■ 9月30日(火) ■ はこだて未来大学制作DVD出演
No Fhoto  昨日の朝は、出るのが遅れて朝日が見れなかったので、今日は早く出たのだが、そんな時に限って太陽は雲の影に隠れて顔を出さない。
 ウォーク&ランと一通り終えて、帰って来てのんびりしていたら、待ち合わせの時間が近づいていた。

 今日ははこだて未来大学の鈴木教授と学生が制作している、観光DVDの撮影がある。
 昆布館で待ち合わせして、峠下に行く。ここは箱館戦争の初戦になった場所だ。
 
 カメラを設置して早速撮影に入る。一連の箱館戦争の初戦の話をする。2分にまとめて話してと言われていたので、大体2分と思って話したら、一発でOKが出た。
 その後も土方歳三の進攻状況や松前進攻を話して撮影は終了。
 出来たDVDはタクシー内に設置したDVDプレィヤーにセットされ、お客さんが観光の際、その場所の説明をDVDで聞く事が出来る。
 函館のタクシー会社の依頼で大学のシステム情報科学部が制作している。
 
 家に帰って、久しぶりに以前自転車のトレーニングで通った、練習コースに行く。
 アップダウンの多い坂で心拍が一気に上がるコースだ。かなり踏み込んで走る事が出来た。
 メタボ腹も少しは減ったのか、ぺたリング時に邪魔にならなくなった。
 断酒6日目。飲みたいと思わなくなってきた。
 OK!
■ 9月29日(月) ■ 走れた!

思わずのガッツポース
 朝のウォークは日の出を逃した。太陽は真っ赤に出たのだが、海岸に行った時にはもう上がってしまった。
 毎日、天気が良くて、波打ち際の砂浜海岸ウォークも快調だ。いつものように歩いて折り返し地点まで行く。
 そこで、そう言えば全く走っていないな・・。と頭をよぎった。ケガしてから歩くのもやっとで、走る事は全く頭になかった。
 最近は歩くのは、かなり状態が良くなった。そうだ!走ってみよう。
 恐る恐る、軽く走ってみた。砂浜なので強く蹴る事も出来ないので、マラソンの様にすり足っぽく走る。
 走れた! でもどのくらい持つのかなと思いつつ走っていたら、問題なく走れる。
 砂浜なのでスピードは出ないがその分、足全体には負担が大きい。
 汗が出る。久ぶりのランニングは嬉しかった。結局2.5kmを走れた。
 思わずガッツポーズが出た。

 夕方温泉に行って体重測定をしたら、4.5kg減っていた。目標の8kg減まで後、3.5kgだ。
■ 9月28日(日) ■ 3年ぶりの夫婦ウォーク

2人の影も長い

妻のバックショット

私のバックショット
 今日も朝から5kmを歩いて、しっかり汗をかき家に帰って軽めの食事。
 その後は、30日の観光DVD撮影の原稿を手直しして、午後からは日ハムの試合でテレビに釘づけになる。今日勝てば、明日はダルが投げるので、勝利は確実で大事な試合なのだが、最後はリリーフ陣が崩れて逆転負け・・・残念!

 試合が終わって、海岸ウォークに行く時、妻に行かない?と声を掛けたら、珍しく行くとなった。
 海岸の砂の上を歩きながら話したら、3年ぶりくらいでない?との事だった。

 私も最近は、全く一緒に歩いた記憶が無い。砂浜を歩くのは軟くて足には優しいのだが、結構あちこちの筋肉には負担がかかる。
 右足首は全く快調なのだが、他の筋肉にはかなり負担が掛かり良い運動になる。

 この時間東に向かって歩けば、2人の長い影が砂浜に投影される。
 帰りは夕日が前方の函館山に沈む。なかなか雰囲気のある光景が照らし出される。
 1時間歩いて、もう夕方6時になったので、近くにあった「ごはんや」で夕食。
 サツマイモの天婦羅とかけそばで、合計280円。これってかなり安くない?
 
 家に帰って体重を測ったら、食事後にも関わらず、4kg減になっていた。
 まだ断酒の効果は出ていない。10日くらい止めると一気に体重が落ちてくる筈だ。
■ 9月27日(土) ■ キノコ取り

今日のキノコ
 雨模様だったが、娘とキノコ採りに行く。函館は雨だったが、南茅部は晴れていた。
 いつもの場所に行ったが、テレビロケで2週間も間があいたので、かなり腐ったのが多くて、2回分食べるくらいしか採れなかった。

 帰り道、新しく出来たリサイクルショップ、セカンドステージに寄る。
 CDケース50円、テントの下に敷く防水シートに良いものが100円だったので2枚購入、電卓付きマウスパット300円、真空グラス2個300円。
 これだけ買った。
 他にチャイルドキャリアがあった。今、2号機の歩き用キャリアの開発を行っているが、良い構造になっているので興味があった。
 じっくり見たいので後日来よう。5000円だった。
 
 断酒3日目。珍しいな〜
■ 9月26日(金) ■ 10kmウォーク

オンパクガイドブックが出来た
 毎日5.2kmのコースをウォークしているが、今日は朝のウォークを止めて、車を10km離れた場所に置いてくるので、その帰りをウォークする事にした。
 五所川原では20km歩いたが、足が痛かったのでゆっくり歩いていた。
 今回は早足で歩く事にした。国道5号線の歩道を函館駅に向かって歩く。
 出だしは足に少し違和感があるのだが、少し歩くと痛みが消え快調になる。
 結局、桔梗と自宅間の10kmを2時間で歩いた。頑張ったつもりだがスピードは以外と出ていなかった。足首は痛く無かったが、他の筋肉が痙攣しそうになった。痛くはないのだがまだ右足をかばっているからなのかな?

 帰ってメールを見たら、湯川オンパクからメールが来ていたので、先日会議に出席出来なかったので、書類を取りに行く。
 オンパクガイドブックとポスターを貰って来た。ページをめくると私のガイドする内容が載っていた。
 そろそろ資料の用意をしなくては・・・。10月3日にはバスに乗って実際のコースを走り、時間を調べたり、バスの止まれる場所などのチエックをしなければならない。

 家に帰って未来大学と作る、観光ビデオのナレーションの原稿作成。

 夜は日ハムの試合。この西部・ロッテの4戦を全勝しなければ、3位に残れない。
 今日は西部に2対0で勝ったが、2位のオリックスが負けたので西武が優勝した。
 残り3試合に勝ってくれ!
■ 9月25日(木) ■ バスでの見学会

北海道で一番古い温泉の裏に湯倉神社があった。
 昨日、我が家で歩き四国お遍路に行く、妻の妹の激励会を行った。
 最後に明日は見送りに行くよと言ったが、何と予定が入っていた。
 大野文化財保護研究会のバス研修だった。申し訳ないと思いつつ、車で大野町に向かう。
 バスに乗って、木古内まで行き、咸臨丸の眠るサラキ岬に到着。「咸臨丸とサラキ岬に夢見る会」の関係者の説明を受ける。
でもここは何度も行っているので特に目新しい事も無かった。
 その後お寺行き、住職で事務局長のさんの説明を受ける。咸臨丸がどのような状況で沈没したのかを、天候や潮流のデーターを駆使して、予想したそうだ。

