7月31日(木)  剣岳の点の記
 朝に人力車の2人が出発した。昨日は遅く着いて、その後に頼まれて子供を乗せたり、荷物を家に入れたりしたらすっかり時間も無くなった。水帆さんも相当疲れて今にも寝てしまいそうなので、早々にゲストハウスを引き上げた。今日は朝から頼まれて市役所の副市長の所に行くとかで、荷物の積み込みなどで、慌ただしく時間が過ぎた。
 出発前に記念撮影

 彼女が乗る場所

 後ろ姿はインパクトがある
 夕べはご飯を食べていないとの事だったが、遅い時間でスーパーも終わる寸前で、食事も食べていない。朝に少しだが食事を出したが、十分食べる間もなく。記念写真をさっと撮って出発した。
 おそらくかなり目立つ人力車の事なので、あちこちから声が掛るのだろう。人に沢山会うのが目的だから平気だと言っていたが、私から見ると大変だなあと思ってしまう。

  昼は映画を見に行く。それも妻と一緒に行く事になった。映画に行った記憶は、長男の聡がまだ小学校に上がるかどうかの頃に、ペレのサッカ-映画を見に行って以来だ。28年くらい前の事だ。
 妻とはお互いに行った記憶がないと言う結論になった。それが今回、お互いに見たくなったのが「剣岳の点の記」だった。山が好きだから綺麗な映像が見たいと言う単純な物だった。
 映画館も昔と違い、トイレの臭いや、独特の臭いがあったのだが、今は綺麗なシートで空気も悪そうでは無い。
 波の間から東映のマークが出てくると、まだこれは変わっていないんだと驚いた。
 映画は日本陸軍の測量部隊というのがあって、三角点を設置し、測量をするする人たちの物語だった。あちこちの山に三角点を設置するのだが、必要な個所の最後に剣岳が残った。明治40年現在、険しくてまだ未踏の山だった。
 同じ時期日本山岳会も初登頂を試みる。装備はヨーロッパから輸入した最新のものだった。それは今見て懐かしい。キスリング、コンロはアルコールでコッヘルもあった。方や陸軍は鉄鍋を持って、草鞋に背負子に蓑と笠だ。
 登頂競争のようになったが、最後は地元山岳ガイドを付けた、陸軍測量部隊が先に登る。だが頂上に着いたら、1000年前に既に修験者が登っていた。頂上にはその修験者が残した物があった。これで初登頂では無くなった。
 ストリーは大まかにこんな感じなのだが、実際の現場に入っての撮影なので臨場感が凄く有った。剣岳に行く途中でキャンプするが雲の上のキャンプだし、剣岳は日本海に近いが富士山も綺麗に見えた。
 こんな雲海の上でのキャンプは最高だし、夕日が沈んで行く所を山の高い場所から見るのも良いなとつくづく思った。今度山頂キャンプもやってみたくなった。若い頃、大雪山の北鎮岳でのキャンプは経験したが、強風で飛ばされそうになった記憶が蘇る。
7月30日(水)  人力車の旅人
 今日も朝から執筆活動に精を出す。ねぶたに行く前の最後の追い込みだ。と言ってもまだまだ先は長いのだが・・。
 午後から、元気サロンIN明和荘のウォーキングの打ち合わせに行く。集まったのは6人で、皆で相談しながら3コースを決める。3.2km,2km、870mtとなった。
 普段は元気なので気がつかないが、年配の方が参加する行事は、普通の行事とは違った配慮がいるものだ。
 交通量の少ない所は分かるが、信号のない所を選んだりするのだ。坂も私がいつも坂だとは思えない位の坂があるのだが、お年寄りにはきつい坂だと言う事が分かった。何も考えないで、たたき台のコースを作ったのだが、お年寄りと普段一緒に活動していないと分からない事もあるのだ。
 夜遅くまで大変だ・・
 電話が来て、人力車日本一周の2人が来る事になった。夕方に湯の川の熱帯植物園から電話があったのだが、着いたのは8時過ぎだった。人力車と言う事で注目度が高いのだろう。色々な人との接触があって大変そうだ。
 家に着いたが、すぐに男の人が来て、その他にも6人くらいの人が来た。子供を人力車に載せて欲しいと言われ乗せてやったが、この時間まで大変だなと思う。
 少し話したが、水帆さんが疲れて寝そうなので、早々に引き揚げる。
 これから2日まで函館に居るが、市役所に行ったり、声を掛けられた人の家に行ったり、と明日からも忙しそうだ。その後は青森ねぶたに来るそうだ。


 ねぶたの方も連絡が来て、冒険家安東さん、野宿野郎編集長、キティグッズ集めのKさん、じんべさん、女性トライアスロンのMさんといつものメンバーがやってくる。昨年来たA子さんは剣山荘でバイトのため来れない。
 他に誰が来るのかな?楽しみでもある。
7月29日(火)  明和園夏祭り
 家のすぐ前にある、救護施設「明和園」の夏祭りが今日行われた。救護施設とは、生活保護法に基づいて、
身体や精神にハンディキャップをもち、単身で生活することが困難で日常生活での介護や援護等を必要としている方の施設で、毎年1回の夏祭りが行われている。
 流しソーメンは人気だった

 焼きそばも人気。後ろで高校生が作る
 祭りには関係者始め、近所の人達も参加できる。そしてこの祭りを多くの高校生がボランティアで支援している。祭りは多くの人で賑わっていた。
 食べ物がとにかく安く提供している。やきそば200円、とうきび100円、焼き鳥2本100円など・・。早速チケットを買い求めて食べる。
 ステージではカラオケが始まり、ボリュームも一杯に上げて楽しんでいた。昨日見た流しソーメンも人気でここは沢山の人が並んで待っていた。
 でも折角の祭りが降雨のため、早く終わってしまった。今年は雨の量が昨年の3倍になっている。残念だが自然には勝てない。
7月28日(火)  社会教育委員会の会誌「轍」が送られてきた
 原口地区の社会教育委員会の記念誌「轍」が送られてきた。
 A4211ページの立派な会誌だ

 ここでも旅人「も〜さん」で通っている
思えば原口との付き合いも6年になる。土方の歩いた旧道を探して、幕末当時の大難所の小砂子「願掛沢」を探して、原口地区をさまよい歩いていたのだが、その時に知り合った佐々木さんとの付き合いが始まった。
 何か記念行事がある度に原口に呼んでくれた。その内に原口の多くの人や、松前町の関係者、教育委員会、観光協会、漁業関係者など、色々な分野の人と知り合いになった。
 そして諸先輩を差し置いて挨拶をさせられたりと、すっかり原口に浸かってしまった。原口は松前町と上ノ国町との境に有って、どちらかと言えば町の面倒見は悪かった。
 そこで町民が行政に頼らない、活動をしようとなり、掛越山に山小屋を建てたり、道路の周辺には松と桜を交互に植えて、「桜松(おうしょう)街道」と名付けた植林事業を続けた。そして昨年日本桜の会から全国表彰を受けた。
 そんな原口も過疎化が進み、原口小学校が廃校になった。そして社会教育委員会会誌も今回で最後になり、総まとめの機関誌を発行した。そこに特別投稿を依頼されて書いた。
 本来はそんな立場にいないのに、何故か持ち上げてくれた。そんな暖かい人が沢山いる原口が大好きだ。


 夜、日ハムの試合を見ていたら、東京のN子さんから電話が来た。自転車買ったよ!だった。それは春の事だった。私が昨年出演したTV「人生の楽園」を見て、東京から夜行バスで函館に来た。
 こんな積極的な人も今まで会った事がない。59歳の看護師さんの女性ライダーだった。各地をバイクでツーリングしている。そのN子さんが今度は自転車での旅をするので、アドバイスをして欲しいとの事だった。
 東京に自転車を知っている知り合いが無いと言う事で、函館まで来たのだ。自転車のカタログも沢山持参してきた。旅の事も色々話したが、その後音沙汰なく、どうしているのかなと思っていた。ようやく自転車を買ったそうだ。他にも備品を買わなくてはならないので、どのような物にするか色々話した。妻がプレゼントした、マイ箸も大事に使って貰っているそうで嬉しい。
 相談を受けるのも嬉しいが、何よりチャリダーが1人増えるのも嬉しい。そしてもっと嬉しいのは、今までの女性チャリダーは若い人が圧倒的に多かった。
 でもN子さんは59歳でチャリダーをやると言う、その元気が嬉しかった。自転車が組みあがったら、北海道に来たいそうだが楽しみだ。海外にも行くと張り切っていた。元気があるのは良いな。
7月27日(月)  人力車の旅人
 今日は雨模様。午前中は執筆活動をして過ごす。大分出来上がって来た。
 元気サロンで行うウォーキングの準備会議に行く事になったので、ウォーキングプランを作る。ただウォーキングいたと言うより、折角だから、町内の何処かにあるものを見て回る方が良いだろうと考えた。
 考えたのは「プリン山」から「石川啄木像」を回るコース。プリン山はこの辺りの人が読んでいる小高い森土の場所なのだが、何故プリン山なのかは分からない。
  ここは、国土地理院の三等三角点になっている。標高は7.2mしか無い。三等三角点4km置きに設置しているが、ここにある事はあまり知らない。
 三角点が張る筈だが、以前行った時は分からなかった。妻が知っているので一緒にく。そうしたらコンクリートの四角柱のは無かったが、白いプラスチックの角棒が埋め込まれていた。これなのか・・・。
 プリン山を巡り、啄木像では啄木の生涯を知る。そして戻ってくる。
 流しそうめんの道具
 帰り道福祉施設の「明和園」を通ったら、職員が夏祭りの準備をしていた。ここの祭りは誰でも参加できる。施設の入居者と一般の人が交流する場だ。「こんにちは」と挨拶して見たら。流しそうめんの道具が出来ていた。

