■ 5月31日(土) ■ 寒い!
NO FHOTO  何て寒い日が続くんだ!今日も外の仕事はやる気が無く、何をしようかと考えていた。
 決まったのがカメラのキタムラにアルバム製作発注&パソコンを見に行くだった。
 キタムラは最近アルバムを作ってくれる。そこでゲストハウスの写真を20枚コンパクトフラッシュに入れて持って行った。
 店のパソコンで入力して行くのだが、最初から画像が画面からはみ出しズーミングも出来ない。係の女性がアシストしてくれるが、上手く画像が納まらない。
 おかしいなと言って、画像処理してませんかと言う。トリミングはしていますよと言ったら、トリミングしたらこのシステムは駄目らしい。あくまでも撮ったままの4:3のサイズでなければ受け付けないそうで、プアーなシステムだな。彼女もそうなんですよと言っていた。これでアルバム製作は駄目。

 次にパソコンを見に行った。今使っているパソコンは既に8年くらい使っていて、最近はメモリー不足とCPUの能力不足が目立ち、本の制作をしていても400ページのファイルを開くとどのくらい時間がかかるか分からないくらい遅い。
 そこでファイルを分割しているが凄く不便だ。そこで思い切って新規購入を考えた。
 店を見たらCPUは私のとは大きく変わって、デュアルコアプロッセッサーになっている。すなわち頭の中なの脳が2つもあるのだ。例えば音楽のダウンロードをしている間も、他の作業は止める事無く出来るのだ。
 メモリーも2Gある。私のは64Mしかない。画面も見やすいし良くなっている。凄い違いだな。
 でも価格は良いものは高い。やはり安いSOTECになるのかな?価格は13万円くらいだ。
 家に帰ってSOTECのHPを見たら9.9万円でネット販売していた。早く決めなくては・・。

 ガソリンが再び上がる。まずは灯油を満タンにした。ポリタンで20缶、360リットルをスタンド購入して入れた。腕が痛くなる。ガソリンも満タンにした。少しは足しになるかな?

 夕方NHKから取材の申し込みがあった。電話取材なのでゲストハウスの記事に更に付け加える事で、30分の取材を終えた。ラジオで放送なのかな?聞かなかった。
 男女が一緒に宿泊して大丈夫ですかと聞かれる。変な事を聞くな。

 夜にも電話が来た。54歳の人で以前私が勤務していた会社に居て、私を知っていた。何か色々やっている人だと思って居たそうだ。その後私と同じ時期に会社を辞めて違う会社に居る。後6年で定年を迎えるが、その後の人生をどう送って良いか分からないので、色々話しをしたいとの事だった。
 OKして今度の機会に話そうとなった。
■ 5月30日(金) ■ 忙しかったメール&電話対応
NO FHOTO  今日の北海道新聞の全道版にゲストハウスの報道が載った。パソコンを開いてメールを見たらもう既に見たよと来ていた。懐かしい人からだった直ぐに返事を書いて送付。
 その後も電話が来たりと忙しかった。どうやらHBCラジオの桜井さんの番組でも放送されたそうで、聴いた方からも電話が来た。新聞報道の効果は凄いな。
 
 今日は何をやろうかと考えた。外は今時期としては寒い。最高気温も12度になるかどうかで風も強い。外の仕事を辞めて、観光企画の応募書の詳細を書いた書類の校正をした。
 
 図書館に本を返さないと行けないので、強風の中チャリでまずは千歳図書館に行く。あれ〜閉館だ。月曜日の筈なのに・・・。仕方が無いので中央図書館に行って資料調査をやろうと向かった。風が強いので進むのは大変でじっと汗が出る。ようやく到着した。駐輪場から出て来た年配の男の人がじっと見る。なんだろうこの人はと思って、自転車を置いて玄関に行ったらここも休館中だ。
 月末だから棚卸でもやっているのかな?さっきの人は休館なのに来たのでじっと見たのだろうか?そんなら休館ですよと言ってくれれば良いのに。

 もう家に帰るしかない。夕方余り寒いので温泉に行こうと外に出たら。以前ゲストハウスを改造しているときに来て話しをして、私の書いた本を読みたいといって貸してあげたのを返しにきた。彼女は100名山を登っていた人だ。
 そしてもう山も行けないので、冬山で使ったダウンの寝袋とシュラフカバーがあるので使いませんかと言われたので頂いた。ありがとう。

 新聞記事
■ 5月29日(木) ■ 日山菜採り&温泉
NO FHOTO  天気は雨。車の板金塗装もほぼ終わり、何処へ行こうかとなり、妹も誘って山菜採りに行く事になった。
 まだウドが採れる筈と川汲に行き、いつもの千葉さんの土地に入る。
 ここに入るには丸木橋を渡るのだが、足が不自由な私は、川を歩いて渡る。今日は長靴なので完璧だ。
 早速探したら、お〜伸びている。前回行ったときはまだ出初めだったが、あれから10日経っている。
 すっかりウドは伸びて、以前は少なかったが今回はあちこちに沢山見えている。
 仕方が無いので小さい軟そうなのを選んで撮った。それぞれがリックにいっぱい取った。

 そして向かった先が南茅部の保養センター。ここの温泉は好きなのだが、最近はガソリン代もかかるので来るのが少なくなった。
 温泉のロビーに行ったらびっくり。狭いロビーに健康器具がびっしり置かれている。これからレイアウトをするのだろうが、凄い数量だ。
 本格的なランニングマシンは9台も置かれて、その他にも自転車や、ウィイトトレーニングマシンが置かれ、まるでフィットネスクラブのようだ。
 でもここの温泉で9台のランニングマシンが使われるのは創造出来ない。いつも平日は空いてて人が居ないのだ。居てもお年寄りばかりだ。今日も我々のは他は1組しか居ない。

 食堂も経営が変わった。メニューを見たら高い!今までは若い女の子がおでんを売っていて安かったし美味しかった。
 今度は函館市になった事もあり、入札で業者が決められたのだろうが、一気にメニューが高くなった。
 もりそば540円が最安値。今日は食堂が出来て初めてなので、食堂で食べようと、持ち込まなかったのが悔やまれる。

 温泉にのんびり入る。硫黄泉の白濁の湯は道南は余り無いので嬉しい。
 上がってかけそばを注文。まあ普通のかけそばだった。
 妻達も上がってきた。マッサージに行くと行ったら、メーカーが無料で全身マッサージをやっているよと言うので早速行く。
 高そうなフランスベッドの全身マッサージ器だった。売りたいのだがひつこくも無く、15分気持ちよくマッサージ出来た。

