3月31日(火) 湯治2日目
 朝は港からの船の音で5時に目が覚めた。ウィンドウブレーカーに着替え散歩にでる。まずは港に行く。
 沢山の船が帆立の水揚げをしていた。まずは水をかけながら、穴の開いたドラムの中を通して、貝殻の外側をきれいにする。
その後、コンベアに乗せて大型トラックに詰め込まれる。帆立の作業を見た後は裏にある丘に登る。何処に行く道か分からないが、しばらく歩いてうっすら汗が出るくらい歩いてから戻って下る。道は霜で真っ白になっているが下りは走って下る。
 宿に戻って冷えた体を温めるのに温泉に直行して飛び込む。
 冷えた体には熱すぎる湯だったが、徐々に慣れてきて、汗が出るほど浸かっていた。
 朝食の時の話では妻の妹も偶然全く同じ道を歩いてきたそうだ。私の30分後を歩いていた事になる。
 食事後、今日の行動に移る。妻と妹夫婦は車でドライブ。私は自転車で25Km離れた森町に向かう事になった。
 最高気温は7度くらいになるそうだが、走っていると寒い。
 途中からは雪も降ってきていっそう寒い。たまらず、森町の支援センターに入る。ここはコーヒーが自由に飲めるので嬉しい。休憩スペースには椅子とテーブルもあるのでのんびり出来るのも良い。。

 昼食はラーメンにした。年配の男性がお茶を持ってきて、注文をとり、中の厨房で作るのは奥さんらしい女性だ。500円と安い醤油ラーメンに何故か大根の煮付けとヤクルトが付いて来た。う〜ん 森の文化分なのかな?でもラーメンは美味しかった。
 帰りも雪交じりの雨になったりやんだりと不安定な天気。ここ毎日走っているので尻の痛みも無くなったので、一気に鹿部の旅館まで走る事にする。
 沼尻からは砂原岳が見えた


 途中の掛澗に来たら、湊の峰が真っ白になっている。良く見たらカモメだった。こんなに多くのカモメを一度に見たのは初めてだ。漁港の中の舗装路もカモメの糞で真っ白だった。これは大変だな・・・。
旅館に着いて直ぐに温泉に行く。今日の露天風呂がかなり熱い。体が冷えているばかりではない。やや温めの内湯に入る。
今日の走行は50Km。尻の痛みも消えたので快調だった。
 夕食はタコしゃぶ他だった
夕食後は、テレビのクイズ番組に熱中し、遅くまでわいわいと楽しんだ。
3月30日(月) 湯治1日目
 今日は、我が家と妹夫婦の4人で、鹿部温泉「鹿の湯」に湯治に来た。先日鹿部ホタテ祭りに来てホタテを買った際、無料入浴券が付いていた。
 折角だからといつもは高いだろうと敬遠していた、大正7年に初めて旅館業を始めた老舗の「鹿の湯」に入浴した。その際、脱衣所に湯治パックなる物があり、2泊すると言う条件はあるものの、値段も安かった。
 私はしばらく旅に出るし、妻の妹は四国お遍路に行く、妹の旦那は退職記念、妻は何も無かったので定額給
 温泉旅館「鹿の湯」
付金満額祝いと銘打って宿泊する事になった。
 この「鹿の湯」は由緒ある温泉で、1700年代に菅江真澄が来て、良い湯があると紀行分に書いているし、その後の箱館戦争では、土方軍が進攻して、鹿部に泊まっているが、この温泉の湯に浸ったのだろうと推定される温泉なのだ。
 浴用許可申請が出されたのは、明治14に伊藤源五郎さんが出しているが、今も経営者は伊藤さんでずっと続いている。
 敷地内にある源泉の取り口
 箱館戦争の14年後なのだが、開湯は古いので、冬の寒い中を進行した隊は、恐らく入浴したと思われる。
 宿の若女将にこの旅館の大正7年の写真を見せてあげたら、え〜こんなの初めて見たと言っていた。
 この温泉を土方が入浴した湯としてアピールしたら?と言ったら、面白そうだから何処かに書こうかと言っていたが・・。
 温泉に何度も入るが、いつも浴槽を独り占めでこの上なく気持ちが良い。夕食は勿論豪華ではないが、なかなか手の込んだもので、鹿部ならではの物が出る。あんこうの肝、ホタテの貝柱のフライ、海鮮鍋などなど。
 4人皆が完食した。ここの旅館のご飯は全道の旅館で人気ランキングで5位に入っている。大野のふっくりんこをガス釜で焚いている。
 夜遅くまで・・酒も私以外の3人はビールで私は飲まないで、遅くまで話しまくった。
3月29日(日) いつ旅に出るの?
 旅に出る日がなかなか決まらない。当初は4月2日だったが、3日に娘が結婚式に参加するので、釧路からやってくる。瑞葵と友瑛も来るので、しばらく会っていないから会いたい。そこで皆が釧路に帰るのは7日なので、6日出発に決めた。別にいつまで行かなくてはならないと言う事も無いので、そんなに気にする事も無いのだ。静岡の姪っ子が台湾に出発するのが5月2日なので、それの1週間前くらいに着けば良いのだ。
 東京で行われる地平線会議には出るために日程がタイトになっていたが、出席しないとなればかなり余裕が出来る。今回は諦めようかな・・・。
   今回のコースの中で「塩の道」と通るのだが、当初貰ったパンフレットは糸魚川〜松本と思っていたが、それは保存状態の良いコースで、松本からさらに太平洋の御前崎まで続いている事がわかった。総距離は350kmで人の歩いていない、旧街道や南アルプス越えなどがあり、資料には熊に注意等が書かれている。
 かなりハードなコースのようなのでだ。荷物満載のチャリで越えられるのか? さらに資料を集めている。

 新築の管理事務所

 函館公園と函館山


 尻が痛い。昨日は久しぶりに74kmも走ったのでさすがに尻が痛い。いつもシーズン初めはそうなので、毎度の事ではある。早く慣れるしか無い。
 今日も快晴の中、自転車で走る。住吉の浜、函館公園と回って来た。函館公園は明治12年に出来たのだが、資金はすべて寄付で、作業も市民の奉仕で行った全国で初の公園だ。昔は生活に必要な道路や橋は自分達で作った。今はそんな事も出来ない。制約が多いので当然勝手には出来ない。
 登山道が転落の危険があるので、人のために1人で整備したら、なんだか罪で捕まった人がいた。そんな時代になってしまった。
 天気も良いので、芝生にシートを広げのんびりしているファミリーがいる。春だな〜。
、次に函館動物園に行く。無料の動物園でかなり貧弱な動物園で人はあまり来ない所だ。なにやら工事をしている。見れる動物は「やくしか」(屋久島の鹿)とインドクジャクだが、インドクジャクは中に居なかった。
 見に来た人が「これしか居ないのか?!!」と呆れていた。
 何の工事かなと思ったら管理事務所が新築していた。動物の入っている舎はボロボロなのに・・・。優先順位が違うのではないか?動物の住まいの環境の方が大事だと思うのだが・・・。
 枕カバーを作った。中には衣類を入れる
 旅で使う枕を作った。作ったのは枕カバーのみで、寝る時に持っている衣類を詰めて使う。こうすれば荷物がかさばらないで枕が出来る。ずっと以前からそうしているのだが、やはり枕があれば安眠出来やすい。
 ビニール製の枕は軽くて良いのだが、夜中に何処かに行ってしまう。バッグを枕にすれば高さも高過ぎ、頭も痛い。これがベストだ。
3月28日(土) 自転車で走る&旧道判明
 なかなか自転車に乗れない、寒い日が続いている。昨日は仕事をしていたら寝そこなって、午前3時過ぎまで起きていた。そして目覚めたのが6時過ぎ。3時間しか寝ていない・・眠い!!
 朝食のパスタを食べていたら、御日様が出てきた。何か暖かそうな雰囲気だった。よし!今日は走るぞとばかりに服を着替えて、外に行ったら結構寒い。
 アンダーパンツを1枚追加して走る。家から出て湯川温泉を抜け海岸通りを走る。風は追い風で快調だ。いつもは国道を走るのだが、今日は2ヵ所はトンネルを避けて、昔の道を走る。
 途中で記念撮影
やはりトンネルで無い方が気持ちが良い。女那川から山側に入り、峠をアタックだ。まだ周囲は雪で覆われ真っ白だ。
 途中から雪が降って来た。寒くて登りなのに汗も出ない。そして手も冷たくなってくる。それでも久しぶりに自転車に乗った感触は心地よかった。
 快調に峠をクリヤーして下りに入る。一気に寒さが増す。スピードを出さないようにして凌ぎながら、平地に着く。やがて鉄山に着く。
 これが鍋毀坂の上部
 ここで、旧道は分からないかな?との思いが蘇る。この辺りに古文書に出てくる、鍋毀坂がある筈なのだが、まだ見つけられないでいる。もう3度は調査に来ている。
 自転車を止めて、温川の対岸の小高い丘の腹をじっと見る。まだ雪がうっすら残っている。あれ〜もしかして道ではないだろうかと思える雰囲気がある。自転車をもっと近くに移動して見たら、丘の中腹に確かに道がある。上から行ってみようと、ゴルフ場に行く道を登って、しばらく行ったら、左側に道らしいのが見える。
 自転車を降りて、歩いて行ったら道があった。旧道を思わせる中央が深くえぐれた道だ。
 さらに行くと道は細くなり、幅は2mくらいで雪が積もっており滑る。崖のように急で、落ちたら川まで直行だ。1つ目は通ったが2つ目はさらに細くなったので、危険を感じて止めた。雪の無い時にまた来よう。

