■ 6月30日(日) ■ 大橋君旅立ち&旅企画入選

記念撮影

船に乗り込む大橋君

函館新聞
 今日は大橋君の旅たちだ。二日酔いでふらつく足でゲストハウスに行ったらすでに旅の準備は終わっていた。まだ6時だから、出発まで後、2時間はある。
 本当になごり尽きない。青函フェリーの割引券をWEBサイトから印刷する。これで10%の割引になる。旅人には大きな金額だ。
 いつも様に写真を撮って出発。まだ十分見ていない分はまたバイクで来るとなった。
 元気よく出発していった。家に帰ったらプリントした割引券がある。
 すぐに車で追ったが追い付かない。ちゃりってそんなに早いかな?道を間違っていないかな?と思いながらフェリーターミナルに着いたら、、名簿を書き終って窓口に向かっている所だった。急いで入って手渡した。何とか間に合って良かった。
 船のそばで写真を取り合ったりしていたが、やがて時間が来て船内に入った。
 今度はねぶたで会えるかな?

 函館土方記念館の社長が来た。先日制作した本を贈呈したのだが、お礼にと美味しそうなカニみそやカニ味おでんなどなど海産物の加工品が沢山入った土産を頂いた。
 その後ゲストハウスで話す。なぜ無料で泊めるのかその気持ちが分からないそう。自分が日本一周で世話になったので、そのお返しにやっている。お金はかけないで何とかやっていますのでそれ程、大変でもないですよと言った。納得して貰えたかな。
 話の中で、今日の函館新聞に毛利さんの事が載っていましたよと言われたので、コンビニで買ってくる。
 1面に「地域で作るミニ旅」の審査結果が載っていた。東京からも応募があり、全部で12件あったそうだ。観光関係者の審査の結果2件が「湯川オンパク」に取り上げられる可能性があり、その打ち合わせが明後日行われる。
 もう1件はイクラの作り方の体験観光だった。
■ 6月29日(日) ■ パークゴルフ&宴会
NO PHOTO  昨日の宴会の中で今日、パークゴルフをやることに決まった。Aさんは数年やっているし、毎日のようにプレイしているので大会の成績も良いそうだ。
 相手になる私とNさんは、2年目くらい前にやった事がある程度の素人だ。
 ハンディは10で、1つのホールで勝ち負けを競う。私とNさんは二人のどちらかの成績の良い方をとる。 
 やがてスタート。面白い事に私とNさんはミスショットも多いのだが、どちらかが良い成績になるのだ。Nさんが悪い時は私が良く、私が悪い時はNさんが良いといった具合だ。
 そんな事で10のハンディは大きく。結局勝ったと思う多分。

 1回半まわったら人も混んできたのでプレイをやめた。その後家に帰ったらチャリダーの大橋君は居なかった。観光にでもにでも出かけたのだろう。
 家で日ハムの試合を見る。今日は点差も多くてのんびり安心して見れた。

 夕方帰ってきた大橋君と100円ショップに行く。中華鍋を購入。前は100円だったのだが200円になっていた。100円ショップも厳しくなったのか100円以外の品が増えているような気がする。
 その後魚長の100円ショップで惣菜を買う。彼も惣菜の100円ショップは初めてで、こんなのがあれば旅人には良いなと感心していた。
 家に帰ってチャンチャン焼きをする。鮭が無かったので鱒でやる。野菜をふんだんに入れて蒸す。
 ビールで乾杯して宴会が始まった。彼も話好きで聞き上手だ。こんな人と話せばめちゃくちゃ楽しい。
 次から次と話は途切れることなく続く。本当に楽しい時間をすごせた。
 本当は4〜5日いる予定だったが、青森の友人のお母さんが白神に案内してくれる事になり、明日の朝のフェリーで出発することになった。
■ 6月28日(土) ■ チャリダー来る

完成した渦巻き発生機
 朝はのんびりして10時ころ買い物にチャリ出かける。昨年ゲストハウスに泊まった、M君とT子さんが入籍したのだ。我が家に泊まった旅人で3組目になる。
 そこでお祝いに何かを買おうと出かけた。デパートで品定めをしているところに電話が入る。
 北海道一周を終えて本州に向かう栃木からのチャリダー大橋君だった。
 待ち合わせの後、ゲストハウスに到着。途中お長万部ですれ違った、伊藤君や大学生4人組にゲストハウスを紹介されたそうだ。
 話は快活でなかなか楽しい人だ。インテリアコーデネーターをしていたそうで、また新鮮な話が聞ける。
 夕方まで5時間も話し、私は約束していた友人のAさんの家に行く。大橋君は函館山の夜景見物に行くので、それぞれ分かれての行動となった。

 Aさんは奥さんが富良野の娘の家に行っているので一人暮らしだった。
 料理も彼が作ってくれた。中でもホタテの燻製はビールに合うし最高だった。
 遅れて友人のNさんも来て3人の宴会は最高潮になる。冬のスキーシーズンしか合わない仲間なので、5ヶ月ぶりの再開になるから話はたくさんある。
 話はスキーを中心に始りとどまる事を知らずに話しこみ、結局夜中の12時まで飲んで爆睡した。
■ 6月27日(金) ■ 「地域で作るミニ旅」に入選
NO PHOTO  注文を依頼されていた、渦発生機と水槽の制作にとりかかる。渦発生機の方は乾電池を買ってきて回してみたら回ったのでOKだ。
 次に購入した透明プラスチックの箱に仕切りを入れるのだが、1回目は失敗してケースが割れてしまった。新たなケースを購入し、間の仕切りの構造も変更した。後少しで終わるところで終了した。
 問題は仕切り板から水が漏るかどうかだ。少し不安がある。
 
 市役所から電話が来た。「地域で作るミニ旅」のコンテストに企画書を提出して応募していたのだが、1位通過になったとの連絡があった。
 話は急に具体的になり、7月2日には主催元の湯川温泉協同組合と打ち合わせることになった。
 実際のツアーは10月から始まるが、資料制作やらガイド内容の検討、原稿の作成で忙しそうになりそうだ。
 思いおこせば今年の1月だった。函館雇用創造促進協議会主催の「体験型観光サービス人材育成事業」の無料研修に参加した。
 1週間程の研修だった。ANAやJTBといった大手のマネージャーから観光の現状などの報告を受けた。
 しかしながら参加者の多くはもっと細部の具体的に事業を始めるための話を聞きたかったのだが、なかなかその辺りがグレーな問題もありはっきりしなかった。
 結局は具体的にどう進めれば良いのかが分からないで終わった。
 個人で事業するにはまだまだ多くの知識が必要だった。そんな所に今回の「旅の企画書」の募集要項が出た。
 まずは自分のやろうとしている事はどの程度興味を持たれるのかを知りたかったので応募したのだが、審査の結果、入選してしまった。
 自分の行いたい個人旅行というわけにはいかず、バスでの団体観光になるが、スタートとしては協力者がいるのと入選のお陰で登録料がかからないというのはありがたかった。与えて貰ったチャンスをしっかり生かしたい。
■ 6月26日(木) ■ それぞれが出発