 妻達はビールとかけそばを注文。帰って来たら高いねと。
 生ビールは550円だが、グラスが小さい。以前は普通のグラスで400円だった。
 笑ったのはかけそばを2個注文して、前金を払ったのだが、出来てきたのはかけそばと天ぷらそばが出て来た。
 おじさん違うよと言ったら、作り直すと言う。それじゃ勿体無いからと天婦羅そばを貰ってきた。でも具はエビ1本。これで720円。
 空いていた休憩室も人が10組くらいが入っていた。皆弁当飲み物を持ち込みだ。これじゃ食堂も厳しいな。でも高いから持込たくなるな。
■ 5月28日(水) ■ 忙しい1日

塗装を終えた状態。乾いたら新聞紙を剥す。
 朝5時から研磨作業開始。どうしても今日中に片付けたかった。兎に角車に塗ったパテを水ペーパーでしたすら研磨する。
 研磨するとまだ凹みなどあって又パテを埋める。乾いたら又研磨する。
 パテを塗って乾くまで時間がかかるのでその間は、先日「地域でつくる小さな旅」のコンテストに公募したのだが、15プランは多すぎるので、絞って6〜9プランにして欲しいとの事で絞った資料を作成する。
 資料作成と研磨を交互にやって、夕方になった。あっと気がついた。もしかして来月から灯油が上がるんだよな。タンクを見たら残り僅か。それっとばかり灯油を買いに行く。買ってはタンクに入れる。結局3回繰り返して終了。腕がだる〜い。
225リットルを入れた。
 入れてて気が付いたが、怪我した当初は右足が不安定でやっと入れていた。足はまだ思うように動かないが、今日灯油を入れた時は以前より安定して入れれた。少しは良くなっているのかな? 

 今日最後の塗装を終えた。下地処理はまだ十分で無いが錆びて穴が何ヶ所も開いていた事を思えば最高の出来だ。
 特に今回は曲線部に鉄板を貼り付けて下地を作ると言う難しい作業だったが、近所の旦那さんが元塗装をしていたと言う事で大変お世話になったし、アドバイスも沢山頂いた。
 今回は曲線部で範囲も大きかったがもっと小さな個所なら完璧に出来そうだ。また一つ勉強出来た。
■ 5月27日(火) ■ ひたすら研磨
NO FHOTO  妻の居ない朝は早い。7時には食事を終えて、車の修理に取り掛かる。今日はパテを塗った後の研磨作業だ。
 これはかなりの手間がかかる。最初はディスクグラインダーで使える#220のぺーパーの研磨材料で大まかな突起を取る。その後は水ぺーパーも#240でひたすら研磨し、更に#1000で最終研磨をする。
 腕がだるくなるほど研磨したが、手で表面を触るとまだまだ研磨の請って不足がある。
 その部分を何度も研磨し、最後にサーフェーサーを塗る。まだ研磨は完全に終っていないが、研磨して金属の出た部分が錆びると厄介なので塗ったのだが、サーフェーサ−と言うのは下地が悪ければはっきりと見えて来る。
 案の定まだまだ研磨の足りない部分がある。明日再び部分研磨をしなければならない。根気の要る仕事だ。表面は多少悪くても錆が一掃されたので車は見違えるようになったので、適当で良しにしようかという気持ちと、ここまでやったのだからきっちりやろうぜと、二つの考えが脳裏に浮かんだり消えたり・・・。

 8月に函館で2ディマーチがあるそうで、弘前歩こう会のメンバーからゲストハウスの宿泊申し込みが来た。
 もう6年位前一緒に山に登った事があるのだが、恒例にも関わらず凄い体力で驚いた事があった。
 今回は函館のイベントに参加するそうだ。
■ 5月26日(月) ■ 旅のコンペに応募
NO FHOTO  函館市で募集している「地域でつくる小さな旅」の企画に応募した。書類の作成は直ぐに出来たので、15プランを持って函館市役所、コンベンション部観光課にもって行く。
 内容的には主催する市としては合っているそうで、好感触を得た。
 今後、審査委員会が開かれ数点が選ばれる。この上位入賞者には賞品と湯川温泉「オンパク」のイベント項目に登録され、登録料も市役所で払ってくれると言う。
 資金は無いが何かをやりたいと言う人には金を掛けないでやれる。大いに利用するべきだろう。
 「オンパク」は大型バスを利用してやるし、そこのガイドは報酬があるので、プロのガイドになる事が出来る。
 「オンパク」のみだと範囲が狭くなるが、ここで実績を上げれば湯川温泉のホテルとの連携も出来るし、MY WEBサイトで個人顧客のガイドも出来る。
 1つの事をやれば色々な道が開けてくる。団体ガイドの際、自分で作ったCDの販売も可能になるなどどんどん道は開けてくる。
 まあ審査に通った後の事になるのだが。

 市役所の打ち合わせを終えて、帰宅途中に弘前のT子さんから函館の2デイマーチに参加するのでメンバーを泊めて欲しいとの電話が入った。
 当日は空いているのでOKをした。彼女とは青森を旅行中、山に登ると言う女子のみのグループに参加させて頂いた。
 私も馬力はあるほうだが、彼女も凄い馬力で私も負けそうになったくらいだ。
 その後八甲田ウィークでも会っている。同年代なのだがアクテブな女性だ。

 今日は1人なのだ。妻は妹と新しく出来たホテルが超割引なので2人で宿泊だ。
 夕食はのんびりと肉を焼いてサニーレタスにくるんで、飲みながら食べる。
 ファイターズが苦戦。頑張れ!!
■ 5月25日(日) ■ 娘一家帰札・板金・恵山

初めて抱いた!

100円になったカジカ
 朝9時に娘一家が札幌に帰った。2月11日に出産前準備、出産、出産後と3ヶ月と14日も居たので、やはり帰るとなれば寂しいものがある。
 娘に長男を一回も抱いてないと言われ、恐る恐る初めて抱く、そして記念写真をしっかり撮られた。
 娘から世話になった御礼と電気炊飯器を贈られた。確かに我家の炊飯器はかなり年期が入ってきた。
 滞在中は瑞葵とはあちこち行ったので、楽しかった思い出が一杯ある。昨日もせめてもと2人っきりで、びっくりドンキーに食事に行って、118アイスも食べに行ったので、まあ最後も良かった。
 帰り際、瑞葵は残ってじぃじと遊ので残ろうと言ったら、パパ、ママ、ともくんと札幌に帰るとあっさり言われてしまった。

 その後板金の続きをやるが雨が降ってきたので中止にする。そこで雨の中車を走らせ、恵山ツツジ祭りに向かう。
 会場についたらかなりの雨が降っていた。それでもモンベルのレインウェアーを出して着たら、雨の中でも快適だ。
 でも100円ショップのレイン帽子は直ぐに雨が漏ったので使いものにならず捨ててしまった。

