岬を通って函館入りした。これから積丹岬をまわって苫小牧からフェリーで帰るか、函館経由で帰るかはまだ決まっていないそうで、時間的な余裕があったら、帰りにも函館に寄ると言ってくれた。
 
 二人を残して私は妻のおばあちゃんの卒寿(90歳)のお祝いに駆けつける。恵山という場所にある、ホテルで泊まり込みでお祝いする。
 台湾・静岡・札幌から孫たちも駆けつけ賑やかな会合になった。孫たちからの記念品や花束を受け取り、ケーキのロウソクを孫たちと一気に吹き消した。おばあちゃんもうるうるになっていた。

 耳は悪くはなって補聴器を付けているが、その他は悪いところも無く健康そのものだ。結婚してから名寄で畑仕事をやっていたので、足腰は丈夫だ。おばあちゃんのお礼の挨拶があり、その後長女が乾杯のあいさつをして宴は始った。
 子供が4人も居るので賑やかな事この上ない。やはり子供が主役になってしまうが、それを見ているおばあちゃんも楽しそうだ。
 自分たちも、この年まで元気に生きていられるかどうかを話したが、後30年近く元気で居られるのは大変だと思う。
 でもおばあちゃんを見ていると、やはり頑張らなくては、という気持にはなる。

 部屋に戻って女性陣が温泉に行くとなり、部屋に戻って少し休もうと思ったのが酔いもあり、そのまま寝てしまった。
■ 7月5日(土) ■ 水道完成&旅人来る

完成した水道。洗濯機も繋いだので旅人にも良かった
 朝から水道工事を始める。工事の真っ最中に、元会社のKさんから電話が入る。私の会いたいとの事だった。以前にも電話はあったのだがその時は、五所川原40kmウォークで不在だったので実現しなかった。
 車が家に到着した途端、メールが入り、神戸の旅人Oさんが啄木小公園に着いた。着いたばかりのKさんの車に乗り込んで、啄木小公園に行く。そしてゲストハウスに案内した。
 家には奥さんと二人で来た。話は現在54歳なのだが、将来何をして過ごすのかと言う事だった。定年後の生き方と、今の仕事をいずれ辞めて自営業的な仕事をするかの2つだった。
 私の現在やっている事はそのまま話した。趣味の世界はそれぞれなので、あくまでも参考意見だ。
 その中から何か参考になるものがあってくれれば良い。仕事を変える話は難しい。自分自身も退職後少ししか仕事をしていないし、その仕事も以前やっていた仕事の延長なので、問題も無くやれた。しかし自営となれば私にはコメントは出来ない。
 ただ急に自営といっても難しいだろうから、やる事を決めて、今から少しづつ動いて、機を見てやるしかないだろうとしか言えない。
 幸い旅人Oさんが自営なので、自営業の話は聞けた。Oさんは古物商で奥さんと二人でやっている。
 それぞれが仕入れた物をそれぞれで販売している。旅に出るときは奥さんにお願いして店の仕事をやって貰っているそうなので、自由になる時間が取れて旅が出来ている。

 Kさんが帰った後、「お父さん娘が来るから車を1台を妻の実家の桔梗に置いてきて」と言われ自転車を積んで走る。車を置いて帰りはチャリだ。
 フレンディも何日ぶりに動いたのだろう。最近はめっきり車を使わなくなった。
 Oさんとも話したがOさんも車は殆ど使わないそうだ。バイクでばかり走っているそうで、もう車はいらないかもと話していた。
 私も車は1台にしようと思ってきた。ガソリン高騰で我が家の車の使い方は大きく変わった。ほとんど動いていないのだ。
 心地よい汗を流してチャリで家に戻る。

 ここからはOさんと話す。旅人同士の話は尽きない。夕食はホッケのちゃんちゃん焼きにする。
 近くのスーパーで鮭も売っていないので急きょ切り替えた。礼文島では名物になっている。
 出来あがったチャンチャン焼きは美味しかった。これであれば中に入れるのは肉でもOKだし、色々入れてみると面白そうだ。温野菜をふんだんに食べれるのが旅人にとって良いことだ。
 話は弾み酒もしっかり入り、楽しかった一日は終わった。
■ 7月4日(金) ■ 今日も色々な日・・
NO FHOTO  朝から洗濯機のフロントドアの修理。発注していた部品が着いて、私が出掛けている間に配達もしてくれた。
 修理は1時間ほどで完了した。これで洗濯機が使えるのでひと安心。