釣さんと記念撮影

伊藤君と記念撮影
 8時に私が作った朝食を釣りさんに持っていく。もうすでに起きておられた。
 食事をしながら2時間は色々な話をした。本の出版依頼は7件も来ているそうで、それを2件パラに書いているそうだ。
 東海道を歩く旅も再度したいが、旅館泊まりなので金がかかりなかなか難しいそうだ。
 今回ゲストハウスにきて若者の旅のスタイルを見て大変感動しておられた。
 自炊にテントの旅は自分の視野には入っていなかったそうだ。今からは難しいがもっと早く知っていれば旅のスタイルが変わっていたかもと話していた。

 10時に土方歳三記念館で館の社長と待ち合わせていたので送って行く。展示物のチエックをするそうだ。40分後迎えに来ると約束して家に帰る。

 伊藤君がようやく起きてきた。「実家にいるような感じでぐっすり眠れた」そうで良かった。
 少し話して、食事は昨日の肉の余りもあったので、それを食べてと言って、釣りさんを迎えに行くが、まだ館内を見ていた。売店には本も売られている。
 Oさんの最近出版した本もあった。初版はすでに売り切れて増刷中だ。
 その内、社長と釣りさんが展示会場から出てきた。もう少し館内を回るので、中の展示室を見ていて下さいと言われたので、のんびりと展示物を見て歩く。
 刀はたくさん展示していた。その他にも多く展示されているがレイアウトが素晴らしくきれいできっちりしていた。
 ただ箱館戦争の解説DVDの中で鷲ノ木はじめ画像が冬でなかったのが残念だ。同じ月の画像だったらもっとリアルだったろう。

 帰りに社長から私の自主制作の本を是非館内に置かして下さいと言われたので、後日持ってくることにする。

 釣りさんを歴史研究家のOさんの待ち合わせ場所まで送って行くので車を走らせたら電話が来る。
 伊藤君が出発するそうだ、急きょUターンして家に戻る。着いたらもうすっかり準備を終えていた。
 いつもの通り記念写真を撮って見送る。また1ヶ月後には戻って来るので楽しみだ。
 そんな出発の光景を釣りさんも写真を撮っていた。
 スタートして一気にいなくなった。昨日出発したママチャリ組みよりははるかに元気が良い。
 これなら今日は長万部キャンプ場でママチャリ組みと一緒になるだろう。そして若者同士の楽しい語らいになるだろうな。

 皆居なくなったので図書館に行く。そうしたら釣りさんが忘れ物をしたとOさんからの電話で、すぐに家に帰り車で言われたレストランに持って行く。
 そこは居酒屋だった、ランチタイムにビールとお酒で歓談していた。仲の良い二人なので会話も弾んだことだろう。
 釣りさんを乗せて空港まで走る。この2日間、普段は話しする機会ん無い、作家と色々な話が出来て楽しかった。土方や新撰組、幕末に関しと有名な作家が現地主義者で道を歩き現場を知り本を書く。
 一方歩くのが好きで道を調査し、その必要性から幕末を知る。
 そしてプロとアマの違いはあるが、結果として同じ考えであったのが嬉しかった。
 私の旧道を書いた本もしっかり持って行って貰った。初版の完成日が釣りさんの誕生日という偶然もあり喜んでいた。
 再会を約束して空港で別れる。
■ 6月25日(水) ■ 旅立ち&観光

出発前に記念写真

観光!

四稜郭を撮影する釣りさん
 朝7時にゲストハウスに行ったら、まだ全員寝ている。しばらく時間をおいた8時に行ったらようやく起き始めた。相当疲れているのだろう。それとも年寄りの朝が早すぎるのか?
 朝食などは出さないで各自自由にしているのだが、今日はイカ売りが来たので、妻が買いに行って皆に出してくれることになった。
 最近は燃料の高騰でイカ漁船の休漁などが新聞を賑わしているが、今年もイカを売りに来てくれたのは嬉しい。
 値段もいつもと変わらない価格なので大丈夫と思ってしまう。活きたイカが1杯70円程度と本当に安い。
 10数杯を作る妻は大変だ。早速食卓に出すと皆大喜びだった。関東じゃ多分こんな新鮮なイカは食べられないだろう。

 G8サミットのイベントに向かう4人組は今日出発するのだが今日は森までなのでのんびりしている。
 作家の釣りさんも午後2時まで暇だった。そこでどこか見たい場所はありますかと言ったら、四稜郭と土方歳三最後の地碑に行きたいと言うので、伊藤君も同乗して出発。
 
 車内では色々話しながら行くが、自らが頑固だと言う釣りさんは、歴史を書くためにはしっかりした裏付けずけが無ければ駄目と言っていた。
 また現地には必ず行かないと状況が掴めない。それで自分は各地を足で回って状況確認をしている。
 そんな事もあり、私が執筆した本をぜひ欲しいとの事で貰って頂く事になった。
 発行日が6月20日だった事も嬉しかった様である。彼の誕生日の日だった。
 四稜郭の次は土方歳三最後の地碑に行く。ここで釣りさんを降ろし家に戻る。

 家ではG8サミット部隊が出発の準備の真っ最中。
 自転車はすべてママチャリだがその中に格好の良い自転車があった。ブリジスチンのLOCOCOだった。
 内装3段ギヤ、サイクルコンピューター付き、ハンドルロック付きと高級感一杯だ。
 これはスポンサーのブリジストンの機材提供で、5万円以上する自転車だそうだ。
 記念撮影やらいろいろやって、ようやく出発した。

 この後は伊藤君と観光に出かける。彼は大学の探検部に所属している。今回も洞窟に入りたいと洞窟用?ヘッドランプも持参している。
 炭鉱の廃坑跡の中にも入りたいようだが入れる場所ってあるかな?。
 ラグビーもやっていて団体競技をやっているのだが、自転車はやはり一人が良い派だった。私もまったく同感だった。
 ガソリンを入れて国道を入っていると、伊藤君が4人組が来た!と言ったので見ると、前から走って来るではないか。
 丁度信号が赤で止まったので声を掛けると、リーダーが道を間違って、函館港に行ってしまったそうだ。まあ今日は森までなので時間は十分ある。

 お決まりの観光コースを回った。号外屋の赤い墓、外人墓地、函館公会堂、ハリストス教会、カトリック教会、立待岬に行って、碧血碑に行く。
 今日はここで碧血碑祭が行われ、末裔の方々が全国から集まって来て慰霊をする。
 釣りさんは初めての参加だが、他にも郷土史家など多数参列している。

 祭りも終わって皆と話をしていたら、昨日取材にきた来た函館新聞の記者から、来週取材をお願いしますと言われた。また?嬉しいが、あまり新聞に出すぎだな。
 家に帰る。今日は天気が良いので伊藤君は函館山に行く。バスで行くと言うので駅で時間調べなどをして帰る。