 午後からの執筆活動も区切りの良い所で一段落したので大野新道にある「しんわの湯」に行く。のびり入り入って出てきたが、妻はかなり長い。でも資料を持って行っているから、休憩室で校正などをやっていれば時間を持て余す事はない。
 パンフレットを持って旅してる
 温泉を出たら雨が強くなっていた。大野新道を函館に向かっていたら、前方に日本一周の人力車が見えた。7月20日に八雲で見たが、今日函館に着いたのだ。八雲から8日掛っている。かなりのんびりな旅だ。
 車を止めて話す。人力車の中には女性が乗っていた。
 今日の宿泊場所はあるそうで、それでは明日から泊まりなさいとなった。2人は山田君(31歳)と中川さん(26歳)で、婚約している。東京を出発して日本一周をし、ゴールは伊勢神宮で平成22年11月22日に伊勢神宮で挙式をするそうだ。
 人力車には色々な思い入れがあるようで、楽しみな旅人である。
7月26日(日)  中高齢者の歩き旅
 我がゲストハウス「自遊旅」に来た二人の歩き旅の人の記事が新聞に載った。
 奈良の日本縦断の佐野さんは、私が取材をセットしたので分かっているが、今日の朝刊に、札幌の高木さんが載った。高木さんは昨年訪れてくれた人で、北海道の沿岸を分割して歩いて一周しようとしている。
 高木さんのように、一度に歩けば疲労も溜まるので10日くらいづつ区切って歩くも中高年には良い方法だと思う。
 新聞の記事の様に最近はリタイヤ組の歩き旅が凄く目立つ。
 先月、車で釧路に行った時も5〜6人は歩き旅の人を見た。時間が十分に取れる人しか出来ないので、リタイヤ組には歩き旅は良い選択肢かも知れない。
 
  佐野さんの新聞記事
  高木さんの新聞記事

 ねぶたの準備も着々と進み、今日はテントの上に掛けれるし、日よけにもなる、ターフを作った。市販のレジャーシートを縫って張り合わせて面積を広くした。
 天気の良い日の朝は、朝日が強烈に暑いので、ターフは必需品だ。普段のキャンプではターフは使わないが、1週間も張りっ放しなので、テントの周囲にいる時間も多くなる。それに必ず雨に見舞われるので、狭いテントで一日過ごすより、オープンなターフは少しでも快適になる。
 完成したターフ用ポール
 最近園芸用品として写真右のようなポールが売っている。先がねじになっており、何本でも継ぎ合わせが出来る。適当な長さに切って、先端には丸い木の棒を入れて、そこに穴を開けてアルミ棒を埋め込んだ。(写真左)この棒にロープを張れば良い。このポールが90cmもので1本135円と超安いのだ。長さが90cmか180cmにするのであれば加工しなくてもそのまま使える。
 今回はテントの高さに合わせて切ったので先端を処理した。
7月25日(土)  ねぶた用充電システム
  
                             ソーラー充電システム

 長期のキャンプで困るのは電源の問題だ。携帯機器を持って行くのだが充電する場所の確保に苦労する。携帯電話、ウォークマン、デジカメなどなど。
 温泉に入った時は、休憩室で充電したりするが、数100人もいるキャンプ場なので、いつでも温泉で充電できるとは限らない。そこで今回は充電システムを作って行く事にした。
 昨日から初めて、ソーラーパネル台を作り、シガライターからの12V→5.4VのDC-DCコンバーター、バッテリーを用意した。ソーラ-パネルとバッテリーは家にあるので間に合わせ。DC-DCコンバーターはホームセンターに行き680円で購入した。
 朝から組み立てを始め1時間もかからずに終了。問題は充電時間だが、曇り空に向けていたが、DC11ボルト位の出力があったので、大丈夫だろう。
 家に放置していたバッテリーは6Vしか電圧が無かった。それを充電したら数j時間で10.8Vまで回復した。早速充電したが、携帯電話もウォークマンも1時間くらいで充電ができた。
 その後の、電圧降下も無くこれだと十分使えるとの結論に達した。
7月24日(金)  佐野さん出発
 朝はお互いに早かった。佐野さんも4時には起きるそうだし、私も4時過ぎには送る。朝早くから話をする。その後、早朝の市内観光。立待岬→碧血碑→八幡坂→公会堂→ハリストス教会→外人墓地などを見学して、朝食屋で遅い朝飯。
 見にくいがビニールカバーを付けた
 その後は、ホームセンターでビニールクロスとアルミ板を買い求めて家に帰る。キャリアの防水加工をするのだ。キャリアのトップに載せた充電器やカメラが濡れるのでそのカバーと椅子が濡れるのでカバーをする。
 道具は揃っている。ビニールをアルミ板でサンドイッチして固定する。本体にタップ穴を開けて、ネジで止める。
 これで完成。あっという間の出来事だ。
 またまた話し込む。佐野さんの会社は半導体関連のプラスチックステックなどを作っている会社で、私が勤務していた会社でも使っていたので取引があった。
 他にも色々話したが、共通の話題も多いし、話を聞いてくれるし、話すしと何かリズムがあって、いつまでも話ができる感じだった。
 出発前に記念写真

 後姿も列島縦断の文字が目立つ
 それでも午後からは大阪から来る友人と会うためホテルに移動した。仲間3人が北海道を縦断した労をねぎらうそうで、わざわざ飛行機で飛んでくるのだ。
 良い友人がいて幸せだなと思う。何と言っても大事なのは人である。
 函館を出た後は、八甲田、田沢湖、大曲、六郷、山形、米沢を経由し、最後は沖縄与那国島まで行く。
 着くのは11月とビッグな旅だ。
 ソーラーパネル台を作った
 その後はソーラーパネルを立てる台を作る。100円ショップの写真立てを利用した。今日はここまでで、後はバッテリーをつないで、DC-DCコンバーターを付けて完成する。
 これを持ってねぶたに行けば、携帯とウィークマンの充電はOKになると思うが、どの位充電するかはもう少し様子を見なくてはならない。
7月23日(木)  日本縦断佐野さん来函
 歩いて日本を縦断している佐野さんが、今日函館に到着する。昼過ぎに来ると言う連絡が入っていたので、待ち合わせ場所の石川啄木小公園に向かった。
 公園の近くで発見したが、キャリアーを置いて信号を渡り、土方歳三記念館に入って行った。どうしたんだろうと思い、後を追って中に入った。
 すると佐野さんは店員さんに私の所の住所を聞いていた。そこに丁度私が入って行った。
 外に出てゲストハウス「自遊旅」に向かう。午後3時に取材があるので、それまで話す。足の方は豆も出来ずに快調で、体重も沢山食べているのに、4kg減ったそうだ。
 北海道新聞の取材を受ける
 3時に久保さんが来て取材。今回の旅の前に熊本から長野まで1500kmを歩いている。その旅の名称は「Remember9」だった。今自分がこうしているのは、多くの人に色々と世話になっている。それが両親であり、会社であり、そんな思い出の場所の9ヵ所を感謝の気持ちで歩いた。
 Remember9は頭文字のRと9を取って「歩く」だそうだ。そんな話が1時間くらい続いて、写真撮影となった。
 場所は大森浜の函館山をバックに撮ろうとなって、キャリアを押して撮影場所に行き、撮って取材は終了。
 撮影現場
 夕方温泉に行き、夜はチャンチャン焼きとキムチ鍋で乾杯(私はホッピー)。話は有り余るほどある感じで、次から次へと話題が出てきて9時過ぎまで話す。
7月22日(水)  元気でサロンin明和園
 妻の代理で行く事になった、お年寄りの転倒防止のための教育プログラムに行く。妻が釧路に行っていない時に代理で行ったのが、すっかり嵌ってしまい、欠かさずに行っている。妻は今日も参加できない。
 行っている内に友達が出来るからまた行かなくてはとなる。軽い運動なのだが、真面目にやればきついし、やって悪い事はない。
 今日はストレッチをやる。1時間半のストレッチだが、結構な運動になる。お年寄りの体育プログラムだと馬鹿に出来ない所がある。じわっと汗が出るまでやって、350円の食事を摂る。御飯にそぼろ、卵、茸の煮物を掛けたもの、味噌汁、野菜サラダ、さくらんぼ、大根の新香のメニューで、お代わり自由でいくらでも食べれるのだが流石にお年寄りが多いから、お変りはいない。
 兎に角お年寄りに対応するので、スタッフや他の皆も親切なのである。
 少しまごまごしている人がいれば、すぐに飛んできて世話してくれる。食事後の食器を片付けようとすればスタッフが直ぐに飛んできて持って行く。凄い親切なんだと感心する。
 こう言うのを経験したら、何か居心地が良くなって、頼りそうだなと思ってしまう。歳になって来たのかな。
 こんな小冊子もくれた
 リーダーに呼ばれた。今は室内でやっているが、今後天気の良い日はウォークをしたいので、コースややり方について相談したいとの事だった。引きうける事にする。
 会合は何時が良いですかと聞かれたので「青森ねぶたの期間以外ならOKです」と答えたら、「跳ねるんですか?」と驚いていた。