 本日の走行74kmを終えて、家に入り、「温泉に行くぞ!」と妻と一緒に温泉に行く。冷え切った体を温泉は一気に戻してくれた。 
3月27日(金) 寒い日は100円工作
 朝起きたら雪だ。もういらないよ〜となってくる。今日の最高気温は3度程度。外で遊ぶには寒すぎる。そこで午前中は「黒部の太陽」の続きを見る。とにかく大変な大工事で、関西電力にとっては社運をかけた仕事であった。工事費用は当時のお金で430億の予算だった。会社の資本金は100数十億。実に3倍になる。
 物資を運ぶトンネルしは壮絶であった。現場は破断層でにっちもさっちもいかなくなる。そこに人間の数々のドラマがあった。自然に勝つのは力ではなく人間の心だった。
 兎に角、涙涙の溢れるシーンの連続であった。最近は歳のせいか涙脆いな。2007年にこのトンネルを通った時に、ここが破断層の始まりで、ここが破断層の終わり、と言う標識があったが、それほど気にも留めずにバスの窓から眺めていた。
 こんな凄いドラマがあったのを知っていれば、もっと別な見方になってなっていたのだろう。その時はわずか15分程度のトンネルを2500円も取るので高いな思っていたが、そのくらいの価値はあるのかも?。黒部は多くの観光客で賑わっているが、儲けているとすれば、壮絶な戦いをした下請け会社ではなく、発注した関西電力になる。来月からの旅で大町も通るので、もう一度黒部を見るのも良いがまだ雪かな?

 午後から100円ショップ工作をする。まずは携帯電話台。毎晩ベッドでワンセグを見るのだが、縦で見るのは安定するのだが、画像が小さい。そこで横にして見るのだが、電話が安定しないので倒れるか見にくい。横で見れる携帯電話もあるのだが、私の電話はそうはなっていない。
 そこで携帯電話用の台を作る。30分もかからず出来た。100円で毎日の苦労も無くなる。

 次は自転車用コップホルダーとカメラ用三脚台を合わせて、ビデオカメラ用の台を作った。実は6900円と言う安いビデオカメラを購入した。このカメラはAVIの画像が撮れるので、そのまま変換しなくてもDVD製作にも使える。画質は640×480(ピクセル)は鮮明で無いが、320×280(ピクセル)では鮮明な画像が得られる。
 また乾電池で使えるのでお金は掛るが充電の事を考えたら、チャリ旅には使い勝手が良い。それほど大量に撮るわけではないので、これで良しとした。
 これを自転車のハンドルのグリップエンドに付けたので走行している時の画像が撮れる。合計200円で出来た。100円ショップは宝の山だ。
 これで一日が終わった。
3月26日(木) 何となくの一日
 自転車で出掛けたいのだが、曇りで時々雪の予報。でも気温が5度なので雨になったりする。何かアウトドアーでもしたのだが、する気にもなれない。
 まずは隠れ部屋の掃除をする。旅の準備で物が散らかっている。5月の連休にはタンバリン(黒田)がやってくるかもしれない。日本一周した時は大学生だったが、今は社会人になって働いている。
 休めるのはGWとなってしまった。アジアを旅した時に知り合いになった友達と来るそうだが、私は居ないので掃除は今の内にやらなければ・・・。
 日本一周の後、青森ねぶたで再開したので、今度来れば3度目になる。最近レピーターが増えて嬉しいな。
 
 旅の出発は4月2日頃と思っていて、4月4日には秋田の妹の家に行こういと決めていたのだが、北朝鮮のテポドン2号が打ち上げるのは、4月4日になると言う予想がある。
 何か大きな事をやる時は、関連の最後の数字が9になるそうだ。2009.4.4は2+9+4+4=19になる。末尾が9になるのでこの日に打ち上げられるのではないかと言う。
 すると丁度秋田に到達する日になる。こんな日にわざわざ走らなくても良いだろう。北朝鮮の場合秋田沖と言っても信頼性がないので、何処に落ちるか分からない不安がある。
 それに4日は娘が結婚式に出席するので、釧路から函館に来る。やはりこんな時は居た方が良い。という事で4月5日頃の出発になるのかな?

 さらに最近は4月24日の東京新宿で行われる「地平線会議」で会おうと言う誘いがあるし、勿論会議にも参加したい。だんだん静岡でのんびりする予定が短くなってくる。
 この階段は怖かった
 夕方から「黒部の太陽」の前半を見た。ハイビジョンの綺麗な黒部の映像が出てくる。夕食もしないで見いった。2007年に黒部第四ダムには行っているので、あの辺りの雰囲気は分かる。
 一番怖かったのは、コンクリートの壁の部分に階段のみが付いている所を歩くのだ。はるか下の部分が、足元から見えるのだ。私は高所恐怖症なので、手すりにこれでもか!と言うほど力をこめて握り、必死になって下った記憶が蘇ってきた。あの怖さは忘れられない。

 明日は妻が帰ってくる。あっという間の1週間だった。自分で好きな食事を作っているので、食べすぎなのか、温泉でで体重を測ったら1kg増えていた。
3月25日(水) 高校野球「鵡川高校」完敗
 今日の高校野球は鵡川高校、あのししゃもで有名な町の高校だ。パワーヒッターを揃えた打線で期待はしていたが、相手のピッチャーは今大会でナンバーワンの呼び声が高い花巻東だ。試合はさすがの強打打線も打てず9回表までノーヒットに抑えられ完敗した。
 5年前の、夏の甲子園で駒大苫小牧が決勝まで行って、その時は自転車で日本一周の時で、名寄から興部に向かっていた。ラジオを聴きながら走っていたが、山中で電波状況が悪く良く入らない。
 興部まで30分くらい必死でぺダルを漕いで、興部の道の駅に到着。何とか優勝のシーンを見れた。そんな思い出がある高校野球だ。
 黄色い色の防水カバーにした
 野球を見ながら、新たな防水バッグのカバーを縫う。慣れたので作業も早くなり、あっという間に2枚作ってしまった。今回100円ショップに行ったら、黄色があったので色を変えた。安全のためには目立つ色の方が良いし、黄色はマイカラーでもある。

 縫い糸と合わせて300円で2枚も作れた防水カバー。これはかなり安上がりだ。

 夕方携帯電話の契約変更に行く。バリューSSで契約していたが、旅に出る時には写真入りブログにするので、パケット通信料がかかりすぎるし、旅の途中で情報を得たいがIモードもお金がかかる。そこでパケホーダイダブルに変更した。これだと最大で4410円で済む。
 基本料金はバリューSSより安いので、普段はあまり使わない、お年寄りの使う携帯にとっては良いだろう。
 味噌キムチは良い味が出た
 家に帰って食事を作る。今日のメニューは味噌キムチにする。白菜・長ネギ・豚バラ肉に鮭と肉と魚が一緒になった。と言うのは今日の特売で鮭1パックが65円だったのだ。4切れ入っていた。
 味噌は普段は家にある普通の味噌を入れるのだが、今回の旅にはどんな味噌を持って行くか悩んでいた。いつもはチューブ入り味噌を持って行ったのだが、この味噌は最近スーパーには置いていない。使い勝手が良くて便利だったのだが残念だ。
 先月の旅の中では、インスタントみそ汁の味噌を使ったが、味は今いちだった。今回は味噌ラーメンの味噌を使う。使ったのは岡田製麺の「函館のみそ」。これを入れて後はキムチの素を入れる。
 食べた所良い感じの味になった。これなら1袋づつになっているので、携帯には便利だ。値段は1袋60円と高いが色々考えると便利だ。生ラーメンを買えば味噌ラーメンも出来る。

 最後に冷飯を入れて味噌キムチおじやにしたが、これもいける。
3月24日(火) ゆっくりエンジョイはこだてのフォーラム参加
 今日はWBCの試合がある事も忘れて、昨日函館みらい大学の鈴木教授からフォーラム参加依頼の電話を受けてOKしてしまった。函館移住に関するするフォーラムらしい。時間は午後1時半だから、WBCを見てからでも間に合うかもしれない。
 まずは自転車のバッグの防水カバー作り。少しずつバッグに合わせて、手縫いを続ける。合わせ込んでいると少しずつ修正が必要になる。その都度手縫いをして行く。一発で仕上がらないので、綺麗さでは今一つだ。
 でも合わせ込んでしまえば形が出来るので、新たに作ればこれをサンプルとして、今度はきっちり出来るだろう。
 今回のカバーも十分使えるが、せっかく作り慣れたので、後2枚作れば良い形に仕上がるだろう。200円の投資だから、ぴったりあった物を作るかな?
 縫った糸の色がピンクなので違和感がある。ブルーの縫い糸が使って無くなってしまったからだ。
 