 会場では魚類が売っていたが、人も多くは無い。それでもねぼっけは売れてしまった。
 残ったのはタラ2kgで2000円。でも大きすぎるので余すなと思っていた。それにカジカが1匹残っていた。値段は750円だが、誰も買いそうに無い、しばらく様子を見ていたら、遂に100円の声が掛った。
 そこですかさず購入。カジカの味噌汁は美味しいので得したな。
 家に帰って温泉に行く。雨の日曜日なので混むとは思っていたが、花園温泉は超満員。
 やめてここなら大丈夫かなと言う、「湯多里」に行く。入ったら一人しか居ない。その人も出て行った、たった一人でのんびりと温泉を楽しむ。1期間入って、最後の露天風呂に入って出できたら、何と15人くらい居た。
 丁度良い時間に入ったものだ。満足して帰る。
■ 5月24日(土) ■ 板金塗装&瑞葵と食事

穴の開いた部分は鉄板をリベットで張る

その上にパテを塗って乾燥待ち
 今日も朝から板金塗装。大きく穴の開いた場所に鉄板を被せてそれをリベットで止める。これを4ヶ所行う。これで午前中は終了した。

 昼は瑞葵との約束で一緒に昼食に行く。行き先はびっくりドンキーだ。ここのハンバーグがお気に入りだ。
 家では何時も娘や妻に注意のされとおしなのだが、私と行く時は悪い事をするわけでもなくきちんとしている。
 そして大好きなハンバーグを完食した。その後函館牛乳の118アイスを食べに行く。ここのアイスも大好物だ。
 行った先で同年代の女の子がいて、一緒にしばらく遊ぶ。 
 この子は絶対物怖じしない。人が居れば中学生でも自分から進んで友達になってしまう。

 家に帰ってから再び板金。今度はパテを塗る作業だ。1時間くらいでパテ塗りを終えたので、乾燥するまで待つが、夕方になったので今日の作業は終了。又あすやろう。
 パテを平に研磨する作業は時間がかかる。
 明日は雨の予報もありどうなるか?
■ 5月23日(金) ■ 板金塗装

MAXは小部分のみだ

フレンディはボディに穴が開いてる

 軽のMAXのボンネットの先端に錆が出た。ボンネットを開けて見たら、袋になっているボンネットの先端は水が溜まり易い構造になっていて、そこに下から跳ね上がった水が入って溜まり、錆びの発生に至ったのだろう。これ以上錆びないように板金塗装をする事になった。
 塗装の剥離から始めたところ、近所の旦那さんが来て、手伝ってくれた。
 話しを聞くと昔板金の経験があるそうで、どんどん仕事を進めて行く。私が食事の合間にも、やってくれて昼までに最後の塗装を残すまでに完成した。

 昼から妻と瑞葵を乗せて妻の実家に送って行く。今日は畑をやるそうで、その間に私は元会社の人の家に行き。パソコンの指導をする。
 先日、所属する教会のHPをアメリカから里帰りの娘さんに立ち上げて貰ったそうで、プロのWEB開設の仕事をしているだけあって、すっきりした出来上がりになっていた。
 今日の依頼は画像処理の仕方で、30分くらいで終ってしまった。

 家に帰って再び板金。MAXは塗装を残して仮終了下のだが、15万キロ走っているボロ車のフレンディの錆び部分を直す作業も始める事になった。
 この作業は大変だ。錆をサンダーで取ると鉄板部分がボロボロで大きな穴が開いてしまう。
 小穴であれば銀テープで塞げばよいのだが、かなり大きな穴なので鉄板で塞ぐ事にする。
 適当な鉄板が無かったので、車のオイルが入っていた缶を切ってリベットで止める事にした。
 今日は型取りで終了した。相当大掛かりの工事になりそうだ。
■ 5月22日(木) ■ ゲストハウス取材
NO FHOTO  午前中は天気も良いので、MAXのボンネットの先端部分が錆びてきたので、板金塗装をするぞと張り切って始めたら、近所の旦那が来て話しが始まり、仕事は遅々として進まない。
 旦那は昔板金塗装をしていたので詳しい。その内に自ら板金作業をやり始めた。
 しかしさび止めを塗った所で、乾燥するまで工事は中断した。乾いたら始めようと思ったら、娘が車を使うからとなり、工事は出来ず完全に中断してしまった。
 午後から北海道新聞の取材を受ける。ゲストハウスが完成したら取材をするとなっていたが、ようやく出来たので今日取材に決まった。
 いつもの通り、始めたいきさつから、あれこれと話す。特に自転車の旅人を泊めているが、記者も大学時代に日本縦断をしているので、旅人の思いは良く分かるので、スムーズに取材は行われた。写真も20枚くらい撮っていただき取材は終了。
 
 取材の時、先日作った本を見せたら、こちらも凄く興味があると言って、最初はゲストハウスの取材は後回しにするか・・の雰囲気になったが、本は秋に取材して貰う事になった。
 秋にある大きなイベント要件と合わせて取材するとなった。

 今日はもう仕事は終了とばかり温泉にチャリを走らせる。強風で顔を上げれば砂が飛んで来て痛いのに、それも何時もの温泉よりかなり遠い花園温泉まで行く。
 温泉は空いててのんびり出来たが、帰りは向かい風だ。汗をかきながら家まで帰ったら、妻から何のため温泉に行ったの?車で行けば良いのに!と言われてしまった。
■ 5月21日(水) ■ 高校野球・・母校の応援

ずっと走り回っていた瑞葵
 全道大会の函館支部予選の決勝があると言うので、孫の瑞葵を連れてオーシャン球場に行く。
 途中のパン屋で瑞葵の好きな、パンを買い、スパーで飲み物を買って行く。
 歩いて40分くらいで球場の近くまで来たら「球場だ!」と今月ファイターズ戦を見たのでしっかり覚えていた。
 500円のチケットを買って入場。席は母校の函館工業高校側のスタンドにする。相手は函館商業高校だ、全校応援なのかスタンドは人で一杯。
 型やこちらは補欠の野球部部員と選手の父母、それにOBらしき人々と、野球部部員以外は30人位だ。
 試合はシーソーゲームになった。なかなか良い試合だ。結局は2対2で迎えた9回裏にランナー2塁からライト前ヒットでバックホーム。コーチャーは3塁で止めたが、バックホームの球をキャッチャーがはじきホームインとなり、サヨナラ勝ちになった。
 久ぶりで聞く母校の校歌が懐かしかった。
 「天にひばりのさえずりや〜地に若草の萌え出でて〜見よ函山の峰晴れて、理想のさとし仰ぐべし〜♪」
 北海道大会は優勝候補の駒大苫小牧校と1回戦で当たる。
 思い起こせば昭和38年に入学したときに野球部に入った。当時は強豪で野球部員は130名くらい居た。
 練習は厳しく、朝、昼のグランド整備から、夕方からは練習でファールボールを1個でも無くしては駄目なので夜遅くまで探した。グランドの回りは当時田んぼだったのでボール探しは大変だった。ファールの度に行けないので皆で球の落ちた場所を記憶していて、練習が終わってから探すのだ。
 そのため何時も帰るのは夜10時とかの遅い時間だった。帰れば皮ボールの糸が切れたやつを皮針で縫わなけえればならず。毎日毎日大変な日だった。
 部は甲子園に2度行った。私は補欠なので当然行けない。当時は選手も青函連絡船〜夜行列車で大阪に行った。補欠は当然連れて行かない。
 今は多くの人が応援に行く。時代も変わったものだ。我が母校野球部もそれ以来甲子園には行っていない。
■ 5月20日(火) ■ 本が完成!