 伊藤君は陽の当る玄関に座って、のんびりしている。このまったり感が良いそうだ。しばらく話してもう夕食にするかとスーパーに買い物に行く。
 今日はジンギスカン。肉は以前に頂いたのがあるので野菜を買いに行く。
 そしてビールを飲みながら食事開始、結構お腹が一杯になってもう少しだが食べようなどと言っていた所に、妻がお好み焼き食べない?と持ってきた。
 食べる!と膨れたお腹にさらに入っていく。伊藤君も美味しいと完食。
 余ったジンギスカンは明日の朝に食べようと決まった。
 その後伊藤君は函館山の夜景を見に出発。私は家で釣りさんの帰るのを待ったが、宴は盛り上がっているのだろう。
 待ち切れず私は就寝。
■ 6月24日(火) ■ パニックの日

現地現物主義の釣りさんのトークショー

参加者は幕末ファン
HTBの取材を受けるG8部隊
 今日は新撰組作家釣洋一さんのトークショーがあるので朝から準備。
 今日になっても申し込みがあり、結局15人の申し込みがあった。
 3時には幹事役の郷土史家Oさんが来て、酒やつまみの準備。そして釣さんが森町役場の人の車でやってきた。森町とは色々なつながりがあるそうだ。
 参加者が次々訪れて我がゲストハウスは満員になった。こんなに人が入ったのは初めてだった。
 勿論すべての人には初めて会う。その中で唯一の私のWEB上での友人のOさんが来てくれた。
 彼と会うのは初めてだった。報道陣は2名が来た。

 やがてトークショーが始まった。まずは自らの作家になった経緯を話したのだが、その間にも場所が分からないなどの電話が数件来てその都度席を離れるので話は断片的にしか分からない。
 芹沢鴨の話をした。私には正直事件の中身の詳しいことは分かっていなかったが、話は芹沢が暗殺された日は16日と書かれた方がいたが、そこに疑問を持ちいろいろな資料を調べたら違っていた。
 このように彼は歴史は推理で書いてはだめだ。しっかりとした裏付けが必要だと話された。
 そして彼が土方の足跡をたどるのに佐多岬から宗谷岬まで徒歩で80日かけて縦断した。
 彼は現物主義を強く訴えていた。このあたりは私も全く同感で今活動している旧道探しも歴史の場所に立ちたいという意識が強い。
 1時間30分のショーが終わって、私の書いた本が欲しいと言う。素人の作った本なので躊躇した。やはり彼も私の書いた道の資料が欲しいそうだ。
 彼は道南の土方歳三の歩いた道を冬に歩いている。その本は出版されている。
 私も読んだのだが、今日の話にも出てきた川汲道は大正道路で大正14年に出来た道だ。
 彼も明治の旧道は歩いていなかったが、彼もそれは知っていた。
 う〜ん部数は余りないが、あげることにした。他の場所での招待があり出かけた。

 その後はОさんと話す。彼も旧道は好きで私のCDを見ながら道を歩いている。
 Оさんはまだ51歳なので、私の後を引き継いで道を調査をして欲しいと言った。彼も山や歩くことは好きなので是非やってほしいな。
 今旧道の資料を残さないと旧道は埋もれてしまいま全く分からなくなってしまうだろう。

 これで今日は一件落着と思った所に電話が来る。宮崎からチャリで来ている伊藤君が函館に着いたのだ。待ち合わせ場所を決めて彼の来るのを待つ。そこにまた電話が入る。
 環境サミットに行く大学生4人が東京からママチャリで来ているそうだ。
 その宿泊もオーケーしたがHTBのテレビ取材も一緒に来ると言う。何だか大変になってきた。
 伊藤君迎えに行って家に入った途端、大学4人組がついたとの電話でまた伊藤君と一緒に出かける。
 そしてママチャリ4人組とHTBの取材陣と一緒にゲストハウス到着。
 そこから取材が始まる。結局私もしっかり取材され、カメラを回された。アナウンサー付きの取材だった。
 G8サミットの特番に一部なるそうだ。
 取材が終り、皆で飲んでいたら、釣さんが帰ってきた。そこでまたみんなで飲みながらしばらく話す。
 釣さんは結構洒落が好きで連発だ。野球選手を目指したのだが肘と肩を痛めたので、野球は断念し、土方の道に入った。などなど・・・。
 遅くまで話して今日は終了。
■ 6月23日(月) ■ いろいろな日
NO PHOTO  本の制作は朝から始まる。午前中に何とか3部は出来るまでになった。
 糊が乾くまで時間がかかるので、蒲団を貰いに行く。先日ゲストハウス完成の報道の中で、寝袋で寝ている人もいると書かれたのを見て、使っていない布団をあげるので来て欲しいと電話があったので貰いに行った。
 そして敷き蒲団を2組貰った。本当に嬉しい。これか寝室を1部屋増築する予定なのですごく役にたつ。
 
 その後近くの資料館に行く。新聞の報道で本を、いつも世話になった所に寄贈と書かれていたが、そこには事前に言ってなかったので、本当において貰えるか確認に行ったのだが、既に新聞社から記事の内容の連絡があったそうだ。
 置くのは良いですよとなったので良かった。この町の数人から読みたいとの電話があったので、ここに置いて貰えれば皆が読める。
 
 家に帰って明日のトークショーの準備する。新聞に再び載ったので3人の追加申し込みがあった。人数的にはちょうど良いなという感じだ。

 準備中に宮崎のIさんから電話が来た。Iさんは私が自転車で日本一周した際、食事の世話になったりや観光案内もしてくれた。見知らぬ人の親切を感じた人だった。
 その子供さんと言っても21歳になるのだが、今、日本一周に自転車で出発して、今日は秋田に来ているそうで、2〜3日後には函館に入るので宜しくとの電話だった。
 もうしっかり対応するぞ!
■ 6月22日(日) ■ 雨・・寒い一日
NO PHOTO  今日は雨だし寒い。こんな時は家での仕事が良いという事で製本作りを終日行う。
 途中でインクが無くなったり、印刷のページを間違えたりと、無駄も多いな。
 枚数が多いと間違った時に大きな損失になる。そこで分割して印刷しているのだが、それでも間違った時はがっかりする。
 昼のテレビで中国で実際あったのだが、99歳のお母さんを73歳だったかな?息子が自転車にリヤカーを付けてチベットに向かって旅する話だった。
 最初は本当に少ししか走れなかったが、毎日走っているうち体力も付いてきて、2万キロを走った。
 母親の体調も限界にきてチベットには行かずに戻った。その後数年でお母さんは亡くなったが、旅の思い出が一生の中で最高と言って死んだ。
 その長男は遺骨をチベットまで運んで散骨した。結局走った距離は3万キロになった。 
 日本縦断で3000kmだから、10回縦断した事になる。ただしその内の2万キロは人を乗せて走っている。リヤカーも上に家のように構造物を乗せているので相当重そうだ。
 凄い話だ。