1枚は完成した。下に手縫いの跡が見える。色が・・。


 カバー製作1枚目も終わって食事を食べ終わったらテレビでWBCが始まる。試合は緊迫した試合となった。あ〜まだ見たいな・・7回になった所でフォーラムの時間となって車を飛ばす。
 西部町づくりセンターで受付をする。ハンバーグ2個付きだった。そして貰ったミニコミ誌「函館スタイル-これぞ函館」を見たら、「歴史の旅人」で私の記事が載っていた。そう言えば、昨年の11月の取材だったろうか?  はこだて函館みらい大学が渡島支庁からの資金援助で、学生が中心になって作ったミニコミ誌だった。
 出来たら送るって言っていたのに・・忘れたな。
 フォーラム開始まで時間があったので、ワンセグでWBCを観戦。ダルビッシュガ打たれて同点になり、延長に入ったが、フォーラムも始まりTV観戦は止めた。
 少しして、携帯に電話が入った。札幌の娘からだった。「お父さん野球見てた?」「フォーラムがあって見れない・・負けた?」「ダルは打たれたけれど、イチローが打って2点が入り勝ったよ!」と嬉しそうな声だった。思わずやったーと喜んだ。
 フォーラムの席に戻った。函館移住に関するフォーラムだった。移住したい人に何をしてあげるのか?などの設問で始まった。各界の代表者から意見が出された。
 私が興味を持ったのは、「ついき農園」の築城美子さん。「農業をどんどんやって欲しいので、いつでも自分の所に来て、農業をやっても良い」と受け入れを歓迎する一方「農作物を作るだけと言う人がいる、作ったらそれを誰かに売って貰う発想しか無い」「農業は個人が社長さん、どんな経営をするか自分で考えなければだめ」と厳しい言葉も・・。農業に熱い情熱を持っていて、農業に対する強い意気込みが感じられるパネラーだった。
 私も意見を3度ほど述べた。時間が足りなくなる程、意見が沢山出た活気のあるフォーラムだった。
 終わって、隣の人が毛利さんの話を聞きたかったと言ったが、今日は箱館戦争や土方歳三の話をする様な場所では無かったので、今度機会を設けて話しましょうとなった。彼女は函館のボランティアガイド「一會の会」の会長の佐藤喜久恵さんだった。北海道観光ボランティア連絡協議会副会長と何か凄い肩書き・・。名刺を交換する。  私の名刺は「旅人も〜さん」。肩書は無い。
 函館スタイルVol001(創刊号)に掲載「歴史の旅人」
3月23日(月) 春は遠いな・・
 朝3時に目が覚めてしまった。単に歳だから早く起きるなんて問題ではない。とんでもなく早すぎる。原因は暑かったのだ。冬用の寝袋で寝ていたら暑くて目だ覚めてしまった。
 一度目が覚めると、寝付けないタイプなので起きて仕事をする。幕末の道の資料の地図を作成する。パワーポイントで作るのは凄い手間がかかり、こんなに時間がある時でないと出来ない。
 7時まで仕事をして食事を作り、新聞を見ていたら、WBCの試合が始まる時間になってしまい、そんままテレビに釘付けになる。
 試合はジャパンが良い形で進み完勝した。稲葉も活躍したし、ダルも良い投球だったので良かった。明日の韓国戦は熱が入りそうだが、一人で見ていても何故か盛り上がらない。
 オイル交換だ!
 午後からMAXのオイル交換をする。これで車も快調に走るだろう。もう雪もすっかり無くなり、降っても積もるほどにはならないだろうからタイヤも交換した方が良いかな?
 黄色のゴアテックスの防水カバー

 100円ショップの防水エプロン利用。手縫いだ!
 オイル交換の次は、チャリのバッグの防水カバーを作る。今まではゴアテックスの価格の高いカバーを付けていたが痛みも出てきた。先日100円ショップで、ガーデニング用の防水エプロンを見つけ購入してきた。これを手縫いで縫う。今日は上部のみ縫ったが、なかなか良い感じで出来上がって来た。
 これが上手くいけば安く防水カバーが出来るので嬉しい。自転車用で売っているオーストリッチのカバーなどは新しくても、全く防水効果が無く、すぐに中に水が通ってしまう。それで1500円くらいはするのだ。
 明日、下の方を完成させれば出来上がりだ。これが出来たら反対側も製作する。


 夕食は冷凍庫にホタテの子が入っていたので、さつまいも、ごぼうと一緒に煮付ける。それにサラダはきゅうりを切って、ポテトは「じゃがりこ」のステック菓子(サラダ風味)に熱湯を入れて3分してから、かきまわす。するとポテトが出来上がる。味はジャガイモを煮て、それを潰して作るのと全然変わらない。
 数分で出来るすぐれものだ。
 妻が財布を置いて行ったので、食材を買っても良いのだが、こんな時に冷凍庫の整理をしたい。
3月22日(日) 曇り後、雨の日
 朝のメニューは焼きそば
 いつもは遅い朝食だが、今日は早く作る。メニューはソース焼きそば。先日食材のプロショップで購入したものだ。レトルトなので熱湯に9分浸せば完成だ。
 食べた感触は、何処かで食べた事のある味だ。スーパーで売っている焼きそばを作ってもこんな味にはならない。何処かの店で食べたのかな。まあ美味しく頂けた。簡単で安くて良いな。旅に持って歩ければ良いのだが残念ながら凍らせないと持って歩けない。

 雨が降りそうなので何処にも行けないなと憂うつだ。家を出たのは、100円ショップに行って固定用ベルトを購入したのみ。
 家で旅先の情報を仕入れる。何度も行けない旅なので、町々をじっくり見て歩きたい。福島からは太平洋側に出るが、さすがに海水浴場が多いので、キャンプ場も結構ある。そんな中で無料のキャンプ場を探してマップに記入する作業を行う。海の近くに住んでいるので、旅に出てもやはり海が懐かしい。海の無い内陸ばかり走っていると、海の香りが恋しくなってくる。
 日本寺の参道は御影石
 南房総半島に鋸南町と言うのがあり、ここに鋸山がある。ここの上には日本寺があり、「日本寺は今から約千三百年前、聖武天皇の勅詔と、光明皇后のおことばを受けて、神亀2年6月8日(西暦725年)高僧行基菩薩によって開かれた関東最古の勅願所である。
 正しくは乾坤山日本寺と称し、時に帝よりわが国の国号を冠する「日本寺」の勅額、宸翰ならびに黄金五千貫を、皇后よりは御手づらの刺繍になる三十三観音の軸物および御戸帳料綾綿十匹を賜りました。」とあり、行かなくてはとなった。
 一番の決め手は参道が御影石で2639段あり、日本最高だと言う。普通はロープウエイか無料の車道を山の上まで行く。ようし!歩いて登ろう。
 夕食はこんな感じ-食べ過ぎた!
 旧道の執筆も1コース分作成し、今日の仕事は終わり、夕食は冷凍庫を探したら、肉らしきものとイカ、油揚げの冷凍が出てきたので解凍しておいた。
 夕方見たら肉は豚肉だった。今番は焼き物だ。
3月21日(土) 温泉巡り&留守番
 今日から妻が札幌の娘の所に引越しの手伝いに、1週間くらい行くので、私が留守番になる。その前におばあちゃんの見舞いに行く。妻は病院、私は七飯歴史館で資料調査をする。
 病院を出たのが12時40分で駅に向かう。乗る特急は1時39分発だ。妻はJRの65歳以上の人に適用される
会員になっているので、かなり安く行けるそうだ。
 駅に見送ってから温泉に行く。再び鹿部温泉。無料の入浴券が2枚あり、今日で使用期限が終わる。まずは入った事のない「吉の湯」温泉旅館で鹿部では「鹿の湯」と並ぶ昔からの温泉だ。
 ここの浴槽は内湯1つのみだった。良くある旅館の浴槽と思えば良い。それでも日帰りの客が次々入れ替わってやってくる。
 吉の湯
  20分くらいで上がって、今度は鹿の湯に行く。19日に行ったばかりでまた来てしまった。ここは内湯も広くて、露天風呂もある。泉質はナトリウム-カルシウム・硫化泉でPhも7.1と中性だった。
  露天風呂で春の様な風に吹かれて、のんびりしていた。
  帰りに宿泊の予約をする。先日妻と妹も一緒に来た時に、湯治宿泊と言うのがあり、2泊で一人6300円×2だった。私も妹も旅に出るので、送別を兼ねて、両夫婦が集まってのんびり湯治をする事にした。
  
 帰りにプロの食材屋に行った。レストラン用という製品があって、パスタのルーやカレーを初めてとして、ここで購入したのを温めるだけという冷凍製品がかなりある。
 ファミレスなどはここから買っている所も多いのだろうな。パスタは1kgで260円だった。旅に持って行く。


 みんなチャリの旅に出ている。山形の荒木さんは昨日京都〜広島、きよさんは伊豆の海岸でテントを張っている。早く行きたいな・・・。
3月20日(金) 毛利家お墓参り
 今日は毛利家の墓参り。WBCが10時から放映されるので、8時過ぎに家を出る。まだ墓地には来ている人は少なく、閑散としていた。
 墓に着いたら、花が上がっていた。そして墓の周辺が掃除されていた。え〜だれだろう?
 毛利家の墓は植村家の墓と同じ敷地にあって隣同士になっている。私の父は植村家の次男で、子供のいなかった、毛利家に養子に来たのだ。そんな関係を、親戚はみな知っている。
 墓参りの時は、どちらの墓にも花を上げていた。毛利家にのみ花をあげて、植村家に上げないと言う事は今までは無い。
 すると毛利にのみ関係がある人なのだろうが、私の記憶の中には毛利家の親戚は函館には居ない。
 秋田にいる妹に電話したが、誰も函館には来ていないと言う。いったい誰なんだろう?
 誰だか分らないが、わざわざ墓に来て花を上げて、ろうそく、線香も上げてくれたので感謝をしなければ・・・。
 花の感じから前日に上げられたと思われる。3連休を利用して何処からかやって来たのだろうか? 謎のままだ。
 誰が上げたのか花があった

