5月31日(日) 釧路でのんびりTV漬け
 鶴が岱公園のチューリップはきれいに咲いた
 今日の孫の瑞葵の出演する予定のチューリップ祭でのイベントは雨で中止になった。
 おまけに孫の友瑛は風邪で熱があり、何処にも出れない。
 そこで午後から、日ハム対阪神のテレビ観戦をすることになった。
 試合は決着が付かずに、延長になり12回まで行って引き分けになった。 終わったのが、7時過ぎで、今度は 岡田ジャパンとベルギーのサッカーの試合を見る。
 試合は4対0で大勝したが終わったのが9時で、結局7時間もテレビを見てしまった。もう目がしょぼしょぼになった。
 瑞葵はWillでボクシング
 美緒さんが昨年函館で勧誘したが、人は集まった。
 昨日の北海道新聞の釧路版に函館発のニュースで、函館の女性7人が、中東諸国を自転車に乗って平和を訴える市民運動の「フォロー・ザ・ウィメン」に参加するとあった。
 このイベントの日本の取り纏めは、アフリカ自転車縦断初の日本人女性の山崎美緒さんで、昨年講演で函館に来た時に講演でこの事を話したのだが、こんなに集まって良かった。私と同じ地平線会議野宿党の仲間でもある。
5月30(土) 根室から釧路へ
 旅の時は必ず単行本を持って出かける。テレビは携帯電話のワンセグしか見れないから、都市部でしか見れない。ラジオも田舎に行けば、電波状態が悪くて、なかなか聞けない所も多い。
 そんな時は単行本が役に立つ。社内で読む時は蛍光室内灯もあるのだが、バッテリーが消耗するのも気になる。本を読んでいる時に寝てしまったら、朝まで点けっ放しになって、バッテリーが上がってしまったという事態が発生しないとも限らない。
 そこでLEDヘッドランプを頭に付けて、布団に入りながら読む。このパターンが定着している。
 今回の本は2冊目で、「直江兼続戦記」を読んでいる。
 大阪城が徳川家康に攻められる場面だ。豊臣秀吉亡くなった今、徳川家康が天下を取ろうと動いていた。淀君は周囲の注言を聞かず、徳川家康と和議を結び、豊臣家を守ろうとしたが、最後は家康に騙され、大阪城に攻めこまれる。そして幼い秀頼を刺し、淀君も自害する。豊臣家の味方で3万の兵力のある毛利輝元は全く戦う気がない。同じ苗字ながら歯痒い。
 豊臣側に付いて居ながら戦わないで、後で徳川家康に家の安泰を願うのか?
 力が無い武将だからこれしかないのだろう。そしてもう1人天下をねらうのは上杉家家臣の直江兼続になる。直江は徳川でも無く、豊臣でも無く、第3の勢力の上杉・前田連合で天下を取ろうとしていた。「天下三分の計」である。
 戦略的に優れ、最後は直江兼続が徳川家康を倒す。戦国時代は面白いな〜。
 今日の根室の朝は天気が悪いのでひたすら読書をしていた。
 朝の気温は7度だが、冬用の寝袋なので暖かく寝れた。
 春国岱

 散策路をMTBで走る
 本を読み終えて、朝一番春国岱に行く。樹木の中に海水が入り込んだ様な状態になっている。
 そこに板で作った散策路が付いている。入口の看板には羆の糞あったので注意を呼びかけている。
 MTBで散策路を走る。半分くらい行ったら人が来たので下りて押す。挨拶をしたら三重県の人だった。夫婦で軽四輪で北海道を旅している。今回の旅では夫婦の車寝の旅人が多い。
 函館ハセストのやきとり弁当がタイエーにあった

 北方四島交流センターの和室で
 ぐるっと回って車に戻る。次の行き先を厚岸に向けて走っていたら何かイベントがある。牡蠣と海産物の販売と炭も用意し買って直ぐに焼いて食べれる。
 ホッケを3枚購入。1枚250円と大きい割には値段が安かった。殻付きの生牡蠣も有ったが14枚で1000円だった。1人で食べるには多すぎる。
 娘に電話して牡蠣を買うかどうか聞きたかったが、電話にはで無かった。仕方が無く車を厚岸に向けて走らせる。しばらく走ったら電話が来た。瑞葵が音楽教室に行っていて出られなかったそうだ。
 話したら、旦那は牡蠣が大嫌いだそうで、買わなくて良かった。
 ホッケを買ったので夕食に食べようとなり、釧路まで走る事にした。距離的には100Kmあるが交通量も少なく順調に着く。
 娘の家の車が無かったので、家には居ないと思い、チャリで散策をする。家の隣の公園は明日チューリップ祭があるそうで準備が進んでいた。明日は雨なのに、どうなるのかな?

 寒くなったので車に戻り、本を読みながら待ったら車が来た。友瑛が熱を出しているそうで愚図ついていた。
 娘も忙しそうだったので、娘が作る予定だった鳥の唐揚げを代わって作る。それに買ってきたホッケの開きも焼いて夕食が完成。夕方には旦那も帰って来て皆で美味しく食べた。
 今日は久しぶりで厚い布団で寝れる。
5月29日(金) 藻琴山&西別山登山
 水郷緑地公園を早朝出発する。ガスが濃くて今日登る予定の藻琴山は全く見えない。高度を上げて行くとガスの中に藻琴山登山口があった。
 トイレやレストランもある。ここは登山口であると同時に展望台にもなっていて、良い景色が見えるそうだが、今日は全く見えない。
 藻琴山の登り
 車は私一人。準備をして登る。登山道は前夜の雨にも関わらず水捌けが良く歩きやすい。斜度もきつくなく快適な登山道だ。
 途中まだ雪が残っていた

 藻琴山山頂
 気温は8度くらいなのだが汗が吹き出て眼鏡が曇る。 全く景色の見えないままに同じような雰囲気の登山道を歩いて山頂に着く。20分待ったが晴れる様子も無く下山。

 下に下るに従って天気が良くなってきた。途中の展望台からは屈斜路湖が良く見える。
 この天気の良さに気持ちが行け行けになり、西別山に登る事にした。
 登山口には高山植物に関する注意書きがあり、ストックも望ましくない書き方になっている。この山は高山植物が多くあるので、このような事になっているのだろう。
 登山者によるストックでの高山植物損傷が起きているようだ。そんな所をMTB出来る登ったら、いくら注意して登るといっても嫌悪するだろう。
 今日はMTBを置いて行く事にする。軽くなった分、今日は自分の体力がどの程度あるのか試してみようと思った。
 スタートからピッチを上げる。いきなり心拍が上がり、最初の急斜面は、はあはあぜいぜいの世界だ。でもピッチは緩めずに果敢に登る。
 20分くらいで前を登っていた、5人のグループを一気に抜く。さらに急斜面を登り切ると、 ようやく尾根に出た。尾根は軽いアップダウンの道で心拍も下がってしまった。
 この尾根もスピードアップし、ノンストップで59分で着いた。山岳ガイドの標準時間が1時間30分となっているので、31分短縮した。
 西別岳山頂

 摩周岳や摩周湖が見えた
 MTB登山に比べれば楽だなとつくづく感じる。

 下山して温泉を探したが見つからず、根室の道の駅まで来てしまった。温泉を聞いたら、根室には温泉は出ないそうで、銭湯を紹介された。
 函館は温泉が多いので銭湯に入る事は無い。何年振りの銭湯になるのだろう。入ると、木の板の鍵が付いた懐かしい下足箱があった。
 420円を払ってドアを開け脱衣所に入る。脱衣カゴは竹ではなくプラスチックだった。
 浴槽は気泡湯と普通の浴槽とかなり古そうなサウナもあった。壁に定番の富士山の絵は無かった。
 冷えた身体に熱く感じる浴槽に入れば、疲れた身体には最高に効く。至極の一時だ。

 温泉を出てスーパーに行く。今日は牡蠣鍋をやろうと探したが牡蠣は無かった。直ぐ近くの厚岸が牡蠣の産地なのに…。
 仕方がなく肉鍋にする。何か同じ料理ばかりだな。道の駅で車中泊。
5月28日(木) 雨の日は観光
 天気予報は雨。朝方は晴れていた空も、だんだん曇ってくる。疲れもあるし、雨の中は登りたくない。
 そこで網走に行く事にした。北海道立北方民族博物館に行きたかった。
 朝から豪華な、肉鍋を腹一杯食べる。
 隣のキャンピングカーの男性も出て来てしばらく朝の会話。でも少し話したら、寒いと言って車内に入ってしまった。

 車を走らせたが、ここ清里には亡くなったおばあちゃんの親戚がいるのを思い出した。駅前で電話帳を見たら名前があった。 住所を頼りに探したが分からず、美容室の外にで掃除していた女性に聞いたら、直ぐに分かった。
 人口が4000人程度の町で鉄工所を経営しているので皆が知っているのだろう。玄関のチャイムを鳴らしたと同時に奥さんが出て来た。丁度農作業に行く所だった。
 旦那さんは免許証の更新に行ったそうだが、70歳を越えると4時間講習になるそうで、弁当も出るそうだ。
 「良いですね」と言ったら、その分の費用も取られているそうだ。

 奥さんに先日おばあちゃんの葬儀の時にお世話になったのでお礼を良い、雑談になる。
 奥さんは社交ダンスが得意で、全日本ダンス選手権にも出ていた。自宅にはダンスホールも備えているくらいなのだ。若い時は清里から遠く離れた北見まで通ったそうだ。
 話しは尽きる事は無いが、今日の所はここまでと御いとまする。