完成した「土方歳三 蝦夷の道&箱館戦争物語」
 昨日の夜に本の糊付けが終わり朝まで乾燥しておいたので、糊はしっかり固まっていた。これに表紙を付けて遂に完成した。
 思えばこの本を作ろうと思ったのは1月の末だった。スキーで怪我して外には出られないし、家でやるのは執筆活動しかないと思った。
 その内に足の方が直ったら、又スキーに戻れば良いと思っていたが、足の方は治る事無く、3ヶ月半が過ぎた。
 そのお陰で? 執筆活動は進んだが、1日の執筆時間は12時間から18時間と長い時間パソコンに向かっていたので、ストレスは大変なものだった。
 今、完成してしまえば、そんな苦労も忘れてすっかり、本の出来た喜びに浸っている。
 本は400ページになった。何と厚い事か、何と重い事か、自分一人で地図の作成も行ったので、それにかかる時間は相当だった。
 パワーポイントとワードの相性が悪く、パワーポイントで作図してワードに貼り付けると、文字の位置がずれてしまい何度も修正を繰り返した。
 お陰でパワーポイントとワードの相性合わせはダントツに上手くなった。苦労した成果だ。
 本来はイラストレーターがあれば良いのだが、このソフトは高くて手が出ない。
 文字の微妙に合わない等あるが、これは仕方が無いだろう。兎に角やり遂げたと言う事が、無性に嬉しい。
 これからは、箱館戦争の関係はひとまず置いて、道に付いての詳細な調査を重点にさらに精度をあげていき、後世に残したい。今、やらなければ旧道は忘れ去られてしまうだろう。
■ 5月19日(月) ■ 本の製作
NO FHOTO  何と朝の1時に目が覚めた。仕方がない眠くなるまで仕事をするかとばかりパソコンに向かう。
 校正を終えた「土方歳三 蝦夷の道&箱館戦争物語=400ページ」の印刷とA4を半分に折る作業をする。
 時間が経つに連れて目が冴えてくる。全てを印刷したら、朝の5時になった。
 眠くなったのでここで寝る。ぐっすり寝て9時に目が覚めた。印刷した本を一通りチエックしたら、段のズレや文字がゴシックのところ明朝になっていたりと5ページを訂正し印刷する。
 
 後は製本なのだが、その前にゲストハウスの資材置き場を整理する。1時間ほどやったらかなり整理された。
 MTBも整備しようと後輪を回したら、何かおかしい。止めてタイヤに触ったら空気が入っていない。
 パンクだ! 直ぐに修理し完了。午後からは100円ショップにママチャリで出かける。
 最近はガソリンも高いのでもっぱらチャリで走る。チャリ好きにとってはこの上なく楽しい。車の乗る時間がかなり減った。
 家に帰ったら北海道新聞から電話があったのと、熊野古道の関係者?が来たそうだ。妻は名前も覚えて居ない。
 再び北海道新聞から電話があり、22日にゲストハウスの取材が決まる。
 色々な予定が入ってきて6月は前半はスケジュールが一杯になった。後半は秋田に旅に出るので6月はほぼ予定が一杯といったところだ。
 本の製本は明日に持ち越しになった。
■ 5月18日(日) ■ 恵山登山

恵山頂上

雲海が一杯に広がる

 どうも今まで足が思うままに動かないので、直るまでは何か活動する気持ちになれなかった。そんな事もあって、怪我以来山にも登っていない。しかしなかなか直らないのを何時までも直そうとしても無理がある。
 ここは100%元に戻らなくても良いから、やはり活動をしようと決めた。回復は70%か80%なのかは分からないが、歩ける事は歩けるんだから、その範囲内でやれば良いと決めた。
 早速好きな山の一つである恵山に向かった。函館は天気も良かったが恵山に近づいたら霧が出て来た。
 スニーカーでも問題のない山だが、登山靴に履き替え、今月の初めに旭川の秀岳荘で購入した長ストッキングに短パンという格好で登る。
 天気は快晴になり、日差しが暖かい。モンベルのストームクルーザーを脱ぎ半袖になる。
 恵山は岩や小石がごろごろある山なので、足元が安定しない。普通の足であればそんな事は全くない道なのだが、不安定な右足を抱えていては、浮き石にもよろめいてしまう。
 それでもどんどん高度は上がって行く。運動不足がたたって、心拍が上がって来る。はあはあぜいぜいの世界だ。まあそんなに急ぐこともないやと言い聞かせ、時々立ち止まって景色を堪能した。
 やがて頂上。写メールを送ろうとしたが圏外で送れず。のんびりお昼のおにぎりを食べる。
 久し振りの山は最高に気持ちが良い。はるか下には雲海が一杯で、何も見えない真っ白な世界が広がっている。
 下りは快調に一気に下り、恵山温泉に直行する。少し熱めの湯に入ると一気に体が緩み、適度な疲労感と温泉の暖かさで良い気持ちになってきた。
 上がってテレビを見たら同点だった日ハムが4対2で勝っている。冷たいジュースを飲みながらの観戦だ。
 怪我以来初めての登山は気分が良かった。足の回復が無くても、これから現状に合った形で何とか登り続けよう。
■ 5月17日(土) ■ 五稜郭際

碑の供養祭

日野市から来た女性
 今日は五稜郭際のイベントのうち、碑を回って慰霊する行事があるので行ってみた。
 碧血費、土方歳三最後の地碑、亀田八幡宮、中島三郎之助碑を回る。
 私はママチャリなので、遠くは遠慮して土方歳三最後の地碑で待つ。昨年はNHKで土方歳三を演じた山本耕史が来たので250名くらいの人が集まった(殆ど女性)が、今年はさすがに少なく30名くらいしか人が居なかったので寂しい限りだ。
 この後は亀田八幡宮だ、ここで箱館戦争の降伏を決めたと言われている。旧社殿の壁には弾痕も残っている。
 土方最後の地碑からのバスは無く、歩く女性もいるが、歩きでは間に合わないだろう。
 チャリで着いたがもう式は始まっていた。写真だけを撮って買い物に行く。
 もう暖かくなる兆しが見えたので短パンを新調しようとユニクロに行き、2枚をゲットする。

