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12月31日(木) 熱も下がり登別へ
 昨夜は瑞葵の熱も39.7度まで上がり、妻も娘も徹夜に近い状態で、看病したようだ。娘は看護師なので、付いていれば、少しは安心はする。
 朝起きて、瑞葵の寝ている部屋に行ったら、かなり元気になっていた。熱は37.6度くらいまで下がった様だ。
 元気で食用もあるので、これなら早い内に移動した方が良いとなり、10時頃には登り別に向けて出発した。 今日は、雪の大荒れの天気になる予報だったが、雨になっていて、これなら車も走り易い。
 慌ただしく孫達は出発して行った。
 出発前に友瑛と瑞葵で記念撮影

 バイバイと屈託が無い瑞葵
1年前なら、ばぁちゃんと分かれる時は、行きたくないと泣いていたのだ、今はさらっとして、「バイバイ」と手を振って行ってしまう。1年で随分変るもんだ。
 今までなつかれていた妻としては、ひと末の寂しさはあるのだろう。それでも家に来た時は、必ずばちゃんと一緒に寝るので、まだ救われるか。
 孫達が居なくなった後の片づけは大変だ。今日は大晦日で、明日は元旦だが、喪中なので祝い事は一切なし。夫婦二人の静かな生活が戻ってきた。
 今日で今年のブログは終了。今年1年、読んでくれた人には、本当にお礼を申し上げます。つたない文章ですが、普通のありのままの生活や行動を書いています。
 また来年も懲りずに訪問して下さい。みなさんの来年のご多幸をお祈りしたします。