 墓からは大森浜が見える
 帰りに市営谷地頭温泉に入浴。この温泉は赤茶けた色の温泉で、朝6時から営業しているので、時々は来ている。しかし温泉は赤字で、市も民間に売却する事にしたそうだ。
 70歳以上は無料であったが、民間になればそんなサービスは無くなるだろうな。後5年で受けられるはずの恩恵が受けられなくなる。
 帰ってWBCを見る。韓国に圧勝。日ハム稲葉が好調だ。

 夕方からMTBでトレーニング。町を一回りしてきたが、途中から急に冷えてきて手が冷たくなる程だった。途中で果敢に挑戦してきたママチャリの若者がいた。信号で止まっていた所に来て、青信号でダッシュした。私の方を何度も振り返り、付いてこれないだろうと言う感じで走っていた。まあ見た目はまぎれもなく65歳のオジサンだからな・・・。そこで気持が燃えた。昔のレースのシーンが蘇った。たかがママチャリだが、追いつき一気に抜いてしまった。
 若者は競争を止め諦めて後からゆっくり来た。う〜んまだまだ負けないぞ!大人げないが・・。
3月19日(木) お墓参り・見舞い・温泉
 今日は妻の実家のお墓参り。毎年参拝する人の数も減ってきて、今年は3人のみになった。まだ周辺に雪が残る上に、気温が高くなってきて、辺り一面はガスがかかっている。
 手前の墓は大勢の人で賑わっていたが、ここには人はほとんど来ていなかった。いつものように墓を掃除してお供え物を上げて、今年も来たよと参拝する。
 妻と妹がしゃがみ込んで昔話に耽っていた。我が家と妹の家の子供たちは、台湾・東京・釧路と函館からは遠くなった。これからは年寄のみで来る事になるな。
 昔の思い出を語る姉妹
 墓参りを終えて、おばあちゃんの見舞いに行く。その前に病院の近くでふきのとうを採る。春がどんどん近付いてきて、ふきのとうも顔を出していた。
 おばあちゃんをお風呂に入れてくれると言うので、昼食は遅くなる。その間にWBCを見る。今日のキューバに負ければ、日本に帰らなければならない大事な試合になった。でも幸先良く2点を先行した。我が日ハムの稲葉が会心の2塁打。良いぞ!
 おばあちゃんは食欲はあるが、まだ痰が絡んでぜぇぜぇ言っている。良くなっているのか現状維持か?でもすっかり病院が気に入っているようだ。
 退院すれば娘たちは月に1度くらいしか来ないだろうし、自分で色々やらなくてはならない。病院に居れば皆やって貰える。娘たちも毎日来てくれる。おばあちゃんにとっては居心地が良い場所かも知れない。
 鹿の湯の窓も凝っている
 今度は鹿部温泉「鹿の湯」に向かう。先日鹿部のホタテ祭りで温泉入浴券を貰ったので、無料で入れる。着いた旅館は鹿部温泉の老舗旅館で大正の初期から続いている。
 その前には菅江真澄などの旅人が、この温泉の事を日記に書いている。そんな歴史のある温泉である。浴槽は内風呂と露天風呂の2ヵ所。入ったら人が1人上がったので誰もいない。
 内風呂は熱めの透明な湯がかけ流しになっている。露天風呂は大きな松の木が2本浴槽のそばにあり、風情がある。
 いつもは最近はやりの温泉銭湯ばかり行っているので、多くの人が入浴していて騒々しいが、ここは静かで良い。こんな温泉もお勧めだ。料金も回数券8枚つづりで4000円と銭湯より安い。

 家に帰る途中、プロの食材屋に入る。ここは一般の人にも販売している。兎に角安いし種類の豊富さに圧倒される。ファミレスなどで出されるレトルトカレーもここには凄い種類が置いてある。
 さらに違うフロアーには器具が置いてある。ポップコーンの機械、綿菓子機械、他に赤ちょうちんや旗、食器や旅館やホテルで使う1人用鍋など。 かなり見たが回りきれなかったのでまた来よう。
3月18日(水) フロントバッグ取り付け完了
 今日は気温が11度くらいになるそうで、4月中頃の気温だ。もう旅に出て良いのだが、あれこれとあってなかなか出れない。
 明日は盆の入りで妻の実家の墓参り、翌日は私の家の墓参りと続く。その後妻は娘の引っ越しに札幌に行く。帰ってくるのは3月末だとか。結局出発は4月に入ってからになりそうだ。
 今日はフロントバッグの取り付け。バッグをハンドルに固定する、マジックテープを縫い付ける。次にプラスチックコンテナを付けるのだが、ずれないように底部にL型のアルミをリベットで留める。
 さらにコンテナを乗せるためバッグの位置が高くなるのでライトを下の方に設置する。これは加工しなければ付かない。アルミ棒をキャリアに固定してそこにライトの取り付け金具を付け、そこにライトを付ける。
 2時間くらいかかって完成した。これなら大丈夫だろう。これで自転車の改造は終わった。
 コンテナとバッグが付いた。ライトは下。

 横から見た所
 昼からはWBCの日本対韓国の試合を見る。1回の表から何か変な流れ。結局は打ち崩せなくて4対1で負けてしまった。
 うっぷんを晴らしにMTBでトレーニング。近くの小さな盛り上がりがいくつもある場所でXCをする。アップダウンがけっこうあるので息が上がる。
 短パンで走ったのだが、もう寒くは無い。春が一段と近づいている。汗が出てきたので、湯川温泉までMTBを走らせる。湯川温泉を一周して帰宅。気持良い!
3月17日(火) 暖かい一日
 気温は10度くらいまで上昇すると言う事で、4月上旬の気温らしい。早く暖かくなれば良いな。旅立ちの方はまだ決まっていない。
 昨日の夜におばあちゃんの見舞いに行く。妻と妹も一緒に行く。妻は昼にも行ったのだが、何か気になると言う事で再度行く事にした。
 相変わらず酸素吸入はしているが、少しは良くなっているようだが、肺の方はまだ白くなっていて安心は出来ない。起きるのは自分で起きれるので、少しは良くはなっていると思うのだが、医者もはっきりした事は言わない。安全サイドの発言は絶対にしない。
 ダンボールで3個あった
 車で亡くなった義弟がお世話になっていた、グループホーム「のぞみ」に行く。車にはビデオテープをダンボールで3箱積む。50本くらいはあるだろうか。
 以前、新登別温泉の民宿に泊まった時、古いビデオテープがあったので、面白く見ていた。昔の映画で高田浩吉が出てきた。歌を歌いながら街道を歩くシーンに当時、映画を見ていた時は拍手が起きるのだった。そんな時代のテープなのだが、一昨年、同じ民宿に宿泊した時、見たいと言ったら、ビデオを再生する機械が壊れてしまったそうで、見れなかった。
 そうしたら帰りにもういらないから持って行って良いよと言われて、貰って帰って来た。昨日の義弟の1年際に施設長が来たので、お年寄りに見せてあげたいが、どうかと聞いたら、必要だと言うので今日持って行き渡してきた。
 高田浩吉、美空ひばり、中村金之助、坂東妻三郎、嵐勘十郎など懐かしいものばかりだ。
 午前中は資料作りに精を出す。天気が良いので自転車で走りたかったが、部屋で悶々としてやる。午後から、自転車のテストをしようと部屋から出して乗ろうとしたら、パンクしていた。チュウーブを入れる時に噛んだのだろうか?
 もうチューブは使えないので、とりあえず別の自転車のタイヤを付けてテスト走行。新しく付けたディレーラーも快調だ。これで旅の自転車はOKだ。
 チューブを買いに自転車屋に行く。先日組み立てたばかりのスペシャライズで行く。この自転車は小さめなのだが、凄く乗りやすい。旅の自転車が420mmでこの自転車が380mmになっているが380mmの方が乗りやすい。
 町の中を快調に飛ばして自転車屋へ行く。お客さんがいた。パンクだそうだが、パンクした後も乗ったらしく、3ヵ所もパンクしていた。それでも1400円としてくれた。ここの店は本当に親切だ。
 私はチューブ2本、パンク修理用品一式、タイヤを入れる時のワックス、ワイヤーのアウターのキャップ、ヘッドキャップを購入。〆て4300円になったが、3300円にまけてくれた。いつも世話になっている。

 家に帰って今度はフロントのバッグの下にコンテナを付ける事にした。でもライトは邪魔になるし、どうするか考えがまとまらず今日の作業は終了。
3月16日(月) 何かと雑用の日
 朝早く灯油を購入に行く。昨日見たらもうゼロラインを下回っている。灯油も47円/リットルと安くなった。昨日の新聞では暖冬の影響か節約かで在庫を抱えており、原価が下がったようだ。普通ならタンクローリーで入れた方が簡単なのだが、4円/リットルは安い。1缶80円か?
 それでも4缶とか買えば320円になる。この灯油をタンクに入れる作業が伴うが、高い所に持ち上げて入れるので力がいる。でも訓練と思えば良いのだ。この20kgのポリタンクを上げれるかどうかが、力のバロメーターになっている。上げれなくなたら止めれば良い。
 その時はもう俺も歳だなと感じるに違いない。その時まで自力で入れるのだ。
 表面はアルミ腐食していた