 北方民族博物館に着いた。駐車場に着いた途端土砂降りの雨になった。傘は無い。駐車場から玄関まではかなりの距離がある。
 待っていても晴れそうにないので、濡れながら歩いて行く。入場券を買おうとしたら、65歳以上は無料だった。 お〜ラッキー。
 常設館の最初は、いきなりマンモスのでかい剥製が出てきて驚く。こんなでかいのが出てきたらひとたまりもないだろうな・・。
 内部の道立らしくレイアウトはしっかり見やすく展示している。
 北方民族の衣装はふんだんに展示していた。防水の今で言うレインウェアが魚の皮や腸で作っていたのに興味があった。
 またカヤックも勿論手作りだが、枠を組んで鞣革を張るだけであっという間に出来る。原点はシンプルだ。
 それで何の支障もない。今のカヤックは15万円とか20万円とかする。恐ろしく高価だ。
 他にも狩猟の道具やそり、カンジキもあった。かんじきは私の使っているのがそっくりだった。竹からプラスチックに変わり、固定金具が進化した程度なのかな。
 結構な時間をかけて見学した。それにしても普段は人が来ないだろうな。今日は私の他に1人しかいない。
 受け付けは2人もいる。中の監視員も退屈そうだな。
 藻琴の芝桜
 外に出たらまだ土砂降りの雨。車を藻琴に向ける。藻琴では芝桜の祭をやっていた。前にも見ているので中には入らず外から観賞した。
 今朝清里で一緒だったキャンピングカーも止まっていたが、人影は無かった。
 摩周の道の駅の釧路川を挟んだ真向かいに、水郷緑地公園があり、こちらの方が綺麗だったので、宿泊場所に決める。大型キャンピングカーが1台いた。
5月27日(水) 羅臼英嶺山&丸山登山
 朝は羅臼の町全体にガスがかかっていた。道の駅の駐車場には、昨日は私1台だったが起きたらもう1台いた。
 登山準備を調え、高台にある羅臼中学校まで車で走る。学校の前に人がいたので、登山口を聞いたら、学校の裏側だと言うので移動する。
 登山口で
 登山を開始する。最初は緩い車道を行く。昨日の武佐岳の疲れがあるのか、上体の筋肉が痛い。MTB登山の場合、何度も自転車を持ち上げるので、どうしても上体を使う。
 やがて笹が両側に密集している上りになる。ただ笹は刈られているので、歩くには邪魔にならない。
 昨日と打って変わって無風状態なので早くも汗が吹きでる。上り切れば斜度が無くなり、平な道も出てくる。
 ここはMTBに乗って行ける。
 ガスで良く見えない三ッ倉沼
 途中に三ツ倉沼が有ったが、霞んでかすかに見えるだけ。再び上りになって熊見台に着く。
 熊がここから下界を見てるのかな?でもあるのは鹿の糞ばかりだ。鹿がここから見ているのだろう。
 名前は鹿見台に変えた方が良いかも。下手に恐怖心を仰がない方が良い。それでなくとも一人登山は不安なんだから・・・。
 高い所が熊見台
 熊見台からの上りはそれほど急斜面ではないのだが、結構息が上がる。休み休み行くが、これが意外と長く続くのだ。ようやく頂上の下に着く。
 英霊山頂上
 ここはロープが張られている。MTBを担いで上り頂上に着く。 回りはガスで全く何も見えない。
 30分ほど天気の回復を待ったが、回復せず諦めて下る。
 丸山頂上
 下りは道もしっかりしているので、かなり乗れる。 途中から横道に入り、丸山にも登って来た

 下山後、安いコインランドリーがあったので溜まった洗濯物を一気に洗濯してしまう。
 山に登る度に汗にまみれるので、毎日着替えが必要になる。まだまだと思っていれば、直ぐに着替えが無くなる。
 洗濯も終わったので車内に乾しながら車を走らせる。羅臼岳があまりに綺麗に見えるので、知床峠に車を進める。峠には観光客がまばらだった。
 台湾から来たレンタルカーのカップルは真冬の装備だった。上衣はダウンまで来ている。それに対し私は半そでのTシャツ1枚のみ。南国と北国の体感温度差はこんなに違うのか?
 知床峠から見た、羅臼岳は本当に綺麗だった。
 ウトロの街に下る。30数年前にここの冷蔵庫で働いていた楽しい思い出がある。
 休憩室に行ったら、そこは物置になっていた。それでも冷蔵庫の外観はペンキが塗られて綺麗になっていた。さらに宿泊していたゴジラ岩の下の寮に行ったら、ここはすでに取り壊されて更地になっていた。
 そして仕事の後にいつも入浴していた、漁協の契約ホテルはホテルとしては廃業していた。温泉のみはやっているのかな?30数年の時代の変化を感じる。

 斜里を経由して清里に入る。町はずれの道の駅に宿泊を決める。ここには温泉が併設されている。
5月26日(火) 強風の武佐岳登山

 厚岸の朝は快晴だった。4時30分頃には太陽は上がっていた。5時には北に向けて出発する。
 道東は湿原が多いし、川も人工的な物が少ないので自然が綺麗で感じは良い。
 走っていたらカヌー着場があり見学する。今回はカヌーは持ってこなかったが、次回は持って来たいと思うくらい環境が良い。
 北上して野付半島に行く。40年前に来た時はダートだったが、今は完全舗装されていた。野付半島には少ない漁業者が居るのみなので、車は全く走っていなかった。そこに一直線の舗装路が伸びている。
 先端の最後まで行けるのかと思ったら、途中からは関係者のみしか入れずUターンして戻る。
 この帰り道、前方に山が見えた。残雪もあり、なにか目立つ山だった。地図を見たら「武佐岳」らしい。
 今回登る予定の山はガイドブックからコピーして来たのだが、「武佐岳」はコピーしていなかった。
 登山口は山のどの辺りにあるか資料が無いと想像もつかない。360.度が対象になるのだが、山の雰囲気からこの辺りかなと見当を付けて探す。
 西村さんと記念撮影
 ようやく登山口を見つけた。早速登山準備をしていると、隣に若者っぽいRV車が車が止まった。
 「こんにちは!」と挨拶をする。
 「MTBを積んでいるが、林道を走るんですか?」と聞いてきたので「山に登ります」と言ったら、「え〜そうなんですか」と凄く喜んだ。
 彼は羅臼で漁師をしている西村さんで、今日は海が時化て漁に出れないので山に来たそうだ。
 彼も山に登り、バイクで下ることをやっていた。私自身もMTB登山をやっている人には初めて会った。
 彼のバイクはダウンヒル用のマングースだった。車に張ってあるステッカーから、購入したのは札幌のサムズバイクだ。サムズバイクは以前MTBレースに参加していた時に、良く知っている。
 私も昔はサムズバイクから購入したマングースに乗っていた。凄い共通点だ。
 さらに、彼は05年に自転車日本一周をしているし、スキーもしている。何から何まで不思議なくらい似ている。私も羅臼の隣のウトロで漁師をしていた。

 準備を終えた私が先に出発した。最初は緩い上りで、3合目辺りから徐々に高度を増す。 MTBをひたすら押して登る。4合目を過ぎた所で西村さんに抜かれる。流石に38歳は若いし、現役の漁師さんだから体力もあるのだろう。。
 しばらく登っていたら後ろから来た、一般登山者に抜かれる。
 追い抜いた彼は先に行った、西村さんと話している。知り合いですか?と聞いたら羅臼時代の先輩、後輩の中だそうだ。一度傾札幌に3年間行ってて、また羅臼に戻って来て、今日戻ってから初めて山に登ったそうだ。
 西村さんも今日は凄い出会いばかりだと喜んでいた。斜度は緩くなり8合目に着く。
 8合目は強風だった
 凄い風だ。立っていられない。ハイ松の影に体を隠して休憩する。

 ここから先は斜度が一気に増す。岩場も出てくる。ただ歩いて登れば何ともない岩場も、MTBを上に上げつつ登るので時間がかかる。
 道は直登になっている。MTBと格闘しながら登る。ようやく登りきって尾根に出た。
 頂上。やったー
頂上まで後少しだ。
 だが強風が吹き荒れ、まっすぐ歩く事も大変だ。何とか頑張り頂上に着く。2時間23分かかった。
 2人で記念写真などを撮る。景色は全く見えない。いつまで居ても仕方がないので下る。
 彼はダウンヒルバイクなので早いし、私は写真もあまり撮らずに懸命に登って来たので、写真を撮りながら下りますと言ってそれぞれが下る。
 7合目の登山道
 歩いて下ったり、MTBに乗ったり、写真を撮ったりで、結局1時間で下る。
 下に着いたら彼はリュックを車の傍に置いてあるが居なかった。しばらくして戻って来た。下のトイレまで行っていいたようだ。
 この後、道東の山の情報などを聞いて、名残惜しいが分かれる。 
 標津の温泉に入り羅臼の道の駅まで走り宿泊。

5月25日(月) 道東は寒い!まるで冬だ!
 昨日、娘家族と動物園に行く途中、京都のお母さんから電話が来た。子供が自転車で旅に出るので色々教えて欲しいとの事だった。「親ばかで済みません」と言っていたお母さんに、質問に答える形で教えてあげた。
 やはり親には知らない世界なので、自転車で旅に出ると聞いた時は、かなり危ないと驚いたようだ。
 私の出たテレビの「人生の楽園」を見たので、相談をしようと電話をしたようだ。
 子を持つ親の気持ちは、子供がいくつになっても変わらないと思う。私も普段は親ばかと思っていないが、何かあったら、やはり親ばかになってるのだろうな。函館に来た時は宿泊して下さいと電話を切った。

 今日から登山の旅の再開だ。釧路を出るときは快晴だった。風は強かったが春らしい暖かさがあった。
 走っていたら、釧路市湿原展望台という看板があり直ぐに入る。ここにはこの辺りの湿原を巡る1.1kmの木道があり、朝の運動がてらに行く事にする。
 ウィンドブレーカーを来て行ったら暑いくらいだった。木道の途中には丹頂鶴の広場などがある。でもこの時期丹頂鶴はいないから、単調な散策路になってしまったとじじ的な洒落。
 途中からランニングをしながら回る。これで一汗かいた。
 道東は本当に鹿が多い
 再び車を走らせ弟子屈に向かう。弟子屈に近づくと風が強くなり雨も降ってきた。外の気温は5度を示している。車内は温かいが外はかなり寒そうだな。登る予定の山の入口だけはチェックしておきたい。
 最初に行った山は美羅尾山だが、道の駅に聞いたら、全山個人の所有地で登れないそうだ。
 さすがに北海道だ。全山が個人の所有地だとは。二つ目の山の登山口は確認出来たので、今日はこれまでと屈斜路湖の砂湯に行く。
 外に出たらものすごく寒い!観光客はほとんどいない。まばらに車が来るだけだ。
 明日も同じ様な天気になるらしいので登山はどうかな?一日停滞するのも辛いものがある。
 あまりの寒さに移動を決めた。天気の良い太平洋側の厚岸まで移動した。
 夕食は肉鍋を食べて暖まる。明日の行動は起きてから決めよう。
5月24日(日) 釧路動物園に行く
 衣装のコーデネ―トは自分でやる
 今日は皆で釧路動物園に行く。釧路らしく?気温は低く最高気温が13度と言う予報が出ていた。
 瑞葵は衣装のコーデネ―トは自分でやる。子供のゲームにそのような物があるらしい。初めてじぃじ今日のコーデネ―トはどう?と聞かれた時は、何でそんな言葉を知っているかと思ってしまった。
 今日は私と妻が購入した上衣を着て出てきた。赤の上衣なのでスカートは黒系だそうだ。そしてタイツの下にはピンクの色が少し入っている。
 じぃじこのプレゼント有難うと、じじばばをうるうるさせる言葉も知っている。
 友瑛君もご機嫌
 今日は動物園の人気もののアムールタイガーのタイガとコアラの一歳の誕生日のイベントがある。
 この二匹のアムールタイガーは生まれた時から、四肢に障害があり、歩く時は後ろ足をひきづりながら歩いている。それでも健気な姿が、入園者の感動を呼び、全国から多くの人が訪れる。
 今日は誕生日なので、テレビ局も各局が来ていて賑やかだった。でも一番前に陣取っているので見にくいよ〜。
 釧路市長も挨拶に来た
 セレモニーでは檻への入口が開かれ、タイガとココアが入って来る。そこには牛肉で作られたバースデーケーキが置かれていた。出てきた2匹は人の多さに、一瞬驚いた様子だった。
 それでも徐々にケーキに近づいて、嬉しそうに食べていた。
 連想クイズに出る