 箱館戦争の話もあった。木古内が本陣になったという書き物があったが、初めて知った。
 何が根拠なのかを知りたかった。でも資料はまだ調べ始めた所だと言うので質問しなかった。

 その後、知内の矢越岬に行った。矢越岬から知内まで箱館戦争当時の道があるはずなのだで、役場のガイドをした人に聞いたが知らなかった。やはり道はなかなか知ってる人が少ない。
 その後は、姥(乳母杉)を見る。根本に乳房の形をしたこぶがあるそうで、今まで2個あったのが1個になってしまったそうだ。
 昔この乳の出ない女性がここでお参りをしたら乳が出るようになったそうだ。

 さらに知内温泉の裏にある。湯倉神社に行く。こ
の神社の隣には隠れキリシタンの墓があった。
 昔知内はゴールドラッシュで沸いた。そこには隠れキリシタンが多数入っていたが、それが見つかり多数が処刑されている。

 最後は道の駅に寄って帰る。
■ 9月24日(水) ■ 小口君とカヌー

良い写真が撮れた
 今日は小口君が帰る日。帰る前にカヌーをやろうとなった。
 大沼のキャンプ場に行くが、強風が吹き荒れていた。これは大変となり、場所を変えて風の当らない所に移動して、カヌーを組立て小口君が漕ぎだす。
 カヌーは初めての経験だが、どんどん沖に出て行った。
 退屈な私は湖畔の周辺をうろついていたら、太鼓橋の上で景色をじっと見ていた中年の女の人が、下る時に足を滑らせて転ぶ所だったが、何とか持ち直した。
 それがきっかけで話しこんだ。昔、函館に住んでいたが、今は神戸に住んでいて、30年ぶりに函館を訪れ、大沼を散策していたのだ。
 話の上手な人で、すっかり打ち解け話した。景色が前より木々が多くなって、駒ケ岳が見にくくなったと言ったので、近くの良い場所に連れて行ったら、感激していた。
 そこでまた話す。その内小口君がカヌーから帰って来たので、今度は私が少し乗った。
 上がって来たら、まだ景色を見ていた。ここで別れて彼女は散策路を戻った。

 カヌーも終わり、函館空港に向かう。その前に昆布館で試食タイム、そしてラッキーピエロでジャンボバーガーの「函館山」に小口君が挑戦し完食。
 私は減量中なので? 小さなバーガー。

 その後は空港直行で、空港の前で別れる。
 「世界一周頑張ってください」「最後はカムチャッカになるのでまた北海道に来るの6年後に寄ります」と両手を握り合い別れる。
 本当に無事に世界を回って欲しい。この二日間は色々な話が出来て本当に楽しかった。
■ 9月23日(火) ■ テレビロケ6日目

雨の中撮影スタッフと記念撮影

恵山頂上での小口君
 朝6時に外に出たら小口君も起きていて外に出ていた。
 そこで一緒にウォークする事になった。2人で話しながらウォークすると楽しいので、あっという間にウォークが終わった。
 結構汗を流したので温泉に行く事になり、市営谷地頭温泉に行く。
 朝風呂をのんびり楽しんでいたら、雨が降ってきた。今日の天気予報は雨後快晴で、極端な予報だったが雨は的中した。
帰宅したら、、すぐに撮影スタッフが来た。打ち合わせの結果、雨の中を小口君が帰ると言うシーンを撮ることになった。
 雨中での別れのシーンを撮ってテレビロケの撮影は終了した。この5日間は撮影疲れもあったが、初めての経験は楽しくもあった。

 撮影も終わったので、恵山に行こうとなった。車で恵山に向かい登山をする。
 登山道は道の整備が行われていた。新しい丸太が付けられ格段に歩きやすくなった。
 足の具合も良く、快調に登れた。足を痛めてから1度登ったがその時とは雲泥の差で、今までの自分がかなり取り戻せた。

 頂上は風もなく、天気は快晴でこの上ない。かなりの時間頂上で話しこんで下山。

 帰りは飛ばした。足の具合が本物かを確かめたかった。階段も走るように飛ばしたので、足には衝撃が来るのだが、最後まで足が痛くなる事は無かった。
 大きな成果だった。これでかなり自信が付いた事は間違いなかった。

 この後、無料の水無海浜温泉に行こうと、車を走らせたが、温泉は満潮の海水で埋もれていて入る事は出来なかった。

 家に戻り小口君の自転車を発送して、夜はいつも通りの宴会が始まる。
 それにしても話は尽きない。
■ 9月22日(月) ■ テレビロケ5日目

妻とも会話が弾む

小口君との再会シーン

このカバーも世界を回る
 朝5時に起床していつものコースより長いコースをウォークする。
 21日のキャンプ場の朝にウォークしたが、右足に前傾をかけても痛みが無くなった。今まで前傾する度に痛くて、顔をしかめて歩いていたが、楽に歩ける様になった。
 そこで今朝は確認の意味を込めて5kmの距離を歩いた。以前と違い歩きが変わってきた。
 スムーズに歩けるようになった。心地よい汗がシャツを濡らす。
 1時間歩いて戻る。

 部屋に戻って着替えて外に出たら、小林さんが外に出て出発する所だった。
 フェリーの割引券をあげたが混んでなければいいが・・。
 又来たら寄ってと再会を約束する。

 午後から今日の撮影。1年前に日本一周の際、宿泊してくれた、小口君が函館を訪れると言うシーンだった。
 先に玄関で待っている映像を撮って、さらに小口君が来たら迎えるシーンを撮ってつなぐ。

 小口君はこれから世界一周の自転車旅に出る前に来て貰った。

 やって来た小口君はすっかり変わっていた。長かった髪も切って短髪になり、髭も無くなったので別人と間違えるほどだった。
 再会は本当に嬉しく、懐かしかった。テレビロケの事もすっかり忘れて真に再会を喜んだ。
 妻も本当に懐かしそうに話していた。ディレクターにもこのシーンはぐっときましたと言われた。

 ゲストハウスの中ではお酒を飲みながら話すシーンだったが、ここでもいつものゲストハウスでの会話が展開された。
 懐かしいので話が尽きない。それをカメラを意識しないで話す事が出来た。
 
 撮影が終わったと、さらに二人で飲む。これから世界に飛び立つ一人の若者の目は輝いていた。
 世界では中東などまだ危ない国はあるが、今は世界に旅立つと言う、期待の方が大きいと言う彼は前向きだった。
 世界120ヶ国を5〜7年かけて、10万キロを走る壮大な夢は今年11月にスタートする。
 
■ 9月21日(日) ■ テレビロケ4日目

ここにサンダルを捨ててあった

テントを畳む風景

インタビュー

足音さんと
 昨日の夜は近くに張ったテントの人達が遅くまで話していたのでうとうととして眠れなかった。
 朝は5時に目が覚めたが、8時30分の撮影には時間が十分にある。
 寝袋に入ったまま凄し、6時には起きた。テントのファスナーを開けて、外を見る。
 湖畔が朝もやの覆われている中を、カヌーをしている人がいた。以前朝もやの中でカヌーをしたことがあったが、なかなか幻想的な雰囲気で良いのだ。

 ふと、周りを見たら黄色のサンダルが片方しかない。あれ〜誰か片方持って行ったんだな。
 そう言えば朝方カラスが音をたてていたが、カラスが持っていったのかな。
 今流行りのクロッカスの軽いサンダルだから、持って行けたんだ?