 綺麗になった。ブースターもピカピカだ。
 自転車のサスペンションとブースターの研磨。アルミ製なので、手に入れた時は表面のアルミ腐食が進んでいた。折角組み立てたのだから綺麗に研磨する。数種類の研磨剤を使い、徐々に研磨して行く。だんだん綺麗になっていくのは楽しい。1時間くらいで完成したが、見違えるようになった。 


 今度はママチャリで出かける。
 最初に行ったのが100円ショップ。旅用のバッグを固定する、マジックテープが欲しかったので購入。プラのケースも購入した。これは味噌を入れる。味噌の入っているケースは薄いので、ぐちゃぐちゃになるので、丈夫なな物にした。本当はチューブ入りの味噌が欲しいのだが、最近は店から消えてしまった。大変重宝していたのに残念だ。
 店をうろうろしていたら、防水の布が見つかった。前から探していたがどこの店に行っても適当な物が無かった。100円ショップも探したのだが、見つけられなかった。
 今回は園芸売り場で見つけた。園芸用のエプロンだ。散水もするので防水になっている。暑さも十分あり、気にって購入。自転車のサイドバッグに掛ける防水カバーは驚くほど防水性が無いのだ。値段は1500円くらいするのだが、全く役に立たない。旅人が結構困っている。そのため、サイドバッグにはナイロンに入れて物を格納した。
 今使っているのはゴアテックスの登山用の物で、バックパックに被せるものだ。値段も高いのだが、もう痛みも激しいので変えたかった。この防水エプロンで出来れば。最高だ!

 次はプリンターのインクの購入。インクがが切れてしまった。コジマ電器に行ったら詰め替え用が置いていない。仕方がなく数キロ離れたベスト電器に行く。ここには置いてあった。3色で2400円なのだが、この店は購入すると300円の割引券が出るので、実質700円。これで4回詰め替えが出来るから、1回の詰め替え費が175円と格安だ。リサイクル製品のカートリッジでも700円くらいはする。新品は1000円を少し出る。
 交換作業はかなり慣れているので、3色を詰め替えても5分で出来る。慣れると言う事は素晴らしい。

 インクを購入した帰りにゼビオに寄り、ソックスを購入。足のサイズが25cmなので、いつもは女性用のソックスを購入していたのだが、生地が薄いのですぐに穴が開いてしまう。
 衣料品店などでは、23〜25cmの物はあまり置いていない。ゼビオはスポーツ店なので、この様な店には置いていると言うのが分かった。3足購入で1000円也。

 途中、大好きなリンゴが切れたので、中島廉売に購入に寄る。先日腐ったリンゴを売られてクレームを付けたおばちゃんの店の前を通ったら、じっと顔を見て、何も言わなかった。いつもは安いよ!安いよ!と売り込むのに・・。その店の前を通り過ぎ、20mくらい行った所の果物屋の前に着いた。品定めをしていたら、隣に誰か来て話しをする。その間は仕方がないなと品物を見ていた。
 そしてその人が帰った後、リンゴを注文。「大丈夫ですよね?」と念を押した。「大丈夫だと思うけど、もし腐っていたら交換するので持ってきてください」言われた。
 「いや〜先日そこの果物屋で購入したら半分くらい腐っていたので・・・」
 「そうですか?今来た人の店ですよね?」
 「え〜」帰った方向を見たらまぎれもなく、あのおばちゃんの後ろ姿があった。
 あの店を通り過ぎた後、すぐに後ろを付いて来たのだ。何処の店で買うかチエックに来たのか?恐るべき執念なのか?

 家に帰って、デジカメの修理。とは言ってもねじが無いだけの話なのだ。1月元旦の恵山頂上でセルフタイマーで撮ろうとして強風で三脚が倒れ、岩にぶつかった。その時だと思うのだが、ねじが4本も無くなっていた。家に帰って来てからあちこちネジを探しているのだが、なかなか見つからない。店に行って同じようなサイズの物を購入するのだが、ねじのピッチが違うのか微妙に合わないのだ。今日もカメラから外したネジを持ち歩いているが、見つからない。だいたいあんな細いネジは置いていない。
 帰りの自転車で閃いた。もしかして眼鏡のネジが合わないだろうか?・・と。家に着いて妻が使わなくなった眼鏡を貰い。ネジを外して付けて見た。そうしたら!!! ピッタリ合った。やった-これで一安心。
3月15日(日) 1年祭
 義弟が昨年亡くなってから1年が過ぎて、今日1年祭が行われる。昨日の夕方から吹雪になり雪が積もっていた。桔梗のおばあちゃんの家で執り行なうのだが、普段人が住んでいない家は、冷え込んでいるので、おばあちゃんが風邪でも引かないか心配だ。
 朝に入院中のおばあちゃんの所に行く。病室に入ったらおばあちゃんが、酸素吸入しているし、呼吸も荒くなっている。看護士さんに聞いたら、昨日から熱を出して、38.5度もあった。
 これでは連れて出る事は出来ない。折角頭にはパーマをかけ、髪も染めて張り切っていたのに残念だ。法事が終わった帰りに寄る事を伝えて、おばあちゃんの家に行く。
 1年際
 今日の参列者は20人で、亡くなった義弟の娘も札幌から雪の中を来ている。三島神社の宮司さんが来て、早速始まる。
 最後に玉串を捧げて終了した。終了後宮司さんと話す。宮司さんは元プロスキーヤーと言う経歴の持ち主で話もスキーの話や神社の話をする。
 現在、道南の旧道を調査しているが、旧道の近くには神社がある事が多く、神社にも興味を持っているので、そのい話を聞く事は有意義だ。
 宮司さんはこの後も法事が控えているので帰る。皆で個人を忍び食事をしながら歓談する。沢山の料理が出た。でもお酒は飲まないので食べるのみである。
 全体を見てもアルコールを飲んでる人は3人くらいしかいない。みんな車で来ているから飲めない。それでも故人の話に花が咲き、無事終了した。
 私より若くして亡くなった義弟を思うと寂しいものだ。何度も仕事があった時は、離れた場所だったので、正月ぐらいしか会えなかった。2人とも酒が好きでよく飲んだ思い出がある。退職した後の色々なプランを持っていただろうに、それが叶わないまま散ってしまう事に虚しさを感じる。
 行きている今、精一杯生きなくては・・。
3月14日(土) 自転車完成
 強風が吹き荒れて家はぐらぐらしている。こんな日は外には出たくない。午前中は川汲峠の旧道を資料にまとめた。ここだけで12ページにもなった。この調子だと全コースの旧道をまとめるのに100ページは簡単に超えそうだ。また大作になってしまうのかな?
 赤のスペシャライズが完成

 前からも撮った
 午後はマウンテインバイクの組立をする。左のシフターを取り付ける。そしてシフトワイヤーを新しいものと交換しようとしたら、予備が無くホームセンターに行き購入する。
 シフトワイヤーのアウターも痛んでいたので交換する。
 次にグリップが無いので新品を付ける。これですべてが完成した。雨なので乗ってのテストは出来なかったが、多分大丈夫だろう。
3月13日(金) 自転車組み立て
 2ヶ月続きの13日の金曜日だが、我が家には何事も無い。
 今日は夕方から大荒れになるそうだが、日中は気温7度まで上がるので暖かい。
 まずは旅用自転車にライトを取り付け、前後の調整も喋ねじにして手で出来るように改良した。これで壊れたライトも使用に耐えれるようになった。
 取り付けられたライト

 天気も良いのでチャリで買い物に行く。やはりチャリは気持ちが良い。
 中島廉売は新鮮な物を安く売るので相伴の筈だったが、昨日買ったリンゴが半分以上腐っていた。いつも買っている店なのだが、これはいけない。
 リンゴを持って店に行く。昨日売ったおばあさんが、本当は500円で売る物を300円で売っているんだから、そんな物も入っていると言う。
 それだったら先に言えば良いのではないか? 安いから不良品と言うのは廉売の方針に対しておかしいのではないかと言った。
 中島廉売のキャッチフレーズは、「当日仕入れた新鮮な物を安い価格で売る」となっている。全然そうではない。きっと売れ残ったのを売っているのだろう。
 その後、コジマ電器に行く。DVD製作を頼まれたが、DVD-Rが切れてしまった。じっくりDVD売り場を見ていたら係りの人が来て、分かりますか?と言われてしまった。
 この歳だから、きっと分からなくて困っているんだろうと来てくれたのだろう。「録画用は他の場所にありますよ」と言われたので「データ用です」と言ったら「分かりました」と去って行った。
 25枚入れを購入して家に帰る。