 歩いて日本縦断の奈良県の佐野さんが明日、ゲストハウス自遊旅に到着する。北海道新聞へ取材を依頼しておいたので、久保記者もやってくる。
 本人もすごく記念になると喜んでいた。明日が楽しみだ。
7月21日(火)  簡単クッキング
 青森ねぶたまで後10日となった。そろそろ準備をしなくてはと、自転車のサイドバッグに荷物を詰め始める。3/4のバッグに詰めた。
 この時期になるとメールやメッセージが来る。年に1度ねぶたでしか会わない人が多い。何時からキャンプ場に入る?と言った事や、覚えてる?と言った言葉があったりする。ねぶたが近づいて来ているなと感じてくる。
 時々、You tubeでねぶたの囃子を聞きながら、気分を高揚させている。

 今日は凄く寒くて長袖を着た。熱く燃えるねぶたになるのだろうか? 一昨年は夜で28度の日もあって、汗だくになり跳ねていた。雨が降ればアフリカの子供のようにはしゃぎ大いに盛り上がった。昨年は涼しい毎日で、キャンプ生活もいつもに無く楽だった。
 今年はどうだろう。まさか寒いねぶたにはならないだろうな。祭りは暑くなくては・・・。
 ツナ缶おにぎりチャーハン
 今日は雨で何処にも行かなかった。朝食はカレーライス。食べてから昨日のおにぎりが1個余っていた事を思い出す。昼に食べる事にした。でも少し固くなっているので、どうしようかなと思ったが、先日買った「ワンバーナー簡単クッキング」に書いてあった、山岳専門誌「山と渓谷」の編集長お勧めの「ツナ缶おにぎりチャーハン」を作った。山屋さんの人気ナンバーワンと言う。
 ツナ缶を開けて、油をフライパンに落とす。おにぎりを入れてほぐし炒める。そこに残りのツナを入れる。これで出来上がりの簡単クッキングだ。美味しさ星4つだったが、そのくらいにはなるかも。
 豚とたまねぎ、ピーマンの豚丼風
 夜は豚肉のブロックを切り、玉ねぎ、ピーマンと一緒に炒め、最後に豚丼のたれを入れて絡ませる。大分前に豚丼を作ったのだが、それと同じ方法で、美味しくてすっかり好きになったし、簡単に出来るのが良い。
 簡単クッキングをもっと覚えよう。

 主夫生活も明日一日で終わる。妻が23日に釧路から帰ってくる。忘れている訳では無いが、すっかり一人生活が身に付いた。
7月20日(月)  長万部岳登山
 朝は忙しい。4時半には起きて食事をして、愛犬モモにも早い朝食を与えて、5時20分には家を出て、待ち合わせ場所の旧大野町の役場に向かう。出発時間の5分前に着いた。
 今日はぶんぽ研会員のNさんと先日鏡山に一緒に登ったIさんと今回初めて会った、男性のIさんと女性のYさんの5人での登山だ。
 車に同乗させて貰い、一路長万部に向けて5号線を走る。今日は日本縦断の奈良県の佐野さんとすれ違うだろうと思っていた。
 そこにメールが来て、「今、長万部の海岸で朝食を食べています」だった。長万部のドライブインの立ち並ぶ場所で向いから佐野さんがやって来た。車を止めて貰って、佐野さんと再会。同乗の皆も車から出て来てくれた。
 日焼けして髭も伸びた姿が旅人の雰囲気を感じさせる。しばらく皆で話して分かれる。
 函館着は23日になるそうだ。
 入口に有った貫禄のある木
 車は二股ラジウム温泉の近くを通って林道に入り、ゲート前でストップ。ここから歩きが始まる。気温は曇りだが、午後からは快晴の予定だ。
 最初の休憩
 最初は車道を歩く。まだ梅雨で草は濡れていた。ペースは山岳会なので早い。いつのも私はどちらかと言えばあちこち見ながらのんびり歩くが、足取りを速めて急いで付いて行く。30分くらいでうすゆき荘という山小屋に着く。ここで一息入れるが、女性のYさんにとっては早かったようで、ここから先頭になってYさんのペースで進む。
 私もあちこち見たり、写真を撮る余裕が出来た。そのペースでしばらくは進んだが、途中の少し急な斜面でYさんの左ふくらぎが攣る。直ぐに足を延ばしてやりマッサージをする。高い場所に右足を上げる時、左足でけったのが原因だった。
 しばらくマッサージする。私もMTB登山の時に急斜面でMTBを押し上げる時に良く足が攣る。この痛さは経験しなくては分からないが、慣れてくると攣りそうな瞬間、少しでも攣らないように調整が出来て、最小限の痛さにする事が出来る。
   ザックも重そうだったので、私の軽い(中味が・・)ザックと交換する。結構荷物が多いんだ。山はいつ何があるか分からないので、万全の荷物を持つようだ。
 私はこの時期は、レインウェアー上下でウィンドブレーカー兼用。長そでシャツと半そでシャツ。食料、水だけでかなり軽い。
 再びゆっくり登る。左が攣ると、今度は左足をかばうので、右足に負担が来る。しばらく進んだら、案の定右足のふくらはぎが攣った。今度は自分で足をストレッチして直す。
 どんどん高度が上がる

 立派な看板の頂上
 高度はどんどん上がって行き、遠くの雲海の上に羊蹄山の頭が出ている。天気はいつの間にか快晴になり、気分は爽快だ。やがて頂上。立派な山頂の看板があった。
 食事を摂る。2段おかずだ。上段は豚肉と玉ねぎを炒めて焼肉のたれを絡めた。下段はお決まりのウィンナーと卵焼き。自分ながら美味しい。
 下りは鉱山跡で休憩
 昼食中に厚真山岳会の6人がやって来た。おかずを交換し合ったりして和やかだ。
 十分休んで下山する。帰りはYさんも快調だった。登り3時間下り2時間で登山終了。
 うすゆき荘に蛇がいた
 長万部温泉で汗を流し帰る。楽しい一日だった。
7月19日(日)  雨の日・・
 予報通り雨になった。「晴耕雨読」という言葉がある。晴れた日には外に出て田畑を耕し、雨の日には家の中で読書をするというように、思いのままのんびりと、世間の煩わしさから離れて生きたいという事だそうだが、私の場合は「雨書晴山」が続いている。
 雨の日は仕方がなく書き物、晴れの日は山に飛んで行く。そして思いのまま走りまわる。

 今日は登山の誘いが来た。行く先は長万部岳。「もうりさん自転車で無くて申し訳ないけれど・・」すっかり自転車登山族になってしまった。月曜日は曇り後晴れの予報なので「行きます!」と返答した。
 出発は早朝なので、今日中に弁当を作り、明日のごみ集めなどを済ませた。