12月30日(水) 思わぬ事態発生
 熱でダウンの瑞葵
 今日は、娘夫婦と孫が我が家から、旦那の両親が待っている、登別に移動する日だった。
 朝、起きた娘に、触れたパパが、熱があると言った。直ぐに体温計で測ったら、38.8度もあり、これは大変だとなった。
 直ぐにパパが病院に受付に行ったら、待っている人が32人も居ると言う。そんなに混んで居る事に驚いた。
 今時の病院は進んでいて、診察の進み具合がインターンネットで、分かる仕組みになっている。携帯電話らも受付番号を入れれば見れるので、すごく便利だ。
 病院の待合室で、いつになるか分からない診察を、ながなが必要は無く、家で寝ながら待機して、後少しになったら行けば良い。
 友瑛は元気ででんぐり返し
 真っ直ぐ前に回転する
 出来た!
 瑞葵が病院に行っている間は、友瑛と遊ぶ。
 バランスボールで遊んだ後、いきなりでんぐり返しをした。
 あれ!これは出来ていたっけと思ったが、何度も何度も繰り返す。20回くらいはやっただろうか、すっかり疲れたのか、ぐっすり寝てしまった。
 病院から帰って来た娘に聞いたら、でんぐりがえしは、今までした事が無いと言う。
 また一つ新しい事を覚えたが、いきなり何故これをやろうとしたのか、子供は不思議だ。
 結局、瑞葵は流行性の風邪で、薬を貰って来た。
 熱は相変わらず下がらず、今日行く予定だった登別のじぃちゃん、ばぁちゃんもがっかりしただろう。
12月29日(火) 妻の早い誕生日&そり滑り
 ぽっきり折れた
 今度は厚手の物を付けた
 昨日、孫をキャリアに載せている時に、車軸が曲ってしまった。どうしたのかなと、家に帰ってから見たら、車軸を固定しているL字金具が、プレスで曲げた個所から折れていた。
 先日の旅から、2日使ったのだが、昨日が限界だったのだ。江差のゴール前に折れなくて良かった。
 40人もの歓迎の人が待っていたのに、ゴール出来なかったら恥ずかしかった。あ〜良かった。
 早速、厚手のL字金具に加工を加えて交換した。この様に、何度も改良を加えて、徐々に最終仕様になって来る。全てが良い経験になる。
 じぃじの別荘だぞ!
 今日は孫達を連れて、そり滑りに行く。行き先は私の別荘?だ。ここには広大や土地があり、そり滑りに適した坂もある。
 じぃじの別荘?
 が・・私に別荘がある筈が無い。先日の野宿した場所だ。ここには屋根付きの、立派な東屋がある。
 駐車場に車を入れて降りると、すぐそばが坂になっている。
 ママと3人で滑走
 友瑛も楽しそうだった
 きゃ〜と声を上げて乗り乗りだ
 早速そり滑り開始。まずはパパと瑞葵が滑る。なかなか楽しそうだ。友瑛も乗りたくてうずうずしている。
 乗せるとキャ〜と大声を上げて、乗り乗りで滑る。
 これを何度も繰り返す。ママも一緒に乗り、じぃじも一緒に乗り、ばぁばも一緒に乗り、楽しい笑い声が一杯に響く。いい加減疲れて来たので、そり滑りは終了。
 帰りに温泉に入る。冷えた身体に湯は熱くて、子供用の浴槽の隣の寝湯に浸かる。湯はつながっているので、温いのだ。じっくり入っていれば、汗がじわっと流れて来る。
 温泉から上がったら、30年ぶりに元の会社の仲間と、ばったり会った。同じ函館にいるので、会えると思うのだが意外と会わないものだ。少しの間話をして分かれる。先日の旅の新聞記事も読んだそうだ。
 2人でロウソクを消す
 家に帰って、妻の誕生日会をする。本来は来年の1月初めなのだが、娘たちも道東の釧路に住んでいるので、そうそう来る訳にはいかない。そこで今日する事になった。
 バースディケーキにロウソクを点灯し、みんなで♪はっぴ〜バースディ〜つゆ〜と歌って、妻と瑞葵が一緒にロウソクを消す。そしておめでとうの乾杯!
 家族って本当に良いものだ。
12月28日(月) 今日も孫と遊ぶ
 昨日の夜は、五稜郭で忘年会だった。夜に町に出るのは、本当に久しぶりだ。ネオンは眩しいくらい輝いているが、人通りはまばらだ。あちこちの店を覗いても、まだ時間が早いのかどうか、店には人が殆どいなかった。
 今回亡年会をやる店も、日曜日は定休日なのだが、団体が入れば開くそうだ。少しでも客がいれば、休みなどとは言っていられないのだろう。
 私の忘年会は年に、これ1回のみだ。元勤務していた、会社の人の集まりになる。
 今回は私の「土方歳三 蝦夷を歩く」が話題になった。他には釣り、園芸、株などそれぞれの近況を話して、誰れそれがどうしたとかの話しになる。
 亡くなった人もいるし、会社が倒産した人もいる。人生も後半になって来ると、体力や気力が減退して来る。 減退するのを少しでも押さえて、気持ち的に前向きに生きる、人生を送りたいものだ。
 私は今のところ、特に大きな問題は無いが、普段からの訓練も絶やさないで、何とか残りの人生を全うしたい。
 今日も、孫とキャリアで散歩をする。強風が吹いているが、友瑛は楽しそうに乗っている。お姉ちゃんの瑞葵は一緒に歩いて付いてくる。
 途中、突風で瑞葵が飛ばされて転倒。軽いから風に飛ばされる。海岸に行こうと思って、出かけたのだが、凄い波が護岸まで来ていて断念した。
 家に帰る途中、家の近くの会社のお姉さんが、キャリアに入っている友瑛を見て、「恰好良いね」とニコニコして行った。
 家に帰っても、抱っこしたり、抱きかかえて、スーパーマンをやったり、背中におぶって、足の屈伸をしたりするが、これって凄い筋肉強化になる。お陰で夜はぐっすり寝れる。
12月27日(日) 孫と遊んだり・・
 孫達一家が来ると狭い我が家は、居間にもベッドを持ち込んで寝床を確保している。起床は遅いので、朝早く居間には行けない。その分自室での執筆活動がはかどる。朝のコーヒーが飲めないので、明日からはキャンプ用のバーナーでコーヒーを沸かそう。
 みんなが起きた後に、居間に行くと友瑛が抱っこと、手を差し出す。ここから孫達との、長い一日が始まる。
 防水ボックスは丁度良い大きさだ。