 夕方まで4冊分の印刷を終えて、A4判の用紙をA5判に折り曲げて終了。
 明日は製本だ。
■ 6月21日(土) ■ またまた超忙しくなった
NO PHOTO  新聞に本を自作した記事が載った事から、問い合わせの電話が多くなった。
 記事では販売はしませんと書いたのだが、何とか読みたいという希望が多かった。
 新聞に載った以上責任もあるし、自分の調査した旧道に興味を持って貰えるのは嬉しい。
 ただし個人に配布となれば相当の時間が掛かるし、インク代もばかにならない。
 そこで電話の来た方々の地域にある、公共施設に置いてもらう事にすることにした。
 一部の公共機関からは置かせて欲しいとの葉書も頂いた事もそうさせた。
 個人の本がこんなに興味を持たれるとは思っていなかった。確かに旧道に関するまとまった資料は見たことが無いので、皆さんが興味を持ってくれたのだろう。
 今回の報道でこの旧道に関しては活動を終えようとしていたので、最後のしめくくりとして製本をがんばろうと今日から始めた。
 そして早く旅モードに戻そうとなった。足が痛かったこともあって、外での活動が制限されていたので、執筆に専念出来たのも幸運だった。一応完成した今は、新しい旅に向けての準備をしよう。
 松尾芭蕉の奥の細道や松浦武四郎の道を歩くのも魅力がある。
 北海道88ヵ所霊場巡りもやりたい。
 当面は青森ねぶた参加のために体力を付けなくては過激な2時間半には付いていけない。
■ 6月20日(金) ■ 函館に帰る
NO PHOTO  今回は1泊のみですぐに函館に帰る事になった。案の定孫の瑞葵が泣いた。
 妻になついているので、毎度なのだが今回は強烈に泣いた。
 それを振り切って家を出たのだが、電話が来てなかなか泣きやまないらしい。
 仕方がなく車をUターンさせて、妻はもう1泊する事になった。
 妻を置いて私がバイバイと言ったらにこやかにバイバイだ。
 帰りの道も検問が凄い数いる。 その都度車を止めて対応していた。それでも車は止められることなくスムースに進む。
 昨日の夕刊に記事が載った事から、本を欲しいと言う問い合わせが入る。販売はしないのだが、何とか欲しいと言う人には答えなければならないのかな。
 家に着いてから考えた。もしかしたら今日大門横丁のパル祭りがあるはずだ。
 新聞を確認したら載っていた。出かける事にする。同級生のM君の店に行ったら、ちょうど店を閉めるところで一緒に行こうとなった。
 パルは500円で飲み物1杯とビンチョウが付く。今日は温かい事もあって凄い人出だ。
 M君の店の隣が大門横丁なので、彼は毎日のように来ているのですべての店を知っている。
 沢山の人を紹介してもらった。結局5店を回って終了した。
■ 6月19日(木) ■ FMイルカの中継放送

中継を終えて・・
 約束した時間にFMイルカの中継が行われた丸山アナの軽快な話にテンションも上がった。
 彼女自身もワンダーフォーゲルに所属していたそうで、野宿などの話は良く理解されていたので、楽しかった。
 途中で携帯電話が鳴るハプニングもあったが、彼女がフォロ−してくれて無事終了。
 終わってすぐに札幌に出発だ!

 途中から雨の中の走行になった。ペースがまるで上がらないので、八雲から高速に入る。
 100Km/Hrにもなればタイヤが水溜まりで滑る。ようやく洞爺虻田ICで高速を下りる。
 そうしたら直ぐに検問。茨城県警だった。今回のサミット警備では全国から多数の警官が派遣されている。
 函館にいればあまり実感はないが、洞爺湖周辺にくればその物々しい警備があり、やはりサミットなんだと感じる。
 丁寧な言葉遣いで検問の趣旨を説明している間に、他の4〜5人の警官が車の周囲を一回りし、室内の荷物を見ていた。
 検問を終わり走る。
 洞爺湖の外周道路に入ったら、パトカーや白バイが次から次へやってくる。
 ついつい数えながら走った。数は80台になった。検問も数キロおきに出てくる。
 本番になったらもっと凄いのだろうな。
■ 6月18日(水) ■ 岸本君出発・・多忙の日

岸本君

2部作った

渦巻き発生機・・大丈夫かな
 朝パソコンに向かって作業していたらチャリダー岸本君から電話が来て、もう出発するという。
 昨日は遅くまで飲んだのに元気だ。誕生日が全く同じ日という事が昨日分かった。
 そして数日前家に泊まったj女性二人にも鹿児島で会っている。さらに昨年来て家に泊まっていった、小口君のブログを見ていたので、私も知っていたという、何という日本の狭さなんだろう。
 家の前で記念撮影をして松前周りで旅立った。7月末にはまた函館に来るので、その時再び寄る事になった。

 それから本の制作。表紙の紙がなく100円ショップに模造紙を買いに行った。そして2冊は作った。
 20部位は作って世話になった人や図書館などに寄贈する。
 本の制作のすべての過程を自分でやったので先日来た朝日新聞の記者の方が講座を開いたらと助言をくれたのだ。
 出版界は今、あまり景気は良くなく自主出版は余程の良いものでないと不可能だそうだ。
 結局30万円から100万円はかかるが、一般の人は100部も必要ない。そこで皆出版を断念する。
 私のように一切を自分でやりたい人は多いはずだからそんな講座を開いたら面白いと言われた。
 また新たな項目が増えた。

 午後から気象予報士のSさんが来た。実験に使う渦巻き発生機の出来具合を見にきた。
 一部修正はあるもののほぼOKとなった。でも上手くいくのかな? 渦は発生するのだろうか?

 今日は妻も娘も瑞葵も出かけた。いわゆる女の会というものがあって、みんなで温泉宿泊旅行に行った。 妻の妹側からは台湾から帰国したK子、静岡から帰宅したM子も一緒だ。それに優華もいる。
 でもM子の子供は颯太で男だぞ!!

 そんなわけで今日夕食は自炊。とりももと野菜の炒め物を作る。
 作っているさなか電話が来る。FNイルカの中継放送が明日の12時に決まった。
 その後函館新聞が作家釣洋一さんのトークショウの募集を明日の朝刊に載せてくれ、さらに当日取材も行うとなった。
 さらに北海道新聞から先日の本の完成取材の不足分の取材と本当に目の回る一日だった。
 
 トークショウの申込みもあり、電話応対メール返信と混乱の一日だった。
 こんなことしていたらいつまでも旅に出れないな。20日は札幌、21日は五所川原に」行く予定だったがm、五所川原は断念。トークショーの終わった26日あたりから東北に行こうかな。
■ 6月17日(火) ■ 道新取材&チャリダーと飲む

左は瑞葵と右は優華
 午前中は印刷を終えた紙を折り曲げ並べて製本する作業をする。
 何故こんなに急ぐのか?昨日もう布団に入って寝ようとしたところに電話がきて、完成した本の取材を申し込まれた。
 写真も撮るだろうから、製本したものがないとまずいだろうと急遽制作に取り掛かったのだ。
 