 考えてみたら、今日はやる事はなかった。そこで急遽ゲストハウスの水道工事を行う事に決めた。ゲストハウスの水道は止めている。毎日使うわけでないので、基本料金が勿体ない。そこで水洗トイレのみは、隣家の水道から引いた。でもやっぱり不便なので引くことにした。
 工事が1時間経過したところで、注文を受けていた、渦巻き発生機と水槽を取りにきた。
 問題は水槽で本の少し左右に仕切った場所から水が漏る。持ってきた色つきの温かい湯と、水道水を入れたが漏れは分からない。
 仕切りを外すと色が混じり暖かい湯は上に、冷たい水は下にとはっきり層が出来た。これで成功だ。

 水道工事は続く。栓の一部は漏るがこれはパッキンが悪いので取り換えれば治る。
 これでほぼ完成した。明日には完全に終わるだろう。

 最近はチャリで走っているので車は全く動いていない。健康に良いし、体にも良いし、道路特定財源をチャリ道の整備に回してほしいな。快適な道が確保出来れば、環境に良いし、健康に良いし、言う事なしだ。

 夕方、名古屋豊橋市のさっちんから、2年前の日本一周で知り合った、おっちゃんが友人二人で函館に行くので宜しくとメールが来た。
 さっちんは看護師をやりながら、農業をやっている女性で、無農薬は勿論のこと、最近は無飼料農業に取り組んでいる。土を改良すれば飼料もいらなくなると言う事で、昨今の燃料費高騰で飼料は70%もアップした。
 そんな中であるべき姿だと思う。まだ収穫量は少ないが、この先楽しみな取り組みだ。あの吉野家も吉の冠は士でなくて土になっている。
 土が大事という事から来ている。あの話題になった吉兆も冠は土だ。大事な基本を忘れてしまったのだろうか。
■ 7月3日(木) ■ ぶんぽ研例会など・・
NO FHOTO  今日は大野文化財保護研究会の例会があるので、ママチャリで出発。夕方から雨になるのでレインウェアも持ってでる。
 町の中の煩わしい道を抜けて大野新道に入ると歩道は広くなり、快適に走れる。蒸し暑いので汗が出るが、前回よりも早く、1時間少しで着いた。公民館は早く行っても図書館があるので時間を潰すには苦労はいらない。
 いつもの通り例会は進む。最後に最近新聞をにぎわしている私に報告をするよう言われ、本の自作出版の話とオンパクのガイドになったいきさつについて報告をさせて頂いた。

 例会が終わって郷土資料館で最近入った資料を見に行く。太平洋戦争の竹槍やコークスストーブなどがあったが、その中で私も始めてみたが自動ハエ取り装置。名古屋尾張の会社が作ったのだが、オルゴールよろしくゼンマイで上部の構造物が回り、隙間が出来た時に中に入れた、ハエの好物につられてハエが入って行く。そして出られなくなる。
 この仕掛けにはびっくりした。実際ハエを取ってきてどこかに密封してやりたくなった。本当に効果があったら今でも使える。
 形も良いのでまさかハエ取りとは思わない。

 帰りは七飯経由のコースを取る。七飯歴史館に本を寄贈するので寄り道するのだ。しかし大野から七飯は結構上りになっていて、ママチャリではきつくすっかり汗をかいてしまった。
 ようやくピークに着いたら、車のクラクションが鳴る。運転者はよく見なかったが、出てきたのは七飯アルペンのOさんだった。
 立ち止まって自転車の話をする。Oさんはロードで多い時は200kmも走っているそうで凄い。
 私は最近忙しさにかこつけてさぼっている事が多い。この状態を何とかしなくてはとつくづく思う。
 
 七飯歴史館には学芸員の山田さんもいた。本を渡すと、喜んでくれて書棚に置いてくれることになった。七飯歴史館は私が書物を調べる場所で、函館中央図書館にはない、ゆったり感があるので気に入っている。休館も年末年始のみであとは土日も開いているのも嬉しい。
 うっかり者の私は何度も函館の図書館で行ったら休館という事を経験している。

 本も渡したし函館に向けて帰る。千代台競技場の中を通って帰るのだが、何か大きな声が・・・。見たら先日、ゲストハウス「自遊旅」の中継があったのだが、その時の元気の良いFMイルカのアナウンサーの丸山潤子さんだった。ちょうど生中継が終わったところだったので、遠くから手を振ったら「も〜さん!」との声と手を振っている。
 少し立ち話をして別れた。でも良く名前を覚えているな・・・。自分は人の名前を覚えるのが苦手だ。