 気持ちよく寝てしまった。
 家ばかりだと、退屈なので外に行く事にする。先日旅したキャリアは、冬の雪の上で、子供を乗せて歩くのに使うのも、有効だと考えている。
 それのテストを兼ねて、友瑛と出かける。先日旅した荷物入れボックスに友瑛を乗せて出発。
 先日降った雪が雨で溶けてクぐちゃぐちゃ状態になっている。
 こんな状態では、乳母車は絶対に無理だ。小さな車輪では、深い雪や荒れた雪の中を、押して歩くのは難しい。自作のキャリアは、大きなMTBのタイヤなので、簡単に押して歩ける。
 これは良いなと思いつつ、1kmばかり歩いたら、友瑛の首が倒れている。あれ〜と除いて見たら、もうぐっすりと寝ていた。
 キャリアに揺られて、気持ちが良くなったのだろう。砂浜の海岸を散歩する予定だったがが、帰る事にする。
  瑞葵は幼稚園なので活発になった
 友瑛の次は、瑞葵と雪の公園に行く。お姉ちゃんらしくなって、動きも活発になってきた。今の所は一緒に走ったり、ジャンプしたりは出来るが、いつまで一緒に出来るのかな。
 汗が出るくらい、走りまわり、今日の外での遊びは終わった。
 明日は終日雨だ。スケートリンクは、滑走不可になったそうで、明日は一日中、家で遊ぶしかないか。
12月26日(土) ユニクロでお買い物&孫が来る
 我が家では夫婦それぞれの小遣いで、衣類を買わなくてはならない。そんな事で、兎に角安い衣類を探して着ている。平均単価は1000円前後かも知れない。当然購入する店はホームセンターに頼っている。ここにはブランド品は無いので安い。
 デザイン的にはかなり物足りないが、ついつい価格の安さに負けてしまう。それでも最近は品質も向上しているのだ。
 先週の旅でも、赤外線の下着上下、防寒着上下、防寒防水手袋などを購入して、実際歩いた。
 赤外線下着は暖かいし、防寒上下は軽いし、防寒性もなかなかのもので、上衣等は暑くて着る機会が無かった程だ。
 手袋は防水性も良いし、暖かかった。下着上下、防寒着上下、手袋がそれぞれ980円という価格だ。こんなに安くて大丈夫と思うのだが、全く大丈夫なのだ。
 モンベルのストームクルーザーを持っているが、上下で3万円もする。買えるわけは無いので、貰らい物のなのだが・・。でもメーカー名とデザインを気にしないなら、ホームセンター品でも、仕様的には問題が無い。
 でも少しは、しゃれた物を着たい。年に1回それも12月に、家計費でユニクロで買おうかとなり、それぞれが1万円の予算で好きなものを買うのだ。
 それが今日だった。超軽量(270g)のダウン、ホットウォーマーパンツ、フリースのシャツを買った。久しぶりのメーカー品?だった。
 友瑛とピースッ
 夕方に釧路から娘夫婦が来た。孫の長女瑞葵と、長男友瑛も一緒だ。瑞葵はもう幼稚園なので、あまり相手にされないが、友瑛は何故か懐いてくれて、抱っこと手を出すと、必ず抱っこされる。ばあちゃんが同じくやっても抱っこされない。
 何故なのかは分からない。でも好かれて悪い感じはしない。今日から当分は、賑わいが戻る。
12月25日(金) 年末が近い・・掃除も・・
 紀行文執筆作業も、ようやく鷲ノ木〜五稜郭まで書いた。書いたと言って、も画像やマップなどを入れてはいないので、まずは文書のみを入力している。それも文書の中味は良くは見ていない。とにかく打ちこみ作業のみだ。
 この文書を打ちこんでから、文書の中味のチエックや訂正などの作業をする。
 そして今度は、紀行文以外のものを書いたり、張り付けたりする。旅の画像やマップ、装備内容、キャリアについてとか、諸々の項目が入って来る。さらに、あとがき、協力者、参考文献などなどを、書き込むので、そちらも随分時間が掛る。
 そんな事で、閉じこもり作業が延々と続き、ストレスが溜まって来る。そうすると息抜きで、外で何かしたくなる。
 でも26日には孫が釧路から来るので、執筆作業は後、1日くらいしか出来ない。
 しばらくは、孫の相手をしなくてはならない。
 長女の瑞葵は外で遊ぶ時は、じいちゃんとしか行かない。他の人は好んで外に出る人がいないからだ。子供はどんな時に、誰を選ぶかは良く心得ている。
 今は釧路の幼稚園にいるので、釧路らしくスケートをやっている。ようやく滑れる様になった様だ。私の家の近くの競輪場はスケートリンクがある。
 来たら、早速行く事になるだろう。スケートは何十年振りだろう。小さい時は得意だったが、今は滑れるのか? 全く想像出来ない。それでも子供には、絶対力を見せつけないとならない。
 スケートをしても、子供より下手に滑るわけにはいかない。子供に手をつないで貰って滑るのは、10年早い。  子供が尊敬できる、じいちゃんを目指すのだ。