 製本していると、今度は孫と台湾から来ている優華を公園にでも連れて行ったらとの多分妻からのお達しだろう。子供たちが公園に行きたいと迫られ、ついに腰を上げて、歩いて公園に行く。
 優華は5歳だが中国語、台湾語さらに日本語と3ヶ国語を話す。
 優華とお父さんが中国語で話していると、瑞葵は「英語で話すと分からない!」と文句を言う。まだ英語と中国語の違いが分からない。
 瑞葵も大きくなったら優華のいる台湾に遊びに行くだろうな。
 およそ1時間遊んで帰宅。あ〜もう少しで取材が来る! 急いで本を仕上げ何とか間に合う。
 取材はいつもの通り行われた。だんだん取材にも慣れてきたので要点を言えば取材は早く終わる。
 それでも1時間かかって取材を終えた。

 夕方には函館観光に出かけていたチャリダーが帰ってきたので早速宴会を始める。
 ジンギスカンとお酒で宴は始まり、飲む程に盛り上がってもう何時間話したか分からず部屋に戻ってバタンキューだ。
■ 6月16日(月) ■ チャリダー来る
NO PHOTO  朝、台湾から来た一行が帰る。今日は札幌に泊まり明日の直行便で台北に向かう。
 私も台湾に行きたいがなかなか時間が取れなくて行けないでいる。
 いったら1ヶ月くらいは居たいのでやはり冬になるかな。来シーズンのスキーは出来るかどうか分からないので何とも言えないが、もしスキーが出来なかったら、台湾に行くのも良いかも。

 皆が帰った後、校正も終えて完成した本の印刷を行う。400ページを家庭用のプリンタで印刷するのは時間がかかって大変だ。
 印刷が終わったころチャリダーから電話が来る。啄木公園で待ち合わせをする。
 今回のチャリダーは福岡を出発してから日本一周している。途中でインターネットのHPを見たそうだ。

 ゲストハウスの写真を見たら、先日来た女性カップルとは鹿児島であっているそうで世の中は狭い。
 昨年来た小口君も知っているそうだ。夕方天気が良いので函館山の夜景見学に出発した。
 さすがチャリダーで山は歩いて登るそうだ。今日は遅くなりそうなので、明日飲もうとなった。
■ 6月15日(日) ■ 嬉しい父の日

この手洗いは参考にしよう

木造キャンパー

左ANDREW、右メイメイ
 朝からピッチを上げて、本の校正を終えた。これで長い作業も終わりほっとした。後は印刷をするだけだ。
 気になるのはワードで2003で作ったが新しい2007とは互換性が無い部分があるようでレイアウトの一部が変わる事がありますと出る。
 微妙なレイアウトをしているんで変わらないで欲しいな。

 今日は孫が部屋に来て遊んでいた。何をするのか見ていたら、手でちぎった紙に糊を付けて何か作っている。単純に糊付けをしているのではなく、何かを作ろうとしている。
 そして完成した。どうやら花を作ったらしい。花の部分と葉も付いている。なかなか芸術的ではないかと思うのは、じぃじだけだろうか。

 夕方、日本の建具展を見に行く。体育館にびっしり並べられた建具は素晴らしかった。日本古来から伝わる手法にうっとりした。
 衝立で高いものは300万円もする。そんな中にもアイデアだけは貰って我がゲストハウスに応用出来ないかを見て回った。
 気に入ったのはトイレ。和風の作りで手を洗う所が気に入った。これは採用だなどと思いながら全てを見て回った。
 木製のキャンピングトレーラーもあった。これでも車検が通るんだと思った。ベースがあれば自作可能だ。

 夜に姪っ子夫婦の一行が来た。今日は旦那のANDREWと飲むことになっていた。
 台湾の焼酎「88トンネル」という焼酎は42度と38度だ。水割りで飲むが甘くて口触りが良いのでついついお酒が進んでしまう。
 途中でANDREWが子供を寝かせに行ったので妹のメイメイと二人になる。
 これは大変だ。メイメイは中国語しか話せない。私は日本語なので、会話は相当苦労する。
 簡単な英語も交えて何とか30分位は持ちこたえた。何とかなるもんだ。
 メイメイはまだ20代なのだが、早くから台湾マッサージの店を経営している。2階建ての大きな店だ。私が台湾に行った時、マッサージして貰ったが凄く気持ちが良い。
 体をへらの様なものでこするマッサージもあり、これをやると体の悪い所が赤く残る。おじさん肝臓が悪いと言われてしまって、お酒控え目にと言われた。
 当たってるかな?

 今日は父の日。毎年プレゼントを頂いてうれしい。美味しい馬刺しは夕食に頂いた。お酒に合う美味しいものだった。
 後は娘からで短パン&Tシャツ。サイズがLからLLになった。気遣いが嬉しいやら悲しいやら。
■ 6月14日(土) ■ 第30回箱館戦争戦死者追悼

イベント参加者
土方さんも参加
 第30回箱館戦争戦死者追悼&史跡めぐりのイベントに参加する。
 天気も良いのでMTBを出し出発する。今まではママチャリで移動していたのでMTBは久しぶりだ。
 やはりママチャリよりかなり早い。1時間少しで大野に着いた。
 会場設定などをして準備は終わり。バスに乗って出発する。今回は36名の参加があった。
 今回は30周年記念と言うこともあって、会長は誠のハッピーを着て、スタッフは新選組の鉢巻などをして雰囲気作りをやった。
 主催は大野文化財保護研究会で昭和54年に執り行ったのが、引き継がれてもう30年続いている。なかなかこれ程やるのは大変な事だとつくづく思う。
 私は3回目の参加だ。清水三四郎(箱館戦争とは関係ない)の墓参り。佐藤安之助の墓参り、二股口台場山、南大野新政府軍の墓、光明寺と毎回コースは変わることが無い。
 史跡めぐりを終えてセミナーがある。私はこちらの方に興味があった。大野で発見されたコンプラ瓶(酒や醤油を入れていた瓶)で長崎県の波佐見町で幕末の少し前まで生産されていた。海外に酒、醤油を送るためのものだが、何故か北海道にも多い。他では見つかっていない。
 これが大野の毛無山の江差寄りで壊れていない形で発見された。
 誰がこんなところに置いたのかは不明だが、幕末ファンとしては、二股台場に向かう土方隊か鶉の館城に向かう松岡隊が置いたと考えたいものだ。
 何故かと言うと江差で沈没した開陽にも積んでいたし、五稜郭でも発見されている。さらに上磯矢不来天満宮からも発見されている。
 矢不来天満宮は衝鋒隊の守備していた場所だ。

 セミナーの中で旧道が出てきた。鶉からの旧道探しはやっていたが、まだはっきりしていなかった。
 公演の中で地図が出たので、終わった後聞いたら、道はまだあるそうで、また調査に行かなければ・・。