 この後、五稜郭タワーで行われた「全国土方歳三コンテスト」を見に行く。
 ここは盛況で後ろからは見えないほどだった。土方演ずるのは函館以外の人が多かった。土方に思いを持っている人たちの1分30秒の演技は結構楽しめた。
 女性も数人出ていたが、函館某大学の演劇部部長の立ち回りは迫力があった。
 後は東京都日野市から来た女性も、背が高く、演技も居合い抜きをやっているそうでなかなかのものだった。
 女性の方が迫力があったように思った。男性は殆どが大人しかったのが気になる。
■ 5月16日(金) ■ 天気快晴MTBで40km

戸切地陣屋弾薬庫跡

上磯は古い建築物が残る
 久し振りに暖かく快晴の天気なので、自転車で出かけようと今年初めてMTBを出す。
 今までまだ右足が回復していないので、ママチャリで近くを乗っていたが、まだまだ治りそうもないので・・と言うか100%治ると思って、治ったら目一杯走ろうと思っていたが、100%は治る事は無いので、今の範囲で出来る事をやれば良いと考えるようになった。
 久し振りのMTBは天気も良かったので楽しい。平地ではそれ程力も要らないので、足首の踏ん張りは利かないものの、まあスムースに走れるが、陸橋の登りになるとさすがにきつい。
 左足に力を入れ、右足は引く程度で何とか登った。
 やがて戸切陣屋に来た。ここの登りは急坂だ。怪我の前なら難なく登れる坂も途中で降りて押して登る。
 陣屋はひっそりして人一人いない。洋式の陣屋としては日本最初の陣屋だが、箱館戦争では大鳥隊の進攻に、戦わないで陣屋に火を放って敗走した。
 槍や刀の戦いではこの大きな外堀と土塁は効果があったのだろうが、銃器の戦いでは装備の全く劣る松前藩は敵わなかった。
 陣屋の後弾薬庫を見に行く。先日発見した天狗岳の弾薬庫との共通点を探るためだ。
 しかし平地に作った弾薬庫と山に自然の地形を利用して作った弾薬庫とは構造が少し異なっていた。
 見終わって上磯に戻り、スーパーで弁当を買い、近くの公園で昼食。燦々と降り注ぐ太陽の下での食事は美味しい。
 
 函館に戻り中島廉売に行く。今日も中島三郎之助の祭りがあり、卵1パック50円なので、妻から買ってくるよう言われていた。200パック限定なので、並んでいる人の数を数えたら120人位でこれならOKと思っていたが、しばらくして掛りの人は、この場所は100パックで、他の場所で100パックを売ると言う。
 これでは変えない。後ろの人が別な場所に移動した。私も行ったが既にこちらも100名は越えている。
 諦めて帰る事にする。でも2ヶ所でやると何処にも書いていないぞ!
 
 家に帰って温泉に行き、帰って来たらMAXが修理を終えていた。整備工場に入って昨日に続き話になる。
 整備に来ていた女性も中に入り3人で夜7時まで話してしまった。
 その後ゲストハウスを見たいと言うので案内してから家に帰る。家族はとうに食事を終えていた。
 テレビは日ハムをやっていた。3回で4対0と今日は安心の展開だった。結局10対3で3連勝。
■ 5月15日(木) ■ GH小改造&中島三郎之助祭り

祭壇もあり、僧侶も来ていた
 今日も寒く、何か気合が入らない。それでもゲストハウスの玄関周りを改造して昼になる。
 午後からは中島三郎之助祭りがあるので行って見る。中島三郎の助は箱館戦争の終盤で、千代ヶ岡陣屋に、負傷していたのだが、新政府軍の箱館総攻撃で攻められ、大砲にあるだけの弾を詰め込み、進入してくる新政府軍に目がけ発砲。
 その後も戦うが切られてしまう。2人の子供も果敢に戦ったが勝ち目は無く、互いに差し合い亡くなってしまう。
 その中島三郎之助の名前を取って、中島町が出来た。祭りは初日とあって何か盛り上がりに欠け、人出も少なかった。
 土日には少しは盛り上がるのだろうか?
 
 五所川原から案内が来て、恒例の40kmウォーキングを今年もやると言う案内が来た。
 足の方はまだしっかり歩ける状況に無いが、何とか10kmでも歩いてその後は電車かバスでゴールに向かおう。
 その後は、少しづつ歩くか電車も活用して秋田まで行こう。昨年熊野古道走破の後、秋田で大雪になり自転車を置いてきている。これを取りに行かなくては・・・。

 夜はファイターズが連夜の逆転サヨナラで一気に盛り上がった。
■ 5月14日(水) ■ 寒い日は温泉・・車検終了
NO FHOTO  随分寒い日だ。朝から何をするか考えていたが、寒くて何もする気になれずに居た。
 今日は車を車検に入れるので持って行く。と言っても歩いて1分くらいのすぐ向かいだからあっと言う間に終わってしまう。
 帰って資料などを整理していたが、あっと言う間に昼になり、食事をしてまたぶらぶら。困ったもんだ。
 妻が温泉でも行ったらと言うので、それも良いかと谷地頭温泉に行く。
 今日は雨のせいか老人に人気のある温泉も人が少ない。雨で外出を渋っているんだろう。
 のんびり入って、帰りに家電ショップに寄り、印刷インクと用紙を購入。
 何しろ行く度に500円の割引券をくれるので、消耗品を買うのには便利なのだ。2000円購入しても500円割引になり、そしてまた500円の割引券をくれる。
 これって結構特典ではないかな。
 家に帰ったら、車検に出した車が修理工場の前にあったので、取りに行く。
 事務所に居た奥さんと話す。「熊野古道」の私の記事を見ていたようである。話は旅の話になり延々と話す。彼女も一人旅をしていたし、ヒッチハイクをしている人を乗せたりと旅には関係が深い。電話が来ても、後でかけるからと、話は更に続く。
 本当に旅が好きなんだな。結局1時間話して家に帰る。
 夜は日ハムが逆転さよならと最高の試合だった。
■ 5月13日(火) ■ 山菜採り&来客