 クイズの商品はタイガのシール
 そのほかにも色々なイベントが行われ、孫の瑞葵は張り切って出場した。
 連想ゲームと言うのがあった。答える人が一人。問題を出す人が6人で1チーム。見ると最年少でも小学生だ。瑞葵は体は大きいが、まだ幼稚園だ。
 この連想ゲームの意味が分かっているのかなと心配になった。単なるのりで手を上げて指名されたと思われる。
 担当者から答えを見せられた。その答えを連想する言葉を書いて、それを回答者に当てて貰うのだ。
 最初の人から書き始めた。書かれた言葉は「黄色」「黒」「怖い」「黄色」「肉」等が書かれた。子供もいるから同じ言葉も書かれる。
 そして最後に瑞葵の番が来た。黄色とか黒とか前に書いた人と同じのを書いてくれれば良いなとは思っていた。所がマジックを持って、少し考えて書いたのは「あか」だった。
 一瞬なんで…「あか」?と思った。連想問題はここまでだった。
 司会者が解答者に答えを聞いたら「ライオン」と答え正解だった。 司会者がどうして分かりましたか?
と聞いたら「黒」とか「黄色」で分かりましたと言った。

 これで正解おめでとうで終われば良かったのだが、何を思ったか、司会者が瑞葵の所に行き、「あか」ってどうして?と聞いた。これはきっと答えられないと思った。会場の来客者もその様に思ったろう。
 マイクに向かって出た言葉は「ライオンの舌」と答えた。
 う〜ん、参ったな〜確かにライオンの舌は赤い。我々大人は単純に黄色とか黒とかになってしまうのだが、瑞葵は人の気づかない所を良く見ているなと変に感心した。
 ジェットコースターも初めて乗った
 一日中遊んで帰宅途中に白糠の道の駅「恋間館」で販売している人気の「この豚丼」がスーパーで売っているそうで買って帰る。流石に人気メニューだけあって美味しい味だった。あっという間に完食。
5月23日(土) 今日は家で過ごす
 朝は相変わらず、太陽が上がると共に起きている。最近は4時30.分頃に陽が上がるので、起きるのも当然早い。
 そこへメールが来た。丁度5時少し前だ。随分早いメールなので何があったのだろうと思ったら、Tさんからだった。
 手術をしたTさんは、昨日は痛みが続いて全く眠られないで、朝を迎えたそうだ。余りの痛さを和らげるのにメールでもしようとしたが、こんな時間起きている友達は、も〜さんしかいないとメールを打ったそうだ。
 確かにもうとっくに起きている時間なので、私は全く気にはならない。返事をしたが痛みは和らげられたのだろうか?

 今までは起きるのが、遅かった娘一家も、孫たちが早く起きるようになったので、6時には皆が起きていたが、かなり眠そうだ。
 朝から雨では何処にも行く気にはならず、家で調べ物をする。雨が上がったら、山登りに出かけるので、登る山を調べた。
 その結果、弟子屈、屈斜路湖周囲の山を登ろうと決めた。
 午前中は孫の瑞葵が音楽教育に行き、友瑛はパパと再び寝てしまった。
 会社勤務の人に取っては土曜日はゆっくり寝たいだろう。ましてパパは出張帰りだ。

 夕方皆で温泉に行く。車で5分くらいの所に温泉があるので便利だ。空いていてのんびり入れた。
 夜は日ハムの試合を皆で観戦。ダルが完封で勝利。
5月22日(金) 釧路観光と登山資料調査
 娘が幼稚園の会合が有って出かけるので、その間、自転車で釧路市内の観光に出た。空は鉛色で今にも雨が落ちそうだ。
 釧路らしく外の気温は低い。寒いので手袋は履いたが、足は素足のままだった。少し走ったら足が冷たくなってきた。
 最初に春採湖に行った。ここには周遊の散策路がある。のんびり自転車で走るが、ウォークの人が多い。周囲は5Kmくらいありそうなので、良いウォークコースなのだろう。
 春採湖から海岸の方向に向かう。少し走ったら、有名な釧路の霧が出てきた。それにサンダルばきのソックスの履いていない足の冷たさが増してきた。これでは余り楽しくも無いので家に戻る。
 これからMTB登山を再開するので、登れそうな、山を調べて過ごす。でも普通の観光地図では分からず、近くの大型の書店に行くが、地元の山のガイドブックは無かった。
仕方が無く諦めて、現地に行ってから調べよう。
 雨の予報が出ている明日、明後日と休養し、月曜日には出発したい。
 夕方幼稚園から帰ってきた瑞葵と遊ぶ。今日の幼稚園の行事は外での遊びだったので、「寒く無かった?」と聞いたら、全然寒くないと、さすがに子供は元気だ。
 夕方娘が風呂を沸かすと言ったら、瑞葵は「じぃじは一人でお風呂に入れるの?」と聞かれ、「入れない」と言うと「それなら友瑛と入りなさい」と言い自分と入ろうとは言わない。
 ママから「友瑛はまだ無理だよ」と言われあっさり「じぃじ一人で入りなさい」となる。
 寝るときも「じぃじ一人で寝れるの?」と聞いて「寝れない」と言うと「友瑛と寝なさい」と何故が友瑛を押し付ける。
5月21日(木) 様似山道は途中で撤退
 昨日二つの山を登ったので、今日はのんびり温泉にでも入って休養日にしようかと思っていたが、明日から雨になると言うラジオの天気予報に、予定を変えてアポイ岳登山に決めた。休みは雨の日で良いだろう。
 早速車を飛ばして150kmくらい先の様似に向かう。、アポイ岳管理事務所に行き、登る予定の幌満コースの情報を調べたら、コースは既に閉鎖されていた。
 このコースを行こうとしたのは、一般的な冬島コースは人気のコースで大勢の人で賑わうはずだ。
 そんな所をMTBで登ったら、嫌がる人もいるだろう。MTB登山者など見た事も無いから・・・。
 管理事務所前には、これから登る小学生や一般登山者を合わせて100人はいる。今日のアポイ岳登山は諦めた。
 さてどうしょうかと事務所のパンフレットを見たら「様似山道」と言うのがあった。幕末以前の道がいまだに残っていた。道南の旧道調査をやっている自分としては、この山道も捨てがたい。
 管理事務所の人に入り口を聞いたら、パンフレットでは非常に分かりにくいそうだ。その人はこれから家に帰るが、山道の入り口の近くなので、車で案内してくれると言う事で後を付いて行く。
 コースは分かったが、MTBで行けるかどうかだった。コース図はジグザグに書かれたコースが2ヵ所あり、そこは難所だろうが、その難易度については地図では分からない。
 これが入り口
 まあ行けるところまで行こうと決め、MTBも同行する。最初は階段を上り、その後は沢に沿った道で、時々沢を渡るが、水は少なく渡るには問題なかった。
 沢の上部まで登った
 それでも岩がごろごろあるのでMTBを押して歩くのは大変だった。天気も良いし、沢は風も当たらないので暑い。汗が吹き出てくる。延々と続いた沢のコースもやがて高所に出る。
 こんな沢をひたすら登る
 高所に出たら平坦で自転車でも走れる所もあった。少しの乗車を楽しむ。道は新しい道が山道として歩いているが、付近には長い間人が歩いて掘られた道が存在している。
 まだまだ登る
 平坦だった道は、一気に七曲がりの下りになる。高所から一気に澤まで下るようだ。下りの途中で写真を撮っていたら、後ろから来た団体が追いついた。
 高台はフラットだった
 MTBで沢を登って来た事に驚いたらしく、質問攻めにあった。「年齢は幾つ?」「自転車はいつからやっているの?」などなど・・。質問した60歳代の女性が、最近自転車に興味があって是非乗りたいと思っている所に、自転車で来た人がいたので、ついつい質問してしまったと笑っていた。
 七曲りを下り沢を渡った。その先は急斜面をトラバースする。道の幅は30〜40cmくらいしか無い。右手の山側にはロープが張られていて、左手は下に沢が見える。
 MTBを左手に持ち、右手はロープを持って進が、ロープを持った手は、掴むところを移動しなければならない。左手にはMTBをもっているので、左手は使えず、ロープを持つ右手をずらしながら進むが、途中でロープのない個所があり、慎重にバランスを取って進むが、左手のMTBを持つ手も、力が入らなくなってくる。
 こらえてようやく急斜面のトラバースは終えて、沢に下る。
 ここで後ろから来たグループに抜かれる。この沢の先は急な直登で、ロープが張られている。追い越したグループは6人ぐらいだが、ここを登るのに相当苦労していた。
 ここが登れなかった
 登れるかな?と考えてしまう。皆が行ってしまった後に挑戦。足元も濡れて粘土質の斜面はかなり滑る。ここも右手だけでロープを持って進まなければならないが、登りなのでロープを持った手を上に移動できない。
 話した途端にずるずる落ちてしまう。何度やっても登る事は出来なかった。これ以上頑張っても無理だと判断するい。ロープを持って来ていれば、先に登ってからMTBをロープで引き揚げれば可能なのだが・・・。
 あきらめる事にして、同じ道を戻る。