 24、25日と新撰組作家の釣洋一さんが来るが、その際トークショウをやることになった。1000円会費でお酒付き。場所は我がゲストハウスだ。
■ 6月13日(金) ■ 制作&来客多数
NO PHOTO  頼まれていた気流渦発生装置の製作を始める。構想にずいぶん時間がかかった。
 部品は昨日購入した。午前中一杯かかって完成したが、本当にこれで気流渦が発生するのだろうか?
 午後からはPCに向かって資料の作成をし、4時に約束していた3名の女性がやってきた。
 いつもながら楽しいお話を1時間程度した。土方の道も歩きたいようなので、早くそちらの段取りを付けなくてはならないが、なかなか進まない。
 
 夕方来る台湾の一行がなかなかやってこない。しびれを切らして寝ようとしたら、9時ころやってきたので蒲団から出て会う。
 姪の佳子と旦那のANDREWと妹のメイメイそれの佳子の子供二人。
 今日から3日間過ごす。話は中国語 なのでメイメイには通じないが、ANDREWは何とか日本語が通じる。
 子供は長女は日本語・中国語・台湾語と3カ国語は話す。子供の能力は凄いな。
 今日は遅かったので早めに別れてそれぞれ就寝。
■ 6月12日(木) ■ 朝日新聞の取材
NO PHOTO  昨日は久しぶりに車で長距離を走ったので背中が痛い。朝起きてそう言えば風呂もしばらく入っていない。何時からかは言えないくらいだ。そんな事もあり早朝の温泉に行く。
 いつもの「湯多里」は誰もいない。こんな時間に来る人は珍しいのか。
 のんびり温泉に浸かり、疲れと汚れた体を洗いすっきりする。
 
 家に帰ってから、ホームセンターに買物に行く。物理の実験道具の製作依頼があったのだが、まだアイデアが煮詰まっていなかった。
 部品の一部を買って家に帰る。

 4時から朝日新聞の取材だ。取材は簡単に終わった。その後、色々な話をした。鹿児島出身なので地元の話からしたが、、日本一周をしているので話は合う。その他にパソコンの話やソフト、DVDの話など広範囲におよび凄く参考になった。
 作成した本は図書館に寄付した方が良い。その際、本の制作も自分でやっている事をアピールすれば、講座などに採用される。それだけ出版をしたい人が多いが金額が弾むので無理であきらめる人も多い。
 今私が作っている本で十分なのでアピールした方が良いなど教えてもらった。
■ 6月11日(水) ■ 函館へ
NO PHOTO  朝5時に起きたから3時間は寝た。再び安東さんの元へ行く。今日の引継ぎは6時半だが、早めに交替の方が来た。アメリカ人のスタッフだった。グッモーニングと挨拶し、安東さんとの引継ぎをする。勿論ここでも英語だ。
 英語をすらすら話せる人は良いな。私はブロークン英語だからな。でも会話の内容は良く分かった。
 この後石狩新港朝市に行く。魚が安いとの報道を見たのだ。
 安東さんも行くと言うので一緒に行く。ヒラメが1100円、しゃこ80円、あんこう1000円、ホッケ8匹400円と安いな。でもクーラーボックスが無いから、干しカレイ8枚500円を購入した。
 ここで安東さんと別れ家に戻る。今日は娘と子供が函館に行く。手伝いに来ていた妻も一緒に帰る。
 途中千歳の美容院に行く。ここで3時間待ちになった。あちこち町の中を歩き時間つぶし。
 その後、函館まで淡々と運転して帰る。
■ 6月10日(火) ■ 孫と遊び夜は気球船へ

サケの科学館で亀と

子供ジェットコースター

ライトアップされた夜の飛行船

コクピットで
 退屈そうな孫の瑞葵を誘って外に出る。行き先は「サケ科学館」ここは無料でサケや色々な魚が見れる。娘もあちこち楽しそうに見ていた。
 見終わって「じぃじ動物園に行こう」と言う。動物園か?まあ良いだろうと丸山動物園に向かう。
 駐車料は700円。高いなと周りを見たら「運動総合公園」があり、車を止めるスペースが沢山あるので、そこにして少し歩いて中に入る。
 でも動物に行く前に遊園地があり、乗り物が沢山ある。まずいレイアウトだ。
 直ぐに「じぃじこれに乗りたい!」と言い出す。電気自動車に200円入れ、喜んで乗っていた。
 終ったら「じぃじコーヒーカップ」に乗りたいときた。係の人に聞いたら同伴でなければ駄目と言われた。
 娘は断られたと思い諦めた。そして乗ると言うのが「観覧車」。私は高いのは大嫌いだ。高所恐怖症なのだ。孫に言うと「じぃじ大丈夫恐くないよ、だから乗ろうと」言われ仕方が無く乗った。
 乗ったら手摺に掴まれとか気を使ってくれる。冷や汗をかきながら1回転して終った。
 夕方から飛行船に行く。昨日安東さんと連絡がつき大体の場所は分かった。
 走っていたら飛行船が係留されていたのだ見えた。
 安東さんは9時30分でなければ来ないので夕食を食べながらお酒を飲んで過ごす。
 やってきた安東さんと再会。気球船から400m程離れた場所に監視場所がある。ここで徹夜で監視し、1時間置きに飛行船の計器チエックに行く。
 最初は時間前に行く。大雨が降ってきたのだ。浮いていた飛行船は車輪が大地に着くまでになった。
 風が吹くとタイヤが左右に動き磨耗するので、ウェイトを降ろして軽くし、車輪を浮かせる作業をする。
 作業が終ってコクピットに乗せてもらった。左右の方向を変えるのはブレーキペダルのようなものが2つありそれを足で踏むと方向が変わる。スロットルレバーは小さなもので前後に倒すだけ。
 下降上昇は車椅子に付いている丸い輪を回す。
 初めて見た飛行船は楽しかった。その後は監視トラックに戻り、話したり、ねぶたのビデオを見たりと楽しい一時を過ごす。
 安東さんは1時間ごとに点検に行く、帰るとノートに記帳する。全て英語で記帳だ。
 私は函館までの運転があるので、2時には寝せて貰った。
■ 6月9日(月) ■ 松前〜函館〜札幌

沖縄&静岡のチャリダー
 昨日勝手に帰りますからと言ってあったので、朝6時にSさん宅を静かに出ようと思ったが、ばれてしまった。
 又話になる。そこで講演を頼まれる。廃校になった原口小学校の有効活用について旅人の視点から講演して頂きたいと言う。
 町長や町議会議員やその他関係者もろもろを集めての講演をやるそうだ。
 後で打ち合わせしましょうと原口を出発した。途中ハセストの焼き鳥弁当を購入。
 着いて旅人と食べる。やはりハセストは知っていて食べたかったそうだ。昨日はラッキーピエロでハンバーガーを食べたが美味しくて、追加でさらにいろいろ食べたそうだ。
 10時頃家を出た。今日は何処まで走るのか。