 探さなくては・・。

 自転車でサンダル探し。でも林とかに持っていかれたら分からないなと思いつつ、まずは大沼の周遊道路を走る。
 しばらく走ったら、右側の歩道に黄色い物が見える。近づいて行ったらそれはサンダルだった。
 まさか見つかるとは思わなかったので嬉しかった。

 サンダルを持ち帰って、テントの下に隠し、ウォークに出かける。朝の清々しい空気の中で行うウォークは気持ちが良い。
 
 撮影スタッフがやってきた。
 まずはテントを畳むところの撮影。これは一回でOK。次にキャンプ場から、家に帰るシーンを撮影する。スタッフが用意したハイラックスサーフの後部窓を開けて、そこから撮影だ。
 大沼の周遊コースを走る。ずっとカメラを前にして走るので、目線を何処にして良いのか迷ってしまう。
 たまに左右の景色を見たりする。何か同じポーズだと駄目な気がして・・。

 最後は坂を登るシーンの撮影だ。ここでは途中からダンシングをして登る。
 これで撮影が終わった。後は帰って良いよとなった。少し走った所で2人が話していた。バックパッかーダ。そこに仲間入りした。
 歩いて日本縦断をしている2人で北と南に向かっていた2人がここで会ったのだった。
 1人はオ−ストラリア人で4月に沖縄を出て日本の中央部を北上して来た。
 名刺には足音と書いてあった。英語名を訳すとそうなるのだそうだ。
 バッグの後ろには小さな盆栽があった。ずっと持ち歩いているそうだ。

 もう一人は永井憲二さんで富山の人で66歳だ。彼と話したときキャリアの話が出て、自分は自作したが、世界を歩いている「ふみ」さんはベビージョガーというキャリアを使っていると言ったら、興味あるので調べてみるとメモした。
 荷物の重さはかなりの負担で年が増したら、やはりキャリアが良いなとなった。

 家に着いて妻が出迎えるシーンを撮る。普段はこんなシーンは無いのだが・・。
「寒く無かった?」という普段に無いやさしいお言葉・・「丁度良かったよ」と答える私。普段ないシーンではある。

 次に函館ガイドの話。オンパクのガイドに決まったので事前調査に行くという段取り。
 家の前からまずは土方歳三終焉の地の碑までカメラが撮り続ける。
 後ろから来た車は、皆何の撮影なんだといった感じで見て行く。町中なので見る人も多く、少し照れくさい。
 この後、高台に行き、函館戦争の話をするシーンを撮って、最後のエンディングのシーンは。人気の八幡坂を自転車で下るシーンで、カメラはバックショットでとらえる。

 撮影が終わって、小林さんと啄木小公園で待ち合わせ。2年前にゲストハウスに宿泊予定だったのが都合悪く出来ず、今回は車で北海道をカヌーや釣りをやって2ヶ月間回ってきた。
 昨年は自転車でニュージランドを縦断している。まだ59歳なのだが早期退職して旅している独身だ。
 楽しい話も終わった。今日一日は長かった。
■ 9月20日(土) ■ テレビロケ3日目

イカを購入するシーンの撮影

パッチワークをしている所の撮影

大沼キャンプ場
 今日は、函館名物のイカ売りが来たら、イカを買って朝食を食べると言うシーンの撮影だ。
 食事の最中にモモが泣き声をたてると困るので、一時避難として、車に中に置くことにした。
 娘がモモに首輪を付けて外に出て、車に乗せようとしたら、首輪が外れて逃げ出してしまった。
 こうなるとなかなか捕まらない。妻も出てきて何とか捕まえようとするが、捕まらない。
イカ売りもそろそろ来る時間で、ロケの場所にも行かなければならない。
 イカ売りの声が遠くから聞こえてきた。もう行かなくてはという時にモモがドアを開けていた車の中に入った。ほっとした。

 やがてイカ売りが来た。イガ〜イガ〜というアナウンスが流れた。
 撮影はこの後に止まる場所で行われる。イカ売りが次の場所にきた所に、妻が買いに来る。
 撮影は無事終わり、イカ刺しの料理を妻が作り、食べるシーンを撮影。

 このあと妻がパッチワークをやっているシーンを撮るが私は、次の撮影場所の東大沼のキャンプ場にチャリで向かう。
 天気は快晴で気持の良い走行だ。大沼公園の店でジンギスカンを買い。キャンプ場に入る前に、東大沼温泉に入りまったりする。この温泉はいつ来ても一人だ。

 キャンプ場近くの「ギャラリー美人妻」の売店で冷たいビールを買って横のテラスで飲む。

 4時にロケ隊がやって来て夕食のシーンを撮る。ビールを飲みながらジンギスカンを食べ、質問に答える。食べながらの話にも慣れてきた。

 撮影が終わった後は、一人でお酒を飲みながら、静かな大沼の湖水を眺めていた。
 4時から飲んでいたので、酔いも早い。7時頃には寝たのだが、夜中にトイレに置き、再び寝たが、珍しく朝の5時まで寝た。
■ 9月19日(金) ■ テレビロケ2日目

プロの照明で料理も美味しそう

料理を撮影

ビデオカメラに自遊旅のシールが・・
今日は自転車のメンテナンスのシーンを撮る。
「普段から自転車は整備されているんですか?」
「走った後などは必ず整備しています」
と言ってはっと気がついた。
今撮っているシーンは洗車シーンだ。先日24時間走った時の汚れを落としている。それって9月9日だよね。
今日は9月19日だ。10日もそのまま置いてるじゃないか?(赤面)

洗車してチェーンにオイルを塗り、シフトの調子を見る振りをする。
当初考えていた全て終わった。
「もう少しやってくれませんか?」
「え〜」 
仕方が無くブレーキのワイヤーを緩めておいて、再び締めるというやらせ撮影をした。

昼は妻と友人のランチシーン。これはどの様になったか全く分からない。
でもディレクターが後でそっと「豪華な食事でしたよ」と教えてくれた。資金不足で美味しい物を食べれなくても、体重増加気味の夫とリッチな食事をしても痩せてる妻。どうなっているんだ?