 秋田から帰って来たのは12日だから今日で1週間たった。昨日まで買い物は一切なく生活してきた。貧乏生活と言いたい所だが、冷蔵庫を漁ってそれを調理して食べている。それでもまだまだ冷凍庫には入っている。
 リッチに生活出来る。
 ごま無し大学芋
 今日は野菜置き場でさつまいも2個を見つけた。そうだ大学芋のたれを何処かで見たぞ! と探したら出て来たので早速料理。サラダ油で乱切りにしたさつまいもを串が通るくらいまで揚げてそれにたれを絡ませて完成。
 黒ごまをかければ香りや味もアップするが無い。黒ごま無しで完成。さらにカレーを作る。ルーが2箱あったのだが、野菜が無く1週間ぶりの買い物。玉ねぎとジャガイモを買ってきた。ついでに明日の山行きのおかずがないので卵とウィンナーも購入した。
 輪ゴムの掛った構造物がこの写真の状態になっていなくてはならないが、マグネットが壊れ横を向いていた。
 それでネジを付けて、輪ゴムで止める。ドアを閉めればこの構造物が横を向く。そしてドアを開ければ、輪ゴムに引っ張られこの写真の様になる。簡単だ。
 


 冷蔵庫の締まりが以前から悪く、しっかり締まらない。いろいろい調べたら、何と言うのか縦に付いている、構造物が前を向かなければならないのに横を向いている。そのまま締めればしっかり締まらなく少し開いている。
 どうやら電気マグネットが作動していないのだ。こんな所まで電気でやっているんだと変に感心した。
 同じ機能でやれば良いのだ。ねじを冷蔵庫の2ヵ所に付けて、そのねじに輪ゴムを1本かけた。すると普段は前を向いていて、締めれば横を向く。再び開ければ前を向く。機能的には全く同じで、こちらの方がエコだぞ!
7月18日(土)  旧大野町夜市
 予想通り雨になったので、午前中は執筆活動に精を出す。昼食後、北斗市(旧大野町)の夜市の手伝いに行く。毎年大野文化財保護研究会もブースを出している。
 それにしても寒い。気温は20度の予報だが、風もあってもっと寒い感じだった。そんな中じんべぇ姿で行った。まずは準備を始める。子どもに無料で提供するヨーヨー作りだ。昨年はやり方が分からずえらい苦労をして、子供たちが来ていても、なかなか出来ずに焦った。
 おまけに水の量もまちまちで中には重くてゴムが切れる物もある始末だった。今年は昨年の経験もあるので大丈夫だと思うが、やってみたらばっちり。頭はまだボケないで覚えていてくれた。
 こうなれば早い。たちまちたらい2台分を作ってしまって余裕の一時になった。
 今年はばっちり作れた
 雨風が強くなって、この先どうなるかと心配になった。4時から開始して9時までだ。子供のビンゴは商品が出るので多くの人が集まった。でも終わったらすっと居なくなってしまった。
 その後は女性のシンガーの歌。マイクの調子かミキシングが悪いのか思うような音が出ないようである。歌っている途中で、音がこもるとかあーとかうーとか言って、歌を歌う気が全く無い。
 最も観客も数人しかいないので、やる気は無くなるだろうな。
 トラックが楽器を積んで帰った
 次は中学校のブラスバンド。でもなかなかやらない。その内にトラックがステージ前に来て、楽器を運んでしまって中止だ。
 司会者は時間潰しで、各出店を回り、販売者にインタビューし売り込みを図る。「かき氷かき氷美味いよ」・・この」寒いのに誰が買うか?、「生ビール400円ですよ〜」・・熱燗なら買うぞ!・・でも無い。
 やっぱり寒さの影響が大きい。でもでもそんな中。かき氷を買いにきた人がいた。大拍手だった。幼稚園くらいの子供だった。う〜ん流石に子供は寒くないのか。
 客がいない!
 我々のブースも、昔の遊び道具や店の看板を片付け始めた。まだ5時なのにだ。でももう人は来そうも無いので懸命だ。残るヨーヨーを売り込むが少し残っている。
 会長がもう良いよと言うので帰る事にする。帰りに「しんわの湯」で温まり帰宅する。
7月17日(金)  白神岳MTB登山
 天候は予報通り快晴に天気になった。朝は昨日の疲れかいつもより遅い5時30分に目が覚めた。すぐに準備に取り掛かる。その前に洗濯をする。折角の天気日よりだから・・。
 ご飯を炊いておにぎりに昆布の佃煮を詰める。おずづはオカズはウィンナーと卵焼きで変わり映えがしない。
 家を出ようとしたらTVで大雪山系のトムラウシと美瑛岳の遭難のニュースが入ったのでテレビを見る。
 昨日は強風の予報が出ていて、気温も下がるとの事だった。
 確かに昨日は江差の山に登ったが、低山なのに、この時期で何でこんなに寒いのと言う、感じだった。Tシャツを着ていたが、冷えてきたくらいだ。
 ツアー客の多くが遭難したそうだが、天候が悪くなるとの予報で、断念した登山者もかなりいたと言うから、ガイドの責任が問われるだろうな。
 数年前にも幌尻岳で台風が来ているのに強行して登り、雨で沢水が増水し孤立する騒ぎがあった。
 ツアーは時間的に余裕がないのが多い様だ。
 私が日本一周の時、利尻岳に登ろうとしていたが、その日は雨で友人も止めようとなり断念した。その時、現地の女性ガイド1人で40.人くらい連れて登って行った。
 登山を止めた唯一の男性と話したが、何でこんな悪天候で登るのかと、首を傾げていた。明日の船で帰るので今日しか登る時間がないそうだ。今回のトムラウシ遭難と同じだ。
 1日くらい待てる様な柔軟なスケジュールが組めれば、まだ余裕があるだろうに。
 
 ニュースが終わって出発。福島の松浦から入るのだが、この辺りは車を止める所が全く無い。登山道は旧277号線を登って、途中の分岐から白神に向かう。登山道の何処かに車を置いて、その後、MTBで行こうと思っていた。
 旧国道を入ると上から軽四のワゴンが降りてきた。道の情報を聞いたら、上まで行けるそうだ。以前来た時は水の流れた跡が深くて少ししか行けなかったが、整備したのだろうか。
 イタドリが道にはみ出ている
 結局白神岳に行く道と旧国道277号線の分岐に、車を止めれるスペースがあったのでここに停める。
 雲ひとつない天気で、気分は良い。MTBを出してザックを背負い走る。
 白神岳を見ながら登る
 今日は流石に暑い。汗が出る。それほど急ぐわけでもないから、のんびり行こうと景色を見ながらゆっくり登る。正面の白神岳にはアンテナがそびえている。松浦の海岸線も綺麗に見える。
 松浦の海岸線が綺麗だ

 頂上で・・。
 45分で頂上に着く。360度見渡せる。1月の積雪期に旧道を登ってきて以来だ。白神に下った尾根は笹で覆われていた。やはり雪の季節は良いが、今時期だと相当苦労すると思う。
 沢から下る道をチエックしたが、笹は無く背の低い草なので、こちらは行けそうだ。
 のんびりしてから下山。ダートの車道なので一気にダウンヒルだ。気分は最高で汗をかいた体に風が清々しい。結局車まで5分で下った。やはりMTBだ。
 下りは流石に速い
 帰りに「しんわの湯」でゆったり温泉に浸かり帰宅。良い一日だった。
7月16日(木)  元山・笹山・八幡岳MTB従走
 今日は天気が良いと言う予報が出ていたので、昨日から江差の山を登ることにしていた。この山は5年くらい前に一般登山した事があるのだが、MTBでは登っていなかった。
 函館は天気が良く青空が出ていたが、中山峠にかかると濃い霧が出て、雨もちらちら降って来た。江差も雨なのかなと心配しながら走った。
 江差に着いたら曇りで山の上にはガスが掛っていた。マップを頼りに登山口に向かうが、道の両側からの草が伸びていて、車の前を遮る。
 2.5km走ったが、本当にこの道だったかなと心配になった。分岐点まで戻る事にする。登山口の看板と矢印が間違い無く有った。再び登山口に向かう。戻った地点の100mくらい先に登山口はあった。
 草むらの駐車場は広いが1台も車はいない。
 いきなり階段の上り
 最初は元山に向けて歩く。いきなり斜面はきつく階段道もある。道はジグザグになって高度を上げて行く。急な分一気に高度を稼げる。ジグザグの後は真っ直ぐの道だが、斜度は緩くなる。今日は雨模様なので湿度がかなりあり、気温も高い。汗が溢れるように流れ、眼鏡も曇って歩きにくい。
 ピークに到達してから下る。笹山の分岐点があり、ここからさらに下る。そして最後は直登になって元山に着く。ガスが掛って周囲は全く見えない。
 元山山頂
 登山口から50分で着いた。「夏山ガイド」の標準時間は1時間10分なので、かなり頑張った。MTBに乗れる場所もあったからなのか。
 頂上の看板も倒れていたし、字も風化して見えなくなっていた。写真を撮って直ぐに笹山に向かう。
 最初の登りがかなりきつい。MTBを横にして前を上げて、次に後ろを上げてと蟹歩きの様になる。心拍もあがりかなりきつい。
 ようやくピークに辿り着いて、今度は下る。この後ゆるい斜面のピークが2つあった。道の途中に蛇がいた。60cmくらいだろうか、カメラを出して撮ろうとしたが間に合わなかった。
 笹山の稲荷
 やがてお稲荷さんに着く。ここが笹山だ。ピークは稲荷さんのすぐ裏なのだが、入らないようにとの看板があるので、無理して入らなかった。元山から1時間25分かかった。標準時間は1時間35分だったのでクリヤ。
 ここでおにぎり一つを食べる。風があり、汗だくのTシャツでは少し寒かった。
 すぐに出発。八幡岳往復をする。道はかなりの部分が両サイドの草木が張り出している。3つの緩いピークを越えたら、八幡岳山頂。看板が真新しかった。ここからの景色もガスが掛って全く見えず。
 八幡岳山頂
 早々に下る。ここからは結構MTBに乗れたのでシングルトラックを楽しんで下る。標準時間2時間30分なのだが、1時間30分で往復した。かなりの部分乗れたし、道も良かったので一気に下れた。
 これだからMTB登山は止められない。これで44座登山。
7月15日(水)  雨の日は家に籠る
 朝から雨が降っている。今日一日雨の予報なので昨日から、一日中執筆活動をすると決めていた。
 結局は夕方までやって、もうパソコンに向かうのも厭になってきたというか、すっかり疲れてしまった。同じ疲れるなら運動して疲れる方が増しだ。
 そう言えば最近運動していない。先週殿様街に行ったきりだ。執筆を始めるとなかなか運動に出れない。A4で150ページくらい完成したが、後りは、50ページくらいかな? 頑張るしか無い。