 汗だくになったがこの辺りには温泉は無い。100kmくらい走ったら晩成温泉があったので飛び込む。太平洋に面して、この温泉の他には何も付近に無い。
 温泉はモール温泉で色はコーラ色だった。大浴槽とかなり古そうな低温サウナがあった。浴槽から外に出ればデッキがあり、椅子が置いてあってそこから目の前の太平洋が見える。
 のんびり浸かって出るが、ここだと釧路まで100kmくらいだ。娘に電話したら家に来て良いよとなり、釧路に向かう。
 温泉から釧路まで夕陽をバックに2時間で娘の家に着いた。ドアを開けたら孫の瑞葵が飛んできた。
 「お疲れさん!」と大人っぽい。居間に案内され、テーブルに置いた箸を指差し、「じぃじはここだよ」と瑞葵の隣だよと教えてくれる。
 娘に声が枯れているよと言われ、牛乳でも飲んだらと言われたら、瑞葵がテーブルの上のこの牛乳を飲みなさい言う。どうやらこの銘柄の牛乳がお気に入りな様だ。
 前に会った時よりはるかにお姉ちゃんになっていた。本当に世話を妬いてくれる。
 食事の後に買い物に行く。皆に頼まれた物を買いに行ったのだが、家に帰って瑞葵の分を渡そうとすると、アイスのPINOは、買って来たのではなく赤い文字のだよと言われる。茶色のチョコレートは食べないそうだ。
 でも直ぐに諦めてくれた。さらに飲み物になって「じぃじカルピスウオーターは?」
 あ!忘れた。何故か瑞葵の物ばかり買い物ミスをしている。
 娘が牛乳を飲みなさいと言ったので、瑞葵と二人で台所にコップを取りに行った。私が一個取ったら、瑞葵が「私のも取って〜!手がもう一つ空いてるでしょう」と言う。
 良くこんな言葉を知っているなと可笑しくなった。
 その後にも鉢に何かを植えたが、芽が出たよと見せたりと忙しい。
 友瑛は少しだが立って歩いていた。娘が抱っこして料理をしていたので抱いてやるよと言ったら、「泣くよ」と言われたが泣かずに、ご機嫌だった。
 食事の後は娘から釧路のラーメン事情等を聞いていたが眠くなり就寝。
5月20日(水) MTB登山、樽前山&紋別岳
 昨日は千歳の道の駅「サーモンパークで」で爆睡した。すっきりしてたので、早朝から移動し樽前山MTB登山に出発する。
 千歳の市街地から支笏湖方面まではサイクリングロ−ドが並走している。千歳市に勤務していた時は何度も
走った道なので懐かしさがこみ上げる。
 見る景色すべてが10年〜18年前に見た懐かしい景色だった。多少の変化はあるものの、その姿はほとんど変わっていなかった。
 5合目で通行止めだった
 国道276号線と別れて樽前山登山口に向かう。以前はダートだった道が舗装になっていた。そして付いた所が5合目のゲート。
 山小屋までの道はまだオープンしていなかった。山小屋までは2kmはくらいある。でも歩くのは大変だがMTBがある。早速準備してMTBで登る。途中道の整備中なのか砂利が入ってまだ踏まれていない個所もあり、押すなどをしたが、ほぼ90%は乗車して山小屋に着いた。
 駐車場は砂利が一杯入れられ、踏む固めている最中だった。入山届けに記入し早速登る。
 最初は階段道だが少し行くと、展望台になる。
 ここからは歩道に残雪がある。出発する時に登山靴かスニーカーのどちらかを考えたのだが、コースのほとんどは南向きなのでスニーカーを選んだ。
 階段道は嫌だ。無い方が歩きやすい。
 雪道では安物のスニーカーは滑る。裏のパターンがほとんど無い上に、MTBを押すので滑るのだ。結構苦労しながら、ようやく登り切る。
 軽石の締った登山道
 雪が無くなって再び階段道を進み、南側の斜面に出れば、そこは全くの軽石の締った登山道になった。
 軽快に登って外輪山の尾根に到着。風が凄い勢いで吹いている。内輪山の方へは噴火の恐れがあるので進入禁止になっていた。
 頂上まではすぐだが、折角来たので外輪山の西の方を散策する。200mくらい行ったら、石で囲まれた神社があった。思わず参拝する。
 さらに行ったが別な山の方に登っているので、引き返す。
 分岐点まで来て、頂上に向かった。頂上へもう少しの所で下山者がやって来た。
 こんにちはと挨拶を交わして立ち止まる。普通なら挨拶してそのまま、別れてしまうのだが、そこはMTBの力だ。大抵は「大変ですね」から話が始まる。
 恵庭のOさんだった。話をして行くと私と凄い共通点があった。
 釧路出身(私の娘が今は釧路)、五所川原に勤務していた。(私も五所川原勤務)、今は恵庭に住んでいる(私は千歳に8年)、スキーもやっている。
 温泉好き(同じ)などなど。
 10年前に奥さんを亡くされて、今は車に寝泊まりしながら山登りをしている。
 彼の名刺には「心は風のままに〜放浪の旅人」と書かれていた。同じ旅人だ。
 樽前山山頂
 かなり長い時間話した。お互い時間を気にした人生ではない。彼と別れて頂上に向かう。頂上は天気は良いが強風で飛ばされそうだった。写真を撮るのに何度もカメラが倒れ失敗した。

 下りは早いMTBに乗ったり写真を撮ったりしながら下山。途中で5〜6人が登って来たがみんな見るからにすごく疲れていた。多分車で山小屋まで来れない分歩いたので、大変だったのだろう。
 山小屋に到着し入山届けに記入して下る。ここはMTBにとっては楽しいコースだ。あっという間に下る。途中で中年女性2人を抜き、少し行くと頂上下で話したOさんに追いついた。
 MTBを降りて、歩きながら歩く。あまり話に夢中になって歩いていたら、中年女性2人に追いつかれた。今度は3人で話しながら下る。
 その女性は私の名刺が欲しいと言う。何で・・と思ったらOさんが私の事を話したんだ。名刺を渡す。
 下に着いたら、ロードレーサーの人が休んでいた。話をすると神戸から来ている人で夏はいつも北海道に来て2ヶ月過ごしているそうだ。北海道では室蘭に滞在していて、今日は室蘭から走って来たそうだ。北海道は走りやすいが坂が多いと言っていた。
 色々な楽しみ方があるものだ。
 紋別岳山頂
 皆と別れて、本日の2山目の紋別岳に登る。ここは舗装だが斜度がきつくて、途中二度降車して、1時間13分で登った。MTBレースに参戦中はここで練習していたが最短記録は45分だったと思う。
 2山目とは言え、時間がかかり過ぎだ。途中残雪で歩いた所もあった事もある。
 公園でバーべキュー
 登山後は道の駅「サーモンパーク」に戻り、2泊目。夕食は奥にベンチ付きの講演があったので、焼き肉セットを持って行き、一人で焼き肉。
 そばを通った散歩の男性が、「良いなあ〜」と言って通り過ぎて行った。
5月19日(火) 北海道にUターン
 秋田発7時のフェリーに乗る事になり、早朝妹の家を後にする。フェリーターミナルまで10分もあれば着くので凄く便利だ。今日は快晴で朝の空気も清々しい。
 チケットを購入し、乗船口に行くが自転車は乗用車の後だった。最後に長い乗船タラップを押して登る。
 2等客室は今日も4人と超ゆったり。
 後部デッキからの航跡
 帰りは日中の航行なので寝る事も無く、今日の日程は、船で朝食をとって、船全体を散策し、プロムナードデッキの椅子でのんびりした後、大浴場にに入り、船の後部甲板で日光浴し、その後シアターで映画「釣りバカ日誌」を見る。
 これで苫小牧までの予定が決まった。
 朝食はパン1個のみとシンプル。今日は運動もしないから十分だ。船の中をぐるぐる回ったがそれ程興味のある所も無かった。
 プロムナードデッキには窓に沿って、椅子が20ヶくらい置いている。そこに座って海を眺めている人。本を読んでいる人などなど、それぞれが自由な時間を過ごしている。
 しばらく海を眺めていた。今日は天気も良いので海の色はブルーだ。青い海と青い空を眺めていれば、気持ちが落ち着く。
 その後、大浴場に行く。浴槽は2つある。人は1人しかいなかった。この浴槽の作りが面白い。浴槽の中央には仕切り壁があるのだが、その下の部分が開いている。
 これは船がピッチングした時に、湯の表面は当然揺れるが、壁があれば湯が壁に当たって、付近に飛び散る事は想像出来る。
 しかし、下に開口がある事により、湯がそこを通る。すると表面は少ししか変化がしなく、波打たないのである。これは凄く便利だ。
 苫小牧のSさんご夫妻
 湯上りに後部のサンデッキに行って、露天ジャグジー(まだ使ってはいなかった)の階段に腰かけていたら、甲板の上をウォークしていた、元気の良いご夫婦がいた。
 確かに退屈な船旅にはウォークも良い感じだった。
 私は快晴の天気と、昨日は午前1時に寝て、5時には起きたのでの寝不足もあるので、うとうとしていた。
 やがてご夫婦のウォークが終った。すると奥さんが近づき、「こんにちは」と挨拶した。
 こちらも「こんにちは」と答えて会話が始まった。
 ご夫婦は苫小牧のSさんで、九州まで車で旅行に行った帰りだった。道の駅で車内に寝泊まりしながらの旅をしてきたそうだ。乗船は秋田からだった。
 秋田のフェリーターミナルの手前で、私が自転車で走っている所を見たそうで、ペダルがスムーズに回っているので、自転車に慣れている人だなと思っていたそうだ。
 そして色々な話しの中で、無料のゲストハウスをやっているので、函館に来た時は泊まっても良いですよと言ったら、「テレビに出てませんでした?」と聞かれた。
 朝日テレビの「人生の楽園」に出ましたよと言ったら、「人生の楽園」は見てくれたそうで、先ほどから似てると思っていたそうだ。
 テレビの効果は凄いんだなと改めて思ってしまった。会話も多岐に渡って、楽しいひと時を過ごす事が出来た。旦那さんはどうやら自転車もやってみたいが、まだ踏ん切りがつかないようだ。やはり危険だと思っているらしい。奥さんも頻りに自転車の安全性などを聞いてきた。
 多分、旦那さんはやりたいのだが、奥さんが待ったをかけているのかな?
 我が家は放任主義か、旦那不在が良いので、自転車でも車でも良いから何処にでも行って!なのか定かではない。全く心配していないのは確かだろう。
 気持が良い天気だ!
 話し込んでしまったので、「釣ばか日誌」の映画は既に始まっていた。いつもムービーは殆ど人がいない。今回も誰もいないだろうと思って、お菓子を買ってぽりぽりやりながら見ようと思ったのだが、お菓子を食べるのは無理だ。既に20人位いて盛況だった。
 西田敏行と三国連太郎のいつもの掛け合いを2時間見て楽しんだら、4時に近くなってしまった。
 苫小牧に到着して、千歳に向かう。明日は樽前山登山をするので、近くに行きたかった。
 結局千歳の道の駅「サーモンパーク」に行く。
5月18日(月) 秋田城跡見学
 今日は平日なので、仕事などで家には誰も居なくなった。一人だと退屈になるのだが、今回は校正用の資料を持参していたので、この機会にまだ未校正の資料校正する。
 丁度終わった所に旦那さんが帰って来た。手には秋田観光のパンフレットを持っていた。早速見せて貰うと、まだ見ていない所が沢山あることが分かった。そこで自転車で出かける事にする。
 最初に行ったのが秋田城跡で家から10分くらいの場所にあった。秋田では佐竹藩の久保田城が有名だが、秋田城は奈良時代から平安時代で西暦733年とかなり古い城の跡だった。城は存在していないが、出土品の多くが資料館に展示されている。
 当時の工法で造られた東門
 まずは城から出土した品を収蔵した建物に行く。受付の人がいてパンフレットをくれて、入館料は無料ですと
言われた。最近の自治体は財政難で、無料の施設などはそうは無い。
 パンフレットを貰ったら、直ぐにボランティアガイドが来て説明してくれた。
 話しは分かりやすく詳しいので、すっかり聞き入った。話しては一歩後ろに下がり、見学者が聞きたい雰囲気の時は一歩前に出ると、あまり邪魔にはならないように工夫されているのだろうか。
 話は城の史跡に係らず、私の好きな幕末の話から、この付近の旧道にまで及んだが、なかなか詳しくて楽しいひと時を過ごせた。ここで箱館戦争時の東北での戦いの新政府軍の死者を弔うお墓があるのを知った。

 秋田城は残っていないが、城の東門が当時の建築法により再現されていた。型枠を作り粘土を入れて棒で突いて固めた物だ。工事をした建設会社の人も大変だったと言う事だった。
 当時すでに水洗トイレがあった
 ここからぽとりと落とす
 相当な人手を掛けて工事をしたのだろう。さらにボランティアガイドさんがお勧めの水洗トイレも凄い。
 この古い時代に水洗トイレがあった事も凄いが、浄化して流していたのには驚かされた。