午後からは港での撮影。ここは釣り客が多い。注目の中? インタビュー開始。「支笏湖に家族で自転車で行きましたが ぼー〜・・・・」と船の汽笛が鳴る。再度インタビュー開始。
「体力不足を感じて ガタン・・・」何かが倒れた。
う〜ん何度も邪魔が入る。
喉が涸れてくる。

家族で夕食のシーン。
料理一品一品を撮影。料理の上にフィルターをかけその上から照明を当てる。綺麗だ!
料理が凄く美味しそうに見える。料理の配置も何度も何度も変えて、凄く繊細に撮るんだ。

もう食事をしても良いですよと言われ早速ビールを開ける。
そこに質問、
「旦那さんは発泡酒なのに奥さんはプレミアムを飲んでいますが、何故なんですか?」と質問。
すかさず妻が「量の違いです。私は350ml1缶と少ないが夫は量を多く飲むので・・」
う〜ん 先にやられた。

食事中会話をして下さいと言われたが、会話が出てこない静かな夕飯だ。親から食事中は話をしないで食べなさいと躾けられたから、正当な食事シーンなのだ。

天井から集音マイクが下がる。いつもは日ハムの試合をテレビで見ているので、料理について話す事は無い。
仕方が無い
「このじゃがいもは何と言うの」と聞いた。メークインとか男爵と来ると思ったら、「インカの香り」と言う。
何! そんな名前があるの? 次の言葉がもう出ない。
他のイモなら話が続いたのに・・・。

「料理は美味しいですか」
「料理上手なんで美味しいですね」
と言った時に口にしたのは、鮭のマリーネ。私は酸味が嫌いなのだ。
あわてて口直しに、鳥ハムを食べたらまた酸っぱい!
梅をまぶしてる!
 何故か嫌いな酸味の多い料理が出てる。

娘に・・こんなお父さんどう思いますか?
「好きな事やっているから良いんじゃないの」と見放したような言い方だ。

撮影終了。ビール1缶、日本酒3合くらい飲んだ。
■ 9月18日(木) ■ テレビロケ初日

まずは外観から撮影

内部もあちこち撮影

大森浜でのお酒を飲みながらのインタビュー
 今日から朝日テレビ(北海道はHTB)の「人生の楽園」のロケが開始された。
 13時半にロケ班一同がやってきた。ディレクター、カメラマン、音声、照明、AD、それに車の運転手さんと総勢6名だ。
 撮影は夫婦で自宅から出てきて、ゲストハウスに入るシーンから始まった。ゲストハウスの中で、色々な質問に応えるシーンが撮影された。
 居間で、掛かった費用や制作時のエピソードなどを交えて終了。
 その後には堀炬燵部屋で同じような質問を受けた。
 その後はゲストハウスの内部をカメラで撮影したが、微妙なカメラアングルや照明への細かな気遣いなどプロの制作現場を見せて貰った。

 夕方からは大森浜の漁火を見ながら夫婦でビールを飲むシーンを撮った。
 漁火がなかなか出なかったので待ち時間が多かった。船が出た事はスタッフが確認していた。何事も用意周到だ。
 時間が遅くなってようやく漁火が出始めた。それでも10隻くらいと少ない。燃料高騰の性なのかな。
 札幌から来ている娘も、取材風景をカメラに収めてくれた。
 撮影も苦労が多い。まずは大森浜の撮影場所の向かいでは、道路工事が行われていて、ショベルカーの音が入るので撮影待ちとなった。
 ディレクターから「も〜さん飲んでても良いよ」から「も〜さんもう空になるよ」になった。
 実写の時、ビールが無かったら大変なのだが。そこはも〜さん「まだ持って来てます」と取り出す。「あ!今度は酒だ」
 夜間撮影ではライトがまぶしいばかりに輝き、ソニーの業務用カメラを構え、スタッフが沢山いると、付近を通る人は何処のスターが来て撮影しているんだとばかりに覗き込む。
 でも見たらただの親父でがっかりして足早に帰るのだ。でも撮られている本人は一瞬スターになった気分だった。スターの気持ちが少し分かった。

 この夜間撮影は照明が強烈なので、虫がライトの周りにびっしり付く。
 この日は風も無く蒸し暑い日だったので、大量の蚊が集まった。短パンの私は足を沢山噛まれてしまった。

 撮影も終わり、車で送って貰い帰宅。スタッフはこれから函館山の夜景を撮影する。
 一般乗用車は登れないが、撮影スタッフの車は市の許可を受けているので、登れるのだ。
■ 9月17日(水) ■ 観光DVDに語り部で登場
NO FHOTO  昨日函館未来大学の鈴木教授から電話があり、箱館戦争関連で相談したい事があるとの電話での約束通り、10時過ぎに、制作会社の方と学生の方と3人でゲストハウスに訪れた。
 内容は現在、Hタクシーに依頼されて、観光客をタクシーで案内する際、車内でDVDを見て貰う計画があるそうで、その映像部分の制作をするそうだ。
 私の書いた「土方歳三 蝦夷の道&箱館戦争物語」の本を北斗市のOさんから見せて貰ったそうで、本の購入と観光DVDの語り部として出演して欲しいとのことだった。
 何ごとににも前向きな? 私は引き受けてしまった。撮影は25日に行われる。

 先日、来函した新選組の作家、釣洋一さんからお礼のメールとともに、今回は夏草が生えすぎて旧道を歩けなかったので、12月7日、歳三の歩いた日に合わせてもう一度挑戦したいと書いてあった。
 帰京してから出版社と、その打ち合わせをしたそうで、正式に決まれば、私が案内人として登場させたいと言っていた。
これから企画書を書いて出版社に正式提案するそうだ。これも楽しみだ。

 四国を歩いて野宿お遍路をしている、地平線会議野宿党のたかちゃんは今、17番観音寺近くの、栄タクシーの善根宿で13号台風の通過待ちをしているが、そんな中、別格の愛染寺に参拝に行ってくれた。
 この寺は足が良くなる事で評判の寺で、門の入り口の両側には高さ2〜3メートルもある、わらじが掲げられていた。中にも多数のわらじが奉納されているそうだ。
 期待に応えて早く足を直したい。

 明日からテレビ朝日のロケが始まるが、その中で私がパソコンをやっている場面のロケがある。
 散らかっていた部屋を掃除をした。1日中掃除して何とか格好は付いた。
 夕方に温泉に行く。今日まで敬老の日サービスで生ビールが250円で飲める。
■ 9月16日(火) ■ 暑い中、ペンキ塗り
NO FHOTO  今日も快晴の天気。昨日に引き続きペンキ塗り。木部の壁を塗って、鉄板部分の屋根を塗った。
 暑くて汗がひたたり落ちる。午後2時には作業を終えた。
 見栄えはボロ家には違いないが、少しは締まった感じになった。
 最近は高所作業はだんだん不得意になって来た。足がまだ安定感が無いのもあるが、高所不安感も出てきた。年を取るに連れて、だんだん高所は駄目になるんだろうな。
 終わった後は、温泉に行く。日中だけに空いていてのんびり入れた。
 テレビロケまで後3日になった。まだやる事は残っている。
 色々なシーンの写真を集めるのもまだ出来ていない。
 千歳時代の家族の写真は探しても無い。1枚くらい無かったかな?
 長男が写真嫌いなので、多分撮っていないな。五所川原時代の仕事の写真も無い。
 沢山撮ったつもりがなかなかないもんだ。あ〜時間が経つのは早い。
■ 9月15日(月) ■ ペンキ塗り