 夕方に釧路の妻からメールが来て、孫の友瑛が退院した。すっかり元気になって、食欲もあるという事で一安心だ。今週末には妻も戻ってくる。残り少ない主夫生活になった。
 主夫生活は楽しい。毎日の食事作りも楽しいので、まだまだメニューを増やしたいのだが、あまり増えない。
 今回の主夫生活では、食料が余っていた。角パン。菓子パン・和菓子・手作りポンドケーキ・胡麻餅などなどがあり、それらを食べきるのに6日もかかってしまった。そのため新メニューは1つしか出来なかった。
7月14日(火)  天気は良いが・・
 朝の太陽がベッドに直接入ってくる。眩しいのであ〜今日は良い天気だなと目が覚める。
 さあ〜洗濯だ。秋田の結婚式に行った際に使った物の洗濯をしなくては・・。
 犬の餌もやって、水を与えて、汚物の後始末もする。もうすっかり慣れてしまった一連の仕事だ。
 それからMTBの整備。昨日買ってきたヘッドパーツを取り付ける。さらにシフトの調整を終えて終了。これでねぶたに持って行くMTBの整備が完了。

 次にテントを出して部屋で設営する。いつもはソロ用の山岳テントなのだが、今回は3人用のテントでゆったりする事にした。でもこのテントは1980円で購入した安ものなのっだ。
 道東の釧路湿原にカヌーに行った時、すっかりテントを忘れてしまった。そこで急遽ホームセンターで購入したのだ。作りはあまり良くないが、何とか使えるだろう。風には超弱そうだ。
 壊れた

 代変え品で修理
 45リットルのザックのベルトの部品が壊れたので修理した。昨日同じ部品が無いか探したが売ってい無く代用品で間に合わせた。

 午後からはびっしり執筆活動をやって、夕方温泉に行く。忙しかった一日だった。


 北海道新聞の夕刊を見たら、原口の社会教育委員会の記事が載っていた。原口は交通の便が悪い、松前町のはずれの集落で、地区の出来事やエッセイなどを掲載した会誌を54年前から作って来た。
 今年、原口小学校が廃校になったのをきっかけに、最後の会誌を出すことになり、私も最後の記念号に投稿を依頼され掲載して頂いた。
 旧道を探している過程で、地元住民の方々と仲良くなり、原口で行事がある度に招待してくれた。その宴会はいつも自分たちの手作りで、漁師さんがいつも新鮮な魚を提供してくれ、刺身や鍋にして美味しく頂いた。
 そして2次会は勿論スナックなど無い。知り合いの家を転々と回って飲み歩くと言った、田舎ならではの楽しい思い出が残っている。
 そこの原口小学校は廃校になったのだが、ただ廃校になれば建設費の一部を国に返還しなくてはならない。それが1億数千万円になるそうだ。そんな資金は町には無い。
 そこで学校の活用を考えた。何かに利用すればお金は返還しなくて良いそうだ。始めたのは社会教育の拠点だった。学校に宿泊しながら、海にいったり山に登ったりと考えたが、人が来ない。
 そこで今回の会誌の出版記念パーティがあるのだが、その席で旧原口小学校の効果的な運営についての公開討論があるのだが、そのパネラー3人の内の一人として呼ばれている。
 何か良いアイデァを提案しなくてはならない。でもその出版記念パーティは本は完成したのだが、延期になっている。編集責任者と副責任者が入院したのだ。
 退院を待って祝賀会を行う事になったのだがいつになるのだろうか?

7月13日(月)  天気が悪い
 終日天気が悪い情報が出ていた。まあのんびり過ごそうと、資料作りに精を出す。2時間やったら自動バックアップがおかしい。何とバックアップしないで閉じてしまった。あ〜何て言う事を・・・。
 ここで一休み、車をワゴンから軽四に交換に行く。途中ホームセンターに行く。犬の自動給餌を別なアイデアで作りたいのだが、パーツがなかなか無い。業務用の物が欲しいので、ホームセンターでは無理かもしれないが見て回る。やはり無い。
 電磁マグネットか、シリンダーが欲しい。それにリレーもあれば良い。会社勤務の時は余るほどの部品が有ったのだが、退職すると手に入れるのも難しい。アイデアは考えたのだが、実現が難しい。

 途中アルペンに行き、自転車のヘッドパーツを購入。日本一周した時の自転車からヘッドパーツを外してダウンヒルバイクに付けたので、無くなってしまった。ねぶたには4バッグで行く。
 そろそろねぶたの事も考えなくては・・・。今年は花笠に電飾をしようかと考えている。鈴を付けるのは当たり前だが。少し派手にして目立とう。
 テントもいつもは一人用なのだが、近い事もあり、3〜4人用のテントがあるので、それにしようかなと思っている。ゆったり出来るのでねぶたの長期キャンプには良いだろう。

 午後から、資料作成の続きをやって完成。A4で15ページになった。まだプロローグでこんなになった。道のページは相当ある。200ページにはなるかな。

 妻が居ないので、今日からまた食事作りから洗濯まで主夫の仕事が入る。食事作りだが、結婚式があったので、お土産の胡麻餅、和菓子が一杯、帰宅途中で買ったパン、出発前に買っていた角パンなど食べ物が溢れている。甘いものは大丈夫かな・・体重が増えなければ良いが・・・。
 菓子類が溢れている
 そんなところに誕生祝いのお返しなのか、手作りのバナナケーキが送られてきた。もうご飯どころでは無い。沢山の生お菓子を、早く処分しなければ悪くなってしまう。
7月12日(日) 秋田発・・苫小牧・函館
 朝5時半に起きた。いつもは早く寝るので流石に眠い。いつもはすっきり起きる瑞葵も寝不足かなかなかしゃきりしない。着替えもようやく済ませてロビーに行ったら、結婚した夫婦と両家の両親も皆見送りに来てくれた。そしてお土産まで頂いてしまった。
 やがて乗船。今回は2等自由席は空いていた。18人のスペ-スに3人くらいしか居なかった。朝食は1等和室で食べ、その後、瑞葵と船のお風呂に入る。外はガスで霞んでいて何も見えなかったが、船が弾き飛ばすしぶきが真っ白に海水面に広がる。
 その後は、瑞葵が映画を見たいというので「ゲゲゲの鬼太郎」を見に行く。他にも船内の探検だとあちこちを回わったりと休む暇も無い。
船内を探検する
 船が着く前に疲れて寝てしまった。娘は高速で釧路に帰ると言うので、苫小牧まで一緒に走り分かれる。
 瑞葵にじぃじも釧路に行きたいと言ったら、「じぃじは連れていかない、とつれない」。手を振って別れる。
 妻は孫の友瑛が入院しているので、手伝いに釧路に行く。退院まで10日〜2週間くらい掛るのかな?