 昼食は・・・と見たら、ご飯は空だった。仕方がないので米をといて、炊飯するが時間がかかるので、焼きそばを作って終わり。
 MTBの組み立てを始める。スペシャライズのハードロックのフレームのみが家にあった。先日シフトレバーの片方が壊れたのだが、両方を購入したので、片方が余ったため丁度左が無かったのが、左があまり補充できる。他にホィールにタイヤを組んで、ハンドルやステムもあちこち探し、何とか形が出来上がって来た。
 シートはサンマルコプロを付けた。確か1万円以上したものだ。サドルに刺繍が入っているレース用のものだ。硬くて尻が痛いので、レースをやらない今は使っていなかった。
 リアーのディレイラー調整を終えて、今日の作業は終了。
3月12日(木) 図書館&ライト修理
 朝はゆっくり起きた。朝飯を食べながら、昨日の続きになった。でももう頭が疲れた。同じ繰り返しだから・・・用事があるという友人の声に、ようやく解放されると思わず思った。
 家を出て図書館に行く。2時間びっしり本を広げて調査した。もう帰ろうかなと持った最後の本を読んでいた。その本の中に、新たな事が発見された。
 箱館戦争の初戦は峠下村だが、旧幕府軍は峠下に到着して、宿屋に入るのだが、その宿は大畑屋となっていた。勝手に下北半島の大畑からでも来たので、そんな名前になっていたんだろうくらいに思っていた。峠下の入植者をいくら調べても、庚申塚(天命14年)にも名前が入っていない。
 それが名前が出てきた。大畑は人名だった。ここの峠下村(当時は部落と呼んでいたそうだ)の部落長をやっていた人に名前があった。
 この峠下村は、旅籠が数件あったので、その内の1軒が大畑屋であったのだろう。おまけにこの辺りの旧道も載っていて、思わぬ資料が手に入った。
 書いた方はここ峠下に住んでいたが、峠下村を出て行く事になったので、今まで先祖から聞いたり、自分で知りえた事を残して出たそうだ。私にとっては貴重な資料だった。
 家に帰って、自転車のライトの修理。以前から使っていたものなのだが、走っている時に落下して、ライトの固定部分が破損して付かなくなった。新しいのを買おうかなとも考えたが、最近の一番新しいライトは5000円もする。壊れたライトは買った当時は最強の明るさで、いまでもそれほど見劣りしないくらい明るい。これも5000円くらいした。そこで得意の改造で復帰させた。金属の部品や他のパーツに付いていたベルトを付けて直った。
 金属部分が生々しい
3月11日(水) 夫婦問題・
 午前中はシートポストの締め金具を交換する。後ろのキャリアと一緒に締めていたせいかシートポストがが完全に締まらなかった。そこでシートポストの締め金具と、キャリアの固定場所が別々になっているものと交換した。これでびしっと締まるようになった。
 キャリアの固定とシートポストの固定が一緒

 別々になるような金具に変更
 友人から遊びに来ないかい? 話たい事があるんだけど・・と言う事で車に、食料を積んで午後に出発した。閑静な住宅街に家を構える、友人の家に到着。
 早速、話に入る。しばらくぶりにあったので、積もる話が沢山ある。夕方の4時になって、飲もうかとなった。酒の肴が出されて宴に入るが、私はお酒をの飲まないので・・と言ったら、え〜どうしてと驚いていた。これこれで減量しているんでと了解して貰った。
 自分ながらも、良く断酒を続けているなと感心する。夜になり話は確信に入って来た。今回話したかったのは、夫婦間の事だった。娘が転勤で苫小牧に来たのだが、夜遅くなるので、幼稚園に預ける子供を夕方には引き取らなければならないが、仕事で行く事が出来ない。そこで彼の妻が娘の家に行き、子供の面倒を見ると言う事だった。そうなれば、自宅にはせいぜい月1度くらいしか戻って来ない事になる。
 お互いが離れ離れの生活になる。これで家庭と言えるのか?というのが彼の話だ。
 確かに長年暮らした夫より、娘の方が可愛いのも、うなづける面もあるのだが、本人に取ってはそれは受け入れられないと言う。
 私ならば、旅しても一人だし、一人で自宅に暮らしても、何の問題も無いのだが、人それぞれなので難しい。彼にとって1人で家にいる事が耐えられないそうだ。
 キャンピングカーがあるんだから旅でもしたら良いのに、と言っても一人旅はつまらない。話す相手も居ない旅は考えられないと言う。
 かと言って妻と旅をすれば喧嘩ばかりしているそうだ。難しいな夫婦の問題は・・・。
 ひとり旅の方が自由度が100%あるので楽しい、自分とは正反対の考え方なので、これはもう平行線になってしまう。夜遅くまで話をして結論のでないまま布団に入る事になった。
3月10日(火) 俺俺・・・
 いつもは妻が電話にお出るが、珍しく私が出た。
 「俺だけど」
 「誰?」
 「俺だよ・・俺・・」
 ついに我が家にも俺俺詐欺が来たか?
 最近はおとり捜査もあるから、振り込みは出来ないので、何処かで会って現金すよなどと、言って、警察に捕まえて貰う。
 これなら上手く行くだろう。
 「今度車買う事になったんだ」そうか、新たな手口だな。車とはあり得そうな話だ。
 などと頭を回転させながら、耳を澄ます。
 でも・・良く良く聞いたら、何か聞いた事のある声だった。
 長男からの電話は珍しい。2年ぶりくらいか? てっきり俺俺詐欺だと思った。
 「そう・・現役は金があるね・・何と言う車?」「LAV4だよ」「幾らするんだ」「何か期末決算で45万円値引くと言うんだ」
 などなどの話をする。こんな話の来る時は金に決まっている。男親には言いにくいだろう。
 妻と電話を替わる。妻の方が話し易いだろう、我が家の大蔵省は妻だから、私はYESかNOの判定だけだ。
 長々と話をして仕方がなく、お金を貸すことになった。
 確かにローンで買うよりは、現金の方が数十万円は安くなるのだろう。
 娘の時も貸したので、長男にも貸さない訳にはいかないだろう。必ず返すとの口約束で貸す事に決めた。返さなかったら、親が何処からか借金して、死んだら負の財産を残せば、子供達が相続するのだ。
 しかし知識のある人は財産放棄をするだろうなどと、馬鹿な考えをしていた。最近ラジオの人生相談の聞き過ぎか?
 妻から通帳と印鑑を貰い、身分証明書は免許証。今はATMでは10万円以上は振り込めない。さらにキャッシュカードも無いので通帳で、窓口で下ろすしか無い。
 振込詐欺に振り込むのではないかと、疑われないかな?などど緊張しながら、書類を提出した。
 「銀行印が違いますね」「え〜」
 家に帰る。「あれ違うのどれだったっけ」と全く詫びの言葉もない。

 次の候補の印鑑を持って再申請。無事受けつられたが2時を過ぎたので、明日の振り込みになった。
 疲れた一日だった。
3月9日(月) 暖かい天気
 今日は予報では最高気温が5度であったと思うが、実際には10.4度まで上がって4月下旬の気温だそうだ。しかしパソコンで午前中を過ごす。川汲山道の一部を完成。妻の妹から頼まれた孫のDVD作りの開始と、午前中は閉じこもり。昼は妻の妹夫婦と会食。パスタ&ピザランチに行く。60分食べ放題。
 パスタやピザは好きなのだが、名前とどんなものなのかが一致しない。これは一番の悩み。パスタとピザは注文しなければならない。パスタのカルボナーラは聞いた事がある。何故か?100円ショップにもあるからだ。これで行こう。
 他は皆にお任せにした。最近食べる量が減っているので、食べ放題は全く行って無かった。皆の誘いで来てしまったら仕方がない。多少で済ませようと思ったが、そうはいかない。やはり欲が出てくる。
 腹いっぱい食べて、さらにケーキがある。う〜ん食べたな。久しぶりの暴飲暴食だ。

 夕方100円ショップへ行く。2バッグにしたが、今回は冬ものもパッキングしたので、行きは荷物がかさばる。そこで調理用品1式は別なバッグに入れて、後ろに積んでいく。すると出し入れもいちいちサイドバッグを開けなくても、調理用具が簡単に取りだせ、便利になるだろう。
 購入したのは500ml缶が12本入る、アルミバッグ。これは保冷効果があると言う事で、防水効果もあるので良い。これが100円で買える。100円ショップ様様だ。
 調理用具一式が入ったバッグ
 中華鍋も購入。以前購入したのがあったのだが、相当使い込んでいるので、新しいものを投資した。210円なり。今まで100円であったのが倍になった。でもこの鍋の便利さは止められない。
 帰ってから空焚ききして、塗装を飛ばしてOK。バッグの中には調理用品1式が収まった。
3月8日(日) ホタテ即売会&道南の旧街道講演
 今日は昨日と変わって快晴の良い天気。車を鹿部へ飛ばす。久々に妻と二人での遠乗りになる。ホタテ無料食べ放題&即売会会場の、鹿部ロイヤルホテルの前には車が一杯。どうも無料の文字には弱い。ここまでのガソリン代を考えればスーパーで買った方が安いのかも知れない。
 焼きホタテは食べ放題 駐車場の案内は雪山から
 焼きホタテは無料で食べれるので、妻がホタテを購入に並んでいる間に試食する。2枚食べてもう良いかとなった。
 その内妻がホタテを4袋買ってきた。1袋18枚入って500円で温泉無料入浴券が付く。どう考えても安い。しかし貰った温泉入浴券は12時30分からだった。これでも午後からの用事に間に合わない。まあ後でも使えるから良いかとなって、函館に戻る。途中入院中のおばあちゃんが好きな鯉の洗いを買って病院に寄る。肺炎の方はすっかり良くなったおばあちゃんだが、腰の骨はまだ痛そうで、車いすに乗り移る時が痛そうだ。
 今までずっとベッドに寝ていたので足に力が入らず、まだ歩けない。これからリハビリィをして行かなければならない。年取っての怪我は大きなリスクを背負う。
 講演会