木が白くなっていたが綺麗になった
 朝早く起きて、森町まで走る。釣さんが冷蔵庫に入れておいたお土産を忘れて行ってしまったのだ。
宿伯場所は知っていたので、届ける事にした。
 早朝の道は天気も良く気持ちよく走れる。昨日かなりの量のお酒を飲んだのに二日酔いにはなっていなかった。
 ペンション小さな家の到着。家の方から入ったらご主人が出てきてペンションの食堂に案内される。
 そこで釣さんと再会。主人の夏坂さんに入れて貰ったコーヒーを飲みながら話す。
 夏坂さんは釣さんの小樽の高校の後輩になるそうだ。アルペンスキーの選手だった。そのお父さんと私は同じ七飯アルペンのチーム員だ。
 夏坂さんは私のHPも見ていた。夏坂さんの友人の坂口さんのHPに私の名前が出てきて、箱館戦争関連の記事も載っているので、釣さんを知っている関係から見ていたそうだ。
 世の中は本当に何かの縁でつながっている。

 家に戻って、昨日からまだ残っている荒澤のご主人としばらく話をする。

 その内徐々に皆が帰り始めた。星野さんが孫を連れて帰宅。荒澤夫妻も札幌に向かって帰る。
 娘の旦那も単独で札幌に向かって帰る。と言う事で娘と孫2人だけが残った。

 家の周囲の掃除と花を飾る木枠のペンキ塗りをやる。ゲストハウスの撮影だけかと思っていたが、住んでいる家も撮影すると言う。
 ロケスケジュールの中に家の前景撮影とあったので、我がボロ家が映る事になるので少しでも見栄え良くする事にした。
  
 完成後テレビで日ハムの試合を見る。3対0でダルビッシュが投げているのでもう安心と思い温泉に行く。温泉でテレビを見たら何とダルが打たれて4点も取られ4対3で負けていた。
回はあと1回。これはもう駄目だと悲壮感が温泉に漂う。先頭賢介フライで1アウト。う〜ん・・・。
 でも2番ひちょりが4球で出塁。稲葉がライト前ヒットで1、3塁。代走紺田が盗塁で2、3塁。
 頼みの信二が三振で2アウト。駄目かな・・・。
 最後はスレッジこれが何と高めのボール球をライト前にポテンヒット。
 2点入り逆転サヨナラだ! 興奮興奮で凄かった。
■ 9月14日(日) ■ 旧道案内&宴会

釣さんと記念撮影

レストラン津花館は満席の賑わいだった

元近所の仲間の大宴会
 朝7時に釣さんを乗せて、上ノ国の旧道に向かう。2時間弱で到着し、旧道に入る。夏草がかなり伸びていりのと蔦が多くて大変な状況になっていた。
上の方に出れば草も少なくなるだろうと、頑張ったが上の方も草が伸びて背の高さまである。
これでは無理とあきらめて、中間地点まで車で戻り、コースの途中から入る。
武田信弘がコシャマインと戦い1000.人切りしたという赤坂から旧道に入る。
こちらは遊歩道として一度整備したので歩きやすかった。
途中旅人が赤坂で足に付いたのを洗い流したと言う、足洗川を過ぎて上ノ国ガイダンスに到着。
ここからからさらに下り、武田信弘の館城跡の中を通り、北海道で一番古いお寺である上国寺に到着。
ここで森町役場の中西さんと合流する。

 3人で江差に向かいレストラン「津花館」に行く。ここで中西さんからニシンそばをご馳走になった。ニシンそばは京都が元祖で北海道には北前船で伝わった。
味の方も北海道の好みに合わせて、味が京都よりはかなり濃い目だ。

 釣さん、中西さんと別れて自宅に戻る。丁度戻った所に札幌から荒澤ご夫婦が到着した。
夕方には元の近所の仲間が集まり、子供を含めて11人の大宴会になった。
昔の仲間はいつ会っても楽しい。気兼ねなく話せるので楽しい。
学校のクラス会に近い感覚がある。
■ 9月13日(土) ■ 親戚の法事に参加

レトロなシャンデリア
 朝6時にゲストハウスを出て、新選組作家の釣洋一さんを川汲に案内する。
携帯、カメラ、ラジオだけ持参だったので、山に行きますよねと思わず聞いてしまった。
水も朝食もいらないと言う。
まずは川汲市街地からの旧道を案内する。ここは釣さんも来た事が無かった。大正道路に付いた古い道路標識があったのを非常に興味深く写真を撮っていた。
その後、土方歳三も通った川汲本道の入口に案内する。今は夏草がかなり伸びているので、歩くのは困難で、今回は入口のみの案内になった。
次に大正道路の台場山入口のゲートまで案内し、ここで別れる。
釣さんは大正道路を登って、台場山に行く。私は親戚の法事があって同行出来ない。

 家に帰って法事に行く。バスか電車かと迷ったが結局は車で行って私が飲まないとなった。
老舗店の五島軒に入るのは初めてだった。建物の壁や天井、更に装飾品に歴史を感じさせられる。
法要のあと、食事会が行われた。
故人が人と人を結ぶパイプ役になるとお坊さんが言っていたが、沢山の人が集まった。皆1年ぶりに会う人ばかりだ。

大人は顔見知りだが、子供の方は一同に会う機会が無いので、だんだん親戚が分からなくなるのが心配だ。

法事が終わって家に帰ったら釣さんも帰宅したばかりだった。やはり旧道の上は夏草で凄かったそうだ。しばらく旧道談義をした。
私の書いた道南の旧道の本は、何処にも無いだろうと話した。
彼は相当数の資料を収集していてそれを元に本を書いている。
東海道や中山道はあるのだが、道南を書いたのは日本にはないだろうと話されて嬉しかった。
今後さらに細部まで調べてより完成度を上げよう。

夕方娘夫婦がやってきた。孫の瑞葵、とも君と会うのも久しぶりだ。、
■ 9月12日(金) ■ ゲストハウス清掃
NO FHOTO  テレビのロケも後1週間と迫って来たので、今日はゲストハウスの清掃をする。
以前取り外したストーブを付けたり、貰った真空管ラジオをセットしたり、拭き掃除をしたりと、午前中かかりすっかり汗をかいた。

 テレビロケのスケジュール表も何度か変更を加え、今日は詳細スケジュールが送られてきた。かなり綿密な時間設定で驚いた。
 函館山も撮影許可を貰い入る事が出来るのだ。後はキャンプ場での撮影許可、レストランでの撮影許可など色々と大変なんだな。

 写真も必要で出会い時の写真などを用意するのだが、昔は白黒で画面も小さい。なかなか良いものが無いものだ。
 千歳時代のファミリー集合写真は出てこない。撮っていなかったかも。
 私の最初に勤務した時の写真はスマートで別人の様だ。誰か他の人の写真と間違えられるかな?