 次に行ったのが秋田市民俗芸能伝承館(ねぶり流し館)である.
以前ここには入館して、竿灯体験などをしたのだが、その時は隣接する旧家である金子家がある事は知らなかった。 

 金子家。屋根には水甕がある。

  天井に設置する水甕
 今回は金子家を見学する。商家なので作りも大きく、一般の人が住む旧家とは違うので、我がゲストハウスの参考になる個所はあまり無かった。
 そんな中で興味があったのは屋根の上に木枠で組んだ台に、水甕が置いてあった事だ。火災が発生した時に、屋根に登って行き、水甕の水を屋根に流して、鎮火させると言うものだ。
 火災の際、屋根に上がるのも危険だが、消火するという当時のアイデアとしては面白かった。
 日本でもここくらいのものらしい。

 静かな高台に墓はあった
 次に秋田城のガイドさんが紹介してくれた、全良寺官修墓地に行った。ここの高台のひっそりした場所の中には戊辰戦争の際亡くなった、秋田藩と援軍の薩摩・備前・筑前・新庄など16藩の新政府軍の665霊が眠っていた。
 戊辰戦争については箱館中心にしか知らず、秋田でも戦いが行われ多くの人が亡くなっているの初めて知った。当時は上級武士は馬を使っただろうが、一般兵士は歩きである。それなのに、日本全土に渡って行われた戦争の凄さをここでも感じた。
5月17日(日) 秋田着・・宴会だ!
 昨日は揺れますと言い、アナウンスは有ったのだが、揺れたのかどうかも分からないくらいぐっすり寝た。
 目が覚めて船室の窓から外を見ると、鉛色の空と海が見えた。旅の最初としては快晴の天気でありたいが、こればかりはそうはいかない。
 定刻に秋田港に着いた。妹の旦那が迎えに来てくれるとなっていたが何処にも居ない。妹に電話したら出ていると言う。
 探してようやく会えた。どうやらフェリー会社のスタッフに聞いたら、待合室で待てば良いと言われて待ったのだが、下船は待合室を通らないで階段だけで下に着く。
 乗船と下船を間違えたのかも知れない。まあ無事に乗れて家に着いた。
 ようやく落ち着いて話をしたら、今日は私が秋田に来たので、長女の結婚相手と彼の両親が来て宴会をやる事になっているそうで、何か料理を作らなければならないと言う。
 これは大変だ! 兄さん何か作ってと言う妹の言葉に応えて、直ぐにスーパーに行き、食材を仕入た。
 決めたのは海鮮鍋と鮭のチャンチャン焼き、こうや豆腐のから揚げ、それにサラダにした。
 急いで下ごしらえをする。何とか下ごしらえも間に合って、宴会は無事1時過ぎに始まった。
 前回は向うの両親の招待を受けて私が向うの家に行った。その時は私も飲むのは大得意で、一緒に朝まで飲み、社交ダンスが得意な奥さんとジルバを踊ったり、カラオケをやったりとすごく楽しい時間を過ごした。
 周りに家は一軒も無いので、カラオケはフルボリュームであった。
 今回は私は酒を止めている。それでも楽しさは全く変わらない。酒を飲まないで宴会するのも平気になった。
 向うのお父さんの秋田弁は多少分からない部分もあるが、話しは何とか通じる。お父さんは酒が入るにしたがって、話しも快調になる。ほぼ会話を独占した。本当に楽しそうで良かった。
 奥さんとは凄く仲が良く、現役ラブラブ同士だ。昔から夫婦で相当苦労して、今を築いた努力の人達だ。
 行商や土木など色々な仕事をやってきて、今はアパートなどの不動産を所有して会社を起こしている。仕事はいずれ長男が継ぐ事になる。そこに私の妹の長女が嫁に行く事になったのだ。
  歌も大好き。カラオケも要らない。箸があれば良い。
前回来た時は社交ダンスが好きだった奥さんとジルバを踊ったが、もうジルバは目がまわると言って、趣味はハワイアンダンスに変わっていた。早速見させて貰うが、まだ始めたばかりなのにノリが良い。手の使い方も雰囲気は出ている。
 結局夜遅くまで楽しい時間を過ごして終了。この席上、結婚式での来賓挨拶を頼まれる。妹の親戚は毛利しか居ないので、引き受ける。上手く行けば良いが・・・。
5月16日(土) 秋田への旅立ち
 いよいよ旅立ちの日が来た。気持ち的には高揚している。自転車旅が中止になってしまい、車での旅と自転車登山の組み合わせだが、それでも嬉しい。
 8時30分に快晴の函館を出て、過去に何度も何度も走った国道5号線を淡々と走り、長万部町に着いた。
 ここはドライブインが多数あるエリアでカニなどの店も多く、以前はかなりの人気だったが、最近は廃業した店も目立っている。廃業したそば屋さんの跡地に、新しくリサイクルショップがオープンの準備中だった。
 これはチエックしなくてはならない。最初に目についたのが、昔懐かしい自転車であった。
 赤い自転車
 赤く塗られた自転車なので、郵便局で使ったのだろうか。車体はかなり頑丈で荷物もかなり積めそうだ。当然本体の重量はかなりあるだろう。
 ブレーキーがリンク式で最近はこの手のブレーキーは無く、ワイヤー式になっている。
 値段はまだ着いていない。付いていてもこれは買わないだろうな・・。
 新日本海フェリーは20000トンもある。
 順調に走り苫小牧に着いた。新日本海フェリーのターミナルは苫小牧から18Km鵡川寄りにある。
 着いたらまだ午後2時だった。出発は午後7時30分で十分な時間がある。
 今回は秋田に置いてきた自転車と荷物を取りに行くので、車は積まない。
 車を何処に置いたら良いかなと、車の乗船場所に行ったら、係りの人が良い場所に案内してくれた。それも50m位離れた場所まで走って行き、空いていた端の場所を選んでくれた。そこは旅する人の感覚と同じだ。ここなら誰が見ても良いと感じる。でもこんな親切な対応は初めてだ。
 車を止めて早速、布団を敷いて寝そべり、日ハムのラジオ中継を聞きながら、本を読む。
 のんびり出来て最高の環境だ。
 時間が来たので待合室に行ったら、団体客が居て凄い人数だ。話から黒部ルートに行くようだ。新潟までフェリーで行き、そこからバスで回るようだ。
 時間30分前になってツアコンの中年の女性が、後からの団体が到着するので、その前に並んで下さいと言ったものだから、みんな席を立ち登場口に並び始めた。
 団体は1等か2等の寝台なので、並ぶ必要もないと思うのだが、そこは団体心理のお年寄りだから並んでしまう。中には奥さんにまだ並ばなくても良いだろうと言う旦那もいたが、奥さんのツアコンが行ってるんだから並ぼうに負けてしまい、すごすごと並ぶ。
 私は2等自由席なので、混んだら並ばなくてはいけないかなとも思うが、過去に自由席は混んだためしがない。ぎりぎりまで座っていた。
 乗船のアナウンスがかかる。個人のお客さんから乗船だった。びっしり並んでいる団体客を尻目に、最初に乗船する。
 2等自由席は定員16人に対して4人しかいなかった。ゆったりのんびりだ!
 本を読んでいる内に眠くなってしまい、そのまま寝込んだようだ。
5月15日(金) 排水修理完了&旅立ちの準備
 朝のウォークは寒かった。余りの寒さに毛糸の手袋を履いた程だった。道東では雪も降ったそうで、異常に変化する気温は、地球が危ないとの警告なんだろうか?
 給水工事は完成した
 給水の修理も完了し、水を流して見るが特に漏れは見つからず、掘った溝を埋める作業をする。これでゲストハウスのトイレと水道が使える。

 明日旅立つので、荷物を車に積み込む。自転車と違ってやはり荷物は多めになってしまうのは仕方がないか。食糧や調味料は多く詰めるし、重い米は自転車なら持ちたくないが、車ならどおって事が無い。
 水も自転車ならペットボトルだが、車なら20リットルのポリタンクが積める。
 
 世界一周チャリダーの小口君から葉書が来た。出発してから、葉書を出した時点で、もう56日が経っている。
 オーストラリアのシドニーに到着していた。
 シドニーの名前はメジャーなので、その名前を聞いただけでも、お〜海外だと、見た事も無いが何となく頭にある景色を連想する。
 若者らしく、夢と希望が一杯で、目標に向かって進んでいる、逞しい姿があった。5年後には再びゲストハウスに来てくれると、嬉しい内容だ。自分も元気な70歳でいなくては・・・。
 私が塩の道を走破する時には、小口くんの実家に寄る事になっていた。それが中止になってしまので、小口君の家族から連絡が行ったのだろう。小口君のお母さんからも残念だったと葉書が来ていた。
 今度また「塩の道」を計画したときは必ず長野の諏訪に行こう。


 明日からの日記はブログで掲載
  http://blog.mousan.com/
5月14日(木) 排水修理&30日祭
 朝は大森浜の砂浜を走ってくる。いつもは歩くのだが、今日は走りたくなった。
 砂浜を走るのは、足を取られてなかなか前へ進まないが、痛んでいる足首には負担が少なくて走りやすい。舗装の道だと負担が多すぎて、痛くなるのだ。その点砂は優しい。気持ちよい汗を流した。
 柄が壊れた

 修理完了・・柄が長〜い
 給水の修理を行う。スコップで土を掘り起こしていたら、スコップの柄が壊れた。まあ古いスコップなのでいつかは壊れるのだが、昨日今日と随分物が壊れる。形あるものは必ず壊れるか?
 何処かに使わない柄が有ったはずと物置を見たら、冬に除雪のプラスチックスコップの先端が壊れたが、柄だけは使えるので取っておいた。何処で役立つか分からない。だから勿体ないと、捨てられないで物が増えるのも一因なのだ。
 スコップの柄は堅いので、差し込んだ部分を取り去るのに一苦労する。バーナーも使ってようやく取って、今度は柄をスコップの形状に合わせて削る作業をする。これも時間が掛ったが、何とか終了。
 柄を長いまま使ったので、深い場所を掘るには好都合のスコップになった。
 穴を掘った状態
 さて排水の方だが、鋼管の配管は諦め、塩化ビニールの管を修理する。これはすぐに出来てしまった。そして水道用の排水のチューブは少し短かったので、交換する事にした。今までのは安物のチューブなので、排水の圧が高まる所は不適だった。
 すぐに膨らんできて、水が漏れたりする。今回はスーパー耐圧チューブにした。このチューブを塩化ビニール管の中に入れて通す。塩化ビニール管とチューブは径がぎりぎりだった。
 端から通して行くと途中からきつくなる。チューブを回して送り込んだりとかなりの時間がかかった。後1本通さなければならない。そこで考える。
 そうだ塩化ビニール管の中にサラダ油を付けよう。やってみたらこれは凄い。何なくチューブが入って行く。最初から考えれば苦労しなくて済んだ。