 立派なポスターもあった
 家に一度帰って、函館中央図書館で行われた。平成20年度 第5回郷土の歴史講座 道南の旧街道、講師「中村正勝氏」を聴きに行く。私がこの3年調査した旧道はどのような位置づけになるのか、凄く興味があった。自分と同じように、旧道を調査していた人に初めて会った人だった。郷土史家としては有名な方のようだ。
 入り口で渡した資料に目を通すと、函館から松前さらに江差まで歩いている。そして地図が書かれ自分が同行調査したと書かれている。歩いた内容的は私が今調査を進めている内容と同じだった。これは興味が一気に湧いてきた。
 講師は元上磯町在住で現在札幌に住んでいる。今までに調査した時の写真を図書館に寄贈したそうで、その写真を中心に講演が始まった。
 講演した地域は旧上磯と旧大野が中心で、多くの写真とともに史跡が映し出された。しかし道の方は断片的に出てくるがどの場所なのかはっきりしない。
 講師もかなり前に撮った写真なのか、良く見えないから次・・何処か分からないから・・次・・とどんどんスライドだけが進んでいく。写真の説明を受けるが、場所がはっきりしない。マップでも出て来て、ここだと言えば分かるのだろうが、それが無いから土地勘のない人はどこの場所にある史跡なのか全く分からない。
 こんな事でどんどん進んで行った。写真の枚数が多くて1時間半経ったが、まだ相当残っている。最後は次、次、次と超スピードで進んで終わり。道は写真を撮ってもみな同じように映るのでどこの場所か判断するのは難しいと言っていた。
かなり年配の方なので難しいとは思うが・・・。
それは私も分からないわけではないが、少なくとも写真を撮って帰って来たら整理はしている。
 最大の興味は道南三儉と言われた川汲峠、福島峠、吉岡峠だったが、川汲峠で一枚の写真が写され、工事中で入っては駄目と言われ、入らなかったので写真は1枚しか撮っていないと言っていた。
 でもこの道路は、幕末〜明治にかけての道ではなく、大正道路の道の工事中の写真だった。この川汲には幕末〜明治の本道、間道がいまだに存在している。そして大正道路も存在している。
 さらに福島峠、吉岡峠に至っては説明すら無かった。今回の講演は史跡めぐりが中心で道に関しては全く参考にならなかった。タイトルが「道南の旧街道」なだけに残念だった。
 人は視聴覚ホールに立ち見が出るほどの人だった。どれだけの人が満足しただろうか?
3月7日(土) 強風の中のガイド
 夕べから強風が吹き荒れている。我が家もぐらぐら揺れているし、風の音もビュービューと聞こえてくる。今日は同じ会の女性2人を案内して天狗岳旧道と台場山に行く事になっている。
 部屋から出て下の居間で準備している間に電話が着信していた。強風なので止めようか?と言う電話なのかな?
 折り返し掛けたが出無かったので、食事を摂る。3日に作ったカレーも今日で最後のカレーとなった。
 そこへもう1人から電話。「今日、どうしますか?」だったが、「行きます」した。もう1人からも電話が来て、こちらにも「行きます」と答えた。
 山なのだが高い山でなく、歩く時間も短いので大丈夫と判断した。旧大野役場の前で二人を載せて出発。函館より大野の方が強い風だと感じる。
 国道227号線を走り、天狗岳北側の旧道に向かう。最初は除雪がしてあって歩きやすかったが、道の高所に行ったら、その除雪した雪が我々の向う方にうず高く積まれていて、そこを登ったらズブズブ埋まるので、スノーシューを付けて歩く。
 以前来た時よりも、雪がかなり増えていた。旧道を下るが下の方は道の形が分からない位積もっていた。途中旧幕府軍の弾薬庫跡を見て、さらに旧道を下る。
 多い雪にコースを間違えながらも、大野川に着いて川を渡って国道に出た。
 次に車で移動し、箱館戦争で亡くなった、佐藤安之助氏の墓の前を通って旧道を登る。墓は先端がほんの少し見せているだけで、ほぼ完全に埋まっている。積雪は2mくらいあるのだろう。
 新政府軍の陣所付近から台場山を見ながらの戦いの様子などを話す。やはり現場にいて話すのが分かりやすい。
 下二股沢の付近で
 そして最後は強固な旧幕府軍の台場山に行く。ここもスノーシューを付けて、20分くらいで登る。そこからさらに下二股川まで下るが、風が凄い勢いで吹いている。木が今にも折れそうなほど曲がっているし、風切り音も凄い。
 同じ道を戻って車に到着。天候が悪かったが、普段行けない自然林の中をスノーシューで歩くのはなかなか楽しいものだ。

 帰りにNさんの家で南瓜団子を頂く。冷えた体に熱い南瓜団子汁は体が温まる。今度また何処かの道を行こうと言う事で分かれた。
 強風だったが楽しい一日だった。
3月6日(金) パッキングはほぼOK
 午後から雨の天気。朝はカレーライス。3月3日に作ったので随分持つな。毎日カレーを食べているのに・・。 午前中は箱館戦争の資料作り。雨と強風だからこんな時は諦めて、パソコンに向える。約20ページの資料が纏まった。
 午後からは自転車屋に行き、26×1.25の細いダート兼舗装用のタイヤを1本注文に行く。ついでに26×1.65〜2.2のチューブを2本購入。チューブが無くて使えなかったホィールが蘇った。4本も入れ替えた。これでもう1台のMTBを組めば3台が使える。でもどう使い分けるかな?。
 次にウェアのパッキング。この中に入れる予定の、ノースフェースのダウンがあった。実はこのダウンの右ポケットに長い布が入っている。これをどう使うのからなかった。どこを探しても閉じていて、物も入れられないと思っていた。それが先日来た旅人が、それは裏からウェアを押しこむとそのまま袋に入った形になるよと言われ、やってみたら、本当にコンパクトにおさまった。何しろこんなブランド品はなかなか使わないので知識が無かった。
 パッキングも殆ど終えた。何とか2バッグで収まりそうだ。今回は確認をするだけのパッキングだが、旅に出る時までこのままにしておいても良いかな。
 このポケットの中の黒い布に コンパクトに収まった

長野の小口君からメールが来た。いよいよ世界一周に出発だ。

『夢は必ず叶う!
想いが強ければ強い程…。』
6年1ヶ月の準備期間を経て今動き出す。
溢れる想いをバックに詰め込んで、あとは本能に任せてペダルを回すのみ。
その軌跡は歴史となる。
今、地球一蹴スタート☆彡
2009年3月8日、オーストラリアはケアンズから地球一蹴の旅にいよいよ出ます。
地球体験してきます。
http://ameblo.jp/gwh175r
良いな、若さと希望がみなぎっている。彼のブログを見てやってください。
 こんなに頂いた
 昨日近郊の82歳の男性がせっせと作っている、手作りの箸を沢山頂いた。昔大工をやっていたそうで、ボケ防止のために作っているそうだが、大変な時間がかかっている箸をこんなに貰って良いんだろうか。
 本当に均一に出来ていて、さすが大工さんが作ったと思わせる。愛情のこもった箸なので、皆にプレゼントして、エコ箸として使って貰えれば良いな。布の箸ケースを作ろうかな?
3月5日(木) 自転車で大野文化財保護研究会例会へ
 今日は、折りたたみ自転車で大野まで走る。例会開始2時間前に家を出て、のんびりと久しぶりの自転車での景色を楽しみながら走る。歩道にはまだ雪が残るものの、春が一段と近づいた感じだ。大野公民館には1時間45分で到着。体もすっかり暖かくなった。
 セミナーは盛況だった
 いつもの配布資料を折ったり綴じたりする作業を終えて例会開始。報告の中で興味有ったのは「2009年やすらぎの家」活動予定だった。活動内容が盛りだくさんで料理や農業体験などなどあった。これってなあに?と隣席の中原さんに聞いたら、同じ会員の高坂さんが運営している。子供の育成活動をしている、フリースペースみたいな家があるそうで、その中で色々な行事もやっていた。
 高坂さんの、帰りに寄って下さいという言葉に寄る事にした。
 例会の後は、郷土史セミナーを木下会長が「箱館戦争」について行った。会場が一杯になるくらいの人が集まって盛況だった。

 内容的には目新しい事も無かったが、全般的な話では1時間では無理かもしれない。でもこれだけの人が関心を持って来てくれるのだから、冬は無理としても現地を訪れての話の方が、地理的な事も分かるだろう。
 終わった後に、会員から二股台場付近の現地説明を頼まれたので、土曜日に行く事にした。箱館戦争の二股口の戦いを、現地を見ながら全てを知って貰おうと思っている。