 家までひたすら走るのみだ。特に変わった事も無く。23時には家に着いた。
7月11日(土) 秋田着・・結婚式
 船は少し遅れて秋田に着いた。昨日は乗船に遅れた車や手荷物を忘れた乗客などが居たがそのせいなのか?
 秋田港には、結婚する裕子さんのお父さんが迎えに来てくれた。チャイルドシートが無いと乗れないので、実は持ってくる事を言わないで来たのだったが、タクシーを手配してくれていた。タクシーに乗って妹の家に行ったら、
朝食を用意してくれていた。船でもパンを食べたので、お腹は空いて無かったがまた食べてしまった。
 
 時間も余っていたので、瑞葵と児童会館に行く。秋田市の公共設備なので大きくて遊びものも一杯あった。瑞葵はとにかく走りまわってあちこちの遊具に行くので、追いつかなくなってくる。1時間遊んで帰る時間になったのっだが、瑞葵の姿が見えない。4階まで上がって探したがなかなか見つからない。
 係りの人に聞いたら、奥の方にもスペースがあると言うので行ったら、ままごと遊びのコーナーがあった。友達を見つけたらしく、向かい合って仲良く遊んでいた。折角仲良くなった友達だったが、別れて家に戻る。
 直ぐに友達を見つける積極性は、将来も伸ばしてくれれば良いなと思う。

 昼にはホテルにチエックインして隣接の温泉に入る。経営者は同じなので、温泉は宿泊者は無料になっている。なかなか雰囲気の良い温泉ですっかり気に入ったが、時間も式の時間まであまりなかったので早々に上がる。
 皆で結婚式会場のチャペルに向かう。両家の親戚と少しの友人のみなので、和気あいあいとして楽しい雰囲気だ。
 式が始まり、バージンロードを裕子とお父さんが歩いて来た。お父さんはかなり緊張気味していた。歩く速度が速くてイブンニングドレスを着た花嫁さんは大変そうだった。後で聞いたところでは、ドレスも踏まれて歩きにくかったようだ。
 聖歌を歌う人が3人いたが、その内の一人がソロで歌う場面があったが、素晴らしい音量と高温の声にはびっくりした。思わず上手い!と言いたくなった。
 式も終わり、赤いじゅうたんを2人が降りてくるところを、フラワーシャワー。空は真っ青な青空で二人の姿も眩しい。その後、皆で交互に2人と一緒に記念写真を撮る。瑞葵は何度も一緒に写真に納まっていた。
 子供は一人だったので人気者だった


親族一同が勢ぞろい。晴れやかだ!
 お父さんお母さん・・今まで育ててくれて・・(涙涙)
 式の後、隣接した会場で食事会が始まった。両家の家族の紹介はそれぞれのお父さんが行った。そして新郎の親族を代表して新郎のお父さんの兄さんがお祝いの言葉を述べた。
 その次は私が新婦の親族を代表して挨拶した。原稿は既に書いていたが、忙しさに紛れて練習はしていなかった。仕方がないので秋田に行って暗記をするかとなったが、秋田に行っても1人になる機会も無く、大まかなあらすじを覚えて本番になった。でも内容は知っていることの話なので、思いだしながら何とか話せた。
 終わって席に帰ってきたら、向いの長男が「長い〜」の一言。A41枚と少しだからまあ良い所だろうと思うのだが・・。
 食事会のメニューは和食か洋食かを事前に選べる。私と娘が和食で妻と長男が洋食だった。私は和食を選んだ。スモークサーモン・フカヒレ・ボタンエビの前菜盛り合わせから始まり、刺身、伊勢海老の揚げ物、金目鯛の柚子胡麻風、牛フィレ肉の一口ステーキと普段は食べた事のないものばかりだった。
 味付けはお洒落な味付けだろうが、私的には昔風のシンプルな味付けの方が慣れている。
 普段食べた事が無いフォワグラが洋食にあったが、長男が要らないと言ったのでゲット。食事はとにかく美味しかったのは言うまでも無い。私はそばを長男にあげた。そばが大好きなのだ。
 今回の結婚式の内容は二人で考えたそうで色々と凝っていた。手作りのカードや食事メニュー、料理の内容を説明したカードなどなど。
 でも圧巻は、ウェデイングケーキの入刀にあった。今回の結婚に至ったのは、旦那さんの弟と嫁さんの妹が結婚した時に知り合って、今回に至ったのだ。
 兄弟と姉妹がそれぞれ結ばれたのだ。弟と妹は結婚式は挙げていないので、ウェデイングケーキの入刀はやっていなかった。
 そこを、今回結婚した夫婦が、妹と弟を一緒に入刀しようとケーキの前に呼んだ。そして一緒に入刀したのだ。これには弟妹夫婦にはびっくりしたようだった。そしてその気遣いに目から光る物があった。
 見ていた皆も涙ぐみ、大きな感動を与えてくれた。やるな!本当に・・・。私も人目もはばからずハンカチを使った。
 瑞葵は初めは静かにしていたが、だんだん歩きだした。そしてビール瓶を持って、相手の親戚に注ぎ出した。普段から良くやっているので上手なのだ。
 そうしたら誰かが千円札を出して瑞葵にあげた。そうしたら、次々に千円を貰ってしまった。瑞葵はお金の有難さはまだ分からない。娘は服を買ってやろうと言っていたので、その内に皆にプレゼントされた服を着るだろう。

 食事会も無事終了して、若者と年寄りに分かれ2次会に行く。年寄は宿泊しているホテルに隣接の温泉での会食なので、疲れたらすぐに寝れるので楽だ。
 8時から始まったが、やはり話は尽きない。ついに23時まで宴会は続いた。帰って布団に入り、ばったり寝る。
 
 話の中で、新郎のお母さんが家の近くの天王に来ていた自転車旅行の若者に話を掛けたそうだ。普段は自転車の若者に話はしないのだろうが、私の影響なのかな?
 そうしたらこれから北海道に渡り、函館に行くと言ったら、「毛利さんを知っているかい?」と聞いたら「母が連絡していてます」と言ったそうだ。
 4月に京都のお母さんから旅立つ子供の事について、旅のノウハウを聞いて来た人の子供だった。世の中は狭いなと感じる。
 12時少し前に寝たが、娘たち若者グループは1時頃まで賑わっていたようだ。娘も最近はファンリー以外で外に出る事も少なくなったので、良い気分転換になっただろう。
7月10日(金) 秋田に向けて出発
 抽選で当たったCD
 函館開港150年を記念して、函館中央図書館が所蔵する、幕末・明治の絵などが入ったCDを抽選で500名に無料提供するという報道を聞いて応募した。
 私の番号は2600番台だったので3000人くらいの応募はあったのだろうか? それでも抽選に当たりCDを貰って来た。内容的に興味があるのは箱館戦争なのだが、やはり私も相当調査をしていたので、目新しいものは2〜3点しか無かった。
 今後、図書館の資料をこの様な形で使用できるようにして貰えれば良いなとつくづく感じるのだが、記念行事だから今回限りなんだろうな。

 今日、秋田に向けて出発する。妹の娘の結婚式に参列する。函館から苫小牧まで行き、そこで娘と瑞葵に合流し、フェリ-で秋田に向かう。
 娘の旦那は友瑛が入院のため、式には参列できず留守番になった。天候は生憎の雨で、豪雨強風警報が出ている。のんびり行こう。
 夕方の5時近くに東港フェリーターミナルに着いた。娘は瑞葵とすでに到着していた。
 途中で買った弁当を車の椅子を撤去した、後部のスペースで食べたが、瑞葵はそれが楽しいらしい。
 やがて時間が来たので、待合室に行く。何と超満員だった。こんなに人が多いのは、初めてだ。
 家族でバックパッカーしている外人が居た。子供がカナダの国旗がデザインされたパンツを穿いていたので、英語でカナダから来たのかと聞いたら、そうだと話した。
 そして背中にサーマレストのマットを背負っていたので、私と同じだと言ったら、お母さんが私のマットを子供に持って貰っていると言っていた。彼女もサーマレストのマットは最高だと言っていたが同感だ。
 札幌〜洞爺湖〜支笏湖を回って来たそうだ。外国人はこんなスタイルの旅が多いな。