 そこへ、桔梗に行くよと妻の声。え〜もう行くの? 今日はおばあちゃんの30日祭がある。4時から始まるので、まだまだ時間はあると思っていたのだが・・・。仕事を中断して桔梗に向かう。
 おばあちゃんが亡くなってから、早いものでもう30日になった。あっという間に過ぎるんだなとつくづく感じる。
 桔梗に着いたら妹は既に来ていて、祭壇の飾り付けを終えて、庭の草取りをやっていた。妻も草取りや畑仕事をやると言う事なので、私は何もする事が無く温泉に行く。
 平日の日中なので人も少なく。のんびりと過ごせる。「しんわの湯」で大好きな、温い寝湯に入る。ここで長い時間、色々な事を考えるのが好きなのだ。あまり熱いと長くは入れない。ここの寝湯の温度加減だ丁度合うのだ。
 体重を測ったら相変わらず10kg減のままでリバウンドは無し。このまま推移したい。

 温泉の帰りに16日からの旅に使う食材を買いに行く。プロショップの大槻商店に行く。パスタが安いし、レストラン向けのレトルト物のソースも豊富に置いてある。さらに鍋用のたれも購入し、〆て2000円分購入。

 実家で4時から30日祭が始まった。いつもの宮司さんが珍しくぎりぎりに来た。上棟式があって、忙しかったようである。もうすっかり神式の作法にも慣れてしまった。
 最初は宮司さんに、礼の仕方が悪いと皆が注意された。そこできちっとした作法を教えて貰った。頭の下げ方や手の付き方は今では、皆実践している。
 確かにきちっとした形でやるのは、見ていても気持ちの良いものだ。どうせやるならきちっとした形でやるのが良いと、今回の葬儀では大いに感じた。
5月13日(水) トラブル続き
 今日は何てトラブルが続くんだろう。
 まずは朝の天気が良かったので、ぶらっと町に出かけた。1時間もあちこち散策しながら楽しんでいたのだが、法務局の前に来て、自転車が漕げなくなった。すぐに降りてみたら、リアのディレイラーのプーリーが落ちたのだ。
 来た方向に10mも戻ったらプーリーやボルトも見つかった。所がやはり工具が無いと修復は厳しい。仕方がなく自転車を押して家に帰る。30分くらい掛ってしまった。
 家で5分もかからずに修理は完了した。
 黒いのがパッキン。はみ出てる。
 丁度修理中、ゲストハウスの洗濯機が回っていた。そして最後の脱水が終わった。洗濯物を持って外に出たら、外で水が噴き出している。
 頭から水をかぶりながら水を止めた。原因は水道の蛇口から出たホースを器具で2分したのだが、その器具のパッキンが外にはみ出ていた。そこから水が漏って居たのだ。確かに先端を止めれば、高圧が掛るのだけど、そんなに弱いとは分からなかった。
 これは修復不可だ。仕方がなく鋼管で2分する事にした。
 鋼管で配管した
バルブも新たに追加したので痛い出費となった。
 穴を掘ったが・・どうするか?
 その修理が終わった途端に今度は、トイレの配管が壊れた。プラスチックの配管をしていたのだが、亀裂が入ってしまった。配管を掘り起こして今日は終了。
 やはり鋼管で配管しなければ駄目かな・・・。本来は鋼管でやるのが望ましいのだが、結構な値段がするので何とかごまかしてやろうと思って施工したのだが、やはり駄目かな?
 高圧ホースにしようかな?
5月12日(火) ばあちゃんの冥福を祈り・・将軍山霊場88ヵ所参拝
 朝から雨だったが、ばあちゃんの冥福を祈り、松前町の将軍山に行く事にする。将軍山に88ヵ所の霊場があるのは知っていたが、この霊場の歴史が150年あるとは知らなかった。
 この霊場は慶応元年(1865)に四国88ヶ所から土砂を運び、千手観音、阿弥陀如来など多数の石物を安置している。コースは全長3300mとなっている。

 函館を7時には出発して雨の中、松前に向けて走る。距離は約100kmある。朝に荷物を準備したが、レインウェアが秋田に置いた荷物に入っていて無いので、眠っていた古いポンチョを使う事にする。パンツも無いので、スパッツを履けば何とか隠れるだろう。それ程寒くはないので着替えを持って行けば大丈夫だろう。

 松前の道の駅に着いた。今月出来たばかりの新しい道の駅で、マグロ丼が人気だそうだ。観光案内所もあったので霊場のある将軍山への道のりを聞いたら、花見の期間なので交通規制がかけられて、入り口まで車で行けないと言う。
 仕方がないので、郷土資料館に車を置いて、裏道を登って行こうと考えた。相当前に山の会で行った事があるのを思い出したが道は定かではない。
 郷土資料館の駐車場に車を入れて、隣の子供連れのお母さんに聞いたら、そんな道は無いと言う。さらに他のお母さんに聞いたら、ここから霊場に行けないと言う。
 まあ行くだけ行ってみるかと、徳山大神宮の横を行ったら看板がある。この沢の先にゴローニンが入っていた牢屋の跡があると書いてある。ゴローニンが松前に送られてきたのは知っていたが、この沢の先の牢屋に居たのは初めて知った。
 さっそく行く事にする。道は辛うじて付いていて、最後は沢に入っている。沢を歩くが水は少ないので歩きやすい。しかし沢は分かれている。どちらかの標識は無い。
 感で行く事にする。どんどん登って行くと更に沢が分かれる。またまた感で行くが、ついに尾根に出てしまった。牢屋の跡は不明だ。他の沢かも知れない。仕方がなく戻る。
 蔦が絡みついて食い込んでいる
 看板の所まで戻ったら、かすかに道があったのでこの道を入る。笹が刈られているので、何処かに出れるだろうとどんどん進むと、やがて地蔵が出てきた。
 ここが霊場なのか? 看板も無いので分かりにくい。最初にあったのが88番大窪寺で桔願の場所だ。しばらくうろうろしていたら、1番の霊山寺が見つかって道が分かった。
 1番で「般若心経」を唱えて、おばあちゃんの冥福と家族の幸福を祈願する。少し行くと2番が出てきて、「般若心経」を唱える。
 ポンチョで参拝

 札が貼られて地蔵の表情も見えない

 カメラが不調だ

 88番 大窪寺
 道は整備されて歩きやすい。150年前はどんな道だったのだろう。これほど良くは無かったのだろうか。150年前と言えば箱館開港の時期と一緒になる。
 山道をどんどん登って行くが、地蔵はそれほど歩かない内に出てくるので、般若心経を唱えるのが忙しくなる。道は山の高い部分に至り、そこから今度は下りに入る。
 高い場所からは松前の東の海岸が見える
 四国お遍路を2004年にしたので、札所の番号とお寺の名前が書かれたのを見て懐かしく思う。忘れないで覚えているもんだ。四国お遍路の時の情景が浮かぶ。
 下まで下ったら今度は登りになる。息を整えて「般若心経」を唱える。雨が降っているので「般若心経」の書いた本もぼろぼろになってしまう。開くのも大変になった。
 このコースは平日と言う事もあるが全く静かで、なかなか雰囲気の良い場所だ。こころ静かに参拝出来る。
 最後の88番大窪寺で無事終わった。歩く距離はそれ程でもないが、「般若心経」を88回唱えるのは結構大変だ。喉がからからになった。
 帰りは松前公園の中を通って帰る。桜も殆ど散ってしまって人影はない。満開時は凄い人出だったんだろうな。郷土資料館に着いたのは15時なので6時間も歩いた。
 昼食も取らずに歩いたので腹ぺこだ。これも修行か?
5月11日(月) 雨そして寒い日
 朝から雨が降り、最高気温も13度にしかならない寒い日になった。
 何かしようという気も起きなく、電源の入っていない炬燵に足を入れ、録画しておいた「DASH村」を見る。この中に出てくる軽のワゴンに搭載したソーラーカーは魅力的だ。太陽電池だけで走れるなら、ガソリン代はかからないし最高だ。時間に余裕がある人は、天気が悪ければ走らなくて良い。こんな車があったならなと思うが、製作費は相当高いだろうな。でも後、10年もしたら市場に出ると思えるのだが、その時はもう買えないだろうな。車旅もまだ出来ているかな?

 テレビの後は、パソコンに向かって「土方歳三の道」の内、松前原口の願掛沢の難所を書いた。道の執筆もなかなか進まず遅れている。10ヵ所は書いたので、後10ヵ所くらいで終わるかな?
 何とか今年中に完成したいものだ。外の気温が上がれば外での活動が増えるし、野球の中継もあるのでなかなか時間が取れない。それを口実に遅れを正当化しようとしているのかな?

 16日には旅に出るので、またまた旅の荷物をピックアップしてまとめる。今回は車旅になるので厳密に重量を減らす必要もないので楽ではある。
 鵡川まで車で走り、フェリーで秋田に行き、折り返し鵡川に戻り、そこからMTB登山の旅をしながら釧路に行くのが今回の旅の予定になる。
 荷物を積んでいる内にまだ見ていないDVDを見つけた。唐沢寿明や木村拓哉が出ている「君を忘れない」と言う、ゼロ戦隊員の物語だ。この手の映画は何度か見ているのだが、見始めたら、目が離せなくなった。
 特攻隊として出撃する事が決まったので、それぞれが休暇を貰って会いたい人に会ってくる。そのシーンには、分かっていても泣かされる。
 涙脆くなった
 もうボロボロ泣きでティッシュの山が築かれた。自分の一番大事な人ともう再び会えない別れなんて、そおれぞれの気持ちを思うと残酷すぎる。
5月10日(日) 母の日
 最近は洒落てる
 母の日と言っても私には既に母は居ない。妻の母も先月亡くなりプレゼントの相手は居なくなった。そんな中娘から妻に花のボックスが贈られてきた。今はWEBサイトで発注出来るので、便利な世の中になった。
 綺麗なボックス入りの花は玄関に飾られた。
  完成した玄関
 玄関のコンクリート補修は横の部分を行った。セメントが落ちるのでなかなかやりにくいが、何回かやっている間にコツは覚えた。これで玄関の補修は一応の完成を見た。左官の仕事は初めてやったが、なかなか面白いものだ。セメントも水を混ぜるだけで良いし、硬化も15分くらいから始まる。素人でも一応満足できる形にはなる。これで材料費は3000円かかった。
 
 午後からはファイターズの試合を見る。こんなパターンが定着してきた。半日仕事に半日はファイターズの試合。今日は安心して見れた。これで5連勝で再びトップに立った。
5月9日(土) 大野で花見?
 函館山も春の気配

 漁を終えて来た船にカモメが群がる
 朝は5時には日が上がっているようになった。朝の砂浜も波も静かで、函館山も春らしい雰囲気になっている。砂浜ではカレイ釣りの姿も現れている。
 砂浜は形が波によって凄く変化するので楽しい。毎日毎日違った地形の砂浜を歩くのだ。こんなにも変わるのと思う時も時々ある。
 今日の砂浜は全く歩きやすい。いつも歩くコースがほとんど平らになっていた。砂浜は足には最高に良い。コンクリートなら痛んだ足に負担が大きいが、砂浜では負担が少なく楽に歩ける。足への負担は無いが砂浜は疲れる。
 漁を終えた船が戻ってきたら、カモメが沢山寄ってくる。魚の処理した後の内臓などのおこぼれにあずかるのだ。でもカモメも性格があるのか、近くまで寄って来るカモメと遠くで見ているカモメがいる。内臓を捨てる時は近くになるので、遠くのカモメには全く行きわたらない。
 何か縄張りでもあるんだろうか?
 軽く汗ばんでウォークは終わった。
 