 帰りにチャリで「やすらぎの家」に行く。教えてもらった通りに行く。
 築50年の外観
 ここが玄関。この雑然さが良い。
 屋根裏部屋。宿泊が出来る。
 手かぎも立派だった。
雰囲気で直ぐに家が分かった。中には女性2人が居た。高坂さんから連絡が来ていると言って中に通されお茶を入れて貰う。
 壁に台湾のポスターと台湾と書かれた習字があったので聞いたら、留学生もくるそうだ。ここは子供が集まって皆で料理をしたり、昔からある伝統的な日本の習慣や編み物などを教えたり、色々な事を子供と一緒に行っている。
 しばらくして高坂さんが来て、家を案内して貰う。部屋が10ヵ所くらいある広い家で、物がごちゃごちゃに置かれている。自分的には居心地の良い空間だ。
 高坂さんと話すが、子供の育成に熱い情熱を持っている事が伺われた。他分野にわたって話したが共通した考え方の部分もあり、4時間も話してしまった。
 そばがきを作って貰い、囲炉裏ではジャガイモを焼いて食べさせてくれた。こんな雰囲気は好きだな。帰りには宿題も貰って家に帰った。
 またいつでも来て良いし、いつでも泊まって良いとの事なので嬉しい。
3月4日(水) 自転車で30kmポタリング
 天気が良い! 思わず整備中の自転車を部屋から出して、散歩に出る。歩道にあった雪も溶けて走るのは問題ない。エアーを入れたサスも底つきが無くなり快調に作動する。海岸線を西に向かう。
 陽光できらきらした海が綺麗だ。久しぶりの自転車は楽しい。汐泊川から北に向かう。車も少なく快適に走れる。そして川汲の方向に向うが、山に近くなると雪が多くなる。しばらく雪と闘いながら走るが、その内走れなくなり戻る。
 帰りもあちこち寄り道しながら戻る。結局30kmと少ない距離だったが、楽しかった。
 新しいシフターを付けた。快調だ!

 ミラーも付けた
 帰って自転車の整備。ミラーが無かったので取り付ける。旅では後方確認が安全のためにも重要だ。ねじを喋ねじ手で取り付けたので、簡単に角度調整が出来るようになった。従来のはドライバーが必要だった。
 さらに、先日購入したスフターを取り付ける。何とか今までの物を調整で使おうと思ったが、今日の走行でやはり使えないと判断した。
 新しいシフターはやはり快調に動く。、ギヤの摩耗でシフトが上手くいかない事が分かったので捨てることにする。シフターの左が余った。どうしょうかな?と考えた。
 ふと他のMTBを見たら、左のシフターは壊れて、他のMTBから外したものだった。ここに使えば良い。同じグレードのLXが付いていた。そこから余った左のシフターは、最初に外したMTBに戻す。
 そうすればまた1台のMTBであるスペシャライズドMTBが復帰する。タイヤなども既に流用していたので、購入に行ったがホームセンターには売っていなく、隣接の温泉に入って帰る。明日行こう。
3月3日(火) 資料整理や旅の準備
 今日も最高気温は2度と寒い。午前中は箱館戦争の旧道の内、二股口台場の旧道についてようやくまとめた。13ページにもなってしまった。
 腹が減ったので、昼はカレーラースを作る。最近はカレーを食べていないので、無性に食べたくなった。お腹 久し振りのカレーだ
 一杯になったとこで、旅の準備。
 昨日まで結構進んだが、サイドバッグに荷物をパッキングしたが、微妙にきつくて物が少し溢れる。日本一周の時のバッグではなく新しいのを使ったのだが、本当に少し小さいのだ。それで荷物が微妙に入らない。
 そこで古いサイドバッグを出しくる。日本一周したのとその後の旅にも使っているので、相当に痛んでいる。でも物を入れたらぴったり収まるのだ。
 ほころびを糸で縫って、何とか恰好はついた。レインカバーは鍵裂きになっていたので、ガムテープで補修。あちこち痛んでいるが、これも貫禄が付いたと思えば良いか。
 衣類が一番難しい。こちらから出る時は寒いのでそれなりの防寒着を持っていかなくてはならないが、帰りは温かい。そこで春物が中心になる。両方持つと荷物が増えて大変なので、どうするかな?
 あちこちから、近くに来たら寄ってとの、メールが来ていて、懐かしい旅人なので会って行こうかなと思っている。そうすれば大体のコースは決まってしまうかな。
 先日のテレビでまちゃまちゃがダイエットに挑戦と言う事で、チャリで東京日本橋から京都三条大橋まで東海道53次を550km走ったが面白そうだった。これもありかも知れない。
 まだ時間があるから、資料だけ集めておこう。
3月2日(月) 何となくの一日
 自転車旅の準備も後、少しになった。リアのサイドバッグはあるが、キャリアの上に載せるバッグが欲しかった。いつもここにはネットを掛けて買った食料を下げたり、していたのだが、バッグの方が何かと便利だ。バッグの中には食料と炊事道具を入れる。すると食事を作るのが簡単になる。いつもサイドバッグに詰めるので、中から探して出すのが大変だった。
 何か防水のバッグが欲しかった。ホームセンターに行っても、思うような物が無い。100円ショップにも行く。ここには最近1000円程度の物も置いている。バッグはあるが防水の物はない。
 多分一回の旅をすれば、雨に当り、太陽に照らされ、泥をかけられ、汚れてぼろぼろになるので、高級品は
 このように付いた。
当然要らない。
 得意のリサイクルショップに行く。バッグはかなり置いていた。探した中で防水のバッグがあった。布地のバッグは高いが、安いバッグはナイロン系の物になるので防水効果もある。新品で1260円のスポーツバッグを購入した。これでOKだろう。
 写真も綺麗だ(富士山から)
 家に帰って本を読む。先日来た、まぁぼーとゆかは旅に関するグループを作っていて、それぞれが旅をした報告として小冊子にまとめている。写真が綺麗なのと印刷がプロに頼んでいるので、綺麗でレイアウトも恰好が良い。30ページで500部で作り5万円くらいだそうだ。カラー写真もふんだんに入っていてこれも悪くはない。
 11人のメンバーで割れば、一人5000円で済む。
 リーダーはまぁぼーだった。
 まぁぼーの記事
 彼の書いたのは、「18歳で感じた世界のリアル」世界のリアルを見てみたいと、大学に入ったばかりの時、タイに行く。ビザも知らないし、旅の知識もあまりなさそうだが、やらなきゃ分からない精神で旅経つ。
 タイに着いたら外人外人に圧倒される。タイに友人がいたのでぼったくりタクシーにも引っかからず済む。
 旅は現地集合で各国から集まる。地球探検隊と言う旅行社が主催する旅は、普通の観光地ではなく、湖の上の高床の家を見たり、船の家、病院、学校など、水の上の生活を見て回る。貧困層の現実も見る。同じ人間でありながら見る方と見られる側という、現実がここにあった。
 帰りは若さ故にある事なのだが、ピンクぽい場所に安いからと連れて行かれ、方々のていで逃げ出したなど、若者らしい文書が載っている。
 ゆかの記事「旅が好き」
 ゆかの旅は
 「旅が好き」彼女もインドネシアに孤児院の手伝いに行っている。その中で皆の笑顔に感動していた。笑顔が世界中に広がったら、世界中が笑顔で溢れる。と書いてある。
 貧しい生活の中での豊な笑顔。少なくとも豊である日本では真の笑顔がどのくらいあるのだろう。自分もいつも笑顔で生きて行きたいと思う。
 また彼女は日本で3回のヒッチハイクをしている。皆に危ない危ないと言われた。でも言う人はヒッチハイクをしていない人が言っている。やってみなければわからないじゃんとゆかも積極的な女性だった。
そんな彼女は春から旅行社に勤務する。良い企画をするだろうな。
 この本には他にも沢山書いているが、みな若者らしく生き生きとした文書に感激した。

 自分もまだまだ頑張ろう!
3月1日(日) 自転車の整備
 今日から3月になった。早いな〜・・。朝から旧道の資料を作成して天狗岳の旧道が完成した。結構時間がかかってしまった。
 その後は、自転車の整備。だんだん切羽詰まって来たので今日は一気にこなす。まずはサスペンションのエアー調整。昨日ようやく部品が入ったので出来るようになった。空気を入れてサスの動きを確認してOKだ。次にサイドバッグのワンタッチ装着化。従来はキャリアに固定するのに、ゴムを金具に引っかけてからセットするのだが、この引っかける作業がやりにくくて大変だった。そこでゴム紐のの代わりに金具を作り、この金具をキャリアに引っかける事でワンタッチでセット出来るようになった。
 そしてフロントバッグ用の小さなキャリアを取り付ける。次にボトルゲージは4リットルのボトルがセット出来るような大きなゲージを取り付けた。この水は炊事にも使うようにすれば、ウォータータンクは不要になる。
 次にシート下に、小物入れを付ける。この中には工具一式を入れた。今まではバッグの中に入れていたので、パンクなどすると、物を出してから作業するので手間がかかっていた。これでバッグを開かなくても作業が出来る。
 ロッククショックのサスにエアーを入れる。

 バッグをワンタッチで固定する金具。

 フロントバッグも付けた。

 ビッグボトルを付ける。

 シート下の物入れは工具一式を入れた。
 今日は自転車はここまで。足りない物を買いに折りたたみ自転車で、100円ショップに行く。まだ雪が残っている所もあって、小径のタイヤはハンドルがとられて走りにくい。それでも天気が良いので気持ちよく走れた。
 マップを入れる透明の防水ケースを購入。このような小物を100円で帰るのは重宝する。
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