 電話が来た。知り合いの人からで、作家の釣洋一さんが函館に来るので泊めて貰いたいとの事だった。
 釣さんは土方歳三の出版物を多く書いている人で、私も何度か読んでいる。
 聞くと土方の歩いた道を徒歩で辿っているそうだ。それで私とは話しが会うだろうとの事だった。OKする。

 パソコンをメールをチエックしたら冒険家安東さんから入っていて、気球船が銭函に着いたそうだ。昨日は空を見ていたが分からなかった。
 そして気球船が飛んで居ないときは操縦席を見せられるというものだった。
 恐らくこんなチャンスは無いだろう。今日は札幌に行くので、途中寄り道しよう。
 
 女性チャリダーを送り出してから、準備をして昼には函館を出発する。天気は快晴で気持ちの良い、青空が広がっている。最近は長距離は走っていないのでしばらくぶりのドライブだ。
 森を過ぎ赤井川のラッキーピエロの前を通ったら、チャリが2台あった。ここに居たんだ。車をUターンさせて店に入る。
 またまたハンバーガーを食べていた。よっぽど気に入ったんだろうな。しばらく話して別れる。
 車が小樽に入ったので銭函海岸に向かう。海岸をあちこち車で回るが、気球船はどこにも見当たらない。
 諦めて今日は札幌の娘の家に行く。
■ 6月8日(日) ■ 函館〜松前原口

いつものご夫婦のロシアフォーク
 フェリーはまだ暗い函館港に着いた。朝の3時半だ。昨日は11時に乗ったのだが、直ぐに寝てしまい着船までぐっすりだ。
 家に帰ってパソコンのメールチエックをしていたら、自転車2人旅の女性から電話が来て、泊まりたいと言うので、来て貰った。
 沖縄本島から日本縦断を目指している。沖縄の女性と静岡の女性だった。
 何でゲストハウスが分かったのと聞いたら、旭川に居る姉さんが新聞を見て連絡してくれたそうだ。
 私は松前の「環境サミット開催記念 魚つきの木観察会」に行くので家の説明をしてから鍵を預けた。
 原口までは2時間近く掛る。着いたのが5時過ぎで観察会は間に合わず宴会のみの参加となった。
 名目は観察会だが最初から目的は飲む会なのだ。
 会場で私も紹介される。原口の住人で無いのでこの人は誰?とならないような配慮だ。
 旅人と紹介されたのでその後の宴会でも旅の話しを色々聞かれた。
 ここの宴会は楽しい、何時もの夫婦でやるロシアのフォークダンスや元観光バスの方の歌などなど、会場は大盛り上がり。
 歌も「東京のバスガール」など超古い。でも若い人が居ないから超受けるのだ。
 最後に松前音頭を踊った。勿論私も踊る。最高潮でアンコールも出て再び踊る。
 そして会は終了。今度はSさんの家で飲む。観光協会会長や元開発建設部部長などが来た。
 話は盛り上がって終了。ここでもバタンキューだった。
■ 6月7日(土) ■ 40kmウォーキング
スタート前の記念撮影  朝の7時に五所川原駅をスタートした。今日は14人の参加だ。顔ぶれは従来から参加している人に加え新たな参加者の顔も見えた。
 天気は薄曇で歩くには最高の天気だ。
コースは千畳敷までの40Kmを歩く。過去の事を言えば勿論完歩で、大体は先頭集団にいた。
 今年は右足の怪我が治らず、びっこ状態なので、何とか10Kmを目標に決めていた。
 スタートして何時もは皆と話しながら行くのだが今回は直ぐに置いていかれる。それだけスピードが違うのだ。
 それでも最初の休憩場所では皆が休んでいる間に、何とか追い付いた。
 次は道の駅「もりた」。ここでは集団は既にスタートして、ビールを飲んでいた3人にかろうじて追い付いた。
 当初の目的はここだったが、足は痛いがまだ歩けそうだったので歩く事にする。
 しかしここからが長かった。足の痛みも増し、もう歩きたくない状況になった。
 右足をかばうせいか左足が結構疲れてきた。
 それでも何とか堪えて鰺ヶ沢駅に着いた。此処からは電車で千畳敷に向かう。
 10kmの目標が結局22km歩く事が出来、少しは自信につながった。でも歯痒い。
 何時もゴールしてビールを飲む店に向かった。店の前の人は覚えていて今年も来たねと歓迎した。
 皆の来るのを待つがやはり長い。やっと到着した人とビールで乾杯。
 早く着いた人から飲めるのがここのルールで、勘定が割勘ときているので、飲む量も違うのだがこちらでは普通にやる。太っ腹な人が多い。
 帰りも電車の中で飲んで、五所川原に着いたら又居酒屋で飲む。
 健康のためのイベントだが、超不健康なのかも。

 夜9時に同僚の奥さんが送ってくれると言うので、ありがたく好意に甘えた。
 30kmの距離もあるので大変だ。本当に感謝だ。
■ 6月6日(金) ■ 函館〜五所川原
NO PHOTO  朝起きたら雨だった。予想していなかったので、フェリーターミナルまでなんで行くか考えてしまった。
 朝食をしながら出した結論はやはりチャリで行くだった。
 レインウェアーの上下を着て出発する。
最近の素材はゴアーテックスが主流で雨には強くて快適だ。

 フェリーは予定通り出港した。青函フェリーなので乗用車は少なく、今日も3組だけだ。いつもながらのんびり行ける。
 船内では家から持ってきた「私のお遍路日記」を読む。
 31歳の女性が書いた本なのだが、読んでいると昔行ったお遍路が甦ってきて、思わず涙するのだった。 最近は涙腺が緩みっぱなしだ。
 フェリー内で電話が2回来た。 1人は函館の女性で旅行と旅の違いについて話していた。
旅行はつまらない、旅が良いと言う事を盛んに言っていた。
 子供が世界一周に行くような人になって欲しかったが、そうにはならなかった事を悔やんでいた。
 話しが終ってすぐ読売新聞から取材の申し込みが来た。
 そんなに話題性があるのかな?

 フェリーは青森港に着いた。岸壁にはパトカーが3台と警察のバスがいた。フェリーを降りてターミナルに行ったらここも警察がいっぱい。何か凶悪事件があったのだろうか?