 私の工作部門「自遊工房」の掃除をする。半畳くらいしか無いスペースだが、今年1年お世話になった。ここで色々なアイデア製品を製作している。
 でも、今年は今まで販売していた、スキーのチューンナップ台の製作が、十分に出来なかった。WEBサイトで完売としていたが、それでも注文が来て、予備に取っておいた物を販売してしまった。
 もうシーズンインしたので遅いし、紀行文も書かなくてはならないので無理な状況だ。
 昨日まで、廃材で散らばっていた、工作スペースもすっかり綺麗になった。来年も活用するぜ。
 ここでラジオを聞きながら物作りをしている時は本当に楽しい。
12月24日(木) コタツの天板が小さい
 豪華だ〜
 昨日は妹夫婦の家に呼ばれて、クリスマスをする事になった。今まで、一緒にやる事は殆どな無い。今までは子供たちが居たので、それぞれの家庭でやっていたが、今は夫婦のみが残ってしまったので、2人だけのクリスマスはいかにも寂しい。
 招待されて行ったが、豪華な食事だった。話しに花が咲いて、11時を過ぎて、家に帰ったら12時を回っていた。私にとっては、超遅い帰宅だ。直ぐに寝たが、起きる時間は同じ4時過ぎだった。
 今日は朝早くから、先日の旅でお世話になった方々への、礼状の作成をする。これが終わって、旅の紀行文の執筆をする。
 今回の旅は14日間有る。これを箱館戦争の出来事と、旅を重ねて書くので、相当な枚数になりそうだ。1ケ月位で完成させたいが、どうなる事やら。
 毎日、パソコンに向かい、閉じこもりになってしまうかな。6時間くらいキィを叩いて休憩。疲れる〜。
 簡単に出来た天板
 昨日コタツを作ったのは良いのだが、コタツカバーを載せた後、天板を載せたら小さい。当たり前なのだが、その時は気が付かなかった。
 子供たちが来て食事をする時は、長さが足りなくて、カバーが汚れそうだ。
 そこで急遽、天板を作る。と言ってもアルカリ塗装した、コンパネをカットして貰うだけだから、手間は掛らない。
 ホ−ムセンターに行くまでの道路は師走のせいか、車が混んでいるし、最悪の除雪で道路の表面がガタガタになっている。15万キロも走った、我がポンコツ車は分解しそうなくらいだ。
 ようやく辿り着き、板を寸法通りにカットして貰って完成。家に帰って載せて終了。