今日の夕食
 朝から今日来る来客にプレゼントする本を2冊製作する。「土方歳三蝦夷の道バックキング」の旅日記の本だ。
 今日来る女性2人も、旅の途中で1日一緒に歩いてくれたので、是非読んで欲しかったので、本を渡したかった。
 その後妻を病院に送り迎え。家に帰ったら、昨日身欠きニシンを買ったので、蕗を採ってきて欲しいと言うことになった。ついでにウドや行者ニンニクも採って来るように言われ出発する。
 行き先は川汲だ。まずはウドを20本ばかし採る。行者ニンニクも伸びてはいるがまだおひたしには出来る。
 そして蕗も採って3点セットが揃った。蕗は身欠きニシンと一緒に煮込む。あの硬い身欠きにしんが適度な硬さになって美味しい。これの相棒はやはり蕗が一番だ。
 ウドは先端部分を天婦羅にする。行者ニンニクは焼き肉の相棒かおひたしだが。今日はおひたしかな。

 15時に約束通り、2人の女性が来る。2人はどちらかと言えば山仲間だ。一緒に登ったのはまだ数える程しか無いが、気の会う仲間達だ。
 ゲストハウスでコーヒーを飲みながら(私は酒だった)、話しをする。普段から活動している人なので話題は沢山あって話しが尽きない。
 ゲストハウスもすっかり気に入って貰えた。バックにジャズが流れる雰囲気の中、話すのは楽しい。
 もっともっと話したかったがあっと言う間に2時間が過ぎてしまった。楽しい時間は早く過ぎる。

 夜食はウドの天婦羅、行者ニンニクの卵和え、身欠きニシンと蕗&昆布の煮付けになった。
■ 5月12日(月) ■ 車検だ!

人を憎まず・・月光仮面だ!
 ボンゴフレンディも車検が近づいた。近くの修理工場に行って予約を入れたら14日に決まった。
 車は妻の実家の桔梗に置いてある。車を取りに行かなければならない。
 MAXで行って交換しようと思っていたら、娘が長男の定期検診で使うと言う。そこでチャリで行こうと思って用意していた。
 そこに瑞葵が来て「じぃじ何処行くの?」「車を取りに行くんだよ」「瑞葵も行く!!」え〜行くの?
 瑞葵が行くなら歩いて行くしかない。バスセンターか函館駅になる。本当に頑張って歩けるの?「歩く!」
 瑞葵と一緒に出かける。天気が良いので少し歩けば汗ばんでくる。やがてバスセンター付近まで来た。
 「瑞葵 バスと電車とどっちにする?」「電車にする」「だったら函館駅まで歩くけど大丈夫?」「歩ける」
と再び駅に向けて歩く。ようやく着いた。ソフトクリームを買ってやろうと、店に入ったら看板はあるものの売って居ない。
 仕方が無くカルピスウォーターにする。切符を買ってホームに入る。電車は既に入っていたので直ぐに乗る。
 2人掛けシートに座る。やがて電車は出発した。瑞葵は唄う。「汽車汽車しゅっぽしゅっぽ・・・」結構大きな声で歌うがまあ良いかと歌わしたがご機嫌だ。
 3回歌って桔梗に到着。再び歩いて実家へ到着。車で家に戻るが途中で寝てしまった。
 歩き疲れたのだろう。これで今日一日は終わってしまった。夜遅くじぃじの枕元に来る。妻と娘に叱られて、行き場が無くやって来た。少し遊んで戻る。最近は要領が良くなった。
■ 5月11日(日) ■ 日ハムようやく勝利
NO FHOTO  今日も日ハムの試合。朝の10時には前日確保した場所のシートチエックが行われる。シートを張った場所に居ないとはがされてしまう。
 昨日は私が行ったので、今日は妻の妹家が担当なので、のんびりしていたら、適当なバスが無く間に合わないと言う。そこで急遽私が行く事になった。
 チャリに荷物を積み、食料飲み物を買って、何とか10時前には到着した。
 やがて開場も近くなりシートを撤去して、立って並んでいたら打撃練習ボールが飛んできた。前に居たおばさんのお尻に当たってぽとりと落ちた。
 拾ったが、お尻に当たったおばさんにあげた。おばさんはFIGHTERSと書かれた汚れたボールが気に入って喜んでいた。昨日も拾って瑞葵が持っているのでそれで十分だ。
 中に入ったが兎に角寒い。予報は11度なのだが、実際は10度を切っているのでは無いだろうか。
 皆防寒具と毛布に包まっている。私も昨日よりは着こんだ。この寒さでビール売りは不調のようだ。全く売れないと嘆いていた。こんな時熱燗でも出せば買うのに・・・。
 試合が始まると、瑞葵が昨日と同じ様に「じぃじ、回りは皆立っているよ」と言われ今日は肩車をする。
 応援にあわせて上下動をしてやればおおはしゃぎだ。すると「じぃじ もっと早く!」と手厳しい。
 そんな繰り返しが8回まで続く。所が9回の攻撃になって寝てしまった。肩車は必要ないが帰りは大変だ。
 勝利の余韻に酔う暇も無く、瑞葵を抱いて球場外に出る。寝てる子供は重い。
 外に出て妻と交替し、妻と瑞葵はタクシーで帰る事にした。体中疲労感で一杯だったが、18kgを背負って8回まで持った体力に少しは安心した。
■ 5月10日(土) ■ 日ハム函館戦初戦

大好きなBBと記念撮影
 急に寒くなり朝の気温は2度と寒い。今日は日ハム対ソフトバンクの函館戦の初戦だ。
 酒・つまみ・弁当などを仕入れて会場に向かう。席取りは昨日下のでその場所に並ぶだけ。開場を待つ間も皆毛布に包まったりしている。確かに寒いのだ。
 私は日本酒を飲んで体を中から暖める。開場の少し前に妻の妹が来て、それから少しして妻と孫の瑞葵が来た。
 瑞葵は年間パスポートを持っているので無料だ。場所は良い所をすぐに取れた。
 それから試合開始までひたすら飲む。日本酒3合が空けられた。
 やがて試合が始まる。直ぐにエラーからみで1点を取られたがまだ回が早いので安心して見ていた。
 攻撃の際は外野席は立って応援する。初回から2回までは瑞葵を抱いて応援していたが、瑞葵はもう18kgもある。だんだん腕が疲れてきた。
 3回目くらいからサボって抱かずにいると、瑞葵に「じぃじ回りはみんな立っているよ」と言われる。仕方が無くだっこする。
 それが毎回言われる。腕はかなり疲れる。ママチャリ以上の重量をずっと持って応援してるのだ!
 試合は藤井が好投して三振12を奪ったが、打線がここ一つにヒットが出ず、1対0で敗退。藤井は可哀想だったな。
 帰りに明日の席取りをして帰る。明日は勝ってくれ!
■ 5月9日(金) ■ 花見?
NO FHOTO  朝4時半から5時にはゲストハウスを出ると言っていたので、4時に起きて外を見たら自転車が正常に立っていたので車輪は直ったので良かったなと思っていた。
 家を出るときはドアの音もするので直ぐに分かるだろうと思っていた。5時過ぎに玄関から覗いたら自転車が無くなっている。
 え〜もう出発したんだ。全然音がしなかった。気を使って出て行ったのだろうか?
 GHに行って見ると囲炉裏にお金とメモが置いてあった。「宿代 代わりに置いてゆきます。いらぬ気づかいでしたら、いずれ貧乏学生が来たときにでも使ってあげて下さい・・・後略」と書かれていた。
 最初からただだよと言っていたのだが、自転車屋に連れて行ったりしたので気を使ったのだろう。
 GHの貯金箱に入れた。