 家に帰ったら汗だらけなので、温泉に行く。すっきりして帰ってきて新聞を見ていたら、地平線会議野宿党党首の安東さんから電話が来る。
 サイクルスポーツに青森ねぶたの掲載をする事は知っていたが、その本にベテラン跳人?の私の紹介とコメントを載せるそうだ。締切は今日なので電話インタビューが始まった。
 150字なのでそう書けないが、沢山言ってしまった。
 同じく昨年初参加した、山崎美緒さんも載るそうだ。彼女は大学生の時にアフリカ縦断5000kmをやって、本も出しているし、各種イベント主催で頑張っている。
 アフリカ縦断の前の日本一周の際は吉野家の社長に直訴して、全国の吉野家を無料で食べれるという承諾を得て日本を回ったつわものだ。
 でもとっても可愛いし、マネージメントも凄い。アフリカに日本から自転車ツアーを引き連れて行くし、エイズ撲滅運動では東京都内を赤いシャツやリボンなどを付けたチャリダーで行進する。今年は250台くらい集めた。

 山崎美緒で検索したらざくざく出てくる。
 
■ 7月2日(水) ■ オンパク打ち合わせ
NO FHOTO  湯の川温泉協同組合とオンパクのプログラムについて打ち合わせ。遅れてはならないと、早めにチャリで行ったら15分前に着いてしまった。
 コーヒーを飲みながらのんびり。副事務局長の佐藤さんとしばらく話し、10時になって事務局長の川内がやってきた。
 内容について打ち合わせた。湯の川をスタートしてウォーキングとバスを組み合わせて史跡めぐりを3時間半くらいやる事に決定。
 今回は初級を対象にやることになった。
 内容については私が再度計画して提出することになった。このオンパクのパンフレットは立派なものだ。ここに登録されるのは名誉な事かな。
 色々な事を積極的に取り組んでいたらいつの間にかこのような状況になった。
 登録費用は2万円掛かるのだが、今回は選ばれたので無料登録というか市役所で出してくれる。
 ホテルでも1〜2時間のガイドの需要はあるそうで、これからの課題になろう。まずは今回のガイドを成功させたい。

 帰って洗濯機の扉の注文に行く。適当に東芝ショップを探していたら見つかり注文する。1万2千円くらいかかる。結構いい値段だな。それでも新品を買うよりは安上がりだ。

 日本一周した小口君が投稿した記事がサイクルスポーツに出たので買ってきた。世界一周の前に日本一周をして経験をしてから世界に立つ。
 11月にはオーストラリアから出発だ。
 彼の記事や写真を見たらやはり北海道が多い。北海道は旅人の聖地だな。
■ 7月1日(火) ■ 洗濯機故障&本自作作業
NO FHOTO  朝、洗濯していた妻から洗濯が終わったが扉が開かないと言われ、見たら扉を開けるレバーの中にあるプラスチック部品が壊れていた。
 これは補修が困難だ。一応扉を開けて洗濯物は出した。修理も試みたがなかなか同じようにはいかずギブアップ。予備パーツは売っているのかな?

 後は本作りに殆どの時間が費やされた。今日も1冊の寄贈依頼と1冊の購入依頼が来た。自作出版なので時間がかかる。それでもがんばって今日は3冊を自作した。

 冒険家の安東さんからメールが来てサイクルスポーツに青森ねぶたの特設キャンプ場のチャリ部隊の原稿をサイクルスポーツから依頼されて載せるのだが、教えて欲しい事があるときた。
 もう6年も行ってるので、古参チャリダーになってしまった。
 特設キャンプ場はいつから? バイクとの交流で自転車を持ち上げて歓迎するがいつから? など私の参加する以前からの話は私にも分からない。その当時の人は最近来なくなった。
 それぞれの事情で仕方がないのだがが、寂しさはある。しかし新しい仲間もどんどん増えているので、まだ救われる。
 原稿にはも〜さんの名前も入るので了解してと書かれていた。そのねぶたも後、1ヶ月に迫っている。
 今年は跳ねるのは無理だろう。足はなかなか完治しない。歩くのが精一杯かな。
 毎年車いすで参加している人もいる。キャンプ場では皆知っている人で、以前はバイクで参加していた人で、何かの事故を起こして車いすになったのだろうが、多くの人が支援してねぶたに参加している。
 今年もまた会える。

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