 妻が家の軒下から落ちてきた大きなツララで、氷のオブジェを作った。中にロウソクを入れて、点灯したら綺麗だ。お金も掛らず綺麗だ。
12月23日(水) コタツ製作&クリスマス
 年末に娘夫婦と孫がやってくる。「おとうさん、みんなが座る椅子が無いから、何とかしなくては」ときた。
 確かに4人座れば一杯で、6人になったら、2人分足りない事になる。
 コタツはあるが、これも4人しか座れない。どうするかな? と考えたのが、ゲストハウスに有る、テーブルだ。
 掘りコタツの上に載っている、天板を改造して、コタツにする事にした。
 今あるコタツのヒーターをばらして、移し変えても良いのだが、安かったら新たに、もう一個ヒーターだけ買って付ければ良い。
 まずはヒーターの値段チエックに行く。ホームサンターに行ったら、ヒーター単体で4950円だった。予算は3000円としたので、すこしオーバーする。
 ふと見たら、コタツセットが特売で3950円で売っている。テーブルと天板が付いても、ヒーター単体より安い。
 ここで迷ってしまう。コタツセットを買った方がはるかに得する。
 でもヒーターのみが必要なので、ヒーターを外して余ったヒーター台や天板が必要ない。必要あれば直ぐに買うのだが、今は必要が無い。困ってしまう。
 一度家に帰って考える。
 結論は今あるコタツのヒーターを外して付け替えるだった。
 決まると話は早い。天板に足を4本付けて足部分は完成。次にヒーターを取りつける。これも簡単に出来てしまった。
 足とヒーターが完成 起こすとこうなる カバーなどを被せて完成
 これでみんなが来ても余裕のある、台が出来た。
12月22日(火) 名刺製作
 名刺の製作を頼まれて作った。オリジナル名刺をパソコンで作るのだ。作るのは簡単なのだが、急ぐと言うので、隣町まで届けに行った。
 函館はここ数日雪が降って、積雪も昨年の3.6倍になっているそうだ。市には除雪に関する、苦情の電話が鳴りやまないそうだ。 市で言うには、除雪はフル稼働をしていると言うのだが、私自身も除雪車はまだ見た事が無い。交通量が多い道路は轍も出来ていた。
 そして、通勤時間だったのをすっかり忘れて、その渋滞に巻き込まれてしまった。届け先に着くまで1時間もかかってしまった。   さらに、久しぶりに会ったので、ながながと雑談をしてしまった。
 家に帰ったらもう昼だった。食事をした後は、灯油の補給を10缶分する。1缶当たり6円くらいプラスすると、配達をしてくれるのだが、体力のある内は自分で入れる。これも貧乏性なのか?
 でも、これは意外と、体力チエックになる。400リットルタンクの上まで20リットル缶を上げて、補給をするのだ。今年は昨年よりも、力が付いているのが分かる。上まで揚げれなくなったら、もう年だなと感じて補給を依頼しなくてはならない。それまでは続ける。
 最初のリース
 その後、リース作りをする。初めてのリース作りだったが、初回としてはまあ良い出来だろう。要領が分かったので、次回はもっと良い物を作ろう。
12月21日(月) ゴミ回収&リース製作
 今日は快晴の天気だ。先日の旅で川汲に置いといた、ゴミの回収に行く。今回の旅で川汲野宿したが、翌日は冬山に登るので余分な荷物は、持って行きたく無かった。そこでゴミを千葉さんの土地の中に預かった。
 野宿した川汲は雪が30cmくらい積もっていた。この日だったら、土方隊と同じ条件になったかも知れない。私が野宿した時は5cmくらいしか雪が無かった。
 江差のゴールは猛吹雪だったし、その後も雪は随分降っている。旅の途中では強風と吹雪はあったが、雪は少なかった。運が良かったのだろうか?雪が多いとキャリアの走行は、結構大変になるので、もっと時間が掛ったであろう。
 ゴミを拾った帰り道で、後4日でクリスマスになるのを思い出した。ふと考えて、帰りに蔦を取って帰る。
 帰りに妻の妹の家に寄り、しばらく雑談する。ゴールの時は自分で写真を撮れないので、妹に写真を撮って貰っていたので、そのメモリーを借りて来る。
 江差ゴールの写真が良く写っていた。
 江差「えにしえ街道」を歩く。

 爾志郡役所でのゴール。40人くらい迎えてくれた。

 この2人の方は吹雪の中1時間くらい立ってくれた。

 何かわかるだろうな
 家に帰ってリース作り。蔦を湯で温めながら、少しづつ曲げる作業を繰り返す。ようやく輪が2つ出来たばかりだが、何が出来るかは、もう分かりそうだ。
12月20日(日) 今年初めての雪かき
 雪が今日も降った。ずっと野宿旅に出ていたので、自分としては今年初めての雪かきになる。それ程積もっていなかったのであっという間に終了。
 おかしい事に筋肉が痛いし、寒さも凄く感じる。何故なんだろう。毎日歩いている時は全く筋肉痛になっていなかった。それが終わった途端筋肉痛になるとは・・。緊張感が無くなったのだろうか。寒さも随分感じる。
 自作本が送られてきた
 2年前ゲストハウスに泊まった旅人から、自作の本が送られてきた。330ページに渡る、自転車日本一周の記録だ。旅が終わった区切りに記録を残した方が、いつまでも記念になる。
 まだ読んでいないがこれからじっくり読もう。