 今日はぶんぽ研の花見。バスで大野に向かう。久し振りのバスだ。本町で降りて市の渡小学校へ行く。時間が近づいても誰も来ない。電話をしたら大野小学校の裏だった。
 結構な距離を歩いて汗ばんだ。20名くらい来ていた。それにしても風は強いし気温も低い。道北では雪になった。桜はすっかり葉桜になっていて、団子の方になった。
 それでもジンギスカンを沢山食べお酒も飲んですっかり気持ちが良くなった。
 今朝は風邪気味でどうしようかと思っていたが、すっかり調子が良くなった。へたな薬より効き目がある。
 帰りはSさんの車で送ってもらう。

 直ぐに明日のファイターズ対ソフトバンクの試合の場所取りに行く。昨年より少し前だった。シートをテープで張って、明日の午前10時までに来れば良い。
 明日は朝の気温が2度。日中が11度と今日より寒い。防寒をしっかりしなくては。
■ 5月8日(木) ■ 今年度初チャリダー
NO FHOTO  午前中は妻の通院で終ってしまった。当面毎日通院とか。
 家に帰ってきてチャリで町まで出かけたが、五稜郭でチャリダーを発見。
 コンビニに入ったチャリダーを見たら買い物では無いようだ。出て来たチャリダーと話す。
 ランドナーの後輪のスポークが折れてしまったそうで、自転車屋を探していた。
 少し遠いので家まで一緒に戻り、車輪を外して車で持って行く。結局は時間がかかるって事で置いてくる。

 神奈川の座間から来たMさんはサラリーマンでGWの後半を休んで仙台まで輪行して、札幌まで行き再び輪行して神奈川に帰る。
 サラリーマンは厳しいな。チャリに乗れないのでママチャリを貸してやる。
 五稜郭・函館山などを見て来るそうで、帰りは多分遅くなるので夜は付き合えないと伝えた。
 明日の朝も4時に出るそうだ。

 すっかり風邪気味。家中風邪を引いている。薬は飲んだが明日の花見はきつそうだな。
■ 5月7日(水) ■ 今日もゴミ捨て

桜が見どころだった

看護士が居るので便利だが。
 朝6時に起きて湯川温泉の「湯多里」で久し振りの朝風呂に入る。今日の温泉は熱かった。皆うなりながら入っていた。
 家に帰って娘の長男を病院の検診に連れて行くのだが、妻も同乗して、協会病院に行く。
 昨日の夜犬の毛を切ろうとして、両手を噛まれ、深い所は 肉が見えていたそうだ。途中で病院に降ろし、娘と長男を病院降ろし、診察の間に瑞葵と中野ダムに行く。
 ここしばらく来ていないのが、道はすっかり立派になっていた。
 ダム公園は桜が満開で宴会が2組やる準備をしていた。瑞葵は芝生の山に登ったりして楽しそうだった。
 でもお母さんから病院が終ったよとの電話が来てがっかりする。
 家に帰ってゲストハウスの後片付け。まずは燃えるゴミを軽に満載して近くの焼却場にもって行き、午後からは燃えないゴミをゴミ捨て場に持って行く。
 これで遂に一部屋開いてしまった。残った一部屋は私のホビールームにして、開いた部屋は内装を改造して何かにしよう。
 夕方汗をかいたので再び温泉に行き、のんびりする。体の節々が痛い。
 今まではこんなに疲れなかったのにやはり歳のせいか、足が痛くて運動をしていないせいなのか分からないが、兎に角疲れる。
■ 5月6日(火) ■ ゴミ捨て

バニラ食べたよ!
 ゲストハウスの改造も大掛かりな所は終ったので、廃材を捨てるための作業をする。午前中は燃えるゴミの処理。
 一般的には燃えるゴミの袋に入れて出せば良いのだが、袋の代金が高い。
 我家から車で1〜2分の所に焼却炉があるので持ち込むのだ。条件としては木の長さは50cm以内になる。そこで長い板や木を切った。これが結構な作業になるが、軽のMAXにびっしり積み込まれた。
 持ち込み検査は厳しく中身をチエックされるのだが、昼の時間に行けば簡単だ。中身のチエックはなし。中に入って捨てる場所でも係員は居ない。
 さっと捨てて終わり。これで254円と格安だ。

 昼食後は燃えないゴミを捨てに行く。この場所は少し遠く20分くらい架かる。
 軽の車1台で504円になった。これで大分捨てる事が出来た。後2回くらい捨てればもう1部屋開くので、そこを又活用したいな。どんな部屋にするか楽しみだ。
 ゴミ捨ての帰りに函館牛乳に行く。ここのソフトクリームは美味しい。今日は瑞葵も一緒に車に乗ってあるいたので、ご褒美だ。
 店に行く途中で眠くなり、寝たら家に帰ると言うと、目をしっかり開けて頑張る姿が可笑しい。
 それでも寝てしまった状態で店に着いた。人気店なのとGWなので凄い人だった。50人位並んでいた。
 待ってバニラソフトを2つ購入。食べてから芝生で遊んだり、牛と遊んだりと楽しむ。
■ 5月5日(月) ■ 50日祭&バイモユリ

庭に咲いたバイモユリ
 義弟の50日祭が執り行われた。やはり早いなと感じる。今日で葬儀としては終了となる。
 取り越しをしないで正式に行なったので、何度もやる事になったが、施主はきっちりやったと言う事で何かを感じていただろう。途中は施主と我々だけだったが、50日は沢山の人が駆けつけて賑やかになった。
 後は1年祭とか3年祭・・・50年祭まである。施主に俺は50年祭は出れないよと断っておいた。その時は114歳になる。
 
 祭りの後、問題が出た。施主の車で本州に行く時は乗せてくれるとなっていて、足が速く直らないかなと思っていたのだが、仕事の都合で茨城に3ヶ月居る事になり、明日出発すると言う事だった。
 これではいくら荷物の少ない私でも間に合わない。秋田行きは何で行くかな?
 歩きかフェリ−か、JRか何かを考えなくては・・・。

 妻の実家の庭にはバイモユリが咲いていた。このユリは本州にしか無く、北海道では松前にしかないと、松前の観察会で得意げに説明された。
 所が妻の実家に帰って、庭を見たらそのバイモユリがあるではないか。おばあちゃんに聞いても、多分おじいちゃんが何処からか持って来たんだろうと言うが、既に亡くなっているので真相は不明だ。
■ 5月4日(日) ■ 史跡写真撮影