 今日は大野でぶんぽ研のお花見がある。自転車で8時30分に出る。花見は11時なので十分に時間はある。寄り道をしながら走っていた。
 所が、産業道路を越えて大野新道に入った所で、マウンテンバイクに抜かれた。ルイガノにスリックタイヤを履いて良い感じのスピードで抜いて行った。
 すぐに反応して後を付いて行った。30km/Hrくらいでコンスタントに走っている。結局5kmくらい一緒に走って分岐点で別れる。久しぶりに一生懸命漕いだので汗がじわっと出てきた。
 花見のいつもの場所である、児童公園の横の大けやきの木の下に着いたのが10時だった。まだ開始まで1時間もある。
 付近には土手などがあって、MTBで登ったり下ったり、また川に沿ってしばらく走ってみたりと遊んでいた。その内に会長がやって来た。会長も随分早い。
 まだ時間があったので、郷土資料館に行ったら、今日は土曜日なので当番のおばちゃんが掃除していた。寄ってしばらく話す。  自転車談義だ。おばちゃんも昔は東前と言うところまで、自転車で通っていてスピードが早い事から競輪選手と呼ばれていた。などと楽しい話が続いた。
 「最後にやっぱり自転車は良いよね」で終わった。会員の人もやって来たので宴会場に向かう。
 桜の花はほんの僅かに残るだけ。
 「残る桜も散る桜」と何処かの葬式でお坊さんが言っていたな。いずれは無(亡)くなる。
 宴会のセットは業者に任せてあるので、何もする事は無いので確かに楽だ。肉と野菜、それに魚介類を焼くだけで良い。
 トマトジュースを飲みながらのジンギスカンだ。ビールがジンギスカンに合う!何て思わなくなった。飲まなくても楽しい宴会も2時間くらいで終了。
 チャリで家に帰る。すぐにTVのスイッチを入れ、日ハムの試合を見る。後半追い上げられたが3対2で勝った。
5月8日(金) 大沼キャンプ・旧道探し・玄関修理
 昨日の夕方のフェリーで函館に着いたきよさんを迎えに行き、車に自転車を乗せ大沼まで走る。函館は天気が良かったが、大沼に近づくにつれて空模様が怪しくなってきた。
 フロントガラスに水滴が着いてくる。霧雨の中のキャンプになるのかな?
 美味しい大沼ジンギスカンを買いに行ったが、店は残念ながら、もう閉まっていた。仕方が無く近くの食料品店で冷凍ジンギスカンと野菜を購入。でもこの冷凍ジンギスカンはがちがちだ。解凍出来るかな?
 キャンプ場に行く前に温泉に行く。その時に閃いた。今行く温泉は誰も入っていないから、温泉のお湯でとかそうとなった。
 入浴料を払って浴場に行ったら、今日も誰もいない。いつ来ても人が居ないか、居ても一人くらいでいつものんびり入っている。洗面器に湯を入れて、ビニールに入ったジンギスカンを入れる。
 10分ほどして良い具合に解凍出来た。キャンプ場の駐車場の街灯の下に、ブルーシートを敷いて始める。
 霧雨は降っているが構わない。肉焼いている途中で寒くて、ガスが気化しなくなり、火力が落ちてくる。それほど寒いのだ。
 いつもの手で、きよさんから靴下を借りて、2枚をガスボンベに履かせる。暖かくなるので一気に火力が上がった。話は旅の話から、身の上話まで延々と続いた。同じ旅人同士で話題は尽きる事は無い。
 考えてみれば親子ほどの年齢差なのだ。きよさんは若いうちに父親を亡くしているが、それ程お父さんとは飲んだり話したりの経験は無かったそうだ。
 旅人である事が親子ほどの年齢差を近づける。そんな事でいつも若い人と会話が出来る自分はつくづく幸せだと思う。
 食事後は後片付けをして、車内で語る。後部の3列目シートが無いのでゆったりだ。10時過ぎだろうか?眠くなってきたので寝ることにする。
 きよさんはテントを張らずに、フレンディの2階に寝る。私は下に寝る。3時頃きよさんが2階から降りてきた。私もこの時は暑くて一度目を覚ましたのだ。
 あ互いに車外に出てトイレに行く。そして再び寝て6時過ぎに起床。きよさんはキャンピングカーが発電機を回しながら居たので、煩くて眠れなかったそうだ。
 本州から来るキャンピングカーは、寒い時暖房を入れるのに発電機を回すことが多い。確かに遠慮して車は端の方に止めているが、静かな場所ではそれでも煩い。エコをして欲しいな。布団などを多く使えば良いのに・・。
 出発前に記念写真

 坂をダンシングで登るきよさん
 きよさんが出発する。記念写真を撮ったりして分かれる。その後国道5号線まで一緒に走り、そこで別れる。今度会える時は何時だろう。
 上に道らしき雰囲気

 登ったら標識があった
 帰りの途中旧道探しをする。今、大沼・小沼周辺の旧道で森から、函館までの道を調査しているが、その中で小沼から蓴菜沼へ抜ける道があった。
 現在の大沼公園の中心地は大沼公園駅の前だが、明治初期は最初に旅館が出来たのが、小沼の西の湖岸だった。ここから遊覧船が出ていて、大沼の島にあった三十三観音めぐりが有名だった。
 蓴菜沼には明治天皇が泊った宮崎旅館があったが、ここから遊覧船に乗るために道が付いたのだが、その道がある筈であった。
 湖岸の道を車で走りながら、観察すると一瞬道があるのではないかと、思われる雰囲気の場所があった。
 長年の道の調査で出来た感だ。推定する場所を登って見る。すると北海道の名前が入った道路敷地票があった。明治の旧道がそのまま車馬の走る道に使われたのであろう。
 50mくらいその道を歩くが、確かに蓴菜沼に向かっている。今日はサンダル履きなので改めて調査に来る事にする。
 ぼろぼろの玄関

 綺麗に補修した
 家に帰って、玄関のコンクリートが剥げてきたので修理する。ホームセンターで、水を入れるだけでコンクリートが出来る粉末の混合材を購入。10kgで980円だった。これを2袋購入。木で枠を組んでから、コンクリートを塗る。最初は水加減が分からなかったが直ぐに分かり、1時間ほどで完了した。後は乾くまで養生だ。
5月7日(木) 文化財保護研究会例会&大沼キャンプ
 昨日は8時に寝て、そして起きたのは6時30分だ。10時間30分と随分寝たものだ。風邪の具合はそれほど回復していない。こんな時は沢山食べて元気を出す。トースト2枚にたまねぎと卵2個を焼いた。その後にリンゴも食べてお腹一杯。
 今日は大野町まで行って、大野文化財保護委員会の例会に出席する。風邪気味だし、車で行こうかなと考えたが、余りにも天気が良いのでチャリで行く事にした。
 函館市内から国道を上磯に走り、そこから右に向かって走る。ここの途中には1本木と言う場所があって、幕末の道路の起点になった所だ。
 旧道らしさは道の曲がりで分かる。真っ直ぐな道は少なく、道はカーブの連続だ。風邪の影響か走っている内に頭がぼっとして汗も出てくる。それでも気分的には最高だ。
 会場に着き、資料の整理などをして例会は始まる。最近、大野小学校の元校長だった木村文助の話題が多くなった。小学校の生徒に作文を書かせ、それが全国レベルで高い評価を受けたそうで、その偉人?を讃えてか、合唱劇などの準備が来年春を目指して進められている。
 その準備に携わる方の話も聞いた。北斗市や関係者は力を入れて取り組んでいるようなのだが、その良かった教育指導は現在も行われているのだろうか?
 彼を讃える書物や展示などは多数あるが、一番大事なのは、その後を引き継いで教育に取り組む事ではなかったのか?彼を讃えるのも良いが、その立派な指導法はどこに行ったのだろう。現代ではその様な指導法は重要視されていないのだろうか?疑問が残るところだ。
 帰りは半袖で走った。風邪の具合はかなり良くなって快調に走れる。やはり治療は自転車をがんがん漕ぐ事なのかな?
 夕方札幌のきよさんから、青森発のフェリーに乗って、夕方函館に着くので、大沼でジンギスカン&キャンプをやりませんかとメールが来た。直ぐにやろう!やろう!とメールを打った。
 きよさんは函館〜秋田に行き、帰りは八甲田の山岳コースをロードレーサーで越えてきたそうで、汗を一杯かいたので、温泉が先だとなったが、温泉はキャンプ場の直ぐ近くに300円の東大沼温泉がある。ジンギスカンは大沼の人気のジンギスカンで決まりだ。
5月6日(水) どうやら風邪ぎみになった
 どうも風邪をひいたようだ。咳と鼻水が出ている。
 流行に敏感なので、今騒いでいる新型ウィルスに感染したのか?とも思ったが感染するような状況には全く無いので、それはないだろう。
 原因を考えたら、先日家の修理で汗をかなりかいてたし、疲れも溜まっていた。
 そんな時に実家の周りの切ってあった枝を、のこぎりで切る作業をした。汗をかいた上に、急に大雨になったが構わず濡れながら、仕事を片付けてしまった。これが原因だろう。
 朝起きた時はそれほど調子も悪くないので仕事をした。
 天気が良いのでテントを干した
 ワゴンの3段目の椅子を取り外し、そこのスペースに寝どころを作る事にした。葬儀は30日祭が5月14日に行われるが、その後、秋田に置いてきた自転車を取りに行く。
 鵡川まで車で行き、新日本海フェリーで秋田に行く。妹の家はフェリーターミナルの近くなので歩いて行ける。その後自転車と荷物をフェリーに積んで鵡川に戻る。
 そこから北海道を車で移動しながらMTB登山をする。今年はまだ冬に2つしか登っていないので、少しピッチを上げよう。釧路の娘と孫が50日祭と納骨に出席するので釧路まで迎えに行く事になったのだ。
 そこに行く間に、MTB登山は5つくらいは出来るだろう。100座登山を目指しているがまだ39座登山で、早くクリヤーしないと体力が衰えて断念する可能性もある。