 今回の旅の写真整理を始めた。枚数は思ったより多くて、1200枚くらい撮った様だ。これは今回の旅用に開発した、デジタルカメラ台付きポールが効いている。今までは三脚を出して、カメラをセットしていたので、手間が掛りあまり撮らなかった。今回の製品はめちゃくちゃ簡単で、沢山撮れた。
 今後の旅にも有効活用しよう。

 夕方になり松前原口のSさんがやってきた。今回の野宿旅で、原口に宿泊する事になっていたが、Sさんの兄の娘が交通事故で亡くなった。葬儀のため、計画していた、私の歓迎会をやれなかった事を、悔やんでいた。どうやら関係者を集めて、私の歓迎会をする事になっていたようだ。
 私の旅の話の他に、原口の地域交流館の運営についての話が多かった。今のままだと活性化されないので何とか活性化を図るのに、力を貸してくれとの事だった。
 難しい問題があって、なかなか上手くいかないのだ。この交流館は廃校になった小学校を活用している。それが積極的に活用されていない。
 小学校を廃校にすれば、政府に援助して貰った金を返さなくてはならない。でも何かに活用すれば返さなくても良い。そこで廃校になった原口小学校を、地域交流館にしたのだが、人はあまり来ない。
 運営しているのは教育委員会なので、交流館で何をするにも手続きが難しいのだ。
 さらに今のままでも、一応活用しているので、お金を返さなくて良いらしい。そうすれば一生懸命やる必要が無いのだ。むしろ忙しくなるから、あまりやらないでくれが本音の様だ。
 過疎化の地域とすれば活性化に使いたいが、上の方が積極的ではないので、どうにもならないと言った事なのだ。原口は歴史的に面白い所もあり、活用は出来ると思う。
 でも地元の人は、自分たちの住んでいる所の歴史的な事を、あまり知らない。
 今度、原口に来て、原口の歴史的な事の講演をしてくれと頼まれる。お世話になった原口なので、応援しますとなった。
12月19日(土) 自宅に帰る
 昨日はオーナーの取り計らいで、高級ホテル「群来」(くき)に宿泊する事が出来た。
 部屋のデザインも素敵だし、 室内全体が間接照明をしている。部屋からは勿論、ベッドからも庭が見えると言う、しゃれた空間になっている。
 ベッドの広さは3人が寝れるのではないと思うくらい幅が広い。そんなベッドの端っこに寝ていた。
 残りの3/2は全く使っていない。どうもテント生活に慣れて、身体幅+少しあれば十分になっていた。
 そんなベッドに寝れたので、皆はぐっすり眠れたのだが、私は4時間くらい寝て目が覚めた。
 やはり貧乏性なのかな?
 昨日の日記を書いていなかったので、ベッドで間接照明を使って書く。2時間くらいで終了して、室内備えつけの温泉に行く。
 いつでも温泉に入れるし、部屋に備えつけの温泉としてはかなり広い。
 朝風呂に入った後に、ビールと行けば良いのだが、朝風呂に水となるのは酒を飲めない悲しさ・・。。
 朝食はこんなに数が多かった
 食事は小さな皿に盛っている。その数は20品くらいあった。一つ一つが吟味した食材なのだが、全ては覚えれない。こんな食事に満足して食べていたら、9時になってしまった。9時から皆で会う事になっていた。
 皆で記念撮影
 私が先に食事を終え、ロビーに行く。そこでこのホテルのオーナー、檜山支庁長、観光協会長で話す。
 私の旅の話から、幕末の話し、土方の話しなどをする。さらにこれからの観光などについて話す。
 道南観光が落ち込んでいるので、近隣市町村が協力し合ってプランを考えて、行かなければならない状況にある。
 今後、新たなプランを考えて行く事になった。私も協力を約束する。