 午後に新選組作家の釣さんが八戸から特急でやってきた。駅まで迎えに行く。
 今回は東京を出て東北の新選組ゆかりの土地を歩き、函館入りした。
明日から函館近郊の土方歳三ゆかりの地を歩く。
■ 9月11日(木) ■ キノコ採り
NO FHOTO  24Hrランが終わって家に帰ったら、今日は葬儀があると言う。元近所の人で、15年前に引っ越したのだが、今回旦那さんが突然亡くなった。
急遽葬儀会場に行く。まだ67歳の若い命だった。

 家に帰って食事をして少し飲んだらもう眠く、ぐっすり寝れた。
体力も戻ったと思ったら「おとうさんキノコ採りに行くよ!」
 妹も誘って1週間ぶりに行ったのだがキノコは全くなかった。
雨が全く降って無かったのと、気温が高く推移していたためだろう。
他の場所もまだ全く生えていなかった・
それでもこの近くには温泉があるので、キノコが採れなくても十分満足出来る。
人が2〜3人しか入っていない温泉は貸切状態だ。のんびりゆったり入って24hrランの疲れをとる。

 帰りに、函館森林組合副組合長の土地に行ったらいたのでしばらく話をする。
 手作りのベンチから眼下に川汲川の流れる音が聞こえる。

 明日、新撰組作家の釣さんが来るよって言ったら、彼のファンで本も読んでいるので会いたいとなったが、副組合長も当日は組員研修会があって時間が取れず断念した。

 家に帰って、ビールを飲んだらまた眠くなり、7時頃には寝てしまった。まだまだ披露している。
■ 9月10日(水) ■ 24Hrランのゴール

300km達成

朝日が綺麗だった

24Hrで340km
2時31分、280km走る。いつもならぐっすり寝ている時間だ。こんな時間に走っている。
車も全く通らない。道の真ん中を走る。端の方は物が捨ててあって、それに乗ると転倒の恐れがある。
夜だから後ろから車がくればすぐ分かる。そうしたら端に寄る。

暗い道を延々と走る。周りは全く静かで、自転車のタイヤのシャーと言う音だけが、静かな空間に響く。

3寺50分。八雲大橋の上で300km達成。これで当初の目標は達成できた。

後は24Hrでどれだけ走れるかだ。ここにきて尻がかなり痛い。ずっと痛かったのだが、一層痛くなり、座るのも大変になってきた。

国道は長距離トラックが凄い勢いで走っている。歩道は走行効率が悪いので車道を走る。
でも長距離トラックは大きく離れて追い抜いてくれるので安心だ。

途中で夜が明けた。真っ赤な朝日が海の向こうから出てきた。綺麗だ! 駒ヶ岳もはっきりと見え朝日が山肌を照らしている。

赤井川で24時間になった。距離は340kmになった。随分走ったものだ。
でも函館はまだ遠い。あまりの遠い所が12時間地点になってしまった。

もう気合いが抜けた体と尻の痛みで、これからどうしようかと考えた。
妻も自転車を預かり、電車かバスで帰ったらと言う。でもまた取りに来るのは大変だし・・・。

結局痛みをこらえて、泣きそうになりながら何とか家まで辿り着いた。

シャワーに入ろうとレーパンを見たら血染めだった。これだもの痛いはずだ。かなり切れているのだが自分には見えない。

立て続けにビール2缶を開ける。美味い!!こんな美味いビールは無い!

その後はすぐにベッドイン。かなり寝れるだろうと思ったが、カーテンをしていなかったので西日がまともに当り、暑くて目が覚めた。

起きたら全身が筋肉痛と疲労が入り混じった状態で手すりにつかまりながらトイレに行った。
■ 9月9日(火) ■ 24Hrランのスタート

スタート前の写真

木古内で
日本海奥末橋からの海岸線
 一度目が覚めたのは1時。これはやばいな。頑張ってもう一度寝たら何とか5時まで寝れた。
体力的には十分寝た。
起きて自転車にバッグを付けたり準備をする。今回は必要最小限の物しか持たないので、かなり軽量だ。
妻は起きていないので食事を自分で作ってと言っても卵かけご飯とウィンナーの炒めだけだ。
早朝の気持の良い空気の中を出発。今日明日と快晴の天候が約束されている。
スタートは大野新道からだ。距離が少ないと困るので先に大野まで走って、その後国道278号線の北斗市(旧上磯町)に向かう。
自分としては300kmは未知の世界だ。今までの最高は187kmで秋田〜青森まで走った経験がある。でもそれは日本一周中で現役バリバリだった。
最近は足の怪我を理由にあまりチャレンジ的な事はやっていない。
そこで何かをしたかった。構想的には2年前から持っていた。
「距離は問題でない。如何に自分が満足出来るかだ」という助言もあり、最初から飛ばして途中で駄目だったら実力が無いと諦める。という結論に達した。

大野新道を飛ばす。風は向かい風だ。最初からスピードが上がらず嫌になる。
それでも時速20km/Hr位は出ていた。上磯からは海岸線を走る。函館山がくっきり見える。遠く津軽半島もまるで、すぐ側にあるようにはっきり見える。
 木古内に着いた。ここも時速20km/Hrくらいで走る。
木古内からは向かい風がかなり強くなり、体力が消耗する。エネルーギーinを補給する。
次の福島までは前半追い風だ。ここで一気に飛ばす。しかし後半はまたもや向かい風。湾を回っているので、風向きが変わりやすい。
途中で尻が痛くなった。サドルとの擦れだ。テ−ピングテープを3重に張る。
 福島峠も越えて松前に到着。96.1km走るのに5時間27分かかった。少しペースが落ちてきた。

 ここで昼食。コンビニで簡単な弁当を買って食べる。ここでテレビ朝日のディレクターから電話。
「ロケ前に体を壊さないで下さいよ!」と「こんなイベントをやるならロケの時にやって欲しかったな」とも言っていた。

松前からはアップダウンんが続く。16kmも走ったら右ひざに痛みが来た。やばいなと思いつつ、用意したインテゲルを塗る。筋肉・関節の痛み取りだ。
塗ったら効果てきめん。全く痛みが無くなった。

やがて汐吹漁港に着いた。ここで休憩。また右ひざが痛むので薬を塗る。

158km走り、江差に到着。ここでコンビニ弁当で夕食。30分の休憩で出発。江差を出てから急坂を登るガこれをクリヤーすれば、平坦な道が続く。しかし夜なので自転車用ライトではそれほど飛ばせない。
今回は2個のライトを取り付けた。近くを照らすものと遠くを照らすものだ。これは良い設定だった。かなりの広範囲に物が見えた。

寒さが急にやってきた。今回は気温がそれほど下がらないと言う予報の基に薄いウィンドブレーカーのみしか持って来ていない。

夜が更けてきて沖合には漁火が出てきたが、その数はかなり少ない。ぽつぽつと点在している。

夜も11時30分。236km走った。かなり寒い。特に下りはめちゃくちゃ寒い。震えながら走る。
耳が痛くなるほど風が冷たい。
■ 9月8日(月) ■ 24Hrランの準備
NO FHOTO  今年は何もチャレンジらしいものはやっていないなと気が付いた。
そこでMTBで24Hrを走るというチャレンジをする事にした。
スタートは明日の朝6時から7時の間として、何キロメートル走れるかチャレンジする。
目標は300kmだが、これはかなり難しいだろう。そんなに気負わないでやってみよう。
駄目だったらすぐにリタイヤする事にした。
コースは函館〜松前〜江差でここを往復する。
この準備で一日が終わった。ライトが少し不安だが無理はしないで走ろう。