 今まではキャンピングカーを本にあるレイアウトを参考に作ったりと、凝った物にしていたが、実践を積んでくるとシンプルな物で十分だと言うのが分かって来た。
 自転車での旅を考えれば、車旅は楽で仕方がない。荷物は相当入るし、寝床は快適だ。でもだからと言って荷物は増やさない。あくまでも自転車旅の装備が基本だ。簡単な装備で満足な生活が出来るようになれば、一番理想だろう。Sinple is the Bestだな。これもすっかり身に付いた。
 これで寝れるし、食事も出来る。
 妻が実家の畑に芋の種を植えると言うので、妻を載せて実家に行った。暇なのでワゴンのタイヤを夏物に交換をする。最後の1本の空気が半分くらい抜けていた。
 タイヤ屋に修理に持って行くが、なかなか穴が見つからなかった。本当に小さな穴がようやく発見できた。
 毎年春の交換際は1本くらいパンクしている感じだ。
5月5日(火) 子供の日は花見
 カーテンを閉めていない窓に、真っ赤な太陽が入って来た。夜が明けたら起きるという極自然の生活なのだ。外に出ればすがすがしい空気だ。でもまだ朝の5時だ。
日本茶を飲みながら新聞を読む。何とゆったりした時間だろう。
 妻が起きて来たので、今日花見に行かない?と聞いたら、行っても良いが、その前に愛犬モモのシャンプーをすると言うので、その間、ジンギスカンの用意をする。
 2人で花見に行くのはいつだか、記憶に無い程遠い昔だ。娘に花見に来ているよとメールしたら「1人でかい?」と返事がきた。「2人だよ」と返事したら「良かったね」との返事。なかなか二人で出かけないからな。
 家にあった、玉ねぎ、ピーマン、ナス、さつまいもを切って、ビニールの袋に収納。ジンギスカンは長沼の美味しい貰い物が冷蔵庫にあった。
 後は、ガスコンロ、鉄板、箸、コップ、容器などは自分の部屋にある道具で間に合う。バックバッグに全てを入れて、私は自転車で出発。妻は100円巡回バスで行く。この時期車で行っても駐車場が簡単に確保できない。
 ピンクシャワー(見えないな・・)

 このカモメがやって来た

 生ビールとジンギスカンで食欲旺盛

 私はアルコール0.1%の飲み物
 五稜郭公園に着いたら、さすが凄い人出で、桜も満開だ!
 2人分のスペ−スはいくらでもある。小高い場所にブルーシートを敷いて、わずか5分でジンギスカンの開始だ。炭で焼くのは美味しいが手間を考えて簡単に出来るガスにした。
 風が少しあったので桜が散る。アメリカではピンクシャワーと呼ぶそうだが、日本では桜吹雪か?何か時代劇の遠山の金さんが、刺青を見せて、この桜吹雪が見えないか!と言うのがあったな。
 半分以上は食べた所にカモメがやって来た。まだ子供の小さいカモメだ。人おじしなくてそばまでやってくる。肉をやったら、ナイスキャッチだった。
 箸でやっても近くに来て食べる。相当慣れているんだろう。花見期間毎日来ているのかな?
 野菜は嫌いなようで、あまり食べなかったが、肉が無くなったら。仕方無く?食べていた。空中に投げた物を取るのは上手だった。その内投げたサツマイモがワンバンドになった。それを鮮やかに口で捕らえた。これには驚いて、拍手をしてあげた。プロ野球選手並みだ。
 太陽を浴びながらブルーシ―との上で寝る。妻は公園を一周してくると言う。30分程で帰って来たが、駐車場はどこも凄い数の車が入れずに並んでいたそうだ。
 有名店のラーメンの「あじさい」やハンバーガーの「ラッキーピエロ」は何処まで人が並んでいるのか分からないくらいだったそうだ。

 帰って日ハムの応援。5回で雨が止まずグランドが荒れて終了し、勝ちゲームになった。
5月4日(月) きよさんは東北へ・・20日祭
 朝はさすがに眠い。起きたが頭がぼっとしている。そこにきよさんから出発するとのメールが来た。急いで起きて、ゲストハウスに行く。自転車も輪行バッグから出して、組み立てが完了していた。
 フェリーターミナルに見送ることにして私は車で出発。早朝の市内は車も少ない。そんな中きよさんはロードレーサーだけあって早い。陸橋の坂も一気に越えて行ってしまった。
 フェリーターミナルに車が付いた時はすでに自転車は到着していた。ターミナルはGWだけあって混み合っていた。先月乗った時は私しか居なかったターミナルも今日は大盛況だ。
 キャンセル待ちの車の待機場所もある事から、相当の乗れない車もあるのだろう。時間が来てきよさんはフェリーの中に入る。今回は秋田まで行き、友人と会ってくるのだが、今日は弘前の花見を見るそうで、宿泊は河川敷が良かったよなどの情報を提供。チャリの旅人の宿泊場所はいつもこんな場所だ。
 フェリーは先月、新しく配置された船で塗装もまだピカピカだ。
 新しいフェリーが就航した

 きよさんのロードレーサー
 家に帰ってから、昨日積んだゴミを捨てに行く。家から数分の焼却炉に行く。車一台分捨てて504円だった。
 フェリーに乗ったきよさんからメールが来て、帰りも函館に寄る事になった。フェリーに乗る時は、八戸〜苫小牧にするかな?などと迷っていたが、函館経由に決めたようだ。そして大沼でキャンプする事になった。

 昼には妻の実家に行く。今日はおばあちゃんの20日祭になる。いつものように宮司さんが来て、祝詞を上げ、玉串を捧げて、20日祭は無事に終了した。
 後は30日祭と50日祭を残すのみになった。
5月3日(日) タンバリンが去ってきよさんが来る
 昨日は函館山の夜景を見に行って3人はその後、遅くまで起きていたのか、朝はなかなか起きてこない。やっと起きたのが12時近くだった。そしてすぐに出発となった。社会人になれば休みも十分に取れないので、スケジュールも厳しくなる。
 この後、海岸で釣りをやって洞爺湖のロングラン花火を見て、翌日は旭山動物園に行って、小樽からフェリーで帰る。それでも今回は高速のET割引を使うから安く回れる。
 皆旅人だ
 午後から妻の実家の家の周りの清掃&不要物の廃棄をする。家の庭にあった木が切ったまま放置していたので、それを30cm程度の長さに切って、ゴミ焼却炉に運ぶのだ。持ち込み長さの規定があり、その切る作業が大変だ。ようやく済ませ、車に満載して家に持ち帰る。
 ワゴンに一杯になった
 家に急いで帰って日ハムの試合を観戦。もう後半戦で5対5になり、延長になってしまった。3連戦で3戦とも延長になった。今日は感動的で稲葉がさよならホームランで勝った。
 彼はここ数試合、良い所で打てなかった。それが凄く本人の気持ちに重くのしかかっていたのだろう。お立ち台で会話を詰まらせ涙をこらえるシーンに、こちらも貰い泣きしてしまった。
 MAXの最終白色の塗装も終わった
 夜10時近くにきよさんが電車でやって来た。札幌から自転車で走ってきて、長万部から輪行してきた。ゲストハウスで1時過ぎまで話し込んだ。いつ話しても会話がかみ合うので楽しい。時間はあっという間に過ぎてしまう。明日は秋田まで走るので、寝ることにした。
5月2日(土) 旅人来る
 午前中に娘一家の車のフロントホィールカバーを固定する。冬に雪だまりに当たって剥がれたそうで、リベッターで固定する事にした。しかし、リベッターが不調で金属棒を引っ張れない。仕方が無くホームセンターで購入。1100円と安かった。修理はすぐに終わりカバーはしっかり固定された。
 瑞葵

 友瑛
 娘一家は、この後直ぐに出発した。今日は旦那の実家の登別に行き、2泊してから釧路に帰る。遠いとこから来てくれるだけでも嬉しい。孫の瑞葵から「幼稚園の運動会には応援に来てね」と言われる。絶対行くよと約束して別れる。出発した後、函館のばあちゃんと別れたくないと泣いたそうで、妻としては毎度の辛い別れになる。
 じぃじについては「バイバイ」と未練も無く分かれる。子供にはやはり、ばあちゃんなのかな?

 MAXからワゴンに変えて来たので、ワゴンの錆びの部分を研磨し、パテを塗って塗装をする。かなり古い車なので、それ程丁寧にやる事も無いので簡単に行った。錆びが無くなるだけで十分だ、合計4ヵ所の修理を行った。
 この車は購入から13年以上経っているので、政府の法案が通れば、新車に変える時には25万円の値引きになる。大事にとっておかなくてはならない。

 午後からは日ハムの試合。今日負ければ4連敗。6対6で昨日に続き延長に突入。昨日は負けたが今日はサヨナラ勝でようやく一息ついた。それにしても連日4時間以上の試合は長い。まあ勝ったからまだ良いのだが・・・。

 夜になって、2006年の学生時代に日本一周した際、宿泊していったタンバリンが友人2人を連れてやってきた。日本一周の後、インドに旅行した時に会った旅人だそうだ。
 彼には2007年の青森ねぶたで会っているので2年ぶりに会う。大学を卒業して、今は東京の製薬会社の営業を担当している。タンバリンは人当たりが良いので、営業の仕事も上手くいくだろうな。

 夜に3人は函館山の夜景を見に行った。
5月1日(金) 家の修理完了
 朝早く南茅部に出発。Tさん宅に到着して、すぐに家の修理を開始する。今日は持参した車用の1.5Tonのジャッキを使って天井を押し上げる。台所のシンクの上に厚い板でジャッキの足場を作り。太い木をジャッキの上に載せて上は天井の梁に当てる。そしてジャッキアップ。
 さすがに1.5Tonの威力は凄く。ばりばりと音を立てながら、上に上がって行く。天井の下面が平らになった所まで上げて、2階に行き、金属プレートで梁と周囲の柱や構造物と固定する。
 かなり頑丈に固定したので、これで大丈夫だろうと、ジャッキをゆっくり下ろす。天井は下がらなかった。周辺の壁なども修理して、これで二日間にわたる家の修理は完了した。
 補強した天井裏

 こんなに物が入っている

 これも・・・
 工事中に、今日来函する事になっていた、タンバリンがフェリーで小樽に行くの、2日の夕方に函館に来るとの連絡が入った。

 家に帰って歯医者に電話する。昨日、入れ歯が欠けたのだ。欠けた部分が皮膚に当たって痛い。昨日は我慢していたが、仕事が終わったので時間が空いた。
 3時に修理してくれるとなったので、チャリで湯の川まで行く。歯の修理はそれ程の時間もかからず、以前の状態に戻った。でも先生にもうそろそろ、新しいのを作った方が良いと言われる。
 修理に行くたびに言われるので、今回は新しいのを作る事になった。本当は今の歯を使いたい。とにかくピッタリ合って気に行っているのだ。硬い物を食べても全く平気なのだ。でもあちこち不具合が出る頻度が高くなった。やはり消耗品なのかな。

 夕方には娘の旦那と瑞葵を連れて温泉に行く。私が家に帰った時に瑞葵はぐずっていた。「腹が減ったよ〜ご飯が食べたい!」と泣いていた。
 どうやら昼に食べた量が少なかったようだ。お父さんはもっと食べなくてはお腹が空くよと言ったのに聞かずに、ごちそうさまをしたのが原因だ。
 温泉に向かう車の中でも、温泉に入るまでもずっと「お腹が空いたよ〜ご飯が食べたい!」と叫んでいた。お父さんは「これでは児童虐待みたいだな。飯を食べらしていないみたいだ」と憂うつそう。
 でも温泉に入ったら、子供が沢山いて皆で楽しそうに遊ぶ。あの騒ぎはいったい何だったんだ?

 夜は皆で野球。とにかくに日ハムファンばかりなので一気一憂と楽しい。ダルと涌井のWBC投手の投げあいは楽しかった。日ハムは負けたが、良い試合を見れた。
 HP TOP                  前へ         次へ