 話も終わり、家路に急ぐ。従業員の方が寒い中、入り口で見送ってくれた。これは良くあるシーンなのだが、何とその後、30mくらい離れた国道まで走ってきて、遠くなって行く車を見送ってくれた。凄い徹底ぶりだ。
  家に着いた。
 帰ってきた函館は凄い雪だった。18cm積もったそうだ。
 「土方歳三 蝦夷を歩く」のタイトルで、250km踏破を終わってホッとしたのか、今頃疲れがどっと出た。
12月4日(金) 明日出発します
 いよいよ出発が明日に迫った。準備はすでに終えて、今日は何もすることが無かった。
 そこに「函館観光コンシェルジュセンタ−」と言う所から電話が来て、会う事になった。
 函館観光の計画立案などをしている所だそうだ。話をしたが、幕末の歴史的な場所の観光について、進めたいので一緒に参画して欲しいとの事だった。
 今日は時間も無いので、旅が終わってから詳しく話す事になった。
 2年前、函館市で開催した観光セミナーで、ANAの幹部から、ANAは「感動案内人」を各地に配して、個人や少人数グループの観光ガイドを行って、観光グランプリを獲得していた。
 その話の中で、函館にもその様な歴史を、ガイドしてくれる人が居るかと問い合わせたら、居ないと言われたそうだ。こんな歴史がある町を、案内する人が居ない、と言う事で驚いたと言っていた。
 それから2年経って、今ようやく歴史の道も判明して、案内出来るまでになった。その他の史跡も随分勉強して、案内出来るようになった。
 長く根気よくやれば、何とか目的とするレベルに近づけると言うのが改めて分かった。

 明日の早朝に鷲ノ木を出発します。天候は曇りのち雨、昼には雨になる。何処に寝床を設けるか、今から頭が痛い。砂原には東屋は無いし、何処か屋根のある場所は無いかな?
12月3日(木) 出発まで後2日だ!
 出発日が間近な昨日の夕方、名寄の親戚に不幸があった。今年亡くなった妻のお母さんの弟のお嫁さんだ。
 2年前弟のである旦那さんを亡くして以来、体調がすぐれないでいた。
 葬儀は名寄で行われるので、私は今回の企画の出発直前で、参列出来ないので、妻に行って貰う事にする。妻の妹も同行するので安心だ。
 2人は朝早くの電車で発った。9時30分の電車に乗っても、名寄に着くのは夕方の4時過ぎになる。
大野ぶんぽ研で出発の挨拶をする
 妻を送った後に、大野文保研の例会に出席する。いつものように淡々と進む。最後に旅に出るに当たっての、挨拶をさせて貰い、皆の激励を受けて帰ってきた。
 北海道新聞「みなみ風」の報道
 家に帰ると、昨日の北海道新聞に出た記事に早くも反応があった。
 友人からのメッセージの他に、江差にゴールしたら家に泊まってとか、松前町観光協会からも、松前に来たら史跡ガイドをしてくれるそうだ。さらに亀尾の牧場から、鹿肉のステーキを用意するから電話してとか色々あった。
 そんな応援が本当に嬉しい。この報道で途中色々な人と話が出来るのが楽しみだ。幕末の道を特定する作業は本当に難しい。これからは、それぞれの地域と連帯して、より良い地図作りにしていかなければならない。そしてその幕末の道を、皆が歩ける道になる様に頑張らなくてはならない。

 函館も先日のアンケートで、全国一の有名度の町になったが、観光は300万人を割ってしまった。
 パネルデスカッションを聞いても、幕末の貴重な歴史が函館にあるので、それを生かした観光を考えるようにと提案するが、具体策が見えない。
 函館には歴史がある。金を掛けなくても喜ばれる物が沢山ある。それをどう生かせるのかが課題なのだろう。
 先日、バスガイドで五稜郭に行った時、石垣に「栄永」の文字がある。風化していて見にくいのだが、それを皆で探したら、みんな真剣になって探していた。こんな事が本当に楽しいのだ。みんなは文字が書かれているのは、初めて知ったと言っていた。
 ストックのグリップと100円ショップの三脚を改造した
 カメラカバーも作った
 デジカメ台付きのウォーキングポールが完成した。ついでに100円ショップで買った、カバーを付けた。
12月2日(水) 健康サロンin明和園
 健康サロンのメンバーが集まった
 今日の健康サロンin明和園は、ストレッチ体操から始まった。昨日の登山の後なので、一生懸命やればかなり効く。ストレッチの後はイカ踊り体操。函館の夏祭りで流行りだしたイカ音頭を体操にしたものだ。
 結構動きが複雑で迷いながらも終了。今日の昼食はカレーライスだった。家庭味に近いカレーは美味しかった。