 船の2等自由席も満員だった。18名がが入る部屋は9名が団体で9名が自由客だった。妻と娘は1等の個室なのでテレビ、トイレ付きだ。少し個室でのんびりしてから2等自由席に戻る。
 マットを出して空気を入れれば快適になる。マットが無いと2等自由席は痛くて大変だ。マットに腹ばいながら、家で書いていた原稿の更正をする。消灯の10時までやって睡眠。 船は随分揺れたらしいが、私は朝までぐっすり眠れた。
7月9日(木) 殿様街道を行く&旅人出発
 妻の妹を車に乗せ、待ち合わせ場所の上磯の海岸近くの駐車場へ到着。今日同行の佐々木さんと三浦さんは既に到着して待っていた。
 車2台で走る。目指すのは知内の住川で幕末には一ノ渡と呼ばれていた。ここから峠を登る道が、地元では松前藩主が通った道なので、殿様街道と名付けているが、箱館戦争では土方歳三が歩いた道なので土方街道と呼びたいところだが、地元の松前藩に対する思い入れは強い。
 地元では旧幕府軍は敵なのである。140年も経っているので、今はそれ程の感情は無いだろうとは思うが。
 昨日の雨で葉が濡れており、滴がアウターパンツを濡らす。そんな草の伸びた道を少し行くと、登りになり道には葉が積もっていて絨毯以上のクッションがある。
 立派なブナの木
 気温が上がるはずだが、木々の中を行く旧道はそれほど暑くはなく丁度良い感じだ。この街道はぶなの木が圧倒的に多く、その葉の緑が如何にも森林浴といった感じで心地よい。
 ピークの後は下りだが、道は七曲りになっている。下から吹き上げる風が、涼しさを呼び心地よい。
 やがて旧松前線の陸橋に出る。ここを二つ渡って、下れば平地になる。
 小川が流れ木々が青々して、良い雰囲気を醸し出している。
 そして福島川に出る。ここは四十八瀬と呼ばれ、昔の人は何度も何度も川を渡渉して歩いた。冬期間は相当厳しい道であったと、昔の旅人の日記に書かれている。
 昼食は茶屋峠で・・
 着いたのが茶屋跡。昔ここで茶菓を売っていた店があったそうだ。ここから再び斜面を登る。ここも七曲りだ。頂上に近づくに連れて右手は沢が大きく落ちている。馬も四肢を止めて行くのを拒んだと古文書に書かれている。
 そして茶屋峠に着く。ここで昼食を摂る。その後下って終了。丁度良い運動といった感じのコースだ。
 高山君(右)・河瀬さん(左)が出発
 家に帰ったら、旅人の金内君はすでに出発していた。元メッセンジャーの二人はまだ居て、これから食事をして大沼にキャンプするそうだ。
 記念写真を撮って見送る。北海道一周した後、再び函館に帰ってくる。その時には旅の話でいっぱいだろう。
7月8日(水) 旅人3人来る
 先週行った、お年寄り向けの「元気サロンイン明和園」に妻と行って来た。先週は妻の代理で行ったのだが、今回も暇だったし行く事にした。結局、11月の終了まで参加する事にした。
 今日は先週行った体力測定と他の計測結果について診断した。BMIはわずかにオーバーした。他にも体脂肪や内臓脂肪が正常より僅かにオーバーした。
 後、3kg減量すれば全てが正常値に入る事が分かったので、この際3kg減に挑戦しようと決めた。体力測定は断トツで平均値をクリヤーした。

 朝に、ママチャリダーのKさんから、昼には函館に来ると連絡が入った。所が凄い雨で、市内を観光しないで真っ直ぐに家に来た。そうしたら、フェリ-で一緒に乗って来た2人がいたのだが、ここを紹介すれば良かったと言ったので、すぐにフェリーターミナルに行って話す。
 走るかどうか天気を見て決めると言う事で別れた。
 
 私は昨日壊れて持って行ったが在庫が無く、今日に持ち越した携帯電話の交換に行く。その途中で2人の旅人も家に来る事になった。
 今日は3人の旅人が来た
 千葉と東京から来た2人は、元メッセンジャーだった。千葉の男性はすでに九州を回って、新潟で東京の彼女と合流し、二人で走って来た。バイクは2人ともロードでビンディングも付いている。流石に良いバイクに乗っている。夜10時頃まで話して寝ることにする。
7月7日(火) 函館七夕祭り
 トヨタ在台湾20年記念Tシャツを姪っ子から頂いた
 台湾の娘の所に行っていた、妻の妹が帰国して家に来た。しばらく色々な話をして帰る時に、釧路の娘から電話が入り、長男の友瑛が再び入院した。確かに釧路を立つ時に咳をかなりしていたので心配はしていたのだが・・・。
 再度、妻が釧路に向かうという事になり、支度をしていたが、旦那が休暇を取れる事になって、行くのは少し待つことになった。
 でも11日には秋田で結婚式があり、皆んな出席する事になっている。友瑛が退院出来なかったら、大幅変更になる。退院しても秋田行きは無理かもしれない。
 少し様子を見るしか無い。

 7月7日は函館の七夕祭りである。これが他の地域の人にとっては奇妙に映るらしい。提灯や空き缶に釘で穴を開けてろうそくの灯が見えるように作る。
 そして浴衣を着て「竹に短冊 七夕祭り おおいに祝おう ろうそく 一本ちょうだいな」と歌いながら、家々を回って歩く。家ではろうそくやお菓子を用意して、子どもに与える。
 これが函館で私の子供時代から行っている七夕祭りなのだ。
 最近は提灯などは姿を消した。危ないからと言う事なのか?そしてろうそくも与える家は少なくなり、お菓子が主流となった。
 このろうそくを集めると言うのは、江戸後期の箱館では、ねぶた祭りと七夕が一緒に行われ、あちこちでねぶたを作ったそうで、そのねぶたに火を灯すのはろうそくで、それを集めるのが子供の役目だったようだ。
 今日も沢山の子供がお菓子を求めて歩いていた。

 携帯電話が聞こえなくなった。こちらからの声は聞こえるそうだが、相手からの声は聞こえない。前の携帯もシャープで同じだった。以前はスピーカーの断線だった。今回も多分そうだろう。
 でも在庫が無く札幌から取り寄せだそうで、交換は明日になった。
 最近は物が壊れる。
7月6日(月) 釧路-函館
 朝8時には登別の旦那の両親がJRで登別に帰る。我々は9時過ぎに車で出発。今日は昨日以上に良い天気で気温も一気に上がって来た。
 釧路の街を抜け、郊外から浦河までは人家の殆どない道を130kmくらい走る。途中は信号も数か所あるのみで、車も全く少ない道路なのでつい飛ばしたくなるが、押さえて走る。
 浦河まで後50km地点でタンクレベルを見たら、やばい! ぎりぎり持つかなという感じだった。ここからエアコンは切り、アクセルワークも省エネモードにする。
 本当にぎりぎりで浦河に着き給油した。あ〜危なかった。今日は珍しく釧路からずっと会話してきたので、あっという間に距離が稼げた。
 日高門別で目薬を購入し、ついでにリサイクルショップを見る。函館には無いメーカーなので楽しみだったが、これと言った物は無かった。せいぜい小型のギターかな?車で旅する時に邪魔にならず良さそうだったが今回はパス。
 再び走り、伊達に着くここで夕食はびっくりドンキーのハンバーグ。そしてまたまた走る。そして函館着。13時間かかった。でも会話が途切れることが無かったのでそれ程時間は感じなかった。
 家に入り直ぐに自動給餌機を見たら見事に作動していた。
7月5日(日) 瑞葵の運動会
 朝、近くの春採公園を散策しょうと家を出たら、道路に凄い数の車がいる。何かと思ったら、セイコーマートに前で、コンビニ強盗事件が起きたのだ。
 近所のセイコマに強盗が・・・。
 TVも数社来ていました
 警察、報道の車が10台くらいいて、テープは張られて物々しい状況だった。 町の中も沢山のパトカーが走り回っていた。
 昨日は早く寝たがその後から、旦那の両親が登別からやって来ていた。こんなに応援団がいる瑞葵は幸せ者だ。
 朝は昼食の準備で、みんな忙しそう。空模様は曇りで夕方6時から雨だった。外は霧がかかっているし、鬱陶しい天気なのかなと思っていたが、、立ち込めていた霧が、運動会か始まる頃には晴れてきた。天気予報が全く外れたのは嬉しい誤算だった。
 幼稚園の運動会は娘の時以来だから、30年も前になる。小さい子供が一生懸命に走ったり、踊ったりする姿は見てて、微笑ましい。
 親子ダンス
 瑞葵は年中組のかけっこに出て2位に入る。出だしは良くトップで行ったのだが、最後に抜かれてしまった。それでも2位のリボンを貰って大喜び。
 親子騎馬戦があった。張り切ったお父さんが、前から転んだ。背中に子供を背負っているから、手を前に出せず、顔から倒れた。全く動かなかったので、心配したが、しばらくして起きた。顔から血が流れていた。
かけていた眼鏡で切ったようだ。
 驚いたのは子供で僕をかばってくれてお父さんが怪我したと泣いてしまった。会場は思わず静かになってしまった。
 ようやく起きたお父さんを救護班が連れて行って処置をした。その後騎馬戦は再開したが、すぐに終わりの合図で終了した。
 その後の、綱引きと子供とのデカパン競争は娘が妻引きで大活躍で団体優勝。デカパン競争は瑞葵とママで走り、団体優勝と活躍。
 午前中最後のリレーも瑞葵が無事走り切って終わり、昼は皆で食事。
 午後からは、パパが障害物競争に出たが、団体戦では4位で最下位になった。登別ばあちゃんは「孫にはまけないぞ」競技に出たが、人数ではかなわず嬉しい敗退。パパもママも婆ちゃんも皆が参加して楽しい運動会だった。
  良く頑張ったメダル
 夕方、瑞葵が髪のカットをすると言うので見ていた。娘の手つきは慣れた物あっという間に完成。次にパパの髪をカットして、私もカットして貰う。
 それを見ていた登別のおばあちゃんもカットを頼み4人のカットをした。これなら看護師の他にバリカン美容師になれると評判は上々。最後に私の妻が娘の頭をカットして終了。
 皆すっきりした所で温泉に行き、夜は焼き肉でご苦労さんパーティと一日が終わった。
 腕や顔は日に焼けて真っ赤っかだ。