 一度バスで青森駅に向かい、乗り換えて五所川原に行く。
 バスの中で電話が来た。だが携帯禁止で出れない。終点の五所川原駅前で降りて電話する。
 
 女性の自転車二人旅だった。明日函館に行くので泊めて欲しいとの事だったが、私は五所川原だし、函館に着いたらまた連絡を取り合おうとなった。

 夕方五所川原の町を一回りして何時もの居酒屋「井上」に行く。

 飲んでいたら昨年ゲストハウスに泊まった人がきて、裂織と言う織物をいただいた。趣味で織っているそうで、凄く素敵な物だった。

 そのあと元同僚も来て一緒に飲む。そこへまた昨年ゲストハウスに泊まった女性が来て、自分が採ったネマガリタケノコの瓶詰をいただいた。
 本当にうれしい。交流の場のゲストハウス効果は大だ。人と人の交流がどんどん広がる。
夜9時過ぎ、駅前の安宿に入ってバタンキューと寝てしまった。
■ 6月5日(木) ■ 大野文化財保護研究会例会

看板もある
 自転車で例会に行こうと思っていたが寄るところが沢山あるので車で行く。
 通勤時間帯に行ったが、最近新しいママチャリやマウンティンバイクで通う人が増えた。ガソリン高騰だからそんな気持ちも起きるな。
 でも自転車が増えて、道路がよくなれば私としては嬉しい。道路特定財源を自転車道に振り向けてくれ!環境にも良いぞ!と叫びたくなる。
 今日の例会は会議終了後上磯の煉瓦工場跡に見学に行った。
 事前に渡された資料で明治12年の道が書いてあったので興味はそちらに・・・。
 上磯の歴史研究かのOさんの資料は最高に嬉しい。私にとって必ず良い情報がが入っている。
 今回は上磯の旧道が書かれていた。煉瓦候城跡の見学の合間に必要に道について聞く。
 今まで調査していた道は間違っていなかった。そしてその道の続きも分かった。又一つ財産が増えた。

 帰りに女性3人を乗せて、他に1台に男性が2人乗って矢不来台場の見学に行く。
 台場はOKだったが弾薬庫が見つからない。おかしいな何度も来ているのに・・・。
 
 家に帰ってまだ用事がある。まずはケーブルテレビ。パソコンをVISTAニ変えたが、ITの設定が分からないと言うか以前に貰った資料はXPまでしか書いていない。
 それを貰って今度は市役所。観光課の課長に企画書の詳細を渡し、忘れてきていた帽子を持ってくる。
 企画書の感触は良かった。選考に選ばれるかな?

 夕方帰宅。チャリで温泉に行き帰って料理を作る。スーパーの食材は最近高い。
 なかなか手を出しにくくなる。安いのは鶏肉か。でも美味しいからOK。

 食しながらビールを飲んでいたらFMイルカから取材の申し込みが来た。今朝の函館新聞の記事を見たそうだ。明日から旅に出るので後にして貰った。

 明日から五所川原に行って40kmウォーク。今の足では歩けない。出来るだけ歩いて後は電車でゴールに向かう。
 明日からの日記は旅用のブログを見て下さい。
■ 6月4日(水) ■ パソコン購入
NO PHOTO  遂にパソコン買いました。痛い出費だが仕方が無い。もう遅くて遅くてストレスが溜まる一方だった。
 開くのが遅いので400ページの本を12のファイルに分けていたので印刷の際はいちいち各ファイルを開くが、その時間と言ったら何時開くの?と言いたくなるほどだった。
 今度はCPUも早くメモリーも十分の機種にしたので400ページの本を1ファイルにまとめました。
 それでも即開くので驚きました。格段の違いところではない。資料作りが捗りそうです。
 メーカーはFMVでコジマオリジナルです。
FMVNFA70Wで、これにWEBカメラ、テンキーが付いています。液晶はスーパーファインDXでかなり綺麗です。
124800円で買えました。昨日は127800と言ったのだが、昨日124800円と言ってましたよねと言ったら、計算して少し迷ってOKが出ました。まだ値引き巾があるんだな。
 インターネットはまだ繋げません。どうやるのか調べなくては・・・。

 知り合いが来て食器を沢山持って来てくれました。ゲストハウスに置きますがこれで十分な量になりました。皆に世話になっていますね。ありがたい。
■ 6月3日(水) ■ 取材&OB会
NO PHOTO  午前中は函館新聞社の取材を受けた。函館新聞は女性記者が多いようだ。
 いつも通り部屋の案内から始まり、質問に受け答えした。
 ゲストハウスも取材も終って、箱館戦争で有名な二股口台場について聞いたら、知らないと言う。
 そんなものかな箱館戦争で土方歳三が破られなかった、強固な台場だが、若い女性記者には分からないんだなと時代差を感じてしまった。

 午後から以前務めていた会社のOB会があり、バスで行くか電車で行くか迷ったて調べたが良い時間帯のが無くて、ママチャリ出かけた。
 今や年に一度しか着る事が無くなった背広を着て国道5号線に沿って走った。
 少し汗ばむ位で会社に到着。守衛に自転車を明日まで預かってもらう事にする。
 OB会は会社概況説明から始まり、工場見学も行われた。工程は随分と変わって知っている機械等はなくなり様変わりしていた。
 もう退職して6年も過ぎたので当たり前か?
 夕方宴会が行なわれ、楽しく歓談できた。その後は2時会に行き、9時頃まで楽しい時間を過ごした。
 ここで帰ろうとしたが、函館駅方面に行く人がいたので、タクシーに同乗して大門横丁に行く。
 実は行きたい店が有ったのだ。先日車を車検に入れた時に、そこの奥さんからハムソーセージの店の割引券を貰った。
 その工場が実は私の家の直ぐ側にあった。フランス人が工場を経営しているが、外観はあまり綺麗では無いが、そこの製品は有名で東京の三越や高島屋などでしか売られていないそうで函館でも変えない。
 そして日本人の奥さんが大門横丁で店を出しているのだ。
 店に入ってソーセージセットとワインを注文する。柔らかいソーセージで今まで食べたことの無い食感だった。
 店に客が居なかったので奥さんともかなり話した。ゲストハウスも作る過程を見ていたそうで、居酒屋をやるのかなと思っていたそうだ。

 すっかり酔って何年振りかのタクシーに乗って帰った。止めてと言ったらメーターがカシャリと料金が上がった。え〜と言ったらひとつ前の料金に負けてくれた。
 ばたんキューで布団に入った。
■ 6月2日(火) ■ 旅人が来る
NO PHOTO  今日は妻が妹と札幌に行ったので一人生活のスタートになった。
 今日は夜中に起きて仕事を朝までやった。まだ徹夜には耐えられると言いたいが寝るのが8時頃なので4時間くらい寝ているので徹夜とは言えないだろう。
 午前中はパソコンショップ回り、値段と機種を見て回るが安くて良いものと考えるとなかなか難しい。
 店に依って微妙に異なる価格を見ながらの比較になった。やはりデスクトップよりノートのほうが安い。
 ノートでCPU duo2、メモリリ−2G,HD160MBで12万8
千円があった。このスペックでは安い方だった。
 もう少し上のスペックでPOWER POINT&TVチューナーサ−ビスがー13万9千円。これも良いかなと結局は迷って、取り敢えずは家に帰る。
 昼食のチャーハンを作って食べ終えた所に来客が来る。白老の山に登っている村田さんで新聞の記事を見て来たそうだ。
 今日は恵山に登ろうと来たのだがガスが掛っていたので止めたそうだ。
 市内を自転車で案内後温泉に行き、夜はゲストハウスで宴会と楽しい一時を過ごした。
 宴会の最中に函館新聞から取材の申し込みがあった。明日の10時に決めた。
■ 6月1日(月) ■ 無題
NO PHOTO  本文削除

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