 途中経過はブログに載せる予定。(あてにならないかな?)

http://blog.mousan.com/
■ 9月7日(日) ■ 函館に帰る

アンヌプリも霞んでる
 朝は意外とすっきり目が覚めた。朝食はおにぎりに味噌汁、めざし、それに食後にメロン。1個100円で売っていたそうだが美味しかった。
来年の再会を約束して別れる。車を函館に向けて走らせる。
途中豊浦を回って帰る途中、キャンプ場を見てきたら、キャンノプ場は夏だけ有料だったのが、今はすべて有料になってしまった。キャンプ場の駐車場で車中泊してもお金がかかるようになった。
NGOの団体が管理していた。私的には何処でも泊まれるので、それほど問題ではない。

制限時速通り走る全農のタンクローリーの後をのんびり付いて走る。
七飯町まできて、北海道88ヵ所霊場になっている、真言宗大宝寺にお参りをする。大宝寺は弘法大師四国88か所霊場で、四国にちなんで北海道の真言宗が北海道88ヵ所を制定した。
本堂行ったら休日のせいか鍵がかかっていた。住職さんに開けて貰いお参り。弘法大師像にもお参り。
9日に出発するTさんの歩き・野宿お遍路の安全と桔願を祈った。
■ 9月6日(土) ■ 朝2時起床

人気の五色温泉
 今日からニセコキャンプなのでパソコンは使えない。そこで朝2時に目を覚ました事をきっかけに、起きてパソコンに向かう。
 失敗した印刷の補充を行う。失敗したページの印刷なので一枚一枚印刷するので手間がかかる。
 それでも何とか印刷は終えた。今後折る作業と製本がある。
ニセコからはブログで・・・。出せるかな?
 http://blog.mousan.com/

土日の天候は雨だった。気分がいまひとつ乗らない。いつもなら早く出かけて山に登って、温泉に入り夜に宴会と言うパターンになるのだが、今回は10時出発となった。
久しぶりに国道5号線を走る。車の流れは順調で、速度も制限スピード少しプラスくらいでのんびり走って行く。長距離トラックなども速度は制限スピードを少しオーバーするくらいで走っている。
今年の北海道の交通事故死は昨年より、50人以上減少している。燃料高騰で車で出かけるのが減ったとの見方もあるが、交通安全意識も向上しているように思える。

倶知安の町に到着し、ここから山に入り五色温泉に向かう。ここも土曜日だと言うのに、車は少ない。
キャンプ場に着いたら、テントは4張りしかいない。北海道のキャンプはもうピークが過ぎた感じだ。

今回のキャンプは千歳、興部、江差からと函館の私の4人だ。年に1度だけ行われていて、今年で4回目になる。
私以外は現役の道の公務員で私にとっては珍しい仲間になる。
まだ誰も見当たらないので、五色温泉に行く。ビールを片手に露天風呂に行く。
良い気分で入っていたら、年配の男性に声をかけられる。ビールを飲んでいる私を見て「良い事しているな・・」
大阪から軽自動車で北海道を回っている72歳の人だった。
風呂で談義が始まった。話は多岐に及んで30分は続いた。

温泉を出てキャンプ場に行く。皆が集まってきた。そして夕食の準備。いつも3人が話し合って用意するので、私はいつも手ぶらだ。
炭を熾し、鉄板が載せられる。最初はサーロンインステーキ。安かったそうで1枚400円と言っていた。こんな肉を食べるのは久しく無い。やはり美味しい。
その他に次々と出てくる。
めざし、焼き鳥、イカの丸焼き、鶏のブロック丸焼き、お好み焼きと3人で食材を持ってくるので凄い量だ。
その中で美味しかったのはカチョコバロチーズだ。
チーズを切って鉄板に載せ、溶けてきたら食べる。何かモチモチ感があって美味しかった。

宴は夜中まで続き、11時過ぎに私とYさんが先に寝る。車に戻りブログを作成と思ったが、あれ!アドレスが入っていない。そうだ電話を換えてまだアドレスを登録していなかった。
仕方がない・・・爆睡。
■ 9月5日(金) ■ 忙しい一日
NO FHOTO  昨日の日ハムの試合が劇的なサヨナラ勝ちだったせいか、興奮したのか眠れず、朝まで浅い寝りだった。
天候も悪いのでウォークをさぼり朝からパソコンに向かう。オンパクガイドの原稿を書きながら、バックグランド印刷で「土方歳三蝦夷の道&箱館戦争」の本の増刷をしていた。
在庫が切れてさらに収める場所があるので、3部印刷した。製本は明日になるかな。
それにしてもインクの減るのが早い。1200ページだからそんなものか。

MTBのタイヤ交換をする。昨年の熊野古道の走破の際、新しいタイヤに交換して行ったのだが、余りの道の悪さなのか、後輪タイヤがスリック状態になっていて、サイドも切れそうになっていた。新しいタイヤと交換する。
その際、チューブを見たら、これもパンク寸前なので自転車ショップに行って購入してきた。
これで当分はOKだろう。

東日本フェリーが函館から大間間、函館から青森間、室蘭から青森間の撤退が決まった。
一番困るのは函館から大間だ。このルートは完全に行けなくなる。下北半島に行くには相当の苦労が必要になる。
函館から青森は道南フェリ−や青函フェリーの代替えがあるから心配ない。
高速船も売却になるが、どうせ値段が高くて乗れそうにないから、これも影響はない。
高速船が足を引っ張ったようだが、最初から集客の予想に無理があったように思われる。

明日からニセコキャンプ。天候は雨か?何か気分が乗らない。温泉でまったりするか?
■ 9月4日(木) ■ チャリで大野まで
NO FHOTO  天気も良いのでチャリで大野文化財保護研究会の例会に行く。
風は向かい風で1時間の走行になったが汗をかくのは気持ちが良い。
いつもの通りの例会を無事に終えて、旧大野町の忠魂碑を見学に行く。
小さな町でも200名を超える、戦没者がいる事に戦争の怖さをあらためて知る。
いかなる場合に於いても戦争は容認できない。

家に帰ったら喉が渇いたので、ビールを1缶開ける。心地よい疲れもあったので、眠くなり2時間の昼寝をする。私にとっては珍しい事だ。

起きて、北海道立図書館から依頼された自主制作本を発送したり、「世界に1冊だけの本展」に出す作品の準備や依頼された原稿を書いていたら夕方になってしまった。
夕方から日ハムの試合を見る。最近はダルビッシュガ投げた以外はストレスの溜まる試合が続いていたが、今日は誠のさよならヒットで久しぶりに気分爽快になった。
■ 9月3日(水) ■ キノコ狩り&温泉