7月4日(土) 函館-釧路を一気に走る
 昨日の夜は、知人と会って会食したが、その相手の方が、石崎の旧道の地図を3巻持って来てくれた。
以前からお願いしていたが、ようやく実現した。これで石崎方面の道が判明するだろう。
他の上ノ国の地図もあるそうで楽しみが増えた。
 朝の4時には家を立つ。今回のために製作した、犬の自動給餌もセットした。上手く作動すれば良いのだが。
 早朝の夜が明けたばかりの国道5号線は車が空いていて楽に走れる。7時には登別に着いた。ここでガソリンを給油しようとしたが、まだ店は開いていない。
 ここは最安値のスタンドで、レギュラーで116円なので待つしかない。急がないので30分は苦にならない。
登別の後も淡々と走り、釧路近くに着いたら、曇っていた空から霧になった。流石霧の町釧路だけある。
 対向車もライトを点けている車が多い。
 霧が立ち込めてきた
 函館からの途中、給油と作ってきたおにぎりを食べて、トイレに行っただけという、シンプルな行動のみで走りきった。時間は11時間30分。釧路はやはりr遠い。娘の家に着いたら、妻が友瑛を抱いていたが、直ぐに抱っこと手をだした。何故か私に懐いているのが嬉しい。先月以来の抱っこだが、10日間入院していたので少し軽くなった感じだ。
 友瑛も何となくゲームする
そして先月は、はいはいしていたのが、今はもう立派に歩いていた。子供の成長は本当に速い。
 夜は流石に眠く、9時には寝てしまった。
7月3日(金) 講演が舞い込んだ
 今日は何かと依頼を受ける日だった。
 まずは昨日の自動給餌システムは見事成功し、下に降りたら愛犬モモは餌を食べていた。これで今回はOKとする。後日、数日間でも給餌出来るように改良しよう。
 明日は釧路に行くのだが、昨日近所のおばさんに野菜の手入れの仕方で指導を受けた。妻が栽培しているので私には良く分からない。
 トマトは横芽を取らないと甘い物が出来ないので取るように・・。あちこちに掛けているビニールはもう必要が無いので取るように。伸び過ぎた○○は刈ってしまえばまた新しいのが出る。伸びた茎には添え木をする。
 という指摘を朝からやってしまう。
 昼には原口のSさんから電話が来て、以前私も投稿したのだが、その教育委員会の本が完成したので出版記念パーティを原口でやることになったそうだ。
 ついては、それだけだと単調なので原口小学校の活用について、パネルデスカッションのメンバーになって欲しいときた。
 原口小学校は今年廃校になったのだが、廃校にしたら、政府に補助金を返さなくてはならない。その額は億単位なのだ。そこで「原口交流の里」としてオープンしたのだが、あまり利用されていない。
 ついてはどうしたら利用増が出来るかのパネルデスカッションをやると言う。
 今日の夕方に打ち合わせを行う。
 「原口交流の里」のHPを見たが、私も利用はしたくない。
 利用する時は松前の教育委員会と打ち合わせするとある。道南の利用者と言ったら函館も多いと思う。100km離れた松前まで行って打ち合わせしてまで行こうとは思わない。
 数十人の団体ならまだしも、ファミリーや個人もOKだ。一泊して裏山に登るのに、松前まで行って打ち合わせる?信じられない。

 またまた電話が来て講演の依頼だった。学校事務局長の研究会のテーマを箱館戦争でやりたいとの事だった。場所は国際ホテルで10月4日だが、これは昨年パワーポイントで一度やっているが、さらに今年の冬に旧道の動画をたくさん撮ったいるので、かなりバージョンアップした映像で見せれると思う。
 引き受けることにした。
 明日から釧路。ブログは

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7月2日(木) 自動給餌が出来た
 サンマ丼とインスタントみそ汁
 今日も朝から洗濯し家に乾してから、食事をする。食事はサンマ丼。中元で娘が送って来た釧路産のサンマを一口大に切り酒に漬ける。それに片栗粉を付けて、フライパンに油を入れて揚げる。
 ご飯を盛り、大好きなキャベツを一杯敷き詰め、その上に出来たサンマを載せる。そしてだし汁と醤油とお酒と砂糖でソースを作り掛けて完成。美味しく食べれた。
 勉強会で・・
 時間が無くなったので、いつもは自転車で行く大野に車で行く。今日はぶんぽ研の例会。今日の勉強会は会長・落合さん私が報告したが、私は先日行った鏡山を報告した。
 落合さんの報告は矢不来台場の件だった。今、第一台場と第二台場があるのだが、第三台場があったのではないかと言うのが落合さんの主張だ。
 確かに激しい艦砲射撃を受けたのに、第一、二台場は損傷がない。やはり第三台場があったのではないかと言う落合さんだ。以前第三台場と言われる場所の、土地保有者からその話を聞いたそうだが、すでに故人になっておりはっきりしない。何か古文書や絵が出てくれば良いのだが、私もまだ見つけられない。
 ジューサーの刃がタイマーでスイッチが入り回転すれば糸が切れて、先に付いた餌が落ちると同時に、スイッチを押しているお守も引っ張られ、落下してスイッチがOFFになる。





 重りが引っ張られ落下してスイッチはOFFになった。
 帰って来て、犬の餌を自動で与える仕掛けを作る。家にあった動く物は、刃の付いたジューサーしか無かった。そこの刃の部分に糸を絡めて、その糸を伸ばして先に餌を下げる。
 スイッチには重いバッテリーを細工して置いて、ジューサーのスイッチをON状態にする。
 ジューサーはタイマーにつなぐ。時間が来るとジューサーに電源が入り、スイッチは押されているので、回転する。すると刃に切られて、紐が伸び、その紐に結んだバッテリーが落下してスイッチが切れると言う具合だ。
 テストとしてセットして、スーパーに買い物に行って帰ってきたら、見事に成功していた。
 これで24時間後に餌を自動で与えられる。1回しかやらない場合はOKだ。
 夜に正式にセットしたので、明日の朝に自動給餌が出来るかどうか楽しみだ。
7月1日(水) もう7月なのか
 何かあっという間に7月に入った。とにかく早いなが実感だ。
 毎日毎日、年を取っているのだが、そんな事も気がつかない状態になっている。忙しいという事実を常に作り出しているからだ。  これは、のんびり出来ない性格で仕方がないだろう。
 今日も、朝から旧道の資料をパソコンで書きまくる。午前中一杯やって今日の分は終了した。
 
 そして、挨拶の原稿作りをする。7月11日に行われる、妹の長女の結婚披露宴で、親戚代表の挨拶をしなくてはならない。親戚や極親しい友人だけの会なので、堅苦しい話はしたくない。でも標準的な挨拶から離れるとまた内容が難しい。芸能人の様に短くて恰好良い話にはならない。やはりぐだぐだと長い話になってくる。あ〜すっきりさせしたいな。
 台湾製24Hrタイマー
 犬の餌が無くなったので購入に行く。でもいつも思うのだが、留守をさせる時には、餌をあちこちに隠して直ぐに分からないようにするのだが、そこは犬の方が一枚上で、あっという間に見つけられて食べられてしまう。
 犬は適量を食べて残して、腹が減ったらまた食べるとなれば良いのだが、見つけた餌はすべて食べてしまう。
 そこで仕掛けを考えることにした。1200円の24時間タイマーを買って来た。これを餌の与える時間に駆動させ、何かを動かして餌を自動で与える。この仕組みを必死に考えた。エアーシリンダーか電動シリンダーがあれば簡単なのだ。会社勤務の時は生産技術だったので、いくらでもあったのだが、今は全く手に入らない。家にあるものでやるしか無い。
 動く物はなかなか家には無い。使っていないミキサーを見つけた。これで何とかならないか?
 まだ考え中だが、最低の案は考えた。明日中に作ろう。
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