 家に帰ったら葉書が入っていた。
 08年9月21日に大沼で会った人だった。テレビの撮影が大沼で行われ、、自転車で自宅に向かう途中。外人さんのバックパッカーと話していた所に通りかかり、3人で話しをした。
 その時は感じなかったが、今日来た葉書を見て驚いた。「目が不自由なため妻代筆」と書かれていた。
 目が不自由なんだ・・・・。それなのに日本を縦断していたんだ。
 2年3ケ月も掛っている。これは本当に凄いと思った。身体に何も不自由が無くても、日本縦断となれば、それなりの決断力が入る。それを目が不自由でやってしまうんだ。年月は多く掛ったが、やり遂げた感動は大きいだろうな。
 本当に凄い。こんな人が居るなんて勇気付けられる。人間って素晴らしい。


 デジカメ用での撮影用の1脚を作ったが、これは本当に便利だった。
 昨日の台場山登山で、簡単にセルフタイマー撮影ができた。
 それに味を占め、今度は伸び縮みするポール(車の雪はらい用のポールを使用)を使い、ストック兼デジカメ台として作る事にした。

 まずはドライバーの柄をカットする
研磨してアルミポールの中に入るようにした。
 今日は、ストックの先の部分を作る。アルミの穴の径に合う、ドライバーを100円ショップで買ってきた。それをカットして、丸く削りポールの中に入るようにした。この部分が地面に地面に刺さる。
12月1日(火) 台場山登山
今日は台場山登山。気温は低いが天気は快晴だ。湯の川ダイエーでSさんとMさんと待ち合わせて、2台の車で登山口に向かう。今日は縦走するので、車は2台有った方が便利だ。無ければ降りた後バスで移動する手もある。
 川汲川を渡って、登山口の看板からスタートする。この看板は対岸から見えないので、何処にあるか分かりにくい。
 早速登りに入るが、風倒木がいきなり道に有ったりする。
 これは3年くらい前の台風の時に倒れた物で、途中に沢山ある。登山者にとって大きな木だけを撤去して欲しいのだが、土地は個人の物なのでそれも難しいのだろう。
 何とか乗り越えて、ジグザグの斜面を登って行く。道は落葉で埋められ、それに旧道の雰囲気がマッチして、歩いていて気持ち
が良い。
 なかなか良い雰囲気の旧道が続く

 自作の1脚カメラ台で撮影
 道はやがて緩やかな登りになるが、この道も斜めなので歩きにくい。途中止まって景色を見ながらのんびり進む。
 このコースは木を見るのが楽しい。樹齢が相当建っている、威厳のある木も多いが、変わった木も多い。
 キツツキの穴が開いている木が倒れていて穴の中まで見えた。良くもこんなに綺麗に削れるものだ。
 根元が2本に離れてしばらく伸びたが、また一緒に絡まった木・・なずけて「復縁の木?」
 などなど木々を観賞しながら2時間40分で台場山山頂に着く。高度を上げるに従って、冷たい風を感じていたのだが、台場は周辺に土塁があるので、風当りが少なく暖かいので、ここで昼食にする。
 
 函館山がはるか遠くに浮かんで見える。30分くらい休んで下山する事になる。
 道は笹が刈られてすっかり綺麗になっていた。あっという間に降りて、周辺を散策する。
 その後、下りの旧道に入ったつもりだったが、道を間違えてどんどん下ってしまった。ここを行っても出れるのだが、戻る事にする。再び登って注意深く見たら旧道があった。
 確かにこの下り旧道は人が全く歩かないので、分かりにくい。
 時間が無くなったので、今日は大正道路を下る。明るいうちに下につき、スタート地点まで送って貰い。
 そこで分かれる。

 夜20時14分の電車で妻が釧路から戻ってきた。またいつもの生活が始まる。
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