弁天台場の石垣も流用され使われている
 校正も最後の史跡巡りの項になった。追加分と古い写真の更新に西部地区の撮影に行く。
 ママチャリに乗ってのんびり走る。天気は良いが風が強い。今は追い風で快走だが帰りはきついなと思いつつ、最初に南部坂を上がるが直ぐに登れず押して登る。ママチャリには無理な急坂だ。写真を撮り、次は実行寺に行く。
 ここには旧幕府軍の墓がある。実行寺の当時の僧侶は柳川熊吉と箱館総攻撃でやられた旧幕府軍の死体が町中に散らばって放置されていたのを埋葬したのだ、そのため新政府軍に捕らえられ、あわや打ち首になる寸前に助けられた。
 この実行寺には会津遊撃隊の諏訪常吉の墓がある。矢不来の戦いで砲弾を受けて、箱館病院に入院していたが、後に亡くなった。
 新政府軍が始めての和議の使者、池田次郎兵衛を諏訪常吉に送った。この際、見舞金20両を送っている。京都時代の旧知の仲だった。
 諏訪は重症で動けず、病院長の高松凌雲に依頼し、和議を受け入れるよう、榎本武揚に書簡を送る。
 しかし和議はこの時点では受け入れられなかった。
 次に御付台場のあったと思われる場所に行く。古い地図や書類には台場が出ていて、元の検疫所付近が台場だと推定しているのだが、因みにここの古い住所は台町だ。いかにも台場があったから付けられた感じがする。
 次に山背泊台場跡。ここも推定だが高龍寺向かいの真言寺の下が台場と思っている。当時の地図からこの辺りと考えている。御付台場が見え弁天台場も見える場所だ。
 他に沖の口跡の写真を撮る。帰り道の西波止場は駐車場に入れない車で溢れていた。
 そういえばゴールデンウィークだった。もうすっかり関心が無くなっている。毎日GWだ。
■ 5月3日(土) ■ 看板完成
 朝の1時から校正した原稿を元に訂正加える。名寄に行った際もホテルで朝の3時頃からやっていたので、この半月くらいは早朝は校正・修正。日が上がれば家の改造と忙しかった。
 朝ホテルで校正するときは、一緒に寝ている人の邪魔になるので、ヘッドランプを点けて作業していた。
 日が上がった朝の6時頃に一眠り。2時間も寝るとすっきりする。
 起きて今度はゲストハウスの改造。今日は昨日製作した「自遊旅」のロゴに色を塗り、くり抜いた部分の後ろに白い材料を貼り付け字を浮き上がらせる。
 午後1時には完了した。まあまあの出来栄えであろう。これで細部はまだ残るものの、大きな部分はほぼ終えた。
 
 少し家の材料置き場を片付ける。棚を付けたりして、整理を始めるがその内に、日ハムの試合になったので中止。
 試合は珍しく一方的な展開になったので、これでは負けないだろうと、再び整理整頓をする。
 不要な材料も一気に整理して、2部屋を物置に使っているので、一部屋に纏め、開いた部屋を改造して、もう一つ寝室を作ろう。
■ 5月2日(金) ■ 山菜採り&看板製作

失敗して3分割にした
 妻に約束通り山菜採りに行くぞと言ったら、娘が長男に会いに病院に行くので、瑞葵の面倒を見るので行けず。妹は倉庫の整理で腰を痛め行けずで、「あんた一人で行って」となり、川汲に車を走らせる。
 まずは千葉さんの家に行く。今年初めて会った。コーヒーをご馳走になり少し話す。
 先日埼玉のYさんと行った箱館戦争の見張り場跡へ行く斜面が急で登れなかったと話したら、どうも同じ尾根に出るのだが他に楽に登れる道があるそうだ。
 大体の場所を聞いて、空港に長男を迎えに行く千葉さんと別れる。
 言われた場所に行ってみたがはっきりしない。上に道があるような雰囲気の斜面を登ったら、土の下はコンクリートで滑って登れない。
 今度教えてくれると言っていたので次回にするか。この見張り場のあった場所付近に角材があるそうだ。
 これが見張り場の残材なのか?130年経過しても残っているものだろうか?でもこの上には他に建物が出来た形跡は無いのでそうかもしれない。

 道も見つからないので山菜採りにする。何時も渡る川に架かった丸太はやはり足に力が上手く入らず不安定なので、川をじゃぶじゃぶ渡る。
 千葉さんの土地の山菜の内ウドはまだ早かった。7本ばかり採って、残りはタラノメや行者にんにくを採って帰って来た。

 家に帰って看板作り。昨日は1枚の板に字をくり抜いてきて最後に板が割れてしまった。
 そこで生きていた文字の「遊」と「旅」を切り離した。更に「自」を余った場所に書いて切り抜き。3枚になった。当初1枚板に総ての文字を入れて看板にしようとしたが、3分割になってしまった。
 後は取り付け方法を上手く考えよう。

 昨日ゲストハウスに宿泊した娘の友達夫婦が、「土方歳三 蝦夷の道 バックパッキング」が欲しいと言う。旦那のお父さんが幕末が大好きなのでプレゼントしたいそうだが、パソコンは出来ないのでCDは駄目で、本は無いかと言う。最近そんな話しが多い。
 確かに本なら良いのだが、作るだけの資金は無いのでCDにした経緯がある。
 今校正している本は500ページになる。本なら良いのだが厳しい。
■ 5月1日(木) ■ 例会参加&看板製作失敗
NO FHOTO  今日は大野町の文化財保護研究会の例会。自転車で行くつもりだったのが、のんびり皆で話していたら時間がなくなり急いで車で出発。
 例会はいつも通り報告中心で行われたが、今後は見学会等を増やし、会報も投稿を入れたりして充実を図る事にした。
 帰りにインパクトドライバーと大きな板を買う。インパクトドライバーは、今使っているのがかなり痛み。ドリルの刃は先端から落ちるし、バッテリーもなかなか充電できなく、いらいらの日々が続いていた。
 ふと見たら高トルクの物が6900円で売っていた。思わず購入する。バッテリー2個と充電器付だ。
 板のほうは、家の玄関前に「自遊旅」の看板を作ろうと購入した。
 板に下書きの文字を書いて、ジグソーでくり抜いていくが、かなり出来たところで、板が割れてしまう。
 やはりジグソーは強烈過ぎるな。糸鋸があれば良いのだが・・。
 ショックで今日の仕事は中止にした。夕方娘の友達夫婦が東京から来たのでゲストハウスを使う事になり、宿泊もする事になった。

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