結構な量の落葉キノコが採れた
 今日は何も予定が無かった。いつも通りウォークをして、途中で雨に降られ、自転車は室内のローラー台でで漕いで、汗びっしょり。
朝飯を食べながらどこかに行こうか?と話した。どこにするかな?
キノコはそろそろ出てない? これには妻も乗る。とにかく山菜採り大好きだ。その後に温泉に行く?
温泉も大好き。これで決まりだ!
妻の妹も家にいたので誘う。車を飛ばして川汲に行く。昨年も取った、落葉の林に入る。
私はあまり乗り気ではない。いつもの短パン半そでだ。
妻と妹はがっちり山菜採りスタイルになって松林に入る。
私は最初道路の周囲にある、シロイグチを採っていた。落葉キノコより味は落ちるが沢山ある。
しばらくたったが妻は中に入ったまま出てこない。妹は何度も中に入ったり、道に出てきたりしている。
退屈なので、少し中に入ろうと知った場所に入る。スタイルが短パンTシャツなので藪に入るのは大変だ。
でもその場所には予想通り、落葉キノコが沢山あった。少しの間にビニール袋一杯になった。
ここで私は終了。

 所が妻がどこに行ったか分からない。妹と二人で探すが最初はお〜いと叫んでも声も聞こえない。
何度も叫んでいるうちにかすかに声が聞こえた。
でもかなり遠い。相当中まで入り込んだんだ。
かすかに迷った道が分からないので、声を出し続けてと言われ何度も叫んだらだんだん近くなり、最終的には出てこられた。
かなり中に入り込んで道が分からなくなったそうだ。

収穫はほんの少し歩いて採った私がダントツに多かった。
いつもなら悔しがる妻も、今日は道に迷ったので収穫に関しては、あまりこだわっていなかった。

今後は例年通り、妻と妹がキノコ採りに行くだろう。私はそれほど熱中はしない。

キノコ採りの後は南茅部保養センターに行く。乳白色の温泉は疲れた体に心地よい。
十分のんびりして帰宅。
■ 9月2日(火) ■ 恵山まで76km激走?

久しぶりのヘルメッ

海岸で一休み
シーサイド「ケルプ」
店のおばちゃんと
 今日は快晴だ。朝5時半から3kmのウォーキングをして10kmの自転車のインターバルをこなした。
帰って右足をアイシングしてシャワーを浴びて朝の練習は終わる。
昨日、病院に行ったがレントゲンを見ても足は異常がない。多分アキレス腱の一部が切れているか、腱の周りの筋肉が損傷しているかも知れないと言う事だった。
それで手術といっても大変だから、このまま様子見となったが、積極的に直そうとする意志は見えなかった。そこでそれならトレーニングで鍛えようと考え実行し始めた。
これで治らないなら仕方がない。自転車でも100kmも走れるのだから良いだろうと考えた。でも走った後は足が腫れるんだけど・・・。

 今日も早朝にイカ売りが来た。新鮮なイカに満足した朝食を取り、のんびりしていたが、天気が良くなり快晴となった。そこで再びトレーニングに出かける事にした。
久しぶりにレーパンを履きヘルメットも被った。今までの旅人モードからレーサーモードになった。

 朝のトレーニング後なので足は重いが、走りだす。気合いを入れて海岸線の道を飛ばす。風はあいにくの向かい風で、スピードは出ない。足への負担もかなり多くなり筋肉がぴりぴりする。

 それでも2時30分で道の駅「なとわえさん」に到着した。さて昼御飯を食べようかなと思い、見たらいかにも手作りっぽい店「シーサイド ケルプ」があった。
 店の前のおばちゃんがにこにこしながら、タコ刺しを食べている。

 誘われるように店に行く。注文したのはタコごはんセット。タコを炊き込んだご飯と、ぶりの刺身、それに味噌汁だ。

 ご飯を食べながらおばちゃんと談義。おばちゃんは日本テレビのダーツの旅に出演していた。この店のタコがダーツで紹介され、東京まで行って出演している。
おばちゃんの話は楽しい。テレビに出て以来、各地から人がやってくるそうだ。先日もアントニオ猪木が来たそうだ。
私の足を見て、アントニオ猪木より凄いと褒めて?いた。

 帰りは快調だった。強い追い風が吹いている。スピードはぐんぐん上がり気分は最高。
途中私と同じスキークラブ「七飯アルペンラインアップ」のチーム員のYさんの店による。彼女は道南の女子第一人者なのだ。
丁度店にいて忙しそうだったので少し話す。彼女は2シーズン前に骨折しているがもうレースには復帰している。冬はまだ痛いそうだが、それでも出ている。
帰りにスポーツドリンクを貰って帰る。

家に帰ったらさすがにへとへとだった。温泉に行き冷水で全体アイシングをする。
地平線倶楽部のトライアスロンをしている女性から教わったのだが、運動の後は、温かい湯に入らずに先に冷水に入って体全体を冷やした方が良いそうだ。
地平線会議たかちゃんとの体重8kg減量対決をしている。
私は運動不足で8kg増、彼女は妊娠した際に、8kg増になった。
妻立ち会いのもとで、体重計測し早く8kg減になった方が褒美を貰える事にした。
私はただいま3.2kg減になった。
たかちゃんは9日からの四国野宿、歩き遍路で一気に挽回を図るようだ。

家に帰って、今日の野球はダルビッシュが投げるので見ていたが、疲れが出て半居眠り。1安打完封もはっきりせず、夢ここちの中に妻の声援だけがうっすら残っている。
■ 9月1日(月) ■ マナビット打ち合わせ
NO FHOTO 函館市教育委員会の生涯学習部からの依頼で、12月に行われる、まなびっとフェス2008の講師を依頼された。
今日は運営委員との初会合があった。内容は体験講座の講師の自己紹介と会場設定に関する打ち合わせだった。
私以外の講師は体験学習の講師で絵手紙・籠作り・人形制作などで、私はメイン会場で講演をする。
会場は100名募集人員に対しては十分なスペースがありOKだった。
プロジェクターも用意して貰えるのでパワーポイントでのプレゼンをする事にした。
講演時間は1時間45分。退屈しないように話せるかな?
タイトルは「土方歳三の歩いた道」幕末の旧道の話をする。

今日は蒸し暑い、チャリで帰ってきたら汗ばんでいる。そこで折角汗をかいたのだからと自転車トレーニングに行く。
最近心拍の上がる運動は少ないので今日は久しぶりに気合いを入れて走った。
全力で10kmを走ったら、汗は噴き出し、かなり足にもきたが、久しぶりに満足した。

シャワーを浴びてから整形外科に行く。足の具合は少しずつは良くなっているのだが、まだ歩くには不自由だ。そこで別な病院で診てもらう事にした。
レントゲンを撮って見て貰ったが、特に異常は無いと言う。もしかしてアキレス腱の一部が損傷しているか、付近の筋肉が損傷しているかも知れない。
アキレス腱は完全に切れている事は無いと言って、最初に行った病院に行って相談したら? となった。
でもそこに行っても湿布のみだから・・。
このままで我慢するしかないのかな?
時間がたてば少しでも良くなるかな?
憂鬱だ!

函館中央図書館に寄贈した本がどうなっているか調べたら載っていた。

函館中央図書館で「土方歳三蝦夷の道&箱館戦争物語」が見れます。

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